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2013年10月

2013年10月31日 (木)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第134回

 あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第百三十四回

「そうでしたか…。一連のことを沼澤さんに一度、話してみようか…と思ったりしてるんですよ。どうもこのままじゃスカッとしなくて…」
「さっきも云ったけど、そうした方がいいわ。私もさあ、三日前に沼澤さんが来られた時に、ちょっと訊(き)いてみたのよお」
「ほう、ママが…。何か変わったことでもあったんですか?」
「あった、ってもんじゃないのよ。ねえ、早希ちゃん」
「そうですよね。あんなこと、まぐれで起きることじゃないもん」
「いったい、何があったの?」
 私は早希ちゃんの方へ顔を向けて訊いた。
「いつだったかしら? 宝クジの話、ママから聞いたでしょ。憶えてる?」
「ああ…。ママが小口を当てたって話ですか?」
 今度はママの方へ顔を向け、私は云った。
「そうなのよお~。それがさあ~、ひと口じゃないのよ、今度は!」
「えっ! 一等とか、ですか?」
「馬鹿ねぇ~。そんなの当たる訳ないじゃないの。やっぱり小口だったんだけどさあ。…でも、組違いのが三枚。三枚よぉ~!」
 三枚と云うところを強調してママは云った。
「組違いで三枚とは、馬鹿当たりじゃないですかぁ~!」
「わぁ~!」
 隣の児島君も驚きの声をあげた。

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2013年10月30日 (水)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第133回

 あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第百三十三回

「沼澤さんの話のとおりなら、ありよね」
「あり、ですか…」
 今一、理解できないのか、児島君は怪訝(けげん)な表情で訊(たず)ねるでなく云った。
「沼澤さんですか…。一度、訊(き)いてみてもいいですねえ。いやね、ママに云われるまでもなく、なんか不気味な感じがしたんです」
 事実、私にも児島君の身の上に起きた内容が尋常でないハプニングのように思えていた。
「それがいいわよ。それにしても、こちら、なかなかハンサムじゃないっ!」
 ママは私の話より初顔の児島君の方が気になるらしく、話題を変えようとした。
「そうでしょ。我が社のホープです。今後ともよろしく。あっ! 四月から俺の変わりに接待で来ると思いますから、その節は同様によろしく頼みます。おいっ! 君からも頼んどけよ」
「その折りは、よろしくお願いします」
「そぉ~。…じゃあ、満ちゃんは?」
「ご心配なさらなくても寄りますよ。ただ、会社関係は外れることになると思いますが…」
「あらっ、満ちゃん出世するんだっ!」
 早希ちゃんが攻撃を開始した。私は防戦に努めた。
「そんな大したこっちゃないさ。だいいち、正式な辞令はまだ出てないんだから…。それはそうと、さっきの話だけど、沼澤さん、最近、来る?」
「ええ、二日ほど前にこられたわよ、ねえママ?」
「正確には三日前の土曜ね」 

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2013年10月29日 (火)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第132回

 あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第百三十二回

「まあ、面白いかどうかは分かりませんが…。でも、真冬の怪談っぽい話ではあります」
「怪談なの? 聞かせて聞かせて! 私、そいうの、好きなのよお~」
 ママが俄かに勢いを増して乗ってきた。いつやらも云ったと思うが、ママが語尾を伸ばせば話は長びく。
「弱ったなあ~。云い方が拙(まず)かったか…。おい! 児島君、昼の話、もう一度、頼む」
「ええ~! もう一度ですかあ…」
 児島君は余り乗り気じゃないようだった。それでも、昼間しゃべった話をひと通りは話した。すなわち、①余り好きでもなかった同級生に急に会いたくなった。②しかし、会ったあと、鳥肌が立つほどの嫌悪感に襲われた。③今、思い返せば、顔も見たくない相手に、なぜ会いたくなったのかが分からない。と、①~③を手短に語ったあと、早希ちゃんが運んで置いたコップの水を児島君は一気に飲み干した。
「…と、まあ、そういうことらしいんですがね。早希ちゃんも出会ったよな」
「ええ、安楽(あんらく)神社で…」
「実は、その同級生に会った帰りでした」
「それにしても、なんか妙な話よねえ…。ソナタじゃなく、やっぱり、冬の怪談?」
 ママが韓国(ハングル)ドラマにかけて、面白く云った。
「いや、どうもその棚の玉の霊力、なんじゃないかと…」
 私は口走った瞬間、しまった! と後悔した。早希ちゃんは、この手の話をまったく信じない上に、どちらかといえば嫌っていたからだった。反対に、ママはそうじゃないから益々、話に乗ってきた。

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2013年10月28日 (月)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第131回

 あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第百三十一回

「あらっ? こちら初顔ねぇ~」
 早希ちゃんはどうも年下に弱そうだった。児島君が椅子へ腰を下ろすと同時に、いつも構えているボックス席から立ち上がり、躙(にじ)り寄ってきた。ママは無言でグラスを拭きながら、時折り視線を私達に向けるだけで、お相手役を全面的に早希ちゃんに任せていた。早希ちゃんは児島君の左
隣へ、やんわりと座った。
「こちら、私より幾つか下…って感じ? 違ってたら、ごめんなさい」
 いつもより猫声である。要は、少し色気の胡椒(コショウ)を振りかけた、ということだが、私にも振りかけて欲しい…とは思った。
「児島君、奢(おご)るから好きなもんを注文しろよ」
 私は少し格好よく云った。実は奢ったことなど、ここ最近なかったのである。飲み仲間とは割りカンだったし、接待は会社への伝票回しだったからだ。児島君は私と同じでよい、と云ったので、ダブルをオーダーした。キープしてあるから、そうは高くつかない…と、私はすでに踏んでいた。ふと、顔を上げれば、酒棚に飾られた玉にこれといった変化はなく、いつもの紫色がかった水晶玉の状態だった。その酒棚にママの手が伸び、ボトルが下(おろ)された。
「昼の続きだけど、どこまで話したっけ?」
「え~と、ですね。…そうそう、同級生の話でした」
「ああ、好きではないけど会いたくなった、ってとこだったね」
「なによ、それ?」
「あらっ、面白そうじゃないの」
 ダメ出しする早希ちゃんを止め、ママが話に加わった。

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2013年10月27日 (日)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第130回

 あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第百三十回

 話は上手くできている。児島君は電車通勤だから飲酒の心配はない。私も車ながら、お決まりの例のパターンがあるから、眠気(ねむけ)警察署の方々にご足労願う必要はまったくなかった。そんなことで、児島君を乗せた私の車はみかんへ向け発進したが、これも私のお決まりのコースで、先にA・N・Lへ寄って軽い夕食を済ませ、頃合いの時間になるのを待った。別に時間を潰(つぶ)さなくても店は開いているように思えるが、なんか妙な予感がして七時頃までみかんへ向かうのを、ずらしたのだ。実は、私が玉にお伺(うかが)いをたてなかったから、玉は正式なお告げの声を私に届けなかったのだが、私の背広ポケットには小玉が常に入っているから、その小玉が発した霊力がみかんの酒棚に置かれた玉へと届き、玉の霊力で取り敢(あ)えず霊感だけを私に送ったのだと思われた。私が玉に直接、お伺いをたてていれば、恐らく霊感ではない霊力で、『七時頃に出なさい…』などとお告げがあったのかも知れない…と、私は先入観を働かせた。この時私は、まだそこまでの玉の威力を知らなかった。私が沼澤氏のように完全な霊力のコントロールができるようになるのは一年以上先で、この段階では未熟さも、やむを得なかった。それはともかくとして、一時間後、私と児島君はみかんのカウンター椅子に腰を下ろしていた。

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2013年10月26日 (土)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第129回

 あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第百二十九回

 児島君の話が気になって仕事が手につかなかった私だが、それでも時は流れ去った。仕事を終え、私は前席に座る児島君を見た。彼も話し足りない、もどかしさがあったのか、仕事をいつもより早く切りあげた。課員達は波が引くように一人去り二人去りと数を減らし、十人ほどが纏(まと)めて去った後、残ったのは私と児島君の二人だけだった。年明けからようやく繁忙期が終息に向かい、私の第二課もいつもの落ち着きを取り戻しつつあった。
「よしっ! それじゃ帰るか、児島君」
 玉の霊力? による次長昇格まで三か月を切り、私は事務の引継ぎ書類などの身辺整理を少しずつ始めていたのだが、ひと区切りがついたところで児島君にそう云った。
「課長…また屋上で話しますか?」
「んっ? …いや、酒でも飲みながら話そうや。私の行きつけがある。君も今後、接待してもらう立場だから、少し慣れておくさ」
「はいっ!」
 児島君は偉く返事がよかった。日没は幾らか遅くなったが、それでも夜の訪れは、まだ慌(あわただ)しかった。監視室の禿山(はげやま)さんが、「おっ! 今日はお二人ですか…」と、例の仏様の後光のような丸禿頭を照からせ、いつもの愛想よい笑顔で声をかけてくれた。私は軽い会釈をしながら笑顔で通り過ぎ、後ろの児島君も同じ仕草(しぐさ)で私に続いた。

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2013年10月25日 (金)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第128回

 あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第百二十八回

「それがですね。友人と云やあ、まあ友人なんですがね…。っていうか、そいつは同級生なんで、一応は友人って云ったんですが…。長い間、会ってませんし、そんなに仲がよかった訳でもなく、いや、むしろ余り好きじゃない相手だったんですよ」
「好きじゃなかったのに、急に会いたくなったってこと?」
「ええ…。実は、会いたい同級生なら他に何人もいるんですよ。それが妙なんでね…。しかもあの日、帰ってから鳥肌が立つほどゾクッと嫌悪感がしたんです。会いたくもないそいつに、なぜ会いに行ったのかが分からなくて…」
「ほお、それは妙だな…。おっ! もうこんな時間か。そろそろ皆が帰ってくる頃だ。話の続きは仕事が終わってからにしよう」
「はいっ!」
 昼休みが終わりかけていた。この日は児島君が話したいことがあると云ったので、昼は売店で買ったサンドイッチと牛乳で済ませていた。それを机(デスク)で食べ、皆がいる手前、屋上で話を聞いていた訳だ。私は児島君とエレベーターで下りる途中、ふと妙な考えが浮かんだ。ひょっとすると、この一連の出来事は、すべてが私の思い描いたことによって玉の霊力を呼び覚(さ)まし、人、この場合は児島君なのだが、彼を動かしたのではあるまいか…という考えだった。怖いが、これなら話の辻褄(つじつま)が合うのだった。

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2013年10月24日 (木)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第127回

 あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第百二十七回

あとから気づいたことだが、会社で何げなく話していた時、それは発覚した。
 早希ちゃんとの初詣も終わり、数日すると新年の初出勤となった。
「いやあ、参りましたよ。お邪魔になるだろうと思い、早々に退散しましたが、まさか課長が若い娘(こ)と歩いてるなんて、思ってもいませんでした」
「ははは…、私だってまだひと花、咲かせるつもりなんだ。まさか、とは聞き捨(ず)てならんぞ」
 私は笑いながら、児島君に冗談めかして云った。
「あの時は云ってなかったんですが、妙なことがありましてね。それで私は新眠気(しんねむけ)の友人を訪ねたんですよ」
「なんだい? 妙なことって」
「いや、それがですね。あの日は、正月二日でしたよね?」
「ああ、そうだったな」
「それが…」
「どうした?」
「信じてもらえないでしょうが、お話しします。実は、あの日の朝はいい気分で一杯、飲んでたんですよ」
「そりゃ、正月だからね。…それで?」
「銚子を一本ばかりチビリとやってますと、急に友人の顔が浮かびましてね。無性に会いたくなったんですよ」
「そりゃ、そういうことだってあるだろうさ。仲がいいなら尚更(なおさら)だ。思い出した訳だなあ。…完璧に信じられるられる話だが、それがどうかしたの?」
 私は児島君がなぜ云い渋るのか不思議で、しようがなかった。

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2013年10月23日 (水)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第126回

 あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第百二十六回

「分かりましたよ、課長。そう向きにならなくてもいいです」
「なに云ってる!」
 私は少し意固地になっていた。そこへ早希ちゃんがタイミングよく、割って入った。
「こちらは?」
「ああ…、会社の部下だよ」
 少し偉(えら)ぶって早希ちゃんに説明する自分がいた。云ったあと、なんだか私自身がちっぽけな人間に見え、嫌(いや)になった。
「あっ、僕、児島っていいます。課長にはいつもお世話になってます」
「そうなんですか? 私、みかんの早希っていいます。是非、お店にいらしてね」
 早希ちゃんは児島君にバッグの名刺を手渡しながら、愛想よい笑顔で云った。誰にもこの笑顔かい…と、私は自分がそう思われている訳じゃないんだ…と気づき、意気消沈した。
「ところでさ、君がなぜここにいるんだ?」
 落ちつくと、最初の疑問がまたぶり返した。
「あー、そのことですか。なあに、友達の家がこの近くだからなんです。寄った帰りに神社があったもんで、そういや初詣してなかったなあと思いだし、お参りさせてもらったんですよ」
「なんだ、そういうことか」
「ええ、そういうことなんです」
 私と児島君は顔を見合せて笑った。どうもこれは、玉の霊力による出来事じゃなさそうだ…と思うと、急に私の心は軽くなった。ところがそれは、玉の霊力が児島君をその気にさせた…というのが事実で、私はまだそのことに気づいていなかった。

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2013年10月22日 (火)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第125回

 あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第百二十五回

だから、どうなんだ? と問われれば、答えに窮する私であった。自分でも、もどかしいのだが、なんか今一、アグレッシブさに欠けるのである。一歩一歩、石橋を叩いて渡る…独(ひと)り相撲的性格の私だから仕方がない…と云えばそれまでだが、寄り切り、寄り倒し、上手投げ、猫だまし…何でもいいから勝ちたいとは思った。二人の関係に進展がないのには早希ちゃんの性格が幾らか影響しているようでもあった。私が彼女の気を引こうとすると、決まって出鼻をくじかれたから、私の攻めは続かず、その場で絶ち切れとなるケースが多かった。まあ、それはともかく、私達は三十分後、私が住む新眠気(しんねむけ)の氏神様をお祀(まつ)りする安楽(あんらく)神社へ詣(もう)でていた。何人かの初詣の人が通り過ぎ、私達を見てニタリ顔でお辞儀した。『これはこれは、お二人で…』とか云いたげなニタリ顔に思えるのだが、私としては笑顔の軽いお辞儀で返すしかなかった。これが知り合いなら事情を云い、変な先入観を取り除けるのだが、赤の他人だから仕方がなかった。玉の霊力ではないのだろうが、そう思った矢先、不思議にも進行方向の拝殿前に児島君が立っていた。
「おい! 児島君じゃないか。こんなところで遭(あ)おうとは…」
「いやあ、課長…。こちら、誰ですか?」
 他人と同じニタリ顔で児島君は私達を見た。
「そ、そんなんじゃないんだ!」
 私は噛みながらも、弁解に努めていた。

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2013年10月21日 (月)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第124回

 あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第百二十四回

そんなことはないだろう、と笑われるかも知れないが、早希ちゃんに下心があった訳ではなく、ただ今までの鬱憤(うっぷん)を思い浮かべただけだった。それが、霊力の波、ここでは敢(あ)えて霊波と呼ばせてもらうが、私が思ったその霊波が、みかんの酒棚に置かれた水晶玉へと届き、…これも正確には背広ポケットに入れた小玉を中継してなのだが、その玉の判断により霊波で早希ちゃんに電話をかけさせた…という筋に思えた。それは、彼女がタイミングよく私に電話してきたからだが、確信できるとまではいかず、偶然、私の思いが早希ちゃんの電話と重なったんだ…ぐらいに流していた。早希ちゃんはそんなことを私が考えているとは全然、知らぬげで、食べ終えた食器を洗っていた。
「ママがね、満ちゃんによろしく、って云ってたわよ」
「えっ? ママはここへ来たのを知ってんの?」
「もちよっ。だって、あのあと、私、電話したもん…」
 そうか…早希ちゃんは私に、そこまでの気はないんだな、と思った。気があれば、ママに電話などせず、ここへ来るはずだからである。それでも、彼女の一挙手一投足を見ていると、そうでもないような、またあるような感じで、今どきの娘(こ)なんだ…という気になっていた。どうも玉は、そこまでの霊波を彼女に送っている訳ではなさそうだった。
「どうだい? これから初詣(はつもうで)にでも行こうか?」
「そうね…、別にいいけど」
 中途半端ながら一応、早希ちゃんはOKした。

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2013年10月20日 (日)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第123回

 あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第百二十三回

 早希ちゃんが来た…というか、堂々と我が家へ乗り込んだのは、電話が入ってから小一時間した頃だった。電話は七時過ぎだったから、八時頃には来襲したことになる。ということは、その小一時間の間に食材を買ったことになり、彼女の無駄のない動きに私は、ただただ脱帽した。その早希ちゃんの家を私はまったく知らない。でも、小一時間で来れるんだから、そうは遠くないだろう…と私は思った。これは何ヶ月も経ってから分かったのだが、この日の朝、私が一人で雑煮の準備をしながら思っていたことが、現実となったのだった。しかし、ふと私の思ったことが玉に伝わり、その都度、玉か霊力によって早希ちゃんに電話をかけさせたとしたらこれはもう脅威で、今風に云えばチョーキショイ! ってことになる。それに、こんな簡単に私の意志で世の現実が変化するというのも恐怖だった。それはともかくとして、早希ちゃんの手料理が瞬(またた)く間にテーブル上を賑(にぎ)わし、この年の正月は近年、稀(まれ)にみる豪勢な食卓となった。ただ私は、美味い手料理を二人で食べながら手放しでは喜べない心境だった。それは、霊力の介在が影響を及ぼしていたのである。

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2013年10月19日 (土)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第122回

 あんたはすごい!    水本爽涼                                     
                                      Photo_124


                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                         

     第百二十二回

 正月がやってきて、インスタント餅で雑煮を祝った。私以外に作る者はいないのだから、当然、セルフである。調理も食卓準備も、食べるのも、後(あと)片づけも…すべてが私である。食べるのはいいとして、その他は、ことごとく私の労働に集約されるのだ。幸い、年末から続く年始の休暇で会社は休みだったから、のんびりと適当にやっていた。その時、家の電話が鳴った。これもあとから冷静に考えれば、偶然だったのかも知れないが、みかんの早希ちゃんからだった。
「おめでとうございますぅ~。どう、楽しいお正月やってる? あっ、ひとりか…。悪いこと訊いちゃった、ごめんなさいぃ~」
 早希ちゃんは、ひとりで演じて語った。私は適当に、「…まあ」と相槌を打った。
「おせちも何も、どうせないんでしょ? どうよ? 私が何か作ってあげようか?」
「俺ひとりだぜ。どうなっても知らないぞ」
 私は冗談だと思い、冗談で返したつもりだった。
「あらっ! そんな勇気、満ちゃんにあるのかしら? 安心、安心。百パー安心!」
 勝手に早希ちゃんは決めにかかっていた。
「なら、来なよ。ただし、冷蔵庫は空っぽだぜ」
「フフッ、任せなさいよ…」
 話そうとしたが電話は切れていた。携帯のメールじゃなく直接、かけてくれたのが嬉(うれ)しかったし、インスタント雑煮だけでは侘(わび)しい…と思っていたのは事実だった。私は早希ちゃんが来るというので少々、慌(あわ)てていた。

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2013年10月18日 (金)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第121回

 あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第百二十一回

「お分かり戴けたのなら、それで結構でございます。あとは塩山さんのお考え通りに…。玉のお告げがその都度、あなたをお助けすることでしょう」
 沼澤氏は云い終わると、座禅をやめて静かに立ち、ズボンの汚れを払った。
「これから、お帰りですか?」
「ええ、お告げがあったもので、いたまでです」
「そうでしたか。いやあ、床(ゆか)に座って何をされているのか、と思いましたよ」
「ははは…、玉との交信を続けておったのです」
「交信されるようなことが他にも?」
「そりゃ、私にだって生活の都合がありますから、あなたが本当にここへ来るのか? と確認させてもらったようなことです」
「なるほど…。で、玉はなんと?」
「必ずあなたは来るから待つように…と。それも小一時間以内に来ると…」
「それで…。遅くしてしまったようで、すいません」
「なあに、あなたが謝る必要はありません。全ては玉の思(おぼ)し召(め)しですから…。それじゃ、帰りますか?」
「あのう…、会館は沼澤さんだけですか?」
「はい。スペアーキーは預かって持っておりますから、閉じて帰るだけで事足ります」
 眠気(ねむけ)会館には常駐の町職員がいるのだが、どうも特定の利用者だけにはスペアーキーを手渡しているようだった。

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2013年10月17日 (木)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第120回

 あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第百二十回

だが、瞑想(めいそう)の途中に声をかけるというのも憚(はばか)られ、私は静かにドアを閉じた。
「これは…、塩山さんでしたか。来られることは玉のお告げで分かっておりました。しかし、予想より三十分ほど早かったですなあ」
 沼澤氏は座禅の姿勢を崩さず、そのまま両の眼を静かに見開いて云った。
「なんだ…お気づきでしたか。いや、実は私も玉のお告げがあったのです。会館へ行きなさい、って云われまして…」
「ほう…、すでに塩山さんにも霊力が宿ったようですなあ。この前、お会いした時は、すごく気になさっておられましたが…」
「いえ、今も気にはなっているんです。っていうか、この先、自分がどうなるかという漠然とした不安は相変わらず有ります。それに、異変が今後、起こるとして、それがどういう内容か、ということも
…」
「そう気になされず、自然に身を任せればよろしいでしょう。明日(あした)は明日の風が吹くと…」
「はい、そうすることにします。それにしてもお告げが初めて会った時は驚きましたよ」
「ははは…そうでしたか。この前、お電話で自覚できるのかって心配されておられましたが、そのような次元の低い話でないことは、お告げを体験され、分かって戴けたと思います」
「はあ、それはもう…」
 思わず私は、そう答えていた。

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2013年10月16日 (水)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第119回

 あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第百十九回

だが、いつまでも車を動かさないというのも妙な話だ…と、マイナス思考になった。決して心やましいことをしている訳ではないのだが、手の平に乗った水晶小玉を見続けている姿を他の客に見られるのも気まずい…と思えたのだ。暗いとはいえ、まだ漆黒の闇夜とまではいかない頃である。私は一端、小玉を背広ポケットへ戻し、エンジンを始動した。当然、向かったのはお告げがあった眠気(ねむけ)会館である。腕を見ればすでに七時を回っていた。お告げを疑う訳ではなかったが、沼澤さんがこの時間まで眠気会館にいるとは思えなかった。なんらかのハプニングが起きていない限り、そのまま会館から出ないというのは不自然で有り得ないと思えたのである。しかし、取りあえずはお告げのとおり、会館へ寄ってみようと車を走らせた。
 眠気会館へ着いた時は、今度こそもう辺りは漆黒の闇であった。ニ、三の建物はあるものの、灯りは道路沿いに全くなく、月も出ていない。だから、街灯か何ぞの光がないと、歩く足元が危うい状況だった。会館は人の気配がしなかったが、不思議なことに二階の窓の一枚がポツンと明るく、点灯されているようだった。私は階段を上り、その窓の一室を目指した。ドアを開けると、床(ゆか)へ腰を下ろして座禅を組み、冥想する姿の沼澤氏を発見した。私は一瞬、この人は、いったいこんな時間に何をしてるんだ? と訝(いぶか)しく思えた。

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2013年10月15日 (火)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第118回

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     第百十八回

それでも辺りを見回したのは、やはり沼澤氏が云った“慣れ”が備わっていないからなのだろう。こんなことが度々(たびたび)あったとしても、私さえ慣れていれば、周囲に人がいても挙動不審に思われることはないのだ。前に立つ調理人は一時的に、妙な男だ…と思っただろうが、その後、私が同じような仕草でキョロキョロ辺りを見回さなかったので、なんだ…店の装飾が珍しかったのか…ほどに納得したのか、私を注視しなくなった。やれやれ…である。人心地ついた私は、ラーメンの残りを平らげた。
 麺坊を出た時は、もうすっかり暗くなっていた。私は足元に注意しながら車へ乗り込んだ。小ぶりな町の、それも田畑が散在する郊外に出店されたラーメン店で、生憎(あいにく)、街灯が一基しかなかった。しかも駐車させた場所が建物で死角になって光が届かず、真っ暗ではないものの薄闇状態だったのだ。車に乗り込んだ私は、キーを挿した後、動かす前に背広ポケットの水晶小玉を徐(おもむろ)に取り出して眺めた。すると、驚いたことには、黄と緑色の異様な渦が玉の中で蠢(うごめ)いているではないか! 私は、不気味な現実を否定しようとしたが、両の眼が捉えている映像は紛(まぎ)れもない事実であった。私はこの事実を認めざるを得なかった。車を停車させたまま、私は光り蠢く小玉にしばし見蕩(みと)れた。みかんの酒棚に置かれた大玉が発したのと同じ異様な光の渦であった。

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2013年10月14日 (月)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第117回

 あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第百十七回

ということは、このまま突っ走らせて眠気(ねむけ)会館へ行っても無駄足になるということを意味した。私は今日はやめにするか…と思い止(とど)まった。さて、そうなると、このまま家へ帰るか…と思えたが、俄(にわ)かに空腹感が襲ってきたので、私はA・N・Lへ車を回そうとした。だが急に、ラーメンが食べたくなり、行きつけの麺坊(めんぼう)へコースを変えた。店内は結構、客がいたが、予想より空いていた。
「へいっ、いらっしゃい!!」
「醤油…ニンニク入り、葱たっぷり…」
 カウンター椅子へ座って、即座に水コップを持ってきた男性店員に気取ってそう云った。店員も見慣れた客だ、と思ったのだろう。私が注文を云うのをメモりながら適度に入れる相槌にも誠意が感じられた。行きつけの店はいいな…と思えた。
「はい! 以上で?」
 私が無言で頷くと、店員は活気のある声で注文書きを復唱して調理人に伝えた。
「はいよっ!」
 カウンター越しに私の前へ立つ調理人も、勢いよく返した。
 それからしばらくして、出てきたラーメンを啜りながら、私は水を飲んだ。すると、ふと、『会館へ行きなさい…』と、どこからともなく、意志の声のお告げがあった。私は店内をキョロキョロと見回した。それを見ていたカウンター越しの調理人は、怪訝(けげん)な眼差(まなざ)しで私を見た。慌てて私は顔を伏せ、ラーメン鉢へ戻した。私にも、その声が直接、誰かが云う声ではなく、あくまでも意志の声なのだ…とは、分かっていたのだが…。

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2013年10月13日 (日)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第116回

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     第百十六回

こうなると、もう間違いなく心はパニック状態へと陥(おちい)っている。私は空き地に駐車した車へ飛び込むと車を急発進させた。すでに運転からして平常心を欠いている…と自分にも分かるのだが、もうこの状況となっては、どうしようもない。半分方、心は動揺していて、事故を起こさないように運転するのが関の山で、私は車を減速させた。夕闇が迫る一本道を十分ばかり走らせていると、心はようやく落ちついてきた。冷静になると、みかんの酒棚に置かれた玉が霊力を発して私に意志の声を伝えたのだ…と思えた。私の現在地は、所持している小玉で分かるのだろう…と、また思えた。外は早くも、とっぷりと暮れ、ヘッドライトを点灯させた。腕を見れば、もう五時過ぎである。半ドンの昼から禿山さん宅を訪れたのだが、随分、長居したことになる。今日は上手い具合に火曜なのだが、この時間帯だとすでに眠気(ねむけ)会館の教室は閉じられているに違いない…と思えた。ここでも私の詰めの甘さを思い知らされた。火、土の週二回と聞いた時点で、何時から何時まででしょうか? と訊ねておくべきだった。加えるなら、年末年始のスケジュールも訊く要があった。完全な手抜かりである。そんなことで、この五時過ぎだと沼澤氏をどこで捕捉できるのか皆目、見当もつかなかった。

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2013年10月12日 (土)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第115回

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     第百十五回

 しばらく禿山さんと話をして家を退去した。禿山さんは名前の津留男(つるお)のようなツルッとした丸禿頭を照からせて愛想よい笑顔で家の外まで見送ってくれた。私は、そう大した病状じゃなくよかった…と思いながら車を駐車させておいた空き地まで歩いた。早起(はやき)は、まだこうした駐車場にもなっていない空き地が点在している。これは田園地帯だった頃の名残(なご)りなのだが、そんなに都会化しないでも、この程度でいいんじゃない? と、歩きながら辺りの風景に心で問いかけた。するとその時、どこからか、『そのとおり…』と、賛同する声、いや意志の声が聞こえたような気がした。気のせいか? と思っていると、そうではなかった。続いて舞い降りた? まあ、舞い降りたと表現しておこう…。その意志の声、…これも声と表現すると、人の声のように聞こえる声を連想できるのだが、あくまでも感情の声であって、耳に届いて他の人にも聞きとれる声ではない、なんかそういった意志の声がまたして、『この辺りは、このままの方が不幸にならないのです…』と云った。一瞬、私はこれが沼澤氏の云う、━ お告げ ━ なのか? と思えた。すると、その気持が聞こえたかのように、『そうです。あなたに告げたのですよ』と、返してきた。私は、まさか! と、自分がどうかしているように思え、慌てて駐車した空き地めかけて駆けだした。

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2013年10月11日 (金)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第114回

 あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第百十四回

「いや、そう身を乗り出されても、それ以上のことは今の私には分りません。沼澤さんなら話は別ですが…。なにせ、沼澤さんは霊術師をされているんですから」
「えっ? そんなもんで食えるんですか? いや、そんなもんと云ったのは撤回しますが、…しかし、やはり、そんなもん、ですなあ…」
「それが週二回、眠気(ねむけ)会館で教室を開いておられるんですよ。会員も結構、入っているようでして、当然、実入りもそれなりに…」
「そうですか…、教室をねえ。まあ、十人十色と云いますからなあ」
「そうなんですよ。以前の私と今の私の違いのようなもので、不思議な体験をお持ちの方は信じますよねえ」
「塩山さんも、その口でしたな?」
「はい…。沼澤さんから二度ほど、あんたはえらい! と云われ、その頃から自分は普通の自分ではないのだ、という先入観に苛(さいな)まれ、無意識のうちに信じているようです」
「いや、それはそれで結構なことだと思いますよ。霊力で人類のヒーローになって下さい」
「いやあ、とんでもない! そんな大それた者にはなれませんが…」
 私は謙遜して否定したが、内心では全否定していなかった。ひょっとすると、私は人類のヒーローになるよう、玉に選ばれた逸材かも知れない…と思えてくるのだった。

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2013年10月10日 (木)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第113回

 あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第百十三回

「ほう…、それは、ひとまずですなあ。ところで、話は戻りますが、身に備わったとお云い飲む塩山さんの霊力ですが、自分で働かせるとか調整したりとか出来るんですかな?」
「それなんですよ、禿山(はげやま)さん」
「ほう! …」
 禿山さんは話に楽しみにしていました、とばかりに身を乗り出した。
「まだ私の意志でどうこうする霊力はないのですが、沼澤さんを見ていますと、自分も孰(いず)れは、ああいう具合に慣れるように思えます」
「新車の運転が少しずつ上手くなる、ってなとこですか?」
「おお、まさにそれです! いい例(たと)えだぁ~」
 私は禿山さんの例えの妙に感服した。
「しかし、自分の意志で霊力を操れるようになれば、邪心で悪用も出来ますが、その辺りは、どうなんでしょうな?」
「当然、そんな場合は玉がストップをかけます。玉には全ての事象を客観できる万能の霊力が存在するのです。私は、その中からほんの少しの力を預かっているだけです。沼澤さんに戴いたこの水晶小玉ほどの力なのです」
 私は沼澤氏からもらった水晶小玉を背広上衣のポケットから出し、禿山さんに見せた。
「この話は、まだ聞いてませんなあ…」
 禿山さんは、私の手のひらに乗った水晶小玉をシゲシゲと見ながら、そう云った。
「なんだ、そうでしたか…。これをみかんで戴いたんですが、大玉と交信するのだそうです」
「ほう! …」
 禿山さんの身を乗り出して聞く癖が、ふたたび出た。

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2013年10月 9日 (水)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第112回

 あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第百十二回

「会社の人事のことを少し考えましてね。私、昇格するらしいんですよ、次長にね」
「いやあ~、そりゃ、おめでたい!」
「はい、どうもありがとうございます。まあ、そうなると、私のつくポストにいる湯桶(ゆおけ)さんは、どうなるんだ? ってことになりますよね? その辺りが少し心配になりまして…」
「湯桶さんですか…。しかし、塩山さんがご心配なさることでもないでしょう。別に悪いことをされてる訳じゃないんですから…」
 禿山さんにそう慰められ、私は茶を啜(すす)った。
「それはそうなんてすがね…。なんか、私が蹴(け)落としたようで嫌じゃないですか。今、会社から勧奨退職の圧力をかけられてる方ですから、特に…」
「勧奨対象者ですか、湯桶さん…。早い話、リストラですなあ。あの方のお帰りになる後ろ姿はいつも寂しげでしたが、やはり、そんなことが…」
「いや、まだ退職される訳じゃないんですよ。あくまでも、会社の圧力がかかっている方だと云っただけですから…」
「で、それが玉の霊力とどういう関係が?」
「そうそう、そのことなんですが、私が湯桶次長のことを考えていますと、声ではない意志の声がして、ああして、こうして、こうなる…という発想が浮かんだのです。云わば、お告げですが…。玉の申すには、湯桶次長は支社の部長になり、リストラはされないと…」

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2013年10月 8日 (火)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第111回

 あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第百十一回

 和室の畳には角長机が置かれ、部屋隅(すみ)にテレビが見えた。そのテレビをほどよく観られる位置には座椅子が置かれていた。床の間には墨書された小むずかしい達筆の掛け軸、その前畳には、なんとも麗(うるわ)しい花が生けられていた。
「おお…こういうご趣味もお有りで…。美しいですねえ…」
 私が少し感心して褒(ほ)め言葉をくり出すと、禿山(はげやま)さんは、「あっ! それ、造花です」と、即答で返し、にべもない。そして、私に座布団を敷いた席を勧(すす)めながら、「前は、それでも生けておったんですよ。しかし、もう疲れました、ははは…」と笑い流して体裁(ていさい)を整えた。禿山さんが云うと弁解がましくないのは、光り輝く丸禿頭の威光か…と、冗談めいて思った。
「大したお構いもできませんが、まあ、お茶でも淹(い)れます…」
 禿山さんは私を座らせて、自分はそのままキッチンへ行こうとした。
「いや、もうお構いなく…。それより話を…」
「まあ、お茶ぐらい飲んで下さいよ」
 病人をあまり動かすのも…と思ったのだが、案外、元気そうに立居ふるまいをする禿山さんに、私は少なからず安堵した。
 お茶と茶菓子が出され、私は身に宿った霊力について話し始めた。

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2013年10月 7日 (月)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第110回

 あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第百十回

まあ、その辺りの妙が禿山(はげやま)さんの魅力でもある。満面の笑みの赤ら顔で、しかも素早い動きだった。上がってすぐ、私は茶の間へ通された。寝ていないで、よろしいんですか? と、やんわり訊くと、こうして座椅子でゆったりできるまで回復したんですよ、と説明して下さった。そして、会社が無理をせずにゆっくり休んでいいと云ったと、幸せそうに語られた。
「ちょうど年末休暇で会社休みに入りますから、上手い具合にドンピシャ! じゃないですか」
 私は口にした瞬間、ハッ! とした。つい先ほどは準備室の若者に同じことを云われ、何が上手い具合にだっ! と、腹を立てかけたのである。その自分が今、こうして同じことを口にしているのだ。私は口にした自分の愚かさに呆れ返った。しかし、そんなことより私の身に起きた異変について語らないと態々(わさわざ)、家を訪ねた意味がない…と冷静になった。
「禿山さん、今日、寄ったのは他でもないんですが…。実は、私に霊力が宿ったのです」
「ええっ! それは本当ですか? 偉いことしゃないですかぁ~」
「はい、それでお話ししようと思って、今ここなんです」
「こりゃ、楽しくなってきたぞぉ~! …いや、思わず興奮してしまいました。その話、詳しく聞かせて下さい」
 禿山さんは、いつもと変わらないほど元気に話した。

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2013年10月 6日 (日)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第109回

 あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第百九回

 メモした手帳を背広へ一端は入れ、社屋出口へと急いだ。
「どうも! お手を煩(わずら)わせました…」
 形だけでも挨拶しておかないと、訊ねた手前、非常識な奴…と思われかねないと浮かんだのだ。
 社屋を出て、一目散に社員駐車場へと向かった。慌てながら車中の人となり、手帳の住所を確認し直してそこへ向かった。途中で見舞品を適当に買った。
 禿山さんの家は驚いたことに沼澤氏と同じ早起(はやき)だった。もちろん、早起といってもかなり広い町で当然、世帯数も多いから、ご近所なのかどうかは分からずじまいだったのだが…。沼澤氏と出会う場合は、眠気(ねむけ)会館と、双方で了解済みだったから、家を訪ねる予定はなく、住家がどの辺りなのかは分からずじまいだった…ということである。
 禿山さんの家は案外、分かりよい所に建っていた。いや、これもよ~く考えれば、玉の霊力で操られるように辿り着いた…という感が、なくもなかった。それだけスムースに事が運んだ、ということである。
「これは塩山さん。態々(わざわざ)、来て下すったんですか…。もうかなりよくなったんですがね…」
「それはよかった…。その後の例の話、聞いて戴こうと思ったら、お休みだと…」
「ここ、分かり辛(づら)かったでしょ?」
「いや、そうでもなかったです」
「そうですか? 立ち話もなんですから、お上がり下さい…」
「これ、お見舞いです」
「ああ…こんなこと、して戴かなくてもよかったのに…。そうですか? 戴きます」
 禿山さんは割合早く、サッと受け取った。

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2013年10月 5日 (土)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第108回

あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第百八回

その休暇となる前日は仕事納めで、この日は昼までの半ドンだった。、私は仕事もそこそこに、退社時間を待ちかねて監視室へと下りた。しかし監視室に禿山(はげやま)さんの姿はなく、一度も見たことがない三十代前半の年若な警備員が座っている姿が見えた。思わず近づくと、私は訊ねていた。
「あのう…、禿山さんはどうかされたんですか?」
「えっ? ああ、禿山さん? 禿山さんでしたら風邪で当分、休まれますよ。上手い具合に明日から会社がお休みですしね」
 若い警備員は軽い口調で淡々と云った。何が上手い具合に、だ! と、寝込んでおられる禿山さんを小馬鹿にしたような軽さに少し怒れたが、自然と冷静になれたのは、やはり玉の霊力が私を救ってくれたからに違いない。自分でも不思議なほど穏やかな気分が私の全身を包みこんだのである。
「恐れ入りますが、禿山さんのご住所とか、分かりませんかねえ」
「ああ…それなら分かりますよ。ちょっと待って下さいよ。ああ…ここだ。云いますよ…」
 警備員は社員手帳をペラペラと捲(めく)り、メモってある部分を探し当てた。
「はい! どうぞ」
 私は背広上衣から手帳を取り出し、備え付けの受付用ボールペンを握った。

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2013年10月 4日 (金)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第107回

  あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第百七回

 異変は簡単に起こせる発想も浮かんだが、人間社会では迷惑はかけられない…などと大仰に思え、我慢で終わることもあった。例えば、女事務員の森崎君が朝に入れてくれるお茶にしてもそうだった。ある朝、わざとじゃないと思うが、私の机(デスク)へ湯呑(の)みを置いた時、置き損ねて零(こぼ)したのだ。「ああ…、どうしよう。すみません!」と慌てて、森崎君は傍(かたわ)らにあったティッシュで拭こうとした。その日は大事な会議があり、配布させるつもりのコピー紙が二十部ほど机に広げられていたから、何部かが濡れてしまった。私は思わず怒りが込み上げ、森崎君を叱ろうとした。その時、玉の声がした。というか、怒りがスゥ~っと消え、叱ろうという気持が失せた。さらには、誰にだってあるさ…と大仰に思え、「いいよ、読めりゃいいんだからさ。会議で笑い話にするさ、ははは…」と、逆に森崎君を慰めた。それは明らかに玉と私、私と玉とが相互に呼び合っている兆(きざ)しのように思えた。要は、玉が私のマイナス運をプラスへと変える霊力を発して救ってくれたのである。そういうことが幾度となくあり、年末から年始までの休暇が間近に迫った。沼澤氏と禿山さんには、近況を報告せねば…と思ったが、年開けまで会えなくなる禿山さんの方を、まず優先することにした。

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2013年10月 3日 (木)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第106回

  あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第百六回

 その後、玉の発する声は、私の感性の中で次第に確固としたものになっていった。どういうことか? といえば、玉が発した霊力の意志は、私に到達して意志の声となり、私の発想を新たに生み出したのである。これは私にだけ分かる感覚で、みかんの早希ちゃんに話そうものなら、小馬鹿にされるか変人扱いされかねないのだが、事実は事実として受け止めねばならなかった。みかんでは当分の間は禁句にしようと心に云い聞かせたが、沼澤さんだけには報告しておかねば…とは思った。
 そうこうしているうちにクリスマス・イウ゛の夜がやってきた。課員達は仕事を早めに切り上げて思い思いに散って帰り、残った私も切りをつけて社員通用口を通過した。監視室の禿山さんが、いつもの愛想いい笑顔でペコリと頭を下げたので、私も同じ仕草を返して構外へと出た。今のこの状況を禿山さんに聞いてもらいたかったが、やはり、少し時を置いた方がいいだろう…と思え、止まらず通過したのだった。
 外はすっかり暗くなり、漆黒の闇が辺りを覆っていた。天空の一部には星が見られたが、大部分の空は雲に覆われていて、こりゃ、ホワイト・クリスマスか? と、私をロマンな気分にした。

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2013年10月 2日 (水)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第105回

  あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第百五回

ただ、霊力がいつから、どういった形で私の身体に備わるのか? といった疑問は残ったままだから、ほぐれたといっても、緊張が弛(ゆる)んだ…ぐらいだった。
 日々を意識して暮らすと、案外、そうならないものである。丁度、この時の私がそうで、霊力は…霊力か…と、一挙手一投足に気を回せば、全てが何でもないことだった。
「課長! どうかれましたか?」
 児島君の声を聞き、私はふと、我に返った。
「んっ? …いや、何でもないよ。ありがと」
 沼澤氏に電話を入れた日から五日ばかり過ぎたが何事も起きていなかった。それでも、内示された次長昇格は取締役会で正式に承認される運びとなった。つまりは、翌年四月の異動で次長に昇格することが決定したのだ。そうなると、私のポストは児島君が上るとして、いまの湯桶(ゆおけ)次長はどうなるんだ? と考えが及んだ。社内状況を述べれば、湯桶洗澄(あらずみ)次長[通称は仏のオケセン]は、老齢による勧奨退職者の一人に挙げられていた。しかし、力んだところで春先にならないと人事に無縁の私には、何も分からなかった。児島君は私の空(から)返事に怪訝(けげん)な面(おも)もちのまま自席へ戻った。その時ふと、課内の天井から声ではない意志の声がした。その声は耳に届くという性質のものではなく、なんと云うか…心理の声であった。もっと分かりやすく云えば、私の頭で囁(ささや)く意志の声だった。それまでは考えも及ばなかった発想が、ああして、こうして、こうなる…と、瞬間に考えられた…というか、浮かんだのだった。

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2013年10月 1日 (火)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第104回

  あんたはすごい!    水本爽涼                                     
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     第百四回

「…失礼なことを…。誠に申し訳ありません。それで…、私に霊力が宿るのは、いつ頃なのでしょう?」
「まあ、近々…とだけ申し上げておきましょう。ははは…、私にもそこまでは分からんのですよ。玉のお告げを伝えておるだけですから…」
 そんないい加減な…とは思ったが、これ以上、追及せずにおこう、と私は我慢した。
「そうですか…。いや、先ほども云いましたが、漠然とした不安がありましてね。それでお訊きしたのですが…。ところで、それは自覚できるのでしょうか?」
「はい、それは分かります。過去に霊力を授かったという方のお話をしましたよね?」
「ええ…。資産家になられて外国暮らしをされているとかいう方ですか?」
「そうです。その方の場合、急に玉の声が空から聞こえてきたそうです。普段どおり、道を歩いておられた時です」
「空からですか…」
「私の場合も、空からではありませんが、突然、どこからともなく聞こえてきたのですが…」
「それが最初に自覚できることなんで
すね?」
「はい、…まあ、そうです。その後は、両の瞼(まぶた)を閉じ、玉の姿を思い浮かべれば、自然と玉の声が聞こえるようになったのです」
「沼澤さんの実体験ですね?」
「そのとおりです。私は以降、今に至るまでの間、玉とは、こうして交信しておるのですよ」
「なるほど…、そうなんですか」
 私は、そうなんだ…と思え、幾らか心の緊張が、ほぐれた気がした。

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