2018年7月22日 (日)

逆転ユーモア短編集-52- 肩(かた)叩(たた)き

 どうも疲れている…と、錦木(にしきぎ)は片手で肩をポンポン・・と叩(たた)き始めた。会社で残業する日が多くなったからな…と、錦木は思いながら得心した。ここ最近、会社内の雰囲気は悪く、そうでもしないとリストラ対象になりかねない状況だったから、いい意味ではなく悪い意味で肩をポンポン・・と叩かれては困る訳だ。そんなことで残業続きの日々となったのだが、錦木としては、たまには何も考えず、馴染(なじ)みの鮨(すし)屋で上トロを頬張(ほおば)りながら熱(あつかん)でキュッ! と一杯やりたい心境だった。その馴染みの鮨屋も、ここ最近、とんと、ご無沙汰(ぶさた)していた。
 錦木が暗い課内で机上の蛍光灯一つでパソコンに向かっていると、そこへガードマンが一人、懐中電灯を照らしながらドアを開けた。
「ああ・・錦木さんでしたか。遅くまでご苦労さまです!」
「ああ…警備の堀田さん」
 錦木は思わず手を止め、振り向いた。堀田は錦木のデスクへ近づいた。
「いやぁ~誰かがお残りなんだろうとは思いましたがね、これも念のためです。仕事ですから…」
「そら、そうです。いや、ご苦労さまです」
「お互いに…」
 二人は顔を見合わせ、笑い合った。錦木は首を回しながら肩をポンポン・・と何度か叩いた。
「最近、お疲れなんでしょうな」
「はあ、まあ…。会社の状況が今一、厳(きび)しいですから」
「実は私も、ポンポン・・の口なんですよ」
 堀田は隣りのデスクの椅子へ座った。
「…と、言われますと?」
「前の会社で肩を叩かれまして…」
「叩かれましたか…」
「はい、叩かれました。それで、今です」
 二人は顔を見合わせ、また笑い合った。
「私もお世話になりますかな」
「その気分なら、リラックスできて肩を叩くほどお疲れにはならないでしょう」
「ははは…それもそうです。その節(せつ)はよろしく」
 その日以降、腹を括(くく)った錦木は、残業しなくなった。成りゆきに任(まか)せたのである。この逆転の発想で、錦木の肩は凝(こ)らなくなった。

      
                   完

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2018年7月21日 (土)

逆転ユーモア短編集-51- コトの次第(しだい)

 とある町内での話である。一軒の家を男が訪(たず)ねた。
「はい? どちらさまで?」
「こういう者です。つかぬことをお訊(たず)ねいたしますが、この男、見かけられたことはありませんか?」
 男は背広の内ポケットからチラッ! と警察手帳と一枚の写真を取り出し、格好よく言った。
「あっ! はい…。いえ、見たことはないですな…」
 訊ねられた男は写真を凝視(ぎょうし)したあと、そう返した。
「そうですか。いや、失礼しました」
 訊ねた男は右手で軽く敬礼するような仕草をすると、写真を内ポケットに入れ、ソソクサと立ち去ろうとした。
「あのっ! その男がどうかしたんですかっ?」
 訊ねられた男は立ち去ろうとした訊ねた男の背に言葉を投げかけた。
「いや、なに…。そう大したことじゃないんですがね」
 訊ねた男は立ち止まってふり向くと、返答した。
「なんなんです?」
「いや、お話しするようなことじゃないんです」
「いやぁ~。だから、それを知りたいんですよ。そう焦(じ)らさないで…」
「焦らすもなにも、ほんとに小さいことなんですからっ! あんたも諄(くど)いなっ! もう、いいですかっ!!」
 訊ねた男は、訊ねられた男が逆転してしつこく訊ねるものだから、ついに怒り始めた。
「ええ、まあ…。どうぞ」
 訊ねられた男は煮え切らないまま、訊ねた男を解放した。
「たぶん、犯人を追ってるんだ、あの刑事さん…」
 訊ねた男が立ち去ったあと、訊ねられた男はそう呟(つぶや)いた。だが、コトの次第(しだい)は、そうではなかった。刑事は合っていたが、写真の人物は今年、警察表彰される優良人物で、行方が分からなかったのである。
 現実に起こるコトの次第はドラマ風ではなく、逆転するコトもある訳だ。

                           完

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2018年7月20日 (金)

逆転ユーモア短編集-50- 意気込み

 思ったことを、何がなんでもやってしまおう! というのが意気込みだ。意気込みがない思いつきは失敗を招(まね)きやすい上に、下手(へた)をすれば、逆転して取り返しがつかないことにもなりかねない。
 日曜の朝、味噌川(みそかわ)は、ふと思いついた料理を作ってみよう…と思わなくてもいいのに思ってしまった。テレビに映(うつ)っていた料理番組の料理が余りにも美味(うま)そうだったからだが、思ってしまったものは仕方がない。生憎(あいにく)、妻と子は田舎(いなか)の実家へ帰っていて、家の中は味噌川一人だった。まあ、思いようによっては横からとやかく言われず、やり易(やす)くはあった。ただ、綿密に計画を立てて、やろう! と意気込んだ調理ではなかったから、材料も当然、整っていなかった。それでも、まあ代用品でもいいか…とキャベツ代わりに白菜を、牛肉代わりに豚肉を使って調理することにした。主役が倒れたから急遽(きゅうきょ)キャストに代役を立てる・・というのに似ていなくもなかった。
「おかしいなぁ…」
 この言葉が味噌川の口から漏(も)れ出たのは、調理を始めて小一時間が経(た)った頃である。味はそれなりの味に仕上がっていたが、仕上がった外観がサッパリだった。どうサッパリなのか? といえば、見た目がグチャグチャで、材料をそのまま放り込んで煮た・・というような仕上がりだった。テレビでは綺麗(きれい)に皿へ盛り付けられていたから美味そうだったものの、出来上がった代物(しろもの)はサッパリ食欲が湧(わ)かなかった。
「まあ、仕方ないか、そのうち腹も減るだろう…」
 愚痴ともつかない言葉で調理をやめて片づけると、味噌川は他の雑用をやることにした。出来上がった料理は、容器に入れて冷蔵庫へ収納しておいた。
 それでも人間は上手(うま)く出来ている。雑用をしているうちに味噌川は腹が減ってきた。よしっ、食べるかっ! と、味噌川は意気込んで腹を満たすことにした。そして、冷蔵庫から意気込まずに仕上がった料理を取り出し、意気込んで食べ始めると、案に相違して美味かった。
 意気込むことは、大事なのだ。

        
                   完

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2018年7月19日 (木)

逆転ユーモア短編集-49- 手順前後

 料理教室の調理実習で2人の男がカレーを作っている。見守る審査員はプロの料理家2名である。審査を受ける片方の男のカレー鍋(なべ)は、コトコトコト…と美味(うま)そうに煮えている。すでに豚肉、タマネギやニンジンを十分に炒(いた)め、水を足して固形スープの素(もと)、香辛料などを入れたあと煮立たせている段階だ。あとはカレーのルーを入れてしばらくすれば出来上がるところまで完成している。もう片方の男は、そこまで至っておらず、フライパンを2丁使い、煮汁と炒めを別にして、ゆっくりと調理している。この男の思惑(おもわく)はカレー味を重視している点にある。片方のフライパンで野菜を十分に炒め、もう片方のフライパンで豚肉を炒める。そしてそこへ水を足して固形スープの素(もと)、香辛料などを入れて煮汁を作るという寸法だ。煮えればルーを溶かし入れ、炒めた野菜を軽く絡(から)めれば出来上がり・・となる。こうすれば、確かにカレーは甘くならない。恰(あたか)も片方の男が長刀の佐々木小次郎とすれば、もう片方の男は二刀流の宮本武蔵に例えられるだろう。佐々木小次郎は平凡な甘口カレーを、片や宮本武蔵はカレー味を重視している訳だ。
 調理後のプロ料理家による寸評(すんぴょう)である。
「確かに、甘口の方(かた)は、それはそれでいいんでしょうねぇ~」
「ええ。しかし、タマネギなどの野菜を煮立たせると味が甘くなる・・というもう片方の方の調理も頷(うなず)けます」
「それは、そうです。手順前後で甘口と辛口に分れるということでしょうね」
「手順前後は結果を大きく変化させます」
「…はい。私は妻より先に私の下着を洗い、叱(しか)られました」
「叱られましたか。手順前後にすれば叱られなかったでしょうね」
「はい…」
 料理会場に参加者達の割れんばかりの爆笑が起こった。

                             完

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2018年7月18日 (水)

逆転ユーモア短編集-48- 強制と自然

 強制するとは、人に対して自分の思う意思を通そうと無理に強(し)いることをいう。そうすると、相手も当然、自分の意思を持っているから、そこに両者の軋轢(あつれき)が・・早い話、摩擦(まさつ)が・・、ちっとも早くないが、新幹線ほどの速度でお分かりいただくなら、トラブルが・・生じることになる。トラブルは現代社会ではもはや、英語ではなく和製英語的に常用されているから、早く分かっていただけるだろう。まあ、そんなことはどうでもいい話だが、強制せず自然の流れに任(まか)せれば、コトは案外、スムースに、しかも早く片づくことが多い。…スムースも、もはや和製英語だが、これも、どうでもいい話だが…。
 北風が身に染(し)みる夜の10時過ぎのオデン屋台である。一人の湿気(しけ)た外見の男が床机(しょうぎ)に座ろうとした。
「すみませんねぇ~。今日はもう、店じまいなんで…」
「チェッ!」
 店の親父に断られると、その男は捨て台詞(ぜりふ)を残し、去っていった。強制して無理に客になろうとした訳である。その数分後、今度は通勤帰りの男が、首筋を揉(も)みながらやってきた。屋台の暖簾(のれん)を下ろそうとしていた親父の後ろ姿に、男は小さく声をかけた。
「終わりでしょうね?」
「あっ! これはこれは東崎(とうざき)さん! 今夜は随分、遅(おそ)いですなぁ~」
 東崎はこの屋台の常連客で、いつもは7時頃に顔を見せる客だった。
「ははは…困ったことに急の仕事が入っちまって、残業ですよぉ~」
「それはそれは、ご苦労さんでした。よかったら、やってって下さい」
「いや、悪いなっ、それはっ! 終わりでしょ?」
「ははは…いいんですよ。いつも寄っていただいてるんですから。小一時間くらいはっ」
「そうですかっ? それじゃ、冷(ひ)やで一杯! それといつものやつを適当に…」
「へいっ!」
 東崎は自然と客になった。
 これが強制と自然で生じた逆転の結果である。

                            完

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2018年7月17日 (火)

逆転ユーモア短編集-47- 接客指導

 明谷(あけたに)に言わせれば、今一、分からないのだという。何が分からないのか? といえば、それはレジへの接客指導である。レジとは誰しもご存知のように、スーパーで買物代金を支払うときに対応するレジ係のことだ。では、そのレジ係が接客する何が明谷に分からないのか? ということになるが、それはこれから追々(おいおい)と語ることにしよう。語ってもらわなくてもいい! と思われる方は、適当に寛(くつろ)いで戴いても一向に構わない。
 その日、明谷はいつものようにスーパーへ買物に出た。買うものが出来たからだが、別に変わったこともなく消耗した品を買うと手持ちの籠へ入れ、レジへと向かった。生憎(あいにく)、レジのカウンターは買物客でごった返していた。ちょうどその日が連休だったこともあったのだろう。明谷は、まあ、仕方ないか…と思うでもなく、無意識で客列の短そうなところへと並んだ。そして、しばらくは並んでいた。明谷が並ぶレジの後方のレジは係員がいなかった。そのとき、急に店内アナウンスが流れた。
『食品レジが、ただいま大変、混雑しております。お客様には大変ご迷惑をおかけいたします』
 女性アナウンスが流暢(りゅうちょう)にペチャクチャと捲(ま)くし立てた。明谷は、また思うでなく、『そらそのとおりだ。確かに混雑してる…』と思った。店内アナウンスは、なおも続いた。
『係員は食品レジへお入り下さい』
 そのアナウンスが終わるか終わらないかのうちに、女性レジ係と思(おぼ)しき女性店員が走ってきて、明谷の後方のレジへと入った。明谷は、前に並ぶ客が支払いを終えそうな状態で、『やれやれ、やっと俺の番か…』と思うでもなく並んでいた。そのとき、明谷の思いを覆(くつがえ)す逆転の声がした。今、走りこんだ後方の女性レジ係の声だった。
「あの…こちらへ、どうぞっ!」
 明谷は、嘘(うそ)だろっ! と、はっきり思った。というのも、明谷はすでに次の番で、ほぼレジ前にいるからである。後ろのレジへ移動する間にレジが済むだろうが…と思えたのは、なにも明谷一人ではなかったはずである。
「いいです…」
 明谷は逆転を固辞(こじ)した。少し妙な接客だな…と思えたのは店を出たあとだった。長蛇(ちょうだ)の列に並ぶ一番後方の客の待つ労(ろう)を察(さっ)して声をかけるのなら理解できるのだ。逆転した店の接客指導を、明谷は未(いま)だに分からないそうだ。

        
                   完

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2018年7月16日 (月)

逆転ユーモア短編集-46- 妨害(ぼうがい)

 人の行為を妨害(ぼうがい)して喜んでいたりすると、逆転して妨害されることになる。━ 身から出た錆(さび) ━ というやつで、悪事が同じ形(かたち)で自分に跳(は)ね返ってくる・・というのだから、この世は上手(うま)く出来ている。そういうことで・・でもないが、カラスも盗(と)ったり突(つつ)いたりしない方がいいだろう・・という結論となる。^^ むろん、その逆も言える訳で、いい事をすれば、その恩恵は必ずかどうかは別として、ある・・ということになる。ただ、この場合も、計算ずくでは何も起こらないか、下手(へた)をすると悪く報(むく)いるから怖(こわ)い。その具体例は童話の中にもよく登場する。
「坂畑さん、あなた、アレ知りませんか?」
「えっ? なんでした?」
「いやぁ~、いつも消えるんで不思議に思っとったんですよ」
「なんのことです?」
「屋上で焼肉パーティしようと置いておいた肉がね」
「ああ、その件ですか。いや、私も実は不思議に思ってたんですよ。私が幹事(かんじ)をしたときも、夕方、大恥(おおっぱじ)を掻(か)きましたよ」
「そうなんですよ。いや、私もね。不思議に思えて、皆(みんな)に訊(たず)ねたんですが、誰も運んだ覚えがない・・って言いますしね」
「マジックじゃないんですからね」
「ええ、時代劇でよく出てくる、悪党の急ぎ働(ばたら)きか何かですかね、ははは…」
「いや、笑えない話ですよ、これは。誰も知らないのに消える妨害ですから怖(こわ)い」
「ええ、まあ…」
 二人の顔は瑠璃(るり)色の光を放(はな)ち、少し紫色を帯びて蒼(あお)白(じろ)くなった。
「警察へ一応、被害届を出した方が…」
「いや、それはもう少し調べてからにしましょう」
「そうですね。状況がはっきりした上で、ですよね」
「ええ、カラスだった・・なんて話になれば、ここの信用にもかかわります」
「ええ、そうですとも!」
 しかし、事実は食べ残しをしない頭のいいカラスの仕業(しわざ)だった。さらに、カラスが食べたその肉は、生肉業者がどう間違えたのかカラス肉で、ポワレ[肉料理名]用の笹身(ささみ)だったのである。カラスはカラスを共(とも)食いして食べたことになる

    
                        完

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2018年7月15日 (日)

逆転ユーモア短編集-45- 修正

 人である以上、必ず失敗は付き纏(まと)う。ははは…私に失敗など、ありはしないっ! と嘯(うそぶ)きながら大笑いした途端(とたん)、躓(つまづ)いて捻挫(ねんざ)する・・といったような出来事は日常(にちじょう)茶飯事(さはんじ)である。問題は、失敗に気づいたあとの行動差だ。ただちに修正しようと行動する者、あとで修正しようと思う者、まあ、いいか…次から注意しようと思うだけの者と、三者(さんしゃ)三様(さんよう)の違いを生じる。
「長鼻(ながばな)はどうしたっ?!」
「ああ、長鼻さんは奥さんの出産が近いそうで早退されましたよ」
「ああ、そうだったな。弱ったな…。コレ、君に出来るか?」
「ああ、コレですか。コレは、その…出来そうな、出来なさそうな…」
 顎川(あごかわ)は副課長代理代行の足尾(あしお)に曖昧(あいまい)に返した。
「はきつかんヤツだっ! もう、いいっ!」
「いや、出来ますっ!!」
 足尾の言葉にムカッ! とした顎川は、思わずそう言ってしまった。
「本当(ほんと)かっ?! …まあ、いい。君しかおらんのだから仕方あるまいっ! じゃあ、明日までに頼んだぞっ!」
「はいっ!」
 返事はよかったが、顎川に先の見込みはついていなかった。
 足尾が去ったあと、顎川の奮戦が始まった。失敗しては、いや、まだまだ…と、心を新(あら)たに修正していった。いつの間にか退社時間となり、皆が帰ったあとも顎川の奮戦は続いた。いつしか外は漆黒(しっこく)の闇(やみ)になっていた。
「精が出るね…これ、コンビニ弁当。暖(あたた)めてもらったから、すぐ食べなさいっ!
 お茶とケーキも買っておいた。それじゃ、頑張ってなっ。頼んだよっ!」
「はいっ! 有難うございましたっ!」
 立ち去る足尾の後ろ姿を見て、足尾さんって、実はいい人なんだな…と、顎川は思った。そして、来年は、きっと副課長代理に出世されるだろう…と瞬間、思ったが、大した出世にも思えなくなり、修正して思うのをやめた。その後も顎川の奮闘は続き、失敗と修正を繰り返しつつ完成させ、いつの間にか眠ってしまっていた。気づけば明け方近くで、東の空が明るくなり始めていた。楽しみにしていたスキ焼パティーには参加できなくなった半面、顎川には達成感が残った。修正は逆転して達成感を生む。

                           完

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2018年7月14日 (土)

逆転ユーモア短編集-44- 苦

 苦も人生修行と思いなされ・・などと寺の高僧に言われれば、ああ、そんなものなのか…と私達凡人は思ってしまう。世俗(せぞく)にいるのだからそれも当然なのだろうが、落ち着いて考えれば、それもそうだな…と思えなくもない。逆転した考え方だが、苦が自分自身を高める・・という高級な発想だ。
 とある町役場の課内である。課長と思(おぼ)しき男が、やたらと歩き回り、アチラコチラと探している。
「妙だな? 平山さんの姿が見えんが、どうしたのかね、君?」
「えっ? あっ! おられないですね。つい今まで隣(とな)りのデスクでウトウト眠ってました、いや、おられましたが…。おかしいなあ~?」
「おかしいって君、隣りの席だろっ。分かりそうなものじゃないかっ!」
「課長はそう言われますがね。平山さんは、いつの間にかスゥ~っと消えられるんで、皆に幽霊職員と呼ばれてるんですっ!」
「だから、それがどうしたの! そうだとしても、フツゥ~は気づくだろうがっ! 隣りなんだからっ!」
「ええ、まあ…それはそうなんですけどね。妙だなぁ~」
「妙って君、隣りにいて、そんな」
「課長はご存知ないないだけですよ。あの人、苦のない方ですから。たぶんお身体(からだ)が軽いんじゃないでしょうか」
「ははは…上手(うま)いこと言うなあ、君。私なんぞ、苦だらけだから、かなり重いよっ。そんなことは、どうでもいいんだっ! …しかし、そういや、体重が増えたな…」
 課長は独(ひと)りごちた。
「それで課長。平山さんになんなんです?」
「んっ? なんだったかな…」
 課長は席へと歩き始めた。いつの間にか、苦のない平山は、またスゥ~っと席に着いていた。私ならここにいますが…と言おうとした平山に、二人は気づいていない。
 苦がないと自身の向上はなさそうだが、逆転して、どうも忍者の身軽さが備わるようだ

         
                   完

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2018年7月13日 (金)

逆転ユーモア短編集-43- 正しい掃(は)き方

 寒くなると北風が吹いて木枯らしを起こす。そうなれば当然、広葉樹の枝葉(えだは)は色づき、やがては枯葉となって地上へと降り注ぐ。その数のなんと多いことか…と、人々は溜(た)め息を吐(つ)きながら大量の葉を掃(は)き集めることになる。ここで問題となるのが、掃く方向である。風が吹いている日、吹く風に向かって掃く行為は、労力を費(つい)やすだけでなく、時間を取られ、せっかく掃いた落ち葉をまた散らされたりして腹立たしくさせるから、やめた方がいい・・という掃き方の結論が導き出される。かといって風が吹く方向に向かって掃けばいいのか? といえば、実は効果面からすると、そうでもないのだ。
『よしっ! あちらから…』
 禿川(はげかわ)は、そう心で呟(つぶや)くと北の隅(すみ)から風の向きに従って南方向へと掃き始めた。最初のうちは順調だった。というのも、風が吹いてどんどんと掃く方向へ落ち葉を運んでくれたからである。
『これは早いぞっ!』
 禿川はまた心で呟きながら、気分を高揚(こうよう)させて掃き続けた。ところが、である。案に相違して早く終わりそうに思えたそのときだった。状況は落ち葉の山が完成し、禿川は、そろそろ袋に入れよう…としていたときである。一陣の強風が吹き荒れ、あれよあれよ・・という間に元の掃き始めた元の状態へと戻(もど)してしまったのである。双六(すごろく)ではないが、振り出しへ戻る・・である。禿川はガックリと意気消沈(いきしょうちん)し、すっかりやる気をなくしてしまった。そして、もういいっ! と自暴自棄(じぼうじき)になってやめようとした瞬間だった。禿川はハッ! と気づいた。そうだっ! なにも今、掃かねばならない・・という決めはないんだ…と。そう気づいた禿川はタイミングをずらすことにした。いわゆるバレーボールで使用されるところの時間差攻撃というやつである。この攻撃法でいけば、北風は自然と落ち葉を北から南へと吹き流してくれることになる。すると、掃く労力もいらず、その時間分、他の事をできる訳だ。いわゆる逆転の発想である。すぐ掃いて綺麗(きれい)に・・という気分にはなるが、そこはそれ、━ 慌てる乞食(こじき)は貰(もら)いが少ない ━ と言うではないか…と馬鹿馬鹿しいことを巡りながら、禿川は家の中へと撤収(てっしゅう)した。
 1時間後、風はやんでいた。禿川は、ふたたび掃こう…と玄関戸を開けた。すると、禿川が予想したとおり、落ち葉の山がすでに南の隅に出来上がっているではないか。禿川は漁夫の利を得た気分になり、これが正しい掃き方だな…と、ニヤけた。

        
                   完

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