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2012年12月

2012年12月31日 (月)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第四十九回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_36

    (第四十九回) 

「このことは、やはり上山には伏せた方がいいだろう…という結論に達したとき、人間界の上山が幽霊平林を呼んだ。その瞬間、刹那(せつな)の閃(ひらめ)きが起き、幽霊平林は引き寄せられるかのように人間界へ姿を現した。そして、現れた瞬間、間髪入れず上山へ云った。
「課長! これ見て下さい」
 云い終わるや、幽霊平林は胸元へ挿した如意の筆を手に取ると、目を閉じて軽く振った。すると、どうだろう。上山の前に置かれた湯呑(ゆのみ)から湯気が上り始めた。
「なんだ! どうしたって云うんだっ! お前! …いや、君。神通力か何か、身につけたのか?」
『いえ、そうじゃないんです、課長。これです…』
 幽霊平林は霊界司から授かった如意の筆を上山の前へ差し出した。
「……、その輝く筆は、何だい?」
『霊界で授かった如意の筆という霊験あらたかな筆です』
「ほう、如意の筆か…。見ただけで何やらご利益(りやく)がありそうな筆だが、これがどうかしたのか?」
「はい。霊界司様は、これで人間界の大悪を滅せよ、と申されました」
「そんな大仰な…。私と君は、元に戻りゃいいと、ただそれだけで動いてきたんだぜ」
『ええ、それはそうなんですが…。課長は、いいとしても、僕の方は霊界に受け入れられる普通の御霊(みたま)の姿になる必要があるんです』
「なるほど…。私にはよく分からんそちらの霊界の話だな」
『人間界の大悪とは何なのか、これは僕も訊(き)く必要はあるんですが…』
「で、私にどうしろと云うんだい、君?」
『どうしろ、などと…。まだマヨネーズの一件も片づいてませんし…』
「そうだよ。中位相処理をしたマヨネーズの一件を片づけてからにしようや」
『はい、分かりました。課長は、ひとまずマヨネーズをやって下さい』
「やるのはいいが、飲み込んだ途端、君に会えない普通の状態に戻ったらどうするんだ?」

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2012年12月30日 (日)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第四十八回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_35

    (第四十八回) 

「ともかく、僕は効いたってことで…。次はマヨネーズ、持ってきますから課長も…」
「いや、あれは君専用ってことで。そちらへ、…つまり霊界へ置いとけよ。私は、また佃(つくだ)教授に霊磁波ビーム装置で作ってもらうから」
『ああ、そうでしたね。マヨネーズって、どこでもありますからね。マイ・マヨにしときます』
「マイ・マヨは、いい! ははは…。が、そういうことだ」
 その後、しばらく雑談は続き、二人は別れた。
 幽霊平林には霊界の知り合いがいることはいる。しかし、霊界の決めによって、そう簡単には会えないのが実情だった。その男は幽霊平林と同じ頃、霊界へ来たのだが、どういう訳か幽霊姿でさ迷っていたのだ。いつやら上山に安請け合いして、訊(き)いておく…とか云ったのだが、正直なところ、霊界番人の許しをもらわねば会えないのが現状だった。今はその男が住処(すみか)を訪れなくなったから、というより、霊界の決めを霊界番人に厳(きび)しく諭(さと)されたか、あるいは御霊(みたま)になってしまったから来なくなったに相違なかった。そのことは、上山にまだ云っていない。上山への隠し事は如意の筆とこのことの二つだが、こちらは決して隠そうとして隠しているのではなく、忘れていたのである。だが、孰(いず)れは話さないと、上山との意思疎通が損なわれる…とは思う幽霊平林だった。そんなことで、次に上山と会ったとき如意の筆について話そうと思った。だいいち、霊界番人に命じた霊界司の意向を、そういつまでも無碍(むげ)には出来ない。ただ、幽霊平林には、━ 俗世の大悪を滅せよ ━ と云われた、その大悪が何なのかが分からない。単なる個々の社会悪なのか…、いや、それならば、大悪とは云わないだろう、と思えた。それが何なのか…、霊界司様は人間界を浄化することでそれを理解せよ、と仰せなのか…と幽霊平林は思えた。そして、社会の大悪を滅したとき、自分はこの霊界に受け入れられ御霊(みたま)の姿になるのだろう…とも。

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2012年12月29日 (土)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第四十七回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_33

    (第四十七回) 

このまま寝入られては、マヨネーズの報告が出来ない。弱った! と思っていると、ふと、胸元の如意の筆が幽霊平林の目に入った。ここは試してみる絶好のチャンス到来! と思え、陰の手でスゥ~っと指に挟むと、ひと振りしてみた。すると、どうだろう。あれほど泥酔していた上山がスクッ! っと、テーブルから顔を上げた。それも泥酔の赤ら顔ではなく、素(す)のいつもの顔色である。
「おやっ? どうしたんだ…。おお! 君か」
『課長、大丈夫ですか? 偉く酔っておられたようですが…』
「ははっ、誰が? 私がかい? ははは…馬鹿云っちゃいかん。このとおり、酒など飲んでおらんよ」
 上山の記憶は、消えたか飛んだように、まったく無くなっていた。この瞬間、幽霊平林は胸元へ戻した如意の筆の霊験のあらたかさを思い知らされるのだった。そして、そのことを今、上山に云うべきか迷っていた。
『今日の報告を取り敢えず、しようと思いまして…』
 結局、幽霊平林の口から飛び出したのは単なる報告の言葉だった。実のところ、微妙に迷っていたのだが…。
「おお、そうだったな。で、その後は、どうよ?」
『三日目で、すっかり元どおりです。もう完璧に近い状態です。あの中位相処理したマヨネーズ、効果抜群ですね』
「そうか…。そんなに効くか。こりゃ、滑川(なめかわ)教授、喜ぶぞ!」
『これだけ効くんですから、課長もどうです。あっ! しまった。霊界へ置いてきました…』
「ははは…、君らしいなあ。その軽薄ささえなけりゃ、キャリア組の君なら私の上の部長になってたかも知れんな」
『からかわないで下さいよ』
 幽霊平林は幾らか口惜しい気分になった。とはいえ、幽霊の自分では状況が変化しないことは、もう十分、身に染みていた。自分は見えないのだし、この世では存在していないのだと。

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2012年12月28日 (金)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第四十六回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_31

    (第四十六回) 

『ありがとうございます。しかし、私は、さしずめ何をすればよいのでございましょう』
『その決めはない。ただ、俗世の大悪を滅せよとの霊界司様のお言葉であった』
『はは~っ!! 出来得る限り、この平林、努めさせて戴きますぅ~』
 幽霊平林が云い終わった瞬間、光輪は、跡形もなく消え失せた。訳がどうであれ、ひとまず霊界司に認められ如意の筆(にょいのふで)まで頂戴したのだから、幽霊平林としては、気分の悪かろう筈(はず)がない。喜び勇んで住処(すみか)へと透過して入った。
 その頃、上山は、かなり酩酊していた。というのも、お目出度い披露宴の席で、多くの人から酒を勧められたからで、いつもなら断るところを、立場上そういう訳にもいかず、勧められるままに飲んだ・・というのが原因だった。幽霊平林がスンナリ消えてくれて気が緩んだ、ということもある。この時点で、霊界の幽霊平林は偉くテンションを上げていた。自分は正義の味方で、ヒーローになったんだという高揚した気分である。
 幽霊平林が如意の筆を胸に、気分を新たにして人間界へ現れたのは、その夜の八時前である。正確には、七時半過ぎだった。なにぶん、時間が分からない霊界だから、少し早めに現れることにしたのだ。もちろん、目的は滑川(なめかわ)教授に報告している上山のデータ集めに協力することなのだが、気分はどこかヒーローであり、正義の味方の幽霊平林だった。現れた場所は上山の家のすぐ近くで、辺りで時刻を確認してから家へ透過するつもりでいた。家に上山はいた。しかし、すっかり泥酔状態で、幽霊平林が現れるしばらく前に、披露宴の二次会からタクシーで帰着したのだった。当然、すっかり出来上がっていた。そこへ幽霊平林の登場である。深い酔いもあってか、上山の有りようは、いつものように尋常ではない。そんなことは知らない幽霊平林はスゥ~っと家の中へ透過した。すると、酔い潰(つぶ)れてテーブルにひれ伏す上山の姿が目の前へ現れた。一瞬、幽霊平林は上山へかける言葉を失った。しかし、いつまでも無言という訳にもいかない。観たところ、酒がかなり入っていることは分かる。

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2012年12月27日 (木)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第四十五回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_30

    (第四十五回) 

 『なんです、課長! 僕だって出たくて出た訳じゃないんですぅ~! 今、何かされたでしょ?』
「…んっ? ああ、マイクを離したときに、回したかも知れんな」
『それですよ、それ!』
 勝ち誇ったように、幽霊平林は上山のミスを強調した。結婚さえしていれば、こんなこともないのだろうが…と、上山には瞬間、思えた。
「まあとにかく、ここは拙(まず)い。場所を変えて現れてくれ! 私はもう行くからな。皆さんを待たせちゃな。トイレぐらいに思っておられるだろうから…」
『すみません! そうして下さい。…って、僕のせいじゃないんですけど!』
 幽霊平林は、また少し怒れたが、遠慮しようと霊界へ戻った。戻ると、同時に住処(すみか)を光輪が射して覆った。そしてたちまち、霊界番人の声がした。
『おお、待っておったぞよ。そなたの妻、和枝の御霊(みたま)は見つかったが、今日はそのような小さきことで現れたのではない。霊界を支配される霊界司様のお言葉を伝えるためじゃ。その方(ほう)、ただ今より俗界の悪を懲(こ)らしめよ! とのお達しじゃ。それは、そなたの身が御霊に変わるまでの務めとする、とのことぞ。よ~く、心するように…』
 光輪は、光をいっそう強くして、幽霊平林の住処へ降り注いだ。
『はは~~っ!!』
 幽霊平林は身の引き締まる思いがした。自分が俄かに正義の味方のヒーローになった錯覚も駆け巡った。もう、妻の和枝のことは、すっかり忘れ去っていた。
『この筆を、そなたに遣(つか)わす。汝(なんじ)が悪に立ち向かい、万が一、敗れたり不利になったりしたときに、ひと振りするがよかろう。さすれば、たちまちにして悪事は退散、あるいは滅するであろう』
 その言葉とともに、光り輝く一本の筆が空中を移動して幽霊平林の胸元の襟(えり)へ、スッ! と入った。

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2012年12月26日 (水)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第四十四回

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_29

    (第四十四回) 

 そうなれば早速、上山のところへ…とは思えたが、よく考えれば、今の時刻が分からない。霊界には時の流れがない。だから異次元空間ともいえるこの世界では、人間界と似通ったところがあるものの根本的な点で差異が見られた。だから、上山の人間界が今、いつなのかが幽霊平林には分からなかった。むろん、少し前、上山に呼び出されたのが夜だったから、そこから辿れば真夜中から早朝だとは推測出来た。で、かなり遅らそうと判断した。
「え~~、…で、ありまして、まことにお目出たい媒酌人の栄誉に浴し、恐悦至極でございます…」
 岬と亜沙美の結婚披露宴が、ここ照天ホテルの松の間で華やかに催されていた。このことを幽霊平林は知らない。
 ひと通りの挨拶と乾杯の音頭をとり終えると、上山は前に立つスタンドマイクを左手で持ち、そして話す寸前、なにげなくグルリと左手首を回した。当然、幽霊平林の記憶にインプットされた端末回路は反応し、幽霊平林は引き寄せられるように霊界から人間界へ瞬間移動した。
『あっ! 課長。今、行こうと思っていた矢先だったんですよ』
「…」
 披露宴会場の大勢の招待客を前にしていては、さすがに上山も返せない。仕方なく、右手に持った原稿を軽く振り払う仕草で来賓客へ一礼して檀を降りた。そして上山は、足早に部屋裾へと姿を隠した。そんな上山を当然、幽霊平林はスゥ~っと追った。メイン司会は照天ホテル側が任されているから、ホッ! っとした上山なのだが、まさかの幽霊平林の出現で、ふたたびドギマギさせられたのだ。
「なんだい君! こんなお目出度い席に…」
 上山は早く席に戻らねばならないから、無愛想な迷惑顔で云った。面白くないのは幽霊平林である。

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2012年12月25日 (火)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第四十三回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_27

    (第四十三回) 

 光の輪の声は途絶え、消え去ろうとした。
『あっ! 待って下さいまし、霊界番人様!』
『なんじゃ!』
 幽霊平林の声に、光の輪は、ふたたび光を強めた。
『あのう…、こちらにおります亡くなった妻、和枝に会いたいのですが、それは叶いましょうか?』
『おお、そのようなことか。それは容易(たやす)きことなれど、御霊(みたま)で漂うそなたの妻を探すには、ちと、時を要するのじゃ。その理由は、云わずと知れた霊魂の多さよ』
『いえ、会えればそれでよろしゅうございます。時がかかろうとも、お待ち申し上げますので、よろしく』
『あい分かった。調べてみるとしよう。ただし、その御霊が、そなたに会いたくないと、と申せば、この話はなかったことにするぞよ』
『はい、結構でございます。なにぶん、よろしゅう!』
『おお…。それにしても、骨の折れる奴だわい』
『あの、なにか?』
『なにもない! もうよい!!』
 霊界番人の声は怒ったように途絶え、光輪も俄かに消え失せた。幽霊平林はスゥ~っと住処(すみか)の内へ移動して、マヨネーズをなにげなく一口、ペロリと舐(な)めた。住処の外の周りでは御霊が飛び交うものの、それはただの走馬燈のようにしか幽霊平林には映らなかった。そして、自分と上山の謎は? と、ふと考えれば、この疑問に関しては少しも進捗(しんちょく)がないように思えた。自分としては止まれるようになったからいいが、まだ上山の姿は白っぽく薄れて見えている。一方の上山はどうなのだろう…。そうだ! 課長にも、このマヨネーズを口にしてもらわないと…と幽霊平林は刹那、思えた。ひょっとすれば、課長の目から自分の姿が消え、正常に戻るかも知れないのだ。それは上山との別れを意味するが、ともかく試してもらおう…と幽霊平林は思うのだった。

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2012年12月24日 (月)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第四十二回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_26

    (第四十二回) 

「いや、それはすごい成果だろう。たった二日で、さ。教授だって一週間から十日は、かかるだろうって踏んでおられたんだからな」
『はあ…、そうですね』
 余りテンションを上げない幽霊平林は、上山の言葉に軽く相槌だけを入れた。
「まあ、とにかくその調子で、もう少し頼むよ。ああ、そうそう。滑川(なめかわ)教授に連絡するのは、朝から夜にしたから」
『はい…。じゃあ、少し前に寄ります。都合ですか?』
「そう、朝は急(せ)くからなあ」
『なるほど、分かりました。それじゃ』
「君も少しは眠れる、いや、休めるだろう」
『ああ、はい…。少しは気分を休められます』
 そう云い残し、幽霊平林はいつものようにスゥ~っと格好よく消え失せた。
 ここは霊界である。スゥ~っと戻った幽霊平林は、とにかく自分の住処(すみか)へ戻ることにした。疲れはないが、少し気分が低いのだった。こういう日は早めに寝る、のではなく止まるにかぎる…と踏んだ訳で、他意はなかった。この日も住処は誰が訪ねるでもなく、ひっそりと陰気さを倍増させて存在していた。崩れかけたボロ小屋が、いっそうその感を深くするが、幽霊平林は幽霊だから怖くはない。中へ透過して入ると、幽霊平林はマヨネーズをペロッ! っとひと口、飲み込んだ。その時、光輪が俄(にわ)かに上の彼方から降り注ぎ、住処の小屋を直射した。幽霊平林は、マヨネーズを飲み込んだ直後だったから、思わず咽(むせ)た。酸っぱ味とかの味覚がない分だけは救われたが、それでも何事だ! とばかりにギクリ! とさせられた。やがて、この前と同様、「霊界番人様だ!」とは思えたが、その目的が、どこか不気味に思えた。
『おお、平林か…。今日、やって来たのは、この前の返答じゃ。霊界司様のご指示は、しばらくの間、そなたの様子を見よとのお達しである。よって、そなたが俗世の姿で漂うこと、しばし許されたと考えよ。では、のう…』

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2012年12月23日 (日)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第四十一回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_25

    (第四十一回) 

「では、報告しますが、昨日の時点では、やはり少し効果があったようで、揺れが少なからず小さくなったということですが、まだ顕著な効果とまでは云えないと…」
「なんだ、ややこしい云い回しだのう。要は、少しは効果が認められるが、まだ、はっきりしない、ということだろうが…」
「はい!」
「初めから、そう云えばいいんだ」
「すみません」
「なにも謝らんでいいがのう」
 滑川(なめかわ)教授は怒らず上山を宥(なだ)めた。
「はあ…」
「まあともかく、あと一週間ほどは連絡してくれ」
「はい、分かりました」
「このデータによっては、君が口にして見えなくなるってこともあり得るんだからな」
「はい。出来ればそう願いたいんですがね。…平林に会えなくなるのは寂しい限りですが…。それと、明日は夜八時頃に…」
 上山は、そう云うと携帯を切った。駅ビルが目の当たりに迫っていた。
 その次の日の夜、上山は幽霊平林を呼び出し、昨日と同じように中位相処理されたマヨネーズの飲用後の変化を訊(たず)ねた。
『いやあ、これは大したもんですよ。昨日からですから、朝昼晩で六回ですよ。さきほども口にしたところですが、抜群の効果です。もう、ほとんど動きません』
「えっ? どういうこと?」
『ですから、ほとんど動かないんですよ。…止まれる、って云った方が分かりやすいんですかね?』
「ああ、そういうことか。止まれるようになったってことだな」
『ええ、ほとんど、ってとこです。まだ完璧とまではいかないんですけどね』

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2012年12月22日 (土)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第四十回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_24

    (第四十回) 

思わず上山はワイシャツのネクタイを緩めた。その緩めたタイミングが丁度、七時半と重なった。これはもう偶然、などとは云えない! と上山には思えた。当然、上山がネクタイを緩めた瞬間に幽霊平林が現れた。この朝は幽霊の決まりポーズではなく、片手に霊界のメモ帳を携えていた。空いたもう片方は、幽霊ポーズをかろうじて維持していた。霊界番人が指摘したように、本来なら人魂の形態であらねばならないものが、幽霊の形を保ったまま死に続けている平林だった。
『お約束の報告です。え~っと、ですね。少なからず揺れは小さくなったように思うが、未だ顕著とまでは云えず、です』
「うーん、もう少し平たく云ってくれよ。なんか今一、伝わらないんだよな、堅くって。下手な小説じゃないんだから」
『いやあー、参ったなあ。課長もなかなか云いますねえ。僕の早とちりです。堅い方がいいんじゃ…と思ったもんで』
「別にいいんだけどさ。朝のこの時間帯だろ? 手っ取り早く聞いて、手っ取り早く頭に詰め込みたいからな。教授に携帯しやすいようにさ。会社へ出る前だから、そう時間もないんだ」
『ああ、お時間ですか…。なんでしたら夜の七時半でもいいんですけど。その方が課長もよろしいでしょ?』
「ああ、そうしてもらえたら有難いがな。君はいいのか?」
『はい、僕が忙しい、ってことは、あり得ませんから…』
「ふ~ん、そうなんだ。それじゃ明日からは夜の七時半で頼むよ、ごくろうさん」
 そう云い終えるや、上山は椅子を立った。家を出る時間には、まだ少しあったが、気が急いたのか、上山は家を出た。そして、駅へと歩く道すがら、携帯を握った。
「あっ! 滑川(なめかわ)教授でいらっしゃいますか? 私、上山です」
「上山? おお! で、どうだ?」
「はい、昨日の報告を聞いたところなんです。今、よろしいでしょうか?」
「ああ、私はいつでも構わん」

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2012年12月21日 (金)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第三十九回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_22

    (第三十九回) 

そうだとすれば、期待が持てるのだ。マヨネーズの飲み込みは、彼にとって不安というよりは、少し楽しみに思えていた。あとは、ほどよい時間を意識的に探れば事は足りた。そう思うと、幽霊平林は霊界のメモ用紙に経過の記録を書くことにした。そして、さっそく今、口にしたことを記した。筆記具は霊界鉛筆である。もちろん、ボールペンもその他の筆記具、いや、人間社会で一般にある物は、食べる物だろうと店だろうと全(すべ)てがあった。ただ、頭に霊界の二文字が付くことと、ネーミングが陰気だということのみの違いはあった。
『そうだな…、この小屋にも霊界時計は一個いるな…』
 幽霊平林は独りごちた。2Kmほど飛べば、霊文具の専門店、弔文屋(ちょうもんや)があるのだが、今のところ霊界鉛筆で事足りている幽霊平林なのだ。もちろん、霊界万年筆や霊界ボールペンも持っているのだが、人間界からどういう訳か死んだときにこちらへやってきたもので、理由が分からない幽霊平林だった。
━ 少なからず揺れが小さくなったように思うが、未だ顕著とまでは云えず ━
 幽霊平林が、最初に記したのは、この二行である。それ以上の変化は、これといってなかった。とはいうものの、一応の効用はあったようだ…とは思えた。止まれないものの、少し揺れが小ぶりになったような感覚だった。明日の朝七時半には上山のところへ現れて、報告することになっている。
 その頃、上山は軽く一杯ひっかけて、そろそろ眠ろうか…とベッドに入ろうとしていた。幽霊平林の報告は会社へ出勤する前だから、少し早めに寝ようと酒をひっかけたのだ。結果は爆睡である。幽霊平林の出現から片時でも解放されたという安堵感もあった。
 次の朝、上山は酒を引っかけたにもかかわらず早く目覚めた。心の奥底に七時半! という約束の時間が刻まれていたに違いない。いつものように手馴れたパターンで出勤までの家事プロセスを済ませ、フゥ~っと、ひと息ついた。

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2012年12月20日 (木)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第三十八回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_21

    (第三十八回) 

加えて、霊界に入るとき、平林が霊界番人から云われたのは、姿と声を次に見聞きすれば、必ずよからぬことがある、と言明されていたのだ。
『その方(ほう)のみ、いかなる理由にて俗世の姿であるのか、答えよ』
『はは~っ! 訳など、さっぱり分かりません。こちらがお訊(たず)ねしたいくらいのもので、ただ、浮かんでいるのみ、なのでございます~』
 平伏姿勢(幽霊としては最敬礼の姿勢の九十度、前方へ回転した姿勢)で、幽霊平林はそう云った。
『左様(さよう)か…。そなたの意志ならば、ただちに霊界から追放し、地界の者とせよ! との、お達しなれど、そなたの意志でない、となれば致し方ない。これよりたち戻り、その旨(むね)を伝えるとしよう。ではのう…』
 そう告げると、霊界番人である光の輪はスゥ~っと消え失せた。幽霊平林は、ともかく危機が去ったことで、幾らかの安息感を得た。そして、フゥ~っとひと息つくと、住処(すみか)へ置いたマヨネーズのことを、ふたたび思い出し、中へと戻った。
『課長が云ったとおり、とりあえず口にするか…』
 幽霊平林はそう呟(つぶや)くと、マヨネーズのキャップをとり、ひと口、吸った。人間なら味覚の酸(す)っぱみを感じるのだが、幽霊には人間の感覚がないから、ただの物として飲み込むだけである。
『しかし、ここでは朝昼晩がないから、口にする頃合いが分からないなあ…』
 思案の挙句、幽霊平林は適当な頃合いを探るべく、人間界へ時折り現れることにした。時間さえ確かめれば、すぐ消えればよい…という発想だった。ともかくマヨネーズを飲み込んで、しばらく時が流れた。飲み込んだときは、まだ体は止まれない状態の幽霊平林だったが、時が経つにつれ、少し体が安定したように思えた。そうはいっても、止まれないことに変わりはない。これがマヨネーズ効果なんだろうか…と幽霊平林は思った。

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2012年12月19日 (水)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第三十七回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_20

    (第三十七回) 

「いや、なんでもない。そんなことは、どうでもいい! はやく、あっちへ行けよ!」
 理由は分からないのだが、上山は少し怒れてきた。
『はい! それじゃ…』
 幽霊平林は、言葉と同時にパッ! と消えた。
 ここは霊界である。現れた幽霊平林は住処(すみか)へと戻った。住処とはいっても、食べることも眠ることも必要ない幽霊社会では、ただ体を止めるだけである。いわば、完璧な写真状態へと数時間、移行するだけである。疲れはないから、ただ安息の気分を味わうだけなのである。幽霊平林は住処へ入ると、手に持ったマヨネーズを棚へと置いた。相変わらず体は止まれないから右や左へフワリフワリと浮きながら漂っていた。その時、外に妖しげな一条の光が射した。その光は、どこから射すというのではなく幽霊平林の住処へと降り注いだ。紛(まぎ)れもなくこの光は霊界番人が現われる前兆で、幽霊平林は、いささか緊張した。霊界番人は滅多なことでは現れないからだ。
『…霊界番人様だ! 何かお叱りを頂戴するんだろうな…』
 幽霊平林は一瞬、身震いした。幽霊でも身震いするのである。ただ、人と違うのは、地面に足が着いていない状態で、フワリフワリと浮きながら漂っているという状況の違いはあった。
 幽霊平林が思わず呟(つぶや)いたとおり、しばらくすると霊界番人らしき光の輪がスゥ~っと現れた。彼の周りだけは蛍火のようにポォ~っと仄(ほの)かに明るかった。
『どうも気になったので、寄ってみたぞよ』
 滑川教授よりも遥(はる)かに上から目線の語り口調で、霊界番人の口からまず出たのは、そんな言葉だった。落ちついて聞けば、そんな大した内容ではなく、人間界ならごくフツーの言葉なのだが、霊界では少し状況が違った。まず、霊界番人の声は響くのである。しかも、少しエコーして反響するのだった。次に違うのは、威圧感だ。光のみで姿がない光の輪なのである。

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2012年12月18日 (火)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第三十六回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_19

    (第三十六回) 

『おお、これは…。僕が手に出来た、ということ自体、成功ですよね』
 幽霊平林は陰気にニヤリと笑った。
「君な…、そう喜ぶもんじゃない。問題は、これを食後に一日三回…、君の場合は食後の部分を除外してだが、…とにかく口にして、果して止まれるか、だろうが?」
『ええ、そうでした。すみません』
「別に謝るこっちゃないがな。一週間から十日、これを口にして、様子を報告してくれ、と滑川(なめかわ)教授の伝言メモが入っていた」
 幽霊平林は素直に上山の言葉を受け入れて聞いた。
「君は、すぐ謝るな。別に謝るこっちゃないさ。ただ私は、教授に頼まれたことを云ってるだけだ。ほら、これにそう書いてあるだろ」
 上山は滑川教授がメッセージで走り書いた紙を幽霊平林に見せた。
『ああ…確かに。で、僕は、どうすりゃいいんですか?』
「そうだな。いちいち君を呼び出して訊(たず)ねる、というのも面倒くさい。よし! 十日の間は手首をグルリと回さなくても君の方から現れてくれ。そうだな…、会社へ来る前がいいだろう。七時半ということにしよう。それで、どうだ?」
『はい! 分かりました。じゃあ、そういうことで…。七時半に現れて、前の日に変ったことがあれば報告します。…あればって、なきゃ僕が止まれないままだから困るんですよね…』
「大丈夫、大丈夫。きっと上手くいくさ。自信を持っていこうじゃないか、平林君!」
「はい!」
 二人はそう云って、気を引き締めた。
「それじゃ、すぐ帰ってやってくれ。…帰ってというのも妙だな。戻って…、これもおかしい。まあ、とにかく、あっちへ行ってやってくれ。…やはり、あっちとこっちがいいなあ」
『はあ? なにを云ってられるんです?』

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2012年12月17日 (月)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第三十五回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_18

    (第三十五回) 

 宅急便が上山の自宅に届いたのは、次の日の夕方だった。
「ああ、どうも…」
 配達員が差し出した伝票に認めのサインをしてドアを閉めると、上山は届いた小箱を、さっそく開けた。中には滑川(なめかわ)教授のメッセージと、マヨネーズが一本、入っていた。上山は、これだな…と瞬間、思った。
━ 上山君、君に云っとったマヨネーズだ。外観はどこにでもあるマヨネーズだが、実は、どうしてどうして。そんじょそこらにあるマヨネーズではないのだ。君に云っとった中位相物質なんだよ、それは。幽霊のナントカが手にした瞬間、フツーの我々人間の目から消滅する。むろん、君はフツーじゃないから、君の目から消えることはないんだがな。それと、そのマヨネーズは霊界の者が手に出来る、というのが他の物質とは違うんだ。霊界の者が直接、肌で感じることが出来る訳だ。さっそく幽霊のナントカに渡して、日々の変化を記録してもらいたい。期間は一週間から十日ほど見ておこう。その後、私の方へ連絡してもらいたい ━
 読み辛い特徴のある字で、滑川教授のメッセージは走り書かれていた。上山はさっそく幽霊平林を呼び出すことにした。だから当然、左手の手首をグルリと回した。その瞬間、まるでマジックのようにパッ! と幽霊平林は躍(おど)り出た。
『ああ! 出来ましたか…』
「今、届いたところだ。これ、君に渡すよ」
 そう云うと、上山は送られてきたマヨネーズを幽霊平林の前へ突き出した。彼はそれをスンナリと受け取った。いや、受け取れた・・と表現した方がいいのだろう。常識に従えば、スゥ~っと透過する幽霊が人間界の物を手にすることなど不可能なのだ。幽霊平林がマヨネーズを手にした刹那、上山はそのマヨネーズが紛(まぎ)れもなく中位相物質に変化した物だと確信した。

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2012年12月16日 (日)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第三十四回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_17

    (第三十四回) 

 滑川(なめかわ)教授はその足で、すぐ宅急便会社へ行った。
「あのう…、これ一本ですか?」
 宅急便会社の窓口で、女性係員は、どこにでもあるマヨネーズ一本を見て、怪訝(けげん)な表情でそう云った。
「おお、そうだが、何か不足か?!」
 女性係員は教授に威圧され、激しく首を横に振った。
「そうだろう…。ならばいい。ああ、便箋か何かの紙を一枚、もらえんかのう」
「…? い、いいですよ」
 女性係員は便箋ではないものの白紙のA4用紙を一枚、教授へ手渡した。そして、細かい必要事項を馴れた事務口調でスラスラと云った。滑川教授は云われたとおり依頼書へ書き込むと、料金を支払った。さらに、白紙のA4用紙にも上山へのメッセージを走り書き、女性係員へ手渡した。
「これで、いいですか?」
 小箱にマヨネーズと用紙を収納し、女性係員は了解を求めた。
「おお、結構結構!」
 滑川教授は白衣のポケットに両手を突っ込んで、満足そうにそう云った。
「じゃあ、指定日時までに配達します」
「ああ、頼みおく」
 古めかしい言葉で教授はそう云うと、外へ出ようと引き戸を開けた。その瞬間、後ろから、「変な客…」と呟(つぶや)く声が教授の耳に飛び込んだ。
「んっ? 何か云ったかな?」
 滑川教授は振り向きざま、ギロッ! と女性を睨(にら)むと、そう云った。
「えっ? いえ、別に…」
 女性係員は取り繕った笑顔で、慌(あわ)てて弁解した。

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2012年12月15日 (土)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第三十三回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_16

    (第三十三回) 

「そのはずです。外観は以前と何も変わっていません」
「すると、容器の中のマヨネーズが変化したと?」
「いいえ、中身も、ちっとも変化はしておらないはずです。最初と、…すなわち先生が持って来られた時と、少しも変化してないはずです」
「なんだ、変わっとらんのですか」
「いえ、変わっています」
「なんですと! どういうことです? 変わってないと云ったものが変わっておるとは?」
「ですから、外観は変わってない、ということです」
「それじゃ、いったい何が変わったと云われるんですかな?」
「それは、このマヨネーズを上山さんが幽霊となっている平林さんに手渡したときに分かるはずです」
「ああ、そうでしたな。その段階で我々の目から消え去るんでしたな?」
「はい、そういうことです」
「ということは、中位相に変化したと?」
「ええ…。だから一見して何の変化もないのです。もちろん、味も量も変わっちゃいません」
 佃(つくだ)教授は自信ありげに滑川(なめかわ)教授へ告げた。
「そうですか。すると、もう持って帰ってもいい訳ですな?」
「はい、どうぞ…」
「おお、そりゃ、有難い。なんか、店のお持ち帰り、みたいですな。では、さっそく上山のところへ宅急便で送ってやります、一筆、添えて」
「宅急便ですか?」
「ええ、そう云ってありますからな、ははは…」
 滑川教授は、ふたたび顔では笑わない愛想笑いをした。そして、照射台の上のマヨネーズを手にして、教授が研究室を出たのは、その僅(わず)か後であった。

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2012年12月14日 (金)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第三十ニ回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_15

    (第三十二回) 

「こちらです!」
 佃(つくだ)教授の先導で滑川(なめかわ)教授がその後方に続く。
「あっ! 君達、アレ、頼むよ」
「はいっ!」
 四人の助手達は筆を止めてそう云うと、椅子を立って早足で装置室と書かれたドアを開け、中へ入っていった。少し遅れて二人も続いた。
 中には馬鹿でかい奇妙な装置があり、助手達は各自の持ち場へと散っていった。佃教授は、霊磁波を照射すると思われる先端の延長線上にある照射台へ、ゆっくりとマヨネーズを置いた。
「いいか、君達。じゃあ、カウントダウンを始めるぞ。5! 4! 3! 2! 1! ON!!」」
 佃教授が声を発するのと同時に、装置は奇妙な音を立てて動き始めた。そして、しばらくすると、先端がオレンジ色に輝き始めた。
「よし! いいだろう。照射!!」
 ふたたび、佃教授の指示が飛んだ。一人の助手がハンドルレバーをグイ! っと引くと、先端からオレンジ色の霊磁波が閃光(せんこう)を放って発射された。マヨネーズは、もろに照射を受け、微かに動いている。そして、照射は五分ばかり続いた。
「もう、いいだろう。ストップ!!」
 佃教授が助手達を見ながら、ひと声かけた。照射されるオレンジ光が消え、辺りが何もなかった時の状態に戻ると、滑川教授は思わず照射台へと駆け寄った。しかし、照射台の上に置かれたマヨネーズには何の変化も起こっていなかった。教授は容器を手に取りシゲシゲと見つめたが、やはりマヨネーズに変化が生じた兆候は、まったく認められなかった。
「別に何も変わってないようですがな…」

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2012年12月13日 (木)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第三十一回

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_14

    (第三十一回) 

「いえいえ、正直に申したまでです。上山さんとお亡くなりになった平林さんとの間に、どういう経緯があったのか、までは分かりかねますから今後の課題として残りますが、二人の空間に歪(ひず)みが生じ、霊動臨界に達していることは、ほぼ間違いないでしょう」
「ほう、なるほど…。では、これを、よろしく頼みます。上山に出来るだけ早く宅急便で届けなければなりませんからな」
 そう云って、滑川(なめかわ)教授は、ふたたびマヨネーズを差し出した。佃(つくだ)教授は無言でそれを受け取った。
「宅急便ですか。いちばんシンプルでベターな方法てすね。中位相物質を宅急便で、というところがいいですね」
「まあ、そう云わんで下さい。中位相物質といいましても、霊界の者が手にするまでは、ただの物質なんですからな」
「ああ、そうでした。霊界の者が受け取った瞬間、私達人間界から消えるんでしたね」
「おお、そうです!」
 滑川教授は少し誇らしげに胸を張った。
「先生、今日はお時間ございますか?」
「はあ、…他にこれといって用もありませんからな、ははは…」
 顔は笑っていないが、滑川教授は愛想笑いした。ただ、これは教授の日常で、何もこの日に限ったことではない。
「それじゃ、すぐやりましょう。先生も立ち会って下さい」
「えっ? これから出来るんですかな?」
「はい。上手い具合に、今日は助手が全員おりますので…」
 佃教授は徐(おもむろ)に片手で後方の助手達を指し示した。確かに後方には四人の助手がいて、この日は全員、机に向い何やら書いていた。

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2012年12月12日 (水)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第三十回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_13

    (第三十回) 

「はい、そうです。その土を分析しておりますと、偶然にもこのマヨネーズと成分が完全に一致したんですがな」
 滑川(なめかわ)教授は、佃(つくだ)教授の前へ、手に握った一本のマヨネーズを差し出した。
「ええっ! マヨネーズと土骨粉がっ?! 本当ですか!」
「ははは…、教授のあんたに嘘を云っても始まらんでしょうが」
「はあ、、そらまあ…。もう少し詳しくご説明になって下さい」
「そうでした。詳しく云いますと、マヨネーズの中に含まれるある種の細粒物質と土骨粉に含まれる、ある物質とが、まったく一致したのです」
「ははは…、そんな馬鹿な! 土とマヨネーズが、ですか? ははは…、あり得ない話です」
「いや、そう云われるのは分かるんですがな。これは紛(まぎ)れもない事実ですから…。まあ、私が冷静に考えるに、恐らくは舞台寺(ぶだいじ)のアノ場所だけだ、とは思えとるんですがな」
 滑川教授は、そう云い終えると、顎髭(あごひげ)を右手指で撫でつけた。
「マヨネーズの成分と土骨粉のとある物質が一致したとして、私は何をすればよろしいんでしょう?」
「それそれ! 実は、このマヨネーズに教授の研究所にある霊磁波ビームを照射すればいいんじゃ・・と、考えましてな。それでお邪魔した訳で」
「ああ、霊磁波ビーム装置を、ですか? お安い御用です。で、その目的といいますのは?」
「霊界と人間界の間の中位相に、これを変化させよう、という訳ですがな。そうなれば、これを上山のナントカいう幽霊に手渡せるのでは、という私の考えですが、いかがですかな?」
「なるほど! いや、私も今回のことは、人間界と霊界との間に歪(ゆが)みが生じ、霊動臨界に達しているのではないかと考えていたんです。中位相物質に変えることは、なかなかの発想ですね」
「いやあ、そう云われますと、いささか照れますなあ、ははは…」
 滑川教授は、珍しく相好を崩し、陽気に笑い飛ばした。

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2012年12月11日 (火)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第二十九回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_12

    (第二十九回) 

 次の朝、滑川(なめかわ)教授はマヨネーズ一本を片手に持ち、佃(つくだ)教授の研究所を訪れた。もちろん、研究所が四六時中、開いてないことは滑川教授もよく知っている。過去に何度も二人はお互いを訪問したりされたりする間柄だったから、九時を回れば、土日以外は門が開いていることを滑川教授は、よく知っていた。
「どうされたんです?! 教授!」
 片手にマヨネーズを一本、握りしめ、何かに憑(つ)かれたような眼差(まなざ)しの滑川教授を見て、佃教授は唐突に訊(たず)ねていた。
「いえね、上山、知っとるでしょ? 教授も」
「えっ? ああ、はい…。二度ばかり尋(たず)ねて来られた方ですね? そうそう、先生がご紹介されたんじゃ?」
「はい、そうです。私が紹介した田丸工業の者です」
「その方が何か?」
「実はですな。上山が見えると云っておる幽霊の一件ですが、教授もご存知ですな?」
「ああ、あのことですか。はい…、そう云っておられたと記憶しておりますが…。それが?」
「その上山に幽霊が見える原因究明を頼まれましてな、骨を折ることになりました。それで、分析をしておったのですが…」
「はい…。私も頼まれまして、ゴーステンの配合率」を弄(いじく)って、少し体調を崩しました」
「それは、いけませんな。原因は、やはりゴーステンですかな?」
「いえ、それは、まだなんとも分からないんですが…。先生の方は?」
「それそれ…。ゴーステンという名も知らなかった私ですが、上山に一部始終を聞かされ、分析しておったのです」
「ゴーステンがよくありましたね?」
「いや、ゴーステンではなく、原料にされている舞台寺(ぶだいじ)とかの土骨粉です」
「ああ…、私が使わせてもらってる照明山(しょうみょうざん)舞台寺の土骨粉ですか?」

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2012年12月10日 (月)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第二十八回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_11

    (第二十八回) 

「君の目には変わりなく映るんだろうが、私や他の者には、その平林とかが受け取った瞬間、消えてしまう」
「へえ~…」
『そうなんだ…』
 上山も、プカリプカリと傍(そば)で浮かぶ幽霊平林も、呆(あき)れて、ひと言、吐いた。
「分かったか! じゃあ、切るぞ!」
 携帯は、言葉のあと途切れた。
『マヨネーズを、どうするんですか?』
「なんでも、霊磁波を照射して中位相にするとか、なんとか…。よく分からんが」
『フ~ン…。それで、僕もマヨネーズを霊界へ持って帰れる訳ですね』
「ああ…、なんでも、それを朝晩一週間、食べ続けて欲しいということだ」
『へぇ~…。まあ、霊界へ持って帰れるものなら、僕の口にも入るんでょうがね』
「ああ、食べたり飲んだりの必要ない君だが、口に入れることは出来るんだろ?」
『ええ、それは、フツーに出来ます。別に困りません』
「そうか…。なら、よかった。なんでも、佃(つくだ)教授に頼まれるようだが、研究所にそんな装置があったんだなあ」
『ええ、そのようですね。この前は気づきませんでしたが…』
「うん、まあなあ。こちらも、訊(き)かなかったからな」
『ええ、それはまあ、そうです』
 第一会議室で、二人(一人と一霊)はヒソヒソと語り続けた。
「おお、もうこんな時間か。そそろ戻らんとな…。君はどうする?」
『僕ですか? いても、意味ないっしょ! 消えます。また、必要なときに、手をグルリとお願いします…』
 そう云い残すと、幽霊平林はスゥ~っと格好よく消え失せた。上山は、それを見届けて第一会議室を出た。

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2012年12月 9日 (日)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第二十七回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_10

    (第二十七回) 

「なんか、病院の投薬みたいだなあ…」
「えっ? なんぞ云ったか?」
「いや、別に…」
「そうか。では、そのように、よろしく頼む。一週間、様子を見てみるから、勤めが終われば寄りなさい」
「はいっ!」
 滑川(なめかわ)教授は上から目線で云い、上山も逆らうことなくその言葉を素直に受けた。
『その完成は、いつ頃になるんです?』
 幽霊平林がスゥ~っと携帯に近づいて呟(つぶや)いた。むろん、彼には自分の声が教授に聞こえないことは分かっているのだが、思わず近づいたのだ。
「平林が、その完成はいつ頃になるのかと偉く気にしてますが…」
「そうか。いや、出来るだけ早く完成してもらい、完成物を届けるようにする、と伝えてくれ」
「届けるって、どうされるんです?」
「君の家へ宅急便の速達で送ることにする」
「そんな…」
 上山は困ったような声を出した。
「難(むずか)しいことじゃなかろうが。君は幽霊のナントカ、…そう、平林とかいうのを呼び出して手渡せばいいのさ」
「手渡すって…。平林は幽霊ですよ?」
「だから、佃(つくだ)君に霊磁波を照射してもらってマヨネーズを中位相(ちゅういそう)にするんじゃないか」
「中位相?!」
「そうだった。君には皆目(かいもく)、分からんだろう。中位相物質とは霊界と我々、人間界の中間の位相に存在するんだよ。分かりやすく云えば、どちらの世界も共有し得る物質なんだよ」
「はあ…。それを手渡した段階で、どうなるんです?」

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2012年12月 8日 (土)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第二十六回

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_9

    (第二十六回) 

「ええ、それはいいんですが、そのマヨネーズと同じ物質と私達の問題と、どんな関係が?」
「ははは…、だから、マヨネーズだよ。君達にマヨネーズを、と思ってな、ははは…」
 滑川(なめかわ)教授は俄(にわ)かに陽気な声を出して笑った。
『マヨネーズを僕達にどうするって云うんですか?!』
 幽霊平林が思わず口を挟んで突っかけた。もちろん、その声は教授には聞こえていない。
「そうだよな。そら、私もそう思うよ」
「えっ? どうした? 何を云っとるんだ君は…」
「ああ、すいません。ここに浮かんでいる平林が、マヨネーズを私達にどうするんだ、と訊(き)いたんですよ」
「おお、そうだったな、そこに君が云っとった幽霊の部下がいるんだった…。で、マヨネーズを君達にどうするかって? そんなの簡単なことじゃないか。食うんだよ! 君達が…。マヨネーズなんてすぐ手に入るだろうし、どこの家だってフツ~、一本くらいはあるだろうが…」
「はあ、それはまあ…。サラダとかいろいろと、よく使うものですしね」
「だから、それを君達に食べ続けてもらおうっていう寸法だ。それでデータを日々、私がつけさせて戴こう、ということさ。恐らく、私が睨(にら)んだところ、なんらかの手掛かりは掴(つか)めるんじゃないかと…」
 滑川(なめかわ)教授は存念を上山に披瀝(ひれき)した。
「あのう…、どれくらいの量を、どれくらいの間隔で?  …それに、平林は幽霊ですよ? どうやって食べんです?」
『そうですよ。僕は食べたりはしませんし、出来ません。あの世の者なんですから…』
「ああ、そうだな」
「んっ? なんだっ?」
「いえ、別に…。こちらのことです」
「ああ、そうか…。まあ、幽霊の部下の方は確かに食べれんだろうから、霊磁波を照射する手段を佃(つくだ)教授に頼むことしよう。君の方は兎も角、そうしてくれ。ああ、そうだった。朝晩の食後、三十分以内に…」
「霊磁波?」
「今は君らに分からんことだ!」

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2012年12月 7日 (金)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第二十五回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_8

    (第二十五回) 

「いや、そりゃそうじゃ。私が悪かった。どうも最近、気短になってな。いかん、いかん…」
 滑川(なめかわ)教授は自問自答した。上山は教授の言葉に敢(あ)えて返さなかった。
「マヨネーズの成分と同じ、ってところを、もう少し詳しくお願いします。ここに平林君もいますので…」
「なに?! 死んだ平林とかいうのも、おるのか?」
「はい、少し前に現れたとこです。すぐ傍(そば)に浮いております」
「浮いておるのだな? ふーむ…、私には見えんが、ちょうど好都合だ。その平林とかにも聞いてもらってくれ」
「はい…」
『もう、聞いてますよ』
「マヨネーズが乳化製品だということは君も知っとるだろ?」
「ええ、まあ…」
『そりゃ、フツー、誰だって知ってますよ』
「油と卵とその他の物質を攪拌(かくはん)することで出来た乳化製品だ」
「その成分と舞台寺(ぶだいじ)の土骨粉の成分が同じだなんて、とても信じられません」
「そら、そうだろう。私だって俄かには信じられんかったよ。だが、どういう経緯があったかは不明だが、これは紛(まぎ)れもない事実なんだよ、上山君!」
 滑川教授は切々と話した。
「あの…、すみません。平林が両腕組んで考え込んでますので、もう少し具体的にお願いします」
「ああ、幽霊の部下か…。分かった! もう少し簡単に云おう。要は、生命の原点っちゅうやつだ。分かるか?!」
「いえ、…まったく分かりません」
「だから、生と死は、云わば表裏一体ということだよ、君!」
「はあ…、なんか哲学的というか、抽象的というか、さっぱり分かりませんが…」
「まあ、分からんでもいい…。同じ細粒物質が分かった、ということだ」

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2012年12月 6日 (木)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第二十四回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_7

    (第二十四回) 

「マヨネーズなんだ…」
「はっ? …もう一度、お願いします」
「だから、マヨネーズだったんだよ」
「…、細粒物質が、ですか?」
「ああ、細粒物質が、だ」
「ははは…、ご冗談でしょ。で、なかったら、何かの間違い、としか思えません」
「いや、上山君。これは事実なんだよ…」
 滑川(なめかわ)教授の声が荘厳さを増した。
「マヨネーズって、あのマヨネーズなんですよね?」
「そうそう、あれだよ、あれ!」
「食べるやつ、ですよね? サラダなんかに使う…」
「ああ、それそれ!」
「まさか! …」
「いや、本当なんだ。あっ! 誤解しちゃ、いかんぜ。飽くまでも、細粒物質が、だぜ。その成分がマヨネーズと、まったく同じだってことだよ」
「ははは…、嘘でしょ?」
 上山は俄(にわ)かに信じられず、そう云った。
「君に嘘を云っても仕方なかろうが・…」
「ええ、…そりゃ、まあ」
「細粒物質を分析した結果、マヨネーズと同じ成分が検出されたと、こう云った方がよかったようだのう、ははは…」
「そりゃ、そう云ってもらえば、妙な話ですが、それもアリかな? と、得心、出来ますから…」

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2012年12月 5日 (水)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第二十三回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_6

    (第二十三回) 

『はは~ん。だから、でしたか。だったら、消えますよ』
「いや、いいよ。ことのついでだから、君も傍(そば)で聴いていてくれ」
 そう云うと上山はドアを開け、第一会議室へと入った。入ったのは上山が先だが、入ってドアを閉じた時には、すでに幽霊平林は透過して室内に現れていた。
「ここなら気がねなく話せるな。実は、滑川(なめかわ)教授から午前中に電話が入ってな」
『何か分かったんですか?』
「ああ、どうもそのようだ。周りに課の者がいたから、あとでこちらから、かけ直すと云ったんだ。どうも、君と私の奇妙な現象に影響する物質が、あの土から発見されたらしい」
「舞台寺(ぶだいじ)の土ですね?」
「ああ、そうだ。なんでも細粒物質とか云っておられたが…」
『それで、これから電話を?』
「まあ、そういうことだ」
 上山は、ことの仔細を幽霊平林に説明し、携帯を耳にした。
「おお、上山君か。もうそろそろ、かかってくるだろうと、蕎麦(ソバ)にしたよ」
「えっ? なんです? ソバ?」
「いや、ハッハッハッ…。ザルソバだよ、食べる~」
 教授が汁(つゆ)に付けて啜(すす)っているのだろう。その音が上山の携帯に伝わってくる。別に蕎麦にしなくてもいいんじゃ…とは思えたが、変人の滑川教授の機嫌を損(そこ)ねては拙(まず)い、と瞬時に思え、「ははは…、そうでしたか」と、上山は軽く応じた。
「ところで、昼前にお話になった細粒物質なんてすが、どういったものなんでしょう?」
 上山は核心に迫った。幽霊平林も、プカリプカリと離れて漂っていた位置から、スゥ~っと近づいて、耳を欹(そばだ)てた。

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2012年12月 4日 (火)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第二十二回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_5

    (第二十二回) 

「おお、本当だとも! 詳しくは、昼休みにでも電話してくれ」
「はい!」
 上山はひと言、云うと、部下の手前、すぐ携帯を閉じた。相も変わらず、上から目線の滑川(なめかわ)教授だった。
 昼休みといっても社員達は上山の目の届くところに必ず何人かはいる。無人となれば、籠れるところが使われていない会議室、倉庫、屋上の一部などに限られていた。籠れるところといえば、トイレをおいて他にはない。手頃だが、社員に聞かれる恐れは多分にあった。そんなことで、上山は閃(ひらめ)いた第一会議室を選んだ。空いているのを知ってのことで、食堂でいつものように定食の食事を済ませ、人目を気にながら上山は中へ入った。スムースにいったのは、幽霊平林が現われないからだった。同じグルリと回す合図でも、肩凝りから癖になている首と、新(あら)たに決めた手首とでは雲泥の差があった。
 上山は第一会議室へ入ろうと、右手に携帯を持ち、ドアのノブを回そうとした。だが生憎(あいにく)、右手に携帯を持っていたものだから、左手を使って回してしまった。これがウッカリミスで、幽霊平林がスゥ~っと姿を現した。
『はい、何でしょ?』
 瞬間、上山は、しまった! と思った。というのも、左手をグルリと回せば…が、合図だったからだ。グルリではないが、小さく回したことに違いはなかった。
「…、なんだ、君か」
『なんだ、君か、とは、ご挨拶ですねえ』
「いや、悪い悪い。そういうことじゃなく、呼んだんじゃなかったんだ」
『だって、左手を態々(わざわざ)、回されたんでしょ?』
「いや、それが違うんだ。…まあ、左手を回したことにゃ変わりないんだけどね」
『だから、回されたんじゃないですか』
「回したってことじゃなく、ノブを握って捻(ひね)っただけだよ」

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2012年12月 3日 (月)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第二十一回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_4

    (第二十一回) 

「機械が故障した? …いや、そんなことは考えられん。昨日(きのう)、点検したばかりじゃからのう。どうもその辺りに何かあるような気がしてならん」
「はい、私もそう思います…」
 二人は腕組みをすると沈黙した。幽霊平林も遅れて腕組みをした。三人は妙な具合に意気投合したのだった。その後、上山は滑川(なめかわ)教授に、「一週間ほどしたら電話しますから…」と云って研究所を出ようとした。当然、幽霊平林も追随した。
「いや! 何かあれば、こちらからも電話しよう!」
 教授は古めかしいダイヤル式の黒電話を指さして、そう云った。以前にもあった、今ではもうレトロ的価値が相当高くなっている非製造の電話機だった。
 上山は教授の声にギクッ! として立ち止まると、「はあ、よろしく…」とだけ返した。幽霊平林は止まらず、プカリプカリと不安定に浮かんでいるだけである。まあ孰(いず)れにしろ、今の彼は完璧に停止出来ない状況にあるのだから、同じことなのだが。
 言葉どおり、教授から電話が入ったのは、その二日後だった。上山としては、半分方は駄目だろう…と踏んでいたから、正(まさ)しく、案に相違して、と云えた。
「おお、いたいた…。上山君かね?」
 そりゃ、いますよ! と、喉(のど)まで出かかった上山だったが、そこはグッ! と堪(こら)えて携帯を握った。生憎(あいにく)、仕事中で、目の前には部下の社員達が仕事をしていた。
「はい。…何か」
「何か? とは、偉くよそよそしいじゃないか。ははは…分かったんだよ、分かったんだ」
「えっ? よく分からないんですが…。仕事中ですので、要点を纏(まと)めてお願いします」
「ああ、そうだったか…、こりゃ悪かったな。あの土に、君と、それ誰だったかな、…そうそう、平林君だったか。その彼と君との因縁を起こしている細粒物質が発見されたんだ」
「細粒物質ですって? 本当ですか?」

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2012年12月 2日 (日)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第二十回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_3

    (第二十回) 

「そうなのか?」
「はい、まあ…」
 上山は事実のままを云った。
「私が云えることは、…やはり霊が発する霊波が我々人間の心と何らかの周波数が合った時、君が云うような現象が起こり得る、ということだ」
「それは相当、確率の高いことなんですか?」
「ああ。確立というようなものではない。百パーセント起こり得る、と断言しておこう」
「偉い自信ですね。だったら、起こる! でいいんじゃ?」
 上山は悪戯(いたずら)っぽく笑った。
「なにっ!私の云うことが出鱈目だとでも云うのかね、君は!! 心霊学では百パーセントのことが九十九になったり百一になることがあるんだ!」
 滑川(なめかわ)教授は俄かに沸騰し出した水のように、ボコボコと怒りだした。上山は慌(あわ)てて、「いや、そういう意味で云ったんじゃないんです!」と、急遽(きゅうきょ)、弁解して返した。
「まあ、いい…。そうだな、一週間ほど、この土、預からせてもらおう。私なりに何か、いい閃(ひらめ)きが起こるかも知れんでのう。君も、そのナントカいう幽霊との因縁を解明したいじゃろう」
「平林です。…ええ、もちろん」
『ひとつ、よろしくお願いします、教授!』
「平林が、よろしくと申しております」
「ほう、まだ、ここにおったんじゃな。それにしても、妙なのは霊動感知機じゃ。今日に限ってウンともスンとも反応せん!」
「そういや、一度も赤ランプが点滅しませんし、針も振れません。この前とは全然、違います。妙ですよね」

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2012年12月 1日 (土)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第十九回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_2

    (第十九回) 

「落ちついたとは?」
「はい。彼は興奮したとき、青火が灯るシステムになっているようなのです」
「システムか…。上手く云いおるのう。まるで、ここにある霊動探知機と同じではないか、ハッハッハッ…」
 滑川(なめかわ)教授は珍しく大笑いした。
「その平林とかは今、ここにおるんだな?」
「ええ、私のすぐそばに。青火が灯っていたすぐ真下です」
「ほお、そこにのう…。で、私には姿や声は見聞き出来んが、君には出来るという訳か?」
「はい、そのとおりです」
『そうですよ、教授。僕は教授に生前、何度もあったんですから』
「そうだよな」
「んっ? どうだと云っとるんだ」
「生前、教授に何度も会った、と申しております」
「そうか…、生前にのう。安眠枕の頃だな?」
「はい、そうだと思います。それ以前や以降は教授と我が社の接点はありませんから…」
「まあ孰(いず)れにしろ、その土を心霊学の見地から研究材料にしよう。今までは、この霊動探知機内のゴーステンでしか見ておらんからのう。しかも、ゴーステンは、この土を使って加工されたものじゃからなあ」
「そういうことです…」
「ところでこの土は、佃(つくだ)君のところへ持っていったのかね?」
「いえ、まだです…」
「順序としては、心霊学の私より霊動学の佃教授だろうが、普通は」
「はあ、それはそうなんですが、佃教授には、もう私と平林君のことは云ってありますから、話は認識されておられると思います…」

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