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2013年7月

2013年7月31日 (水)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第42回

   あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第四十二回                          

「まあ、信じるとしましょう。お告げの通りになればいいんですがねえ」
「いえ、必ず、なります。なるんです」
 執拗(しつよう)なまでに沼澤氏は念を押す。そう云われれば私にも少しずつ、お告げのようになるかも知れん…という気持が頭を擡(もた)げてくる。
「あのう…それは、明日からでも起こるんでしょうか?」
「ああ、事象の生じるタイミングですか? それは一概に云えませんね。明日の場合もあれば、一週間後のことだってあるのです」
「たとえば、こういう場合に起こるとか、そんなのもないんでしょうね? …ないか。ちょっと、都合よ過ぎますよね?」
 私は訊ねた内容を自ら全否定した。
「ええ、そういった法則性は、私の知る限り、未だ、ございません」
「過去に私のような方がおられたようなことは?」
「あなたほど強運の持ち主ではございませんが、かなり強運をお持ちのお方は確かに、いらっしゃいました」
 その時、ママが私のほぼ空になったグラスを手にした。
「ダブル、もう一杯、作るわね」
「んっ? ああ、頼みます…。で、その方は今?」
 私は、なおも沼澤氏に踏み込んだ質問をしていた。

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2013年7月30日 (火)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第41回

    あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第四十一回                          

「って、満君が富豪になるってことですか?」
 遠いボックスに座る早希ちゃんが声を投げた。
「えっ? あっ、はい。そういうことも含みますね」
 早希ちゃんを見遣り、沼澤氏は返した。そしてまた、マティーニをチビリと、ひと口やった。この沼澤氏がチビリとカクテルグラスを傾ける仕草が、老齢の枯れた風貌に実によく馴染んでいるように私には思えた。
「私、満君のお嫁さんにして貰おっかなあ~。どぉ~、満君?」
「悪い冗談はよせよ。本気にするぜ」
 マジで云っているようには思えなかったが、私としては悪い気はしない。こんな中年男に、二十(はたち)そこいらの娘が靡(なび)くとは思えないが、そうとも限らないぞ…という微妙な可能性を否定しつつも信じている節があった。
「いいお得意様のようだから大事にしないといけないわね。ホホホ…」
 ママも本気で云っているとは思えなかったが、べんちゃらを繰り出しながら笑った。
「沼澤さんが偉いことを云ってくれたお蔭で、今夜は二人に苛(いじ)められるなあ…」
 私は冗談混じりで愚痴った。
「いえ、本当のことをお告げしたまでです…」
 沼澤氏は終始、冷静さを保ち続けた。

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2013年7月29日 (月)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第40回

    あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第四十回                          

「だから、ママや早希ちゃんのように、正面に立たなくてもいい訳ですね?」
「はい、そういうことです」
「座ったままで、よろしいんでしょうか?」
「ええ、そのままで結構でございます」
 偉く個人差がある占いだな…と私は少し訝(いぶか)しく思った。沼澤氏はふたたび同じような仕草をして、両の瞼を閉じた。もちろん、長文の祝詞(のりと)モドキを読んだ後である。沼澤氏が瞑想に耽(ふけ)る間、みかんの店内はBGMのムード音楽以外、一切の音が遮断され、妙な緊張感が覆い尽くした。
「ば、馬鹿なっ! …このような運気の持ち主を、私は今までに見たことがない。あ、あんたはすごい! い、いえ…思わず興奮してしまいました。申し訳ございません。しかし、あなたはものすごい運気をお持ちです。今後、あなたがなされることは、ことごとく成就され、その名声は救世主として世界に轟(とどろ)くことでしょう!」
 突然、素っ頓狂な声をあげて語りだした沼澤氏だか、上手くおだてておいて、あとからゴッソリと、せしめようという魂胆か…と思え、私はニタリと笑って沼澤氏に訊ねた。
「ええっ? 本当ですかぁ?」
「はい、本当ですとも。私は今迄に偽りのお告げをしたことはございません。これは、天地神明に誓って申し上げます」
 私は一瞬、テレビ中継で流れる国会の証人喚問の一コマを思い出した。

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2013年7月28日 (日)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第39回

    あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第三十九回                          

「さて、どうなさいます? あなたは」
 お鉢が私のところへ回ってきた。
「ええ、もちろん。私も半分方は疑っておりますが…」
 私は嘘を云うのが不得手な性分だから、正直な気持を沼澤氏に伝えた。
「ははは…、実直なお方ですなあ。…では」
「あのう…私は動かなくてもいいんですか?」
「ええ、結構なんです。玉がそう申しておりますので…」
「えっ? どういうことでしょう?」
「何と申せばいいですかな。話せば長くなりますから、掻い摘んで申します」
「はい…」
「ママさんとあちらにお座りの女店員さんの場合、まあ、こんなことを申しちゃなんですが、普通のお方と見えまして、玉もそれは分かっておりました。こういう場合には正面にお立ち戴かなくてはなりません。その場合でも、ママさんと女店員さんのように玉の判断は異なります。玉はその判断結果を霊力で私に送るのです」
「なるほど…。で、私の場合は?」
「ですから、あなたの場合は普通のお方とは違う、何と申しますかな…そう! 特別なあなたのオーラを玉が感じ取った…とでも云っておきましょうか」

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2013年7月27日 (土)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第38回

    あんたはすごい!    水本爽涼                                                                                                                       
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     第三十八回                          

「面白くはありませんが、まあ興味をお持ち戴ければ、それで結構です…」
 沼澤氏は終始、冷静である。
「え~と、それじゃ次は私ね?」
 早希ちゃんは席を立つと、私達が座るカウンターの方へ近づいてきた。
「じゃあ、ママさんと同じように、玉の正面へ立って下さいますか?」
「ええ、いいわよ」
 早希ちゃんはママが立つ酒棚側へ入ると、臆することなく水晶玉の前へ立った。沼澤氏は水晶玉をじっと覗(のぞ)き込むと、そこに映った早希ちゃんの姿を目を細めて凝視(ぎょうし)した。そして、ママにやった時と同じような仕草で長い祝詞(のりと)のような長文を約二分、読誦(どくじゅ)し始めた。その後も全てがママの時と同じ繰り返しで、冥想の後、静かに両の瞼を開けた。
「あなたはどうも、玉の事実を信じておられぬようです。当然、玉もそれが分かっておるのか、あなたの運を探ろうとはしていません。というより、むしろ探ることを拒絶しているのです。よって、あなたの未来運は予測不可能です」
「沼澤さん、それは、この玉の事実を信じる者のみが占えるってことですか?」
「ええ、まあそうです。半信半疑でもいいのですから…。信じて戴ける方は玉もよく承知しております」
 早希ちゃんは小声で、「…やってらんないわっ」と、投げやりぎみに呟くと、元の席へと戻って座った。

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2013年7月26日 (金)

短編小説集(7) 

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スピンオフ小説 あんたはすごい! 第37回

    あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第三十七回                          

そのママの姿を沼澤氏は水晶玉を通して、じっと窺い見た。そうして、目を細めながら何やら呪文のような長文を口にし始めたのである。私が耳を欹(そばだ)てると、どうも祝詞(のりと)のようなのだが、どこか違うようにも思えた。兄の沼澤草男氏の手伝いをしていたということだから、たぶんその頃、見よう見真似で習得したのでは…と、想像した。およそ二分弱、その祝詞のような長文は続いたが、それが終わると沼澤氏は細めた目を一端、閉じてしばらく冥想に耽(ふけ)った。固唾(かたず)を飲んで私が見る中、ふたたびカッ! と目を見開いた沼澤氏は、静かにママを見つめた。
「…玉の申すには、あなたの運気は鳴かず飛ばず、というところで、そう特別な幸せ事もなければ不幸になる心配も当分の間はないということです。早い話、現状維持ですな」
「…はあ?」
 ママは怪訝(けげん)な眼差(まなざ)しで沼澤氏にぽつんと云った。何か眉唾(まゆつば)っぽいぞ…と私は思った。こんな占い程度なら私にだって出来るさ、と思えたのである。沼澤氏は、なおも続けた。
「いえいえ、こうした運気の現れは素晴らしいことなのですよ。ほとんどの方が負の運気、つまりは、不幸に沈む兆(きざ)しの運気を持たれておるのです」
「そうなんですの?」
「なんか、面白そう!」
ここうしたことを余り信じない早希ちゃんが、遠い席から割って入った。

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2013年7月25日 (木)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第36回

    あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第三十六回                          

 幸運が訪れる裏には、隠された何かがあるのか…と、私は少し不気味に思った。
「ママさん、棚の水晶玉をこのカウンタ-へ置いて戴けませんか?」
「えっ? だって、掃除する時も触れちゃ霊気が失せるからいけないって云ってらしたのに…」
 ママは微妙に戸惑って、沼澤氏に確認した。
「いや、それは大丈夫です。私が今、念力を玉に向かって送り、その霊力を封じましたから、何の差し障(さわ)りもありません。玉は今、眠っております」
「そうですか? それじゃ…」
 ママは恐る恐る、酒棚に置かれた水晶玉を布切れごと持つと、カウンター上へ移動した。
「どうされるお積りです?」
「こであなた方とこうしてお会い出来たのも何かのご縁。微力ながら、私の霊術であなた方の今後を占って差し上げましょう」
 そんなことは、こちらが決めることだ…と、私はやや不快感を抱いたが、云われるまま黙っていた。
「ほんと! ワォ~」
 早希ちゃんは、すごくテンションが高い。
「まず、ママさんから…。ママさん、この水晶玉の正面にお立ち下さい」
「は、はい…。こうですか?」
 お水の世界ではプロのママも、沼澤氏の前ではズブの素人っぽく、どことなくぎこちない。

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2013年7月24日 (水)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第35回

    あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第三十五回                          

「なんか、よく分かりませんが、取りあえず頂戴しておくとしましょう。…しかし、ママが云うように、ただ戴くというのも気が引けますね」
「いや、本当に気になされず…。どこぞで景品を貰(もら)った、ぐらいに思って戴ければ、それで結構ですから…。あとで金をせしめよう…などという類(たぐい)の話ではないですから、どうぞ、ご安心を」
「そうですか? ただほど恐いものはない、と申しますがね。…それじゃ。いえね、実のところ、霊感商法か何かじゃないか、と云っていたんですよ」
 私はママから手渡された小玉を脱いでいた背広上衣のポケットに入れた。
「ははは…、それはよく云われます」
 沼澤氏は小さく笑い、グラスのマティーニをまたチビリと口へ流し込んだ。
「小玉も同じように幸運を招くのでしょうか?」
 私は素朴な疑問を沼澤氏に投げ掛けた。
「それは無論ですよ。ただ、前の棚に置かれている水晶玉に比べれば、親子ほども差はございましょうが…」
「そうなんですか? よく分かりませんが…。で、その霊力は金銭面だけのものなのですか?」
「いいえ~、あらゆる多岐の方面に渡り、幸運が訪れます」
「なんだ、いいこと尽くしじゃありませんか」
「ええ、まあ…。今は、そう思っていて下すって結構です

 沼澤氏は少し意味深な云い方をした。三人の目線が一斉に沼澤氏に注がれた。

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2013年7月23日 (火)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第34回

    あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第三十四回                          

「…別に理由などありません。玉から発せられる霊力により、私がそう感じたまでです」
 分かりよい説明だ…と、私は思った。ただ、玉から発せられる霊力というところは今一、難解だった。
「それで、いつまで店に置いておかれる積もりなんです? 不都合はないのですか?」
「不都合などと…。玉が私の元へ帰りたい、と告げるまでです。それがいつなのかは、私にも分かりません。それまでは度々(たびたび)、寄らせて貰うことになると思いますが、…」
 語尾を暈した沼澤氏は、チビリとマティーニを口へ流した。
「私の方はいっこう構いませんのよ。来られるお客様へのいい話のネタにもなりますし…」
 ママが話に加わった。
「そうそう、云い忘れるところでした。この前、お渡しした小箱の玉ですが、寄られたお方には必ず差し上げて下さい」
「えっ? あっ、はい。そうしますわ。でも、高価なんでしょ? 紫水晶(アメジスト)って。それが…」
「ははは…、気になさらないで下さい。小玉は幾らでもございます。で、あなたは、もう?」
 急に沼澤氏は私を指さした。
「い、いえ、まだ貰ってませんが…」
「なら、ママさん、こちらにおひとつ差し上げて下さい」
「…はい」
 ママは酒棚の隅に置かれた小箱から紫水晶の小玉を一つ取り出し、私に手渡した。

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2013年7月22日 (月)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第33回

    あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第三十三回                          

「ありますか…」
 そうなんだ、あるんだ…と、諭(さと)されたような気分で、訊ねるでなく、思わず私は呟いていた。
「ええ、あるのです。霊力による、そうした稀有(けう)な事象が…」
「って、沼澤さん、ママの宝くじもそれ?」
 沼澤氏は黙したまま、静かに首を縦に振り
、また話し始めた。
「ええ、その一つなんですよ。…まだまだ、これからです。先が楽しみとお思い下さい」
「でも、それってキショくないですかぁ~?」
早希ちゃんは、こういう超常現象的な話を全然、信じていない節がある。だからか、実に云い方が軽い。
「んっ? どういうことでしょう?」
「だからぁ~、そんなことが続けば気持悪くありません?」
「ああ、そういうことですか。…全てがこの玉の放つ霊力なのですよ…」
「信じらんない、そんなの」
「早希ちゃん、まあそう云うなよ。そんなことってあるかも知れない。いえね、沼澤さん。私も不思議な出来事には遭遇したことがあるもんでしてね…」
「ほう、そうでしたか…」
「それで、そんな霊力のある水晶玉をこの店に置こうと思われたのは、そもそも何故です?」
 私は、水晶玉の話をママから聞かされた時以来、ずっと抱いていた素朴な疑問を沼澤氏にぶつけていた。

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2013年7月21日 (日)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第32回

    あんたはすごい!    水本爽涼                                                                               
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     第三十二回                          

訝(いぶか)しげな顔をして、早希ちゃんは不満げに水コップを準備しだした。
「マティーニでしたわね? …沼澤さんは、この近くで週二回、心霊占いの教室を開いておられるの」
 ママが早希ちゃんと私の不穏な空気を察知して、割って入った。
「えっ? ああ…そうなんですか」
 私はふたたび、隣に座った沼澤氏のことに気持が動き、水のことは忘れてしまっていた。
「心霊教室といいましても、そう大したもんじゃありませんが…」
 沼澤氏は偉く謙遜した。この人が、この店に突如として現われ、幸運がこの店に舞い込みます、などと嘯(うそぶ)いた人とは、私にはとても思えなかった。そうは云っても、酒棚に光り輝く水晶玉は、現実に存在しているのだった。
「あらっ、ご謙遜なされることございませんわ。この前、買った宝くじ、バッチリ当たりましたのよ。小旅行できるぐらいですけどね…」
 ママは大層、ご満悦である。
「やったじゃない、ママ。やっぱり、沼澤さんが云う通り、この玉の霊力なのよぉ~」
 水コップを私の前に置いて、早希ちゃんがやや大きめの声を出した。
「それは、あります…」
 沼澤氏は態度を豹変させ、霊術師のように厳かな声で静かに云い切った。妙な説得力がその言葉にあるのを、私は感じた。

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2013年7月20日 (土)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第31回

    あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第三十一回                          

「あらっ! 沼澤さんじゃないですか。今日も終わって来られたの?」
 振り向くと、老齢の紳士がカウンターへ、つかつかと近づいてきた。ママの言葉で、この男が自称、霊術師の沼澤氏なんだ…と、私は思った。
「はい、そうなんですが…こちらは?」
「えっ? ああ、満君。いえ、塩山さんです。お得意様」
「そうですか…。私、沼澤と申します」
 名刺を背広から出しながら、沼澤氏は椅子(チェアー)にも座らず挨拶をした。なんだか失礼に思えた私は、仕方なく椅子を下りて立ち、名刺を受取ると自分の名刺を渡した。
「塩山です…。ご兄弟のことは知人から伺っております」
「ああ、兄のことですか…」
 立って話をする二人を見て、ママが笑った。
「二人とも、もう…。座ったら?」
 ふと、間が抜けた自分の立ち姿に気づき、私はすぐにカウンター椅子に座り直した。沼澤氏も私に続いて、罰が悪そうに隣の席へ座った。早希ちゃんは水コップを盆に乗せて運ぶ。そういや、私が来店した時は、いつも水が出なかった。敢(あ)えて、水を…と、私が云わなかったのも悪いのだが、それが当然のように繰り返されてきた。沼澤氏に水コップを運ぶ早希ちゃんを見て、この時、初めてそのことに気づいたのだった。
「早希ちゃん、俺も水」
 早希ちゃんが盆からカウンターへ水コップを置いた瞬間、私はそう云っていた。

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2013年7月19日 (金)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第30回

    あんたはすごい!    水本爽涼                                                                              
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     第三十回                          

「どんな人だろうな…。機会があれば一度、会ってみたいな」
 早希ちゃんの方を向いてそう云うと、彼女は聞いていない風で、何やら一生懸命、していた。
「ちょくちょく通ってくれれば、そのうち会えるわよ…」
 聞いていないと思ったが、実はちゃんと聞いている早希ちゃんだった。ただ目線は私にはなかった。
「何してるんだ?」
「ああ、これよ。最近、買ったタッチパネル式…」
 そういや巷(ちまた)ではどんどん携帯の新機種が出回っていて、私の携帯などは既に過去の遺物にでも認定されそうな骨董であった。それに比べ、最新型に買い換えた早希ちゃんは、それを弄(いじく)っていた訳で、たぶんメールでも打っていたのだろう。私などは携帯はシンプルで、電話の機能さえ果たせればそれでいい、と思っている部族だから、私自身も、もう過去の歴史的存在なのかも知れない。まあ、それは兎も角として、そんなことを思いながら飲んでいると、店のドアが開いて一人の客が入ってきた。

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2013年7月18日 (木)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第29回

    あんたはすごい!    水本爽涼                                                                               

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    第二十九回                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                     

ただ、すでにママが小箱を沼澤氏から手渡されていたから、事の次第を聞いてからにしようと思い、云わずにおいた。
「綺麗な紫水晶(アメジスト)ですよね。なんか、キラキラしてるな。あっ! 光の加減か…。これ、結構したんじゃないですか? ママ」
「それがさあ~、私がいくらほどお支払すればよろしいでしょう? って訊ねたらね、そんなもんは頂戴出来ません、けっこうです、って、こうなのよぉ~」
「少し妙な話ですね」
「そうなのよ。私もいたから、これは怪(おか)しいな…と思ったわ。誰がお金も貰わずにさ、高価なものを置いてく馬鹿がいるう?」
 早希ちゃんが、かなり興奮して話に割り込んできた。
「んっ? そりゃ、まあそうだわなあ…」
 間違ってはいないから、私も異論を挟む余地がなく、そう肯定した。早希ちゃんが急に話しかけるとは思っていなかった心の油断もある。
「しかしママ、いったい沼澤さんの意図は何なんですか? 商売でもないようだし…」
「私もね、そんなことをして貰っちゃ困ります、とは云ったんだけどね。棚の水晶玉も預かってることだしさあ。でも、どうぞ気兼ねなさらず、って諄(くど)く云われるもので、つい」
 ママは小箱を貰った事情を説明した。

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2013年7月17日 (水)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第28回

    あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第二十八回                          

その直後、早希ちゃんが息を切らせて店のドアから飛び込んできた。
「ふぅ~。すみませぇ~ん。あっ! 満君。もう来てたんだ」
「来ていて悪かったな」
 私は笑みを浮かべて拗(す)ねてみせた。
「まあ。今日は絡むわねぇ」
「ははは…、冗談冗談」
 ママは私と早希ちゃんが話している間に店の奥へ入ったが、直ぐに戻ってきた。手には何やら持っている。
「はい! これが電話で云ってたものなのよ」
 ママがカウンターの上へ置いたものとは、輝くガラス玉のようなものがたくさん入った小箱だった。見ようによっては、幼い頃によく遊んだビ―玉に見えないこともない。
「いったい何なんですか? これ…」
「三日ほど前に沼澤さんがまた、いらして、置いてかれた水晶小玉」
「はあ、それで…」
 私は合いの手を入れることも忘れなかった。
「来店されるお客様お一人お一人にね、一個ずつ差し上げてくれって。まあ、お守り代わりっていうか、幸福になれるっていう、なんかそうゆうの…」
 ははーん、こりゃよくある霊感商法だわ…と、私は咄嗟(とっさ)に思った。早い話、押し売りではない思わせ売りとでも呼べそうな如何(いかが)わしい商売に思えたのだ。

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2013年7月16日 (火)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第27回

    あんたはすごい!    水本爽涼                                                                              
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     第二十七回                          

 案の定、みかんには開店準備中の掛け札が下がっていたが、店の鍵は開いていた。ドアを入ると、ママがカウンターの椅子に座っていた。店内は態(わざ)と採光を遮(さえぎ)った漆黒の闇で、その中にクリプトン球のペンダントや壁埋め式に設置されたビーム球がオレンジ光を放って適当に配置されていた。その醸し出す柔らかな浄光が心を和ませ、のんびりと酒を味わおう…という気分にさせるのだった。
「あらっ! 満君、やっぱり来てくれたのね」
 早希ちゃんは、まだ店には出ていなかった。
「ママだけみたいですね」
「えっ? ああ、早希ちゃん? 早希ちゃんなら、もう来ると思うわ、まあ、座って。あの子にしちゃ珍しいのよ。いつも私より早いんだから…」
 そうなんだ…と、内輪の事情を知らない私は初めてそうした事実を知らされた。早希ちゃんは、早く店へ出て開店準備をする感心な娘…というイメージが勝手に私の心中で形成されていく。私は、ママの隣の席へ座った。
「ところで、電話での話って何ですか?」
「ああ、満君に見せたいものがあるって云ったこと? …それは、後から…」
「偉(えら)く勿体ぶりますね?」
「そんなことないわよ。ただ、早希ちゃんもいた方が話が弾みそうな気がするから。ただ、それだけ…」
 ママはカウンター席を立ち、酒棚側へ入った。

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2013年7月15日 (月)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第26回

    あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第二十六回                          

夕刻、ぶらりと私はスナックみかんのある繁華街へ向け、車を走らせていた。休日ということでラフな格好で出かけようか…と思ったが、会社でそれなりのポストを頂戴している身としては、得意先や会社関連の重要人物に遭遇することを考慮に入れ、慎重を期さねばならないから、中庸を心掛けて出かけた。とはいえ、時研では、あの出で立ちで闊歩しているのだから、或る種、矛盾している発想だったのだが…。
 いつものA・N・Lで軽い夕食を済ませ、コーヒーを飲んで時を流した。そして、六時を回った頃、みかんへ向かった。この前もそうだったように、少し早いか…とも思えたが、ママから電話をしてきたくらいだから店は開いているに違いない…と踏んでいた。この時間帯で店へ寄るのは、その時を含めても、これで確か三、四度だった。その中で、三度までもが水晶玉の一件に絡んでいた。霊術師で沼澤草次という老齢の紳士に私やママ、それに早希ちゃんの三人は翻弄(ほんろう)されている嫌いがあるようだった。しかし、はっきりとした結論めいた結果を導き出せない限り、引くに引けない。というか、みかんの連中はその沼澤氏の話にどっふりと浸かっているのだから、私一人がどうこう云ってみたところで詮(せん)なき話だった。今後、水晶玉がどういう珍事を巻き起こすのかに全てはかかっていた。そしてこの時、向かっていたみかんでママが見せようとしていたものは…。
 例の格安駐車場に車を駐車させてしばらく歩き、みかんのある雑居ビルに到着した私は、店への階段を下った。

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2013年7月14日 (日)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第25回

    あんたはすごい!    水本爽涼                                     
                                          Photo_25


                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                           
                                                                                                                                                                               

     第二十五回                          

「あらっ、詳しいの?」
「いや、そんなこともないんですけどね。あるグループの知人から聞いたんですよ」
「ふ~ん、そうなの…」
 ママはそれ以上は訊かず、名刺を元の棚に戻した。
「それでママ、何か幸運は起こりそうなんですか? お店に」
「あら嫌だ、まさかぁ~。ほほほ…、まだ何日も経(た)ってやしないのにぃ~」
「そうですよねぇ~。満君はせっかちなんだからぁ」
 女性二人? まあ、二人なんだろうが、その二人に冷やかされては万事休す、である。私はダブルをもう一杯、おかわりした。
 それから一週間が経っていた。丁度その日は休日で、私は家でのんびりと余暇を過ごしていた。ソファーで何気なく新聞を読みながら、特製の冷えたミックスジュースを飲んでいると携帯の着信音がした。みかんのママからだった。
「はい、塩山です」
「満ちゃん? 出なきゃ、メールしようと思ってたんだけど、今日、お店に来ない? お見せしたいものがあるのよぉ~」
「えっ! 今日ですか? 何だろう、ママにそう云われちゃ、なんだか怖いなあ。まあ、時間があれば寄らせて貰います」
 私は当たり障りのない返事をして電話を切った。ママが私に何を見せようというのか、この時点では全く予想だに出来なかった。

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2013年7月13日 (土)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第24回

    あんたはすごい!    水本爽涼                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                        
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     第二十四回                          

「もちろん、動かしちゃ駄目ってことでもないらしいの。ここへ置いとけばさあ、埃(ほこり)を被ったりするじゃない。当然、今日、早希ちゃんがやってたようなことをするでしょ? で、玉に被った埃とか周囲とかを雑巾で拭くことになるわ。すると、ひょんなことて触れたり触ったりすることもありよね?」
「ええ、そりゃまあ…」
 私は、ただのオーディエンスになった。ママのボルテージは益々、増幅する。
「だからさあ、玉を動かしちゃ駄目っていうのでもないわけ。要はさ、他の場所へ移したりすれば霊気が失せるってこと」
「…と、その紳士が云ったんですね?」
「そう…」
 そうなんだ…と思いつつ、私はグラスを口へと運び、グビッと冷えたウイスキーを飲んだ。
「名刺を貰ったそうじゃないですか」
「そうそう、…これっ」
 ママは酒棚の隅に置いていた名刺を手に取り、カウンターの上へ置いた。
「沼澤草次…、どこかで聞いたような名だなあ…」
 私はカウンターに置かれた名刺を眺めながら、話すでなく呟いた。
「真砂稲荷の宮司で沼澤さん、ってご存知?」
「えっ? ええ…そりゃもちろん。聞いてよく知ってます。沼澤草男さんですよね?」
「そう…。その沼澤さんの弟さんらしいわ」
「へえ~! 世間は広いようで狭いんだなあ~」
 私はトーンをやや大きくして、少なからず驚いた。

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2013年7月12日 (金)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第23回

    あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第二十三回                          

「やっぱり、何かあんのかしら?」
 早希ちゃんは少し怖くなったのか、酒棚に置かれた水晶玉を窺い見て、小声で云った。
「なに云ってんの! ほほほ…、馬鹿な子ねえ。そんなこと、ある訳ないでしょ」
 ママは態(わざ)と強がってみせ、小さく笑う。私はボックスから立ち上がると、カウンター席へ移動した。後ろに二人が従う。
「少し寝不足気味のせいだと思います」
「そう? なら、いいんだけど…。いつものでいい?」
「はい…」
 ママはカウンターの酒棚側へ入ると氷を準備する。キープしたボトルは二本ある。早希ちゃんはその一本を棚から下ろし、ママに手渡す。慣れたママの手つきでダブルの水割りが仕上がっていく。今日のつまみは、ピーナツだ。早希ちゃんは、それが乗った小皿を私の前へ置く。
「え~と、どこまで話したっけ?」
「棚から動かしちゃ幸運が逃げるって云ったとこじゃなかったですか?」
 早希ちゃんがママをフォローする。
「そうそう…。まあ、そんなことはない、とは思うんだけど、そう云われちゃねえ~。なにもさぁ~、置かなきゃなんない訳なんて、これっぽっちもないのよ。見返りを要求されたのでもないからね」
「それで置いた、ってとこですか?」
「ええ…。だって、断ってさぁ~、妙なことが起きれば嫌じゃない?」
「はあ、それはまあ…」
 私は頷いて、ピーナツをひとつ齧(かじ)った。

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2013年7月11日 (木)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第22回

    あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第二十二回                          

すると、どういう訳か、まだ酒を飲んでいないにもかかわらず、水晶玉に目線が定まらず、ふらふらと目眩(めまい)がした。そんな馬鹿なことはないだろう…と自分に云い聞かせ、より一層、水晶玉を見つめ直した。だが、より目眩は募り、いよいよ目を開けているのも、ままならなくなってきた。
「どうかした? 満君!」
「満君!」
 二人の声が小さくなっていく。そこで私の記憶は頓挫(とんざ)した。頓挫したとは、何の意味もなく気絶した自分が情けないからである。まあ、そんなことはどうでもいいが、気づけばカラオケ前の長椅子上で眠っていた。未だにこの時の原因については判明していない。両瞼をゆっくり開けると、ママと早希ちゃんが心配顔で私を見下ろしていた。
「よかった。気づいたみたい、ママ」
「大丈夫? 満君」
「えっ? あっ! どうしたんでろう、俺…」
「救急、呼ぼうって云ってたとこだったのよ」
「…どれくらい気を失ってた?」
「そう…五分弱ね」
「そんなもんか…。いやあ、参ったよ。ママが指さした酒棚の水晶玉見てたらさあ、急に…」
「どうして?」
「どうして? って、こっちが訊きたいよ」
 私は少しムッとして返していた。

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2013年7月10日 (水)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第21回

    あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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  第二十一回                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                 

「なに云ってんのよ。そんな訳ないじゃん」
「何故さ?」
「だってその男、いえ、その人、ちゃんと名刺渡して、これこれに住まい致す者で、決して怪(あや)しげな商売人じゃござません、って念押したんだから…」
「いやいやいや、それだって危ない危ない。現に、そういう手口で信用させておいて、って事例も、かなりあるんだから・…」
「そうかしら…」
 早希ちゃんは不満げで、得心出来ないようだった。
「それで、ここに飾ってあるんだけど、話には、まだ続きがあんのよぉ~」
 ここでふたたび、ママの出番となった。
「と云うのもね。私が棚から動かしちゃ駄目なんですか? って訊いたのよ。そしたらさあ、何ていったと思う?」
「さあ?」
 私は首を捻った。
「いや、絶対に駄目です。霊気が乱れます。乱れるとは即ち、舞い込んだ幸運が放出され、遠退くことを意味します、ってね」
「だから、そこですか…」
「ええ…。今、早希ちゃんが掃除してたでしょ? ほら!」
 ママが背の酒棚を指さしたので、私は目線を水晶玉に集中させた。

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2013年7月 9日 (火)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第20回

    あんたはすごい!    水本爽涼                                                                                                               
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     第二十回                          

「それはいいんだけど、その紳士のことと水晶玉を棚に置いてる訳が今一、分からないんだけど」
「そうそう、話が余計なところへ行っちゃったわ、あら、嫌だ」
 ママは美しい笑顔を見せた。今日は剃り残しの顎毛もないから、男だと知らなければ、それはそれなりに色気を感じるお方もいるのだろう。だが、私は知っている。それが具合悪いし、今風の若者言葉で云えばキモイし、キショイ。
「で、その人が鞄から水晶玉を取り出した訳…。ここまでは、この前と同じだったのよ。違うのは、そこから!」
「そうなの。その男さ、紫の布切れを開いて玉を取り出すとね、それをカウンターへ置いて、じっと玉を覗き込むの」
「悪いけど、そこもこの前、聞いたんだけど…」
 ママからバトンを受け、今度は早希ちゃんが説明を始めたが、私は気づいたまま駄目出しで突っ込んだ。
「そうだった? でね、何を云うんだろうと思ったわよ。そしたらさあ」
「この店に近々、幸運が舞い込みます、とか」
「そうじゃないのよ。云うことが何かキモくってさあ」
「何、云ったの?」
 私は身を乗り出した。
「この店に、もう幸運は舞い込んでいます。それがこの水晶玉です。これをそこの酒棚に置けば、あら不思議、店はたちまち大繁盛、疑いなし! ってね」
「それって、霊感商法? そんなの、けっこういるぜ」
 私は注意を喚起すべく、釘を刺した。

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2013年7月 8日 (月)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第19回

    あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第十九回                          

「どけりゃいいじゃないですか。水晶玉なんて置く所は幾らでもあるでしょうよ」
「それには訳があんのよ、満君」
 モップやポリバケツなどを片づけて出てきた早希ちゃんがそう云う。ママとの話が聞こえていたのだろうが、耳敏(ざと)い子だと思った。それに、この際だから云わせて貰うが、二十(はたち)そこいらの娘が四十半ば過ぎの男を捕まえて、君呼ばわりするというのも如何(いかが)なものか、とも思える。しかし反面、そう呼ばれると若返って青年に戻った気分がするから、まあ痛し痒し、ってとこだろう。
「ほう、どんな訳?」
「初めから話さないと分かんないみたい、ママ」
「え~と、その人のことは一昨日(おととい)、話したわよね。でね、その人が昨日、閉店間ぎわに来られたと、…これも話したか。…それでさあ、今、満君が座ってる右の席よ、確か。そこへお座りになってね、この前と同じカクテルを注文したのよ。身だしなみもこの前と同じ背広で紳士風。鞄だって同じ黒茶の奴」
「鞄の色まで、よく覚えてましたね」
「だってさ、最近は不景気のせいなのかどうか知んないけど、客が目減りしてさあ、あの日はその紳士だけだったし、普通のお客には見えなかったから、注意してたしさあー」
 私は、なるほど、そういうことか…と理解出来た。

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2013年7月 7日 (日)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第18回

    あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第十八回                          

「それで?」と、私が話し始めた時、ママが強烈な反動で遮り、語りだした。
「ちょっと! これ見てよ、満君…」
 ママが語尾を延ばす時は、ほぼ間違いない確率で話が長引くのだ。私は、しまった! と思った。機先を制す、とは正にこのことではないだろうか。まあ、それは兎も角として、ママが指さした背後の酒棚には、なんと一昨日(おととい)、話題になった水晶玉が飾られているではないか。しかもそれは酒瓶と酒瓶の間に置かれていて、カウンター席に座る私からすれば丁度、正面に見え、妙な違和感を醸し出していた。本来、酒瓶の類(たぐい)は、各種入り乱れてズラリと並んでいるから圧巻なのであって、酒を嗜(てしな)む場に落ち着きを与えるのだ。私が早希ちゃんに感(かま)けて、ついうっかり正面の酒棚を見ていなかったのが原因なのだが 、それにしても何も酒棚に水晶玉なんぞ置かなくてもいいじゃないか…とは思えた。
「なんか場違いでしょ? こんなとこへ置くなんて…」
 ママは私の心底が読めるのではないかと思えるほど的確に私の疑問を説明した。
「あっ! 云い忘れたわ。あの客さ、昨日、来たのよ~~。それも閉店間ぎわ。堪(たま)ったもんじゃないわ~」
 私が訊ねるどころの話ではなくなった。ママは機関銃を連射するかのように、けたたましく続けた。

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2013年7月 6日 (土)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第17回

    あんたはすごい!    水本爽涼
                                    
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     第十七回                          

 社員駐車場で腕時計を見ると六時前である。いくらなんでも早過ぎるか…と思った私は、例の二十四時間営業のファミレス、A・N・Lで夕食を軽く済ませようと考え、事実そうした。A・N・Lで腹を満たして、出たのは七時過ぎだった。この時間なら最悪でも開店準備の札は出ている筈だ…と踏んで、みかんへ向かった。
「おお、やっぱり少し早く着いたな…。だけど、開いててよかった…」
 案の定、店には開店準備の札が掛けられていて、ドアは開いていた。
「なんだ、満君か…。今日は早いわねえ」
 早希ちゃんは店内の椅子やテーブルを拭きながら、そう云った。
「なんだ、はご挨拶だな。この前の話が気になったからな…」
 私は弁解がましく返していた。そこへママが奥から顔を出した。ママが出てくるのは、いつもワンテンポ遅れたこのタイミングである。
「声がしたから…、やっぱり満君か。この前は…あっ、そうそう、一昨日(おととい)だったわね」
 ママが現われたからでもないだろうが、早希ちゃんは、ひと通り店内を見回した後、モップと布巾、それにポリバケツを片づけ始めた。この日は初めからカウンター席へ座った私は、本題へと入った。

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2013年7月 5日 (金)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第16回

    あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第十六回                          

 その日は事もなげに一日が過ぎ、少し身体がかったるかったので、昨日とは真逆に、すんなりと退社し、寄り道はせず家へ帰った。出入口で警備員の禿山さんとは違う別の交替要員がいたが、最近になって赴任されたので、もうひとつ人となりを知らず、軽く礼をして退社するに留めている。家へ帰ると、中は空虚で満たされ、住まう者が私一人のせいか、どことなく陰鬱に沈んでいる。その閉塞感に耐えきれず、私は直ちに窓という窓を開け放った。たちまち、秋の涼風が流れ、快くとはいかない迄も、家の中を開放していく。吸う息も少し冷んやりと新鮮に感じられる。さて、人心地つくと、急に腹が空いてきた。幸いにも冷凍しておいたカレーの残りがあったので解凍し、サラダを余った野菜で簡略に作り、夕飯を済ませた。
 次の日の夕方、仕事を終えた私は、みかんへ寄ってみることにした。隔日の今日だから、まだ男は現れていないに違いないが…とは思えたが、気が急いたので寄ってみることにしたのだ。社の出入口では、知己の禿山さんが警備室の中に見えた。例の仏様のような丸禿頭を照からせ、俯(うつむ)き加減だから余計に眩(まばゆ)い。私が通過しようとすると俄かに顔を上げ、ニコッとした笑顔で軽く頭を下げられた。当然、私も笑顔で軽い返礼をし、社員通用門を出た。

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2013年7月 4日 (木)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第15回

    あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第十五回                          

「そうなんですよ、少し寒過ぎます。みかんって店なんですけどね、その店は…。まだ熟れてない話です」
「おっ! 上手いこと云いますなあ。みかんだけに、熟れてないと…」
 別に洒落(しゃれ)で云った積もりはなかったのたが、禿山(はげやま)さんは私が洒落たと思ったのだろう。残った茶を飲み干し、私は椅子を立った。
「この次、店に行った折りには何らかの進展があると思いますので、また機会がありましたら お話しします。それじゃ…」
「はい、孰(いず)れまた…」
 そう云いながら私のあとを追って席を立った禿山さんは鍵を開け、ロックを外した。そして私がドアを開けると、外まで出てくれた。
「楽しみにしとります」
 禿山さんの言葉を背に受けながら、私は課へと向かった。辺りは閑散としていて、まだ人っ子ひとりいない。歩きながら、禿山さんも寂しい人生を送っておられるんだ…と、勝手に解釈して憐れんでいる。よーく考えれば、四十半ば過ぎで一人暮らしを続ける私の方が、ずっと哀れなのかも知れない。人を憐れんでいる場合じゃない…と思ったが、その時また、みかんの一件が脳裡を過(よぎ)った。これは遅かれ早かれ、きっちり話を終わらせなきゃいかんな…と私は思った。

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2013年7月 3日 (水)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第14回

    あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第十四回                          

「そうですねえ…。面白いかどうかは分かりませんが、ひとつあるといや、あります」
「ほう…」
 禿山さんは丸禿頭を照からせて身を乗り出した。
「いや、これは今朝、早く来たのと関係があるんてすけどね。実は、昨晩、あれから飲みに街へ出たんですよ」
「ああ、そういや、昨日は暗くなるまで残っとられましたなあ…」
「ええ…。私の行きつけのスナックがあるのですが、そこで拾った話なんです…」
「ほう、なるほど…。それで?」 
 禿山さんは椅子へ座り直し、ふたたび身を乗り出した。
「そこのママと店の子が、妙な客が来たと云いましてね。それというのが、どうも占い師のようなんですが、しかし、そうでもないような…」
「えっ? どういうことです?」
「いや、その辺りがはっきりしないから、妙な客だ…ということらしいんですが…。なんでも、この店に近々、幸運が訪れます、とか何とか…」
「はは~ん、インチキまがいって奴ですか?」
「それがどうも、そうでもないらしいんですが
…」
「得体の知れん話ですな?」
「はい…。私も実際にその男を見た訳じゃないんで、何とも云えんのですが…」
「怪談にしちゃ、もう秋ですからなあ…」
 禿山さんはそう云うと、俄かに相好を崩した。

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2013年7月 2日 (火)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第13回

    あんたはすごい!    水本爽涼                                     

                                          
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     第十三回                          

小一時間を課で一人、ぽつねんとしているのは情けないし、ただ皆が出勤してくるのを待ち続けるのも芸がない話だ…と、思えた。それで私は、「じゃあ、ちょっとだけ…」と了解して警備室へ入れて貰った。警備室に入るには、内ロックを外さない限り外部からは入れないのだが、云うまでもなく、不法侵入者をシャット・アウトするための手段である。私が警備室の中へ入り、置かれた椅子に座ると、念のためなのだろうが、禿山さんはふたたび施錠してロックした。
「まあ、こんなことをする必要もないんですがね…。最近は何が起こるか分からんご時世ですから…」
 そう云いながら禿山さんは小棚から茶碗と駄菓子を出し、私の前のテーブル上に置いた。
「出涸らしですが…」
 動作を続ける禿山さんは、急須に保温ポットの湯を入れ、それを茶碗へ注いだ。私はそれを有難くひと口、戴いた。
「何か面白い話はありませんか? どうも警備員って奴は単調で疲れるんです。若い頃はそうでもなかったんですけど、この歳になりますとねえ…」と、愚痴っぽく云って、禿山さんは爆笑した。

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2013年7月 1日 (月)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第12回

    あんたはすごい!    水本爽涼                                     

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     第十二回                          

 他に熟(こな)す用もなく、ファミレスから直接、出勤した。社内駐車場で腕を見ると、いつもよりは一時間ばかり早く、社員はまだ誰も来ていないようだった。
「なんだ…塩山さんでしたか。夜は遅いし、朝は早いご出勤、ご精が出ますな」
 警備室のガラス窓からは、社内への出入者が一目瞭然で、通用門を潜(くぐ)る者は社内、社外の者を問わず赤ランプが点灯する仕組みになっている。もちろん、警備室からのみ見えるのであって、出入りする者からは見えない。当然、不審人物や暴漢用に緊急時の非常警報ボタン、監視カメラ、社内連絡用マイク等が完備し、システムは万全だ。私は、そのまま通過して課へ向かおうとしたが、立ち止まって、「いや、そんないい社員じゃないんですよ…」と、頭を掻きながら笑って暈した。禿山さんは見回り時の制帽を被っていないから、名前の通りの禿頭である。それも仏様のような光背の輝きを持つ見事なまでの丸禿頭なのである。しかも艶光りしてしていて、思わず合掌してしまいそうになるから困る。
「まだ皆が出てくるまで小一時間あります。どうです? よければ中で十分ほど話していかれませんか?」
 禿山さんは両頬を紅潮させ、赤ら顔で笑った。

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