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2015年2月22日 (日)

不条理のアクシデント 第八十五話  夢の宴[うたげ]  

 雨が降っていた。篠口は滴(したた)り落ちる雨を通路の窓からぼんやり眺(なが)めている。昼休みだから、一時(いっとき)、立っているのは、眠気を解(ほぐ)すのに丁度よかった。食後の缶コーヒーがその綻(ほころ)びを癒(いや)し、篠口を幾らかリラックスさせた。風もそう強くはなくシトシト降る催花雨(さいかう)だ。窓から見える沿道の桜はまだ七、八分咲きだから散る心配は、まずない。三日後に予定された恒例の花見には晴れるだろう…と、篠口は巡った。昨日、急務の仕事を徹夜でしたせいか、時折り睡魔が篠口を襲っていた。
「おお、咲いてきたな!」
 同期入省の山北が篠口の後ろから声をかけた。篠口は、ハッ! として腕を見た。昼休みが終わろうとしていた。
 篠口は、とある省の大臣官房参事官だ。同じ参事官の山北とは大学も入省も同期で、気性も合うと笑いあったビンゴな親友だった。
 昼三時前、疲れからか、眠気が篠口をふたたび襲っていた。ウトウトとデスクへ前のめりになり、篠口の意識は遠退(とおの)いた。
 気づけば、篠口は同僚達と満開の桜の下で花見をしていた。妙なことに、沿道の桜の下で宴(うたげ)は出来ないはずだった。
「今年の桜は、いい咲き具合だ。なあ、篠口!」
 一杯機嫌の山北が酒の回った赤ら顔でそう言った。確かに淡いピンクの桜は満開で、下からの眺めは絶景だったが、篠口には、ふと疑問が湧いた。
「んっ? ああ…。おい、ここで花見できたか?」
「ははは…冗談はよしだ。毎年、ここでやってるじゃないか」
「馬鹿な! ここは駄目だったろ!」
 篠口は言い返していた。
「お前、酒が弱くなったか? 馬鹿はお前!」
 吟醸・月正宗の小瓶を片手に、酔いの回った山北が篠口を指さした。その山北の顔が揺れ始め、篠口の意識は遠退いた。
「おい! 起きろ、篠口! …まあ、昨日は徹夜だったそうだから、大目に見てやろう」
 ニタリ! と山北は笑って言った。
「夢か…」
「なんだ、まだ寝ぼけてるのか? 明日は花見だぞ!」
「えっ! 三日後だろ?」
「なに言ってる。外を見ろ、桜は満開だ!」
「嘘を言え! さっき…」
 篠口は席を立つと、窓に駆け寄った。沿道の桜は満開で、照明灯に照らされ揺れていた。篠口は目を擦(こす)った。しかし、昼休みに見た七、八分咲きの桜は満開だった。
「どちらにしろ、ここでは駄目だろ」
「なに言ってる。すったもんだの挙句、今年から庁舎管理規程の特例で、ここもOKが出たじゃないか」
 ああ、そうだった…と篠口は思い出した。
「もう遅い。帰ろうぜ」
「ああ…」
 二人は肩を並べ、庁舎を後(あと)にした。生(なま)暖かい夜風に、沿道の桜が揺れた。その下の芝生に、篠口が夢の宴で見た、あるはずがない月正宗の小瓶が横たわっていた。

                           完

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