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2012年11月

2012年11月30日 (金)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第十八回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo

    (第十八回) 

「はい…。実は、佃(つくだ)教授が名づけられたゴーステンなのですが、この土と密接な関係があり、これと粘土で作られるそうなんです」
「それが、どうかしたのか?」
「はい。そのゴーステンで私達の、…いや、私達の、と云いますのは、先ほど申しました死んだ部下の平林君と私のことなんですが、二人の奇妙な現象を解き明かしてくれるのではないか、と期待しているのです」
「ほお…。君も今の科学を否定しておるのか?」
「いえ、そんなことでもないんですが…。そのことを教授にもお考え願おうと思い、こうして寄せて戴いたようなことです」
「そういうことか…。なるほどのう…」
 滑川(なめかわ)教授は理解出来たのか、机に置かれたハンカチを手にし、包まれた土をシゲシゲと見ながら、そう云った。
「それで、この土が、そのなんとか…、そうそう、ゴーステンになぜなるのか? という謎なんだな?」
「いえ、なるならないは私達にはどうでもいいことなんですが、要は、このように細粒化した人骨の含まれる土が、ご研究されている心霊学と、どういった関係にあるのか、ということをお訊(たず)ねしたいのです」
「小難(むずか)しい質問だな。しかと、すぐには答えかねるがのう…」
「それはもう…。いつでも結構でございます。何かヒントが分かれば、お伝え願えませんか?」
「うむ! 分かった。そうしよう…」
 滑川教授は思ったよりスンナリと了解した。そのとき、研究室に浮かんでいた青火が、何の前ぶれもなくフッ! と消えた。
「おっ、消えたな…。これは、どういうことじゃ?」
「はい、ご説明すると長くなるんですが、掻い摘(つま)んで申しますと、私の部下の平林君が落ちついたんです」

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2012年11月29日 (木)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第十七回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_132

    (第十七回) 

『「そうだが、怖くないのかね、君は? 科学者の私だって、こんな夜分にゃ、少し怖いぞ」
 まったく怖がらない上山に、教授は、━ この男、ただ者じゃないぞ ━ と、少し不気味さを感じた。
「いやあ…、この前云ったと思うんですがね。あっ! すみません。あれは佃(つくだ)教授でした」
「…どういうことかね?」
「実は、私には死んだ部下の霊が見えるんですよ」
「ははは…。馬鹿を云っちゃいかん。心霊学を科学で解明しようと研究しておる私にだって、そんな子供の作り話のような、まやかしは信じられんよ。霊動学の佃君は、どう云っとったんだ?」
「佃教授は信じて下さいました。ちょうど、霊動反応があり、霊動探知機の針が振れた、ということもあったからなんですが…」
「佃教授のところにある霊動探知機は、うちのものより格段と性能がいいからなあ。日々、ゴーステンの配合が研ぎ澄まされるように変化しておるでのう…」
「はあ、それはまあ、そのようですが…」
「少し解けてきたぞ。と、いうことか…。おお、恐怖心も少し引いていくのう。こうして落ちつくと、その青火も、どこか神秘的に美しく感じるから不思議だわい…」
「多少はお分かりになって戴けたかと存じます」
「ああ、まあな…。で、今日の用件は何じゃ? 暗うなってきおったから、そろそろ終(しま)おうと思っておった矢先でな」
「はい。今の話と関連があるのですが…」
 上山は手に持った鞄(かばん)から、ハンカチに包んだ舞台寺(ぶだいじ)の土を取り出した。
「なんだね、それは?」
「…土です」
「土は分かっとる。その土が、どうかしたのかを訊(き)いとるんだっ!」

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2012年11月28日 (水)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第十六回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_131

    (第十六回) 

『それじゃ、僕は興奮を抑えてから入ります。でないと、青火を教授に見られちゃ拙(まず)いでしょ?』
「ああ…、今のところは、な。いや、そうじゃないかも分からん。君の青火が灯っていた方が教授を説得しやすいかも知れんからな」
『はあ…』
 幽霊平林は俄かに大人しくなった。階下は上よりなお一層、暗い。薄闇どころか、視界がまったく途絶えた暗黒の世界だった。灯火設備は天井にあることはあったが、その電球もすでに切れているのだろうか、蜘蛛の巣があちらこちらに張り巡され、電球は消えているのだった。
『それじゃ一緒に入りましょうか。よく考えりゃ、僕も霊力を送るのに、その方が都合がいいですから…』
 幽霊平林は、また賑やかになってそう云った。上山がドアをノックすると、中から声がした。紛(まぎ)れもない滑川(なめかわ)教授の声である。
「おお! 開いとるぞ。…誰だ! こんな夜分に」
「はい! どうもすいません。いつやらお邪魔した田丸工業の上山です。その節は…」
「ああ、上山なあ…。どの節かは分からんが、佃(つくだ)君のことを云っとるんだろう?」
「はいっ!」
「かまわん! 入れ! ドア越しに話されても聞こえにくいから、かなわん! このところ、耳が遠うなってのう」
 上山は慌ててドアを開けると入った。釣られて幽霊平林も続く。ただ、頭の青火は消せぬままだった。急に現れた上山に教授は一瞬、ギクッ! として驚いた。というより、上山の上方向に漂う青火に驚かされたと云った方がいいだろう。
「…まあ、座りなさい。…、しかし君、何か見えんか?」
「えっ? ああ…上の青火でしょ?」

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2012年11月27日 (火)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第十五回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_130

    (第十五回) 

『ええ、そのとおりです。相手にもよりますが…。教授の心霊力が強ければ駄目なんですけどねえ』
「私の話し方ひとつだな」
『はい、まあ…。滑川(なめかわ)さんは偏屈ですから、機嫌を損ねないよう、ひとつ宜(よろ)しく頼みます』
「ああ…」
 車は一路、滑川教授の研究所へと向かった。
 研究所へ着くと、そのむさくるしさは以前とちっとも変わりがなかった。地下階段を
下りようと上山が一、二歩下り始めると、すでに辺りは闇のベールに閉ざされていたから、階段を下りること自体が危うかった。足を滑らせれば大ごとになりかねない。
『ここは、僕の出番ですね。先に行きますから、あとに続いて下りて下さい』
「君はそれでいいだろうけど、暗くって足元が危ういことに変わりはないぜ」
『大丈夫ですよ…』
 そう云うと、幽霊平林は両瞼(まぶた)を閉じ、何やら必死に念じ始めた。すると、どうだろう。彼の頭にポッ! っと青火が灯って燃えだしたのである。
「ああ、そういうことか…。しかし、上手い具合に灯ったもんだ。興奮しないと駄目なんじゃなかったっけ?」
『ええ、そうなんです。ですから、いろいろと妄想して興奮した訳ですよ。灯ってしまえば、こっちのもんです』
「ははは…、どっちのもんでもいいけどさあ。…じやあ、下りてくれ」
『あっ! はい…』
 上山に促(うなが)され、幽霊平林はスゥ~っと階段を降下し始めた。その頭に灯った青火の明るさを頼りに、上山もあとに続いて下りていった。
 教授がいると思われる室内には、60Wの古い電球が一個、灯っていた。それは、この前来たときと変わりがないように上山には思えた。ただ、以前、訪ねたのは午前中で、今日はすでに夜になろうとした頃合いだから、その違いはあった。前回、訪ねたときの室内の記憶が上山の脳裡にウッスラと残っていたから比較出来た訳である。

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2012年11月26日 (月)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第十四回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_129

    (第十四回) 

「すまん、すまん。…別に、からかった訳じゃないんだが…」
『まあ、いいですよ。それより、先に教授のところへ、ひとっ飛びして、様子を窺(うかが)ってきましょうか?』
「便利なんだねえ…、羨(うらや)ましいよ。まあ、出来たらそう願いたいが…。しかし君、疲れるだろ?」
『幽霊に疲れなんぞ、ありません』
「おお、そうだったな。じゃあ、ひとつ頼む。すぐ戻ってくれよ」
「はい…」
 頷(うなず)くと、幽霊平林は格好よく、たちまちスゥ~っと消え失せた。
 久々に訪ねる滑川(なめかわ)研究所である。コンタクトなし、となれば、世間に変人扱いされいる教授の人間性からして、門前払いを食らわされる可能性が無きにしもあらずだった。しかし上山は、なるようにしかならんさ…と、かなりアグレッシブだった。しばらく歩いて駐車場へ出ると、幽霊平林が戻ってきた。僅(わず)か五分内外である。
「おお! …思ったより早かったな」
 息も切らさぬ早業(はやわざ)に少し感心した上山だが、表面上は無愛想に云った。
『はい! 教授、以前とちっとも変わらず、椅子に腕組みして座っておられました!』
「うむ…。そんなとこだろうと思ってたよ」
 上山は至極当然、と云わんばかりの口調で、車のドアを開けた。もちろん、幽霊平林は簡単にスゥ~っと透過して、左前の助手席にいた。辺りはすでに夕闇に包まれようとしていた。舞台寺(ぶだいじ)のときもそうだったが、どうも夜になるケースが多い…と上山は思っていた。
「上手く入れるといいが…」
『大丈夫ですよ。僕も霊力を送りますから…』
「ああ、頼むよ。いつか云ってたやつだな。その気にさせると迄はいかないが、そうなる雰囲気にすることは出来るって」

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2012年11月25日 (日)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第十三回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_128

    (第十三回) 

すると、机を顔に向けブツブツと何やら呟(つぶや)いている上山の姿が目に入った、ということのようだ。
『では、夕方にでも…』
 そう暈(ぼか)して云うと、幽霊平林は格好よくスゥ~っと消え去った。どうも最近、格好よさを意識している消え方のように上山には思えた。
 そして、何事もなく夕方の退社の時刻を迎えた。上山には、今日は充実した一日だった…という満足な気分が心の片隅にヒタヒタとあふれていた。というのも、ようやく岬と亜沙美の披露宴の原稿がスンナリと読めるようになったからだった。これで晴れの門出の当日は恥を掻かなくても済む。そう思うと、なんとなく満足感があふれてきたのだった。椅子を立つとき、上山は危うく鞄(かばん)の中のハンカチのことを忘れるところだった。ハンカチに包んだ土を、これから滑川(なめかわ)教授の研究所へ持っていかねばならない。そう、幽霊平林にも云っていたのだ。佃(つくだ)教授と違い、滑川教授は研究所へ籠り、寝起きしているから、訪ねれば十中八九いることは疑う余地がなかった。
 足ばやにエントランスを出ると、上山の足は速まっていた。右手の鞄(かばん)、左手は歩を進めるにつれ、ただ軽く振るだけである。しかし、ふと上山は想い出した。幽霊平林を呼び出す手法のことである。約束では、首ではなく左手首をグルリと回せば現れる、という手筈(てはず)だった。上山は歩きながら、手首をグルリと回した。たちまち、スゥ~っと幽霊平林は現れ、上山の横に並んだ。
「その後、どうなんだ?」
『どうなんだ、ってどういうことです?』
「だから、休める…いや、止まれるのか、ってことさ」
『ああ、そのことですか。止まれませんよ、ずっと…』
「完璧に故障だな…」
『ええ、完璧に。…って、僕は機械じゃないんですから』
 幽霊平林は、少し拗(す)ねた。

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2012年11月24日 (土)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第十二回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_127

    (第十二回) 

『うっかりのないやつにして下さい。僕も、そう簡単に呼び出されちゃ困りますから…』
「そうならないようなやつだな…。そうだ! 手首をグルグル回すという奴にしよう」
『ちょっと待って下さいよ! 手首ですね? どちらを?』
「そうだな…。右はよく使うから、左にしようか」
『左ですね? 僕もリセットしてインプットし直さないといけませんから…』
「ほう、そうなんだ…」
『はい。一端、してしまえば、あとは全自動ですから』
「なんか、幽霊になった君は、機械みたいなんだなあ…」
『ははは…。機械じゃありませんが、似たところはありますよね』
 二人は辺りに目立たない声で笑った。むろん上山は会話も笑いもデスクに向かって顔は伏せ、小声である。
「そんなこたぁ~どうでもいいさ。今日、仕事終わったら、滑川(なめかわ)さんの研究所へ昨日の土を持っていくよ」
「舞台寺(ぶだいじ)のですか? でも、滑川教授に分かりますか? あの人は心霊学ですよ?」
「まあ、科学で解明できないこともあるさ。ということは、心霊学で分かる場合もあり、ってことさ」
『なるほど…』
 幽霊平林は、なんとなく辻褄(つま)が合うように思え頷(うなず)いた。それに毎晩、静止できずに安息がないというのも辛い。誰でもいいから、幽霊平林としては早く解決して欲しかった。
「おいっ! 出水が私達を見てる! もう、消えてくれ!」
 係長の出水が怪訝(けげん)な顔つきで課長席を見ている。ことに気づいた上山は、慌(あわ)てて机の引出しを開ける仕草をしながら、そう云った。小声で話しているとはいえ、至近距離にはならない程度の斜め前方に出水は座っていた。それが、何かの拍子で振り返り、ふと課長席の上山を見たのだろう。

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2012年11月23日 (金)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第十一回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_126

    (第十一回) 

「課長! 僕達の…、大丈夫でしょうか」
「んっ? ああ、心配ない心配ない。君達に恥は、かかせないさ、ははっ…」
 実のところ、ゴーステンの一件に翻弄(ほんろう)され、余り自信がない上山だった。まあ、覚わらなければ読みゃいいか…ぐらいに思っていた矢先で、岬に迫られ、思わず気休めを吐いたのだった。「ははは…」っと笑ったまではよかった上山だが、そのあと、うっかり首をグルッ! っと回してしまった。どうも癖になったようなところがある。この瞬間、ご存知、幽霊平林が躍(おど)り出た。恰(あたか)も、この瞬間を今や遅し、とばかりに舞台の袖で待つ俳優のような出で立ちである。とはいえ、その姿は上山にだけしか見えないのだから、他人が見ている対外的な景観は少しも以前と変化がない。ただ、プカリプカリと漂っている見えない存在だった。上山は瞬間、こりゃ拙(まず)い…とばかりに幽霊平林を手首で追い払おうとした。
「課長、どうかされました?」
「いや、何でもない。虫がね、いたからさ…」
「そうですか? 見えなかったですけどねえ」
「ははっ、そんな細かいことは、どうでもいいじゃないか…」
「ええ、そりゃまあ…」
 危うく取り繕って、上山はその場を凌(しの)いだ。実のところ、披露宴で読む予定の文面は一応、出来上がっていたが、まったく覚えていなかった。というか、披露宴のことすら忘れられていた上山だった。鞄(カバン)に隠しいれたハンカチに包まれた舞台寺(ぶだいじ)の土…、この方が今の上山にとって一番、気掛かり立ったのである。上山の心配をよそに、幽霊平林は悠々とした顔でプカリプカリと浮かんでいた。岬は一礼すると、自席へ戻っていった。
『課長、回されましたね』
「…ああ、ついうっかりな。癖になっちまったなあ。何か呼び出す合図を決めにゃいかんな、こりゃ…」
 上山は顔を伏せ、小声で返した。

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2012年11月22日 (木)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第十回

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_125

    (第十回) 

「得心いかれましたかな?」
「えっ? ああ、はい…。夜分、すみませんでした。また、何ぞありましたら寄せていただきます」
「はあ、私でお役に立つことならば、なんなりと…」
 その後、しばらく窪地(くぼち)の土を手にして吟味し、上山は舞台寺(ぶだいじ)を退去した。
「土の感触は、普通の土と変わりなかったがなあ…」
『はい、そのようですね。僕にもそう見えました』
「だろ? アレに通電しなけりゃ超常現象が起こらんのかなあ…」
『さあ? 僕には…』
 街路へと戻り、訊(たず)ねた交番前を横切りながら、上山は幽霊平林にそう云った。住職に了解を得てもらったハンカチにくるんだ少しの土、これで恐らく何らかの突破口が開けるに違いないと上山は思っていた。この土は、佃(つくだ)教授の所へは持っていけないと刹那、思えた。と、なれば、上山にはもう一人の滑川(なめかわ)教授をおいて頼りになる学者はいなかった。
「今日は、もう遅い…。これまでにしよう」
『はい、それじゃ明日また…』
「ああ…、出来るだけ早く、首を回すよ」
『他人が聞けば、意味不明な会話ですよね』
「そうだな。首を回すってとこだけなら、たぶん変人に思われるだろうな」
 上山は陽気なオレンジ色で笑い、幽霊平林の方は陰気なブルーで楚々と笑った。
 次の日、いつものように出勤し、時が流れた。上山は仕事と並行して岬と亜沙美の披露宴で読む文面を修正していた。披露宴は、すでに十日後に迫っていたのである。そこへもってきて、舞台寺(ぶだいじ)の土の一件が絡(から)んでいた。昨夜の土は、ハンカチごと鞄の底に忍ばせてあった。

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2012年11月21日 (水)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第九回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_124

    (第九回) 

「妙に不気味さが増すのである。ただ、恐怖とまでいかないのは、すぐ傍(そば)でプカリプカリと浮かんでいる幽霊平林がいるからだった。
 その空き地は雑草が茂るでなく生えていた。茂るでなく、というのは、それなりに除草もされ、手入れされていることを意味する。
「ここの土地を使われてる、って訳ですね?」
「ええ、まあそうです。ほれ、すぐそこが少し窪(くぼ)んでおるでしょ」
 住職は空き地の片隅を指さしながら、手提灯(てぢょうちん)を幾らか持ち上げ、照らした。上山と幽霊平林は、その一点に目を凝らした。
「ああ、確かに…。で、おもち帰りの量は?」
「ははは…量などと呼べるものじゃないんですよ。ほんのひと握り、手の平に乗るくらいですから…」
「なんだ、その程度でしたか」
「んっ?!」
 その時、住職が暗い空を見上げて呟(つぶや)いた。
「ご住職、どうかされましたか?」
「いやなに…、今、青火が見えたような…」
「ははは…、悪いご冗談を。そんな馬鹿な話はないでしょ。気のせいですよ」
 危うい! と慌(あわ)てた上山は、すぐに否定して取り繕(つくろ)った。その上で漂う幽霊平林は、しまった! と、ばかりの、しかめっ面(つら)である。束の間の興奮により青火が頭上に灯ったのだ。幽霊に恐怖心はないものの、この場合の幽霊平林は少し顔の青さを増して蒼ざめた。上山は、なにしてんだっ! と一喝しそうになる口をグッ! と噤(つぐ)んで堪(た)えた。その瞬間、幽霊平林と目線がピッタリ合ってしまった。上山が睨むと、幽霊平林は気不味(まず)さからか、目線を落とした。
「いや、自慢じゃないんですが、この舞台寺は時々、出るんですよ、人魂が。私も何度か目にしております。最近では、名物と申しますか、世間の評判にも…」
 住職は暗い闇を見ながら、そう云った。そういや、交番でもそう云ってたな…と、上山は思った。

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2012年11月20日 (火)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第八回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_123

    (第八回) 

「そこが、佃(つくだ)教授の?」
「ええ、そこの土地を、ほんの僅(わず)かずつですが、ご研究に使われておる、というようなことでして…」
「なるほど…、そういうことでしたか」
「これから、その場所、ご覧になられますか? もう暗うございますが、よろしければ…」
「えっ? はい、出来ましたら…」
 住職は上(あが)り框(かまち)から下へ雪駄を履いて下りると、上山を先導しようとした。
「あっ! あなた、これっ!」
 住職の妻と判明した中年女が、入口に置かれた手提灯(てぢょうちん)を住職に手渡そうと駆け寄った。住職は、それ受け取ると、慣れた仕草で中の蝋燭(ろうそく)に火をつけて歩きだした。懐中電灯ではない古風な所作に、上山はこの寺の歴史の深さを感じながら後ろに続いた。上手い具合に興奮の度合いが下がり、頭上の青火が消えた幽霊平林も、その上山に合わせてスゥ~っと流れた。
 墓が並ぶ墓地を歩く二人は無言である。上山は、さすがに気味悪く思え、なにかを話したいのだが、住職は寡黙(かもく)とみえて一切、語りかける気配がない。ただ、ひたすらにスタスタ雪駄の音をさせて歩くのみだった。
 右に折れ、左に曲がって墓地を進む住職は、やがてピタッ! と停まった。
「ああ、ここですね…」
 住職が指さした場所は、墓石と墓石の間に挟まれた空き地で、スペースとしては、一坪はあろうか…と思える広さだった。
「ほう…、かなり広いんですねえ」
「ええ、かつては無縁仏さまの小さな納骨塚・・と云えばなんなんですが、そのようなものがありましたですよ、ははは…」
 笑うところではないのだが、住職は愛想笑いを浮かべて、そう云った。それが妙に上山の心を重くした。なんといっても、辺りはすでに漆黒の闇である。住職にこんな場所で愛想笑いされて、心が軽くなる訳がない。

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2012年11月19日 (月)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第七回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_122

    (第七回) 

 暗さのため、はっきり門と断定は出来ないものの、目を凝らせば寺の入口であることだけは佇(たたず)まいではっきりと分かった。寺の庫裏(くり)を目指して上山は入っていった。
「でっかい寺だなあ。…ああ、向うに灯りが見えるぞ…」
 幽霊平林に云うではなく上山は呟(つぶや)いた。
『そうですね…』
「悪いが君、前を行ってくれ。頭の青火が上手い具合に灯りがわりになっていい…」
『ははは…、こりゃ、すっかり課長に利用されちゃったなあ』
 幽霊平林は頭上に蒼白い光を放って陰気に笑った。
 灯りが射す方向へ近づくと、やはりそこは庫裏だった。灯りが射していたのは勝手口で、玄関の灯りは消えていた。
「じゃあ、適当に君は入って見ていてくれ。頭の青火は消してな。ややこしくなるから、声は掛けないぜ」
『はい。僕も記憶に話の内容はメモっときます』
「君は田丸工業のキャリア組だったからなあ…。まっ! それくらいは軽いだろう」
『ははは…、そんな大したことはないですよ』
 幽霊平林は上山におだてられ、マンザラでもない気分だった。チャイムのボタンを押した後、勝手口の戸を上山が少し柔らかめに叩くと、中からすぐ声が返ってきた。
「はい、どちらです?」
 そうは若くないと思える中年女の声がし、足音とともに戸が開かれた。
「…あっ! どうも。こんな夜分に恐れ入ります」
「…はい、どちら様でございましょう?」
 怪訝(けげん)な表情の女に、上山は昼間に訪ねるべきだったか…と、いささか後悔した。そして、その気持が言葉になった。

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2012年11月18日 (日)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第六回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_121

    (第六回) 

 暗さのため、はっきり門と断定は出来ないものの、目を凝らせば寺の入口であることだけは佇(たたず)まいではっきりと分かった。寺の庫裏(くり)を目指して上山は入っていった。
「でっかい寺だなあ。…ああ、向うに灯りが見えるぞ…」
 幽霊平林に云うではなく上山は呟(つぶや)いた。
『そうですね…』
「悪いが君、前を行ってくれ。頭の青火が上手い具合に灯りがわりになっていい…」
『ははは…、こりゃ、すっかり課長に利用されちゃったなあ』
 幽霊平林は頭上に蒼白い光を放って陰気に笑った。
 灯りが射す方向へ近づくと、やはりそこは庫裏だった。灯りが射していたのは勝手口で、玄関の灯りは消えていた。
「じゃあ、適当に君は入って見ていてくれ。頭の青火は消してな。ややこしくなるから、声は掛けないぜ」
『はい。僕も記憶に話の内容はメモっときます』
「君は田丸工業のキャリア組だったからなあ…。まっ! それくらいは軽いだろう」
『ははは…、そんな大したことはないですよ』
 幽霊平林は上山におだてられ、マンザラでもない気分だった。チャイムのボタンを押した後、勝手口の戸を上山が少し柔らかめに叩くと、中からすぐ声が返ってきた。
「はい、どちらです?」
 そうは若くないと思える中年女の声がし、足音とともに戸が開かれた。
「…あっ! どうも。こんな夜分に恐れ入ります」
「…はい、どちら様でございましょう?」
 怪訝(けげん)な表情の女に、上山は昼間に訪ねるべきだったか…と、いささか後悔した。そして、その気持が言葉になった。

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2012年11月17日 (土)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第五回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_120

    (第五回) 

『そうですよ!』
「だろ?」
「えっ?」
「いやあ、こっちの話です」
 思わず幽霊平林に語りかけた上山は、慌てて取り繕(つくろ)った。
「そうですか…。最近ですね、舞台寺(ぶだいじ)さんで人魂(ひとだま)を見たという話が入りましてね。その方々は、ここへ駆け込まれたんですがね。私らにゃ、どうにも出来ん話ですし…」
「ええ、そりゃまあ、そうですよね。事件じゃないんですから」
「はい、そういうことです。まあ、それだけの話ですよ。お寺さんは、ここを出られて道路の右側にございます。せいぜい百メートル足らずですから、すぐ分かりますよ」
 巡査は問題点を隠すかのように、話を急に寺の位置へと変えた。
「…ありがとうございました。おい! いくぞっ」
「えっ?!」
「いや、なにも…。ははは…、私、独り言を云う癖があるんですよ」
 怪訝(けげん)な顔で見つめる巡査に、上山はふたたび云い訳がましく取り繕った。
 交番を出て、上山は云われた右側の道路沿いに歩いた。辺りはすっかり暗くなり、ところどころに敷設された街灯とポツリポツリある家窓から漏れる灯り以外、道路を照らすものは何もなかった。巡査が云っていた百メートル足らずをメドに上山は歩いた。当然、幽霊平林もスゥ~っと上山に付き従って流れた。
「おお! かなり大きな寺だな」
『そうですねえ…』
 土塀に囲まれて寺が上山達の前に現れたのは、間もなくだった。その土塀づたいに歩くと、山門と思(おぼ)しき構造物が上山の視界に入った。

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2012年11月16日 (金)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第四回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_119

    (第四回) 

 上山は入口の戸を開けると、中へ入った。それでも巡査は器用な姿勢のまま寝入っている。いわば、氷状態の眠りである。上山はゆったり近づくと、カウンター机の向うに座る巡査の肩を少し揺すってみた。一、二度揺すったが反応がない。こりゃ駄目だと、今度は巡査の肩を持って大きく揺すってみた。すると、巡査はなにを思ったのか、両眼をキッ! っと鋭く開けると、急に直立した。驚いて飛び起きたのである。このとき、初めて右手にしっかり持っていたボールペンを帳簿の上へ落とした。この様子を上山より先に戸を透過して入っている幽霊平林も見ていた。
「… … はい! …なにか?」
 巡査の第一声である。
「いえね…、ちょいとお寺を探しているんですがね」
「えっ? こんな夜分にですか?」
「ええまあ、そうなんですが…。今日中にご住職にお会いしたいと思いましたもので…」
「あ、さよですか…。で、なんというお寺を?」
「照明山・舞台寺(しょうみょうざん・ぶだいじ)というお寺さんなんですがね」
「ああ、舞台寺さんですか」
 巡査は、なんだ…という気が抜けた顔をした。
「ええ、そうですが…? 何か、あるんですか?」
「ははは…、いや、別に何もないんですがね。かなり大きなお寺さんなんですが…」
 巡査の意味ありげな暈(ぼか)しに、上山は、いささか疑念を覚えた。
「はあ、それは聞いております。それが…?」
「いやあ、気にせんで下さい。私ら警察では手に負えん情報が二、三入っとるだけですから」
「その奥歯に物の挟(はさ)まった云い方、気になりますね」

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2012年11月15日 (木)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第三回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼 Photo_15

    (第三回) 

『課長! 怖くないですか? もう夜ですよ。出直しません? 僕、こういうの、からっきしなんです…』
「馬鹿を云っちゃいかん! 私が怖がらないで、幽霊の君が怖がって、どうする!」
 上山は幽霊平林を一喝したが、内心ではやはり少し、びくついていた。
「はあ、これはどうも…」
 幽霊平林は、少し声を小さくした。
 二人…やはりここではそう云っておこうと思う。いつぞやも云ったと思うが、この場合を正確に表現するなら、一人と一霊と云うのが正しいのだが、敢(あ)えて二人と表現することで続けたい。
 さて、その二人は人通りのある街路の方へと歩いていったり流れていった。佃(つくだ)の家近くの空き地は市街地より少し離れていたからである。佃の家には、灯りが灯っていたが、上山は寄らずに通過し、記憶にある交番を目指した。幽霊平林は、ただ従って、スゥ~っである。
 上山が目指す交番は、十分ばかりのところにあった。交番の中では不謹慎にも年老いた巡査姿の男がウツラウツラと首を縦に振っていた。近づく上山は、思わず笑えてきた。というのも、その巡査はウツラウツラとしているにもかかわらず、器用にも手に持ったボールペンは、しっかりと手放していなかったのだ。かといって、完璧に、うたた寝状態で、意識は遠退いているのだった。入口で思わず立ち止まった上山は、戸を開けずそのままその場に佇(たたず)み、巡査の様子を眺めていた。もちろん幽霊平林にもその光景は見えている。しばらくウツラウツラを続けていた巡査は、ついにピタッ! と動きを止めると、そのまま机へ崩れ落ちることもなく、これもまた器用に首を項垂(うなだ)れた状態で寝入ってしまった。右手に持ったボールペンは、その手首だけ見れば今、書いているような状態で、なんの違和感も与えない。

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2012年11月14日 (水)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第二回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼 Photo_14

    (第二回)

「照明山(しょうみょうざん)、舞台寺(ぶだいじ)、でございますか?」
「ええ…。照らす明るい山、演劇の舞台の寺と書きます。お訊(き)きになれば誰彼となくすぐ分かると存じます。なにぶん、大きなお寺ですから」
「そうでございますか。失礼、致しました」
 その後、ふた言(こと)み言を話し、上山は携帯を切った。
『分かりましたか? 課長』
「ああ、まあな…」
 歩道を歩く間は独りごとを呟いていてもそう目立たないし違和感も周りに与えない。遠目に見れば、呟いていること自体、大して話している風には見えないからだ。上山はうつ伏せ加減で歩き続けた。上山の後方を従って付いてくる幽霊平林は、時折り、左右や前へ出たりしていた。
『課長、道は分かってるんですか?』
「ああ、まあな…。佃(つくだ)教授の家までは車で行こう」
『それで、どうするんです?』
「交番さ。私の閃(ひらめき)きは凄(すご)いだろ? まあ、交番なら十中八九は分かるから大丈夫さ」
『通り掛かりの人に訊(き)く気恥かしさもありませんしねえ』
「そうそう、そういうことだ…」
 上山は、いつも停めている駐車場へ脚を急がせた。幽霊平林も当然、スピードを上げる。今のところ、スピードを上げようとすればスムースにいくし、幽霊平林にとって、これといったゴーステンの支障はなく、一日を終えたときに止まれない、という難点だけだった。
 車を飛ばし、取りあえずは車を佃(つくだ)の家近くの空き地へ置いた。周辺は、まだ未開の空き地も多く、態々(わざわざ)、駐車場へ置く必要もなかったのだ。すでに、とっぷりと暮れて、夕闇も薄暗さを増していた。

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2012年11月13日 (火)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第一回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼 Photo_13

    (第一回)

 上山がグルリと首を回すと、素早い反応で幽霊平林がスゥ~っと躍(おど)り出た。
駅の夕暮れは乗降客が多い。
「おお! 君。・・ここでは余り話せんな…」
 上山は人目を気にながら小声で呟くように云うと、歩き始めた。当然、幽霊平林も従ってスゥ~っと流れる。
『僕、考えてみたんですが、ゴーステンの元である土を調べてみちゃどうでしょう』
「ゴーステンの元の土ねえ…。ということは、佃(つくだ)教授が採取している寺だな」
『ええ…、まあそうなります。分かりますかね?』
「そりゃ、教授に訊(き)けば分かるだろう」
『そうですね。ひとつ、お願いしますよ、課長』
「そうだな…。今、訊いてみよう」
 立ち止まった上山は胸ポケットから携帯を取り出した。
「あのう…はい。いつぞや、お邪魔した上山です。その節は、どうも…。実は、折り入って先生にお訊(たず)ねしたいことがございまして…」
「はあ、なんでしょう?」
「実は、急にお訊ねするのも恐縮なんでございますが…、ゴーステンでご使用になられた土はどこのお寺さまのご境内のものなんでございましょう?」
「えっ? そのようなことを、なぜ?」
「いえね。ちょいと、お参りでもさせてもらえば、幽霊の平林君や私の状態も変わるんじゃないかと…」
「はあ、なるほど…。今、電話しておる私の自宅はご存知でしたよね?」
「ええ、それはもう…。つい先だって寄せて戴いたばかりですから…」
「ええ…。その私の自宅のすぐ近くなんですがね」。照明山舞台寺(しょうみょうざんぶだいじ)というお寺なんですよ」

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2012年11月12日 (月)

連載小説 幽霊パッション (第百十八回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_118

    (第百十八回)

「その意味では、上昇によって余計な体エネルギーが消費されたことは、むしろいい結果といえた。だが、話はそう単純には終結せず、泥沼化する方向へと進んでいった。泥沼化する状況は、幽霊平林ばかりではなく上山にも云えることだった。ただ、その事実をこの時の二人は知らなかった。
「おお…、ずっと天まで昇って行くもんだから、どうなるんだ! って心配したぜ」
『いやあ…、僕も冷や汗ものでしたよ。こんなことって最初で最後に願いますよ!』
「そんなこと云われても、私のせいじゃないぞ」
『…ああ、そうでした。課長のせいじゃないんでした。すべてはゴーステンか…』
「そう、そのゴーステンさ」
『魔のゴーステン…。こりゃ、これを消滅させないと駄目ですね、なにがなんでも…』
 幽霊平林は真剣な声で、そう云った。
「ああ…、私にもそう思えてきた」
 上山も幽霊平林に同調した。二人は少し急ぎ加減で歩いたりスゥ~っと流れた。前方に駅舎が近づいてきた。
「ゴーステンの配合のとき、どうのこうの…と、教授は云ってたなあ」
『ええ…。教授も、つまらないことを考えたものです。結果、僕も今のようなことですから、いい迷惑ですよ!』
 少し怒り口調で幽霊平林は云った。
「まあ、そう云うなよ。なにもそうなると教授も考えてのことじゃないんだから」
『はあ、それはまあそうですけどねえ…』
 上山の言葉で、仕方なく幽霊平林は溜飲を下げた。
 二人は駅で別れ、それから何事も起こらない二日が流れた。もちろん、上山もその二日の間、手をこまねいていた訳ではない。あれこれと、ゴーステンそのものの詳細なデータを探りはしたのである。上山は幽霊平林と約束した午後六時に駅を出た所にある前広場で待っていた。六時にぐるりと首を一回転し、それを合図にスゥ~っと幽霊平林が現われる、という手筈(てはず)になっていた。

             第一章  終

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2012年11月11日 (日)

連載小説 幽霊パッション (第百十七回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_117

    (第百十七回)

「死ににくいか…。ははは…、まあそうなるなあ」
 二人は移動しながら軽く笑った。前方に駅舎が見えてきた。上山が腕を見ると、十一時半近くになっている。駅近くに見つけておいた店で昼を済ますか…と、上山は歩み緩めて巡った。
「君はいいよな、食わないでもいいんだから」
『ははは…、その点は便利ですね』
 幽霊平林は、そう云いながらスゥ~っと上空へ昇っていく。
「あっ! 君! …どうしたんだ?!」
『それがぁ~、僕にも分からないんですぅ~!』
 消えるでなく、自由にならない身体に戸惑いながら、幽霊平林は次第に小さくなって上空へと昇っていった。だが、その動きは幽霊平林が自ら移動しようという意志の力ではない。勝手に身体が動くのだ。雲が自分と同じ高さになる…つまり、雲の高さまで到達すると、さすがに上昇は止まった。幽霊平林は完全にパニックで我を忘れていたが、上昇が止まると、慌てふためいて降下していった。もちろん、今度は自分の意志によってである。なぜ自分がそうなったのか…という原因はゴーステン以外には考えられず、しかも、いつこうなるのか分からないのだから、幽霊平林が不安に苛(さいな)まれたのも無理からぬ話であった。今までは霊界で止まれなかっただけのコンディションが、ここまで異常をきたすとなると、これはもう、トラブルをいつ起こすかもしれない車を運転している人間心理と寸分も変わらないのだ。要はビクビクもので、そんな心理状況に幽霊平林が陥(おちい)っていたということである。
 真っ逆さまに降下した幽霊平林だったが、余りの落差のために、いささか精気を失っていた。まあ、よく考えれば、精気がないのが本来の幽霊なのである。身体が活発に動いて止められず、心がパッション(情熱)で満たされること自体が本来は不自然なのである。

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2012年11月10日 (土)

連載小説 幽霊パッション (第百十六回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_116

    (第百十六回)

「なんだ…一端、消えたから、もう現れないのかと思ったよ」
『霊界へ戻っても、安定して止まれませんからねえ…、困ったもんです。まあ、疲れるってことじゃないんですけどねえ…』
「そうだったなあ。まあ、よかったら私の家でゆっくりしていけよ。私も一人だから話し相手にはなるしな、都合がいい」
『僕を利用しようってことですか?』
「ははは…、そんなんじゃないけどな。まあ、よければだ…」
『じゃあ、そうさせてもらいます』
「それにしても、今日は首を回さなかったのに現れたよな」
『あっ! それはすみません。緊急事態ですから、霊界でじっとしてられなかったんですよ』
「まあ、いいさ…。気持は分かるよ。私だって人の姿が全部、消えたときゃ、頭が真っ白になったからなあ…」
『パニくりますよね?』
「ああ…」
 二人は道を歩き、いや、上山は歩き、幽霊平林はスゥ~っと流れながら話を続けた。
『ゴーステンを作らなきゃいいんですよね』
「ああ、そりゃそうだが、佃(つくだ)教授のところでも云ったように、それじゃ何の解決にもなりゃせんぜ。君は霊界で友達とかは?」
『はい…。それは霊界の決めで…』
「霊界の決め?」
『ええ、特別に許可されない限り、余りそういう、しゃべったりするの・・駄目なんです。あっ! また口が滑った…。もう、これ以上は訊(き)かないで下さい』
「ああ…。駄目なのか…。厳しい制限があるんだね、そりゃ、大変だ。私の方が生きやすいよ」
『ええ、そうなんですよ。なかなか死ににくいんですよ、あちらも』

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2012年11月 9日 (金)

連載小説 幽霊パッション (第百十五回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_115

    (第百十五回)

「やはり、その物質による汚染、ってことでしょうか?」
「ははは…、放射能じゃないんですから…」
 二人は顔を見合わせて笑い、幽霊平林も陰気な陽気さで加わって笑った。
「冗談は、さておいて、解決策とかあるんでしょうか?」
「それなんですがね。私自身もこんな状態になってますし、なんとかせにゃならんと思ってるんですが…」
『手っとり早いのは、ゴーステンを弄(いじく)らなけりゃいいんじゃ…』
「君なあ…、そんな消極的なこっちゃ困るぜ!」
「えっ?」
「いやあ、平林君がゴーステンから遠ざかれば問題は解決するんじゃないかと…」
「ははは…、まあ私としてもそうはしたいところなんですが、霊動学者としては、出来んですなぁ~。研究自体から遠ざからにゃいけません。学者をやめるなら、話は別ですが…」
「そりゃまあ、そうです」
 上山は頷(うなず)き、幽霊平林も同調して頷いた。
「ゴーステンを配合して、このざまですが、やはり一定の配合率に原因はあるようです」
『僕は止まれりゃ、どうこうはいいませんから、よろしくお願いします』
「教授、平林君が止まれればいいから、よろしくと申しております」
「はあ…、なんとかなるよう努力してみましょう。しばらくかかるかも知れませんが…」
 かれこれ一時間以上も話し、すでに昼前になっていた。
「あら、お帰りざ~ますか? またお越し下さ~ましね」
「はい、孰(いず)れまた…」
 夫人は、ざ~ます言葉で上山を送った。
 上山が外へ出たとき、幽霊平林は、外壁を透過して現れた。

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2012年11月 8日 (木)

連載小説 幽霊パッション (第百十四回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_114

    (第百十四回)

「はあ、そうですなあ…」
『課長! そんなことより僕が止まれる手立てを訊(き)いて下さいよぉ~』
 幽霊平林は蒼白い光を強めて、じれながら云った。
「おお、悪い悪い。今、訊くさ」
「えっ? 何をでしょう?」
「彼が申すには、止まれる手立ては何かないのか、ってことで…」
「止まる? …よく分かりません」
「ああ、そうでした。教授には、そこから話さねばなりませんね。実は、…霊界の者は静止して翌朝を迎えるようなのです」
『そのとおり!』
 幽霊平林が陰気ながらも陽気な声で合いの手を加えた。
「これは貴重なお話ですねえ。霊動学者として大いに参考になります…。で?」
「はい。その静止した状態で朝を迎えられない、ということだそうです」
「ということは、自分の意志で自分の身を動かせないってことじゃないですか」
『僕は、いったいどうなっちゃったんでしょうね?』
「君! ややこしくなるから黙って!」
「えっ? なにか?」
「いえ、なんでもありません。平林君に云ったまでです!」
「ああ、そうでしたか。失礼しました」
 佃(つくだ)教授はベッドの寝そべる角度を変えながら謝(あやま)った。
「いえぇ…、別に怒ってる訳じゃないんです」
「ええ、はい。で、その身を安定して止まれないか、って話なんです」
「今日のところは私としても即答はできないんですが、ゴーステンが解決の糸口になるのではと…」

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2012年11月 7日 (水)

連載小説 幽霊パッション (第百十三回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_113

    (第百十三回)

 その時、幽霊平林が、いつものように予期せずパッ! っと、現れた。
「なんだ、君! 約束が違うじゃないかっ、首は回してないぜ!」
「エッ!?」
 急に空間の一点を見ながら独り言を云いだした上山に、佃(つくだ)教授は思わず驚きの声を上げた。
「あっ! すみません。平林君が今、現れたもんで…」
 上山は佃教授を急遽(きゅうきょ)、見直して、取り繕(つくろ)った。
『こちらも、すいません、課長』
「…まあ、いい。佃教授もいらっしゃるから、返って都合いいしな」
『教授はどうおっしゃっておられるんでしょ?』
「ああ、やはりゴーステンのようだと…。それに教授の症状も違いこそあれ似通ってらっしゃるそうだ。ね? 教授?」
「えっ? ああ、そうです。幽霊の平林さんは今、その辺りにおられるんですか?」
 佃教授は上山が話す目線の先を注視していたのか、その方向を指さした。
「はい、仰せの通り、その方向に浮かんでおります」
「浮かんでおります、か。こりゃいい、ははは…」
 佃教授の笑いに釣られて上山も笑い、当の本人の幽霊平林も笑いに巻き込まれた。むろん、幽霊平林の笑い声は佃教授に聞こえない。
「そういや、君が研究所に現れたとき、霊動感知機の針が激しく振れたんだったね?」
『ええ、確かそうだったと思います。それに、オレンジのランプが点滅してましたね』
「? …彼は何を云ってるんですか?」
 上山は空間を見て話しているが、佃教授には幽霊平林の声は耳に入っていない。
「そうだったと…。それに、オレンジのランプが点滅していたも…」
「なるほど…。平林さんも研究所へ現れていたんですね。そうしますと、やはりゴーステンの影響でしょうか」

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2012年11月 6日 (火)

連載小説 幽霊パッション (第百十二回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_112

    (第百十二回)

「じゃあ、先ほどの話ですが、配合されておられたときに何かあったんでしょうか?」
「ええ…。それ以外、私も思い当たる節(ふし)がないんです」
「虚脱感じゃなく、身体の虚脱状態ですね?」
「はい、そういうことです。食欲もありますし、体調は他に、これといって悪いと思えるところはないんですよ」
「そうですか…」
 上山は佃(つくだ)教授の言葉に頷(うなず)くほかはなかった。
「ところで、私を訪ねられた訳は?」
「そう、それでした。つい、うっかり肝心のことを訊(き)き逃すつころで…。実は、前にも云ったと思うんですが、平林君の調子が今一なので、先生に報告方々、お訊(たず)ねしようと…」
「ああ…、いつぞやの幽霊さんですか?」
「はあ、まあ…」
「どこか、お悪いんですか?」
「ははは…。平林君は死んでおるんですから、悪い、って云われるのも、なんなんですが…。まあ、調子が悪いと」
「ははは…そうでした。で、どのように?」
「止まれないらしいんですよ、安定して」
「止まれない? 止まれないって、止まらないんですよね?」
「ええ、身体が停止しない、ってことです」
「それは幽霊として致命的なことなんでしょうね? …幽霊さんに致命的というのも、なんなんですが、ははは…」
「メンタル面、いわゆる心理的に安らげないそうなんです」
「どこか、私の状況に似てませんか? それ」
「えっ? ああ、そう云われてみますと…」
「やはり、ゴーステンですなあ…。あれが何らかの作用をもたらした、としか考えようがありません。こうして寝ている私が云うのもなんなんですが…」

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2012年11月 5日 (月)

連載小説 幽霊パッション (第百十一回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_29

    (第百十一回)

「ここだけの話なんですが、どうもゴーステンの影響なんじゃないかと…」
「だって、他の助手の方は大丈夫なんでしょ?」
「それなんですがね。実は、上山さんとお会いしたこの前、お帰りになってからゴーステンを少し弄(いじく)ったんですよ」
「はあ…。でも、それだって他の助手の方々は毎日、弄ってらしゃるじゃないですか。それがなぜ、先生だけ?」
「ええ、それはまあ、そうなんですがね。あの日は弄った、というだけじゃなく、配合から入りましたもので…」
「配合とは?」
「ええ、ゴーステンを作る配合なんですが…」
「作る配合というと、製造工程ですか?」
「ええ…」
「そんなことって、法律には触れないんですか?」
「はい。人骨と云いましても、人骨そのものじゃなく、お寺さんで無縁仏になられた方の骨粉が含まれたお墓の土なんですよ」
「ということは、墓地管理をされておられるお寺さんの了解をとって、ってことなんですね?」
「はい。なんか、怖いことをしているように誤解されたようですね」
「いや、そんなこともないんですが…」
「ははは…、失礼しました」
「それより教授、お見かけしたところ、至って元気そうじゃないですか」
「ええ…。だから妙なんですよ、上山さん」
 佃(つくだ)教授はベッドの上に横たわりながら、小さく笑った。
「どう、お悪いんです? お見かけしたところ、具合が悪そうには思えませんが…」
「ええ、そうなんです。別にコレッ! っていうことじゃないんですが、どうも体全体が虚脱感で覆われ、力が出ないといいますか…。早い話、豆腐かコンニャク状態です、ははは…」
 佃教授は顔で笑わず、情けなそうな声で笑った。

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2012年11月 4日 (日)

連載小説 幽霊パッション (第百十回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_111

    (第百十回)

「あっ、どうも! 上山でございます…」
「佃(つくだ)の家内でござ~ます。あのう…宅へお越し下さ~ましたのは、初めてでござ~ますわね?」
「えっ? ああ、はい…」
「まあ、立ち話もなんでござ~ますから、お上がりになって下さ~まし…」
 夫人はそう云うと、並んで置かれた数足の高級スリッパを手先で品を作って指さした。上山はふたたび夫人に云われるまま靴を脱ぎスリッパに両足を通した。瞬間、滑らかな極上の感触が上山の足先に広がった。上山の家のものとは明らかに数段の違いがあった。上山が夫人に先導されるまま紆余曲折に廊下を進むと、しばらくしてようやく夫人は立ち止まった。そこに広がる部屋は、どうも佃教授が寝ている寝室のように上山には思えた。
 夫人はドアを開けると、「さあ、どうぞ…」とだけ云い残し去っていった。上山は部屋へ入り、ドアを閉じた。ベッドには、二度会った佃教授が目を閉じて横たわっていた。
「失礼いたします…」
 上山が声をかけたとき、佃教授の両瞼(まぶた)が急にパチリと開いた。寝ていなかったのである。
「ああ…上山さん」
「お加減は、いかがですか?」
「ありがとうございます。もう大丈夫です、本当に…」
 佃教授は、ことの他、明るい声で上山に返した。
「いやあ、教授のお加減が悪いと聞きまして、心配しましたよ」
「ははは…、こんなことは、かつてなかったんですがな。鬼の撹乱ってやつですかな」
「それで、どこがお悪いんですか?」
「はあ、それが妙なことに医者にも分からんと…。診立ては同じ大学の友人なんですがね…」
「そうでしたか…」

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2012年11月 3日 (土)

連載小説 幽霊パッション (第百九回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_110

    (第百九回)

「はい! そう伝えますわ…」
 上山は電話を切り、夫人との遣(や)り取りで気疲れしている自分に気づいた。
翌朝は日曜で、過去の研究所を訪ねるパターンだと、上山はのんびりと起きて、のんびりと出かける、との想定になるはずだった。しかし、三度目の今回は研究所ではなく、佃(つくだ)教授の自宅ということもあり気が張っていたせいか、上山はいつもより一時間ばかりも前に目覚めた。名刺はあるものの、佃教授の自宅へは訪ねたことも過去になく、その緊張感があったとも考えられる。車から出て、駅構内へ入るところまでは、いつもの通勤のリズムと同じだったが、そこからが行き当たりばったりの絵になってしまった。それもそのはずで、佃教授の家のルートがはっきり定まらないのだ。それが行き当たりばったりとなった訳で、上山は警察の刑事が聞き込みをする要領で、通行人から情報を得ながら佃教授の自宅へと近づいていった。
 上山がようやくそれと分かる一戸建ての家を探し当てたのは、もっとも近いと思われる駅に下車し、二時間ほど経ってからである。結局、それだけ右往左往したのだった。こんなこともあろうかと、首尾よく七時半頃に家を出たのが幸いして、佃教授に約束した十時にはまだ三十分ばかりあった。ただ、梅雨前の暑気が現れた日で少し体か汗ばみ、気分はよくなかった。しかしまあ孰(いず)れにしろ、上山としては佃教授の病状らしき異変を確かめるまでは気が許せないのだ。その家は、やはり夫人のざ~ます言葉を彷彿(ほうふつ)させる豪邸であった。
「あのう…、お電話を致しました上山ですが…」
 入口のインターホンを恐る恐る押し、夫人が「はあ…」と、ひと声発したとき、上山は、か細い声で、そう云った。
「ああ、はい…。どうぞ開いておりますから、お入り下さ~ませ」
 やはり変わらない夫人のざ~ます調が返ってきた。上山は夫人に云われるまま、玄関ドアをゆっくりと開けた。待ってましたのよ…とばかりの笑顔で、夫人は上山を見下ろすように立っていた。

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2012年11月 2日 (金)

連載小説 幽霊パッション (第百八回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_109

    (第百八回)

「そうですか。でしたら一度、ご自宅の方へ、お電話をなさったら如何でしょう? 先生もご自宅での療養で済む程度だという医者の診立てらしいですから」
「ああ、そうですか…。でしたら、そうさせてもらいます」
 上山は、そう返して電話を切った。そして、すぐさま、佃(つくだ)教授の自宅へ電話した。幸い、背広に入れたまま忘れていた佃教授の名刺があったことを思い出したのが幸いし、電話できたのだった。
「はい。宅の主人でござ~ますか? …ええ、そうなんでござ~ますの、ほほほ…。まあ、大事に至らず、よかったんですけどもね」
 電話に佃教授は出ず、夫人らしき声の女性が上山の応対に出た。
「いやあ、それは何よりでした。研究所の助手の方から詳細をお訊(き)きし、驚いておったところです」
「そうなんでござ~ますの。今まで寝込んだことなど一度もござ~ませんのに、ほんと、嫌ざま~すわ、ほほほ…」
 高慢ちきな女だな…と、上山は少々、怒れたが、そんなことは云える訳もなく、気持を押し殺して低姿勢で話そうと努めた。
「ははは…、ご壮健なんですなあ。実は、先生にお目にかかりたいと思うんですが、駄目でしょうか?」
「いいええ~、ちっとも…。気分はすっかりよくなりましてね、ごく普通の状態まで回復してござ~ますのよ。ただ、微熱が少し取れない、って申しますか…」
「そうですか。では先生に、上山が面会したいと云っておると伝えていただけないでしょうか」
「はい! しばらくお待ち下さ~まし…」
 保留音が流れ、二人の会話はしばし途切れた。
 夫人が戻ってきたのは、上山が思ったより早かった。
「お待たせいたしました。宅の申すには、いつでもいいと…」
「…はあ、そうですか。でしたら、早速なんですが、明日にでもお邪魔させていただきます。午前中が空いておりまして、十時頃にでも…と、思っておりますので、そうお伝え下さいますよう…」

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2012年11月 1日 (木)

連載小説 幽霊パッション (第百七回)

     幽霊パッション      水本爽涼Photo_108

    (第百七回)

 結局、佃(つくだ)教授をまた訪ねることになったな…と、上山は妙な因縁を感じた。佃教授の研究所へは過去、二度は訪ねている。今回、訪ねるとなると三度目だ。しかし、幽霊平林に止まれないという異常現象が現われたことは佃教授に報告しないと…とは思えた。それは、霊動物質であるゴーステンが介在していると考えられるからだった。佃教授も研究上、当然ながらそうした稀有(けう)な事象の発生は貴重な研究材料となるはずなのだ。上山にしろ、自分の異常を解明する手掛かりになる期待があった。上山は前回と同様に佃教授のところへ電話して了解を取り、同じパターンで研究所へ行くつもりだった。しかし、物事は上山の発想とは予期せぬ方向へ動き始めていた。その時点では上山も幽霊平林も、そして当の本人である佃教授も、まだそら恐ろしい事実には気づいていなかった。この段階まですべての研究は順調に推移していたから、敢(あ)えて上山が危惧(きぐ)する内容もなく、佃教授や三人の助手達も予想だにしていなかったのである。上山が佃教授の研究所へ電話をかけた時、すでにその予兆は始まっていた。いや、正確に云えば、幽霊平林がいつものように静止して空中に留まれなくなった状態から、その予兆は始まっていたと云うべきなのかも知れない。
「えっ? 今日は研究所におられないんですか?」
「はい…。俄(にわ)かのことでして、ご自宅の奥様からお電話が入ったんですよ。我々助手も、今まで教授が来られない日がなかったもんで、どうすればよいか迷っておるところで…」
 上山が研究所の佃教授へ電話をかけた時、応対に出た助手は、佃教授が俄かの病(やまい)で寝込んでいるのだと語った。
「そうでしたか…。いや、先生のご都合をお訊(き)きして、またお邪魔しようと思っておりましたもので…」
「あのう…、お急ぎの用向きでしょうか?」
「いえ、そういう逼迫(ひっぱく)したことじゃないんですが…」
 切り返され、上山は返答が鈍(にぶ)った。

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