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2013年8月

2013年8月31日 (土)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第73回

   あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第七十三回                          

「結局、今のところ…満ちゃん、あなたも私も鳴かず飛ばず、ってとこかしらねえ」
「鳴かず飛ばずですか…。上手いこと云うよねえ、ママは」
「ほほほ…、おだてたって何も出ないわよ」
 そう云いながらも、ママはカウンターの下の小棚からツマミの小皿を出して置いた。
「おっ! こりゃ、俺の好物の烏賊(いか)さしの漬(づ)けだ…。有難い」
「田舎(いなか)から、生きのいいのを送ってくれたのよ…」
「で、作ってくれたんですか? 水割りよりチューハイのレモン割りが欲しい気分ですねえ」
 私は飽くまでも希望を云っただけだった。その時、一瞬だが、酒棚に置かれた玉が、この前と同じ異様な光を発して渦巻いた。
「そう思って…、はいっ!」
 ママは烏賊のツマミを隠していた小棚からチューハイのレモン割りのグラスをそっと出してカウンターへ置いた。見れば、今作ったように冷えている。おい、待てよ。マジックじゃあるまいし、いつ作ったんだ? と、私は奇妙さに幾らか引きながらママの顔を見た。
「フフッ、サービスよお~。早希ちゃんの変わりっ!」
 にっこり笑うママの顔が印象的だったが、サービスの嬉しさより、どうしても理解できないチューハイの出たプロセスの謎の方が勝(まさ)り、余り手放しで喜べない気分だった。

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2013年8月30日 (金)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第72回

   あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第七十二回                          

「ねえねえ、会社で何があったの?」
「えっ? ああ、さっきの続きね。会社の契約が俄かに入り出して、課の成績が急アップ!」
「あらまあ」
「その原因というのは、取引先の新製品が馬鹿売れしたからなんですが…」
「それっ
て、このせいなのかしら?」
 ママは背の酒棚に飾られた水晶玉を指さした。
「ええ、まあ…。考えようによっては、これも偶然なんでしょうが、その逆も考えられる訳で…」
「なんか、もうひとつ煮えきらないわね」
 私は防戦一方になった。ママの疑問を完全否定し得る根拠がないのである。そうかといって、玉の霊力のせいです…と断言できる根拠もないから、話に鋭く踏み込めなかった。
「ママの方は?」
「私? 私の方…。そうねえ…、そんなに変わんないけど、金離れのいいお客様が付いたことくらいかしら。まあまあね…」
 そう云うと、ママはニコリと笑った。女性ならいいが、女性ではないから、美形でも今ひとつ、グッと、そそられるものがない。もう一人の早希ちゃんは真逆で、そそるものはあるが、どうも癒(いや)されなかった。気持が少し昂(たかぶ)っても、カウンターぎみのパンチある言葉で萎(な)えた。他の客には結構、色っぽく話しかけるのだから、私には解(げ)せなかった。

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2013年8月29日 (木)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第71回

   あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第七十一回                          

「あっちは偉く盛り上がってるな」
 別に愚痴を吐くつもりはなかったのだが、今ひとつ面白くなかったのか、自然と口にしていた。
「あらっ! 少し焼いている? 満君」
 しまった…と思った時は、もう遅かった。早希ちゃんの餌に私は、まんまと釣り上げられた格好だった。
「馬鹿なことを云うんじゃないよ。どうして俺が焼かなきゃなんないのさっ」
「フフッ、それわね、少し私に気があるとかぁ~」
「怒るぜ」
 私は笑って軽く流した。
「冗談よぉ~、満君たら、本気にするんだから」
 その時、ママが氷を補充したアイスペールをカウンターへ置いた。
「はいっ!」
「あっ! どうも…」
 早希ちゃんはアイスペールを持つと、元のボックスへ戻ろうとした。
「ほどほどにねっ」
「はいっ!」
 後ろ姿の早希ちゃんにママが言葉のボールを投げ、早希ちゃんは振り向かずにそのボールを掴(つか)んだ。いつもながら気持ちがいい返事をする早希ちゃんである。もちろん、ママに対してであり、私に対してではない。その早希ちゃんは、もう、カウンターから遠ざかっていた。

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2013年8月28日 (水)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第70回

   あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第七十回                          

「いやあ、大したこっちゃないんですけどね」
「そういや、ほんと、ご無沙汰だわぁ~」
 今日はどこかママと話が噛み合わない。ママは手を女の素振りで口に添え、ホホホ…と、小さく笑った。手の甲を白く塗りたくった化粧を突き破り、数本の毛が突き出ていた。明らかに剃り残しである。顎髭(あごひげ)の剃り残しは興ざめだったが、手の甲の剃り残しも、どんなものだろう…と思えた。
「沼澤さんが、そんなのは大したことじゃないと云われたことが、今云ったように事実、会社で起こったんですよ」
「あらまあ…、ほんとに?」
「ええ、本当ですよ。ママに嘘を云っても仕方ないじゃないですか」
「そりゃまあ、そうだけどさぁ~」
 幸いにも、カウンターの陰に隠れて、手の甲の剃り残しは見えず、吹き出さずに話せたが、危ういのは危うかった。脱毛剤を使えば…などと思っていると、早希ちゃんが向こうのボックス席を立ち、カウンターへ近づいてきた。手にはアイスペールを持っていた。
「満ちゃん、いらっしゃい。ママ、氷、お願い」
「はい…」
 ママは早希ちゃんからアイスペールを受け取るとトングを外した。そして、アイスピックで製氷機の氷をボールに入れて器用に割り始めた。更には、割った氷を蛇口の水で洗い、角(かど)を取るひと工夫を施(ほどこ)した。

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2013年8月27日 (火)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第69回

   あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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   第六十九回

 
早希ちゃんは、なかなかの美声で唄った。瞬く間に唄い終え、客二人から、やんやの拍手喝采である。その賑やかさが私のいるカウンターまで伝わってきた。こちらはママとお通夜だった。お通夜な場と披露宴な場…。どう考えても私の場の旗色は悪かった。
「終わったようね…。で、さあ~」
「えっ? はい!」
 久しぶりの早希ちゃんの美声に聴き惚れ、ついママの話を忘れてしまっていた。全くもってママには失敬千万な話である。
「まだ、そんなのは大したこっちゃありません、って云うのよお~」
「何がです?」
「困った人ねえ。だからさあ、さっき云ったじゃない。あなたの会社のこととかさあ~」
「ええっ! よく知ってるなあ~ママ。会社のことは知らない筈(はず)ですよ。だって、しばらく寄ってないんだから…」
「えっ? 会社でまた何かあったの? そうじゃなくって、私が云ったのは接待がチャラになったって話」
「ああ…その話ですか。驚くなあ~、いや、参った参った」
「あら、いやだ。こっちが参るわよぉ~。それにしてもさあ、何かまたあったの? 会社」

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2013年8月26日 (月)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第68回

   あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第六十八回                          

  盛り上がっているのはボックス席の三人である。『なあ、早希ちゃんも唄えよ』、『あら、そう~お? じゃあ、唄っちゃおう…』などという声がカウンターまで響いて聞こえた。おっ! 早希ちゃんの唄か…、こりゃ久しぶりだ、と思えボックス席を見ると、早希ちゃんが選曲した番号を入れているところだった。姿勢を元に戻して何げなく酒棚を見ると、例の玉は同じ位置にあったが、その夜は異様な渦巻き状の光は発していなかった。丁度、ママが立つ位置のすぐ後ろだったから、ママの動きに連れ、チラチラと玉は見え隠れしていた。その時、カラオケの曲が変わり、新たな前奏曲が流れ出した。私がふたたびボックス席を窺(うかが)うと、早希ちゃんがマイクを握った。これは…と、耳を欹(そばだ)てた時、ママが私の耳元で囁(ささや)いた。
「沼澤さんがね、昨日(きのう)いらしたわ…」
「えっ! そうだったんですか? で、何かおっしゃってました?」
「それがね、…まあ、聞いてよ」
 私は早希ちゃんの唄とママの話を同時に聴いて聞く破目に陥ってしまった。早希ちゃんが唄い始めた。演歌とは云えないが、それでも彼女なりに客嗜好(しこう)に精一杯、合わせたような静かな曲である。これなら二人の客連中も機嫌を損ねることはなかろう…と思えた。
「満君のことを云ったのよ。そしたらさぁ~」
「えっ? ええ…」
「ちゃんと聞いてる? …終わってからにするわ」
 ママは幾らか膨(ふく)れぎみの口調でボックス席を見た。

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2013年8月25日 (日)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第67回

   あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第六十七回                          

 木枯らしが吹き始めたのは丁度、この頃だった。流石(さすが)に背広のみでは肌寒く、コートを羽織ることにしていた。
「あら! いらっしゃい。お見限りねぇ~~」
 多毛(たげ)本舗の新製品『団子っ娘』に端を発した俄か景気で多忙となり、久しく行けていなかったみかんへ寄った。ママは珍しく奥からは現れず、私がドアを開けた時は、すでにカウンター前に立っていた。私は一人で来た時のいつものワンパターンでカウンターの決まりきった指定席へ腰を下ろした。無論これは、私が勝手に指定席と思っているだけであって、みかんが決めてくれたものではない。ボックスには他の客が二人いた。店内は賑やかなカラオケが流れていた。その客の一人が有名な演歌曲を熱唱していた。決して上手い…とは云えないが、下手なのか? と聴けば、そうでもない。まあ、当たり障りのない並だな…と思いつつ、ママの顔をチラッと見た。幸いこの日も顎髭(あごひげ)の剃り残しは認められず、私はホッとした。早希ちゃんは二人の客に付いてボックスにいた。
「ママ、いつもの…」
「はい…」
 ママはこの日も慣れた手つきでダブルの水割りを作り始めた。香ばしい焼きスルメの匂いがした。今日のつまみは、これか…と思った。日本酒に合いそうなのだが、マヨネーズを絡めると、妙なことに水割りには合った。

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2013年8月24日 (土)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第66回

   あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第六十六回                          

 その日は賑やかな課内の動きはあったが、それ以上の混乱する異変も起こらず、一日が終わった。私としても、異変がそう連日、続くとは思っていないし期待もしていない。というか、むしろそう度々(たびたび)異変が起こって貰(もら)っても私が困惑するのである。理由は至極簡単で、安定した生活が望めないし、それ以上に、起こっていない事に対する漠然とした不安を抱くのは嫌だからだ。早い話、ドキドキビクビクの日々を過ごすのは困るということになる。もちろん、それが沼澤氏が告げた大幸運だったとしても、である。
 そんなこんなで十日ばかりが過ぎ、第二課の混乱も終息する様相を見せ始めていた。要は、電話対応の本数が次第に減ってきた…、もう少し分かりやすく云えば、爆発的な受注契約が先細りし始めたということである。事が生じる前の閑静な課内ではないにしろ、ようやく課員達は落ち着きを取り戻しかけたのだった。一過性の右肩上がりか…と、私は机上の契約件数を示すグラフ書類を眺めた。前の席に座る児島君が作成したものだった。件数は減少が著しかったが、契約額はすでに昨年の我が社の契約額を優に超えているのだから、鳥殻(とりがら)部長に叱責される心配は全くなかった。

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2013年8月23日 (金)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第65回

   あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第六十五回                          

「おお…、もうこんな時間か。つい、ウトウトしてしまった。いや、すまんすまん…」
「私はいいんですが、課員に示しがつきませんので…」
「いや、君の云う通りだ。申し訳ない」
「今朝は早く出勤されたんですか?」
「ん? まあな…。いや、そんな早くはないんだけどね」
 私は一端は肯定し、すぐさま否定していた。別に早く出勤することは悪いことではないのだが、深層心理として禿山(はげやま)さんと語らう光景が鮮烈に残っていたものと思われる。結局、瞬間的にその場面を児島君に知られることから回避した、と自己分析した。犯罪の取り調べにも用いられる微妙な人間心理の弱点である。
「余り眠っておられないのでは?」
「なに云ってる。昨日は疲れて早く眠ったさ」
 今朝も外部からの電話応対で課内は多忙を極めていた。一昨日(おととい)までの第二課なら、間違いなく課員達の注目の眼に晒(さら)されていたのだろうが、昨日(きのう)から全員が私のことなど眼中になく、電話応対、契約書類などの事務に明け暮れていた。この繁忙の要因は、まだ断言出来ないまでも、沼澤氏の玉の霊力と見られ、その確信は次第に私の中で高まっていた。
「そうですか…。なら、ご注意して下さい。今、コーヒーを持って来させますので…」
「なんだ? 偉くサービスがいいじゃないか」
 その言葉が終るか終らないうちに今年、配属された新入女子社員の森崎君がホットコーヒーを盆に乗せて持ってきた。
「ああ、ありがとう…」
 罰悪く、私は小声で礼を云っていた。それにしても程々は眠った筈(はず)だから、なぜ意識が遠退いたのか、が分からなかった。

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2013年8月22日 (木)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第64回

   あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第六十四回                          

 課へ向かう通路で腕を見ると、この前より二十分ばかり早かった。昨日(きのう)から繁忙になった我が第二課のことが脳裡を過(よぎ)り、知らず知らずに腰を軽くしたと考えられる。監視室で禿山(はげやま)さんと話をしているところを他の社員に見られるのを無意識で避けた感は否(いな)めない。監視室に入って話すこと自体は警備員の了解があれば何ら問題はなかった。ただ、社員が出社してきた時に、社でそれなりの地位を頂戴している私が室内に座って警備員と語らっている光景…というのも如何なものか、と思えたのである。
 課の中はガラーンとした薄暗さで、室内灯をオンにすれば一斉(いっせい)にLEDの銀灯が光を放出するのだが、早朝のせいなのか、もう少しこのままでいたかった。私は自分の机(デスク)に近づき、椅子に腰を下ろした。そして、両眼を静かに閉じた。すると、不思議なことに、スゥーっと意識が急激に遠退き、私は眠ってしまっていた。
「課長! …課長!」
「… …」
 肩を揺り動かして小声で私を起こしたのは、係長の児島君だった。私は徐(おもむろ)に右斜め前方の壁に掛けられた課の時計を眺めていた。すでに八時半ばを少し回っている。当然、課員は、ほとんど出勤していた。

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2013年8月21日 (水)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第63回

   あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第六十三回                          

「目に見えんことですからなあ。…いや、私が塩山さんの話を聞いたところで、どうこうは出来んのですが…」
「いいええ、禿山(はげやま)さんに話を聞いて戴くと、私も楽になります。なんか、同じことを知ってる人間がもう一人いるというだけでね」
「そうですか? 聞くぐらいのことでしたら容易(たやす)いことです。それで楽になるなら、いつでも云って下すって結構です」
「それじゃ、続きは孰(いず)れまた、ということで…」
 そう云うと、私は椅子を立った。ここから、入室の時と同じ構図が展開した。即ち、①私が椅子から立つのを追って禿山さんが立ち、②私より先にドアへ近づくと鍵を開けてロックを解除し、③更には、ドアを開けて私を送り出す、という①~③の構図である。そういや、入りも出も①~③の構図があることに、ふと私は気づかされた。この構図は、どうも同じ繰り返しで続いているような気が私はした。決まりきったワンパターンを繰り出すのが禿山さんの癖だとすれば、それは彼の人となりを示す縮図なんだろう…と私は小難(こむずか)しく思った。
「楽しみにしとります…」
 私が監視室を出た後、通路まで送り出してくれた禿山さんは、歩き去る私の背へ、決まり文句を柔らかく投げた。

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2013年8月20日 (火)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第62回

   あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第六十二回                          

「ということは、今日もお忙しいので?」
「はい、ここ当分は続くことになると思います」
「あのう…それってのは、塩山さんにとって幸運なんですかな?」
 唐突に禿山(はげやま)さんは私の幸運を否定した。
「だって、そうじゃないですか。そりゃ、塩山さんのお立場もよくなり、社内での聞こえもいいんでしょうが…。結果として、塩山さんは多忙で、クタクタですわな?」
「ええ、それはまあ…」
「クタクタにお疲れの割には幸運ってのが、余りに小ぶりに思えるんですがなあ…」
「小ぶり、ですか?」
「漠然とした幸運、早い話、あっても無くてもいいような、ちょいとした幸運ですが、こんなのは、幸運とまでは呼べんと思うんですがなあ。お忙しいのは幸運で?」
「それは云われる通りなのでしょうが、この先も続くことですから…。何が起こるかは私にも分かりませんが、少し期待はしているのですよ」
 私は禿山さんに敢(あ)えて反論はしなかった。それは、彼が云うことにも一応の理があったからである。
「異変が起こっておるのは、現在も進行中、ってことですかな?」
「はい、そういうことになると思います、恐らくは…」

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2013年8月19日 (月)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第61回

   あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第六十一回                                                       

「緑や黄色のような光を放ち、それが玉の中で渦巻いているのです。しかも、ママや店員の子にはその渦巻く光が見えない。私は風邪で熱があるからだろうと思え、早々に帰宅しました」
「なるほど…。それが二番目という訳ですか」
「ええ…。しかし今までの話は、ほんの触(さわ)りで、昨日の一日こそが、正に異変だったと云えるでしょう」
「と、いいますと?」
「私の取引先のお得意、これは接待を辞退した先ほどお話ししたお得意なんですが、そこが新しく発売した商品が馬鹿売れで、『団子っ娘』と云うんですが、株がどんどん上がり、関連の我が社に契約が、いっきに舞い込みまして…」
「昨日ですか?」
「はい。禿山(はげやま)さんは休みでしたが…」
「偉いことが持ち上がっとったんですなあ。まあ、いい話ですから、結構なことですが…」
「その得意先の外商は一手に私の課がやっておりますので、鳥殻(とりがら)部長にお褒めの言葉を頂戴するやら何やらで、俄かに注目を浴びることになりまして…」
「そうでしたかぁ。今のが三番目の大異変ということですかな?」
「そうなります…」
 私は少々、話し疲れたので、茶を啜(すす)った。

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2013年8月18日 (日)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第60回

   あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第六十回                          

「異変とは鼻持ちならない話ですなあ。そこいら辺りを詳しく…」
「はい…。まず最初は、これはまあ偶然といや偶然なのかも知れないのですが…。私の仕事上のことでした。お得意先の接待がある日、私は風邪ぎみで体調不良だったのですが、当然、今夜の接待は嫌だなあ、と思っておりました。すると、先方から今夜は都合が悪いので辞退したいという電話が入り、私としては、ホッとしたと云いますか…」
「まあ、よくある話といやあ、よくある話でしょうな。…それで?」
「ええ…。それで二番目の話に繋(つな)がる訳ですが、その夜、時間が空いたもんで、飲みに出たんですよ。風邪を飛ばす意味もありまして…」
「ほお…、みかんでしたかな?」
「はい、そうです。で、一人ですから、ボックスじゃなく、カウンターへ座りましたが…」
「何ぞ、ありましたか?」
「いや、別に何これがあったということじゃないのですが…。私にだけ見えたんですよ」
「何がです?」
「ああ、そうでした。私の座っている正面には例の水晶玉が、その夜も飾られていました」
「沼澤とか云う人が置いていったというやつですな?」
「はい、そうです。その玉が異様な光を放つのが私には見えたのです。本来、紫水晶の玉ですから、紫がかって見えるのです。それが…」
「ほお、それが!」
 禿山(はげやま)さんの身を乗り出して聞く癖が出た。

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2013年8月17日 (土)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第59回

   あんたはすごい!    水本爽涼
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     第五十九回                          

そこからは、この前と同じ動きとなった。重複を避けるために端折(はしょ)るが、要は、①私が椅子へ座り、②禿山(はげやま)さんが茶菓子とお茶を出し、③私が話し手、禿山さんが聞き手となる、という①~③の構図だった。
「楽しみにしとりました…」
 禿山さんは椅子に座ると開口一番、そう云った。
「え~と…、どこまでお話ししましたっけ?」
「みかんという店に現れた妙な男がいたが、インチキでもなさそうだったという触(さわ)りだけで…」
「そうそう、そうでした。で、その占い師なんですが、実は私の知り合いから聞いた沼澤草男という宮司の弟さんらしいんです」
「ほう! それは奇遇ですな」
「そうなんですよ。沼澤草次という霊術師なんですがね」
「霊術師? …まあ、インチキではないようですが、占い師ですからなあ、ハッハッハ…」
 禿山さんは、まあその程度の話だろう…と思ったのか、高らかに笑った。
「いえ、私も初めのうちは半信半疑で、どちらかといえば、今の禿山さんの心境だったんですよ。どうも、うさん臭いなあ、と…」
「何が違っとりました?」
 禿山さんは真顔に戻ると、身を乗り出してきた。私は事の仔細(しさい)を洗いざらい話すことにした。
「その沼澤氏が云う通り、私の周りで異変が怒り出しているんです」
「えっ!! それは本当で?」
「はい…」
 真剣な眼差(まなざ)しで私は頷(うなず)いた。禿山さんは言葉を失い、慌てて茶を啜(すす)った。

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2013年8月16日 (金)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第58回

   あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第五十八回                          

一刻も早く禿山(はげやま)さんに今迄の一部始終を話さねば…と思うと心が急いた。いつもなら、ゆっくりと食べるペースまで狂っていた。恐らく禿山さんも私の話を一刻も早く聞きたいとウズウズしておられるに違いないと思えた。食後のコーヒーもそこそこに勘定を済ませると、私は車を飛ばした。とは云っても、眠気(ねむけ)警察署の交通課の方々にご足労を願うほど飛ばした訳ではない。私はいつも安全運転を心がけている模範運転者だった。…そんな自慢話は聞きたくもないといわれる方も多いと思うので、話の先を急ぐことにしたい。
 会社へ着くと、バタバタと車を止め、首元のネクタイを少し緩めた。余りに気が急いて、鞄を車内に危うく忘れるところであった。社員通用門を潜り、社屋へと入る。進行方向の通路正面には禿山さんがいる監視室がある。その日も当然あり、禿山さんも丸禿頭を照からせて通路正面に輝かしく存在した。話のついでに云っておくと、私の課は、監視室を右折した通路方向にあった。
「やあ、塩山さん! おはようございます。もうそろそろ来られるんじゃないかと思っておりました。さあ、どうぞ中へ…」
「いやあ…おはようございます」
 私の行動など全てお見通しの禿山さんである。静かに椅子を立った禿山さんはドアに近づくと鍵を開け、ドアチェーンのロックを解除した。

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2013年8月15日 (木)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第57回

   あんたはすごい!    水本爽涼                                                                               Photo


                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                 
  第五十七回

 目覚ましが鳴る前に飛び起きた私は、洗顔もほどほどに始発のホームへと急いでいた。駅の構内は暗闇に沈み、まだ辺りは深夜の余韻を残していた。みかんの駐車場が近い駅までは僅(わず)かに二つの駅があるだけで、時間的には高が知れていた。始発に乗り、駅へと着き、それから駐車場まで歩く…というお決まりのパターンを私は実行した。駐車料金は普通ならば考えられない激安の八百円である。六時間が二百円の駐車場など、今のご時世で見つけるのは遺跡の土器を見つけるに等しいと云わざるを得ない。私はここの経営者を尊敬(リスペクト)してやまない。というのも、この時もそうだったのだが、今もってその料金が維持されているからである。それはさて置き、私は車を運転してA・N・L駐車場へ向かった。この行動もお決まりのパターンである。二十四時間営業のレストランは非常に有難く大いに結構なのだか、ただひとつ、愛想が余りよくない男性店員がいるのが難点だった。まあ、いつもいるという訳ではなく、交代勤務で時折り出食わす程度だったから、そうは気にならなかった。出食わした早朝は流石(さすが)に気が滅入った。愛想が余りよくないというのは、態度ではなく私を見る目線にあった。言葉遣(づか)いは至極、流暢(りゅうちょう)で奇麗なのだが、目線が『また、あいつか…』と云っていた。当然、愛想は悪かった。この時は幸いその店員はおらず、私はホッと、安堵の息を漏らしてボックス席へ腰を下ろした。

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2013年8月14日 (水)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第56回

   あんたはすごい!    水本爽涼                                        
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     第五十六回                          

 電話の応対は部長が帰ってからも続いたが、この日だけで我が社の原料発注先は大手製菓メーカーにも及び、その契約額は一年分の総契約額に近づいたのである。
「おう! みんな、お疲れっ!」
 私の音頭で皆が缶ビールを手にして乾杯したのは六時を回った頃であった。もう外はすっかり暗く、幾らか夜の冷えも広がり始めていた。私はこの一日の興奮で、すっかり風邪ぎみの自分を忘れてしまっていた。ガヤガヤと皆が引き揚げた後も、しばらくは酔いではない放心状態のまま課内に一人いた。その後、二、三十分は眠るでなく心を鎮めようと目をつむっていたが、ふと、明日の早朝は禿山(はげやま)さんとの約束があったな…と気づき、会社を後にした。缶ビールは二本ばかりだったから、ホロ酔い程度で済んだ。別に今日のために計算していた訳ではなかったのだが、運よく電車通勤した巡りだった。何だか自分の周りの運が幸運へと回り始めている…と意識したのはこの時が二度目で、最初の接待キャンセルの時とは異なり、少し確信めいた発想が心中で湧き始めていた。
 電車の中でも久しくなかった睡魔に襲われ、家に着いた後もそうだったのは、やはり相当、気疲れしていたのに違いなかった。全てを、うっちゃらかし、目覚ましのみ早朝にセットしてダウンした。意識が遠退(とおの)く中、一瞬、禿山さんの仏様のような丸禿頭の笑顔が浮かんだ。

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2013年8月13日 (火)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第55回

   あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第五十五回                          

 こうなれば、私の会社における立場もかなりよくなる。それは当然の成り行きで、多毛(たげ)本舗の契約や外商、接待は全てが私の課に委ねられていたからだ。曲がりなりにも、その課の長を拝命している私には、誠に喜ばしい出来事だった。営業部には四課が設けられているのだが、その中の第二課が私の担当課で二係、約六十名を擁していた。鳥殻(とりがら)多味助営業部長は私の直属上司で、この鳥殻部長が至極、機嫌のよい笑顔で私の課内へ入ってきた。
「おいっ、塩山君! ジャンジャン鳴っとるじゃないか。君もやるねぇ~。私も執行役員達に鼻高々だよ、ワッハッハハハ…」
 笑いが止まらんとは、正にこのことだ、と云いたいところを、部長は豪快な笑いに変えた。
「いやあ、児島係長も云ってたんですが、これは本当に予想外でして…」
「なぁ~に、謙遜することなどいらんのだよ、君。全てが結果だ。結果オーライなら、プロセスなど、どうだっていいんだ」
 鳥殻部長は持論を展開した。
「はあ…、承(うけたまわ)っておきます」
「まあ、忙しくなるだろうが、頑張ってくれたまえ。そのうち、常務や専務、いや社長辺りからもお呼びがかかるかも知れんぞ」
「はいっ! 光栄なことでございます…」
 私は終始、鳥殻部長の燃え上がった炎の鎮火に努めた。

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2013年8月12日 (月)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第54回

   あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第五十四回                          

 次の日、会社では何事もなかった。だがこれは私の身に何事もなかったのであり、やはり沼澤氏が私に告げた序章はすでに始まっていたのである。
「課長、大変です!」
「どうしたんだ児島君、血相を変えて?」
 昼過ぎまで商用で会社を出ていた児島君が課へ飛び込んできて荒い息を忙しなくした。
「わ、わが社の株価が急騰し、ストップ高です!」
「なんだって! よく分からん…。落ちついて説明してく、くれよっ!」
 私も少なからず動転して噛(か)んでいた。
「多毛(たげ)本舗が新しく発売した『団子っ娘』が馬鹿売れで、関連株は軒並み株高に…」
 ここまで云って、児島君は係長席に置いた湯呑みの茶を一気に口へと流し込んだ。
「それでっ!!」
 私は児島君の手を取り、次の言葉を催促した。
「…特に、原材料を卸す我が社の株が…」
「ストップ高なのかっ!」
「はいっ! …まさかこんなことになろうとは、予想もしてませんでしたので…」
 児島君はようやく荒い息を整え、静かに云い切った。この時も私は、まさかこの現象が玉の霊力だとは露ほども知らなかった。児島君が社へ戻って間もなく、それまで静かだった課内の電話が、ひっきりなしにあちこちで鳴り出した。課員は全員で必死に応対した。俄かに我が社は活況を呈しだした。

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2013年8月11日 (日)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第53回

   あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第五十三回                          

駅が近づいた時、禿山(はげやま)さんのことを思い出した。明後日(あさって)の朝が仕事終わりになる彼と、今の私の動きを繋(つな)ぎ合わせてみると、このまま家に帰り、明日の朝早く家を出て車を駐車場へ取りに行く。そして、A・N・Lへ寄り、そのまま出勤する。これだとピッタリ一日ずれることになる。ならば、明日は車を取りに行かずにそのまま置いておき、行き帰りとも電車通勤にすればいいか…。取りに行くのを明後日の早朝にすれば禿山さんに出会うことが出来る…。幸い、六時間二百円の格安な駐車場だから八百円で事足りる…などとめぐっていると前方に眠気(ねむけ)駅が見えてきた。
 帰宅すると急に腹が空いてきた。A・N・Lで済ませた夕飯が軽過ぎたか…と思いながらカップ麺で空きっ腹を満たした。ソファーでしばらく寛(くつろ)いでいると、みかんで見た幻覚のことがふたたび頭を擡(もた)げてきた。この時点で私は、今日のことは幻覚だったのだ…と、無理やり自分に云い聞かせていた。というのも、ママ、早希ちゃんとも見えないものが、どういう訳か私だけに見えたからだ。風邪っ気に加え、目も疲れているのか…と、私は目薬をさした。いつもなら二時間ばかりを雑事に費(つい)やすのだが、この日は早めに寝室へ入り、ブランデーを引っかけて眠った。

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2013年8月10日 (土)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第52回

   あんたはすごい!    水本爽涼                                                                             
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     第五十二回                          

「ママが云ったでしょ、別に何もないわよ。どうしたの? 今日の満ちゃん、何か変…」
「そうよぉ、熱があるんじゃないの。さっき、風邪ぎみたとか云ってたから…」
 早希ちゃんだけでも私の手に負えないのだが、ママまで加勢されれば、これはもう、まるでお手上げだった。ここは一端、引くしかないか…と、思えた。
「ははは…、冗談、冗談だよ。少し驚かしてやろう…なんて思ってさぁ」
 私は態(わざ)とテンションを上げて陽気に話した。この作戦は一応、功を奏したようで、二人はそれ以上、突っ込まなかった。だが私の目の前の玉は、やはり黄や緑色を発して渦巻いているのだった。彼女達に二人にはそれが見えないのだ…と、水割りを飲みながら妙な気分で思った。
 その夜は二人の攻撃と体調不良もあってか、変化(へんげ)する玉に心残りはあったが早めに店を出た。まだ、十一時にはなっていなかった。私は常套(じょうとう)手段で帰ろう…と、車を駐車場へ置いたまま、ブラリと駅まで歩いた。木枯らしが吹くにはまだ少し早かったが、それでも夜の冷え込みは冬の間近いことを物語るようにきつかった。歩きながら思ったのは、変化した水晶玉が私だけに見えたという厳然とした事実である。これから先、どんなことが私の身に起こるというのか…。沼澤氏の話からすれば幸運が訪れるというのたから怖さはない。しかし、奇妙であり、いつ起こるかも知れない…という漠然とした不安が私の胸中を過(よぎ)り、駆け巡っていた。

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2013年8月 9日 (金)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第51回

   あんたはすごい!    水本爽涼                                                                             
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     第五十一回                          

私には見える玉の変化がママには見えていない。これは何か私の身に変化が生じているのではないか? と、この時、初めて幸運の兆(きざ)しの到来を意識した。早希ちゃんは今日も携帯を弄(いじく)っている。チヤホヤとされなくても、いっこうに構わないのだが、客という私の存在がありながら何か無視されているようで、気分は必ずしもよくなかった。そんな商売っ気のからっきしない早希ちゃんにママはお冠てもなく、彼女の好きにさせている。その訳は後日、分かるのだが、の段階では彼女が必死に携帯を弄っている訳を私は分からずにいた。それは兎も角(ともかく)として、早希ちゃんにも私が見える玉の変化が見えるかが気になった。
「早希ちゃん、ちょっとこっちへ来なよ」
 遠くのボックス席に座っている彼女に、私は声を投げかけていた。
「えっ? なに?」
 彼女は携帯を見つめる目線を上げ、私を見た。そしてゆっくりと携帯を畳みながら立つと、カウンターの私の席へと近づき、隣の椅子に腰を下ろした。
「この玉以降さ、何か変わったことないか?」
 私は早希ちゃんが水晶玉を見るように仕向ける云い方をした。彼女は、私の言葉に釣られるように玉を見つめた。

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2013年8月 8日 (木)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第50回

   あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第五十回                          

「要は、それが単なる偶然か、ってことよね」
 早希ちゃん風の歯に衣(きぬ)着せない云い方だが、確かに的は得ていた。この日も私が座るカウンターの正面には、相変わらず酒棚に飾られた水晶玉があった。しかしこの時、私が見た玉は、どこか、この前に見た色と違って見えた。私は何度か手指で両の目を擦(こす)ったが、やはり、この前とは違った。その色は黄色っぽくもあり緑っぽくもあり、絶えず変化しながら玉の中で渦巻いているのだった。
「ママ…」
「なに?」
 急に声をかけたものだから、ママは怪訝(けげん)な面(おも)持ちで私をチラリと見た。
「棚の水晶玉だけど、これって、前に沼澤さんが持って来たもの、ですよね?」
「ええ、そうよ…。それがどうかした? 何も変わってないじゃない…。変なこと云うのね」
 玉を見ながらママは、静かに云った。
「いや、訊いてみただけ…」
 ママはそう云うが、確かに色が変わったように私には見えるのだった。しかも、黄や緑の渦状のものが蠢(うごめ)いている。今までは紫水晶(アメジスト)の紫がかった透明で、後方の物が透(す)けて見えたのだ。それが、私が今、見ている玉は、混濁して渦巻いているのだった。
「変な満ちゃん…」
 ママは作ったダブルを私の前へそっと置いた。

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2013年8月 7日 (水)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第49回

   あんたはすごい!    水本爽涼                                                                             
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     第四十九回                          

「その後、どうなの? 沼澤さんは来る?」
「この前、来たけど、すぐ帰ったわ」
 早希ちゃんは、まったくそっけない。
「そうなのよ。もう少しゆっくりしてらして、って止めたんだけど…、変化がないようですので、また、っておっしゃられてね」
「そうですか…」
「で、満君の方はどうなのよ?」
 早希ちゃんが割って入った。
「今日のことが偶然なら、まだこれって云えるラッキーは起こってないなあ」
「あらっ? 今日のことって?」
「まあ、一杯、飲ませてくれよ、云うからさ」
「あら、そうだったわ…。いつものダブルね」
「はい…」
 ママはキープした私のボトルを酒棚から下ろす。諄(くど)い早希ちゃんの追及を何とか掻い潜った私は、ママが出してくれたコッフの水を飲んだ。いつも出ない筈の私への水コップが出されたことに、ママの小さな気配りを感じた。
「会社のさぁ~、接待があったんだけどね。ちょっと風邪ぎみで嫌だなぁと思ってたら、先方さんから断りの電話が入ったのさ。これって偶然? って思った訳よ」
「ふう~ん」
 早希ちゃんは気のない返事をして携帯を弄(いじく)っている。
「まあ、そんなことは、よくあるわよねえ。それだけじゃ、何とも云えないわ」
「そうですよねえ…、俺もそう思います」
 ママが云うのは説得力があり、正当に思えた。

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2013年8月 6日 (火)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第48回

   あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第四十八回                          

それは私がペコリと禿山(はげやま)さんに頭を下げ、また上げた一瞬だった。笑うつもりはなかったのだが、思わず笑みが顔から自然に零(こぼ)れていた。禿山さんには私の心中など分かる筈(はず)もないのだが、笑顔の私を見て、禿山さんはまた微笑み返しながら頭を下げた。またそれが私には可笑(おか)しく、必死に笑いを堪(こら)えて足早やに通用門へと向かっていた。
 A・N・Lで軽めの夕食を済ませた私は、しばらく、コーヒーなどを飲みながら時を過ごした。秋の陽は釣瓶落としである。そうこうするうちに外はとっぷりと暮れ、暗闇が俄かに迫ってきていた。私は勘定を済ませ、A・N・Lを出ると、みかんへ向かった。
「もう、そろそろ来る頃かな? って云ってたの」
 ママは愛想よく私を迎えてくれた。
「そうですか…、俺のペースはだいたい決まってるからなあ」
 そう云って軽く躱(かわ)したつもりだったのだが、どっこい、早希ちゃんがいた。
「あらっ、毎日通ってくれたって、いっこう構わないのよ。ねえ、ママ」
「そりゃ、もちろんそうなんだけど…」
 ママは話を取り繕(つくろ)おうとした。私は返せず、まったく食えない娘だ…と、少し怒り気味の私自身が情けなく思え、また怒れた。

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2013年8月 5日 (月)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第47回

   あんたはすごい!    水本爽涼
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     第四十七回                          

「どうです? その後、例の話は…」
 帰り際、警備室の禿山(はげやま)さんに呼び止められた。そういえば、あの日以来、そのことについては一切、話していなかったのである。警備室へ入れて貰った日に、『楽しみにしとります』と云われたことを、すっかり忘れてしまっていた。それが、二、三日に一度は禿山さんに会っていたにもかかわらず、何も話さず、会釈のみで通過していたのだ。私は、そのことを、声をかけられたことでこの時、思い出し、茫然としてその場で氷結してしまった。こりゃ拙(まず)いぞ…と瞬間、思った。
「いやあ、参りましたよ。あれからいろいろとありましてねえ。禿山さんにその都度、お話すればよかったなあ…。どうも、すいません」
 私は笑って暈した。
「いやいや、お忙しかったんですから…。私などはいつでもよろしいんですよ、お暇な時で…」
 禿山さんは相変わらず照かった丸禿頭から輝かしい仏様のような後光を放って笑った。
「え~と、それでしたら、次の晩勤務の日はいつでしょう?」
「今が、これですから…明日の夜から朝にかけて…。ということは、明後日(あさって)の朝ですねえ」
「あっ、そうですか。でしたら、この前のように明後日、少し早めに出勤しますので、その折りにでも…」
「楽しみにしとります」
 禿山さんは、あの日と同じ言葉を云うと、ニコリと笑った。紅潮した赤ら顔が夕日に見えた。

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2013年8月 4日 (日)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第46回

   あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第四十六回                          

しかし、沼澤氏が告げたあの前兆ともいえる事態は、すでにこの時、起きていたのだ。ただ、私はそれに全く気づいていなかった。気づかなかったのは、沼澤氏がみかんで告げた日からひと月が過ぎていた、ということもある。足繁くではないが、その後も週一か十日に一度の割で、みかんに顔を見せていた。その都度、「どうなのよぉ~?」と、ママに訊かれ、「いや、別に…」と否定する繰り返しが続いたから、私も少し倦(う)んでいた。早希ちゃんに至っては、私を小馬鹿にしている節がないともいえず、私としても気分的に面白くなく、話題にするのを避けた、ということもある。ただ、このひと月の間も、水晶玉はみかんの酒棚に飾られていたし、小玉の方も半分方は手渡したとママが云っていた。ということは、店の客入りも結構よかったことになり、沼澤氏のお告げも強(あなが)ちハズレという訳じゃなくなるのである。それはさて置き、係長の児島君に多毛(たげ)本舗の一件を云われ、今夜のスケジュールがぽっかり空いた私は、みかんに行ってみるか…と思った。先週から顔を見せていなかったこともあるが、風邪っ気を吹き飛ばしたかった、というのがメインだった。店に行くに当たり、早希ちゃんに小馬鹿にされそうだから、今夜も水晶玉の一件は触れずにおこう…と、心の身支度を整えた。
 仕事が終わり、いつものA・N・Lで軽く飯を済ませるつもりで席を立った。

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2013年8月 3日 (土)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第45回

   あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第四十五回                          

「どちらから?」
「お得意の多毛(たげ)本舗様からです」
「ああ、今夜の? で、なんて?」
「それが…、都合で本日は辞退させて戴きたいと…」
「そう…。何か急用でも出来たのかな?」
「はあ、そこまでは云っておられないんですが…」
「ふ~ん、まあ、今日は寒いしねぇ。私も気乗りしてなかったんだよ、実は」
「そうでしたか…」
 いつも私が接待をしている上得意で、何軒かハシゴした後、最後にみかんでお開き、というのがパターンだった。だがこの日は、私の体調が今一で、二日前辺りから風邪ぎみで微熱があった。それで昨日、掛かりつけの白髭(しらひげ)医院へ行き、調合して貰った薬を朝、昼、晩と飲んでいたのだ。幸いにも点滴注射で身体のけだるさは消えたので、会社を休むほどのことはなかった。そんなこともあり、多毛本舗の接待は気が進まなかったのだが、輪をかけて、この日の寒さが一層、私を億劫(おっくう)にしていた。そこへ、児島君が受けた先方からの断り電話だった。まあ、この時は、以前にも似通った話がなくもなかったから、そう深くも考えず、偶然、私の思い通りになったのだろう…と、思う程度だった。

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2013年8月 2日 (金)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第44回

   あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第四十四回                          

一人、機嫌がいいのはママである。それもその筈(はず)で、沼澤氏が支払った万札が予想外だったからだ。ママに訊いた訳ではないから、彼女(…まあ一応は彼女)の心中は分からないのだが、恐らくは、難儀な客だと思っていた沼澤氏が、案に相違して、割合と金離れのいい上客かも…と思えた節がある。
「まあ、いいことが起きれば寄るよ…」
 その後、雑談をして私は店を出た。みかんをいつもより早く出たのは、沼澤氏の帰り際(ぎわ)のよさを多少、意識していた向きもある。
 それからひと月ばかりが経ったが、家でも会社でも、これといった異常な出来事もなく、淡々と暮らす平凡な日々が続いていた。それがひょんなことで変化し出した。その前兆ともいえる出来事が私の周りで発生したのは、晩秋にしては寒い日だった。こんな日の接待は嫌だなあ…と、私が刹那に思った直後のことであった。
「はい、塩山ならおりますが…。えっ?…、あのう…よろしいんですか? はい…、ええ…、なるほど、分かりました。では、そう申し伝えます。…はい、今後とも、よろしくお願い致します」
 部下の児島君が、私の前方の係長席に座り、電話の応対をしていた。

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2013年8月 1日 (木)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第43回

   あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第四十三回                          

ママはおかわりのグラスを私の前へ置く。いつの間にか遠くのボックスに座っていた早希ちゃんが私の右側へ移動していた。仄かな甘く芳(かぐわ)しい香水(パヒューム)の匂いで気づいたのだ。
「では、私はこれで…」
 急に沼澤氏が席を立った。えっ、このタイミングで? と、三人の目は沼澤氏に釘づけになる。
「これで、よろしいですか? お釣りはいいので、と云いたいところなのですが、なにぶん、稼ぎが最近、少ないものでして…。そういうことで、余った分は次に回しといて下さい」
 店を退く頃合いの判断が絶妙で、私にはとても真似など出来ない…と、白旗を上げた。私の場合、ついつい長居してしまう癖があった。
 沼澤氏が万札をママに手渡して店を出た後、残された三人は、心にぽっかり穴が開いたような空虚感に苛(さいな)まれ、しばらくは無言であった。
「今度は、いつ来られるんでしょうね?」
「それが分かんないから困るのよぉ~」
 ママに訊くと、迷惑ではないものの、どうも気楽に話せず難儀している、とのことだった。私もママの気持が分からないではない。沼澤氏がいる場合だと敬語で話さねばならないし、気兼ねもするから、確かにママが愚痴るのは的を得ていた。
「私はあまり好きなお客のタイプじゃない」
 早希ちゃんの強力なカウンターが炸裂し、沼澤氏は撃沈した。恐らくは、店を出た夜道で、くしゃみをしていることだろう…と、私は笑みを浮かべた。

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