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2013年4月

2013年4月30日 (火)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第五十四回)

  幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_12



    (第五十四回)

とても夕方まで待てないな…と、幽霊平林は上山の社屋を目指してフワリフワリと漂い始め、やがて、スゥ~っと加速した。もう昼が近づいていた。瞬時にパッ! と消え、上山がいる社屋内へパッ! と現れることも出来たのだが、心地よい陽気の中を、スゥ~っと流れるのも乙なものだ…と、幽霊平林には思えていた。
 幽霊平林が田丸工業の社屋内へ透過したのは、それから二十分ほど経っていた。上山が食堂へエレベーターで昇ったときである。その上山の姿を幽霊平林は、すぐ声をかけようとしたが、周りには社員が数人いたから、こりゃ駄目だ…と憚(はばか)られたのだ。当然、上山の周りに人がいないタイミングを探らねばならない。今までの経験からすれば、食堂の賄い場で、上山がB定をトレーに乗せて席に着く直後までの、ほんの束の間以外、上山の近くに人物がいないという機会は、ないようだった。そこで、幽霊平林は、その数少ないチャンスを待つことにした。上山は前方を進んでいるから、振り返らない限り幽霊平林がいることに気づかない。
 上山は賄い係の江藤吹恵に食券を渡してB定を注文している風に遠目に見えた。幽霊平林はB定がトレーに乗る瞬間まで、じぃ~っとタイミングのいい瞬間を探った。過去にも、このシチュエーションは、あったぞ…と幽霊平林は思いながら、トレーを持ってテーブルへ移動する上山を後方からスゥ~っと追った。運よく、上山は誰もいないテーブルへ近づき、椅子(チェアー)を机の下から引き出して座った。むろん、その前にトレーはテーブル上へとおいている。
『課長!』
 上山はギクッ! として一瞬、後方を振り返ったが、何もなかったような素振りで姿勢を元に戻した。そして、視線をトレーに向けながら、割り箸を手にした。
「君か…。ここは目立つから、屋上で…」
 語尾を暈(ぼか)しながら、小声で上山は呟(つぶや)いた。

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2013年4月29日 (月)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第五十三回)

  幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_11



    (第五十三回)

「いやあ、ちょいと早く目覚めて、そのまま出勤しただけのことさ。私としては珍しいことだよ」
 上山は罰が悪く、愛想笑いした。
「君さ、二人目の子供は、まだなの?」
 上山は、それとなく訊(き)いてみた。こういう話は他の社員がいる前では課長として出来ないから、この際、と思ったのである。
「ははは…、稼ぎが稼ぎですし、あとしばらくは、って妻と話したんですが…」
「ああ、そう…。で、赤ちゃんは順調?」
「ええ、首が据(す)わってからはスクスクと育ち、もう可愛い盛りです」
「ははは…、親馬鹿だな、君も」
 二人は賑(にぎ)やかに笑った。その直後、他の社員がドカドカと業務第二課内と出勤してきた。岬は事もなげに自席へと戻った。上山は上山で、咳(せき)ばらいをひとつすると、ノートパソコンを徐(おもむろ)に開けた。
 その頃、のんびりと街のアチラコチラと漂いながら、幽霊平林は、とある公園へと舞い降りた。昼近くの陽射しからして、上山が勤務を終える夕方までには、まだかなりの時があった。ベンチ上へ漂って移動した幽霊平林は、ベンチの上で自然を感じつつ腕を組んだ。彼の感覚としては、生前の頃、ベンチへ腰を下ろした自分である。ポカポカと暖かい陽光が射し、ベンチも生きている身ならば凌ぎよい爽快感に包まれるだろう…と、幽霊平林は、ふと思った。そして、ひとつの考えが閃(ひらめ)いた。世界語を考え、創造するメンバーなど、個々に考えずともいいのではないか…という発想である。如意の筆の荘厳な霊力を使わぬ手はないのだ、という想いである。
『グローバルに念じればいいかっ! ははは…。少しミクロで考え過ぎていた。こりゃ、課長に云っておく必要がある…というか、これしかないぞ!』
 幽霊平林が腕組みを解き、スゥ~っと上空へ昇ると、家やビルの佇まいが一望できた。

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2013年4月28日 (日)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第五十二回)

  幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_10



    (第五十二回)

 上山は会社へ行き、幽霊平林は遠目に上山を見ながら、地上数メートルの辺りをプカリプカリと漂いはしたが、通勤途上をいつものように付いて離れず、ということはなかった。上山が社屋の中へ姿を消すと、スゥ~っと幽霊平林は反転し、久しぶりに人間界をアチラコチラと漂った。場所は当然、無作為である。田丸工業の敷地外へ出て、やや広めの舗道の上を漂っていた幽霊平林は偶然、上山の部下で元後輩の岬の姿を認めた。
『岬か…。奴も亜沙美さんと結婚して子供も生まれたし、今、幸福の絶頂だなあ。生きてりゃ、恋の鞘(さや)当てで、ややこしいことになっていたかも分からないからなあ…。修羅場の三角関係は嫌だし、まあ、その意味じゃ、死んでよかったか…』
 とりとめもなく雑念が幽霊平林の脳裡を駆け巡っていた。
「おやっ? 風もないのに、なんか今、冷んやりしたぞ?」
 岬が、ふと呟(つぶや)いた。うっかり、幽霊平林が上から下降して、近づき過ぎたせいである。
『おっと!』
 スゥ~っと下降した幽霊平林は、自分の操作ミスに気づき、慌(あわ)てて上昇した。操作といっても、自分の身体は機械ではなく、正真正銘の幽霊なのだから、幽霊平林の単なる判断ミスといった方が正しいのかも知れない。岬も、ほんの一瞬、感じた冷気だったから、そう気にするでもなく、会社への歩みを止めることはなかった。この時、幽霊平林は、もうかなり離れたところを漂いながら、世界語のメンバーをどうしたものか…と考えていた。
 そんな幽霊平林とは真逆に、上山は社内の課長席で欠伸(あくび)をしていた。まだ社員は誰一人として出勤していない。そこへ、岬が入ってきた。
「なんだ、岬君じゃないか、早いな!」
 笑顔で上山が云った。
「課長こそ早いですね!」

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2013年4月27日 (土)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第五十一回)

  幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_9



    (第五十一回)

「んっ? …新言語で? …つまり、世界共通語でだな? それは、どうだろ。だいいち、元の状態に私が戻ったとしてだ。その私が語れないじゃないか!」
 少し興奮ぎみに上山は笑った。
『いや、その心配は…。当然、課長もその世界語で語れるように念じますから、安心なさって下さい』
「安心なさって下さい、か…。ははは…、すっかり君も先生だ」
 二人(一人と一霊)は意気投合したように笑い合った。この時の幽霊平林は、少し陰気さが蔭(かげ)り、半陽気な、なんとも中途半端な笑いになっていた。
『冗談は、さておいて、これは、どう念じましょう? 如意の筆の力からすれば、瞬時に全世界の人が世界語で語り始める、という現象も可能になりますが…』
「君なあ、それはいくらなんでもアウトじゃないか? 人間に介入し過ぎて、私の身が危ういぞ」
『…ですね。小さなことじゃないですから。即、課長は霊界と人間界の狭間をさ迷われます…』
「恐らくは、な。危ない危ない!」
『はい…。世界語の発想を閃(ひらめ)かせる、ぐらいのとこですか』
「ああ、そのくらいが無難だろうな。問題は、どういったメンバーを対象にするか、だが…」
『まあ、それは、これから詰めましょう…って、課長、今日はご出勤でしたよね?』
「いや、今日は土曜だから休みなんだが…。どうも、昨日の晩は目が冴えてなあ。ウトウトはしたが、五時半頃には起きていたよ」
『なんだ、そうだったんですか。知らないもんで、僕はもう少し…と思って、外を漂ってたんです』
「漂ってたか…。これは他人様では聞けないな、ははは…」
 上山はニタリと陽気に笑い、幽霊平林はニッタリと陰気に笑った。
『それは、そうとして、僕は会社へ現れませんから、このまま、お待ちしましょうか?』
『ああ、そうして貰(もら)うと有難いが…。しかしまあ、霊界へ戻ろうと、このままいようと、どう待つかは君の勝手だがな、ははは…』
「分かりました。世界語メンバーの詰めは、その時に…」
 こうして、二人は夕方にメンバー人選のアイデアを考えることにして一端、別れることにした。

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2013年4月26日 (金)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第五十回)

  幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_7



    (第五十回)

『ああ、そうでしたね。僕も、そのことをお聞きしなきゃなりません』
 双方とも、情報は持っていた。
「君の方は?」
『はい。僕が朝早くから伝えておこうと現れたのは、そのことなんですが…』
「ほう、どんなこと?」
『僕と課長の今後の活動へのアドバイスを霊界番人様、いや、厳密には霊界トップの霊界司様のお言葉なんですがね。して下すったんですよ。で、そのことをお伝えしようと…』
 幽霊平林は早朝から自ら現れた訳を話した。
「霊界番人さんは、どう云ってらしたの?」
『この調子で、あと幾つかを順調に熟(こな)せば、僕は御霊(みたま)に昇華し、課長は元の状態へ戻れる、とのことでした』
「あと幾つか、か…。先が遠いなあ…」
 少し溜息混じりで上山が吐いた。
『いえ、僕達の行いによっては、すぐにでも、という話でした。それに僕は、場合によっちゃ、すぐにでも生まれ変われる、とか云っておられました』
「そうか…。場合によっては、すぐにってこともあるんだな。こりゃ、アグレッシブに、いかにゃならんな」
『はい。そのとおりです』
「私も、君と別れるのは辛(つら)いが、まあ仕方がなかろうな…」
『はあ、僕も課長と別れるのは悲しいですが、いつまでも、この状態は続きませんしね』
「なんか湿っぽくなってきたな。まるで男女の別れ話だ」
 上山が冗談めいて、陽気に笑いながら明るく云った。幽霊平林も返さずに無言で陰気に笑った。二人(一人と一霊)の間に一瞬だが和(なご)みの空間が溢(あふ)れていた。
『新言語で世界が語り始める、というのは、どうでしょう?』
 唐突に幽霊平林が口を開いたのは、それから数分後のことである。

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2013年4月25日 (木)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第四十九回)

  幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_6



    (第四十九回)

 幽霊の身には、待つことも決して苦ではない。そこが人間界と霊界の違うところである。霊界には時の経過という概念がないからだ。幽霊平林が、かれこれ小一時間もプカリプカリと漂っていると、辺りは白々と明け、東の山際の一角に朝陽が射した。
実は、この時、寝室の上山は、もう起きていた。どういう訳か早く目覚めてしまったからだが、ベッドの置時計の針は五時半を指していて、いつもよりか一時間ばかり早かった。また眠るには短い一時間である。上山は、眠くはないものの、そのままベッドに瞼(まぶた)を閉じた状態で横たわっていた。窓から朝陽が射し込み、部屋中を次第に暗闇から解き放っていく。僅(わず)かながらも瞼の暗さが薄らいで、それが感じ取れた。幽霊平林は、その中へ透過しようとしていた。上山はそのことを当然、知らない。時間的なことだけでなく、こちらから呼び出してはいないのだから、幽霊平林から一方的に現れている、とは思っていないからだ。
『課長!!』
「な、なんだ! 君か…」
 スゥ~っと幽霊平林が寝室へ透過したとき、上山は瞼を閉じていたが、もうベッドを出ようとはしていた。だから、急な声には驚かされた格好だ。過去に一、二度は、ある。
「すみません、驚かしてしまいました…」
『だよな…。君の方から現れるとは…』
『思っておられなかった、ですよね?』
「ああ…」
 上山は単に、そう答える以外になかった。それは仕方がない。もちろん、怒ってなどはいない上山だった。
『もう少し遅くても、よかったんですが…』
「だな。こんな早いのには、何かいい候補でも考えついたのかな? こちらは一応、佃(つくだ)教授にお会いしておいたが…」

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2013年4月24日 (水)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第四十八回)

  幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_30



    (第四十八回)

『記憶が残っておれば厄介なことになるのでは…』
『ははは…、そのようなことを心配せずともよいわ。ただちに、とは申さぬが、首が座り、一、二年も歳月を重ねれば、自然と忘れさろうよ』
 幽霊平林は厳かな霊界番人の声を、ひれ伏した平伏姿勢のまま聞き入っていた。
『あの…、ひとつだけ、お教え下さい。課長と僕、いえ私は、今の程度のことを目指せばいいのでしょうか?』
『ああ、そうだ。余り深く考えない方がいいであろうよ。などと云ってはいるが、結論をお出しになるのは霊界司様だから、そうだとは断言しかねるがのう。まあ、儂(わし)の勘じゃて、はっはっはっ…』
 光輪が霊界番人の笑いとともに、幾らか微動したように幽霊平林には思えた。それは、平伏姿勢のまま上目遣(づか)いにチラッ! と見上げた瞬間だった。
『分かりました。課長と、いろいろ考えて、やってみます』
『ああ、それがよかろう。ではのう…。そうそう、これは儂のみの言葉だが、奮闘を祈っておる。わはははは…、どうも情が移っていかん、いかん』
 霊界番人の声は、光輪の眩(まばゆ)さが薄れて上方へ消えていくにつれ、小さくなっていった。
 次の朝、幽霊平林は霊界番人の言葉を伝えようと、上山の家へ現れた。まだ早暁で、辺りは未だ薄暗かった。当然、上山はベッドで寝息をたてていた。幽霊平林に刹那(せつな)、思えたのは、無理に起こすほどのことではない、ということである。過去に、こういうことが何度かあったから、要領みたいなものが備わっている。で、幽霊平林は、しばらく辺りを漂うことにした。時が巡れば、上山も目覚める。態々(わざわざ)、起こして疎(うと)まれる心配もなくなるのだ。スゥ~っと壁を透過して家の外庭へ出ると、やがて明けようとする朱と水色を混ぜたような空に、下弦の月が煌々と輝いていた。

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2013年4月23日 (火)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第四十七回)

  幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_28



    (第四十七回)

「ご謙遜を…。私も滑川(なめかわ)教授と話し合う機会があり、あなた方のことは今じゃ百パーセント信じております」
 佃教授は上山に缶コーヒーを奨めながら、そう云った。
 その頃、霊界の幽霊平林は霊界番人の訪問を受けていた。この、訪問などと表現出来るのは、未(いま)だ幽霊平林が御霊(みたま)の姿に変化出来ない幽体だからで、彼には崇高な霊界の長を迎えるという意識はなく、人間的に訪問される…程度の感覚しかなかったからで、云わば、彼の感性である。
『そなた達の行いは、霊界司様の知るところなれど、なお一層、励めとのお達しがあったゆえ、ここに伝えおく』
 荘厳な霊界番人の声が、眩(まばゆ)い光輪の中より響いて、幽霊平林の耳に入った。
『ははぁ~~!』
 ただただ幽霊平林は平伏するのみである。幽霊の平伏は人間とは異なり、空中で九十度、回転する姿勢である。もちろん、陰の手の幽霊ポーズのままなのだが、今の幽霊平林は、霊界番人に威厳を感じているというより、自分の身の上に不安を抱いている感が強かったから平伏しているのだ。内心は人間的に訪問されている程度の感性だから、これは、ある種の欺瞞(ぎまん)である。
『今日、寄ったは他でもない。その方(ほう)達の人工重力発生装置とやらの発想を霊界司様が、いたく褒めておられたぞ。この調子でいけば、あと幾つかの行いで、いや近々、お許しが出るであろうよ』
『お許しとは、どのようなことに、ございましょう?』
『知れたこと。そなたは御霊(みたま)となり、新たな生を授かるまで、ここを飛んでおる他の御霊と同格になるのよ。そなたの上司とか申す者は元の状態へとたち戻り、そなたの姿が見えなくなる。すなわち、すべてが何も起きておらぬ以前へ、のう…』
『僕…いえ、私の記憶は消滅するのでしょうか?』
『そのことについては、霊界の決めで云えん。まあ、そなた達の行いによっては、上手くすればそなたは、すぐにでも新たな生を授かるかも知れんのう』
『ええっ!!』
 幽霊平林は刹那、驚いた。

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2013年4月22日 (月)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第四十六回)

  幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_27



    (第四十六回)

「上山さん、このスイッチをONにすれば霊磁波ビーム装置のビーム量を、…つまり霊動力の強弱を自由に変えることが出来るんです」
「ほお~、霊磁波ビーム装置って、いつやらマヨネーズへ照射された装置ですよね?」
「ええ、あちらの装置室にある装置です」
「なるほど…。無線LANのようなものですか?」
「はい、まあ…。少しメカニズムは違いますが、そのように考えて下さって結構です」
 佃(つくだ)教授は偉ぶる素振りも見せず、上山へ丁寧に返答した。
「それは素晴しい! 上手くすれば、私は元へ戻れるでしょうね」
「ええ…。首尾よくいけば、の話ですが…」
「といいますと、何か問題でも?」
「いえ、今のところは大丈夫なんですが、副作用が、まったくない、ともいえないものでして…」
「それで今、確認を?」
「はい。最終段階の詰め、というところです」
「そうでしたか。なにぶん、よろしく頼みます」
「ははは…、それが私の仕事ですから」
「いやあ、そうでした」
 二人は顔を見合わせて笑った。
「で、先ほどの正義の味方活動というのは?」
「はあ…、それなんですがね。教授もご存知だとは思うんですが、成果は、それなりに出ておるんですよ。例えば、武器輸出禁止条約の批准とか、世界各地の内戦や紛争が沈静化、消滅したことなどですが…」
「ああ、はい。よく知ってます。それは上山さん達の行動によるものなんですか?」
「いやあ…、行動などと云われりゃ誠に恥かしい限りなんですが…。なにせ、それを実行したのは幽霊の平林君なんですから。私は助言程度のことしか、しておりません」
 上山は少し引いた。

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2013年4月21日 (日)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第四十五回)

  幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_25

    (第四十五回)

「それはそうと、ゴーステン効果はその後、どうですか?」
「いやあ~、お恥かしい。これといって進展はありません」
「そうですか…。せめて霊動力を制御していただければ、私としても希望が持てるんですが…」
「ああ、ゴーステンの霊動力制御ですか? それは、近いうちに、なんとかなりそうなんです。私が申しておりますのは、ゴーステンの実態解明のことでして…」
「なんだ。そりゃ、有難いお話です」
 上山は少し希望が湧いたのか、テンションを上げた。幽霊平林との別れは辛いところだが、元の状態に復帰できれば、それに越したことはない、と上山には思えた。
「その研究は、いつ頃、完成するんです?」
「いや、もう間もなくでして…。今は、最終段階の詰めをしておるところです。君達、上山さんに、お見せして…」
 佃(つくだ)教授が一心不乱に念じ続けている二人の助手に言葉をかけると、助手達は突然、スクッ! と立ち上がって、棚の方へ歩きだした。遠目に見えるのは、棚に置かれた奇妙な物体である。そして、棚から妙な装置らしきものが助手達に持たれて近づいてくるのが上山に見えた。それは、上山と佃教授が座る椅子前の机に、ドッシリと置かれた。
「これが霊動制御装置です」
 佃教授は穏やかな声で、そう発した。
「最新のやつ、ですか?」
「ええ、先ほど上山さんが云われた霊動力制御が出来る装置です」
 その機械の先端には、アンテナと思える金属部分が見えた。
「君達、ちょっと、やってくれたまえ」
 ふたたび佃教授が佃教授が二人の助手に指示した。助手達はコードを延ばし、先端のプラグをコンセントへ接続した。

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2013年4月20日 (土)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第四十四回)

  幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_24

    (第四十四回)

「お久しぶりです、上山さん。その後、どうですか、あの方(ほう)は…」
「えっ? ああ、まあまあ、ってとこです」
 上山が佃(つくだ)教授の研究所を訪れると、教授は入口で出迎えてくれた。教授の助手も、この日は二人いた。
「お二人は、お休みですか?」
「ああ、助手ですか。一人は休んでますが、もう一人は非常勤講師に昇格しましたので、授業をやっております」
「霊動学ですか?」
「いえ、彼は霊動機械学です」
 ほう、そんなのがあるんだ…と、上山は思った。
「教授、その後、なにかゴーステンの関係で分かったこと、ありましたか?」
「ゴーステンですか? あっ! そういや、中位相処理したマヨネーズ効果の、その後を訊(き)いてませんでしたよね? いや、訊いたかな…どうでした?」
「どうでしたって、そんな、あやふやな。あれは効果があり過ぎて、私には危険なので、もう、やってません。平林君が私の目から消えるどころか、すべての人の姿が見えなくなったんですから…」
「そうでしたかね…で、その後は?」
「はあ、まあ、その幽霊の平林君と正義の味方活動を、やっております」
「はあ? 正義の味方?」
「あっ! いや、なに…。ボランティアですよ、ボランティア!」
「ああ、ボランティアですか。それは、ご奇特なことで…。まあ、どうぞ」
 佃教授は歩きながら世間相場の美辞麗句を並べて椅子を勧めた。上山は勧められるままに、その椅子に座った。
 助手達が霊動探知機を前にして、首から数珠(じゅず)をかけながら瞑想している光景は、以前とちっとも変わりがなかった。いや、冥想というよりも一心不乱に念じている…と表現した方がいいのかも知れない。そして時折り、小ノートに何やらボールペンを走らせている。

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2013年4月19日 (金)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第四十三回)

   幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_23

    (第四十三回)

「本当だな。いい先生だよ、実に!」
 上山はテンションを上げて微笑(ほほえ)んだ。
『今回はこれでSF映画が現実になりますねえ』
「ああ…。それにしても、君の如意の筆は恐るべしだ」
 上山はテレビをオフにしながら幽霊平林を天井ぎわへ昇って漂う幽霊平林を見上げた。
『さて、次の目標を決めますか』
「まあ、待てよ。君は君で幾つか候補を考えといてくれ。私は私で考えるから。決めるのは、それらを出し合ってからにしよう。それからでも遅くあるまい」
『はい! そうですね…』
 幽霊平林は素直に肯定した。
「一週間ほど経ってから、また呼ぶよ。その間に佃(つくだ)教授のところも一度、寄っておくよ。随分、ご無沙汰してるし、霊動学研究がその後どうなってるかも興味深いしな」
『そりゃ、いいことです。ゴーステンの霊動探知機では僕も発見されましたからね』
『ははは…、姿を見られちゃ訳じゃなかろうが』
『そりゃ、そうなんでずか…』
 上山は陽気に笑い、幽霊平林は陰気に笑った。
「そういうことだから、今回のやつもあるし、一週間ほどしたらな」
『はい! 分かりました。今回の人工重力発生装置は理論が完成してるんですから、機械による装置の実用化も時間の問題かと思われますしね。それじゃ!』
「ああ…、元気に…じゃなかった。またな!」
 上山は自分の云い間違いに思わず笑えた。元気に、は生きている者同士の別れの挨拶なのである。
 それから二日が過ぎ、上山は佃(つくだ)教授の研究所を訪ねた。滑川教授と違い、佃教授は、いつもいるとは限らないから、事前に会社から電話でアポを取ってからの訪問だった。

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2013年4月18日 (木)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第四十二回)

   幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_22

    (第四十二回)

「一時間前、発表されたリブストン大学のアレン・ストック博士の会見によりますと、スペース・コロニー理論に端を発した発見が新(あら)たにされました。具体的な詳述は学術的見地から避けられたものの、人類に新しい宇宙時代の到来を告げるものとして、実用開発が大いに期待されます」
「んっ? …なんのことだ?」
 上山はアナウンサーの声に耳を澄ませ、画面に見入った。その画面には、字幕スーパーで ━ 人口重力発生装置の新理論発表 ━ とあった。
「おおっ! やったか!!」
 上山は喚声を上げた。
「こりゃ、さっそく平林に伝えないとな…」
 上山の左手首は、反射的にグルリと回っていた。当然、幽霊平林はパッ! と瞬時に現れた。
『課長! …云わないでも分かります! 効果が出たんですね?』
 テレビ画面を見ながら、幽霊平林は興奮ぎみに云った。画面は相変わらず、アナウンサーが人口重力発生装置のメカニズムや詳細を報じていた。アレン・ストック博士の写真や、簡単な図解場面も挿入されながら番組は進行していた。
『これで、ひとつは貢献できましたね』
「ああ…、影ながらも正義の味方たへよ、私達は…」
『ほんの少し、いい気分です』
「だろ? 武器輸出禁止条約以来だよ」
『この程度なら、霊界ストップは、かからないんですね』
「そうだな。今すぐ直接の影響を与えない程度だからな」
『人間の進歩に間接的な介入をするくらいのことはOKなんですねえ』
「まあ、そういうことだろう。私の身も霊界の狭間(はざま)へ行かなくて済むし、安心だよ」
『小さいことか…。滑川(なめかわ)教授も、いいアドバイスをくれましたね』

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2013年4月17日 (水)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第四十一回)

   幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_21

    (第四十一回)

「よし! 世界中の科学者に能力を与えるよう念じてくれ」
『能力を与えるとは?』
「だから、発明、発見の潜在能力を、だよ」
『課長、それだと人工重力以外の分野も含まれますが…』
「ああ、だから人工重力の発明と念じりゃいいじゃないか」
『はい…』
 幽霊平林は訝(いぶか)ったが、上山に従って如意の筆を胸元から引き出した。その後の所作は、いつもと同じである。如意の筆が振られると、幽霊平林はその筆を元の胸元へ戻して挿した。
『終わりました…』
「おっ! ご苦労さん。結果が楽しみだが、いつ頃、分かるかだな…」
『今日、明日という訳にはいかないでしょう。恐らくは一週間、いや、一か月、数ヶ月、一年のスパンで考えねばなりません』
 幽霊平林の言葉は、いつになく妙な荘厳さを含んだ説明口調だった。
「…、そうだな。少し疲れたよ。今日は、これまでにしよう。動きがあれば、こちらから、また呼びだすから…」
『はい。それじゃそういうことで…。僕も結果が楽しみですよ』
「そうだな…。今回はストップが、かからなかったし、今後はこの程度だな」
『ですね。それじゃ…』
 幽霊平林は、いつもの格好よさで、スゥ~っと消え失せた。上山は肩を軽く片手で摘(つま)むと、揉(も)みほぐした。
 結果が表れ始めたのは、それから僅(わず)か四日後だった。上山が、いつものように出勤準備を整え、食事の後片づけも澄ましてテレビをつけた時である。目に飛び込んだ場面はニュース番組で、その最初の世界変化を報じていた。読み上げるアナウンサーの声も、心なしか興奮で震えているように上山には思えた。

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2013年4月16日 (火)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第四十回)

   幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_20

    (第四十回)

「だろ? 現実は、宇宙ステーションを含めて、プカリプカリだわな」
『ええ、それは云えます。1Gの人工重力」を生み出す発見、発明は、されてません』
「私は正に、こういうのがノーベル賞だと思うんだよ。最近の賞の軽いこと、軽いこと。もらった人が悪いとは云わんがな。私の後輩の塩山がもらったTSS免疫ワクチンの開発貢献とかだったら分かるんだがな…」
「塩山さんは偉い方なんですねえ」
「偉かぁ~ないだろうが、まあ稀有の優秀な男であることは疑う余地がない」
『それはともかく、課長のその発想、いいですよ!』
 幽霊平林は久しぶりにニンマリと陰気に笑った。
「だいいち、帰還したあと、機能回復訓練をするそうじゃないか」
『ええ、無重力では筋肉とかが弱りますからねえ』
「そうそう、生理的に無重力ゾーンでの長期滞在は、よくないわな」
『確かに…。僕も課長が云われるとおりだと思います。夢を人々に与えてくれるのはいいんですが、なんか、やってることが上辺だけのような気がしますよね。この発想は、いいでしょう』
「で、だ。そうなると、問題は、どう念じるか、だわな」
『そうなんですよ。少し詰めますか?』
「ああ、そうしよう」
 車が上山の家へ着き、上山はドアを開けて入り、幽霊平林は壁からスゥ~っと透過して入った。その後、二人は居間で詳細の詰めを語り合った。
「結局は、小難しく念じるのは駄目だということか…。シンプルに念じた方が上手くいくと…」
 上山と幽霊平林は、あれこれと内容を詰めたが、どれも帯に短し襷(たすき)に長しで、すべてを纏(まと)めるには決定力に欠けた。人工重力発生装置は、念じたところで即、完成するものではない。要は、科学者へのモチベーションを与えることに尽きた。科学者が俄かに閃(ひらめ)いて機械を開発、設計し、詩作をし、そののち完成させたなら、ひとまず成功したと云える話だった。

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2013年4月15日 (月)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第三十九回)

   幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_19

    (第三十九回)

『それで、どうだったんですか?』
「ああ…、早い話、私と君が目指していたのは、大きな影響を与えることだということさ。大きな影響を与えなければ、霊界からストップもかからないと、こうなる」
「はあ、それはまあ、そうですよね。で?」
「だから、教授が云うには、小さいことから始めれば、問題はないだろう、ということなんだ」
『…、なるほど、そういうことですか』
 幽霊平林は、上山に軽く丸め込まれた。
「そこで相談なんだが…。教授のヒントを踏まえて、これから、どうするかだが…」
『小さいことは、いろいろありますからねえ。ボランティア的なことも含めれば、種々雑多ですよ』
「そうなんだが…。何かコレ! ってのは、ないか?」
「訊(き)くばかりじゃなく、課長も考えて下さいよ」
「ああ…」
 一時停車し、二人は癖になった腕組み姿勢で考え始めた。
『宇宙方面で何か、いいのありませんか?』
「宇宙と幽霊じゃ、コントラストが、きつ過ぎるんじゃないか?」
 上山は笑いながら云った。
『ああ…! 課長は、いつも茶化すんだから…』
 幽霊平林は膨れて不平を吐いた。
「すまんすまん…。宇宙か…。そういや、SF映画じゃ宇宙船の中でプカリプカリ浮かんでないよなあ」
 上山は幽霊平林を、じっと見つめた。
『…僕を見て云わないで下さいよ。僕は幽霊なんですから、浮かんでいて当然なんです』
「いや、いやいやいや、そういう意味で君を見た訳じゃないんだ。マジで、そう思えたからさ」
『…そういや、そうですね。SF映画じゃ、無重力って設定されてません』

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2013年4月14日 (日)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第三十八回)

   幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_18

    (第三十八回)

「ありがとうございます! 貴重なご意見、感謝致します。今日、教授を訪ねてよかったですよ」
「そうかあ? なら、いいがのう…」
 その後、しばらく世間話や佃(つくだ)教授のその後のことを訊(き)いたりして、上山は時を過ごした。教授の研究所を出ると、すでに昼間になっていた。上山はこの時、はじめて空腹に気づいた。外食は滅多としない上山だったが、この日は妙な具合に耐えられないほどの空腹感に苛(さいな)まれ、滑川(なめかわ)研究所近くの中華飯店へ駆け込んだ。急いで頼んだラーメンや餃子を食べると、やっと腹も満たされ落ちついた。すると、先ほどの滑川教授が云った言葉が上山の脳裏を過(よぎ)った。
━ ひとつ云えることは、小さいことから始めりゃ、苦情は出ないだろう、ってことだな… ━
 上山は、幽霊平林を店を出たら呼び出そうと思った。
 店を出た上山は、歩きながら左手首をグルリと回した。幽霊平林を呼び出す常套手段である。当然ともいえる早さでパッ! と幽霊平林は格好よく湧いて出た。
『どうでした? 教授は』
「ああ、上手い具合に、いいヒントを下さったよ。さすがは心霊学の権威者だけのことはあるな」
『ど、どんなことです? 早く聞かせて下さいよ』
 上山は歩きながら話し、その横を幽霊平林はスゥ~っと流れるように移動している。上山は、チラッ! と横を垣間見て、楽そうでいいなあ…と一瞬、思った。
「まあ、そう急(せ)かすなよ」
 上山が俯(うつむ)きながらボソッと漏らすと、もう元の駐車場へと来ていた。中華飯店が駐車場からそう遠くない距離にあった、ということもある。車が発進し、上山はハンドルを自宅へと切った。幽霊平林も車内でプカリと浮かびながら助手席で漂い、しばらくは両者とも無言だった。

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2013年4月13日 (土)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第三十七回)

   幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_17

    (第三十七回)

「ほう…、何をされた? 実に興味深い話だ。どんな暗示かね?」
「いや、暗示というより、私の身に危険を及ぼした、と云った方がいいでしょう。分かりやすく云いますと、私をゴーステンの時よりさらに一歩、霊界の狭間(はざま)へ近づける暗示をしたのです」
「そりゃ君! 危険じゃないか。下手すりゃ、完璧に君は死んじまって霊界入りだな」
「はい、そうなんですよ」
 上山は、少し事の仔細が話せたので落ちついてきた。
「で、今日は、どういう用件で?」
「ええ、それなんですが、今云いましたように、私と平林君が活動危機になってるんですが、教授に何かいいアイデアはないかと、ご相談を…」
「ふ~む。しかし、命じたのは霊界のお偉方で、そうなるのを妨(さまた)げるというのも霊界のお偉方だというところが、今一つ、私には分からんのう」
「はあ、それは如意の筆のせいなんです」
「如意の筆? なんだね、そりゃ?」
「はい、幽霊の平林君が霊界番人さんから授かった霊験あらたかな筆なんです。荘厳な霊力を有し、願ったことは叶う、というもの凄い筆なんです」
「その筆のせいで、君達の活動が危機だと…」
「はい! 事情は先ほど話したとおりなんです。私もこの世に未練は、まだまだありますから、アチラへは…」
「だよな。ははは…」
 滑川教授は呑気に、また笑った。そして、「いや、失敬!」と、すぐに謝った。
「どうでしょう。何か手立ては?」
「そうだな。ひとつ云えるのは、小さいことから始めりゃ、苦情は出ないだろう、ってことだな。武器輸出禁止条約だって、ニュース的に大きいと云やあ大きいが、直接、人類がどうこうなる、ってことでもない。もちろん、効果は絶大なんだろうがな。そういうやつを活動の軸にすりゃ、どうかね?」

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2013年4月12日 (金)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第三十六回)

   幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_16

    (第三十六回)

「滑川(なめかわ)教授か…。そういや、ゴーステンのとき以来、お会いしてないな。そうしようか…」
 ようやく二人(一人と一霊)の話に結論が出て、この日は解散となった。
 上山が滑川教授の研究所を訪ねたのは、その二日後である。丁度、田丸工業が創業記念日でオフだったから、都合よく休めたのだが、教授にアポを取らず、直に訪れたから、果して教授がいるかどうかは不透明だったが、幸いにも教授は以前とちっとも変わらず存在していた。
「おおっ! 上山君か、久しいのう。なんだ! 何か急用かな? 電話もかけず、やって来るとは…」
 相変わらず薄汚れた研究所で、教授は霊動探知機の針に目を凝らしながら、そう云った。
「いやあ、急用じゃないんですが…。近況報告を兼(か)ねまして…」
 近況報告という訳でもなかったのだが、上山はお茶を濁してそう云った。
「どうだい、その後、幽霊君の調子は?」
「はあ、平林は変化なく幽霊のままです。私も変化なく彼が見えてます」
「なんだ! それじゃ、ちっともゴーステンの効果がないじゃないか!」
「いや、教授。それは違います。ゴーステンの霊磁波を受けたマヨネーズで、私は霊界との狭間へ迷い込んだんですよ。周りの人の姿は見えなくなるしで大変でした。あのう…、この話は、しましたっけ?」
「いや、どうだったかな。忘れちまったよ、ははは…」
 この日の教授は、どういう訳か頗(すこぶ)る機嫌がよかった。
「今、私と平林は、地球上で正義の味方活動をやっております。これも云いましたか?」
「んっ? さて、どうだったか。歳を取ると、忘れっぽくなっていかん。ははは…」
 滑川教授は、ふたたび豪快に笑った。
「その後は武器売却禁止条約を…。これも?」
「いや、聞いたかも知らんが、もういい! ごく最近の話だけ聞こう!」
「すみません。で、今は活動危機に陥ってるんですよ。というのも、私らの与える影響が余りに大きいので、霊界の方で私にストップをかける暗示をしたんです」

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2013年4月11日 (木)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第三十五回)

   幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_15

    (第三十五回)

『長居は、すまい…。もうちと熟慮して事をなせ! ではのう…。数分後には、そなたの上司、元へ戻るであろうよ…』
 それだけを云い残すと、霊界番人の声は途絶えた。
「なんだって!?」
 上山にすれば気が気ではない。自分の身が危ういのだからそれも当然で、声もどことなく、か細く不安げだった。
『大丈夫です、課長。数分経てば、戻るとのことです』
 それを聞いて、上山はフゥ~っと安堵(あんど)の溜息を一つ吐いた。事実、そのとおり、上山の狭間異変は数分後に解かれ、元どおりの人間界へと移行した。上山にも戻ったことは、辺りの景観がカラフルなので分かった。
「やれやれ、だよ。うっかり、結論は出せんぞ、こりゃ」
 上山は、自分の声が霊界へ伝わってることに気づき、辺りをキョロキョロと見回しながら云った。
『そう神経質になることはないと思うんですが、軽々しく念じられないのは確かです』
「そうだな…。私と君の地球への影響力は、余りに大き過ぎるということか」
『はい…。まあ、この如意の筆を僕が持っているから、ということでしょう。これが、なければ、そう大したことは出来ないですよ、僕と課長は』
「…だな」
 上山は冷静になろうと腕組みした。当然、幽霊平林も追随する。このパターンは、二人の間で、いつの間にか定着していた。
「私と君とで出来た具体的成果は、武器売却禁止条約だけだな…」
『いや、課長。他にもアフリカ等の内乱、紛争をなくしましたよ』
「ああ、あったあった! 今となっては遠い昔か…」
 上山にしては珍しく、弱音をひとつ吐いた。
『そうだ! 一度、滑川(なめかわ)教授に会われれば? 何か、いいアイデアが浮かぶかも知れませんよ。それに、あれでどうして、教授は想定外のお話もされますから、参考になるかも、です』

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2013年4月10日 (水)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第三十四回)

   幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_14

    (第三十四回)

「食糧増産は飢餓に喘(あえ)ぐ民族の救いにもなるしな。ただ、地球に生存する人間すべての発想をそうするとなると難しいぜ」
『衣食住は人類に不可欠ですが、今は食が弱ってる時代ですしね』
「そうそう…。有る地域にはあるが、無い地域にはない。総じて、足らんな。世界人口は増加の一途を辿(たど)っているが、食糧自給率は各国とも低下傾向だそうだからな」
『まあ、如意の筆の荘厳な霊力なら、この程度のことは容易(たやす)いでしょうが…』
「そうだったな。霊界のお偉方がお認めなんだろうから、大丈夫だろう。どれ、念じる内容を纏(まと)めるとしようか」
『はい…』
 二人(一人と一霊)は、世界の産業構造の発想転換を大命題において考え始めた。その時、急に激しい震動が起こり、上山は立ち上がった。
「おい! 真っ暗になったぞ!! 君!」
『えっ!! どうしたんです、課長!』
 上山の眼前は、いつやらと同じように暗闇に閉ざされていた。震動は、すぐ止まったが、辺りは灰色の、色彩が消えた世界に変化していた。
『霊界の意志が、また示されたようです…』
 幽霊平林の声も、少し震えていた。興奮のためか、青火も頭上に蒼白くポワ~っと灯り、漂い方も、いつもの穏やかさは失われていた。
『そのとおりじゃ! お前達の考えは軽はずみで、いかん。霊界司様も、いたくお嘆(なげ)きのご様子じゃったぞ』
『いつぞやと同じく、やめよと?』
『そうじゃ。人間界が乱れることを、のめのめと看過出来ぬと仰せでな。この儂(わし)にお命じになったのよ』
 この声は幽霊平林には聞こえていたが、この前と同様、上山には、まったく何も聞こえていなかった。

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2013年4月 9日 (火)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第三十三回)

   幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_13

    (第三十三回)

「出来るだろうかね?」
『如意の筆の霊験なら、何の問題もないとは思うんですが…』
「ですが…とは?」
『ええ、念じ方が問題になると思うんですよ。詰めないと…』
「ああ、そりゃそうだな。少し考えようや」
 そういうと、腹が空いたのか、上山は立って厨房の方へ移動した。当然、幽霊平林も、あとを追う。
『地球語とかは、どうなんでしょう。世界が一つに結ばれますよ』
 幽霊平林が思いついたように唐突に云った。
「あっ! 地球語か…。いつやら、私の後輩の塩山も、そんなこと云ってたなあ」
『例のノーベル賞の?』
「ああ、元大臣で社長の後輩だ」
『課長は、それほどでも…なんですがねえ?』
「ははは…、やかましい! 大きなお世話だ」
 上山は大笑いしたが、すぐ、「しかしそれも、内容としては、いいかも知れんぞ…」と、加えた。
『じゃあ、地球語に的(まと)を絞りましょうか?』
「…、でもなあ。奴の真似っていうのも、どうかと思えるしなあ。奴に迷惑はかからんが、やめよう。私達はオリジナルを考えようや、オリジナルを!」
『はい…。僕は、それでいいんですけどね。コレッ! てのは、ありますかね?』
「世界の人々の発想を機械から自然へ戻す…ってのは、どうだろう?」
『産業構造を、ですか? 多次から一次産業に回帰すると?』
「ああ…。田丸工業は、さっぱりになるがな、ははは…。簡単に云やあ、文明からの脱却だわな」
『それだと、食糧増産とか地球環境回復にも繋(つな)がりますしねえ…。そりゃ、いい!』
「人類は文明進歩を一端、止めて、真摯(しんし)に地球と向き合う必要があると思う。これだけ文明が進歩すりゃ、そういう時代って、あっていいんじゃないか?」
『ええ…』

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2013年4月 8日 (月)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第三十二回)

   幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_12

    (第三十二回)

「本格的に考えないと、私の身も危ういからなあ。実は、社長に会って、会社を辞めさせてくれと云ったんだよ」
『ええっ! それで?』
「結論から云やあ、慰留されて、撤回したんだがな…」
 上山は事の仔細を話した。
『まあ、よかったですよ、辞められずに。課長が辞めりゃ、なんか、僕の責任みたいになりますしねえ』
「そんなこたぁ~ないがな…。しかし、私が身の危険を感じないでも済むような、いい発想はないかなあ」
『僕と課長、割りと、いい線までいってるんですけどねえ』
「そうだよなあ~。武器売却禁止条約を世界各国に批准させたんだからなあ。並みの大統領や首相以上だよな」
『ええ、それだけでも充分、ヒーローだと思うんですよ、僕は』
「ああ…。私と君は多くを期待し過ぎたのかも知れん」
『そうです。地球環境とか独裁者とか云ってきましたからねえ。霊界のトップは、その辺りがカチン! ときたんですよ』
「余り調子に乗るな! ってか?」
『ええ、そんなとこだと思いますよ』
 二人は自己反省から、やり直しの発想を探っていた。
『課長! 環境と独裁者は一端、白紙にしましょうよ』
「いや、そらそうだよ。私も白紙で考えてるよ。なにせ、待った! が、かかったんだから」
『ですよね…』
 二人(一人と一霊)は、また意気消沈して黙り込んだ。
「そうだ! 世界中の難病撲滅ってのは、どうだろうな。これが出来りゃ、正に正義の味方だぜ」
『エイズ、癌、それにウイルスとかの病気ですか?』
「ああ、抗生物質が効かない結核とかもあるしな」
『まだまだ今の科学では治らない病気があるんですよね』

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2013年4月 7日 (日)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第三十一回)

   幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_11

    (第三十一回)

「そりゃ大変だ! 君としては生死にかかわるな。仕事の失敗どころの話じゃない」
「はい…」
 その時、ウエイトレスが注文のコーヒーとミルクティを運んできた。田丸は、そのミルクティを一気に半分ほど飲み干した。やや狼狽していたということもあったが、上山以上に興奮している感は否めなかった。カップとレシートを置いたウエイトレスが未だ下がる前だったから、瞬間、そのウエイトレスはギクッ! と、たじろいだ。
「上山君! 社長の私だから云うんじゃないが、それはやめた方がいい。今までだって死んだ平林と上手くやってきたんだろうが。何かいい手立てがきっとある。それを試してからでも遅くはあるまい」
「はあ…、それはまあ」
 上山はコーヒーを少し啜って曖昧に暈した。
「これからの君だ。人生、棒に振るなそんな気にさせるのは罪だなあ、誰か知らんが…。ろくな者(もん)じゃなかろう」
「いえ、それは私が悪いんです」
「いや、それは違うぞ、上山君。君が悪いんじゃない」
 二人は少し興奮しだしたが、馬鹿らしい自分に気づいたのか、互いに押し黙った。
 結局、キングダムを出る頃には、上山が引いて二人の問答は終結した。上山も田丸に止められるうちに、自分の誤りを自覚したからである。
 田丸に丸め込まれた格好で帰宅した上山は、今後の方針を…と、あれこれ思い倦(あぐ)ねた。着替えも、そこそこに、、グルリと左手首を回した上山は、いつの間にか幽霊平林を呼んでいた。幽霊平林は、パッ! と格好よく現れた。 
『課長! 何か浮かびましたか!?』
「いや~、そうじゃないんだがな。君の方はどうだ?」
『今のところ、僕の方は…』
 幽霊平林は口を濁した。

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2013年4月 6日 (土)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第三十回)

   幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_10

    (第三十回)

 そんな生半可な仕事をしているうちに昼となり、やがて退社時間となった。上山の心の中には、一日の中で漠然と考えた一つの発想が次第に具体化しつつあった。上山の足は、どうしたことか社屋の外へは向かわず、社長室へ進んでいた。その社長室へ上山が入ろうとしたとき、入口ドアを出ようとしていた田丸と、ばったり鉢合わせした。
「おっと! なんだ上山君か。どうかしたのかね? 私は今、帰ろうとしとったんだが、何か用かね?」
「いえ、ちょっと社長に云っておこうと思ったもので…。私、退職させてもらえないでしょうか!」
「なんだ、藪から棒に! 驚くじゃないか…。まあ、歩きながら話そう」
 上山の思いつめたような眼差しに、田丸は幾らか、たじろぎながら宥(なだ)めた。

 田丸の勧(すす)めで、二人は会社前の喫茶・キングダムへと入った。ウエイトレスが注文を訊(き)いて下がったあと、田丸が急(せ)くように話しだした。
「辞めるって、それは聞き捨てならんぞ。何かあったのかね? 仕事のトラブルとか…」
「いや、そうじゃないんです。社長もご存知の平林君絡(がら)みの話なんですよ」
「君が見えるという、死んだあの平林君関連かね」
「はい、その平林君絡みで…」
「詳しいその後の事情は分からんが、余り人前で素(す)に話せん話だわなあ…」
 田丸は上山と幽霊平林の経緯(いきさつ)を知る唯一の人間であった。
「ええ、この前、少し霊界のお偉方のことをお話ししたと思うんですが、その霊界番人という存在のご命令で、私と平林君のやろうとしたことにストップがかかりまして…」
「おお、地球温暖化阻止とか云っておった事案だったな、確か」
「はい、そうです。そうしないと、私の身が危ういのです」
「危ういとは?」
「私の身が人間界と霊界の狭間(はざま)へ閉じ込められる危険性があるのです。現に一度、警告のように閉じ込められました」

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2013年4月 5日 (金)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第二十九回)

   幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_9

    (第二十九回)

 列車が駅構内へ静かに止まると、上山は、「水、清ければ魚、棲(す)まず、か…」と、呟くように吐き捨て、座席を立った。
 その日は仕事が手につかない上山だった。幽霊平林とこれから何をすればいいのか…と、このことばかりが頭を離れない。
「課長! どうかされたんですか?」
 上山が課長席に座り、ふと我に帰ると、目の前には岬が立っていた。
「んっ! ああ、岬君か。何だね?」
「いや、いつでもよかったんですが…。妻が課長に、よろしくと云っていたもんで、忘れないうちに云っておこうと思いまして…」
「おお、そうか…。元気かい、亜沙美君、いや奥さんは?」
「はい、お蔭様で…。育児が大変ですが、頑張ってるようですよ」
「ほお、それはよかった…」
 上山は、幽霊平林とのことなど、すっかり忘れていた。
 岬が自席へ戻ったとき、上山は、ふと時計を見た。知らない間に十一時は、もう疾(と)うに過ぎていた。その時、上山の心に、考えるでなく、ある想いが巡った。人はなぜ機械を使うのか…。もちろんそれは、人が快適で便利な暮らしを育(はぐく)むためのものである。だが、今の世界の趨勢(すうせい)からして、果してそれが快適な暮らしを育むことになっているのだろうか…と。怠惰になるだけの、快楽を得るためだけの、自然を破壊するためだけの…道具になり下がっていはいないだろうか…と。だとすれば、人間はそれに気づき、地球上、唯一の考える葦として、全生命を代表する責務を果たさねばならないのではないか。霊界のお偉方が云っていた社会悪を滅するとは、正にそれではないだろうか…と。上山の思考は巡っていった。だから、机上のやっている仕事は形ばかりで、決裁印も無意識で押していた。

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2013年4月 4日 (木)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第二十八回)

   幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_8

    (第二十八回)

「いや! それは、やめておこう。奴は奴だからな。迷惑はかけられん」
『その人は、元大臣でノーベル賞をとられた方じゃ?』
「ああ、そうだ。国民栄誉賞とかもな。今や名誉町民で、社長らしい」
『そんな偉い方なら、ましてや、ですね』
「ああ、そういうことだ。やはり、私達で考えよう」
『はい…』
 二人は、ふたたび押し黙り、考え始めた。
その後は結局、一時間ばかりが経過したが、これというアイデアは二人とも浮かばず、その日はお流れとなった。上山が、いいアイデアが出れば呼び出すということで二人(一人と一霊)は別れたのだが、非常に難易度が高い問題を解く感覚にも似て、二人にはまったく目星がついていなかった。
 次の朝、上山はいつもと同じ様に田丸工業へ出社し、幽霊平林は霊界の住処(すみか)で霊界万(よろず)集を前に熟考しながら漂っていた。上山は上山で通勤中もいいアイデアはないかと模索していた。この日は車を駐車場へ置き、態々(わざわざ)、時間がかかる電車で会社へ向かうくらいだった。すんなりと車で行けば事足りるのだが、時間をかけた背景には、運転の要を避け、神経を集中させたい思惑があったのである。
 霊界番人が云う無の社会悪、すなわち社会正義とは、ある意味、善を押し通す心の偏見ではないのか…と、電車に揺られながら上山は思った。人間は黒くもなく白くもなく、悪でもなく善でもない、その融け合う妙味ではないのか…と。どちらも極まれば、それはそれで間違いとなり、すべての人間が受け入れられないものになるに違いないと、また上山は巡った。云わば、人間の世界は適度な灰色で成立していて、その明度の限界値を越えれば、人はそれを社会悪として罰するのだと…。そう思いつつ、ふと上山が列車窓の風景に目を遣(や)れば、早や、降りる駅が近づいていた。

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2013年4月 3日 (水)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第二十七回)

   幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_7

    (第二十七回)

『ああ、そうでした。課長の身が危うい』
「危うくはないんだろうが、不安だ」
『何をゴチャゴチャお前達は云っておるのだ。…まあ、そういうことゆえ、お前達の今後の行いが改まったと霊界司様がお認めになれば、自然とその者の状態は元に戻るであろう』
『はは~っ!!』
 幽霊平林は、ふたたび頭を地につける土下座の仕草を空中に漂いながら始めた。
『では、儂(わし)は行くゆえ、新しき手立てを考え、世の社会悪をなくせ』
『はは~っ! 社会悪をなくします』
 幽霊平林は相変わらず土下座姿勢のまま浮かんでいる。彼がここまで低姿勢なのは、このまま幽霊として成仏できないとどうしよう…という恐怖が付き纏(まと)っていた。
 霊界番人の声が遠退(の)いて途絶え、光の筋が消え去ったあとも、しばらく二人(一人と一霊)は、そのままの姿勢を崩さなかった。霊界番人が去ったあと、漂いながら無言を続けた幽霊平林と固まって座る上山だったが、二人とも今後のことは少なからず考えていた。
「まず、方法を考えんとな…」
『ええ…、温室効果ガスも独裁者も駄目ってことで…』
「ああ…。そうだ! 私の後輩に塩山という男がいるんだが、話してみてもいいな。奴は私と同じ大学出で、時間研究とか心霊研究とか、いろいろやってた風変りな男でな」
『時間と心霊研究? なんか、僕達の周りには妙な人物が多いですね』
「ははは…、私達の存在自体も不気味で妙だぜ。まあ、君が云うとおり、霊動学の佃(つくだ)教授、心霊学の滑川(なめかわ)教授なんかもいるからなあ…」
「その人に一応は相談してみて下さいよ、一応は」
 幽霊平林は塩山のことを、まったく知らなかったので、お茶を濁した。

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2013年4月 2日 (火)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第二十六回)

   幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_5

    (第二十六回)

『安心して下さい、課長。今の状態は霊界司様のご命令で霊界番人様がなされたことのようです。念力を解けば、すぐ元へ戻ると申されております』
「なんだ、そうか…。それを聞いて少し安心したぞ。しかし、なぜそんなことを?」
『はい。今、訊(き)いてみます』
『訊(たず)ねずとも、聞こえておるわ。知れたことじゃ。その方達がしようとしておることを止めるためよ』
『えっ? そんなこともご存知なのですか?』
『至極、当然の話よ。いつぞやも申したであろうが。儂に不可能なことは、何一つとしてないと…』
 霊界番人の声が、幽霊平林の耳に厳かに流れた。
「なんだって?」
『僕と課長が、これからしようとしていることを止めるためだって云われます』
「これから私と君がしようとしていること? …って、独裁者と温暖化のことだな…」
『そうよ。この上山という男には分からんだろうが、それをなすことは、この星を死滅させることになるゆえ、止めたのよ』
『…と、申されますと?』
『まだ分からぬか。如意の筆には荘厳な霊力が宿っておると申したではないか。その筆は、すべてが可能となるのじゃ。よって、正しく使えば陽となるが、誤れば陰となる。すなわち、その陰は、この星の死滅よ。死滅は人間ばかりか地球上に息づく全生命の絶滅を意味する』
「なんて云ってんだ? いや、云っておられるんだ?」
『僕にも訳は分かりませんが、お話では地球の危機となるようです。この筆を使えば…』
 幽霊平林は胸元に挿(さ)した如意の筆を指先で引き抜くと、上山の方へ示した。それを見て、「なるほどなあ…」と上山は、すぐひと言、返した。
『どうします、課長。方針転換しますか?』
「しますか? って、せざるを得んだろう、君。このままじゃ、私はどうなるんだ」
 上山は不満げに幽霊平林を見た。

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2013年4月 1日 (月)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第二十五回)

   幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_4

    (第二十五回)

「霊界番人様? …私には何も見えんぞ、君!」
 上山は鋭い声で云った。
『課長には聞こえません。ただ、僕にもそのお姿は見えてません』
「なんだ、そうか…。しかし、この私は、どうなったんだ。君、訊(き)いてみてくれよ」
 上山は少し不安げな大きめの声で幽霊平林に云った。
『あの、課長はどうなったんでしょう?』
『おお、そこの人間界の者か。確か…なんとか申したのう』
『上山です。上山課長です!』
『そうじゃったな。その者は、お前の姿が見えるはずだったが…』
『はい! そうです』
『結論から申せば、今、その者はいつぞやと同じ人間界と霊界の狭間(はざま)にある。いや、いつぞやよりは、もう少し霊界に近いじゃろうのう』
『それは、なぜ?』
『今回は儂(わし)が霊界司様のご命令で、したことじゃ。ゆえに、儂が念力を解けば、すぐさま元に戻れるから安心せい、と伝えよ』
『ああ、よかった…』
 幽霊平林は、それを聞き、ひとまず安心した。
「何が、よかったんだ、君?!」
 安心できないのは上山である。
『あっ! こっちの話です、課長。すいません。霊界番人様のお話によれば、課長の今の状態は、霊界と人間界の狭間にある、ということです』
「いつやらあった、あの状態か?」
『いえ、あの時よりは、もう少し霊界に近いそうです』
「なんだって! 私はどうなるんだ、君!」
 上山は興奮しだした。

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