« 2012年8月 | トップページ | 2012年10月 »

2012年9月

2012年9月30日 (日)

連載小説 幽霊パッション (第七十六回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_27

    (第七十六回)

「あの話は君が冗談だったと云ってくれれば、高枕で寝られるんだがな。…どうなんだ?」
 田丸は笑顔で上山に云った。上山の前では幽霊平林が上や下へと動きながらフワリフワリと漂い、陰気に笑っている。
「…、社長のお言葉ですが、私の云ったことは、やはり本当だと云わせて戴きます」
 決断したように上山は云った。どちらにしたって、定時退社する自分が部長になどなれんだろ…と、自問自答した挙句の結論だった。
「…そうか。いや、私もこの前とは少し事情が違うのだよ」
「えっ? どういうことでしょう?」
「だから、君の云ってることが強(あなが)ち作り話だと、今は思ってないんだ」
「社長、何かあったんですか?」
「んっ? ああ、まあな…」
 田丸は語尾を濁した。
「と、いいますと…」
「いやあ、そう大したこっちゃないんだが…」
「そう云われりゃ益々、気になりますよ」
「実は、君の話が気になるもんでな。図書館へ足を運んだんだよ。まあ、それから時折り、君の顔が浮かんでさ、ははは…」
 田丸は賑やかに笑った。
「図書館ですか。私もなんですよ」
「えっ? 君も…。そうかね…。君が余り真剣に話すもんだからさ。ひょっとすると、そんなこともあるんだろうか…と半信半疑だったんだけどね」
「それで社長は、どんな本を?」
「霊視体験だったかな、確か…。借りた訳じゃないがね」
「ええっ! それって、私が借りてる本ですよ」
「なんだ、そうか…。いや、そりゃ奇遇だな。っていうか、いささか気味が悪いな」
「そう云われりゃ、そうですね」

|

2012年9月29日 (土)

連載小説 幽霊パッション (第七十五回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_23

    (第七十五回)

『なんでしょう?』
「んっ? いや、ついグルリと回してしまったんだ。他意はない」
『そうでしたか。なんだ、霊界の野暮用を蹴って来たんですが…』
「野暮用?! …そんなの、あるんだ」
『はい、まあ…』
 幽霊平林は、やや沈んだ声で云った。
「どうかしたの?」
『ええ、まあ…』
「まあ、ばかりだね、君は。ちょぃと急いでるから、あとから聞くよ」
 上山の足はスタスタと地を歩んで進み、幽霊平林はスゥ~っと流れ動く。もちろん、上山の横にピッタリと付いている。
 社長室に上山が入ると、田丸が今か今かと待っていた。幽霊平林も壁からスゥ~っと透過して中へ入った。
「おお、上山君、来てくれたか。すまんな…」
「なんの、ご用でしょうか?」
「いや、用じゃないんだ。忙しいなら、いつでもいいと思っていたんだが…」
「はあ、そうでしたか…」
「ただの話なんだよ、君を呼んだのは」
「どんな話ですか?」
「いや、それがなあ…。いつやら君が云っていた平林君のことだよ。どうも気になってなあ。それも今日、ふと想い出してさ」
「ああ、あの話でしたか…」
 上山は冷静に話すことに努めた。上山の見えるところに幽霊平林はプカリプカリと宙に浮かんでいた。

|

2012年9月28日 (金)

連載小説 幽霊パッション (第七十四回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_86

    (第七十四回)

「そういうことだ、君…」
 急にトーンを落として上山は云った。
『分かりました。…ここは、やっぱり無理ですね。お一人の時に寄ります。…っていうか、お約束は続けますので、例のように都合いいとき、お呼び下さい。では…』
「ああ…」
 幽霊平林はスゥ~っと、さりげなく消え去った。上山は両手で口を覆った案内状を机上に置き、なんとなく見つめた。披露宴までは二ヶ月・ほどはあり一応、ホッとした。
 その日は会社でこれといった急用もなく、退社時間が迫っていた。上山は余り残業はしなかったから、会社ではそう出世しないだろう…と、社員達は思っていた。むろん、上山もそう思っていた。
「じゃあ、出水君、あとはよろしく…」
「はい! お疲れでした」
 いつものように五時になると、上山は、そそくさと席を立った。その時、机上のインターホンが鳴った。━ なんだ! こんなときに… ━ と上山は、その内線に出た。社長室からで、声は田丸だった。
「おお、上山君か。退社時に悪いが、私のところへ、ちょいと顔を出してくれんか。いやなに、すぐに済むことだ」
「はい! すぐ参ります!」
 上山は内心でチッ! っと舌打ちしたが、社長の言葉だから致し方なし…と諦念し、鞄(かばん)を机上に置くと社長室へ急いだ。廊下を曲がり一階上の社長室へエレベーターで昇る。すると、こともあろうにエレベーターの中へ幽霊平林が現れた。んっ? と、上山は思ったが、よく考えれば、肩を上げ下げし、首を無意識で一周グルリと回してしまったことに気づいた。だが、もう遅い。

|

2012年9月27日 (木)

連載小説 幽霊パッション (第七十三回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_85

    (第七十三回)

 二人は馴れ合いの漫才のように、流暢(りゅうちょう)に話し続けた。幽霊平林は、ただじっと二人の話に聞き入るだけである。そして、欠伸をひとつした。それが見える上山には、幽霊平林が、どうも俗っぽい幽霊に思えるのだった。上山にとって幸いなことに、以前のように幽霊平林が自分の目と鼻の先にいる緊張状態が消えたことである。今、こうして岬と話していても、幽霊平林は無と思えるから、すんなり話せるし、緊張感もなかった。岬が渡した案内状には、海堂亜沙美との婚礼の日程表も挟まれていた。
「ああ、そうそう、訊(き)くのを忘れるところだったよ。あれから、出水君の嫌がらせは、どうなってんの?」
「ああ…、あのことですか。お蔭さまで嫌味を云われることもなくなりました」
「そうか、それはよかった。私が釘を刺しておいたからなあ…」
 軽く礼をし、微笑んで岬は自席へ戻っていった。
『出水は僕と同期ですが、確かに嫌な奴でした』
「ほう、そうだったの? 君も…」
 云ってから慌(あわ)てて案内状を口元へと運ぶ上山だった。運よく、上山の独り言を云う様子に気づいた課員はいないようだった。そうはいっても、口を案内状で覆い隠した姿勢のまま話し続けていれば、課員の誰かが気づくのは必定だった。上山は、やはり、ここでの会話はきついな…と思った。そんな時、ほん前の係長席、とはいっても、上山から数メートルは離れているのだが、その席に座る係長の出水が咳払いをした。しまった! 聞こえたか…と、上山は一瞬、ギクリとした。出水は係長席に座ったまま首だけを後ろへ回し、上山を見た。
「課長! プライベートの電話は、昼にして下さいよ。皆が見てるんですから…」
「あっ! ああ…。いや、悪い悪い。急用だったもんでな」
 上山は窘(たしな)められたことに気分を害すことなく、むしろ気づかれなかった安心感からか、ほっと胸を撫で下ろした。

|

2012年9月26日 (水)

連載小説 幽霊パッション (第七十二回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_84

    (第七十二回)

 陽気もよく、上山が少しウツラウツラ・・と眠気に苛(さいな)まれていた時である。
「なんだ、君か!」
 目(ま)の当たりに出現した幽霊平林に上山はやや驚いたが、多くの課員がいる手前、声を抑えてボソッっと云った。
『なんだ、とはご挨拶ですねえ、課長。私だって元々、ここの有能社員だったんですから、もう少し云いようってもんが…』
「分かった分かった。すまん…」
 不満はあったが、ここは穏やかにいこう…と思えたのか、上山は一応、謝った。
『別に謝って欲しい訳じゃないんですがね。それより課長、例の話のその後は?』
 机上の書類を手に取り、読んでいる仕草で口を覆ってカムフラージュすると、上山は少し長めに話す態勢を整えた。これなら、課員達からは、まったく口元が見えない。
「それが、どうもな…。と、いうか、出会ったところで佃(つくだ)教授から答えが出そうにないからな。教授もだろう…って、煮えきらないことを云ってたじゃないか」
『ああ、そうでした。じゃあ、どうすりゃ分かるんでしょうね、僕と課長のこの奇妙な現実は…』
「それが分かりゃ、苦労せんよ」
 その時、上山に仲人を頼んだ岬が席を立ち、ツカツカ・・と課長席へ近づいてくるのが見えた。
「おい! 話は中断だ!」
『はい!』
 二人は会話を止めた。
「課長、結婚式の披露宴の案内状が出来ましたのでお目通し願おうと思いまして…。これです」
「あっ! そおなの? …見ておくよ。六月だったね?」
「はい。生憎(あいにく)、六月の末で、たぶん梅雨どきになると思うんですが…」
「いいじゃないか。ジューン・ブライドなんだから」
「はあ、それは、まあ…」

|

2012年9月25日 (火)

連載小説 幽霊パッション (第七十一回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_83

    (第七十一回)

 その後、幽霊平林が云ったとおりに佃(つくだ)教授へ探りを入れているかということをまったく忘れて、数杯の水割りを飲んだ上山であった。結局、上山が云ったことは口から出まかせで、佃教授が何をしていようと、上山にとってはどうでもよかったのだ。ただ、幽霊平林を酒場から遠ざけようと、思ってもいないことを云ったのだった。
 その後はオーダーするだけで、ママと何を話すでもなくただ黙って上山は飲んでいた。ふと我に戻った上山は、陰鬱さもあってか、早めに「雀」を出ることにした。まったく店名は真逆で、ピーチクパーチクどころじゃないな…と、上山は店の戸を閉じて思った。
 千鳥足で駅の改札を出て、上山は久しぶりに酩酊している自分に気づいた。気分は華やいで高揚している。
「どうされました? 大丈夫ですか?」
 駅前の歩道で倒れそうになり、通りかかった交番の巡査に声をかけられた。上山が徐(おもむろ)に見上げると、白自転車に乗り、片足を地に着いた姿勢で窺(うかが)う若い巡査に上山は気づいた。巡査は自転車を止め、上山に近づいた。
「…ああ、大丈夫です。少し酔いましたかな、ははは…」
 上山は少し慌(あわ)てながら、笑って誤魔化した。
 どうにかこうにか家へ辿り着き、上山は、ほっとした。明日の出勤に備え、酔いを覚ましてシャワーを浴びようと思っていたが、そのまま深い眠りへと誘(いざな)われた。フッ! と気づけば深夜の三時過ぎである。玄関より慌てて寝室へ駆け込み、乱雑に服を脱ぐとベッドへ潜り込んだ。幸いにも、また眠気が生じ、そのまま寝入った。
 それから三日が経ち、一週間が流れたが、上山の当初の目的は果たされないまま十日が過ぎた。
『最近、全然お呼びがないので、お約束違反ですが現れました』
 昼が過ぎ、課の大時計は三時前を指そうとしていた。

|

2012年9月24日 (月)

連載小説 幽霊パッション (第七十回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_82

    (第七十回)

『どうかされました?』
「んっ? いやあ、なんでもない。つい、首をな、グルリと回してしまったんだ。それにしても君は目敏(ざと)いな…」
 ママの手前、小声で悟られぬように上山は云った。
『いやあ…、そりゃ、この世の者とは違いますから』
「ああ、それはそうだが…」
『なんといっても、食事、睡眠、勤め、世間の付き合いなど、一切の俗がございません』
「うん、だろうな…。まあ、今日のは間違いだから、消えてもらっても結構だ、君」
『そう邪険にされなくてもいいじゃないですか、課長。…いいお店ですねえ』
 幽霊平林は、陰気ながらもニタリと笑い、店のあちらこちらと見回した。上山の顔が少し沈んだ。迷惑顔も出来ず、沈んだのである。
「ああ、少し陰気だがな…」
『そうですか? 僕にはちょうど頃合いなんですがね。行きつけですか?』
「一見(いちげん)だよ、この店は」
『あっ、これはこれは…』
 上山はつまらんことを訊(き)く奴だ…と一瞬、怒れたが、早く退散させねばならんし、二度と現れないようにするには…と、考えた。こんな酒場まで出現されては甚(はなは)だ迷惑で困る。
「君さ、佃(つくだ)教授の様子を、ちょっと調べてくれないか。家へ帰ったら、また呼ぶから…」
『こんな時間からですか? …あっ! はい…。それじゃ』
 幽霊平林も状況を理解したのか、諄(くど)くは押さなかった。云い終えると同時に、スゥ~っと鮮やかに消え去った。上山にはその消え方が、どこか格好よく感じられた。

|

2012年9月23日 (日)

連載小説 幽霊パッション (第六十九回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_31

    (第六十九回)

 上山に行きつけの店はない。行き当たりで入った店が、いわば上山の飲む飲み方の拘(こだわ)りであった。その日、物色した数軒の店から一軒を選んで入った。店の名は、雀(すずめ)といった。やけにピーチクパーチクと賑やかそうで華やいだ店に思えたのだ。上山の心は幽霊平林の出現以降、かなり陰気に冷えていたのかも知れない。
 うらぶれたスナックには年増のママが一人、いるだけで、他にはこれといった奇麗どころはいなかった。上山より二十年以上も年上に見えたそのママを、上山は内心で姥(うば)桜か…と刹那、思った。なんといっても一見(いちげん)客であるし、店を渡り歩いた点で場数を踏んでいると自負する上山だが、この店は、どこか陰気だ…と思えた。それに、ママの容貌が、やつれて見え、店の照明の加減もあってか、不気味に思えた。この佇まいでは客が入らないだろう…と辺りを見回して、上山はカウンターへ座った。まあ、ものは思いようだ…と気を取り直して上山は出されたコップの水を軽く飲んだ。こんな店なら奴に取って置きだな…と、また思いつつグルリと、なにげなく首を回した。しまった! 迂闊だったと上山は思ったが、もう遅い。幽霊平林がスゥ~っと現れて上山の左隣のカウンター椅子に座った。座ったといっても幽霊なのだから足元はないのだが…。
『お呼びになりました?』
 束の間の出来事だった。明らかに上山の油断が招いた失態である。こうなれば、もう万事休す、である。今さら幽霊平林に、ここへは現れなかったことにしてくれ、と云って消えてもらう訳にはいかない。まるで、彼を毛嫌いしている風に思われては、今後が案じられるのだ。かといって、上山にとって唯一の安息の場を幽霊平林に奪われて闊歩(かっぽ)、ではなくか闊飛びされては上山が困る。適当に手早く帰らせるしかないな…と上山は刹那(せつな)、そう思った。場所が悪い。

|

2012年9月22日 (土)

連載小説 幽霊パッション (第六十八回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_81

    (第六十八回)

 日曜だから、まあ、勝手気儘(きまま)である。欠伸のあと、いつものようにお決まりのワンパターンで朝食の運びとなる。サラダ菜を生憎(あいにく)、切らせていて、ハムエッグ、コーヒー、トーストのみの、なんともお粗末な朝食になってしまったことを単純に上山は悔(くや)んだ。三年前に死に別れた妻の和枝とは恋愛結婚で、蜜月の頃の想いが、ふと、上山の脳裡を駆け巡る。あの頃は、座って新聞を広げているだけで、食膳には豪華な料理が出た。しかも、ほどよく美味かったから、上山は毎日の食事が楽しみだった。それが、今はどうだ! と、思えるのである。その時、どういう訳か、上山の胸中に、ある想いが浮かんだ。余りにも唐突なこの発想は、幽霊平林の人となり、いや、霊となりを考えれば、果して上手くいくかどうか…と懸念される閃(ひらめ)きだった。というのは、上山の想いは、妻の和枝を霊界で幽霊平林に捜(さが)してもらおう…という手前味噌で稀有な発想だったのだ。まあ、いい発想が浮かんだとはいえ、家で寛(くつろ)いでいる今では、どうも気が乗らない。というのは、首をグルリと一回転すれば確かに幽霊平林は現れるのだが、それは上山にとって寛ぎの空間を覗(のぞ)かれているようで、どうも気が乗らないという訳である。幽霊平林が我が物顔で家のあちこちを徘徊(はいかい)するのは、どうも気分がよくない…と上山には思えた。妻の和枝が先立ってからというもの、家は上山にとって神聖な空間になっていた。だから、家にいるうちは幽霊平林を呼ばないでおこう…と、上山の心が命じたのである。しかし、ある意味、これには意識することが至上命題となる。うっかり、首をグルリと回せは、即、現れる幽霊平林なのだ。このことだけは充分、留意しなければならない…と上山は肝(きも)に命じた。とはいえ、日曜だから、そう杓子定規に絶えず心を研ぎ澄ましている、というのも如何なものか…と思えた。
だから上山は、意識はするが意識しないように努めた。幸い、この日は何事もなく夕暮れを迎え、上山は酒場へ飲みに出た。

|

2012年9月21日 (金)

連載小説 幽霊パッション (第六十七回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_80

    (第六十七回)

 意識すればするほど、妙なもので空腹の、ひもじさは増してくる。飛び込んだ行きつけの食堂で、いつもの、しっぽくを食べながら、上山は考えていた。なぜ幽霊平林の頭に着けた三角巾が落ちたとき、彼の姿が消えたのか…である。幽霊平林の意志で消えたのではない以上、こいつは妙だぞ…と、気にはなっていたのだ。考えていると妙なことに、一味を多く振りかけていた。辛(から)くて食べられたものではないのだが、これも妙なもので、考えていると、さほど辛くもなく気づけば汁まで全部、やっつけている自分に上山はきづかされた。それと同時に、口の中が火の車になっていることに瞬間、気づき、コップの水を一気に飲み干す上山だった。しかし結局、幽霊平林が消えたことに思い当たることもなく、原因も掴(つか)めなかった。
「おやじさん! ここへ置いとくよ」
「へい! 毎度。また、お起しを!」
 暖簾を潜(くぐ)って外へ出る。天気もよく、ポカポカと昼の日射しで少し汗ばんだ。これは一味のせいもあるか…と思え、上山は日蔭を選んで駐車場まで急いだ。
 さすがに奴も疲れたか…と、夜になって上山は思ったが、これもよく考えれば、幽霊が疲れるのだろうか…と、逆に思えるのだ。いつの間にか上山は幽霊平林が、さも生きた人間のように話していたのである。だから、奴も疲れたか…と思える訳だ。今、霊界にいて、首をぐるりと一回転すれば、すぐ現れることが出来るバイタリティは、いったいどの辺りにあるのか…とも思えた。風呂上りに手早く数本、銚子を運び、ツマミを齧(かじ)れば、酔いも手伝ってか次第に妙な発想が浮かぶ自分に気づく上山だった。そしていつの間にか、ベッドへ足を運ぶことなく深い眠りへと落ちていった。
 ぐっすり眠り、気づけば目覚ましは七時を回っていた。窓辺の柿の木で囀(さえず)る野鳥の数匹が上山の目に入った。種類はよく分からないが、雀ではない。朝日が眩(まばゆ)く上山の眼に入った。大きな欠伸(あくび)を上山は、ひとつした。

|

2012年9月20日 (木)

連載小説 幽霊パッション (第六十六回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_79

    (第六十六回)

『はい、それは分かってます。少し慎みます』
 幽霊平林の闊達(かったつ)な口調が、少し大人しく変化した。
「上山さん、今日のところはこの辺で終りとしましょう。お電話を差し上げますから、一週間後にまたお越し下さい」
「はい、私と平林君のこと、何ぶん、よろしくお願いいたします。おい! 君からも頼んでおけよ!」
『課長が云ったとおりです。ひとつ、よろしく…』
「ひとつ、よろしく…と申しております」
「はっ? ああ、はい。私なりに考えてみましょう」
 上山は一礼して研究室を出た。当然、幽霊平林もその横にスゥ~っと付き従った。
『課長と僕以外には、話が通じる人はいないと思ってましたから、よかったですよ、ほんとに…』
「そうだな。まあ、佃(つくだ)教授には君の姿は見えんし、声も聞こえてないんだからな」
『それはいいんですよ。とりあえず、味方を一人、得た気分です』
「ああ…。それはいい、教授の口から私達のことが漏れんかが心配だ。うっかり釘を刺しておくのを忘れたからな」
『教授も、そんな口軽じゃないでしょう。そんなことを口外すりゃ、たちまち変人扱いされますから。本人も、佃はおかしくなったぞ、と叩かれるって云ってられたじゃないですか』
「ああ、そうだったな。まあ、大丈夫だとは思うが…」
『それじゃ、僕はこれで…。お呼びの節は、例の仕草でお願いします』
「ああ…」
 研究所の外へ出ると、スゥ~ッ幽霊平林は消えた。辺りは、もう昼過ぎだった。上山は俄かに空腹を覚えた。

|

2012年9月19日 (水)

連載小説 幽霊パッション (第六十五回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_78

    (第六十五回)

「教授! 平林君の姿が消えました!!」
「そう云われましても、私には見えないので分からないのですが…」
『僕は、ここにいますよ。ちょっ…ちょっと待って下さい』
 ふたたび幽霊平林の姿が上山の目に映った。幽霊平林は両手を後ろに回して頭に白い三角巾を着け終えようとしていた。
「これは新しい発見だぞ、君!!」
『どういうことでしょう? 僕には何のことか、よく分からないんですが…』
「いやあ、参った。君の頭の三角頭巾、今、落としただろ?」
『ええ、まあ…。それが、どうかしたんですか?』
「その瞬間、君、消えたんだぜ、私の前から」
『ええっ! それは、どういうことなんでしょう?』
「どうことなんでしょうって、こっちが訊(き)きたいよ」
 二人の会話、いや、この場合、佃(つくだ)教授からしてみれば、上山のひとり言なのだが、教授は不思議そうな面持ちで上山を見続けていた。
『この三角頭巾に何か秘密があるんでしょうか?』
「そんなこたぁ、知らないよ。ねえ、教授?」
「えっ! ああ、はい…」
 教授は現状が理解出来ないまま頷(うんず)いた。それを見て、上山は教授に弁解がましく云った。
「いや、本当なんですよ、教授。彼はここにいるんです、信じて下さい」
「別に疑ってなど、いませんよ、上山さん。ただ私から見れば、上山さんのひとり言にしか聞こえませんから」
「ああ、そりゃ、そうです。なっ!! 君。教授には君の姿も言葉もないんだからな」

|

2012年9月18日 (火)

連載小説 幽霊パッション (第六十四回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_77

    (第六十四回)

「原子力発電所の燃料棒のように熱を発します。そして、霊力を感知する状態の臨界に達しますと、装置から5メートル四方に存在する霊に反応するようになるのです」
「反応するとVUメーターが振れ、オレンジ色に点滅する配線をしてあります」
「その臨界に達したゴーステンが霊力に反応する訳ですか?」
「はい。まあ、そうですね…」
「感知したときに、機内はどうなるんでしょうか?」
「この配線構造は少し難しいので、上山さんに説明しても、分かって戴けるかは疑問なのですが…。要は、その配線でVUメーターの針が振れ、ランプが点滅する訳です」
「なるほど…」
 上山は、もうひとつ、はっきりとは分からなかったが、理解した素振りをし、見栄を張った。
『僕には今一、分かんないなあ…』
 幽霊平林は誰に云うでもなく、感想めいた言葉を口にした。もちろんその声は、上山の耳に聞こえるだけである。「これは、分からないと申しております」
「えっ?」
 上山は、目の前の空間を指さした。
「ああ…、お知り合いの霊さんですか…」
「霊さん、ですか。上手いこと云われますねえ。おい君! 霊さんだそうだぞ。この呼びようもいいなあ」
『いやあ、課長…、冷やかさないで下さいよ』
 幽霊平林は思わず頭を掻いた。その拍子に頭に付けた幽霊平林の白三角巾がとれて下へ落ちた。その途端、上山の視界から幽霊平林の姿は消滅した。

|

2012年9月17日 (月)

連載小説 幽霊パッション (第六十三回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_76

    (第六十三回)

「えっ? どうかされましたか?」
 佃(つくだ)教授は上山が急に話しだしたものだから、驚いて訊(たず)ねた。
「いやなに…。平林君が話したもので、つい…」
「ああ…、ここにいる霊のお方ですか?」
「はい、まあ、そうです…」
「私にその声や姿が聞こえたり見えたりすれば、いろいろと研究の上でプラスになるんですがねえ…。それが残念です」
「教授、しかし、このような話は、研究所の外では話題に出来ないですよね」
「ええ…。それこそ、佃はおかしくなったぞ、と叩かれますよ、ははは…」
「いや、それは私とて同じですよ、ははは…」
 上山は佃教授に同調した。二人は互いの顔を見合せて笑い合った。幽霊平林も二人に合わせて陰気な蒼い顔で笑っている。しかし、ただの陰気な幽霊には見えないのか、上山は笑う幽霊平林を見て、一段と大きな声で笑った。
 笑いが終息して、上山はふと訊(たず)ねた。
「教授、あの機械の構造は、どうなっているんですか?」
「ああ、霊動感知機ですか? 上山さんが分かるほど簡単な構造なんですよ。ゴーステン自体は出来上がるまでにいくつかの工程がありますから大変なんですがね」
「さきほど云われていた骨粉と粘土の合成物なんですよね?」
「ええ、そうです。その混合物を高温で焼成し、それを導体棒とし、両端をプラス極、マイナス極に接続し、電気を流します。もちろん、トランスにより、電圧の強さを増幅アップして、調整処理はしますがね」
「ほう…。すると、どうなるんてす?」
 上山は腕を組んで訊ねた。幽霊平林も同じ姿勢で教授の話に聞き入る。
「これは、分からないと申しております」
「えっ?」
 上山は、目の前の空間を指さした。
「ああ…、お知り合いの霊さんですか…」
「霊さん、ですか。上手いこと云われますねえ。おい君! 霊さんだそうだぞ。この呼びようもいいなあ」
『いやあ、課長…、冷やかさないで下さいよ』
 幽霊平林は思わず頭を掻いた。その拍子に頭に付けた幽霊平林の白三角巾がとれて下へ落ちた。その途端、上山の視界から幽霊平林の姿は消滅した。

|

2012年9月16日 (日)

連載小説 幽霊パッション (第六十二回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_75

    (第六十二回)

 上山の前にいる幽霊平林も、そうだ…と云わんばかりに、腕組みして頷(うなず)いた。
「はあ…、それなら結構なのですが…。それで、そのお友達の霊はどの辺りにおられるのですか?」
「ここです」
 上山は目の前にいる幽霊平林を指さした。佃(つくだ)教授は、上山が指さした位置をシゲシゲと眺(なが)めた。教授に意識して見られた幽霊平林は、思わず頭を下げて教授に一礼した。幽霊が人間に頭を下げて一礼するなどということは前代未聞で初めてのことではないか…と思われた。教授は上山が指さした場所を無意識的に片手で触れようとした。もちろん、教授の指に幽霊平林の身体の感触がある訳がない。
「別に何も感じませんねえ…」
「そうですか? そこにいるんですけどね」
『はい、私はいますよ』
 教授には幽霊平林の声も聞こえないから、訝(いぶか)しがるだけであった。
「いや、その感覚がありません。しかし、上山さんがそこまで云うのなら、いらっしゃるのでしょう。現に霊動感知機も反応してますからねえ」
 少し忘れていた助手三人の前の機械を上山は、ふと思い出して見遣った。確かに霊動感知機の装置は反応を繰り返していた。ここにいる幽霊平林のせいであることは、ほぼ間違いない。となれば、この感知機内のゴーステンという物質が霊波の動きを感知したのだろう。上山は佃教授がいる前で、幽霊平林に語りかけようか、どうしようか迷っていた。ふんぎりがついたのは、幽霊平林がひと言、云ったからである。
『課長、もっと僕に話しかけて下さいよ』
「何を云うんだ?」
 思わず上山は口を開いていた。

|

2012年9月15日 (土)

連載小説 幽霊パッション (第六十一回)

     幽霊パッション      水本爽涼 Photo_32

    (第六十一回)

「と、いいますと、違う場合は?」
「これは余り大声では云えないのですが…」
「はい!」
 上山は身を乗り出した。
「ゆゆしき事態です。霊界と私達の人間界の間に歪(ひず)みが生じ始めているその兆候だと思われます」
「…。歪みの兆候ですか?」
「はい、私達の霊動学では、これを霊動臨界に達すると表現しておるのですが…」
「ちょっと、難(むずか)しいので、よく分からないんですが…」
「早い話、霊界と人間界の接触異変ですね」
「いやあ…、そう云われましても今一、分からないです」
「どう話せばいいんでしょうねえ…、弱ったな」
「どう聞けばいいんでしょう。…いやはや、弱りました」
「上山さんのお知り合いの方の霊が上山さんだけ白っぽく見えるとおっしゃっておられるのは、上山さんのゾーンだけが臨界に達しているため…と考えられるのですが…」
「私の周囲だけですか? 私だけが他の人と違うということは、ないと思うのですが…」
「いや、そうと断言しているのではありません。その方の霊がそういう理由で上山さんだけ白っぽく見える場合もある、と云っておるのです。飽くまでも仮定の話です」
「そうですよね、少し驚きました」
 上山は、ホッ! と胸を撫で下ろした。
「ただ、その二つのどちらが理由なのかを確かめる方法は、今の私達にありません。霊動学の研究が、そこまでは進んでいない、ということです」
「そうですか…。まあ、私としては、平林君の霊が見えるってことを教授に理解して戴けたので、まず安心なのですが…」

|

2012年9月14日 (金)

連載小説 幽霊パッション (第六十回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_20

    (第六十回)

「それでお訊(たず)ねしたいというのは、私にだけ、なぜ彼が見えるのかという疑問についてなのです。加えさせて戴けるなら、彼は、私だけが白っぽく、分かりやすく云えば、どうも私の像が薄く見えるらしいのですが、それらの疑問についてなのです」
「分かりました。お答えしましょう、と云いたいのですが、まだそこまでの研究成果を得ている訳ではありませんから、即答はしかねます。実証されて、初めてお答えすることが出来る訳ですからねえ」
「そりゃ、そうでしょう。しかし、何かの可能性についてとか、有り得る話とかは、云って戴けるのでは?」
「はあ、それはまあ…。飽くまでも可能性がある、という話でしたら…」
 それだけ聞くだけでも収穫だ…と、上山には思えた。
「霊波というものがあります。その霊波を断片的に時間で断層撮影しますと、いや、これは映像の断片的解析という意味ですが、霊が連続的に変化して動いている事象を捉えることが出来ます。我々は、これを霊動と呼び、霊動学として日々、研究する基礎理論にしておるのです」
「はあ…」
 余り教授の話が分からない上山だったが、一応は分かったような素振りで相槌を打った。
「で、話を戻しましょう。白っぽく見えると、上山さんのお知り合いの霊が云われることですが、霊力の特別に強い方ですと、霊から見て人間の姿が薄まってしまう傾向があることが分かっております。ただ、上山さんのお知り合いのその方が、そうした理由で上山さんの姿が白っぽく見える、のなら、それはそれでいいんですが、…もう一つの違う場合だと…」
 佃(つくだ)教授は一瞬、躊躇(ちゅうちょ)して黙ってしまい、徐(おもむろ)に上山を見た。

|

2012年9月13日 (木)

連載小説 幽霊パッション (第五十九回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_74

    (第五十九回)

「えっ? 今、なんて…。霊が?」
「はい、霊がですね、見えるんです」
「霊がですか? ほう…。そうですか」
 佃(つくだ)教授は驚く様子もなく、上山に返した。
「驚かれないですね、教授」
「ええ、私はこれでも霊動学を専門とする学者ですよ。当然、そういうこと、我々は事象と呼んでおりますが、そうした事象が起こり得る、いや、起こるもの、として捉えますから…」
「なるほど、それで驚かれなくなったんですね。今も、その霊がここにいるのです。それも、すぐ近くの私の前に…」
 そう云うと、上山は幽霊平林がいる手前を指さした。佃教授は一瞬、ギクッ! とした目つきになったが、冷静さをとり戻して頷(うなず)くと、上山が指さす方向を見た。
「その霊の方というのは、お知り合いの方ですか?」
「はい、元は私の課にいた部下なのですが、生憎(あいにく)、交通事故で死にましてね。平林といいます」
 幽霊平林は教授を見ながら、ペコリとお辞儀した。もちろん、その姿は教授には見えない。
「そうですか…。それで、彼とはコンタクトはとれるんですか?」
「むろんです。それどころか、話すことも出来ますし、呼び出すことも出来るんですよ、元部下ですからね。なっ!」
 上山は幽霊平林に声をかけた。
『えっ? はい! そのとおりです』
 姿だけでなく、声も、もちろん教授には聞こえない。
「はい、そのとおりです、と申しております」
「これは、研究に値(あたい)する画期(かっき)的な事象です」
 教授の眼(まなこ)は輝きを増した。

|

2012年9月12日 (水)

連載小説 幽霊パッション (第五十八回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_73

    (第五十八回)

「ああ…、そういうことだ。だから君は霊波を教授に送ったあと、すぐに消えてもらっては困るってことさ」
『分かりました。教授が課長の話を信じる、と云えば、とことん付き合いましょう。どちらにしろ、霊界へ戻ったところで、コレという用はないんですが…』
「なんだ、そうだったのか、ははは…」
 上山は、ついうっかり笑ってしまった。助手達としばらく話していた佃(つくだ)教授も、いつの間にか黙ってしまい、機械を見続けていた。そこへ上山の笑い声が聞こえたから、何ごとかと怪訝(けげん)な表情で急遽(きゅうきょ)、上山の方へ戻ってきた。
「どうかしましたか? 急に笑い声がしましたが…」
「いやあ、ちょっと咳込んだだけです。なんでもありません」
「そうですか…」
 幽霊平林が上山の隣で片手の人差し指を立てて口に宛がっている。その仕草は幽霊というより人間そのもので、思わず上山を笑わせた。
「えっ? なにか…」
「いやいや、別に…。ちょっと、あることを思い出したもので…」
 佃教授は上山を見て、ふたたび怪訝な表情を浮かべた。
「それより教授、ひとつお訊(たず)ねしてもよろしいでしょうか?」
 上山は、話を終えることで教授の気持を外(はず)そうとした。
「はあ、何でしょう…」
「こんなことを云えば、教授がお笑いになると思いますが…」
「いえ、そんなことはありませんよ。どうぞ、云って下さい」
「では…。あの…」
「はい…」
「私ですね。霊が見えるんですよ」
 上山は冷静な声で、ゆったりと云った。

|

2012年9月11日 (火)

連載小説 幽霊パッション (第五十七回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_28

    (第五十七回)

『そうですか…。課長が呼ばれるまでもなく、僕のことは話さないと、話が前へ進まないんじゃないですか? 教授が僕の存在を信じるかどうかは別として、ですが…』
「ああ、まあな…。佃(つくだ)教授も一応は霊動学を専門分野とされているお方だ。そう無碍(むげ)にも、されないと思うが…」
『そら、そうですよ。僕なりに霊波を教授へ送らせてもらいますし…』
「滑川(なめかわ)教授に、したようにかい?」
『ええ、まあ…』
 二人(一人と一霊)が話していることなどまったく知らぬげで、部屋の少し離れた所にいる佃教授と三人の助手は、オレンジ色に点滅するランプと振れるVUメーターを見ながら、ああだ、こうだ…と、機械を睨(にら)んで夢中になっていた。
「で、それが済めば、どうするんだ?」
『…。役目を果たせば、僕は消えますよ。だって、いたって仕方ないじゃないですか、課長と話せないんだし、…』
「いや、それは私が教授に話をしてからにしてくれよ。教授が見えない君の話を信じたとすれば、これはもう、状況が変わるからねえ」
『そうでしょうか?』
「だって、そうだろうが。私の話を信じた教授は、恐らく君がここにいるのか? と訊(たず)ねるだろう。そこで私は肯定して、機械が反応しているのは目に見えない君がいるからだ、と云う」
『すると教授は今、僕がこの部屋にいるのかね、と訊(き)かれる訳ですね?』
「そうだ…。で、僕は君を指さして、ここにいます、と云う」
『なるほど…。そこで僕が何らかの霊動を起こせば、確実に教授は僕の存在を信じる、ってことですか』

|

2012年9月10日 (月)

連載小説 幽霊パッション (第五十六回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_72

    (第五十六回)

まあ、呼び出してからだ! と、意を決して、上山は首をぐるりと一回転した。次の瞬間、その時を待っていたかのように、幽霊平林は姿を現した。
『そろそろか、と思ってましたよ…』
 幽霊平林の言葉に上山は軽く頷(うなず)いて、首を下へ二度ばかり振った。もちろん、佃(つくだ)教授に気づかれないように、である。事情を察している幽霊平林はスゥ~っと上山から離れた。その時、研究室に置かれた機械の一台が激しく霊動の反応を始めた。上山が、その方向を見ると、滑川(なめかわ)教授の研究室で見た機械とまったく同じ型のものだった。VUメーターの針が激しく揺れ、オレンジ色のランプが点滅し始めたのも滑川教授のときと同じだった。
「教授! これは初めての現象です!!」
 助手の一人が絶叫調でそう云うと立ち上がり、霊動し続ける機械の方へ慌(あわ)てて駆け寄っていった。あとの二人も、遅れてその機械に駆け寄った。
 上山は、やはりそうなるか…と思った。助手に遅れて教授も反応する機械の方へと移動し、上山からは離れていった。結果、幽霊平林としては上山と話せる絶好の機会、いや唯一の機会が巡ったのだった。
『課長! 僕を呼ばれたんでしょ~?』
 幽霊平林が徐(おもむろ)に上山へ声をかけた。上山は、四人に悟られないように、出来るだけ唇を動かさずに小さく話すことにした。
「君を呼んだのは他でもない。教授に君が見えることを云おうと思うんだが、その前にひと言、君に云っておこうと思ってな」
『なんだ…、そんなことでしたか。僕は何事が起こったんだろうって思いましたよ』
「いやあ、何も起こってなどいないさ。あの機械が反応するまでは、ね」
 上山はうつ伏せ加減の姿勢で云った。

|

2012年9月 9日 (日)

連載小説 幽霊パッション (第五十五回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_71

    (第五十五回)

「はい! 是非、そうさせて下さい。…私にも教授にお伝えせねば、と思っておることがありまして…」
 上山は思わず話しそうになった。
「ほう…何でしょう?」
「い、いえ、今は結構です…」
 危うく上山は難を逃れた。
 上山は教授に何を聞きたかったのか…。それは云うまでもなく、幽霊平林と相談し、今こうして行動を起こしている原点の発想だった。すなわち、①なぜ上山だけに幽霊平林が映って見えるのか、②幽霊平林には、なぜ上山だけが白っぽく映って見えるのか、というこの二点に尽きた。
「そうですか…。では、私の話を進めるとしましょう。先ほどお訊(き)きになった話の続きなのですが、ゴーステンに電流が流れれば霊動か生じると申しましたが、その幽(かす)かな霊動を助手達は念を起こして体感しようとしているのですよ」
「それをメモしておられる訳ですか?」
「はい、そういうことになります」
 教授は明確に断言した。
「それで、成果は?」
「今のところ、これと云える決めてのような成果は得られておりません。ゴーステンが霊動物質であることを発見した原点に戻り、もう一度、最初から理論と実証を始めておるところです」
「そうですか…」
 上山は、やはり教授に、①②の疑問を訊(たず)ねた方がいいのではないかと思った。しかし、その前に幽霊平林を呼んで相談しよう…と考えた。ただ、教授がいるこの場で、他の人々には見えない幽霊平林とどう会話するかが単純なことながら問題であった。

|

2012年9月 8日 (土)

連載小説 幽霊パッション (第五十四回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_70

    (第五十四回)

上山が見たところ、彼等はどう考えても祈祷師か霊能家としか思えない仕草を繰り返していた。祈りつつ念力を送っては、しばらくするとノートのような書類に何やら書きつけるのだった。
 上山は、じっと見続けたが、奇妙な行為…と映るのみで、それ以外は結局、分からなかった。分からなければ教授に訊(たず)ねる他はない。
「いやあ、私には助手の方々が何をされているのか、さっぱり分かりません。念じては、なんか書かれてますが?」
「そうです。念を一心に送っておるのです、机に置かれた物質へ。あれこそが上山さん、正(まさ)にゴーステンなのですよ」
「私には、ただの粘土にしか見えませんが…」
「そうでしょう。誰もがそう云われるはずです。確かにあれは粘土を含みますが、粘土ではないのです」
「ほう…。と、云いますと?」
「あの中には墳墓にある廃棄された納骨堂の人骨灰土、いわゆる土骨粉が三分の二以上、含有されているのです。人類の科学で焼骨は骨の酸化物、すなわち酸化したカルシウムなどと捉えます。しかし私の研究所では、そうは捉えません。土骨粉を霊動物質、ゴーステンと名づけて特別視しております。私達は、このゴーステンが電気エネルギーを与えることにより霊気、特に霊動に大きく感知する物質であることを突きとめたのです」
「…それが、先ほどの話の具体的な詳細なんですね?」
「はい、おっしゃる通りです」
「そういう詳細を聞きますと、少し分かったような気がしてきました」
「そうですか…。それはなによりです。何度か、この研究所へ来て戴ければ、理解出来るようになると思うのですが…」
 佃(つくだ)教授は終始、穏やかな笑みを浮かべている。

|

2012年9月 7日 (金)

連載小説 幽霊パッション (第五十三回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_33

    (第五十三回)

「ああ、そうでしたか。それはたぶん、機械が霊動を感知したときでしょ?」
「はい、そうです」
「その霊力を感知する物質を私達は幽霊のゴーストからゴーステンと名づけたのですが、ゴーステンは電力を流した時点で活性化することも実証済みなのです」
「それって、ノーベル賞ものの発見なんじゃないんですか?」
「ええ、恐らくは…。しかし、現在の人類の科学では、それを証明する術(すべ)がないのですよ」
「えっ? だって、そのナントカ…」
「ゴーステンですか?」
「ええ、そのゴーステンの活性化を実証されたんでしょ?」
「はい、それは、まあ…」
「だったら、その実証結果を発表されればいいんじゃないですか?」
「上山さんの素朴な疑問が分からんではないのですが、それは無理なのです」
「どうしてでしょう?」
「私達の実証理論は人間の科学的実証理論ではなく、宇宙的発想、すなわち宇宙理論としての実証法なのですよ」
「えっ? その辺りの云われる意味がよく分からないんですが?」
「ははは…。今の上山さん、いや、私達の知識を持たない上山さんと云った方がいいんでしょうが、…その上山さんに理解してもらえないのは残念なのですが…」
 佃(つくだ)教授は諦念(ていねん)したような沈んだ表情で黙った。
「そのゴーステンとは、いったいどのような物質なんですか? 地球上に存在する物質なのでしょうか?」
「それをお答えする前に、助手達の様子をご覧になって下さい」
 佃教授は、白衣姿で数珠(じゅず)を首にかけ、椅子に座って机上の粘土のような物質を弄(いじく)りつつ一心に念力を送り続ける奇妙な助手達を指さした。

|

2012年9月 6日 (木)

連載小説 幽霊パッション (第五十二回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_69

    (第五十二回)

「はい、その通りです。私達が生活する三次元空間では説明出来ない世界が現実に存在しているのですよ」
「それと、どういう関係が?」
「ですから、霊動、霊波、霊気などという科学では否定されているものも、強(あなが)ち否定出来ないのだ、ということです。人間が三次元空間で説明する科学も、異次元や宇宙空間では否定されることもある、という概念です」
「…って、科学は私達の世界だけのものだってことですか?」
「…もちろん、私達と似通った空間に存在する星では通用するでしょうが、他の宇宙空間や異次元では完璧に否定されることになるでしょう」
「…確かに。私達の感覚では、行き着く到達点がある、という感覚ですよね。無限に続く、という感覚が把握出来ませんね」
「そういうことです。この機械も、そうした発想の出発点から製作を始めたものです」
「それは分かりましたが、機械そのものの仕組みは、ただの機械工学で生み出されたものですよね?」
「いいえ、上山さん。そこが違うのです…」
 佃(つくだ)教授は厳(おごそ)かに上山の言葉を否定した。
「えっ? …って、どういうことでしょう?」
「私達は霊力を感知する物質を発見したのですよ」
「霊力を感知する物質…?」
「ええ、そうです。このことは、まだ極秘事項として、世間には発表していないのです」
「すると、その機械を使っている滑川(なめかわ)教授も?」
「はい…。教授にも、そのことは伏せてあります」
「ああ、それで…」
「なにか、ありましたか?」
「いえね、教授が、不思議そうに機械が反応する様子を窺(うかが)ってられましたから…」

|

2012年9月 5日 (水)

連載小説 幽霊パッション (第五十一回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_68

    (第五十一回)

「ああ、あの機械ですか? まあ、云っちゃなんですが、私の自信作のひとつなんですが、それが、何か?」
「何か? と訊(き)かれると困るのですが、構造がどうなっておるのかと、少し興味がありまして…」
「ほう…、どんな風にでしょう?」
「いえね…。滑川(なめかわ)教授の研究を見学させて戴いた折りに、その機械が俄(にわ)かに霊動を感知したのです」
「と云われますと、VUメーターの針が振れ、ランプが点滅したのですか?」
「ええ、正(まさ)に、その通りのことが起こったのです。それでお訊きしたのです」
「…なるほど。上山さんに専門的なことを云ってもお分かりにならないと思いますから、誰もが分かるようにお話ししましょう。まあ、あちらの方へどうぞ」
 佃(つくだ)教授は部屋の片隅にある応接セットを指さした。
 上山が応接セットに座ると、教授はさっそく語り始めた。
「早い話、霊動、霊波、霊気は科学で説明できないものなのです。私達は、人間が作りだした科学そのものを否定することから始めているのです」
「どういうことでしょう? 私には、さっぱり分かりませんが…」
「話せば長くなりますから、ひとつだけ、上山さんがなるほど! と得心される事象をご説明しましょう。宇宙の大きさは、説明できますか?」
「いいえ…、とてつもない大きさですよね」
「ええ、そうです。私達が考える大きさとは、縦×横×高さで、はっきり分かりますよね。宇宙には、それがないのですよ」
「はあ、まあ…。教授が云おうとされてることは分かります。宇宙は無限に広がってる、ということですよね」
 上山は身を乗り出して云った。

|

2012年9月 4日 (火)

連載小説 幽霊パッション (第五十回)

     幽霊パッション      水本爽涼

    (第五十回)Photo_21

「どうも、どうも…。態々(わざわざ)、恐れ入ります」
 佃(つくだ)教授の出迎えに対し、上山は相応の日本的礼儀で返した。
 教授の後方に従い研究室へ入ると、三人の助手が手を止め、上山に軽く一礼した。上山もそれぞれ三人に軽くお辞儀して黙礼で応じた。一端、手を止めた助手達は、ふたたび何やらよく分からない手作業を始めている。上山も白衣で研究する場はいろいろと知っていたが、こういう奇妙な研究の場というのは、人生で初めて体験するものだった。科学者が白衣で首に数珠(じゅず)を掛け、一心不乱に何やら念じてはノートらしき用紙に書き込んでいるのである。
「皆さん、何をしておられるのですか?」
 上山は思わず教授に訊(たず)ねた。
「ああ…連中ですか? 彼等は私が命じたデータをとっておるだけです」
「はあ…そうですか」
 上山は唖然として二の矢が放てない。教授の言葉を素直に鵜呑みにした。研究室の雰囲気は滑川(なめかわ)教授の室内とは比較にならないほど明るく整っている。しかも、弟子ともいえる助手が三人以上いるとなると、これはもう、本格的な研究所である。ただし、滑川教授とは研究分野がまったく違うから、比較対照にはならないのだが…。
「教授にひとつお伺いをしようと思っていたのですが…」
 上山は前を歩く佃(つくだ)教授へ、後ろから小声をかけた。教授はギクッ! として立ち止まり、振り返った。
「ほう! 何でしょう? 私で分かることなら、なんなりとお訊(き)き下さい」
「いやあ、そんな小難しい話ではないのですが…」
「まあ、云ってみて下さい」
「教授が製造された滑川(なめかわ)教授の研究所にある機械についてなんですが…」

|

2012年9月 3日 (月)

連載小説 幽霊パッション (第四十九回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_67

    (第四十九回)

 幽霊平林に近日中には目鼻をつける、と云った上山だったが、会社の勤めは無視できず、仕方なく次の土、日まで待つことにした。ヒラならまだしも、一応は課長という管理職にいる手前、そう簡単に会社を休むという訳にもいかなかった。しかし、モノは考えようで、一週間のうちには滑川(なめかわ)教授も佃(つくだ)教授へ電話しておいてくれるだろう…という確率が非常に高まるのである。その一週間は瞬く間に過ぎていった。
 …そうか、一週間経ったんだ…と、上山は思った。土、日休みの前日の金曜日、上山は秘かに携帯で佃教授へコンタクトをとった。
「詳細は、おとといでしたか、確か。滑川さんから聞いております。私の方は、いつ来て戴いてもよろしいですよ」
 佃教授は温厚そうな口調で、ゆったりと答えた。上山は、土曜日でも参上致します、と云って携帯を切った。あれだけよく現れていた幽霊平林が、気になるほどさっぱり現れなくなり、上山は心理的な余裕を取り戻す一方、寂しさも同時に味わっていた。迷惑げに話していたとはいえ、親密味もあったから、余計にそう思えたのである。そんなときは、まあ、いいか…と自分を慰める上山であった。それに、余程のときは、首を一回転すれば、それが合図で幽霊平林が現われるという安心感もあった。
 佃教授の研究所は滑川教授のそれとは違い、なんとも整理整頓が行き届いた研究所で、若い助手らしき青年も三人ばかりいた。三人ばかりとは、今日、研究室に来ていない助手がまだいるとのことで、上山には把握できなかったのである。
「ああ…、こられましたか。私が佃です」
 現代建築の粋をこらした建物の通用門を抜けると、まず佃教授のこの言葉が上山を出迎えた。教授は、正面玄関の入口に立っていた。そして、笑顔で上山を手招きした。

|

2012年9月 2日 (日)

連載小説 幽霊パッション (第四十八回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_66

    (第四十八回)

『ああ…、そういや、ありましたね。なんか、懐かしいなあ…』
「懐かしがってる場合でもないんだけどね」
『はあ…、すみません』
「別に謝らなくったっていいけどな」
『首を一回転、回せば出てくるっていうの、どうです? シンプルですが…』
「ああ、いいね、それ。よし、決まりだな。…それはいいとしてだ、君は、いつでもOKな訳?」
『ええ…、僕達には課長のように睡眠も食事も必要ないですから…』
「ああ、そりゃまあそうだろうな。幽霊が、これから寝ますから・・っていうのも、なんか今一な…」
『ええ…、そういうことです。だから、いつでも24時間体制で頑張れます』
「別に頑張ってもらわなくても、いいけどな。しかし、燃料も電気もいらないから便利だ。…じゃあ、そういうことで」
 上山は、ぐるりと首を一回転させた。
『えっ? この場合は?』
「消えるってことで…」
『ああ、はいっ…』
 幽霊平林は上山の前からスゥ~っと消滅した。これだなっ! と上山は思わず首を一回転して背伸びをした。その瞬間、消えた幽霊平林がスゥ~っと現れた。
『課長! 何かありました?』
「おおっ! びっくりしたぞ。どうした、君?」
『どうしたって、課長が首を回されたので、現れたまでです』
「ああ、そうか…。これは、すまなかった。別になんでもないんだ」
『そうですか…。首の動きだけは注意して下さいね、すぐ現れますから…』
「ああ、すまんかった」
 幽霊平林は、その言葉を聞くと、ふたたび消え去った。上山は、全ての行動を見られているようで、少し嫌な気分がした。

|

2012年9月 1日 (土)

連載小説 幽霊パッション (第四十七回)

     幽霊パッション      水本爽涼

    (第四十七回)Photo_65

「まあなあ…。研究機関や研究者は買うだろうが…」
『余り売れそうじゃあ、ないですよね』
「ああ…、安眠枕ですら、お蔵入りだったからなあ」
『そうですよね…』
 一人と一霊…前にも云ったと思うので、敢(あ)えて今回も二人と呼ぶが、二人は考え込んでしまった。
「しかし君、私達が解明したかったのは、そうじゃないだろ? 君と私が、なぜ因縁を持ってるかってことだよ」
『ああ、そうでした。なぜ、僕の姿が課長にだけ見え、僕には課長が白っぽく見えるのかを探ることでしたよね』
「そうだよ、それそれ! 当初の目的は…」
『売れなくても、いいんでした』
「そうそう、それは佃(つくだ)教授に会うための方法として考えたんだったな」
『ええ、それを忘れてました』
 上山は賑やかに陽で笑い、幽霊平林は寂しそうに陰で笑った。
「気楽にいこうや。近日中に目鼻はつけるさ。まあ、孰(いず)れにしろ、他力本願だけどな」
『ええ、そうですよね。佃教授が乗ってくれなきゃ、それまでですしね』
「その通りさ。で、さあ、話は変わるけど、ひとつ頼んでもいいかな?」
『えっ? 僕にですか? どんなことでしょう』
「君さ、現れるときが不規則だろ? 不規則っていう云い方も妙なんだけどね。で、なにか二人だけのサインっていうか、合図みたいのを決めときゃ、どうかと思ってさ」
『はあ…。それって、僕がその合図があれば現れる、なんてことですか?』
「うんっ、まあな…。昔、ヒーローものでさ、ヒーローを呼ぶとき、何かやっただろ? そんなのさ」

|

« 2012年8月 | トップページ | 2012年10月 »