2017年9月19日 (火)

思わず笑える短編集-46- 機械馬鹿

 機械馬鹿になるということがある。便利で短時間で済むはずの機械操作に手間取り、結局、時間ばかりを取られ、作業も進まなかった者のことを意味する。起き出した薄毛(うすげ)は、朝早くからノートパソコンを起動していた。だが、なかなか立ち上がらず、ようやく立ち上がるまで数分が経過していた。以前はすぐ立ち上がったのだから、薄毛としては不満だった。お蔭(かげ)で朝食はトーストも食べられなくなってしまったではないかっ! と薄毛は憤懣(ふんまん)やる方なく、イラついていた。さらに輪をかけて、立ち上がったパソコンの常駐・セキュリティソフトの動作が緩慢+指示が多いという厄介(やっかい)さも絡(から)み、すっかり手間取ってしまったのである。そこへ加えて、この重さを改善しようと検索し始めたのが災いし、予定の文章入力は昼まで何も進まなかった。要は、中山道で難儀(なんぎ)し、関ヶ原の戦いに間に合わなかった徳川秀忠公のようになってしまったのである。そして薄毛は、いつの間にかパソコンを目の前にして眠ってしまっていた。
 気づくと薄毛は、まだ起き出していなかった。起きた記憶は残っていて、しかもパソコンの延捗(えんちょく)で難儀した記憶も鮮明だったから、寝室にいる自分が理解できなかった。意味が分からないまま取り敢(あ)えずまた起き出した薄毛は機械馬鹿になる危険を感じ、トーストとサラダ、ハムエッグをゆっくりと美味(うま)そうに食べ、外の修理作業を先にやることにした。徳川家康公のように東海道を進んだのである。修理を順調に終えたあと、薄毛はパソコンを手にしようとしたが、まあ、空いた時間でもいいか…と軽く考えたのが功を奏(そう)し、結局、機械馬鹿になることを避けることが出来たのである。めでたし、めでたし…。
                           完

 ※ 漏れ聞くところによりますと、情報の流出やウイルスによる故障、サイバー攻撃などを受ける個人や一切の団体、組織も、すべて機械馬鹿に区分けされるそうです。ただ、私には、よく分かりません。^ ^

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2017年9月18日 (月)

思わず笑える短編集-45- 桜

 あれは葉桜だな…と呟(つぶや)きながら通り過ぎていく若い女を評価する男がいた。取り分けて変質者でも何でもない、一見(いっけん)どこにでもいそうなただの男だったが、実はただの男ではなかった。この男、橘(たちばな)は、すべてを透視できたのである。外見だけでなく、素性(すじょう)や性格、さらには過去や未来の過程を透視できる才に恵まれていたのだ。この女は塗りたくって厚化粧で美人に見せてはいるが、その実、すでに散り染めた中年女・・と、橘には見えた。さらに、その女性が辿(たど)った薄幸(はっこう)の人生までも走馬灯を見るように一見(いっけん)して分かったから、その女が通り過ぎたあと、橘は思わず涙ぐんでいた。そんな橘を対向して近づく通行人が怪訝(けげん)な目つきで見ながら過ぎていった。
 満開の桜が咲き乱れる春四月、陽気はすでに暑いくらいで、ソフトクリームを舐(な)めながら通り過ぎる花見連れもいた。そんな中、幸せそうなカップルが通り過ぎた。瞬間、橘にはそのカップルが一ヶ月後に喧嘩(けんか)別れすることが分かったから、哀れさで思わず振り返っていた。そして、運命のときが、橘に迫っていた。昨日(きのう)店で食べた桜餅の福引券が当たっていたのである。甘いもの好きの橘にとって、それはそれは有難い当たり券で、当たれば桜餅が食べ放題という至福の券だった。店が近づくにつれ、橘の顔はニヤけてきた。

                           完

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2017年9月17日 (日)

思わず笑える短編集-44- 違い

 自分の見方と他人の見方は当然、異(こと)なる。その違いは見解の相違として、時には対立することにもなる。個人的な言い争いから国家間の戦争に至るまで、範囲は大きい。まあまあ…と仲裁(ちゅうさい)が入ることにより、二つの違いはお互いに歩み寄ることになる。要は違いが消える訳だ。
 昼下がりの、とある八百屋の店頭である。店の主人と一人の買物客の男が話しあっている。店頭には出回り始めた苺(いちご)パックが、ところ狭(せま)しと並べられていた。
「いや、それは、いくらなんでも…」
「いいじゃないですか、もう1(ワン)パックくらい。いつも買いに来てるんだから…」
 八百屋の主人が、いつも来る買物客へのサービスで、「お世話になってますから…」と、笑顔で1パックおまけしたのが、いけなかった。買物客は、このサービスを厚かましく利用したのである。店の主人は瞬間、しまった! と悔(く)やんだが、時すでに遅(おそ)し・・だった。
「ははは…私どもは日銭(ひぜに)の商(あきな)いでございましてな…」
「いやいや、ご冗談をっ! 店も手広くされたんですから、結構もうけてらっしゃるんでしょ?」
「いやいやいや…滅相(めっそう)もないっ!」
「これだけパックが並んでるんですから、1パックぐらいっ!」
 二人の気分の違いは縮(ちぢ)まりそうにもなかった。そして30分ほど経過したときだった。別の買物客の婆さんが店へ近づいてきた。この婆さんが二人の思いの違いを縮める役を果たすことになった。
「分かりましたっ! も、もういいですっ! 今回だけですよっ!」
 婆さんが店に入るまでに…と思ったのか、主人は折れて、もう1パック追加して袋へ入れた。男は金を支払うと婆さんと入れ違いに店頭から去った。
「いらっしゃい!」
 婆さんは苺を1パック買うと、何もなかったように帰っていった。
「また、どうぞ…」
 主人は婆さんにサービスしなかった。要は、婆さんへのサービス分の1パックが先の買物客へ回ったということだ。婆さんとすれば、とんだ大損なのだが、そのことを婆さんは知らない。このように、違いは見えない損得勘定で消えることが多い

      
                    完

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2017年9月16日 (土)

思わず笑える短編集-43- いつもの…

 限られた範囲で使用される「いつもの…」という曖昧(あいまい)な言い回しがある。当然、その受け方は「分かりました…」と格好よく品(しな)を作り、さもプロ風に指定された物を取り出す。周囲の人にその遣(や)り取りの意味が分からないと、余計その言い回しは格好よく見える。それが、「いつもの…」である。
 不知火(しらぬい)横丁の路地裏に、いつも屋台を出すおでん屋があった。夕暮れが迫(せま)った頃、店の親父(おやじ)が提灯(ちょうちん)に灯(ひ)を入れると、決まったようにやって来る一人の男がいた。年の頃なら四十(しじゅう)半(なか)ば、その客が何をしているか・・を敢(あ)えて訊(たず)ねようとしない親父だったから、どういう男なのかまでは分からなかった。そうした関係がすでに20年以上、続いていた。そしてこの日も、その男は屋台に現れた。すでに椅子には勤め帰りのサラリーマン風の中年男が二人、冷や酒のコップを飲みながら、おでんを頬張(ほおば)っていた。
「へい、お越しっ!」
「いつもの…」
「へいっ!」
 親父は心得たようにコップを前へ置くと、棚(たな)からボトルした一升瓶を取り出し、トトトト…と八分ほど注(そそ)ぎ入れた。男はその酒を一気に飲み干した。二人のサラリーマン風の男は唖然(あぜん)としてその男を見た。取り分けて変った男とも思えなかったが、置かれた一升瓶を見ると、手を震(ふる)わ
せ、慌(あわ)てて背広のズボンから財布を取り出し始めた。一升瓶には[清酒 人魂]というラベルが貼られていた。
「少し冷えるようになったねえ…」
「そうですねっ! いつもの…で、いいですかっ?」
「ああ、いつもの…」
「へいっ!」
 親父は一升瓶の酒をコップへ注ぎ入れると、また馴れた仕草で皿の上に煮えたおでんを乗せ始めた。
「親父さん、勘定!」
 居たたまれなくなったような声で男二人は立ち上がった。
「そうですねっ! 今日は、¥2,000ばかしで結構ですっ!」
「おお、そうかいっ! 安いねっ!」
 落ちついた笑い口調だったが、二人の顔は青ざめていた。
「またのお越しをっ!」
 二人は走り去るように屋台から消えていった。いつもの…は、怖(こわ)いのだ。

                          完

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2017年9月15日 (金)

思わず笑える短編集-42- 困った人種

 世間には、法律ではどうにも出来ない困った人種がいる。取り分けて暴力とか一般社会の迷惑にはなっていないのだが、その人がしたことが、他人から見れば困った人種だ! と、怒れる場合が困った人種である。この手の人種は悪人よりも性質(たち)が悪く、取り締まりようがない上に、捕(とら)えることすら出来ない。
 通勤電車の中である。宮野(みやの)はこの朝も釣り皮を持って立ち、電車に揺られていた。正面下には、50半(なか)ばの中年女、右下には通学風の中学生が一人、そしてどこから見てもホームレスとしか見えない60前の男が左下の座席に座っていた。宮野の視線は最初、車窓(しゃそう)に流れる景色を捉(とら)えていたが、いつの間にか三人を見下ろす格好になっていた。というのも、三人三様に困った人種だ! と思える仕草(しぐさ)が目の中へ飛び込んできたからである。正面下に座る50半ばの中年女は、人目も憚(はばか)らず、ボタ餅を素手(すで)でムシャムシャと食べ、手に付いた餡(あん)をぺチャぺチャと舐(な)め始めた。それが別に悪いというのではないが、宮野には女性の所作とは思えず、見たくもない困った人種だっ! と怒れた。そして、左下のホームレスとしか見えない60前の男といえば、伸(の)びた鼻毛を一本一本、手の指で引き抜くと、その毛を左の車体金属へ植え付け始めた。これ自体、宮野に実害はないのだが、汚(きたな)いからやはり見たくもなく、困った人種だっ! と怒れた。男は左隅で 「 形に座を占めていて、左には誰もいない。宮野は、思わず見まい! と上を見上げたが、首が痛くなり、しばらくすると仕方なく下ろした。宮野の左横に立つ同じサラリーマン風の若者は器用に釣り皮を持ちながら眠り、我、関知せず・・の風情(ふぜい)だった。右下の中学生はノートを見ながら、何やら呪文(じゅもん)を唱(とな)えるようなほとんど聞こえない小声で、「&$#%’””…」と、訳が分からないことを呟(つぶや)いていた。ほとんど聞こえない声なのだが、気になり出した宮野にとっては余計に大きく聞こえ、困った人種だっ! と怒れた。見まい! と怒れた宮野が、また車窓を見ようとしたとき、50半ばの中年女と、うっかり目と目が合ってしまった。
「お一つ、どうです?」
 ぺチャぺチャと舐めた手で、笑顔の女はボタ餅を一つ、宮野の前へ差し出した。
「いえ、結構ですっ!」
 宮野は困った人種だっ! と、汚い手で差し出した女に怒れたが、笑顔で、すぐ断った。

                          完

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2017年9月14日 (木)

思わず笑える短編集-41- 矢瀬川弁当

 若かったあの頃の、ほのぼのとした追憶(ついおく)・・それは誰しもあるに違いない。これからお話するこの男、矢瀬川(やせかわ)にもそうした甘い思い出があった。
 話は今から数十年ほど前に遡(さかのぼ)る。当時、矢瀬川はまだ三十前で、そろそろ俺も…と、真剣に結婚を考えていた頃だった。
 ある日、同僚のOL、碧(みどり)が不意に矢瀬川の席へ近づいてきた。矢瀬川としては少なからず心を寄せている相手だったから、胸の鼓動は急に激しく早まった。
「あの…よかったら、このお弁当、食べて下さいませんか…」
「えっ?!」
 唐突(とうとつ)な碧の言葉に、矢瀬川は意味が分からず、思わず訊(き)き返した。
「お嫌ならいいんですけど…。実は今朝(けさ)、妹の分も作ったんですけど、今日は休むとか言ったもので…」
「ああ、そうなんですか! 僕でよければ…」
「ええ、どうぞ…。矢瀬川さん、いつも外食なさってるんでしたよね?」
「はい、まあ…」
 矢瀬川はいつも職場近くの大衆食堂で昼は食べていた。そのことは課内の誰もが知っていて、当然、碧も知っていた。矢瀬川は碧の言葉に内心、喜びで興奮していた。だが、それを悟られまいと態(わざ)と冷静を保ち、手作りの弁当を受け取った。矢瀬川は『愛妻弁当ならな…』と、勝手な想いを浮かべながら完食した。ブロッコリーとウインナ、出汁巻き卵、肉の味噌炒め・・と、手弁当にしては手が込んでおり、プロ並みの美味(うま)さだった。あとから矢瀬川が聞いた話では、碧の実家は料亭だそうで、碧自身も調理師免許を持っているとのことだった。その話を小耳に挟(はさ)み、矢瀬川は、なるほど! と納得したのだった。
 その後しばらくして、碧は好きな相手と結婚退職し、弁当は矢瀬川の儚(はかな)い思い出となったのである。そして、数十年が過ぎ去り、矢瀬川は来年、退職を迎える年になっていた。
「あの…よかったら、このお弁当、食べて下さい…」
「えっ?!」
 矢瀬川は、その唐突なOLの言葉を、どこかで聞いたことがあるぞ…と瞬間、思った。
「実は…母から手渡されたんです」
 聞いた瞬間、矢瀬川はすべてを理解した。OLは碧の娘だったのである。矢瀬川はそれ以降、店で弁当を買って食べるようになった。課内では、弁当を食べながらニヤける矢瀬川の光景を、いつしか[矢瀬川弁当]と呼ぶようになった。なんでも、他の課からの見物者が、引きも切らないそうである。

                         完

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2017年9月13日 (水)

思わず笑える短編集-40- バイメタル

 バイメタルという金属物は、なかなか重宝されている。自動信号で切り替わる・・という性質の物ではなく、温度の高低により歪曲(わいきょく)したり伸びたりする伸縮性がある金属物なのである。この特性を利用して、今までも、さまざまな電気製品などの部品として利用されてきた。角鹿(つのじか)は金属そのものではなく、その理論的な部分を世界経済に取り入れられないものだろうか…と、コンビニで1個¥100のおにぎりを頬張(ほおば)りながら、偉そうに考えていた。テレビには今を時めく政界のお歴々が、議員バッチを光らせながら格差社会について論じていた。角鹿の背広には何も付いていなかった。ということは、偉(えら)ぶって考える必要もないのだ。しかし、角鹿は経済学者でもないのに、図書館の専門書から得た知識を生かし、研究をしていた。ケインズが唱えた有効需要理論の修正理論であるバイメタル理論である。この理論によれば、富裕層の富は一定の限界を超えれば、吐(は)き出さないと滅亡するというものである。またその逆で、貧困層の生活レベルが一定の限界を超えた段階で富裕層への道が開ける・・という夢のような理論である。角鹿は、もう1個、おむすびを買っておけばよかった…と雑念を浮かべながら、空いた腹で、そう思った。平等は、なかなかこの世では難しいのである。テレビのチャンネルを変えると、芸能人が美味そうに高価な料理を食べていた。ああ! いいなあ…と角鹿は、また思いながら残ったおにぎりを齧(かじ)った。

                            完

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2017年9月12日 (火)

思わず笑える短編集-39- 汗

 また、暑い季節か…と殿岡は思った。だいたい自分には暑い季節そのものが似合わない…と殿岡は思うのである。殿岡がこう思うのは、何も今、始まったことではない。子供時代から感じていた感覚で、自分は寒い冬向きの人間だな…と気づいたのは、殿岡が物心ついた頃である。その感覚の芽生えには、殿岡の身体(からだ)に起きた一つの大きな事実があった。一定の温度以上、正確に言うなら、摂氏25℃を超(こ)えた段階から吹き出た汗が止まらなくなるのだった。身体に直接、着ける保冷剤を常備している今は、もうその苦労もなくなったが、学生当時の殿岡は、相当な気苦労を余儀なくされた。汗でビショ濡れになったままなら、夏場とはいえ、さすがに風邪(かぜ)をひく。だから、必需(ひつじゅ)品である着がえ用の衣類やタオル、洗剤、水、塩などは、学用品以外に鞄(かばん)へ詰め込んだものだ…と、今になり、ようやく笑える殿岡だった。
 今年も暑い夏が巡ろうとしていた。殿岡には針の筵(むしろ)に座らされるような夏の到来だった。だが、殿岡も馬鹿ではない。暑さ対策は完璧(かんぺき)で、クーラーボックスは申すに及ばず、空冷[空調ではない]システムが整った緊急避難施設が瞬時で分かる電子地図(マップ)は必ず携帯するなど、準備万端で夏に臨んでいたのである。
「フフフ…」
 バトル戦士の殿岡は不敵な嗤(わら)いを浮かべた。殿岡にとって、夏は身体を解かす怪物以外のなにものでもない最大のターゲットだった。

                          完

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2017年9月11日 (月)

思わず笑える短編集-38- 停止

 いつものように虎川はパソコンを起動し、職場から持ち帰った作業を継続しようとした。ところがである。束(つか)の間(ま)、立ち上がったパソコンが、この朝にかぎりウンともスンとも言わなくなったのである。要は、停止してしまったということだ。この突然の停止には、さすが扱(あつか)い馴(な)れた虎川も驚いた。この日は土曜の閉庁日で、役場ではなく自宅だったのが勿怪(もっけ)の幸いだった。虎川は最初のうちは、それほど深く考えていなかった。再起動でもすりゃ、すぐに…くらいの軽い気分である。ところが、どっこい、そうは問屋が卸(おろ)さず、パソコンは店を畳(たた)む危機…いや、停止の危機に陥(おちい)ったのだった。それに虎川が気づいたのは、およそ30分ばかりが過ぎ去った頃だった。
「妙だな…」
 虎川は腕組みし、はて? と、囲碁のプロ棋士のように長考に入った。だが、どうしても停止の理由は分からなかった。昨日(きのう)の終了までは順調に起動しており、取り立てて弄(いじ)った記憶もなかったから、原因がまったく掴(つか)めなかった。虎川は、アレコレと試みたが、やはりパソコンはウンともスンとも言わなかった。
『修理に出すか…』
 停止したままなら、やはり思いつくのはプロ棋士風? の第一感として電気店への修理出しである。いや、別にプロ棋士でなくても思いつくことなのだが…。
 さて! と、原因を探るのをやめ、餅は餅屋だ…とばかり、虎川は電気店へ下駄(げた)を預(あず)けることにし、椅子(いす)から立ち上がった。そして、和室を数歩歩いたときだった。電源に繋いでおいたはずのケーブルがコンセントから抜けていた。結論から先に言えば、停止したのはパソコンの不具合によるものではなく、充電不良によるパソコンのバッテリー切れ・・ということになる。
「なんだっ!!」
 虎川は気づかなかった自分自身に腹が立った。お蔭(かげ)で午前中の作業はチャラとなり、虎川としてはサッパリである。虎川は、上手(じょうず)の手から水だな…と、またプロ棋士のように偉(えら)そうに思った。これでは、先が思いやられる。

                            完

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2017年9月10日 (日)

思わず笑える短編集-37- お豆腐

 森高はお豆腐と職場で呼ばれている。森高の人生は、もはや豆腐抜きでは考えられなくなっていた。なぜ森高が豆腐好きになったのか? という謎(なぞ)を、これから検察官バッチが意味する、烈日の輝きの下(もと)に真実をつまびらかにする作業に準(なぞら)えて、ご説明申しあげよう。えっ? そんなまどろっこしい言い回しはどうでもいいから、早く話を進めて欲しいだって? …まあ、それもそうだと思うので、語ることにしよう。ええっ? 別に語らなくてもいいから、話して欲しい・・だって? ああ、そうすることにしよう。いつものように眠くなった者は、途中で眠ってもらっても、いっこう構わない。
 話は3年ばかり前に遡(さかのぼ)る。森高はその頃、大食が祟(たた)ったのか、劇太(げきぶと)りしてしまった。本人はそれほど食べたとは思っていなかったが、実際には普通の食事の2倍の量を一度に食べていたのである。これでは流石(さすが)に太らない方が不思議というものである。だんだん森高は太っていった。気づいたとき、森高の体重は、優に100kgを超えていた。さあ、これは偉いことになったぞ…と森高は気にしだしたが、時すでに遅(おそ)かった。職場のデスクに座れないとなると、これはもう重大問題である。いや、正確に言えば、座れることは座れるのだが、肥満体が邪魔をしてデスクに身体を密着して執務することが出来なくなった・・ということだ。さて、どうするか! 森高は窮地(きゅうち)に陥(おちい)った。ダイエットすることは当然、至上命題だったが、森高はその方法がどうしても見い出せなかったのである。
「ダイエットですか? ははは…そんなの簡単でしょうよ! 毎日、豆腐を食ってりゃいいですよっ! 森高さん」
 ぼやいた森高に、銭湯の親父は番台の上から、いとも簡単に言い放った。
「そうなんですか…」
 意味が分からず鸚鵡(おうむ)返しで呟(つぶや)いた森高だったが、やってみよう…とは思った。次の日から森高の豆腐 三昧(ざんまい)の日々が始まったのである。最初はよかったが、次第に森高は見るのも嫌(いや)になっていった。それでも我慢(がまん)し続けて食べていると、森高の身体(からだ)にある異変が起こり始めた。その異変は決して病的なものではなかった。身体が豆腐に馴染(なじ)んでしまったのだ。というより、豆腐以外の食事を身体が受けつけなくなっていた。取り分けて病(やまい)に陥(おちい)るということもなく体重は激減し、気づけば80kgを割って元どおりになったのである。ただ、職場で森高は、いつの間にか、お豆腐さんの愛称? で呼ばれるようになった。お父さん・・と聞こえなくもなく、森高はそれほど不快にも思わなかったそうだ。
 まあ、そんな話だ。なんだ、皆(みな)眠っているじゃないか。まあ、別にいいが…。

                           完

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