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2013年2月

2013年2月28日 (木)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第百八回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_14

    (第百八回)

『あっ! はい…。じゃあ、会社で…』
 悟ったのか、幽霊平林はスゥ~っと格好よく消え失せた。何事もなかったように上山は田丸工業に出社し、いつもの課長席へ、どっかと座った。そこへ珍しく岬が出社してきた。
「あっ! おはようございます、課長。今日は十時からじゃなかったんですか、プレゼンテーション?」
「んっ? ああ、そうだったそうだった。うっかり忘れるところだったよ、ははは…」
 朝方、幽霊平林は、このことを云っていたのだが、つい、うっかり忘れてしまっている。上山は、もう年かな…と、いささか意気消沈した。むろん、考え込むほどではない。仕事は普段と変わりなく進んでいく。しかし、上山が幽霊平林との話を忘れていたのかというと、そうではない。手先はスムースに仕事を進めてはいるが、頭の中は如意の筆の効果により世界首脳の武器売却を…という発想に及んでいた。よ~く考えれば、もの凄く稀有(けう)で壮大な発想なのである。もちろん、幽霊平林を呼び出すタイミングは、やはり昼休みが適当…いや、その時をおいてないな…と、上山は判断した。
「あらっ! 珍しいわね、上山ちゃん。今日はB定じゃないの?」
 食堂賄いの江藤吹恵が怪訝(けげん)な表情で上山の顔を窺(うかが)った。上山が注文した食券は、きつねうどんだった。
「ちょっと、急ぎの仕事があってさ~」
 上司や部下と違い、気遣(づか)いのない話が出来るのは、上山にとって社内でこの吹恵だけだった。
「そぉ~。部長、狙ってんじゃないの」
「ははは…。吹恵ちゃんには、かなわんな~。そんなんじゃないさ」
 上山は笑って暈(ぼか)した。
「まあ、いいけどさ…」
 吹恵はそれ以上、訊(き)かず、上山は弁解せずに済んだのでホッとしながら出来たうどんをトレーに乗せ、いつも座るテーブルへと急いだ。

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2013年2月27日 (水)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第百七回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_13

    (第百七回)

 上山は号外を手に左右を見回し、人の気配がないことを確認して普通の声量で語り出した。
「これ見ると、効果はあったようだな…」
『そのようですね!』
 幽霊平林としては、まんざらでもなく、得意げな、したり顔で云った。
「見出しだと超常現象か? と、あるな…」
『世界各地の紛争や戦いがすべてなくなったんでしょうから、僕でもそう書きますよ』
「…だな。まずはOKか」
『これで、ひとまず争いごとは世界から消えたんでしょうね』
「…そうなのかなあ? いや! そうじゃないぞ! 問題は、武器を売る利権目当ての国家じゃないか? その発想をなくさにゃなあ~。また、起こるぜ」
『そうですね。僕の念力の継続性までは分かりませんから。一過性なら、確かにまた争いが始まりますね』
「そういうことだ…」
 二人がベンチ話していると、ホームへ電車が入ってきた。上山は徐(おもむろ)に立つと、鞄(かばん)を手に速度落として止まろうとする電車へ近づいた。幽霊平林はというと、どういう訳かいつになく積極的で、上山の前方をスゥ~っと流れるように進み、電車のドアが開く前に透過して乗り込んだ。上山は一瞬、これが出来れば便利なんだがなあ~と思った。ドアが開いて上山も乗り込むと、幽霊平林が話しかけてきた。いつやらも、こうした状況はあったが、あの時はゴーステンの影響のせいか、上山は人間界と霊界の間(はざま)に迷い込み、人の姿が見えなくなっていたのだ。当然、電車の中は上山一人で、幽霊平林以外の存在はなかった。それが今は、人々の姿が周囲にあった。だから、安易に幽霊平林との会話は出来ない。
『先ほどの続きですが…』
「… …」
 上山は顎(あご)で周りに人がいることを幽霊平林にジェスチャーした。

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2013年2月26日 (火)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第百六回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_12

    (第百六回)

確かに、常識では起こり得ない世界情勢の急変ぶりに違いなかった。
「効果はバッチリだな…」
 思わずニタリと微笑み、上山は呟(つぶや)いていた。
「どうか、されました?」
 店員が怪訝(けげん)な表情をしている。
「いや、こちらのことです…」
 うっかりした自分に反省しながら、上山はカムフラージュした。店員がブース内へ引っ込むと、上山は辺りを見ながら左手首をグルリと回した。他の者に見えない幽霊平林だから、別に辺りを気にする必要はないのだが…。それは、ともかく、幽霊平林は即座にパッ! と現れた。
『課長! どうでした!』
 幽霊平林も気になっていたとみえ、上山が手にする号外を覗(のぞ)き込んだ。
「まあ! まあまあだな…」
 歩きだした上山は、人の気配を察し、小声で呟いた。駅構内を往来する人の動きは激しい。自動改札からホームへ入ると、さすがに人も、まばらになる。上山としては、ひとまずは、やれやれ・・と胸を撫で下ろす気分だ。というのも、ブツブツと独り言のように呟く姿は、人にそう見せたくないからだった。何を思われるか知れたものではない。幽霊平林は当然のように上山の上後方、左右の上横をスゥ~っと流れて追随していた。実態がないから前方から近づく人と、ぶつかる心配は、まったくなく、透過できる。人間なら怪我ものだが、こういう幽霊独特の都合よさは、あった。上山も、この辺りの気遣(づか)いは、しなくてよいから助かっていた。さて、ホームへ出た二人は電車を待つ態でベンチへ座った。もちろん、幽霊平林は座る態で、プカリプカリと浮かんでいるのだが…。

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2013年2月25日 (月)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第百五回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_11

    (第百五回)

「あ、そりゃそうだ。地球上の、あらゆる国が対象だからな」
『はあ、まあ…。争いが起きている国だけですが…』
「うん、そうだったな」
 上山は、なぜか、当たり籤(くじ)の発表を待つ籤マニアのような楽しい気分になった。
『とにかく、僕がやれるだけのことは、やりました』
「そうだな、ご苦労さん…。もう、帰っていいぞ」
『帰っていいぞ、は、いいですね。まっ! そうなんですが…。なんか僕、受験発表を待つ学生の気分です。若返りましたよ、ははは…』
 そう云って陰気に笑うと、幽霊平林は、いつものように格好よく消え失せた。
 結果が出たのは、それから数日した朝のことである。その日は、上山が車で通勤せず、駅へ向かった日だった。いつものように駅構内へ入った上山は売店でスポーツ新聞を買い求めようとした。その時、ふと店員の慌(あわただ)しい動きに気づいた。そして思わず、「どうかされたんですか?」と、店員に訊(たず)ねていた。
「いや、なにね、号外が入ったもんでね。無料です。ほら、これ!」
 上山は目の前に差し出された新聞の号外を手にした。そこに書かれていたのは、紛(まぎ)れもない、アフリカ情勢、中東アジア情勢の激変記事だった。それは、上山の目に飛び込んだ大見出しで瞬時に判断できた。受け取った号外に上山は注視して見入った。そこには、幽霊平林と話していた世界情勢の記事が書かれていた。世界各地で起きている内乱や紛争は、上山が数えた訳ではなかったが数ヶ所に及んでいた。それらの内乱や紛争が、まったくなくなって消滅したのである。むろん、それは軍事面に限られてはいたが、アフリカ、中東アジアを中心に起きていた。それらが、すべて瓦解(がかい)したのだ。号外には、余りの急変ぶりに穿(うが)った見方の見出しも、━ 世界各地で超常現象? ━ として掲載されていたのだ。

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2013年2月24日 (日)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第百四回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_10

    (第百四回)

「そうそう。…私はこれ、洗ってるから…」
上山は。そう云うと、食べ終えた食器を持って洗い場へ行った。
『急がれなくて、いいんですか?』
「ああ…、今日は十一時に得意先とのプレゼンテーションと接待だしな」
 上山が、いつもとは違い、急いでいない訳が分かり、幽霊平林は、なるほど…と得心したが、そんなことを考えてる場合じゃないと、すぐさま自分の散漫な心を反省した。念じるには心を集中させねばならない。上山は、そんな幽霊平林の心を慮(おもんばか)ってか、それ以後は声をかけず、ひたすら食器を洗った。部屋の時計は八時近くを指していた。十時を回った頃に家を出るとして、まだ二時間ばかりある。この二時間があれば、幽霊平林に念じてもらうのは十分である。結果は、ともかくとして、内乱と紛争は解決に向かうだろう。他の民族間争乱、宗教対立による紛争などは次回以降に回すとして、すべての課題のうち、その一部を解決し、正義の味方としての最初の活動を成功させたといえる。上山としては初めての感慨であり、幽霊平林にとっては、霊界番人へ伝えられる初の成果と云えた。
『では、念じます!』
 改まった声で幽霊平林が云い、如意の筆を手にして両瞼(まぶた)を静かに閉じた。上山に瞬間、緊張が走る。そして二分、三分と時は流れ、五分ばかりが経ったとき、幽霊平林はふたたび両瞼を静かに開くと、如意の筆を二、三度振った。この光景は上山も何度か目にしていていた。
『終わりました…』
「そうか、終わったか…。で、どうだろう?」
『それは僕にも分かりませんよ。孰(いず)れ、結果はマスコミに大きく報じられることでしょう』
「それまでは分からんか…」
『ええ…。なにせ、今回は規模が広いですから…』

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2013年2月23日 (土)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第百三回

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_9

    (第百三回)

「まあ、私も瞬間的に、それで行けるって分かっただけでもいいんだがな。…行けるってのも妙だな、ははは…」
 上山は如意の筆を指さして、小さく笑った。
『ええ、まあ、そうですね…』
 幽霊平林も素直に頷(うなず)いて、フワリと上山に少し近づいた。
「じゃあ、さっそく内容を吟味しよう。対象は地球上のすべての国で、内容は取り敢(あ)えず発生している内乱や紛争。で、それらの国内で、争おうとしている国民の発想を、すべて消去(フォーマット)する。まずは、これでどうだ!」
『いいんじゃないでしょうか。効果が出れば、銃器を手にして戦闘している兵士が、一瞬にして、手にしている恐ろしい武器に驚愕し、自ら投げ捨てる。そればかりか、自分が今まで何をしていたのかを、すべて忘れる、となります』
「おお、いい! それで、いいぞ!」
 上山はテンションを高めて興奮しだした。課長、そんなに興奮されないでもいいでしょ、とは云えず、幽霊平林は付き合って陰気な愛想笑いを浮かべた。
『僕も念じてみるまでは、そんな上手くいくか、半信半疑なんですがね』
「いや、そりゃ霊界のお偉方が無限にして無上とおっしゃるんだから、間違いなかろう」
『ええ、それは、そうなんですがね…』
 幽霊平林は今一つ、自信を欠いていた。
「だったら、問題は、なかろう。どれどれ、落ちついたら、ひとつ念じちゃくれないか」
『えっ! 今ですか?』
「何か不都合でも、あるのかな?」
『いえ、そういう訳でもないんですが…。心の準備もありますから、少し待って下さい。えーと、①は地球上のすべての国、②は発生している内乱や紛争、③は①②の発想をすべて消去すると…。てしたね?』
「そうそう。…私はこれ、洗ってるから…」

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2013年2月22日 (金)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第百二回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_8

    (第百二回)

「そうか…。念じただけで効力が及ぶなら、何の問題もない。どんどん君に念じてもらおう」
『課長、そう押しつけないで下さいよ。僕も考えて念じないといけませんから。なんたって、念じたとおりに物事が進行するなら、僕にも責任がありますからね』
「そりゃ、そうだな。いや、私も軽はずみだった。念じる内容は二人で考えんとな」
『ええ、課長にも内容は考えて戴かないと、僕が霊界司様に怒られますから。なんたって、霊界トップの命令なんですから…』
「そうだな。君の将来にもかかわる。まあ、会社の出世とは意味合いが違うが。ははは…」
 軽い冗談で上山は場を和(なご)ませた。
『からかわないで下さいよ』
 幽霊平林も思わず陰気に笑いそうになった。
「だな。で、まずは、どうするかだが、ケント紙に書いていくか…」
『いつやらも課長、書いてましたね』
「ああ、そんなこともあったなあ…」
 上山は、しばらく前の自分を顧(かえり)みた。
『今回は、そんな悠長に構えてられませんが…。なにせ、アフリカの諸国情勢は日々、刻々と変化してますから…』
「いや、君な…。私は、念力の及ぶ範囲が無限にして無上なら、もっとグローバル、つまり地球規模で念じればって思うんだ。しかも態々(わざわざ)、そんな危険を冒して飛ぶ必要もないんじゃないか、ってことになるぞ」
『あっ! そうでした。ここからでも、いいんですよね?』
「そうだよ、君。念じる内容だけ正確にすりゃ、私の家からだってOKなんだよ」
『マソリアに現れましたが、そんなことする必要、なかったんですねえ』
「ああ…。馬鹿なことをやってたよ」
『はい。無駄な動きでした、確かに…』

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2013年2月21日 (木)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第百一回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_7

    (第百一回)

 俗世の大悪を滅せよ、と霊界司に命じられたのだから、霊中の霊といえる幽霊平林なのだが、それがなぜ自分なのかは、今もって分からなかった。しかし、まあ、いいか…と幽霊平林は思った。考えてみたところで、所詮(しょせん)は分からぬこと、なのである。
 次の朝が巡り、七時半となった。幽霊平林は霊水瓶(がめ)を時折り確認し、七時よりは少し早めに人間界へと現れた。場所はもちろん、上山の寝室である。ところが、すでにベッドは蛻(もぬけ)の殻(から)で、上山の姿は寝室にはなかった。ベッドに置かれた目覚ましの針は七時十分過ぎを指していた。幽霊平林が早いと思っていた時間は、二十分ほどの誤差で想定より遅れていたのである。七時十分を回れば上山が起きているのは当然で、すでに洗顔を済ませ厨房(キッチン)にいる頃だった。幽霊平林は少し慌(あわ)てぎみにスゥ~っと透過して厨房へ急いだ。幽霊平林の予想どおり、上山は朝食のトーストを焼いていた。
『課長! おはようございます!』
「…んっ? おお、君か、おはよう。偉く早いな。昨晩の今朝だし、何かあったのか?」
『はい、課長のお耳にだけ入れておこうと思いまして…』
「ほう…、なんだ?」
『効力の話です、念力の』
「ああ…如意の筆の話な。その有効範囲か?」
『そうです。きのう戻ってから霊界万(よろず)集で調べたんですよ』
「なんと書いてあった?」
『肝心なところだけ云いますと、効力は無限にして無上、とありました』
「…、ということは、どこにいたって無上で無限の霊力を維持できるってこったぜ」
『ええ…どうも、そのようです』
 幽霊平林は少しダレていた。

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2013年2月20日 (水)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第百回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_6

    (第百回)

 効力が無限にして無上・・とは、念じれば、その及ぶ範囲は限りがない、ということか。だとすれば態々(わざわざ)、その国へ現れずとも、日本国内でいいのではないか…と、ふと疑念が幽霊平林の胸中を過(よぎ)った。そうならば、上山に云われた効力を調べる必要もないのだし、今、こうして霊界万(よろず)集を紐解(ひもと)いている手間も用なしなのだ。まあ、そのことを霊界万集で知ったのだから、ここまでの流れは無駄ではないか…と、幽霊平林は考え直した。すぐに、そのことを上山に云おうと思ったが、つい先ほど人間界へ現れて戻ったのだから、そう時は経っていないと思えば、上山が深い眠りに落ちた時間帯であることは、大よそ察せられた。そこで、幽霊平林は空(から)の霊水瓶(がめ)を、いつものようにセットし、止まった。止まったとは、人間界で云うところの眠った、という状態である。霊水瓶には一時間ごとに溜(た)まる水量目盛が記(しる)されている。もちろん、幽霊平林が工夫したもので、セットの時間は人間界を離れた夜九時から霊界万集を紐解(ひもと)いた後、セットするまでの約一時間を加えて、夜十時とした。むろん、人間界へ現れて正確な時間を確認していないのだから、五分~十分、いや十分~二十分くらいの誤差は想定された。それでも、ほぼ正確なら、上山が起床する朝の七時前後に現れればいいだろう…と、幽霊平林は思った。霊界には眠るという概念がないから、当然、意識が遠退くこともなく、ただ心理状態が安定して無の感覚となり、漂う動きが止まるだけである。だから、止まったままある程度の段階で水量を確認しに動けばいいのだ。人間界と異なり、眠る必要がない霊界は至極、便利に思えた。しかし、疲れはないものの、止まらない状態が続けば霊気が低下し、悪くすれば動けなくなることも想定された。例(たと)えるなら、充電しない携帯電話のようなものである。要するに、霊気という充電が幽霊には必要だということである。幽霊平林は他の御霊(みたま)と同じとは云えなかったが、その点では同じだった。

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2013年2月19日 (火)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第九十九回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_5

    (第九十九回)

「そうか…。なら、いいんだ、ご苦労さん。続けて効力の及ぶ範囲も調べといてくれよ」
『はい!』
 迷惑だと感じたのか、幽霊平林は即座に消え去った。もちろん、格好よく消えることだけは忘れていなかった。
 さて、霊界へ戻った幽霊平林である。住処(すみか)へ入って止まろうとしたが、いつものように止まれない。いや、正確に云うなら、止まれるのだが止まれない気分の昂(たかぶ)りがある、といった方がいいだろう。止まれるとは、人間界なら眠れる、ということになる。感じは、ゴーステンの影響で止まれなくなったあの時とは違う止まれなさ、なのだ。そこで、幽霊平林は無理に止まらないことにした。上山に云われた念じた効力の及ぶ範囲を調べるには、どうすればいいかを弔文屋(ちょうもんや)で買い求めた霊界万(よろず)集で探ろうと思ったのだ。人間界の書物と違い、この霊界万集で分からないことは皆無だった。ただ、その索引の語に辿り着くまでが厄介(やっかい)なのである。なんといっても、すべての分野に及び、天文学的な内容を包含(ほうがん)している霊界万集だから、少し慣れた幽霊平林といえど、そう容易なことではなかった。そこで彼は、まず如意の筆という語から索引することにした。

□ 如意の筆 霊界の君臨者である霊界司が、その使者となる霊界番人に授けた筆。あらゆる事象を如意のままに変ずることが出来る超霊力を有する筆。効力は無限にして無上とされる。かつて効力の及ぶ限界を知った御霊(みたま)は、いないとされている。遣(つか)わされる場合は、特殊な事情がある場合だといわれる ━

『なるほど…』
 霊界万集を紐解(ひもと)いた幽霊平林は、書かれた文面を読みながら一人ごちた

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2013年2月18日 (月)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第九十八回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_4

    (第九十八回)

 幽霊平林からの報告が上山に齎(もたら)せられたのは、その二日後だった。場所は深夜の上山が寝入った直後の寝室である。まさか、寝室に幽霊平林が現れるなどと、上山が考えてる訳はなかった。だから、想定外の驚きは、いつもの倍以上はあった。
『課長!! 起きて下さい!』
「… … な、なんだ今時分! 驚くじゃないかっ!」
 上山は思わず半身を起こしていた。
『すみません! ちょっと、こちらの時間が分からなかったもので…』
 幽霊平林は弁解に努めた。というのも、いつも人間界の時間を探る霊水池から引いた水路の水が止まったためである。いつやら幽霊平林が、霊界にいながら人間界の時間が分かるように、水路を住処(すみか)まで引いた、その水である。水瓶(みずがめ)へ流入した量で時の流れを知る、云わば水時計のアイデアだが、水が止まってしまえば意味がなかった。訳は、霊界で生じた一時的な環境異変なのだが、そんなことは霊界に死んでいるすべての霊が知る訳もなく、もちろん幽霊平林も知らなかった。その結果、深夜の出現となった訳だ。
「まあいい…。それで、ギリシャへは現れたんだろうな」
『はい、それはまあ…。現れるには現れたんですが…』
「なんだい、その奥歯に物の挟まったような云い方は」
『いや、念力の有効範囲が今一、分からなかったもんで…』
「そんなこたぁ~、どうでもいいんだ! とにかく、念じてくれたんだろ?」
『はい! それは、まあ…』
「はきつかん奴だ! で、結果は? 経済危機は回避できそうなのか?」
『はい! まあ…。明日の新聞をお読み下さい。カンフル注射のように当面の危機が収まる念力は送っておきましたから』

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2013年2月17日 (日)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第九十七回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_3

    (第九十七回)

『まあまあ…。アレもコレもという訳には、いきませんから。…どちらを優先しましょう?』
 宥(なだ)めながら、幽霊平林は続けた。
「そうだな…。まあ、緊急性を要するのはギリシャの経済危機だがな…。なにせ、ヨーロッパ以外に世界的な金融不安を起こす可能性もあるからなあ~」
『じゃあ、紛争国の一件は、あとに回しますか?』
「ああ…、何カ国かを、もう少し調べにゃならんし、君にしたって、念じる有効規模を調べんとな」
『はあ、それがありました』
 束の間、二人の会話が滞(とどこお)った。
 結局、二人の進む手順は、リギシャの経済危機を未然に防ぐことに決した。
「次の土曜までは待てないんだから当然、君が現れて念じてくれるんだろうな」
『はい、そのつもりです。ギリシャ一国のことですが、果して僕の念力がお偉方に通じたり、デモをしたりする過激な国民の心から闘争心を除去できるかは疑問ですが、ともかくやってみます。孰(いず)れにせよ、手を拱(こまね)いているよりは、何らかの効果は少なからずあるはずですから…』
「そのとおり! 頼んだよ、君。おお! もう、こんな時間か。それじゃ、また結果が出たら現れてくれ。当分の間、左手首のグルリ! 呼びルールは、やめよう。緊急事態だからな」
『それは僕も助かります。好きなときに現れて課長に会えますから…』
 幽霊平林は、ニタリ! と陰気に笑った。
「ただし、云っておくが、現れるのは報告のみにしてくれよ。その他の、つまらんことで現れられれば迷惑だからな」
『それは、分かってます…』
 真顔に戻った幽霊平林は、いつものようにスゥ~っと格好よく消え失せた。

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2013年2月16日 (土)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第九十六回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_2

    (第九十六回)

 昼前、上山は仕事に託(かこつ)けてパソコンでアフリカ情勢以外の紛争国を探していた。アフリカ以外となると、イラン、イラク、アフガニスタンなどの中東アジアである。そのつもりでパソコンを検索していた上山は、つい思わずアフリカを検索してしまった。すると、アルジェリア、ルワンダ、コンゴ、シエラレオネなど、内戦状態が続く国々が多数、見つかったのだ。これには、上山も参った。幽霊平林にシリア、ソマリア以外の紛争国を探してくれ、と勝手なことを云ったが、こりゃ念じる規模を考えにゃいかんな…と思えていたのである。
「君さぁ~、さっき思ったんだけど、念じる規模さ。いつやらも云った思うけど、有効範囲っていうの? それさ、最大限、マックスで念じてみちゃくんないかな」
 屋上へ昇った上山は、開口一番、プカリプカリと漂う幽霊平林を見上げて、そう云った。
『あっ! 課長。来られましたか。いやあ、やってくれと云われりゃ、マックスで念じますがね。まあ、その有効性のは分かりませんが…』
「有効性か…。早い話、効果がすべてに及ぶとは云えないんだな」
『はい、そういうことです申し訳ないのですが…』
「いや、なにも君が謝ることはない。まあ、やってみてくれ」
『はい! …それより、ギリシャの国家破綻に近い経済危機のニュースがありましたよ。ご存知ですか?』
「ははは…、そんなこたぁ知ってるよ。ユーロを抜けるとか、援助を受ける受けないとか、だろ?」
『さすが、課長! よく、ご存知です』
「私の持論は、いつやらも云ったと思うが、一定のスパンで通貨レートを見直す変動固定相場制だが、世界金融の安定は、これ以外にないと考えてるんだ。リギシャ問題も、この辺りの問題に起因してるんじゃ・・と思う。だいいち、ヘッジファンドとかのつけ入る隙(すき)がないだろ? 世界金融で儲けようなんて、許せんよ、君! 念じてくれ!!」
『ははは…、今日の課長、偉く興奮されてますね。この話は初耳です』
「これが、興奮せずに、いられるかっ!」
 上山は語気を荒げた。

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2013年2月15日 (金)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第九十五回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo

    (第九十五回)

 上山の言葉が終わらないうちに、幽霊平林は、パッ! と格好よく消え去った。
 それから数日が経った。幽霊平林からの音沙汰は、まったくなく、上山には、奴め、手古摺(てこず)ってやがるな…と思えていた。上山自身も、アフリカ全土に広がる多くの国々の中で紛争などにより乱れた国を探っていたから、そう気にもならなかった。
 上山が決裁をする第二業務課内には、これといって変化はない。課員達が日々、机上で睨(にら)みあっているノートパソコンは今日も稼働し、そして課員達はその物体に魅せられたかのように隷従(れいじゅう)していた。実は、上山も以前は彼等とまったく同じだった。それが変化したのは、係長から課長へと昇格したときだった。係長として決裁を手渡す立場だったものが、今度は受け取って決裁する立場へ変わったのだ。めくら判を押す訳にはいかないから、ひと通りの広い知識は上山の頭脳の中にインプットされていた。上山にとってパソコンは、その知識の収納箱へと変化していた。ただ単に収納するだけだから、今は以前とは違う余裕があった。いや、というより、単なる百科事典を一冊、机上に置いておくぐらいの感覚に変化していたのだ。
 幽霊平林が現れたのは、上山が食事を終えた食堂だった。大時計の針は昼の十二時半近くを指していた。
『課長! シリアは、念じておきました』
 上山は突然、現れた幽霊平林に後方から声をかけられ一瞬、ドキッ! とした。驚きの声ではなく、うっかり話しそうになり周囲にいる社員達の姿を見て、思わず生唾(なまつば)を呑(の)み込んだ。声を出せば変に思われるのは必定で、上山は仕方なく肩が凝った仕草で腕を回し、手先を天井に向けた。屋上で話そうと、暗にフリで示したのだ。野球でいうサインのようなものだが、事前に云ってないから、幽霊平林は、ハア? という怪訝(けげん)な表情でプカリプカリと漂っているだけだった。それでも、何度か指で天井を指されると、さすがに分かったのか、舌を出して頷(うなず)きながら消え失せた。もちろん、瞬間移動したのは屋上である

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2013年2月14日 (木)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第九十四回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_38

    (第九十四回)

「「シリアですよ、シリア! シリアで暴動が!」
「シリア? ああ、エジプトの近くの国か?」
『そうです。そのシリアで暴動が…。昨日のソマリアの時、ついでに寄っとくんでした』
「そりゃそうだが、昨日は起こってなかったんだからな。だいたい、君の念力ってのは、有効範囲が何キロとか、ないのか?」
『いや、そこまでは僕も調べてないので分からないんですが、その国へ現れないと日本からじゃ駄目だってことは分かるんですよ。ですから、有効範囲が何百キロとか、あることはあるようです』
「随分、ファジーなんだな」
『ええ…、どうもすいません』
「君が謝るこっちゃないが、シリアで、そんなことがか…。こりゃ、ソマリアの結果待ちなどと悠長に構えてられんな。私は明日、会社があるから、君だけでも現地へ行って念じてくれ! 応急措置だから、今回の正義の味方は君に任す。事後報告で構わんから」
『そうします。霊界番人様に訊(き)かれりゃ、そう云っておきます』
「そのお方様には、君の行動はお見通しなんだな?」
『霊界番人様じゃなく、霊界を支配されている霊界司様は、たぶん、すべてお見通しかと…』
 幽霊平林は少し慎み深い口調で語った。
「まあ、そんなことはいいさ。それより今の話、頼んだぞ。それと、もうひとつ、アフリカで他に紛争が起きている国を探(さが)して欲しい。私はアフリカ以外を探すから」
『はい、分かりました』
「いやあ~、今日が日曜でよかったよ」
『はあ、すみません、朝早くから』
「ああ、それはいいんだ。しかし、すっかり目が醒めちまったなあ。それに疲れも、ふっ飛んだよ」
『じゃあ、僕はこれで。今日は忙(いそが)しくなりそうです。シリアに現れるのとアフリカの調べですから…』
「ははは…。そんなこと云わず、よろしく頼む」

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2013年2月13日 (水)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第九十三回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_37

    (第九十三回)

「って、今一、自信が…ってことか?」
『いえ、そんな訳じゃないんですが、まだ不馴れ、ということもありますから…』
「ああ、それもそうだな」
『それよか、二、三日後のニュースや新聞に注意して下さい』
「ああ、分かった。そうするよ」
 上山はテーブル椅子へドッカと腰を下ろし、少し疲れたかのように肩から襷(たすき)に掛けた水筒をテーブル上へと置いた。
『ひとまず、ソマリアはOKとして、次はどうしますか? 課長』
「んっ? …まあ、待てよ。ソマリアの今後の推移をしばらく観ようや」
『そうですね。少し慌てました。世界はいろいろと問題がありますしね』
「日本だって、いろいろあるぜ。まあ、この国の場合は平和な、いろいろだけどな」
『はい…。日本は平和ですよ、本当に。憲法が国の戦争を禁止してますからね』
「ああ…。少し曖昧(あいまい)で、もめてるがな。今日行った…行ってはいないか…。現れたソマリアみたいな酷(むご)い国に比べりゃな」
『ええ…、世界には、そんな国が他にもいろいろありますから…』
「喜ばなきゃいかんのだろうな、私達は」
『ええ…』
 二人は、すっかりナイーブな口調になっていた。この日は、互いの労をねぎらってすぐ別れた。
 次の日の朝、疲れのためか、ぐっすり眠っていた上山を、幽霊平林が突如、現れ、けたたましい声で叩き起こした。もちろん、叩き起こすといっても、幽霊だから大声のみである。
『課長!! 大変です! シリアで大暴動が起こってます!』
「… …。なんだ、こんな早く! 昨日(きのう)の今日じゃないか」
 そう不平っぽく云いながら、上山は目覚ましを見た。時計の針はすでに早くない九時半近くを指していた。

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2013年2月12日 (火)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第九十二回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_36

    (第九十二回) 

 幽霊平林は、そんな上山の動きには関知せず、また両の瞼(まぶた)を閉ざした。そして五分ばかり、ひたすら念じた。上山の目には、幽霊平林が、ただ目を閉ざして瞑想しているとしか映らないのだが、彼は彼なりに必死に考えてきたことを念じているのだった。五分が過ぎ、幽霊平林は徐(おもむろ)に目を開けると、如意の筆を二度ばかり軽く振った。上山はそれを眺(なが)めながら、額(ひたい)の汗を拭った。
『さあ、終りました…。結果は少しずつ表面化するでしょう。恐らく、数日中には、その最初の兆候が現れることでしょう。メディアのニュースで流れるはずです』
「そうか…。もういいのか?」
『はい。一応は済みましたから』
「一応? と云うと?」
『はい。ですから、ソマリアでの内戦、いや争いごとは、すべて無となるはずだ、ということです』
「なるほど…。それじゃ、続きは日本で見届けるとしよう。じゃあ、戻してくれ」
『折角ですから、何かお土産でも、いかがですか?』
「いや、そんなもんはいい。早く戻してくれ。この四十六度の気温は、さすがの私にも堪(こた)える!」
『分かりました。では…』
 幽霊平林は、また瞼を閉ざすと瞑想に入った。
 やがて目を開けた幽霊平林は、如意の筆を二、三度、振った。瞬時にして、二人の姿はソマリアから消滅した。
 ここは上山のキッチンである。消えた二人は、バッ! と、これもまた瞬時に現れた。
「ふぅ~、こりゃ涼しいわ。やはり日本は、いい国だなあ。暑い、といっても、もう残暑の二十八度だからなあ」
 上山は溜息(ためいき)を漏らしながら、壁面の温度計を見遣った。
『ええ、それはそうです。いや、僕は無事に戻れてやれやれなんですよ、課長』
 幽霊平林の声は精彩を欠いた。

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2013年2月11日 (月)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第九十一回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_35

    (第九十一回) 

 そして、幽霊平林は、この前とまったく同じように瞼(まぶた)を開けると、如意の筆を二度ばかり振った。その刹那(せつな)、二人の姿は忽然と部屋から消滅した。と、同時に、灼熱の太陽が降り注ぐソマリアへ、ふたたび二人は出現した。日本からアフリカへ、二人は瞬間移動に成功したのだった。
 現れたところは、ジブチ国際空港にそう遠くない舗道の脇で、少し前方には飛行場と旅客機の小さな機体が確認できた。
「おお! おお! ここがソマリアか…」
『成功したようです。やはりアフリカは暑そうですね。僕は感じないから関係ないんですが…』
『君は死んだ身だからな。私には堪(こた)える暑さだ。まあ、湿度が低いから、さっぱりした暑さだがな。それに、パスポートがいらないのがいい』
 上山は探検帽の庇(ひさし)に手をやりながら、辺りの風景を見遣(みや)って云った。
『幸い、治安が悪いところに現れず、空港近くでした』
「ははは…、完璧だよ、君。で、念じる内容は纏(まと)まってるんだろうな」
『ええ、そりゃ、もちろんです』
「それじゃ、なるべく早く始めてくれ。私は、ただいるだけだしな。だいいち、他の者は私が見えるんだからな。見つかりゃ、不法入国だから不審者扱いされ、ど偉いことになる」
『はい! すぐ、始めます』
 幽霊平林は上山に急(せ)かされ、少し慌(あわ)てた。
「いや、そう急がなくていい。この国は、民族内戦による国の疲弊だから、まず、国民の戦う心を無(な)くさないとな」
『はい、僕もそう思いました。戦う心が無となれば、武器があっても平穏になりますから』
「そうだな…。で、結果として飢餓も防げる。まっ! ほんとは、武器がなけりゃいいんだがな」
 上山も、その言葉に納得した。二人はトボトボと空港に向け、歩いていた。
『それじゃ、そろそろ念じます』
「ああ、そうしてくれ。こりゃ、暑くてかなわん!」
 上山は肩から襷(たすき)に掛けた水筒の茶をひと口飲み、天を仰いだ。

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2013年2月10日 (日)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第九十回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_34

    (第九十回) 

 時計の針は九時過ぎを指していた。すでに上山の服装は準備した探検服に帽子姿で、食糧等の入ったリュックや水筒もあり、万事に抜かりはない。上山は頃合いに思え、左の手首をグルリと回した。至極、当たり前のように、幽霊平林が格好よくパッ! と現れた。
『課長! おはようございます』
「やあ、おはよう。…って、もう九時、回ってるけどね」
『業界的に云っただけですよ』
「ははは…、君は幽霊で芸能人じゃないんだから」
『ええ、そりゃまあ、そうです。挨拶ですよ、単なるご挨拶です』
「ああ…。そんなこたぁ~どうでもいいんだ。私はいつでもOKだぜ、君さえよけりゃ」
『一応、ソマリア空港の資料は霊界万(よろず)集で綿密に調べてありますから、空港へ現れることは、ほぼ可能かと…』
「霊界万集って?」
『あっ! 課長にはまだ云ってませんでしたかねえ?』
「いや、聞いてない」
『そうでしたか。霊界に弔文屋(ちょうもんや)という店があるんですが、そこで入手した書物でして、人間界で云う百科事典をさらに詳細にしたようなもんです』
「ふ~ん。霊界にも結構、俗っぽい店があるんだね」
『俗っぽくはありませんが、すべてが人間界と似通ってますね』
 上山は陽気に、幽霊平林は陰気に笑った。
 その五分後、『では!』と、少し緊張ぎみの陰気な顔で、幽霊平林は如意の筆を徐(おもむろ)に手にした。上山にすれば一瞬、緊張が漲(みなぎ)る。幽霊平林は馴れたような顔つきで両の瞼(まぶた)を閉ざすと、なにやら念じ始めた。ソマリアへ二人が移動することを念じていることは上山にも分かる。その上山にとっては、今回が二度目のSFまがいの移動であった。だから、まったく馬鹿げた作り話などとは思えないし、騙(だま)されているとも思ってはいなかった。

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2013年2月 9日 (土)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第八十九回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_33

    (第八十九回) 

「おっ! 待たせたな」
『いえ…。課長にどう云おうかと纏(まと)めてたとこですから、丁度いいです』
「ははは…。そんな難しいことじゃなかろうが。相手会社のお偉いさんに話すプレゼンテーションじゃないんだから…」
 上山は軽い冗談を云った。
『先ほどの続きなんですが、僕が云ったとおり、目標を決めれば、ほぼ正確に現れることが出来ます。たとえば、エジプトのスフィンクスの前、とかです。ソマリアですと、ターゲットにするポイントは、空港とかですね。あの国には、文化的に知名度の高い有名構造物は、そうないですからね』
「そうだなあ…。となると、あとは私の日程調整か…」
『ええ、まあ…』
「まあ、海外旅行のパスポートは、いらんからな」
『人の目を気にする必要もありません』
「ああ、そうだな。まっ! よろしく頼むわ」
『いえ、こちらこそ…』
 二人(一人と一霊)は、ペコリと相手に対して一礼した。
 そして、ついに最初の活動日が巡ってきた。二人は分かれる前、活動日とする次の土曜と、九時~十時の間、それに上山が左手首をグルリと回して幽霊平林を呼び出すことなどを事前に決めておいたから、この日は双方とも慌てることなく冷静だった。とはいっても、上山にすれば今度の移動は富士山麓の青木ヶ原樹海のように近くないソマリアなのである。表面上の気分は冷静なのだが、やはり内心は騒いでいた。それに、上山にとっては、人間科学をすべて否定する瞬間移動なのである。マジックではないから、余計に不安が深層心理に重く圧(の)しかかるのだった。

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2013年2月 8日 (金)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第八十八回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_32

    (第八十八回) 

『それは、どうも…』
「で、どうなんだ。時間が今はないから、あまり詳しくは聞けんが…」
 上山は水に濡れた手をセンサーブロワの風で乾かしながら云った。ブロワの音が五月蠅(うるさ)く響く。
『えっ? よく聞きとれないんですが?』
「だから、あまり時間がないから、簡単に云ってくれってこった!」
 ブロワ音は、声を少し荒げた上山が手を引っ込めて止まった。
『ああ、はい…。ですから、僕は正確に現れることが出来るってことです。もちろん、その近くには何か知名度の高い目標物がいりますが…』
「ほう、そんなことか。…続きは昼休みに聞こう」
 上山はトイレを出ながら小声で云った。
『はい…。それじゃ、いつものように屋上で…』
 素直にそう云うと、幽霊平林は、あっさりと消えた。当然ながら、いつもの格好よく消えるという所作だけは忘れていない。
 結局、この時はそれで終り、続きは昼休みの屋上へと持ち越された。すでに二人の間には、暗黙の了解というコンビ以上の意思の疎通が出来つつあった。これは、他の者には見えない幽霊平林という存在と、他の者とは語れない上山という存在が作りだした関係だから、と考えられる。そんなことで、幽霊平林は屋上で、フワリフワリと漂いながら上山を待つことにした。人の気配が多い食堂だけは、姿が見えないとはいえ、さすがに落ちつかないからだった。
 昼食が済み、上山は食堂から屋上へとエレベーターで昇った。今回の幽霊平林は一端、霊界に戻ることなく、そのままフワリフワリと屋上で漂い続けていた。というのも、上山に云う内容を考えていたからである。

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2013年2月 7日 (木)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第八十七回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_31

    (第八十七回) 

これは、鉄砲や弓矢の的(まと)に当てる競技精度を高める練習に似通っていた。幽霊平林だけでも、ある程度は空間移動して現れることは出来る。しかし、国外、特に紛争が起こっているアフリカのソマリアともなれば、これはもう、かなりの距離にあり、如意の筆の偉大な神通力を借らねば、瞬時に空間移動するのは不可能なのだ。さらに、上山という人体も加えて移動するとなれば並大抵のことではない。国内で試した青木ヶ原樹海とは訳が違った。幽霊平林は最初、近隣諸国から練習を始め、次第にその距離を延ばしていった。無論、現れる位置は、霊界万(よろず)集というあらゆる情報を入手できる本を弔文屋(ちょうもんや)で筆記具とともに買い求め、十分に調べた挙句の実行である。
 綿密に地のりを調べるといっても、具体的には、よく知られたその国の建造物や地理的に名を知られた場所がターゲットになる。最近、撮られた写真やビデオなども参考になるのだが生憎(あいにく)、霊界にはそれらの世俗的なものがなかったし、第一、電気などという俗物は存在していなかったから、人間界での情報入手を余儀なくされ、幽霊平林は何度か人間界へ出かける破目になってしまった。まあそれでも、情報さえ得られれば、ほぼ正確に他国のその場へ現れることは可能となっていったのである。その間、約半月を要した。半月も無(な)しの飛礫(つぶて)の音信不通では、さすがに上山も気が気ではない。しかし、非常手段の左手首をグルリ! と回すアノ行為以外、自分からコンタクトは取りようもなく、ただただ幽霊平林の出現を待つしかない上山は、今一つ落ちつかなかった。
 幽霊平林が上山の前へ現れたのは、そうした半月後のある日である。上山としては、もう限界だ…とばかりに、左手首をグルリと回し、非常手段で呼び出そうとしていた矢先である。それも勤務日で、場所は会社のトイレだった。
『課長! OKです。もう完璧そのもの! 現れるターゲットは正確に捕捉できます』
「君なあ! 現れて、すぐ、それはないだろ。それよか私も待っていたんだよ。今、呼び出そうとしてたところさ」
 上山は左手首を幽霊平林に示して云った。

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2013年2月 6日 (水)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第八十六回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_30

    (第八十六回) 

「ははは…。まあ、ある意味、試合だがな」
『相手は見えざる敵ですか?』
「人間の心理的(メンタル)な部分だから厄介だ」
『しかし、この如意の筆の威力といいますか、効力といいますか、そんなの凄(すご)いですよね。僕も最初は面食らいましたから…』
「いや、それは私も同感だよ。青木ヶ原樹海に飛んだなんて、夢としか未だに考えられんよ」
『いえ、それは厳然たる事実ですから』
「ああ、そうなんだが…」
 上山と幽霊平林の会話は、途切れることなく続いた。
 結局、幽霊平林が正確に現れる練習を重ね、自信がついた段階で上山に連絡をするということで二人(一人と一霊)は別れた。このことは当然、それ以後の活動も制限されたことを意味する。上山にしても、田丸工業に勤めている関係上、多少の心づもりもあったし、土、日を潰(つぶ)して外国での行動となると、それ相応の健康面のケアも考えねばならん…と思えた。さらに想いを馳(は)せれば、現れた外国で自分がすべきことは? と巡れるのだ。幽霊平林が念じて如意の棒を振る…そこまでは、いい。しかし、自分は何をするのだ。ただ黙って幽霊平林の行動を見守っていればいいのか…。それなら、自分が現れずとも幽霊平林だけで十分じゃないか…と、素直でない、いじけた気分が頭を擡(もた)げ、慌てて打ち消す上山だった。
 一方の幽霊平林は、霊界の住処(住処)で練習に明け暮れていた。というのも、彼の技術力が高まらなければ、上山との共同作業ともいえる世界での正義の味方活動は一歩も進まないからだった。住処内の机を前に、霊界筆記具で計画を立てながら、幽霊平林は霊界⇔人間界の行き来を繰り返していた。要は、計画に決めたポイントの地点へ正確に現れることが出来るか、に尽きた。

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2013年2月 5日 (火)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第八十五回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_29

    (第八十五回) 

『はあ、GPSのような正確な位置情報があれば可能です。それと、その地の現在の写真などがあれば、完璧ですね』
「そうなのか?」
『はい、ほぼまあ…』
 幽霊平林の自信ありげな返答に、上山は計画を進められると確信した。いつの間にか二人(一人と一霊)とも気分が高揚してウキウキしている。
「よし! 次は手順だが」
『現地では、まず身を隠して様子を窺(うかが)うのが無難でしょう。正確な場所に現れたとしても、そこの環境までは分からないですからね』
「そうだな…。君はいいが、私の方は即、射殺されるってことも考えられるからな。…まっ! それは、ないか。ははは…」
『はい、用心したに越したことはありません』
「手順を進めよう。で、身を隠したあと、君が念じると…」
『はい、出来るだけシンプルに念じます』
「そして、如意の棒だ。すると、効果は…」
『まず、国民の宗教感を消しますが、効果はメンタル面ですから外部には現れませんし、それを確認することは出来ませんから、時の流れを待って確認するしかないですね』
「ああ、そらまあ仕方のないところだな」
『はい…。あとは情報を吟味して、その場所へ正確に現れることです』
「それは私には出来んことだから、君の技術力に尽きるよ」
『技術力ですか。死んでから久しぶりに耳にする言葉です』
「そうだったな。君は田丸工業のキャリア組だったからな」
『いや~、キャリア組は関係ないんですがね』
「あっ! そんなこたぁ~どうだっていいんだ。腕を磨いといてくれよ、実行日までに」
『はい! 練習を重ねます。…なんかプロの選手になった気分ですね。試合の練習のような…』

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2013年2月 4日 (月)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第八十四回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_28

    (第八十四回) 

『食べ残しとか、食べものの好き嫌い、なんて、悠長なことは云ってられません。死んじまいますからね。まっ、僕には関係ない話ですけどね』
「ははは…。君は死んでるんだからな」
 上山が笑い、幽霊平林も陰気に笑った。上山はレンジで温めたコンビニ弁当を食べ始めた。
「今日は妙に有難く感じるなあ…」
『今の話のあとだからですよ』
「…かもな」
 上山はその後、黙々と食べ続けた。その姿をただ見ているのもなんなので、幽霊平林は一端、外へと壁を透過して出た。
 十五分後、もういいだろう…と思った幽霊平林は、ぐるりと上山の家を一周、飛んだあと、壁を透過して部屋へと戻った。
『もう済みました?』
「んっ? ああ…。ご覧のとおりだ」
 上山の座るテーブルの上には、すでにコンビニ弁当は、なかった。
『じゃあ、続きをやりますか、課長』
「ああ、そうだな。それにしても、君は金がかからんから、いいよな」
『はい、幽霊にお足は、いりません』
「ははは…、上手いこと云うなあ。しかし、そのとおりだ」
 上山は妙なことに納得し、笑いながら頷(うなず)いた。
「さてと…。ああ、第一点が宗教感、で、民族と軍隊が二点、三点か。…要は、君が、この三点をケース・バイケースで念じると。まあ、こんなところだな。これ以上、複雑にすれば、君が困るしな」
『ええ、それはまあ…。出来るだけシンプルにお願いします』
「次に、手順と場所だな。ソマリアのどこに現れるかだ。正確な場所へ現れることが出来るのかい、君?」

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2013年2月 3日 (日)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第八十三回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_27

    (第八十三回) 

「ああ、近所の小学校だ…」
『なんだ、そうでしたか』
 ただ、それだけの会話だったが、昼になったことは上山も意識したから、作業を中断することにした。
「君は、いいだろうが、ちょいと昼にするよ」
『あっ! はい。生きてると辛(つら)いですね、三度の食事は』
「ははは…、そこへいくと君はいいよな。食わなくてもいいんだから」
『それは楽になりましたね。食事は美味しくて楽しいですが、毎日だと、いろいろと厄介ですからね』
「ああ、まあな…」
 話が妙な方向へと転げたので、上山は口を閉ざして厨房の冷蔵庫へ向かった。冷蔵庫の中は三日ほど前に買っておいた水煮缶とビール缶が一本、それに深夜、コンビニで買った弁当一個のみで、なんとも味気なくシンプルだった。幽霊平林に出会い、それ以降、どこか上山の生活は偏(かたよ)りを見せていた。満杯になるほど詰め込まれていた冷蔵庫も、外食が増すにつれ、その容量を減らしていた。上山は、その冷蔵庫からコンビニ弁当を取り出した。
「500W(ワット)で、1分30秒か…」
 上山は小声で呟くと、コンビニ弁当を電子レンジへ入れてチンした。上山の後方上をプカリプカリと漂っている幽霊平林は、その一部始終を、さも第三者的に眺(なが)めている。
『こうして食べるものがある日本は、ほんとに、いい国ですよね』
「ああ、そうだな。ソマリアやシリアじゃ、コンビニ弁当なんて年に一度、食えるか食えないかのご馳走だろうな」
『はい、僕もそう思います。それが消費期限や賞味期限が切れたらポイ捨てですからね』
「そうそう…。もったいない話だ。そのうち、日本は罰(ばち)が当たるぜ」
『ええ…。放射能汚染された食糧でも、アフリカじゃ取り合いだろうな…って思えます』
「君! いいこと云うな。そのとおりだ! 飢えや渇きには人間、耐えられんからな」

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2013年2月 2日 (土)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第八十二回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_26

    (第八十二回) 

 行動目的を纏(まと)め、そのために、どういう内容を念じればいいのか…。二人は模索に入った。正確に云うならば、一人と一霊である。
「十羽ひと唐揚(からあ)げ、でいかんとな」
『要は、効果大を狙うってことですね?』
「ああ、そういうことだ。宗教なんてものは、個人の心に根ざすところが大きいからな」
『ソマリア全土を範疇(はんちゅう)に置いて念じるということですね』
「それに限っちゃことでもないが、グローバルに念じてくれ」
『宗教感を全国民から喪失させる。まず、これが一点ですね?』
「ああ…」
 二人の模索は佳境に入っていった。もう昼が近いが、まったく時間は忘れ去られている。
『宗教と民族と軍隊ですか?』
「んっ? ああ、まあな。独裁とかもある…」
『貧しいのに高価な武器はあります』
「売らなきゃ、ないのさ」
『OILの利権とかがある国々ですからね』
「いや、利権のない国のシリアだって武器はあるし、独裁政治で殺人家がトップだぜ」
『中東アジアやアフリカは滅茶苦茶な国が多いですよね』
「ああ…。今回はアフリカだが、中東アジアも悲惨だなあ」
『ええ…』
 二人の声はテンションを下げた。
 十二時を告げるチャイムが家の中へ届いた。上山の近くにある小学校の時報であることは紛(まぎ)れもない。そのことは、この地区の住人である上山は当然、知っているが、幽霊平林は知らないから、キョロキョロと部屋を見回している。

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2013年2月 1日 (金)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第八十一回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_25

    (第八十一回) 

『本当は、こういう私的なことに使っちゃいけないのですが、今は仕事の打ち合わせ、…まあ仕事というとなんなんですが、活動中ですので、特別サービスです』
 幽霊平林は陰気にニヤリと笑った。
 注がれた茶を妙な気分で上山は半分ほど飲んだ。現実に起きている事実ながら、どうも上山には絵空事か夢を見ているとしか思えないのだ。確かに、急須が宙を漂って茶を淹(い)れる、などということは現代科学では否定される事象なのだし、もしそれを世間で語れば、気がふれた、狂ったと揶揄(やゆ)されるのは必定なのだ。しかし、現実にこうして淹れられた茶を啜っていると、やはり信じない訳にはいかない上山なのである。
「私には分からんが、君がその筆で念じれば、すべて思いどおりになるのか?」
『えっ? いや、それは分からないです。ただ、今までの経緯(いきさつ)で云えば、ほとんど思いどおりになっています。失敗といいますか、念じて成らなかった試しはないです』
「そうなのか。そりゃ、大いに期待が持てるぞ。規模や人数、事の大きさは関係なくなるからな」
『はあ。それは、まあ、そうです…』
 幽霊平林はプカリプカリと漂いながら頷(うなず)いた。上山は茶を飲み終えて椅子を立つと、ツカツカと歩いて、ふたたび掲示板の前に立った。そして、自分の書いたマジックの箇条書を見ながら腕組みをした。
「現地では、すぺて君に念じてもらうしかないんだが、出来るだけ念じる内容をコンパクトに纏(まと)める必要があるな。何が起こるか分からんソマリアだから、手短(みじか)に念じて如意の筆を、ということだ」
『そうですね。アレもコレもでは、僕も困りますし、忘れてしまいます。だいいち、時間が、いりますし…』
「そういうことだ。この箇条書きにした文章を、もっと短く的(まと)を得て纏めよう」
『はい!』
「君も、私が纏める文章に気づくことがあったら云ってくれよ」
『分かりました』

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