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2013年1月

2013年1月31日 (木)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第八十回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_25

    (第八十回) 

『昨日より断続的に繰り返しているソマリアの宗教対立暴動は益々、その深刻さを増し、拡大の一途を辿っている。国連本部は緊急の常任理事会などの協議を開始した』
「ストップ! …要は、暴動が沈静化していないというこったな?」
『ええ、そのようですね。拡大しているんですから』
「ああ…、続けてくれ」
『はい。…軍部首脳は不介入の方針を、すでに表明していることから、政府は警察による治安維持部隊編成、衝突の起こっている地区に派遣の意向を固めた』
「ストップ! …軍部は不介入だと…。で、政府は警察の特殊部隊を送り込もうとしている訳だな…」
『そのようです…』
 上山はマジックを走らせて箇条書きで状況を纏(まと)め書いた。
「暴動の規模は、首都より全土に拡大する傾向にあり、と…」
『はい、そうです。読み続けますか?』
「いや、ちょっと休憩しよう…。少し喉が渇いた」
『でしたら、お茶でも淹(い)れましょうか?』
「ああ、そうしてくれ。えっ? …って、君、そんなこと出来んのか?」
『いや~、僕は出来ませんよ、課長。すべては、この如意の筆の力です』
 そういうと幽霊平林は両眼を閉じて軽く念じると、如意の筆を二度ばかり振った。すると、どうだろう。急須がテーブルを離れてプカリプカリと浮き上がり、給湯ポットの下へ静かに落下して置かれた。続いて急須の蓋(ふた)が、これもフワリフワリと外れ、ポットの湯が出始めた。そして、湯が止まると、浮いていた蓋が元のように閉じられ、急須は、ふたたびプカリプカリと浮いて湯呑みに近づいて茶を注ぎ始めた。上山は、その一部始終を茫然と眺めながら、如意の筆の壮大な霊力を感じるのだった。

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2013年1月30日 (水)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第七十九回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_24

    (第七十九回) 

「おっ! これなんか、手頃じゃないか。そう危険そうでもないし、二人の第一弾としてはバッチリだと思うんだが、君はどうだ?」
 右上を見上げるように、上山は幽霊平林に訊(たず)ねた。
『いいんじゃないですか、それ。僕もそれくらいが確実だと思いますよ』
 幽霊平林は即座に肯定した。上山が手にする新聞には、部族の宗教間対立によるアフリカ某国の暴動勃発記事が掲載されていた。
「ひどいことになってるなあ…。そこへいくと、我が日本は平和だ…」
『ありがたいことです。死人の僕が云うのもなんですが…』
「そうそう。素直に感謝しないとな。その心を忘れた日本人が増えつつあるのは悲しいが…」
『おっしゃるとおりです。困ったもんですよ』
 幽霊平林は頷(うなず)いて肯定した。
「よし! じゃあ、私がマジックで要点を書くから、君は、これを読んでくれ」
 上山は、新聞を示しながら云った。
『はいっ!』
 幽霊平林は新聞にスゥ~っと接近しながらそう云った。
「軍事紛争じゃないだけ増しだわな」
『ええ…。僕は死んでますから、どちらでもいいんですが、課長は生身ですからねえ』
「生身か…。なんか生肉のユッケ的表現で、いやだな」
『すいません…。それじゃ、記事を読みますよ』
「ああ…」
 上山はケント紙の前でマジックを片手に聴き耳を立て、幽霊平林は新聞記事に目を凝らした。

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2013年1月29日 (火)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第七十八回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_23

    (第七十八回) 

「ああ…。いやなに、そう云われると、なんか選挙に出馬する前の心境になるなあ」
『ははは…。問題はまだひとつ、あります…』
「なんだ、それは?」
『どこに現れるかです。それと、何をどうするか、です』
「そうだなあ。漠然と出現しても正義の味方には、なれん」
『そうです。退治する社会悪と、その方法を煮詰めてからの出現でなきゃ駄目です』
「その場所もな」
『ええ、少し話を煮詰める期間を設けましょうか?』
「ああ、そうしよう」
 二人は石橋を叩いて渡る策を取ることにした。
 二人が練った計画策は、まず上山の材料購入から始まった。材料とは、計画表
を描くことで具体的に計画を遂行可能とする作戦表のようなものである。その行動による探索者は、もちろん幽霊平林である。上山は、この段階では田丸工業に身を置いているから、社内で気づかれないようにせねばならない。課長、最近、お疲れのようですが、何かあったんですか? などと云われぬよう注意が必要だから、敢(あ)えて実行者を外し、幽霊平林にした訳だ。彼の身には疲れなどないし、だいいち、国外への移動は容易なのだ。だから、上山は文房具と紙などを求める裏方をやる分担を引き受けた。
 ノート、ケント紙、鉛筆、ボールペン、マジックなどの筆記具、日々の新聞、世界地図、パソコンなどを上山の書斎に揃え、新聞記事の主だったものをノートにピックアップし始めるのは三日後とした。そうして、纏まったところでケント紙に書き、二人で話を煮詰める手筈(てはず)を整えた。
 そして、三日後である。上山の書斎の壁には買ってきたケント紙が画鋲(がびょう)で四隅が止められ、貼られていた。上山は徐(おもむろ)に地図帳を手前へ置き、数日分の重要記事を探し始めた。幽霊平林は上山の右隣り上から覗き込む格好でプカリプカリと浮いて漂っている。

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2013年1月28日 (月)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第七十七回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_22

    (第七十七回) 

『ええ…。でも滑川(なめかわ)教授や佃(つくだ)教授は、この事実を知ったら喜ばれるでしょうねえ』
「そりゃ、もちろん大喜びだよ、君。とくに変人扱いされてる心霊学の滑川教授なんか一躍、世の中のヒーローだ」
『霊動学の佃教授が開発したゴーステンだって、ノーベル賞かも知れませんよ』
「ああ、まあな。ただ、こうして私が瞬間移動した事実を証明するものがない。人間には君の姿は見えないんだし、如意の筆も、然(しか)りだからな」
『そうでした。…まあ、課長と僕は正義の味方でいいんじゃないですか』
「ははは…正義の味方は目立たないからなあ」
『はい! そのとおりです』
「よし! それじゃ今度は、私の家に戻れるか、だ。こんな自殺名所の樹海に長居は無用! やってくれ!」
『分かりました…』
 樹々の茂る青木ヶ原樹海の木漏れ日の中、幽霊平林はプカリプカリと少し高く浮き上がった。そして、ふたたび両の瞼(まぶた)を閉ざすと、何やら無心に念じ始めた。
そして最初の時のように、しばらくすると徐(おもむろ)に両瞼(まぶた)を開き、如意の筆を二度、三度と軽く振った。するとたちまち、二人の姿は鬱蒼と茂る青木ヶ原樹海から忽然と姿を消したのである。その消えた二人は瞬間移動し、ふたたび上山の厨房へと現れた。
『わぁ~!! やりましたね、課長!』
「おお! おおっ! やったな、…やった!」
 二人は狂喜乱舞した。交通手段、いや、自らの両脚を使わず、遠く離れた地上へ瞬間移動した人物は人類史上、上山が初めて、と思われた。
『これで僕達は正義の味方ですよ、課長!』
「んっ? まあな…」
 幽霊平林に云われ、上山もマンザラでもない気分で北叟笑(ほくそえ)んだ。
『あとは、課長の気持ひとつです!』

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2013年1月27日 (日)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第七十六回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_21

    (第七十六回) 

 顔を洗っていない訳ではない上山である。起床後、ひと通りの所作を終え、軽食もとりコーヒーも飲んだのだ。それで、また顔を洗うのは、明らかに気持を落ちつけるためである。上山にとって、空間移動するなどということは考えだに出来ない。いや、あり得ないことだからである。
 上山は洗面台でジャブッ! と顔を洗うと、前の鏡に映った自分の顔をじっと見た。少しは落ちついたのか、鏡の自分は心なしか安らいで見えた。顔を拭いて上山が厨房へ戻ると、幽霊平林は同じ位置で漂っていた。
「待たせたな。さあ、やってくれ」
『やってくれって、ちょっと待って下さいよ。僕も念じなきゃなりませんし…。だいいち、その前に課長に何を念じるのかを云っておかないと、不安でしょ?』
『ああ、そりゃまあな…』
『とにかく、今回は課長の身体が僕と一緒に外国へ移動出来るか、ですから、国内の身近なところで、まずやってみます。では、これから富士山麓へと…』
「ちょ! ちょっと待てよ!」
 幽霊平林が如意の筆を手にし、両の瞼(まぶた)を閉ざしたとき、上山は急に止めた。
『どうされたんです?』
「いや、なに。富士山麓にした理由は?」
『別に…。ただの思いつきですよ』
「思いつき!? …まあいい、やってくれ」
 幽霊平林は、ふたたび両の瞼を閉ざした。そして、しばらくすると、徐(おもむろ)に如意の筆を二、三度、軽く振った。次の瞬間、二人の姿は厨房から消えていた。
 富士山麓の鬱蒼と茂る樹林地帯の中、二人の姿は不意に現れた。
「おお! 上手くいったようだな」
『はい! どうやら成功のようです。課長も瞬間移動されましたし…』
「ああ…。しかし、俄(にわ)かには信じられんな。人類科学を否定する事実だからな」

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2013年1月26日 (土)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第七十五回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_20

    (第七十五回) 

 土曜の朝は割合と早く巡ってきた。当然、それは上山の感覚なのだが不安を含む事象は、概して時を進めるものである。
 休日のため、いつもよりは小一時間、遅く目覚めた上山は、軽く軽食を済ますと、コーヒーの入ったマグカップを右手にし、それを口へ近づけながら左手をグルリと回した。瞬間、幽霊平林は待ってました、とばかりにパッ! と現れた。
『おはようございます!』
 陰気ながらも元気なのだから、上山もどう返していいか分からない。
「ああ…、元気そう、いや、かなりこの世に馴染んだじゃないか!」
 褒め言葉でもなく場当たり的な言葉を上山は返して笑った。
『じゃあ、さっそくやってみますか!』
「ちょっと! 待ってくれよ。私にもそれなりの心構えがいるからさ」
 上山は少し慌てて、右手のマグカップをテーブルへ置いた。
『ああ…そうですね、すみません。少し急ぎました』
「ははは…、君は生前と、ちっとも変わらんなあ。とても田丸工業のキャリア組だったとは思えん」
『キャリア組なんて、そう大したことないですよ。世の中、すべて実力ですから…』
「そらまあ、そうだが…」
 上山もその言葉には応じて、頷(うなず)いた。そして、徐(おもむろ)にマグカップの残ったコーヒーを啜(すす)った。
『落ちつかれれば、云って下さい。僕はいつでもOKてせすから…』
 幽霊平林は遠慮ぎみに上山を窺(うかが)うと、少し離れてプカリプカリと浮き上がった。
「ああ…ちょいと顔、洗って気を落ちつけるから待っててくれ」
『はい…』
 そう云うと、上山はマグカップを洗面台で洗うと厨房を去った。

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2013年1月25日 (金)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第七十四回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_19

    (第七十四回) 

『あっ! そうでした。いや、いやいやいや、課長もこの如意の筆で念じれば、飛べるかも知れませんよ。それ、いつだったか、ゴーステンで人の姿がすべて消えたことがあったじゃないですか!』
「ああ、そんなこともあったな。だが、あのときは、人の姿が見えなくなっただけだぜ」
『でも、先生方の話だと、人間界と霊界の狭間(はざま)におられたんでしょ?』
「そういや、そんなことを云っておられたなあ…」
 二人は、しばし沈黙した。
『それじゃ、次の土曜か日曜で、これを使って試してみましょう。課長の都合のいい方で結構です』
 幽霊平林は如意の筆を上山の前へ差し出すように見せると、そう云った。
「試すって?」
『だから、僕と一緒に他の国へ現れることが可能か、ですよ』
「そんな…。マジックのイリュージョンのようなことが本当に起こるのか、俄(にわ)かには信じられんがなあ…」
『いや~、それは僕にも分かりません。ただ、軍事パレードがハチャメチャになる光景を見た僕としては、どうも可能なように思えるんですよ』
「ああ、そりゃそうあって欲しいさ、私も。まあ、完璧にこの世の科学を否定した発想だがな」
 上山も幽霊平林とともに外国へ現れることが可能なら、霊界司からの命題である社会悪を懲らしめることは可能なように思えた。
 結局、二人は土曜の朝に再会することを約して別れた。呼び出すタイミングは、上山の都合もあろうから・・ということで、八時頃に上山から呼び出すことに決まった。土曜にしたのは、万一の不測の事態に備えてである。上山としては初めての試みであり、自分の身体がどうなるか分からない素朴な不安もあった。すべては幽霊平林の所持する如意の筆に委(ゆだ)ねられた形である。上山は正義の味方のヒーローとして活躍できるか、いわばオーディションを受けている心境だった。

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2013年1月24日 (木)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第七十三回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_18

    (第七十三回) 

「その某国っていうのが、まず分からん。君は、そんな遠くにも現れることが可能なのか?」
『はい! それはもう。地球上のどこだって可能ですよ。課長のおられるこの世の者じゃないんですから、僕は』
「ああ、それは分かってるがな…。国外まで可能だとは。今の今まで知らなかったからな」
『いや、如意の筆がなければ、せいぜい今まで行った地域までですがね。これがあれば、ひとっ飛びですよ、ははは…』
 幽霊平林は胸もとから如意の筆を引き抜いて示しながら陰気に笑った。
「なんか、孫悟空だな。ははは…」
 上山も釣られて陽気に笑った。
「まあ、海外まで現れることが可能だと、そこまでは分かった。だがなあ、軍隊がハチャメチャってのは?」
『そうでした。そこを詳しく云いますと、僕が現われたとき、その国では軍事パレードをやっておりました』
「そんな偶然ってあるのか? 君が調べて行ったのかい?」
『いえ、まったくの偶然です。如意の筆に調べやすい所、とは念じはしたんですよ。ですから、その軍事パレードが調べやすい、と如意の筆が判断したんでしょう』
『そうなんです。それで試しに軍のパレードを止めようと念じ、棒をひと振りしたんです。すると、行進は氷のように止まってしまった訳で…、しばらくすると皆、砂煙を上げて崩れるように地面へ倒れたんですよ』
「ああ、それがハチャメチャって訳か?」
『はい、そのとおりです』
 幽霊平林は、やっと上山に分かってもらえたか…と安堵(あんど)した。
「と、いうことは、如意の筆の効果は絶大だってことになるよな」
『はい…』
「すると、私と君とで社会悪を懲(こ)らしめられる、って寸法だ!」
 興奮ぎみに勢いづいて、上山が捲(まく)し立てた。
『そういうことです! ともかく、課長の土、日周りでやりましょう!』
「やりましょう、か…。おいおい、待てよ! 君はどこだって出現出来るからいいいが、私はどうなる? ただの人間だぜ。君のように世界各地に現れることなど不可能だろう」

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2013年1月23日 (水)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第七十二回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_17

    (第七十二回) 

 上山が食事を終え、食堂から屋上へ上がってきたとき、幽霊平林は霊界の住処(すみか)で止まっていた。
「なんだ、…云っておいたのに、まだ来てない。いや、現れてないじゃないか…」
 上山は腕時計を見ながら愚痴っぽく呟(つぶや)いた。幽霊平林は忘れていた訳ではない。一端、霊界へ戻ったものの、そろそろ人間界へ現れねば…とは思っていたのだ。しかし、悪くしたもので、そのとき霊界番人が通りかかり、住処の出口で出会ってしまったのである。霊界を支配する霊界司の意を受けた霊界番人を無碍(むげ)に無視は出来ない。だから、対峙して応対する以外にない幽霊平林だった。彼は課長を待たせているんじゃないか…と気忙(きぜわ)だった。おなじく、人間界の屋上にいる上山も気が急(せ)いていた。昼休みも残り三十分弱になっている。
「なにしてんだ、あいつは!」
 ふたたび愚痴っぽく呟いてみた上山だが、残念なことに、彼から幽霊平林にコンタクトする方法がなかった。
 幽霊平林が遅れて屋上に現れたとき、上山の昼休みは残り十五分ばかりになっていた。
『すみません! 霊界番人様にバッタリ出会いまして、仕方なく…』
「霊界番人さんか…。そりゃ仕方ないんだろうな」
 霊界の事情を云われた日にゃ、上山は沈黙する他はない。さっぱりアチラのことは分からないからだ。
『そうなんですよ。僕らを支配するお方の遣(つか)いですからね』
「ああ、霊界司さんだったな…。で、効果の方はどうだった?」
 上山は幽霊平林の胸元に挟まれた如意の筆を指さして、そう云った。
『あっ! そうでした。いやあ~、なんと云いますかねぇ、効果は絶大で、某国の軍隊がハチャメチャでした、ははは…』
「んっ? 君は時々、訳の分からんことを云うな。某国の軍隊がハチャメチャ? そりゃ、どういうことだ?」
『どうも、すみません。僕は軽率で駄目ですね。課長が分かってらっしゃるものと思って話してました。実は、これを試そうと、某国の軍事パレードで、やったんですよ』
 幽霊平林は胸元の如意の筆を指さした。

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2013年1月22日 (火)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第七十一回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_16

    (第七十一回) 

 案の定、上山は食堂へエレベーターで昇ってきた。それも、他の社員に混ざって、というのではなく、皆よりも、やや早めだった。
「おお、やはり現れていたか…。なんか、そんな気がしてな」
『そうでしたか…。そろそろ課長がやってくるんじゃないかと、待ってたんですよ』
「なんだ、そうだったのか…。で、効果はどうだった?」
 そこまで上山が話したとき、他の社員達が階段やエレベーターからザワザワと姿を見せ始めた。上山は慌てて口を噤(つぐ)んだ。そして下向き加減に厨房の方へと歩き始めた。
「話の続きは、あとで屋上な!」
 他の社員達に悟られないよう、そう呟(つぶや)くと、上山は厨房の注文口へと向かった。そこには、ニッコリと微笑む江藤吹恵の姿があった。
「あらっ! 今日は早いのねぇ~」
「んっ? いやあ、ちょうど切りがよかったからさ。ただ、それだけ」
「ただそれだけねぇ~。まあ、いろいろあるわよね。…いつもの?」
「ああ…」
 食券を背広のポケットから出しながら、上山はそう云った。食券は金券で、値段分だけ枚数を手渡すシステムになっていた。幽霊平林は、その上山の姿を遠目に見ながら、スゥ~っと消えた。恐らくは屋上へ現れたのだろうが、そのことを当然、上山は感知していない。ただし、幽霊平林とまた会う約束をしたことは頭にある上山である。だから、定食の食べようも早く、どこか忙(せわ)しない感がなくもなかった。
「偉くバタついているぜ、課長…」
 恐らくは業務第二課の課員達と思われる、そんな会話も上山の耳に届いていた。
 幽霊平林は、五分ほど屋上からの景色を眺めたあと一端、霊界へ戻り、住処(すみか)で止まっていた。この止まっていたという状況は、人間なら寛(くつろ)いでいた、ということになる。

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2013年1月21日 (月)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第七十回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_15

    (第七十回) 

行進する兵隊達は、急に脚が動きだしたものだから、勢い余って前の者にぶつかり転倒し、隊列は土煙を上げてその場に崩れ落ちた。先頭に立ち隊列の指揮を執(と)る隊長らしき男も転び、指揮を執る余裕などはない。
「○△※◎$□!(何が起こったのだ!)…」
「●■◆▽□…(さあ、私にも、さっぱり…)」
 幽霊平林の横で行進を見守る将軍と思しき軍首脳の一人とその横の副官らしき男の遣り取りが幽霊平林の耳に入ってきた。もちろん彼にはその言葉は理解出来ないのだが、二人が云わんとする気持は、朧げながらもなんとか理解出来た。
『課長に報告しよう…』
 そう呟(つぶや)くと、幽霊平林は大混乱する将兵らを尻目にスゥ~っとその場から格好よく消え去った。そして、人間界へと、たちまち現れた幽霊平林だったが、少々、慌てたためか、田丸工業の屋上に姿を見せてしまった。とはいっても、上山以外の者には見えないのだから、失態というほどのことはではない。じ十一時を少し回った頃だろうとは、太陽の昇り具合で大よそ分かったから、返って現れた場が屋上でよかった、ともいえる。
━ 今、課内へ現れても課長の邪魔になるだけだな。ここは一番、眺めのよい屋上で、しばらく時を過ごそう ━ などと都合のよい発想で幽霊平林は巡っていた。如意の筆の絶大なを一刻も早く課長に…とは思っていたが、急ぐことでもないかと、また思い直した。そうはいっても、同じ眺めを三十分も見続ければ、さすがに飽きがくる。その眺めが初めてならいい゛か、田丸工業の屋上は元々、幽霊平林が勤めていた会社であり、彼も幾度となく眺めたことがあったから尚更だった。上手くしたもので、ダレて限界が近づいた頃、食堂へ現れると、昼休みに入る十二時の数分前だった。もうしばらくすれば、多くの社員達が雪崩れ込んでくるだろうし、その中に上山の姿もあるに違いない…と幽霊平林は推測し、漂って待つことにした。

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2013年1月20日 (日)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第六十九回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_14

    (第六十九回) 

この瞬間、上山は、すっかり幽霊平林のことを忘れていた。最近は、ずっと彼のことが脳裡を過(よぎ)り、夢にまで見ていたのだから、ある意味で刹那(せつな)、平凡な日常に戻れた、といえる。
 岬は軽く一礼すると自席へ戻った。その後しばらくは課内の静穏は保たれたが、ガヤガヤと課員が出勤するにつれ、いつもの喧噪(けんそう)に辺りは包まれた。
 その頃、幽霊平林は某国に現れ、閲兵する国家首脳の横で軍事パレードを眺めていた。
━ こんな眺めは、生前なら不可能だ。ははは…課長には悪いけど、このままというのもいいな。まっ! そんな訳にもいかないか。霊界から追放されちゃ、幽界でさ迷うことになるしな。さて、ひとつ、試してみるとするか… ━
 幽霊平林は軍首脳の横で肩を並べてそう思った。むろん、首脳達や他の者の目に、彼の姿は見えていない。
 華やかで統制のとれた兵隊達の行進と賑やかな行進曲が流れる中、幽霊平林は、ふわりと少し高めに浮かぶと、徐(おもむろ)に如意の筆を胸元から抜き出した。そして、両眼を閉ざすと、何やら念じ始めた。この方法は霊界番人を呼び出したときに成功しているから、彼としては自信があった。
 しばらく念じたあと、幽霊平林はゆっくりと両瞼(りょうまぶた)を開けると、軽く如意の筆を一、二度、振ってみた。すると、どうだろう、今まで整然と行進していた隊列が、ピタリ! と止まった。そればかりではない。流れていた行進曲も同じように停止したのだ。辺りは静穏に包まれた。軍人達は必死に前進しようとしているのだが、誰彼となく両脚が氷結したようにその場に停まり、ピクリともしないのだった。皆の顔に冷や汗が流れている。それを見つめている観覧席の将校達も、敬礼状態のまま右腕を自分の意志で下ろせないでいた。むろん、彼らに意識はあった。
━ よしっ! もう、いいか… ━ そう思った幽霊平林は、ふたたび如意の筆を軽く二度ばかり振った。すると、たちまちにして氷結の状態は解(と)かれ、すべてが動きだしたのである。

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2013年1月19日 (土)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第六十八回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_13

    (第六十八回) 

『分かりました。それじゃ、場所を変えて効果を試します』
「私は会社にいるから、効果が分かり次第、伝えるだけ伝えてくれないか」
『はい、そうします。その後は?』
「効果の結果によるさ。それによって考えを変えにゃならんからな」
『そうですよね。効果もないのに世界紛争を、などと茶番です』
「まあ、そういうことだ…」
『では…』
 幽霊平林はスゥ~っと消え去り、上山は舗道を駐車場へと急いだ。鉄道ルートでも通勤出来るのだが、今朝は車で行くことにしたのだった。心の奥底には、最近、改正された車による通勤手当のアップというセコい根性が頭をもたげたことも否めない。
 それは、ともかくとして、上山はいつものように業務第二課長として席に着いた。
「おはようございます! 課長。今日は早いですね」
「ああ、岬君か。ちょいと朝、早く起きてな…。君も早いな。それより結婚生活の方はどうかね?」
「はあ、お蔭様で楽しくやらせてもらってます。あっ! そうでした。妻が妊娠しまして…。三ヶ月だそうです」
「おお! そりゃ、おめでとう。仲人としては、なにか祝わんといかんな…」
「もう、そんな心配は、しないで下さい、課長」
「そうか? いや、そうもいかんだろ、聞いた以上」
「云わなきゃ、よかったですよ。妻にも余り大げさに云わないよう、釘を刺されてますし…」
「亜沙美君は気配りの利く子だったからなあ」
「はい…。まあ、そんなことですから…」
「分かった分かった。聞かなかったことにするよ」
 上山の内心は祝い袋をいくらにするか…だったが、口では真逆を語っていた。

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2013年1月18日 (金)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第六十七回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_12

    (第六十七回) 

 朝刊にも掲載された紛争の勃発は、世界平和を揺るがせかねないものだった。それゆえ、上山が社会悪として撲滅の対象に考えたのも当然といえる。
 二人が行動を開始したのは、日曜の朝である。集合場所を上山の家近くの公園とし、朝の十時半、二人はベンチ前に集合した。もちろん、上山がグルリと左手首を回すことで幽霊平林が現われるというパターンの集合である。辺りは夏の熱気がようやく去り、秋の気配が漂う九月下旬であった。
「おう! 来たか」
『おう、来たかって、近所からやって来た訳じゃないんですから…』
「ああ、遠い遠いあの世だったな、ご苦労さん」
『なんか今一、気持ちが入ってませんよねぇ~。まあ、いいんですけど…』
「それよか、今は余り時間がない。歩きながら話そうや」
 上山は出勤の時間が迫っていたので、椅子を立ちながら、やや慌(あわ)て気味に玄関へ向かった。
『はい…』
 幽霊平林は黙って上山の後方をスゥ~っと従うように流れた。
「勤務時間中に、君は如意の筆の効果を今一度、試してくれ」
『どうやるんです?』
「方法は君に任せる。効果がなけりゃ、世界紛争など私らにどうも出来んだろうが」
『はあ、それはまあ、そうです。なんとか試してみます』
「効果があれば、その規模というか、そんなのもな」
『偉く注文がつくんですね。そこまでは調べられないかも、ですよ』
「まあ、いいさ。ともかく、やってくれ!」
 玄関を出て早足で舗道を歩きながら、上山は隣でスゥ~っと流れる幽霊平林にそう告げた。

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2013年1月17日 (木)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第六十六回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_11

    (第六十六回) 

「おお! やはり来てくれたか」
『ええ、何でしょう? なんか急に身体が吸い寄せられるように消えて…というか、あちらが消えた瞬間、こちらだったんですよ、実は』
「そうだったのか。あちらからこちらなあ…、分かりよい話だ。君の身体は私の左手首と連動しているのかも知れんな。いや、そうに違いない」
『えっ? だって、課長と僕のただの口約束で、ですよ。そりゃ、ないでしょ』
「いや、君には分からんだろうが、私と君が合図を決めた時点で、君の脳にプログラムされたに違いない」
『…そうでしょうか? まあ、とにかく、全自動なんですよ』
 幽霊平林は怪訝(けげん)な面持ちで陰気に上山を見た。
「ああ…そうとしか考えられんよ。私がグルリと回して君がパッ! だからなあ」
『そういや、僕も急に引き寄せられたというか…。別に自分で意識してないのにですよ』
「そうだろ。…そんなこたぁ~この際、どうだっていいんだよ。それよか、社会悪だよ」
『はあ?』
「はあ、じゃない。社会悪だよ、社会悪。これこれ!」
 上山は新聞の内乱勃発を報じる一面記事を指さし、そう云った。上山の指先を幽霊平林は追うように見つめながら、フワリフワリと下降して、その紙面を覗(のぞ)き込んだ。
『…なるほど、こりゃドでかい社会悪ですね』
「だろ? 犯人の目星がつかないドでかい社会悪さ」
『これがターゲットですか?』
「ああ、方法までは、まだ考えてないが、目標としては申しぶんないだろ?」
『はい、僕もそう思います…』
 幽霊平林も上山に促(うなが)され、得心した。

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2013年1月16日 (水)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第六十五回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_10

    (第六十五回) 

『そう云われましても…』
 二人は渋い表情で黙り込んでしまった。その時、偶然なのだろうが、二人の目線は幽霊平林の手に注がれた。如意の筆である。
『あっ! これですよ!』
「そうだ、これがあるじゃないか。…なんとか云ってたな。振れば…」
『振れば地球上の悪事が、たちまち消滅、退散し、示して言葉を念じれば、その個々の悪事が消え去るということでした』
「それで、具体的に物事がどうなるのか、というところだが…」
『僕の実践例ですと、霊界番人様を念じて振りましたら、そのとおり霊界番人様が現れましたよ』
「…ということは、悪事の消滅だけじゃないんだな、ご利益(りやく)は。恐らく、如意の筆というぐらいだから、思うように願いが叶うんじゃないか?」
『ええ…、そうですよね』
 二人は少し希望の兆(きざ)しが見えたことで、明るく笑った。もちろん、幽霊平林の笑いに陽気さはなく、陰気である。
 二人という言葉が、すっかり定着してしまった上山と幽霊平林の一人と一霊コンビは、こうして世の社会悪を正すべく活躍することになった。とはいえ、この二人の行動は、まだ目標とする事柄を捉(とら)えられない曖昧な出発といえた。
 二人が別れて二日経ったが、これといった目標の決まらないまま出勤の朝を迎えた。上山は、ふと出がけ前に朝刊を手にした。新聞紙面は、不穏な内乱が勃発(ぼっぱつ)した世界記事をトップに掲載していた。上山は瞬間、これだ! と思った。戦争や軍事的紛争は立派な社会悪だ、と気づいたのだ。上山はさっそく幽霊平林を呼び出して話してみることにした。
 家を出るいつものパターンまでは、まだ二十分ほどあった。上山は今の閃(ひらめ)きを忘れないうちに…と、左手首をグルリと一回転させた。すると、たちまち幽霊平林が湧いて出た。この突発的な現れようは、とても尋常ではないように上山には思えた。

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2013年1月15日 (火)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第六十四回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_9

    (第六十四回) 

「と、いうことは?」
『ええ、取り敢(あ)えずはそのまま会社に勤めて様子を見ろ、ということでしょ』
「人ごとだからな、分かりやすいご挨拶だ」
 上山は苦笑した。
『仕方ありませんよ、相手が相手ですから…』
「そうだな。社長に云われているのとは訳が違うしな」
 上山は幽霊平林言葉に頷(うなず)くしかなかった。
『で、僕と課長が正義の味方になれるか? ってことです』
「ああ…、問題は、それだな。正義のヒーローって、テレビや映画、舞台などで観る分にゃ格好いいが、現実はそうスンナリとはいかないからな。そこが問題だ」
『課長、その心配はありません。これがあります!』
 幽霊平林は徐(おもむろ)に胸元に挟んだ如意の筆を上山に示した。
「ああ、これなあ…。この効力って凄いのか? いやあ、私は人間だから俄(にわ)かには信じられんのだが…」
『元人間の僕が云ってるんですから信じて下さいよ』
「そうだな。ポカは、やったが、元キャリア組の君が云うんだから、まったくの眉唾(まゆつば)でもあるまい」
『そりゃ、そうですよ』
 幽霊平林は陰気に笑いながら胸を張った。
「まあ、とにかくやってみるか。んっ? …で、何をやるんだ?」
『そうですよね。コレッ! っていう社会悪なんか、大手を振って歩いてませんよ。そういうのって、闇に、蔓延(はびこ)るんでしょ?』
「世間じゃ、そう云うな。私なんかの小者にゃ関係ない世界だ」
『だったら、やりようがないですよね』
「ああ…、弱ったな。そこんとこが分からんと…。何か、いい手立てはないか、君」

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2013年1月14日 (月)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第六十三回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_8

    (第六十三回) 

『そうよのう。…まずは馴れずばなるまい。社会悪と霊界司様の仰せなれど、儂(わし)にも、ちと目星がつけられん。それに、規模としての問題もある。世界全体、日本、いや、住まいする地方とは、まったく違うでのう。加えて、社会悪の質にもよる。微々たる事柄から私利私欲を肥やす大悪まで、さまざまじゃからのう…』
『そうなのです。目安が立てられません』
『まあ、そう心を悩ますほどのことはあるまい。まずは、目先の小事より始めてみては、どうじゃ? 儂(わし)もまた、霊界司様に訊(き)いておこう』
『はい、そう致すでございましょう。よろしくお願い致します』
『それではのう…』
 光輪は、たちまち消え失せ、辺りは飛び交う御霊(みたま)と幽霊平林がスゥ~っと漂う姿だけとなっていた。
 あっ! 課長を待たせていたぞ…と幽霊平林が気づいたのは、それから五分後である。彼には、こんなうっかりする、ぞんざいな一面があった。
『課長! 戻りました』
 幽霊平林が上山の家へ戻ると、すでに朝食後の上山がキッチンで食器を洗っているところだった。
「ああ…、もう、そろそろ、かと思ってたが…」
 上山は蛇口のコックを押さえながら、そう云った。勢いよく流れ出ていた水が、ピタリと止まった。
『今度は、しっかり訊いてきましたよ』
「そら、そうだろう。途中で用件を忘れれば、間違いなくボケ老人だ。それで、どうだった?」
『はい、霊界番人様の仰せでは、課長の好きにせよ、とのことでした』
「えっ? なんだって?! 偉く淡白な返答じゃないか」
『そうなんですよ。僕も、それでいいのか? と思いましたので、も一度、訊いたんですがね』
「やっぱり、好きにしろ、ってか?」
『ええ。…僕とコンビを組んで社会悪をなくすのに支障となるようなら会社を辞めればいいし、二股が可能なら、今までどおりでいいだろう、ってことだと…』

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2013年1月13日 (日)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第六十二回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_7

    (第六十二回) 

『恐れ入ります…』
『で、何用じゃ?』
『はい、実は人間界におります私の上司のことにつきまして…』
『おお、いつぞや申しておった者のことか。その方の姿が見えるという者のことじゃな?』
『はい、左様(さよう)で…』
『その者が、いかが致した?』
『はい。その上司に訊(たず)ねてくれ、と頼まれたことがございまして…』
『ほう、何をじゃ?』
『はい。二人で正義の味方を、いえ…、世の社会悪を滅せよ、とのことでございましたが…』
『ふむ、確かにそう申したな。それが?』
『僕、いえ、私めは、よろしいのですが、上司は人間界の者でございますので、会社の勤めもあるようでして…』
『なるほど…。その者の今後の生活か?』
『はい、左様で…』
『そのようなことか。ははは…、好きにするがよかろう、と申せばよい』
『と、申しますと?』
『勤めが負担とならば、やめればよかろう。勤まるようならば、そのままでのう…』
『あのう…随分、ファジーでございますが…』
『ははは…、ファジーとのう。まあ、そんなもんじゃ、すべてが』
 霊界番人は幽霊平林の言葉を一笑に付(ふ)した。
『では、上司にはそのように伝えます』
『おお、そう致せ。自分が思うままに、とのう』
『あのう…』
『なんじゃ? まだ何かあるのか?』
『この私めは、まず何をしたらよいのやら、見当もつかないのでございますが…』

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2013年1月12日 (土)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第六十一回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_6

    (第六十一回) 

『来ましたよ! 課長』
「見りゃ分かるさ…。で、訊(き)いてくれたか?」
『あっ! うっかりしてました!』
「なにやってんだよ! それが目的だろ。訊いてくれないと私の動きようがない。会社のこともあるしな」
『すみません! さっそく戻って訊いてきます』
「ああ…。今日は日曜だし、ずっと家にいるから、出来るだけ早く頼むよ」
『はい!』
 幽霊平林はペコリと頭を下げると、いつものようにスゥ~っと格好よく消えた。
「あいつは、いつも格好よさだけは一人前だな…」
 上山は幽霊平林が消えた瞬間、嫌味をひと言、云った。
 こちらは霊界である。戻ったのはいいが、幽霊平林は苦慮していた。と、いうのも、霊界番人を呼び出す方法がないことに気づいたからだった。霊界番人が現れるのは、いつも一方的で、かつて幽霊平林から霊界番人を呼び出したことがなかったのだ。加えて、呼び出せる手段や方法もまだ訊けないでいた。そうと分かった幽霊平林は深く項垂(うなだ)れていた。上手くしたもので、項垂れたとき、胸元に挟んだ如意の筆が、ふと目に入った。瞬時に、これだ! と閃(ひらめ)き、幽霊平林は、さっと如意の筆を手にすると、心で霊界番人に会えるよう念じながら軽く一、二度、振ってみた。すると、たちまちにして上方より光が射し、光輪が幽霊平林の前へ現れた。
『なんじゃ! 急に呼びよって。いかが致した? …おお、そなたは!』
『はい。以前、霊界番人様に、この筆を賜(たまわ)った者でございます』
『ああ…、それは憶えておる。というか、もっか最大の関心事ゆえのう。霊界司様にも日々、きつう云われておる。じゃから、忘れようにも忘れられんわ』
 そう云うと、霊界番人は豪快に笑い飛ばした。

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2013年1月11日 (金)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第六十回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_5

    (第六十回) 

「まあ、とにかく、私も正義の味方として華々しくデビューすることになるんだろうな、ははは…」
 気分がよくなったのか、上山は賑(にぎ)やかに笑った。
『そんな格好いいもんじゃないと思うんですが、僕は…』
「どうして?」
『どうしてって、昔から正義の味方ってのは、蔭(かげ)の立役者じゃないですか』
「んっ? ああ、まあなあ。それはそうだが…。正義の味方が、私が正義の味方の○○です! とは云わんわなあ…」
『ええ、そうでしょ?』
 夕食のことも忘れ、上山は幽霊平林と語り合った。辺りは完璧に夜になっていた。
「おお、もうこんな時間か…」
 腕を見て、上山が唐突に、ひとりごちた。
『すみません、長居しました。次は日曜の朝にでも寄らせてもらいます。今日は遅いですから、この辺で…。また、手を回して呼んで下さい。課長の訊(き)いてられたことですが、霊界番人様に云ってみます。それじゃ…』
「あっ! …」
 そんなつもりで腕を見た訳ではなかった上山が、そう発したとき、幽霊平林の姿は跡形もなく消えていた。
 次の日曜の朝である。この辺りから上山の身に新たな展開が始まろうとは、周囲の者ばかりか、本人自身もまったく想定していなかった。もちろんそれは朝、幽霊平林に出会ってからのことである。彼は洗顔中の上山が、ふと鏡に映る自分の姿を垣間(かいま)見たとき、その背後にスゥ~っと躍り出た。それは、上山が歯ブラシを洗い終え、ふと無意識に手をグルリと回したときだった。

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2013年1月10日 (木)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第五十九回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_4

    (第五十九回) 

『はい。この前、お話しした社会悪を滅ぼす、という意味を訊(たず)ねた、という訳です』
「ああ…二人で決めた②のやつだな。①は私とマヨネーズだったが、…まあ、このざまだ。君はよく見える」
『いえ、そう云わないで下さいよ。僕としては、お蔭で課長と正義の味方ってことですから…』
「えっ? どういうことだい?」
『だから、②なんですよ』
「ああ、そうだった。②を聞かんとな」
『霊界番人様の申されるには、この人間界にのさばる社会悪の退治だとか…』
「ほう、社会悪な。そうは云っても、具体的にはどういうことだ?」
『そうでした。それも訊(たず)ねましたが、心が荒(すさ)んだ結果、起こっている犯罪とかです』
「でもなあ…。そんなのは一杯、あるぜ」
『だから、この如意の筆を示して振れ、と申されました。如意の筆ですが…、これを示して言葉を念じればその物が、黙って振れば地球上のその悪事が、たちまち消滅するということです』
「まるで魔法じゃないか」
『ええ、なんだか魔術師のようなことらしいです』
「それに、私が?」
『はい』
「会社は、どうするんだ? 金がないと食ってけないぞ。それに、生活もな」
『そこら辺のことは生憎(あいにく)、訊(き)いておりません』
「それが大事なんじゃないか。そんなボランティアみたいなことは、生活にゆとりがある人のやるこったろ?」
『すみません…』
「なにも、君が謝るこっちゃないが…。それ訊いておいてくれよ」
『はい…』
 幽霊平林は素直に頷(うなず)いた。

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2013年1月 9日 (水)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第五十八回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_3

    (第五十八回) 

 中位相処理されたマヨネーズ効果で、有難いことに完璧に元の状態に戻っている幽霊平林だった。
 さて、時間経過が分かると、次に幽霊平林は霊界番人の話を上山に伝えるタイミングを探った。上山に呼び出されず、こちらから現れるとなると、上山に迷惑がかからないよう配慮せねばならない。よく考えれば、こちらから人間界へ現れること自体が約束違反なのだから、せめて迷惑に考慮することぐらいは必要に思えた。
━ そろそろ、課長、戻る頃だな… ━ と、瓶(かめ)の水量から計算した幽霊平林は、人間界へと消えた。
 こちらは会社が終わり、ようやく家へ辿り着いた上山である。玄関ドアのノブを上山が回そうとしたとき、スゥ~っといつもの格好よさで幽霊平林が現われた。
『やあ、課長!』
「やあ、課長はないだろうが、君!」
 上山は突然、現れた幽霊平林に少し腹が立ったのか、怒り口調でそう云った。
『あっ! どうもすいません。今日は、お約束を無視して、こちらから現れました…』
 上山は平謝りでそう云った。
『おお、まあそれはいいさ。まっ、中で話そうや。誰ぞに聞かれりゃ変だろ?』
『はい。…じゃあ』
 幽霊平林は、スゥ~っと外壁を透過して中へと入った。このパターンも、すでに馴れた上山である。当然、幽霊平林は入ったものと想定して、一人帰ったときと変わらず、ドアを閉じて靴を脱ぐと上がった。もちろん想定通り、幽霊平林は透過して入り、居間でプカリプカリと漂っていた。
「それで、勝手に現れたことは、よほどなんだろうな、君?」
『ええ、課長、そりゃもう…。実は霊界番人様のお言葉を伝えるためなんです。って、霊界司様のお言葉でもあるんですが…』
「勿体(もったい)ぶらないで、早く云いなよ」

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2013年1月 8日 (火)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第五十七回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_2

    (第五十七回) 

 係員に控え票をもらうと、幽霊平林は大切に胸の襟元へ入れた。そして、とりあえず邪魔になるのでスコップ型を手でコンパクトに丸めた。さらに、輝く小球に変化したスコップは、控え票を挟んだ胸元へと納められた。幽霊平林は係員に、「また、お願いします」と云って軽く礼をすると、いつものようにスゥ~っと格好よく、その場を去った。
 霊水が湧く小池に現れた幽霊平林は、僅(わず)かに十センチほどの溝を掘り始めた。もちろん、胸元へ納めた輝く小球を取り出し、スコップ型へと戻してからである。形状が自由自在に変えられる道具は、人間界では考えられない。作業衣は羽織って出たから、それで事は足りた。死んだ身だから、人間界とは違い汗が出ることはない。しかも、溝を掘るといっても、軽く線を引く感覚で溝になるのだから楽だ。それもその筈(はず)で、小池の周囲は人間界の地面ではなく、霞(かすみ)のような柔らかな緑と茶色の霊気で覆(おお)われ、形作られていた。
 さて、瞬く間に溝は出来上がっていき、とうとう幽霊平林の住処(すみか)まで近づいた。ここというところまで完成したとき、幽霊平林が小池を塞(ふさ)ぐ水門関を切ると、湧き出る水は当然、その作られた溝へと流れ、幽霊平林のの住処近くで溢れだした。そし、水流は低い方向へと下る。幽霊平林はその一角に瓶(かめ)を置き、水の嵩(かさ)による時の経過を知る算段を実行した。いわゆる、水時計の発想である。そして、これで上山がいる人間界が今、いつ頃なのか知ることが出来る…と、確信するのだった。一、二度は人間界へ現れ、時間を知る必要があった。その時間差で、どれだけの水嵩(みずかさ)が溜まるか、とうことである。一時間で1センチならば、五センチで五時間となる。もちろん、溝から瓶へ注ぎ入れる水量は少なく調整し、あとの水は下方へと流す。いわば、流水システムである。
 ひと通り、作業を終えると、幽霊平林は瓶(かめ)を空(から)にした状態から、流入量の嵩の上昇が1センチに対し、一時間経過するという調整確認を済ませた。そして、瓶を流入口にセットし終えると、住処の小屋内へと入って静かに停止した。

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2013年1月 7日 (月)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第五十六回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo

    (第五十六回) 

 霊界から人間界の時間は分からないから、それを知るには何らかの方法を考えねばならない。幽霊平林も最初のうちは行き当たりばったりで人間界へ現れ、時間を確認しては、また霊界へ戻るという方法をとっていた。上山が呼ぶ場合には別に問題ないのだが、自分から現れるとなると、まったく分からないから、人間界の真夜中になることだってあった。そこで彼が考えたのが、霊水瓶(かめ)だった。幽霊平林が住処(すみか)とする小屋の近くには上手い具合に霊水が湧き出ている小さな池があった。その水を住処まで引き、瓶へ溜めるのだ。すると、大よその増えた水嵩(みずかさ)量で、時の経過を知ることが可能となる。幽霊平林は、そう考えた。さすがに生前、田丸工業のキャリア組だっただけのことはある。人間界の中ではスゥ~っと透過して物という実体を感じない幽霊平林だが、霊界では生前と同じで実体を感じられるのだ。そんなことで、彼は霊水が湧き出る小さな池から住処(すみか)までの細い水路を作り始めた。久しぶりに肉体労働をする…と、人間界では捉(とら)えるが、疲れという感覚がない霊界では、至極スムーズに作業は終息した。汗も出ず疲れもなく、スイスイと順調に事は運んだ。形状が自由自在に変えられる無色で輝く道具や作業衣は幽ークマンという店で手に入った。もちろん、霊同志は、よほどの理由がないかぎり、直接は会えないという霊界の決めがあるから、間仕切り板を挟んで声のみの遣(や)り取りとなる。さらにお金は、いらないから、物品についた品番伝票を外して仕切り板越しに手渡し、控え票をもらう仕組みになっていた。売上げが多いと、お金ではなくその伝票のポイントにより霊力が高まり向上するという俗世的システムだった。その係となる霊のみは、他の霊との応対時のみ霊体ながらも現世の姿を露(あら)わにすることを許され、作業に従事していた。
『なくさないように…』
『はい…』

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2013年1月 6日 (日)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第五十五回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_42

    (第五十五回) 

 次の朝、上山はいつものように田丸工業へ出勤した。
「課長! 先だっては、どうも有難うございました。これ、お口に合うかどうか分かりませんが…」
 新婚旅行を終えた岬が、幸せそのものの顔で課長席に近づき、上山に土産を手渡した。
「ああ…、有難う。亜沙美君、元気かい?」
「はい! なんとか、やってくれてます」
 海堂亜沙美は結婚と同時に寿(ことぶき)退社していた。
「そうか…、幸せなんだな。よかったよ、媒酌人としては…」
「はあ、どうも…。あっ! そうでした。そのお礼も申し上げておきます」
「…って、さっきのは何の礼だったの?」
「いや、あれは意味のない場当たり的な挨拶のお礼です」
「なんだ、ははは…」
 上山は、もらった土産の包み」を机の中へ収納しながら、そう云って笑った。この瞬間、すっかり幽霊平林のことを忘れている上山だった。
 昼休み、上山は食堂にいた。
「上山君さ、最近、疲れてんじゃない? 少し、老(ふ)けたわよ」
「大きなお世話だよ。吹恵ちゃんに云われたかぁ~ないな」
 笑いながらこんな馬鹿話を出来るのも、上山にとっては、この食堂賄い婦の江藤吹恵ぐらいのものだった。いつもの定食の配膳を返しながら、上山はそう云った。この時、上山は、すっかり幽霊平林のことを忘れていた。一方、幽霊平林は霊界番人の話を上山に伝えようと人間界へ移動しようとする矢先だった。むろん、人間界へ現れる上山との決めごとに変化はないのだから約束違反なのだが、そうも云ってられない…と、彼は判断したのだ。

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2013年1月 5日 (土)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第五十四回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_41

    (第五十四回) 

 霊界に戻った幽霊平林は、霊界番人と話をしていた。幽霊平林からは霊界番人を呼び出せない以上、上手い具合に霊界番人が現れてくれたことは、彼にとって千載一遇のチャンスといえた。
『あのう…、番人様は、この前、人間界の社会悪を滅せよ、とか仰せになり、この如意筆(にょいふで)お授けなさいましたが、その社会悪とは詳しく申せば、どのようなことなのでしょう?』
『おお…、そうよの。少し言葉足らずだったと案じてはおったのだが、やはり、そのことか。社会悪とは大悪である。一般人の、いわゆる普通に社会生活を営む者どもには関係がない』
『そう云われますと?』
『のさばった悪の退治よ。悪がのさばり、人の正義が潰(つい)えれば、世は暗黒の時代へと突き進むであろう。よって、何が何でも、そうした事態を、そなたがもう一人の男と叩き潰(つぶ)すのだ!』
『そう云って戴きますと、得心出来ます』
 幽霊平林はプカリプカリと漂いながら、光の輪へ向って静かにそう云った。
『そうか…。では、な』
『お待ち下さいまし。それで具体的には、どういったことでしょう。例えば、どのような?』
『そうよのう…。我は霊界司様の番人に過ぎぬゆえにどうのこうの申せぬが、例えばじゃが、人の心が荒(すさ)むゆえの犯罪とかのう。ああ、そうそう。如意の筆を示し、言葉を念じればその物が、さらに黙して振れば地球上のものが消えるであろう…』
 その言葉が終わるや、光輪はたちまちにして消え失せた。
『あっ! …』
 幽霊平林にしてみれば、まだ訊(たず)ねたいことはあったのだ。それは、霊界番人との出会い方である。未だに一方的で、幽霊平林は、ただただ光輪が降り注ぐのを待たねばならなかったから、思うに任せられなかったのである。

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2013年1月 4日 (金)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第五十三回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_40

    (第五十三回) 

「君は律儀だからな。その…ほれ…、なんとか云ったな。ああ、そうそう、平林だったか? その者と同じで日に三回。いや、君も忙しいだろうから、朝晩の二回でいい、報告してくれまいか?」
「分かりました…」
「それじゃな…」
 滑川(なめかわ)教授の電話は途絶えた。そしてすぐ、上山はマヨネーズのキャップを外(はず)し、吸いつくように口にした。夜も更け、誰もが寝静まろうとする頃、上山は自分の変化を確認しようとしたが、出来るべくもないことに気づいた。当の幽霊平林を呼ばない限り、結果は分からないのだ。呼んで彼の姿が見えれば効果ゼロ、見えねば効果があったということになる。
 さすがに、その晩は疲れていたのか、上山は幽霊平林は呼ばないことにした。呼ぶ方法は以前と変わっていない。左手首をグルリと一回転させるだけで事は足りた。そんなことで、いつでも呼べるんだから…と思うと、気分が緩んだせいか眠気に襲われた上山は、いつしか微睡(まどろ)んでいた。
 次の日は上手い具合に日曜だった。上山は慌(あわただ)しく朝の諸事、具体的には食事の準備、片づけ、家の雑事なのだが、それらを済ませ、左手首を故意にグルリと回した。予期したように当然、幽霊平林は格好よく現れた。彼が現われたといえるのは幽霊平林の姿が上山に見えた訳で、それが残念なのか残念でないのかは別として、中位相処理されたマヨネーズ効果は、まだなかったのである。この段階ではマヨネーズ効果が、まったくないのか、あるいは一度のみゆえ効果が出ていないのか・・は、上山に分からなかった。
「やっぱり、見えるよ」
『そうですか…、残念でした。…って、僕としては嬉しいんですが…。じゃあ、また…』
 気遣(づか)ってか、幽霊平林は、すぐ消えた。
 結局、上山は何度か口にしてみたが、幽霊平林の姿は、やはり見えた。それは中位相処理されたマヨネーズが霊界の幽霊平林には効き、上山には駄目だということだった。上山としては、これで当分は幽霊平林と付き合える訳なのだが、彼を手助けして社会悪を滅ぼす、という正義の味方を演じなければならないのだから、痛し痒(かゆ)しというところだった。

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2013年1月 3日 (木)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第五十二回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_39

    (第五十二回) 

 帰途、上山は今後の先々に期待が膨らむ半面、少なからぬ不安感にも襲われていた。幽霊平林が期待どおり消えてくれれば、何もなかった元の生活に戻れる期待感はある。
しかし、消えなかった場合、ずっとこれからも幽霊平林の姿を見続けることになるのだ。そればかりか、彼と人間社会の大悪を成敗するというその手助けをせねばならなくなるのだ。だから、この不安感も半ばあった。中位相処理されたマヨネーズは間違いなく数日後には彼の手元へ宅急便で届くだろう。問題は、それからなのだ。
 上山の予想どおり、中位相処理されたマヨネーズが届いたのは、それから三日後だった。宅急便の小箱内には、佃(つくだ)教授の走り書きが添えられていた。
━ 出来ましたので、お届けさせて戴きました。取り分けて他のマヨネーズと成分が変わったとか、そういうことは前回同様、一切ございませんので安心なさって下さいませ。何ぞありましたら私、佃まで一報下さいますように 霊動学研究所 佃公介 ━
 丁重な書面は佃教授の性格を物語る。上山は、さっそくそのマヨネーズを試してみることにした。処方箋はまったくない。しかし、幽霊平林は滑川(なめかわ)教授に云われたのと同じように、一日三回、朝昼晩と試してみることにした。そして、その日の夜、いよいよ口にする寸前に、滑川教授にもこのことを一応、伝えておこうと、上山は電話をした。
「君かっ! どうしたんだね、こんな時刻に?」
「実は教授、平林の効果が絶大なんで、私もやってみようということになったんですよ」
「おお、そうか…。連絡が途絶えとったから、気にはなっておったんだ…」
 滑川教授は幾分、声を大きくして、そう云った。
「それで、一応は教授にお話だけでもと思いまして…」
「そうか。それで、この時刻か…、なるほど。私は構わんのだが…。だがもう、そろそろ閉めようと思っておったところだからよかった…」
「いや、こちらこそよかったですよ、おられて。まあ、そんなことです…」

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2013年1月 2日 (水)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第五十一回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_38

    (第五十一回) 

「止まれた? …ああ、動かなくなったということですか?」
「はい。自分の意志で停止出来る状態に、ほとんど戻ったそうです」
「ほう…。それは、よかった」
 佃(つくだ)教授は上山からマヨネーズを受け取りながら、そう云った。
「そうそう…。これは滑川(なめかわ)教授にも云ってもらいたいんですが、私と平林に新たな展開があるかも知れないんです」
「えっ? それはどういうことでしょう?」
「まあ、私のソレによってなんですがね」
 上山は佃教授が握ったマヨネーズを指さした。
「これですか。これが、どういう展開を?」
「ええ…。ですから、平林で効いたマヨネーズを私が口にして、果してどうなるか? という展開ですよ」
「と、いいますと?」
「私が平林を見えなくなれば、それはそれで、ひとまずはTHE END なんですが…」
「今までどおりだと、どうなるんです?」
「そこなんですよ、問題は。平林の方には新しい展開があったんですが、私の場合はどうなるのか、今は、まだ何とも云えません。っていうか、私にもその先は未知数なんですよ。だから分かっていて云えないんじゃなくって、分からないから云えない、という意味です」
「なんか、ややこしいんですね、霊界がらみだと…」
「ええ…。まあ、このことは、霊動学の教授だから云えるんですが…。普通の人に云えば、変人扱いですよ」
「ははは…、そりゃそうです」
 上山は佃教授の賑やかな笑顔を久しぶりに見た。

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2013年1月 1日 (火)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第五十回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_5

    (第五十回) 

「それならそれで、いいでしょう。人間界の社会悪は、私が霊界司様に命じられた問題です。私一人で続けますよ」
「あ、それはまあ、そうしてもらうしか、なかろうがな…」
 なんとも、ややこしく話が絡み込んだので、二人は腕組みをして考え込んだ。

 ① 上山は中位相処理したマヨネーズにより、まず自分の変化を観る。そしてその結果、特に変化が観られなかった場合は幽霊平林と協力して社会悪を滅する。変化があり、幽霊平林の姿が見えなくなった場合(普通に戻った場合)は、社会悪の根絶は幽霊平林に委ねる。

 ②  幽霊平林は霊界司、または霊界番人に、人間社会の大悪とは具体的にどういうことを指すのかを訊(たず)ね、確認する。

 二人はこの二点を決め、別れた。上山の酔いは、すっかり醒めていた。すでに夜中の三時を回っていた。
 上山が佃(つくだ)教授の研究所を訪ねたのは、その二日後だった。もちろん、事前に教授へ電話をし、承諾を取ってからの来訪である。その目的は、幽霊平林と打ち合わせた通り、中位相処理のマヨネ-ズを作ってもらうためである。その日は当然、日曜で、上山は休みだった。
「おお上山さん、どうされました?」
「ああ、教授。…実は、もう一本、これを中位相にしてもらいたいのです」
 上山は手にしたマヨネーズを佃(つくだ)教授に差し出して、そう云った。実は電話では佃教授の都合を確認し、二日後に寄せてもらうとだけしか云ってなかったのだ。
「そんなことでしたか。分かりました。…しかしですな。今日も生憎(あいにく)、日曜でして助手達がいませんので、この前と同様に後日、宅配便で送らせてもらいたいのですが…」
「はい、それで結構でございます。なにぶん、よろしくお願い致します」
「では、そうさせて戴きます。ところで、アチラの方には届きましたか?」
「ええ、お蔭さまで…。それに効果は抜群で、止まれたようです」

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