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2012年4月

2012年4月30日 (月)

シナリオ 春の風景 特別編(下) コラボ(1)

≪脚色≫

      春の風景

       特別編(下)コラボ(1)       

    登場人物
   湧水(わきみず)恭之介・・祖父(ご隠居)[70]
   湧水恭一  ・・父 (会社員)[38]
   湧水未知子・・母 (主  婦)[32]
   湧水正也  ・・長男(小学生)[8]
   その他   ・・猫のタマ、犬のポチ

○ とある小川 昼
   レンゲ、タンポポの花が咲く野原と草の生えた土の道。小川と呼ぶに
   は細過ぎる畦のせせらぎで遊ぶ正也。そよ風が吹いている田園風
   景。ポカポカとした陽気。広がる青空。輝く太陽。
  正也M「風が流れていた。心地いい、そよ風だった。文明が進んで科学
       一辺倒の世の中になった光景が、日々、テレビ画面に溢れる
       時代になったが、僕からすれば、まるで絵空事で、♪ 春のぉ
       小川はぁ~さらさら行くよぉ~ ♪ (唄って)なのだ」

○ メインタイトル
   「春の風景」

○ サブタイトル
   「特別編(下) コラボ」

○ 玄関 内  夕方
   玄関の戸を開けて入る正也。框(かまち)に腰を下ろし、靴を磨く恭一。
   犬小屋で熟睡中のポチ。
  正也  「…ただいま!」
  恭一  「おお、正也か…」
  正也M「家に入ると、父さんが珍しく革靴を磨いていた。まあ、商売道
       具の一つであろうし、一応は父さんも人の子で、世間体が気
       になるとみえ、磨いているようだった。まさか、出世に差し障り
       があるから…と考えてのことではないだろうと思う」
   框(かまち)へ近づく正也。黒い靴クリームを革靴に塗る恭一。
  恭一  「もうじき、夕飯だぞ(靴クリームを塗りながら)」
  正也  「うん…(可愛く)」
   框(かまち)へ上がろうと、靴を脱ぎかける正也。
  恭一  「お前はいいなあ…(ボソッと)」
  正也  「えっ? 何が、いいの?(可愛く)」
  恭一  「だって、そうだろ? お前の靴は運動靴だし、汚れて幾ら、
       のもんじゃないか。磨かなくてもいいんだからなあ…(ボヤ
       き口調で)」
   聞かなかった素振りで居間へ向かう正也。それ以上は語らず、黙
   ってブラシで靴を磨く恭一。

○ 居間 夕方
   居間へ入り、長椅子に座る正也。庭を見ながら畳上の座布団に座
   っている恭之介。畳上の座布団で背を上下させて熟睡しているタ
   マ。
  恭之介「おお正也、帰ってきたか…。今日は鰆(さわら)の味噌焼ら
       しいぞ。未知子さんが、そう云っていた…(嬉しそうな声
       で)」
  正也  「えっ? 鰆がいいの? 味噌焼は銀鯥(むつ)が一番だって、
       いつか云ってたじゃない、じいちゃん」
  恭之介「ははは…(笑って)。まあ、そう云うな。銀鯥は銀鯥。だが、
       鰆も鰆だけのことはある…」
   靴を磨き終え、居間へ入る恭一。
  恭一  「まあ、革靴と運動靴の違いみたいなもんだ、正也(小声で
       笑いながら長椅子へ座り)」
   恭一の言葉と同時に大笑いする恭之介。
  恭之介「ほう、恭一…。少し意味は違うが、お前にしては上手く云
       った」
  恭一  「それはないですよ、父さん(恐縮して)」
   互いに顔を見合わせて大笑いする恭之介と恭一。黙って二人を
   交互に見遣る正也。
  正也M「靴と味噌焼が妙なところでコラボして、父さんとじいちゃ
       んを仲よくさせたのだった。こういうことは結構よくある。
       先だっても、こういうことがあった」

○ (回想) 渡り廊下 夜
   身を潜めるように、ひそひそ話をする恭一と未知子。
  恭一  「お前は、そう云うがなあ…」
  未知子「そんなに気にすることはないわよ。高(たか)が一日のこ
       とじゃない。使わなきゃ、いいのよ」
  恭一  「ああ…そりゃまあ、そうだが…」

                                  
≪つづく≫

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2012年4月29日 (日)

シナリオ 春の風景 特別編(上) 麗らか(2)

 ≪脚色≫

      春の風景

       特別編(上)麗らか(2)       

    登場人物
   湧水(わきみず)恭之介・・祖父(ご隠居)[70]
   湧水恭一  ・・父 (会社員)[38]
   湧水未知子・・母 (主  婦)[32]
   湧水正也  ・・長男(小学生)[8]
   その他   ・・猫のタマ、犬のポチ

○ 玄関 外 朝
  家を出て歯医者へ向かう恭之介。
    正也M「(◇)仕方なく歯医者で入れ歯を修理することにして出かけ
         た」
○ 居間 昼
   長椅子に座り、新聞を読む正也。歯医者から帰ってきた恭之介。長
   椅子に座る。
  正也M「帰ってきたじいちゃんは、僕とは逆に、滅法、テンションを下
       げていた」
  恭之介「フガフガフガ…[一本で行きゃよかった…]。フガガガフガガ…
       [これだけ抜けると暫くかかるそうだ…]。フガガフガフガ[そ
       れに金もな]」
  正也  「ふぅ~ん」
  正也M「じいちゃんは抜け歯語でそう語った。僕は、つれない返事を
       返した。ここは余り出しゃばらない方が得策のように思えた
       のだ」

○ 湧水家の庭  早朝
   早朝稽古をする恭之介と正也。口をモガモガと動かし、今一、いつ
   もの精彩がない声の恭之介。いつもの元気な正也の掛け声。稽古
   を続ける二人の姿。春の庭。
  正也M「それからというもの、じいちゃんの身には春だというのに、辛
       くて冷たい口元の日々が続くことになったのである。剣道の
       猛者も、怪談・牡丹燈籠のお武家のように、すっかり元気が
       なくなってしまった。そうは云っても、僕には何故、このお武
       家が元気をなくしたか…という、その辺りのところは、よく分
       からないのだが…」

○ 玄関 朝
   山行きの姿の恭之介と正也。持ち物の点検をする恭之介。靴を履
   く二人。
  正也M「まあ、そんな中にも、春の息吹きを感じさせる恒例の蕨採り
       が近づいていた。勿論、このイベントは、じいちゃんなしに語
       れないのである。じいちゃんも、イベントの主役が自分であ
       るという自負心が芽生えて入る為か、俄かにアグレッシブ
       になったのだ」
  恭之介「フガガ ! フガガガ [ よしっ ! 正也]、フガガッ ! [行くぞっ ! ]
       (玄関の戸を開けながら)」
   大声に驚いて台所へ逃げ去るタマ。薄眼を開け、また閉じると、ふ
   たたび、悠然と寝る犬小屋のポチ。

○ 山の中 朝
   朝日を浴びる樹々。手際よく、蕨を採り、籠へ入れる恭之介。それ
   なりに採る正也。 
  正也M「師匠は達人で、瞬く間に腰の籠は一杯に溢れた。僕は…と
       いえば、まあ、それなりに採った…と報告しておこう」

○ C.I 山道  昼
   平坦な山道を下る恭之介と正也。

○ C.I 畑  昼
   たき火を囲む恭之介と正也。消えかかった火。出来た木枝の灰。
  正也M「その後、下山して次の作業にかかった。木枝を燃して灰を
       作ったのだ」

○ C.I 台所 昼
   鍋で蕨を湯がく未知子。萎えた蕨の加減を見た後、水に蕨を晒
   す未知子。
  正也M「ここで母さんの出番となる。灰は、水に溶かされ、その中
       へ採ってきた蕨は浸けられ、湯がかれた。そして、水に晒
       (さら)された蕨は、すっかり萎え、アクは抜け出たようだっ
       た」

○ 台所 夜
   食卓テーブルを囲む家族四人。笑顔の恭之介。
  正也M「上手くしたもので、じいちゃんの入れ歯の修理が終わった
       電話が歯医者から掛かり、じいちゃんのテンションは持ち
       直し、いつもの笑顔が戻った。母さんお手製の蕨の煮物
       が安心して食べられるから、その喜びにうち震えた笑顔
       だったのだろう」
  未知子「どうです? お父様、お味は?」
  恭之介「いやあ・・いつもながら絶品です、未知子さん」
  恭一  「なかなかの味だ…」
  恭之介「やかましい! 部外者がっ!」
   恐縮して身を竦め、氷になる恭一。
  正也M「じいちゃんが落雷した。まあ、そんなことが起こることは滅
       多とない訳で、我が家には麗らかな春の平和な日々が続
       いている」

○ エンド・ロール
   恭之介が落雷した後の家族の談笑風景。
   テーマ音楽
   キャスト、スタッフなど
   F.O

※ 小説は、「春の風景 特別編(上) 麗らか」 をお読み下さい。

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2012年4月28日 (土)

シナリオ 春の風景 特別編(上) 麗らか(1)

 ≪脚色≫

      春の風景Photo_2

       特別編(上)麗らか(1)  

    登場人物
   湧水(わきみず)恭之介・・祖父(ご隠居)[70]
   湧水恭一  ・・父 (会社員)[38]
   湧水未知子・・母 (主  婦)[32]
   湧水正也  ・・長男(小学生)[8]

○ 湧水家の庭  昼
   快晴の昼。軒の庇から伝い落ちる雪解け水。綺麗に咲いたオウバ
   イ、紅梅の庭木。手入れされた日本庭園。
  正也M「雪解け水がポタッ・・ポタッと屋根から伝って落ちる。オウバ
       イは黄色い蕾を開け始め、紅梅も負けまいと、両者は競って
       いい勝負だ(◎に続けて読む)」

○ 家前の畑 昼
   積雪の上に所々、顔を出した蕗の薹(とう)。
  正也M「(◎)今年は珍しく名残りの雪が遅く降ったのだが、そうは
       云っても、今日からは、もう三月だ。すぐに姿を消すであろ
       う所々の雪の敷布。その上に、黄緑色の蕗の薹が楚々と
       顔を出している」

○ メインタイトル
   「春の風景」

○ サブタイトル
   「特別編(上) 麗らか」

○ 玄関 外  昼
   元気よく、下校してきた正也。玄関戸前で立ち止まり足の長靴を
   見る。泥まみれになった長靴。
  正也M「中途半端な雪で、長靴がすっかり泥んこになりサッパリだ。
       しかし、この程度の雪が景観としては一番、情緒があるよ
       うにも思え、僕は好きだ。要は一勝一敗なのである。僕に
       好かれても雪は困ってしまうだろうし、雪女となって肩を揉
       みに来られても、ちと困ってしまうのだが…」
   玄関戸を開け、外へ出てきた恭之介。
  恭之介「おお…正也、お帰り。ど~れ、蕗の薹でも取って、未知子さ
       んに味噌にして貰おう…。美味いぞぉ~」
   云った後、ワハハハ…豪快に笑う恭之介。その恭之介を見上げる
   正也。
  正也M「確かに、この時期の蕗の薹味噌は、熱い御飯の上へ乗せ
       て食べると絶妙の味を醸し出すのである。しかし、じいちゃ
       んの笑顔は、後日、湿っぽい顔になった」

○ 庭  早朝
   剣道の稽古をする恭之介と正也。響く二人の声。
  正也M「僕は日曜なので当然、家にいた。起きると、いつもの早朝
       稽古でじいちゃんと一汗、掻いた」

○ 台所 朝
   食卓テーブルで朝食を食べる家族。がっつりと食べている恭之
   介と正也。突然、手を止め、顔を顰める恭之介。
  未知子「お父様、どうかされました?(斜向かいの恭之介を見遣
       って)」
  恭之介「えっ? …いや、なに…、大したこっちゃありません…」
   咀嚼を止める恭之介。見遣る恭一、未知子、正也。徐(おもむろ)
   に箸と茶碗をテーブルへ置き、手を口へと運ぶ恭之介。次の瞬
   間、口から指に摘まんだ一本の歯を取り出し、即座にポケットへ
   入れる恭之介。
  正也M「決してマジックなどではない。じいちゃんの入れ歯の一
       本が離脱したのだった(△に続けて読む)」   
   残った茶碗の飯を、茶漬けにして口へ流し込む恭之介。最後に
   長い舌を出し、フリカケを舐める。早々と席を立つ恭之介、無言
   で離れへと急ぐ。唖然として恭之介の後ろ姿を見遣る三人。

○ 離れ 朝
   部屋前の渡り廊下で、入れ歯を外して注視する恭之介。一本、
   抜けおちた入れ歯。ガラス越しに陽に翳(かざ)す恭之介。
  正也M「(△)じいちゃんは前回の餅の時で懲りたのか、歯医者
  へは行かない日が続いた。僕も、まあ一本くらい抜けたって入れ
  歯だし不都合もないだろう…と、軽く踏んでいた」

○ 台所 朝
   食卓テーブルで朝食を食べる家族。T 三日後。テンション高
   く食事する正也。テンションが低い恭之介。急に咀嚼を止め
   る恭之介。口へ手を遣り、数本の抜け歯を取り出す恭之介。
   三日前と同じように、茶漬けで食べ急ぐ恭之介。
  正也M「物事は、しっかりと帳尻を合わせておかないと、偉い事
       になるようだ。僕はそのことを、入れ歯から思い知らされ
       た格好だ。じいちゃんの入れ歯は、ボロボロッと抜け落
       ちた」
  正也  「じいちゃん、大丈夫?(心配そうに)」
  恭之介「フガッ、フガガッ! [なにっ、大事ない ! ](少し、怒り口
       調で云い、席を急いで立ち)」
   離れへ去る恭之介。恭之介を見遣る三人。
  正也M「こうなっては流石のじいちゃんも放ってはおけない
       (◇へ続けて読む)」

                                   ≪つづく≫

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2012年4月27日 (金)

シナリオ 春の風景(第十話) 小さな幸せ

  ≪脚色≫

      春の風景

      (第十話)小さな幸せ                

    登場人物                            
   湧水(わきみず)恭之介・・祖父(ご隠居)[70]
   湧水恭一  ・・父 (会社員)[38]
   湧水未知子・・母 (主  婦)[32]
   湧水正也  ・・長男(小学生)[8]
   その他  ・・猫のタマ、犬のポチ

○ とある田園風景 早朝
   晴れた空。水田の田植え作業の風景。
  正也M「今年も、あちこちで田植えが始まっている。まず
       は田の中に水が張られ、耕運機がコネクリ回し
       て水田化し、秘密レシピの肥料等も播(ま)かれ
       る。それが終わると、暫くは水稲苗の到着を待
       つ。勿論、苗は苗で、苗作り作業がある。昔は手
       作業で一株ずつ植えられたようだが、昨今は機
       械で瞬く間だ」
   田植えの終った水田。春風に戦(そよ)ぐ苗。

○ メインタイトル
   「春の風景」

○ サブタイトル
   「(第十話) 小さな幸せ」

○ 洗い場 早朝
   木刀片手に、湧き水で身体を拭く恭之介。ポチの散歩
   へ出る前の正也。
  恭之介「賑やかな音がし出したな。もう、こんな時期にな
       ったか…。一年は早い(独り言)」
   バタバタして玄関を飛び出してきた恭一。
  恭一  「お父さん、行ってきます!(忙しなく)」
   後ろ姿の恭一へ言葉を投げ掛ける恭之介。
  恭之介「おっ、恭一。今朝は偉く早いじゃないか。何かあ
       ったのか?! 飯、食ったか?!」
  恭一  「はいっ! 会社の急用でして…!(玄関戸を開
       けて)」
   息を切らしながら言葉を返す恭一。玄関戸を閉め、家
   外に消える恭一。
  恭之介「なんだ、あいつは…(呆れて)。正也、それにし
       ても珍しいな、恭一の奴がこんな早く出るとは」
  正也「そうだね…(ポチのリールを持ったまま、可愛く)」
   ポチの散歩で、家を出る正也。
  正也M「僕も学校があるから、そう長くはじいちゃんの話
       に付き合ってられない(◎に続けて読む)」

○ C.I 玄関 内 朝 
   ポチのリードを犬小屋へ繋いだ後、餌をやる散歩帰り
   の正也。美味そうに食べるポチ。クゥ~ンとひと声、正
   也を見て鳴く。ニンマリして靴を脱ぎ、玄関を上がる正
   也。
  正也M「(◎)ポチの散歩を終え、小屋へ繋いだ後、餌
       をやる(△)に続けて読む」

○ C.I 台所 朝
   片隅に置かれた猫食器に餌を入れる正也。タマが食
   器を見遣り、ニャ~と鳴く。ニンマリする正也。
  正也M「(△)当然、タマにも餌をやる。餌代はお年玉
       とお小遣等の収益で賄われている。歳入歳出
       の決算や監査がない、云わば勝手気儘(まま)
       なものだ」

○ 台所 朝
   食卓を囲む恭一を除く三人。朝食を食べている三人。
  恭之介「未知子さん、珍しいですな。恭一が、こんな時
       間から…(手を止め、斜向かいに座る道子を
       見て)」
  未知子「ええ、…よくは分からないんですけど、社内旅
       行の幹事の打ち合わせだとか…」
  恭之介「えっ! 仕事じゃないんですか? …このご時
       世に、結構なことだ!(半分、あきれ顔で)」
  未知子「はい。でも、あの人、会社での人望は厚く、評
       判は、いいようですよ」
  恭之介「そりゃ、そうでしょう。旅行部長、歓送迎会の
       宴会部長と、偉いお方なんですから…」
   苦笑いして話題を変える未知子。
  未知子「田植えのようですね…」
  恭之介「はい、今年も始まったようです」
   急に、対面の正也をギラッ! と見る未知子。
  未知子「正也! 急がないと遅刻するでしょ!」
   急いて食べ終え、立つと食器を炊事場へ運ぶ正也。
   炊事場から恭之介の後ろを通り、子供部屋へ向かう
   正也。正也を見て、無言でニタリと笑う恭之介。
  正也M「僕に、とばっちりが飛んできたので、緊急避
       難を余儀なくされた。じいちゃんの頭の照り
       は今朝も健在で、少しオーバーぎみの表現
       だが、光り輝いて眩いばかりだ。何気ない、
       春の朝の小さな幸せと、輝く頭…。そんな情
       景が僕の春を祝福している」

○ エンド・ロール
   春の湧水家の遠景。
   テーマ音楽
   キャスト、スタッフなど
   F.O


※ 小説は、「春の風景(第十話) 小さな幸せ」 をお読み下さい。

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2012年4月26日 (木)

シナリオ 春の風景(第九話) 講談

≪脚色≫

      春の風景

     
 (第九話)講談              

    登場人物
   湧水(わきみず)恭之介・・祖父(ご隠居)[70]
   湧水恭一  ・・父 (会社員)[38]
   湧水未知子・・母 (主  婦)[32]
   湧水正也  ・・長男(小学生)[8]
   その他   ・・猫のタマ

○ 台所 夜
   連休の夜。テーブル椅子に座っている恭之介、恭一、正也。
   熱弁を、ふるう恭之介。仕方なく聞いている恭一と正也。隅
   の寝床で五月蠅いなあ…とばかりに、頭を布に突っ込ん
   で眠るタマ。
  恭之介「やあやあ、心あらん者は、聞いてもみよ! 我が祖
       先、今を遡(さかのぼ)らんこと四百と有余年。三河
       守、徳川家康公の家臣にて、四天王にその人有り
       と謳(うた)われし、赤の備えも麗しき、井伊が兵部
       直政公!(パパン、パンパン! と張り扇風に手で
       テーブルを叩き)。その御(おん)殿に名を賜りしは
       …」
  正也M「僕が訊ねたのが拙(まず)かった。じいちゃんは勢い
       づいて、得意中の得意をひと節、ドウタラ、コウタラ
       …と長々、ガナリだした。こうなれば、誰だって止め
       ることは不可能だ。恐らくは、天皇陛下や総理大臣
       が頼み込んでも、やめないのではないか…」
   一瞬、首を恭之介の反対へ振り、小さな欠伸をする正也。
   一瞬、テーブル上の新聞に眼を遣る恭一。台所に掛かっ
   た『 極 上 老 麺 』の額。炊事をする未知子。講談調
   の恭之介。聞かされる破目に陥った恭一と正也。

○ メインタイトル
   「春の風景」

○ サブタイトル
   「(第九話) 講談」

○ (回想) 台所 夜
   夕食後。食卓テーブルを囲む恭之介、恭一、正也。炊事場
   で洗い物をしている未知子。
 正也M 「さて、何故こんな講談を聞かされる仕儀に立ち至っ
       たのかという経緯を、冷静に解説しよう」
   恭之介へ何やら語っている恭一。見遣る他の三人。
  恭一  「…そんなことで、他の人の不幸を尻目にのんびりし
       た湯治をさせて戴いたというようなことで…」
  恭之介「それは、なによりだ」
  恭一  「地方道をバスで走ったのが、よかったみたいです。
       高速はバス事故で渋滞、それも私らと同じ温泉の
       宿泊客の団体でして…(勇んで話しをして)」
  恭之介「ほうほう…(関心ありげに)」
  恭一  「更に、その団体客が旅館をキャンセルしましてね。
       余った料理を只(ただ)、同然のサービスで戴いた
       というようなことで…(得意満面に)」
   会話する二人。聞く道子と正也。
  正也M「そこ迄は、じいちゃんの講談とは何の関係もないの
       だが、次のじいちゃんのひと言が引き金となった」
  恭之介「ほお…、不幸を尻目に幸せ旅か…。まあ、夫婦水
       入らずで、結構なことだ」
  恭一  「なんか嫌味に聞こえるんですよね、父さんの云い
       方は…。仕方ないじゃないですか」
  恭之介「儂(わし)は何も云っとりゃせんだろうが…。だいた
       い、我が血筋にはな、そんな小事をやっかむような
       者は、おりゃせんのだっ!」
  正也  「じいちゃん、僕ん家(ち)は、そんなに古いの?」
  恭之介「古いの? だと、正也殿。では、前にも聞いたと思う
       が、じいちゃんがその辺りを語って進ぜよう…」
   長々と語り出す恭之介。
  正也M「そんな流れで、十分程は延々と講談が語られるこ
       とになった訳である」
   聞かされる二人。
   O.L

○ もとの台所 夜
   O.L
   聞かされ少し、だれている二人。
  正也  「そうか…(可愛く相槌を打つように)」
  正也M「じいちゃんは喉が渇いたのか、一気に湯呑みの
       お茶を飲み干した。僕は、じいちゃんを労(ねぎら)
      わないと、また機嫌を損ねるのではと感じたので、
      分かりもしないのに一応の相槌を打っておいた。
       風邪予防のワクチン注射のようなものだ」
   饅頭を入れた菓子鉢を持ってテーブルへ近づく未知子。
  未知子「お父様、お土産の温泉饅頭でも摘まんで下さい
       な」
  恭之介「いやあ…。丁度、甘いものが欲しいと思っておっ
       たところです、道子さん(満面に笑みをたたえ、
       未知子を見ながら蛸のような頭を手で、こねくり
       回し)」
  正也M「光を放つじいちゃんの頭は、云わば、仏様の光
       背にも似て、その衰えるところを知らない。僕は
       危うく、その有難い頭に合掌するところだった」

○エンド・ロール
   饅頭を食べながら談笑する四人。
   テーマ音楽
   キャスト、スタッフなど
   F.O

※ 小説は、「春の風景(第九話) 講談」  をお読み下さい。

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2012年4月25日 (水)

シナリオ 春の風景(第八話) ♪ 鯉のぼり ♪

≪脚色≫

      春の風景

      (第八話)♪ 鯉のぼり ♪          

    登場人物
   湧水(わきみず)恭之介・・祖父(ご隠居)[70]
   湧水恭一  ・・父 (会社員)[38]
   湧水未知子・・母 (主  婦)[32]
   湧水正也  ・・長男(小学生)[8]

○ 湧水家の外景 朝
   風に靡いて泳ぐ鯉のぼり。
  正也M「宙天にヒラヒラと泳いでいるのは僕の家の鯉のぼり
       だ。勿論、鯉のぼりは僕の家だけでなく、ご近所の
      あちこちでも泳いでいるのだが…」

○ メインタイトル
   「春の風景」

○ サブタイトル
   「(第八話)♪ 鯉のぼり♪」

○ 離れ 朝
   宙天高く翻る、庭に立てられた鯉のぼり。渡り廊下に座り
   ガラス戸から眺める恭之介と正也。
  正也  「じいちゃん、この鯉のぼりは、いつ頃からあるの?
       (単に、鯉のぼりを見上げて)」
  恭之介「ああ、これなあ…(鯉のぼりを、しみじみと見上げ
       て感慨深そうに)。そう、あれは正也が、まだ二つ
       の時だったなあ、確か…」
  正也  「フ~ン…(興味なさそうに)」
   云った後、チマキを美味そうに頬張る正也。
  正也M「最近の都会ではチマキなどというものは食べない
       のだろうが、僕達の田舎では普通に作られ、普通
       に食す。よ~く考えれば、自然の息づく田舎で人間
       は育てられてきたように思える」
   恭一が庭で吹く、下手なハーモニカの音がする。
  正也M「父さんが上手いと自負して吹くハーモニカの音が、
      ♪ 鯉のぼり♪の小学唱歌を奏でて庭から流れてく
       る」
  恭之介「あいつは、ちっとも上達せんなあ。アレ、ばっかり
        だ!」
   離れと母屋の取り合い廊下の方から聞こえる未知子の
   声。
  [未知子] 「お父様! お茶、置いときます…」
  恭之介「ああ…、未知子さん、すみません!(声高に)」
  正也M「じいちゃんは母さんに星目風鈴・中四目を置いて
       いる。一目、置く…とは、よく云うが、これだけ置く
       人はそうざらにはいないだろうと思える。伊達に
       蛸頭を照からせている訳ではないな…と、敬い
       つつ見上げた」
   ハーモニカの音が止む。未知子が廊下に置いた茶盆を
   持って離れへ入り、渡り廊下に座る恭一。
  恭之介「おお、恭一か…」
  恭一  「バスで行ったのが正解でした。出歩いた日中は
       多少、暑かったですがね。渋滞とか詰め込みは
       関係なかったですから…」
  恭之介「ほお、そりゃよかったな。たまには、夫婦水入ら
       ずも、いいもんだろう」
  正也M「今日のじいちゃんはチマキが効いて機嫌がいい。
       これなら、じいちゃんにチマキを毎日、食わせて
       おきゃ…とも考えられるが、とても実現はしない 
       だろう」
   恭一が運んだ茶をフゥーフゥーと冷ましつつ飲む恭之介。
   真似てフゥーフゥーと飲む正也。得意満面にポケットか
   らハーモニカを取り出す恭一。それに気づく恭之介。
  恭之介「恭一、もういいから、やめてくれ!」
   真顔に戻り、ハーモニカをポケットに入れる恭一。
  正也M「懇願するようなじいちゃんのひと言に、父さんは
       真顔に戻り、テンションを下げた」

○ エンド・ロール
   はためく鯉のぼり。
   テーマ音楽
   キャスト、スタッフなど
   F.O

※ 小説は、「春の風景(第八話) ♪鯉のぼり♪」 をお読み下さい。

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2012年4月24日 (火)

シナリオ 春の風景(第七話) 美味いもの

≪脚色≫

      春の風景

      
(第七話)美味いもの         
 
   登場人物
   湧水(わきみず)恭之介・・祖父(ご隠居)[70]
   湧水恭一  ・・父 (会社員)[38]
   湧水未知子・・母 (主  婦)[32]
   湧水正也  ・・長男(小学生)[8]

○ 玄関 内 朝
   晴れた日。旅行に出る恭一と未知子。テンションが上が
   る恭一。旅行の服装で鞄を持つ玄関下の二人。玄関上
   で見送る恭之介と正也。無頓着に犬小屋の中で寝てい
   るポチ。
  恭一  「じゃあ、行ってきまぁ~す!(テンション高く)」
   恭一を横目で見る、迷惑顔の未知子。
  恭之介「気をつけてなっ!(笑顔で)」
   無言の笑顔で見送る正也。玄関戸を開ける恭一。外へ
   出る二人。はしゃぐ恭一。
  正也M「夫婦、水入らずで一泊二日の観光旅行に出かけ
       る父さんは、出がけから偉くテンションを上げて
       いる。まるで小学生の僕のような、はしゃぎようで、
       とても見られたものではない」

○ 玄関 外 朝 
   玄関を出る二人。遠ざかる二人。

○ 湧水家 門外 朝
   湧水家の外景。晴天の清々しい田園風景。会話をしなが
   ら歩く恭一と未知子。次第に遠ざかる二人。野道のタン
   ポポ。

                                   
○ メインタイトル
   「春の風景」

○ サブタイトル
   「(第七話) 美味いもの」

○ 居間 朝
   見送りから居間へ入った恭之介と正也。静まり返った居間。
   話すこともないまま無言で長椅子に座っている二人。新聞
   を読み始める正也。庭へ下り、盆栽弄りを始める恭之介。
   開け放たれた、庭と居間の間のガラス戸。庭から声を掛け
   る恭之介。渡り廊下の陽だまりで、心地よく眠るタマ。
  正也M「じいちゃんは剪定鋏を取り出すと、盆栽を弄りだした。
       僕はじいちゃん役になって、そのまま居間で新聞を
       読んでいた。じいちゃんの盆栽弄りは年相応だが、
       新聞を老人のように読む僕…。これはもう、はっきり
      云って末恐ろしい未来を予感させる」
  恭之介「正也! 今日は久しぶりに、美味いものでも食いに
       行くか?」
  正也  「いいよっ!(喜び勇んで即答し)」
  恭之介「そうか…。じゃあ、戸締まりをするから、出られる格
       好をしてきなさい」
  正也  「じいちゃんは?」
  恭之介「儂(わし)か? 儂はこの格好で充分じゃ」
  正也M「じいちゃんは時折り、僕に食事を奢ってくれる有難
       いスポンサーなのだ。最近は出歩く機会に恵まれて
      いなかった。その矢先である」
   新聞を乱雑に畳むと子供部屋へ駆けだす正也。

○ (フラッシュ) バスの中 昼
   座席に座る恭之介と正也。賑やかに楽しく話し合う二人。
   バスの窓から流れる外景。
  正也M「それから二人してバスに乗り、隣の町まで出た。
       バスに乗れば、しめたもので、既に僕の頭の中には
       予定表が出来上がっている(◎に続けて読む)」

○ (フラッシュ) 名店街 昼
   食べもの店が軒を連ねる街を楽しそうに歩く恭之介と正也。
   うららかな陽気。

○ (フラッシュ) とある食べもの店 昼
   豪華な御馳走。客席に座り、美味そうに料理を食べる恭之
   介と正也。
  正也M「(◎)・・事実、その通りのコースを辿って僕達は春の
       味覚を堪能した」

○ 湧水家 外 夕方 
   暮れ泥む空。家に戻ってきた恭之介と正也。家門を潜り家
   に入る二人。
  恭之介「美味かったなあ…(笑顔で正也を見ながら)」
  正也  「うん!(相好を崩し)」

○ 台所 夜
   風呂上がり後の恭之介と正也。食卓テーブルの椅子に座
   って食事する二人。未知子が作った手料理の皿が並ぶ食
   卓。テレビの音。
  正也M「この日は陽気も麗らかで幸せな一日となった。じい
       ちゃんの機嫌を損なわないように単に発した僕の言
      葉から、この連休は両親の水入らずの旅行となり、
       更に僕には美味いものを食べられる結果となったの
      だ。だから、世の中が、ひょんなことで良くも悪くもな
      る不安定なものだということだ。変わらず有り続ける
      のは、じいちゃんの光る頭だけだろうか…」

○  エンド・ロール
   食事をする団欒風景。
   テーマ音楽
   キャスト、スタッフなど
   F.O

※ 小説は、「秋の風景(第七話) 美味いもの」 をお読み下さい。 

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2012年4月23日 (月)

シナリオ 春の風景(第六話) ブロンゼン・ウイーク

≪脚色≫

      春の風景

      (第五話) ブロンゼン・ウイーク                     

    登場人物
   湧水(わきみず)恭之介・・祖父(ご隠居)[70]
   湧水恭一  ・・父 (会社員)[38]
   湧水未知子・・母 (主  婦)[32]
   湧水正也  ・・長男(小学生)[8]

○ 居間 昼
   日曜の昼。長椅子に座りゴルフのクラブを磨く恭一。台
   所で料理をする未知子。
  正也M「毎年のことながら、ゴールデン・ウイークが近づい
       た。この場合のゴールデンは、僕達子供に対して
       ではなく、サラリーマンの一部大人に限ってのみ
       有効な、云わば、贔屓(ひいき)言葉ではあるま
       いか。夏休みのような連続ではなく、祝祭日と日
       曜の休みが多い…だけで、金には届かないブロ
       ンズぐらいに思える」

○ メインタイトル
   「春の風景」

○ サブタイトル
   「(第六話) ブロンゼン・ウイーク」

○  同  昼   
   クラブにワックスを塗って磨き続けるゴルフの腕前が今
   一の恭一。グリップを握って光が射す庭側へ透かし、照
   り具合を見ながら、
  恭一  「去年は渋滞で難儀したからなあ…。今年は遠出
       は控えるか…。ETCの値引きで、恐らく高速は
       滅茶、混むんじゃないか?(台所の方へ首を向
       け)」

○ 台所 昼
   炊事場で料理をする未知子。食卓テーブルの椅子に座
   って新聞を読む正也。
  未知子「ええ…。私もそう思うわ(居間を見て)」
   恭之介が離れから台所へ入る。
  恭之介「なんだ? 偉く賑やかじゃないか。何か、いいこと
       でもあったのか? 恭一(居間を見て)」

○ 居間 昼   
   怖いものを見た…という目つきで恭之介をチラッ! と
   見る恭一。出来るだけ怒らせまいと、ゴルフのクラブを
   一心に磨き、やんわりと、
  恭一  「いえ、そうじゃないんです、お父さん。連休の遠
       出はやめようか…と、未知子と話してたんです
       よ」

○ 台所 昼
   食卓テーブルの椅子に座って新聞を読む正也。正也の
   隣の席へ座る恭之介。
  恭之介「ほぉ…。儂(わし)とは関係ない世界の話か…(卑
       屈になって)」
  正也M「僕は、何とかその場の雰囲気を和らげようと、健
       気(けなげ)にも画策した」
  正也  「僕は、どうだっていいよ…。じいちゃんと遊ぶか
       ら」
  恭之介「そうだな、正也! じいちゃんと遊ぼう(不機嫌な
       顔から俄かに笑顔となり)」
  正也M「僕のひと言はクリーン・ヒットとなり、センター前
       へ転がった。じいちゃんが俄かに元気を取り戻し
       たのだ」
  恭之介「よし、正也。じいちゃんの離れへ来い! 美味い
       菓子をやろう(笑顔で、機嫌よく)」
  正也  「うん!(愛想よく、釣られた振りをして)」
   椅子を立つ二人。離れへ向かう二人。

○ 離れ 昼
   広間(道場仕立ての間)へ入る二人。中央祭壇の刀掛
   けに飾られた大小二刀。側板の上に飾られた『銃砲刀
   剣類登録証』の額(がく)。警察の表彰状の額。剣道師
   範免許状の額。部屋隅に置かれた菓子折りから菓子
   を取り出す恭之介。菓子を正也に手渡す恭之介。
  恭之介「なっ! 武士に二言はないだろうが(笑って)」
  正也  「…(意味が分からず、笑って無言で受け取り)」
   刀に打ち粉をする作務衣、袴姿の恭之介。菓子を頬張
   り、その様子を傍らに座って観る正也。
  正也M「じいちゃんは微笑みながら刀に打ち粉をして紙
       で拭く。これこそ武士のゴールデン作法だ…と
       思いつつ僕は見ていた。じいちゃんの禿げ頭が
       蛍光灯の光を浴びて金色に輝く。じいちゃんと
       の休みは、正しくゴールデン・ウイークとなりそ
       うで、決してブロンズではないだろう」

○ エンド・ロール
   道場仕立ての部屋に飾られた表彰状等の額。
   テーマ音楽
   キャスト、スタッフなど
   F.O

※ 小説は、「春の風景(第六話) ブロンゼン・ウイーク」 をお読み下さい。

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2012年4月22日 (日)

シナリオ 春の風景(第五話) あやふや

≪脚色≫

      春の風景

      (第五話)あやふや 

    登場人物
   湧水(わきみず)恭之介・・祖父(ご隠居)[70]
   湧水恭一  ・・父 (会社員)[38]
   湧水未知子・・母 (主  婦)[32]
   湧水正也  ・・長男(小学生)[8]

○ 庭 昼
   庭に置かれた、陽光が射すスイレン鉢。鉢を観察する正
   也。鉢の中で泳ぐオタマジャクシ。
  正也M「最近、ツチガエルのオタマジャクシがスイレン鉢
       で元気な姿を見せ始めた。去年の秋からご無沙
       汰しているので知らぬ態で挨拶だけしておいた。
       ただ、寒の戻りがあるかも知れないから、今一、
       あやふやな泳ぎ方をしていて覇気もなく、あまり
       動かないばかりか時折り姿を隠して、あやふや
       だ」

○ メインタイトル
   「春の風景」

○ サブタイトル
   「(第五話) あやふや」

○ 居間 夜
   渡り廊下近くの庭側の畳へ座布団を敷き、将棋を指す恭
   之介と恭一。盤面を注視し、凍結状態の二人。ジュース
   が入ったコップを持って、風呂上がりの正也が居間へ入
   る。徐(おもむろ)に長椅子へ座る正也。ジュースを飲み
   ながら、二人の様子を窺う正也。
  正也M「どこの家でもそうだと思うが、あやふやな言葉で
       その場を取り繕う、ということはあると思う。“あや
       ふや”は、曖昧とも云われるが、外国に比べると
       僕達の日本は随分、表現法が緻密で豊かなこと
       に驚かされる」おもむろに顔を上げ、恭一を見る
       恭之介。
  恭之介「お前な、休みぐらい家のことをな…(あやふやに
       云って、駒を指しながら)」
  恭一  「えっ ? 何です(盤面を見る視線を恭之介に向け
       て)。家がどうかしましたか? お父さん(あやふや
       に云い返して、駒を指す)」
  恭之介「そうじゃない! お前は、直ぐそうやって話の腰
       を折る。逃げるなっ!」
  恭一  「別に逃げてる訳じゃ…(微細な小声で呟いて)」
   将棋の駒を持つ恭之介の手が少し震え、怒りを露(あら
   わ)にしている。
  恭之介「未知子さんがな、そう云っとったんだ。道子さん、
       腰痛(こしいた)だそうじゃないか」
  恭一  「ええ…、まあ、そのようです」
  恭之介「そのようです、だと?! そ、そんなあやふやな
       ことで夫婦がどうする!!」
   一瞬、顔を背(そむ)けて顰(しか)め、舌打ちする恭一。
  正也M「久々に、じいちゃんの眩い稲妻がピカピカッと光
       り、父さんを直撃した。父さんは逃げ損ねた自分
       に気づいたのか、思わず顔を背(そむ)けて顰(し
       か)め、舌打ちした」
  恭之介「まあ、大事ない、ということだから…いいがな。
       家のことを少しは手伝ってやれ」
  恭一  「…はい」
   恭一の態度に溜飲を下げ、穏やかになる恭之介。
  正也M「父さんは観念したのか、今度はあやふやに暈さ
       ず、殊勝な返事で白旗を上げた。だが次の瞬間、
       不埒(ふらち)にも、じいちゃんに逆らった」
  恭之介「大したこと、なさそうですしね…」
   顔を茹で蛸にして、対面の恭一の顔を睨みつける恭之
   介。
  恭之介「なにっ! ウゥ…ウウウ… … …(激昂して)」
  正也M「じいちゃんは、激昂し過ぎた為か、声が上擦って
       出ず、後は黙り込んでしまった。高血圧で薬を飲
      んでいて、自らの体調の危険を感じたからに違い
       ない」
   風呂上がりの未知子が居間へと入り、恭之介に近づく。
  未知子「マッサージに行ってから、すっかり楽になりまし
       た。御心配をおかけして…」
  恭之介「ほう…それはよかった、未知子さん(笑顔を道子
       に向け、心を込めた口調で)」
  恭一  「うん、よかったな…(盤面に視線を落したまま、
       上辺だけの口調で)」
   盤面から、ギロッ! と、視線を恭一に向ける恭之介。
  恭之介「お前の云い方はな、心が籠っとらん!!」
  正也M「母さんを見て微笑み、父さんを見ては茹で蛸に
       ならねばならない、じいちゃんは、実に忙しい。
       でも、それを見事に演じきるのだから、じいちゃ
       んは名優であろう」
   笑いながら居間を去りかけた未知子、立ち止まる。
  未知子「風呂用洗剤Yは、よく落ちるわねえ、あなた」
  恭一  「だろ? また買っとく…」
  恭之介「某メーカーの奴だな。…お前も、もっと光れ、光
       れ」
   氷結して沈黙する恭一。
  正也M「じいちゃんの嫌味が炸裂し、父さんは木端微
       塵になった」

○ エンド・ロール
   談笑する家族。
   テーマ音楽
   キャスト

※ 小説は、「春の風景(第五話) あやふや 終」 をお読み下さい。

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2012年4月21日 (土)

シナリオ 春の風景(第四話) 催花雨

≪脚色≫

      春の風景

      
(第四話)催花雨
         

    登場人物

   湧水(わきみず)恭之介・・祖父(ご隠居)[70]
   湧水恭一  ・・父 (会社員)[38]
   湧水未知子・・母 (主  婦)[32]
   湧水正也  ・・長男(小学生)[8]

○ 台所 夜
   夕食後。食卓テーブルの椅子に座ってテレビの天気予報
   を観る恭一と斜向かいの正也。画面の気象予報官の声。

○ メインタイトル
   「春の風景」

○ サブタイトル
   「(第四話) 催花雨」

○ 同  夜
   食卓テーブルの椅子に座ってテレビの天気予報を観る恭
   一と斜向かいの正也。画面の気象予報官の声。
  正也M「某局のテレビニュースが、いつもの天気予報を流
       した。その中で、予報官が、催花雨(さいかう)という
       文言(もんごん)について説明した(◎に続けて読
       む)」
   テレビを消し、席を立つ恭一。居間へ向かう恭一。

○ 居間 夜
   居間へ入る恭一。庭側の畳上の座布団で将棋盤を前に、
   待つとはなしに待つ風呂上がりの恭之介。その対面の座
   布団へ、待たした風でもなく座る恭一。居間へ入る正也。
   長椅子に座り、新聞を大人びて読む正也。
  正也M「(◎)何でも、花の開花を促す雨だそうで、なんだ
       か日本情緒がヒタヒタと感じられる最高の言葉の
       ように思えた。最高雨(サイコウウ)と僕には聞こ
       えたこともある」
   どちらからともなく、駒を盤上に並べ始める二人。
  恭一  「今年は、もう桜が咲き始めたようですよ(駒を並べ
       ながら)」
  恭之介「…だなあ。次の雨で上手くいくと咲くか(庭を見て、
       駒を並べながら)」
  正也M「最近、二人の将棋は急に駒を並べることで始まり、
       無言で駒を仕舞い始めて終わることが多い。今夜
       もその類(たぐ)いで、どうも二人には暗黙の了解と
       かいう意思の疎通が出来ているようなのだ」
   炊事場で洗い物をしながら話す未知子。
  [未知子] 「正也! 早く入ってしまいなさい!(少し声高に)」
  正也  「… …うん(新聞を読みながら渋々、立って)。無言
       で将棋を指し始めた恭之介と恭一。恭之介と恭一
       の前を通り、縁側の渡り廊下へ出る正也。盤面に
       釘づけの二人。
  正也M「二度目の催促だから、母さんの声はやや大きさを
       増した。『催花雨じゃなく、催促湯だな…』と不満
       に思いつつも僕は風呂場へと向かった。二人の横
       を通り過ぎると、既に大一番は佳境に入ろうとして
       いて、じいちゃんの顔は、風呂上がりということも
       あるが、茹(ゆだ)った蛸のように真っ赤で美味そう
       だった。父さんは? と見ると、いつもの白い顔が、
       逆に蒼みを帯びていた」
   真っ赤な恭之介の顔と蒼白い恭一の顔。

○風呂場 夜
   ゆったりと心地よく、浴槽の湯に浸かる正也。終い湯で風
   呂の掃除をする正也。
 正也M 「風呂番は僕の月だった。去年と変わった点は、母
       さんも風呂番に加入したことだ。そして、最後の者
       が風呂掃除をする仕組みだ。この議案は僕が提案
       し、採決の結果、全員一致の承認を得た案件だか
       ら、今月の僕は終い湯の後、掃除という労働に汗
       している」

○ 台所 夜
   風呂を上がり、台所へ入る正也。冷蔵庫を開け、ジュー
   スをコップへ注いで飲む正也。
  正也M「さて、掃除を終えて風呂場を出ると、唯一の楽しみ
       のジュースが僕を待っている」
   飲みながら、居間へ向かう正也。

○ 居間 夜
   居間へ入り、長椅子に座る正也。
  正也M「居間へジュースを飲みながら戻ると、二人は未だ
       盤面に釘づけだった」
  正也  「今日は、どう? じいちゃん」
  恭之介「ははは…、一勝一敗で、これだっ…(盤面を見据
       えたまま)」
  正也  「ふ~ん…(無表情で、立ちながら)」
   コップを持ったまま立つ正也。二人を横切り、渡り廊下
   から子供部屋へ向かう正也。正也の背後から声を掛け
   る恭一。
  恭一  「(正也を見て)おい正也、ビールのツマミを冷蔵
       庫から…。(恭之介を見て)ちょっと、これ…待って
       下さい(頼み込んで)」
  恭之介「いや、待てん! 武士なら切腹ものだっ!」
   二人が云い合っている隙に、忍び足で居間を抜ける正也。
  正也M「じいちゃんも、かなり依怙地になっていて、一歩も
       譲らない。僕はその隙に忍び足で居間を退去した」

○ エンド・ロール
   いつの間にか笑い合う恭之介と恭一の姿。
   テーマ音楽
   キャスト、スタッフなど
   F.O

※ 小説は、「春の風景(第四話) 催花雨」 をお読み下さい。

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2012年4月20日 (金)

シナリオ 春の風景(第三話) 探しもの

 ≪脚色≫

   春の風景  

      (第三話)探しもの              

    登場人物
   湧水(わきみず)恭之介・・祖父(ご隠居)[70]
   湧水恭一  ・・父 (会社員)[38]
   湧水未知子・・母 (主  婦)[32]
   湧水正也  ・・長男(小学生)[8]  
   その他   ・・猫のタマ、犬のポチ

○ 玄関(内)  朝
   起きた直後の恭一が、何やら探している。気配と物音に
   迷惑顔の犬小屋の中のポチが目の開け閉じを繰り返す。
   靴箱、その他の場所をガサゴソとシラミ潰しに探す恭一。
   台所から出てきた未知子。洗面所から様子を見に現れる
   歯ブラシを口に含んで磨く正也。また戻る正也。
  正也M「朝から父さんの大声が玄関でしている。母さんと
       二人で何やら探している様子だが、それが何なの
       か僕には分からない」

○ メインタイトル
   「春の風景」

○ サブタイトル
   「(第三話) 探しもの」

○   同 (内) 朝 
  未知子「どこか、他に置いたんじゃない?(疑わしい目つき
       で)」  
  恭一  「違う違う! 絶対にここへ置いたんだ。それは百
       パーセント自信がある!(自信ありげに)」
   台所から、痺れを切らした恭之介の声がする。
  [恭之介]「未知子さん、飯にして下さらんかぁ~」
  未知子「すみません! すぐ食事にしますから…(台所の
       方角へ、バタバタと小走りして)」
   ふたたび、バタバタと玄関へ戻る未知子。

○ 台所 朝
   食卓テーブルの椅子に座り、食事を待つ恭之介と正也。
   すっかり諦めた様子で力なく台所へ入る恭一。その後ろ
   に未知子。
  恭一  「怪(おか)しい…実に怪しい。確かに昨日、帰って
       置いたんだ!(声高に)」
  未知子「いいえ、そんなもの、戸締まりした時はありませ
       んでしたっ!(声高に)」
   賑やかに、声の火花を散らす恭一と未知子。寝床の布団
   で、いい加減にして貰えませんか…とばかりにニャ~と鳴
   くタマ。
  恭之介「未知子さん、飯を!(御飯茶碗を手に持って差し出
       し、やや声高に)」
  未知子「あっ、はいっ!」
   慌てて恭之介が差し出した御飯茶碗を手にする未知子。
   話は途絶え、全員、沈黙。
  正也M「台所はパン食い競争の様相を呈してきた。僕は黙
       ってその様子を、さも第三者にでもなったつもりで
       眺め、『春から運動会やってりゃ、ざまねえや…』
       と少し悪ぶって思った。結局、その日の朝は、父さ
       んが何を探していたのかは分からずじまいだった」
   いつしか静音となる、殺風景な食事風景。
   台所に掛かった『 極 上 老 麺 』の額(がく)。
   O.L

○ 台所 夜
   O.L
   台所に掛かった『 極 上 老 麺 』の額。
   炊事場で準備する未知子。食卓テーブルの椅子に座る三
   人。テレビを見る恭之介と正也。新聞を読む恭一。
  恭之介「おい恭一、庭先にこれが落ちてたぞ…(手渡して)」
  恭一  「えっ? そうでしたか、庭に…(新聞を読むのを止め)。
       ははは…。見つからない筈だ。どうも、すみません
       (受け取って)」
   新聞を置き、体裁が悪いのか、頭の後ろを手で掻く恭一。
   テレビを切る恭之介。食器や料理を運ぶ未知子。  
  正也M「じいちゃんが手渡したもの、それはループ・タイだっ
       た」
   新聞を読む恭一。
   O.L
○ 料亭(内) 夜[回想]
   広間の宴会風景。得意の踊りを披露する恭一。酒も入り、赤
   ら顔の恭一。頭に巻いたループ・タイが踊りで揺れて簪(か
   んざし)風。なかなかの宴会芸。
  正也M「昨夜の宴会部長で活躍した父さんだったが、(◎に
       続けて読む)」

○ 庭先(外) 夜[回想]
   酔っ払って帰り、玄関へ直ぐに入らず庭をうろつく、恭一。
   首からループ・タイを、かなぐり外し、落とす。
  正也M「(◎)酔いに紛れて玄関先の庭でループ・タイを外
       して落としたのを忘れ、それを玄関へ置いたと思い
       込んだ節(ふし)がある(△に続けて読む)」

○ 玄関(内)  朝[回想]
   起きた直後の恭一が、何やら探している。
  正也M「(△)でも、そのループ・タイが何故、朝に小さな運
       動会をしなければならないほど重要だったのかが
       今もって分からない(◇に続けて読む)」

○ もとの台所 夜
   O.L
   新聞を読む恭一。
  正也M「(◇)携帯とか財布、定期の類いなら、僕にも分か
       るのだが…。(×に続けて読む)」
   道子が運んだ食器や料理を、手際よく並べる正也。
  正也M「(×)要は、全くもって笑止千万で馬鹿な父親だと
       いうことだろうか。じいちゃんがいつか云った、『お
       前もピカッ! と光.る存在になれ』という言葉は、
       残念ながら彼には絵空事に思える。だから、そん
       な父さんを父親に持つ僕自身も、大して期待出来
       ない代物(しろもの)のようだ…」

○ エンド・ロール
   テーマ音楽
   キャスト、スタッフなど
   F.O


 ※ 小説は、「春の風景(第三話) 探しもの」 をお読み下さい。

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2012年4月19日 (木)

シナリオ 春の風景(第二話) 春の葱

≪脚色≫


      春の風景

      (第二話)春の葱          

    登場人物
   湧水(わきみず)恭之介・・祖父(ご隠居)[70]
   湧水恭一  ・・父 (会社員)[38]
   湧水未知子・・母 (主  婦)[32]
   湧水正也  ・・長男(小学生)[8]  
   その他   ・・猫のタマ、犬のポチ

○ 玄関  内 朝
   慌ただしく恭一が出勤しようとしている。框(かまち)に腰
   を下ろし、靴を履いている恭一。
  正也M「今日から春休みに入ったので、僕としては非常に
       喜ばしい。だから、有意義に楽しませて戴こうと思
       っている」
   玄関を開けて、出ていく恭一。ポチが一瞬目を開けるが、
   正也とは明らかに愛想の振り撒き方が違う態度で、その
   まま眼を閉じる。
                                   
○ メインタイトル
   「春の風景」

○ サブタイトル
   「(第二話) 春の葱」

○ 洗い場 朝
   玄関を出て、洗い場の前の正也に気づく恭一。葱を洗っ
   ている正也。
  恭一  「正也はいいなあ…。ああ、父さんもゆったり休みた
       いよ。じゃあ、行ってくる(バタバタと表戸へ)」
  正也 「行ってらっしゃい! (洗いながら愛想よい笑顔で)」
   後ろ姿のまま手を振り、表戸を出ていく恭一。
  正也M「家計に生活費を運び入れる唯一の貴重な存在だ
       から、必要上、そう云って愛想をふり撒く。この時、
       僕は家に昔からある湧水の洗い場にいて、じいち
       ゃんから母さんに手渡された野菜、正確には葱な
       のだが、それを洗っていたのだ。僕は誠に感心で
       親孝行な息子なのだ。…と云いたいが、それほど
       の者でもない」
   進み具合を見に来た恭之介。恭之介に付いて現れ、陽
   だまりに寝そべり、日向ぼっこをするタマ。
  恭之介「おう、やっとるな。葱は身体にいい。味噌汁によし、
       葱味噌もよし、ヌタにも合う。それ に、焼き飯やラ
       ーメン、うどんには欠かせんしなあ…(悦に入って)。
       だが、惜しいことに、葱坊主が出来る時期になった
       から、種を取る分だけ残して全部、スッパリ切って
       きた。ハハハ…(賑やかに笑って)」
  正也  「ふ~ん(葱を洗いながら、恭之介を見上げ)」
   恭之介の禿げ頭が朝日を浴び、ビカッと光る。その眩しさ
   に眼を細める正也。裏戸を開け、現れる未知子。
  未知子「食べきれない分は、刻んで乾燥葱にします。…だ
       と、日持ちしますから」
  恭之介「そうですねえ、未知子さん。食べ物を粗末にすりゃ、
       罰(ばち)が当たります」
  未知子「ええ、そうですわ」
   軽く笑い合う恭之介と未知子。葱を洗いながら、二人を窺
   う正也。
  正也M「両者は相性がいいので、僕は大層、助かっている」

○ とある野原 昼
   そよ風に揺れる土筆が生えた野原。長閑に晴れ渡った青
   空。
  正也M「陽気も麗らかだし、(○に続けて読む)」

○ 恭一の会社のオフィス 昼
   時折り眠りそうになり、目を擦りながら机上の書類に目を
   通す恭一。
  正也M「(○)父さんは異動もなくこの不況下でも安定したヒ
       ラだし、(◇に続けて読む)」

○ 湧水家の畑 昼
   葱坊主を切られた後の畑。農作業に精を出す恭之介。
  正也M「(◇)じいちゃんの葱坊主の頭もよく光ってるし、
       (△に続けて読む)」

○ 子供部屋 昼
   鼻歌を唄いながら、庭に陽気に洗濯物を干す道子。机に
   座り窓からそれを見る正也。
  正也M「(△)母さんの機嫌もよさそうだし、僕は春休みだし、
       
みんなほぼ健康だし…まあ、小さいながらも幸せ
       な家庭だから、有難いと感謝しよう」
   窓から視線を机上に移し、欠伸をする正也。

○ エンド・ロール
   畑の菜の花と湧水家の遠景。麗らかな陽気。
   テーマ音楽
   キャスト、スタッフなど
   F.O


※ 小説は「春の風景(第二話) 春の葱」 をお読み下さい。

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2012年4月18日 (水)

シナリオ 春の風景(第一話) 異動

≪脚色≫

    春の風景

      (第一話)異動          

    登場人物
   湧水(わきみず)恭之介・・祖父(ご隠居)[70]
   湧水恭一  ・・父 (会社員)[38]
   湧水未知子・・母 (主  婦)[32]
   湧水正也  ・・長男(小学生)[8]  
   その他    ・・猫のタマ、犬のポチ

○ 台所 朝
   食卓テーブルを囲み朝食中の家族四人。
  未知子「あなた、どうなの?」
  恭一  「どうなのって?」
  未知子「異動よ、異動。決まってるでしょ」
  恭一  「なに云ってる。全然、決まってない(話題にするな、と云わん
       ばかりに)」
   二人、黙ってしまう。恭之介は夫婦間の雰囲気を察知したのか、話
   さない。正也も同様。
  正也M「朝から夫婦間の雲行きが誠に宜しくなく、じいちゃんも黙々と
       食べているだけで、ひと言も話そうとはしない。じいちゃんの
       場合は、黙々にモグモグを含んでいる」

○ メインタイトル
   「春の風景」

○ サブタイトル
   「(第一話) 異動」

○ 玄関 内 朝
   朝日がサッシ戸に当たる快晴の朝。恭一が出勤しようとしている。框
   (かまち)を下りる恭一。鞄を渡す未知子。
  恭一  「じゃあ、行ってくる」
   靴を履こうとしている恭一を追い越し、バタバタと正也が出てきて靴
   を履く。ポチの頭を撫でる正也。ポチがクゥ~ンと愛想よく鳴く。玄関
   を出る正也。
  未知子「いってらっしゃい。車に気をつけてね!!」  
  恭一  「ああ、そんなこたぁ、分かってる!(道子の言葉を煙たそうに
       聞き、靴を履く)」
  未知子「あなたに云ったんじゃないわよっ…。正也っ!(少し、膨れて)」 
  恭一  「…!(返さず、黙って家を出る)」 

○  同  外 朝 
   玄関から家を出て行く恭一。膨らみ始めた木枝の蕾。
  正也M「いよいよ厳しかった冬の寒さから僕達を解き放つ春の鼓動が
       聞こえ始めた。僕は小学校へ一生懸命、通っている。父さん
       も一生懸命? いや、これに関しては僕の方が長けていると
       は思うのだが、兎も角、会社へ日々、通っている」
   青空(朝日)。
   O.L

○ 玄関 外 朝
   O.L
   青空(西日)。
   下校し、帰宅した正也。玄関を開ける正也。

○ 玄関 昼
   玄関を入る正也。
  正也  「ただいまっ!」
   足早に台所から玄関へ出てきて、正也に手招きする恭之介。
  正也M「学校を終えて家へ帰ると、珍しくじいちゃんが玄関へ現れ、
       招き猫のように僕を手招きした」
   怪訝な表情で靴を脱ぎ、框を上がる正也。手招きする恭之介に従
   い、廊下を歩く正也。
  恭之介「正也、恭一には暫(しばら)くつまらん話はするな。奴は浮
       き足だっている…」
  正也  「…? うん!(訳が分からず、素直に可愛く)」

○ 居間 夜
   庭が見える縁側の廊下で座布団を敷き将棋を指す恭之介と恭一。
   長椅子(ソファー)に座り、二人の様子を眺める正也。控え目に王手
   を指す恭一。少し考え、禿げ頭に手をやり、困り顔でこねくり回す恭
   之介。居間へ入ったタマが正也の膝に乗り、ニャ~と鳴く。
  恭之介「いや、参った。お前、腕を上げたな(盤面を見た姿勢のまま、
       老眼鏡の眼鏡越しに恭一を見て)」
  恭一  「ははは…、まぐれですよ(陽気に小笑いして)」
  正也M「たぶん、じいちゃんは将棋を態(わざ)と負けたに違いないの
       だが、父さんは仏頂(づら)を崩して素直に喜んでいる。じい
       ちゃんも、いいところがあるなあ…と、僕は二人の様子を覗
       きながら、ふと、そう思った」
   盤面を見る姿勢から、急に姿勢を正し、恭一を正視する恭之介。
  恭之介「こういう風に、会社でも、ピカッ! と光る存在になれ(やや
       強い口調で)」
  恭一  「はいっ!(笑顔から、突然、素に戻って)」
  正也M「じいちゃんの物言いは、いつも、ひと言が多い(諦め口調
       で)」

○ エンド・ロール
   また、次の一局を指し始めた二人。何やら語り合う姿。
   テーマ音楽
   キャスト、スタッフなど
   F.O


 ※ 小説は、
「春の風景(第一話) 異動」
をお読み下さい。

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2012年4月17日 (火)

春の風景 特別編(下) コラボ

      春の風景       水本爽涼

    特別編(下) コラボ    

 風が流れていた。心地いい、そよ風だった。僕は小川で適当に遊んで、今、家へ帰ってきたところだ。もの凄く文明が進んで科学一辺倒の世の中になった光景が、善も悪も含めて日々、テレビ画面に溢れる時代になったが、僕が住む近辺からすれば、まるで絵空事で、♪春のぉ小川はぁ~さらさら行くよぉ~♪なのだ。出だしから偉いボヤキだなあ…と、お思いの方々も多いだろうが、我慢してお付き合いの程をお願いしたい。
 家に入ると、父さんが玄関に腰を下ろし、珍しく革靴を磨いていた。まあ、商売道具の一つであろうし、じいちゃんが日々、やっている刀の打ち粉にも似て、欠かせないから仕方がないだろうと思えた。刀の刃は、打ち粉をする手入れを欠くと、間違いなく錆びる。片や、父さんの靴は? といえば、錆びることはないから、一見、欠かせないと云えるかは聊(いささ)か疑問なのだが、放っておけば会社の他の人達に比べ汚くて見劣りがするから、世間体が悪く気になる訳だ。ただ、それさえ気にしなければ、取り立てて困ることもないのだ。しかし、一応は父さんも人の子で、世間体が気になるとみえ、磨いているようだった。まさか、出世に差し障りがあるから…と考えてのことではないだろうと思う。
「おお、正也か…。もうじき、夕飯だぞ」
 黒い靴クリームを革靴に塗りながら、父さんがそう云った。
「うん…」と可愛く云って、上がろうと靴を脱ぎかけた時、隣に腰を下ろしていた父さんが、「お前はいいなあ…」と、ボソッと吐いた。
「えっ? 何が、いいの?」
 と、ふたたび可愛く云うと、
「だって、そうだろ? お前の靴は運動靴だし、汚れて幾ら、のもんじゃないか。磨かなくてもいいんだからなあ…」
 と、ボヤいた。それはそうなんだろうが、僕一人に云うことでもないように思えるし、云われたって、いい迷惑くらいのもんだ。その話は、それで終結し、僕は居間へ入った。
「今日は鰆(さわら)の味噌焼らしいぞ。未知子さんが、そう云っていた…」
 妙に嬉しそうな声でじいちゃんが云う。
「味噌焼は銀鯥(むつ)が一番だって、いつか云ってたじゃない、じいちゃん」
「ははは…、まあ、そう云うな。銀鯥は銀鯥。だが、鰆も鰆だけのことはある…」
 感性の問題で、僕にはじいちゃんの云い回しの意味がよく分からなかった。そこへ父さんが靴を磨き終え、居間へ入ってきた。
「まあ、革靴と運動靴の違いみたいなもんだ、正也」
 聞こえていたのか、父さんはそう云って小声で笑った。勿論、じいちゃんは、同時に大声で笑っている。
「ほう、恭一…。少し意味は違うが、お前にしては上手く云った」
「それはないですよ、父さん」
 二人は、ふたたび顔を見合わせて大笑いした。靴と味噌焼が妙なところでコラボして、父さんとじいちゃんを仲よくさせたのだった。こういうことは案に相違して、結構よくある。先だっても、こういうことがあった。
「お前は、そう云うがなあ…」
「そんなに気にすることはないわよ。高(たか)が一日のことじゃない。使わなきゃ、いいのよ」
「ああ…そりゃまあ、そうだが…」
 僕がテレビを見ながら風呂上がりのジュースを賞味していると、廊下で父さんと母さんが云い合っているのが見えた。云い合うなどと表現するのは、両者が相応の力を有する場合だが、いつも父さん蛞蝓(ナメクジ)は母さん塩(ジオ)にすぐ溶かされるから、この表現は少し誤っているだろう。そこへ、じいちゃんが風呂から上がり、二人を覗いた。
「ん? …どうした? 恭一」
「あら、お父様。別に大したことじゃないんですよ。うっかり私が銀行へ寄るのを忘れてたもんですから…。明日のお財布が…」
「えっ? …ああ、恭一は明日、出張らしいですな」
「ええ…。それで費用は会社から出るんですけどね、いつも給料加算の後払いでして…」
「立て替えて自腹の仕組みですか…。なるほど、粗方(あらかた)は分かりました。いいでしょう! 一両ほど持って行きなさい」
 そう云うと、じいちゃんは浴衣の腹に手を入れ、革財布を取り出した。その財布は、遠目からはブランド物のようで、高級ぽかった。更に驚いたのは、財布の中身が新札で二十枚以上、入っていたことだ。当然、万単位の札であろう。そして、じいちゃんは慣れた手つきで取り出した札を指で数え、十枚ばかり母さんに手渡した。僕はテレビを観るのを中断して、その光景を眺めていた。
「お父様…、こんなことを、なさっちゃ…」
「いいんです、未知子さん。普段、お世話になっておるんですから…。まあ、よかった」
 じいちゃんは動きながらバツが悪いのか、軽く笑った。その後ろ姿に、父さんと母さんは、「…どうも、すいません」と声を掛けた。じいちゃんは無言で僕の方へと近づいてテーブルの椅子へと座った。
「じいちゃんは、お金持ちなんだね?」
 訊きたかったということもあるが、僕は少々、ベンチャラぎみの言葉をじいちゃんに云った。じいちゃんは、豪快に笑って、「何をおっしゃる。正也殿の足元にも及びませぬ」と、お武家言葉で斬り返した。僕は見事にバッサリと袈裟斬りに斬り捨てられた格好だ。それは兎も角として、じいちゃんの金が父さんの旅費となったのだ。早い話、母さんを介して間接的に、じいちゃんと父さんがコラボした、と考えることが出来るだろう。ただ一つ、分からないことは、じいちゃんがいつも財布にたくさんのお札を忍ばせているのかどうか…ということである。偶然、何かの入り用があって、財布に入っていた…とも考えられるのだが、もし、そうだとすれば、風呂上がりの浴衣姿で高額の入った財布を持ち歩くだろうか…という素朴な疑問が湧き起こるのである。確かに、じいちゃんの光る禿げ頭は、仏様の光背のような光を放ち続けて金ピカなのだ。別に某メーカーの洗剤で磨いた訳ではないが、神々しい輝きなのである。或る種これは、じいちゃんと金ピカのコラボなのかも知れない。その輝く光に囲まれて、僕達家族は長閑(のどか)な春の陽気の中を、日々、お互いにコラボしつつ暮らしている。

           
春の風景 特別編(下) 完

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2012年4月16日 (月)

春の風景 特別編(上) 麗らか

      春の風景       水本爽涼

    特別編(上) 麗らか     

 雪解け水がポタッ・・ポタッと屋根から伝って落ちる。オウバイは黄色い蕾を開け始め、紅梅も負けまいと、両者は競っていい勝負だ。今年は珍しく名残りの雪が遅く降ったのだが、そうは云っても、今日からは、もう三月だ。すぐに姿を消すであろう所々に薄く残る雪の敷布に、黄緑色の蕗の薹(とう)が顔を出している。今日は催し事があった関係で学校が半ドンとなり、僕は今、家に帰り着いたところだ。中途半端な雪で、長靴がすっかり泥んこになりサッパリだった。しかし、この程度の雪が景観としては一番、情緒があるようにも思え、僕は好きだ。要は一勝一敗なのである。僕に好かれても雪は困ってしまうだろうし、雪女となって肩を揉みに来られても、ちと困ってしまうのだが…。
「おお…正也、お帰り。ど~れ、蕗の薹でも取って、未知子さんに味噌にして貰おう…。美味いぞぉ~」
 そう云うと、じいちゃんは僕の顔を見て、ワハハハ…と豪快に笑った。確かに、この時期の蕗の薹味噌は、熱い御飯の上へ乗せて食べると絶妙の味を醸し出すのである。しかし、このじいちゃんのワハハハ…は、後日、湿っぽい顔になった。と云うのは、次の日曜の朝のことである。
 僕は日曜なので当然、家にいた。朝、起きると、いつもの早朝稽古でじいちゃんと一汗、掻いた。いつからだったか、師匠に入門してお世話になっている僕は、何かにつけて師匠のお手伝いをする破目に陥っていた。まあ、これも剣道を教えて戴いている授業料だと考えれば致し方なし、とは思うのだが…。さて、稽古を終え、シャワーで汗を流すと、上手い具合に母さんの朝食が出来上がっている。結構な運動量だから腹も減り、大層、御飯が美味しい。じいちゃんも僕と同じで、お茶碗に大盛りの御飯を、がっつり食べていた。そして、事件は勃発した。そうは云っても、きな臭い話などではない。じいちゃんが俄かに顔を顰(しか)めた。
「お父様、どうかされました?」
「えっ? …いや、なに…、大したこっちゃありません…」
 そうは云ったが、じいちゃんの咀嚼(そしゃく)はピタリと止まった。そして、徐(おもむろ)に箸とお茶碗をテーブルへ置くと、手を口へと運んだ。次の瞬間、口から指に摘まんだ一本の歯を取り出した。決してマジックなどではない。じいちゃんの入れ歯の一本が離脱したのだった。二年ばかり前の正月にも、そんなことがあったように記憶しているのだが、そのことは以前、お話ししたと思う。同じことが、ふたたび起きた訳だが、じいちゃんは前回の餅の時で懲りたのか、歯医者へは行かない日がその後、続いた。僕も、まあ一本くらい抜けたって入れ歯だし不都合もないだろう…と、軽く踏んでいた。しかし、物事は、しっかりと帳尻を合わせておかないと、偉い事になるようだ。僕はそのことを、じいちゃんの入れ歯から思い知らされた格好だ。
 三日後、ふたたび不吉な出来事が、じいちゃんの入れ歯を襲った。僕は三学期の期末テストが済んだ直後で、幾らか心は安らいでいてテンションが高かった。だが、この日の朝の御飯時に、じいちゃんの入れ歯は脆(もろ)くも三本ほどが纏(まと)めて抜け落ちた。ボロボロッという感じである。こうなっては流石のじいちゃんも放ってはおけない。仕方なく歯医者で入れ歯を修理することにして出かけた。帰ってきたじいちゃんは、僕とは真逆に、滅法、テンションを下げていた。
「フガフガフガ…(一本で行きゃよかった…)。フガガガフガガ…(これだけ抜けると暫くかかるそうだ…)。フガガフガフガ(それに金もな)」
 僕が訊くと、じいちゃんは抜け歯語でそう語った。通訳すれば、粗方(あらかた)、そのようなことを云ったようである。
「ふぅ~ん」
 僕は、つれない返事を返した。ここは余り出しゃばらない方が得策のように思えたのだ。
 それからというもの、じいちゃんの身には春だというのに辛くて冷たい口元の日々が続くことになったのである。剣道の猛者(もさ)も、怪談・牡丹燈籠のお武家のように、すっかり元気がなくなってしまった。そうは云っても、僕には何故、このお武家が元気をなくしたのか…というその辺りのことは、よく分からないのだが…。
 まあ、そんな中にも、春の息吹きを感じさせる恒例の蕨(わらび)採りが近づいていた。秋のキノコ採りと同じくする二大イベントの一つで、この春の蕨採りは、勿論、じいちゃんなしでは語れないのである。兎も角、蕨を食べる迄の間は、ひとまず、じいちゃんのテンション低下は防げそうだった。というのも、じいちゃん自身にもイベントの主役が自分であるという自負心が芽生えている為か、俄かにアグレッシブになったのだ。勿論、蕨を採って持ち帰り、灰に浸けてアク抜きをする迄である。その後は母さんの手に委ねられて調理されるから、じいちゃんの出番は終了となるからだった。
「フガガ! フガガガ(よしっ! 正也)、フガガッ!(行くぞっ!)」
 じいちゃんの号令のもと、僕はじいちゃんの後方に従った。師匠は達人で、瞬く間に腰の籠は一杯に溢れた。僕は…といえば、まあ、それなりに採った…と報告しておこう。その後、下山して次の作業にかかった。木枝を燃して灰を作ったのだ。ここで母さんの出番となる。出来た灰は水に溶かされ、その中へ採ってきた蕨は浸けられ湯がかれた。暫くして水に晒(さら)された蕨は、すっかり萎えて柔らかくなり、アクは抜け出たようだった。
 上手くしたもので、じいちゃんの入れ歯の修理が終わった旨の電話が歯医者から掛かったのは、その晩のことである。また下がるのか…と懸念されたじいちゃんのテンションは、すぐに持ち直し、無事、事無きを得たのである。めでたし、めでたしだ。
 そして次の日の夜には、いつものじいちゃんの笑顔が戻っていた。じいちゃんとすれば、母さんお手製の蕨の煮物が安心して食べられるから、その喜びでうち震えた笑顔だったのだろう。某メーカーの洗剤で磨いたような光沢を放つ例の禿げ頭も、心なしか、いつも以上に輝いて見えた。
「どうです? お父様、お味は?」
「いやあ・・いつもながら絶品です、未知子さん」
 確かに、その蕨の煮物は美味しかった。
「なかなかの味だ…」
 父さんがひと声、発した。だが、それは徒花(あだばな)どころか、返って起爆剤になってしまった。
 「やかましい! 部外者がっ!」
 じいちゃんの雷が父さんを直撃した。父さんは、そのまま凍結して氷になった。まあ、そんなことが起こるのは滅多とない訳で、我が家には麗らかな春の平和な日々が続いている。
                                           
          春の風景 特別編(上) 完

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2012年4月15日 (日)

春の風景 (第十話) 小さな幸せ

      春の風景       水本爽涼

    (第十話) 小さな幸せ        

 今年も、あちこちで田植えが始まっている。まずは田の中に水が張られ、耕運機がコネクリ回して水田化し、秘密レシピの肥料等も播(ま)かれる。それが終わると、暫くは水稲苗の到着と植え付け時期を待つ(勿論、苗は苗で、苗作り作業がある)。昔は手作業で一株ずつ植えられたようだが、昨今は機械で瞬く間だ。
「賑やかな音がし出したな。もう、こんな時期になったか…。一年は早い」
 じいちゃんが毎朝の朝稽古を終え、木刀片手に洗い場の湧き水で身体を拭いている。
「お父さん、行ってきます!」
「おっ、恭一。今朝は偉く早いじゃないか。何かあったのか?! 飯、食ったか?!」
 要点をポンポンポンと押さえて、じいちゃんが後ろ姿で家を出る父さんへ投げた。
「はいっ! 会社の急用でして…!」
 息を切らし、遠ざかりながらの物言いだから、今一、父さんの早出の訳が聞き取れない。無論、傍らにいるじいちゃんも同じである。
「なんだ、あいつは…。正也、それにしても珍しいな、恭一の奴がこんな早く出るとは」
「そうだね…」
 僕も学校があるから、そう長くはじいちゃんの話に付き合っていられない。日課のポチの散歩を終え、リードを繋ぐと餌をやる。家に入ると、タマにも餌をやる。餌代はお年玉とお小遣等の収益で賄われている。歳入歳出の決算や監査がない、云わば勝手気儘(まま)なものだ。
 父さんは早く食べて出かけたので、今朝は三人の朝食となった。
「未知子さん、珍しいですな。恭一が、こんな時間から…」
「ええ、…よくは分からないんですけど、社内旅行の幹事の打ち合わせだとか…」
「えっ! 仕事じゃないんですか? …このご時世に、結構なことだ!」
 半分、呆(あき)れ顔でじいちゃんが云う。母さんの手前、こきおろす迄の悪態はつかない。
「はい。でも、あの人、会社での人望は厚く、評判は、いいようですよ」
「そりゃ、そうでしょう。旅行部長、歓送迎会の宴会部長と、偉いお方なんですから…」
 じいちゃんは愚痴の代わりに、ジク~~っと堪える嫌味を放出する。母さんは苦笑いして話題を大きく変えた。
「田植えのようですね…」
「はい、今年も始まったようです」
 耕運機の音が、一段と賑やかさを増す。
「正也! 急がないと遅刻するでしょ!」
 僕に、とばっちりが飛んできたので、緊急避難を余儀なくされ、急いで台所を後にした。前を横切った時、じいちゃんが僕を見てニタリと笑った顔が目に入った。某メーカーの洗剤Xで磨いたような頭の照りは今朝も健在で、光り輝いて眩(まばゆ)いばかりだ(これは少しオーバーぎみの表現だが…)。
 何気ない、春の朝の小さな幸せと、輝く頭…。そんな情景が僕の春を祝福している。 
                                                      
                            第十話 完

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2012年4月14日 (土)

春の風景 (第九話) 講談

     春の風景     水本爽涼   

    (第九話) 講談                   

「やあやあ、心あらん者は聞いてもみよ! 我が祖先は今を遡(さかのぼ)らんこと四百と有余年。三河守、徳川家康公の家臣にて四天王にその人有りと謳(うた)われし、赤の備えも麗しき井伊が兵部直政公。その御(おん)殿に名を賜りしは…ドウタラ、コウタラ…」
 僕が訊ねたのが拙(まず)かった。じいちゃんは勢いづいて得意中の得意をひと節、長々とガナリだした。こうなれば、誰だって止めることは不可能だ。恐らくは、天皇陛下や総理大臣が頼み込んでも、やめないのではあるまいか…(と思えるほど集中して、ガナルのである)。
 さて、何故こんな講談を聞かされる仕儀に立ち至ったのかという経緯を、冷静に解説しよう。
「…そんなことで、他の人の不幸を尻目にのんびりした湯治をさせて戴いたというようなことで…」
 父さんの話によれば、ぶらっと地方道をバスで走った父さん達は上手くいき、逆に春の連休で温泉宿を予約した団体客が高速道路で起きた不慮の事故に巻き込まれ、旅館をキャンセルしたそうなのだ。その結果、多くの料理を只(ただ)、同然に食べられたそうである。そこ迄は、じいちゃんの講談とは何の関係もないのだが、この次のじいちゃんのひと言が引き金となった。
「ほお…、不幸を尻目に幸せ旅か…。まあ、夫婦水入らずで、結構なことだ」
「なんか嫌味に聞こえるんですよね、父さんの云い方は…。仕方ないじゃないですか」
「儂(わし)は何も云っとりゃせんだろうが…。だいたい、我が血筋にはな、そんな小事をやっかむような者は、おりゃせんのだっ!」
 ここで、僕が訊ねた痛恨のエラーがでる。
「じいちゃん、僕ん家(ち)は、そんなに古いの?」
「古いの? だと、正也。では、前にも聞いたと思うが、じいちゃんがその辺りを語って進ぜよう…」
 という流れで、講談が語られることになったのである。
 十分程は延々と聞かされたが、漸くそれも終り、じいちゃんは喉が渇いたのか、一気に湯呑みのお茶を飲み干した。僕は、じいちゃんを労(ねぎら)わないと、また機嫌を損ねるのではないかと感じたので、「そうか…」と、分かりもしないのに一応の相槌を打っておいた。風邪予防のワクチン注射のようなものである。
「お父様、お土産の温泉饅頭でも摘まんで下さいな」
 母さんがお饅頭を入れた菓子鉢を持って現れた。
「いやあ…。丁度、甘いものが欲しいと思っておったところです、未知子さん」
 じいちゃんは満面に笑みをたたえ、母さんを見ながら蛸の頭を手で、こねくり回した。某メーカーのワックスZで磨かれたような輝きで光を放つじいちゃんの頭は、云わば、仏様の光背にも似て、その衰えるところを知らない。僕は危うく、その有難い頭に合掌するところだった。
                                                      
                            第九話 完

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2012年4月13日 (金)

春の風景 (第八話) ♪ 鯉のぼり ♪

      春の風景       水本爽涼

    (第八話) ♪  鯉のぼり ♪        

 中天にヒラヒラと泳いでいるのは僕の家の鯉のぼりである。勿論。鯉のぼりは僕の家だけではなく、ご近所のあちこちでも泳いでいるのだが…。
「じいちゃん、この鯉のぼりはいつ頃からあるの?」
 単純な質問をじいちゃんに浴びせると、案外すんなりと回答が示された。
「ああ、これなあ…。そう、あれは正也が、まだ二つの時だったなあ、確か…」
 そう云われては、当時を知らない僕としては二の句が継げず、フ~ン…と流すしかない。仕方なく、黙って鯉のぼりを眺めながらチマキを頬張る。最近の都会ではチマキなどというものは食べないのだろうが、僕達の田舎では普通に作られ、普通に食す。よ~く考えれば、自然の息づく田舎で人間は育てられてきたように思える。別に田舎が良くて都会が悪いと云うのではない。というのも、都会では入手出来ない流行最先端の物や有名人に遭遇する機会も多いからだ。別に競争するというのではないが、田舎人の僕にとって都会は侮(あなど)れない存在なのだ。ただ僕は、水が滾々(こんこん)と湧く洗い場があるここが気に入っている。
 父さんが上手いと自負して吹くハーモニカの音が、♪ 鯉のぼり ♪の小学唱歌を奏でて庭から流れてくる。
「あいつは、ちっとも上達せんなあ。アレ、ばっかりだ!」
 父さんに聞えないのをいいことに、じいちゃんは散々に、こきおろす。
「お父様! お茶、置いときます」
 母さんの声が離れと母屋の取り合い廊下の方から聞こえた。
「ああ…、未知子さん、すみません!」
 じいちゃんは母さんに星目風鈴[せいもくふうりん]・中四目[なかしもく](十七目のハンデ付き)を置いている(星目は聖目、井目とも書くらしい)。一目、置く…とは、よく云うが、これだけ置く人はそうざらにはいないだろうと思える(何故こんな難しいことを知っているのかといえば、じいちゃんから聞いたからだ)。何かと世話になるだろう今後を慮(おもんばか)って、と思えるから、じいちゃんは伊達に某メーカーの洗剤Xで磨いたような蛸頭を照からせている訳ではない…と、敬(うやま)いつつ見上げた。ハーモニカの音が途絶え、父さんが母さんの置いた茶盆を持って離れにやってきた。
「バスで行ったのが正解でした。出歩いた日中は多少、暑かったですがね。渋滞とか詰め込みは関係なかったですから…」
「おお、そりゃよかったな。たまには、夫婦水入らずも、いいもんだろう」
 今日のじいちゃんはチマキが効いて機嫌がいい。これなら、じいちゃんにチマキを毎日、食わせておきゃ…とも考えられるが、とても実現はしないだろう。じいちゃんは、父さんが運んだ茶を、フゥーフゥーと冷ましつつ飲む。僕も師匠に従って続いて飲む。父さんがヒラヒラと中天に泳ぐ鯉のぼりを見ながら徐(おもむろ)にポケットからハーモニカを採り出した。
「恭一、もういいから、やめてくれ!」
 懇願するようなじいちゃんのひと言に、父さんは真顔に戻り、テンションを下げた。
                                                      
                            第八話 完

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2012年4月12日 (木)

春の風景 (第七話) 美味いもの

      春の風景       水本爽涼

    (第七話) 美味いもの        

 そういうことで、どうだったかを掲載させて戴く。えっ! 何のことだ? と、首を傾(かし)げる方々も多いと思うので少し詳述すると、前回、少し話させて貰った今年の春の連休の過ごし方と、その結末についてである。
「じゃあ、行ってきまぁ~す!」
 夫婦、水入らずで一泊二日の観光旅行に出かける父さんは、出がけから偉くテンションを上げている。まるで小学生の僕のような、はしゃぎようで、とても見られたものではない。もう少し子供の前では大人であることを自覚して貰いたいぐらいのものだ。後ろには母さんが従うが、その、はしゃぎようには少し迷惑顔であった。
 二人の姿が遠ざかり、家の中へ戻った僕とじいちゃんは、気楽になった反面、何故か空虚感に苛(さいな)まれ、静まり返った居間へ陰気に座った。暫くは話すこともないまま無言でいたが、突然、思い出したように立ったじいちゃんは剪定鋏を取り出すと盆栽を弄(いじ)りだした。僕はじいちゃん役になって、そのまま居間で新聞を読んでいた。じいちゃんの盆栽弄りは年相応だが、新聞を老人のように読む僕…これはもう、はっきり云って末恐ろしい未来を予感させる(というほどの頭のよさではないが、担任の丘本先生が褒めちぎるのだから、少しはいいのだろう)。
「正也! 今日は久しぶりに、美味いものでも食いに行くか?」
 じいちゃんは時折り、僕に食事を奢(おご)ってくれる有難いスポンサーなのだ。最近は少し出歩く機会に恵まれていなかった。その矢先である。
「いいよっ!」
 僕は勢いを倍増して、じいちゃんにそう云った。
「そうか…。じゃあ、戸締まりをするから、出られる格好をしてきなさい」
「じいちゃんは?」
「儂(わし)か? 儂はこの格好で充分じゃ」
 それから二人してバスに乗り、隣の町まで出た。バスに乗れば、しめたもので、既に僕の頭の中には予定表が出来上がっている。事実、その通りのコースを辿って僕達は春の味覚を堪能した。何を食べたのか? までは書かないが、スポンサーが裕福なじいちゃんだから、結構、美味いものが食せた、とだけ云っておきたい。後は皆さんのご想像にお任せする。
 この日は陽気も麗(うら)らかで、幸せな一日となった。これが事の顛末(てんまつ)なのだが、この前、お話したように、じいちゃんの機嫌を損なわないように単に発した僕の言葉から、この連休は両親の水入らずの旅行となり、更に僕には美味いものを食べられる結果となったのだ。だから、今思うのは、この世の中が、ひょんなことで良くも悪くもなる不安定なものだということだ。変わらず有り続けるのは、じいちゃんの光る頭だけだろうか…。これだけは某メーカーのワックスZで磨いた床(ゆか)のように光り続けてくれねば僕も困るのだ。美味いものを戴ける機会が無くなりはしないだろうが、確実に減って僕の景気が今の世界のように悪くなるであろうことは、紛れもない事実に思える。
                                                      
                          第七話 完

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2012年4月11日 (水)

春の風景 (第六話) ブロンズ・ウイーク

      春の風景       水本爽涼

    (第六話) ブロンズ・ウイーク        

 毎年のことながら、ゴールデン・ウイークが近づいた。云う迄もなく、四月下旬から五月上旬にかけての長期休みである。この場合のゴールデンは、僕達子供に対してではなく、サラリーマンの一部大人に限ってのみ有効な、云わば、贔屓(ひいき)言葉ではあるまいか。同じ大人でも、自営業や農林、水産、サービス業等の方々には余り関係がない。むしろ、迷惑千万! と怒る人々も多いように思える。ゴールデンなどと誰が名づけたのかは知らないが、ブロンズぐらいが妥当なようだ。僕もじいちゃんに似て、随分、愚痴っぽくなったように思うから、この辺りでやめたいが、やはり、云い始めた以上は、もう少し続けたい。僕達子供にしたって、夏休みのような連続ではなく、ただ半月ばかりの間に祝祭日と日曜の休みが多い…というだけで、金にはとても届かない銅ぐらいに思える。
「去年は渋滞で難儀したからなあ…。今年は遠出は控えるか…。ETCの値引きで、恐らく高速は滅茶、混むんじゃないか?」
「ええ…。私もそう思うわ」
 そこへ、じいちゃんが離れからやってきた。
「なんだ? 偉く賑やかじゃないか。何か、いいことでもあったのか? 恭一」
「いえ、そうじゃないんです、お父さん。連休の遠出はやめようか…と、未知子と話してたんですよ」
「ほぉ…。儂(わし)とは関係ない世界の話か…」
 じいちゃんは急に卑屈になった。僕は、何とかその場の雰囲気を和らげようと、健気(けなげ)にも画策した。
「僕は、どうだっていいよ…。じいちゃんと遊ぶから」
 このひと言はクリーン・ヒットとなり、センター前へ転がった。
「そうだな、正也! じいちゃんと遊ぼう」
 じいちゃんは俄かに元気を取り戻した。
 その後、僕はじいちゃんの離れに連れていかれた。じいちゃんが、貰った菓子がある…と云うので、僕は釣られた格好だ。まあ、僕的には、釣られた風に見せて、じいちゃんの機嫌を保持しよう…という計算を働かせての行動なのだが、当のじいちゃんは、そうとも気づかず、素直に付いてきた僕を見て喜んでいた。
 さて、その後のブロンズ・ウイークがどうなったかについては、次回、改めてお話しすることにしよう。
 じいちゃんの離れには刀掛けがあり、本物の大小二刀が飾られている。勿論、美術刀ではないから、警察に登録済みの二振りである。僕が菓子を有難く頂戴している間、じいちゃんは微笑みながら刀に打ち粉をして紙で拭う。これこそ武士のゴールデン作法だ…と思いつつ僕は見ていた。じいちゃんの頭が蛍光灯の光を浴びて某メーカーの洗剤Xで磨いたように金色に輝く。じいちゃんとの休みは、正しくゴールデン・ウイークとなりそうで、決してブロンズではないだろう。
                                                     
                            第六話 完

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2012年4月10日 (火)

春の風景 (第五話) あやふや

     春の風景       水本爽涼

    (第五話) あやふや        

 最近、ツチガエルのオタマジャクシがスイレン鉢で元気な姿を見せ始めた。去年の秋からご無沙汰しているので知らぬ態で挨拶だけしておいた。ただ、寒の戻りがあるかも知れないから、今一、あやふやな泳ぎ方をしていて覇気もなく、あまり動かないかないばかりか時折り姿を消して、あやふやだ。
 どこの家でもそうだと思うが、あやふやな言葉でその場を取り繕う、ということはあると思う。“あやふや”は、“曖昧(あいまい)”とも云われるが、諸外国に比べると僕達の日本は随分、表現法が緻密で豊かなことに驚かされる。
 先だっても、じいちゃんに詰問された父さんが、上手く逃げを打って、あやふやに暈した。
「お前な、休みぐらい家のことをな…」
「えっ? 何です。家がどうかしました? お父さん」
「そうじゃない! お前は直ぐそうやって話の腰を折る! 逃げるなっ!」
 将棋の駒を持つじいちゃんの手が少し震えて、怒りを露(あらわ)にしている。
「未知子さんがな、そう云っとったんだ。未知子さん、腰痛(こしいた)だそうじゃないか」
「ええ…、まあ、そのようです」
「そのようです、だと?! そ、そんなあやふやなことで夫婦がどうする!!」
 久々に、じいちゃんの眩い稲妻がピカピカッと光り、父さんを直撃した。父さんは逃げ損ねた自分に気づいたのか、思わず顔を背(そむ)けて顰(しか)め、舌を出した。
「まあ、大事ない、ということだから…いいがな。家のことを少しは手伝ってやれ」
「…はい」
 父さんは観念したのか、今度はあやふやに暈さず、殊勝な返事で白旗を上げた。しかし次の瞬間、不埒(ふらち)にも、「大したこと、なさそうですしね…」と斬り返そうとした。じいちゃんは、また顔を茹で蛸にして、対面している父さんの顔を睨みつけた。ただ、激昂し過ぎた為か、声が上擦って出ず、ウゥ…ウウウ…とか云って、後は黙り込んでしまった。高血圧で薬を飲んでいるじいちゃんは、自らの体調の危険を感じたからに違いない。そこへ、風呂から上がった母さんが顔を出した。
「マッサージに行ってから、すっかり楽になりました。御心配をおかけして…」
「ほう…それはよかった、未知子さん」
「うん、よかったな…」
 父さんも、じいちゃんに追随した。
「お前の云い方はな、心が籠っとらん!!」
 母さんを見て微笑み、父さんを見ては茹で蛸にならねばならないじいちゃんは、実に忙しい。でも、それを見事に演じきるのだから、じいちゃんは名優であろう。
 風呂番は僕から母さんへ回った月なので、僕は既に風呂から上がっていて、ジュースで寛(くつろ)いでいた。
「風呂用洗剤Yは、よく落ちるわねえ、あなた」
「だろ? また買っとく…」
「某メーカーの奴だな。…お前も、もっと光れ、光れ」
 じいちゃんの嫌味が炸裂し、父さんは木端微塵になった。
                                                 
                            第五話 完

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2012年4月 9日 (月)

春の風景 (第四話) 催花雨

      春の風景       水本爽涼

    (第四話) 催花雨        

 小学生の僕が話すような低次元の内容ではないから話を端折(はしょ)りたいのだが、読者の皆様にサービスするという観点もあり、一応はお話しすることにしたい。
 つい最近、某局のテレビニュースが、いつもの天気予報を流した。その中で、予報官が、「催花雨(さいかう)」という文言(もんごん)について説明した。何でも、花の開花を促す雨だそうで、なんだか日本情緒がヒタヒタと感じられる最高の言葉のように思えた。最高雨(サイコウウ)と僕には聞こえたこともある。
「今年は、もう桜が咲き始めたようですよ」
「…だなあ。次の雨で上手くいくと咲くか」
 テレビを観終わった父さんが台所から居間へやって来て、大一番を指し始めてじいちゃんと話している。最近、二人の将棋は急に駒を並べることで始まり、無言で駒を仕舞い始めて終わることが多い。今夜もその類(たぐ)いで、どうも二人には暗黙の了解とかいう意思の疎通が出来ているようなのである。
「正也! 早く入ってしまいなさい!」
 二度目の催促だから、母さんの声はやや大きさを増した。『催花雨じゃなく、催促湯だな…』と不満に思いつつも僕は風呂場へと向かった。父さんとじいちゃんの横を通り過ぎると、既に大一番は佳境に入ろうとしていて、二人は盤面に釘づけであった。じいちゃんの顔などは、風呂上がりということもあるが、恰(あたか)もすっかり茹(ゆだ)った蛸のように真っ赤で美味そうだった。父さんは? と見ると、いつもの白い顔が逆に青みを帯びていて、両者の顔は奇妙なコントラストを醸(かも)し出していた。通り過ぎた折りだけの観察だから、その後の二人の様子については分からない。
 風呂番は僕の月だった。去年と変わった点は、母さんも風呂番に加入したことである。そして、最後の者が風呂掃除をする仕組みだ。この議案は僕が提案し、採決の結果、全員一致の承認を得た案件だから、今月の僕は終い湯の後、掃除という労働に汗しているが、某メーカーの風呂用洗剤Yは随分と効果があり優れものなので、この場を借りて付記しておきたい。
 さて、掃除を終えて風呂場を出ると、唯一の楽しみのジュースが僕を待っている。特にこれから暑さが増すと、その味覚は絶妙となる。大人が実に美味いと云うビールを、いつか少し舐めたことがあるが、苦かったので直ぐに口を漱(すす)いだ。どうしてあんなものを大人は飲みたいのか…が、今の僕にとっての大疑問の一つとなっている。
 それはさて置き、居間へジュースを飲みながら戻ると、二人は未だ盤面に釘づけだった。なんでも、一勝一敗となり、これが三番目だと云う。馬鹿馬鹿しい勝負には付き合ってられない…と思え、僕はそのまま自分の部屋へ向かおうとした。その時、背後から、「おい正也、ビールのツマミを冷蔵庫から…」
 と、父さんの声がし、次に相手を変えると、「ちょっと、これ…待って下さい」と、じいちゃんに頼み込んだ。
「いや、待てん! 武士なら切腹ものだっ!」
 じいちゃんも、かなり依怙地になっていて、一歩も譲らない。僕はその隙に忍び足で居間を退去した。
                                                 
                             第四話 完

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2012年4月 8日 (日)

春の風景 (第三話) 探しもの

      春の風景       水本爽涼

    (第三話) 探しもの        

「違う違う! 絶対にここへ置いたんだ。それは百パーセント自信がある!」
 朝から父さんの大声が玄関でしている。母さんと二人で何やら探している様子だが、それが何なのか僕には分からない。歯を磨いている途中だったから、僕はまた洗面所へ戻った。
「未知子さん、飯にして下さらんか…」
 今度は台所のテーブルで食事を待つじいちゃんの掠れた声がした。たぶん、腹が空いていて、痺れをきらしたのだろう。
「すみません…。すぐ食事にしますから…」
 続いて玄関からバタバタ…っと小走りする音がして、母さんがそう云ったのが聞こえた。そしてまた、母さんはバタバタ…っと小走りして玄関へ戻ったようだ。飽く迄も、こうした状況推測は、洗面所にいる僕の想像の範疇(はんちゅう)でしかない。でも、朝から小運動会をしている賑やかな家庭であることは疑う余地がないだろう。
 その後、暫くして父さんと母さんは、すっかり諦めた様子で力なく台所へ入ってきた。この時の僕は歯を磨き終え、既にテーブルに着いてじいちゃんと食事を待っていた。
「怪(おか)しい…実に怪しい。確かに昨日、帰って置いたんだ!」
「いいえ、そんなもの、戸締まりした時はありませんでした!」
 ふたたび、賑やかな声の火花が散って、「未知子さん、飯を!」と、じいちゃんも声を幾らか大きくしてその勢いに加勢し、家の台所はパン食い競争の様相を呈してきた。僕は黙ってその様子を、さも第三者にでもなったつもりで眺め、『春から運動会やってりゃ、ざまねえや…』と少し悪ぶって思っていた。
 そうこうして暫くすると、話はいつしか途切れ、殺風景な食事風景が展開するようになった。だが、話を忘れてしまったのかというと、その実、そうではなくて、三人三様、いや、僕を入れれば四人四様に、あれやこれやと想いを巡らせているようであった。でも結局、その日の朝は、父さんが何を探していたのかは分からずじまいだった。
 それが何なのかが判明したのは夕方になってからである。
「おい恭一、庭先にこれが落ちてたぞ…」
「えっ? そうでしたか、庭に…。ははは…。見つからない筈だ。どうも、すみません」
 じいちゃんが父さんに手渡したもの、それはループ・タイだった。聞くところによると、昨夜、歓送迎会があり、夕方、常用のネクタイをループ・タイに変えて会に臨んだ父さんは、宴会部長として余興をした。その後、すっかり酔ってしまったようで、帰宅直後、玄関へ倒れこんで寝てしまい、母さんに運ばれたのだ。とんだ醜態を晒(さら)した訳だが、酔いに紛れて玄関先の庭でループ・タイを外して落としたのを忘れ、それを玄関へ置いたと思い込んだ節(ふし)がある。しかし、そのループ・タイが何故、朝に小運動会をせねばならないほどの重要物だったのかが、今もって分からない。携帯とか財布、定期の類(たぐ)いなら、僕にも分かるのだが…。要は、全くもって笑止千万で馬鹿な父親だということであろうか。じいちゃんが云った、『某メーカーの洗剤Xのように、お前もピカッ! と光.る存在になれ』という言葉は、残念ながら彼には絵空事に思える。だから、そんな父さんを父親に持つ僕自身も、大して期待出来ない代物(しろもの)のようだ…。                                                                      
                                                 
                            第三話 完

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2012年4月 7日 (土)

春の風景 (第二話) 春の葱

    春の風景     水本爽涼

    (第二話) 春の葱        

 今日から春休みに入ったので、僕としては非常に喜ばしい。だから、有意義に楽しませて戴こうと思っている。よ~く考えれば、学年末だということで、夏や冬季の課題とかも少なく、短いけれど、のんびり出来る最高の休みなのかも知れない。
「正也はいいなあ…。ああ、父さんもゆったり休みたいよ。じゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃい! ^0^ 」
 家計に生活費を運び入れる唯一の貴重な存在だから、必要上、そう云って愛想をふり撒く。この時、僕は家に昔からある湧き水の洗い場にいた。その前を父さんは通り過ぎた訳だが、洗い場で僕が何をしていたかというと(知りたくない方もおられると思うが、ご容赦のほどを御願いする)、じいちゃんから母さんに手渡された野菜、正確には葱なのだが、それを洗っていたのだ。僕は誠に感心で親孝行な息子なのである(と、云うほどの者でもない)。
「おう、やっとるな。葱は身体にいい。味噌汁によし、葱味噌もよし、ヌタにも合う。それに、焼き飯やラーメン、うどんには欠かせんしなあ…」
 じいちゃんは悦に入って解説を続ける。
「だが、惜しいことに、葱坊主が出来る時期になったから、種を取る分だけ残して全部、スッパリ切ってきた」
 そう云って、賑やかにハハハ…と笑った。じいちゃんは剣道の猛者(もさ)だから、たぶん、切るのではなく、スッパリと斬ってきたのだろう。恰(あたか)も居合いで物を斬るかのように、楽しみながら斬ってきた…とも思えた。これは飽く迄も僕の想像である。
 汗をタオルで拭くじいちゃんの禿頭(はげあたま)が、朝陽を浴びて某メーカーの風呂用洗剤Yで磨いたようにビカッと輝いた。そこへ戸を開けて母さんが出てきた。
「食べきれない分は、刻んで乾燥葱にします。…だと、日持ちしますから」
「そうですね、未知子さん。食べ物を粗末にすりゃ、罰(ばち)が当たります」
「ええ、そうですわ」
 二人は軽く笑った。両者は相性がいいので、僕は大層、助かっている。嫁と舅(しゅうと)、姑(しゅうとめ)の諍(いさか)いごとは世間によくあるから、非常にラッキーと云う他はない。
 陽気も麗らかだし、父さんは異動もなくこの不況下でも安定したヒラだし、じいちゃんの葱坊主の頭もよく光ってるし、母さんの機嫌もよさそうだし、僕は春休みだし、みんなほぼ健康だし…まあ、小さいながらも幸せな家庭だから、有難いと感謝しよう。
                                                 
                             第二話 完

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2012年4月 6日 (金)

春の風景 (第一話) 異動

 春の風景       水本爽涼

    (第一話) 異動        

 辺りに長閑(のどか)な陽の光が射して、いよいよ厳しかった冬の寒さから僕達を解き放つ春の鼓動が聞こえ始めた。今日も今日とて、僕は小学校へ一生懸命、通っている。父さんも一生懸命? いや、これに関しては僕の方が長けているとは思うのだが、兎も角、会社へ日々、通っている。 春休みが近づいた昨日辺りから、俄かに僕の周りではソワソワする輩(やから)が増えだした。この場合の輩は、誠に口幅ったいのだが、父さんを含む。生物、特に渡り鳥などは季節が変わると住処(すみか)を移動するのだが、人の場合は同じ移動でも異動となる。無論、これはサラリーマン以外の人々が対象外であることは云う迄もない。或る種、学年が変わるのだから、僕達も異動する…と、云えるのかも知れない。
「あなた、どうなの?」
「どうなのって?」
「異動よ、異動。決まってるでしょ」
「なに云ってる。全然、決まってない」
 朝から夫婦間の雲行きが誠に宜しくなく、じいちゃんも黙々と食べているだけで、ひと言も話そうとはしない。じいちゃんの場合は、黙々にモグモグを含んでいる。
 学校を終えて家へ帰ると、珍しくじいちゃんが玄関へ現れて、僕を招き猫のように手招きした。なに? という思いで、怪訝にじいちゃんの後ろを付いて行くと、じいちゃんが、「正也、恭一には暫(しばら)くつまらん話はするな。奴は浮き足だっている…」と云う。僕は何のことだか分からず、適当に相槌を打っておいた。後になって分かったのだが、どうも会社の人事異動で父さんが心、ここにあらず…の状態だから、つまらない心配ごとは話すんじゃない、と云いたかったようだ。しかし、そんな心配は例年のように全く徒労に帰し、何事も無かったように父さんは麗らかな春の陽気の中を元気に通勤している。これも、穿(うが)った見方をすれば、やはり駄目だったか…ということになる。万年ヒラでも元気でいてくれる方が僕はいいと思うのだが、本人は、どうなのだろうか?
「いや、参った。お前、腕を上げたな」
「ははは…、まぐれですよ」
 たぶん、じいちゃんは将棋を態(わざ)と負けたに違いないのだが、父さんは仏頂面(づら)を崩して素直に喜んでいる。じいちゃんも、いいところがあるなあ…と、僕は二人の様子を覗き見ながら、ふと、そう思った。
「某メーカーの洗剤Xのように、お前もピカッ! と光る存在になれ」
 じいちゃんの物言いは、いつも、ひと言が多い。                                                 

                            第一話 完
 

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2012年4月 5日 (木)

☆時代劇シナリオ・影車・第十回☆贋小判(15)

      影車      水本爽涼          
     第十回 贋小判 (15)

43. 立て札
     立て札に一枚の紙が五寸釘で刺されている。そこに書かれた
     “手筈を受けりゃ地獄へ落ちるのよぉ”の墨字。
     N  「手筈を受けりゃ、地獄へ落ちるのよぉ…」
44. エンド・ロール
     朝。江戸の街通り(一筋の広い道)仙二郎達の歩く姿。
     テーマ音楽
     T「第十回 贋小判  完」



                
流れ唄 影車(挿入歌)

           
            水本爽涼 作詞  麻生新 作編曲

            なんにも 知らない 初(うぶ)な星…
             健気に 生きてる 幼(おさな)星…
              汚れ騙され 死ねずに生きる
                悲しい女の 流れ唄


              酒場で 出逢った 恋の星…
             捨てられ はぐれて 夜の星…
              いつか倖せ 信じてすがる
                寂しい女の 流れ唄


             あしたは 晴れるか 夢の星…
            それとも しょぼ降る なみだ星…
              辛い宿命を 嘆いて越える

                儚い女の 流れ唄

     ※ 
時代劇シナリオ「影車」、今回を持ちまして、一応の読み切
     りとさせて戴きます。長らくご愛読を賜り、誠に有り難うござ
     いました。貴方も影車に出食わさないよう、ご注意を! ^^
     また、お会い
する日まで、ごきげんよう。
                                水本爽涼

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2012年4月 4日 (水)

☆時代劇シナリオ・影車・第十回☆贋小判(14)

      影車      水本爽涼          
     第十回 贋小判 (14)

41. 徒目付組頭・山根頼母の屋敷(内)寝所・夜
     (テーマ曲のオケ3 イン)
     山根が布団で寝息をたて熟睡している。音もなく襖が開き、仙二郎
     が枕元へ立つ。そして、ゆっくりと脇差を抜くと、跪(ひざまず)い
     て左手で口を封じる。息苦しさに目覚める山根。馬乗りになる仙二
     郎。
    仙二郎「世の悪党め。手前(てめえ)のような奴ぁ、いらねえんだ。地
         獄へ落ちろぃ!」
     と吐き捨て、脇差を胸(心臓)へ突き刺し、抉(えぐ)る(ブシュブシ
     ューっという鈍い音)。抗う山根、次第に力が萎えて絶命する。仙二
     郎、息があるかを確認した後、脇差を胸より抜き、刃を山根の白衣
     で拭うと鞘へ納める。そして、静かに立つと、襖より出ようとする。
     入れ替わりに、伝助が部屋へと入る。
    仙二郎「頼んだぜ…」
     と、ひと声残し、仙二郎、消え去る。
     (テーマ曲のオケ3 オフ)
42. 江戸の街通り(一筋の広い道)・朝
     場面、フェード・イン。無惨に晒された山根達五人の死骸と立て札。
     それを取り囲んで騒ぐ多くの町人達。出勤途中の仙二郎と宮部も、
     その中にいる。
    宮部  「なんでも、昨日、奉行所に付け文があったそうですよ」
    仙二郎「へぇ~、誰からですか?」
    宮部  「いえね、匿名だったらしいんですけどね。恐らく、影車から
        だろうって、もっからの噂です」
    仙二郎「それで、なんて書いてあったんです?」
    宮部  「贋金作りをしている場所の図面だけで、他には何も書かれ
         てなかったそうですよ」
    仙二郎「ほぉー、図面だけねえ…」
    宮部  「「流石! と云ったらいいのか悪いのか…どうなんでしょ?」
    仙二郎「さあ、どうなんですかねえ」
    宮部  「こんなこと云っちゃなんですけど、お上以上にやるんじゃ
        ないでしょうか? 影車は」
    仙二郎「宮部さん、場所がらを考えて下さい。周りを…(小声で)」
     仙二郎、周囲の町人を指さし、宮部を窘(たしな)める。宮部、頷い
     て黙る。二人、群衆から離れ、奉行所へ向け歩き始める。

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2012年4月 3日 (火)

☆時代劇シナリオ・影車・第十回☆贋小判(13)

      影車      水本爽涼          
      第十回 贋小判 (13)

35. 頭部のX線撮影された映像 C.I
     医用画像管理システム(PACS)の高精細モニタ映像。
      C.O
36. 病院の診察室・現代
     医師(配役は無名の外科医)が椅子に座ってカルテを書いている。
     医師の姿を。医師、医用画像管理システム(PACS)の高精細モ
     ニタ映像を徐(おもむろ)に見て、カメラ目線で素人っぽく、
    医師  「今日も同じです(微笑んで)。いつもの即死ですな…(欠伸
         をしながら)」
37. 瀬崎の音松一家(内)小部屋・夜
     (ふたたび、テーマ曲のオケ2 イン)
     一本の縄から器用に下りる又吉。丼鉢を背の袋へ収納すると、ふ
     たたびスゥーっと天井裏へと昇って消える。入れ替わり、伝助が
     部屋へ現れ、音松を担ぎ去る。
     (テーマ曲のオケ2 オフ)
38. 両替商・和田屋(内)部屋・夜
     甚兵衛が部屋の中で熟睡している。
     (ふたたび、テーマ曲のオケ1 イン)
     部屋前の廊下側の障子戸が灯りに照らされたかのように明るく
     なり、人影が不気味に浮かぶ。
39. 同 部屋前の廊下・夜
     留蔵の顔が携帯火鉢の熾(おこ)った炭に赤々と照らされ光る。
     留蔵、廊下に座り、ゆっくりと携帯用の鞴(ふいご)を押し続ける。
     火鉢の中で赤々と熾る炭。その中に、大鎌が入れられていて、刃
     が真っ赤に焼けている。留蔵、深い溜め息を、ひとつ吐(は)き、頷
     く。そして、大鎌の木の柄を持ち、部屋の障子戸を静かに開ける。
40. 同 部屋・夜
     留蔵、甚兵衛の枕元へ寄り、両足で首を挟むと、左手で口を封じ
     る。そして、右手に持った大鎌を甚兵衛の両眼へ押し当てる。(ジ
     ューっという焼き入れの音S.E) 呻く甚兵衛。激しく、もがく留蔵、
     間髪入れず、大鎌で首筋(頚動脈)を斬る。激しく吹きだす血しぶ
     き、布団を紅く染める。素早く障子戸を出る留蔵。入れ替わり現れ
     た伝助、甚兵衛を担ぎ去る。
     (テーマ曲のオケ1 オフ)

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2012年4月 2日 (月)

☆時代劇シナリオ・影車・第十回☆贋小判(12)

      影車      水本爽涼          
     第十回 贋小判 (12)

32. 人里離れた山道・昼
     (テーマ曲のオケ1 イン)
     所々に雪が残る、昼なお暗き山道を、篭二台が坑道へと急ぐ。
     各々の篭には、音松の子分頭、二人が乗っている。暫く事も無
     げに篭かき四人が、「エッホ、エッホ!」と走っていると、俄かに
     頭上の木立が揺れ、中から、お蔦が舞い下りる。お蔦、有無を
     云わさず、居合い刀を抜き、篭を突き刺すS.E。篭かき二人、慌
     てふためいて篭を下ろして絶叫。もと来た道を逃げ去る。もう
     一台の篭かき二人も、同様に篭を下ろし、逃げ去る。お蔦が居
     合い刀を篭から抜くと、子分Aが篭から崩れ落ち、外へ倒れて
     絶命。もう一台の篭からバタついて降りた子分B、
    子分B「貴様ー! 何者(なにもん)でぇ!!」
     と、刀を抜き、お蔦に斬りかかる。お蔦、ふわりと上へ舞い跳ぶ
     と、子分Bの頚動脈(首)を下りざまに居合い斬る。子分Bの首
     筋から吹き散る血しぶき。子分B、激しくもがいて崩れ落ちる。
     お蔦、ニヤリと笑い、瞬時に跳び去る。木陰に隠れていた伝助、
     別場所に置いた荷車に二人を乗せると、顰(しか)めっ面(つら)
     をして、お蔦の消えた方向を一瞬、見た後、荷車で走り出す。S.
     E=豚や牛の肉塊をナイフ等で切り裂く音(ブシュ、ブシュー)。
     (テーマ曲のオケ1 オフ)
33. 瀬崎の音松一家(内)広間・夜
     多くの子分を従え、酒を酌み交わす音松。かなり酩酊している。
    音松  「ウィッ!…、二人は帰(けえ)ったか?」
    子分C「へえ…。どこか寄り道をなすってるんでしょう」
    音松  「そうか…。まあ、いい。明日にするか…。今日は、もう寝る」
     と、ふらつきながら席を立ち、部屋を出る音松。
    子分達「御苦労さんでした!」
     音松の後ろ姿に声をかける子分一同。従って立とうとする子分
     を、「いいっ!」と、止めて去る音松。
34. 同 小部屋・夜
     音松が刀を刀掛けに置き、布団へ入ろうとした、その時、
     (テーマ曲のオケ2 イン)
     音松の真上の天井板が音も啼くスゥーっと開き、両腕と鉄製の
     大丼鉢、音松めがけて垂直に落下。(鐘の音S.E)スッポリ被っ
     た大丼鉢。呻く音松。S.E=鐘楼で撞く鐘の音(グォ~~ン)。音
     松、頭に鉢を被った状態で暫し氷結するが、その後、ゆったりと、
     前のめりに崩れ落ちる。
     [テーマ曲のオケ2 オフ]

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2012年4月 1日 (日)

☆時代劇シナリオ・影車・第十回☆贋小判(11)

      影車      水本爽涼          
     第十回 贋小判 (11)

     そこへ、お蔦が暖簾を潜って現れる。
    お蔦  「ちょいと、邪魔するよ」
    仙二郎「おっ、お蔦姐(ねえ)さん。こらぁ、とんだ所で…(ふざけ気味
        に)」
    お蔦  「あらっ、十手の旦那じゃ御座んせんか。どうも…」
     と、軽く頭を下げ、負けずに云い返す、お蔦。床机にゆったりと座
     る。
    又吉  「何にしやす?」
    お蔦  「そうだね…。しっぽくに、しとくれ」
    又吉  「へいっ!!」
     又吉、入れる具の準備を始める。
    お蔦  「冷やで一杯かい? いいねえ。私も貰おうかね…」
     又吉、準備を止め、お蔦の前に茶碗を置くと、一升瓶の酒を注ぐ。
     お蔦、一口、飲んで、
    お蔦  「ふぅ~、体が温(あった)まるねぇ~。酒も始めたのかい?」
    又吉  「(影車の口調で)今日は、特別だぜ…。いつもは出さねえ」
    お蔦  「大当たり、って訳か…」
     と、軽く笑う、お蔦。又吉も、ふたたび、具の準備をしながら小笑い
     する。
    仙二郎「で、奴らの動きは、どうでえ?」
    お蔦  「今日も今日で、朝から吉原に入り浸って、ドンチャン騒ぎ
        さ」
     溜め息をついて酒を飲み干す、お蔦。
    又吉  「へいっ! しっぽく、あがったよ(蕎麦屋の声に戻り)」
     と、鉢を、お蔦の前へと置く又吉。お蔦、箸を取って啜り始める。
    仙二郎「そうか…。手筈だ!(決断したように)皆を集めろい。明日
        の宵、五ツ、いつもの小屋だ」
    お蔦  「(蕎麦を啜りながら)あいよっ!!」
    仙二郎「又も聞いたな?」
     又吉、黙ったまま首を縦に振り、頷く。
30. 同 (外)・夜
     本降りとなった粉雪が、静かに地表へと落ちる。いつの間にか、
     風は止んでいる。
31. 河川敷の掘っ立て小屋(内)・夜・五ツ時
     仙二郎を筆頭に、影車の面々が顔を揃えている。土間に直接立
     てられた蝋燭の炎が、隙間風に時折り揺れる。
    仙二郎「的(まと)は、山根、甚兵衛、音松の三人。いや、音松にゃ、両
        腕になる子分が二人いたな? だったら五人だ。今、云っ
       た手筈で頼んだぜ(皆を見回して)」
     留蔵、又吉、伝助、お蔦の四人、黙って頷く。
    仙二郎「それじゃ、これ迄だ。金は、いつもの後払いで一両、お蔦に
         届けさせる。云っとくが、贋金じゃねえぜ」
     一同、笑う。伝助、土間に立てられた蝋燭の炎を吹き消す。漆黒
     の闇。

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