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2012年10月

2012年10月31日 (水)

連載小説 幽霊パッション (第百六回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_107

    (第百六回)

『ということは、課長もゴーステンの何らかの影響を受けておられる可能性があると?』
「ああ…。今の段階では、何の異常も認められんがな」
『ゴーステンって、放射能のようなものでしょうか?』
「うん、ある種、見えない点ではな。ただ、それで死ぬってこっちゃないが…」
『僕の場合は、生きるってことじゃない、って訳ですね?』
「そうそう。君の場合は、死ぬんじゃなく生きるんだったな、ははは…」
 上山は思わず笑いが込み上げ、困った。
「まあ、どちらにしても、生死を超越した次元の話だ」
『僕としては止まればいいんですよ、自分の意志で…』
「それって、人間の場合、熟睡できるってことだよな」
『ええ、まあそうなりますかね』
「止まれん、っていうのも困りものだよな。ブレーキが壊れた自動車のようなものだからな」
『はい、その通りです』
「どうすりゃいいか、私には分からんが、ゴーステンにヒントが隠されているような気がする。一度、佃(つくだ)教授のところへ行って話してみよう」
『なにぶん、よろしくお願いします』
「ああ…、折角こうして現れてくれたんだから、出来る限りのことはさせてもらうよ」
 幽霊平林はプカリプカリと浮かびながら、いつもの陰気な姿勢でペコリと上山にお辞儀した。
『止まれないといっても疲れるってこっちゃないんですから、まあ、緊急を要さないんですが…』
「ああ、そうか…。それで安心したよ。急患のような騒ぎなら偉いことだからなあ」
『ははは…。ご安心下さい、そんなのじゃないですから。それに、止まれないといっても、一メートル内外ですから…』
「ふ~ん。なんか、実感がないから答えようもないが…」
 その後、しばらく雑談を交わした後、幽霊平林は消え失せた。

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2012年10月30日 (火)

連載小説 幽霊パッション (第百五回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_106

    (第百五回)

『ええ、そうなんですが…。悪いとは云ってないんですよ、課長。調子が変なだけです』
「調子が変って…、どういうことかね?」
『安らいで止まれないんです。いつもなら、ピタリと住処(すみか)で停止出来るんですが…』
「そこんとこが私には分からないんだが、要は安定感がなくなったってこと?」
『そうなんです。佃(つくだ)教授の研究所と、何か関係あるんでしょうか?』
「考えられるとすれば、ゴーステンだが…」
『教授が霊動物質とか云ってられたやつですね』
「ああ、そうだ…。で、止まれないって他に、どこか異常は?」
『なんか若返ったっていいますか。…若返ったっていうのも妙ですが、なんとなく身体にエネルギーが漲(みなぎ)るんですよ』
「それって、いいじゃないか。悪いこっちゃなかろうが?」
『いえ、僕としては今まで通りがいいんですよ。まだ霊界では新入りなんですから』
「そうなんだ…」
『はい!』
 二人の会話は世間づれした変な内容で、常人の理解の域を逸脱していた。
「で、私に相談したい訳か?」
『はい、元上司てすから、それなりに何かよい手立てがあるかと…』
「そんなこと云ってもだよ。私は霊界や君達のことは、からっきし、なんだからさ。ただ…」
『ただ?』
「うん…。ただ、先ほどの話だよ。ゴーステンの影響をもろに受けた、としか考えられん」
『そうでしょうか?』
「ああ、たぶんな…。私達人間には影響がないのかも知れん。まあ、私は佃教授に云わせりゃ、天文学的確率の低さでしか生じない奇跡に遭遇した者のようだから、除外されるかも知れんがね」

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2012年10月29日 (月)

連載小説 幽霊パッション (第百四回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_105

    (第百四回)

 幽霊には、人間に出来ないこうした便利な身体機能が備わっているのだ。そんな幽霊平林は、さてどうするか…と巡った。寝室へ現れたのは、上山が眠っているかも知れないという潜在意識が働いていたということもある。結局、寝室にはいなかったから、他を探すとして、バスルームか居間、ダイニングキッチンだな…と目鼻をつけた。その時、上山は遅めの夕食を食べていた。といっても、居酒屋で部下の岬と飲んでの帰りで、無性に茶漬けが食べたかったのだ。居酒屋からラーメン屋台へと寄り道した挙句、終電に間に合わず、タクシーを拾ったまではよかったのだが、その後、帰宅して玄関で半時間ほど微睡んでしまったのである。そして、今のダイニングキッチンでの茶漬けだった。
 バスルームの脱衣場へ現れた幽霊平林だったが、暗闇と分かるや、すぐさま居間へ透過して流れた。流れた、とはプカリプカリと浮いた状態でスゥ~っと移動することを指す。現れた居間は、ほんのりとした薄灯りで暗闇ではなかった。しかし、上山の姿は、そこにもなかった。灯りの射す方向は、ダイニングキッチンだと知れた。夕食か…と、幽霊平林はふたたび流れて移動した。灯りの射す方向へと移動した。
『課長! ここ、でしたかっ!』
 急に背後へ声を受けたものだから、上山は喉へ流し込んでいたいた茶漬けが詰まりそうになり咽(むせ)た。
「… … 君か! もう少し、やんわりと近づいてくれよ、驚くじゃないか。声をかけるにしたって、正面からとか…頼むよ!」
 上山は不意打ちを食らい、気分のいい訳がない。思わず、幽霊平林に小言を浴びせていた。
『いやあ…、悪気はなかったんですがね。僕の調子が少し変なんで、課長に相談しようと現れたって訳です』
「調子が悪いって、調子がすぐれないのかい? 医者には診て… ははは…、死んでる君に医者というのもな。だいいち、死んだ者が体調を崩す、っていうのも、妙といやあ妙だぜ?」

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2012年10月28日 (日)

連載小説 幽霊パッション (第百三回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_104

    (第百三回)

 霊界の決め、というのではないが、よほどの大事でないと呼び出さないというのが幽霊達に暗黙の了解とされていたのだった。そんなことで相談相手は上山以外にはないという結論に至ったのだが、上山が首を回して呼ばない限りは現れない約束になっている。ついこの前も、上山の家へうっかり現れたことがあった。だから、幽霊平林は迷惑なんじゃないか…と、小さなことで迷っていた。彼が意を決して上山のいる人間界へ現れたのは、そんなことを巡って考えた後である。些細なことで決断が鈍っている自分のアグレッシブさの欠如を自己反省しとのことで、上山がいる現在地や都合などは、まったく考えていなかった。たぶん会社だろう…と目星をつけた行動だった。
 ただ一つ、幽霊平林にしては手抜かりがあった。それは霊界と人間界の時間感覚の違いである。人間界には当然ながら時間が流れていて、人々はその時の流れに沿って生活をしている。もちろん、上山にしたってそうだ。ところが、幽霊平林が住処(すみか)とする霊界には、その流れがなかった。はっきり云えば、霊界には時の流れが存在しない。すなわち、時間そのものが、ないのである。むろん、幽霊平林も、それは感じていた。感じてはいたが、身体が止まらず、住処でじっとしていられない事態に直面し、すっかり心が苛(さいな)まれていたから、ついうっかり、そのことを忘れてテ手抜かったのである。そのことに幽霊平林が気づいたのは人間界へ現れてからである。上山の会社へ現れてみれば、辺りは漆黒の闇で真夜中だった。これにはどうしようもなく、幽霊平林もお手上げで、自分の不用意さが悔まれた。しかし、訳は分からないものの、アク゜レッシプさが高まった今の幽霊平林である。これくらいのことでテンションは下がらず、諦(あきら)め気分にはならなかった。スゥ~っと障害物を透過しながら移動し、大時計が掛かった窓際の壁へと近づいて何時かを見た。すると、夜の八時を少し回った頃である。まだ課長は起きているだろう…と読んだ幽霊平林は上山の家へ瞬間移動した。

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2012年10月27日 (土)

連載小説 幽霊パッション (第百二回)

     幽霊パッション      水本爽涼 Photo_24

    (第百二回)

 霊界も人間界と同じで、身体を止める場がある。この、止めるという感性が人間界では理解できない感覚で、眠ったり休息したり、家族が憩(いこ)いをもったり、食べたりする場とは一線を画するのだ。しかし、住処(すみか)という共通点はあった。その住処へ帰り着いた幽霊平林だったが、どうも身体が止まらないのである。人間界で云うところの眠れない、ということだ。そんな訳で、霊界としては下層の住処へ戻ってきた幽霊平林だったが、住処の中で身体を止めて浮かぶこともままならず、家屋の中を左右上下斜めと浮遊していた。ただ、人間界とは違い、身体が休まらない、疲れるという感覚は幸いなかった。要は、死んでいるからなのだ。ただ、いつもの状態でないことだけは幽霊平林にも理解できた。生前なら、かかりつけの医者に診てもらうか、そのまま布団に潜り込んていただろう…と幽霊平林は思った。この異常とも思える身体の動きは、いったいどうしたことだろう…、というか、何故こうなったのか…と、彼は巡った。生憎(あいにく)、死後の今では相談する者もいないし、だいいち、霊界では一定の決めがあり、一部の報告事項を除きほとんど出食わすことがないのだ。当然、語り合うこともない。霊のランクを高めるために皆、必死なのである。要は自分との戦いであり、相手は他の霊でも人間でもなかった。しかし、今の不具合は幽霊平林にとってまったく安らぎがない。住処でピタッっと浮いたまま止まれるはずが、左右上下と動いて浮遊する不安定感では気分が休まらない。元来、幽霊に疲れはないから、彼等が身体を休めるというのは、気分を休めることに他ならないのだ。だから現状のままでは困ることはないにしろ、気分的なストレスが溜まることになる。これには幽霊平林も、想い倦(あぐ)ねた。━ こういうときは… ━ と、幽霊平林は上山を訪ねようと刹那、思った。今の彼にとって、相談するといえば、霊界をとり仕切る霊界番人と、皮肉なことに人間界の上山しかいなかった。ただ、霊界番人を呼び出すには、余りにコトが小さ過ぎた。

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2012年10月26日 (金)

連載小説 幽霊パッション (第百一回)

     幽霊パッション      水本爽涼1

    (第百一回)

「なるほど…。それで、お訊(たず)ねの方法なんですが。これには上山さんの努力もいると申しておきましょう。ただ、フツーに戻られれば平林さんとは別れることになりますが、その辺りは、よろしいんでしょうか?」
「はあ…。だから敢(あ)えて、戻りたいとは思っていないんです。ただ、霊界の方へこれ以上、引き込まれて、人の姿が見えなくなる、ってのは困るんですよ」
「分かれました。現状維持ですね? それに見合った方法を私達の研究所でなんとかしましょう」
「はあ、よろしくお願いします」
 上山は何をお願いしているのかが分からないまま佃(つくだ)教授に依頼していた。
 佃教授の研究所で使用されているゴーステンなる物質が霊動に関係していることは上山にも分かっていたから、上山としてはその辺りに解決の糸口があるのだろう…と踏んでいた。上山が佃教授の研究所を去った頃、幽霊平林にひとつの異変が起こっていた。それも、やはり霊動物質ゴーステンの為せる業(わざ)であった。
 幽霊平林に異変が起こったのは、上山が生きている人間界ではない。もちろん、霊界である。寂々(じゃくじゃく)とした霊界で幽霊平林は、いつものように浮遊して住処(すみか)へ帰ってきた。霊界とて人間界と、さほど変わりもなく、人並みのインフラは整っている。ただ、新入りの幽霊平林は、幽霊としては下層に位置し、小屋のようなボロ屋(や)暮らしであった。そうは云っても、食事や世間の付き合いなどがない点は、人間界とはまったく異質だった。その霊界へ帰ってきた彼だが、どういう訳かいつにも増して浮遊力が漲(みなぎ)ったのだった。尋常ではない異変が彼に起きたのである。なんの前ぶれもなかったから幽霊平林は面食らった。加えて、どうも身体が火照るのだ。上山が長らく忘れていた生きていた頃の、溌剌(はつらつ)とした生気(せいき)が充ち溢れたのだ。

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2012年10月25日 (木)

連載小説 幽霊パッション (第百回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_103

    (第百回)

「ははは・・・。まあ、そんなことは、この際、余り関係はないんです」
「関係ないんですか、北枕は?」
「ええ、たぶん…。その幽霊さん、それ…、あっ、そうそう、平林さんでしたか?
 その方はどう云ってられました?」
「えっ? 平林君も他に何かなかったですか? とは訊(き)いておりましたが、はっきり、コレコレとは…。それに、そのことは、私の前から人々が消えたことですし、私に平林君が見えることとは、また別次元の話ですから…」
「ああ、そうでしたね。うっかり混同するところでした。私が云えることは、先ほど云った点です」
「天文学的な希薄さの確率でしか起こり得ないことに私が遭遇し、平林君が見えるようになったということですか?」
「ええ、まあ、そうなります…」
 佃(つくだ)教授は椅子を立つと、空になったコーヒー缶を屑籠へ捨てに、ゆったりと歩いていった。
「いったい、なぜ私だけに、そんなことが…」
「…、ええ、それなんですが、霊動学として述べるならば、霊磁場の歪(ひず)みに天文学的な偶然性で上山さんが落ちられたと…」
「先ほど云われたことですね?」
「はい、何度も云うようですが…」
「それじゃ、その落とし穴から抜け出る手立ては?」
「私も考えてはみますが…。今の状態じゃ、具合が悪いんでしょうね?」
「えっ? …そう云われますとねえ。平林君が見えることにも、もう慣れましたしね。いや、今じゃ彼が見えないと返って寂しいことすらあります」
「そうですか。すっかり恐怖心はおなくなりになったということですね」
「はい、まあそうです…。って云いますか、恐怖心は最初から、そうはなかったんですよ。恨んで化けて出られた訳じゃないんですから…」
 上山は微笑んで云った。

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2012年10月24日 (水)

連載小説 幽霊パッション (第九十九回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_102

    (第九十九回)

「子供の頃、よく落とし穴で遊んだりしましたよね。それと同じなんですよ。運悪く、その穴へ上山さんが落ちられたと考えて下さい。宇宙では星を飲みこむブラックホールの存在が知られていますが、それも落とし穴です。上山さんは、私達がいる人間界に生じた歪(ひず)みに落ちられたんですよ」
「そんなことって、あるんですか?」
「ええ…、まあ普通は、あり得ません。天文学的確率の小ささで起こる事象なんです」
「そんな希少な確率なのに、なぜ私だけが?」
「はあ…、問題はそこなんですよ、上山さん」
 佃(つくだ)教授は上山の方へ身を乗り出してそう云った。
「えっ? どこなんです?」
「ははは…。面白いお方だ。要は、上山さん、あなただけがその天文学的確率で起こり得ない事象に遭遇されたか、ってことです」
「はあ…。そのことは平林君とも話していたんですが、私が思い当たることと云えば、北枕で寝たってことだけなんです。いや、実はこのことを話せば長くなるんですがね、教授」
「私は構いません。洗いざらいお話し下さって結構です」
「そうですか? それじゃ…。実は数日前、私の目の前から人の姿が消えたんですよ」
「ええっ! そりゃ、どういうことでしょう?」
「ですから、北枕で寝ましてね、目覚めたその日、人の姿が皆目、なかったんです。それでいて、機械や交通は日常と変わらず、いつもどおりだったんですよ」
「それは、きっ怪な…」
「ええ…、その日の朝、いつものように食事も済ませ、出勤しようと思っていた矢先、平林君が現われ、二時間ほど出勤を遅らせるように云ったんですよ」
「ああ、幽霊の方ですか?」
「はい…」
 上山は包み隠さず、自分の身に起こった事柄を佃教授に語りだした。

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2012年10月23日 (火)

連載小説 幽霊パッション (第九十八回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_101

    (第九十八回)

それを受け取った上山は佃(つくだ)教授の動きに釣られ、缶のプルトップを切ってグビッ! っと一口飲んだ。ビターな感じの苦み走った味だ…と上山は刹那、思った。
「これ、私の好みなんですよ。他のは甘いから駄目なんです」
「ほう、そうですか。偶然ですが、私もなんですよ。ブラックじゃあない微妙にビターなのがいいんです」
「味の好みは、さまざまですが、似てますなあ、ははは…」
 二人は妙なところで意気投合した。しばらく雑談を交わし、ひと通り話題が尽きたとき、佃教授の方から主題の話を切り出した。
「とりあえず、先にご説明させていただきます。そこへお座り下さい」
 佃教授は徐(おもむろ)に助手がいつも座っている回転椅子を指さした。
「はあ…」
 上山は素(す)に戻って、その椅子へ座った。佃教授は飲み干した缶をテーブルへ置く。まだ半分方飲んだのみの上山は、手持ちのままである。それほど緊張する要因はない筈(はず)なのに、なぜかそのまま頑(かたく)なに持っているのだった。
「霊波の影響を受けられたんですよ」
「えっ!?」
 佃教授の声に、思わず上山は缶をテーブルへ置いた。
「霊波は霊動感知機でご覧になられたと思いますが、我々の住む人間界に普通に存在しております。電波、電気、そしてそれに伴う電磁波、電磁気などです」
「はあ…」
 上山は学生のような謙虚さで頷(うなず)いた。
「まあ、これ以上、小難しいことを上山さんに云ってもお分かりにならないと思いますので簡略しましょう」
「はい…」

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2012年10月22日 (月)

連載小説 幽霊パッション (第九十七回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_100

    (第九十七回)

「もしもし、佃(つくだ)です。この間はどうも…。実はお訊(たず)ねの一件、どうやら原因が掴(つか)めました。お暇(ひま)な折りに研究所へお越し下さい。ご説明させていただきます」
「ああ、はい。では土、日の周りにでも寄せていただきます。時間は改めて、こちらからお電話をさし上げますので…」
「そうですか。それじゃ、そうなさって下さい。夜間以外は年柄年中、私、研究所にいますから…」
「はい。どうも、ありがとうございました」
 電話を切った上山の心は、急に溌剌(はつらつ)と高揚して昂(たかぶ)りをみせた。
 上山が佃(つくだ)教授の研究所を訪ねたのは日曜の朝だった。前夜、披露宴の文面を考えていたから、少し寝不足ぎみだったが、それでも目覚めたのは六時前だった。それだけ気がかりになっていた、ということもある。研究所へは九時にと云ってあるから、たっぷり時間はあった。佃教授の電話や日曜日に研究所へ行くことは幽霊平林には伏せてあった。どういう訳か、今回は呼ばない方がいいように上山には思えたのだ。日曜の前の数日も幽霊平林を呼んでいなかったから、そう目立った動きではなかった。
「や、来られましたか…」
 佃教授は研究所の中で上山を待っていた。九時には、まだ十分ばかりあった。助手の姿は、この前と違って一人も見えなかった。
「どうも…。さっそくですが、原因が掴(つか)めたそうですが!」
 意気込んで上山は云った。
「まあまあ…。今、買ったばかりです」
 佃教授は入口の自動販売機で出した二本の缶コーヒーの一本を上山に差し出しながら笑顔で云った。

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2012年10月21日 (日)

連載小説 幽霊パッション (第九十六回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_99

    (第九十六回)

 上山は岬と話しながらも、人の姿が見えたことで、ほっと安堵していた。究極の問題が解決されたからだ。やはり、北枕だったか…と、上山は岬と他愛もない話をしながら考えていた。自分は、やはり他の者より霊界に近い存在なのだ。そう考えて、上山は一瞬、ゾクッ! っと寒気を覚えた。それって、死にかけているんじゃないか…と。
「課長! どうかされました? なんか顔色が蒼いですが…」
「んっ? いやあ、なんでもないさ。君の思い過ごしだよ、ははは…」
 笑って誤魔化したものの、内心では、やはり気が重かった。ただ、ともかく人の姿は見えるようになったのだ。一歩、境界区域の人間界寄りへ戻ったことは確かなんだから…と、上山は自らを慰めることに努めた。駅には当然のように人々が満ちあふれ、社内にも多くの社員が存在していた。昨日のアレは何だったんだろう…と、上山は課員達と朝の挨拶を交わしながら思った。なぜか、過去とまったく変わらない今ある時間が、貴重で幸せなもののように上山には思えた。岬が席へ着き、上山も課長席へと座った。その時、出勤してきた出水が、岬と入れ違いに上山の席へと近づいてきた。
「いやあ、課長…。よかったですよ、ご無事で。昨日は、連絡が取れずに心配してたんですよ」
「そうか、すまなかったな。来てたことは来てたんだが…」
「えっ? なんて、おっしゃいました?」
「んっ? いや、なんでもない…」
「そうですか。まあ、よかったよかった」
 出水に云ったところで分かってもらえそうにない、と上山は刹那、思った。というより、誰に云ったところで変人扱いされそうな気がした。
 数日が事もなげに過ぎ去り、上山も岬と亜沙美との結婚の祝辞を考えていた関係で、少し霊の発想から遠退いていた。そこへ佃(つくだ)から電話が入った。幸いにも家にいる夜の時間帯で、上山は助かった、と思っていた。多くの課員がいる社内での霊の話は、いささか放し辛(づら)かったからだ。

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2012年10月20日 (土)

連載小説 幽霊パッション (第九十五回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_98

    (第九十五回)

 朝食もそこそこに上山は家を飛び出した。幽霊平林が云ったとおりだとすれば、南枕で、というより、いつもの姿で、いつもの状態で眠ったのだから当然、元に戻って人々の姿が目に入らねばならない。上山は首を右左と動かし、人の姿を探した。その時だった。上山は肩を叩かれる感触を得た。慌(あわ)てて上山が振り向くと、部下の岬が立っていた。
「課長、どうかされたんですか?」
 上山は喜びの余り、訝(いぶか)しげに棒立ちする岬を抱きしめた。そして、なぜか涙が流れ出て、嗚咽(おえつ)した。岬は上司の取り乱しように、どうすればよいか途方に暮れ、されるまま、立ち尽くすのみだった。
 しばらくして我に返った上山は、自分のとり乱しように気づき、慌てて岬から離れた。岬も余りのことに瞬間、かける声を失くしたが、それでも、恐る恐る声は出した。
「いやあ…、ははは…。昨日はお休みになったんですか? 皆、連絡がとれず、心配していたんですよ」
「…ああ、そうだったか。いや、すまんすまん。手の離せない急用があってな。つい、連絡を忘れてしまった」
「よほどのことだったんでしょうね。まあ、ご無事でよかったですよ。私達の媒酌人なんですから」
「そうそう、六月だったね。そろそろ文面を考えなきゃいかんな」
「はい、よろしくお願い致します」
 岬はペコリと頭を下げた。二人は無言で駅方面へと歩きだした。
「それにしても、まさか君が朝、私の家前に現れるとは思ってなかったよ」
「ははは…。さきほどの話ですよ。出水係長から課長の様子を見てこいって釘を刺されたんですよ」
「それって、例のイジメなんじゃ?」
「いえ、そういう訳じゃないんです。私の家が課長の駅に近かっただけのことですから…」
「そうか…。なら、いいんだが…」
 二人の会話は歩きながらも続いた。

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2012年10月19日 (金)

連載小説 幽霊パッション (第九十四回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_3

    (第九十四回)

 いつもの位置で食べ始めた上山だが、人の気配がないと落ちつかなかった。手早く食べ終え、社内の様子をひと通り調べてみるか…と上山は巡った。彼にぴったり付いている幽霊平林は、少し、だれてきていた。
『どうも、変化がないと人間社会は興味が薄れますね』
「そう云う君だって、最近までは人間だったじゃないか」
『ははは…。そりゃまあ、そうですねえ』
 二人の会話は他愛もなく続いた。結局、その日は、まったく何もなく終わったといってよかった。何もなかったという真の意味は、何も起こらなかったといことではなく、起こるための要因が何もなかった、ということである。
 帰宅した上山は、一杯ひっかけて、早めに眠ることにした。もちろん、南枕で、である。スタンドの灯りを消して両眼を閉じたとき、これで明日の朝、すべてが元に戻ってりゃいいが…と、上山は真に思った。今日の朝方はそうでもなかったものが、こうして一日が経ち、寝る頃になると、かなり心底に堪(こた)えていたのである。
 次の朝、鳥の囀(さえず)りで目覚めた。鳥が囀るのは昨日の朝と同じで、問題はない。要は人が見えるかどうかだった。見えなければ、上山としては万事休すである。それは他に原因が考えられないからだった。上山は、いつもと同じパターンで朝の行動をしていった。そして、家事をひと通り終え、背広の上着に手を通した。一刻も早く人の姿を見たい…と念じる強い気持が上山の心を支配していた。車が流れる音は窓越しに入ってはいた。だが、上山が期待する人の姿は生憎(あいにく)、窓からは見えないのだ。道路が上山の家の表通りになっていないためもある。さらに、家前は、いつも人の姿が疎(まば)らで、まったく人影を見ない日が普通だったのだ。加えて機械音のみでは人がいるとは断定出来ない。現に、昨日だって、駅へ発着する車輌の音は上山の耳に入っていた。

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2012年10月18日 (木)

連載小説 幽霊パッション (第九十三回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_2

    (第九十三回)

『ええ、そういうことです。あちらからも課長の姿は見えませんが…』
「しかし、この前のように、ぶつかる可能性はあるんだろ?」
『ああ、電車の座席前でのことですか?』
「あのとき、君は車内にいたよな?」
『いや、いませんでした。でも、どういう訳か、あのときのことは知ってるんです』
「なんか怖い話だな、それは…」
『はあ、まあ…僕にもその訳は分からないんです。まあ、ああいうことは、移動空間以外では起きないですから安心して下さい』
「妙に君の云うことは説得力があるなあ…。なんか、信じられる」
『これは、どうも…』
 幽霊平林は、妙な具合に礼を云った。
「まあ、とにかく食べよう…」
 と、云ってはみたものの、いつものセルフどころか、配膳を準備する厨房の者達もいないのだから、容器に料理を装(よそ)い、自らで配膳せねばならないのだ。上山は、背広の上着を脱ぐと、テーブル椅子にかけ、ワイシャツの両腕を捲(まく)り上げると厨房の内へと入った。ふだん見慣れているから、ある程度の要領は頭の奥に残像として刻まれていた。その一コマ一コマを思い出しながら、上山は配膳板へ自ら何品かの料理類とを乗せた。
 よく考えれば、それらの料理類が、いつ、誰によって調理されたのか…という素朴な疑問が沸々とするのだが、この時点で上山は完璧にその冷静な思考を欠いていた。それもその筈(はず)で、万事が万事、今まで起きたこともないような事象が目の前で展開しているのである。上山でなくとも先々のことが気がかりになるのは当然で、その分、気が削(そ)がれたとしても致し方なかった。

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2012年10月17日 (水)

連載小説 幽霊パッション (第九十ニ回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_2

    (第九十二回) 

『だったら、ひとまず北枕をやめて南枕でお眠り下さい。とりあえずは、これしかありませんよ、解決策は』
「そうだな…。そうしよう。戻ればいいが、戻らなければ…」
 上山は心細そうな不安顔になった。
『まあ、その時はその時で、別の手立てを考えましょう。そんな、深刻になられずに…』
「ああ…」
 幽霊平林の慰めも、今の上山には、すぐ右から左へ抜けていた。
『私には関係ないことですが、腹が減っては戦(いくさ)が出来ぬ、と云うじゃないですか。課長、お昼は?』
「おお、そうそう。よく云ってくれたよ。うっか忘れるところだった。いつも、これくらい減ってれば、忘れることなんて、まずないんだがな、ははは…」
 上山は笑って誤魔化した。それだけ尋常に思えない環境の変化に、上山の身体が緊張していたといえる。
 上山が食堂へ歩き始めると、幽霊平林もスゥ~っと彼に追随した。
 やはり、食堂には上山が予期したように人っ子一人いなかった。だから、漫才の相方のようにいつも声をかけてくる同年配で上山と仲のよい江藤吹恵の姿も当然、そこにはなかった。
『誰もいませんね…』
 幽霊平林にも予想出来ていたのであろうが、彼は一応、事実確認する意味で口にした。
「だな…」
 上山は、ぽつんと、ひと言、返した。
『でも、ちゃんと食べ物はあるでしょ。ほら、あそこにも湯気が立って、美味そうなマーボ豆腐が頃合いに出来てますよ』
「ああ…、やはり私には見えないだけで、いつもと同じように皆、いるんだなあ…」

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2012年10月16日 (火)

風景シリーズ  特別編 その後⑫ 「どうでもいい」

「ははは…。正也殿、そのようなことは、どうでもいいのでござるよ」
 じいちゃんは笑って僕を叱らなかった。というのも、僕は確実に怒られると思っていたからだ。えっ? どういうことか分からないって? そう言われる方も多いと思うので、これからその経緯(いきさつ)を詳しく語りたいと思う。別に語って欲しくないと思われる方もおられようが、そこはそれ、我慢してお聞き願いたい。
 事の顛末は十日ほど前に遡(さかのぼ)る。僕は夏休みの最後で、学校の工作も終わり、居間でやれやれとミックスジュースを飲んでいた。そこへ離れから、じいちゃんが、いつもの光沢ある頭を照からせて現れた。
「正也、もう夏休みも終りだな。どうだった、今年の夏は?」
「うんっ! まあまあかな…」
「今年は暑かったからなあ。いや、今も暑いが…。そうそう、どうだ今、手は空いてるか?」
「うんっ! どうかしたの?」
 僕はいつもの可愛さで愛想よく答えた。愛想よく返答するというのが味噌で、これでかなりのダメージが和(やわ)らげられるし、じいちゃん雷の避雷針にもなる。場合によれば、法外な恩恵を受ける場合すら出てくるのだ。
「いや、別にどうでもいいんだがな。アレを磨いてもらおうと思ってな」
「ああ、いつかのアレ?」
「ああ、アレだ」
 アレとはナニである。? …と、怒られる方も出ると思うから説明すると、アレは根っこである。まだ分からん? と思われるだろうから、もう少し詳しく言えば、じいちゃんが山か川? 
で拾ってきた古木の枯れた根で、これがどうして、なかなかのいい形をしているのである。じいちゃんは、これの形を整え、さらに磨きをかけて台を誂(あつら)え、部屋へ飾っていた。そして時折り眺めては磨き、茶を啜(すす)りながら一人、悦に入っていた。で、この枯れ根をいつか磨いてくれるよう僕に頼んだことがあったのだ。なんでも別の用事が出来たとかで思っていた磨きが出来ない・・ということだった。そこで僕にお鉢が回った、ということである。今回の場合は用事はなかったようだが頼まれたのだ。剣の師匠と仰ぐじいちゃんの頼みを無碍(むげ)に断ることも出来ないので、僕は「いいよ!」と愛想よく返答してしまった。今から思えば、これがいけなかった。軽く考えていたこともあってか、僕はうっかり、じいちゃんからの依頼を忘れてしまっていた。母さんと街へ行くことになったソフトクリームの誘惑に敗れたのだ。バスで10分ほどの距離だが、愛奈(まな)が生まれてからは、買い物の回数も結構、増えていた。母さんは折りたたみの乳母車で行くから、なにかにつけ僕は便利に使用されたが、必ず母さんから「はいっ!」と手渡されるソフトクリームの恩恵もあった。母さんが愛奈を抱き、折りたたまれた乳母車を僕が持ってバスへ。で、降りるときは真逆となるのだ。…、そんな話はこの際、どうでもいい。結局、街へ出て、帰ってからもじいちゃんの依頼を忘れていて、夜になった。父さんは汗だくで会社から帰ってきて風呂を浴び、その前に入ったじいちゃんと珍しく居間で談笑していた。
「いやぁ~、今日も暑かったですねぇ~」
「ああ…。毎日、ご苦労だ」
「いえ~」
 母さんの肴の一品料理に上手い冷酒で、二人も気分がよかったのだろう。今だっ! と僕は瞬時に判断した。この機を逃しては、じいちゃんへの言い訳は出来ないだろう…と思えたのだ。僕は、磨きを忘れたことを素直に誤った。
「ははは…。正也殿、そのようなことは、どうでもいいのでござるよ」
 一匹の赤い茹(ゆ)で蛸が笑って僕を見ていた。どうでもよかったのだ。

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2012年10月15日 (月)

連載小説 幽霊パッション (第九十一回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_97

    (第九十一回)

 辺りに誰もいないことで、上山は現実に起きている異常事態に改めて気づかされた。とはいえ、空腹はどうしようもなく、上山はひとまず食堂へ行くことにした。今までの流れで考えれば、人以外はすべて正常に機能しているように思え、この考えで進めれば、食堂には食事も準備されていることになる。ただ、セルフで配膳をしなければならないだろう…と、上山には思えた。むろん、上山と同年配の江藤吹恵も消えているだろう…とも予想出来た。時間が経過するとともに、やはり一人では心もとなくなり、上山は幽霊平林を呼ぶことにした。
 上山が首をぐるりと一回転させると、幽霊平林がいつものアグレッシブな幽霊さでスゥ~っと現れ出た。今回の場合は意図的にグルリと首を一回転させたのだから、上山も即応体制である。
「おお、君! 待っていたぞ。どうしたもんかな?」
『課長! いきなり、どうしたもんかもないでしょ。ああ、ご苦労さんとか、云いようもいろいろあるでしょうが、呼んでおいて』
「いやあ、これは…。すまん、すまん」
『まあ、いいですよ。で、今は、なんでしょ? 駅の構内から、そんなに経ってないですよ』
 やや不服そうに、幽霊平林は上山の前でやや上へと浮かび上がり、上から目線で上山を見下ろした。
「なんでしょって、分かってるだろ? どうすりゃいいか、皆目なんだよ~」
『はあ…。まあ、おおよそ、そんなことだろう…とは思ってましたが…』
「仕事をするったって私一人じゃなあ。だいいち、決裁する書類を誰も持ってこん。えっ! なにすりゃいいんだ?」
『僕に訊(き)かれましても…。まあ、今日のところは適当に過ごして、明日に備えて下さい』
「やはり、北枕か…」
『他に、コレ! っていうのが思いつかないれないんでしょ?』
「ああ、まあなあ…」

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2012年10月14日 (日)

連載小説 幽霊パッション (第九十回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_96

    (第九十回)

「はははは…。首を回して下さい、もいいなあ。君がいりゃ、テレビのお笑い番組を観なくて済みそうだ」
『いやあ、参ったなあ…』
 苦笑いをしながら、幽霊平林は、いつものようにスゥ~っと、さりげなく消えた。
 上山は流れる辺りの風景の変化を注視しながら、いつもの駅が近づくのを待った。それもその筈(はず)で、無人列車なのだから当然、アナウンスもない。だから、展開する視界だけが上山にとっては頼りなのだ。なんとか、いつもの駅を出て改札口を抜ける。会社は駅より徒歩五分ばかりのところにあった。人の気配は、やはりなく、無人の歩道を上山は歩いた。信号も電飾も、街はいつもと変わりない賑わいを見せている。自動車もいつもの過密ぎみの喧噪(けんそう)を撒き散らして走っている。だが、どの車内にも人影はなかった。無人の機械が、ただ絶え間ない軌跡を描いているに過ぎなかった。
 会社へ到着し、自動ドアを入った上山だが、やはり人の気配はまったく感じられなかった。いつものように業務第二課のドアを開けても状況は同じで、人っ子一人いなかった。やはり駄目か…と幾らか気落ちしながら上山は課長席へと座った。誰もいないので当然、女子課員の海堂に出されるいつものお茶のサービスもなかった。仕方なく、上山は厨房でセルフのお茶を淹(い)れようと席を立った。
 問題は明日の朝までの過ごし方である。人の姿がすべて消えたからといって、物まで消えた訳ではない。だから、生きる分には支障はとりあえずない。そうなると、今後の過ごし方である。見たところ、周囲に視線がないのだから、まずは気分的に寛(くつろ)げる。続いて、仕事で追われるノルマがないから、束縛感がまったくない。で、そうなると欠伸(あくび)も出る。上山は、いつしか課長席で微睡(まどろ)んでいた。そして目覚めたのは、すでに課内の大時計が十二時に迫った頃だった。どうも気が動転して、かなり疲れていたようで、空腹感が上山を起こした。

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2012年10月13日 (土)

連載小説 幽霊パッション (第八十九回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_30

    (第八十九回)

『また興奮されたようですね。課長、安心して下さい。これは一過性のものです。決して、死にかけているとかそういうんじゃないんですよ』
 幽霊平林は宥(なだ)めるように云った。
「まあ、いい…。君の云うことを信じよう。それで、私は、どうすりゃいいんだ?」
『だから、何かの行動で、課長がそうなられたことは確かなんです。ただ、北枕で寝られた、ということが直接の原因なのかは、僕には分りません』
「そんな、あやふやな…」
『まあ、僕の霊界の知り合いにそれとなく訊(き)いておきますがね』
「ああ、…それは頼むよ。で、私は会社へ行って仕事をしてりゃいいんだろうか?」
『人間界と霊界の間におられる課長ですが、果して、人間界との接点が上手くいくのかどうか、僕にも分かりませんよ』
「今日は、昨日の続きをやってみるよ。で、どうなるかだ…。出水君も岬君も海堂君も、誰もいないんだからな。いや、いるが、私には見えないんだからな…」
『そういうことです。ここは、やるしかないでしょう。僕もいますし…』
「北枕だけの原因かどうかは別として、問題は元へ戻るか、どうかだな…」
 上山は徐(おもむろ)に幽霊平林へ云った。
『原因がそれだけなら、取り敢(あ)えず、先ほど云われたようにやって戴くしかないですね』
「…うん」
 上山にしては素直に云った。というのも、やはり多少の不安感がつき纏っていたからである。
『じゃあ、消えます! お邪魔しました』
「ははは…。じゃあ、消えますってのが、いいよな。でもな、マジックじゃないんだから、消えますは怪(おか)しいぜ」
『ああ、そうですね。失礼しました。では、また首を回して下さい』

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2012年10月12日 (金)

連載小説 幽霊パッション (第八十八回)

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    (第八十八回)

 いつも通る無人の自動改札だから、通過の時も違和感はなかった。しかし、人いきれのある雑多な喧噪(けんそう)がないから、妙な孤独感に上山は苛(さいな)まれた。ホームへ入り、停車した車輌にドアが開いた瞬間、飛び乗った。電車に乗り馴れている上山も、さすがにこの朝は不安な気分だった。幽霊平林の説明によれば、今までと同じで、すべての人は存在している、ということなのだ。上山は瞼(まぶた)をつぶって、いつもの車中の光景を思い出すことに努めた。そこには、人が一杯いる。その光景を思い描けば、不安感を拭(ぬぐ)い去れると考えたからである。幽霊平林は? と、いえば、やはり上山の後方をスゥーっと付かず離れず、一定の距離を保って流れている。上山も、それは分かっているから別に意識することなく、飛び乗った車輌の空席へ座りかけた。しかし瞬間、妙な感触が大腿と尻に走った。明らかにそれは人間の感触であり、人物が座席に座っている感触だった。この時、その人物もギクッ! と身体を硬くしたようで、ヤンワリとしたクッションのような尻や足の感触は刹那、硬直化して石のようになった。当然、上山も、驚きのあまり、身体を飛び跳ねるかのような俊敏さで立ち退いた。要は、幽霊平林が云ったとおり、車輌に乗客はいたのである。というより、いつも繰り返される日常の光景は展開していて、たた上山だけ見えていなかった、ということである。恐らく乗降客から見れば、上山の姿だけが消えていることを暗に示していた。そして上山も、車両の吊り皮を握りながら、そう思っていた。誰も座っていない筈の座席だが、人の感触は確かにあった。このことは正(まさ)しく、上山が霊界と人間界の狭間(はざま)に迷い込んだことを意味していた。
『どうです。僕の云ったことが実感できたでしょう、課長』
「…ああ、どうもそのようだな。いつものように人はいるのか…。ただ、私だけには見えていないだけなんだな。いや待てよ。それだと、この私は死にかけているってことか? 平林!」

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2012年10月11日 (木)

連載小説 幽霊パッション (第八十七回)

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    (第八十七回)

「ああ…。それも今、思えば、そうだったというだけでね」
『今まで寝ておられたってことだけですか?』
「まあ、そういうことだ。昔から、北枕で寝るのは、死んだときだけだって云うからなあ…。他に、コレ、っていうことがないからな。思い当たるのは、この北枕くらいのことだが…」
『なら、そうなんでしょう。結果、課長は今、人々が見えない訳です。…でも、僕の姿は、今までどおり見えるんてすよね?』
「ああ、見えるよ。むしろ、今まで以上に、くっきりと…。まあ、これは冗談だがね」
『茶化さないで下さいよ』
「いや、すまんすまん」
 上山は謝る破目になったことを悔(く)いた。
『だったら、今夜まで我慢して下さるっていうのは、どうでしょう?』
「今夜、元の状態で眠りゃ、戻るって寸法か?」
『はい…、たぶん。戻らなきゃ、また考えましょう』
「随分、荒療治だな…。それで今日は会社へ行けばいいのか?」
『僕に訊(き)かれても知りませんよ。課長の思われるままに…』
「それで、あの開閉しては走る無人列車に乗るのかい?」
 上山は無人で発着する列車を指さして訊(たず)ねた。
『見えないだけで、現に人はいる訳ですから、そうされればいいでしょう』
「…って、君には見えてるのかね?」
『ああ、まだ云ってませんでしたね。僕には、いつものように人の動きは見えてます』
「馬鹿! なぜ、それを早く云わんのだ。だったら悩むこたぁないんだ。私が見えないだけなら、あとから考えるよ」
『はあ、どうもすいません…』
 上山は少し怒りぎみにベンチを立ち、そそくさと改札口へ向かった。

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2012年10月10日 (水)

連載小説 幽霊パッション (第八十六回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_94

    (第八十六回)

『なるほど! でっ?』
「でっ、って、それだけのことだ。別に変わったこっちゃないだろ?」
『…ええ、まあ。そう云われれば…』
 幽霊平林は少し、たじろいだ。相変わらず、駅構内の青ベンチに座る二人(一人と一霊)の周りを通行する人影は、まったく見当たらない。
「いや、いやいやいや…、課長、何かあった筈(はず)です。よく思い出して下さいよ」
「んっ? ああ…」
 上山はもう一度、昨夜からの自分を辿った。すると、ひとつ思いつくことがあった。それは彼にとって恐らく初めてで、今までしたことがないと思える内容だった。
「ああ、そうだ…。北枕で寝たんだった。いや、別にそうする必要はなかったんだが…。どういう訳か、すべての常識を否定したくなってね。というのも、君に関係があるんだよ」
『えっ! 僕に? …どういうことでしょう?』
「だって、そうだろうが。君が私の目に見え、さらには話をしていること自体、常識では考えられないことだぜ」
『そりゃ、まあ、そうですが…』
「だから、すべての常識を無視しようと、ベッドの前を後ろにして寝たんだよ」
『ベッドを動かさずに、上下を反対に?』
「そりゃ、そうさ。寝る間際(まぎわ)に、あんなでっかいものを一人で動かす筈(はず)がないだろ? だいいち、一人じゃ動かせんさ」
『はあ、そりゃ、まあそうですか…』
 幽霊平林は、また同じ言葉を口にして得心した。
「思い当たること、っていえば、それしかないなあ…」
『北枕ですか?』

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2012年10月 9日 (火)

連載小説 幽霊パッション (第八十五回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_93

    (第八十五回)

『まず、ですね。課長の昨日の行動を振り返って下さい』
「昨日の行動って、…どの辺りから?」
『そうですね。社長室で田丸社長とお話しされて会社を出られた頃からですね。それまでは僕も課長と話してましたから、それ以降です』
「君が消えた時から、ってこと?」
『はい…』
「君が消えたのは、正確には社長室を出て課に鞄(かばん)を取りに戻ったときだったな?」
『ええ…、通路までは僕も一緒でしたから、それ以降ですね』
「課のドアを開けた時からか…」
『はい、そうなります』
「え~と、ドアを開けた時な。ドアを開けた時…。確か、課内には出水君と数人が、まだいたな」
『はあ。すると、その時は人の姿があった訳ですね?』
「むろんだよ、君。家へ戻るまでには多くの人の姿があったんだから…」
『となると、家に着かれたあとの行動、ということになりますが…』
 幽霊平林にそう云われ、上山は腕組みをして考え始めた。
「行動って云われてもなあ…。家に着いてからは、いつもの動きだったし…」
『これ、といった変わったことはされたり、してないんですね?』
「ああ…、なにもなかった筈(はず)だ。って云うか、なにもなかった」
『そうですか…。それじゃ変わったことは起りませんでしたか?』
「変わったこと…。別にないなあ。昨日はゴーステンのことを考えたりしていた」
『その辺りを、もう少し詳しくお願いします』
「ああ…。君も知ってると思うが、岬君の仲人を私が頼まれてるんだ。まあ、式だけの親代わりだけだが…。六月の式までひと月ほどになったから、そろそろ披露宴の挨拶文をと考えていたんだよ。それまでに、なんとしても今回の手掛かりだけはと思ったんだが、その時、佃(つくだ)教授と霊動感知機が、ふと浮かんだのさ」

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2012年10月 8日 (月)

連載小説 幽霊パッション (第八十四回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_92

    (第八十四回)

「ただ、それだけのことって、大きなことじゃないか!」
『ええ、それはまあ…』
「それはまあ…なんて、悠長な。いったい、どういうことなんだ、平林君」
『おや、久しぶりに僕の名が出ましたね』
「そんなこたぁ、どうでもいいんだよ!! 気を持たせる奴だ」
『すみません。本当のところを云いましょう。課長が私達霊界と人間界の狭間(はざま)へ少し移動されたから…、いや、迷い込まれたからと云った方がいいでしょうか』
「なにを、まどろっこしいことを…。私は何もしちゃいないよ。いつものように寝て、いつものように起きた。ただ、それだけのことだ! それで、どう移動したって云うんだ、君!」
『またまた…。そう興奮しないで下さいよ、課長』
「興奮など、しとりゃせんよ。状況が急に変わったから面喰らっとるだけだ!」
 上山は強がってみせた。
『はいはい、分かりました。そら、そうでしょう。でも課長、ここは冷静になって下さいよ。このまま迷い込んでますと、もうこのままですからね、ずっと…』
「なんだ君! 私を脅(おど)かしてるのか? いい加減にしてくれ」
『脅かしてる訳じゃないですよ。真実を語っただけです』
「なら、どうすりゃいいって云うんだ? 私には抜け出す方法(すべ)なんて分からんぞ」
『まあ、落ちついて下さい。ああ…、ここに手頃なベンチがあります。座って下さい。私も横で浮いてますから…』
「浮いてますから・・か。ははは…、少し笑えたよ」
 そう云いながら歩みを止めた上山は、目の前の青い駅ベンチに座った。

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2012年10月 7日 (日)

連載小説 幽霊パッション (第八十三回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_91

    (第八十三回)

 上山は、とにかく誰かを呼ぼうと携帯に手をやった。しかし、開けて誰彼なしにダイヤルしても、まったく応答がない。というより、接続不能メッセージも流れず、接続自体がなされているのかどうかも分からなかった。上山は連絡を諦(あきら)めて、携帯を背広のポケットへ戻した。その時、幽霊平林の顔が、ふと上山の脳裡を過(よぎ)った。これだ! と上山は刹那、思った。そして、徐(おもむろ)に頭をグルリと一回転した。例の呼び出す合図である。
『はい! お呼びになりました? いやあ、もうそろそろかと思ってたんですよ』
「そ、そんなこたぁ~、ど、どうだっていいんだ! おい君! これは、どういうことなんだ? ちゃんと説明しろ!」
 上山にしては珍しく興奮した口調で云い放っていた。
『まあまあ…。そんな大きな声を出さずに! 今、ちゃんと云いますから』
 幽霊平林は不満顔で上山に云った。
「分かった…。いや、こりゃ、私でなくとも大声を出すぞ」
 上山は人の姿が消えた辺りの光景を指さして、そう云った。
『はい、それは、そうです…。しかし課長、安心なさって下さい。人々は、ちゃんといるんですよ。ただ、課長の目には見えないだけなんです』
「分からん! とういうことだ、君」
『ですから今、少しずつ、ご説明しますよ』
 幽霊平林は、ふたたび上山を宥(なだ)めた。
「は、早く云ってくれ! どういうことなんだ、えっ!?」
『まあまあ…。そう迫られては、話し辛(づら)いですから』
「…、いや、これは私が悪かった…」
『人は、いつもどおりいるんですよ。ただ、課長の目には見えない…。ただ、それだけのことです』

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2012年10月 6日 (土)

連載小説 幽霊パッション (第八十二回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_22

    (第八十二回)

 いったいどういうことだ…と上山は瞬間、考えた。何か、よからぬことが起こるのかも知れないとも思えた。確かに起ころうとしていたことは不測の事態で、上山を除けは決していいとは考えられない出来事だった。もちろん、上山もこの事態が起こった最初は、皆と同じようにうろたえたが、その後、上山以外にはもたらされない朗報が彼だけに舞い込んだのである。それがなぜだったのかを上山が知るのは半年以上も先となる。
 上山は幽霊平林に云われたとおり二時間ほど遅れて出ることにした。背広の上着だけを脱ぎ、とりあえずはハンガーへかける。奴の云うことが出鱈目なら、完璧に遅刻欠勤だ…と、少し怒りぎみに上山は思った。
 二時間を過ぎ、上山が家を出て駅へ着くと、いつもの雑然とした人の動きが途絶えていた。というより、駅構内には人っ子一人いなかった。乗客はむろんのこと、駅員、それに周辺に展開する店の人影も一切、立ち消えていたのである。そういや…と、上山はひとつの異変に気づいた。というのは、上山が家を出て車を走らせたその途中の車窓に展開する風景が、いつもとはまったく違っていたことである。もちろん上山は偶然、こんな日もあるんだろう…と、軽い気持で車を走らせていた。移り行く風景に人の姿は一切、なかった。駅を歩きながら人を探しはするが、昨日までのすべての有りようが完全に消え去っていた。そうは云っても、それは生活を営む人々の姿だけであり、不思議なことに機械は平常に動いていた。列車は無人の人を乗せ、ドアの開閉もいつもと変わらず、運転手もいないのに無人で発車していた。信号やあらゆる照明も消えることなく、無人以外は、なんら昨日までの風景とは変わることがなかった。すでに歩き捜(さが)す上山の額(ひたい)には汗が光っていた。それは、動いて暑いから出るという汗のみでなく、そら恐ろしさ、という怖さから出る冷や汗も多分に含まれていた。

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2012年10月 5日 (金)

連載小説 幽霊パッション (第八十一回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_90

    (第八十一回)

 幽霊平林は、いったいなぜ上山にだけ見えるの? というか、そもそも他の死者達と違い、平林だけが、なぜこの世にさ迷っているのか? という素朴な疑問は解かれることもないまま五月も終わろうとしていた。六月末だと岬に云われていた披露宴までにはちょうどひと月だった。会場での挨拶が多少、気になった。それまでに何かの手がかりらしきものだけでも入手したい…と上山は思っていた。頼りの佃(つくだ)教授は怪(あや)しげなゴーステンという物質を用いて制作した霊動感知機のデータ取りに余念がない。彼は唯一の理解者だが、成果のない研究結果の現状だけが悔(くや)まれ、上山は当てに出来ずにいた。
 次の日、上山に朗報がもたらされた。それは幽霊平林からであった。その日も上山はいつものように目覚め、そしていつものように同じ繰り返しのワンパターンで出勤までの家の雑事や身支度をしていた。むろん、食事は簡略に済ませるつもりでいた。というのも、会社到着までの時間を考えれば、そうゆったりと食事をする余裕はなかったからである。上山としては決して急いでるつもりはなかったし、またゆったりしているという気分でもない。云わば、普通のリズムでのワンパターンだったのである。そんな上山がコーヒーを飲み終え、新聞を閉じた時である。幽霊平林が不意に現れた。上山としては、まさか家へ現れようとは思っていない想定外の事態であり、幾らか驚いた。とはいっても、行動を乱すほどの乱れようではない。
「ど、どうした! 君。ここへは現れないってこっちゃなかったのか?」
『すみません…。そのつもりだったのですが、お出かけ前にどうしてもお伝えせねばならない事態が起きたものですから…。課長が僕のようにスゥーっと動く存在になってもらってからでは困りますから…』
「えっ? どういうこと?」
『なんでもいいですから、今日は二時間ばかり遅らせて家を出て下さい。訳は改めて云いますから! それじゃ…』
 幽霊平林はそう云うと、スゥーっと、さりげなく消え去った。

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2012年10月 4日 (木)

連載小説 幽霊パッション (第八十回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_89

    (第八十回)

「ありがとうございます、と申しております」
「そうか…。まあ、今日はこの辺にしておこう。おい、そこにいる平林君、今後とも我が社のために、よろしく頼むぞ! 以上だ。もう帰ってくれてかまわんぞ」
「それでは…」
 上山は席を立つと田丸に一礼し、社長室をあとにした。当然、幽霊平林も上山の後方を流動する。
『社長、やっと僕の存在を認めてくれましたね』
「ああ…。まあ、よき理解者が一人、増えたと思って、素直に喜ぶしかないな」
『これで僕達二人以外に、滑川(なめかわ)教授、佃(つくだ)教授、社長の三人が加わりましたね。現在、五人です』
「そういうことだな…。だが、私達の謎を解明する手立てが見つからん」
『それもそうです。つい、僕達のことを忘れてました』
「なにも、君が謝ることはない」
『ええ、そうなんですが…。お手上げですね』
「そうだな…」
『研究所でも今のところ分からないんですから、こりゃもう、コツコツと地道に調べるしかないですね』
「そういうことだ…」
 上山は課へ戻ると、机に置いた鞄を手に帰途についた。この時、すでに幽霊平林
は前ぶれもなく消え去っていた。上山にとって幽霊平林のことは気がかりではあったが、すでに馴れてきたせいもあってか、半分方、もうどうでもいいや…との想いに襲われつつあった。上山は幽霊平林との関係をすでに二人と思っていた。正確には一人と一霊なのだが、見えて話せる今の現状は、彼を人間と認められた。ただ、平林は足がなく、宙にプカリプカリと浮かんだり、スゥ~っと流れ動いたり消えたりする違いがあるだけだった。それさえ気にしなければ、一人と見えなくはなかった。

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2012年10月 3日 (水)

連載小説 幽霊パッション (第七十九回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_88

    (第七十九回)

「ああ、まだ云ってませんでしたね。私が佃(つくだ)教授にコンタクトをとったのは、平林君と相談した結果なんです」
「どういうことだ?」
「ですから、私と平林君の現象について、です」
「ああ、君には平林君の姿が見えるということか…」
「はい、そうです。それに、平林君が云うには、私だけが白っぽく見えるそうです」
「白っぽく?」
「ええ、薄れて見える、という意味らしいんですが…」
「なるほど…」
「そうだったな、君」
『はい!』
 上山が幽霊平林に訊(き)き、彼は肯定した。しかし、社長の田丸には見えないから、上山が話す様子は尋常には映らない。どこから見ても、ひとり言としか捉えられないのだ。
「なんだ? どうした、上山君」
「ああ、すいません。白っぽく見える様子を、ここにいる平林君に確認しただけです」
「ああ、そうなのか…」
 田丸は、それを聞いて納得した。
「社長! 私の云うことを信じて戴けるんでしょうか?」
「…まあな。強(あなが)ち、出鱈目とも思えんしな。だいいち、将来のある君がだ、出世にさし障(さわ)る話をする訳がない。普通は、見えたとしても隠すのが道理だ。それを君は、私に包み隠さず云ったんだからな。これはもう、信じるしかあるまい」
「ありがとうございます」
『ありがとうございます』
 幽霊平林も上山に続いて礼を云った。

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2012年10月 2日 (火)

連載小説 幽霊パッション (第七十八回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_87

    (第七十八回)

「ほう…それは何かね?」
「教授のところへ納入された霊動感知機という機械の出どころが、実はその佃(つくだ)教授の研究所だったんですよ」
「霊動感知機だって? 何だね、それは?」
「佃教授は霊動学の権威者なんですがね。その霊動学を実証するために作られた機械なんですよ。ゴーステンという物質を使って…」
「ゴーステン? 益々、分からん」
「まあ、分からないのが相場です。おいおい、お話しします」
 上山は田丸を宥(なだ)めた。
「結局のところ、平林君が君には見えるということだな」
「はい、それはもう…。現に、今もここにおります」
 上山はプカリプカリと宙で漂う幽霊平林を指さした。
「なんだ…今日も出とるのか」
『出るとは失礼な! 日や月が昇るんじゃないんですから』
「出るとは失礼な、と申しております」
「えっ? ああ…。いや、これは失言だ。申し訳ない」
 田丸は上山が指さした空間を眺(なが)めて、そう云った。
『課長! いちいち伝えないで下さいよ。僕が居づらいじゃないですか』
「いや、すまん、すまん」
「なんだ! どうした? 上山君」
「いえ、こっちのことです」
「それで、佃教授は、どう云ってられたんだ?」
「はい。今の霊動学では、まだ詳しいことは分からないとか…」
「何が分からないのかね?」

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2012年10月 1日 (月)

連載小説 幽霊パッション (第七十七回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_26

    (第七十七回)

「なんだ、そうか…。いや、そりゃ奇遇だな。っていうか、いささか気味が悪いな」
「そう云われりゃ、そうですね」
 幽霊平林も上山の前で、それもそうだ…と納得して頷(うなず)いた。生きていれば
腕組みしをして頷(うなず)くところだが、彼の場合は、いつもと変わらない幽霊姿勢である。優位姿勢とは、両手を前へ構え陰気に下げる、誰もがよく知っている定石のスタイルだ。もちろん幽霊平林が腕組みをしない、ということではない。
「まあ、とにかく、そんなことで立ち読んだあと、返って気になってきたって訳だ」
「私もあの本は読みかけ、なんですが…。それより社長、我が社で安眠枕を発売しようとしたのを憶えておられますか?」
「ああ…確か滑川(なめかわ)教授に案を出してもらったやつだろ?」
「ええ、そうです。枕のメカは佃(つくだ)教授にお願いしたんですが、アレは結局、お蔵入りになってしまいましたね」
「ああ、そうだった。専務や常務など、主だった役員連中が売れん! と、ゴネおったな」
「いえ、私は役員会の経緯(いきさつ)は知らないんですが、結局、発売にはなりませんでした」
「そうだった…」
 当時、生きていてこの世のモノだった幽霊平林は、自分も一枚、噛んでいた話だけに、ふたたび首を二度、三度と縦に振って頷いた。ただ、不安定に上や下へと空中で浮き沈みして漂っていることには変わりがなかった。
「私が滑川教授の研究所を訪ねたのは、社長が気にされる私と平林君のことを訊(たず)ねようとしたからなんですよ」
「佃教授は知らんが、滑川さんは何度かお会いしたことがあるな」
「そうでしたか…」
「で、それがどうかしたのかな?」
「ええ、社長が気にしておられることに関係があるんですよ」

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