« 2013年12月 | トップページ | 2014年2月 »

2014年1月

2014年1月31日 (金)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第226回

 あんたはすごい!    水本爽涼
                                      Photo_227


                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                        

    第ニ百二十六回

「実は…。今日、急いで来たのには、もうひとつ大きな理由があるんです」
 沼澤氏の含みのある言葉に、私はすぐ訊(たず)ねていた。
「皆さんにお出会いするのも、実は今夜が最後なのですよ、残念ですが…」
「ええっ?! それはどういうことですか?」
 私ばかりか、ママも早希ちゃんも驚きの眼差(まなざ)しで一瞬、沼澤氏を注視した。
「私ね…消えるんです」
「消えるって? …どこかへ行かれるんですか?」
「いいえ、そうじゃなく、消えるんです。煙のように、あとかたもなく…」
「んっ? いや、云っておられる意味がよく分かりません。どういうことでしょう?」
「ですから、消え去るんです。雪が解(と)け、氷がなくなり蒸発するように、です」
「ははは…ご冗談を。生身の人間が、そんな馬鹿な。…えっ? それは本当ですか?」
「はい、本当です。玉のお告げが今、あったのです。ここへ来る前、玉がみかんで答えるから急ぐようにと告げたのです。久しぶりのお告げでしたから私も嬉(うれ)しかったのですが…。私の身の振り方を玉から考えておくと以前、云われていたのですが、その答えを今夜すると…」
「ますます云っておられることが分からなくなりましたよ、沼澤さん。もう少し順序立てて説明して下さいよ」
 いつの間にかボックス席から早希ちゃんも戻り、ママと二人で私と沼澤氏の話に耳を欹(そばだ)てていた。

|

2014年1月30日 (木)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第225回

 あんたはすごい!    水本爽涼
                                        Photo_226


                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                        

    第ニ百二十五回

 その後、積もり積もった世間話をしばらくしていたが、話は突然、私のことが中心となった。
「大臣様のことなど、新聞かテレビで知る程度ですが、大変なんでしょうな?」
「えっ? ああ…まあ、そうですね。事務のパイプは事務次官、政治方面は政務次官がいますし、副大臣もおりますから、まあ直接、報道される問題を除けば、暑からず寒からずですよ。ただ、私の場合は例外で、毎日が必死ですがね。ははは…」
「いやいや、ご苦労さまです、本当に…」
 沼澤氏はペコリと私に頭を下げた。
「やめて下さいよ、沼澤さん。私など大臣の器(うつわ)じゃないんですがね。まあ、今云った他の方々もいますし、いざとなりゃ、玉にお伺いをたてる方法もありましょうし、なんとかやってるんですよ」
「米粉プロジェクトは世間で今、好評ですが、どんな塩梅(あんばい)でしょうな?」
「はい、私が煮付(につけ)先輩から大臣を引き受けたのも、そのプロジェクトがあったからですが、小菅(こすが)総理の提唱事業ですしね」
「なるほど…。ところで話は変わりますが、ご自分からコンタクトは取れるようになりましたか?」
「ええ、お蔭さまでなんとか…」
「ほう、それはよかった」
 沼澤氏はマティーニをチビリと口に含んだ。

|

2014年1月29日 (水)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第224回

 あんたはすごい!    水本爽涼
                                       Photo_225


                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                        

    第ニ百二十四回

「私はいいですから、沼澤さん!」
 早希ちゃんが離れたボックス席から声だけ投げてきた。一攫(いっかく)千金を狙う早希ちゃんは、ネットの株価情報に躍起(やっき)となっていた。
「えっ? そうですか…」
 沼澤氏は寂しげな表情へと戻った。いや、確かにこれは妙だ…と、私は思った。沼澤氏があの時と同じ流れで語っているように思えたのだ。もちろん、辺りを取り巻く環境と話す遣(や)りとりの内容はあの時とは違う。しかし、沼澤氏は同じ流れで話をしているように私は感じた。これは、玉の霊力によって沼澤氏だけが時空を戻された、すなわち、過去を彷徨(さまよ)っていると考えるのが妥当(だとう)なようだった。この考えなら辻褄(つじつま)が合った。「私はいいですから、沼澤さん!」
 早希ちゃんが離れたボックス席から声だけ投げてきた。一攫(いっかく)千金を狙う早希ちゃんは、ネットの株価情報に躍起(やっき)となっていた。
「えっ? そうですか…」
 沼澤氏は寂しげな表情へと戻った。いや、確かにこれは妙だ…と、私は思った。沼澤氏があの時と同じ流れで語っているように思えたのだ。もちろん、辺りを取り巻く環境と話す遣(や)りとりの内容はあの時とは違う。しかし、沼澤氏は同じ流れで話をしているように私は感じた。これは、玉の霊力によって沼澤氏だけが時空を戻された、すなわち、過去を彷徨(さまよ)っていると考えるのが妥当(だとう)なようだった。この考えなら辻褄(つじつま)が合った。では、なぜそのようなことを玉がするのか? という素朴(そぼく)な疑問がすぐ湧いてきた。というのも、沼澤氏以外の霊能者で億万長者となって海外で優雅に暮らしている者がいることを氏から聞いていたからである。その人物はOKで、沼澤氏のようなわずかな金額を稼ごうとした者が駄目だというのは、いくらなんでも理屈が合わないと思えたのだ。しかし、その疑問は、訊(たず)ねたあとの氏の言葉で、すぐ解けた。
「ああ、それはですね、そのお方が霊能関係から身を引かれたからです。私の場合は、ご覧のように現役ですから駄目なんですよ」
「ああ…なるほどね」
 芸能関係じゃなく霊能関係か…。上手いこと云われるなあ、と私は思った。

|

2014年1月28日 (火)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第223回

 あんたはすごい!    水本爽涼
                                       Photo_224


                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                        

    第ニ百二十三回

いつぞやとは、私が沼澤氏と二度目に出会った頃だから、随分と前のことになる。沼澤氏の言動はその頃と似通ったところがあった。
「はい、…こうですか?」
 ママの姿を沼澤氏は水晶玉を通して窺(うかが)い見た。この光景も私は見憶えがあった。そうだ! やはり、いつぞやと同じなのだ。沼澤氏は目を細めながら小声で呪文のような長文を語り始めた。これもあの時と同じ祝詞(のりと)のような、そうでもないような長文であった。そして、云い終えた沼澤氏は、静かにママを見つめ直した。ここまでは私の記憶が正しければ、ほぼ、あの時と同じように思えた。
「皆さん、有難うございました。玉のお告げがありました。玉が申すには、こういう金儲(もう)けでない場合は答えようということです。やはり、辻占いで稼ごうと考えた私の判断が間違っておったようです。あっ! ママさんのお告げは語るほどのこともないようです」
「あらまあ! どういうことですの?!」
 ママは、いくらか怒り口調で沼澤氏に詰め寄った。
「いえ、誤解なきように…。語るほどのことがないとは、すべてが順調だ、いうことですよ。どんどん、いいことが起こる兆(きざ)しです」
「あら! そういうことですか? な~んだっ」
 ママは単純に解釈して、ニコリと笑顔を見せた。

|

2014年1月27日 (月)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第222回

 あんたはすごい!    水本爽涼
                                       Photo_223


                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                        

    第ニ百二十二回

「何か、あったんですか?」
 私は妙だ…と思えたので、沼澤氏に訊(たず)ねてみた。
「それなんですがね…。私、最近、辻占いをやっておるんですよ。ですから火、土曜以外の日でも眠気(ねむけ)に来ることがあります」
「まあ! そうなんですか? 少しも知らなかったわ。教室で、ですの?」
「いえ、場所はその都度、駅前とか、会館前とかに移動して、いろいろなんですが…」
「もちろん、見料(けんりょう)は、もらってられるんでしょ?」
 ママのあと、今度は私が訊ねた。
「ええ、それは一応…。それが駄目なんでしょうかねえ?」
 沼澤氏が急に心細い声で、逆に訊(き)いてきた。
「いや、そんなことはないと思いますよ。ねえ、ママ?」
「そうですよ、沼澤さん。人間なんですから稼ぎがないと生きてけませんわよ、ホホホ…」
 沼澤氏は玉のお告げがなかったことを偉(えら)く気にしているようで、辻占いと結びつけて考えているようだったが、ママが慰めて、いくらか気を取り直した。
「一度、皆さんを見てあげましょう。まず、ママさんから…。ママさん、そこの棚の水晶玉をカウンターへお願いします。そして玉の前へお立ち下さい」
 ママは、棚に飾られた水晶玉を敷いた紫の布(きれ)ごと移動して沼澤氏の前へ置いた。 これは…いつぞやと同じだな、と私は思った。

|

2014年1月26日 (日)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第221回

 あんたはすごい!    水本爽涼
                                      Photo_222


                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                
    第ニ百二十一回

 沼澤氏が息を切らせて店のドアを開けたのは、それから二十分も経っていなかった。
「どうされたんです? 沼澤さん。そんなにお急ぎになって…。何かあったんですか?」
「いええ…。そういう訳じゃないんですが…どうしたことか…心が急(せ)きましてねえ」
 ママが水コップを慌(あわ)てて準備し、カウンターへ置いた。沼澤氏はそれを一気に飲み干して、フゥーっと溜息をひとつ吐いた。みかんの二人と私は、ただ黙って沼澤氏の行動を見続けるのだった。沼澤氏はようやく落ちついたのか、私の右隣の椅子(チェアー)へ腰を下ろした。
「それがですね。今、思えばなんとも不思議で、なぜ急ぐ必要があったのかが分からないのですよ」
 早希ちゃんは、沼澤氏が話しだしたのを見て、いつものようにボックス席へ緊急避難した。
「いつもと同じので、よろしいんですね?」
「はあ、頼みます…」
 ママはマティーニを作り始めた。
「それにしても、久しぶりですな。テレビでは、よくお目にかかっとるんですが…」
「ははは…、お見苦しいところを…」
「塩山さんが大臣になられるとは、私もいささか驚いておったのですよ」
「これはこれは…。沼澤さんまで驚かせてしまいましたか。玉との交信で当然、早くから知っておられると思ってましたが…」
「いや、それが…。テレビで知ったようなことでして…。お告げがどういう訳か、なかったのです」
 霊術師である沼澤氏の言葉は意外だった。

|

2014年1月25日 (土)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第220回

 あんたはすごい!    水本爽涼
                                      Photo_221


                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                        

    第ニ百二十回

その時、タイミングを合わせたかのように店の電話が鳴った。トゥルルルル…と響く電話音で、店奥から聞こえた。
「早希ちゃん、ちょっと出て…」
「はいっ!」
 早希ちゃんはカウンター椅子(チェアー)から慌(あわ)てて立つと、店奥へと急いで入っていった。そして、何やら話しているようだったが、しばらくすると戻ってきた。
「沼澤さん、来られるそうですよ」
「えっ? だってさ、今日は木曜よ。何かの用で、こちらへ来られたのかしら?」
 ママは暗に、霊能教室は火、土曜だから、眠気(ねむけ)会館に沼澤氏は来ていない筈(はず)だ、と云ったのである。
「ええ…たぶん、そうだと思いますよ」
 私も奇妙には思ったが、そこはそれ、場の雰囲気を和(やわ)らげようと、ママに合わせた。その時、お告げの声が突如、私の耳、いや脳裡へ流れてきた。
『すべては私が仕組んだことです。塩山さんが今日、みかんへ久しぶりに来られることは分かっておりましたから、沼澤さんへ霊力を送っておいたのです。彼は、みかんへ寄りたい…と思った訳です』
「なるほど…」
 私はママや早希ちゃんに聞こえぬ程度の小声で、そっと呟(つぶや)いた。

|

2014年1月24日 (金)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第219回

 あんたはすごい!    水本爽涼
                                       Photo_220


                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                        

    第ニ百十九回

 みかんへ入ると、今までとは別人の歓待ぶりであった。そりゃ、大臣なんだから…と云われればそれまでだが、ドアの入口までママや早希ちゃんが迎え入れてくれたからである。こんなことは今までの私なら、千回通(かよ)ってもまずないだろう…と思えた。肩書というのは人間社会、特に日本では幅を利(き)かせるものなんだと、このとき痛感した。コップの水は東京へ出る前にはようやく出してもらえるようになっていたが、この日は加えて熱いお茶がすぐ出た。以前も当然のように出たが、しばらく話してからで、すぐではなかった。おいおい、どうかしたんじゃない? と、思わず早希ちゃんに訊(き)きそうになり、慌(あわ)てて口を噤(つぐ)んだ。
「どうなのよ? あっ! いけない…。お大臣に、こんな口、きいちゃ駄目よね…」
 早希ちゃんは勝手にひとり芝居を演じ、云った自分の言葉を否定した。
「なに云ってる…。今までどおりでいいさ。俺はちっとも変ってないよ」
「またまたまた…。日本のお大臣なんて、転んでもなれないわよ」
「そうよ、満ちゃん。お大臣もお大臣。本物のお大臣様なんだからぁ~

 ママも早希ちゃんに加勢した。
「そんなっ! ええ…まあ、そうなんですがね」
 ママの手前、あっさり私は撤収した。

|

2014年1月23日 (木)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第218回

 あんたはすごい!    水本爽涼
                                     Photo_219


                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                        

    第ニ百十八回

 事件? と、ふと疑問を抱かれた方も多いと思う。というのも、小菅(こすが)総理の乗った車が事故を起こしたのは、あくまでも事故であり、事件となれば犯人とかが加害者として登場し、俄(にわ)かに、きな臭くなるからだった。私が事件と云ったのには、実はかなり深刻な事情が隠されていた。私がそのことを知ったのは、やはり、お告げによってである。
『いえね…。小菅さんの車があの事故を起こしていなければ、小菅総理は到着したホテル前で暴漢に襲われてお亡くなりになっていたのですよ。当然、塩山さんの米粉プロジェクトも終焉(しゅうえん)を迎えていたでしょう。プロジェクトは小菅さんが計画立案されたものですからね。ただ、お亡くなりになった運転手の方には、お気の毒な結果になりましたが…。すべては大玉様のご意志です』
 事故があって十日後、私は、このお告げを久しぶりに帰省した自宅で聞いていた。
「これから、みかんへ行こうかな…と思っていたところです。よかったら、対面して話しますか? ただ、ママや早希ちゃんが妙な顔をするでしょうから、あくまでも心での会話ですが…」
『ええ、そちらの方が、いいでしょう。ブツブツと、ひとりごとをお云いになれば、誰だって変人扱いをしますからねえ』
 玉のお告げどおり、玉からのお告げは心の声だから他の者には聞こえないが、私が玉に対して返答したり訊(たず)ねたりするときは、心の声で話す場合と直接、口で呟(つぶや)く場合とがあった。

|

2014年1月22日 (水)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第217回

 あんたはすごい!    水本爽涼
                                      Photo_218


                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                        

    第ニ百十七回

 済入会(さいにゅうかい)病院へ入ると、すでに煮付(につけ)先輩は来ていた。
「よかったよ。命に別状はないそうだ。それに、全治三週間の軽傷らしい。これは奇跡だと先生が云っていた。お気の毒に運転手は即死だったそうだが…」
 煮付先輩の言葉はいくぶん暗く沈んでいた。病院内は深夜帯のせいか外来もなく、入院患者も寝入っているようで静まり返っていた。
「もう大丈夫だ。帰っていいぞ、塩山。私もご家族に挨拶だけして早く帰る。騒がせてしまったな…。いや、動転してたからな、すまん」
 先輩は素直に謝(あやま)り、ペコリと頭を下げた。
「いやあ…。大したことにならず、よかったですよ。マスコミに騒がれなかったのが何よりでした」
「そうなんだよな。この時間だったからな。日中だったら…と思うと、ゾッとするよ」
「そうてすねえ…。それじゃ私はこれで…。総理に、よろしく申してください」
「ああ…、来たことは伝えておく」
 私はマンションへとUターンした。
 次の日の朝からマスコミ各社が騒ぎだしたが、味噌漬(みそづ)さんの官房長官談話が出されただけで、会期中でなかったこともあり、大層な騒ぎとはならなかった。ラジオ、テレビ局や新聞各紙、週刊誌、雑誌なども三日ほど騒いだだけで、話は立ち消えとなった。日本人の熱しやすく冷めやすい体質が顕著(けんちょ)になった事件だった。

|

2014年1月21日 (火)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第216回

 あんたはすごい!    水本爽涼
                                     Photo_217


                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                       

    第ニ百十六回

 小菅(こすが)内閣の農水相に就(つ)いて約二ヶ月が経とうとするある日のことだった。私はいつものようにリビングにいた。新聞は、米粉プロジェクトが日本全国に波及したことを報道していた。これが沼澤氏が云った私のすごいことなのか…と思いながら新聞を畳んだ。
「塩山! 弱ったことになったぞ!」
 煮付(につけ)先輩から電話が携帯で入ったのは、その直後だった。もう寝ようとしていた矢先だった。ズボンに押し込んだ携帯が激しくバイブしだしたのである。
「ああ、先輩でしたか。何がありました?」
「落ちついて聞いてくれ。小菅総理を乗せた車が事故を起こし、総理が病院に担ぎ込まれたと今、官房長官の味噌漬(みそづ)さんから電話があった!」
 先輩も小菅内閣の閣僚の一人だったから、毎日のように会っていたのだが、その日の日中は、取り立てて騒ぐようなことは起きていなかった。だから、先輩から電話が入り、聞いた内容に私は少なからず衝撃を受けた。多少の霊能は身についた私だが、まだまだ大都会の煩雑(はんざつ)な暮らしには身体が順応していなかった。
「ええっ!? そ、それは本当ですかっ!」
「ああ、本当だ。夜分で悪いが、すぐ病院へ向かってくれっ! 私も行く」
「はいっ! どこの病院でしょう?」
「ああ、そうだった。済入会(さいにゅうかい)病院だっ!」
 私は携帯を切ると同時に立ち上がっていた。

|

2014年1月20日 (月)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第215回

 あんたはすごい!    水本爽涼
                                      Photo_216


                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                        

    第ニ百十五回

いつもなら、湯上りのビールを飲むのだが、この日は気が急(せ)いてベッドへ腰を下ろした。この位置でも玉のお告げを受けた覚えがあったせいだろう。窓の外は、もうすっかり漆黒の闇に閉ざされていた。その景色をただ見ていると、お告げがあった。
『お待たせしました。私もいろいろと、他にあるんですよ…』
「私と同じで忙しいんですね?」
『それはもう…。もちろん、塩山さんのように目に見える忙しさじゃありませんが…』
「そりゃ、そうでしょう。玉が人目に見えりゃ、これはもう大ごとです」
『いやそれが、間抜けな連中には、よくあるんですよ。困ったことですが…』
 あるんだ…と、私は思った。
「人の目に触れるって、どんなときですか?」
『人魂(ひとだま)を見た…とかの話をお聞きになったことはありませんか?』
「ええ、そういえば…」
『それが仲間のうっかりミスなんですよ。こういうポカが、時たま起こるのです』
 玉のお告げなのだから作り話ではないだろう…と、私は思った。
「そうそう、話が遠退(とおの)きました。どうやら今回初めて、私からもコンタクトがとれましたね」
『ええ、それは当然のことです』
 玉のお告げは、別に驚くようなことではない、という云いようだった。
 静寂の夜に、無言の会話が続いていった。

|

2014年1月19日 (日)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第214回

 あんたはすごい!    水本爽涼
                                      Photo_215


                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                        

    第ニ百十四回

 
久々にのんびりできた日、私は浴槽に浸かりながら一心に念じていた。こちらから玉にコンタクトをとるためである。いつぞや、浴槽に浸かっていたとき、玉からお告げが入った、ということが記憶にあったのだ。 
 目を閉じて一心に念じていると、やがて耳鳴りがし始めた。そして一分後、玉のお告げが聞こえたのである。
『はい、なにか?』
 お告げは驚いたという風でもなく、さも平然とした感じで語りかけた。
「い、いえ、別に用はなかったのですが…」
『ああ…ご入浴中でしたか。いい湯加減のようですね』
「えっ? ああ、まあ…」
 私は少々、浴室の湯気で逆上(のぼ)せていた。
『上がられてからの方がいいみたいですね。では、のちほど…』
 お告げはコンタクトがとれたことには触れず、一端、途絶えた。私が念じたのは、試(ため)した程度の軽い気持だったから、まさか、お告げがすぐにあるとは思っていなかった。で、ドギマギしてしまった、というのが正直なところだった。浴槽から出た私は身体を乱雑に拭(ふ)き、下着を身につけた。そして、バスローブを纏(まと)うと寝室へ急いだ。別に眠かった訳ではなく、玉とゆったり語れる場所が欲しかった。

|

2014年1月18日 (土)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第213回

 あんたはすごい!    水本爽涼
                                      Photo_214


                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                        

    第ニ百十三回

 
私の心配をよそに、大臣の職務は順調に推移し、かつて輩出せぬ有能大臣…と世の名声を博(はく)した。フラッシュ・バックしたように、脳裡に浮かんだ断片的映像の数々。その中の一枚に出た国連本部で、現実に私は演説をぶつことになった。今まで演説の原稿など書いたこともなく、まあ、下手でも要旨だけは書いておこうか…などと困惑ぎみだった。そんなとき、事務次官の海鮮(かいせん)君がほぼ出来上がった原稿を持って大臣室へ現れた。
「大臣、これをお目とおし願い、お読み戴(いただ)ければ…」
 政界と官界では暗黙の了解や慣例が成り立っているのだろう。海鮮次官は多くを語らず大臣室をあとにした。その中の数枚を乱読すると、ほぼ云いたいことは書かれていたので、私は自分で作った原稿の要旨をそこへ書き足し、私風になんとか纏(まと)めた。ニューヨークの人となったのは、それから二日後だったろうか。案ずるほどのこともなく、なんなく演説を終えた私はテンションを高めて有頂天になっていた。私が国連本部で演説したニュースは国民の目や耳にどのように映ったのだろうか…と思えた。世界の新聞、テレビ報道が私の演説を斬新(ざんしん)で人類の食糧危機を未然に防ぐ快挙だ、と大絶賛した。私はこの段階で、世界で脚光を浴びる人々の仲間入りを果たしたのである。私が外出するたびに、どこからともなくフラッシュが光るようになったのは、この頃からだった。

|

2014年1月17日 (金)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第212回

 あんたはすごい!    水本爽涼
                                       Photo_213


                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                        

    第ニ百十二回

「あの…一度、お訊(たず)ねしようと思っていたのですが、こちらからはコンタクトは取れないものでしょうか?」
『ああ、そのことでしたか。それは沼澤さんにお聞きになった筈(はず)ですよ。一度、目を閉じて念じてみてください。私と語りたいと…一心に』
「一心に、ですか?」
『ええ、そうは難しくないでしょう。あなたの霊力は、かなり向上していますからね』
「そうですか。では、次の機会には、是非やらせてもらいます。あっ! それから、私はこのまま大臣でいるのでしょうか?」
『そのことは霊界の決めで云えないと、いつぞやも申しました。許される範囲で私が答えるとすれば、この前、お見せした映像の断片のとおりになる、ということだけです』
「ということは、いつまでも大臣って訳じゃないんですね?」
『ははは…。それは普通でもそうじゃないでしょうか。いつまでも大臣をやっておられた方を私は存じ上げませんが…』
「いやあ、これは参りました。仰せのとおりです」
『随分と長話になりましたね。それじゃ、この辺りで…。ああ、そうそう。次はあなたの方からお願いしますよ』
 お告げがスゥーっと引くように終った。私は霊感のせいか、玉の念力が去るのを感じた。

|

2014年1月16日 (木)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第211回

 あんたはすごい!    水本爽涼
                                        Photo_212


                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                        

    第ニ百十一回

『いつか、これからのあなたの映像をお見せしたと思います。今のあなたなら、それも夢じゃなく現実に起こりうるとお信じになると思いますが、いかがですか?』
 私は応接セットの長椅子へドッテリと座り込んだ。
「はあ、それはまあ…。国連本部で演説していた映像なんか有り得ない! と思っておりましたが、そうでもないようです…」
『そうでしょう。このまま進めば、あなたはそうなる筈(はず)です。もちろん、私が念力をまた送れば、の話ですが…』
 またニラレバ炒(いた)めの会話か…と一瞬、思えた。
「ということは、もし念力を送らなければ、そうはならない、ってことでしょうか?」
『はい、そういうことになります…』
「生意気なことを申すようですが、そのようなことを、あなたがお決めになる権利はないと思います。私はあなたの木偶(でく)じゃないのですから…」
 私は意を決して、きっぱりと気持を伝えた。
『なるほど…。その云い分にも一理ありますね。親玉様へ伺(うかが)いをたて、考えたいと存じます』
「親玉様って…そんなの、おられるんですか?」
『おられるのです。人間界のあなた方には到底、考えられない、云わば人間の科学では説明がつかない世界が現実にあるのですよ』
 玉はいつもより厳(おごそ)かに語った。私は、おられ
るんだ…と、思った。

|

2014年1月15日 (水)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第210回

 あんたはすごい!    水本爽涼
                                       Photo_211



                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                            第ニ百十回

 大臣就任後の私は、みかんの二人、沼澤氏、禿山(はげやま)さんの四人とも会えなくなり、国政の諸事に忙殺された。これだけは玉のお告げではどうにもならないように思えた。そんなある日のことだった。私は送迎の公用車へでマンションへ帰ってきた。車がマンションに横づけされた。私は車からゆっくり降り立った。
「では…。明日も七時にお迎えに参ります。明日はスケジュールが少々、きつうございますので、そのおつもりで…。では…」
 そう云うと、煮付(につけ)先輩が手配してくれた公設秘書の海老園(えびぞの)君は、車に乗って去った。私は車の後ろ姿をしばらく追ってからマンションへ入った。指紋認証キーでドアを通過し、エレベーターにて四階へ昇った。四階は私のマンションがある階である。エレベーターを降りたとき突然、お告げが舞い降りた。
『お帰りなさい。どうです? 少しはお慣れになりましたか?』
「えっ? はあ、まあ…」
 私は、そのまま歩き続け、自室の施錠を解除して中へ入った。
『今、みかんでは、沼澤さんがお見えです』
 沼澤氏か…と眠気(ねむけ)のことが思い返された。東京とみかんでは随分、距離があった。だが、玉のお告げは電話以上に身近に感じられた。お告げは続いた。

|

2014年1月14日 (火)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第209回

 あんたはすごい!    水本爽涼Photo_210




     第ニ百九回                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                   

『今は、お邪魔なようですので、またの機会にします。では…』
 なんだ、冷やかしか…と、私は少し怒れた。初閣議の真っ最中に、よりにもよって…と思えたせいもあった。それでも、初閣議は粛々(しゅくしゅく)と運び、そう長くもなく終了した。小菅総理としては呼び込みの際、各大臣に所信と要望を云われていたから、取り立てて初閣議に諮(はか)る事柄(ことがら)もなかったためと推測された。当然、私も呼び込みに際して云われていた。
「塩山さんには、民間人として忌憚(きたん)なく力を発揮して下さい。あなたのことは煮付(につけ)さんからいろいろとお聞きしております。今、我が国が抱えている食糧問題に対処すべく、前内閣では米粉プロジェクトを立ち上げ、政府主導で対案を講じ始めたところですが、改造後の現内閣ではより一層、全国ネットでの展開をお願いしたい。これは我が国の農業の今後にも関係した重大事項ですので、よろしくお願いしますよ」
 一字一句とは云わないが、掻(か)い摘(つま)めば、総理の要望は大よそ、こんなものだった。誇(ほこ)らしくもある地位の大臣だが、それだけ責任も大きいのだ。日本の将来を左右する立場として、農水省でやらねばならない課題は米粉だけのことではないのだ。ただ私は、なぜか出来そうに思えた。苦境に立てば、玉の霊が救ってくれそうだ…という気がしたからだった。

|

2014年1月13日 (月)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第208回

  あんたはすごい!    水本爽涼
Photo_2


                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    第ニ百八回

 受話器を握ったとき、もうこれは呼び込み以外にはないだろう…とは思っていた。案の定、呼び込みだった。あとから聞いた話だと、議員のめぼしい方々には取り巻きの報道陣が詰めかけているようだったが、幸いにも無名の私には、そうした気忙(きぜわ)な心配ごとはまったくなかった。ただ、タクシーで官邸に到着して以降は完璧に有名人扱いで、ラジオ、テレビ、新聞を賑わせることになってしまった。決して私自身が望んだことではなく、玉が良かれ、と判断した結果なのだからどうしようもない。私は平々凡々と暮らしたかったのだが、玉によってある意味、凡人としての人生を歩めなくなったのだから、名声を馳せて出世することの比較では痛し痒(かゆ)しと云えるだろう。
 さて、皇居での認証式で、あの超有名な陛下ともお出会いし、正式に農水大臣のポストに就任した私は、小菅内閣の初閣議に臨んだ。私は末席を汚(けが)す程度の存在だったから、小菅(こすが)総理の席からは、かなり遠かった。なにやら語っておいでのようだったが、正直云って、あまり聞きとれなかった。というのも、心ここにあらず、だったことと、急に玉のお告げが聞こえたためである。
『どうでしたか? もう少しあとで、と思いましたが、とり急ぎ、お祝いだけ云わせてもらおうと、寄せて戴(いただ)いたようなことです』
 もちろん、お告げの声は他の閣僚達には聞こえていなかった。

|

2014年1月12日 (日)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第207回

 あんたはすごい!    水本爽涼
                                     Photo_5



  第ニ百七回

「それ以上は小菅(こすが)さんの専権事項だから俺にも分からんが、たぶん呼び込みが始まれば電話がある筈(はず)だ。あれば官邸へ出向けばいいんだが、待機してなきゃ駄目だぜ」
「はい! まあ、私にもその辺は大よそ、分かってるつもりですから…」
「だとは思うが、念のためにな…」
 煮付(につけ)先輩は、こと細かにアドバイスしてくれた。
「で、先輩のポストは?」
「んっ? 俺か? 俺は留任だそうだ。総理から内示めいた言葉は、戴(いただ)いている」
「そうなんですか…。でしたら、先輩とともに内閣の一員って訳ですよね?」
「ああ、まあそういうことだな…」
 そして、そうなった。二日後の朝、ようやく先輩の世話してくれたマンションで落ち着き始めた頃、突然、電話が入った。すでに呼び込みを伝えるテレビの映像が流れていたから、私は先輩に云われたとおり、電話機の前で、じっと待機していた。あっ! 
テレビや電話機は? と疑問を抱かれる方もおられると思うが、これが先輩の世話してくれた…の下りである。先輩は私が入室した部屋に、すでに、あらゆる電化製品、生活備品の一切を調達しておいてくれたのだった。やはり、先輩は私が尊敬する辣腕(らつわん)家で、さすがは国政の要(かなめ)を小菅首相に任された大した人物だ…と思わせた。先輩が云っていた着のみ着のままでとは、まさにその言葉どおりだった。

|

2014年1月11日 (土)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第206回

 あんたはすごい!    水本爽涼
                                      Photo_207



  第ニ百六回

しかし、そんな小事は、この時の私にとってどうでもよかった。今後の私は一躍、世間にその名を馳せる大臣なのだ。マスコミに騒がれるなどは申すに及ばず、人々に知られる存在になることは覚悟せねばならない…と思えた。スターではないにしろ、なんといっても日本の国務大臣なのだから、著名人の末席を汚(けが)すことは、ほぼ疑いようがなかった。私は幸いにも独身だから、東京に住まうとしても気楽な身の上だった。
 専務に仔細を話したその日の午後、家では最小限の荷造りをした。生活の本拠は煮付(につけ)先輩が手頃な物件を借りてくれていた。私としては、ただ着のみ着のままで上京すればよかったし、先輩もそれでよいと云ってくれていた。新幹線の幹線網が整備され、私が住む眠気(ねむけ)からも割合と簡単に東京へ出られるようにはなっていた。
 東京駅へ着くと先輩が出迎えてくれた。もちろん、先輩の周囲には要人警護のSPが、がっちりガードしていたから、先輩や秘書を含む集団と私は、とあるホテルへと向かった。ホテルに到着した私達は、東京を一望できる上層階のロビーで食事を共にしながら語らった。
「いよいよ、二日後には改造内閣が発足する。総理の意向は当然、農水大臣だぜ」
「はい、それは大よそ分かっておりました」
 内閣主導の米粉プロジェクトに参画していた私だったから、首相の思惑は、たぶんその辺りだろう…と、予想は、ほぼついていた。

|

2014年1月10日 (金)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第205回

 あんたはすごい!    水本爽涼
                                      Photo_206


                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                        

    第ニ百五回

 ひと月が流れ、ついにその時が来た。えっ! どんな時なんだ? と疑問に思われるお方もおられると思うので、掻(か)い摘(つま)んで説明すれば、煮付(につけ)先輩に打診された大臣登用の一件である。小菅(こすが)内閣は先輩が云っていたように改造を迎えようとしていた。当然、その半月ばかり前に先輩からの電話があり、心づもりしておいて欲しい…と、釘を刺された私だった。
「そうか…。まあ仕方なかろう。君の戦力を失うのは今の我が社には辛(つら)いが、それもまあ在任中だけ、ということだから我慢しよう。日本全体の第一次産業の将来、ひいては食糧問題を考慮に入れれば、我が社の利益のみ考えている訳にもいくまい…」
 専務室の中で、私は鍋下(なべした)専務に事の仔細を報告していた。
「はい…。それまでは無報酬の外部顧問として、一応は我が社を離れますが…」
「大臣規範だったかな? そういう難しい決めがあるとは知らなかったよ」
「いや、私も玉に、いえ、時たま、国会中継を観るくらいで、政治には疎(うと)かったもので、まったく知りませんでした」
 危うく口が滑りそうになったが、なんとか私は云い逃れた。専務も幸い気づかなかったようで、事なきを得た。

|

2014年1月 9日 (木)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第204回

 あんたはすごい!    水本爽涼
                                      Photo_205


                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                        

    第ニ百四回

「これは、棚の玉と交信しておるのですよ。まあ早い話、人間で云うところの会話ですな」
「あのう…、なにを?」
「そこまでは私にも分からんのですが、今までの集積データの送信という奴かも知れんですな。私とあなたの今までの情況を、ですぞ」
「そんな…。見張り番のようなことをされちゃあ、おちおち何も出来んじゃないですか。SPじゃあるまいし…」
「ははは…、SPてすか。上手いこと云われますな。まあ、そんなことも、ないようなあるような…」
 肯定するでも否定するでもない云い回しで沼澤氏は暈して云い、小玉をポケットへ入れた。私も、そうした。
「満ちゃん、おかわり、どう?」
 ママが二人の会話を邪魔しないよう、小声で云った。
「えっ? ああ…、頼みます」
 私は、ほぼ空になったグラスをママの方へ突き出し、三切れほどになったアスパラガスのベーコン巻きを、ひと切れ頬張った。沼澤氏は、いつの間に出されたのか分からないマティーニを、チビリとやった。そして、コップの水で軽く口を漱(すす)いだ。なんでも、マティーニの風味をじっくり味わうためらしかった。
 私達はその後、適当に飲んで支払いを割り勘にした。これも沼澤氏によれば、長くいい付き合いを続ける秘訣(ひけつ)ということだった。

|

2014年1月 8日 (水)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第203回

 あんたはすごい!    水本爽涼
                                     Photo_204



                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                               
   第ニ百三回

ひと口、食べて水割りを流し込んだ。至福のひとときとは、まさにこれだと思えた。ただ、この幸せがあと何度、味わえるのかと思うと心が乱れた。私はふと、酒棚を見た。すると、久しく異様な光を発していなかった棚の水晶玉が渦巻いているではないか。私は目を擦(こす)ったが、やはり幻(まぼろし)ではなかった。いつやら、棚の玉とポケットの中の小玉が同時に渦巻くのかを確かめよう…と思ったことがあったが、そのときから、まだ一度も渦巻く玉を見たことがなかった。それが、この夜は渦巻いていたのである。ママや早希ちゃんには見えておらず以前、私が輝いていると云い、二人に小馬鹿にされた経緯(いきさつ)があった。この夜は沼澤氏がいたから、彼にはどう見えているのだろう…と確かめたくなった。
「酒棚の水晶玉ですが…」
「ええ、今夜は渦巻いています…」
 沼澤氏は、ちっとも驚いていないようで、落ちついて語った。そして、ポケットから徐(おもむろ)に小玉を取り出し、手の平へ乗せた。なんと、その小玉も異様な黄や緑色を浮かべて渦巻いていた。
「塩山さんもお持ちなら、確認をされては?」
「えっ? はい…」
 私は背広上衣のポケットに入れていた小玉を取り出して手の平へ乗せた。すると、その小玉は沼澤氏のものと同様に、黄や緑色の光を浮かべて渦巻いているのだった。

|

2014年1月 7日 (火)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第202回

 あんたはすごい!    水本爽涼
                                     Photo_203


                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
   第ニ百二回

「それはそうと、この前、お話しした大臣の一件なんですが、沼澤さんはどう思われます?」
「どう? と訊(き)かれましても、私がこうだ、と申す筋合いの話じゃありませんから…。最終的には塩山さん、あなたがお決めになることです…」
「それはそうなんですが…。どう思われるかだけでも訊かせて戴ければ、と思いまして…」
「はあ…。まあ、玉がそうしたのなら、そうするのがベターなんでしょう。玉だって悪いようにはしない筈(はず)です
「なるほど…。参考にさせてもらいます。それと、いつやらも訊いたのですが、こちらから玉にコンタクトがとれるようにするには、何か方法があるのでしょうか? それとも、何もしなくても?」
「…恐らくは、あなたが念じて玉に問いかけたとき、玉のお告げがあればそれがコンタクトがとれるようになったということでょうか。とれるようにする方法なんて有り得ませんよ。私だって、ふと問いかけたくなって念じたとき、お告げが返ってきたのですから」
「これは、いいことを耳にしました。お告げのことはそのようにします。それと、大臣の話は、まだ改造があればの、レバニラ炒めですが、一応はお引き受けする方向で考えてみることにします」
 私はそう云うと、水割りのグラスを傾け、ママが作ってくれたアスパラガスのベーコン巻きを頬張った。なかなか、美味だった。

|

2014年1月 6日 (月)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第201回

 あんたはすごい!    水本爽涼
                                   Photo_202


                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                               
   第ニ百一回

「こんな話ができるのも、ここだけですね」
「はい…。この店でも早希ちゃんは全然、信じてませんからねえ、今でも…」
「人前で話せば二人は変人ですよ、ははは…」
 ママは愛想笑いをしながら水割りのグラスを私の前へ、そっと置いた。
「それはそうと、時空を越えたことが、よくお分かりになられましたね?」
「ははは…、玉がそう申したまでです。あなたにも、お告げがあったでしょ?」
「ええ、それはまあ…。ところで、沼澤さんは私と同じ時空にいらっしゃるんですか?」
「いえ、私は私で違う時系列なのです。ただ、世間の人々とは違う時空ですがね」
「ということは、過去に私のようなハプニングに遭遇されたということでしょうか?」
「はい、そういうことです…」
「外国で優雅に暮されている方もそうですか?」
「「いえ、あの方は地位、名誉、お金だけの人でした。玉が時空を動かすのは、すごい人だけなのですよ。この私が云うのもなんですが…」
 ママは二人の会話を、まるでテレビの漫才のようにニタついて聞いていた。ただ、口を挟むことはなかった。早希ちゃんは今日も携帯を弄(いじく)って、画面に釘づけだった。

|

2014年1月 5日 (日)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第200回

 あんたはすごい!    水本爽涼
                                      Photo_201


                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                               
   第ニ百回

 しばらくして奥からママが現れた。手にはツマミの小皿を持っている。
「今日はアスパラガスをベーコンで巻いてみたわ」
「そりゃ美味そうだ…。ママは料理が得手ですね。いつもツマミが楽しみなんですよ」
 ほんの一瞬だが、私は消えた十日間のことを忘れることが出来た。ママは小皿を私の前へ置き、いつものダブルを作り始めた。最近は慣れで、「いつものね?」という常套(じょうとう)句も省略されるようになっていた。私が他のオーダーをしなかったこともある。なんか常連っぽく、私はこの雰囲気が気に入っていた。そうこうしていると、沼澤氏が徐(おもむろ)にドアを開けて入ってきた。そして、空いた私の左隣の席へ座った。その座り方は音もなく、楚々とした座りようだった。姿が見えなければ幽霊か物の怪(け)と同じで、恐らく気配すら感じなかったであろう。互いに軽い会釈だけを座ったままし、会話での挨拶は省略された。これも、いつからか慣れで、そうなっていた。
「どうです? なにか起こった筈(はず)ですが…」
「えっ? よく、ご存知ですね? …今日は、それを訊ねたいと思っていたところです」
「塩山さん…あなた、時空を越えられましたね? っていうか、他の人々の時空が進んだのですが…」
「はい、十日ほど取り残されました。取り残された、というのも、なんか妙な云い方ですが、ははは…」
 私は自分の言葉で笑った。
「変な二人…。また怪(おか)しな話が始まったわ、ママ」
 早希ちゃんはそう云うと、ボックス席へ早々に撤収した。ママは軽く笑って受け流し、そのまま立っていた。

|

2014年1月 4日 (土)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第199回

 あんたはすごい!    水本爽涼
                                      Photo_200


                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                               
   第百九十九回

「今日は何曜日だった?」
「えっとねぇ~…。バーゲンだから土曜」
「そっか…土曜か」
 やはり、みかんでも時空は十日先にあった。煮付(につけ)先輩が来社したのが火曜、私が禿山(はげやま)さんと早朝に話し、部長席で記憶をなくしたのが翌日の水曜だから、私と同じ時空なら水曜の筈であった。ママは沼澤さんが寄られるから…とメールしてきたからのだから、火曜か土曜なのだ。それを見逃していた。もちろん、沼澤さんがみかんへ寄るのは火、土曜日に限ったことではないだろう。しかし、私が知る限りのデータによれば、眠気(ねむけ)会館の教室を終えてみかんへ寄るというのが沼澤さんがとる、いつものパターンだった。ということは、ママのメールを受けたとき、水曜だから沼澤さんが寄るというのは妙だ…と、まず気づくべきだったのだ。お告げにより、私だけが十日間、過去の時空にとり残されたんだ…と知ったが、やはり、みかんも十日先の時空に存在していた。
「なに考えてるの?」
「えっ? …いやあ、なんでもないさ」
 早希ちゃんがコップに水を入れてカウンターへ置いた。水を置いてくれるようになったのは嬉しかったが、消えた十日間というのが、どうも私の心に蟠(わだかま)っていた。

|

2014年1月 3日 (金)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第198回

 あんたはすごい!    水本爽涼
                                      Photo_199


                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                               
   第百九十八回

 ママと早希ちゃんは私が座りこんでニ十分ほどして現われた。珍しく二人は連れ添ってやってきた。
「あら~、満ちゃん。悪いことしちゃったわね~。待ったぁ~…ごめんね~」
「いやあ、ほんの二十分ほどですから…」
 私は立ちながら、敷いたハンカチを拾った。
「バーゲンがね、あったのよぉ~、ねえ、早希ちゃん」
「はい…。ついでに、食材を少し買ったから、その分、遅くなった訳」
「別に気にしていませんよ。ほんとに…」
 ママ、早希ちゃんと、それぞれ二人に私は云った。ママは鍵を開け、ドアのノブを回した。
「さあ、どうぞ…。しばらく待ってね。沼澤さんも、ほどなくいらっしゃるでしょ…」
 ママがドアを開け、先に私を中へ招いた。私が入り、ママ、早希ちゃんの順だ。照明が灯っていないみかんへ入るのは、このときが初めてだった。ママが店の照明スイッチを入れ、いつものみかんの雰囲気が戻った。私はカウンターのお決まりの席へ座る。二人は店の奥へ一端、消えた。食材は酒のツマミにするものだろう…と、思えた。早希ちゃんは、すぐ私の前へ戻ってきた。
「ママは?」と訊(き)くと、「おつまみの準備中よ…。すぐ来るわ」と、カウンターを拭きながらリターン・エースで早希ちゃんは返してきた。

|

2014年1月 2日 (木)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第197回

 あんたはすごい!    水本爽涼
                                     Photo_198


                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                               
   第百九十七回

 お告げは最後に笑い声とともに、「では…」とポツリと流れ、消え去った。諄(くど)いように云うが、この声は私以外の者には聞こえない。お告げのお蔭で、ひとまず、十日間が消えた状況は把握できたが、なんか自分だけが一人、置いていかれたような、実に寂しい気分に沈んでいた。その時、私の気持ちを察するかのように、みかんのママからメールが入った。いつもなら、早希ちゃんは別として、みかんとは電話で連絡していたのだが、その日のママはなぜかメールを送って寄こした。メールには今日、沼澤さんが寄られるから来ない? と、あった。私は返信メールを「行きます」と、はっきり打った。十日間が消えた私は、みかんへ行って確かめたくなったのだ。ひょっとすると、みかんは私と同じ時空なんじゃ…と、お告げを疑ってまで、微かな望みに懸けていたのである。
 その夕方、A・N・Lへ寄り、適当に時間を潰すと、車をみかんへ走らせた。いつものワンパターンである。
 みかんは珍しく、ママも早希ちゃんもまだ来ていないらしく、店は閉まっていて準備中の看板も掛(か)かっていなかった。こんなことは初めての経験だった。私は、訳を聞くまでは帰れない気分となり、店ドア前のフロアへハンカチを敷いて座り込んだ。メールまで送ってきた当の本人が来店していないのは具合が悪いのでは…と云いたい心境だった。

|

2014年1月 1日 (水)

スピンオフ小説 あんたはすごい! 第196回

 あんたはすごい!    水本爽涼
                                      Photo_197


                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                               
   第百九十六回

「そうか…。いや、私も少し疲れているようだな。つまらんことで呼びたてたね。すまん、もう戻っていい…」
「プロジェクトで奔走(ほんそう)されてましたから、かなり疲れが溜(た)まっておられるんだと思います。少し、お休みを取られれば…」
「んっ? ああ…。そうも云ってられないが、まあそのうち、ゆっくりさせてもらうよ」
「はい! それじゃ私は、これで…」
 児島君は何事もななかったことに気をよくしたのか、少しテンションを上げて出ていった。彼の手前、疲れだと云ってみたものの、私の心の内では消えた十日間のことで頭が一杯だった。十日間が消えたのは私だけなのか…と思うと、決裁も進まなかった。その時、お告げの声がした。
『なにも悩まれることなどありません。ほんの十日ほど地球時間を早めてみただけです。ただ、あなただけは以前の時空の中で動いています。それは、あなたがすでに霊能力者だからです。普通一般のお方とあなたは少し違うのですよ。だから、あなただけは除外したのです。現に、こうしてあなたは私と話が出来る。塩山さん、あなたはもう、地球を救う世界でただ一人のすごいお方なのですよ』
「云っておられることが、よく分かりません」
『そのうち、すべてがわかりますよ、近いうちにね…』
 ふたたび大異変が起き、私は翻弄(ほんろう)されるのかと思うと、少し不安になった。大臣の話だけでも充分、翻弄されている私だった。

|

« 2013年12月 | トップページ | 2014年2月 »