2017年5月24日 (水)

よくある・ユーモア短編集-28- いつもの…

 甘煮(あまに)は正月休みということで、久しぶりに下町の繁華街へと出た。服装は、この場合は…と決めている和装の着物姿である。鯔背(いなせ)な所作でいつも常連にしている汁粉(しるこ)屋へ入ると、店の主人が笑顔でペコペコと頭を下げ愛想よく現れた。
「へへへ…こりゃ、甘煮さんじゃありませんか。明けましておめでとうございます。今年も、ご贔屓(ひいき)に…」
 そう言われては甘煮も挨拶(あいさつ)をしない訳にはいかない。
「いやぁ~、おめでとうございます。こちらこそ…」
 甘煮がそう言うと、間髪いれず、主人は返してきた。
「いつもの…ですか?」
「ああ、いつもの…」
 二人の会話は、『いつもの…』で事(こと)足りた。暗黙の了解、野球でいえばピッチャーとキャッチャーが交わすサインのようなものである。この場合、二人の合言葉となっている『いつもの…』は、汁粉の大盛りだった。客が注文した普通の椀(わん)汁粉[¥700]に比べ、『いつもの…』で出される椀汁粉は、ほぼ倍の大椀で、値段だけが、どういう訳か倍ではなく少し増した¥900だった。
 出来るまでの所用時間は専門店だけに早く、僅(わず)かに5分内外だった。
「へい、お待ちっ!!」
 気分のよい勇(いさ)み声で置かれては、食べる方も自然と心勇んで気分がよくなるというものである。甘煮は気分よく食べ始めた。
 そしてしばらく時が経(た)ち、甘煮は気分よく食べ終えた。それも、それほどでない短時間である。ダラダラと時(とき)を費(つい)やして食べるのではなく、スイスイと短時間で食べ終えるのが、小粋(こいき)というものである。甘煮は、それを地(じ)でいった。
「いつものとこへ置いとくよ!」
 食べ終えて立った甘煮は、前もって用意していた額をいつもの決めた定位置へ鯔背に置くと店を格好よく去った。
「へいっ! またのお越しをっ!!」
 店の主人も心得たもので姿を見せず、額も確認することなく、鯔背に甘煮を送り出した。まあ、こんなケ-スは余りないだろうが、世の中が[いつもの…]で成り立っていることは善悪は別として、よくある。

                           完

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2017年5月23日 (火)

よくある・ユーモア短編集-27- 対応

 店員にも、いろいろな対応の違いがある。波池が季節違いの今の寒い時期に半袖(はんそで)の上肌着と下肌着のステテコを買っておこうと肌着売り場へ出かけたときのことである。波池は売り場に並んでいる数種類の2枚組製品を適当に物色した。
『ほう…これはいいが、少し高いか。こちらは丸首だ。Vネックの方が…』
 波池は心で語りながら、物色する動作を続けた。
『おっ! こりゃ、ちょうどいいやっ!』
 気に入った首周りのVネックが見つかり、波池はそれを買うことにした。手に取ると、ビニール袋の表面に[L]というレッテルが貼(は)られていた。
『いやいやいや…これは、ちと、でかいぞ…』
 波池は内心でそう思え、手にした[L]袋に入ったVネック上肌着を元へ戻すと、同じ種類の[M]サイズを探した。当然、近くには同じ種類の[M]サイズがあり、波池はそれを買い物カゴへいれた。さて、次は下肌着のステテコである。『ステテコは…』と、波池がその周辺を探していると、当たり前のようにステテコも並んでいた。『まあ、それは当然、売っているよな…』
 当たり前のことを当たり前のように内心で思いながら、波池はステテコを物色し始めた。
『まあ、これにするか…』
 池波は気に入ったステテコを買うことにした。よく見ると、Vネック上肌着と同じメーカーの製品で、手に取ると、これにもビニール袋の表面に[L]というレッテルが貼(は)られていた。波池は『[M]には[M]か…』と、内心で瞬間、つまらなく思った。
『だが待てよ…』
 波池は、手に取りかけた動作を停止した。よく考えれば、汗でステテコはよく破れて痛んでいた。その都度、破れた部分を縫(ぬ)っていたが、縫われた肌着を身につける・・というのも貧乏くさいし捨てるのも嫌な気分がした。そんな縫ったステテコが多くあることをふと、波池は思い出したのである。
『よしっ! [L]にしておこう。大きいと少しでも破れにくいだろう…』
 単純な判断だが、波池にはそれが正解のように思えた。
「あの、これ下さい…」
 レジへ行くと、波池は買い物カゴに入れた2種類の製品を出してレジ机の上へ置いた。
「あの…[M]と[L]ですが? これで、いいですか?」
 売り場の女性店員は、さも『[M]には[M]でしょ!?』と決まったような口ぶりで訊(たず)ねた。波池は怒るでなく、『[M]に[L]、[L]に[M]の客だっていますよっ!』とは思ったが、口にすることなく、思うにとどめた。
「はあ、これでいいです…」
 波池は、そう口にした。対応で勝手に判断されることは、確かによくある。ただ、それに対する言動は、荒くも柔らかくも、人によって異なる。

                          完

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2017年5月22日 (月)

よくある・ユーモア短編集-26- 戻(もど)りたくなる

 何げなく新聞に目を通していた宮氷(みやごおり)は、殺伐とした記事の多さに、思わず読むことをやめた。ふと、宮氷の脳裏(のうり)に去来したのは、数十年前の長閑(のどか)だった頃の田園風景だった。あの頃は、物資はなかったが、皆が輝いていた。この国も輝いていた。だが今はどうだ。文明も進み、手に入れられないものはごく僅(わず)かになった。食べ物も他の物資も・・である。だが、人の心は荒(すさ)み、他人の痛みが分からない人間が増えた。家の前に芥(ごみ)をポイ捨ててなんとも思わない人間以下の生物だ。人間は最低限、そういうことは理性で止め、やらないのだ。宮氷はあの頃に戻(もど)りたくなった。その手の人間が少なかったあの頃に…。これはこの国に限ったことではなく、世界的に起きている物質文明がもたらした弊害(へいがい)だ…などと偉(えら)そうに思えていた宮氷の前に一本の竹輪の皿があった。宮氷が日課にして食べるマヨネーズを詰め込んだ竹輪で、これが宮氷の唯一の楽しみだった。来る日も来る日も・・竹輪の皿が置かれていない日はなかった。宮氷が若い頃からその習慣は続いていた。あれは…と宮氷は最初に竹輪を食べ始めた過去の瞬間に想いを馳(は)せた。あのときは美味(うま)かった! 宮氷は、そのときの味覚を想い出した。今は舌が肥えたのか、さほど美味い! とも思わなくなっていた。宮氷はあの頃に戻りたくなった。

                            完

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2017年5月21日 (日)

よくある・ユーモア短編集-25- 日々の違い

 日々、同じ繰り返しで怠惰(たいだ)に過ごしていると、昨日(きのう)と今日の違いが分からなくなり、プレることが、よくある。学生なら、まだ日々の授業科目も違うし、勤労する社会人場合でも、その日々に起こる仕事内容が違うから、感覚の曖昧(あいまい)さは、まだそうブレない。だが、年老いて退職などをし、社会の第一線から身を引くと、この感覚のプレが大きくなってくる。通勤や顧客といった対人関係が途絶え、昨日と同じような繰り返しの日々が続くようになると、一日の違いの感覚が麻痺(まひ)する訳だ。水際(みずぎわ)の場合がそうだった。
 歯を磨きながら水際はふと、思った。今日は確かに大晦日(おおみそか)だったな…と。さて、多かれ少なかれ正月準備でもしておこうか…と思った水際は、例年どおりの準備を始めようとして、おやっ? と首を捻(ひね)った。これから飾ろうとしていた床の間の畳の上には、すでに三方(さんぼう)に乗った注連(しめ)飾りと重ね餅がお目出度(めでた)そうに存在して置かれていた。水際にすれば、これから! と意気込んでいた矢先だったから拍子(ひょうし)抜けしてしまった。
「ああそうか、済ませたんだった…か」
 飾っていないものが飾られている訳がなく、水際に考えられるのは、ド忘れくらいのことだった。水際はこの時店では、そう深く考えていなかった。あと少しやり残した掃除などがあったが、それらも見回ると、すでに片づいていた。水際はまた、ド忘れしたか…と思った。そして、こともなく夜が更けた。当然ながら水際は大晦日だったから、年越し蕎麦(そば)を食べようと思い、買っておいた蕎麦の生麺(なまめん)と葱(ねぎ)などの具材を冷蔵庫から出し、調理しようとした。だが冷蔵庫を開けたが蕎麦も葱も見当たらない。これは怪(おか)しい…と、水際は動きを止めた。そして、しばらくし、テレビで確認してみよう…と思い立ち、テレビのリモコンを押した。すると、ニュースが報道されていて、アナウンサーが何やら語っている。
『…では250万人の参詣客で』
 水際は自分の耳と目を疑(うたぐ)った。年が明けるどころか、すでに元日(がんじつ)は終りに近づき、早くも正月二日になろうとしていたのだった。いや、いやいやいや…これはどう考えても妙だ、と水際はテレビ画面を見ながら腕を組んだ。まあ、そうはいっても、それが事実なら仕方がない。俺はどこか悪いのかも知れん…と思え、明日にでも医者へ行こうと水際は思った。まあ、カップ麺でも食べて寝よう…と思った矢先、水際は急に眠くなった。気づくと、心地いい昼間だった。手には濡れた雑巾が握られていた。大掃除をしている最中、水際はつい、ウトウトと疲れで眠ってしまい、夢を見ていたのだ。夢の内容は去年の元日で、まだ正月は開けていないようだった。
「なんだ…」
 水際は慌(あわ)てて床の間へ行った。まだ正月飾りは飾られていなかった。そりゃ、そうだろう…と水際は安心した。日々がどう違うかを忘れるほど健康で平和に暮らせることが、なんと有難いことか…。水際は来年から日記をつけよう…と思った。何ごともないと、日々の違いに疎(うと)くなっていることは、確かによくある。

                          完

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2017年5月20日 (土)

よくある・ユーモア短編集-24- 歯車

 人々は多かれ少なかれ、人と接触して生きている。いや、生きている・・などと偉(えら)そうに言えるのはまだその有難味(ありがたみ)が分かっていない人で、正確には存在して生きさせて貰(もら)っている・・ということだ。もちろん、他人に命を狙(ねら)われるとかの心配は、突発ごとにでも巻き込まれない以上、普通、起こらないし有り得ない。まあ、自分によって命を落とす事故の場合は別だが、その事故にしても、バス、鉄道、船舶、飛行機などのように他人の運転によって死に至った場合は、運転、操縦する人と接触したことになる。要は、人と接触する歯車が一つ噛(か)み合わなくなると、個人ばかりでなく、その波紋が大きく広がり、大問題になっていく訳だが、そういうケースは、ないようで案外、よくある。
「あっ! 三鱈資(みたらし)君、今年もよろしく頼むっ!」
「いえ、こちらこそ…。でも、僕は三鱈資さんじゃないですが…」
 訝(いぶか)しげな顔で振り向き、食品物産・営業課の課長の揚麦(あげむぎ)に返したのは、三鱈資の退職後、そのデスクへ異動してきた係長の菓子(かし)だった。
「そうそう…そうだったな。後ろ姿なんで、つい、間違えてしまったよ、すまんすまん。菓子君だったな? アレ、どうなったかね?」
「アレ? アレと申されますと?」
「ははは…分からんかね。ナニだよ君、ナニ!」
 揚麦は、てっきり引継ぎがなされているものだと思い、遠回しに強請(ねだ)った。
「ナニ? ナニと言われましても…」
 菓子は分からず、困った表情で揚麦を窺(うかが)った。揚麦としては当然、退職前に三鱈資から
引継ぎがなされていると思っていたから、菓子の返答が不思議に思えた。
「三鱈資君に聞いてないか? ナニだよ、ナニ」
「はあ…生憎(あいにく)、何も…」
「そうか…、まあいい」
 ペコリと揚麦に頭を下げ、菓子は振り向いていた姿勢を元に戻した。揚麦としては引き下がったものの面白くない。自分の思うどおりにいかず、歯車が狂ったのだ。実は揚麦としては、それを食べないと仕事が手につかなかったのである。ある種の依存症の一種だったが、かかりつけの医者にも原因が分からず、手の施しようがなかった経緯があった。揚麦をそこまで依存させていたもの・・それは老舗・鹿野屋でしか販売されていない一日50個、限定生産されるクリーム入りドーナツだった。揚麦はそれを毎朝、食べないと、仕事に支障をきたしたのだ。揚麦はやる気がなくなり、会社を早退した。
「揚麦君は、どうした?」
 部長の蕎麦(そば)が営業課に入ってきたのは、揚麦が早退した直後だった。
「課長は、先ほど早退されましたが…」
「なにっ!? 君は揚麦君から、何か聞いとらんか? ナニを」
「ナニ? また、ナニですか?」
「んっ? どういうことだ?」
「いえ、何でもありません。聞いておりませんが…」
 菓子は蕎麦に返した。
「そうか…、なら、まあいい」
 蕎麦は仕方ないな…と引き、部長室へ戻(もど)っていった。菓子にそうは言ったものの、蕎麦としては面白くない。自分の思うどおりにいかず、歯車が狂ったのだ。実は蕎麦としては、それを食べないと仕事が手につかなかったのである。ある種の依存症の一種だったが、かかりつけの医者にも原因が分からず、手の施しようがなかった経緯があった。蕎麦をそこまで依存させていたもの・・それは老舗・鹿野屋でしか販売されていない一日50個、限定生産される蜂蜜(はちみつ)入りドーナツだった。蕎麦はそれを毎朝、食べないと、仕事に支障をきたしたのである。蕎麦はやる気がなくなり、会社を早退した。
『蕎麦君は?』
 部長室に内線電話が入ったのは、蕎麦が早退した直後だった。
「はい…生憎(あいにく)、部長は気分がお悪くなったとかで、早退されましたが…」
 美人秘書の派須多(ぱすた)は専務の鵜丼(うどん)にそう返した。
『なにか、蕎麦君から預かってないかね』
「いえ、べつに…」
『そうか、なら、いい…』
 昼過ぎ、食品物産は会社を早退して営業を停止した。このように、ひとつ歯車が狂うと、世の中が狂うことは、案外、よくある。

                            完

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2017年5月19日 (金)

よくある・ユーモア短編集-23- 先を読む

 夕方、帯川(おびかわ)は明日の天気が気になり、テレビを見ていた。気象予報士が明日の天気予報を詳細に語る様子が画面に映し出されている。帯川は明日、屋外の重要な勤務先の仕事を任されていた。だから明日、降られては困るのだ。防水シートを被(かぶ)せれば出来ない作業ではなかったが、降られて困ることに変わりなかった。天気予報では明日、晴れる・・という予報士の解説が実(まこと)しやかに気圧配置図を映し出して語られていた。だが、帯川は疑っていた。というか、元々、帯川は物事には慎重な性格だったのである。ああは言っているが、降るかも知れない。いや、大いにその可能性はあるぞ…と、帯川は疑心暗鬼で先を読んだ。となれば、防水シートの準備は当然、必要となる。現場責任者としては、100名ばかりの作業者達にその旨(むね)を伝えておかねばならない。ポンチョか雨合羽(あまがっぱ)を準備してくるように・・という内容の電話をかける必要があった。俄(にわ)かに帯川は忙(いそが)しくなった。課長補佐の窪池(くぼいけ)に電話し、雨具の持参を連絡するようにと指示した。
『えっ?! だって明日は晴れそうですよ。天気予報もそう言ってますし…』
「甘い甘い! 君は甘いぞっ! そうは言っておっても、たかが天気予報。降るかも分からんじゃないかっ! 降らんと、誰が保証するっ!?」
『…ええ、まあ。それはそうですけど…』
 窪池は、帯川の威圧する電話の声に、思わず流された。
「分かれば、いいんだよ。じゃあ、な行の作業員までは私が電話するから、君は、は行以降の作業員に連絡してくれたまえ」
『はい、分かりました…』
 帯川がすべてに連絡し終わったとき、すでに10時前になっていた。妻の美咲は呆(あき)れて先に寝てしまっていた。帯川は冷え切った料理を一人、冷え切った表情で口にした。だが、帯川には、これで大丈夫だ…という安らぎの思いがあった。
 予想は大きく外(はず)れ、次の日は、天気予報どおりの快晴だった。昨夜の帯川の多忙さは徒労(とろう)に帰していた。だが、晴れ渡った早朝の空を見上げながら、帯川は青空に怯(ひる)まず先を読み、いやいやいや…まだまだ分からんぞっ! と、疑(うたぐ)りの眼差(まなざ)しで、ジィ~~~っと空を眺(なが)め続けた。慎重派が時間切れまで先を読むということは、確かに、よくある。

                           完

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2017年5月18日 (木)

よくある・ユーモア短編集-22- それとなく

 世の中には目立つことを苦手(にがて)とする人がいる。まあ、多かれ少なかれ、人は大衆の中では意識はするものだが、大衆でない数人、あるいは一人の場合でも根本的に人と接することが苦手な人もいるのだ。麦畑(むぎはた)の場合がそうで、それとなく生きたい…と彼は願っていた。それとなく・・というのが味噌で、自分を勘定に入れられたくない訳だ。いわば、透明人間ではなく、いることはいるのだが、存在感がなく生きられる…というのが麦畑にとっての理想だった。それは他人から無視される・・というのではない。
「あっ! 麦畑さん」
「はい、何か?」
「いや! すみません、何でもありません。そこの穂耐(ほたえ)さん!」
 呼び止められた麦畑だったが、呼び止めた村長の高温(こうおん)は、麦畑が鍬(くわ)をバットがわりにして素振(すぶ)りしているのを見て、通りかかった穂耐に的(まと)を変えた。麦畑は別に無視されたとも思わず、鍬の素振りを続けた。すると偶然にも鍬の先が抜け、空中に飛んで森から出てきた一羽の鴨(かも)を直撃した。村長と耐穂は見て見ぬ振りをして去っていった。麦畑は鴨に近づいたが、すでに息絶えていた。麦畑は、こりゃ可哀そうなことをした・・と思うでなく、今夜は美味(うま)い鴨鍋が食えるぞ…と、それとなく思った。そして、その夜はそれとなく、そんな夜になった。満腹になった麦畑は、それとなく美味かったな…と思った。
 翌朝、麦畑は食べた鴨が急に可哀そうになり、それとなく墓をつくって残った部分を葬り、野の花をそれとなく飾ってやった。そして、じぃ~~っと墓を見ながら、まあこれでいいか…と、それとなく思った。

                            完

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2017年5月17日 (水)

よくある・ユーモア短編集-21- 蛸足(たこあし)討論

 テレビ中継された会場では有名評論家、A、B二人による討論が賑(にぎ)やかに繰(く)り広げられていた。
A「あなたはそう言いますがね、私はそうは言わないっ!」
B「ええ、結構ですよ! 別にそう言っていただかなくても。私はそう言っただけです」
 そこへMC[マスター・オブ・セレモニーの略で、進行を任された司会役]が二人の会話に割り込んだ。
「そう言う・・とは、どういうことなんでしょう?」
 素朴な質問に、二人は一瞬、固(かた)まった。
A「…つまり、ほれ。…なんですよ。なんでしたっけ?」
 Aは分からず、Bに振った。
B「えっ? …つまり、そのぉ~」
 Bにも、そう言う・・の意味が分からなくなっていた。つまるところ、討論はすでに本題から大きく反(そ)れ、枝葉末節(しようまっせつ)の蛸足(たこあし)討論になっていたのである。語る二人も意味が分からず、相手に対する反対感情だけで言い返す意味不明な討論だ。お互いに相手が反論するものだから引くに引けなかった。結局、その繰り返しで、二人は完全に意固地(いこじ)になり、敵対意識を剥(む)き出しにした。それを見かねたMCが割って入ったというところだ。MCは二人が二匹の蛸に見えていた。その映像は、二匹が八本の足を互いに絡(から)め合い、激しく攻撃し合うバーチャル[仮想]空間だった。
A「よろしい! 一端、本題へ戻しましょうよ」
B「ええ、構いませんよ私は。それで結構です…」
 Bはスンナリと応諾(おうだく)した。MCには絡まった二匹の蛸足がスルルル…と自分の体の方へ巻き戻(もど)れるさまが、はっきりと見てとれた。
A「…? 本題はなんでしたっけ?」
 Aは本題を忘れ、MCに振った。
「ええ~~~っ!!」
 MCは驚きのあまり、言葉を失った。だらだらと続く討論で結論が出ないどころか本来の議題を忘れて終わってしまう蛸足討論は、確かによくある。

                             完

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2017年5月16日 (火)

よくある・ユーモア短編集-20- 意外

 増毛(ますげ)は契約を成就させる兵(つわもの)として鬘(かつら)物産で名を馳(は)せていた。増毛なしに勝ち目なし・・とは、今や社訓になりそうな勢いで社内に浸透した言葉だった。そんな増毛の存在だったが、彼にも人に知られていない意外な一面があった。まあ、人間にはよくある話で、多かれ少なかれ、人は意外な一面を持っているものだ。
「増毛君、この一件、よろしく頼むよ。どうも禿川(はげかわ)の押しが足らんのか、先方が首を縦に振らんのだよ」
 営業一課では課長の尾釜(おかま)が契約書類のコピーを増毛に渡しながら頼み込んでいた。
「分かりましたっ! 僕でよろしければ、なんとかしましょう!」
「いや、無敵の君しかおらんよ! この一件、助けてもらえると私も助かる」
 尾釜はデスクの上へ両手を乗せ、目前に立つ増毛に深く平伏(へいふく)しながら言った。
 そして、三日がこともなく過ぎ去った。三日前と同じように増毛は課長席の前に立っていた。
「課長、サインもらえましたっ!」
「ははは…そうかそうか。そら、そうだろう。そうなるに違いないと、私は思っとったんだ。いやいやいや、どうも有難う!」
 尾釜は三日前と同じように、また増毛に対して平伏し、頭を深く下げた。内心では、これで部長への顔は立った…と思いながら。ただ、尾釜の内心には、たった三日でどうして契約が取れたのか…という疑問が、沸々(ふつふつ)と沸(わ)いていたことも確かだった。気になった尾釜はついに我慢できなくなり、好奇心を晴らすべく密かに探偵を雇(やと)った。もちろん自費で、会社の誰もがその事実を知らなかった。そしてひと月が経った頃、探偵の報告書が尾釜の自宅に郵送されてきた。尾釜はそれを見て驚いた。
「なにっ! 美味い料理を作って満足させた、だと?!!」
 何を隠そう、増毛は元一流シェフで、コック長を務めた特異な才能をもつ料理人だったのである。その彼がなぜ料理と関係がない鬘物産に入社したのか? という意外な疑問は未(いま)だに解(と)き明かされていない。

                            完

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2017年5月15日 (月)

よくある・ユーモア短編集-19- 常識

 年が暮れようとしている歳末のある日、仲吉(なかよし)は呑気(のんき)に欠伸(あくび)をしていた。吉仲には、なぜ歳末になると世間の人々はバタバタと慌(あわ)ただしくするのか…という素朴な疑問が以前からあった。大晦日(おおみそか)の次の日は元日(がんじつ)だが、何が変わったのかが、どうしても理解できないのである。非常識にそんなことを思う自分は少し怪(おか)しいのかも知れないとは感じるが、感じるものは仕方がない。仲吉は今年こそっ! と意を決して、世間の常識と一線を画(かく)してみよう…という思いを実行することにした。
「ああ、いいお年をっ!」
 知人の一人が、別れ際(ぎわ)に仲吉へそう言った。ここぞ! とばかりに、仲吉はアクションを起こした。まず、言動である。
「ああ、どうも。お疲れが出ませんように…」
「…?」
 知人は妙な挨拶だな? という怪訝(けげん)な顔つきで軽く頭を下げ、去っていった。仲吉は、よしっ! これでいい…と瞬間、思った。仲吉は世間の常識に反論したのである。そして、年が明けた。
「おめでとう! 仲吉君!」
「あっ、どうも。お元気そうでなによりです…」
 正月早々、街頭でバッタリ会った笑顔の上司に、仲吉はそう挨拶した。上司は、君、大丈夫か? という顔で首を傾げながら笑顔を曇らせて歩き去った。仲吉は、よしよしっ! と効果を実感した。そして正月も過ぎ、1月も去ろうとした頃、仲吉は会社の誰もから眇(すが)めで見られたり無視されるようになった。それは、社員にとどまらず、上司も仲吉を避(さ)けた。
「な…いや、町森君! これ、コピーして、専務に渡しておいてくれ」
「はい!」
 町森はデスクを立つと課長席まで歩き、書類を受け取った。仲吉はそれを遠目に見ながら深い溜め息を吐いた。最初のうちはよかった仲吉だったが、効果がないことを知るうちに、少しずつ世間の厚(あつ)い柵(しがらみ)を感じるようになっていた。そしてこの日、仲吉はもう非常識はやめようと思った。そして今、また一年が暮れようとしていた。仲吉は、以前にも増して、すっかり常識人となってしまっていた。世間の荒波を実感し、常識に従うことは、一般社会では業種を問わず、よくある。

                           完

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