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2012年7月

2012年7月31日 (火)

連載小説 幽霊パッション (第十五回)

     幽霊パッション      水本爽涼 Photo_41

    (第十五回)     

「いや、実は…。なぜ私だけに君が見えるのかを分かれば…と思ってね。そんな本を借りたんだよ」
『なるほど…。それは僕だって知りたいですよ。なぜ課長だけが白っぽく見えるかってことです』
「白っぽくって、どんな風に?」
『ええ、まるで全体を薄く白いペンキで塗ったようにです』
「白いペンキって…、それじゃまったく人に見えてないってことじゃないか」
『いや、そうじゃなくって。どう云えばいいんでしょう…』
「どう聞けばいいんだろうな」
『やめてくださいよ、からかうのは。そうそう…他の人に比べれば、全体を薄くした感じですかね。それが白っぽいって意味です』
「全体に色のトーンが薄いってこと?」
『そう、その通りです。課長、上手いこと云うなあ』
「幽霊の平林…じゃなかった、平(ひら)さん、そうおだてるなよ。要は薄く見えるんだな、私が」
『はい…』
 幽霊平林は蒼白い顔で頷(うなず)いた。
「分かった。それはそれとして、なぜかってことだ」
『そうですよね』
「よしっ! これからは二人で…君は死んでるんだよな? まあ、二人でいいか…。二人で、それを解明しようじゃないか」
『はい、望むところです。それに僕も、自分だけがどうして幽霊で今、見えるのかを知りたいんですよ』
「そうそう、それも不思議なんだよなぁ」
 二人は妙なところで意気投合した。

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2012年7月30日 (月)

連載小説 幽霊パッション (第十四回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_40

    (第十四回)     

 車を飛ばして十分前後だから、すぐ家には着く。上山が車を裏のガレージに入れて表へ迂回すると、玄関には幽霊平林が蒼白い顔の笑顔に例の三角頭巾を纏(まと)い、白装束で立っていた。
「おお…、もう来てたのか。今、開けるからな」
『ふふっ…。僕は入ろうと思えば、どこからでも入れますよ、嫌だなあ…』
「ああ、そうだった。平林は幽霊だったな」
『その幽霊っていう云い方、やめてもらえません?』
「じゃあ、どう呼べばいいんだ」
『…そうですね。平(ひら)さんとか、なんとか』
「平さんか…。偉く軽いな。まあ、いいだろう」
 上山は鍵を開けると家の中へ入った。そして、外に待たせた幽霊平林を入れようと呼ぼうとした。
『私なら、もう入ってますよ、課長』
 上山が振り向くと、幽霊平林は、すでに上がっていて、廊下に立っていた。ただ、踝(くるぶし)の下は透けて見えなかった。
「なんだ…。もう上がっていたのか…」
 上山は少し慌てぎみに靴を脱ぐとフロアへ上がった。
 夕暮れにはまだ少しある時間帯で、辺りは明るかったから、ライトは必要なかった。ダイニングルームは採光が豊富で、日中はもちろんだが、夜も辺りが暗闇に閉ざされた頃、ようやくライトのスイッチが必要なほどの明るさに恵まれていた。上山は図書館で借りた『霊視体験』の本を無造作にテーブルへ置いた。それを幽霊平林は目敏(ざと)く見ていた。
『霊視体験ですか…。確かに、僕が見えている課長は、そうですよねぇ…』
 幽霊平林は意味もなく納得した。

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2012年7月29日 (日)

連載小説 幽霊パッション (第十三回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_16

    (第十三回)     

 幽霊平林が家へ現れる…つまらんことを云ってしまったものだ、と上山は後悔した。しかし、今さらどうしようもない。奴は恐らくウズウズして現われるその時を待っているんだろう…と上山は、また思えた。だが、よく考えれば、奴はいったいどこで待っているんだ? という素朴な疑問が沸々と湧いてくる。人間には計り知れない霊界特有の構造があるのだろうか…などと上山には思えたりもした。家までは十分前後だから、まだ四、五十分はあった。上山はふたたび、『降霊』とタイトルされた手に持つ本を開けると、乱読し始めた。
 本には、青森・下北半島・恐山のイタコと呼ばれる口寄せのこととか、様々な興味深い逸話が掲載されていた。ただ、上山が知りたかったのは、そうした内容ではなく、幽霊平林が現れて自分に見えるという超常現象に関して記述されたものなのである。この点で云えば、この本は的(まと)を得ていないように思え、上山はその本を棚へと戻した。次に目についたのは、『霊視体験』という、なんとも興味深い本だった。なにげなく上山が数ページ捲(めく)ると、なんとそこには上山と似通ったような話の体験談が載せられていた。もちろん、匿名(とくめい)での口述記事を掲載したものだが、編集者の質問に対して一問一答形式で語られたものだった。

問 Kさん、あなたの経験したことを短く云って下さいますか?
答 はい、私は死んだ友人を見たんです。それも、私にだけ見えるというものです。他の人々には一切、見えません。ですから、余計に怖いのです。
問 そうですか。その現象は今も続いているんでしょうか?
答 はい…。頻度(ひんど)は以前ほどではなくなりましたが。
問 その方は現れるだけなのですか?
答 いいえ、私と会話も交わしますよ、普通の人と同じように…。
問 その声は他の人にも聞こえるんですか?
答 いいえ、他人には何も聞こえません。聞こえれば、これはもうパニックですよ。
問 そりゃ、そうですね…。失礼しました。


 本は続いていく。こりゃ、切りがないと思った上山はその本を受付で借りて図書館を出た。

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2012年7月28日 (土)

連載小説 幽霊パッション (第十二回)

     幽霊パッション      水本爽涼 2

    (第十二回)     

 その時、先ほどの係の女性が、ツカツカと近づいてきた。
「どうされました!」
 図書館はほとんど無声である。受付で交(かわ)される会話以外、一切と云っていいほど音とは無縁の世界なのである。上山はそれを、ついうっかり忘れていたのだ。
「あっ! いや、なんでもないです。すみません」
「そうですか? なら、いいんですが…。お静かにお願いします」
 そういうと、係の女性はまたツカツカと元の場へ歩いて去った。
「ふぅ~、危ないとこだった…」
 上山は溜息(ためいき)をひとつ吐いた。
『彼女には僕が見えないんですから、危なくはないですよ』
「ああ、それはまあ、そうだか…。それにしても社外で君を見たのは初めてだぞ」
『そりゃそうでしょうよ。僕も今まで遠慮していたんです。でようと思えば、いつだってでられたんですが…』
「そんなことより、私にだけ君が見える、っていうのが、どうも解(げ)せん。なんか怖いんだよ…」
『はあ…、僕にもその訳は分かりません。それに、僕の目には前にも云ったと思いますが、課長の姿だけが、なぜか白っぽいんです。他の人は普通なんですが…』
「そうか…。それも怖いな。近々、私もそちらへ行くってことか…」
『そんなことはないでしょうけど…。まあ、幽霊の僕が云うのもなんですが…』
 二人は声を潜(ひそ)めてヒソヒソと話し合った。
「ここではなんだ、一時間ほど潰(つぶ)して家へ帰るから、現れてくれ。フフフ…、現れてくれ、というのも変だな」
『そうですね、フフフ…。それじゃ、そうします』
 幽霊平林は、そう云い終えると、スゥ~っと、跡形(あとかた)もなく消えた。

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2012年7月27日 (金)

連載小説 幽霊パッション (第十一回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo


    (第十一回)   

 上手くしたもので、適当に本棚を物色していると、上山が探していた頃合いの本が視界に入った。━ 霊は存在する!━ という袴(はかま)が付いており、『降霊』という真(まこと)しやかなタイトルの市販本だった。学術の専門書ではないものの、まず一冊は…と思っていた矢先の上山にとっては、願ったりの本に思えた。さっそく手に取って上山が数ページめくった時である。背後にゾクッとする冷たい感触が上山を襲った。まさか…とは思ったが、上山はゆっくり後方を振り向いた。そこには、ニンマリとした笑顔の幽霊平林がフワリフワリと浮いていた。
「お、お前…」
 上山は驚きの余り、声を失った。社外で幽霊平林を見たのは、これが初めてだったからである。
『課長~、何を読んでおられるんですぅ~』
 幽霊平林は、上山が手にする本を覗(のぞ)き込んだ。上山は慌(あわ)てて本を閉じた。
「いや…ちょっとな」
 幽霊平林の視線が本の袴に走った。
『ほう…。霊は存在する、か…。んっ、まあ確かに…。こうして僕がいるんですから』
「…前から、ちょいと興味があってな。偶然、その本があったから手にしたまでだ」
 上山はカムフラージュするかのように、なにげなく手にした本を棚へ戻した。
『いいんですよ、課長。そんなに隠さなくたって』
「隠してなど、おりゃせんよ!」
 上山は否定しようと声を荒げた。
『シィー! 大声を出さないで下さいよ。ここは図書館ですよ』
「ああ、そうだった。すまん…」
『別に謝るこっちゃないんですけどね』

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2012年7月26日 (木)

連載小説 幽霊パッション (第十回)

     幽霊パッション      水本爽涼 Photo_11

    (第十回)    

 次に幽霊平林がなぜ現れるのか、という点である。これは、生前出来なかったことに想いを残した霊が浮遊霊となっている…といった霊に関する著書を探せば手がかりが掴(つか)めるか、と上山には思えた。
 上山が図書館へ入ることなど長い間なかった。それに、この市立図書館は上山にすれば始めてである。自動ドアの玄関を入った左側には受付があり、司書らしき女性が三人いた。その中の一人は、蔵書の返却本や新刊を小まめに棚へ運んで右往左往している。そして、他の二人のうち、一人はパソコンへ向かってキーを懸命に叩き、もう一人は受付に立って書類に目通ししていた。上山はその立っている係員へ徐(おもむろ)に訊(たず)ねた。
「あのう…、心理学とかの本を探したいのですが…」
「心理学ですか? どういった種類でしょう。…専門書ですか?」
「えっ? ええ、まあ…」
「専門書でしたら、あちらの棚ですね」
 係員が指さした方向を見れば、何やら厳(いか)めしい本が棚に並んでいる。上山は、「どうも…」とだけ軽く頭を下げながら返し、その本棚の方へ歩を進めた。
 本棚には、ぶ厚い鎧(よろい)を纏(まと)った本が、横一列に何段もびっしりと並んでいた。その規則正しさは、ある種、軍服に身を包んだ多くの兵士が、一列横隊に隊列を整えて立っている姿に見えなくもない。上山は、こんな筈(はず)じゃなかった…と思った。本からして、もう少し読みよい雑誌とまでは薄っぺらくない種々の市販本が、所狭しと不揃(ふぞろ)いに並んでいるだろう…と思ったのだ。係員に訊(き)かれたとき、もう少し詳しく説明すりゃよかった…と、上山は後悔した。しかし、また戻って訊ねるというのもバツが悪い。とりあえず、は、ひと通り見て、適当に、いろんな本棚を見回るか…と、上山は自らを納得させた。

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2012年7月25日 (水)

連載小説 幽霊パッション (第九回)

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    (第九回)    

 気づけば食堂の大時計は、すでに十二時四十分過ぎを指している。上山は少し慌てぎみに食べ進めた。
 その日の午後は幽霊平林も遠慮してか、ついに現われなかった。ひとまずは上山も安心である。とはいえ、いつヒョイ! と現われるかも知れないという不安はつき纏(まと)う。上山がようやく安心できたのは、田丸工業の社屋を出た瞬間だった。というのも、幽霊平林が現われるのは今のところ社屋内だけで、会社外に現れたことはなかったからだ。だから課長という地位にあり、将来を嘱望(しょくぼう)されているにもかかわらず、上山は、ここ最近、定時に退社するようになっていた。それはもちろん、幽霊平林が現われるようになってからである。課長に昇進した当時の上山は、残業の日々を続けていたから、社の重役連中も最近の彼の豹変ぶりには、ガックリと肩を落としていたのである。だが、上山の仕事への情熱がなくなったのか、といえば、そういう訳でもなかった。原因はただひとつ、死んだ平林が幽霊となって自分の前へ現れるようになった・・という、ただそれだけだった。その平林は、上山を助け、有能な才を仕事に発揮して会社のトップを喜ばせた…という過去の皮肉な経緯があった。しかし彼が死んだ今となっては、上山としては、彼のことをもう過去のこととして忘れ去りたかった。それが、日々を煩(わずら)わす出現となっては、雲泥の差といっていいマイナスを上山に与えているのである。始末が悪いのは、迷惑をかけているという自覚が寸分も幽霊平林にはなかったことだった。
 次の日曜、想い込んだように上山は市立図書館へ向かっていた。幽霊平林が何故、自分だけに見えるのか…これを究明する手がかりを見つけるためである。誰が考えても、そんな本が図書館にあるとは思えない。上山は搦(から)め手を模索していた。なぜ自分だけに幽霊平林が見えるのか…。これは精神医学関連の本を探れば何らかのヒントが掴(つか)めそうな気がした。

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2012年7月24日 (火)

連載小説 幽霊パッション (第八回)

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    (第八回)      

 上山が座ったその時、幽霊平林がヒョイ! とふたたび現れた。幽霊だからヒョイなのである。パッ! と云ってもいいだろう。
『僕もこのB定が好きだったんですよ…』
 自分の座る対面へ遠慮するでもなく座り、上山に語りかける幽霊平林である。
「君な、ちょっと遠慮してもらえんか。これから食うんだから…」
 迷惑顔でなにやらブツブツひとりごとを云いだした姿は当然、他の社員達の目に入っている。誰彼となく、「おい課長、誰もいないのに話してるぜ。どうかしちゃったんじゃないか」という声が流れた。中には、「大丈夫かよ」と上山の体調を危惧(きぐ)する声さえ聞こえだした。視線が自分に注がれていると気づいた上山は、慌(あわ)てて口を噤(つぐ)んだ。しかし、幽霊平林は依然として上山の対面に堂々と座っている。もちろんその姿は他の者に見える筈(はず)もなかった。だから上山が、前に座る幽霊平林を意識すればするほど、他の者に映る上山の姿は奇妙さを増すのである。上山は口を噤んだ後、黙々とB定食を平らげ始めた。
『僕も食べたいなあ…。腹が空いている、ってことじゃないんですけどね』
 上山は幽霊平林が語りかけるのを無視して、食べ続けた。今はまずい、まずいぞ…と、ひたすら心に云い聞かせながら…。返答がないと、さすがに幽霊平林もダレてきた。周囲を見回すと、かつての同僚達が上山を見ている。なるほど、これ以上は無理か…と、撤収することにした。幽霊平林がスゥ~っと消えたことで、上山の心配ごとは、ひとまず消え去った。今まで喉を通らなかったB定食も味が感じられるまでになった。しかし、もう味噌汁はすっかり冷えてしまっている。その椀を口へと運べば、理由もなく怒りが込みあげてくる。誰が悪いという訳でもないが、なぜ自分だけに死んだ平林が見えるんだ…と上山はまた想い倦(あぐ)ねた。部下の課員達は、もうとっくに食べ終えて席を立っていた。

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2012年7月23日 (月)

連載小説 幽霊パッション (第七回)

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    (第七回)     

「上山ちゃん、少し元気がないわね」
 年格好は上山と相応の、食堂の江藤吹恵(えとうふきえ)が食券を受け取りながら上山へ、ひと声かけた。
「ああ…、ちょっとここ最近、目が霞(かす)んでねえ…」
「老眼?」
「馬鹿を云いなさんな」
 吹恵は上山が入社した頃にはすでにいた顔馴染みだった。
「じゃあ、疲れてんだ。気をつけないとね…。ふふふ、でも、もう年よ」
 慰めるでなく、吹恵はそう云った。
「ありがと…」
 吹恵は社内で唯一、忠言してくれる存在であり、上山としては心が癒される瞬間でもあった。
 配膳皿が整うのを待って上山がテーブルへ持って進むと、やはり課長という肩書からなのか、社員達は一ヶ所だけ必ず空けているゾーンがあった。多くの社員が出入りする食堂で、そこだけが或る種、神聖な立ち入り禁止区域のように、誰もが避けて座らないのである。むろん、上山以外の取締役や他の課長、部長連中もそこへ座るのだが…。この日は、上山の他に社内トップはいなかった。
 注文したB定食などは、もう上山にすれば脂(あぶら)っこいのだ。吹恵に云われるまでもなく、そういう年になっていた。それでも食堂で顔馴染みの吹恵に「B定!」と決まって云うのは、まだ自分が年をとってないぞ…と自己主張している証拠だった。吹恵は上山とほぼ変わらない年だから、余計に…と思えなくもなかった。上山が座ったゾーンは社員達が意識して空けている…というのでもなかったが、前述したように神域と目された空間で、そこへ陣どっても、別に上山が優越感に浸れる、という訳でもなかった。むしろ、返って自分だけが疎外されたような空虚な寂しさを感じる上山だった。

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2012年7月22日 (日)

連載小説 幽霊パッション (第六回)

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    (第六回)       

しかし、そのことは誰にも云えない。家族にも上司、同僚、部下にもである。ただ、社長の田丸には迂闊(うかつ)にも知られてしまった。それが上山には痛恨のエラーに思えるのだった。
 昼は、きっかり十二時になれば、全員が席を離れる。これは上山が課長になる遥か前からの決めごとめいた慣例となっていた。上山がどうのこうの云おうが、むろん、他の者がどう云おうが、これだけは曲げようもないと思える会社の決めごとのように染(し)みついていた。だから、仕事の途中であろうとなかろうと、投げだしたように仕事を離れるものだから、会社発展も今一つで、業績不振というのも道理といえば道理だった。当然の成り行きで、十二時を挟んでかかってきた電話は、すべてがお釈迦だった。このことが会社の業績を伸ばせない要因の大部分を占めていることは誰の目にも明らかだった。それにもかかわらず日々、繰り返されるこの愚行にも、ひとついいことがあった。妙なことに、会社は繁栄こそしなかったが、衰退することもなかったのである。この事と、平林が幽霊となって現われたことは、ある点で繋がっていた。そのことは追い追い、語るとしよう。
「課長、昼ですよ!」
 いつの間にか上山はウトウトと眠ってしまったようである。上山の業務課は二つの係からなっている。上山の席の前方、左右には第一、第二業務係の係長席があり、さらにその前方のレイアウトは、課員達の席がワイドに展開するといった大広間構造だった。云わば、景観上は人間の姿ばかりが見えている訳で、決して快適とは云い難い。事実、見たくもない顔を毎日、見せられている上山は、ついつい机上ばかりに目を落とすことになり、ウトウトしてしまったのだが、これは机上の右に幽霊平林がいた、ということもある。
 上山は、少し疲れているのかも知れん…と、食堂でB定食を注文しながら、ふとそう思った。

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2012年7月21日 (土)

連載小説 幽霊パッション (第五回)

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    (第五回)       

亜沙美は、やはり怪訝(けげん)な表情で、納得出来ないまま書類を上山に手渡した。一応は…と、上山はひと通り目を通し、「海堂君、これでいい。ご苦労さん…」と、その場を取り繕(つくろ)った。━ 変なことを云う課長ね… ━ とは思えた亜沙美だったが、それ以上は押せず、そのまま自席へとUターンした。また幽霊平林は上山の席へ現われて、机上で胡坐(あぐら)をかいている。上山の真正面は、さすがに憚(はばか)られるのか少し遠慮して、向かって左、上山から見れば右側に、上山とは九十度の角度で左側を向いて座っていた。だから、上山にすれば一応は真正面の他の課員達の席は見渡せた。もう少し平たく云えば、上山が裁判官席に座っていたとすれば、原告席に幽霊平林が座っている…という構図になる。他の課員からすれば、至極ありふれた普通の会社の光景が展開しているというのに、上山だけは苦悶の日々を強(し)いられているのだった。この今もそうなのだが、どう考えても自分だけに死んだ平林の姿が見えるという現実が理不尽で、理解出来ない上山であった。何故なのか? と様々な要因を探るのだが、平林と自分に特別な接点があったとはどうしても思えない上山だった。それに自分だけが白く見えるなどと幽霊平林から云われれば相当、気になる。加えて、自分だけに幽霊平林の声が聞こえるというのも不気味だ。自分が死に近づいているようにも思えるからだった。
 もう昼近くになっている…と、上山は不意に腕時計を見て思った。そういえば、朝から社長室へ呼び出され、田丸に小言を食らい、それでようやく課に戻れば、相も変わらず幽霊平林が舞い降りて気持を動揺させたのだ。悪さをするというほどのことではないが、死んだ平林が見えるということ自体が、科学では到底、説明のつかない不気味な超常現象だから、気持の動揺は並大抵のものではなかった。上山としては、幽霊平林が悪さをしてくれた方が、むしろやり易いのだ。ただ孰(いず)れにしろ、平林が何故、死んで現われ、しかもその姿が自分にだけ見えるのか…という超常現象の原因を探り、究明することが急務と思われた。

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2012年7月20日 (金)

連載小説 幽霊パッション (第四回)

     幽霊パッション      水本爽涼 Photo_5

    (第四回)       

「その時、上山が思っていたことが現実のものとなった。幽霊平林の方から語りかけてきたのである。
『上山さん! いや、課長。僕が見えますよね?』
 上山は唐突に訊(き)かれたものだからどう答えていいか分からず、「うん…」とだけ小さく呟(つぶや)いた。声を小さくしたのには、他の課員に不審に思われてはいけない…という咄嗟(とっさ)の判断が働いた、といことがある。先ほどの自制心も、その中に含まれているようであった。
『よかった…。やはり見えておられましたか。こんなことを云っちゃなんですが、僕から見れば課長だけが白っぽいのです』
「白っぽい? どういうことだ?」と、また顔を伏せて誰からも気づかれないように小さく上山が呟くと、『どういうことって…白く見えるんですよぉ~』と、冷えた手先を上山の頬にスゥ~っと触れて、幽霊平林が云った。上山には、その手の感触はなかったが、冷たい風が顔に吹きつけたようなゾクッ! っとする空気の流れを頬に感じた。その時、コピーの確認が終った亜沙美が俄(にわ)かに席を立つと、ツカツカと課長席の上山の所へ近づいてきた。もちろん、顔を伏せている上山は、その姿に気づいてはいない。
「後(あと)にしてくれ。皆がいるんだから…」
 そう云って上山が伏せた顔を上げると、眼の前には亜沙美が書類を手に怪訝(けげん)な表情で立っていた。
「後にって? 急がれてるんじゃないんですか? 課長」
 その書類は、午後に予定されたプレゼンテーションで配布する重要な書類だった。上山は、云ったことを亜沙美が聞いていたとは思わなかったから、驚きの色を隠せない。
「き、君…。いたのか…。ああ、それね、それ。急いでるよ。…もらおうか」

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2012年7月19日 (木)

連載小説 幽霊パッション (第三回

     幽霊パッション      水本爽涼 Photo_4

    (第三回)         

「で、出水君…、君、重くないかい?」
「えっ? 何がです? 別に…」
 出水は、妙なことを云う課長だ…と、怪訝(けげん)な表情を露(あら)わにして、ふたたび上山を見つめた。その目線は、どことなく病人を看(み)る憐れっぽい眼差(まなざ)しであった。
 海堂亜沙美(かいどうあさみ)は机で書類のコピーに目を通していた。上山が社長室に呼び出される前に命じたものである。当の命じた上山は、出水に幽霊平林が乗っている姿を見てから気が動転し、亜沙美に命じたコピーのことなど、すっかり忘れて窓際の席へと虚(うつ)ろに座った。出水の肩に乗っていた幽霊平林は、いつの間にか亜沙美の横へと移動して、書類を窺(うかが)っている。その姿が課長席の上山には、やはりはっきりと見える。 ━ そういえば、奴は海堂にぞっこんだったな… ━ と、上山は思った。しかし、死んだお前が、どうなるもんでもなかろうが…とも、すぐあとに思えてきた。まあ、そんなことはさて置いて、奴に自分の云ってることが、また逆に自分に奴の声が聞こえるのかが急に気になりだした。そういや、今まで幽霊平林の姿に恐怖を覚え、声を聞いたことはなかったのだ。むろん、幽霊平林の方から上山に語りかけてきたこともなかった。このことは上山にとって、恐怖以外では最大の好奇心となっている。だが、その好奇心も、幽霊平林が眼前に現れると、恐怖が先立つから、すぐに萎(な)えてしまう。ただ、声をかけたい…とは、絶えず上山が思うところだった。
 亜沙美の一挙手一投足を、すぐ横の机椅子に座って窺っていた幽霊平林が突然、フワッと宙を舞って移動し、あろうことか、課長席の上山の机へと舞い降りた。当然のことで、上山は恐ろしさに怖さも加わり一瞬、身の毛がよだったが、課員達に悟られては拙(まず)い…という自制心が働き、平静を装った。

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2012年7月18日 (水)

連載小説 幽霊パッション (第二回)

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    (第二回)        

「いえ、本当にいるんです」
 泣くように訴える上山なのだが、社長の田丸はまったく聞く耳を持たない。
「話にならんぞ、君。一度、医者に診てもらった方がいい。…それにだ、部下には、そんなこたぁ云えんだろうが。仕事にもさし障(さわ)るしなあ…」
「はい…。では、そうします」
 上山は逆らうことも出来ず、受け手に徹して頷(うなず)いた。机の上では胡坐(あぐら)をかいて座る幽霊平林が腹を抱(かか)えて大笑いしている。その姿が上山には、はっきりと見て取れた。デン! と応接セットの一人椅子に座る田丸の頭の、丁度、真上で、胡坐をかいている訳で、田丸の対面に座る上山からは、もろに見えるのだ。しかも、田丸は渋顔でその後ろの幽霊平林は笑い顔なのだから、この妙なコントラストに、思わず上山が噴き出しそうになるのも仕方なかった。
「なにが可笑(おか)しい! 不謹慎だぞ、君! 少しは慎み深くしたまえ!」
 田丸の雷が落ちた。
「ど、どうも、すみません。失礼しました…」
 上山は真顔に戻すのが関の山で、かろうじて、そうひと言を発して平身低頭となった。
「もういい、分かったから…。仕事に復帰しなさい」
 田丸が矛を収め、上山は逃げるように第二業務課へと戻った。
「課長、どうかされたんですか? 顔色が少しお悪いですよ」
 係長の出水雅樹(でみずまさき)が田丸を窺(うかが)うような眼差(まなざ)しで見つめている。上山はそれに気づいて、ひと筋の汗を額(ひたい)から落とした。というのも、出水の肩に、いつの間に現れたのか、三角頭巾を着けた白装束の幽霊平林が乗っていたからである。

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2012年7月17日 (火)

連載小説 幽霊パッション (第一回)

     幽霊パッション      水本爽涼 Photo_2

    (第一回)       

「何が見えるのかね」
「いえ、口で云えるようなものでは…」
「おかしい奴だ。まったくもって理解に苦しむ。…というか、私には君の云ってることが、さっぱり分からんよ」
 上山保(うえやまたもつ)が妙なことを口にし出したのは、二日ばかり前からだ。それも課長として社長室で業務の打ち合わせ中に云い出したのだから、社長の田丸洋一郎(たまるよういちろう)が訝(いぶか)しく思うのも道理であった。だが上山には、はっきりと、その形が見えていたのだ。何が見えたのかって? それは、つい先だって交通事故によりこの世を去った田丸工業の有能社員、平林卓(ひらばやしたく)の姿である。平林は将来が嘱望されていた社員で、アグレッシブに取り組む仕事への情熱は、課長の上山ばかりか社長の田丸も認めるところであった。しかし、上山にすれば、何故、死んだ平林の姿が自分だけに見えるのか、が不可解だった。だから今日も、この社長室へ呼ばれて田丸に詰問されている。
「今日も見えている…と、そういうことなんだね?」
「ええ、まあ…」
「はきつかん男だ。はっきりと云いなさい、はっきりと…。これじゃ私の方が気になって変になるよ。確か二日前だったね? 『見えませんか?』と、急に云い出したのは」
「はい…」
「昨夜も眠れんかったんだ。こりゃ君のせいだぞ」
「どうも、すいません…」
「それで、その三角頭巾を着けた白装束の平林君は、今日も見えるのかね?」
「はい、社長の机の上で胡坐(あぐら)をかいております」
「なにを馬鹿なことを! 今この室内にいるのは、君と私の二人だけじゃないか。冗談は大概にし給え!」

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2012年7月16日 (月)

シナリオ 冬の風景 特別編(下)禍福は糾(あざな)える縄(2)

 ≪脚色≫

   冬の風景

    特別編(下)禍福は糾(あざな)える縄(2)  

    登場人物
   湧水(わきみず)恭之介・・祖父(ご隠居)[70]
   湧水恭一  ・・父 (会社員)[38]
   湧水未知子・・母 (主  婦)[32]
   湧水正也  ・・長男(小学生)[8]
   その他   ・・叔母、従兄弟

○ (回想) 勉強部屋 夕方
   従兄弟とフィギュアを手に遊ぶ正也と従兄弟。和気あいあい
   の語らい。上がる二人の笑声。
  正也M「(◇)同伴の従兄弟と楽しく遊べる時間も出来たりし
       て、今年の冬休みは、例年より好調に推移していく
       ように思われた(×へ続けて読む)」

○ (回想) 玄関(外)
   送り出す家族四人。挨拶をして帰る叔母と従兄弟。
  正也M「(×)ところが、である。叔母や従兄弟が一泊して慌
       しく帰った後、また悪いことが派生しようとしていた」

○ (回想) 台所 昼
   食卓テーブルで入れ歯を外し、いじくる恭之介。不機嫌な
   顔。隣から様子を窺う正也。
  正也  「じいちゃん、どうしたの?」
  恭之介「ん? いや、どうもありゃせん…(不機嫌に)」
  正也  「…」
  正也M「入れ歯の不具合により、じいちゃんのテンションが
       低いのに加えて(△に続けて読む)」

○ (回想) 夫婦部屋 昼
   ベッド上。氷枕を頭に乗せて寝込んでいる恭一。傍らに未
   知子が体温計を手に立つ。
  正也M「(△)今度は父さんが流行りのインフルエンザでダ
       ウンしたのである。幸い、休日診療所なるものがあ
       って事無きを得たのだが、ふたたび散々な、お正
       月へと逆戻りしてしまった」
   体温計の温度を見る未知子。
  未知子「もう、大丈夫! 微熱に下がったわ」
  恭一  「…そうかぁ?(薄眼を開け、疑い顔で)」

○ 居間 昼
   賀状と一通の封書を手に立つ未知子。
  正也M「今年の冬休み、結局、ローテンションで終わるの
       か…と、僕が諦(あきら)めた矢先である」
  未知子「あらっ? お父さま宛だわ。…何かしら?」
   怪訝な表情で封を切る未知子。某会社からの旅行招待
   券、案内状、パンフレット。読み終えた後、喜色満面に
   なる未知子。未知子の嬌声。驚いて駆け寄る恭之介。
   充分に話せない口で、フガフガと未知子へ何やら語り
   ながら喜びを露にする恭之介。
  正也M「じいちゃんが応募したクイズが当選し、五泊六日
       の海外旅行に二名様を、という豪華な通知のパ
       ンフレットが同封されていた。父さんも、風邪で
       ベッドに横たわりながら、その報に接し、元気を
       取り戻したようだった」

○ 離れ 夜
   稽古用広間で居合いの形(かた)を示す恭之介。その
   様子を見守る正也。
  正也M「しかし、また、ひとつの問題が生じた 二名…、さ
       て誰が行くんだ? ということである。僕は一計
       を案じることにした」
  正也  「父さんと母さん、旅行したことって余りないし
       …。じいちゃん、どう思う?」
  恭之介「フガ? フガフガ…。フガガ、フガフガフガ」
  正也M「解説すれば、じいちゃんは抜け歯語で、『ん?
       そうだな…。わしは、どうでもいい』と云ったの
       だ」

○ 台所 朝
   朝食風景。和気あいあいの家族四人。
  正也M「その努力の結果は、すぐに現れた。冬休みも
       残り僅かになった頃、僕の家の食事風景は、
       ふたたび活況を呈しだしたのである。じいちゃ
       んだけは、相変わらずフガフガとテンションが
       低いけれど、それでも、入れ歯を歯医者へ持っ
       てった結果、すぐ修理できるそうで、以前より
       は明朗さを取り戻しつつあった。よく考えれ
       ば、“禍福は糾(あざな)える縄のごとし”…で
       終始した冬休みだった。まあ、
“ 終り良けれ
       ば、全て良し”とも云うから、父さんと母さん
       が海外旅行できるようになった、という素晴
       らしい結果などを踏まえて、良し!! というこ
       とにしたい」

○ エンド・ロール
   冬の湧水家の畑。湧水家の全景。
   テーマ音楽
   キャスト、スタッフなど
   F.O

※ 小説は、短編小説 冬の風景☆特別編(下)」をお読み下さい。

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2012年7月15日 (日)

シナリオ 冬の風景 特別編(下)禍福は糾[あざな]える縄(1)

 ≪脚色≫

  冬の風景

   特別編(下)禍福は糾[あざな]える縄(1) 

    登場人物
   湧水(わきみず)恭之介・・祖父(ご隠居)[70]
   湧水恭一  ・・父 (会社員)[38]
   湧水未知子・・母 (主  婦)[32]
   湧水正也  ・・長男(小学生)[8]


○ 台所 夜
   鳴る除夜の鐘。食卓テーブルを囲み年越し蕎麦を啜る家族四
   人。テレビが映す年越しの中継。撞かれる除夜の鐘の音。
  正也M「年が暮れようとしている。除夜の鐘が静寂を破ってグ
       ォ~~ンと撞かれる。人間が持つ百八つの煩悩とは、
       いったい何なのか…。小難しいことは僕には分からな
       い。それでも煩悩を抱く人間感情を洗い清める鐘の音
       だとは理解できる。ただし、明日以降に頂戴できるで
       あろうお年玉の総額を頭の中で勘定している僕など
       には、遠い悟りの世界のように思えてならないのだ
       が…」

○ メインタイトル
   「冬の風景」

○ サブタイトル
   「特別編(下) 禍福は糾[あざな]える縄」

○ 台所 夜
   食卓テーブルを囲む四人。
  恭一  「今年の蕎麦は、なんかグルメだな…」
  未知子「そんな訳でもないんだけど…。料理番組の受け売り
       よ。どう? 美味しい?(恭一に美味いと云わせよう
       …という気持ちで)」
  恭一  「ん? ああ…。まあな」
   無言で食べる恭之介と正也。恭之介を見る未知子。
  未知子「お父さまは、どうです?」
  恭之介「こりゃ、知らない味だ…。なかなか美味いですよ、未
       知子さん(少しヨイショぎみに)」
  未知子「そうですか?…(言葉で謙遜し、外づらはニタリと、
       まんざらでもなさそうに微笑んで)」
   未知子の様子を垣間見る正也。美味そうに啜り続ける四
   人。
  正也M「後日、母さんに、そのレシピを聞くと、葱と鶏肉を胡
       麻油で軽く炒めるのがポイントだそうで、そこへ市
       販の麺つゆを濃いめに入れ、砂糖で少し甘味の
       ある出汁(だし)に纏めるのが、いいらしい。僕も
       確かに美味しいと思ったし、例年だと残る蕎麦が
       全く無くなったことを思えば、今年の蕎麦が好評
       を博したことは語る迄もないだろう」
   美味そうに啜り続ける四人。

○ 居間 朝
   新年の賀を祝う家族四人の食事風景。長椅子を囲む四
   人。おせち、のお重。屠蘇、燗酒の銚子、雑煮の入った椀。
   ジュース入りのコップ。オードブルの馳走などが所狭しと
   並ぶ。紋付き袴姿の恭之介。着物姿の三人。
  正也M「凧揚げ、独楽(こま)回し、羽根つき、カルタ取りな
       どを楽しむ、といった世相ではなくなったけれど、
       それでも、お年玉を戴けるという慣習は現代も残
       っているから、僕達にとっては誠に有り難い」
   美味そうに雑煮を食べる四人。咀嚼中、急に食べるの
   を止め、入れ歯を外す恭之介。
  恭之介「し、しまった!・・儂(わし)と、したことが…。お前
       が、つまらんことで笑わすからだっ!(急に怒り
       出し)」
  恭一  「どうも、すみません…」
  未知子「お父さま。お正月ですから…」
  恭之介「あっ! そうでした。すまんかった、恭一」
  恭一  「いえ…」
   入れ歯を外したまま、ふたたび、フガフガと食べ続ける
   恭之介。
   あとに続く三人。   
  正也M「正月ということもあり、歯医者は休業中であった
       から、じいちゃんは仕方なく、不調の入れ歯を
       口から外し、フガフガモグモグと、数日はやって
       いた。だから、いつもの精悍さは、どこか影を潜
       めているように僕には思えた」

○ 子供部屋 夕方
   机横の畳で胡坐の正也。十数枚のお年玉袋。したり
   顔で、お年玉袋から出したお年玉の額を数える正也。
  正也M「悪いことがあれば、いいこともあるものだ。二日
       目、三日目と過ぎると、お年玉のトータル額は
       昨年の倍増という営業実績を示すに至り、僕
       としては、ラッキーな結果となった(◎に続け
       て読む)」

○ (フラッシュ) 居間 昼
   馳走が置かれた長机上。長机を囲み歓談する叔母、
   従兄弟と家族四人。
  正也M「(◎)加えて、叔母さんが帰ってきて、(◇に続
       けて読む)」

                 (続)

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2012年7月14日 (土)

シナリオ 冬の風景 特別編(上)いつもの癖(2)

 ≪脚色≫

      冬の風景
 
      特別編(上)いつもの癖(2) 
 
   登場人物
   湧水(わきみず)恭之介・・祖父(ご隠居)[70]
   湧水恭一  ・・父 (会社員)[38]
   湧水未知子・・母 (主  婦)[32]
   湧水正也  ・・長男(小学生)[8]



○ 台所 朝
   朝食後。一人、恭一だけがテーブルの椅子に座り、新聞を読
   んでいる。
  正也M「(◎)しかし、このお灸の効果も一過性のもので、長続
       きしないのが玉にキズだった。今朝も、そのようで、食
       後、続きを読み始めた父さんは、母さんに時間を云わ
       れるまで、新聞紙面に釘づけ状態だった」
   炊事場で洗い物を済ませ、ふと、恭一を見る未知子。
  未知子「あなたっ! 遅れるわよ」
   腕時計を見て、慌てふためいて軽くお茶を飲み、立つと上着
   を持つ恭一。バタバタと玄関へ急ぐ恭一。
  正也M「こんな親を父親に持った僕は、身の不運を嘆くしかな
       いのだろうか」

○ (フラッシュ) 街の歳末風景 夜
   閑静な田舎街の夜景。うらぶれた街頭のイルミネーション。
   オレンジの一色灯で点滅しない。とぼとぼと歩く正也と恭
   一。立ち止まり、イルミネーションを見上げる二人。溜息を
   つき、ふたたび歩きだす二人。逆V型に垂れ下がり、クリス
   マスツリーを想像させるだけの華やいだ雰囲気がないイル
   ミネーション。
  正也M「クリスマスのイルミネーションが都会ほどではない
       にしろ、僕の街にも輝き始めた。しかしそれは、都
       会のそれと比較できるほど、きらびやかなものでは
       ない。それは一色のみで、しかも点滅などはせず、
       加えて、垂れ下がっているというだけの…ただ、そ
       れだけのものなのである(△に続けて読む)」

○ 子供部屋 昼
   机椅子に座り、勉強するでなく、ぽつねんと物想いに耽
   る正也。
   声のみで正也を呼ぶ未知子。
  [未知子]「正也~! 正也~!」
  正也M「(△)そんな悠長なことを詳しく報告している場合
       ではない。というのも、先ほどから母さんが呼ぶ
       声が五月蝿いのだその声は、次第にトーンを上
       げつつある。実は、年末の大掃除を手伝えと彼
       女は命じているのだ。母さんの機嫌が損なわれ
       ない内に、僕は手伝いをしようと思う。だから、
       今日のところは、少し短くなったけれど、これま
       でにしたい」
   机に両手を突き、顔を伏せる正也。未知子の呼ぶ声。

○ エンド・ロール
   大掃除をする恭之介と未知子。手伝う正也。
   テーマ音楽
   キャスト、スタッフなど
   F.O

※ 小説は、 「短編小説 冬の風景☆特別編(上)」をお読み下さい。

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2012年7月13日 (金)

シナリオ 冬の風景 特別編(上)いつもの癖(1)

 ≪脚色≫

      冬の風景

       特別編(上)いつもの癖(1)       
 
   登場人物
   湧水(わきみず)恭之介・・祖父(ご隠居)[70]
   湧水恭一  ・・父 (会社員)[38]
   湧水未知子・・母 (主  婦)[32]
   湧水正也  ・・長男(小学生)[8]
   その他    ・・猫のタマ、犬のポチ

○ (フラッシュ) 子供部屋 早朝
   布団で眠る正也。目覚ましの音。うつつで目覚ましを止める
   正也。ふたたび眠る正也。恭之介の寒稽古の声。飛び起き
   る正也。また布団にもぐりこむ正也。

○ (フラッシュ) 台所 早朝
   片隅に置かれた猫用ボックスの中で熟睡するタマ。恭之介
   の寒稽古の声に飛び起きるタマ。

○ (フラッシュ) 玄関 内 早朝
   犬小屋の中で熟睡するポチ。恭之介の寒稽古の声に飛び
   起きるポチ。

○ 子供部屋 早朝
   恭之介の掛け声で眠れず、仕方なく起きだし、窓から庭の
   稽古の様子を眺める正也。上半身裸で寒稽古に汗を流す
   恭之介の姿。エイ~! ヤ~! と、凄まじいばかりの鬼
   気迫る声が聞こえる。
  正也M「寒くなってきたので、寝起きはどうも時間どおりい
       かず億劫である。起きるのは目覚ましでなく、い
       つも決まった時間に始まる、じいちゃんの寒稽古
       の掛け声によってである」

○ メインタイトル
   「冬の風景」

○ サブタイトル
   「特別編(上) いつもの癖」

○ 庭 朝
   ガラス戸を開け、縁側の足継ぎ石から庭へ下りる正也。
   冬寒の晴れた朝。
  恭之介「おっ! 起きてきたな(ニコッと笑い)」
   上半身に汗が滴り、それを手拭いで拭く恭之介。おは
   よう!」
  恭之介「ああ、おはよう。明日からは早く起きろよ。稽古
       だからな(優しく)」
  正也  「うん!(可愛く頷いて)」 
  恭之介「…七時か…。未知子さん、もう飯の準備、出来
       たかな…(縁側の廊下に置いた腕時計を、おも
       むろに覗き見て、楽しそうに)」

○ 台所 朝
   朝食前。小忙しく炊事場で朝食を準備する未知子。食
   卓テーブルの椅子に座り、ネクタイ姿で呑気に新聞を
   読む恭一。洗面所から台所へ入る正也。別方向から
   台所へ入る、赤ら顔でいい風情をした着物姿の恭之
   介。食卓に着く二人。食器や食べ物を運ぶ未知子。テ
   ーブルに並べる正也。
  未知子「あなた! 御飯ですから!!」
   全く意に介しない恭一。未知子の声に驚き、ニャ~と
   鳴くタマ。
  恭之介「オイッ!!」
   声に一瞬、手をビクッ! と震わせ、恭之介の顔を垣
   間見る恭一。新聞を置いて読むのをやめる恭一。
  恭之介「いつもの癖だな…。お前のは止(や)まらんな
       あ、正也の寝起きより、たちが悪い(不平っぽ
       く)」
  正也M「じいちゃんによる父さんへのお灸は効果バツ
       グンだ(◎に続けて読む)」

                          (続く)

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2012年7月12日 (木)

シナリオ 冬の風景(第十話)みんなの癖

 ≪脚色≫

      冬の風景

      (第十話) みんなの癖                              

    登場人物
   湧水(わきみず)恭之介・・祖父(ご隠居)[70]
   湧水恭一  ・・父 (会社員)[38]
   湧水未知子・・母 (主  婦)[32]
   湧水正也  ・・長男(小学生)[8]
   その他    ・・猫のタマ、犬のポチ

○ 居間 昼
   片隅に置かれた注連飾り、ウラジロ、半紙などの神棚等から
   下げられた正月もの。それを新聞紙で包み、括る正也。居間
   へ入って正也に気づく恭一。チラッと見て、長椅子に座る恭
   一。
  恭一  「今度こそ、終りか…」
  正也M「じいちゃんが外した注連飾りが部屋の片隅に置かれ
       ている。僕はそれを神社へ持っていこうと新聞紙に包
       み、紐で括りつけていたところだった。そこへ、父さん
       が通り掛かったという塩梅だ。じいちゃんは幸いにも
       離れへ行って不在だったから、思わず口から漏れた
       ひと言のように思えた」

○ メインタイトル
   「冬の風景」

○ サブタイトル
   「(第十話) みんなの癖」

○   同  昼
   居間へ入る正也。長椅子に座っている恭一。
  正也  「それじゃ、これから持ってってくる…」
  恭一  「ああ…(新聞を読みながら)」
   正月ものを持って部屋を出る正也。
  正也M「僕は父さんとは違い、主体性と責任感を今後も維
       持したいから、すぐ家を出た」

○ 渡り廊下 昼
   廊下へ出た正也。離れからやってきた恭之介。二人が鉢
   合わせ。
  恭之介「おっ、正也。持っていくのか?」
  正也  「うん!」

○ 玄関 内 昼
   玄関の框(かまち)を下り、靴を履く恭之介と正也。ポチ
   が、犬小屋の中から顔だけ出し、クゥ~ン・・と鳴く。

○ 玄関 外 昼
   玄関を出て歩きだす二人。
  恭之介「よしっ、一緒に行くか。…いやな、儂(わし)も左義
       長の飾り付けを神主さんに頼まれたんだ…」
  正也  「ふ~ん、そうなんだ…。父さんは左義長で見た
       ことがないね」
  恭之介「ああ…恭一なあ。あいつは行事には無頓着だ。
       そのくせ、宴会などはその逆だがな…。お蔭で、
       儂が正也に、いつも云ってる安定したヒラだ、は
       はは…(大笑いしながら)」
   細道を歩き、鎮守の森へと近づく二人。鳥居が見える。
  正也M「確かに、じいちゃんが云うように、父さんの安定
       感は抜群で、他者の追随を許さない」
   鳥居前に来る二人。正面に見える神社の拝殿。

○ 空の太陽の動き(高速撮影)
   昼下がりの位置から西山への日没まで。

○ 玄関 内 朝
   戸を開けて入る正也。ポチが、犬小屋の中から顔だ
   け出し、クゥ~ンと鳴く。
  正也  「ただいまっ!」
   靴を脱ぎ、小まめに整え、框(かまち)を上がる正也。

6.居間 朝
   恭之介と未知子が談笑している。恭一は黙って新聞
   を読んでいる。居間へ入る正也。
  正也M「左義長も終って家へ帰ると、じいちゃんが頭を
       撫で回しながら母さんと談笑していた。毛の
       ない頭を撫で回すのは、じいちゃんの癖だ」
  恭之介「未知子さんは相変わらず綺麗で、結構結構。
       恭一は幸せ者です…」
  未知子「あらっ、お父さま、嫌ですわ・・(笑って)」
   二人の会話を聞かなかった態で、台所へ反転して
   歩く正也。
  正也M「母さんの癖は? と考えれば、そう目立った
       癖はない。強いて挙げれば、父さんや、じい
       ちゃんと話す時、『…ですわ』みたいに、少
       しお上品に語るところだろうか」

○ 台所 朝
   冷蔵庫からジュースを出し、コップへと注ぐ正也。
   グビッと、ひと口、飲む。タマも、ペロペロと水を飲
   む。
  正也M「『さて、どんじりにぃ控(ひけ)えしはぁ~~』
       と、じいちゃんに聞いた白浪五人男の口上
       のように僕の癖を云うなら、こうして家族の
       ことを観察眼をもって記録し、更にはそれ
       を、皆様方に延々と語るという、何とも嘆か
       わしいところだろう。だが、語る大方は事実
       であり、温かな我が家の一コマなので、お
       許し戴きたいと思う」

○ エンド・ロール
   湧水家の朝食風景。
   テーマ音楽
   キャスト、スタッフなど
   F.O

※ 小説は、「短編小説 冬の風景☆第十話」をお読み下さい。

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2012年7月11日 (水)

シナリオ 冬の風景(第九話)鏡開き

 ≪脚色≫

      冬の風景

      (第九話)鏡開き          

    登場人物
   湧水(わきみず)恭之介・・祖父(ご隠居)[70]
   湧水恭一  ・・父 (会社員)[38]
   湧水未知子・・母 (主  婦)[32]
   湧水正也  ・・長男(小学生)[8]

○ (フラッシュ) とある田舎の畦道 昼
   青空に揚がる凧。凧を揚げる恭之介。横で見る正也。
  正也M「凧も無事に大蛸によって揚げられ、今年も本懐を遂げ
       て事無きを得た(◎に続けて読む)」

○ 居間 昼
   床の間に飾られた鏡餅。
  正也M「(◎)さて、そうなると、次はいよいよ正月のクライマッ
       クス、鏡開きとなる」

○ メインタイトル
   「冬の風景」

○ サブタイトル
   「(第九話) 鏡開き」

○   同  夕方
   神棚、床の間、玄関、仏間などに飾られた三方(さんぼう)
   や、お供えを下げる恭之介が小忙しく動く。座ったまま、
   黙って見守る正也。着物に襷掛け、袴姿の恭之介。
  恭之介「正也、三方の餅と栗と干し柿を分けてな…」
   云われるまま、集まった三方から、栗、干し柿、餅を分別
   する正也。
  正也M「じいちゃんの指示で、僕は神棚や仏壇から下げら
       れた供物を分別する労働に従事することとなった。
       何年もやっているレギュラーだから、手慣れたもの
       だ。瞬く間の手際よさで分別を終えた」
  恭之介「そうそう…。こうしておくと、また、お八つで食えるし
       なぁ。…餅は、じいちゃんが切る」
  正也  「うん!(可愛く)」
   台所へ包丁と、まな板を取りに行く恭之介。ぽつねんと畳
   に座る正也。
  正也M「師匠は、ただ切るのではなく、刀で斬るように斬る
       のだろう。そこへ父さんが、現れなくてもいいのに
       現れ、つまらないことを口にした」
  恭一  「いやぁ~、終りましたね、正月も…」
  恭之介「ふん! まだ終っとりゃせん。今が最高の見せ場
       だっ!」
   そそくさと居間を去る恭一。
  正也M「危ない危ない…と、父さんは、じいちゃんの雷が落
       ちる前に上手く身を翻し、退避した」
  恭之介「あいつは、いつもアアだ…。正也はアアはなるな
       よ、ムゥ~ッ!!(餅を切りながら)」
   気合い諸共、鏡餅を一刀両断し、返す刃で四つ、八つと
   包丁で刀のように斬り割る恭之介。
  恭之介「儂(わし)が出来んようになったら、正也、お前が、
       やれ。恭一はせんだろう…」
  正也  「うん…(可愛く)」
  正也M「餅は、いつも町内の又吉さんの家で搗(つ)いて
       貰う。又吉さんも大工で世話になっている手前、
       いつも快(こころよ)く引き受けてくれるので、僕
       の家は大層、助かっている」
   台所から居間へ様子を見に入り、二人を見下ろす未
   知子。
  未知子「切れたようですわね、お父様…。美味しいお善
       哉を作りますわ」
  恭之介「ははは…(笑いながら)、アレは美味いですか
       らなあ。楽しみにしとります」
  正也M「父さんのアアと、善哉のアレとでは偉い違いだ
       な…と、僕は思った」
  未知子「頭領には、いつもお世話になって、本当に助か
       ってます…」
  恭之介「又さん、ですか。確かに…」
   畳上の新聞紙の上に置かれた切餅を見る三人。
  正也M「鏡開きは、こうして終結した。切られた、いや、
       光り輝く頭のじいちゃん侍によって斬られた餅
       は、焼いたり善哉にされて、その生涯を終える
       のである。今年も、じいちゃんの斬れ味は鋭か
       った」

○ エンド・ロール
   見事に切り分けられた餅の山。
   テーマ音楽
   キャスト、スタッフなど
   F.O

※ 小説は、「短編小説 冬の風景☆第九話」をお読み下さい。

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2012年7月10日 (火)

シナリオ 冬の風景(第八話)雪の朝

 ≪脚色≫

      冬の風景

      (第八話)雪の朝           

    登場人物
   湧水(わきみず)恭之介・・祖父(ご隠居)[70]
   湧水恭一  ・・父 (会社員)[38]
   湧水未知子・・母 (主  婦)[32]
   湧水正也  ・・長男(小学生)[8]

○ 勉強部屋 早朝
   パジャマ姿で寒そうに窓から外を見る正也。辺り一面、銀世
   界と化した雪景色。深々(しんしん)と降る雪。
  正也M「起きると、辺り一面は雪に覆われていた。それも何年
       かに一度という積雪に思えた」
   震えながら剣道着に着替える正也。庭の雪景色。深々と降
   る雪。包む静寂。雪灯りに映える窓。

○ メインタイトル
   「冬の風景」

○ サブタイトル
   「(第八話) 雪の朝」

○ 庭 早朝
   寒稽古をする恭之介と正也。二人の素振りと掛け声。小降
   りになった雪。

○ 洗面所 早朝
   風呂場のシャワー室を出て、渡り廊下を歩く正也。
  正也M「じいちゃんの慈悲で二十分、短くして貰い、寒稽古
       を済ませた後、シャワー室で汗を流した」
   居間へと向かう正也。部屋から洗面所へ出てきた恭一。途
   中の洗面所前で出くわす二人。
  恭一  「参ったなぁ…。いやぁ、参った参った(歯磨きチュー
       ブを絞り出し、歯ブラシにつけながら)」
  正也  「おはよう!(笑顔で可愛く)」
  恭一  「◎※▲×…!(歯ブラシを口に突っ込んで歯を磨
       きながら)」
   止まらず、恭一と擦れ違い、居間へと向かう正也。
  正也M「何を参っておいでなのか知らなかったので、僕は
       愛想をふり撒いて、居間へ行った 」
   裏戸から中へ入る、上半身裸の恭之介。赤ら顔で竹刀を
   片手に持つ恭之介。その恭之介の肩から昇る幾筋もの
   湯気。出くわす恭之介と正也。止まる正也。
  恭之介「ははは…、洗い場で拭こうとしたんだが、この雪
       で生憎(あいにく)、足場が悪くてなあ…」
  正也  「けっこう、積もってたね(可愛く)」
  恭之介「そうだな…。ここ最近、見ない豪雪だ。三十、いや
       四十ほどはあったな」
  正也  「足が冷たかったけど、直ぐ温まった…((可愛く)」
  恭之介「ははは…。正也には悪いが、これも長い目で見れ
       ば、お前の為だからな。頑張れ!(正也の頭を撫
       でながら)」
  正也M「大蛸に頭を撫でられたが、まさか僕も伝染して蛸
       頭になるとは思えず、されるまま従っておいた。
       まあ、いずれにしろ、師匠に逆らうなどということ
       は出来ないのだが…」

○ 台所 朝
   食卓テーブルで、バタつきながら味噌汁を飲む恭一。呆
   れながら恭一を見る未知子。
  未知子「あなた、そんなに急いで…、身体に毒よ!」
   箸を止め、未知子を見る恭一。
  恭一  「そうは云うがな。会社の初打ち合わせがあるん
       だ。この雪なら、恐らく交通マヒだろう。間に合
       うか、冷や汗もんだしな…」
   ふたたび、聞く耳を持たない態で、食べ急ぐ恭一。
  恭之介「恭一!! もっと、よく噛んで食べなさい!」
   いつの間に現れたのか、道子の後方に立って恭一を
   見る恭之介。
  恭一  「(驚いて見上げ)…はいっ!」
   食べる速度を落とす恭一。
  正也M「母さんの後方には、仏様の光背のように光り
       輝く禿げ頭のじいちゃんが立っていた。迂闊
       にも父さんは、じいちゃんを見落としていたの
       だ。じいちゃんの声を耳に受け、急に父さんの
       食べるペースが落ちた。まあ、父さんも、この
       程度のものだ」

○ エンド・ロール
   恭之介の立ち姿と光背のように輝く禿げ頭(特撮)。
   テーマ音楽
   キャスト、スタッフなど
   F.O

※ 小説は、「短編小説 冬の風景☆第八話」をお読み下さい。

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2012年7月 9日 (月)

シナリオ 冬の風景(第七話)タコづくし

 ≪脚色≫

      冬の風景

      (第七話)タコづくし 

    登場人物
   湧水(わきみず)恭之介・・祖父(ご隠居)[70]
   湧水恭一  ・・父 (会社員)[38]
   湧水未知子・・母 (主  婦)[32]
   湧水正也  ・・長男(小学生)[8]

○ とある田畑の広がる畦道 昼
   晴天の風がある日。恭之介が試しで凧を揚げている。恭之介
   の隣で見上げる正也。
  正也M「蛸が凧を揚げている…と云えば、これだけでもう、笑っ
       て戴けると思う。更に僕は、その蛸の横で上空に高く
       揚がった凧を見ているという寸法だ。さて、その凧は
       師走も半ばとなると、じいちゃんの竹取りから始まり、
       ひご作り、紙貼りを経て、今日のような試し揚げとな
       る」
  恭之介「正也、今年は、調子いいぞぉ~(機嫌よく)」
  正也  「うん!(可愛く)」

○ メインタイトル
   「冬の風景」

○ サブタイトル
   「(第七話) タコづくし」

○ 離れ 昼 
   凧を仕上げる恭之介。絵の具で紙に色彩を施す恭之介。傍
   で、その様子を見る正也。
  正也M「試し揚げが成功裏に終われば、絵の具により色彩が
       施され、晴れの正月を迎えて揚げられるのだ。これ
       も、僕の家では冬の風物詩の一つになっていて、大
       いに楽しみにしているのである」
  恭之介「まあ、少し違うが、これでよかろう…」
   怪訝な表情で恭之介の顔を窺う正也。
  正也M「何が少し違うのか迄は分らないが、兎も角、今年の
       凧は、じいちゃんに及第点を貰えたようだった。凧が
       蛸に…と思えば笑えるから、ここは我慢して続けた
       い」

○ 湧水家の玄関 外 朝
   玄関の鴨居の上に飾られた注連飾り。獅子舞の講社の一
   行が獅子舞を演じている。それを見る家族四人の笑顔。踊
   る獅子舞。奏でられる笛と太鼓の音。
  正也M「正月が明けた」

○ 座敷 朝
   紋付き袴姿の恭之介。着物姿の恭一と未知子。七五三
   の時の着物を着た正也。長机の上に置かれた、屠蘇や、
   おせち料理、お雑煮の入った椀など。
  恭一  「おめでとうございます(緊張気味に)」
  恭之介「いや、おめでとう…(厳かに)」
  未知子「おめでとうございます(明るく)」
  正也  「おめでとうございま~す(小さな声で、可愛く)」
  恭之介「さあ、戴くとするか…」
   恭之介の言葉を合図に、一斉に箸に手をつける三人。
  正也M「僕は雑煮の後、好物の酢醤油蛸を軽く一膳の御飯
       で食至福の極みなのである。僕は酢醤油蛸も含め、
       これを、━ 正月の三ダコ ━ と呼んで崇(あが)め
       ている。勿論、残りの二ダコとは、じいちゃんの蛸頭
       と空に揚げる凧であることは云う迄もない」
   雑煮を食べる手を止める恭一。
  恭一  「父さん、今年はいつ揚げるんです?」
  恭之介「ん? フガガ△◇※、フガ◎×●…(餅を咀嚼しな
       がら)」
   怪訝な表情だが、深追いはしない恭一。
  正也M「口の動かし方からして、恐らくは、『決まっとるだ
       ろうが、風のある日だ!』と、云ったように思えた。
       事実、元旦は終日、風が無く、凧にお呼びは掛か
       らなかった。部屋片隅でその凧は寂しそうにして
       いた。まあ、酢蛸は僕に食べられて満足だったろ
       う」
   茹で蛸のように赤みを帯びる恭之介の頭。機嫌よく屠蘇
   を飲む恭之介。機嫌よくジュースを飲む正也。御光のよ
   うに輝く恭之介の頭。
   緊張気味に屠蘇を飲む恭一。上品に屠蘇を飲む未知子。
  正也M「じいちゃんの蛸頭は相変わらずの照かりで、衰
       える気配は禿げ頭だけに毛頭ない、と云っておこ
       う。凧も数日中には揚がるだろう。三者三様に、
       年の始まりをタコづくしで寿(ことお)いでいる」

○ エンド・ロール
   座敷・床の間に飾られた鏡餅。正月の食事風景。
   テーマ音楽
   キャスト、スタッフなど
   F.O

※ 小説は、「短編小説 冬の風景☆第七話」をお読み下さい。

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2012年7月 8日 (日)

シナリオ 冬の風景(第六話)電気ごたつ

 ≪脚色≫

      冬の風景

      (第六話)電気ごたつ         

    登場人物
   湧水(わきみず)恭之介・・祖父(ご隠居)[70]
   湧水恭一  ・・父 (会社員)[38]
   湧水未知子・・母 (主  婦)[32]
   湧水正也  ・・長男(小学生)[8]

○ 湧水家の外景 朝
   灰色の空。小雪が混じる寒い朝。

○ メインタイトル
   「冬の風景」

○ サブタイトル
   「(第六話) 電気ごたつ」

○ 茶の間 朝
   朝食後。長椅子に座り、思案顔の恭一。傍に座る正也。俄か
   に立ち上がり、バタバタと何やら探し始める恭一。渡り廊下
   のガラス戸越しに見える小雪が舞う庭。恭之介がする寒稽
   古の声。
  恭一   「ふぅ~、クーラーだけでは寒いな。おーいっ! 電気
        ごたつは物置だったなー?! (台所の方を見て、
        やや大きめの声で)」
   台所の炊事場から声だけ返す未知子。
  [未知子]「はーい!確かその筈です!(やや大きめの声で)
」 
  恭一  「分かったぁ!」
   物置へ向かう恭一。付き従う正也。
  正也M「そろそろ寒くなってきたということで、父さんは物置
       から電気ごたつを出して茶の間へ据え付けようとし
       た。ところが、ここで大事件が勃発した。…と、云え
       ば、お宅の家で何か起こるのは父親がいる時だけ
       だな、と思われる方々も多いと思うので、父さんの
       名誉のために云っておきたい。大事件とは、僕が多
       少、オーバーに云ってることで、そう大した事柄で
       はない」

○ 物置 外 朝
   入口の戸を開け、中へ入る恭一。付き従って入る正也。
   恭之介が庭でする寒稽古の大きな声。

○ 物置 内 朝
   雑多な収納品が格納された内部。恭之介が庭でする寒
   稽古の小さな声。こたつを探す恭一。見守る正也。
  恭一  「よしっ! あった、あった。正也、そこのコードだけ
       持ってってくれ」
   云われるまま黙ってコードを手にし、物置を出る正也。

○ 茶の間 朝
   電気ごたつの配置を一通り終える恭一。コンセントへ繋
   いでスイッチを入れる恭一。点灯しない赤外線ランプ。
  恭一  「…こりゃ、ヒューズが切れたかぁ?」
   恐る恐る裏返し、凝視する恭一。ヒューズが切れた電気
   ごたつの裏。溜め息をつき物入れから修理工具と予備
   の温度ヒューズを取り出す恭一。悪戦苦闘し、やっと取
   り替える恭一。ただ見ている正也。
  恭一  「よーしっ! これでOKだっ!」
   ニコッと笑ってスイッチを入れる恭一。瞬間、また曇る恭
   一の顔。点灯しない赤外線ランプ。
  恭一  「…妙だなぁ~。これ以上は無理だしなぁ…」
   首を捻りつつ、ブツブツと云う恭一。暫く、こたつと睨み
   合う恭一。茶の間を出る恭一。そのまま長椅子に座る
   正也。置かれた新聞を読み始める正也。

○ 台所 朝
  恭一  「ちょっと、電気屋へ行ってくる…」
  未知子「こんなに早く、開いてる」
  恭一  「あそこは朝早いし、開けてくれるんだ」
  未知子「そう…。でも、もう、ご飯ですよ!」
  恭一  「…」
   無言で玄関へ向かう恭一。恭之介の寒稽古の声が止
   まる。
   台所に掛けられた ━ 極 上 老 麺 ━ の額(がく)。
   O.L

○ 台所 朝
   O.L
   台所に掛けられた ━ 極 上 老 麺 ━の額(がく)。電
   気パーツを手にして、喜び勇んで戻ってきた恭一。さ
   っぱりした着物姿で食卓テーブルの椅子へ座る恭之
   介。台所に入り、恭之介の横へ座る正也。鴨居の上
   に掛けられた ━ 極 上 老 麺 ━ の額。
  恭之介「おい、どうした? 恭一」
  恭一  「いや、どうも故障のようでして、替えを…(手に
       持った電気ごたつのパーツを指さし)」
  恭之介「フン! 儂(わし)みたいに寒稽古をしてりゃ、そ
       んなもんは、全くいらんのだ! 情 けない…。
       なあ、正也」
  正也  「…」
   これ以上、小言を貰ってはたまらん…と、逃げるよ
   うに茶の間へ向かう恭一。付き従う正也。

○ 茶の間 朝
   電気ごたつのパーツを付け替える恭一。見守る正
   也。いつの間にか未知子も炊事場から現れ、見守
   る。
  正也M「日曜だというのに寒い中、仕方なく準備して、
       その結果、修理に至り、更には買い替えの
       為に外出する破目となり、父さんはサッパリ
       なのだ。そこへ輪をかけて、光沢を放つ蛸
       頭の小言(こごと)である。我が家としては
       小事件だったが、父さんにとっては散々な
       一日となってしまった。だが、世界各地で
       は悲惨な戦闘による犠牲者が、未だ絶え
       ない昨今だから、今日の炬燵の一件は、
       大事件とは云わず、茶飯事として喜ばね
       ば罰(ばち)が当たるだろう」

○ エンド・ロール
   付け替えが終った電気ごたつ。電気コードを繋ぐ
   恭一。
   恭一に云われ、スイッチを入れる正也。赤く点灯
   する電気ごたつ。喜び顔の恭一。馬鹿馬鹿しい
   と云わんばかりの面立ちで台所へ去る未知子。   
   テーマ音楽
   キャスト、スタッフなど
   F.O

※ 小説は、「短編小説 冬の風景☆第六話」をお読み下さい。

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2012年7月 7日 (土)

シナリオ 冬の風景(第五話)食べもの

 ≪脚色≫

      冬の風景
 
     
(第五話)食べもの             

    登場人物
   湧水(わきみず)恭之介・・祖父(ご隠居)[70]
   湧水恭一  ・・父 (会社員)[38]
   湧水未知子・・母 (主  婦)[32]
   湧水正也  ・・長男(小学生)[8]
   その他    ・・猫のタマ

○ 台所 夜
   夕食前。食卓テーブルのいつもの定位置に座る三人(恭之介
   の横に正也、恭之介の対面に恭一)。賑やかな音がテレビか
   ら流れる。炊事場とテーブルを往復して料理などを運ぶ道子。
   置かれた皿、鉢、茶碗を並べて手伝う正也。片隅で正月用の
   餌を食べるタマ。
  正也M「僕は年に似合わず里芋の煮っころがしが好きだ。それ
       に加え、じいちゃんには悪いが、茹(ゆだ)った蛸のスラ
       イスを酢醤油で戴く…、というこの二つに尽きる。勿論、
       食べものには好き嫌いがない僕だから何だって食べ
       るが、まあ、この二点である。あっ!  それに銀ムツの
       味噌漬け焼きも捨て難い。って云うか、僕にとっては
       法外で髄一のご馳走だ」
   ワイワイと賑やかな音がテレビから流れる。新聞を読む恭一。
   テレビを観る恭之介。手伝う正也。タマが、『お先に…』とばか
   り、ニャ~と鳴き、食べ終えて、どこかへ姿を消す。

○ メインタイトル
   「冬の風景」

○ サブタイトル
   「(第五話) 食べもの」

○   同  夜
   食器などを並べ終えた正也も恭之介の横の席に着き、テレ
   ビを観る。
  正也M「今年の正月も恒例のお節(せち)料理が食卓を賑わ
       せた。毎年、母さんが重労働に汗して家族のために
       調理してくれるのだから、感謝して賞味せねばなら
       ないだろう。とか云いつつ、食べる段になると味わう
       ことのみに気が走り、その感謝の念を忘れがちな僕
       なのだが…」
   新聞を読み終え、テーブル上を見る恭一。
  恭一  「そろそろ、お節も飽きてきたなあ…(未知子を見て)」
  恭之介「馬鹿者っ!! 世界には食いもんがない人々も多く
       いるんだっ! そういう罰(ばち)当たりを云うんじゃ
       ないっ!」
   シュンとして、固まる恭一。二人の様子を窺う正也。
  正也M「じいちゃんの食卓での落雷は珍しい」
  恭一  「…すみません、そうでした」
   頭を下げ、殊勝な態度で謝る恭一。
  恭之介「ん? …いや、儂(わし)も少し興奮したかな。ハハ
       ハ…(誤魔化すように笑って)」
   食卓テーブルの恭一の横(正也の対面)へ座る未知子。
   フゥ~っと、ひとつ溜息を吐く道子。いつの間に戻ったの
   か、タマが床に腰を下ろして尻尾を振り、ニャ~と鳴く。
  未知子「さあ、夕飯にしましょ…」
   おあずけのOKが出たかのように、形だけ手を合わせる
   と、食べ始める三人。遅れて食べ始める未知子。
  恭之介「武士は食わねど高楊枝…とは云うが、昔の武士
       は食らう事より武道を尊んだそうだ… (思い出
       したように箸を止め)」
  恭一  「食べものが無かった時代に、その精神ですから
       ね。昔の人は大したもんだ…」
  恭之介「そうそう。今は食いものがあり過ぎて捨てたりす
       る御時世だからなあ…」
  恭一  「はい…。幸せな日本だけに余計、残念です」
  恭之介「その通りだ。今日の恭一は偉く物分かりがいい
       なあ。まるで別人だぞ」
  恭一  「いやあ、そうでもないんですが…」
   謙遜しつつ、褒められたのが、まんざらでもない様子の
   恭一。
   二人を見遣る正也。
  正也  「酢蛸は、もうなかった?」
  未知子「昨日、全部、食べたでしょ」
  正也M「僕は、ついうっかりして、昨日、最後の残りの四
       切れを食べ尽くしたことを忘れていた。出来のい
       い僕にしては失態である」
  恭之介「里芋の残りが、あったぞ」
   賑やかに笑いつつ下段のお重を指さす恭之介。顔が
   緩む正也。しみじみと恭之介を見る正也。
  正也M「じいちゃんは僕の好物だということを知っていて
       残してくれていたのだ。」蛍光灯に照らされた笑
       顔は、正に茹った蛸で、その姿からは、とても剣
       道の師範だとは想起出来ない。馬鹿げたことを
       話しているうちに、今年の冬休みも、とうとう残り
       少なくなってきた」

○ エンド・ロール

   テーマ音楽
   キャスト、スタッフなど
   F.O

※ 小説は、「短編小説 冬の風景☆第五話」をお読み下さい。

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2012年7月 6日 (金)

シナリオ 冬の風景(第四話)生体リズム

 ≪脚色≫

      冬の風景

      (第四話)生体リズム 

    登場人物
   湧水(わきみず)恭之介・・祖父(ご隠居)[70]
   湧水恭一  ・・父 (会社員)[38]
   湧水未知子・・母 (主  婦)[32]
   湧水正也  ・・長男(小学生)[8]
   その他    ・・猫のタマ、犬のポチ

○ 湧水家の庭 朝
   居間から庭の足継ぎ石へと下りる、ジャージ姿の恭一。ガラ
   ス戸の隙間から外へ飛び出すポチ。恭之介と正也の前で、ワ
   ン! と元気に、ひと声吠え、尻尾を振るポチ。寒そうに震え
   る恭一。寒稽古を終えた上半身裸の恭之介と正也。汗を流し、
   湯気が立つ二人の身体。

○ メインタイトル
   「冬の風景」

○ サブタイトル
   「(第四話) 生体リズム」

○ 湧水家の庭 朝
   無造作に動き回る恭一。
  恭一  「ふぅーっ! 寒い寒いっ!」
  正也M「たまの長休みで父さんが五月蠅く吠える。冬は誰だ
       って寒いんだから、せめて一家の長はデン! と構
       えていて欲しいぐらいのものだ」
  恭之介「お、お前は…(恭一を見遣り、呆れて、それ以上、も
       のを云えず、口を閉ざし)」
   恭一を無視し、洗い場の湧き水で身体を拭く恭之介。居間
   へ引っ込む恭一。続いて、足継ぎ石から居間へと上がり、
   家の中へ入る正也。
  正也M「生体リズムの個人差を一人一人、分析すると、父さ
       んは崩れやすく、じいちゃんは年からすればかなり
       頑丈だ。母さんと僕はほぼ安定、云わば普通であ
       る。父さんは剣道でもして、安定させる努力をした
       方がいいかも知れない」

○ 台所 朝
   食卓テーブルを囲む家族四人。勢いよく食べる恭之介と
   正也。細々と食べる恭一。普通に食べる未知子。恭之介
   と正也が並び、対面には恭一と未知子が並んで椅子に
   座る(恭之介の対面に恭一、正也の対面に道子)。御飯
   を食べる恭之介達。ただ一人、トーストを齧る恭一。片隅
   で餌を食べるタマ。食べ終え、ニャ~と、ひと声、鳴くタマ。
  正也M「運動の後だから当然、ご飯も美味しく二膳は優に
       食す。じいちゃんは最低、三膳だ。父さんはと云う
       と、からっきしで、半膳かトースト一枚が関の山だ。
       今朝も食欲が今一だとかで、パンを齧っている情
       けない駄目親父なのである(◎に続けて読む)」

○ (フラッシュ) 庭 朝
   寒稽古をする上半身裸の恭一。横に正也。二人に対峙
   する態で指導する恭之介。竹刀を振る三人。
  正也M「(◎)その父さんも、いつだったか一度、じいちゃ
       んの寒稽古に加わったことがある。まあ、結果は
       云う迄もなく玉砕で、三日坊主の三日も持たず、
       二日で音をあげた(△に続けて読む)」

○ (フラッシュ) 寝室 朝
   ベッドで氷枕を頭に置き、臥せる恭一。赤ら顔。心配そ
   うに体温計を見る未知子。
  正也M「(△)しかも翌日には高熱を発し、会社を休むと
       いう体たらくで、これには流石の母さんも呆れ
       果てたという過去がある」

○ もとの台所 朝
   食事を済ませた三人。席を立つ未知子。棚から使い
   捨てカイロを取り出し、恭一へ手渡す。
  未知子「あなた、これ…」
  恭一   「ああ…、すまないな(受け取りながら)」
   茶を啜りながら新聞に目を通して寛ぐ恭一。恭之介
   は、離れへと席を立つ。安堵感が漂う恭一。正也も
   席を立つ。
  恭之介「フン! 嘆かわしい奴だ。武士など、とても勤
       まるまい…」 
   呟きながら台所を出る恭之介。その後ろを弟子のよ
   うに従う正也。恭之介の頭を見上げる正也。
  正也M「じいちゃんの頭は光沢を増し、窓ガラスから
       射し込む陽光を一身ではなく一頭に受けて
       輝かせている。エコが叫ばれる昨今、僕は
       じいちゃんの余熱を父さんに回す有効利用
       の方法はないものかと、真剣に考えている。
       じいちゃんの熱気と父さんの冷え症が相殺
       されれば幸いだ」

○ エンド・ロール

   テーマ音楽
   キャスト、スタッフなど
   F.O

※ 小説は、「短編小説 冬の風景☆第四話」をお読み下さい。

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2012年7月 5日 (木)

シナリオ 冬の風景(第三話)教養人

 ≪脚色≫

      冬の風景

      (第三話)教養人              

    登場人物
   湧水(わきみず)恭之介・・祖父(ご隠居)[70]
   湧水恭一  ・・父 (会社員)[38]
   湧水未知子・・母 (主  婦)[32]
   湧水正也  ・・長男(小学生)[8]
   その他   ・・従兄、叔母

○ 湧水家の玄関 外景 昼
   玄関戸の上部に飾られた注連飾り。どこからか聞こえる獅子
   舞が奏でる笛、太鼓の音。

○ 子供部屋 昼
   従兄と楽しそうに話をする正也。みかんを食べる二人。二人
   が愉快
   に話す光景。
  正也M「久しぶりに都会の叔母と従兄弟がやって来た。大人
       同士の会話もいいとは思うが、子供同士の会話とい
       うのも、いいもので教養深く乙なものだ。話は弾んで、
       年末年始の諸収入の話となり、クリスマスで、せしめ
       た贈りもの談義も大いに盛り上がって、サミットは閉
       幕した」 

○ 湧水家の玄関 外景 夕方
   従兄弟、叔母が帰る姿。見送る家族四人。

○ メインタイトル
   「冬の風景」

○ サブタイトル
   「(第三話) 教養人」

○ 台所 夜
   食卓テーブルの椅子に座る恭之介。後片付けを炊事場で
   する未知子。
  恭之介「未知子さん、お疲れでした。毎年のことながら、ご
       苦労をかけます(炊事場を見ながら)」
  未知子「あらっ、お父様。そんなお気遣いは無用に願いま
       す。ここが実家なんですから、お帰りになって当然
       ですわ」
  恭之介「はあ、そらまあそうですが…」

○ 居間 夜
   長椅子に座り、本を読む正也。台所から聞こえる恭之介と
   未知子の声、そして見える遠景。
  正也M「最近、嗜(たしな)み始めた碁の本を居間で読んで
       いると、そんな二人の会話が聞こえてきた。すると
       …(◎へ続けて読む)」
   恭一が居間へ入る。続けて、テーブル椅子を立った恭之
   介も台所から居間へ入る。暗黙の了解が出来ているよ
   うに、窓際へ向かい、将棋を指し始める二人。
  正也M「(◎)二人はいつの間にか将棋を指し始めた」
   ふと、将棋盤から視線を長椅子へ移す恭一。
  恭一  「おい、正也。何、読んでんだ?」
  正也  「ん? 五目並べの本だけど…」
  恭一  「五目並べか…。父さんや俺の跡を継いで、将棋
       をやれ。…なら、三代目も夢じゃない」
  恭之介「まあ、お前、そう云うな。正也には正也の生きる
       道ってもんがある。それに、五目並べと馬鹿にす
       るが、なかなかどうして、奥深いものなんだぞ。
       連珠と云って、プロの有段者もいる」
  恭一  「ほお…、そうなんですか? …王手!」
  恭之介「ウッ! いつもながらズルい奴だ。儂(わし)にし
       ゃべらせておいて油断させるとは…。呆れても
       のも云えん!」
  恭一  「父さんが勝手に話してんじゃないですか」
  恭之介「うるさい! 黙りおろぉ~~!!」
  正也M「ピカッ! っと光る、じいちゃんの時代劇言葉が
       炸裂して父さんを直撃した。父さんは防御のバ
       リアを張って、だんまりを決め込み、己が身を守
       る。暗黙の了解が出来た関係はどこへやら、両
       者の間に暗雲が漂う」
   チューハイのレモン割りのコップとツマミの小皿を載
   せて入る未知子。恭之介と恭一が座る畳横へ、しゃが
   み込み、静かに盆を置く未知子。
  恭之介「あっ、これは…。いつもすみませんな、未知子
       さん(軽く会釈して)」
  道子  「いいえ…」
  恭一  「気が利くな(未知子を見て)」
  恭之介「当たり前だ! (恭一を見て、笑顔で)」 
   笑いながら、無言で居間を出る道子。その様子を見遣
   る正也。
  正也M「二人の機嫌は一変し、すっかり仲良くなった。
       僕は二人の様子を見て、この教養人の方々に
       は、とても勝てない…と確信した」

○ エンド・ロール
   ほろ酔い気分で談笑する恭之介と恭一。二人を見遣
   る正也。
   テーマ音楽
   キャスト、スタッフなど
   F.O

※ 小説は、「短編小説 冬の風景☆第三話」をお読み下さい。

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2012年7月 4日 (水)

シナリオ 冬の風景(第二話)氷結

 ≪脚色≫

      冬の風景

      (第二話)氷結                 

    登場人物
   湧水(わきみず)恭之介・・祖父(ご隠居)[70]
   湧水恭一  ・・父 (会社員)[38]
   湧水未知子・・母 (主  婦)[32]
   湧水正也  ・・長男(小学生)[8]


○ 湧水家の外景 早朝
   屋根の残雪。朝日が家を照らす。
  正也M「冬の風物詩といえぱ、僕達の田舎では軒から垂れ下
       がる氷柱(つらら)だ。叩いて遊んだり、キャンデーよ
       ろしく齧ったりする楽しみがある」

○ 洗い場 早朝
   玄関軒(のき)に垂れ下がった氷柱。恭之介と正也が上半
   身裸で身体を拭く。身体を拭きながら軒を眺める正也。恭
   之介も気づいて軒を眺める。
  恭之介「昨日の晩は冷えたからなあ…」
  正也M「じいちゃんは夜冷えが厳しかったことを強調する。水
       が凍って氷柱になる訳だ。自然の壮大さには、唯々、
       脱帽するのみである。勿論、光り輝くじいちゃんの頭
       は、その比ではないのだが…」

○ メインタイトル
   「冬の風景」

○ サブタイトル
   「(第二話) 氷結」

○ 屋根(軒の樋)
   樋から垂れ下がる氷柱。朝日に融け、ポタポタと落ちる雫。
  正也M「科学を紐解けば、水は流れ動くが氷は動かない。恰
       (あたか)も時間が閉ざされたかのようである」  

○ 台所 朝
   朝食後。食べ終わった後、食卓テーブルの椅子に座り、
   口へ楊枝を運ぶ恭之介。隣に座る正也。対面に座る恭
   一と未知子。
  恭之介「一昨年(おととし)の正月は入れ歯で難儀したか
       ら、今のうちに歯医者で調整しておくか…」
  正也  「じいちゃん、それがいいよ(可愛く)」
  正也M「じいちゃんが、早くも正月の食い気に想いを馳せ
       ている。これも、よ~く考えれば、過去の失敗が氷
       結した記憶として残っているのである」

○ 奥の間 夕方
   背広を脱ぎながら未知子に話す恭一。
  恭一  「今朝は危なかったよ。うっかりして、道で滑るとこ
       だった…」
   背広を受け取り、ハンガーに掛ける未知子。
  未知子「そう…、注意してね。冬は凍るから…」

○ 台所 夜
   食卓テーブルの椅子に座る正也。テレビを観ながら二人
   の会話を聞く正也。
  正也M「母さんは、云うほど心配していないように僕には
       思えた」
   突然、現れる恭之介。椅子には座らず、立ち止まったま
   まの恭之介。
  恭之介「お前の滑り癖は小さい頃から治らん。大学も
       三浪だったしなあ…(奥の間を見遣って)」
   禿げ頭を撫で回しながら、ふたたび歩きだす恭之介。
   恭之介を見遣る椅子に座った正也。
  正也M「こりゃ、まずいな…と、僕は思ったが、じいちゃんは
       追撃を敢行せず、光る頭に手をやると、撫でなが
       ら消えた。母さんがいて、ばつが悪かった、という
       こともある」
   台所の入口に掛かった額(がく)を、一瞬、立ち止まって
   見上げる恭之介。恭之介を見遣る椅子に座った正也。

○ C.I 台所の額 夜
   額に書かれた ━ 極 上 老 麺 ━ の墨字。

○ 台所 夜
   ふたたび歩き出し、立ち去る恭之介。恭之介を見遣る椅
   子に座った正也。
  正也M「通りすがり僕の前で、ふと見上げたのは、じいち
       ゃんが大事にしている額縁である。その額縁は、
       氷結していつも僕達家族を見下ろしているのだ。
       何故、額装せねばならない程の重要物なのか僕
       には分からない。これは、アインシタインでも分
       からない謎だと思う」

○ エンド・ロール
   ━ 極 上 老 麺 ━ と書かれた墨字の額。
   テーマ音楽
   キャスト、スタッフなど
   F.O

※ 小説は、「短編小説 冬の風景☆第二話」をお読み下さい。

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2012年7月 3日 (火)

シナリオ 冬の風景(第一話)本音

 ≪脚色≫

      冬の風景

      (第一話)本音                  

    登場人物
   湧水(わきみず)恭之介・・祖父(ご隠居)[70]
   湧水恭一  ・・父 (会社員)[38]
   湧水未知子・・母 (主  婦)[32]
   湧水正也  ・・長男(小学生)[8]
   その他    ・・猫のタマ、犬のポチ

○ 湧水家の庭 朝
   白絨毯を敷き詰めたように霜が降りた庭。朝日が、下りた霜を
   照らす。 
  正也M「朝起きると、初霜が降りていた(◎に続けて読む)」

○ 湧水家の畑 朝
   白絨毯を敷き詰めたように霜が降りた家前の畑。
  正也M「(◎)庭や家の前の畑は白々と輝き、白砂を敷きつめた
       ようだった。・・と、云うのは少しオーバーな云い回しな
       のだが…」

○ メインタイトル
   「冬の風景」

○ サブタイトル
   「(第一話) 本音」

○玄関 内 朝
   ポチが玄関脇の犬小屋で餌を食べている。

○ 洗い場 外 朝
   玄関前の湧き水の洗い場で手を洗う正也。湧き水から湯気
   が昇る。
   庭から回って、やってきた上半身裸の着物姿の恭之介。流
   れる汗を拭く恭之介。朝日に映え、恭之介の身体から上が
   る湯気。洗い場で濡れた手拭いを絞る恭之介。
  恭之介「フゥ~。ひと汗、掻くと気分がいい…(誰に云うでなく、
       笑顔で汗を拭きながら)」
  正也M「上半身裸で汗を拭きながら、じいちゃんが笑顔で呟
       くように云った。じいちゃんの身体からは湯気が出て
       いて、それが朝陽に照らされて昇っている。僕は丁
       度、洗顔を済ませた後、タマとポチに餌をやり終えた
       ところだった」
   手拭いを湧き水に浸けて絞ると、また身体を拭き、上半身
   の着物を纏う恭之介。
  恭之介「おい正也!  明日から恒例の寒稽古だったな。…い
       つもより三十分、早く起きろよ(気持ちよさそうに)」
  正也  「うん! 分かってる(可愛く)」
  正也M「嫌だ! と本音を漏らせばいいのだが、毎年この時
       期に付き合わされる半慣習的な行事なので、敢え
       て逆らうことなく今年も、じいちゃんに奉仕すること
       にした」

○ 台所 遠景 夜
   食卓のテーブルで新聞を時折り見ながら夕食を食べる恭
   一。鍋の味噌汁を椀に掬い、恭一の前へ置く未知子。落
   ちついた物腰で食事をとる恭之介。普通に食べる正也。
   台所の片隅で餌を食べるタマ。家族の食事の遠景。なに
   やら恭一に問い掛けている未知子。

○ 台所 近景 夜
  恭一  「別にペコペコされたくもないさ、ハハハ…(笑って
       暈し)」
  恭之介「そうは云うがな、恭一…(最後までは云わず、口を
       噤んで)」
  未知子「別に気にしてませんから、お父さま…(云い繕った
       後、正也の顔を見て微笑んで)」
  正也M「母さんは云い繕い、微笑んで僕の顔を見た。彼女
       の内心には、あなたの不出来な分は僕が補って
       余りある…という本音が見え隠れする」

○ 居間 夜
   夕食後。長椅子に座り、ゴルフのクラブを磨く恭一。台所
   から居間へと移動してきた恭之介。
  恭之介「おう、よく光っとるな(感心した口調で)」
  恭一  「はい…(小声で)」
  正也M「素直に父さんは小声で返した。その小声の奥には、
       次に浴びるであろう嫌味を未然に回避する、緊急
       避難的な彼の本音が隠されているのだろう。人は
       建て前で生き続ける。僕は本音で生きたい…と、
       頑張っている」

○ エンド・ロール
   よく光ったゴルフのクラブと恭之介の頭。
   テーマ音楽
   キャスト、スタッフなど
   F.O

※ 小説は、「短編小説 冬の風景☆第一話」をお読み下さい。

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2012年7月 2日 (月)

春の風景 特別編(下) コラボ

      春の風景      水本爽涼

    特別編(下) コラボ    

 風が流れていた。心地いい、そよ風だった。僕は小川で適当に遊んで、今、家へ帰ってきたところだ。もの凄く文明が進んで科学一辺倒の世の中になった光景が、善も悪も含めて日々、テレビ画面に溢れる時代になったが、僕が住む近辺からすれば、まるで絵空事で、♪春のぉ小川はぁ~さらさら行くよぉ~♪なのだ。出だしから偉いボヤキだなあ…と、お思いの方々も多いだろうが、我慢してお付き合いの程をお願いしたい。
 家に入ると、父さんが玄関に腰を下ろし、珍しく革靴を磨いていた。まあ、商売道具の一つであろうし、じいちゃんが日々、やっている刀の打ち粉にも似て、欠かせないから仕方がないだろうと思えた。刀の刃は、打ち粉をする手入れを欠くと、間違いなく錆びる。片や、父さんの靴は? といえば、錆びることはないから、一見、欠かせないと云えるかは聊(いささ)か疑問なのだが、放っておけば会社の他の人達に比べ汚くて見劣りがするから、世間体が悪く気になる訳だ。ただ、それさえ気にしなければ、取り立てて困ることもないのだ。しかし、一応は父さんも人の子で、世間体が気になるとみえ、磨いているようだった。まさか、出世に差し障りがあるから…と考えてのことではないだろうと思う。
「おお、正也か…。もうじき、夕飯だぞ」
 黒い靴クリームを革靴に塗りながら、父さんがそう云った。
「うん…」と可愛く云って、上がろうと靴を脱ぎかけた時、隣に腰を下ろしていた父さんが、「お前はいいなあ…」と、ボソッと吐いた。
「えっ? 何が、いいの?」
 と、ふたたび可愛く云うと、
「だって、そうだろ? お前の靴は運動靴だし、汚れて幾ら、のもんじゃないか。磨かなくてもいいんだからなあ…」
 と、ボヤいた。それはそうなんだろうが、僕一人に云うことでもないように思えるし、云われたって、いい迷惑くらいのもんだ。その話は、それで終結し、僕は居間へ入った。
「今日は鰆(さわら)の味噌焼らしいぞ。未知子さんが、そう云っていた…」
 妙に嬉しそうな声でじいちゃんが云う。
「味噌焼は銀鯥(むつ)が一番だって、いつか云ってたじゃない、じいちゃん」
「ははは…、まあ、そう云うな。銀鯥は銀鯥。だが、鰆も鰆だけのことはある…」
 感性の問題で、僕にはじいちゃんの云い回しの意味がよく分からなかった。そこへ父さんが靴を磨き終え、居間へ入ってきた。
「まあ、革靴と運動靴の違いみたいなもんだ、正也」
 聞こえていたのか、父さんはそう云って小声で笑った。勿論、じいちゃんは、同時に大声で笑っている。
「ほう、恭一…。少し意味は違うが、お前にしては上手く云った」
「それはないですよ、父さん」
 二人は、ふたたび顔を見合わせて大笑いした。靴と味噌焼が妙なところでコラボして、父さんとじいちゃんを仲よくさせたのだった。こういうことは案に相違して、結構よくある。先だっても、こういうことがあった。
「お前は、そう云うがなあ…」
「そんなに気にすることはないわよ。高(たか)が一日のことじゃない。使わなきゃ、いいのよ」
「ああ…そりゃまあ、そうだが…」
 僕がテレビを見ながら風呂上がりのジュースを賞味していると、廊下で父さんと母さんが云い合っているのが見えた。云い合うなどと表現するのは、両者が相応の力を有する場合だが、いつも父さん蛞蝓(ナメクジ)は母さん塩(ジオ)にすぐ溶かされるから、この表現は少し誤っているだろう。そこへ、じいちゃんが風呂から上がり、二人を覗いた。
「ん? …どうした? 恭一」
「あら、お父様。別に大したことじゃないんですよ。うっかり私が銀行へ寄るのを忘れてたもんですから…。明日のお財布が…」
「えっ? …ああ、恭一は明日、出張らしいですな」
「ええ…。それで費用は会社から出るんですけどね、いつも給料加算の後払いでして…」
「立て替えて自腹の仕組みですか…。なるほど、粗方(あらかた)は分かりました。いいでしょう! 一両ほど持って行きなさい」
 そう云うと、じいちゃんは浴衣の腹に手を入れ、革財布を取り出した。その財布は、遠目からはブランド物のようで、高級ぽかった。更に驚いたのは、財布の中身が新札で二十枚以上、入っていたことだ。当然、万単位の札であろう。そして、じいちゃんは慣れた手つきで取り出した札を指で数え、十枚ばかり母さんに手渡した。僕はテレビを観るのを中断して、その光景を眺めていた。
「お父様…、こんなことを、なさっちゃ…」
「いいんです、未知子さん。普段、お世話になっておるんですから…。まあ、よかった」
 そう云うと、じいちゃんは動きながらバツが悪いのか、軽く笑った。その後ろ姿に、父さんと母さんは、「…どうも、すいません」と声を掛けた。じいちゃんは無言で僕の方へと近づいてテーブルの椅子へと座った。
「じいちゃんは、お金持ちなんだね?」
 訊きたかったということもあるが、僕は少々、ベンチャラぎみの言葉をじいちゃんに云った。じいちゃんは、豪快に笑って、「何をおっしゃる。正也殿の足元にも及びませぬ」と、お武家言葉で斬り返した。僕は見事にバッサリと袈裟斬りに斬り捨てられた格好だ。それは兎も角として、じいちゃんの金が父さんの旅費となったのだ。早い話、母さんを介して間接的に、じいちゃんと父さんがコラボした、と考えることが出来るだろう。ただ一つ、分からないことは、じいちゃんがいつも財布にたくさんのお札を忍ばせているのかどうか…ということである。偶然、何かの入り用があって、財布に入っていた…とも考えられるのだが、もし、そうだとすれば、風呂上がりの浴衣姿で高額の入った財布を持ち歩くだろうか…という素朴な疑問が湧き起こるのである。確かに、じいちゃんの光る禿げ頭は、仏様の光背のような光を放ち続けて金ピカなのだ。別に某メーカーの洗剤で磨いた訳ではないが、神々しい輝きなのである。或る種これは、じいちゃんと金ピカのコラボなのかも知れない。その輝く光に囲まれて、僕達家族は長閑(のどか)な春の陽気の中を、日々、お互いにコラボしつつ暮らしている。

           春の風景 特別編(下) 完

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2012年7月 1日 (日)

春の風景 特別編(上) 麗らか

     春の風景      水本爽涼

    特別編(上) 麗らか     

 雪解け水がポタッ・・ポタッと屋根から伝って落ちる。オウバイは黄色い蕾を開け始め、紅梅も負けまいと、両者は競っていい勝負だ。今年は珍しく名残りの雪が遅く降ったのだが、そうは云っても、今日からは、もう三月だ。すぐに姿を消すであろう所々に薄く残る雪の敷布に、黄緑色の蕗の薹(とう)が顔を出している。今日は催し事があった関係で学校が半ドンとなり、僕は今、家に帰り着いたところだ。中途半端な雪で、長靴がすっかり泥んこになりサッパリだった。しかし、この程度の雪が景観としては一番、情緒があるようにも思え、僕は好きだ。要は一勝一敗なのである。僕に好かれても雪は困ってしまうだろうし、雪女となって肩を揉みに来られても、ちと困ってしまうのだが…。
「おお…正也、お帰り。ど~れ、蕗の薹でも取って、未知子さんに味噌にして貰おう…。美味いぞぉ~」
 そう云うと、じいちゃんは僕の顔を見て、ワハハハ…と豪快に笑った。確かに、この時期の蕗の薹味噌は、熱い御飯の上へ乗せて食べると絶妙の味を醸し出すのである。しかし、このじいちゃんのワハハハ…は、後日、湿っぽい顔になった。と云うのは、次の日曜の朝のことである。
 僕は日曜なので当然、家にいた。朝、起きると、いつもの早朝稽古でじいちゃんと一汗、掻いた。いつからだったか、師匠に入門してお世話になっている僕は、何かにつけて師匠のお手伝いをする破目に陥っていた。まあ、これも剣道を教えて戴いている授業料だと考えれば致し方なし、とは思うのだが…。さて、稽古を終え、シャワーで汗を流すと、上手い具合に母さんの朝食が出来上がっている。結構な運動量だから腹も減り、大層、御飯が美味しい。じいちゃんも僕と同じで、お茶碗に大盛りの御飯を、がっつり食べていた。そして、事件は勃発した。そうは云っても、きな臭い話などではない。じいちゃんが俄かに顔を顰(しか)めた。
「お父様、どうかされました?」
「えっ? …いや、なに…、大したこっちゃありません…」
 そうは云ったが、じいちゃんの咀嚼(そしゃく)はピタリと止まった。そして、徐(おもむろ)に箸とお茶碗をテーブルへ置くと、手を口へと運んだ。次の瞬間、口から指に摘まんだ一本の歯を取り出した。決してマジックなどではない。じいちゃんの入れ歯の一本が離脱したのだった。二年ばかり前の正月にも、そんなことがあったように記憶しているのだが、そのことは以前、お話ししたと思う。同じことが、ふたたび起きた訳だが、じいちゃんは前回の餅の時で懲りたのか、歯医者へは行かない日がその後、続いた。僕も、まあ一本くらい抜けたって入れ歯だし不都合もないだろう…と、軽く踏んでいた。しかし、物事は、しっかりと帳尻を合わせておかないと、偉い事になるようだ。僕はそのことを、じいちゃんの入れ歯から思い知らされた格好だ。
 三日後、ふたたび不吉な出来事が、じいちゃんの入れ歯を襲った。僕は三学期の期末テストが済んだ直後で、幾らか心は安らいでいてテンションが高かった。だが、この日の朝の御飯時に、じいちゃんの入れ歯は脆(もろ)くも三本ほどが纏(まと)めて抜け落ちた。ボロボロッという感じである。こうなっては流石のじいちゃんも放ってはおけない。仕方なく歯医者で入れ歯を修理することにして出かけた。帰ってきたじいちゃんは、僕とは真逆に、滅法、テンションを下げていた。
「フガフガフガ…(一本で行きゃよかった…)。フガガガフガガ…(これだけ抜けると暫くかかるそうだ…)。フガガフガフガ(それに金もな)」
 僕が訊くと、じいちゃんは抜け歯語でそう語った。通訳すれば、粗方(あらかた)、そのようなことを云ったようである。
「ふぅ~ん」
 僕は、つれない返事を返した。ここは余り出しゃばらない方が得策のように思えたのだ。
 それからというもの、じいちゃんの身には春だというのに辛くて冷たい口元の日々が続くことになったのである。剣道の猛者(もさ)も、怪談・牡丹燈籠のお武家のように、すっかり元気がなくなってしまった。そうは云っても、僕には何故、このお武家が元気をなくしたのか…というその辺りのことは、よく分からないのだが…。
 まあ、そんな中にも、春の息吹きを感じさせる恒例の蕨(わらび)採りが近づいていた。秋のキノコ採りと同じくする二大イベントの一つで、この春の蕨採りは、勿論、じいちゃんなしでは語れないのである。兎も角、蕨を食べる迄の間は、ひとまず、じいちゃんのテンション低下は防げそうだった。というのも、じいちゃん自身にもイベントの主役が自分であるという自負心が芽生えて入る為か、俄かにアグレッシブになったのだ。勿論、蕨を採って持ち帰り、灰に浸けてアク抜きをする迄である。その後は母さんの手に委ねられて調理されるから、じいちゃんの出番は終了となるからだった。
「フガガ! フガガガ(よしっ! 正也)、フガガッ!(行くぞっ!)」
 じいちゃんの号令のもと、僕はじいちゃんの後方に従った。師匠は達人で、瞬く間に腰の籠は一杯に溢れた。僕は…といえば、まあ、それなりに採った…と報告しておこう。その後、下山して次の作業にかかった。木枝を燃して灰を作ったのだ。ここで母さんの出番となる。出来た灰は水に溶かされ、その中へ採ってきた蕨は浸けられ湯がかれた。暫くして水に晒(さら)された蕨は、すっかり萎えて柔らかくなり、アクは抜け出たようだった。
 上手くしたもので、じいちゃんの入れ歯の修理が終わった旨の電話が歯医者から掛かったのは、その晩のことである。また下がるのか…と懸念されたじいちゃんのテンションは、すぐに持ち直し、無事、事無きを得たのである。めでたし、めでたしだ。
 そして次の日の夜には、いつものじいちゃんの笑顔が戻っていた。じいちゃんとすれば、母さんお手製の蕨の煮物が安心して食べられるから、その喜びでうち震えた笑顔だったのだろう。某メーカーの洗剤で磨いたような光沢を放つ例の禿げ頭も、心なしか、いつも以上に輝いて見えた。
「どうです? お父様、お味は?」
「いやあ・・いつもながら絶品です、未知子さん」
 確かに、その蕨の煮物は美味しかった。
「なかなかの味だ…」
 父さんがひと声、発した。だが、それは徒花(あだばな)どころか、返って起爆剤になってしまった。
 「やかましい! 部外者がっ!」
 じいちゃんの雷が父さんを直撃した。父さんは、そのまま凍結して氷になった。まあ、そんなことが起こるのは滅多とない訳で、我が家には麗らかな春の平和な日々が続いている。

           春の風景 特別編(上) 完

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