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2013年3月

2013年3月31日 (日)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第二十四回)

   幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_3

    (第二十四回)

『はい、確かに…』
「まあ、それはそれとしてだ。現実に彼等が政治を掌握し、軍事力を駆使していることも確かだ」
『それはそうなんですが、彼等は軍事面ですよね。地球上の温室効果ガスという物を撒き散らす国家の代表者は含まれてません。地球上の環境汚染は独裁者とは、また異質で別個のものでしょう』
「おお…。そうだな。地球環境は全世界の問題だから、すべての国々のトップに念じないと効果はないなあ」
 上山は、軍事面と環境面を混同した自分を反省した。その上山が両腕を組んだとき、俄かに激しい震動が起こり、家全体が揺れだした。いや、上山には、そう思えた。
「地震かっ!!」
 上山は幽霊平林に思わず叫んだ。その幽霊平林は緊張のためか言葉を発しない。ただ、彼の頭上には、気持の昂(たかぶ)りによって生じる青火でけが灯っていた。震動が止まったとき、上山の視界は暗闇に閉ざされた。瞬間、上山は停電か…と思った。しかしそれは、停電などではなかった。暗闇の中に見えるものといえば、青火を頭に頂(いただ)いた幽霊平林だけである。やがて、上山も少しずつ異変に気づきだした。
「おいっ! 私は、どうしたんだっ!!」
『ぼ、僕にも、さっぱり分かりません! どうなったんでしょう!』
 幽霊平林も周(まわ)りを見回しながら状況を把握しようとしたが分からず、不安げな眼差(まなざ)しでポツンと云った。その時、声がどこからともなく響いた。といっても、人間には聞こえない。霊界の者だけに聞こえる特殊な声である。この場合は当然、幽霊平林にしか聞こえなかった。
『儂(わし)じゃ! お前には聞こえるであろうが、そこにいる人間界の者にき聞こえぬであろう。よって、儂の云うことをろねそのとおり汝(なんじ)が伝えるのじゃ』
『はは~っ!! 霊界番人様!』
 空中を漂いながら頭(こうべ)を地につける土下座の仕草を幽霊平林は始めた。

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2013年3月30日 (土)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第二十三回)

   幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_2

    (第二十三回)

『んっ? …まあ、あるといやあ、あるんですが…』
「どんなこと?」
『ですから、僕と課長の思いどおりになるんですから、誤ったことは念じられないってことです。いつかも、そのことは話題になったと思うんですが…』
「ああ…。そりゃ慎重に考えにゃならんわな」
『でしょ?』
「ああ…」
 二人(一人と一霊)は、またおし黙った。その後、しばらくは沈黙が続いたが、上山は突然、ノートを開いた。
「幾つか書いていこうか、とにかくな。で、書いたあと、考えようや」
『はい…』
「じゃあ、云ってみてくれるか」
『えっ? そんな他人任せな…』
「いや、すまん。しかし、君は他人じゃないからな。というより、正確にはもう幽霊だからな」
『はあ。それはまあ、そうですが…』
「何でもいいから云ってくれ」
「はい! まず独裁者のような個人と温室効果ガスのような物とに分けて念じる内容を考えましょう」
「おお、そうだな…。人と物だな。そうそう…」
 上山はノートに人と物という文字をボールペン書きした。どこか他力本願的な上山だった。
「独裁者は、そこに書いてある人間だろうが、まあ、そこに書いてある人間達を独裁者と決めつけられるかは分からんが…。そうだろ、君?」
『ええ、まあ…。霊界万(よろず)集にも独裁者とは書かれていませんでした。飽くまでも、独裁国家の代表者という呼び方で記(しる)されてました』
「霊界の書物だから、そう穿(うが)った見方はしてないはずだから、正確なんだろうな。彼等は我々、人間界では独裁者と報道されているが、これは考えようによっては、メディアの偏見とも考えられるからな。何が善で何が悪かは、神のみぞ知る、だっ!」

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2013年3月29日 (金)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第二十二回)

   幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo

    (第二十二回)

「ほお~、確かに結構、いるなあ、地球上の独裁者が…」
『彼等が初めから独裁者という訳じゃなかったようですけどね。すべては、人間の本性の弱いところですよ。権力、地位、名誉、金を手にすれば、人間は変わりますから。まあ、人間の性(さが)で、仕方ないんですが…』
「それは、そうだ…」
 的(まと)を得た幽霊平林の話に、上山も頷(うなず)かざるを得なかった。
『でも、これだけ多いと、念じる内容をグローバルにしないと駄目ですね。一人一人じゃ、追いつきませんよ』
 幽霊平林はメモ書きした霊界紙を両手で示しながら低いテンションで云った。
「まあ、その如意の筆がありゃ、内容を詰めることで私達の意向どおりにはなるんだからな。要は念じ方に尽きるな」
 上山は幽霊平林の胸元を指し示した。
『はい、それはまあ…。なにせ、これは荘厳な霊力を宿しているそうですから…』
 幽霊平林は上山の言葉に少しテンションを高めて自慢っぽく云った。
「さて、どうするかだが…。独裁者と地球温室効果ガスの相乗効果を狙わんとな」
『一石二鳥、ってやつですね』
「ああ、まあな…。ある意味、逆利用って手もあるぞ」
『どういうことです?』
「だから、独裁者を逆利用するのさ。独裁者の方が手っ取り早い、とも云える。なにせ、一人で思いどおりになるんだからな。そうした者に、こちらの思う念力を送れば、油井の減少、武器放棄とかが可能なんじゃないか」
『ええ…、そらまあ、そうなりゃいいんですが…』
「君は無理だと思うのか?」
『いえ、如意の筆なら不可能なことはないでしょうが…』
「何か心配になるようなことでもあるのか?」
  上山は怪訝(けげん)な表情で幽霊平林を見た。

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2013年3月28日 (木)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第二十一回)

   幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_19

    (第二十一回)

「正義の味方? そこを、もう少し、詳しく聞きたいが…」
「いや、これは霊界トップの意向でもあるんです。実は、平林君が霊界では稀有(けう)な幽霊姿のままなんですよ。それを霊界トップは偉く興味をお示しになり、平林君に如意の筆をお与えになったり彼が見える私とタッグを組ませて社会正義を実践(じっせん)せよ、とご命じなんですよ…」
「ほう…、そんなことがあったのか。しばらく君らとは会っとらんから、状況がそれほど変わっとるとは知らなかったからのう…」
 滑川(なめかわ)教授は、二人(一人と一霊)の間に、どういう展開があったのか、まったく知らないから、把握(はあく)出来ていなかった。
「そりゃそうでしょう。一度、教授の研究所にお邪魔しますよ」
「おお、是非そうしてくれ。電話じゃ話せん積もる話もあるからのう…」
「はい、それじゃ今夜のところは、これで…」
「うん、幽霊のナントカにもよろしく云っといてくれ」
「はい、では…」
 上山が電話を切ると、幽霊平林は斜め上よりスゥ~っと降下して上山に接近した。
「教授、元気そうですね」
「ああ…、以前と、まったく同じだよ。まだ毒舌口調は健康だ」
 上山は自室へ歩きながらそう返した。その後方を幽霊平林は従う。
『あの…、これがピックアップした独裁国家リストのメモです』
 上山が背広を洋服箪笥(たんす)へ収納してラフなセーターに着替えすると、それを待っていたかのように幽霊平林は語りだした。
「ああ、それを…。書いてある内容は読めるが、残念ながら手にすることは出来んから、君、申し訳ないが、私の目の前へ広げてくれんか」
『あっ! そうでした。これは霊界紙でした。つい、うっかりしてました、ははは…』
 幽霊平林は陰気に笑うと、胸に挟んだメモを上山の目前で広げた。

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2013年3月27日 (水)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第二十回)

   幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo

    (第二十回)

「なんだ、君。現れていたのか…」
 上山が帰宅して玄関へ入ったとき、幽霊平林も偶然、スゥ~っと玄関を漂っていた。
『なんだ君、とは随分、ご挨拶ですね、課長』
 幽霊平林は冗談っぽく笑った。
「いや、すまん。実は滑川(なめかわ)教授に電話をしなくちゃならんのさ。まっ! 急ぎの用でもないらしいんだけどな」
『滑川教授ですか…。懐かしい名ですね』
「そうそう。しばらく私達から離れた存在の人だったからね」
『で、その教授がなんと?』
「これから教授のところへ電話するから、それを聞きゃ分かるさ」
 そう云いながら玄関を上がると、上山は着替えもせず近くの電話の受話器を手にした。
「あっ! 教授ですか。今、よろしいでしょうか?」
「おお、上山君か…。構わんよ。というか、儂(わし)から、かけようと思っとったんだよ」
「そうでしたか。それじゃ、さっそくなんですが、昼の続きです。ゴーステンでしたか?」
「なに云ってるんだ、君。マヨネーズの話だよ、中位相処理された」
「あっ! そうでしたか、すいません。マヨネーズ効果はあったんですが、他の人が消えてしまいまして…」
「えっ? どういうことかね、君」
「ですから、マヨネーズ効果は、かなりありまして、私がアチラへ近づいているようで、デンジャラスな結果でした」
「そうか…。元へ戻ればよかったのにのう」
「はあ…、まあ、そうなんですが。そうなれば、なったで、平林君と別れることになりますのでねえ」
「なんだ。だったら今のままで、いいじゃないか」
「なんか、どうでもよくなりまして。今は、正義の味方です、ははは…」
 上山は思わず、自分自身が変人に思えて笑ってしまった。

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2013年3月26日 (火)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第十九回)

   幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_16

    (第十九回)

「ああ…、何だい?」
「実は、先ほど滑川(なめかわ)教授から電話があったのですが今、課長は席におりませんので、と申しておきましたので…」
「ほう、滑川教授が? 珍しいね、教授からとは。何だろう?」
「折り返し、お電話をさせて戴きますので、とは云っておきましたが…」
「あっ、そうなの。…社長室にいたときだな、その電話」
「はい、そうだと思います」
「分かった。もう、いいよ、かけておくから…」
 岬は軽く一礼して自席へ戻った。
 岬が席に座ったあと、いったい何事だろう…と思いながら、上山は受話器を握った。
「お久しぶりでございます。田丸工業の上山でございます。先生、お電話を頂戴致したそうでございますが、何用でございましたでしょう?」
「おお、上山さんか。いやあ、佃(つくだ)君が送ったマヨネーズ以降、連絡が絶えておったから、どうしてるかと思ってなあ~。佃君も気にしとったぞ」
「ああ、そいうことでございましたか。いえ、いろいろありましたもので、ついご無沙汰致してしまいまして、申し訳けもございません。その話につきましては、今夜にも改めてお電話をさせて戴きますので…。この番号で、よろしかったでしょうか?」
「いや、今日は七時頃までいるが、その後は閉めて帰るからな。自宅の電話に八時過ぎ、かけてもらえるかのう」
「はい、分かりました。では、孰(いず)れ…」
 そう云うと、上山は電話を切った。課員がいる手前、ゴーステンとか中位相処理されたマヨネーズとかの話は大声では出来ないし、話すことも些(いささ)か憚(はばか)られた。上山は単純に、幽霊平林の出現と滑川教授の電話が重なると困るぞ…と思った。この段階で、家に幽霊平林が現れていることを上山は知らない。要は、詰まらない取り越し苦労なのだが…。

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2013年3月25日 (月)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第十八回)

   幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_15

    (第十八回)

「それじゃ、頑張ってくれ! としか、私には云えんな」
 田丸は鼻下の髭を自慢げに片手の指で撫でつけながら云った。
「もう、いいでしょうか?」
「偉く、つれないじゃないか、上山君」
「いや、そんなこともないんですが…。今日、彼と、また会いますので…。次の新たな展開が始まる可能性もありますから、結果は孰(いず)れ社長にお話ししますよ」
「うん! それなら、いい。ご苦労さん。仕事を邪魔して申し訳ない」
「いえ、それはいいんですが…。係長の出水君もおりますから」
 本当にいい迷惑だよ…と上山は内心、思えていたが、口では、そう云っていた。
 上山が課へ戻り、その日は事もなげに時が流れていった。
 その頃、霊界の幽霊平林は、そろそろか…と、動きかけていた。動きかけるとは、人間界で云う、起きようとしている状態である。その幽霊平林が最初に気になったのは当然、現在時間である。もちろん、霊界には時の流れがないから、霊水瓶(がめ)に流れ込んだ水量増加で経過した時間を加えて知る他はなかった。スゥ~っと動いて瓶に近づくと、上山と別れてから大よそ七時間が流れたことを水量目盛により確認出来た。少し早いか…とは思えたが、幽霊平林は人間界へと移動した。むろん、会社は拙(まず)いと直感で閃いたから、現れたのは上山の家である。部屋の時計を見ると四時過ぎで、まだ一、二時間は、あったか…と、適当に漂うことにした。一方の上山は会社で社長に解放されたあと、いつもと変わらず業務計画書や企画書などに目を通し、決裁を済ませていった。
「あの課長、よろしいでしょうか?」
 突然、岬が課長席に接近して、そう云った。

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2013年3月24日 (日)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第十七回)

   幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_14

    (第十七回)

「ははは…、君はご無沙汰ばかりだなあ」
 田丸は賑やかに笑った。
「そう云わないで下さいよ、社長!」
 上山も釣られて、小さな笑みを浮かべた。
「ところで、その正義の味方とやらは、順調に進んでるのかね?」
「それなんですよ、社長。今現在は第二段として、地球上の温室効果ガスをなくすことに努めておるんですが、ちょっと壁に、ぶち当ってるんです」
 上山は正直なところを田丸に吐露した。
「地球温室化か…。コップでやってる削減交渉はなかなか煮えないからなあ、今、日本は、アメリカ、チャイナ、ユーロからの守りだからな」
「はい、そのようです…」
 上山はトーンを下げて田丸へ返した。
「コップでもグラスでもいいんだが、目に見えないだけに、厄介だろう」
「ははは…、はい。平林君に霊界で調べてもらったり、お偉方(えらがた)に訊(き)いてもらったりは、してるんですが…」
「霊界のお偉方って?」
「いつか云ったとは思うんですが、霊界番人とか平林君が云っておる人、…人というのも、なんなんですが…」
「ははは…、その存在は私達人間には分からん存在だ」
「ええ、まあ…。正確には、その上の霊界司という霊界をとり仕切る存在の司令で、私と彼とはそのお方というのも、おかしいんですが、そのお方に従って動いてるんですよ」
「なんだ! 正義の味方ってえのは、君達の発想じゃなかったのか?」
「はい、すべては霊界の意向なんです…」
 上山は事の仔細(しさい)を田丸に話した。

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2013年3月23日 (土)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第十六回)

   幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_13

    (第十六回)

 しばらく静寂の時が流れたが突然、田丸が語り出した。
「…、で、先ほどの大ありの話って?」
「ああ、変わった話ですか。いやあ~、まあ、二人で正義の味方をやっていた訳です。社長もご存知だと思いますが…」
「ああ、新聞で読んだやつだな、武器輸出禁止条約が批准された」
「ええ、そうです。まず世界紛争の直接行為となる武器をなくそうと考えた訳です」
「ああ、なるほど…」
 田丸も理解できたのか、その話には頷(うなず)いた。
「で、結果は新聞やテレピで報道されたとおりです」
「君達の名は、まったく出ていないから、文字通りの正義の味方だわなあ~、ははは…」
 笑った田丸だったが、すぐ真顔に戻ると、「世間の常識では起こらんことだからなあ~。まあ、私は信じよう」と厳(おごそ)かに云った。普通の者に云えば、「そんなことが、信じられるかっ!」と一喝(いっかつ)されるところである。
「はい! まあ、この話をマジで話せるのは、社長をおいてないですから」
「ああ、それは云えるだろうし、他人には云わん方がいい。変人扱いされかねんからなあ…」
「はあ…」
 上山は人間界で唯一、幽霊平林の存在を知る田丸を見た。しかし、やはり輝いた丸禿(はげ)頭は厳然と田丸の頭上で光り輝いていたから、思わず笑えて、すぐ目線を机上へ戻した。
「私には平林君が見えんからなあ。ただ、いつだったか、このボールペンが動いたから信じたんだが…」
「ああ、はい。そんなこともありましたね」
「ゴーステンは、その後、どうなったんだ?」
「いや…そちらの方は正義の味方活動でご無沙汰しております」
「ああ、そうか…。ということは、滑川(なめかわ)、佃(つくだ)両教授にも会っとらんのか?」
「はい、ご無沙汰しております」
「ははは…、君はご無沙汰ばかりだなあ」
 田丸は賑やかに笑った。

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2013年3月22日 (金)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第十五回)

   幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_12

    (第十五回)

 上山が座ると、田丸も対面のシングル椅子に座った。田丸と対峙すると、どうも笑えてしまい、それを抑えるのに難儀する上山なのだ。今もそうなりそうで、上山は自然と机上へ視線を落としていた。
「で、平林君は今でも見えるのかな?」
 徐(おもむろ)に田丸は訊(たず)ねた。
「はい、見えます。今は、いませんが…。なんなら、呼びましょうか?」
 上山は臆することなく、平然と答えた。
「いや、もう少しこのまま話そう。それからでもいいだろう。別に急ぐことでもない…」
 静かに田丸は返した。だが、その内心は鬱積(うっせき)した疑問を、すべて知りたい衝動にかられていた。それを押し殺して静かに返したのだった。
「で、社長に何をお答えすればよろしいんでしょう?」
「だから、平林君との、その後だよ。何か変わったことなどないか、と思ってね」
「いやあ~社長。ここだけの話なんですがね。実は、大あり、なんですよ。私達は今、世界の隠れた正義の味方、つまり、ヒーローなんですよ」
「えっ!? 話が突飛すぎて、よく分からんが…」
「話せば長くなりますので、掻い摘んで申しますと、平林君が霊界のお偉方に云われたのが発端なんですよ。そのことを実行することによって、私が幽霊の平林君を見えたり、彼も幽霊姿でいつまでも霊魂の姿になれないといったことが、すべて解決するということなんです」
「ほお…。つまり今までどおりの君に戻れる、って訳か」
「はい、そうです。彼と別れるのは寂しいんですが、お互いのためですし…」
「君も平林君も、辛いところだな」
「はい、まあ…」
「なるほど…」
 田丸はそれ以上、深く追求しなかった。

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2013年3月21日 (木)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第十四回)

   幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_11

    (第十四回)

「おお、久しぶりだな、上山君。元気そうで何よりだ」
「あっ! これは社長!」
 相変わらず照からせて、とは、さすがに云えず、上山は徐(おもむろ)に田丸を見ず、光沢のいい丸禿(はげ)頭を見た。
「実はな。その後、アノ方は、どうなってる?」
「はっ? アノ、とはドノ?」
「アノはアノだよ」
 田丸は他の社員がいる手前、やや小声で素早く幽霊の手をジェスチャーした。
「ああ…、アレですか。アレは順調にいっております」
 上山も左斜め前方に座る係長席の出水を意識しつつ云った。
「そうか…。いやなに、それならいいんだ。どうだ、まあ、ちょっと歩かんか」
 田丸は課の入口ドアを指さしてジェスチャーした。
「はい!」
 上山は、思わずそう云った。二人は課を出て前通路を歩いた。上山には進む目的の場所がない。ただ、田丸の後方を従うだけである。しばらく無言で歩いたとき、ふと田丸が振り向いて云った。
「まあ、入りなさい…」
「はあ…」
 そう頷(うなず)いて上山が見ると、社長室前だった。グルリと巡り歩いて、上山としては、それなりに、いい運動には、なっていた。ドアを開けて入った田丸に続き、上山も入った。
「まあ、座りなさい」
 田丸は応接セットの長椅子を上山に勧(すす)めた。上山は丸禿(はげ)頭を見ながら、━ まあ、 ━ が好きな人だな…と、思った。

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2013年3月20日 (水)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第十三回)

   幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_10

    (第十三回)

『はい。じゃあ一端、戻って出直します。次はリストのメモを持ってきます』
「ああ、そうしてくれ。君ばかり活動させて申し訳ないが…」
『いえ、僕は幽霊ですから、その特性を大いに活用して下さって結構です』
 そう云うと、幽霊平林はニヤリと陰気な笑みを浮かべた。上山も思わず、「特性か…」と、ニヤけた。
 幽霊平林は一端、霊界へ戻り、上山が出社して時は流れた。霊界の幽霊平林は、霊界万(よろず)集で調べた独裁国家と、その首脳リストを見返していた。
『ヨーロッパでは、ベラルーシのルカシェンコ大統領、南米ではベネズエラのチャベス大統領、アフリカは、ジンバブエのムガベ大統領、スーダンのバシール大統領など、アジアでは、シリアのアサド大統領、イエメンのハーディー大統領、ミャンマーのセイン大統領、北コリアの金正恩氏など…か。北コリアは金正日総書記が死去したしなあ。いろいろ、世界はややこしい…』
 幽霊平林はブツクサと独り言を吐いていた。そして、メモ書きした霊紙(れいし)のリストと霊界万集の記載内容を突合(とつごう)した。
『まあ、間違いないようだな…。これから八時間ほどすれば、この霊紙を持って課長の家へ行けばいいんだな。どれ、それまで、ひと止まりするか』
 幽霊平林は、そう独りごちるとスゥ~っと住処(すみか)の端上へ移動した。ひと止まりとは、云うまでもなく、人間界で云うひと休みである。とはいえ、心を安息させるだけで、人間のように眠る訳ではないから、睡眠とは一線を画すのだ。むろん、止まる前に瓶に流れる霊水のセッティングは抜かりがない。この霊水の水時計システムを忘れれば、八時間待つという感覚は、さすがに把握出来ないのだ。そんなことで、幽霊平林は、安心して止まると、両眼を閉じて安息状態へ移行した。
 一方、人間界の上山は、のんびりと仕事を熟(こな)していた。そこへ突然、社長の田丸が入ってきた。田丸が自(みずか)ら業務第二課へ顔を見せるなどということは、めったになかったから、課内は緊張感に包まれた。

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2013年3月19日 (火)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第十二回)

   幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_9

    (第十二回)

「おお君か! もう来るだろうと思ってな。まだ六時半だから、今日はゆっくりしてるよ」
 上山はそう云って、ミルクの入ったマグカップを、ひと口、啜(すす)った。
『あの…、もういいんでしょうか?』
 恐る恐る、幽霊平林は訊(たず)ねた。
「ははは…、そんなに気を使わなくたっていいよ。云ってくれ」
『はい、それじゃ。寝室で話した続きなんですが、人は武力では食べられない、と霊界番人様が仰せのところでしたね』
「ああ、そうだったな。じゃあ、すべてのCO2排出物を止める前に、というより、そういうことより先に何をすりゃいいんだ? ってことになる」
『はあ…。それを課長と考えないと、と僕には思えたんですよ』
「だろうな…。話が抽象的過ぎだからなあ」
「はい…」
 二人は溜息(ためいき)をついた。
『独裁者連中の発想転換でいきましょう!』
 急に明るい声を出し、幽霊平林が陰気に云い放った。
「んっ?! どういうことだ?」
『だから、僕が調べた霊界万(よろず)集に載っていた独裁的国家の指導者連中二十名ほどへの念力ですよ』
「その二十ほどの独裁国家のトップを洗脳するってことか?」
『洗脳? じゃあないんですが、まあ、結論は、そういうことです。彼等の発想を変えさせるんですよ、如意の筆の荘厳な霊力で…』
「出来るんなら、それに越したことはない。是非、やってくれ、君」
『はい。じゃあ、もう一度、それらの独裁国家と思われるリストと指導者をピックアップしましょう。どうします? これからだと、ちょいと無理、でしょうから…』
「そうだな、私は今日、仕事だから、夕方にでもまた、現れてくれ」
 上山は腕を見て云った。時計の針は七時前を指していた。

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2013年3月18日 (月)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第十一回)

   幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_8

    (第十一回)

『いえ、それが、そうでもないんです。僕も初めは、そう思えたんですが…』
「違うってことでもないのか?」
『ええ、そこはそれ、霊界のトップが仰せのことですから、それなりに意味があろうかと…』
「それを、この朝早くから云いに現れたのか?」
『はい、僕も今一、意味が分からないもので、それを課長と考えようと、ご相談を…』
「そんなことを朝っぱらから考えさせるなよ!」
 上山は少し怒れた。
『はあ…。もう一度、出直しましょうか?』
「いや、せっかく現れてくれたんだから、適当に待っててくれりゃいいけどな。今は寝起きだから、脳が活性してないからさ」
『ああ、そりゃそうですね。一時間ほど漂ってます』
「いや、二、三〇分も待ってくれりゃいい。もう、そんなに眠くないから、少し早いが起きるか…」
 そう云うと、上山はベッドから出て、着替え始めた。出勤前に来ているいつものラフな格好に、である。幽霊平林は、それを見ながらスゥ~っと透過して応接室へ入った。むろん、六時過ぎだから、室内は暗い。幸い、窓の採光があるから、次第に室内は明るくなっていた。二、三〇分という感覚はファジーで、飽くまでも大よそである。幽霊平林に幸い、待つという行為が生前のようにイラついたり辛くなることはなかったから、別段、苦にならなかった。その大よその二、三〇分が経った頃、ふたたび幽霊平林は透過した。今、上山がどこにいるかは、これも大よそ分かっているから、そうと思える洗面台方面へと透過した。しかし、上山の姿は、もうなかった。蛇口から出た水跡が洗面台に残っているのに気づき、厨房(キッチン)へ行った後か…と、幽霊平林は思った。案の定、上山は厨房のテーブル椅子に、レンジで温めたミルクを飲みながら座っていた。
「おお君か! もう来るだろうと思ってな。まだ六時半だから、今日はゆっくりしてるよ」
 上山はそう云って、ミルクの入ったマグカップを、ひと口、啜(すす)った。

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2013年3月17日 (日)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第十回)

   幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_7

    (第十回)

 上山の家の構造は、何度も現れているから頭の中に刻まれている。闇夜だろうと何だろうと、幽霊平林が迷うことはない。…、まあ、今の平林は、幽霊平林として、ある意味で迷うことは迷っているのだが、その意味の迷いではない。
 さて、幽霊平林が上山の寝室へと透過すると、やはり上山は寝息を掻いて爆睡中であった。スゥ~っと近づいて、幽霊平林は上山のベッドの真上で声をかける間合いを探った。
『課長! 課長! 僕です…』
「… … んっ? … …」
『課長! 起きて下さいよ!』
「… … なんだ、君か…」
 眠そうに目を擦(こす)りながら、上山は半身を起こした。
『早朝から、すみません!』
「なんだ? 急ぎの用か?」
『いえ、そんな訳でもないんですが…』
「だったら、こんな早くなくったって…」
 不平を露(あらわ)にして上山は云った。
『はあ…。この前、といっても昨日のことですが…。さっそく、霊界の専門家に訊(き)いてきましたので、お伝えしようと思いまして…』
「ああ、昨日、云ってたことか…。そんなに急ぐことでもなかったんだが…。まあ、いい」
『そのままで結構ですから、お聞き下さい』
「ああ、分かった。…六時前じゃないか」
 上山はベッドの置時計を見ながら、ボソッと吐いた。
『霊界番人様の仰せでは、人は武力では食べられない、ということでした』
「なんだ、それは? 私が訊き)いてくれといった内容とは、まったく違うじゃないか…」

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2013年3月16日 (土)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第九回)

   幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_6

    (第九回)

『…、食物は作らねば、と云われますか?』
『そうよ。それが本来、そなた達が生前、経済と呼びおる基(もとい)よ! 分かるか!』
 霊界番人の荘厳な声に、諭(さと)すような優しさが加わった。とはいえ、幽霊平林にしては、霊界番人が云ったことが余りに抽象的で、さっぱり分からなかった。禅問答ではなく、霊界番人は飽くまでヒントとなる暗示を幽霊平林に与えたのだった。
『ではのう…。励めよ!』
 霊界番人の声が途絶えると、光輪は導きの光線上を静かに昇っていった。そして、その光線は下方より少しずつ消え失せた。
『人は武力では食べられないか…』
 食べられなければ、生活は出来ない。それは道理に適(かな)った話で、ちっとも間違っているようには思えない。しかし、そうだとして、自分と上山がどうすればいいのか、までは幽霊平林には分からない。そうだ! ともかく、この話を課長に報告して、今後の策を練ろう…と、幽霊平林は考えた。
 人間界へパッ! と現れた幽霊平林が辺りを見回すと、外は、薄っすらと早暁の兆(きざ)しが空を染め始めた頃で、人々は、まだ寝静まっていた。慌(あわ)てたためか、幽霊平林が現われたのは上山の家の屋根上で、ギコギコと自転車を繰る新聞配達の少年が垣間見えた。幽霊平林は一瞬、しまった! と思った。慌てて現れたのが運の尽(つ)きで、うっかり、霊水瓶(がめ)の計測を怠っていたからだ。当然、人間界の時間は想定出来るはずもない。そんなことで、幽霊平林は上山の家の屋根づたいをプカリプカリと漂いながら、上山を起こすべきか、はたと迷った。上山に熟睡中の真夜中は困るぞ、とは釘を刺されてはいたが、今はもう、白々と夜が明け染める早暁だった。
『思い切って、起こそうかな…』
 独(ひと)りごちて、幽霊平林はスゥ~っと家の中へと透過していった。

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2013年3月15日 (金)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第八回)

   幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_5

    (第八回)

 ここは霊界である。上山と別れ、人間界へ戻った幽霊平林は、さっそく霊界番人を呼び出すことにした。人間界と違い、時間経過という煩(わずら)わしい流れがない霊界は、こんな場合には大層、便利だった。しかも睡眠という生理的な欲求もないから、呼び出したり、行ったり、買ったりするのが即座に出来て重宝なのだ。まあ、それはともかくとして、幽霊平林は霊界番人を呼び出そうとした。方法は以前、やっているから、同じ方法で出来ると踏んだのである。だから当然、如意の筆を手にすると、念じ始めた。そして、幽霊平林が軽く一、二度、如意の筆を振ると、どこからともなく光の筋が射し、幽霊平林の住処(すみか)を向け、光輪が下り来たった。紛(まぎ)れもなく霊界番人様だ…と、幽霊平林はその光輪を見て思った。
『おお! そなたか。また、儂(わし)を呼びおったな。呼ばれるのは別に構わぬが、用もなく呼び出されては困るぞよ! 儂は相変わらず忙しいでな。…して、今度(こたび)は、いかがした?』
 霊界番人の荘厳な声が響いた。
『はい。実は僕、いや、この私めと、上司である上山の二人で、番人様が仰せになった社会悪をなくそうと、日々、努力していたのでございますが、今現在、つまらないことで壁に突き当っておるのでございます』
『…そなたが云っておることは、大よそ見当がつく。社会悪をなくせ、とは申したが、それは飽くまでも霊界司様のお云いつけを儂(わし)がそなたに伝えただけなのじゃ。儂個人としては、余りに漠然としておる故、そなたらが孰(いず)れ限界に至るであろうことは疾(と)うに分かっておったわ。で、詳しく申さば、どのようなことに突き当って悩みおるのじゃ?』
 霊界番人の言葉は、いっそう荘厳さを増した。
『と、云われますと、なにか手立てがあると?』
『あることはある。が、細やかなことまでは霊界の決めで云えぬ。それは、そなたと上司の考えることじゃからのう。ひとつ云えるとすれば、人は武力では食えぬ、ということじゃ』

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2013年3月14日 (木)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第七回)

   幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_4

    (第七回)

「ああ…。まあ、死んでる君が悪く云われることはないだろうし、私にしても、まさかそんな夢のような力があるとは思われないだろうからな」
『そうでしたね。そんな心配より、念じる内容を考えましょうか?』
「いや、その前に、君にひと働きしてもらおう」
『働くって、なにをするんです?』
「この辺りで君の方の霊界司さん、いや、霊界番人さんに訊(たず)ねてみちゃどうだろう」
『あっ! なるほど。元々、僕と課長に命じたのは、あの方達ですから』
「そういうことだ。ちょうど、この辺で経過報告をせにゃならんだろうし、ついでに訊(き)いてさ、さらに、そのついでに、な」
『そりゃいいアイデアです。分からなければ、専門家に訊(き)きゃいいんですよね』
「ははは…専門家はいい! 上手い例(たと)えだ」
『いやあ~、冗談は抜きにして、そうしましょう』
 幽霊平林は決まりポーズを崩して、片手でボリボリと頭を掻いた。その姿を見て、上山は様にならない幽霊姿だ…と、笑いを堪(こら)えて思った。
「それじゃさっそく、アチラへ戻って訊いてくれ」
『分かりました。それじゃ…』
「あっ! 今度は、いつ現れてくれてもいいぞ。…とはいえ、熟睡中の真夜中は困るがな」
 上山は消えようとする幽霊平林を呼び止めて云った。
『はい。なるべく、ご帰宅されてからにします。霊界にいても、ある程度、こちらの時間が分かる工夫をしましたから…』
「ほう…。やはり田丸工業の元キャリア組だけのことはあるな!」
『いやあ…』
 照れを隠すように幽霊平林は、はにかみながら、格好よく消え失せた。

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2013年3月13日 (水)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第六回)

   幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_3

    (第六回)

『僕だって同じですよ、課長。念じてはいますが、今度は事が事だけに…』
「だよな。君と私が地球上で走る車やら工場の煙突から出る煙、原油の噴き出しで昇る油井炎なんかすべてを止めるんだからな!」
 上山は興奮ぎみに云った。幽霊平林はそれには答えず、無言で頷(うなず)いた。
『事がなったとして、果してそれで僕と課長は正義の味方になったんでしょうか?』
「いや、それは…」
 上山は口籠った。確かに地球温暖化を促進する温室効果ガスの発生は消滅するだろう。だが、それだけで、人類が、いや地球上のすべての生物が絶滅することなく幸せになれるんだろうか…と、上山には思えたのである。
『まあ、そんなシビアに考えず、とにかくやってみますか?』
「いや、待て! 確かに君が云うとおり、事がなったとして、それイコール人類が救われる、とは限らんな。当然、世界の産業生産は衰退するし、世界の経済や金融が極端に疲弊するのは必然だ。結果、人々の暮らしは貧困を余儀なくされるだろう」
『発想がネガティブになりますけど、確かにそうですよね。その策とか手立てを考えないと、僕と課長は正義の味方どころか、人類の敵になってしまいます』
「ああ…。すでに軍事産業に壊滅的打撃を与えたからなあ…。そのことも、この先、どうなるのか私達には分かっていない」
『ええ…。影響を与えた以上、マイナス効果が生じるようなら、その対応をせねばなりません』
 いつになくトーンを下げ、学者のような口調で幽霊平林は云った。
「私には分からんよ…」
『どうします?』
「どうしますって、それが分からんから弱ってんじゃないか」
「課長と僕が世界を悪くした、ってなりゃ困りますしねえ」

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2013年3月12日 (火)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第五回

   幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_2

    (第五回)

『そりゃ、まあ、そうですが…』
 幽霊平林も釣られて、陰気に笑った。
「で、どうしようか?」
『どうしようかって、僕に訊(き)かれても…。そこは、課長がリーダーシップをとって下さいよ』
「ん~っ! …じゃあ、まず二つの部分に分けよう」
『どういう風にです?』
「CO2を排出している物と、過大に排出したり、そういう物を製造する企業のメンタル面だ」
『発生物と企業心理ですか?』
「ああ…」
 上山は徐(おもむろ)に頷(うなず)いた。二人は、いつもの要領で念じる内容を詰めていった。その纏(まと)めが完成したのは十日ばかり先である。そして、上山の家で幽霊平林が念じることになった。
『課長! 霊界での訓練で随分、この精度は高まりました』
 幽霊平林は胸元から如意の筆を引き抜くと、上山の前へ示して云った。
「ああ、そうか…。しかし、私は、よすよ。国連ビルの上の悪夢がトラウマになってるからな」
『すみません…。あの時は、ご迷惑をおかけしました。でも、もう心配ないです。ここからでも念じられますから…』
『そうだったな。如意の筆の霊力は絶大だった…』
 上山は、ほっとしたように湯呑(ゆのみ)の茶を啜(すす)った。その姿を見ながら、幽霊平林は無言で両瞼(まぶた)を静かに閉じ、念じ始めた。そして終わるや、いつもの仕草でニ、三度、如意の筆を軽く振った。
『今日は、企業のメンタル面を浄化しました。これで、自己反省する経営陣で溢(あふ)れ返ることでしょう。次回は排出物の停止でしたね。これは全世界にかなりの衝撃が走るはずです。なにせ、車とか、一切の温室効果ガスが一瞬にして止まるんですから』
「いやあ~。私には、まだそのことが信じられんのだよ、君。いくら荘厳な霊力といったって、一瞬にして科学を否定する事態を起こすしなあ…」
 上山は怪訝(けげん)な表情で幽霊平林に云った。

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2013年3月11日 (月)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第四回

   幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo

    (第四回)

『皆さん、よい意味で発想がアグレッシブになったってことですね』
「ああ…、ポジティブ思考へ発想を変えさせるんだから、その霊力は大したもんだ」
 上山は、幽霊平林の胸元を指さして云った。如意の筆はピカリピカリと金色に光り輝いて眩(まばゆ)い。
『そうなると、人類は一歩前進したことになります』
「ああ、霊力が一過性のものじゃなければな…。いつやら従兄弟が云ってたからさ。人類の歴史は戦争の歴史だと…。まっ! ひとまず争いごとはこれでいいと…。次は地球環境の早急な是正だ」
『コップでも、何やら各国の思惑が違ってモメてましたからねえ』
「ああ…。コップでもグラスでも、いいんだがな」
『課長! 上手い!』
「ははは…冗談云ってる場合じゃないんだが…」
『地球温暖化防止っていいますけど、二酸化炭素の排出量を減らしても、根本的な解決にはなりませんよね』
「ああ…。世界中の車は、今の段階でも相変わらず化石燃料でCO2を撒き散らしてるしな」
『ええ…。霊界では霊達が飛び交ってますが、車は走ってないですから…』
「ははは…上手い! そうきたか。今度は私がやられたよ」
『いやあ、冗談云った訳じゃないんですが…』
 幽霊平林は幽霊お決まりのポーズを崩し、片手でボリボリと頭を掻いた。
「雑談はこれくらいにして、さて、目に見えない温室効果ガス問題をどうするかだ…」
 上山が両腕を組んで考え始めると、幽霊平林も追随して腕を組んで従った。その姿を見た上山は、思わずニタリとした。
『また、ノートに書かれますか?』
「ああ、これは大きな問題だからな。コツコツと原因を紐解いて、解決の手立てを講じよう」
『はい! 念じるのは僕に任せて下さい』
「任せるって、私は念じられんからな、ははは…、無論だ」

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2013年3月10日 (日)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第三回)

   幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_24

    (第三回)

『すみません。僕の腕が未熟なもので…。とんでもない場へ現れました…』
「ああ、肝(きも)を潰(つぶ)したよ。でももう、いいさ、済んだことは」
『はい…』
 幽霊平林は、軽く上山に頭(こうべ)を垂(た)れた。
幽霊平林が云ったとおり、念力の結果がでたのは、その二日後だった。マスコミ各紙は世界各地で生じている紛争の消滅と、国連で武器売却禁止条約がすべての国々の賛成で批准されたことを伝えていた。普通では百パーセント起こり得ない事態で、各国が利害から解き放たれ、地球規模の平和を模索する動きが、わずか二日で条約の批准まで進んだのだ。それを可能にしたのは、如意の筆の荘厳な霊力によるもの以外、考えようもなかった。
 上山は幽霊平林を居間へ呼び出していた。卓袱台(ちゃぶだい)の上には、武器売却禁止条約の批准を報じる大見出しが掲載されていた。
「こんな時間に申し訳ない…」
『いやあ、僕に夜昼は関係ないですから…』
 幽霊平林は陰気にニタリと笑った。辺りは、すでに夕闇が迫っていた。冬場だから日没も、かなり早い。五時前だというのに、もう暗闇のベールが辺りを覆っていた。上山は勤務を終え、帰宅したところだった。実は、朝刊を手にした時点で気になっていたのだが、お得意先との重要な会合があり、どうしても幽霊平林を呼び出せなかったのである。
「これだよ!」
 上山は、幽霊平林の目前に新聞を広げて差し出した。
『うわぁ~! 効果があったようですね』
「あったって、君ね、こりゃ想定外だよ!」
『荘厳な霊力って絶大なんですねぇ~』
「ああ、まあよかったよ。武器輸出禁止条約が、わずか二日で、だよ!」

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2013年3月 9日 (土)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第二回)

   幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_23

    (第二回)

「いや、待てよ。別に中へ入らなくたって、ここから念じれば、事足りるか…」
『ええ、そうですね、少し寒いですが…。課長、それ、お願いします』
 幽霊平林は上山が手にした念じる内容を綴った小ノートを指さした。
「ああ、これなあ…」
 上山は云われるまま、条件反射のように小ノートを手渡した。そのノートを開け、幽霊平林はもう一度、復唱するかのように箇条書きされた内容を頭に詰め込んだ。そして、いつもの所作で、両瞼(まぶた)を閉じ、念じ始めた。
 その後は、いつもと変わりなく瞼を開け、手にした如意の筆を三度ほど振ると、胸元へ挿し戻した。
『終わりました…』
「そうか、終わったか…」
 上山が呟くように云うと、幽霊平林は小ノートを上山に返した。
『結果は前と同じです。二、三日中にはマスコミが騒ぐような事態が起こることでしょう』
「なんか、君が予言者に見えてきたよ」
『ははは…、僕は課長の元部下で、ただの幽霊です。偉大なのは、この如意の筆ですよ』
「いやまあ、そらそうだけどさぁ~。言葉のあやだよ。云ったまでさ。さあ、長居は無用だ。そろそろ我が国へ戻ろうか」
『はい! では…』
 すっかり所作が板についた幽霊平林は、ふたたび如意の筆を手にすると軽く念じ、棒を振る所作をした。二人の姿は、たちまち国連ビルの敷地から消え去った。
 現れたのは、上山の家の居間である。
「しかし、よく考えりゃ、態々(わざわざ)、遠くまで出向かなくたって、ここからでも、いい訳だよな」
『まあ、そうなりますかね…』
「次からは、そうしようや。気疲れしていかん!」
『すみません。僕の腕が未熟なもので…。とんでもない場へ現れました…』
「ああ、肝(きも)を潰(つぶ)したよ。でももう、いいさ、済んだことは」
『はい…』
 幽霊平林は、軽く上山に頭(こうべ)を垂(た)れた。

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2013年3月 8日 (金)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第一回)

   幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_22

    (第一回)

 上山と幽霊平林は国連本部ビルの上に存在していた。さすがに風は冷たく、頬を指す感が上山はした。もちろん、幽霊平林はどうってことない顔をしている。上山は、風による冷えより、立つ位置の高さに少し怖くなっていた。幽霊平林が念じて、日本からこの国連本部へ現れた、まではよかったのだ。ただ、現れる建物の位置が少しズレていた。こういう現れる位置とかの微細な精密さまでは、まだ幽霊平林の腕前では無理だった。
「おい! ここは駄目だろうが! ど、どうするんだ、君! なんとかしろ!!」
 上山の声は震えていた。
『すいません! こんなとこへ現れるとは…。今一、不慣れなもんで…』
「そんなこたぁ~この際、どうだっていい! 早く別のとこへやってくれ!!」
『は、はいっ!』
 幽霊平林も、こりゃ拙(まず)いぞ、と思えたのか、ただちに如意の筆を手にすると、両瞼(まぶた)を閉じて念じ始めた。国連ビルの上に吹く風は、いっこう衰えをみせず吹き荒(すさ)ぶ。こんなところに背広姿で立った者は、世界広しといえど、自分ぐらいのものだろう…と、上山は刹那(せつな)思った。幸いにもそんな思いが巡るほどの余裕ある立ち位置だったのだ。ただ、下界には各国のポールが見下ろせ、国旗が風で揺れる身がすくむ光景があった。もちろん、落下すれば死亡は確実な高さに立っていたのだ。いつもより早めに瞼を開けた幽霊平林は、少し急いで如意の筆を一、二度振った。するとたちまち、二人の姿は国連ビルの最上部より消え失せた。
 ふたたび二人(一人と一霊)が現れたのは、真下より少し離れた国連本部の敷地内だった。現れた直後、二人は周囲を見回した。
「…まっ! ここでもいいが、出来れば中の方がいいな。だいいち、入口の通過で怪(あや)しまれないだろ?」
『ええ、それはまあ、そうですが…』

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2013年3月 7日 (木)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第百十五回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_21

    (第百十五回)

『はい、そういうことです』
 上山は無言で腕組みし、幽霊平林も真似るように追随して腕組みした。幽霊が腕組みしながらプカリプカリ漂っているというのも絵にならんな…と、上山は思わずニヤリとしたが、すぐさま顔を素に戻した。
「で、分かりやすく云えば、どうしろと云われたんだ?」
『いや~、それは今、云ったように、漠然と、なんですよ。あとは、お前達が考えろ、みたいな…』
「そうか…。じゃあ、君が持っている、その如意の筆を使ってということだな。その方法を考えにゃならんな」
『また、ケント紙に書かれますか?』
「いや、ノートでいいだろう…。ほれ!」
 上山は机の下から買っておいたノートとボールペンを取り出して、卓袱台(ちゃぶだい)の上へ置いた。
『なるほど…。この方がコンパクトでいいですよね。貼り付けてマジックで箇条書き、ってのも、なんか大げさですしね』
「ああ、そういうことだな…」
 上山は、空白のノートを開けながら頷(うなず)いた。
『なんか、僕と課長の新しい展開が期待出来そうですね!』
 幽霊平林は、にこやかな顔で云った。
「ああ、私達は世の中の正義の味方にならなきゃな、ははは…」
『ヒーローですよね!』
「そうだ、ヒーローだよ。子供の頃、憧(あごか)れたヒーローだよ、私と君は!」
 二人(一人と一霊)は、互いの気持を鼓舞した。
『さてと…、具体的には、どうします?』
「まあ、待てよ。今、書くんだから…」
 上山はボールペンを手にして考え始めた。
「如意の筆の霊験は荘大なんだから、私達の念じる内容次第で、事の成否は決まるって寸法だ」
『ええ…、そうですね。内容を詳細に詰めないと、いけませんね』
「思ったとおりになる、ってのも、そら恐ろしいな」
『はい、まったく…』
 地球上の人類と二人に、新(あら)たな展開が始まろうとしていた。

              第二章  終

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2013年3月 6日 (水)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第百十四回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_20

    (第百十四回)

「どれどれ、一度、呼び出すか。こちらから呼び出さんから、君の方から現れてくれ、とは云ったが、無しの礫(つぶて)だからなあ…」
 戸惑(とまど)った上山だったが、やはり気になるとみえ、背広を脱ぎ、セーターに着替えると、幽霊平林を呼び出すことにした。卓袱(ちゃぶ)台を前に、上山がグルリと左手首を回すと、たちまち幽霊平林が出現した。パッ! と現れるとは、正(まさ)にこのことか・・と思わせる現れようである。
『はい! お呼びですか!』
 決めのポーズも板についた幽霊平林が格好よく現れ、上山にそう云った。
「おお、来たか…。約束じゃ、こちらからは呼び出さないってことだったけど、無しの礫(つぶて)だらら、現れてもらったよ」
『いや~、僕はどちらでもいいんですよ。それよか、丁度、課長に云っておこうと思ってたとこだったんですよ』
『何かあったのか?』
『ええ。課長に云われた武器の売り手の国家上層部の動きを探ろうと、下準備の調べ物をしてますと、売り手側の国のなんと多いことか…』
「そんなに多いのか?」
『ええ、世界で武器売却している国は十ヶ国以上なんですよ』
「十ヶ国以上だって?! そんなに…」
『はい。課長も驚かれたでしょ? いや~、僕だって霊界万(よろず)集を見たときは、びっくりしました。これじゃ、とても僕ひとりの力じゃ・・って、思いました』
「云っておきたい、って、そのことか?」
『はい、まあ…』
 幽霊平林は霊界番人に相談したことなど、一連の経緯を上山に話し始めた。
『ですから、僕の力というより、この如意の筆の荘厳な霊力を有効に利用せよ・・ってとこじゃないですかね』
「そうか…、霊界番人さんが、そんなことをな…。確かに君が云うように武器の売り手国家がそんなに多けりゃ、いちいち国家単位でやってられんわな」

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2013年3月 5日 (火)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第百十三回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_19

    (第百十三回)

『口籠(くちごも)りおって…。はっきり申さぬか。いつまでも聞いてはおれぬのじゃ。儂(わし)は忙しいのよ』
『ははっ! 返す返す申し訳ございません。その暴動や紛争の武器がなれば、そうしたことは起こらないのでは・・と課長、いや上司が申しまして…』
『それが、いかがした?』
『はい! ですから、その武器を売っている国に売らせなくすることが出来れば・・という話になり、僕が、…いやこの私めが霊界万(よろず)集でいろいろ検索したのでございますが…。余りにも武器輸出国が多いもので、とても私一人ではと、途方に暮れておったようなことでございました』
『それで、この儂を呼び出したと申すのか?』
『はい、さようにございます』
『ははは…。そのように細かなことを考えておったのか。そなたが申すことは、すなわち、人の心が為(な)す行いであろうが…。要は、もうひとたび如意の筆の荘厳な霊力を用いることに目覚めるがよかろう』
『…とは、いかがすれば?』
『そなたは実に嘆かわしい奴じゃ。そのようなことも分からぬか? 荘厳な霊力とは、すなわち、念が思いのままになる、ということよ。…あとは、自ら考えてみよ。ではのう…』
 そう告げると、霊界番人の光輪は、跡形もなく消え失せた。
『この荘厳なる霊力か…』
 幽霊平林は、胸元に挿(さ)した如意の筆を手にして、シゲシゲと見ながら、そう呟(つぶや)いた。
 その頃、人間界の上山は、通勤を終えて我が家に辿(たど)り着いたところだった。
「何も音沙汰ないが、あいつ、上手くやってんだろうな…」
 云うでなく漏らすと、上山は玄関ドアの施錠を解き、家中へ入った。

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2013年3月 4日 (月)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第百十二回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_18

    (第百十二回)

『なになに…。売り手の輸出量上位国は、多い順にアメリカ、ロシア、ドイツ、チャイナ、イギリス、フランス、スウェーデン、イタリアの順か…。結構、輸出している国は多いんだ…』
 霊界万(よろず)集には、人間界の本のような発行年月日はなく、終始、最新の内容が浮き出るのだ。そもそも、印字ではなく霊字であり、人間界の印刷された本とは、まったく本質が異なり、一線を画(かく)した。下手なギャグではないが、正(まさ)に、本の質の本質である。
『これだけ輸出国が多いと、個々に念じないとゾーンでは駄目みたいだ…』
 また、幽霊平林は呟(つぶや)くと、溜め息をついた。そして、しばらくすると、ついに決心したかのように呟(つぶや)きの声を漏らした。
『とても、課長に云われたようには出来ないぞ。よし! ここは一つ、霊界番人様にお伺いしてみよう』
 胸元の如意の筆を手にした幽霊平林は、両瞼(りょうまぶた)を静かに閉ざした。その状態が一、二分ばかり続き、両瞼をふたたび開いた幽霊平林は、如意の筆を軽く振った。すると、たちまち霊界番人が現われる前兆の一筋の光が彼方(かなた)より住処(すみか)目指して降り注いだ。次の瞬間、光輪がその道を伝うように降下し、幽霊平林の前へ現れた。
『いったい何事じゃ! 儂(わし)は忙しいのだ。このような呼び出しを受けたのは、ここ最近、なかったことじゃ。…どうした?』
『申し訳もございません、霊界番人様。実は、早急にお訊(たず)ねしたき儀がございまして…』
『ほう、早急にのう。…そなたは如意の筆を授けられし者じゃな?』
『はい、さようで…。霊界司様のご意志でございました。実は、社会悪を滅せよ、との厳命につき、いささか分からないことが生じまして…』
『ほう…、何が分からぬ?』
『はい。実は僕、・・いや私と上司で社会悪に立ち向かっていたのでございますが、その一つとして、起こっている国々の暴動、紛争の撲滅を考えた訳でして…』

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2013年3月 3日 (日)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第百十一回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_17

    (第百十一回)

 霊界へ戻った幽霊平林は、住処(すみか)でプカリプカリと漂いながら、霊界万(よろず)集を前に、どうしたものかと思い倦(あぐ)ねた。だが、いくら考えても、これという方法は見つからず、まったく要領を得ない。ただ一つ、上山が云っていた国の利権追求の意志が、武器を輸出、援助させている点だとすれば、その辺りを探ればいいことだけは間違いがなかい・・と幽霊平林には思えた。さらに考えれば、武器売却となれば、大型兵器から小型兵器に至るまで、かなりの金額が動くのである。それが、利権との交換条件になっているとすれば、その方針が了承されるのは、その国の立法府であり、発議が行政府のトップであることは、ほぼ明白だった。まず、そこら辺を調べてみるか…と、幽霊平林は思った。調べるとは、そうした国家情勢の知識をまず得ることである。武器輸出大国といえばアメリカ、ロシア、チャイナなどを中心とした経済立国だ。有難いことに現時点の日本では論議があるものの、武器輸出三原則で武器輸出行為は制限されており、その心配は無いようだった。
 幽霊平林は霊界万集を開き、それらの国々の利権の構図を調べることにした。詳細までは載っていないものの、ある程度の知識は、この霊界万集で得られるのだ。要は、索引する言葉に尽きた。的(まと)を射(い)ていなければ枝葉末節に流れてしまい、知り得ないのである。幽霊平林は索引する言葉を何にするか・・と、考え始めた。すると、━ 武器輸出 ━ が、まず第一に閃(ひらめ)いた。霊界万集は、人間界でのパソコンといった類(たぐい)のもので、恰(あたか)も、検索入力するようなものなのだ。幽霊平林は、その言葉を索引し始めた。
『ほう…、日本でも武器輸出三原則を緩和の方針か…。まあ、国家経営自体が危うい状況だから、儲(もう)けられるものは何でも・・の発想は分からなくないなあ…。あっ! いけない。枝葉末節になるとこだった。━ 武器輸出三原則 ━ じゃなかったな』
 幽霊平林は呟(つぶや)きながら索引を、し直した。

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2013年3月 2日 (土)

短編小説(特別寄稿) 微かにクリスマスソングが聞こえる[5]

   微かにクリスマスソングが聞こえる

[5]

 井郷千一郎は田所進の斜め向かいの病室ベッドで酸素マスクを装着し、眠っていた。井郷に身寄りはなかった。幸い病状は回復の兆しを見せ、医師は「峠は越しました…」と女性介護士の新谷へ静かに告げた。井郷はウトウトと浅い眠りの中で夢を見ていた。そんな井郷の夢の中で、微(かす)かにクリスマスソングが聞こえた。妻・・子・・家族が笑ってキャンドルが灯るケーキを囲んでいた。その中に若い井郷もいた。事故は一瞬だった。車はガードレールにぶつかり、転倒。生き残ったのは井郷一人だった。
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「大丈夫でしょうか、先生?」
「ははは…峠は越したと言ったじゃないですか。朝には意識が戻りますよ」
 医師は新谷へ静かに告げた。井郷の意識はすでに戻っていた。井郷は夢を見ていた。
「ありがとうございました」
 医師は軽く頭を下げると出ていった。
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 翌朝、井郷は射し込む陽の光で目覚めた。
「気がつかれましたか。もう大丈夫ですよ」
 傍らには看護師と新谷がいた。看護師は静かに酸素マスクを外した。
「私、…眠ってたんですか?」
「えっ? はい、まあ…。昏睡状態で来られたんですが…」
「そうでしたか…」
 それ以上、井郷は返せなかった。夢を忘れたくなかった。亡くした家族に会えた素晴らしい夢だった。天からの無形の贈り物に思えた。
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 その一年後、井郷は病院近くの街並みを歩いていた。どこからか、微かにクリスマスソングが聞こえた。聞き覚えがある曲だった。
「…あの曲だ」
 夢で聞いた曲だった。井郷は一年前の夢を想い出していた。瞼を閉じれば、家族がいた。少し、幸せな気分がした。

                  THE END

 ※ 五話完結のオムニバス短編小説でした。
 
           

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短編小説(特別寄稿) 微かにクリスマスソングが聞こえる[4]

 

   微かにクリスマスソングが聞こえる

[4]

 三塚浩次は工事現場にいた。
「おい、終わりだっ!」
 現場監督が浩次の後ろから声をかけた。浩次は手に持つ重機のドリルを置いた。ヘルメットを脱ぐと、ザラッとした砂塵の感触がした。浩次は解放されたように首をぐるりと
回した。それまでの凛と張りつめた緊張感は失せ、疲れだけが残った。汚れた耳に、微(かす)かにクリスマスソングが聞こえた。俺の人生はこんなものか・・と、心の底の声がした。二年前、勤めていた会社が倒産し、それ以降、浩次の生活は乱れた。再就職も思うに任せず、頓挫した。同程度の会社を望んだが、不況にそう世間は甘くなかった。気づけば、小さな建設会社の工事現場にいた。
 浩次は作業服を脱ぐとシャワーし、現場を離れた。空腹に気づき、ラーメンでも食うか・・と思った。
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 谷村美里は派遣社員の事務を終え、上司の課長に軽く礼をするとロッカールームへと消えた。身体は軽かったが、心には鬱屈した疲労感が潜んでいた。正社員の先輩に日々、嫌
味を言われ、かなり参っていた。だが、学生時代の部活で鍛えられた泣き言を言わない精神がそのプレッシャーをはね退けた。かつて美里は陸上部で長距離選手だった。
 社外へ出
ると辺りはもう、薄暗かった。美里は両手を広げてアァ~! と叫んだ。憂さを晴らす心の叫びともいえた。どこからか、微かにクリスマスソングが聞こえた。イブだが、何の予定もなかった。美里は何か食べて帰ろうかな…と、街路を歩きだしていた。
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 スクランブル交差点で二人は接近した。サンタの衣装に身を窶した中年男がサービス券を配っていた。男は二人の行く手をクロスするように遮った。
「そこのお二人、はい、どうぞ…」
「…」
「どうも…」
 浩次と美里は言われるまま、その券を受け取った。サンタの派手やかな衣装が二人を従順にさせた。
「今日、開店の特別ご招待! お二人でどうぞ!」
「はは…俺達、赤の他人ですよ」
「ええ」
「まあ、いいじゃないですか、イブなんだし…」
 二人は少し、はにかんで歩きだした。
「ははは…ああ、言われちゃ。・・どうです?」
「いいですよ」
 二人は連れ立って券に書かれた店の方向へ歩き出した。
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 一年後、浩次は二流ながらも失業前の同業種の会社へ再就職した。そして、イブの夜、美里と教会で結婚した。遠くか
ら、微かにクリスマスソングが聞こえた。 

                  THE END

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短編小説(特別寄稿) 微かにクリスマスソングが聞こえる[3]

 

   微かにクリスマスソングが聞こえる

[3]

 田所進は病室のベッドで眠っていた。ここ数日、午後の時間帯は睡魔に襲われることが多かった。消灯後、看護師達に怒られながら読み続けた本のせいに違いなかった。ふと目覚めると、窓際の病床から街灯りがチラホラ見えた。外はもう夕闇が迫っていた。どこからか、微(かす)かにクリスマスソングが聞こえた。
「検温ですよっ!」
 ニコッと微笑んで看護師の竹井和美が入ってきた。進は少し緊張し、窓に向けていた視線を戻した。和美は進に体温計を渡した。
「今日はイブよ。残念だわね、足折らなきゃね」
 快活に話す和美に進は返せず、体温計を受け取って苦笑せざる得なかった。その通りなのだから仕方なかった。二人は黙り込んだまま、階下に広がる街の夜景を眺めた。
「今日は、どうするの?」
 しばらくし、進が唐突に訊ねた。
「どうするのって、どうもしないわよ。少し飲み食いする程度かしら」
「なんだ、そうか」
「あら、偉い言われようじゃない」
「いやあ、そんなつもりはないよ。デイトとかさ、相手いるのかって思ってさ」
「そんなの、いる訳ないじゃないの、私に」
「ははは…、俺にもまだ脈があるってことか」
「脈はあるわよ、そりゃ。脈がなけりゃ、ご臨終」
「上手いこと言うな」
 進は笑いながら、体温計を脇から取り、返した。和美も笑った。そのとき、指と指が触れた。二人は素で見つめ合った。
 その一年後のイブの夜、二人は教会で結婚した。遠くから、微かにクリスマスソングが聞こえた。

                  THE END

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短編小説(特別寄稿) 微かにクリスマスソングが聞こえる[2]

 

   微かにクリスマスソングが聞こえる

[2]

 二浪の尾山博は家賃が三万八千円の安アパートでカップ麺を啜っていた。予備校の学費は、半ば本業として働くメンテナンス会社のパートの稼ぎだった。カップ麺を啜り終わったとき、外はもうすっかり暗かった。片隅に置かれた目覚ましを見ると、すでに六時半ばを回っている。今年もこの程度のクリスマスだな…と博は思った。卑屈な気持ではなく、錆びついた諦めの感情だった。窓ガラスに街灯りのイルミネーションが反射し、色彩を変化させた。遠くから、微(かす)かにクリスマスソングが聞こえた。いくらなんでも、こんなクリスマスはない…と博は自分が惨めになった。そして気づけば、アパートを飛び出していた。
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 進藤碧は予備校へ通っていた。この季節、志望校の選択を余儀なくされ、去年落ちた大学は避け、別の学部を受けよう・・と思っていた。学費は半分方は親からの仕送りで、残りはアルバイトで補っていた。今度落ちれば就職しようと碧は決心していた。特別授業のチャイムが鳴り、教師が教室を去った。学生は疎らに椅子を立つと教室を出ていく。碧もその一人で、疲れた肩を片手で揉みながら予備校の門を出た。腕を見れば六時半ばを回っていた。どこからか、微かにクリスマスソングが聞こえた。このまま一人のクリスマスか…と碧は淋しく思った。
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 風が冷たく戦いで風花がフワリと舞った。博は街路を歩いていた。碧も同じ街路を歩いていた。店頭に飾られたイルミネーションが美しく瞬いている。博は思わず立ち止り、その瞬きを見つめた。しばらくすると反対方向から碧が歩いてきた。LED電球の美しい瞬きに碧も何げなく立ち止った。二人は横並びで見上げていた。しばらく時が流れた。
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「待ち合わせですか?」
 横にいる碧に気づいた博が、声をかけた。
「いえ…」
 碧は小さく言った。風花がふたたび舞い、博はコートの襟を立てた。
「冷えてきましたね。よかったら、茶店で温まりませんか?」
「はい…」
 イルミネーションが碧をロマンチックな気分にしていた。断る理由がなかった。
「学生さん?」
「ええ、あそこの予備校に通ってます」
「なんだ、そうか…。僕もです。あっ、あの店が、いいや」
 博が指さす先には、暗闇に浮かぶ猪豚と書かれた灯りが輝いていた。碧が思わず笑った。博は訝しげに横を歩く碧を見た。
「フフフ…面白い名」
「んっ? …ははは、イノブタか。こりゃ、いいや」
 爆笑の渦となった。ドアベルがチリ~ン! と鳴り、二人が店へ入ると、店内はパーティ会場のように賑やかだった。だがそれは、店内を流れるBGMで、店に客は誰もいなかった。
「あの! …誰か、いませんか!?」
 しばらくすると、豊満な体躯のオネエ風の男がトレーに水コップを二つ乗せて現れた。
「あらっ! カップルね? 何にしましょう?」
 男は女言葉で話した。顎の剃り残した毛が目立った。博は思わず笑っていた。
「どうかされました~?」
「えっ? いや…。僕はミルクティ。君は?」
「同じでいいです…」
 剃り残しオネエは品を作って笑うと、歩き辛そうに楚々と去った。姿が消えると、二人は大笑いした。
 その後、このことがきっかけで、二人は付き合うようになった。そして数年後、二人は就職し、出会ったイブの日に結婚した。どういう訳か、喫茶・猪豚の剃り残しオネエの姿もあった。遠くから、微かにクリスマスソングが聞こえた。

                  THE END

 
[2]は、少し推敲して面白くしました。ご了承ください。^^

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短編小説(特別寄稿) 微かにクリスマスソングが聞こえる[1]

  微かにクリスマスソングが聞こえる

[1]

 忘れ去られた公園に朽ちかけたベンチがあった。瀬山里沙は、その冷え切ったベンチへ腰を下ろした。凍てつくほどではなかったが、外気の冷えは手先を悴(かじか)ませた。どこからか、微(かす)かにクリスマスソングが聞こえた。里沙は、ダッフルコートのポケットへ両手を忍ばせ、見回すようにその聞こえる方角をさぐった。ああ・・こっちだわ。そう思えた方角から初老の男、戸崎英一が近づいてきた。射す外灯の斜光が男の輪郭を鮮明に映し出した。身の危険。里沙が一瞬、躊躇して立ち去ろうとしたそのとき、戸崎が声をかけベンチへ座った。
「誰か…お待ちですか?」
「いえ…」
 腰を上げかけたが、里沙はそのやさしげな声に座っていた。
「いやあ~、冷え込んできましたね」
「ああ、はい…」
 ベンチの両隅に戸崎と里沙はいた。
 - - - - - - - - - - - - - - - - 
 一時間ほど前、事務所の里沙の携帯が鳴った。
「俺さ、ちょっと今日は行けなくなった。…ごめんな」
「そうなの? …仕方ないわね。じゃあ…」
 言葉は快活に返したつもりが、里沙の顔は笑っていなかった。不満が鬱積していた。秀人と里沙は二年ほど前に、とある街角で出会った。それからの付き合いだったが、数カ月前、その出会いは秀人の仕掛けだと分かった。ほろ酔いの秀人自身が、気の緩みから暴露したのだ。それから二人の仲は、ぎくしゃくした。そして・・クリスマスの夜がきた。
 - - - - - - - - - - - - - - - - 
 一時間ほど前、街路を歩く戸崎の携帯が鳴った。戸崎は配送会社で最後の伝票を書き終え、帰途の途中だった。今夜は久しぶりに別れた妻の美咲と食事をする約束をしていた。上手くすれば元の鞘に・・と、戸崎は将来に僅かな望みを持っていた。だが、離婚後の美咲は堕落し、水商売にドップリと浸かっていた。
「ごめん、行けなくなったわ。お客がシツコイのよ、ごめんね~。また、この次ねっ」
 美咲のほろ酔い加減の声がした。
「もういい!」
 戸崎は怒りの返事で携帯を切った。美咲に腹が立ったというより、望みを抱いた愚かな自分が無性に腹立たしかった。戸崎と美咲は社内結婚をし、一時は人も羨む幸せな結婚生活を送った。それが数ヶ月前、ひょんなことで美咲に男が出来た。それから二人の仲は、ぎくしゃくした。そして・・クリスマスの夜がきた。
  - - - - - - - - - - - - - - - -
「よかったら、お茶でも飲みませんか? 私も一人なもんで…」
 戸崎は遠慮気味に里沙へ声をかけていた。
「えっ!? ああ、いいですよ」
 鬱積した里沙の気持がOKを出した。二人は静かにベンチを立つと街明かりの方角へと歩き出した。
 しばらく二人が歩いていると、前方にモンブランと書かれたネオンが瞬いていた。そのとき里沙は何を思ったのか、フフフ…と笑った。戸崎は訝しげに里沙の顔を見た。
「ごめんなさい。私、モンブランが好物なんです」
「モンブラン…ああ、スイーツですか」
「ええ。偶然ってあるんですね」
「ははは…。ですね。この通りは初めてでしたか」
「そうなんです…」
 二人は、いつの間にかすっかりうち解けていた。賑やかな人の群れがクリスマスを楽しんでいた。酔っ払いや二人連れ、それに家族連れの姿もあった。二人はモンブランの入口を潜った。偶然なのだろうが、他に客は、いなかった。
「何にしましょう?」
 店内に女気はなく、髭モジャの店主兼店員が一名いるだけだった。髭モジャは水コップを二つ置くと低い声で訊ねた。
「ああ・・僕はアメリカン。君は?」
「カフェオレを…」
 髭モジャは頷くとニタリと意味深に笑い、去った。
「なんか勘違いしているようですね」
 戸崎は髭モジャが誤解して、二人のよからぬ関係を思ったんじゃ…と思った。
「ですよね…」
「今日、本当は飲みたい気分なんです」
「えっ? 私も…」
「そうなんですか、ははは…。実はツレにヒジテツくらいましてね。ほんとなら今頃、楽しんでるんでしょうがね」
「私もヒジテツなんです。待ち合わせてたんですが…。もう別れるから、いいんです」
 里沙はふっ切ったように言い切った。
「ははっ、同じだ」
「お待たせ…」
 髭モジャが割って入るようにやってきて、アメリカンとカフェオレを置いた。
「ごゆっくり…」
 髭モジャはレシートを置くと、また意味深に笑って去った。戸崎は軽く咳払いをすると、話を続けた。
「いや~、偶然ってあるんですね。それに、こう重なると少し怖いですよね」
「はい…」
 里沙は戸崎に運命的なものを感じていた。戸崎もまたそうだった。
「よかったら、またお会いできませんか」
 里沙には断る理由がなかった。
 その一年後・・クリスマスの夜、二人は教会で結婚した。どこからか、微かにクリスマスソングが聞こえた。

                        THE END

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連載小説 幽霊パッション 第二章 (第百十回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_16

    (第百十回)

『…って、最終段階ってことですよね?』
「そうだが」
『いちばん、おいしいとこですね?』
 幽霊平林は陰気にニタリと笑みを浮かべた。
「君はまた、そういうことを云う。私にとっては何の見返りもないことだぞ。おいしい訳がなかろう」
『すみません…。つい、冗談が出ました』
 幽霊が人間に謝っている光景など、恐らく前代未聞に違いなかった。
「いや、謝らんでもいいが…。まあ、ともかく、今云った武器売り手上層の動きを探ってくれ。で、そうなるメカニズムを入手したら、私に報告してくれ。今回は、こちらから呼び出さんから、つきとめ次第、君の方からこちらへ現れてくれ。時と場所は選ばんから…」
『なんか、007みたいで格好いいですね』
「…、君は格好いいのに弱いからな。まっ! 冗談はともかく、そういうことだ」
『はい! 真夜中でもいいんですか?』
「ああ、二時頃までなら別に構わんが…。それ以降は、早朝ということで頼む」
『分かりました』
 幽霊平林は素直に頷(うなず)いた。
「そろそろ、課へ戻るか…」
 上山は腕時計をみながら、そう呟いた。
『あっ! もう、そんな時間ですか? それじゃ、そういうことで!』
 スゥ~っと格好よく消える前に、幽霊平林は、わざとらしく、そう云った。
 二人(一人と一霊)は別れたあと、それぞれの生活に戻った。上山はエレベーターで業務第二課の課長席へ戻り、幽霊平林は、霊界の住処(すみか)へ、ひとまず戻ったということである。

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2013年3月 1日 (金)

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第百九回)

   幽霊パッション 第二章   水本爽涼Photo_15

    (第百九回)

 喉(のど)に詰めるほどの早さで、上山は、うどんを啜(すす)り、昼を済ませると、トレーを配膳台へ返した。そして、バタバタとエレベーターに向かった。
「なんか、忙しそうね…」
 吹恵は、そんな上山の姿を遠目に見ながら、誰に云うともなくそう呟(つぶや)いた。
 屋上に昇り、上山はすぐさま左手首をグルリと回した。その一瞬前、腕時計を見ると、十二時十五分過ぎを指していた。要するに、食堂で費やした時間は十三分ばかりで、配膳の時間を引けば十分内外で、きつねうどんを食べてしまったことになる。いつもは半過ぎになるから、所要タイムが約半分という超スピードだったのだ。それはともかくとして、上山が手首を回した瞬間、幽霊平林は自動セットされた機械のようにパッ! と、格好よく躍(おど)り出た。その格好のよさも、最近では決めのポーズをつけて現れたり消えたりするのだから始末が悪い。他に見られる者もなく、見ているのは、というか、見えるのは上山一人なのだが、なんか幽霊平林は格好よさを意識している節(ふし)があった。そんな、つまらないことを、上山としては、何故(なぜ)? と訊(き)けないから、無視していた。
「…で、だ。朝の続きだが、その国々のメカニズムを調べてくれないか。君は自由自在に動けるんだから、それくらい出来るだろう」
『…って、よく分からないです。もう少し、分かりやすくお願いしますよ』
「だから! 武器を売る利権目当ての企業国家が、武器を貧しい国々に売るメカニズムだよ。つまり、アフリカとか中東アジアなどの低開発国が武器を得るには、それらの国にオイルとかの魅力的な資源や物質があるってこったろ?」
『はい。まあ、そうなりますかね…』
「君さ…、なりますかねって、そうなんだよ。だから君にそれを頼みたい。私は、その結果次第で君が念じる内容を考えよう」
『はい、分かりました。僕で出来るかどうか分かりませんが、やってみます』
「ああ、頼むよ。最後の詰めは、私も同行するから」

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