2017年11月24日 (金)

困ったユーモア短編集-12- 逆転

 世の中は困ったことに富む人と貧しい人とに片寄りを見せ、分かたれる。植土(うえつち)も貧しい側へ吸引されそうな一人だったが、なんとか堪(こら)えて踏みとどまり、富もう! と日々、農業に汗していた。そんな植土をあざ笑うかのように、近所の豪邸に住む生楽(しょうらく)は鼻毛を抜きながら欠伸(あくび)をし、¥百万の札束を数えていた。
「梅雨の晴れ間に一度、虫干しせんと、カビが生えていかんな…」
 しらこい[しらじらしい]顔で数十億はあろうか・・という札束の山を、生楽は腕組みしながら恨めしげに眺(なが)めた。
 何年かが経(た)ったとき、世界に大恐慌が起きた。その結果、貨幣は紙くず同然となったが、植土は食べ物にはこと欠かなかったから穏やかに生活を続けることができた。一方、生楽は飢えた空腹の腹を抱えて食べ物を求め、さ迷っていた。両者の立場が逆転し、植土が富む人となり、生楽が貧しい人になったのである。誰も拾わないゴミとなったお札が木の葉のように道で舞っていた。

                            完

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2017年11月23日 (木)

困ったユーモア短編集-11- お医者

 春になるといろいろな植物が勢いを増し、果実を実らせる。藪(やぶ)に生える竹の子もその一つだ。
「おおっ! 美味(うま)そうだっ!」
 食い気(け)が先走る道脇(みちわき)はグゥ~~っと腹を鳴らしながら藪林の中を通る細い野道を愛犬とともに散歩していた。ふと、道脇の頭に昨日、行ったお医者の顔が浮かんだ。そういや、お医者にもいろいろといる。名医と呼ばれる優(すぐ)れ者から藪医者、いやそこまでもいかない竹の子医者まで、さまざま存在するのである。ヌメッ! と草むらから生えた野生感は竹の子だったが、そう不出来な竹の子医者とも思えなかった…と、道脇はまた思った。病状はその後、よくなって癒(い)えたのだから竹の子の部類でないことは確かだった。外観と内観は必ずしも一致しないのが人間だ…と道脇は、またまた偉そうに思いながら、腹の足しにしよう…と野道に出ている分だけを収穫し、帰路についた。
 竹の子の煮付けで夕飯を食べる道脇の頭は食い気だけで、診(み)たお医者の顔は、すでになかった。

                            完

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2017年11月22日 (水)

困ったユーモア短編集-10- 気体と液体

 今年、4月から営業課に配属された明るい性格の蚊取は、困ったことに夏が近づくにつれ、すっかりテンションを下げていた。あれだけハイテンションだった人物が次第にテンションを下げたのには当然、不適な人事異動という理由があった。蚊取は元々、有能な新入社員として総務部で採用された人物だったから、社内の誰の目にも、蚊取の異動理由が分からず、時の人として噂(うわさ)になっていたのだが、そのことを当の本人である蚊取は知らなかった。
「ワッ! 蚊取さんよっ!」
 若いOL達から注目されれば、蚊取としても悪い気はしない。今やそのことが唯一の救いになっていることを、しみじみと蚊取は実感していた。同期入社の虫除(むしよけ)は、蚊取とは逆に営業部から総務部へ異動し、我が世の春を謳歌(おうか)していた。そんな虫除の話を小耳に挟むにつけ、蚊取の気分がいいはずがない。虫除の液体的なベトベトした塗り薬のような上司への応対はOL達の顰蹙(ひんしゅく)を買ったが、蚊取は逆にOL達から同情され、上手(うま)い具合に彼女達を気体的に煙に巻いた。そして、このことが蚊取を総務部へと復帰させ、虫除を元の営業部へ追いやったのだから怖(こわ)いものである。ベトベトした液体的な応対は煙に巻く気体的な応対には敵(かな)わないのだ。

                            完

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2017年11月21日 (火)

困ったユーモア短編集-9- 上に立つ人

 人事異動があり、鴫川(しぎかわ)が所属する総務付属室に新しい室長、小魚(こうお)が赴任(ふにん)した。総務付属室は、総務の雑用係のような部署で、まあ、あってもなかってもいいようなところだった。
「このたび赴任しました小魚です。よろしく、お願いいたします…」
 室長にしては下から目線で小魚は就任の挨拶をした。鴫川が知っている今までの室長は上から目線の人ばかりだったから、おやっ? と鴫川は感じた。それもそのはずで、小魚は部下の凡ミスを一手に引き受け、自分のミスとして飛ばされたのである。
「鴫川と申します。よろしくおねがいいたします…」
 何人かが自己挨拶したあと、鴫川は取りあえず窺(うかが)うように挨拶をした。困ったことに、今まで居丈高(いたけだか)に命令されることになれてきた鴫川には、これからどのような態度で下から目線の小魚に対すればいいのかが分からなかった。
「いいえ、こちらこそ…」
 すぐ、小魚は返答した。
「いやいやいや、私こそ…」
 それに、またすぐ小魚が返した。すばやいキャッチボールの投げ合いである。これでは埒(らち)が明(あ)かない。鴫川も困ったが、小魚も困ってしまった。そのとき、昼を告げる職場のチャイムが鳴った。岸辺で繰り広げられた鴫と魚の格闘は引き分けに終わった。上に立つ人は小魚のように要領を得ているのである。

                            完

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2017年11月20日 (月)

困ったユーモア短編集-8- 大金持ち

 苦労して蓄(たくわ)えた末、ようやく大金持ちになった花坂は、どんどん使うことにしよう…と考えを180度変えた。というのは、先週、病院で受けた健康診断の結果、かなり症状が重い、なんたらかんたら[どうたらこうたら]・・という長い病名の病(やまい)に冒(おか)されていることが判明したからだった。医者が言うには、余命あと数年・・との診断結果を聞き、花坂は、もう、いいやっ! とブッ切れたのである。大金を残したって、持って黄泉(よみ)の国へ行く訳にはいかないし、だいいち、そんな国があるとも到底(とうてい)、信じられない花坂だった。百歩、譲(ゆず)って、そんな死の世界があるとして、その金でいいランクに生まれられる保証がないことは明明白白だった。で、使おう…と思った花坂だったが、ひと月もすると飽(あ)きてきた。高級ステーキも朝から毎日食べていると、そう美味(うま)くもなくなった。で、料亭で好きな鰻重(うなじゅう)を食べ始めたのだが、これも一週間ほどで飽きてきた。すると困ったことに、沢庵(たくあん)三切れほどが絶妙の味に思え出したのである。身に付けるものやあらゆる贅沢(ぜいたく)品にしても食べ物と同じで、たかだか程度が知れていた。どうも馴染(なじ)まず、落ち着けないのだった。高級車のなんと気を使うことか…。花坂は困った。で、ひと月後には元の生活サイクルへ戻(もど)したのだが、これがなんと快適なことか…と思える花坂だった。
 そして、数年が瞬(またた)く間に過ぎ去っていった。
「先生、私、そろそろじゃないんですか?」
「なにがですか?」
「えっ!? なんとかいうややこしい病名で、あと余命が数年だとか…」
「誰がです?」
「私が…」
「ははは…ご冗談を! 花坂さんはあと数十年は大丈夫ですよっ! こうして、来診していただいていれば…」
「そんな…」
「ああ! そういや、そんな患者さんがいた・・というようなことはお話したかも知れませんね、ははは…」
 花坂は、なにが、ははは…だっ! と怒れたが、自分の思い違いかも知れない…と思え、黙って頷(うなず)いた。その後、花坂は、また蓄える生活を
始め、相変わらず元気に生き続けているということである。

                             完

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2017年11月19日 (日)

困ったユーモア短編集-7- 騒音

 村越茂助は眠れず、困っていた。別に眠気がない訳ではなかった。音が気になって眠れないのだった。それは、近所で行われていた深夜工事の騒音から始まった。
「五月蝿(うるさ)くて眠れん!!」
 カ~~ンカ~~ン! キンキンキンキン! ガガガガァ~~! という音が、まったく同じリズムのようにくり返しで、していた。何をすれば、あんな音がするんだろう…と、村越は眠れず困った挙句(あげく)、ふと、そう考えた。
『まあ、明日までの辛抱だ…』
 諦(あきら)めた村越は、毛布を頭まで被(かぶ)ると、目を閉ざした。深夜工事といえど、日が変われば音が止まることは村越も毎日のことだったから、分かっていた。
 そして、次の日である。零時を過ぎ、音は止まった。やれやれ、これで眠れるぞ…と、毛布を被っても眠れなかった村越は思った。ところが、である。また、音が気になり出し、寝られないのだ。なんの音? かといえば、それは規則正しく運針する目覚ましの音だった。
「あああ~~~っ! もう!!」
 村越はベッドから飛び出した。
『東軍の諸将、旗幟(きし)を鮮明にせざれば、ご出馬、これなく…』
 目覚ましの音が、村越にはそう聞こえた。昼に観た大河ドラマの台詞(セリフ)の一部だった。
「今年は参議院選挙か…」
 村越は眠ることを完全に諦(あきら)め、カップ麺を食べることで困らないことにした。

                            完

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2017年11月18日 (土)

困ったユーモア短編集-6- 退化

 社内の一場面である。朝から底鍋物産の総合開発事業部では重要な書類の作成が急がれていた。多くの会社役員を招いての新開発商品のプレゼンテーションが午後1時から開かれるこの日、困ったことに電気系統の機器が、いっせいにストライキ状態となって停止したのである。
「多所(たどころ)君、なんとかならんのかね! えっ! 1時まで飯(めし)抜きでも、あと3時間もないんだよっ!」
 開発部長の粋付(いきつけ)は、課長の多所に大声で叱咤(しった)した。
「はあ、そう言われましても、原因が分かりませんで…。電気系統ではないようです」
「! もうっ! 手書きでも何でもいいからさ、ともかく30部ほど、なんとかならんのかねっ!!」
「はっ! とにかく書かせますが、なにぶん筆不精(ふでぶしょう)者(もの)ばかりでして…」
「馬鹿! それは筆不精じゃないんだよ、君! 分からんのかねっ! 退化だよっ、退化! 手先のっ!」
「はあ…」
「こんなことを君に愚痴っても始まらん! ともかく急いでくれたまえっ!」
「はっ! 分かりましたっ! 早急にっ!」
 多所は慌(あわ)てながら部長室から出ていった。
「便利さとはなんなのかねぇ~、困ったもんだよ…」
 粋付は言葉とは裏腹に、楽しみにしているこの日限定の木の芽御膳が食べられなくなる不満を、上手(うま)く詭弁(きべん)を弄(ろう)して纏(まと)め上げた。要は、部長の粋付にとって重要なのは昼からのプレゼンではなく、木の芽御膳だったのである。粋付の頭も、すでに退化していた。

                            完

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2017年11月17日 (金)

困ったユーモア短編集-5- 有効利用

 浜嶋は痛んだ布団を見て、さて、どうしたものか…と考えていた。手早いのは、廃棄(はいき)して新らしい布団を買うことである。それには、いくらかの出費を余儀なくされる。困ったのは、その布団が、そう痛んでいないということだった。派手に破れたり汚れているのなら、考えなくても、すぐ買い換えられるのだが、モノは少し片隅が破れているだけだった。そう汚れている訳でもないから、浜嶋は困ったのである。ならば、修理をするか・・と日曜大工的に浜嶋は考えた。布団だから当然、工具は使えないし、出る幕もない。そこは、鋏(ハサミ)や針、糸などの裁縫道具の出番となる修繕作業だ。ほんの小一時間…と目論見(もくろみ)、修繕を始めた浜嶋だったが、ことのほか手間取り、作業が終わったのは昼頃になっていた。他にすることもないから、まあいいか…と、浜嶋は昼食にすることにした。出した鋏を片づけようとしたときである。刃先の一部が錆びついていることに浜嶋は気づいた。使うだけ使った挙句、このまま片づけるというのも気が引けた。ここは砥(と)ぎだろう…と思え、浜嶋は研ぎ始めた。そして火で乾かし。油を塗布し、元の場所へと収納した。物はモノを言わないが、モノだけに物々しい…と、訳が分からないことを思いながら時計を見ると、ずてに昼の1時を回っていた。他にすることもないから、まあいいか…とまた思いながら、浜嶋は、ようやく遅い昼食にありつけた。やり遂げた達成感と、なんとも言えない味わい深いいい気分に浜嶋は包まれた。困った気分が完全にいい気分に逆転するノックアウト勝ちだった。

                            完

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2017年11月16日 (木)

困ったユーモア短編集-4- 刈り込み暮色(ぼしょく)

 宇多は日曜の朝、息子の輝矢(てるや)の頭を刈ってやろう…と、バリカンを取り出した。少年野球チームの4番打者で活躍する輝矢は、日々の練習で、泥んこになって家へ帰ってくる日が続いていた。泥んこは洗濯をすれば事は足りるが、日々の練習による汗臭さは宇多家の大きな問題になっていた。
「よしっ! 俺が刈ってやる。母さん、鋏(ハサミ)とバリカン、確かあったな?」
「ええ…あるには、あるけど」
 宇多の家に昔からあるバリカンは年代もので、宇多自身が少年の頃、よく母親に刈ってもらった一品だった。宇多にとっては刈られてばかりで、刈ったことがなかったから、懐かしさも手伝ってか、一度、刈ってみたい…とは、かねがね思っていたのだ。そこへ、格好の獲物が通りかかった・・という寸法だ。この機会を逃しては獲物をモノにすることは不可能だろう。…荒野の腹を空(す)かせたライオンではないから、そんなことはないが、宇多にとっては、まあ、そんな気分だった。輝矢は最初、嫌(いや)がったが、ある目的があったから五分刈りぐらいなら・・という条件で契約を更新、いや、OKした。そして、日曜の朝となったのである。朝から雨が降っていて、練習中止の輝矢は家にいた。
 そして、コトは始まった。失敗は出来ない…と、鋏を手にした宇多はゆっくりと刈り始めた。毛長の部分は首尾よく刈り進めた宇多だったが、バリカンで裾刈(すそが)りをして手鏡に映る輝矢の頭を見ると、困ったことに、少し裾の右の方が刈り過ぎたように思えた。そこで、宇多は左をもう少し刈ろう…とバリカンを、ふたたび手にした。そのとき昼の時報が鳴った。宇多は、まあ昼からでもいいか…と輝矢の都合も訊(き)かず、勝手に算段した。
「おいっ! 昼にするぞっ…」
「んっ? んっ…」
 輝矢は、でくのぼうのように従った。今月は言うことを聞いておかないと小遣いのべースアップが危ぶまれる危険性があったのだ。刈り込みに従ったのも、そのせいである。いつもなら、アッカンベェ~~! と家を飛び出して練習か、友達の家へ飛び出している輝矢だった。
 昼食を家族三人で食べ、妻の美佳が買い物に出たのと同時に、また頭の裾刈り合わせは再開された。宇多は裾の左をバリカンで少し短くした。ところが、である。困ったことに、今度は右より少し刈り込み過ぎた。しまった! と思ったが、もう遅い。輝矢は相変わらず、でくのぼうで、宇多に任せっきりになって椅子へ座っていて気づいてはいない。
「父さん、どうかしたの?」
 宇多の手が止まったのを感じ、輝矢が小声で訊(たず)ねた。
「いや、なにもない…」
 真実は大問題が発生していたのだが、宇多は暈(ぼか)して誤魔化した。だがその実、さて、弱ったぞ…である。これ以上、裾を刈り上げては見られたものではない。
「輝矢…丸刈りはダメか?」
「ええっ! …いいけどさぁ~」
 夕暮れになったとき、輝矢の刈り込みは丸坊主で終わっていた。

                        完

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2017年11月15日 (水)

困ったユーモア短編集-3- よかった…

 困ったことに、崖崩(がけくず)れによる復旧が遅(おく)れている・・と、カーラジオが唸(うな)っている。春の行楽シーズン真っ盛りの今、家族づれの車旅を決め込んだまではよかったが、高速に入った途端、渡橋は大渋滞に巻き込まれていた。さあ、どうしたものか…と考え倦(あぐ)ねても、止まった車列が動くはずもなかった。
「パパ! おしっこ!」
「…もう少し我慢しなさいっ!」
 子供にそうは言ってみたものの、もう少し先になればトイレが現れる訳もなく、渡橋は緊急対応を余儀(よぎ)なくされた。幸いにも渡橋の足元には飲みかけのペットボトルが横たわっていた。万一の場合の対応は、これでOKだっ…と渡橋は、よかった…と目を閉ざした。そのとき、ふと、渡橋の脳裏に家を出る前の映像が広がった。鍵をかけ忘れたぞっ! と気づき、ハッ! と慌(あわ)てて目を開けると、渡橋はベッドの上にいた。辺(あた)りは夜が明けようかという早暁(そうぎょう)で、まだ薄暗かった。夢だったか…と、渡橋は、現実でも、よかった…と思えた。この日、渡橋は家族四人で車旅をする予定だった。夢と同じように時が過ぎていき、いよいよ家を出る時間となった。渡橋は妻に鍵をかけたか? と念を押した。
「おかしな人ね…かけるに決まってるじゃないっ」
 渡橋は嫌味(いやみ)を一つ言われた。それでも腹は立たなかった。いや、立つどころか、どういう訳か、安心できた。その後、渡橋の車は高速には入らず、混んでいない下の地方道を走り、駐車場に止まった。途中から列車旅に切り替えたのだ。そして、なにごともなく家族と三日間の楽しい旅を終えた渡橋は、家に戻(もど)り、よかった…と、またまた安堵した。

                           完

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