2018年12月15日 (土)

泣けるユーモア短編集-98- スンナリ

 滑(なめ)らか[スームス]にコトが進行して当初の目的が達成される・・これはもう、社会生活で理想の展開以外の何ものでもない。ところがスンナリとはいかず、追い[フォロー]で吹くか、向かい[アゲインスト]で吹くかは別にして、いろいろな目に見えぬ助けや妨害(ぼうがい)に支配される訳だ。助けられる方はいいが、スンナリを阻(はば)む妨害は泣けることになるから戴(いただ)けない。
「月代(つきしろ)さん! 今日まではまあ、いいとして、…明日からは絶対、いけませんよっ!」
「ははは…もちろん、分かってますよっ、日守(ひもり)さんっ!」
「…なら、いいんですがね。明日からは、こうスンナリとはいきませんからっ! いけません、いけません!」
「いけませんか?」
「はい、もう! いけない以外の何ものでもないっ!」
「と、いうことは、あなたはスンナリいく立役者(たてやくしゃ)だっ!」
「ははは…まあ。立役者かどうかは分かりませんが…」
 日守は月代に煽(おだ)てられ、悪い気がしないのか、ご機嫌な顔で返した。
「いや! 立役者だっ!」
「そうですかっ!? ははは…」
「で、明日からは?」
「…まあ、いけなくもないですが…」
 煽てれば、コトがスンナリと展開し、泣けることにはならないようだ。^^

       
                   完

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2018年12月14日 (金)

泣けるユーモア短編集-97- 生命の神秘(しんぴ)

 やはり老後の安心、いやいや、死後の安心・・と昨今(さっこん)は保険の種類も多様化しつつある。中には失業したときの収入保障という保険まで現れつつあるが、生命には関係ないものの、生命を繋(つな)ぎ生き続ける保障・・という意味では、大いに結構なことだ。さて、その生命だが、人に限らず、あらゆる生命がどういった条件で宿(やど)り、どういった条件で消滅に至るのか? という謎(なぞ)を人類は科学的に解き明かすには至っていない。その謎とは、生死の発生する瞬間だ。受精すれば生命は宿り、脳死や心臓の拍動停止により、ぅぅぅ…と泣ける死に至ることは科学的に明々白々(めいめいはくはく)で解明された事実だ。しかし、神秘(しんぴ)な生命が宿るビミョ~~な瞬間までは解明されていないぞ…などと、偉(えら)そうに思いながら、腹が減っていた深山(みやま)は鹿にやるつもりだった鹿煎餅(しかせんべい)を、パリッ! っと齧(かじ)った。
「結構、いけるなっ!」
 財布をホテルの部屋に置き忘れた、泣ける思いの深山の口から出たひと言である。
 生命の神秘はさりながら、人間行動の神秘は文明最先端のコンピューターをしても解き明かせてはいない。

        
                   完

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2018年12月13日 (木)

泣けるユーモア短編集-96- 見えない戦い

 楽しみにしていたカラ揚げ弁当の具材が二品(にひん)も減ったことで、豆川はすっかりテンションを下げていた。というのも、今までなら、厚焼き卵のひと欠片(かけら)と少量の牛蒡(ゴボウ)のキンピラが入っていたからだ。
『最近、すべての品が目減りしているように思える…』
 豆川は、見えない戦いが物流社会の中で起きている…と、なんとなく思った。事実、内容の目減りは各分野の商品で起きていた。トイレット・ペーパーの巻きの減り、ウインナ・ソーセージの小型化、袋入りのチョコレート数の減り・・等々である。とはいえ、それは泣けるほどのことではなく、減ったのか…くらいの感覚で軽く流せば、どうってこともなかったのだ。ところがドッコイ! 豆川は甘いもの好(ず)きながら、そんな甘い男ではなかったから、カツン! と頭にきた。人々が泣ける世の中は、断じて俺が許さんっ! と偉(えら)そうに正義感を露(あらわ)にした。
「あの…これ、数が減りましたよね」
「ああ、そうみたいですねぇ~。でも、ひと袋の値も¥10ばかり安くなりましたよ」
「…」
 店員に嫌味(いやみ)を言ったつもりが、逆に切り返され、豆川は、つまらんことを言ってしまった…と自悔(じかい)して押し黙った。
「ああそれから、袋入りのお餅が1ヶ、増量になりましたよっ!」
「フフッ! そうですかっ!」
 単純な豆川のテンションは、見事に回復した。
 世の中では見えない戦いが続き、私達はその戦いに左右され続けているのである。泣ける、笑える、怒れる・・の差は、ほんの紙一重(かみひとえ)なのだ。

         
                   完

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2018年12月12日 (水)

泣けるユーモア短編集-95- 大願成就(たいがんじょうじゅ)

 何が何でも、やらねばっ! と心で決意すれば、割合、大願(たいがん)は成就(じょうじゅ)するものである。要は決断力次第ということだ。ただ、意固地(いこじ)になり過ぎると成就しなくなり、泣けることになりかねないから注意しなければならない。人の意固地につけ込むのが大願成就を阻(はば)む甘くない人の世なのである。
 大衆食堂で偶然、出会った知り合い二人の会話である。
「相変わらずお安い食事ですな、素麺(そうめん)さん! 相席、よろしいですか?」
「ああ! これは肉鍋(にくなべ)さんでしたか、どうぞ…。そんな訳でもないんですが、大願成就! ですよ…」
 背後(はいご)から声をかけられ、きつねうどんを啜(すす)っていた素麺は、振り向くと肉鍋にそう返した。
「大願成就! …? なんです、それ?」
「いやいや、こちらのことです、ははは…」
 素麺は、きつねうどんの残り汁(づゆ)をグビリ! と飲みながら笑って濁(にご)した。濁されると、人はその先を知りたくなるものだ。
「そんなっ! 隠さず、言って下さいよっ!」
「隠してる訳じゃないんですがねっ!」
「なら、いいじゃありませんかっ!」
「あなたも諄(くど)いですねっ!」
「まあまあ、そう言わずに…」
 そのとき、店員が二人の座る席に近づき、水コップを置きながら肉鍋に訊(たず)ねた。
「あの…なにをっ?」
「ああ! これっ!」
 肉鍋は、思わず素麺のうどん鉢(ばち)を指さし、値段分の食券を机へ置いた。
店員は無言で頷(うなず)くと食券を手にし、不愛想(ぶあいそ)に席から離れていった。
 その訳を明かせば、なんのことはない。この大衆食堂では食券と交換にお楽しみ券が1枚もらえ、20枚になれば天麩羅(テンプラ)入りの、しっぽくが無料で一杯、食べられる・・というシステムになっていたのだ。素麺は、あと1枚のところまで迫(せま)っていた。素麺の大願成就とは、お楽しみ券で食べる天麩羅入りの、しっぽくだった。
 庶民の大願成就とは実に成就しやすく、泣けるほど安上がりなのである。

         
                  完

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2018年12月11日 (火)

泣けるユーモア短編集-94- いよいよ…

 刻々と自分の順番が近づいてくるときの心境は、いよいよ…と不安や緊張が高まる状態にある。この結果、個人差が出ることとなり、実力が出せず、ぅぅぅ…と泣ける人、ははは…と笑える人の差となる訳だ。実力があったにもかかわらず、その結果にぅぅぅ…と泣けた人は実に惜(お)しいし、悔(くや)まれる。そこへいくと、そう大した実力がないにもかかわらず、えいっ! 一(いち)か八(ばち)かだっ! などという開き直りの結果、笑えることにでもなった人は、これはもう腹立たしく怒れる。いよいよ…と緊張する人は、気の鍛錬(たんれん)が必要・・ということだろうか?
 とある二人の会話である。どういった関係か? は、読んでいただければ分かる。
「いよいよですなぁ~煮干(にぼし)さんっ!」
「はい、いよいよ…です、被物(ひもの)さん…」
「どうです? ご準備の方はっ!?」
 被物は白衣を脱ぐと、応接室で待つ煮干へ語りかけながら対峙(たいじ)して座った。
「ははは…もう、この年になりましたから、さして以前ほどは…」
「以前ほどは?」
「はい、緊張もなくなりました。毎年、落ちて三十年です。もう、馴(な)れですよ、ははは…」
「同じ医学部を出て、私は一発合格。あなたは三十年…。皮肉なものです」
「私はダメなんですよ、いよいよ…となれば」
「いい腕されておられるのに惜しいことです…。コレなんか、最高の出来ですっ! …そうそう、こんな貴重ものを頂戴し、ありがとうございましたっ!」
「いゃぁ~不出来な作で申し訳ございません」
「いやいや、そんなことはっ! 大臣表彰の作品ですっ!」
「まぐれですよ、ははは…」
「いやいやいや、人間国宝のあなたが、そんなことはっ!」
「ははは…落ちても落ちても試験を受けておる馬鹿な人間国宝です、お笑いください」
「いやいやいやいや…滅相(めっそう)もないっ!!」
「いやいやいやいやいや、これだけのものです。では、これで…」
 煮干は、応接椅子を立つと、被物に軽く頭を下げ、暇乞(いとまご)いをした。     
 いよいよ…は、結果と実力とを分かつ心理的な分水嶺(ぶんすいれい)なのかも知れない。

         
                   完

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2018年12月10日 (月)

泣けるユーモア短編集-93- 枯れ草慕情♪

 この手の話は過去、何度か登場したと思うが、やはり、ぅぅぅ…と泣けるのが演歌である。 乳草(ちちぐさ)牛夫(うしお)・作詞 搾(しぼり)飲也(のみや)・作編曲による演歌♪枯れ草慕情♪は史上まれに見る爆発的なヒットを放(はな)っていた。今の時代、演歌曲の不振が続く中、どういう訳かこの曲だけは、お年寄りから子供まで、老若男女(ろうにゃくなんにょ)が歌い、そして感動させずにはおかなかった。演歌ながら童謡のようでもあり、またポップスやロックとして聴けなくもないという妙な演歌で、この曲の特徴(とくちょう)は? といえば、聴く者をして泣かさずにはおかない・・という泣ける曲だったのである。
「聴きましたかっ、毛並(けなみ)さんっ!」
「ええ、ええ。聴きましたとも、飼葉(かいば)さんっ!」
「泣けましたなっ!」
「ええ、ええ。もう…」
 毛並は、そう言った途端、ぅぅぅ…と咽(むせ)んだ。それを見た飼葉も、ぅぅぅ…と涙目になり、目頭(めがしら)を押さえた。
 演歌♪枯れ草慕情♪は、話題にするだけで泣けるという奇妙な曲だった。世界中が日本の泣ける曲・・という話題で報道し続けた。

        
                   完

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2018年12月 9日 (日)

泣けるユーモア短編集-92- 癖(くせ)

 本人が無意識で知らず知らずにやってしまうことを癖(くせ)という。無くて七癖、あって四十八癖・・とかいわれるが、コレだけは本人が自覚しないと直(なお)らないが、中には病的に治(なお)らず、ぅぅぅ…と泣ける性質のものもある。
 尾焦下(おこげ)は以前から治らない心理的な癖で悩(なや)んでいた。というのは、見た女性を委細(いさい)なく、すべて好きになる・・という癖である。好色魔にすっかり魅入(みい)られた格好だが、これだけはどうしようもなく、成るに任(まか)せる他はなかった。その妙な癖は十日(とおか)もすれば、ケロッ! と消え去る性質のものだったから、他人のみならず、尾焦下自身にも理解できなかった。
 世の中とは広いようで狭(せま)いものである。あるとき、尾焦下が買物で街を歩いていると、十字路で一人の女性と出会い頭(がしら)に接触した。尾焦下もその女性も他意がない偶然の接触だったのだが、尾焦下は接触の瞬間、かつて感じたことのないビリッ! と身体に走る電流のようなものを感じた。相手の女性もそのようで、どちらからともなく謝(あやま)っていた。
「どうも、すいません…」
「いえ、私こそ…」
 のちのち分かったことだが、その女性にも以前から治らない似通(にかよ)った心理的な癖があった。それは、見た男性がすべて嫌いになる心理的な癖だった。ところが、尾焦下との接触以降、その妙な癖は跡形(あとかた)もなく消え去ったのである。むろん、尾焦下の方も同じで、二人は妙なところで±[プラスマイナス]が中和し、妙なことに離れられなくなり結婚したのだった。
 癖は、泣けること以外に、こうした慶事も起こすのである。めでたし、めでたし。^^

         
                   完

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2018年12月 8日 (土)

泣けるユーモア短編集-91- ご飯(はん)騒動

 朝から市松(いちまつ)家(け)では、ご飯(はん)の炊(た)き加減を巡る一大騒動が勃発(ぼっぱつ)していた。とはいえそれは、某国の内戦のような血生臭(ちなまぐさ)い泣けるような騒動ではなく、飽くまでも口論、人間関係の不和以上のものではなかったのだが…。
 下町の、とある中流家庭である。
「ほんとにっ、父さんはっ!! 入れ歯を入れて下さいよっ! 毎度、毎度! こんな雑炊(ぞうすい)みたいなご飯、嫌ですよっ!」
「なにぃ~~っ!! お前なっ! 文句言うくらいなら、自分で炊けっ!」
 居間では、朝から主人の古太郎(こたろう)と息子の新一(しんいち)の間で、食事を巡る口論が勃発していた。和間の長机(ながづくえ)の上には、妻の和代(かずよ)が作った各種の料理皿が置かれ、長机を囲(かこ)んで家族八人が座っている・・といった構図である。
「まあまあ、お父さん! お食事どきですからっ…」
「そうだよぉ~。お前は、だいたい口煩(くちうるさ)いんだよっ! 誰に似たんだろうねぇ~、いったい!」
 今年、卒寿を迎えた祖母の洋(よう)が茶々(ちゃちゃ)を淹(い)れる。
「母さんは黙ってて下さいっ! これは私と父さんのっ!」
 そこまで新一が言ったとき、新一の子で末っ子の幼稚園児、住也(すみや)が突然、参加した。
「黙って静かに食べましょう・・って先生、言ってたよ!」
「ははは…住也が言うとおりだっ!」
 住也の長兄で中学生の柱(はしら)も加わる。
「そうよっ!」「そうそう!」
 姉の小学生、美柄(みつか)、次兄の梁(はり)も合流した。こうなれば、古太郎と新一は押し黙る以外にはない。いつしか、ご飯騒動は泣けるようなことも起こらず静まった。

         
                   完

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2018年12月 7日 (金)

泣けるユーモア短編集-90- 陽気(ようき)

 陽気というのは妙なもので、陽気(ようき)がいい・・と言えば、なんとなく場が華(はな)やぐ。逆に、なんか陰気(いんき)だなっ! となれば、場は急にシラけて萎(しぼ)む。どちらも目には見えない雰囲気だが、陽気は世の中には欠かせない存在だ。というのも、世の中はどうしてもマイナス要因を導(みちび)きやすく、陰気な様相を帯びやすいからだ。分かりやすい例だと、事件、事故などだが、私達の生活に直結した暮らし向きなどでも見られる。
 うららかな春、とある公園のベンチで、どこにでもいそうな二人の老人がベンチで話し合っている。
「日銀がゼロ金利・・とかでしょ?」
「そうですなぁ…。この国、大丈夫なんでしょうか?」
「はあ…。この先、あまり大丈夫でもなさそうですな、ははは…。陰気な話です」
「ポカポカと陽気はよくなりましたがっ! ははは…」
「ええ、そのとおりでっ。金を預(あずけ)けることもできゃしないっ!」
「と、いうことは、どうなんです? 銀行のお金は?」
「お金が預けられない訳ですから、お金がない・・ってことですか?」
「はい、まあそうなりますか…?」
{はあ…。まあ、そうなるでしょうな。ということは、金を貸し出せなくなる?]
「はあ…。まあ、そうなるでしょうな。となれば、益々(ますます)、世の中、陰気になりますか?」
「はい! まあ、陽気にはならんでしょうな」
「負のスパイラルですか? アホですな」
「ええ! アホ、バカ、チャンリンってやつですよ。政策が守りの陰気政策です。もっと陽気にやらないとっ!」
「バッ! と?」
「バッ! とは、バブルでダメでしょうが…。国力を梃子(てこ)押しするそれなりの色気は必要なんでしょうな」
「色気は陽気? ですなっ!」
「そう、陽気! 好景気にモノトーンは似合わないっ!」
「なるほどっ! ということは、日銀はっ?」
「陰気政策ですから、アホなんでしょうな、きっと。ははは…」
「ははは…陽気な私らにはご縁(えん)のない世界の話ですがっ、ははは…」
「ははは…忘れましょ、忘れましょ。それにしても、いい陽気だっ!」
「ですなっ!」
 陽気は大らかで、泣けることはないようだが、実は値上がりで楽しみにしていた天麩羅うどんが食べられなくなり、泣ける思いの二人だった。

         
                  完

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2018年12月 6日 (木)

泣けるユーモア短編集-89- 評価

 評価とは、実に曖昧(あいまい)なものである。というのも、その目に見えない価値基準は人それぞれで違うからだ。ある人に、『ほう、実に素晴らしいっ! OKですっ!!』と、ベタ褒(ほ)めされたのを喜んで、うっかり別の人に見せたりすると、『誰が作ったんですっ!? このガラクタっ! えっ? あんたがっ!? ダメでしょ、コンナノっ!!』と、全否定され、思わずぅぅぅ…と泣けることになる。この二人の評価の違いは、個人差にある。
『ははは…まあ、ありきたりだなぁ~。フツゥ~~じゃないの?』
 と、評価する人もあるだろう。これが評価というものである。なかには、目に見えない影の圧力があり、程度以上に評価される場合だってある。
 学生食堂でテレビを見ながら二人の学生が話をしている。画面では、誰も美人と思わないようなアイドルが得意げに歌っている。
「あの娘(こ)、最近、売れてるよなっ!!」
「ああ…ブサイクだけどなっ?」
「…そういや、フツゥ~~のそこいらにいる娘と変わらないな…」
「だろっ!? まあ、メディアの評価と俺達の評価は全然、違うってことだろうな、ははは…」
「そうそう。困ったもんだよ、ははは…」
 評価を誤(あやま)ると、こんな陰口(かげぐち)を叩(たた)かれ、ぅぅぅ…と泣けることにはならないが、笑われることになる。^^

         
                   完

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