2017年6月23日 (金)

よくある・ユーモア短編集-58- 退化

 木場(きば)工業では日夜、新製品の受注が舞い込み、社内の開発部は活気に包まれていた。というのも、親会社の深川産業が新製品の考案を木場工業へ依頼したところ、見事、木場工業の技術スタッフが新製品開発に成功したのである。この新製品は世界にも類(るい)のない新技術製品として、世界での特許[パテント]料も含め、多額の当期純利益を計上しようとしていた。木場工業は申すに及ばず、親会社の深川産業の株価もウナギ上りの勢いを見ていた。
「ははは…笑いが止まらんよ、君。なにせ、去年の今頃、君の会社は整理にかけられそうだったんだからな…」
 深川産業の苔木(こけぎ)常務は執行役員として木場工業へ送り込んだ立見(たてみ)を
常務室へ呼び、満足そうに言った。
「はあ、お蔭(かげ)さまで…」
 木場工業にいた立見は、電話で苔木に呼び出され、忙(いそが)しい中、態々(わざわざ)、深川産業まで駆けつけたのである。だから、なんだっ! そんな話か…と、立見は顔や言葉には出さないまでも、内心では怒っていた。加えて、深川産業時代に専務派だった立見には、常務派に告られ、どうも体(てい)よく左遷(させん)させられた…という想いが潜在的にあったから、増してだった。常務派は社内の頭脳派とも呼ばれ、最新の電子機器を駆使して会社をリードしようとしていた。片や大岩(おおいわ)専務をリーダーとする専務派は職人的技術者集団として技術派と呼ばれていた。大岩自身も元技術者で、立見はその部下だった。俄然(がぜん)、社内で発言力が強かった常務派だったが、ここ最近、その勢いに陰(かげ)りを見せ始めていた。すべてを電子頭脳に頼っていた常務派の発想が退化し始めたのである。それは社長の眺(ながめ)も感じていた。取締役会でも、これは! という新機軸の提案がなくなっていたからだった。それに比べ専務派は社内での経営方針を含む新たな技術や発想を次々と生み出していた。今回の新製品開発も、その一つだった。
 人類が機械に頼り過ぎ、その発想力を退化させてしまう・・ということは、確かによくある。ここ最近、世界では歴史を一変させるような画期的な発明や発見が見られないのが、その具体例だ。

                           完

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2017年6月22日 (木)

よくある・ユーモア短編集-57- 変わる

 春の陽気に誘われ、最近、この地へ引っ越してきた押花(おしばな)は野原を散歩していた。押花の散歩ルートは、ほぼ決まっていて、いつも同じ道を辿(たど)り、途中の湧き水のせせらぎで美味(うま)い水を味わったあと、自宅へ戻(もど)る・・というものだった。そして、この日も押花は道を歩いていた。ところどころに黄色のタンポポが咲き、小鳥の囀(さえず)りさえ聞こえてくる。加えて春の心地よい微風(そよかぜ)が頬(ほお)を撫(な)で、空には快晴の青空と暖かな太陽である。この申し分ない状況に、押花は満足げな顔でスタスタ…と、長閑(のどか)に歩いていた。そして、凸型の街が見えるいつもの地点に近づいたとき、押花は、おやっ? と一瞬、思った。というのも、いつも街の中央に見える細長い高層ビルが、跡形もなく消え失(う)せ、街は平べったい長方形型へと変化していたからである。昨日も同じルートを歩いた覚えがある押花は、気づいた変化に唖然(あぜん)とした。当然、歩いていた両足はピタッ! と動かなくなっていた。押花は、まさか…? と俄(にわ)かには信じられず、手指で瞼(まぶた)を擦(こす)りながら街並みを凝視(ぎょうし)した。だがやはり、高層ビルは消え失せ、街は平べったい長方形型だった。気になり始めた押花は、一端、自宅へ戻ると、ふたたび街へと確認のため、外出した。
 街へ着くと、その高層ビルはやはり消えて無く、跡地になっていた。
「この前のビル、なくなったんですか?」
「えっ? ああ、そうですよ、昨日(きのう)ね…」
 偶然(ぐうぜん)、店表を掃(は)いていた店主らしき男に押花は、何げなく訊(たず)ねた。
「だって、あのビル、去年建ったばかりでしょ?」
「ああ、そういや、そうでしたかね…。またよく似たビルに建て変わるそうですよ…」
「いつです?」
「まあ、前々回のテンポで考えれば、半年以内には恐らく…」
「半年っ!!」
「ははは…そんなに驚かれるこっちゃないでしょ、マジックじゃないんだから。最近は建つのも壊(こわ)すのも速いっ! どんどん変わります、ええ変わる変わる。これで五度目だっ!」
「五度目…」
 押花は、ふたたび唖然とした。
 世の中では最近、物が速いテンポで変化することが、よくある。

                           完

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2017年6月21日 (水)

よくある・ユーモア短編集-56- 苦楽(くらく)

 電気の流れ、電流は抵抗を受ける。大げさに分かりやすく言えば、ピケを張り、入ろうとする人の流れを阻止しようとバリケード封鎖する古き時代の組合員や学生運動の闘士の抵抗にも似ている。…これは穿(うが)った見方だが、まあ、例(たと)えるならそんなものだ。記号式ではI(電流)=V(電圧)/R(抵抗)となる。世の中も同じで、働く人々は必ず苦しむ抵抗を受けている。それを撥(は)ね退(の)け、僅(わず)かな電圧、いや、お金を得(う)るためにコツコツと慎(つつ)ましやかに働き、豆電球を灯(とも)す…いや、生計を立てている訳だ。そういう人々の奮闘に対し、やはり目に見えない形で抵抗は阻止しようと忍び寄ってくる。内的には老化、病気、外的には事故、被害などである。人々はそれにもめげず死ぬまで奮闘している訳だ。ところが、世の中には奮闘せず、抵抗側に付(つ)こうとする人々も存在する。この人々は楽だ。地位も名誉も、そしてお金も、楽をして得られる。苦しんで奮闘する人々を地位、名誉、金を武器として楽に叩(たた)き落とせばいいだけだからだ。が、しかしである。そういう人々は楽をして奮闘する人々を叩き落としたとき、自(みずか)らが数倍、落ちたことを自覚していない。落とされた人も落ちたのではなく、むしろ向上したことを認識していない。それが妙といえば妙といえる世の不可思議さ・・である。
 三月半ば、人事異動の内示が舌牛(したうし)に提示された。
「君、転勤らしいぞっ!」
 課長の鉄板(てついた)は舌牛を課長席へ呼び、他の課員達に聞こえないよう、小声で耳打ちした。
「ええ~~っ! そんな薄情なっ! やっと、本社に戻(もど)れたのに…」
 課員一同の視線が課長席の二人に注(そそ)がれた。
「まあ、そういうな…。ボツにはなったが、君の反対案も一応、上層部に伝わったんだ」
 鉄板は声を小さくしろっ! と言わんばかりのジェスチャーで、舌牛を窘(たしな)めながら慰(なぐさ)めた。
 春先、舌牛はハワイの支社で働いていた。想定とは真逆で、夢の楽園が現実の生活になったのである。その頃、国内本社の上層部は不正が発覚し、すべて首を挿(す)げ替(か)えられていた。
 世の中では楽が苦を、苦が楽を生み出す・・ということが、よくある。

                           完

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2017年6月20日 (火)

よくある・ユーモア短編集-55- 無意識

 夕方、どういう訳か無性にカッブ麺が食べたくなった凸木(でこぎ)は、テレビの男子サッカーのビデオ録画を観戦しながら麺を啜(すす)っていた。
「おおぉぉっ!」
 しばらくし、思わず雄叫(おたけ)びをあげ、凸木は麺を喉(のど)に詰めそうになった。カップの汁が無意識に少し零(こぼ)れた。延長前半15分、貴重なアシストからのヘディング・シュートが相手ゴールの左上ネットに突き刺さったのである。相手チームは強豪だった。さらに後半15分、左後方からのミドルシュートが2本、炸裂(さくれつ)し、相手ゴールのネットを揺(ゆ)さぶった。カップの汁が、無意識にまた零れた。試合は3-0で勝ちとなった。これでオリンピックのアジア予選は出場に王手がかかったことになる。次の準決勝を勝ち進めば、オリンピック代表として晴れて出場できる訳だ。
「成せば成るか…」
 凸木は零れたカップ麺の汁を無造作に拭(ふ)きながら、独(ひと)りごちた。
 凸木は職場で来年度予算に取り組んでいた、今年は上司からの業務命令で当初予算額の削減を余儀なくされていた。膨らむ一方の予算額削減を・・である。民間の企業会計とは異なり、大方の公会計では、当期純利益の計上は目的とされない。余った予算額は上手(うま)い具合に流用、充当ですり替えられ、いつの間にかマジックのハンドパワーのように予算執行率がほぼ100%近くへ高められるのである。その結果、数値的に書類を見れば、『必要だな…』という結論に至る訳だ。そして、来年度予算にも反映されるという馬鹿げた仕組みが毎年繰り返されている。
 理詰めに考えれば、まあそんなことだが、凸木が思ったのは、別にもう一つ、意味があった。実は、医者から検査で塩分の取り過ぎを指摘され、再検査を指示されていたのである。半月が経過し、摂取(せっしゅ)量が一日7~10g以内とは…と、凸木はその難(むずか)しさを思い知らされた。カップ麺1個を食べれば麺とスープで6gを超える。もう何も食べられないではないかっ! ぅぅぅ…という思いが、潜在意識でカップ麺の汁を零したとも考えられた。
 潜在意識で思っていることが、無意識のうちに現実の行動に出ることは、よくある。

                          完

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2017年6月19日 (月)

よくある・ユーモア短編集-54- 人を探す



 毎日、会社までの20分ばかりを徒歩で通勤する祭川(さいかわ)は、最近、車以外、人を見ないな…と歩きながら思った。それはなにも今日に始まったことではなく、数十年前から続いている現象なのだが、今朝、歩いていて、初めてそう思ったのである。こいつは馬鹿か? と思われる方も多いだろうが、それはなにも祭川に始まったことではない。地球上で暮らす高度文明を築き上げた大部分の人々が、恐らくは何の疑いもなく日々、そうした車社会で生きているのだ。
 雪が降った翌日、久しぶりの快晴で外気も心なしか澄み渡っているように感じられた。祭川はこの日の朝も職場へ向かって歩いていた。
『おやっ? 今朝は余り人を見かけないなあ…』
 そう思えた祭川は、辺(あた)りを見回しながら歩(ほ)を進めた。だが、歩道の雪を掻く数人以外、やはり人の姿は見い出せなかった。気になり始めると、そのことが得心できないと気が済まないのが祭川の性分(しょうぶん)だった。気になり始めた祭川は真剣に探しだした。だが生憎(あいにく)、人らしい人影は見当たらない。実は多くの人に祭川は出会っていたのである。ただ、それらの人々は車を運転中で、ガラス越しでしか見えなかったのだ。祭川は職場へ着くと、自分のデスクに座り、はて? と考え始めた。車には人がいる。人はいるが動いていない。動いているのは自動車という物体だ…と。これが果たして人に出会ったと言えるのかと祭川は思った訳だ。人を探し、直接、話し合えたとき・・その瞬間が真に人に会えたと言えるのではないか…と。
 その日以降、祭川は人を探すことに拘(こだわ)った。
「はい! いえ、こちらから直接、出向き、詳細はお出会いしてお話しいたしますので。はい! では、そういうことで…」
 祭川は営業1課を飛び出していった。
「祭川さん、最近、妙に出ますねぇ~?」
「そうなんだよ。そのフェチ原因が今一、俺にも分からん…」
 課内では仕事での外出が多くなった祭川に疑問の声が上がっていた。人の姿を探す祭川にとって、そんなことはお構いなしだった。
 人を探す祭川にとって、電話対応は人に会ったことにはならなかったのだ。
 人が屯(たむろ)する都会や繁華街は別として、車社会となった現在、郊外や田舎で人を探すのが大変なことは最近、よくある。

                          完

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2017年6月18日 (日)

よくある・ユーモア短編集-53- チャンス

 若い市職員の永田は、疲れていた。働けど、働けどだな…と、啄木の詩を脳裏(のうり)で口ずさみながら、じぃ~~っと、格好をつけ、凍(こご)えた手を見た。やはり、ささくれだった詩に出てくるようなそんな手ではなかった。ただのありふれた、どこにでもありそうな手だった。今朝の雪がいけないんだっ! と、雪を悪者(わるもの)にした。子供の頃、雪が降るとあれだけ喜んでいた自分が信じられなかった。
「なぜ雪なんか降るんでしょうねっ!」
 雪を掻(か)きながら、永田は誰に言うでなく口を開いていた。
「ははは…馬鹿か、お前は! 降らなきゃスキー場が困るだろうがっ!」
「…そうか。それも、そうですね…」
 隣りで同じ作業をしていた先輩職員の会国(えくに)は、すでに持ち場の雪を掻き終え、ひと息ついていた。永田もラッシュをかけ、残った持ち場の雪を掻き終えた。掻き終えたとき、永田は、また思った。『そうだ…雪は働くチャンスを与えてくれたんだ…』と。
「さあ、昼にするかっ! 今日の昼飯(ひるめし)は美味(うま)いぞっ!」
「そうですねっ!」
 会国が偉そうな声で上から目線で言った。この人は食い気(け)だけの人だな…と永田は思いながらも、そのことは口には出さず、会国に同調した。
 食堂へ入ったとき、永田はまた思った。『そうだ、会国さんは、世の中の仕組みを考えるチャンスをくれたんだ…』と。
 物事で、ふと考えさせられるチャンスに巡り会うことは、確かに、よくある。

                            完

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2017年6月17日 (土)

よくある・ユーモア短編集-52- 生きている

 今日も汗を流し、角牛(つのうし)は働いていた。ペンキに塗(まみ)れ、家へ帰ると、身体から染(し)みついたペンキの臭(にお)いがした。嫌いな臭いではなかったが、浴室でのシャワーが癖(くせ)になっていた。ほっこりした気分でやっと畳(たたみ)の上へ身体を委(ゆだ)ねると、やっと生きている気がした。
 いつものように夕食を食べ、僅(わず)かに寛(くつろ)いだあと、また明日を思った。寝ようと思い、ふと見上げたとき、天井の隅(すみ)に張られた蜘蛛の糸のような煤(すす)が目についた。角牛は何を思うでなく無造作に箒(ほうき)を取りに行くと、その煤を箒で取り除いた。そして、さあ寝るぞ! と意気込んで床(とこ)へ潜(もぐ)り込んだとき、また煤が反対側の天井の隅に見えた。角牛は、少しイラッ! としたが、ここは落ちつこうと…と思いなおし、また箒を取りに行くと煤を取り除いた。そうこうしていると、少し体が冷えてきた。角牛は、またシャワーをしに浴室へと歩いた。
 浴室を出て、ふと腕を見ると、もう11時近くになっていた。明日も早いのだ。こんなことはしていられない。早く寝よう! と、角牛は思った。ところが、床に入っても、どういう訳かこの日に限って、なかなか寝つけなかった。角牛は焦(あせ)りだした。焦れば焦るほど眠れない。角牛は数字を1から順に読み上げ、眠ろうと努めた。だが真逆に、益々(ますます)、目は冴(さ)えていった。角牛は、もういいっ! と捨て鉢(ばち)になった。目覚ましはセットしてある。そのうち眠れるだろうと…と半(なか)ば、諦(あきら)めた。そのときふと、角牛の脳裏(のうり)にある思いが巡った。自分は何のために汗を流しているのだろう…と。そして、しばらく時が流れた。角牛には分かった。自分を高めるためにいきているのだ・・ということを。何かを得れば生きたことは無駄(むだ)にならないのだ・・と。安楽、地位、名誉・・そういう欲を満たすことが生きることではない・・のだと。そう思えたとき、角牛は深い眠りに誘われていた。…が、しばらくして、ベッドから落ち、また目が覚めた。深夜の2時を回っていた。角牛は、また焦りだした。

                            完

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2017年6月16日 (金)

よくある・ユーモア短編集-51- 笑顔

 世の中で生きていく瞬間は、すべてが真剣勝負だが、そこに臨む本人の姿勢で大きな差異を見せることが、よくある。
 太馬(ふとうま)は、よしっ! と気合いを一つ入れると家を出た。今日はリストラ後、職探しをして受けた会社の面接があるのだ。これまで数社、受けたが、すべてボツで採用されなかった。帰宅して腕組みで考えても、思いつくような原因が太馬には掴(つか)めなかった。ただ、今朝、起きたとき、洗面所で閃(ひらめ)いたことが一つ、あるにはあった。そのこととは、笑顔である。それまでの太馬は仏頂面(ぶっちょうづら)で面接に臨んでいた。だから当然、受け答えする声も陰鬱(いんうつ)で、試験官には悪い印象を与えていたに違いなかったのだ。太馬は今日は一日中、何があっても笑顔で愛想よく振舞おう! と決断したのである。よしっ! と太馬が気合いを入れて家を出たのには、そういう理由があった。
 駅構内へ入ると、偶然、見知らぬ老いた駅員と対向して出会った。
「おはようございます!」
 太馬は微笑(ほほえ)みながら、元気な声でその駅員に言った。
「あっ! おはようございますっ!」
 駅員も笑顔で返事を返してきた。計算でそうした太馬だったが、なぜか気分よくなってきた。それに、何も楽しくないのに、どこかハミングが出るほど楽しい気分がしてきていた。面接は10時からだったから、時間にはかなり余裕があった。事前に面接場所の地図は、ある程度調べておいたが、実際には一度も行ったことがなかったから太馬は迷った。そのとき、目の前に古くからあるような小さな八百屋が現れた。太馬は中へ飛び込んだ。店奥には店主と目(もく)される中年男が、新聞を広げて座っていた。
「あ、あの◎△商事へは、どう行けばいいんでしょう?」
 太馬は笑顔を絶やさず、下手からその店主らしき男に柔和に訊(たず)ねた。その笑顔に気をよくしたのか、店主は新聞を畳むと、立って近づいてきた。
「あんた、この辺のひとじゃないね。◎△商事なら、この前の道を真っすぐ行って、二つ目の信号を右に折れた所さ。…書いてやるよ」
 太馬が頼みもしないのに、店主らしき男はボールペンで新聞のチラシ広告の裏に略図を描いて渡してくれた。
「ど、どうもありがとうございます! 助かります!」
 太馬は笑顔で愛想よく礼を言った。
「ははは…。あんた、いいねっ! あっしも気分がいいや。いやなにね、こちとら江戸っ子でぇ~」
 その日の試験が終わり家に帰宅するまで、太馬は笑顔を絶やさなかった。そして、一週間後、太馬の家へ採用通知が舞い込んだ。笑顔が合格という福を呼び込んだのである。
 笑顔で気分をよくすることは、確かに世間で、よくある。

                         完

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2017年6月15日 (木)

よくある・ユーモア短編集-50- 意固地(いこじ)

 どうも上手くいかないぞ…と、田井岡は意固地(いこじ)になっていた。というのも、冷蔵庫へ収納しようとしたサランラップが半(なか)ばで破れ、ついに出せなくなったのである。最初は、ははは…この程度なら前のように…と田井岡は高(たか)を括(くく)っていた。ところが、ドッコイである。そうは問屋が卸(おろ)さず、スンナリと商品が小売りで売られないから手に入らなくなり・・ということではなく、田井岡は手間どる破目に陥(おちい)った。田井岡はまず、表面の切れ口を探(さぐ)った。しかし、透明なサランラップの表面では容易に切れ口を探せるものではなかった。田井岡は少し焦り始めた。箱の注意書きには、そんな場合はセロハンテープを片隅に貼り…と書かれていた。よしっ! そうしてやろうじゃないか…と、少し挑戦的になってきた田井岡は、セロハンテープを注意書きのようにしてサランラップを引き出そうとした。ところが、また問屋が渋って卸さなくなった・・ということではなく、上手くいかない。この段階から田井岡は次第に意固地になっていった。
「ぅぅぅ…」
 上等(じょうとう)じゃねえかっ! と思えば手も少し震え、注意書きには爪(つめ)や刃物で切らないで下さい・・と書かれているにもかかわらず、田井岡はそうやっていた。だが、やはり首尾(しゅび)よくいかない。いかなくても、いかすぞっ! 田井中は半(なか)ば切れ、完全に意固地に成り果てていた。しばらくセランラップとの闘格闘が続いたが、やはり上手くいかなかった。ここは、ひとまず落ち着こう…と思った田井岡は一端、手を止め、美味いコーヒーとまではいかないインスタントのを啜(すす)ることにした。至福とまではいかない一杯を啜ると、それでも心が落ち着き、田井岡から意固地は退散していた。そして作業? を再開してしばらくすると、どういう訳か上手く出せた。縦に両側の端までセロテープを長く貼ったのが功を奏(そう)したのである。ただ、数mはムダになっていたのだが…。
 意固地になり過ぎると、上手くいくことも上手くいかなくなることは、よくある

                        完

 ※ 田井岡さんに聞いた話では、現在まで1勝1敗だそうです。^^

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2017年6月14日 (水)

よくある・ユーモア短編集-49- 靡(なび)く

 世の中で生きる人々には勢いが個々にあって、それらが他の人の勢いと鬩(せめ)ぎ合って渦巻(うずま)いている。だが、その勢いは誰の目にも見ることができない。いわば、その人を取り囲んで守り、あるいは攻めようとするオーラというようなものに他ならない。その勢いが強く、大きければ大きいほど他の勢い、すなわち、他の人々を靡(なび)かせることができるのである。逆に考えれば、その強い勢いに自然と人々は靡くことになる。選挙の当選、出世による地位、名声、金、権力など・・それらのものにとどまらない。国内政治の潮流、さらにはグローバルな地球規模の国家間情勢にも波及する。
「ほんとに、いい加減にしてほしいわっ! どうしようかしら…」
 猪口(いのぐち)家の主婦、美智江は、キッチンで洗い物をしながら主人の明男に愚痴った。
「なんのことだ?」
 意味が分からない明男は、キッチンテープルで見ていた新聞の手を止め、洗い場に立つ美智江をチラ見した。
「鹿尾さんの奥さんよ。次のPTA会長選挙に出るそうだけど、勧誘がすごいのよっ! レストランに招待されちゃった」
「行きゃいいじゃないか…」
 無関心を装(よそお)い、明男は小声で言った。靡けばいいだろうが・・と明男は思った訳だ。
「でも、あんまり好かないのよ私、あの奥さん」
「なら、行かなきゃいいさ…」
 明男はまた無関心に返した。
「私が入れたいのは松月(まつづき)さんなんだけどね…」
「なら、松月さんでいいじゃないか…」
 明男は愚痴を聞くのが嫌になったのか、無関心から投げやりな口調になった。
「でもさ、松月さん、誘ってくれないのよねぇ~」
 要するに美智江はレストランの食事で釣って靡かそうとする勢いと戦っていたのである。
「レストランへ行って入れなきゃいいだろ?」
 明男は妙案を出した。靡くふりをせよ・・ということだ。無記名投票なら、お前がどっちに入れたか誰にも分からんだろうが・・と暗に言ったのだ。
「あっ! そうよね、そうするわ…」
 美智江はレストランの豪華な食事を連想したのか、舌舐(したな)めずりした。まあこれは一つの例だが、世の中は大よそこんな感じで流れていて、勢いに押され、知らず知らず物事や人に靡くことは、確かによくある。

                        完

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