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2013年9月

2013年9月30日 (月)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第103回

  あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第百三回

「ああ、お待たせしました…」
「いや、それはよろしいのですが…。伺いをたてましたところ、玉が申すには、あなたの出世は自分が、玉がですな、霊力でそうしたのだそうです」
「えっ! 私が次長に昇格することをですか?」
「はい、そうです。どういう方法を使ったのかを玉に訊ねますと、人の気持をその気にさせるなど容易(たやす)いことだ、と申しまして…」
「そ、それは、ある意味、素晴らしいことですが、私は少し怖くなってきました」
「ははは…ご心配なく。そのうち、あなたにも玉と交信できる霊力が宿る筈(はず)ですから…」
「そ、それも正直なところ怖いんですよ、実は…。私は今のままでいいんですが…」
「なにを弱気なことを云っておられます。塩山さん、あなたは玉によって与えられた霊力で世界の人々を救わねばなりません。それが、あなたに課せられた使命なのだ、と玉が申しております」
「沼澤さん、こんなことを云っちゃ失礼だが、あなたがそう思っておられるだけなんじゃ?」
「いいえ、今、私は玉と霊力で繋(つな)がり、交信をしておるのです。この電話を通して、玉の意志を、あなたにお伝えしているだけなのですよ。私には玉の意志が手に取るように分かるのです」

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2013年9月29日 (日)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第102回

 あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第百二回

 仕事中にかかったとしても何とかしよう…と私は思った。だから当然、バイブ設定のままにした。
 仕事中にかかったとしても何とかしよう…と私は思った。だから当然、バイブ設定のままにした。課へ戻ると、そろそろ昼休みが終わるという頃合いで、課員達が席へ着き始めていた。沼澤氏からの電話がいつあるか分からないから、私としては気が気ではなかった。それでも電話はなく、午後の仕事が始まった。多毛(たげ)本舗に端を発した我が社、とり分け、私の第二課の繁忙も、ようやく小康状態へ移行していたから、課員のひっきりなしに電話する姿も見られなくなっていた。とはいえ、年末年始の駆け込み需要を見越した慌しさは例年どおり続いていた。
 沼澤氏からの折り返し電話が入ったのは、二時過ぎだった。私としては、メンタル面での準備は万端、整(ととの)っていた。まあ、正直に云えば、それだけ仕事に熱が入っていなかったということになる。バイブし始めたポケットの携帯に気づいた私は、保留ボタンを押して席を立った。こうして、こうなれば、こうしよう…などと、心を整えているから、動作はスムースだった。
 今度はトイレには入らなかった。二度目だから、なんか臭い話をしているようで嫌だったこともある。上手い具合に使われていない大会議室があり、そこで話そうと思った。携帯を持たない沼澤氏だから、必然的にメールはやらず、話さねば情報が得られないパターンだから、やむを得なかった。

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2013年9月28日 (土)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第101回

  あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第百一回

「はい、沼澤ですが…」
「あっ、沼澤さん? 繋がってよかった。昼前に電話しようと思ったんですが、運悪く、人が来たもので…」
「ああ、そうでしたか。しかし運は悪くないですよ、塩山さん。現に私は昼まで外出しておったのですから…。ほんの十分ほど前に戻ってきたばかりでして
…」
「そうだったんですか。じゃあ、やっぱり運がいいのか…。まあ、そんなことはどうでもいいんですが、電話したのは、ですね。さっそく異変らしきことが起こりまして…」
「ほお…、昨日(きのう)の晩の今日にですか?」
「はい、そうなんですよ。いくらなんでも、昨日お会いして、半日ほどしか経ってませんのに…」
「それで、どのような?」
「実は、私が次長に昇格しそうなんですよ」
「なんだ、そりゃ、おめでたいじゃないですか、しかし、それが異変ですか?」
「…そう云われますと、違うような…」
「私にも異変なのかどうか、玉に伺いをたてるまでは分かりませんが…。折り返し、ご返事を差し上げますので…。ああそれと、私、携帯を持ってませんので、何ぞの場合はこの番号へ願います。それにしても、この番号、よく分かりましたなあ?」
「ママに訊ねたんですよ」
「ああ…、みかんのママさんから、でしたか。それじゃ折り返し。…お仕事中になると思いますが、よろしいですか?」
「えっ? まあ、何とかします」

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2013年9月27日 (金)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第100回

  あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第百回

しかし、その嫌な気分も、すぐにふっ飛んだ。ひとまず背広のポケットへ入れた携帯が激しく震動し始めたのである。当然のことで、着信音が出ないようバイブにしてあったからだが、私は急いで携帯を耳にした。
「あのさあ…今、書くもの、持ってる?」
「え、ええ。云って下さい…」
「そぉ~う? じゃあ、云うわよ」
 私はママが云った電話番号を、手持ちの名刺の裏へメモった。
「助かります。どうもお手数をおかけしました。また寄りますので…」
「まあ、満ちゃんだからね、サービスしたのよ。忘れた頃に寄るんじゃないわよ! ほほほ…」
 嫌味で釘を刺したママだが、多忙のため、ここのところみかんに行けてなかったのは確かだった。それはともかく、首尾よく沼澤氏の電話番号を聞き出せた私は、さっそく電話をかけようとした。その時、運悪く私の前枠のドアが開き、誰かが入る音がした。小ならまだしも大だから、これは手間どるなあ…と判断した私は、トイレから撤収することにした。緊急を要する! ということでもなく、まあ、昼休みにでも屋上でかけるか…と、この場は一端、断念したのである。
 昼はすぐにやってきた。いつもは行きつけの店へ出るのだが、この日は行かず、社員食堂で軽く済ませて屋上へのエレベーターボタンを押した。

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2013年9月26日 (木)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第99回

  あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第九十九回

仕事中とはいえ、これは身辺で起きている重大事項に思え、それとなくトイレへ行くと、携帯を取り出した。さすがに部下がいる中、会社の電話でママに…という訳にはいかなかった。それに、社内電話は交換室を中継しているから、聞かれる油断も看過(tかんか)できない。さらに加えて、悪いことをしている訳ではなかったが、変人に思われたり内容が漏れて風評が立つこともないとは云えず、安全策をとったのだった。
「あっ、ママ! よかった…つながって。あのう、今、大丈夫ですか?」
「ええ、よくってよ…。何?」
「ママ、沼澤さんの連絡先って知らないですか?」
「えっ? 沼澤さん…。え~とねえ…。早起(はやき)にお住いじゃなかったかしら」
「それは分かってるんですよ。お家(うち)の電話とか、そんなの、分からないですかねえ…」
「ちょっと待ってくれる。確か…お住まいの電話をメモっといたと思うのよぉ~。一端、切るわね。折り返し、かけるから、待ってね…」
「はい、お願いします」
 腕を見れば十時前だった。ママは起きたところらしく、眠そうな声で話し、電話を一端、切った。トイレの便器に腰を下ろし、用をたす訳でもなくママの電話を待っている自分がどこか、ぶざまに思えた。

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2013年9月25日 (水)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第98回

  あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第九十八回

沼澤氏と話した昨夜の今日である。私もまさか、こんなに早く異変が現われるとは予想だにしていなかった。それも、前回の遠回し的な会社利益ではなく直接、私の身辺に派生したのである。もちろん、多毛(たげ)本舗に起きた馬鹿売れの異変が我が社の契約を伸ばすことになり、結果として部長や専務に好印象を与えたことは否めない。それが今、こうして第二の異変を起こしたのだから、ドミノ倒し的な異変の連鎖の始まり…と見られなくもなかった。こりゃ、さっそく沼澤氏に連絡しないと…と、専務室を出ながら私は思った。ただ、火、土の週二日以外、沼澤氏は眠気(ねむけ)会館にはいないのだ。しまった! 早起(はやき)に住んでおられることは、ほぼ疑う余地がないが、連絡先を詰めておかなかった…と、私は自分の手抜かりに気づかされた。『連絡させて戴いても…』と訊ねた時、沼澤氏は会館のことを云ったのだが、そこをもう一歩、踏み込んで電話や連絡先なりを詰めておくべきだったのだ。情況が逼迫(ひっぱく)していなかったことと、寒い夜のホームでの会話だったことも多少は影響したのかも知れなかった。今日は水曜だから、三日ばかり待たねば連絡できない…と、私は気づいた。課に戻り、自分のデスク椅子に座った時、ふとあることを思いついた。それは、みかんのママに連絡してみりゃどうだろう…という素朴で単純な発想だった。ママなら、もしかすれば沼澤氏の連絡先を知っているかも…と、思えたのだ。

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2013年9月24日 (火)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第97回

 あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第九十七回

 鍋下空八(なべしたからはち)専務は鳥殻(とりがら)部長と専務室の応接セットに座り、談笑していた。
「おう、塩山君! 来たか…。待っとったんだ」
 私の姿を見て鍋下専務が開口一番、そう云った。
「何か急な用向きでも?」
「そうじゃないんだが…。まあ、かけたまえ」
 鍋下専務は自分達が座る応接セットの空きスペースを指さした。
「は、はい…」
 私は専務の操り人形のように、命じられた位置へ腰を下ろした。
「実は…、君を呼んだのは他でもないんだが、次の異動でね、君を次長に推(お)そうと考えておってね…」
「えっ? 私が、ですか?」
「うん。鳥殻(とりがら)君とも、そう話しとったんだがね」
 鍋の下に鶏ガラか…。こりゃ、美味そうなスープだ…と私は瞬間、不謹慎にも思った。
「ありがとうございます。あのう…、それで私にどうしろと?」
「なあに…どうしろ、などと云うために呼んだんじゃないんだ。内示しておこうと思ってね」
 鍋下専務は、やんわりと説明した。これも玉の霊力による幸運の兆しなのか…と、思えた。
「内示でしたか…。それで、私の後任は?」
「それなんだがね。児島君なんかどうだろうと思ってね。君はどう思うかね?」
「うちの課の児島ですか?」
「ああ…」
「彼なら、申し分ないと思いますが。私もいろいろと助かりましたので」
「そうか! なら、決まりだな、鳥殻君」
「そうですな、専務」
 二人はニタリと意味ありげに笑って、私の顔を見た。

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2013年9月23日 (月)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第96回

  あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第九十六回

「はい! 何かあれば、会館へ寄ります」
「ええ、そうして下さい」
 ドアが開き、沼澤氏は軽く会釈をして駅へ降り立った。沼澤氏の後ろ姿には、他の人々には感じられない異質の何かがあった。それが果してどういうものなのか…、この時点の私には皆目、分からなかった。
 家に帰り着くと、この日もバタン、キュ~という体(てい)たらくで寝てしまっていた。それでも上手くしたもので、意識が遠退く前に、きっちりと目覚ましをセットしていたものとみえ、翌朝は定時にジリリーン! と鳴る聞き慣れた音で目覚めた。家の掃除もままならないほど多忙だったためか、四十半ばの身体は、それをよく知っていた。無理が利いた二、三十代とは違い、さすがに無理出来なくなっていた。家に帰り着いた途端、バタンキュ~などということは若い頃はなかったが…と、思えた。ただ、それだけではなく、多忙な仕事と玉の一件で疲れが溜まっていたのに違いない。救いは、食欲が旺盛なことがバテを防ぎ、仕事上では、部下の児島君がよくやってくれることだった。
「課長、専務がお呼びです」
「んっ? そう…。専務が? …ありがとう」
 私は児島君にそう云い、専務室へ向かった。

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2013年9月22日 (日)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第95回

  あんたはすごい!    水本爽涼                                     
                                 Photo_94


                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                               

     第九十五回

「だって、私は私じゃないですか。そうじゃないんですか?」
「ええ、そりゃもちろん、そうですが…。ひとりでおられる時はよろしいんですが、他の方がおられる場では、突飛なことが生じるかも知れませんからご注意を…。まあ、悪いトラブル、ハプニングの類(たぐい)じゃないんですがね。あなたには、すでに霊力が宿っておるのですから…」
「こりゃ、冬場に寒い怪談だ」
「ははは…。まあ、余り気になさらないで…」
 沼澤氏はふたたび陽気に笑った。それで私は少し気が楽になった。その時、電車がホームに入ってきた。ドアが開き、私と沼澤氏は車内へ入った。話は自然と途切れたが、電車が動きだすと復活した。
「沼澤さんは、どちらまで?」
「私ですか? 私は次の早起(はやき)で降ります」
「そうですか。割りと近くだったんですね」
「塩山さんは?」
「私は、その先の新眠気(しんねむけ)です」
「なんだ、兄と同じでしたか」
「えっ? 神主をやっておられる草男さんですか? 奇遇だなあ~」
「はい。私も以前は、新眠気に住んでおったのですよ」
「ご実家でしたか…」
 そうこう話しているうちに、電車は早起駅にゆっくりと停車した。

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2013年9月21日 (土)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第94回

  あんたはすごい!    水本爽涼                                     
                                Photo_93


                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                 

     第九十四回                          

「沼澤さん、寒くはないですか?」
「なあ~に、私は寒さには滅法、強いんで…」
 沼澤氏は全然、寒さが堪(こた)えていないように明朗に返してきた。

「そうですか。今度もし、異変が起これば、連絡させて戴いてもよろしいでしょうか?」
「ああ、結構ですよ。ママさんにお聞きになったかも知れませんが、火、土の週二回、そこの眠気(ねむけ)会館の二階で心霊教室を開いておりますので覗(のぞ)いてみて下さい」
「眠気会館? 眠気会館は会社の入社面接会場で使わせてもらったことが何度もあり、よく知っております。そうでしたか…、眠気会館でね。世間は広いようで狭い、とはよく云いますが、正にこのことですねえ。ははは…」
 私は軽く笑った。沼澤氏も釣られて笑ったが、顔は笑っていなかった。
「最初に少し匂わせてお話ししたと思いますが、玉に選ばれたあなたは、もうただの塩山さん、あなたではないのですよ…」
 沼澤氏は急に真顔で話し出した。
「えっ? どういうことでしょう? こんな夜更けに、余り脅(おど)かさないで下さいよ」
「いいや、脅かすつもりはないのですが、心づもりは持っていて欲しいと云ったまでです」

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2013年9月20日 (金)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第93回

  あんたはすごい!    水本爽涼                                                                        Photo_2


                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                             
     第九十三回

 ぼんやりと駅の灯りが見えてきた。眠気(ねむけ)駅は単線で、そう乗降客が多いという駅ではない。しかも、夜の時間帯だから、ほんの疎(まば)らな客が、いるか、いないか…といった程度の侘(わび)しさだった。私と沼澤氏は構内で切符を買い、改札口へ行った。買った切符の駅員が急いで改札口へ回り、パンチ鋏(ばさみ)を手に持って立った。要は一人で、いつも見かける駅長兼駅員だった。あのう…あなた、もう定年じゃないんですか? と、思わず声をかけたくなるような老駅員だった。
「五分ばかり遅れっから、まだぁ~、十五分ほどあるだぁ~よ」
 どこの方言かは分からないが、訛(なまり)のある口調でその老駅員は話しかけてきた。
「ああ、そうですか…。いいです。いいですよねぇ~、沼澤さん」
「ええ、私はどちらでも…」
 私が切符を差し出すと、老駅員は受けとって少し老いた風情でパンチした。後ろに沼澤氏が続いた。
「だば、冷えっから、風邪っこ、ひがねえ~ようにな」
「これはまた、ご親切に…」
 誰もいないプラットホームに二人は出て佇(たたず)んだ。老駅員が云ったとおり、冷気がホームをびっしりと覆い尽くし、客も私と沼澤氏以外はいなかった。いつものことだが、陰鬱(いんうつ)だなあ…と思えた。

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2013年9月19日 (木)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第92回

  あんたはすごい!    水本爽涼                                     
                                  Photo_91


                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                 

     第九十二回                          

「有難うございましたぁ~!!」
「また、いらして!!」
「あっ! 沼澤さん。私も帰ります。一緒に出ましょう」
 沼澤氏の歩みが止まり、カウンターを振り返った。私は慌てて右隣の椅子上に置いたトレンチコートを羽織りながら云った。
「私は駅へ出るのですが、塩山さんは?」
「はい、私も同じです。ここへ寄った時は、いつもそうしています…」
 いつものダブルと、この前のコーク・ハイの分を含めて支払いながら、私はそう云った。ママが釣銭を出そうとしたが、沼澤氏が格好よく支払った後だったから、自分だけ間が抜けた、ぶ男に思われるのも嫌で、貰(もら)わずに沼澤氏を追った。
「有難うございました~!!」
「満ちゃん、またねっ!!」
 なんとか格好よさを維持して店を出た。外は冷気が覆っていた。私は駅までトボトボと沼澤氏と歩いた。
「すっかり寒くなりましたなあ~」
 クリスマスが近づいてるのだから当然、寒いのだが、沼澤氏はいままでそのことに気づかなかったような口ぶりで云った。
「ええ…。今度、お会いできるのは年が改まってからですかねえ」
「ははは…。こればっかりは分かりません。明日、ばったりと、なんてこともありましょうし、二度とお目にかかれないってことも…」
「ええ、一期一会などと云いますからねえ…」
「左様ですとも…」
 沼澤氏は、また古風な言葉で返した。

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2013年9月18日 (水)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第91回

  あんたはすごい!    水本爽涼                                     
                                Photo_90


                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                   

     第九十一回                          

「さてと…。どこまで話しましたかな? …そうそう、今後、あなたの身の回りに起こること、それは取りも直さず、あなたの願望が具現化することだと云えます。分かりやすく云えば、次第にあなたの思い通りに物事が運んだり、なったりすることが増えてくということです」
「沼澤さん、それって、自分で制御したりは出来るんですか? そうじゃないと、とんでもないことになりそうな気がしますが…」
「心配しないで下さい。あなたの願望は必ず玉に伝わり、それを叶えるかは、玉の判断に委(ゆだ)ねられておるのですから…。まあ、常識外のことを除いては、ほとんどのことがOKになると思いますよ」
「それはいいんですが、私が念じたことは別として、例えばこの前、会社で起きた俄か景気ですが、ありゃ私が願ったことでも何でもないんですが…」
「それは玉の意志によるものですな。あなたの立場をよくしよう…と、玉が考えた結果です。
「なるほどねえ…。そういや、確かに鳥殻(とりがら)部長には偉く喜んで戴きましたが…」
「あっ! こんな時間か…。そろそろ私は帰ります。明日(あす)は特別講話を頼まれておりまして…。それじゃ、塩山さん。孰(いず)れまた…」
 沼澤氏はバタバタし始め、財布から紙幣を抜き出すとカウンターへ置いた。そして釣銭も受け取らずドアへ急いだ。ママも早希ちゃんも呆気にとられて、送り出す声がワンテンポ遅れた。

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2013年9月17日 (火)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第90回

  あんたはすごい!    水本爽涼

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     第九十回                          

「それで、二つの玉が相互にコンタクトを取りあっている目的というのは?」
「早い話、小玉が大玉に報告をしておるのです。分かりやすく云えば、そうなりますな」
「報告ですか…。すると、それを受けた大玉は、また次の指示を小玉に出すとか?」
「御意(ぎょい)!」
 沼澤氏は古い時代言葉で答えた。
「えっ? なんです?」
「仰せのとおり、ということです」
「そうですか…。で、私は今後、どうしておればいいんでしょう? 不吉(ふきつ)でないからいいものの、いつ幸運が起こるか分からないというのもねえ…。どうも落ち着きませんし…」
「はあ…、過去にもそうおっしゃった方はおられました。まあ、少しずつお慣れになりましたが…」
「その方は、今?」
「外国に住んでおられます。巨万の富を得られて…」
「ウワ~! すごいですねえ」
「何をおっしゃる。こんなことを申しちゃなんだが、あんたはすごい! お方だ…。今後、世界を動かす一人になるに違いない…と、まあ、これは以前にも申しましたが。私は飽くまでも、玉の意志を伝えておるだけですから…」
「満ちゃん、すごいじゃない~!」
 ママが称賛する声も、なぜか虚(むな)しく私の耳には聞こえていた。私は、今の現実が、そら恐ろしくなっていた。普通なら素晴らしく思えるが話が、逆に夢ならいいが…と思えてきていた。

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2013年9月16日 (月)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第89回

  あんたはすごい!    水本爽涼                                     
                                   Photo_88


                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                         

     第八十九回                          

「つまりは、あなたに霊力が宿ったから見えたのです。ほとんどの場合、強運の持ち主にしか霊力は宿りませんから、恐らくは玉があなたを選んだのでしょう」
「えっ! 棚の水晶玉には意志があるあるのですか?」
「ええ、ありますとも。現に私は、玉と霊力を通して会話することが可能なのですから…」
「そ、そうなんですか…。畏(おそ)れ入りました。あのう…それと、気になることがもう一つあるのですが、お訊ねしても宜しいですか?」
「はい、どうそ。何なりと…」
「私が考えておりましたのは、棚の大玉が異様な光を発して渦巻いた時、この小玉も連動して同じように光を発するのでしょうか?」
 私は背広の上着に入れた小玉を取り出して訊いた。
「なんだ、そのようなことでしたか…。塩山さん、あなたのお考え通り、二つの玉は相互に意志を伝え合っておるのですよ」
「それは本当ですかっ!」
 私の声は幾らか熱を帯びていた。
「そんなことって、あるんですかぁ~」
 今まで黙っていたママが、二人の話に加わった、早希ちゃんはママと正反対で、聞いてらんない…とばかりに、ボックス席の方へ移動して座り込んだ。そして、いつものように携帯を手にすると、何やら弄(いじく)りだした。

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2013年9月15日 (日)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第88回

  あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第八十八回
 


「今も云いましたように、会社は偉く盛況でしてね、申し分ないんですが…。私自身には…」
 ふと思い当たることがあり、私は言葉に詰まったが、また続けた。
「ありました! これは、今日、店へ寄ったこととも関連してるんですが…」
「ほう、何でしょう?」
「実はですね、そこの棚の玉なんですが…」
「玉がどうかしましたか?」
「この前なんですが、異様な光を帯びて渦巻いていたんですよ。ママや早希ちゃんには見えていないようでしたので、変に思われるのもなんですから、そのことは云わなかったんですが…」
「やはり、見えましたか…。塩山さん、あなたは、いつぞやも云いましたが、非常に稀有(けう)な運気をお持ちでおられる。さらに、霊力も感知しやすい体質をお持ちと見える…」
 沼澤氏の声が荘厳さを増した。
「だから、私だけに見えたんだと?」
「はい…。実は私にも霊力が備わっておるのです。実のところ、そのことに気づいて後、霊術師を名乗らせて戴いておるのですよ」
「えっ! ということは、沼澤さんにも玉が渦巻くのが見えるのですか?」
「ええ、時折り、渦巻きますよね。黄や緑の色を発して…」
「はい! そうなんです」
 私は興奮のあまり、声を荒げていた。傍(かたわ)らで二人の話を黙ってじっと聞くママや早希ちゃんは、私と沼澤氏を変な生き物を見るような怪訝(けげん)な眼差(まなざ)しで見ていた。だが、沼澤氏も見えると云ってくれたことで、私は少し心強くなった。

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2013年9月14日 (土)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第87回

  あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第八十七回

 
しかし、その日は玉にこれといった変化は出なかった。なんだ! これだけ意気込んで寄ったというのに、結局、何も起きずか、と少し怒れてきた時、店のドアが開く音がした。振り向くと沼澤氏だった。沼澤氏はトコトコと素朴な歩きようで、被った帽子を脱ぎながら私の座るカウンターの方へ近づいてきた。
「ああ…塩山さんでしたか。久しぶりにお会いできましたねえ。…まあ、会おうと念じれば、いつでも会えるんですが」
 沼澤氏は最後の一節を小声で呟(つぶや)くように加えた。
「えっ? いや、本当に…」
 私も場当たり的に軽い挨拶を返した。沼澤氏はカウンター椅子(チェアー)へ座ると、手にしたいつもの黒茶の鞄と帽子を左側の椅子へ置いた。
「…その後、何ぞ、変わったことなど、ございませんか?」
 沼澤氏は伏し目がちな目線を上げながら、私の顔を窺(うかが)った。
「えっ? ああ、まあ…。会社ではいろいろありましたが、私の身には今のところ、これといった…」
「そうですか…。いえね、もうそろそろ起こっておるんじゃないか、と思いましてね」
「気づかって下さって、どうも…」
「いえ、これも霊術師の仕事のうちですから」
 早希ちゃんが給仕盆に乗せた水コップを沼澤氏の前へ置き、続けて私の前へも置いた。私の存在を忘れていなかったのは嬉しいが、もう少し早くってもいいんじゃないの? と、思わず出そうになり、慌てて口を噤(つぐ)んだ。

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2013年9月13日 (金)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第86回

  あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第八十六回                          

的(まと)を得ているだけに余計、口惜しかった。まるで子供だな、私は…と自戒した。気を取り直して酒棚を見ると、いつもの位置に水晶玉は飾られていた。なぜか安心して目線を落とす。今日のツマミは何だ? と楽しみにしていると、ママは小皿に乗せたクックドサラミのスライスを、そっとグラスに添えた。私は至極当然のように、それに付いた楊枝(ようじ)で刺し、口へと運ぶ。そして左手で、背広上衣のポケットを、まさぐった。もちろん、ポケットに入れた小玉を取り出すためだった。ここまでの図は私の頭の中に描かれていた。右手はツマミながらグラスの酒を飲む。と、なると、小玉は左のポケットに入れておかなければ仕草が不自然に映る。それは二人がいると推量し得るからで、意識されることは避けねば…と、脳裡に描いて、左ポケットに入れてあった。そして、私が想い描いたように、その後も進行していった。私は徐(おもむろ)に口にしたグラスを置くと、小玉を握る手を目立たぬようカウンターの下へ移動して目線で追った。取り分け、何の変化もなかった。それはそれでいい…と思えた。問題は、大玉が異様な光を発して渦巻いた時、手に握る小玉が連動するのか? ということだった。それは、相互にテレパシー交信している…という謎の大ロマンにも繋(つな)がっていた。

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2013年9月12日 (木)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第85回

  あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第八十五回                          

ただ、そんなことを云うために、今日、店に寄ったのではなかった。何としても、大玉と小玉だった。要は、大きい水晶玉の霊力と小さい玉の霊力が互いに意思疎通を行っているか…、これでも分かり辛いが、今風に云うなら、テレバシーの遣(や)り取りを行っているか、を確認すべく寄ったのだった。私は話が脇へ逸(そ)れるのを避けるため、話題転換することで先手を打った。
「それはそうと、沼澤さんはよく来るの?」
「まあ、ひと月に二、三回ってとこじゃない、ねえママ?」
「そうねえ~、そんなもんかしら…」
 オーダーしていないのに、ダブルの水割りが出てきた。偉く気が利くなあ…と思ったが、それについては何も触れなかった。
「それで沼澤さん、何か云ってましたか?」
「え~とね…、そうそう、満ちゃん、あなたのことを訊いてらしたわ」
「えっ? 何をです?」
「あなたの身の回りで何が起きているかをお知りになりたいみたい…」
「俺のことですか…。で、いつ来られたんですか?」
「二日前だったかしら…。ねえ、早希ちゃん」
「はい、そうです」
 いつの間にかボックスへ移動した早希ちゃんは、例の携帯を弄(いじく)りながら、そう云った。
「どういう訳か、会わないんだよなあ…」
「そりゃ仕方ないわよ。待ち合わせてる訳じゃないんだし…」
 早希ちゃんの一撃に、私は沈黙した。

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2013年9月11日 (水)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第84回

  あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第八十四回                          

 私の勘は、ものの見事に当たっていた。これが宝クジなら、ほぼ間違いなく億万長者になっているように思えた。その日の夕方、私はA・N・Lで軽い夕食を済ませ、みかんへ寄った。準備中の札のかかったドアを開けると、客は誰もいなかった。時間が時間だから、まだ分からんが…と思いつつ、ドアを閉じた。
「いらっしゃい!」
 声が重複して響いた。見れば、早希ちゃんの横にママがすでにいて、二人はカウンターの酒棚前に立っていた。先に電話してあるから、これも当然か…と、思いつつカウンター椅子へ座った。
「この前はサービス出来なかったから…」
 ママはニッコリと愛想笑いして私を見た。一応、剃り残しはないな…と思いつつ、顎(あご)の辺りに目をやった。
「そうそう、声もかけられなかったからさあ、ごめんね」
 早希ちゃんから殊勝(しゅしょう)な言葉が出た。不吉だ…と思った。
「で、その後は、どう?」
「その後って?」
 早希ちゃんが、マジで訊いた。
「だから、混んだ日から、何か変わったことはなかった? ってことさ」
「それがさあ~、混んだ後、二日は閉めてたからね。あったのかも知れないけど、なかったわけ…」
「そうか…。店やってたら、混んでたかもなあ」
 私も早希ちゃんの云い分には一理ある、と思った。

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2013年9月10日 (火)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第83回

  あんたはすごい!    水本爽涼
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     第八十三回

「そういうこと。…やっぱり、沼澤さんが云ってらした水晶玉の霊力かしら?」
「さあ…、どうなんでしょう」
 私は曖昧(あいまい)に暈(ぼか)して、ママの追及を回避した。
「あら、ごめんなさい。勝手に話しちゃったわ。まあ、そういうことだから、私にも分かんないけど。いらしてね。お待ちしてま~す」
「あの…、この前のだけでしたかねえ? ツケ」
「満ちゃんは、めったと回さないから全然、たまってないわ。上得意様」
「またまた…、上手いこと云うなあ、ママは。その口に、いつもやられてんですよね」
「あらっ、それじゃ私が、根っからの悪人じゃない。こんないいママ、いないわよ」
「いや、冗談ですよ。ママもいいし、みかんもいい…」
「あらっ? 早希ちゃんは?」
「早希ちゃん? …ああ、そりゃ、もちろん」
「満ちゃんは、なかなかお上手ねえ。まあ、悪い気はしないけどさ…」
「それじゃ、適当な頃合いに寄りますので」
「はい! 是非。お待ちしています」
 玉の霊力によるものならば、私の意志が通じ、今日のみかんには人っ子一人いないはずだ…と、私は改めて思った。座椅子から立ち上がった私は、例の貰い物の美術品に掛けたハンガーから背広を外し、ポケットに入れた紫水晶(アメジスト)の小玉を今一度、見た。

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2013年9月 9日 (月)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第82回

  あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第八十二回                          

「あらっ! 満君? 嫌だわぁ、誰かしら? って思ったわよ。…そうそう、この前はごめんなさいね。嫌な思い、させちゃって…」
 男にしては妙に女らしい云い回しが、声質以外は女以上だ…と、私を思わせた。
「いやあ…、別にどうも思ってませんよ。それより、今夜あたり押しかけようって思ってたんですが、混みますかねえ?」
「そうねえ…、たぶん、この前のようなことはないと思うわ。この前はさあ、お店始まって以来のお客様だったんだから」
「そうだったんですか」
「ええ…。でね、次の日から二日間、お店をバタン、キュ~よ。疲れちゃったからさあ~」
「お二人ですしねえ…」
「そうなのよお~、一見(いちげん)さんでも、来て下すったお客様を追い返す訳にもいかないじゃない」
「はあ、まあ、そうなりますかねえ…」
「だからさあ、あんな多くのお客様」
「何か、混むような訳とか、あったんですか?」
「それがさあ~、早希ちゃんも云ってたんだけど、私も全然、心当たりがないのよぉ~」
「怪(おか)しな話ですよねえ」
「そうなのよぉ~。もうすぐ、クリスマスだっていうのに、どこか変。怪談なんてさあ」
「確かに…。季節はずれで、余計に寒くなっちゃいますよねえ」
 私は冷静にママに合わせた。

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2013年9月 8日 (日)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第81回

  あんたはすごい!    水本爽涼                                    
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     第八十一回                          

チャンスが巡ってきたのは突然だった。ぽっかりと空いた奇跡の一日、といっても過言ではないだろう。こんな師走の繁忙期に休日出勤をしなくてもよいとは、何と幸福なんだろう…と思えた。身体を休養できる、というだけでは、むろんない。そこには当然、大玉、小玉の確認をみかんで出来るという存念が含まれているのだった。私は満を持してみかんへ向かった。しかし、この前の晩のような、ときめきはなかった。というのも、心を昂(たかぶ)らせて店へ行ったとしても、多くの客でごった返していれば、この前の二の舞だ…と、心が自然と諌(いさ)めたのだった。
 が、すっぽりと繁忙期に一日の空白が生じること自体、私が入社後、知る限りでは有り得ない事実だったから、何とはなしに幸運が見えないながらも少しずつ自分を包み始めているのでは? と、思え始めていた。そんな訳で、めったなことでは電話しないママへ昼過ぎに電話をしていた。むろん、朝早くだと睡眠妨害か…と考えた。お水の世界独特の時間感覚を考慮に入れたのである。その発想は的中し、すんなり電話は繋(つな)がった。

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2013年9月 7日 (土)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第80回

  あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第八十回                          

これは全く予想外の展開で、これでは大玉と小玉の関連は…などと小難しく考えている雰囲気ではない。加えて、カラオケの音量が、けたたましく、耳障(ざわ)りなくらいだ。当然、ママや早希ちゃんと語らう機会もないだろうと思え、多くの客で、ごった返す中、私は早々に帰ることにした。結局、この日はママに頼んで作って貰ったコーク・ハイを一杯、飲んだだけだった。
「また、来ます。お勘定、この次に回しといて…」
 小忙しく手を動かすママへの気遣いで、そう声をかけ、私は店を出ようとドアに向かった。
「悪いわねえ。また、お近いうちに…」
 手を止める余裕もないほどのオーダー対応を余儀なくされているママだが、ほんの束の間、手を止めてニコッと笑ってくれた。こういう小さなサービスが顧客を掴(つか)んで離さないのだろう。私はここでも一つ、商売の有りようを勉強させて貰った気がした。
 こうして、この一日は流れ去り、いよいよ歳末商戦の師走に突入していった。みかんでの確認の機会を逸した私だったが、実は他にも目的はあり、訊ねたいと思っていたのである。沼澤氏とは、ここしばらく出会わず、胸襟を開くチャンスに恵まれていなかった。氏に出会ったなら、会社のことも玉のことも洗い浚(ざら)い話して、今後の対策や心構(がま)えなども訊きたい、と思っていたのである。

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2013年9月 6日 (金)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第79回

  あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第七十九回                          

 生憎(あいにく)、会社の多忙はしばらく続き、なかなか、みかんへ顔を出す機会はなかった。正月用餅の製造が増えたことにより、原材料の米粉を主要メーカーへ卸している我が社としては、例年、見込まれる想定範囲だったから、取り分けて困るというほどでもなかった。ただ、例年と違ったのは、多毛(たげ)本舗の『団子っ娘』の売れ行きがどういう訳か好調で、その分の契約が増した、という概要だった。
 仕事の切りがつき、疲れ気味だったこともあり、久しぶりにみかんへ寄ってみるか…と、欠伸(あくび)をしながら私は思った。大玉と小玉の関連を確認しようと思っていたのは事実だが、店へ寄る機会が遠退くと意欲も半減する。警備の禿山(はげやま)さんとも、ここしばらく語らっていない。月日は早く巡り、もう師走が近づいていた。
 いつもの刻みで、会社が引けてから軽食をA・N・Lで済まし、私はみかんへ寄った。店のドアを開けると、ついぞ見たことがないほどの客の入りようで、店内は人いきれで、ごった返していた。早希ちゃんは蝶のように、あちらと思えばこちら、こちらと思えばそちらと客対応に天手古舞(てんてこまい)だった。ママもこの日ばかりは余裕が見られず、早希ちゃんの注文を受けてバタバタとオーダーを熟(こな)していた。さすがに声をかけるのも憚(はばか)られたから、私は一人、カウンターの片隅で借りものの猫でいた。片隅で、というのは、いつもの定席も、その横も、さらにその横も、客が座っていたからだった。

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2013年9月 5日 (木)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第78回

  あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第七十八回

  居間の側壁近くには、私の都合でそうなったのではないが、お誂(あつら)え向きの彫刻の美術像があり、そこへハンガーを掛けておくのが習慣となっていた。私の課長昇進を祝って、上司の鳥殻(とりがら)部長から戴いた銅像なのだが、大き過ぎてどうも置き場がなく苦慮していると、上手(うま)くしたもので居間の一角にスッポリと収納できるスペースを見出(みいだ)し、そこへ置いたのだ。丁度、像の一部の出っぱりにハンガーの掛け金が、これも上手い具合にピタリと合い、そこへ掛けておくのが私の常識となっていた。この日も当然のように掛けてあったのだが、私はバタついてハンガーを手に取り、背広上着のポケットを、まさぐった。すると、やはりあの時にポケットへ入れた紫水晶(アメジスト)の小玉が出てきた。どこへやったとか、置いたり出したことが一切ないのだから、それは当然なのだが、そのガラス玉状の小玉は紫がかった透明色で、これといった何の変哲もない、ただの水晶玉として私の目の前に存在した。上、右、斜め、左、下と透かして見たが。やはり、ただの石であった。もし、私の推理通りに、みかんの酒棚に置かれた玉に呼応して、この玉が異様な光を放っていたとすれば、これはもう、科学を超越した大ごとなのである。よし! この次、みかんへ行き、酒棚の玉が異様な光を帯びて渦巻いた時に、この小玉がどうなるかだ…と、私は確認してみることにした。加えて、その時点で私の身や周辺で何が起こるかも確認せねば…と思った。

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2013年9月 4日 (水)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第77回

 あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第七十七回                          

 大異変が起こる前兆は、取るに足らないというか、どう表現すればいいのか分からないが、ほんの些細(ささい)なことだった。私は沼澤氏にもらった水晶小玉、これを正確に云うならば、みかんのママが沼澤氏よりもらった小箱の中の一個なのだが、それを背広のポケットへ入れ、何げなく持ち歩いていたのだった。そう! あの酒棚の玉が緑や黄色の異様な光を帯びて渦巻いた日も、…それに、会社で児島君から多毛(たげ)本舗の接待辞退を聞いたあの日も、…さらには、俄(にわ)かに入り出した契約で多忙になり出したあの日も…、全(すべ)て、その小玉を持ち歩いていたのである。それを私は、つい、うっかり忘れていたのだった。だから、みかんで酒棚に置かれた玉が渦巻いた時、…そうだ! 小玉の入った背広上着は、カウンターで脱ぎ、右隣の席へ置いていた。ひょっとすると、その時、酒棚の玉と私の背広の小玉は互いに意思を伝え合って光り渦巻いていたのではないか…と、私は思った。むろん私はあの時、背広のポケットに入れた小玉の状態は確認していない。親子が意思疎通で語る会話のようなものか…という想いが、ふと私の胸中に湧き上がった。家の書斎にいた私は椅子から慌しく立ち上がると、ハンガーに吊(つ)るした背広がある居間へ急いだ。

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2013年9月 3日 (火)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第76回

  あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第七十六回                          

同様に、このことをママや早希ちゃんに云うことも、ままならなかった。今のところ、科学では到底、解明出来ない不思議な事象に遭遇しているのは私一人であり、ママや早希ちゃんには何らの異変も見えておらず、多少の幸運以外、取り分けて怪奇な現象が生じていないからだった。言葉に出す以上は、小馬鹿にされず説得可能な根拠と説明が必要である。残念なことに、私のみに時折り見える玉の異変を、この時点では説明しようもなかった。
 客二人が帰り、私もチューハイと烏賊(いか)さしをほとんど、やっつけていので店を出た。案に相違してお愛想は安かった。こりゃ、ママのサービスはマジかよ…と、少しの怖さと酔いを醒ます寒空の中を漫(そぞ)ろ歩いて駅へと向かった。例のワンパータンである。家の玄関に辿り着いた頃、丁度、日付が変わった。今のところ、みかんの玉以外、曖昧(あいまい)な会社で起こった二件を除けば異変は生じていなかった。家の中ではどうだったのかといえば、やはり何事も起こらず、日々が過ぎていた。なぜ家では何も起きないのかという素朴な疑問は湧いたが、そんな疑問を吹き飛ばすような大異変が、すでにこの時点で起ころうとしていた。もう初冬の便りがテレビで流れる季節に入っていた。

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2013年9月 2日 (月)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第75回

  あんたはすごい!    水本爽涼                                     
                                      Photo



                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                            
                                                                                                                                                                               
     第七十五回                          

お通夜な気分はいいが、いつまでも客二人に思い通りに唄わせておく、というのも少し腹立たしかった。そんな思いで烏賊(いか)さしを摘(つま)み、チューハイをキュッ! と、またひと口やった。そして徐(おもむろ)に酒棚の水晶玉を見上げたのだが、いつの間にやら消えた異様な光は復活して渦巻いていた。光ったり消えたりと、安定しなかったが、どこか、玉が私の心理を透かして見ているような気がした。ダブルにチューハイで、少しホロ酔いだからか…と、私は思った。ボックス席のカラオケショーが終わり、フラフラと客が立ったのは十一時頃だったと思う。
「ママ、お勘定!」
「は~いっ!」
 客二人が勘定を済ませて帰ると、やっと店全体がいつもの静けさを取り戻して落ち着いた。玉は、すでに元の状態に復帰し、光の渦は消えていた。その時、私は閃(ひらめ)いた。待てよっ! ひょっとすると、客二人に唄わせておくのは腹立たしい…と思った刹那(せつな)、玉は光を発して渦巻いたのではないだろうか…と。そのことは、私の気持を玉が読み取り、霊力を発して私の望みを叶えてくれることを意味する。いや、まさか、そんなことは…と私は思ったが、黄や緑色を発して渦巻く常識ではあり得ない現象を目(ま)の当たりにしている私には、この発想を完全否定することは難しかった。

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2013年9月 1日 (日)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第74回

  あんたはすごい!    水本爽涼                                     
                                      Photo_74


                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                            

     第七十四回                          

それに、私の目の錯覚なのかも知れないが、この前と同じように異様な光を発して渦巻く水晶玉と時を同じくして出たチューハイと烏賊(いか)さしの漬(づ)け…。これはいったい何を物語っているのだろう。いや、今回も恐らくママには見えていないに違いない。その証拠に、ママの態度はいつもと、ちっとも変っていなかった。私は、深く考えないでおこう…と、ママが出してくれたチューハイをグビッと流し込んだ。
「あらっ、ごめんなさい! お手元が出てなかったわねえ…」
 言葉は女性そのもので、姿もなかなかの美形なのだが、声が今一、思わせないのが惜しまれた。それに、時折りある剃り残し…、これも戴けなかったが、ママはママなりに、なりきっているつもりなんだろう…と思えた。陶器製の箸置きが出て、そこへ塗り箸が添えて出された。直(じか)に小皿の上へ箸を乗せない小さな和風の気配りが嬉しかった。ツマミを頬張り、チューハイを流し込むと、これはもう絶妙の極みである。私は、すっかり玉の光ったことなど忘れていた。丁度その頃、ボックス席で賑やかに繰り広げられていたカラオケショーが終演を迎えようとていた。三人はすっかり浮かれ果て、テンションはマックスまで高まっていた。対するこちらは、相変わらずのお通夜なカウンターだった。

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