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2013年12月

2013年12月31日 (火)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第195回

 あんたはすごい!    水本爽涼
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   第百九十五回

 小刻みにドアを何度も叩く音がした。
「はい、どうぞ」と、私が許可すると同時に、児島君は慌(あわただ)しく雪崩(なだ)れ込んできた。
「部長、何かありましたか!?」
 心配そうな表情で、児島君は私の机に躙(にじ)り寄って訊(たず)ねた。
「いやあ、大したことじゃないんだ…。むろん、仕事のことでもない」
「はあ…」
「昨日(きのう)はご苦労さん。ああいう偉い方を招くと、疲れるだろ?」
 私は搦(から)め手から遠回しに訊ねてみた。
「はあ? 何のことでしょう。昨日は別に…」
「なに云ってる。煮付(につけ)議員のことだよ、昨日いらした」
「えっ? 煮付議員がお見えになったのは、もうかれこれ十日前になりますが…」
「なんだって? そんな馬鹿な…。それじゃ、この私は昨日、どうしていたというんだ?」
「どうしていたと云われましても…。こうされていたとは云えません。なにせ、私は昨日、部長室へ入っておりませんので…。ただ、ご出勤の時も、いつもの部長でしたし、別に変ったことは…」
 真顔で話す児島君の云うことが出鱈目とも私には思えなかった。私以外の人々の時間は十日先で動いていた。なぜか私だけ、その十日間が消滅していたのだった。

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2013年12月30日 (月)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第194回

 あんたはすごい!    水本爽涼
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   第百九十四回

待っている先輩を余り放っておく訳にもいかないから、私は携帯の保留をすぐ解除した。どう話すか…などと考えている余裕はなかった。
「なんだ? 何か、していることでもあったのか? 急に保留になったからな」
「ええ、まあ…」
 私は当たり障(さわ)りなく答えた。十日が消えた一件は、あとからゆっくり考えることにした。
「それで、どうするつもりなんだ?」
「はあ…、その節(せつ)はお願いしようか、などと虫のいいことを考えておりました」
 場当たり的に出た言葉だが、まんざら思っていない訳ではなかった。
「そうか! 任せてもらえるなら、こちらとしては御(おん)の字だ。よろしく頼むぞ」
「はいっ! 政治の方はズブの素人(しろうと)ですので、なにぶんよろしくお願いいたします」
「いや、こちらこそ。それじゃ、小菅(こすが)総理には、その旨(むね)を伝えておくからな。また何かあれば電話する」
「はい、どうも…」
 電話はそれで切れた。切れたのはいいが、私はそれどころの話ではなかった。何といっても消えた十日間の問題を早急に解決せねばならなかった。私はすぐ、第二課長の児島君を内線で呼び出した。
「ああ、児島君か、塩山だ。悪いけど、すぐ部長室まで来てくれ。訳はあとから話す」
「はい! 今、すぐ…」
 児島君が慌(あわ)てて席を立つガサッ! という音が聞こえた。

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2013年12月29日 (日)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第193回

 あんたはすごい!    水本爽涼
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   第百九十三回

「おお、塩山か。どうだ、この前の返事は?」
「返事って…。十日後だと云ってらしたじゃないですか」
「だから電話したんだよ」
「何を云ってられるのか、訳が分かりません。部長室でお会いしたのは昨日(きのう)ですよ?」
「君は寝惚(ねぼ)けてるのか? それとも、悪い冗談のつもりかっ!」
 先輩はやや怒った感じの声で云った。しかし、どう考えても私、いや、私だけではないすべての人々が昨日の今日だという…と、思えた。確かに昨日、東京から来た先輩に会ったのだ。そして、今朝は少し早く出勤して禿山さんと話していた・・という明確な記憶があった。部長室でいくら長く眠っていたとしても、せいぜい小一時間が限度かと思えた。私は携帯の保留ボタンを押し、日付を見た。そして驚愕した。なんと…まる九日(ここのか)間、すなわち、大よそ二百十時間がスッポリと消滅していたのである。常識では到底、考えられない事態が現実に起きていた。玉の偉大な霊力によることは、ほぼ疑いがなかった。しかし、だとしても、消滅した九日間、私はどこにいたというのか…。ここの応接セットで眠りこけていたというのか。童話の『眠り姫』じゃあるまいし…と、訳もなく怒れた。

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2013年12月28日 (土)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第192回

 あんたはすごい!    水本爽涼
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   第百九十ニ回

「…でしたら、これからが大変だということですな、そのニラレバは」
「ははは…そうです。マーボ豆腐のように甘辛い話になれば困りものですがね」
「塩山さんも上手いこと云われますなあ。マーボ豆腐のように甘辛いか…。ははは…。どちらでもない中間・・を狙われる訳ですな?」
「中間と中華料理の中華ですか? これも上手い!」
 この日の監視室は、さながら中年おじさんと老人の拙(つたな)いダジャレ合戦の様相(ようそう)を呈(てい)し、笑いが絶えなかった。
 いつものパターンでA・N・Lで軽い朝食を取ったから空腹ではなかったが、妙に身体が、けだるかった。やはり昨夜、熟睡できなかったからか…とも思えた。禿山(はげやま)さんに送られて監視室を出ると、私は部長室へ向かった。課長の時とは、ここが大きく違うのだ。というのも、課長席は社員達と同室だから、必然的に多くの視線を気にせねばならない。そこへいくと、部長室は他人の目がないから極楽だった。私は部長室に入ると席には着かず、背広上衣だけを椅子にかけ、応接セットの長椅子で横になった。そして、しばらく微睡(まどろ)んだ。いや、微睡んでいたのだろう。それからどれぐらいの時が流れたのか、私記憶にはない。突然、携帯のバイブが震動し始め、私は目覚めた。携帯のバイブがなければ、私はまだ眠っていたに違いなかった。電話は煮付(につけ)先輩からだった。

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2013年12月27日 (金)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第191回

 あんたはすごい!    水本爽涼
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   第百九十一回

「そう驚かないでくださいよ。まだ決まった話じゃないんで…」
「そりゃそうでしょうな。そんな話なら、テレビに流れとります」
「ええ…。まだ先の話なんですよ。今回はちょっと信じてもらえないでしょうね…」
「はい。どう云えばよろしいかなあ…。残念ながら、話が少し大き過ぎますから俄(にわ)か、には…」
「実は、学生当時の先輩が国会議員をやってましてね。煮付(につけ)と云うんですが…」
「煮付? 煮付と云われますと、小菅(こすが)内閣の煮付大臣で?」
「ええ、その煮付です。先輩が実は昨日、眠気(ねむけ)に来たのですが、その折り、大臣の話を…」
「心づもりを…ということですな? そう云ってもらいますと、少し分かったような…」
「そうですか。やっと信じて戴けそうですね」
「はい、それはまあ…。しかしそれにしても、大きな話ですな。会社はいかがされるおつもりで?」
「それなんですが、どうも兼業は出来ないらしいので一端、無報酬の顧問を会社にお頼みしようかと…」
「なるほど…。で、塩山大臣ですか、ははは…。いや、失礼」
 こりゃいい、とばかりに、禿山(はげやま)さんは手の平で禿げ頭をピシャリ! と叩いて笑い、そのあとすぐ謝(あやま)った。
「いやあ…飽くまでも、そうなれば、の話です」
「れば、ですか。レバ、ニラレバ炒(いた)めですな?」
「上手いこと云いますねえ。そのニラレバですよ、今のところこの話は」
 禿山さんが笑い、私も笑った。ようやく氷が解けたように動き出した禿山さんは、急須にポットの湯を注ぎ入れた。

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2013年12月26日 (木)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第190回

 あんたはすごい!    水本爽涼
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   第百九十回

「まあ、お座りになってください。今、お茶を淹(い)れますから…」
「あっ! もう、お構いなく…」
 私は紋切型の挨拶をしていた。実は、急いで来たせいで喉(のど)が乾き、こちらからお茶を一杯…と云いたかったのだ。思っていても一応は建て前で断る日本独特の云い回しである。
 私は椅子に座り、禿山(はげやま)さんは急須に茶葉を摘(つま)み入れた。
「あの…玉の一件ですかな?」
「はい…。あれからいろいろと起こりましてね」
「そうそう、部長へのご就任とかありましたな。おめでとう存じます。社内ですから、分かっとったんですが…」
「あっ? ああ…どうも有難うございます。まあ、それもあるんですが…」
「えっ! まだ何ぞありましたか?」
「話が長くなりますので短めに云いますと、私、どうも大臣になりそうなんです」
「… … ? えっ?」
「いや、ですから、大臣です」
「大臣と云いますと、あの大臣ですかな?」
「ええ、たぶん、その大臣だと思いますが…」
「国のですな?」
「はい、内閣の大臣です」
「エエッ!!」
 禿山さんは急須を手にしたまま、凍結してしまった。

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2013年12月25日 (水)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第189回

 あんたはすごい!    水本爽涼
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   第百八十九回

 その夜の私は少し興奮ぎみで寝つけなかった。煮付(につけ)先輩の話について考えていたから・・というのでもなかったが、心のどこかで、私が大臣か…などと北叟(ほくそ)笑む自分がいたのかも知れない。先輩の話は夢物語などではなく、厳然とした事実なのだが今一、シックリしなかった。このことを久しく話していない禿山(はげやま)さんに云ってみようか…などと、寝つけぬまま思ったりした。ベッドを抜け、カレンダーに目を遣(や)る。最近、禿山さんを監視室で見た日付からすると、偶然なのだが上手い具合に今夜は深夜勤をされている番だった。ということは、明日の早朝なら出会える訳だ。目覚ましを四時にセットして眠ることにした。
 意識した予定を抱えて眠ると、やはり妙なもので、眠れなくとも時間には目覚めるものである。しかも寝起きとともに身体が勝手にリズムよく動くのだった。そして、いつの間にか私は監視室の中にいて、禿山さんと話していた。時計のセットからわずか六時間ばかり先のことである。
「どうされました? 何ぞありましたか。…そういや、いつぞやのお話から随分ですな」
 例の赤みがかった血色のよい笑顔と、よく照かった丸禿頭は、やはりこの朝も存在した。
「はあ、そうなりますね…」
 私は愛想笑いをして返していた。

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2013年12月24日 (火)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第188回

 あんたはすごい!    水本爽涼
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   第百八十八回

『あなたがOKを出せば、活躍される舞台は東京へと移ります。いかが、されますか?』
「それは先輩に云ったとおりです。しばらく考えさせて下さい。あのう…会社は、このまま続けても大丈夫なんでしょうか?」
『ははは…、何もご存じないようですね。大臣には大臣規範という規範があるんですよ。正確には、国務大臣、副大臣及び大臣政務官規範と、なんとも長くて早口言葉のような規範です。この規範で在任中の兼職は禁止されています。ただし、報酬のない名誉職は小菅(こすが)総理に届ければOKです。そんなことですから、会社とご相談なさって、無報酬の顧問とかでいいと思うのですが…。もちろん、大臣を退かれた時点で部長に復職するという条件をお付けになってね』
「なかなかお詳しいですね。畏(おそ)れ入りました…」
『私に分からないことはありません。まあ政治なんていうものは、すべてがファジーなんですがね』
「ファジーですか…」
『曖昧(あいまい)なんですよ、物事の解釈が…。アバウトと申しますかね。だから、予算の委員会で予算と関係ない論議がアバウトに進んだりしてます。まあこれは、政治に限ったことだけじゃなく、人間の世界は、すべてが白でも黒でもない灰色のアバウトですが…』
「ええ…、それは私にも分かります。すべての物事が正しいから通用する、っていうもんでもないですよね」
『そうです、そうですとも…。ですから、私は慌(あわただ)しく駆け巡らねばならないのです。駆け巡る、とは霊力で飛ぶことを意味するのですが…』
「だから、急に会話が中断したり、そのまま、なかったりするんですか?」
『はい。まあ、そうお考え戴ければ結構です。おっ! これは…。また孰(いず)れ』
 お告げは急にピタッ! と途絶えた。しかし、この前と違い、玉が話しをやめることを前もって知らせてくれた点は一歩前進だった。

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2013年12月23日 (月)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第187回

 あんたはすごい!    水本爽涼
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   第百八十七回

やがて、先輩が口にしたのは、どこか近くに美味い店はないか、ということだった。あまり余裕の時間がないらしく、昼食兼夕食を食べて、東京へUターンすると云った。
「美味い店なら、いろいろとありますが…。和食、中華、洋食、何になさいます?」
「そうだな…。朝からステーキだから、少しあっさりとした和食がいい…」
「それなら喜楽という店がいいでしょう。ここから右へ折れて突き当りです。大きな看板が出てますから、すぐ分かりますよ」
「そうか…有難う。それじゃ、十日後辺りに電話する…」
 煮付(につけ)先輩は応接セットから立ち上がると、ドアへ向かった。
「炊口(たきぐち)さんにご挨拶だけして、その足で帰るから、送りはいいぞ、塩山」
「はい。それじゃここで失礼させて戴きます」
「ああ…、じゃあな」
 先輩が部屋を出たあと、妙な空虚感が私の心を苛(さいな)んだ。その時、お告げが聞こえた。
『どうです。新しい展開が始まったでしょう。あなたが見た映像に一歩、近づいた訳です』
「それが、国連なんですか?」
『まあ、そうなっていくでしょう。それ以上は決まりで云えないと以前、申しました』
「ええ…、それは憶えております」
 私はそれ以上、深く踏み込まなかった。

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2013年12月22日 (日)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第186回

 あんたはすごい!    水本爽涼
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   第百八十六回

 寝耳に水の話で、私はしばらく茫然(ぼうぜん)として言葉を失った。冷静になろうとするが、すぐ心が乱された。恐らくは、みかんの玉が霊力を発して先輩をその気にさせた…と考えられた。でなければ、あまりに突飛でありえない話だったからだ。
「…なぜ、私なんです!?」
 一瞬の途切れた会話が復活した次の瞬間、私は思わずそう訊(たず)ねていた。
「理由は、ただひとつ。そう思ったからだ」
 この言葉で、みかんの玉が放った霊力による、ということが、ほぼ確定した。
「だが、それだけじゃないぞ。お前の有能さは学生時代から見てきた俺が一番よく知ってる」
「いやあー、嬉しいんですが弱りました。今はとても心の準備ができません。お引き受けしていいものかどうか…」
「そら、そうだろう。以前のように十日ばかり待とう。改造は、まだ当分先のようだからな」
「その改造内閣は、いつ頃?」
「総理の腹づもりひとつだが、この前のお話では、半年ほど先をお考えのようだ…」
「半年ほど先ですか…」
「ああ…。飽くまでも目安だ。予算審議や重要法案の成立いかんでは延びるかも知れん」
「何もなければ半年後、ということですね?」
「まあ、そうなるかな…」
 ふたたび、二人の会話は途切れた。

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2013年12月21日 (土)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第185回

 あんたはすごい!    水本爽涼
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   第百八十五回

 先輩が私のいる部長室へ入ってきたのは、それから小一時間過ぎた頃だった。カツッ、カツッっと小気味よい靴音が響き、ドアがノックされた。私は即座に、「どうぞっ!」と大声を発した。ガチャッと音がし、ドアが開いた。
「君達は応接室で待っていなさい。三十分ほどで戻る…」
 お付きの人達に云っていると思われる先輩の声が、ドアの隙間から小さく聞こえた。そして中へは先輩一人が入ってきた。他の人達は、どうも引き返したように思えた。
「待たせたな、塩山。…それにしても、眠気(ねむけ)はいい所だな。だいいち、空気が美味い!」
「ははは…、都会に長くおられると、そう思われますか?」
「ああ、実感でな」
 私と煮付(につけ)先輩は思わず大笑いした。
「ところで、云ってらしたお話とは?」
「おお、それだったな。…実は近々、小菅(こすが)改造内閣が組閣されることは、ほぼ間違いがない。そこでだ! 総理と私が直接、話したんだがな。お前を民間人から入閣させようと考えてな。総理も考慮しようとおっしゃった」
「えっ? …ええっ!!?」
 目を丸くする・・とは、まさにこのことであろうか。民間人が入閣して大臣になれることは知っていた私だが、まさかその人物としてなんの社会的知名度や地位もない私が先輩から名指しされようとは露ほども思ってはいなかった。

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2013年12月20日 (金)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第184回

 あんたはすごい!    水本爽涼
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   第百八十四回

「それよりお前、今度はいつ東京へ来れる?」
「えっ? 今のところ予定はないんですが…。何かあるんですか?」
「いや、今は長電話になりそうだからい…。詳しいことは、そっちへ行って炊口(たきぐち)さんにお会いしてから話すよ。まあ、悪い話じゃないから、楽しみにしてろ」
「はい、分かりました…」
 電話はそれで切れた。煮付(につけ)先輩が私に何を云いたかったのかが少し気にはなったが、悪い話じゃないということなので自然と意識から遠退(とおの)いた。その先輩が我が社へ車で乗りつけたのは昼の三時頃だった。政府高官が来社するというので社内は騒然としていた。この日ばかりは炊口社長自らが陣頭指揮に立ち、接遇に手抜かりがないか、細かく事前チェックした。そして、先輩が車から降り立つと、社をあげてのお出迎えである。管理職以下、まるで賓客(ひんきゃく)を出迎えるかのように正面エントランスに整列し、先輩と数人のお付きの人達を迎えた。もちろん整列した中に私がいたことは云うまでもない。煮付先輩は炊口社長と笑顔で堅(かた)い握手を交わし、社長室へと消えた。二人が何を語らったのか、私にはまったく分からなかったが、恐らくは米粉プロジェクトの今後についての意見交換かと思われた。

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2013年12月19日 (木)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第183回

 あんたはすごい!    水本爽涼
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   第百八十三回

 そこへ鍋下(なべした)専務が現われた。
「おお、児島君もおったか。塩山君、煮付(につけ)先生が今日の午後、遠路はるばる眠気(ねむけ)へ来られるそうだ」
「えっ! 煮付先輩が、ですか? なにか起こったんでしょうか?」
「んっ? いや、私もよくは分からんのだがね。先ほど社長室へ電話が入ったらしい。ただ、来られる、という話だったようだ」
「そうですか…。煮付先輩が…」
 つい数日前、私が東京へ行った時、先輩は何も云わなかったのだ。急用なのかも知れなかったが、それにしても会社へ直接、電話した先輩の意図が分からなかった。二人が出ていったあと、私は先輩に携帯で電話した。会社の電話は交換を通すから、避けた方が無難だと判断した訳だ。別に聞かれて拙(まず)い話じゃなかったが、なぜかそうしていた。
「先ほど専務から聞いたんですが、今日、こちらへ態々(わざわざ)、来られるそうですね?」
「ああ、そのつもりだ。今、出るところでな。ちょっとお会いしたい方がおられてな。そのついで、と云ってはなんだが…」
「私に一報して下されば、よろしいのに…」
「ははは…。塩山でも別に構わなかったんだが…。社長の炊口(たきぐち)さんにも御挨拶しておきたかったんでな…」
 煮付先輩は私に電話しなかった訳を説明した。

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2013年12月18日 (水)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第182回

 あんたはすごい!    水本爽涼
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   第百八十ニ回

 よくよく落ちついて考えれば、米粉の卸(おろし)会社の中にいて営業部長という管理職を務める現実とフラッシュ映像では、明らかに違うギャップがあった。なぜ地球人類の未来を動かしかねない国連総会で私が演説をするのか? と不思議に思えたが、それでもそんな大舞台に登れる魅力は多少あった。たぶんそれが原動力となったのだろう。だが、フラッシュ映像はその一枚だけではなかった。その一枚一枚が大舞台で、まったく関連していないという奇妙さはあった。
「児島君、その後のプロジェクトの推移はどうなってる? 順調に運んでいるかな?」
 部長室に児島君を呼んで、私は現状報告を受けていた。
「はい! 以前の多毛(たげ)本舗のときとは販売網のスケールが違いますからねえ。営業実績だけじゃなく、まさに名実とも日本の一流企業ですよ」
「ああ…、それはまあそうだな。二部で低迷していた米翔(こめしょう)だが、今や一部上場だからなあ…」
「仰せのとおりです。当期純利益ひとつ見ても、恐ろしい額に跳ね上がってますから…。まったく過去では想像もできませんよ」
 児島君は興奮ぎみに捲(まく)し立てた。
「しかし、手放しで喜んでばかりもおれんぞ」
「はい、それは分かっています」
 児島君の顔に新(あら)たな精気が漲(みなぎ)り、紅潮した。

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2013年12月17日 (火)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第181回

 あんたはすごい!    水本爽涼
                                     Photo_182


                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                               
   第百八十一回

みかんの酒棚に置かれた玉から発せられていることは分かるが、ただその得体の知れない霊力によって私は動かされている…と考えるのは、やはり怖かった。だが私としては、この現実を直(ストレート)に受けるしかない…と諦(あきら)めにも似た気持だった。三時半過ぎをベッドの時計は指していたが、どういう訳か余り腹は空いていなかった。私は一応、会社へ連絡しておくか…と思った。
「おお、児島君か。私だ…。別に変ったことはなかったか」
「はい、これといって…」
「そうか…。なら、いいんだ。ご苦労さん」
 トイレへ行ったついでに玄関近くの電話を握った。そして、苦労性が会社へダイヤルさせていた。変わったことは恐らくないだろう…とは分かっていた。異変があれば、なんらかのお告げを玉が霊力で送ってくるはずだからだ。そうとは分かっていたが電話する自分がいた。私自身が、まだまだ小心者に思え、妙な嫌悪感が残った。
 次の日からまた慌(あわただ)しい日々が始まった。だが、すでに私は玉からフラッシュ映像を見せられているから、その場面へ向けて今の自分がどのように流れようとしているのか、が神秘的で興味深く、疲れなどは一切、感じなかった。その原動力となったフラッシュ映像の一枚は、私が世界の食糧事情を解決する一助をしたような映像だった。

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2013年12月16日 (月)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第180回

 あんたはすごい!    水本爽涼
                                     Photo_181


                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                               
   第百八十回

「正直云って、少し怖いです…」
 私は気持ちのまま、そう云った。
『心配されずとも、こうした映像の頃の塩山さんは、気持の上でも超人になられていることでしょう。ですから、ご安心を…』
「私は別に今のままでもいいんです。部長になれたことだけで充分なんですから…」
「いや、あなたには生まれ持っての霊に対する感応力がお有りなのです。それは取りも直さず、あなたが世界、いいえ、この地球の指導者として様々な分野で崇(あが)められる存在になられる証拠なのです」
「はあ…」
 私は玉のお告げに、いつの間にか説得され、その気になっていった。
『長く話してしまいました。では…』
「あのう…、今度はいつ?」
『それは決まりで云えないのです』
「決まり、とは?」
『決まりです。霊界の決まりごとです』
「霊界? そのようなところがあるんですか?」
『そのことも決まりで、今は云えません。云えるのは、一年以内にお亡くなりになられる方だけなのですよ。悪(あ)しからず…』
「そうなんですか…
でも、霊界があると分かっただけでも随分、お力を頂戴いたしました」
『そうですか、それはよかった』
 そこでお告げはピタッと途切れた。

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2013年12月15日 (日)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第179回

 あんたはすごい!    水本爽涼
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   第百七十九回

『ははは…。まあ、そう云わず頑張ってください。そのうち、大きな幸運があなたに訪れるはずですから…』
 前にも云ったと思うが、お告げは私だけに聞こえているのだ。その声は想念としてやや低く響く私の声である。玉から発せられた霊力が私の身を借りて私自身へ問いかけるのだった。
「これから私は、どうなっていくんでしょうか? この前はお答えを戴けませんでしたが…」
『お知りになりたいですか?』
「ええ、是非(ぜひ)…」
『それじゃ、ほんの少しだけですが、フラッシュでその映像をお見せしましょう。ただし、画像は動画ではありませんよ』
「はい、お願いします…」
 それから数秒後、私の脳裡に今まで経験したこともないような場面が断片的に浮かんだ。そのフラッシュ映像はカラーで、当然、その中には私が映っていた。余りのシュールさに、私は有り得ない…と思えていた。
『どうです? お信じになられたでしょうか?』
「…い、いえ! 有り得ないことばかりですから、とても信じられません」
『そうでしょうとも…。しかし、これらのことは今後、あなたの身に確実に起こることなのですよ』
 お告げは荘厳さを帯びて響いた。

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2013年12月14日 (土)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第178回

 あんたはすごい!    水本爽涼
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   第百七十八回

その後、銀座で美酒に酔い、ホテルに一泊して始発で帰った。児島君は数日、泊ってこられればよろしいのに…と出がけに云ったが、部長という肩書の手前、そういう訳にもいかなかった。なぜかふと、禿山(はげやま)さんの丸禿頭を照からせた柔和な笑顔が浮かんだ。
━ クタクタにお疲れの割には、幸運ってのが、余りに小ぶりに思えるんですがなあ… ━
 浮かんだのは、確かこれが二度目だった。私は米粉プロジェクトの成功と業績の向上、いや、米翔(こめしょう)の発展のすべてを賭ける思いで頑張っていた。だから心身ともにクタクタでボロボロだった。玉の霊力によって実現した会社発展、それはある意味、私の仕事の成功なのだが、その幸運は禿山さんの言葉どおり余りに小ぶりに思えた。そう思えたのには、この時、限界に近い疲れを私が感じていたこともある。さすがに倒れそうな身の危険を察知した私は、東京から帰った次の日、休むと児島君に電話連絡だけしてベッドで爆睡した。気づけば、もう昼の三時過ぎだった。こんなに眠ったことは学生時代より久しくなかった。ベッドを抜け出たとき、あのお告げが久しぶりにあった。
『お久しぶりです。お仕事が順調なようで何よりです。どうです? 大舞台の第一歩を歩まれたご感想は?』
「えっ? …そうですねえ。疲れるだけで成果が、といいますか、幸運そのものが今一、小さく思えるんですがね…」
 私は初めて玉へ小さな愚痴を云った。

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2013年12月13日 (金)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第177回

 あんたはすごい!    水本爽涼
                                     Photo_178


                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                               
   第百七十七回

 その後の一ヶ月は、今から考えればわずか一日だったような気がする。それだけ多くの出来事があり、私は諸事に忙殺されるほどの状態であった。そして、お告げそのものも私の多忙さに遠慮してか、まったく影を潜(ひそ)め、当然、私も沼澤氏、みかん、禿山(はげやま)さんのことなどを一切思い描かず、というより思い描く暇(ひま)もなく、ただ慌(あわただ)しく米粉プロジェクトの総指揮を執(と)っていた…というような日々だった。
 一件がようやく軌道に乗り、販売網に加わる新たな得意先企業も獲得でき、私としては、ほぼ満足のいく感触を掴(つか)むに至った。一ヶ月の間に東京への出張は数度に及び、煮付(につけ)先輩とは何回か話し合える機会を得た。
 その日も私は煮付先輩に招待された赤坂の某高級料亭にいた。
「どうやら軌道に乗ったようだな、塩山。ごくろうさん…。まあ、一献(いっこん)」
「はい! 先輩のお蔭(かげ)で…」
 先輩が注いでくれる銚子の酒を猪口(ちょこ)に受けながら、私はやや緊張ぎみにそう云った。
「これで道筋は、ついた訳だ。お前の会社も急成長することは疑いなしだな」
「はい…。というより、日本の食糧事情の明るい展望が開けたことが何よりです」
「おお…そういうことだ。まだ始まったばかりだな」
 モグモグと豪快に料理を食べながら、先輩は猪口を干した。その豪快さは学生時代と少しも変わっていなかった。

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2013年12月12日 (木)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第176回

 あんたはすごい!    水本爽涼
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   第百七十六回

 煮付(につけ)先輩が云っていた十日後は、案外、早くやってきた。その晩、私は万を持(じ)して先輩からかかってくる電話に待機していた。もちろん、色よい返事が出来る承認は取締役会でなされていた。
 電話の呼び出し音がついになった。
「おう、塩山か…。どうだった、会社の方は」
「はい、なんとか役員会で承認が取れました、お蔭様(かげさま)で…。あのう…これから私は、どうすればいいんでしょう?」
「なにをビクついてるんだ。ドーンと構えてりゃいいのさ。あとのことは、省の連中にやらせるから、お前はその連絡を待ってろ」
「はい! そうします。しかし、上手くいくかどうかが、どうも不安でしてねえ…」
「ははは…そんな心配より、米粉の販売網のチェックを頼むぞ」
「はい! そちらの方は、私も万難(ばんなん)を排して努力させて戴きますので…」
「そうか。まあ、塩山だから、安心はしているが…」
 こうして話は順調に進んていき、社運は大変化を見せようとしていた。電話の最後に煮付先輩は、すべては会社宛に書類を送ったから、それを読んで理解してもらいたいと云った。
 電話が切れたあと、しばらく私は無気力感に苛(さいな)まれた。ふと気づいて思ったのは、いつか途切れたお告げのことを思い出す暇(ひま)がないほど、米粉プロジェクトに没頭していた自分の多忙さだった。

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2013年12月11日 (水)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第175回

 あんたはすごい!    水本爽涼
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   第百七十五回

「なにぃ~!? 湿っぽいわねえ~。唄お!」
 その嫌な感じを絶ち切ったのは早希ちゃんだった。彼女は突如、椅子(チェアー)から立つと、ボックス席へ近づき、カラオケ電源をオンした。そして何やら選曲してスイッチを入れた。その曲の前奏曲が流れ、モニターに映像が映し出される。私の世代では唄わないヤング層の歌だとすぐ分かった。曲調が派手で今風の曲だ。早希ちゃんはその曲を上手く唄い熟(こな)していった。私と沼澤氏は、また話し始めた。
「今の子の曲ですなあ…」
「ええ、時代も変わりました…」
「確かに…」
 早希ちゃんの唄を聴くでなく聞いていると、ふと、煮付(につけ)先輩のことが頭を過(よぎ)った。先輩は十日後にまた電話すると云っていたのだ。鍋下(なべした)専務が取締役会を社長に進言してからの話だが、プロジェクトに我が社が参入することが本決まりになれば、私の仕事内容は大きな変更を余儀なくされるだろう。それは目に見えていた。ある意味、魅力的な話だったが、逆の意味での不安という一面もあった。今までの仕事の内容やリズムが極端に変われば、それだけ仕事への負担が増すのだ。会社もそれは分かるだろう。ただ、それより企業収益や我が社の将来にプラスだと判断されれば、承認されることは、ほぼ間違いなかった。

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2013年12月10日 (火)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第174回

 あんたはすごい!    水本爽涼
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   第百七十四回

「えっ? お店ですか? 鳴かず飛ばずってとこですけど、…お客様の入りがコンスタントに順調、ってとこですか。ねえ、早希ちゃん?」
「えっ? ああ、そうですよね。確かにお客様は来て下さいます」
 その時、ふと、私の頭にひとつの疑問が湧いた。その疑問は、一分後には急激に大きな炎となり、爆発した。
「…そういや、沼澤さんと私がこうして話す時は、他に客がいませんよね?」
「ああ、そのことですか。それは、玉が霊力でバリアを張っておるのです。他に私とあなた以外の者を寄せつけないように…」
「しかし、私が来ない日はどうなんです?」
「もちろん、玉が霊力バリアを張るのは、塩山さん、あなたと私がいる場合だけですよ」
「玉が、そう告げた、ということですか?」
「はい、そのとおりです。最高の霊力をお持ちのあなたと別の客では、まったく玉の霊力の出しようが異なります」
「そうなんですか…」
 どういう訳か、そのあとの会話は途絶え、二人の周りをお通夜な雰囲気が覆(おお)い始めた。

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2013年12月 9日 (月)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第173回

 あんたはすごい!    水本爽涼
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   第百七十三回

「上手いこと云うなあ、早希ちゃんは」
 やんわりと私は返した。
「あまり気にされない方がいいですよ。こんなのは、ほんのプロローグに過ぎないのですから…」
「…と、いいますと?」
「ええ、そのことなんですがね。今後、もっと大きなことが起こるでしょう。このことは以前にも云いましたが、私が予想して云ってる訳じゃなく、玉のお告げなんですよ」
「そんなことを云われれば余計、気になりますよ、沼澤さん」
「おお、これは迂闊(うかつ)でした、私としたことが…。しかし、起こることはほとんどがよい話ですから、ご安心を」
「まあね、そう云って戴けると、私も…」
 事実、この時の私は、沼澤氏に慰められ、気にするという心は失せていた。
 ママがシェーカーからワイングラスへ注(そそ)ぎ入れたマティ-ニを、沼澤氏は美味そうにひと口やった。私の方も早希ちゃんが作ったダブルの水割りをチビリとひと口、喉に流し入れた。
「なんか、面白くなってきたわ…」
 ママがポツリと口を挟んだ。興味本位で云われちゃ困るな…と、私は思った。
「それより、お店の方は変わったこととか、ありませんか?」
 沼澤氏が唐突にママへ問いかけた。

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2013年12月 8日 (日)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第172回

 あんたはすごい!    水本爽涼
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   第百七十ニ回

慣れたものだ…。それに力の入れ具合が絶妙で、振りも男バーテンダーに引けをとらないように思えた。まあ、男だし…と云えばそれまでで、シェークしている間は、少し女っ気(け)が陰(かげ)るのは仕方なかった。その程度は我慢の範囲なのである。
「部長さんって、大変なんでしょ?」
 早希ちゃんが珍しく猫声で私に訊(たず)ねた。この少し色気のある猫声で語られた日にゃ~、注意が必要となる。そんな脅威ではないものの、まあ一応は警戒警報を発令しなければならないだろう。
「えっ? …ああ、まあな。慣れりゃ、フツーに誰だってできるさ」
「そんなこと、ないでしょ?」
 ママがシェーカーを開けながら、云わなくてもいいのに加えた。
「そうよ、フツーじゃないから部長さんなんでしょ?」
「んっ? そっかぁ~…」
 私はおとなしく撤収した。こうなれば、敵も攻撃はできない。早希ちゃんは、いつもの声で、「そうよぉ~」とストレートに返してきた。ひとまずは安心で、私は言葉を続けた。
「ただなあ~、さっき云ったように、農林省のプロジェクトにうちの米翔が加わるからさあ~」
「格好いいじゃん! プロジェクト・ホニャララね」
 早希ちゃんはこれでどうして、古い番組をアーカイブで観る知性派だった。

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2013年12月 7日 (土)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第171回

 あんたはすごい!    水本爽涼
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   第百七十一回

「ハハハ…。玉は霊を超越した無限の存在です。霊力は出しますが、霊力の影響を一切、受けません。ただ、交信するだけです…。飽くまでも、だけです」
「はあ…、だけですか。つれないですねえ」
「いやあ、それは飽(あ)くまでも交信を受けた場合です。玉の方から霊力を送る時は、その人の最良の結果を考えますから、つれない、ということはないと思いますよ」
「これから私はどうなっていくんでしょう?」
「また心配しておいでだ…。もっと太っ腹で行きましょうよ。何をしたところで、成るようにしか成らないんですから…」
「そうですよね…。煮付(につけ)先輩のプロジェクトも、成るようにしか成らないのか…」
「ええ、まあそういうことです。今の塩山さんは、どうなるかという結果を知らない。しかし玉には将来のあなたがどうなっていくかが分かっている。つまり、先が見える、ということでしょぅな」
「なるほど…。大よそは分かりました。ああ…、長く話してしまった」
 タイミングを計ったようにママと早希ちゃんが戻ってきた。
「おかわり、作りましょうか?」
「沼澤さん、どうします?」
 と、私が訊(き)く。
「はあ、…じゃあ、もう一杯、戴きます」
「ママ、同じのを…」
「はい…」
 しばらくして、シェーカーの音が小気味よいリズムで流れ始めた。

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2013年12月 6日 (金)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第170回

 あんたはすごい!    水本爽涼
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   第百七十回

「霊力は塩山さんの比じゃありませんが、私だって、これでも慣れたのですよ。玉に訊ねることができますし、もちろん玉のお告げも受けられます。私だって最初は、あなたと同じでした」
 沼澤氏は穏やかに語り、マティーニの残ったグラスを手にして飲み干した。
「私も沼澤さんのようになれるんでしょうか?」
「なれるどころか、前にも云いましたが、世界を動かすお人になられるはずです。現に今、新しい大異変が起ころうとしているじゃありませんか。東京のお方から電話が入ったんでしょ? それなんか典型的な例です…」
「やはり、玉が霊力を出していると?」
「そうです。あなたの運命を変えようとしているのですよ」
「すると、鳥殻(とりがら)部長が亡くなったのも、ですか?」
「鳥殻? そのスープ…いや、その方を私は存じ上げませんが、間違いなく玉の意志によるものでしょう」
「ええっ! 玉が部長を?」
「いや、玉の霊力はそんなサスペンスには加担しません。ただ、あなたを世に出そうと、霊力を動かしたのは事実だと思います。その部長さんは、持病で遅かれ早かれ亡くなられたことでしょう」
「いやあ、それを伺って少し気が楽になりましたよ。いくらなんでも、玉の意志ひとつでポックリ殺されたんじゃねえ~」

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2013年12月 5日 (木)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第169回

 あんたはすごい!    水本爽涼
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   第百六十九回

「そうです…。まあ、この現象は、そう度々(たびたび)、起こりゃしませんがね。玉が盛んに霊力を出して活動している時に、よく起こります」
「…そういえば、今日、沼澤さんにそのことを訊(たず)ねようと思って寄ったんです。部長になるやら、議員の煮付(につけ)先輩から、どでかい話が舞い込むやら、それに今のことも含めて、なんか変なんですよね」
「そうでしょうとも…」
 沼澤氏は当然だと云わんばかりで、私に理解を示した。ママと早希ちゃんは、いつの間にかボックス席へと逃避行を決め込んでいた。むろん、逃避はしているのだが、私と沼澤氏が話している様子を遠目に窺(うかが)っている訳で、ある意味、気を利かせてくれた、とも云えた。
「玉のお告げがあるのですが、途中で中断すると、そのあとがないんですよ。これって、どういうもんでしょうか?」
「それはこの前、塩山さんがお訊(たず)ねになったので私が答えたじゃありませんか。あなたが慣れるしかないと…」
「慣れる…といいますと、具体的には?」
「慣れるのですよ、霊力に慣れるのです。慣れるとは、霊力をコントロールする力(フォース)を高める、ということです」
「なるほど…」

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2013年12月 4日 (水)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第168回

 あんたはすごい!    水本爽涼
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   第百六十八回

「どうされました塩山さん? まあ、お座りになって下さいよ」
振り返った沼澤氏は手招きしてそう云った。その言葉に促(うなが)され、私はいつもの定位置の椅子(チェアー)に座った。というのも、沼澤氏は私がいつも座る椅子を憶えていて、空けてくれていたのである。
「実は…時間が消えたんです…」
 私のマジな言葉に、ママはポカ~ンとした虚(うつ)ろな表情で私を見た。
「どうしたのよ、満ちゃん。時間が消えたって…。消える訳ないでしょ。怪(おか)しな子ねえ」
 ママは怪訝(けげん)な眼差(まなざ)しで愚痴っぽく云った。
「熱でもあんじゃない? 早く帰って寝た方がいいわよ、満ちゃん」
 踏まれた足をまた踏まれた感じ…とは、正(まさ)にこのことである。ママに加えて早希ちゃんも追撃してきたのだ。しかし私には二人を納得させるだけの言葉は見つからなかった。それ以上に妙なのは、つい今し方、ドアの入口にかけられていた準備中の札がママの後ろの棚に見えたことである。…では、私が入る時に見た札は・・? 私は、ゾクッっと寒気がした。
「あります…。そういうことがあるんです」
 悟りきったような口調で沼澤氏が私に助け舟を出した。
「沼澤さん、どういうことなの?」
「そうですよねえ~。よく分かんないわ」
「霊力と交信できる人には、よくある話なんです。今の塩山さんの場合の逆のパターンもあるんですよ」
「えっ!? 逆って、二時間前に戻るってことですか?」

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2013年12月 3日 (火)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第167回

 あんたはすごい!    水本爽涼
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   第百六十七回

 中途半端に応じて私は電話を切った。それにしても、浴室でお告げを聞き、そのままとぎれてしまっていたものが、翌日の煮付(につけ)先輩、今日のママと、続いてモーションをかけられている。これらを冷静に考えれば、やはり玉の霊力が動いていると考えるのが妥当なようだ…と私は、このとき思った。だが、そうだとすれば、どうするというのだ? と訊(たず)ねられれば、返答のしようもない。お告げが途絶えたとき、ただ待つしか方法のない我が身だったのである。そんな愚かなことを考え倦(あぐ)ねながら、私の腕はみかんへハンドルを切っていた。
 みかんのドアを開けると、驚いたことに沼澤氏がすでにカウンター椅子(チェアー)へ座っていた。しかも、すでに氏の好きなマティーニのカクテルグラスがテーブル上にあり、チビリチビリと氏は、やっていた。妙だな? いつものように会社を出たのだから、みかんはまだ営業していないはずだが…と思えた。その証拠に、ドアの入口には準備中の札がかかっていたのだ。私は慌(あわ)てて腕を見た。すると、どういう訳か二時間が消えていた。つまり、六時頃だと思ってドアを入ったのだが、時計はすでに八時を指していたのだった。私は唖然(あぜん)として立ち止まっていた。

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2013年12月 2日 (月)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第166回

 あんたはすごい!    水本爽涼
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   第百六十六回

「塩山君、こりゃ我が社にとって大事(おおごと)じゃないか。返事はどうするつもりなんだね?」
「はい、先方は十日後にもう一度、電話すると云ってられたのですが…」
「十日後か…。そうなると、社長に取締役会を早急に開いてもらうよう進言せんといかんな。…これは忙しくなる!」
「はいっ! よろしくお願いいたします」
「それにしても、煮付(につけ)代議士と昵懇(じっこん)とはなっ! こりゃ、君の覚えもめでたくなるぞ」
 専務は私の社内における役員の評価が高まると、暗に云った。
 その日は煮付先輩のことで頭が一杯で、決裁も滞(とどこお)りがちだったが、ようやく退社の時間が近づき、ホッとしていた頃、みかんのママから電話が入った。上手くしたもので、第二課とは違い、すでに部長室を与えられている私だったから、辺りの目を気にするという心配はまったくなかった。
「ママでしたか…。ちょっと最近、寄れてなかったですよね」
「そうよ! ほほほ…。お見限りは嫌だからねぇ~。それよりさあ、今日、沼澤さんが店へ寄るって。つい今し方、電話があったの。もし都合よかったら、来ない?」
「沼澤さんかぁ~。ご無沙汰してるなあ。…はい、都合がつけば、行きます」

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2013年12月 1日 (日)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第165回

 あんたはすごい!    水本爽涼
                                     Photo_166


                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                               
   第百六十五回

「どうしたんだい? こんな早くから…。なにか急な問題でも起こったのかね?」
「いえ、そういうことではないのですが、実は昨夜、国会議員の煮付(につけ)代議士から俄かな電話がありまして…」
「煮付議員って、あの政府要人の煮付さんかね? …ほう、まあ、そちらでゆっくり聞こうじゃないか」
 鍋下(なべした)専務は椅子から立ち上がると、前方にある応接セットを指さしてそう云った。私は云われるまま応接セットへ近づき、腰を下ろした。専務も私の対面へゆったりと座った。
「君は煮付さんをよく知ってると見えるね。向こうから電話をかけてこられるんだから…」
「はい、まあ…。学校の先輩後輩の間柄でして、何かとお世話になった方です」
「先輩か…。それで、内容は?」
「それなんですが、政府主導の農業プロジェクトに我が社も参画願えないか、というものでして、詳細は、これをお読み戴ければ…」
 昨夜、煮付先輩の電話を聞いたあと、眠気(ねむけ)を我慢してPC入力した書類を、私は鍋下専務に手渡した。専務は座席まで一端、老眼鏡を取りに行ったあと、ふたたび戻り、応接セットへ腰を下ろして書類に目を通した。しばらくの時が流れ、黙読を終えた専務は、私の顔を老眼鏡越しに静かに見た。

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