« 2013年4月 | トップページ | 2013年6月 »

2013年5月

2013年5月31日 (金)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第八十五回)

 幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_19



    (第八十五回

「なんだ、そうか…」
 上山は歩きながらチラリと右横を見た。しかし、やはり幽霊平林の姿は確認出来なかった。暗闇に幽霊の声なら、フツーは最大の恐怖を感じ怖(おそ)れ慄(おのの)くが、今の上山は普段と少しもメンタル面の変化がない。
「やはり、もう見えんな…。ところで、君の方は自分の姿が見えてるのか?」
『はい…。いつぞやは一度、消えましたが、どういう訳か今は…』
「どういう訳って、それもすべて、霊界トップのなす業(わざ)だろ?」
『ええ、たぶんそう思います…』
 幽霊平林は少しトーンを下げてそう云った。その声が暗闇の中から上山の耳へ寂しく届いた。
「君を呼んだのは、他でもない。滑川(なめかわ)、佃(つくだ)の両教授に、私の記憶が消えることを云っておいた一件だ」
『ああ、そのことですか。それは云っておかれた方が無難でしょう。すでに僕の姿が見えなくなってられるんですから近々、僕は御霊(みたま)へ昇華すると思われますので…』
「第一段階だな。そうなりゃ、君とはもう話せないのかい? その辺はどうなんだ?」
『いやあ~、それも訊(き)いてないんで分からないんですが、たぶん、第二段階までは大丈夫かと思われます。それ以降は確実にお別れなんでしょうが…。恐らく、課長の記憶が飛ぶのもその頃かと…』
「なんか、もう少し話しておくことがあったような気がするが、いざそうなると分かると案外、浮かばないものだな」
『はい、僕も、そうです』
 二人(一人と一霊)は歩き、そして流れた。ただ今迄と違う点は、上山が一人、歩いている姿のみが上山の視界に入っていることだった。話している間はその感覚はなかったが、いざ会話が途切れると、その思いは上山の中で俄かに増幅されるのだった。…

|

2013年5月30日 (木)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第八十四回)

 幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_18



    (第八十四回

「…霊界番人さんに、霊界司さんですか?」
 佃(つくだ)教授はボールペンを手にすると、メモ用紙へ筆記し始めた。
「いやあ、これは平林から聞いたことで、私が直接、出会った存在ではないんですが…。まあ、彼が云うには、そういうことらしいんです」
「ははは…、そりゃそうでしょう。上山さんは、まだこの世の人なんですから…」
「ええ、まあ…。霊界と遣(や)り取りする存在なら死んでますよね、ははは…」
 二人は顔を見合せると、大笑いした。
 上山が佃教授の霊動学研究所を後にしたのは、それからしばらくしてで、すでに夕方近くになっていた。すっかり遅くなったと思ったとき、ふと朝から何も食べていないぞ…と、上山は思った。それと同時に、激しい空腹感が上山を苛(さいな)んだ。上山は堪(たま)らず、近くのファミレスへ走り込んでいた。もう何でもいいから口へ投げ込みたいような極端な衝動にかられるほどの空腹感があった。しかし、さすがにウエイトレスには適当に持ってきてよ、とは云えず、出されたメニュー書きを軽くめくり、目についたビーフシチューとライスをオーダーしていた。よく考えれば、カツカレーの方がよかったぞ…と、ウエイトレスが後ろ姿を見せて遠退いたとき、さもしく思えた。このタイミングで幽霊平林を呼ぶのも憚(はばか)られ、食べ終えてからにしようと改めて上山は思い直した。
 ファミレスを出ると、すっかり外は暗くなっていた。今ならいいか…と、尋常の者ならゾッ! とするようなことを思い、上山は左手首をグルリと回した。すると、当然のように漆黒(しっこく)の闇へ幽霊平林がスゥ~っと格好よく現れた。ただ、上山には、すでに幽霊平林の姿が見えなくなっているから、どこに現れたのか迄は確認できなかった。
『課長、僕です…』
「おお! そうだろう…。どこだい?」
『課長の右横ですよ』

|

2013年5月29日 (水)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第八十三回)

  幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_17



    (第八十三回

「ははは…、気にしないで下さい。この霊動学研究所では、この数珠(じゅず)姿がフツーですので…」
「何か、見えない念力パワーとかオーラとか、ですか?」
「霊動は集中力を必要としますから、ある意味、雑念を取り払うためです」
「と、いいますと…」
「上山さん。電波や電気の類(たぐい)と同じですよ。目には見えませんが、私達の周りには様々な見えない電波、磁波が飛び交ってます。同様に霊動もしている訳です。だから、自分の霊波が、それらの影響を受け、雑念を発生させないために、かける訳です。こうすることで雑念を払拭できるんですよ」
「それって、ただの数珠ですよね?」
「いえ、これは特殊加工したゴーステンの玉で出来ているんです」
「ほう、特殊加工した…。そうでしたか」
 上山は佃(つくだ)の姿に呆気(あっけ)にとられ、否定も肯定も出来なかったから、ただそう返した。
「で、先ほどのお話ですが、大まかは理解しました、ご安心を。しかし、貴重な霊体験をされているあなたの話を聞けなくなるのは残念ですね。まだまだ、お訊(たず)ねしたいことがあったのですが…」
「はあ…、私も残念です。だいいち、死んだ部下の平林と、もう会えなくなるのは辛(つら)いです。まっ! 記憶がまったくなくなれば、その辛さも、なくなるんですが…」
「それは、いつ頃なんですか?」
「いえ、それは私にも分からないんです。すべては、霊界トップの意向次第なんですよ」
「そうなんですか?」
「ええ…。あっ! これだけは忘れないうちに教授にお話ししておきましょう。教授の霊動学の資料にもなるでしょうし…」
「はあ、それはどういうことでしょう?」
「霊界トップと私が申しますのは、霊界には霊界番人と呼ばれる偉い方、…偉い方という云い方もなんなんですが…。まあ、とにかく、そういう存在がおられ、さらには霊界を取り仕切る霊界司と呼ばれる存在が、その上におられると、まあ、そういうことです」

|

2013年5月28日 (火)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第八十二回)

  幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_16



    (第八十二回

「ああ、なるほど…。記憶が消えたあとじゃ、私も上山さんとこんな話は出来ませんからねえ」
「ええ、そういうことです。よろしくお願いします」
「分かりました。まあ、お願いされるほどの話でもないんですが…」
 二人は顔を見合せて軽く笑った。
「さてと…。これで何が起ころうと安心できます」
「ところで、その幽霊さんの調子は、どうですか? 死んだ方に調子と云うのも、なんなんですが…」
「ははは…、平林ですか。彼の場合は、私と違って大変化ですよ」
「と、いいますと?」
「なんでも二段階アップなんだそうです」
「二段階とは?」
「ええ、私も詳しくは分からないんですが、なんでも一段階アップで幽霊から御霊(みたま)に、さらにもう一段階昇って生まれ変われるということらしいんです」
「生まれ変われる?」
「はい、そうです。霊魂が新しい身体を持って胎内に宿るということだそうです」
「妊娠した女性の身体に宿る、ということですね?」
「ええ、まあ…。らしいです」
「いや、このお話は、霊動学者の私としては非常に貴重です。なるほど…。そういう…。ああ、これは今、研究中の課題に大いに参考となる材料です。有難うございました。ふ~む、そうか…、なるほど!」
 佃(つくだ)教授は一人で納得して悦に入った。
「はあ…」
 上山は佃教授の言葉が解せぬまま、訝(いぶか)しげに頷(うなず)いた。佃教授は、さも当然のように、机上に置かれた長数珠(じゅず)を白衣の上に首からかけた。上山の目には、その姿が少し奇異に映った。

|

2013年5月27日 (月)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第八十一回)

  幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_15



    (第八十一回

「ああ、ゴーステンの幽霊のお方ですか?」
「はい、中位相マヨネーズを渡した、死んだ私の部下です」
 上山は、話を続ける都合上、素直に応答した。
「それで…」
「はい、実は私がその平林という部下の姿が見えるって云ってましたよね」
「ええ…。それで、中位相処理のマヨネーズでしたよね。効果があり過ぎたようですが…」
「そうです。それが、今は、もう見えなくなってるんですよ。声はまだ聞こえるんですが…」
「って、どういうことですか?」
「実は、この話は滑川(なめかわ)教授にもお話ししたんですが、霊界トップの意志らしいんです」
「えっ? 益々、分からないですが…」
「いやあ、私達の活動成果が認められた結果なんですが…」
「そうそう! 上山さんの話は滑川教授とも話してたんですが、すごいじゃないですか!」
「有難うございます。一応の成果というか、そんなのはあったようなんですが…。まあ、すべてが如意の筆の力なんですがね、ははは…」
 上山は笑って暈(ぼか)そうとした。
「いやいや、大したもんです。まさか、世界が平穏になるなどとは思いもしてませんでしたから。それに、武器輸出禁止条約も、すごかったですよね。ノーベル平和賞ものですよ、表立てば…」
「そんな…。私らの正義の味方活動の一環ですから…」
「それが霊界に認められた、ってことですね? 興味ありますね、この話は。私も一応、霊動学の研究者ですから」
「そりゃ、そうでしょう。で、今日の話は、私が孰(いず)れ、その平林の記憶を完全に忘れるようなんです。今のところ、いつか迄は分からないそうですか…。で、佃(つくだ)教授に記憶があるうちにそのことを云っておこうと思いまして…」

|

2013年5月26日 (日)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第八十回)

  幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_14



    (第八十回

「ええ、まあそういうことになりますかね、ははは…」
 愛想笑いをすると、上山は席を立ち、滑川(なめかわ)教授に軽い会釈をして研究所をあとにした。次に上山が向かったのは、佃(つくだ)教授の霊動学研究所である。佃研究所は大学に一応、認められていて、大学院施設内の一部分に存在していた。しかし、それも表向きは…という杓子定規的なもので、何の成果もない研究所として大学の中枢部からは白い目で見られていた。この点は滑川研究所と同様、ドングリの背比べと云えた。佃教授にはコンタクトを取って向かった上山だが、どう話したものかと頭を巡らせていた。滑川教授と違い、佃教授は理詰めの性格だと分かっているからで、恐らく細部まで訳を訊(たず)ねられるだろう、と思えたのだ。
「これは、上山さん。ご無沙汰しております」
 佃教授は滑川教授とは真逆の丁寧さで上山を入口で迎えた。さらに、研究室への通路を歩きながら、「何でしたでしょう?」と問いかけてきた。
「いえ、大したことじゃないんですが…」
 そう前置きし、上山は一端、口を閉ざした。
 研究室のドアを入ると、いつもいる助手達の姿は、まったくなかった。
「あの…、他の方は?」
「ああ、助手達ですか…。一段落しましたので、今日は休ませております」
 何が一段落したんだろう? …と、上山は怪訝(けげん)に思いながらも、「あっ! そうでしたか…」と、軽く返した。
「まあ、おかけ下さい。ところで、ご用件は?」
 佃教授の理詰めには馴れている上山だったが、いざ訊(き)かれると、どう切り出していいものか、と躊躇(ちゅうちょ)を余儀なくされた。
「ええ、まあ…。平林君と私のことで…」
 とり敢(あ)えず、上山は暈した。

|

2013年5月25日 (土)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第七十九回)

  幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_13



    (第七十九回

「実は…、こんなことを云うと口幅ったいんですが、教授にお話しした平林のことは、聞かなかったこととして、忘れて下さい」
「平林? ああ…、君が見えるという幽霊のことかね」
「ええ、そうです…」
 上山は静かに肯定して、滑川(なめかわ)教授の隣の椅子へ腰を下ろした。
「その平林君が、どうかしたのかな? この前は、ゴーステン騒ぎだったが…」
「平林が、私にはもう見えないんですよ、実は」
「なに! そりゃ、大変化じゃないか! いったい、どうしたというんじゃ」
「どうした、ってことじゃないんですよ。霊界トップの意向で、そうなったんです。今のところは、まだ声は聞けるんですがね」
「ほう…。それで?」
「霊界トップの話ですと、私の平林に対する記憶は、孰(いず)れ、完璧に消えるそうです。もちろん、彼の記憶なんですが…」
「ああ、それでか…。消えれば、私が何を訊(き)いても駄目だからな」
「はい、そうなんです。これは平林が直接、霊界トップから訊いたことでして…」
「結局、何も起こらなかった元の状態になるということかな?」
「いえ、私と平林のやった世界変革の成果は、そのまま残るんですよ。それに、地球語も…」
「おお! そういや今、やっとるなあ、国連で…。なんでも、各国の義務教育で必須科目になると決まったと、朝のニュースが云っておったぞ」
「はい、それです…」
「君らは、ついに世界の正義の味方になったってことだな、わっはっはっはっ…」
 顎髭(あごひげ)を撫(な)でながら、滑川(なめかわ)教授は豪快に笑った。

|

2013年5月24日 (金)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第七十八回

  幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_12



    (第七十八回

 上山が滑川(なめかわ)、佃(つくだ)の両教授へ一件の経緯説明に回り始めたのは、その週の土曜からであった。社長の田丸には前日の金曜、退社を少し遅らせて済ませた。
「ははは…。私も上山君のことは聞かなかったことにしよう。元々、彼は事故で随分、前に死んだんだからな」
「そうですよね。社長に訊(たず)ねられなかったら、云ってない話ですし…」
「そうそう。だいいち、この話は、他人の前じゃ話せんしなあ。君ばかりか、私まで変人扱いされちまうよ。取締役会で、すぐ解任動議だ、ははは…」
 田丸は豪快に笑い飛ばした。上山は軽く退室の挨拶をすると、社長室を出た。田丸が案に相違して妙な疑問を抱かなかったのは幸いだな…と、上山は思った。次に上山が向かったのは、滑川教授が籠る滑川研究所である。一応、大学の研究施設として建てられたようだが、研究の特異さのせいか、大学側も余り重きを置いていない感は否(いな)めなかった。それは、所々に見られる施設の老朽化のための破損箇所の放置によって窺(うかが)い知ることが出来た。上手くしたもので、誰も寄りつかないのが上山にとっては好都合だった。しかも、教授は余程のことがないと研究所を空けるということはなく、来訪のコンタクトを取る要が省(はぶ)けた。この日も上山は連絡を入れず直接、研究所へ足を運んだ。研究室のドアを開けると、教授はやはり塵(ちり)と埃(ほこり)に囲まれ、無防備に存在した。
「なんだ! 上山君じゃないか、久しぶりだのう。どうした?」
「いやあ~、どうってことじゃないんですが…」
「んっ? 難しいことは私には分からんぞ、わははは…」
「いえ、そうじゃないんです。報告、報告ですよ」
「報告? 報告って何だ?」
「まあまあ、そう急(せ)かさないで下さいよ。今、云いますから…」
「いや、すまん! そんなつもりじゃないんだがのう」

|

2013年5月23日 (木)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第七十七回)

  幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_11



    (第七十七回

「左様でございましたか。では、さっそく、上司にそのことを伝えることに致しましょう。いえなに…訊(き)いておいてくれと云われましたもので…」
『そうであったか…。他には、もうないな?』
『はは~っ!』
 上山が平服の姿勢へ体勢を90度、前回転させたとき、すでに霊界番人の光の輪は上方へ昇り去ったあとだった。
 ふたたび幽霊平林は人間界へ移動した。上山に煙たがられても、霊界番人に訊いたことだけは伝えねば…と思えたからだった。移動すると、上山はまだ寝室へは行かず、応接室のソファーで静かにワイングラスを傾けていた。
『課長! 訊いてきましたよ!』
「おお、君か! やはり現れたな。姿は見えんが、まだ声は聞こえる。しかし、姿が見えなくなると、なんかこう…、少し寂しいよ。もう一度、君を見ておきたかったって、いうか…」
『いやあ~、これだけは僕にも、どうこう出来ませんから、残念です。でも元々、死んだときから見えないのがフツ~なんですから…』
 幽霊平林は少し寂しげな声で、そう云った。
「ああ…そりゃ、そうだ。で、なんて?」
『ああ、そうでした。やはり、課長の記憶は完璧に消えるようです』
「そうか…。なら、社長や滑川(なめかわ)、佃(つくだ)の両教授には、そのことを云っておかないとな、今のうちに」
『ええ、それがいいと思います。課長の記憶が遠退くのは、まだ、すぐじゃないようですから…』
「ああ…。恐らく、君が現われなくなって以降だろうな」
『はい、僕もそう思います』
 声だけの電話のような会話は、夜の帳(とばり)の中で静かに続いた。

|

2013年5月22日 (水)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第七十六回)

  幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_10



    (第七十六回

『そりゃまあ、そうですが…。すぐに、どうのこうのってことはないと思いますし、次回までには…ってことで。こちらも出来るだけ急ぎます。僕の身も第二段階に入れば、もう課長とお話も出来ませんから』
『ああ、分かった。出来るだけでいいから、訊(き)ければ訊いといてくれ』
『はい!』
 幽霊平林の声だけが、上山の耳に響いていた。幽霊平林が去ったかどうかは、すでに上山には分からない。ただ、途切れた会話が続くことなく、静寂だけが半永久的で、その不確かさがふたたび確かさとなり、幽霊平林が去った事実を物語るだけなのだ。
「まあ、なんとかなるさ…」
 そう捨て置いて、上山は洗面所へ行き歯を磨いた。この行動は上山が日課としている個人行事である。その後、上山は寝室へ向かった。少し眠気がしてきたのが不思議だったが、疲れの所為(せい)だろう…と、この時の上山は軽く考えていた。
 一方、霊界へ帰った幽霊平林は、ふたたび霊界番人を呼び出していた。
『本当に!! その方(ほう)は、この儂(わし)を何だと思っておるのだ!! こうも簡単に呼び出されては、儂の諸々(もろもろ)に差し障りとなるゆえ、そなたに授けられた如意の筆を返させるよう霊界司様に頼まずばなるまいて…』
『いや、もうしばらく、お願い致します。私も昇華している身なれば、孰(いず)れにしろ、そう長くは、この筆を所持していることもないと思いますので…』
『ああ…、それはまあ、そうじゃがのう。して、今は何用じゃ。別れたのは、つい今し方ではないか』
『はい! 実は、先ほど上司のことを訊(き)き逃したもので、お訊(たず)ねしようかと…』
『ほう、どのようなことじゃ?』
『上司の記憶は、どうなるのでございましょう? 僕が…いや、私めが見えなくなったと今は申しておりますが。…私めが完全に二段階のショうかを終えたのちのことでございます』
『おお、そのことか…。そなたの記憶は、すべて消え去るであろう。そなたの方は、昇華を終え生誕したのち、しばらくは残る、と申したとおりじゃ』

|

2013年5月21日 (火)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第七十五回)

  幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_9



    (第七十五回

 自分の身が変化しようとしている。このことを一刻も早く課長に伝えないと…と、幽霊平林は、ただちに人間界へと移動した。もちろん現れたのは、上山の家である。上山は軽く夕食を済まし、風呂に入ろうと浴槽に湯を張っていた。湯が適度に入ったのを確かめ、上山は脱衣を始めた。幽霊平林がそこへスゥ~っと現れたのは丁度、そのときである。だが上山には幽霊平林の姿はすでに見えなくなっているから、まったく眼中には入らない。ただ、如意の筆が目安とは、なった。
『課長! 僕です』
「んっ?!」
 そろそろ現れるだろうとは思っていた上山だが、姿が見えず声だけ急にすれば、さすがに驚かされる。
『済みません。また驚かせてしまいました。一刻も早く訊(き)いてきたことをお伝えしようと思いまして…』
「…ああ、そうか」
 上山は脱衣をやめ、声がする方向を見遣った。
『どうも僕の姿が課長に見えなくなっのは、僕が御霊(みたま)になりかけている過程だから、だそうです』
「えっ?! それって、もう君が二段階、昇ってるってことか?」
『はい…。そのうち課長も…』
「おいおい、脅(おど)かすなよ。私は人間なんだから、君と違って少し怖いんだけどさ…」
 上山は、そう云うと一端、キッチンの方へ戻り始めた。
『冗談ですよ、冗談。課長は、からっきしなんですから…。それに、課長の方は別に、どういう…あっ! 課長の記憶が、どうなるのか訊(き)くのを忘れました!』
「なにっ! 君という奴は…。それを訊いといてくれと頼んだんだろうが…、もう!」
『すみません。もう一度、戻ります!』
「もういい! どちらにせよ、私の身が、どうなるってことでもないんだし…」
『だって、僕の記憶ですよ?』
「いいさ、忘れたら忘れたで…。私が正常なら、初めから君の姿が見える訳ないんだしさ」

|

2013年5月20日 (月)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第七十四回)

  幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_8



    (第七十四回

『ひょっとすると、これは霊界のご意志なのかも知れませんよ。いや、恐らくそうでしょう。ちょっと戻って、霊界番人様に事情を訊(たず)ねてきます。またすぐ戻りますので、ひとまず…』
 幽霊平林は格好よく、いつものように消えたが、生憎(あいにく)、その姿は上山には見えなかった。
 霊界へ戻った幽霊平林は、すぐさま如意の筆を手にすると、いつものように念じたあと、二、三度、振った。すると、当然のように光が射し、その放射光に導かれるように光の輪が幽霊平林の近くへと降下した。
『なんじゃ! …また、お前か。世話のかかる奴じゃ。今度は、いったい何用ぞ!』
「はい、申し訳ございません、霊界番人様。実は人間界へ現れましたところ、僕の…いえ、私の上司が私の姿が見えないと申しまして…。それでお訊ねしたいと、お呼び致した次第でございます」
『おお、そのことか…。この前、確か云っておったろうが』
『いえ、左様なことは、お聞き致しておりませぬが…』
『そうじゃったか? まあ、儂(わし)も、いろいろと忙しいゆえのう…。おお! そうじゃ、云ったが詳しくは申さなかったようじゃのう。二段階は昇れる旨の話は、したであろうが』
『はい、それは確かに…』
『じゃろうて…。で、じゃ。そなたの姿が人間界で見えぬようになっておるのは、すでに、そなたの身が第一段階の御霊(みたま)へ変化しようとしている兆(きざ)しなのじゃ』
『えっ! すると、この僕、いえ私は御霊になるので?』
『そういうことじゃ。さらに、もう一段階、昇れるによって、そなたの霊は誰ぞの身に宿ることとなる。…誰とまでは云えぬがのう…。かなりの行いをなしたによって、そなたの知る身近なところへ落ちつくであろう。これ以上は、霊界の決めによって、云えぬが。まあ、儂から、そなたに伝えられるのは、それくらいかのう。安心したか?』
『はい、霊界番人様。有難うございました』
『もうよいか? …では、行くぞ。ああ、忙しい、忙しい!』
 霊界番人の声は次第に小さくなり、光の輪は上方へと昇りながら消えていった。

|

2013年5月19日 (日)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第七十三回)

  幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_7



    (第七十三回

「そうだよ。何のことでしょう? なんて、云えないしさ。しかし、恐らく、その時の私は君の記憶がまったく消えているから、そう云うだろうしねえ…」
『はい、そうですよね…』
 上山と幽霊平林は、先の見えない想定を考え、押し黙った。二人(一人と一霊)が次に目標とすることもなくなり、地球上の正義の味方活動も最終段階に入ったなあ、などと話し合っていた頃、霊界では霊界司と霊界番人の問答が展開されていた。
『そう、なされますか?』
『ああ番人、それが、よかろうぞ』
『畏(かしこ)まりました。では、そのように取り計らうことと致しますゆえ…』
 霊界番人の光の輪は、さらに大きな光の輪から離れていった。何を、どうしようというのか分からないのが霊界なのである。つまりそれは、直接的な言葉や伝達手段
が一切、霊界支配者には必要ないということを意味する。では、霊界司と霊界番人がどんな遣り取りをしていたのか…ということだが、それは、上山と幽霊平林の身の上に、やがて起ころうとする霊界の意志であった。
 それが現われたのは、三日ほど経った頃である。まず、上山に異変が起きた。いつものように幽霊平林を呼び出したとき、幽霊平林の声は聞こえたが、その姿は見えなくなっていたのである。
『どうか、されたんですか? 僕は、ここにいますよ、課長。見えないんですか?』
「ああ…」
 上山は虚ろにそう云いながら、声がする辺りに目を凝(こ)らしたが、やはり幽霊平林の姿は見えなかった。
『今度は課長ですか。ここですよ! ここ!』
「そう云ってもなあ…。見えないんだよ」
 上山は何度も目を指で擦(こす)ったが、やはり幽霊平林の姿は見えなかった。

|

2013年5月18日 (土)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第七十二回)

  幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_6



    (第七十二回

『いやあ~、そんなつもりじゃないんです。どうも済みません。それに僕だって、この先、どうなっていくのか、不安はありませんが、不安定な身の上なんですから』
「ああ、そりゃそうだな」
 上山も幽霊平林も、しばし沈黙した。
『二人のコンビも、ついに終焉(しゅうえん)ですかね』
「ははは…、コンビというほどのこともなかったが、君が死んだあとの付き合いは、上司と部下という仲でもなかったなあ…」
『はい。生前のように叱責されることは一度もありませんでした』
「今、思えば、富士山の青木ヶ原樹海だのアフリカだのと、文明の力を使わずに行けたのは、人類史上、恐らくこの私だけだろうし、感慨深いよ」
『異変が起こらなかったら、僕と課長は、僕が事故死した段階で別れてたんですからねえ』
「いや、それは正(まさ)に、そうだな」
 二人(一人と一霊)は、別れる前の想い出話をするように語りだした。オレンジ色の空はすっかり暗くなり、すでに夜の帳(とばり)が辺りを覆おうとしていた。
『少し加速度がついたTHE(ジ) END(エンド)だな。で、私のことなんだが、君が見えてない状態へ戻るってことだったけど、それって、君の記憶は私の中に残るのか?』
『いや~、そこまではお訊(たず)ねしてないんですよ。なんでしてら、訊(き)いておきますが…』
「ああ、よろしく頼むよ。…って、どちらでもいいんだけどね。メリット、デメリットは孰(いず)れにしろ、あるだろうから…」
『えっ?! …って、どういうことですか?』
「だって、君の記憶が残りゃ、いろいろ懐かしんで哀れになるしさ。残らなければ残らないで、社長と滑川(なめかわ)、佃(つくだ)教授にさあ…」
『ああ…そうですよね。特に社長に訊かれたときとか、話題になったときとが大変ですよね』

|

2013年5月17日 (金)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第七十一回)

  幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_5



    (第七十一回

『もしかすると、近いうちに僕と課長の評価が下がるかも知れませんよ』
「そうだな。君の身にも変化が起きているようだし…」
『僕自身は、それほどにも思えないんですが、課長が云うんだから、そうなんでしょう。不安じゃないんですが、なんか落ちつかない気分です』
 そう云うと、幽霊平林は元どおり、幽霊の決まりポーズに手を前へやり、格好を標準型に戻した。
 霊界から上山と幽霊平林に対し、今回の活動に対する評価の伝達がなされたのは、二人(一人と一霊)の予想に反して迅速だった。
『お蔭さまで僕は二段階昇華で生まれ変われることになりました。有難うございます』
「霊界番人さんからの報告があったんだなあ…。いや、それはいいんだが、私の方はどうなるんだ?」
『課長は僕が見えなかった以前の状態へ戻るだけです。安心して下さい』
「…って、君が亡くなった後(あと)だよな?」
『ええ、そうです。僕は残念ながら、もう課長とは、お目にかかれなくなるんですが…』
 幽霊平林の陰気な顔が一層、沈んで、陰気に蒼白く曇った。
「なんだか寂しいし、辛いなあ。そうなると、、本当に永の別れ、ってことだ」
『ええ、そうです。まあ、孰(いず)れにしろ、死んだ人間が生きてる人間と一緒にいる、ってのが、妙といえば妙なんですが…。これだけ長く魂魄(こんぱく)この世に留(とど)まると、すっかり未練も無くなりました。人の悪いところも随分と見ましたから、ははは…』
 幽霊平林は少し寂しそうな顔で陰気に笑った。
「君は消えるんだから、それでいいだろうが、私はこの世に残って現実を直視して生きていかなきゃならんのが辛いところだ。だいいち、正義の味方活動はいいが、結果、地球語というチンプンカンプンを憶えにゃならん」
『課長には悪いんですが、それは仕方ないことです。生きておられるんですから…』
「ははは…。なんだか死んだほうがお得、みたいな云い方じゃないか」

|

2013年5月16日 (木)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第七十回)

  幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_4



    (第七十回

『そうですよねえ…』
 幽霊平林は同調して腕を組んだ。上山は、おやっ? と、幽霊平林の、いつもは、しない態度を不思議がった。上山が腕組みして幽霊平林が追随するパターンが、今までのケースだったのだが、どういう訳か、今日は幽霊平林が妙に自主的なのだ。要は、自分の意志で腕組みした、と上山には感じられたのだ。
「君、今、腕組みしたよな」
『えっ? ええ…。それがなにか?』
「いつもは私より先に、そんなこと、しないぜ」
『あっ! そうですよね。僕、どうしたんだろ?』
 幽霊平林は自分の姿を見て、そう云った。
「姿の方は、もう見えてるのかい? この前、半分方、見えるようになったって云ってたが…」
『わあ! 元に戻りました。足先まで全部、見えます。…むろん、僕に足は、ありませんが…』
「ははは…、妙なところで笑わせるなよ」
『いや、そんなつもりはなかったんですが…』
 幽霊平林が今度は右手で首筋をボリボリと掻いた。
「君さあ~、今の態度といい、ほんとに人間的になったぜ。これって、怪(おか)しかないか?」
『まあねえ…。僕には、よく分からないんですが…』
「これも霊界トップが、やってることなら、何ぞあるのかも知れないぜ」
『そう驚かさないで下さいよ、課長』
「別に驚かしてる訳じゃないんだが…」
 上山にも、この微妙な幽霊平林の変化の訳は分からない。
『今回の世界を変化させている地球語効果のポイントが入ったんでしょうか?』
「んっ? ああ、それもアリだな」
 上山も、そう思えて、幽霊平林に同調して頷(うなず)いた。

|

2013年5月15日 (水)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第六十九回)

  幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_3



    (第六十九回

 その頃、上山は田丸工業の仕事を終え、帰宅途中の駅構内にいた。車が不調で修理に出し、電車通勤したのだが、駅の電光掲示板に流れるテロップは、その世界的ニュースを報じていた。
「平林の云ったとおりだ…。一週間で凄(すさ)まじい成果だ」
 上山は如意の筆の荘厳な霊力を改めて知らされる思いがした。改札口を抜け、徒歩でバス停へと方向転換する上山だった。バスは10分ほど待ってやってきた。二つほどのバス停を通過して下車した。すでに辺りは夕闇が迫っていた。いつもの慣れた道だから迷うという不自由さはない。家がまじかに迫ったとき、背後で冷んやりとした気配がし、上山は振り向いた。そこには、幽霊平林が陰気な笑みを浮かべてスゥ~っと流れていた。
「おお! 驚いたぜ、今日は!」
『すみません。こちから来てしまいました。呼ばれてなかったんですが…。どうも、済みません』
「いいさ、こちらから呼ぼうと思ってたとこだ」
『そうでしたか。効果は拡大しているようですね』
「ああ…。順調で何よりだ。これで霊界でのポイントも加点されただろうな」
『はい、恐らくは。僕も、それを楽しみにしてるんですよ。それと、肝心なことを云わないと…。上半身が元どおり見えるようになったんですよ』
「ほう、それは、よかった」
『少し、安心出来ました…』
 幽霊平林は上山の後方から右横へと位置を変えながら云った。二人は薄暗くなった歩道を進んだ。人通りは、ほとんどなかった。家に着き施錠を解くと、上山は家に入った。もちろん、幽霊平林はスゥ~っと透過して、上山より先に部屋へ現れていた。
「こちらで、いくら効果が出たと喜んでも、霊界トップの方々が認めてくれないとなあ…」
 上山は愚痴っぽく云いながら幽霊平林を見ると、テーブルへ手持ちの鞄(かばん)を置いた。

|

2013年5月14日 (火)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第六十八回)

  幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_2



    (第六十八回

「で、効果は今日、明日と出てくるのか?」
『ええ、まあ…。僕の念じ方に間違いがなければ、たぶん一週間後には地球語が世界に普及している筈(はず)です』
「そんなに早く?」
『全人類の発想が変化するように念じてますからね』
「世界の老若男女すべての発想変化だぜ。影響を与え過ぎじゃないか? また霊界との狭間(はざま)へ紛(まぎ)れ込むのは御免だぜ」
『その心配は、ないと思います。霊界司様も、お褒(ほ)め下さってるんですから、大丈夫ですよ』
「あっ! そうだったな。やれやれ…」
 上山は幽霊平林の言葉に、胸を撫で下ろした。
 幽霊平林が云ったことは、まったくそのとおりだった。その僅(わず)か一週間後、どういう訳か上山には解せぬ不可解な現象が国連本部で生じたのである。国連に集結した各国代表や事務総長、その他の職員が、すべて地球語で話し出したのだ。この稀有(けう)な珍事は全世界のメディアを通じて報道された。もちろん、国連総会も同時通訳抜きで執り行われ、記録の書類も一切、地球語で筆記された。それが何故そうなったのかは、語っている各国代表も、国連総長も、職員も、聴き入る各国代表にも、まったく分からなかった。
「なぜ、地球語で語られたんでしょう?」
 演説を終えた某国代表に、総会終了後、日本のメディアがインタビューしたところ、その代表は頭を傾(かし)げた。
「○×△? …●□+∞? …」
「私にもよく分からないと、おっしゃってるんです」
「○+$△□▽…」
「やはり、分からないそうです…」
「そうですか。どうも有難うございました」
 インタビューしたマスコミ関係者も首を傾げ、訝(いぶか)しげであった

|

2013年5月13日 (月)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第六十七回)

  幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo



    (第六十七回

落ちついて茶の間の座布団へ腰を下ろすと、自分と幽霊平林がやってきた行いが、走馬燈のように上山の脳裡を駆け巡った。上山にしては珍しい追憶感情の湧出で、この先、何か起こるのではないか…という妙な不安感に苛(さいな)まれた。とはいえ、自分の霊現象を語れるといえば、人間では田丸社長と滑川(なめかわ)、佃(つくだ)両教授の三名である。幽霊の平林を含めたとしても四名、というのは、いかにも心細い。この先、はっきりとどうなる、という可能性の確実さと保証が皆無なのである。上山は異常体質で霊力が備わった自分の身が疎(うと)ましかった。上山は、その気持を拭(ぬぐ)おうと、何気なく左手首をグルリと回した。別に幽霊平林を呼びたい気分というのではなく、疎ましい気分を拭いたい潜在意識が、そうさせたのだ。
『今朝の新聞ですか…。また一歩、前進しましたね、課長』
 幽霊平林はスゥ~っと近づくと、朝刊を覗(のぞ)き込んで、そう云った。
「ああ…、ご覧のとおりさ…」
『効果は着実に出てますね』
「そうだな。もう少し、かかると思ってたんだが、いい意味で予想外だよ」
『これなら一年後には、国連総会が同時通訳抜きの地球語で語られるんじゃないですか?』
 陰気に笑いながら幽霊平林が上山を窺(うかが)った。
「ははは…、それはどうか分からんが、可能性もあるなあ、この分だと…」
 上山も笑みを浮かべて、湯呑みの茶を啜(すす)った。
『いや、いやいやいや、課長、そんなには待てませんよ。でしょ?!』
「そうそう、そうだった。悠長なことは云っとられんのだ」
『でしたよね。僕も課長も、早く何とかしたい身の上ですからね』
「ああ…。だっただった。どうも、状況が逼迫(ひっぱく)してないから、ゆったり考えていかん」
『はい!』

|

2013年5月12日 (日)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第六十六回)

  幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_25



    (第六十六回

『霊界司様のお言葉を伝えに参った。その方達の所業、誠に見事! との仰せであった。以後の結果次第では、約束どおり、そなたは御霊(みたま)へ昇華できるであろう。いや、そればかりか、その段階を経ずして、新たな生を得ることも可能な筈(はず)じゃ』
『ということは、生まれ変われるということですか?』
「どうした、君?」
 急に独り言を吐いた幽霊平林に上山は訝(いぶか)ったのだが、すぐ幽霊平林は取り繕(つくろ)って返した。もちろん幽霊平林には上山の耳に霊界番人の声が届いていないことは分かっている。だから、取り繕(つくろ)ったのだ。
『そこにいる者には、儂(わし)が云うことは聞こえぬからのう。そなたから、今のことは伝えておくようにな。では、儂は行く。また、のう。ああ、忙しい忙しい!』
 霊界番人の声の響きは、いつもより早く消え失せた。幽霊平林にも、霊界番人が急いでいる様子は窺い知れた。
『今、霊界番人様が来ておられたんですよ』
「えっ?! ここにかい?」
『いえ、今回は声だけでしたが…』
「ふ~ん。遠いところから電話してくるようなもんだな」
『上手いこと云いますね。正(まさ)にそれ、です』
 上山は、我ながら上手い例えだ…と、北叟笑(ほくそえ)んだ。
 数日が経ち、上山が朝刊を手にしたとき、新たな世界の動きが紙面トップに報じられていた。━ 地球語開発にメド ━ という大見出しで、誰の目にも一目瞭然の賑やかな記事である。もちろん、テレビ、ラジオ、ネット等の他のメディアもその画期的なニュース報じていた。
「おお! やったな…。それにしても、如意の筆の荘厳な霊力には恐れ入った!」
 トップ記事を見ながら、上山は、なにやらブツブツと呟(つぶや)いていた。

|

2013年5月11日 (土)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第六十五回)

  幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_24



    (第六十五回

 というのも、通常は上山が左手首をグルリと回さない限りは現れない、というのが二人の間の約束事になっていたからである。むろん、特別な場合や緊急性がある場合は、幽霊平林の方から現れることもOKだったが、最近は、その傾向が高まり、‘左手首をグルリ’のルールが弱まっていたのだった。そんなことで、いくらか躊躇(ちゅうちょ)した幽霊平林だったが、思い直して人間界へ移動した。報告をを優先したのである。上山が休日で、のんびりしていることは先ほど現れているから分かっている。もちろん、出かけて家にいない可能性も考えらたが、僅(わず)か小一時間しか経っていない筈(はず)だから、まず、それはない…と思え、幽霊平林は家へ現れたのだ。その判断は瞬時の閃(ひらめ)きでヤマ勘のようなものだったが、完璧に当たっていて、上山は、まだキッチンで新聞を読んでいた。
『課長! 分かりましたよ!』
「おお、君か…」
 上山は新聞をテーブルへと置き、プカリプカリと宙に浮かんでいる幽霊平林を徐(おもむろ)に見上げた。
『どうも、僕のとり越し苦労だったようです。一過性のもので、間もなく元へ戻るようです』
「だろが…、私の思っていたとおりだ。案ずるより何とやら、だな。まあ、よかった、よかった」
 上山は幽霊平林の眼の変調が、すぐ戻ることが分かり、いくらか安堵した。
『はい、それはいいんですが、効果はどうでした?』
「ああ、そうだった。君の異変で、すっかりそのことを話せなかったな。これだよ、これ!」
 上山はテーブルの新聞を広げて幽霊平林へ示した。
『成功…いや、それはまだ分かりませんが、世界は地球語を考え始めたようですね』
「ああ…」
『またひとつ、正義の味方になれましたね?』
 その時、霊界番人の声が幽霊平林の耳に届いた。霊界とは違い、声のみの響きである。むろん、上山には聞こえない。

|

2013年5月10日 (金)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第六十四回)

  幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_23



    (第六十四回

 そう云い終わるや、光の輪は上方へ昇り始めた。
『お、お待ち下さい!! 霊界番人様! 僕、…いや私にとりましては緊急事態なのです。自分の姿が消えて見えなくなっております!』
『なんじゃ、左様なことか…。そうそう、そなたには、まだ云っておらなんだな。手抜かってしもうたわ、儂(わし)としたことが。わははは…。これでは霊界司様にお目玉を頂戴するな』
 珍しく、いや、幽霊平林の前では初めて霊界番人が反省した。
『で、この私めは、元へ戻るのでしょうか?』
『ははは…、それを申すなら、そなたの眼の錯覚は、と申すべきじゃろうて…』
『それは、どういうことでしょうか?』
『そなたには、霊界司様の呪縛(じゅばく)が、かけられておるのじゃ。それ故、そなたは自らの姿が見えぬ』
『いったい、何ゆえなのでしょう。私は呪縛を受けるようなことをした覚えがありませんが?』
『それは孰(いず)れ、そなた自身が知るであろう。心配せずともよい。ただ見えぬだけじゃ、そなたに己(おのれ)の身がのう…』
『あっ! 見えるまでこの先、どれほど、かかるのでしょうか?』
『心配性な奴め。そうは、かからぬわ。間もなくじゃ。ではのう…』
 かなり急いでいるかのように、霊界番人の声を響かせた光輪は、たちまち昇って消え失せた。
 光輪が去ったあと、幽霊平林はフゥ~っと溜息をついた。この場合の溜息は、安心したというものである。しばらくして、落ちつきを取り戻した幽霊平林は一応、上山に、このことを報告しておこう…と、思った。思いつけば、すぐ移動できるのが幽霊の特性であり便利さある。ただ、このところ、現れ方の統一性が乱れている向きがあったから、多少、心の蟠(わだかま)りになっていた。

|

2013年5月 9日 (木)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第六十三回)

  幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_22



    (第六十三回)

「いや、見当もつかんが、私の場合も急に周りの景色が白黒(モノトーン)になっただろ? それを考えると、霊界のお偉方がなさったこととしか思えん。訊(き)いてみちゃ、どうだ? 私に訊くよりは確かだぜ」
『あっ! そうでした。そうすりゃ、よかったですね。僕としたことが…』
「いや、君だからここへ現れたんだ。普通は、もう少し冷静に考えるぞ、ははは…」
『笑いごとじゃありません!』
「いや、申し訳ない。考えよう…」
 上山は腕組みし、幽霊平林も追随した。
 しばらく二人(一人と一霊)は沈黙していたが、やがて上山が口を開いた。
「ふ~む。…やはり原因は分からん。まったく思い当たる節(ふし)がないからな。先ほどの話のように、霊界トップに訊(き)いた方が早いし、確実だろう」
『…はい、そうします。それじゃ、さっそく! お騒がせしました』
「何か分かれば、また現れてくれ」
『そうします。じゃあ…』
 幽霊平林は語尾を暈(ぼか)して消え去った。もちろん、格好よく消えることだけは忘れていなかった。
「…なんだ、人騒がせな奴だ!」
 自分の異変のときは慌(あわ)てた上山だったが、ことが幽霊平林となると、からっきしで、人ごとのように、つれない呟きを洩(も)らすのだった。
 一方、霊界へ戻った幽霊平林は、すぐに如意の筆を手にすると、両瞼(まぶた)を閉じ、何やら念じ始めた。もちろん、霊界番人を呼び出すために念じたのだ。いつもの所作で瞼を開けたあと、如意の筆を二、三度、振ると、たちまちにして光が上方より射し、光輪がその光に沿って幽霊平林の前へ下りてきた。
『なんじゃ! また、そなたか…。この忙しい折りに、いったい何用じゃ! つまらん戯言(ざれごと)なら、聞きとうもない。…というより、そのような暇(ひま)はない故(ゆえ)、またの機会にしてくれ』

|

2013年5月 8日 (水)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第六十二回)

  幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_21



    (第六十二回)

しかし、さすがに落ちついてそのままいると、どうも具合が悪いのではないか…と幽霊平林には思えてきた。もちろん、死んでいるのだから、この場合の具合が悪いとは、体調の異常を指すのではない。今までとは状況が違うから、やや戸惑う感が生じた、と云うべきである。むろん、不安感は皆無だ。そこで、幽霊平林は今までの状況復帰を願いつつ、上山のところへ現れることにした。もし、上山に自分の姿が今までと変わらず見えるなら、自分の眼が妙だ、ということになる。幽霊平林は人間界の上山のいる現在時間がいつ頃なのかと考えることもなく、スゥ~っと移動して上山の家の前へ現れた。日射しからして朝だとは分かったが、上山が休日だということまでは知らない。とりあえず、上山の所在を確認しようと壁を透過して、寝室、そしてキッチンと流れた。上山は、カフェオレを飲み終え、フレンチトーストの最後の一片を口へと運んだところだった。『課長! 僕です!』
「んっ? どこだ…。なんだ、そこか」
『そこかって、課長、僕が見えるんですか?』
「ああ、もちろんだ。ちょいと窓の朝陽で一瞬、見にくかっただけだ…」
『そりゃ、とにかく、よかったです…』
「よかったって、どういうことだ?」
『実は、僕には自分の姿が見えないんですよ…』
「なにっ! そりゃ偉いことじゃないか。いったい、いつからなんだ?」
『いつからって、つい今し方です。少し前ですよ』
「原因は?」
『それが分りゃ、急いでこうして現れませんよ』
「ああ、すまん。そりゃ、そうだな…」
『課長は、どう思われます?』

|

2013年5月 7日 (火)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第六十一回)

  幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_20



    (第六十一回)

「今日は首尾よく土曜だし、平林を呼び出すにゃ丁度、いいや」
 一人悦に入り、上山は両腕を伸ばすと欠伸をした。時の余裕があるから、取り分けて急ぐ必要もない。家のことも食事も、そして幽霊平林を呼ぶことも適当なタイミングで行えばいいからだった。上山は朝刊をキッチンへ持って行き、軽い食事をしながら記事に目を走らせた。記事の詳細は、ユネスコ内に設置された特別部会の構成や、予想される各国の主だった言語学者の名前が表で列記されていた。そして、別の欄には、今後二ヶ年に及ぶ地球(世界)語開発の大まかなる時期のスケジュールが掲載されていた。上山は作っておいたフレンチトーストを軽く温めながら記事を読み耽(ふけ)った。上山がふと、腕を見ると、すでに九時近くになっていた。
「まずまずだな…。やはり二日で効果が出たか…。しかし問題は、二年後にどうなっているかだが、これだけは、どうしようもない…」
 上山は暗に、待つ以外はないか…と諦(あきら)めかけた。
━ いや、待てよ! 如意の筆の霊力なら、すぐとはいかないまでも、短期間に完成する筈(はず)だ… ━
 上山の脳裡を駆け巡る考えは、今後の可能性を探っていた。
 この頃、霊界の幽霊平林に異変が起こっていた。そのことに気づいたのは、他ならぬ幽霊平林自身だった。それまで見えていた自らの姿が消えているのである。御霊(みたま)になっているのなら、それはそれでいいのだが、どうもそうではないのだ。幽霊の姿のまま透明になっている自分に、住処(すみか)の中で気づいたのである。ただ、消えていないのは胸元に挿した如意の筆と白い三角頭巾で、唯一これが、一抹の不安とともに幽霊平林の存在を示していた。上山なら、あたふたと自らを見失うところだが、死んでいる幽霊平林にとって、別に驚きとか不安感とかは、まったくおきない。ただただ、今の現実を受け入れるのみなのだ。だから、この場合、幽霊平林は単に、あっ! 姿が消えている…と、自分の姿を漠然と捉えているだけだった。

|

2013年5月 6日 (月)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第六十回)

  幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_19



    (第六十回)

「ああっ! そんなこたぁ~、どうでもいいんだ。君と私は気が合う所為(せい)か、どうも話が、とんでもない方向へ進んでいかん。話を戻そう…。とにかく、今回はこれで私達のやることは、やったってことで、あとは結果待ちだ」
『はいっ!』
「それじゃ、今日はこれまでにしよう。疲れたから、風呂に入るよ」
『僕はこれで失礼します。結果の兆候が現れれば、またお呼び下さい』
「ああ…」
 幽霊平林は、いつものように格好よくスゥ~っと消え去った。
 上山と幽霊平林の計算は当たっていた。マスコミ媒体が一斉にトップニュースや記事で取り上げたのは、幽霊平林が念じた日から、わずか二日後だった。上山は、その日の朝、朝刊を手にした途端、結果の兆候が出たことを悟った。トップ記事の大見出しを目にすればそれも当然で、上山ならずとも誰しもが気づく記事だった。
━ 国連 地球語部会発足 ━
- ユネスコは教育や科学の振興を通じて戦争の悲劇を繰り返さないという理念に基づき、その究極の理念の模索を諮ったが、わずか二日という奇跡的な短期間で、その目的を果たす最も効果的方法として、地球(世界)語開発に着手する決議案を満場一致で可決した。今後、二年以内に世界各国の言語学者の手により研究及び開発が行われることとなった。完成後は、世界各国の義務教育機関における必須科目として採用されることになる。また、国連各機関での言語や印刷物等は、完成以降、地球(世界)語に統一されることも決定された。 -
「なるほどな…」
 上山は記事を読みながら、応接セットに腰を下ろした。

|

2013年5月 5日 (日)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第五十九回)

  幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_18



    (第五十九回)

『でしょうね。…有能な世界の言語学者が国連で一堂に会したとしても、世界に共通する新しい言語の開発です。そう簡単に完成するとは思えません』
「如意の筆の霊力をすれば、いとも簡単じゃなかったのか?」
『はあ、それはまあ…。念じ方を詳細に詰めれば…』
「詰めようじゃないか。そういつまでも待ってられん!」
『課長、少し気が短くなられたんじゃないですか?』
「馬鹿云え。そんなことは、ない。早く元の状態に戻りたいだけだよ。…君と別れるのは辛いが」
『ご迷惑をおかけして済みません』
「いやあ、なにも君が謝るこっちゃない。君の所為(せい)で、私がこうなった訳じゃないんだから…」
 二人は瞬間、押し黙った。
『では、集中して念じます』
 云うが早いか、幽霊平林は胸元に挿した如意の筆を手にし、両瞼(まぶた)を閉じた。あとの所作は、いつもと同じである。瞼を開け、如意の筆を二、三度、軽く振った。
『終わりました…』
「そうか…、ご苦労さん。あとは結果待ちだな。楽しみというほどの気分じゃないが、なんか成功を祈りたい気持だよ」
『はい、僕も同感です』
「もう帰るんだろう?」
『帰る、は、いいですね。帰るんでしょうかねえ、霊界へ戻るのは…』
「ははは…、今の君は、やはり帰る、だよ。死んでるんだから、こっちの人間じゃない」
『そうでした。ははは…』
 幽霊平林は蒼白い顔で陰気に笑った。

|

2013年5月 4日 (土)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第五十八回)

  幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_16



    (第五十八回)

「ええ、まあそうですが…」
 幽霊平林は、上山の周到さに恐れ入った。
「なにか具合が悪いか?」
『いえ、そんなことはないですよ。結果と反省は大事なことです。それに場合によっちゃ、課長の命にもかかわりますからね』
「そこなんだよ、君。どうして私だけがそんな苦を受けにゃならんのだ。理不尽だよ。私が何か悪いことでもしたというのかい?」
『そ、そんなことは、ないですよ。しかし、それについては、随分前に結論が出ていたじゃないですか。課長は何らかの異常体質で、霊界と人間界の狭間(はざま)へ迷い込んだんだと…』
「ああ、それはそうなんだが…。ただ、どうして私だけがそんな体質なんだ? えっ、君?!」
『そんなこと、僕に訊(き)かれたって…。霊界司様なら、その辺りのところは、よくご存知なんでしょうけど…』
「そうそう、それを訊いておいてくれ。どうも、モヤモヤが晴れんからな。…そんなこたぁ~今、どうだっていいんだよ。また話が逸(そ)れるところだった。それ゛しゃ、世界語の念を纏(まと)めよう」
『世界の国々の言語学者に、そう思わせるのが①ですね。で、立ち上げさせるのが②です』
「だな…。国連のユネスコが舞台になるだろう」
『③として、特別部会を作る気にさせると…』
『ですね。あとは、彼等がなんとかするでしょう。武器輸出禁止条約のように』
「よし! それでいいだろう」
 上山はボールペンを小ノートへ走らせながら、少し元気づいて云った。
『じゃあ、そういうことで…』
「この効果は、いつ頃、現れるかなあ?」
『前のようにいけば、効果としては数日中にマスコミが騒ぎたてる事態になりますが…、具体的な成果となりますと…』
「しばらく、かかりそうか?」

|

2013年5月 3日 (金)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第五十七回)

  幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_15




    (第五十七回)

「いやあ、そうしてもらうと気楽で助かるな」
『一人、食べてるシチュエーションって、見られると僕でも嫌ですから…』
「だよな…。君は94だ」
『えっ?』
「空気が読める」
『ああ…』
 上山の言葉にはそれ以上返さず、すぐに幽霊平林の姿は消えていた。上山は少し急(せ)きながら食べ始めた。
 それからの二十分ほどは幽霊平林にとって、ただフワリフワリと浮いているだけの時の経過だった。退屈な気分が訪れないのは便利といえば便利な幽霊の特性と云えた。
 食後の上山は食器を洗い場へ運ぶと、すぐに茶の間の方へ向かった。
『ああ…、もうお済みになりましたか』
「んっ? おお…待たせたな。それじゃ内容を詰めるとするか…」
『グローバルに念じるってのは、要は武器輸出禁止条約のときを参考にすりゃいいんですよね?』
「そうだな。この小ノートに、その時の内容が書いてある」
 上山はキッチンから茶の間へ向かう間に、小ノートとボールペンを書斎から持ってきていた。そのノートを幽霊平林に示したのである。
『そうですね。武器輸出の内容が世界語になると、ただそれだけですから…。確か、あのときも、特定の国に対しては念じていなかったはずです』
「…だな。そう書いてある」
 上山は小ノートをめくりながら云った。
『そんなことまで書かれていたんですか?』
「ああ、一応、結果と反省を末尾にな。今後の参考になると思ったのさ。事実、今になって参考になってる。他意はない」

|

2013年5月 2日 (木)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第五十六回)

  幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_14



    (第五十六回)

『って云うか、でしょ?』
「ああ、そうだな。まっ! いいだろう」
『では、内容を詰めましょうか』
「おい! 今かよ!」
『いやあ…。ご帰宅なさってからで結構ですから…』
「だよな」
 二人は簡略な打ち合わせをして、その場は別れた。
 夕方になり上山が帰宅すると、まだ幽霊平林は現れていなかった。そういや、こちらから呼び出すとも、いつ頃とも云ってなかったぞ…、と上山は気づいた。まあ、いいか…と、背広を脱いで普段着のセーターに着替えて、お茶を飲んだ。幽霊平林が現われたのは、上山が台所で夕飯の準備をしているときだった。買っておいた市販のステーキをミディアムに焼き、付け合わせの温野菜なども準備して、ワインとロールパンも添えた。そして、ワイングラスを手に、ようやく上山がテーブルに着こうとしたときだった。
『美味しそうですね!』
 ニンマリと陰気に笑った幽霊平林が、いつものように何の前ぶれもなくスゥ~っと格好よく現れたのは丁度、その時である。
「なんだ、君か…。ははは…、なんだと訊(き)くのも妙だがな。部屋の中へ突然、現れるのは、君しかいなかった」
『そりゃ、そうですよ、課長』
 二人(一人と一霊)は互いに陰陽の差こそあれ、ニンマリとした。
「食べながらでもいいが…」
『いえ、僕はお茶の間の方にいますから、済ませて下さい。じっと見ているというのも気が引けますので…』

|

2013年5月 1日 (水)

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第五十五回)

  幽霊パッション 第三章   水本爽涼Photo_13



    (第五十五回)

「…すみません。すぐ消えます!」
 それだけ云うと、幽霊平林はスゥ~っと、いつもの格好よさで消え失せた。もちろん、最初から食堂へ長居する気などない幽霊平林で、現れたことだけを伝えたかったのだ。まあ、そんなことも考えながら一端は消えた幽霊平林だったが、当然のことながら、ふたたび屋上へと現れた。とはいえ、すぐに上山がやってくる訳もないから、毎度のことのようにフワリフワリと漂いながら待った。便利なもので、幽霊には時の流れがないから、人間界のように待つことで苛(いら)立つという感情の昂(たかぶ)りが生じない利点はあった。幽霊平林もご多分に漏れずただ漂うだけで、苦になったり、苛立つようなことはなかった。
 上山がエレベーターで昇ってきたのは、三十分ほど経ってからである。
「待たせたな…」
 上山も幽霊平林がすでに現れていることは予見していたから、至極ありきたりに開口一番、そう云った。幽霊平林には、待たされているという人間の苛立ちといった感情がないから、腹は立っていなかったが、ふと、生前の感覚を想い出し、『いえ、それほどは…』と、表面上は云った。
「で、アイデアか何か浮かんだの? 私の方は、岬君と話したとかで、さっぱりだよ…」
『岬ですか? 朝、出勤する姿、見ましたよ、僕も』
「そういや、君の後輩だったなあ。彼も子供が出来たからなあ…。随分と親父らしくなってきた」
『そうですか…。僕は、あいつと話が出来ませんから…』
「そりゃ、そうだ…。で、話の方は?」
『ああ、そうでした。世界語のメンバーは個々じゃなく、グローバルに念じれば、いいんじゃないかと思いましてね。武器輸出禁止条約もそうでしたし…』
「グローバルにな。それもアリかもな。なにせ、荘厳な如意の筆がバックボーンに、どっしり控えているから、可能かも知れん」

|

« 2013年4月 | トップページ | 2013年6月 »