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2015年4月

2015年4月30日 (木)

生活短編集 52 虫歯哀歌

 やっと歯医者から解放された喜びで小学校三年の和弘はウキウキしていた。というのも、この夏のスケジュールは自分なりに考えて、ビッシリ詰まっていたからだ。それらのスケジュールを熟(こな)すには、一日の余裕もなかった。そんなことで、和弘はウキウキと家へ帰宅した。
「ただいま!」
「あら? 早かったわね…。もう、いいの?」
 ママの亜耶が怪訝(けげん)な面持(おもも)ちで訊(たず)ねた。
「終わり終わり! もう、完全に終わり!」
「完全に?」
「そう、完全に。もう一生、行くことはないんだから!」
 和弘は自信ありげに強く言った。この時点で和弘は鼻歌混じりで階段を昇り、自室の勉強部屋へと急いだ。気分は快適で、その心理で出る鼻歌といえば好きなサルフィというグループが唄う流行歌である。悲しい演歌などでは決してなかった。まあ、演歌は祖父母や父が聞いている程度で、和弘に縁(えん)はなく、好みでもなかったのだが…。
 和弘は北叟笑(ほくそえ)みながら、夏休みの絵日記を開いた。なんといっても夏休みはまだ優に3分の2以上は残っているのだから、笑みも漏れる訳だ。
 ━ きょうは、さいごのはいしゃさんへいった。もう、こなくていいよ! と、せんせいにいわれた。かんぜんにおわった。うれしかった ━
 書き終わった和弘は急に治(なお)った歯を見たくなった。和弘は柱に掛(か)かった鏡の前で口を大きく開いて歯を見た。確かに治療されて治っていた。和弘はホッとした気分で口を閉じた。こうして、事は終わったかに見えた。
 二週間が順調に流れ、和弘のスケジュールも、この分でいけばすべて片づく目安がついていた。そうした、ある日の朝である。和弘はいつものように洗面台の前で歯を磨(みが)いていた。口を漱(すす)ぎ終わり、なにげなく口を開いたそのときである。この前、治療を終えた歯の反対側の奥に少し黒くなった部分を見つけた。和弘は何かついてるんだろう…と軽く思い、歯ブラシでその部分を擦(こす)ったが取れなかった。完全な虫歯だった。和弘のテンションは急降下した。
「あら? どうしたの?」
「歯医者さん…」
「完全に終わりじゃなかったの?」
 ママの亜耶は少しニンマリとした顔で言った。
「…」
 和弘は返せなかった。ちょうどそのとき、祖父が流す演歌のカラオケが離れから哀れに聞こえてきた。
 

                            完

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2015年4月29日 (水)

生活短編集 51 カメレオン

 湯山はカメレオンのように生きてきた。彼には生まれもってその才に長(た)けていた。まず、自分がその場に存在する気配を消すことが出来た。もちろん、よく見れば湯山の姿は見えるのである。だが、意識してその場を見ないと見過ごしてしまう、いや、湯山にすれば、他人を見過ごさせてしまう能力に長けていたといえる。要は、その場にいる人物以外の景色に溶け込む能力があったのである。辺りに溶け込めるものがなく、これはまずいぞ…と思えたときは、スゥ~~っとその場から去る能力も備わっていた。
「ここが分からんなぁ。湯山君!」
 開枝専務が書類から顔を上げ、専務室を見回した。そのとき、湯山の姿はすでに専務室にはなかった。
「あれっ? 今、横にいたんですがねぇ? 呼びましょうか?」
「いや、もういいよ。あとで調べとく…」
 あるときなど、こんな出来事があった。湯山は部下の磯崎とともに大物契約の一件で取締役会に呼ばれていた。
「このままでは、この契約は競合相手に取られてしまうぞ! これは湯山課長が指揮していたんだったな」
 取締役が左右にズラリと並ぶ中、中央最前列の鳥串社長が威厳を込めて言った。湯山と磯崎は最後部で社長に対峙(たいじ)して立っていた。
「いや、そうでしたが、今は磯崎にすべてを任せております」
 湯山は小声で呟(つぶや)くように言った。
「なにっ? よく聞こえなかった。もう一度…」
「今は磯崎にすべてを任せております!!」
「ええっ!!?」
 磯崎は不信感を露(あら)わにして横に立つ湯山の顔を見た。湯山は悪びれもせず、平然と立っている。本当は、湯山が指揮していたのだった。
 万事が万事、この調子だったから、湯山はいつの間にか会社でカメレオンと呼ばれるようになっていた。ただ、湯山にも会社へ貢献するメリットはあった。カメレオンと呼ばれるだけに捕食性に長けていたのである。もちろんそれは虫ではなく、新たな事業展開、契約確保への先見性だった。
「いやぁ~~会長、湯山君には参りましたよ。まさか為替レートがこれだけ変わって含み損が見込まれるとは…」
 会長室の応接セットに、先代社長で今は会長の鳥串と息子の鳥串社長が座っている。
「そうらしいな…。大幅に海外輸出を見直したんだったね? どうも彼には先見性があるようだ…」
「肝心なところで消えなきゃ、なおいいんですが…」
 二人は顔を見合わせ、大笑いした。
 

                          完

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2015年4月28日 (火)

短編小説集(100) 困った人

 男は悩んでいた。することなすこと、すべてが裏目に出るのだ。
━ 俺なんか、この世に無用なんじゃないか。だったら、いっそう、ここから飛び降りて死んでしまおう… ━
 男がそう考えたことは幾度もあった。そして今日も、この小高い山の絶壁へ来ていた。
 夕方、男は病室に寝ていた。
「また、あなたですかっ! これで、何度目でしたかねっ!!」
 医者が病室へ慌(あわ)ただしく入ってきて、不機嫌な顔で言った。
「… さあ…」
 医者は、なにやら綴(と)じられたファイルを開け、確認するように回数を数えた。
「…31! …32! …33度目です!」
「ああ、そんなになりますか…」
 男は感慨深そうに、しみじみと言った。
「ほんとに、困った人だ! 私も医者ですから、治療はしますよっ! そりゃ、しますよっ! だけど、また来る人は、さすがに嫌だ! いや、そういう意味じゃなくて…。なんて言うのか…」
「患者は診(み)るが、わざと来る人は嫌だと?」
「そう、それっ!! あんたが言ってどうするんです、困った人だ」
「私は、わざとじゃないんです。死ねないんですよ、先生」
「そりゃ、無理でしょうよ、あの場所なら…。落ちても、下にクッションがありますから。まあ、軽い打撲か掠(かす)り傷」
「そうなんですか?」
「私に訊(き)いてどうするんです! 困った人だ。分かるでしょうが、あなたにも…」
 医者はいつものことなのか、掠り傷の男の腕を粗末に手指で確認した。
「私、忙(いそが)しいんでねっ! それじゃ! あとはいつものように…。困った人だ!」
「どうも…」
 男にとっては、医者に会えることが唯一(ゆいいつ)、希望が叶(かな)う瞬間だった。
 医者は、ついてきた若い女看護師に無言で指示した。そして、男の腕を離すとUターンして部屋のドアを開けた。医者は内心で、ちっとも困っていなかった。この男がちょうどストレスを晴らすいい材料になっていたのだった。
「困った人だっ!!」
 医者はドアを閉じると、少し大きめの声で言い放った。

                        THE END

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2015年4月27日 (月)

短編小説集(99)  訴訟[そしょう]

 炭川は、いよいよ今年もその季節か…と思っていた。手間はかかるが、植木消毒の頃合いとなったのだ。だが、昨年の冬の蓑虫(みのむし)取りも気が進まなかった炭川である。当然、植木の消毒も気が乗らなかった。というのも、ある意味で虫の生活妨害なのだ。
 植木側の民事告訴により裁判で争われるようになったこの問題は、被告、原告双方の当事者を一堂に会し、華々しい論戦を展開していた。炭川は裁判長席に裁判長として座り、被告、原告双方の言い分を冷(さ)めた目耳で見聞きしていた。
「裁判長! 我々にとっては死活問題なのであります。他人の生活を脅(おびや)かす権利は誰にもない! そもそも、害虫などと呼ばれること自体、我々としては心外なのであります! 終わります」
 虫の代表が、かくかくしかじか…と、さも我々が正しいのだと言わんばかりの声高(こわだか)で論じ、席に腰を下ろした。
「原告!」
「散々、我々の茎や葉を食い散らかして、なにを言わっしゃる! 害虫以外のなにものでもないではありませんか!!」
「裁判長! ただ今の発言は、我々を冒涜(ぼうとく)しております。名誉棄損(めいよきそん)のなにものでもない! 取り消しを求めます!」
「静粛(せいしゅく)に願います!」
 炭川は左右の裁判官と小声で相談した。
「原告側は感情的にならないように…」
「失礼しました。害虫、益虫の判断は人間が生活上、判断するものですから、棚上げいたします。しかし、我々が被害を被(こうむ)っておるのは、厳然(げんぜん)とした事実なのであります」
 裁判は被告、原告側の交互の口頭弁論により進行していった。そのとき、炭川はクラクラッとし、意識が遠退(とおの)いた。そして、いつの間にか、法廷の場面が変わっていた。
「そうだ! 人間が一番、悪いんだ! 人間には生れた仔馬は可愛いとか言って、その馬肉を食うことを何とも思わない野蛮さがある!」
 原告席の虫の代表が叫び、裁判長席の炭川を見た。
「それは言える! 森林を伐採(ばっさい)してゴミ捨て場にし、それをなんとも思わん!」
 被告席の植木側の代表も叫んで、枝を揺らした。 
「人間に判決を下す資格はないっ!」
「そうだそうだ!!」 「今すぐ、裁判長席を下りろっ!!」
「静粛に!! 静粛に!!」
 炭川は立ち上がり叫んでいた。だが、騒然とした法廷内は、いっこう収まる気配がなかった。駄目だっ…と炭川が思いながら腰を下ろそうとしたとき、裁判長席の椅子は消えていた。炭川は奈落の底へ落ちるような気分で意識がふたたび遠退いた。
 気づくと、炭川は野原の真ん中で眠っていた。額(ひたい)の先に虻(あぶ)が止まっていた。
『フフッ!』
 炭川は笑い声を感じた。虻は炭川を刺しもせず、どこかへ飛んでいった。人間は思いあがっている…と、炭川は思った。

                      THE END

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2015年4月26日 (日)

短編小説集(98) 拘[こだわ]り

 深夜、魚釣がテレビを点(つ)けると、討論会のような民放番組が流れていた。著名な芸能人関係のタレント番組か…と思いきや、政治家の有名どころも出演しているではないか。他番組が低俗に思えた訳ではなかったが、これは久々に面白そうだ…と魚釣は不謹慎にも思い、そのまま観ることにした。テーマは、他国の批判を浴びている某宗教施設への参拝問題だった。合祀(ごうし)とかの難解な言葉が飛び出し、やっとその意味が分かったところでCMとなった。A級とかB級とか…俺は今、リバウンド級で体重を減らそうとしてんだっ!と、魚釣は餌(えさ)をとられた釣り人のように訳の分からないところで怒りながら観続けた。じぃ~~っと内容を聞いていると、どうも拘(こだわ)った発想が、出演者の第一感にあるようだった。左と右だな…と失礼にも思えた。魚釣は『宗教って怖くない?』と、画面へ問いかけてみた。イスラムの方々には申し訳ないが、神が人を殺していいと言う訳がない! イエスの教えではないが、右の頬(ほお)をぶたれたら、ドラマ的に倍返しは現実的なんだろうが、ぶたれないようにすゃいいだろ? と…。人類よ、拘っちゃいかん! これが魚釣の冷(さ)めた結論だった。どうも温暖化しているのは地球環境だけじゃなさそうだ…と思えたのだ。確実に人間も感情的に温暖化していると…。拘りを捨てれば人類はすべてから救われるように思えた。それは、宗教であり、思想であり、民族感であり、言語であり、経済体制であり、国という単位であり…である訳だと。そのとき、魚釣の頭に、ふとメロディが浮かんだ。
 ♪ そのうち なんとか なるだぁろぉぉう~~~ ♪
 今ではもう、知る人も減ってしまった無責任な歌だった。

                        THE END

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2015年4月25日 (土)

短編小説集(97) 移住

 西暦2140年、人工重力装置の開発に成功した人類は、新(あら)たな星への移住を実行しようとしていた。人類が100年以上も他の星への移住計画を断念せざるを得なかったのには一つの大きな問題があった。その問題とは、無重力空間に長期滞在することにより、人間に生じる生理的問題であった。地球上において1Gの重力の下(もと)で進化をし続け、そして今日もその地上で生存している人類が、無重力下で長期間、生存するには、やはり無理があったのである。その事実が判明したのは、宇宙の無重力環境に20年滞在した宇宙飛行士が地上へ降り立ったときだった。その男は0→1Gの急激な重力変化に即応できず、降り立った現地でショック死した。この事故は世界を震撼(しんかん)させた。よく考えれば、小説やドラマ、映画が描くSF世界では、宇宙船内を、さも当たり前のように歩く人間の姿が映し出されていた。それが、宇宙での現実は、人を含む物質が空間を浮き、漂(ただよ)ったのである。
「まずは、生命の安全確保であります!」
 移住計画の断念は、米議会で演説された歴史に残る演説に尽きた。
「私達は決して宇宙への移住を諦(あきら)めた訳ではありません!」
 演説は続いた。人々はその演説が終わったとき、初めて自分達の考えの甘さに気づいた。気が遠くなるような年月を経て、ようやく人類が地上で最も生存しやすい身体へ順応、進化してきた事実を甘く考え過ぎたのである。加速度的な科学進歩が人間を傲慢(ごうまん)にしたともいえた。
 そして2140年、人類はふたたびその異星への移住という科学を進めようとしていた。果たして人類に未来はあるのか? それは、人類の誰もが知らない。
 
 

                      THE END

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2015年4月24日 (金)

短編小説集(96) 失敗

 しまった! と民夫は思った。今朝は久しぶりに…と意気込んで料理を作り始めた、まではよかった。が、冷蔵庫から出した卵をつい、うっかり落として割ってしまったのだ。[不幸中の幸(さいわ)い]というやつで、手にした1個だけで済んだから助かった。パックごとなら目も開けられん! …と、あとから思えた。落ちた卵は当然、割れていた。さて、あとの処理である。瞬間に民夫の手は動いていた。汚(きたな)いも綺麗(きれい)も、そんな悠長(ゆうちょう)な余裕はない。床にベチャ~~と広がった卵を、そのまま放ってはおけない訳だ。フロアを拭(ふ)きとらねば…という発想だけではなく、もったいない・・という、さもしい発想も湧(わ)いた。俺は貧乏性だな…と民夫は思った。
 上手い具合にフライパンは適度に熱くなっていた。民夫はフライパ
をフロアへ近づけ、咄嗟(とっさ)にコテで拡散した卵汁を掬(すく)って入れていた。殻は幾らか細かくなっている部分もあったが、ほぼ割れた状態で繋(つな)がっていたから破片は、ほんの少しだった。熱が加わっているフライパンの卵は、すぐ固まりかけた。こりゃ、スクランブルだな…と早回しに掻き混ぜ、適当に味付けして一品は完成した。味は等閑(なおざり)味だと思え、余り期待はできなかったが、それでも食べものを無駄にはしなかったのだから…と心の安らぎ感はあった。失敗だったが、食べものの有難みを知る上では、民夫にある種のプラスを与える朝の出来事となった。
 これで、普通なら話は、めでたし、めでたし…で終わるのだが、民夫の場合は、まだ話の続きがあった。洗いものをして食器類を片づけていると、コテが笑った。
『アンタは、よく使ってくれるけど、相変わらず失敗が多いな! 慎重に慎重に!』
「はい。…はあ?」
 民夫はキッチンを見回したが、誰もいない。それは当然で、他には誰もいないのだ。だから、必然的に声がするはずがない訳である。それが、民夫の耳にははっきりと聞こえたのだ。民夫は鈍(にぶ)い遅れでゾォ~~っとした。

                          THE END

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2015年4月23日 (木)

短編小説集(95) 渇[かわ]く

 地球環境の激変により、雨が降らない日々が半年以上続いていた。人々は我れ先にと水を求めた。だが、どの店にも飲料用のペットボトルはなく、人々は乾いた喉(のど)に耐えられず、貯水ダムの周(まわ)りの僅(わず)かに残った溜まり水へ群(むら)がっていた。一年前は誰一人として来なかったダム周辺の林道は車の長蛇(ちょうだ)の列と化していた。この都会の現象は、水の供給を時間制限から全面停止へと切り変えた時点で顕著(けんちょ)になった。コンビニや食料品店に人々が殺到し、瞬く間に飲料関係の製品は売り切れた。発注が相次いだが、肝心のメーカーには材料となる水がなかった。一時はメーカーへ供給していた淡水変換の海水処理施設は、すでにパンクしていて、供給の目途(めど)は立っていなかった。水洗トイレは用立たなくなり、都会には汚物による悪臭が漂(ただよ)っていた。下水処理施設は無能力化していた。それに伴い、都会の衛生環境は劣悪さを増した。アスファルトやコンクリートが剥(は)がされ、汚物処理用地の掘削(くっさく)が始まったが、肝心の工事従事者が喉(のど)の渇きで倒れ、工事は停止した。水分が手に入らなくなって以降、人々の動きは鈍化していった。
「ただいまから、緊急記者会見をお伝えします!」
 テレビの臨時番組である。画面に首相が登壇し、なにやら言い始めた。
『現在、起きております水不足による生活面への困窮に関しましては、国民の皆様には多大のご迷惑をおかけいたし、まことに恐縮いたしておる次第であります。政府及び関係省庁におきましては、早急に解決を計るべく、鋭意努力中でございますので、今しばらくのご辛抱をお願いする次第であります。え~ …』
 首相の会見は続いた。
『共同送信の肌白です。総理は今後、水不足が解消するとお考えでしょうか? そうお考えなら、検討されている具体策について、お話し下さい』
『むろん、考えております。ただ、その件に関しましては、国民生活の混乱を招きかねませんので、具体的にお話しすることは、現在のところ出来ませんので、ご了承を給(たま)わりたいと存じます』
『であれば、せめて、いつごろまでに解決されるお積(つも)りなのか、その時期だけでもお願いいたします』
『降水の変化によりますので、時期に関しましてはお話し出来る状況にはございません』
『毎朝の参詣です。死者が続出してますが…?』
『私も渇(かわ)いておるんです。しかし、ないものはない訳です。なんとかさせます、いや、なんとかします!』
 そのとき、映像が乱れた。TVカメラマンが水分失調で倒れたのだった。人々だけでなく、多くの動植物も同じ運命を辿(たど)っていた。この現象は地球規模で起こっていた。
 西暦××××年、地球上は完全に水分が消え去り、生物の屍(しかばね)だけが残る死の星となっていた。

                       THE END

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2015年4月22日 (水)

短編小説集(94) 星

 西暦2014年5月のある日、朝から、ああでもない…こうでもないと、議員諸氏が討論会を繰り広げていた。地球上の日本という小っぽけな国にかかわる集団的自衛権と呼ばれる問題についてだった。2340年のα星団から派遣され捨てられた優(すぐる)は施設で育てられた。そして、異星人として持ち合わせた能力をひた隠して育っていった。そして今、こうして朝のテレビを冷めた目で観ているのだった。彼の思考による地球星という観点に立てば、集団的自衛権とは世界各国、人類のすべてが、地球上のいかなる地域がUFOによって攻撃を受けようとも一致結束して地球防衛のために出動し、地球星を守る…ということを意味した。この大義名分の前には、日本の集団的自衛権などの小さな諸問題は吹っ飛んでしまうのだ。異星人の攻撃となれば、これはもう、他国からミサイルが飛んでくる・・とかの話ではなくなる。人類存亡、いや地球生命体、すべての存亡の危機であった。
 そして、優が最(もっと)も恐れていた日が巡った。西暦20××年、異星人の襲来が開始されたのである。優は、やはり人類では無理なようです・・とだけ、星団へ通信をしていた。編隊が飛来する一年前だった。UFO編隊は、地球を遥かに凌(しの)ぐ高度な文明をもって舞い降りた。世界各国で編隊機飛来の着陸報告が錯綜(さくそう)した。国際連合はパニックに陥(おちい)っていた。近代兵器を使用した様々な攻撃は、編隊の見えないシールドの前に撥(は)ね返され、まったく歯が立たなかった。さて、どうしたものか? との物議が国際中継を挟(はさ)み、討論され続けた。もちろん、この時点で地球語は完成しておらず、世界同時通訳を介(かい)しての討論だった。その間も、UFOは様々な実験攻撃を試みた。それは、人間の思考方法を探る攻撃で必要最小限のものだった。彼等の能力を持ってすれば、地球を死の星にすることなど、いとも簡単だった。だがα星団は、生物が生存できる貴重な地球環境を欲した。その前には、殺戮(さつりく)と自然破壊を繰り返す人類は邪魔だった。人類をすべて抹殺(まっさつ)せよ! というα-1番星の提言はα星団全体の結論で先送りにされた。人類の思考方法の優劣により、攻撃か否かを決しようという条件であった。
 人類はUFO編隊に白旗を掲げた。無条件降伏である。世界各国がUFO編隊の命令の下(もと)、武装解除した。UFO編隊の母船から国連ビルの前に降り立ったのは、
連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサー元帥ではなく、α星団群最高司令官????だった。

                         THE END

 ※ 末尾の軍と群の相違は間違いではございません。

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2015年4月21日 (火)

短編小説集(93) 知りません…

 どうも、知ったかぶりをすると損をするな…と的矢(まとや)は思った。この前も、初対面の客に、変わったお名前ですな? と訊(き)かれ、その辺(あた)りの四方山(よもやま)話を語ったのだ。最初のうちは話に乗ってくれた相手も、的矢が本腰を入れて語りだすと、どうでもいいような顔をした。それに始まったことではなかったが、ともかく、知ったかぶりを客にすると損をする傾向が強かった。そこで的矢は、話す人ではなく、聞く人になろうと思った。何を訊(き)かれても、知りません…に徹しよう! という訳である。そして的矢は、それを実行した。
「いや~、そうなんですか? 知りません…」
 相手は、ならば話そう! とばかりにぺチャクチャと語りだした。的矢とすれば、相手が話す内容など、どうだってよかった。聞く人であれば、相手が旋毛(つむじ)を曲げることはまずないのだ。ということは、結果として相手はご機嫌気分であり、的矢自身が損することは、まずない・・という結論となる訳だ。人間が持つ、知ったかぶりという自己顕示欲(じこけんじよく)を逆手(さかて)にとった、いわば心理的な諜略(ちょうりゃく)の一種(いっしゅ)である。
「ははは…、まあ、そういうことだ。詳しいことは、次、寄ったときに話そう」
 相手は、ご機嫌で店を出ていった。
「有難うございましたぁ~」
 計算して聞く人になっている的矢としては、すんなりと客も送り出せた。これが意識した演出でないと、主観的に相手の話を聞いてしまうから、つい感情が表へ出て損をすることになる。その客は二日後にまた店へ顔を出した。
 的矢の居酒屋は、この方針で30%の収益をアップさせることに成功したのである。能ある鷹は爪(つめ)を隠す・・の格言どおりだった。

                          THE END

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2015年4月20日 (月)

短編小説集(92) 遊べない

 パチンコ台を前に、向畑(むくはた)は気分が沈んでいた。向畑を挟(はさ)み、左右の席に座る遊び仲間は楽しそうに打っている。だが、向畑は少しも楽しく、遊べなかった。向畑は、しばらく目を瞑(つむ)っていたが、打つ気が起こらず、席を立った。
「おいっ! 玉(たま)、まだ残ってるぜ?」
「俺はもう、いい。使ってくれ…」
「だってよ!」
 左席の男が右席の男に声をかけた。
「そうか、悪いな…。じゃあ、またな!」
 向畑の去る後ろ姿に右席に座る男が声を投げた。向畑は後ろ姿のまま、片手を軽く挙げ、無言で去った。向畑は台で遊べなかった。遊ばないのではなく、遊べなかったのだ。台の賑(にぎ)やかなアニメ画面を見るにつけ、目が眩(くら)み吐(は)き気(け)がした。向畑は暗い夜道を歩きながら、遊べた昔を懐かしく思い返していた。その頃、向畑はまだ若かった。二十(はたち)は越えていたか…と向畑は巡った。当時のパチンコ台は、まだ一発打ちだった。今、普通に思えば、味も素(そ)っ気(け)もない図柄のように並んだ釘(くぎ)と、入ると音を立てて開く受け台のシンプルさに興奮した。天釘とか、受け台釘の打たれた角度を見て台を選ぶ高等な楽しさもあった。時代が少し進み、一発打ちに自動台も加わったが、それでもまだ十分、楽しみがあった。それが、今は…。台に愛が感じられなくなった。時間つぶしに打つこともあったが、正直、目が疲れた。激しく変化するアニメ部分に紙を張って貰(もら)いたいくらいの気分になった。そして今日、向畑は決断して席を立ったのだった。もう、席に座ることはあるまい…と思いながら。遊べない台に未練はなかった。
「あのう…、昭和頃の古い台なんですが。ありませんかね?」
「えっ? ああ…、あることはありますよ。倉庫で埃(ほこり)を被(かぶ)ってますが…」
「安く、買わせていただけませんかね?」
「はあ…いいですけどね。あんなもん、どうするんです?」
「楽しむんです。いや、飾りで…」
「ああ! レトロ装飾ですか? あの時代、よかったですからねぇ。よかったら、もってって下さい」
 向畑は埃を被った台を安く手に入れることが出来た。家に帰った向畑は、台の埃を払い、綺麗に布で拭(ふ)いて磨(みが)き込んだ。それが済むと、調整作業が始まった。
 ひと月後、古い台は、ふたたび命を吹き込まれ、新品のように向畑の前で甦(よみがえ)った。台は特別室の一段、高いところへ芸術品のように安置された。そして、時折り下ろされては、向畑を慰(なぐさ)めたのである。向畑は今、気分よく遊べている。

                       THE END

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2015年4月19日 (日)

短編小説集(91) 小さなこと

 隣(となり)の小舟(こぶね)家と川面(かわも)の際面(さいめん)伝いに植えられた紫陽花(あじさい)の枝が伸び、川面の庭にまで勢いよく出てきた。まあ、見ないことにしておこう…と、川面は最初、軽く思っていた。だが、ひと月も経(た)つと枝はズンズンと伸び、庭の風情は、すっかり損(そこ)なわれてしまったのである。さて、どうしたものか…と、川面は頭を捻(ひね)った。まあ、自分の敷地内だから、断らずに切っても取り分け問題はあるまい…と軽く考え、ある日の朝、運動方々、川面は紫陽花の伸びた枝を切り始めた。すると、隣から慌(あわ)ただしい人の姿が見え、近づいてきた。小舟だった。
「勝手に切られちゃ困りますな~。ひと言、言って下さいよ!」
 小舟は、やや興奮し、赤ら顔で言った。
「それは、どうも…。ちょっと、庭の見映(みば)えが悪くなりましたので…」
 小舟の顔は普通の表情へ戻(もど)ったが、矛(ほこ)を収(おさ)めた訳ではなかった。
「まあ、それはそうなんでしょうが、枝の下は私の土地ですよ」
「えっ?! そうでしたか?」
「よく見て下さいよ! 際面石が入ってるでしょうが…。黙ってましたがね、川面さん。あなたが庭を作られたとき、私の際面まで芝を植えられたんですよ! 角(かど)が立つと思ったんで、黙ってましたがね! 当たり前のように通っておられるが、その下は私の家の土地です! 海上保安庁に電話しますからねっ!」
 小舟はまた熱めのお湯に浸(つ)かったような赤ら顔になった。
「えっ? 今なんて?」
「海上保安庁ですよ! これは、我が国の国境侵害ですっ!!」
「ははは…ご冗談を」
 川面は、こんな小さなことで馬鹿な冗談(じょうだん)を言うお人だ…と、小舟に軽くお辞儀しながら家の中へと引き揚(あ)げた。だが、その小さなことは、現実となった。川面は、なにげなくテレビのリモコンのボタンを押した。音声はアナウンサーがニュースを報じていた。
『本日、勃発した国境紛争は、ただいま一端、終息しておりますが、小舟国と川面国の両国は、一発触発(いっぱつしょくはつ)の危機にあります!』
「えっ?!」
 川面は自分の耳を疑(うたぐ)った。小さなことが、とんでもなく大きなことになっていた。
『海上保安庁は巡視艇を派遣し、哨戒(しょうかい)を強化すると発表しましたっ!』
「んっな、馬鹿な! どこの海だ? …」
 川面は、夢か…と思った。アナウンサーが口にした小舟国と川面国が、夢の中の川面をそう思わせたのだった。そのとき、目覚ましが、けたたましく鳴った。川面は寝室で目覚めた。やはり夢だったか…と、川面は思った。午前中、庭を歩くと、やはり紫陽花の枝が伸び、川面の庭にまで勢いよく出ていた。川面は紫陽花を切らず、庭の芝生を際面伝いに剥(は)がして垣根から下げた。伸びた紫陽花の枝は、小さなことで終った。

                        THE END

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2015年4月18日 (土)

短編小説集(90) 誤解

 シェークスピアの四大悲劇の一つ、ハムレットもそうだが、誤解は悲しい結末を呼ぶ。…とは限らず、まったく逆の場合だってある。斎藤正の場合がそうだった。斎藤は貧しい家庭に生まれ育ったが、頑張って都会で成功した一人である。もちろん、斎藤の頑張りだけでそうなった訳ではない。彼が一大財閥を築き上げるまでにはさまざまな紆余曲折(うよきょくせつ)があり、その都度、誤解という運が付いて回っていた。もちろん、悪い方ではなくいい方に誤解され、その誤解が誤解を呼んで、彼を成功へと導いていった…と、いうことである。これは斎藤のそうした過去の数十年前の一場面である。
 ようやく誤解によって財界の大物、車崎の信用を得た斎藤は、僅(わず)か三名で立ち上げた新しい小会社の事務所で次の取引会社に関する資料を集めていた。まず、相手を知るところから、その取引の第一歩が始まる・・とは、斎藤が起業に際して抱いた抱負であり信念だった。
「なるほど…。これでいこう!」
 斎藤があるファイルを見ながら、そう叫んだ。
「なんです、社長!」
 起業に賛同した田守陽一が、そのファイルを覗(のぞ)き込んだ。
「ああ! それですか。それはあの方のお力で…」
「そうそう!」
 二人は互いの顔を見合わせて笑顔で頷(うなず)いた。もう一人の社員兼雑用係の三島礼子は、怪訝(けげん)な顔つきでお茶を淹(い)れながら二人の笑顔を見つめていた。
 次の日、田守が電話をし、車崎を呼び出した。車崎はその話に驚き、自らの専用車に乗り、斎藤の会社ビルへ横付させた。
「実は、かくかくしかじか、なんですよ、車崎さん。これを見て下さい!」
 応接室の斎藤の話を、車崎は、また誤解した。
「なんだって! もし、それが本当なら、大ごとじゃないか、君!」
「そうなんですよ。これを見て下さい!」
 斎藤は準備しておいたブラック・リストのファイルの一部を見せた。事実なのだから犯罪は一切、構成しない資料である。それを見て、誤解するのは相手の勝手だ…というのが斎藤の読みだった。まるで007の映画の世界を、斎藤は自(じ)でいった。
「分かった…。ことが大ごとにならないよう、なんとかしよう! いくら、必要なのかね?」
 斎藤は、ゆっくりと指を二本、立て示した。
「二十億だね、よし分かった。それでなんとかなるんなら安いものだ。明日、君の会社へ届けさせよう」
「いえ、二億です…」
 斎藤は小声で言った。
「えっ! そんな端金(はしたがね)で?」
「ええ、それだけありゃ、十分です。私がなんとかします…」
 斎藤は自信ありげに、ゆったりと言った。車崎は斎藤の態度を見て、また、誤解した。この男はすごい男だ…と。実際のところ、斎藤にすれば、五千万ほどでも十分、相手の取引会社を丸め込めると踏んでいたのだった。周到な計算は、すでに出来上っていた。あとは、相手会社が誤解するかどうかに、かかっていた。ある種の、腹と腹の探り合いだった。
 数日後、相手の取引会社は斎藤に舌を巻いて降参した。五千万の六倍の三億という額がものを言ったのである。取引は斎藤の読み以上に有利に成立し、斎藤の会社は巨万の富を得る第一歩を築いたのだった。
 これが、斎藤の小会社を一大財閥まで発展させた数十年前の誤解が誤解を呼んだ事実の一コマである。

                       THE END

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2015年4月17日 (金)

短編小説集(89) 分からない

 長藤花男は分からなかった。生き方が分からないのである。決して、金に不自由している訳ではなかったが、そうかといって、あり余るほどの金でもなかったから、今一つアグレッシブな行動に出られなかった。国文学研究所の助手を辞(や)め、一か八かの冒険をすれば自由には動けそうだったが、万が一、失敗だと逃げ場はなかったのである。だから、辞められず動けず、どうすればいいのかが分からない・・と話はまあ、こうなる。今ではもう時代遅れとなった安アパートの中で、長藤は四畳半にひとり寝そべって天井を眺(なが)めていた。
「花の命は短くて・・苦しきことのみ多かりき・・か…」
 気分までもがポジティブになり、長藤は古めいた呟(つぶや)きをポツリと漏(も)らした。
 梅雨(つゆ)に入ったのか、陰鬱(いんうつ)な湿(しめ)りけのある雨がシトシトと降り出した。空は今の長藤の心境と酷似(こくじ)していた。今日は研究所が休みだから、コレ! といって外出の予定はなかった。そのとき、天井から一匹、蜘蛛(くも)が糸を垂(た)らしながら下(お)りてきた。そして、長藤の顔のすぐ上で、ピタリ! と止まり、また逆方向に糸を昇り始めた。
「お前なら、どうする?」
 長藤は蜘蛛に語りかけて、馬鹿げた自分を笑った。そのとき、蜘蛛はピタリ! と、また止った。そして、厳(おごそ)かな声がした。、
『分からないですか? 簡単な話ですよ。ともかく、極めなさい』
 妙なことに長藤は、声が聞こえたことに驚けなかった。そんなことがある訳がない…とは思うのだが、どうしたことか感情が昂(たか)ぶらず、驚けなかったのである。
「極める…?」
『ええ、いま作っておられるのは辞書ですよね? 辞書は言葉の集まりです。その言葉は文字から作られてます』
「ああ、確かに…」
『その文字を極めるのです。面白いですよ、ふふふ…』
 そして、声は途絶えた。分からなかった長藤は、分かったような気がした。
「そうか!」
 長藤は寝そべっていた半身を、やおら起こした。蜘蛛の姿は跡(あと)かたもなく消えていた。

                          THE END

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2015年4月16日 (木)

短編小説集(88) リゾート地

 佐山唯男にとってリゾート地とは、自宅以外のなにでもなかった。佐山がそんなオタク志向になったのには深い、深~~い訳があった。
 話は数年前のことだ。この頃、佐山は多忙を極め、とても連休で旅に出る・・などという余裕はなかった。だから、人々が出かけるのを余所(よ
そ)に佐山は仕事に明け暮れた。そんな佐山だったが、連休が終わると、ぽっかりと大きな仕事の穴ができ、俄(にわ)かに休めることになった。さて、そうなると、どう過ごすか、である。連休も終わったことだし、交通事情もそう悪いはずもなく、佐山は旅に出ることにはした。ここ! といった目的地も浮かばず、佐山は旅行会社で決めよう…と思った。上手(うま)い具合に勤務先のすぐ近くに手頃な旅行会社があり、佐山は仕事帰りにその旅行会社へ立ち寄った。
「ここなんか、どうです? 手頃なリゾート地だと思うんですが…」
 係の岡倉は愛想よい笑いでパンフレットを示した。ここが? とは思えたが、係員がそう言うんならそうなんだろう…と、佐山は割合とあっさり、その地に決めてしまった。後々(のちのち)思えば、それが、大凶だった。
 さて、楽しみにしていた出発の日となり、佐山は浮かれ気分で自宅をあとにした。飛行機で数時間をかけ、目的のリゾート地近郊へと降り立った。あとはバスを乗り継いで、そのリゾート地へ向かうだけである。佐山の気分はこの段階で少し、高揚(こうよう)した。だが、その思いは揺れるバスの中で吹き飛んだ。とても、リゾート地へ向かっているようには思えなかったからだ。案の定、着いたリゾート地は、ここが?! と怒れる酷(ひど)さだった。寛(くつろ)げるどころか、ほうほうの態(てい)で逃げ帰るのが落ちに思えた。まず、疲れを癒(いや)すホテルの設備が最悪だった。食べものも、冷えた石を齧(かじ)っているように硬く、味がなかったから怒れた。まあ、それでも命の保証だけはあり、ようやく帰れる楽しい日となった。佐山はウキウキと、そのリゾート地? を離れた。普通、旅先を離れるときは涙を誘う郷愁だろうがっ! と、帰りのバスに揺られながら佐山は怒れた。
 自宅へ戻ると、佐山には旅の余韻(よいん)も充実感も何も残っていなかった。それどころか、返ってそのことが佐山のトラウマとなった。それ以降、佐山はリゾート地という言葉を信用していない。佐山にとってリゾート地とは、自宅以外のなにものでもなかった。 

                          THE END

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2015年4月15日 (水)

短編小説集(87) 本当に?

 勤務休みの昼過ぎである。牧場(まきば)は書斎でウトウトしたあと、居間へ移って湯 呑(の)みの茶を飲んでいた。そして、煎餅を齧(かじ)りながらテレビのリモコンを押すと、観たかった民放番組が映った。科学捜査ドラマの再放送だった。
 牧場が観続けていると、犯人の牛草が綿密な鑑識の捜査によって割り出され、ついに逮捕されるクライマックス場面となった。牧場は画面へ身を乗り出していた。この手のドラマはサスペンスとは一線を画(かく)す・・と牧場は思っていたから、よく観ていた。綺麗な女優のファンでもあったから尚更(なおさら)だった。最後のエンドロールと音楽が流れる中、主演の刑事と鑑識の女性研究員が雑談を交わして終わった。CMが流れ始め、牧場はリモコンでテレビを消した。毎回のパターンながら、周到な犯行も、ついには科学捜査のメスによって切られて解き明かされる・・という筋(プロット)である。今回も、そうなったな…と、牧場は思った。しかし次の瞬間、本当に? と、牧場はふと、思った。まあ、これはドラマだとして…果たして牛草は犯人だったのだろうか? と。現実の通り魔殺人とかには動機がない。だが、犯行に至った者は捕えられる訳である。牧場がふと、思ったのはその点だった。見えざる犯人は存在するのか? ふと、魔が刺す・・といわれる犯罪にしてもそうだ。こんな見方をすれば、今日のドラマも、通りすがりの参考人、乳出の犯行かも知れないではないか…と牧場には思えた。ここはひとつ、乳ではなく知恵を絞ってみよう…と思った。小腹が空(す)いた牧場は、即席麺を食べることにした。何もしないで食べるのも如何(いかが)なものか…と思え、空腹感を我慢(がまん)して、労働に汗することにした。労働といっても、植え木の整枝と鉢ものの水遣(みずや)り程度だった。植え木に水を遣っていると、ふと、本当に? とまた思えた。牛草ではなく、北条氏に仕えた風魔一族の犯行かも…。牧場は昨夜,観た歴史大河ドラマの影響を多分に受けていた。次の瞬間、本当に? いやいやいや…それはない、それはないと、牧場は発想を修正した。

                          THE END

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2015年4月14日 (火)

短編小説集(86) サンライズセット

 G1レースが行われている、とある競馬場である。アナウンサーによる実況中継が白熱化していた。レースの馬群(ばぐん)は、すでに第四コーナーにさしかかっていた。
「各馬、第四コーナーを回って、直線に向かいました! 先頭はウナギサンショウ! タタキカツオが上がってきた! タタキカツオだ! ユズポンホマレ、ミツバテンプラ、キモスイと続く! 先頭がキモスイに変わった! 二番手にユズポンホマレ! 外をついてサンライズセット! サンライズセットが抜け出た! サンライズセットだ! 強い、強い! 三馬身、四馬身差…サンライズセットだぁ~!! サンライズセット、ゴールイン~~!! 勝ったのはサンライズセットぉ~~~!!!」
 アナウンサーは興奮のあまり、席前の電気コードを引きちぎった。

 これは、過去の一場面である。サンライズセットは日の出のように競馬界へ出現し、日没のように競馬界から消え去った幻(まぼろし)の名馬だった。引退ではなく、忽然(こつぜん)と厩舎(きゅうしゃ)から消えてしまったのである。警察の捜査が当然のように行われた。しかし、管理に手抜かりもなく、警察もその不可解さに首を捻(ひね)った。競馬界は騒然となり、マスコミは異変を華々しく報道した。だがついに、サンライズセットは発見されることはなかったのである。サンライズセットが活躍したその期間、僅(わず)かに一年。この馬の記憶は多くの競馬ファンの胸へ深く刻まれることになった。♪ああ…サンライズセット♪という曲名の音楽CDも発売された。この曲は飲食業界で爆発的ヒットとなり、長く店舗で流されたのだった。
 彗星のごとく現れ、彗星のごとく消え去ったサンライズセット・・。その格好よさは、未(いま)だに伝説(リジェンド)として競馬界に語り継がれている。

                 THE END

 ※ サンライズセットは馬肉にはされておりませんので、あしからず!

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2015年4月13日 (月)

短編小説集(85) 切れ味

 朝から妻に頼まれ、砥石(といし)を前にスリスリ…と包丁を研(と)いでいる場面は部下に見せられたものではない…と思いながら、日曜の朝、篠山は包丁の研ぎに励んでいた。一応、これでも部長であり、取締役も一歩手前の地位にいるのだ。それが、包丁研ぎとは…と、篠山はまた一つ、溜め息を吐(は)いた。
「父さん、これ使ったらどう?」
 息子の一也が一本のセラミック製の棒を出した。
「なんだ、それは?」
「そこに書いてあるだろ。セラミックシャープナーだよ」
 一也がフロアに置いていった品の説明書きには確かにそう書いてあった。
「セラミックシャープナーか…刃物用研ぎ器だな。時代も変わったもんだ」
「何か言った?」
 背を向けて立ち去ろうとした一也が振り返った。
「いや、なんでもない…」
 使うとも使わぬとも言わなかったが、息子が追求せず立ち去ったのを幸いに、篠山は砥石で研ぎ続けた。そして数十分が経過した。
「よし! これでいいだろう…」
 一人ごちた篠山は、包丁を右から上から左から・・と眺(なが)めながら、研ぎ味を試してみることにした。篠山の計算では、紙は申すに及ばず、ほとんどの物はスッパリ! と切れるはずだった。上手(うま)い具合に新聞に入っていたチラシ広告がすぐ傍(そば)にあった。篠山はその紙を使うことにした。さて、切るぞ! と意気込んで、篠山は一枚の紙を二つ折りにすると、その間へ包丁の刃先を入れ、包丁をスゥ~っと横に引っ張った。篠山が頭に描いた予想は、滑(なめら)かに分断された二枚の紙だった。だが現実の紙は、まったく切れていなかった。紙の切り口を見れば、引きちぎったようになっていた。数十分、研いだ挙句の切れ味は、さっぱり不出来だった。篠山は愕然(がくぜん)とした。いくらなんでも、コレはないだろう! と、ぶつけようのない怒りが湧(わ)いた。そろそろ妻が買物から帰ってくる! と、怒りに変わって緊迫感が篠山に湧き起こった。篠山にはメンツがあった。この先、妻の前で大きな顔が出来ない危険性もあった。よしっ! これだ! 篠山は一也が置いていったセラミックシャープナーを手にして、説明書きの使用方法どおり包丁を五分ほど擦(こす)った。そして、チラシ広告を手にし、先ほどと同じように引いた。紙は見事にスッパリ! と切れていた。いや、斬れていた・・と表現した方がいいだろう。篠山には包丁を引いて切ったという感覚がまったくなかったのである。紙は恰(あたか)も自(みずか)ら切られるように裁断されていたのだった。
「ただいま! あなた…研げた?」
「ああ、軽いもんさ、この程度は…」
 篠山はセラミックシャープナーを脇へ隠しながら、勝ち誇ったように言った。不思議なことに、そのタイミングで一也が現れた。
「父さん、それ凄(すご)いだろ?」
「…」
 篠山は返せなかった。
 その三日後、俺は研ぎ師じゃないからな…と、メンツを失った篠山は自己弁護しながら部長席に座っていた。篠山に切れ味はなかった。

                       THE END

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2015年4月12日 (日)

短編小説集(84) 明日[あす]は行きます!

 納期はすでに二日前に過ぎていた。若草は会社の入口で今日も製造会社が配送するトラックの到着を待っていた。卸(おろし)としては、小売に催促されるまでに納品するのが取引の上で建前となっていた。いわば、卸と小売に存在する暗黙の了解というやつで、会社の信用にもなっていた。一社だけだったが、その関係が今回、崩れようとしていた。小商(こあきな)いならともかく、若草が担当する取引は営業全体の三分の一に相当する大きなものだった。だから今朝も、入っては出、出ては入りで、若草は外と内を小忙(こぜわ)しく動き回っていた。
「おい! 若草、電話だ!」
「はい! どうも…」
 社内へ入ったとき、同じ課の係長、焼野が若草をカウンター越しに呼んで電話を指さした。若草はカウンターから急いで入り、電話に出た。
「はい! 変わりました。いつもお世話になっております。はい! 今日中には到着すると思うんですが…」
『もう、在庫が底ついてるんですよ。お客さんが長蛇の列で、早く納品してもらわないと…。なんとか頼みますよ!』
「はあ! あいすみません! すぐに…。ええ、それはもう…。はい! すみませんで…。はい! 明日(あす)は行きます!」
 若草は何度も何度も見えない相手にお辞儀をして電話を頭に押し頂いて切った。そしてまた、出たり入ったりである。
「焼野君! 小忙しいんだよ…。なんとかならんのかね、アレ!」
 課長席に座る鹿口は、外へ出ていった若草を見ながら、前の係長席に座る焼野に、あんぐりした顔で催促(さいそく)した。
「分かりました。次、こちらへ入ったときに言います…」
「頼むよ! …行きます、行きますって、いつ行くんだ、あいつ…」
 上役(うわやく)風を吹かせ、鹿口は偉(えら)そうに言った。最後の方は小声で呟(つぶや)く愚痴だった。
 やがて昼近くになったが、いっこう製造会社が配送するトラックは現れなかった。若草は、家を出がけに頼んでおいた出前弁当を会社入口で食べながらトラックを待った。だが、退社時間が迫っても配送トラックは現れなかった。そのとき、電話が先方から入った。係長の焼野が、また電話に出た。ちょうど、俯(うつむ)き加減に若草が力なく入ってきたところだった。
「おい! 若草、電話だ!」
「はい! どうも…」
 若草はカウンターから急いで入り、電話に出た。このパターンは午前中とまったく同じだった。
「はあ! あいすみません! すぐに…。ええ、それはもう…。はい! すみませんで…。はい! 明日(あす)は行きます!」
『ほんとに?!』
「ええ、間違いなく。明日は必ず行きまず。…ええ、明日は行きます!」
 翌朝、若草は会社へは出勤せず、製造会社へ直接、出勤した。

                        THE END

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2015年4月11日 (土)

短編小説集(83) 戻[もど]り橋

 飛坂山(とびさかやま)を越え、平坦(へいたん)な丘へ出ると、蓑川(みのがわ)と呼ばれる一本の川が流れていたそうな…。飛坂山を源流とした小ぶりの川じゃったが、そこには、蓑橋と呼ばれる古びた木製の橋が架けられておった。いつしか戻(もど)り橋と呼ばれるようになった橋じゃが、この橋には橋の名に由来する昔からの言い伝えがあったんじゃ。
 いつの時代かは知らねえけんど、吾助と呼ばれる働き者の百姓がおってのう。寝る間(ま)も惜しんで農作業に汗する、よう出来た青年じゃったそうな。両親(りょうおや)と爺(じじ)さまは流行(はや)り病(やまい)でこの世を去ってな、吾助は婆(ばば)さまと二人でしばらくは暮らしておったそうじゃ。じゃが、その婆さまも寝たきりで伏せってのう、吾助は働きに外へ出ることもままならず、途方に暮れる日々が続いたんじゃ。
 そんなある日のこと、婆さまの薬草取りにと蓑川を舟で下っていた吾助は、いつものように蓑橋の橋下を抜けようとしたんじゃ。そのとき吾助は、不思議な出来事に遭遇(そうぐう)したんじゃった。吾助自身には何の変哲もない辺(あた)りの景色に映っていたんじゃが、舟が橋下へと入り、橋を抜け出た途端、そこに開けた景色は今来た方向へ逆に戻(もど)った景色じゃった。要するに、橋の下流から上流へ漕いでいた舟が、橋下を抜け出た途端、上流から下流へ抜け出た・・という奇怪(きっかい)な現象じゃな。吾助は初めのうち、そんなこととは露ほども思わず漕(こ)いでいたんじゃが、しばらくしてその異変に気づいた。先ほど出たはずの船着き場へと舟が近づいていたからじゃった。吾助は唖然(あぜん)としたんじゃ。しかも、舟の中には、これから採(と)りにいこうと思おておった薬草が籠(かご)の中にひと山ほどもたっぷりと入っていたんじゃ。吾助は、とりあえず舟を岸へ寄せ、冷静に考えようと思おたのじゃった。
 船着き場から岸へ上がると、いつもの景色じゃ。じゃが、家へ入った途端、吾助は目を疑ったんじゃ。流行り病で死んだはずの両親も、爺さまもいたからじゃ。ただのう、婆さまの姿だけが見えんでのう。吾助はそれとなく家の者(もん)に訊(き)いたんじゃ。
「婆さまは?」
「婆さま? おめえ、どうかしちまったか? 婆さまは去年、亡くなったじゃろ? それより、おめえ、戻って来て…。今出たとこだが、何ぞ、あったけえ?」
「そ、そうじゃった!」
 吾助は慌(あわ)てて船着き場へと取って返したんじゃ。そうしてな、また、舟を漕いで橋下へと入ったんじゃがのう。抜け出たとき・・そこはまた戻りの景色が現れたんじゃ。もう、訳が分からなくなった吾助じゃったが、ともかく家へ入ったじゃ。するとのう、今度は両親と爺さまは消え失(う)せ、伏せった婆さま一人が寝ておらしたそうな。まあ、薬草は籠ん中にたんとあったそうじゃが…。吾助はその薬草を煎(せん)じて婆さまに飲ませたそうじゃ。するとあら不思議、三日(みっか)ばかりもすると、婆さまの病はすっかり癒(い)え、元気にならしたそうな。こんことは、すぐに知れ渡った。村ん中は神仏が孝行息子を見ていらしたからに違(ちげ)ぇねぇ~と、もっぱらの評判になってのう。それ以降じゃ、その橋が[戻り橋]と呼ばれるようになったのは。まあ、そういうことじゃ…。

                       THE END

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2015年4月10日 (金)

短編小説集(82) 感情誘爆のプロセス

 心理学教授の酒樽(さかだる)は心理限界の研究に挑(いど)んでいた。人間感情の限界、感情誘爆のプロセスについてである。この研究開発は物流が主流の現代社会において、誰も着眼しない、いわば異質の研究であった。研究は助手の麹(こうじ)と二人きりである。しかも、表立っては誰にも公表していない極秘研究だった。こんな研究を世間一般に公表すれば、マスコミネタで練(ね)られ、揉(も)みしだかれ、挙句(あげく)の果てには叩(たた)かれるのが関の山に思えた。
「先生、どう捉(とら)えればいいんでしょうか?」
 街頭で通行人に向けた無作為抽出のインタビューを済まし、ボイス・レコーダー音声を解析していた麹が、少し興奮気味に言った。
「まあなぁ…。君の言い方も、おぼつかないからねぇ」
「でも先生、この内容の質問ですと、誰でも普通、こう答えますよ…」
 麹はレコーダーのスイッチをふたたびONにした。
『あんた! 失敬だよ! そんなこと訊(き)くのは!』
 麹が通行人に質問したのは、[あなたはご自身が生きる価値があると、お思いですか?]という内容だった。
「…初めからコレは露骨すぎたかねぇ~。あとに回した方がいいな。終わっちまうもんなぁ~」
「でしょ!?」
「ああ…やんわりと火を起した方がよかったか。これじゃ、油ですぐボッ! だもんな。だが君、このデータが集積され、研究が成果を得れば、人類は無謀な行為を制御する方法を手に入れることになるんだからねぇ」
「ポイ捨ても減りますかね?」
「ああ…、ミクロ社会ではそうなるかもな。しかし君は、相変わらず考えが、セコいねぇ~」
「いやぁ~、どうも…」
 麹は悪びれて、後頭部を掻(か)いた。
 酒樽はミルクティーを啜(すす)りながら朴訥(ぼくとつ)に答えた。
「先生、また地中海周辺で内戦らしいですね」
 麹はパソコンのデータ画面を見ながら、世間話に転じた。
「地中海に限らんだろ。世界各地で、だよ、君。この研究は、マクロ的にそうした蛮行を未然に防ぐのが目的なんだからね」
 酒樽は話を土俵に戻した。
「長引きそうですね…」
「ああ…」
「先生! 嫌だなぁ~! また、買い忘れたんですかっ!」
 麹が突然、怒りだした。
「どうした、君?」
「もう、いいです! 僕が、買っときますから…」
 麹は空(から)になった挽(ひ)き豆の市販袋を手にし、怒り口調で愚痴った。
「感情誘爆のプロセスは、買い忘れだったか…」
 酒樽は、ニヤリとした。

                         THE END

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2015年4月 9日 (木)

短編小説集(81) ラスト・スマイル

 岳峰登は地方会社の山登りの会に所属するサラリーマンである。彼は学生の頃から山に馴(な)れ親しみ、あちらこちらと山を渡り歩いた。…と、こう書けば、いかにもドラマに登場する格好いい二枚目に思えるのだが、その実は散々で、「お前は山登りは向いてないんじゃないか。家庭クラブへ入って、女子と料理を作った方がいいと思うよ」と、高校時代は同級生から言われた大食漢だった。彼の登山には半端じゃない食糧が必要だった。岳峰が向いてないと言われた理由は、そこにあった。非常食で十分、数日はいける…と思える量を岳峰の胃袋は必要としたのである。
 ある夏、数日の縦走登山をしたときのことである。メンバ-にとって、岳峰を伴(ともな)う数日は、熊に遭遇(そうぐう)するのを恐れ、ビクついて登るのに等しかった。現地に到着し、、登山口に着くまでは岳峰もなんとか空腹を我慢できた。ところが、である。
「おい! このリュック、軽かねぇか?」
 メンバーの一人が、そう呟(つぶや)いた。
「そんな訳、ねぇだろう。登りの休憩は俺が担(かつ)いでたんだからな」
「だってお前、さっきの休憩で用を足したろ。離れたとき、ネズ岳が傍(そば)にいたぜ」
「ああっ!!」
「やられちまったな…」
「おい! 次は手放すなよ」
「ああ…」
 二人は苦笑した。岳峰は会社の登山部仲間にいつの間にかネズミの岳峰、略してネズ岳というありがたくない渾名(あだな)を頂戴していたのだった。
その食べる行動は迅速にして機敏だった。要は、あっ! という間に食べてしまう・・という訳だ。
 そんな岳峰がついに、山登りの会を辞(や)める決断をした。
「これ以上、僕が入ってますと、食い気で皆さんにご迷惑をおかけしますので…」
 岳峰の退会時の挨拶である。全員、そのとおりだ! とは思ったが、流石(さすが)に、そうとは言えず、愛想笑いで拍手した。
「ははは…、また機会があれば一緒にな!」
 心にもない言葉を部の一人が漏らし、直後、しまった! と後悔した。
「えっ! 本当(ほんと)ですかっ! 嬉(うれ)しいなあ」
「ははは…機会があればね。ところで、どこへ今度は、入るんだ」
 岳峰は満面の笑顔で笑った。これが彼のラスト・スマイルとなった。次の朝、岳峰の姿は忽然(こつぜん)と皆の前から消えた。出勤しない岳峰の行方は警察沙汰にまでなったが、ついに彼は発見されなかった。その頃、岳峰は天界の食堂で、ひとり優雅に握り飯を頬張(ほおば)っていた。

                       THE END

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2015年4月 8日 (水)

短編小説集(80) 異星の使者

 何をさせても出来る! と、他を唸(うな)らせる才能に恵まれた幼女がいた。幼女は生まれもって非凡だったのだが、彼女自身はそのことが嫌(いや)で、いつも平凡でありたい…と願っていた。そんな子供だったから、彼女はいつも他人より下手(へた)であろうと努めた。しかし、彼女の思いとは裏腹に、物事はすべて彼女を引き立て役へと回った。その結果、やはり彼女は他の子供とはどこか違い、光り輝く存在になっていた。
 そして、時は流れた。他に異彩を放ちながら育った彼女は、高校へと進学していた。
「やはりあの子が受賞でしたか…」
 美術教師が感嘆(かんたん)の声を上げた。
「ははは…、私は彼女だと思っとりました。なにせ、私の授業でも、私が教えて欲しいくらいの才ですからな…」
 音楽教師は笑って返した。
 下手に描いたはずの絵は、返って別の画法を編(あ)み出し、展覧会の特賞に輝いていた。美術教師が密かに出品させた作品だった。すでに異才は美術に限らず、音学でも花開こうとしていた。音楽の授業では見事なピアノ演奏を熟(こな)し作曲も手がけた。体育では、器械体操の名手として才能を遺憾なく発揮した。だが、これでも彼女は平凡であろう…と自分を抑えていたのである。すでに彼女は人間とは思えぬスーパーウーマンに成長していたのである。そんな彼女が忽然(こつぜん)と皆の前から姿を消したのは、彼女が高校二年になった秋のある日のことだった。この日、学校では恒例の文化祭が行われていた。
「先生、どこにも、いません!」
「弱ったな…開演まで10分しかないぞ。ピアノ演奏は彼女しか出来んだろ?」
「はあ、まあ…」
 音楽部の部長は顧問の教師へ朴訥(ぼくとつ)に返した。このとき、彼女はそこに存在していた。ただ、皆の目には見えなかっただけのことである。彼女の能力は、この時点で遥かに人間を超越し、自らの意志で姿を消す能力を身につけていたのだった。そう…、実は何を隠そう、彼女は異星人だったのである。人類の蛮行(ばんこう)に、地球滅亡を憂慮したX-β星人が極秘の調査のため派遣した異星の使者であった。
 開演の時間となり、ピアノの鍵盤がなんの前触れもなく勝手に名曲を奏(かな)で始めた。会場はその異様さに一瞬、どよめいたが、次の瞬間、人がいないピアノ演奏に全員が唖然(あぜん)として聞き耳を立てていた。
 

                        THE END

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2015年4月 7日 (火)

短編小説集(79) 猫繁盛

 江戸の半ば、大阪は船場の道修町(どしょうまち)界隈のお話でございます。道修町と申しますと、これはもう薬問屋が立ち並ぶ薬一色(くすりいっしょく)の町でございました。と、いいましても、私もこの目で見た訳ではございませんで、資料館なるものの歴史的な知識をお借りいたしましてお話を進めさせていただこうと、かように思う次第でございます。
 道修町のとある薬問屋の丁稚(でっち)に留吉(とめきち)と申す年の頃は十(とお)を出たての小僧がおりました。なかなか愛想のよい知己(ちき)に富んだ丁稚でございまして、店の者からは留吉(とめきっ)とんと、親しみを込めて呼ばれていたそうにございます。知己に富むとは早い話、頭よし・・ということでございますかな。
 あるとき、この留吉とん、番頭の与助から頼まれました薬を小売の店へと届けに参ります。その道半ばのこと、前方の道脇に一匹の猫が立ち止って座り、じぃ~~っと留吉とんを見ております。留吉とん、けったいな猫やなぁ~…と思いながら、その猫の前を横切ります。するとどうしたことか、その猫は立ち上がり、留吉とんのあとを追いかけようといたします。それに気づいた留吉とん、「シィーシィーあっちへ行け!」と、追い払いますが、猫はいっこうに引き下がりません。根負けした留吉とん、まあ、仕方ないか…と、付いてくる猫のするに任せ、先を急ぎます。しばらく歩きまして、ようやく小売の店へ着きました留吉とん、店の暖簾(のれん)を潜(くぐ)ろうと、ひと呼吸、整えます。
「おはようさんでございます! お届けものを、もて参じました!」
 留吉とん、暖簾越しに、大声を出します。そのときでございます! 猫は何を思うたか、ひと声、ミャ~~~! と、鳴きますというと、留吉とんの着物の裾(すそ)を咥(くわ)え、中へ入らせないよう、押しとどめます。その様子を店の手代が内より見ておりまして、慌(あわ)てて飛び出て参ります。手代は猫を足蹴(あしげ)りにしますというと、留吉とんから追い払います。猫は少し遠退いて避(よ)けはいたしますが、それでもその店から離れようとはいたしません。座り込みますというと、またひと声、ミャ~~~!と、鳴きます。
「けったいな猫やでぇ~。ごくろうさんやったな。さあ、中へ…」
 その猫を横目に見ながら、手代は留吉とんを中へ招き入れます。留吉とん、訳が分からず、首を捻(ひね)りながらも中へと入ります。そのときは、それだけのことで済んだのでございました。
 さて、日が改まりまして、また同じようなことが、別の店へ届けに行った先でも起こります。そのときの猫は、付いては来ましたが、店の前へ座りますというと、鳴きはしまへんで、そのまま静かにしておりました。そういうことが度々(たびたび)、ありまして、一年ばかりが過ぎ去った訳でございます。
 そうこうしたある日のこと、留吉とん、あることに思い当ります。
「鳴いた店は年が越せなんだ…。そやのに、おとなしゅうしとった店は繁盛しとる…」
 留吉とん、そう呟(つぶや)きながらその猫をじぃ~っと見ます。すると、その猫の額(ひたい)の真中に白い黒子(ほくろ)が一つ、浮かび出ておるではございませんか。茶色の猫でございますから、なんとも不思議な話で、おやっ?! となりますわな。それに、黒子というものは黒いから黒子でございまして、白い黒子などというものは、まずないのが道理でございます。留吉とん、このことを番頭の与助に話します。与助は主人の嘉平に話します。嘉平は大層(たいそう)、驚きまして、留吉とんから事(こと)の仔細(しさい)を聞き出します。
「そないな不思議なことがあったんかいな…。そら、ここの神さんの使いやで! それに、違いない!」
 大層、信心深い嘉平は、店でその猫を飼うことにいたしました。それ以降、留吉とんの薬問屋は猫のお伺いのお蔭(かげ)で大繁盛し続けたそうにございます。
 え~~、古典風新作・猫繁盛の一席にてご機嫌を伺わせていただきました。おあとが、よろしいようで…。

                      THE END

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2015年4月 6日 (月)

短編小説集(78) 国境

 ━ A国とB国は、とある諸島の領有権を主張して争っていた。端的に言えば、国境争いである。A国は長年、領有権は自国のものだとしながらも曖昧(あいまい)にしてきた諸島の国有化を推(お)し進め、全世界へ宣言してしまったのである。のちになって関係者が陰で囁(ささや)いたのは、国有化宣言は勇み足だったのではないか・・ということだった。さあさあ、この宣言で業(ごう)を煮やしたのはB国である。その対抗策として、たびたび諸島周辺へ巡視の艦船を派遣(はけん)し、A国を威嚇(いかく)した。A国も負けじと、巡視艇でB国の艦船へ退去命令を出した。これでは埒(らち)が明かないと、B国は新たな策として領海識別圏という主張を国際社会にし、その諸島を自国の識別圏に組み入れた。事実上の国有化宣言だった。その結果、その諸島はA、B二国の国境が重複する島々となってしまったのである。
 その頃、すでに世界情勢は大きく変化し、国際連合は破綻(はたん)していた。様々な国際紛争を収束できなかったことに端(たん)を発したのである。その後の世界組織として、地球連合[地連]が創設された。地連本部は陸上にはなく、海面に浮かぶ大型空母の上であった。地連は、この問題に対し果敢(かかん)に攻めの姿勢で取り組もうとした。まず、一方的にその島の領有権をA、B両国から剥奪(はくだつ)し、地連領としたのである。そして、その島に属する権益に関しては、海水面と海底面に分割し、海水面の漁業権に関してはA、B両国に自由漁獲権を認め、海底面の権益に関してはA、B両国の収益を折半にする・・という裁定案を提示したのである。裁定案とはいえ、これにはある種の説得力があった。これにより、A、B両国の間で長年、もめ続けた領有権問題は解決を見た。地連が設立された究極の目標は、地球上から国境を失(な)くし、将来的に地球上に生息するすべての人類を地球星人に統一しようという壮大なスケールの目標であった。そこが、過去に埋没した国際連盟、国際連合とは大きく異なった。地連には本部となる平和空母が存在し、世界の各国代表が乗り込んでいた。その艦内では国境の解消問題などの国際的な諸問題が真摯に討論、研究されていた。そしてその具体的解決案の策定化作業も進められていた。策定されれば、すぐ実行された。地球星という名の下(もと)に、拒否権などというまやかしは存在しなかった。語られる言葉は、国境を越え、新たに完成を見た地球語だった。━

 アジアの領有権を主題とした国境問題の座談会は疾(と)うに終わり、テレビ画面は白黒点が混在して瞬く、深夜となっていた。男は夢を見ていたのか…と思った。窓ガラスの外は雪が音もなく降っていた。男は急に寒さを覚え、熱いココアを啜(すす)った。いい夢を見た…と思った。

                           THE END

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2015年4月 5日 (日)

短編小説集(77) しょうもな…

 高高速道の車は渋滞していた。大阪出身の鴻川(ごうのかわ)は諦(あきら)めたようにハンドルを放し、座椅子に身体を預けた。
「しょうもな…」
 鴻川は、ぽつりとそう呟(つぶや)いた。前も車、後ろを見ても車・・鴻川の計算では、こんなはずではなかった。今頃は露天風呂に浸(つ)かり、沈みゆく夕陽を眺(なが)めながら、湯舟に浮かせた盆の上の熱燗(あつかん)をグビッ! と一杯、やってるところだったのである。それが、味も素(そ)っ気(け)もない車列を見る破目に陥(おちい)っていた。これなら、もうひとつ考えていた前日の夜、出るべきだった…と、鴻川は思った。が、時すでに遅し・・である。車を放(ほう)って外へ脱出しないかぎり、動きようがなかった。点(つ)けたカーラジオの交通情報が、この周辺は30km渋滞だと言っている。
「しょうもな…」
 鴻川は、ふたたびそう呟いた。言いながら、鴻川がふと、前方を見たとき、突然、前の車列が消えていた。ば、馬鹿な! と、鴻川は目を擦(こす)った。だが確かに、前に続いていた車列は消え去り、前方の道に障害物は何もなかった。驚いた鴻川は戸惑(とまど)いながら後ろを振り返った。すると、後続車の車列も一台残らず消えているではないか。鴻川は有り得ない現実に手指で反対の手を抓(つね)った。感覚があり、痛かった。とすれば、これは現実なんだ…と、少し鴻川は怖(こわ)くなってきた。そうはいっても、日は傾き、日没が近づいていた。鴻川は、なるとままよ! と思い切り、アクセルを吹かすと車を発進させた。渋滞なら当然、前に車があるのだから、追突して偉(えら)いことになる。だが、車はスムーズに走行を開始して加速していった。半時間ばかりで高速を下(お)り、あとは夕陽を見ながら下の道を走った。そして、なんとか予約した一流旅館へと無事着いた。日はとっぷりと暮れていたが、それでも露天風呂に浸かりながら波の音で一杯は飲めた。計画通りではなかったが、まあいいさ…と、鴻川は思った。車中泊では目も開いてられない話だからである。出された美味い料理をホロ酔い気分で賞味し、満腹になった鴻川は、いつしか目を閉じ、ウトウトしかけた。しばらく、いい気分でいると、突然、鋭いクラクションの音がし、鴻川は驚いて目を見開いた。渋滞の車列が進み始めていた。鴻川の前の車はすでに10mばかり前方を走っていた。クラクションの音は鴻川のすぐ後ろの車だった。慌てた鴻川は、エンジンを急いで始動すると車を発進させた。外はすでに薄暗かった。前照灯をあと点けし、しばらく走ったとき、ようやく鴻川は冷静さを取り戻していた。
「しょうもな…」
 鴻川は三度(みたび)、そう呟いた。俺は夢を見ていたんだ…と、鴻川は思った。だがどういう訳か、鴻川の心には旅を終えたような満足感があった。鴻川の車の後部座席に、ないはずの旅館のタオルが一枚、置かれていた。

                       THE END

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2015年4月 4日 (土)

短編小説集(76) 成形

 滝口は、手元が狂い、不調法で割ってしまったコップをどうしようかと思案していた。割れれば捨てて、新しいコップを買うか、或(ある)いは家の代替え品を使えばいい…という、ただそれだけのことなのだが、なぜか捨てきれず、滝口は迷っていた。なんとか元へ戻せぬものか…と滝口は考えた。だがそれは誰が考えも無理な相談で、一度、高熱炉で溶かしてガラスを粘質にし、作り直さねば無理な相談だった。いや、それにしても、元のコップではないだろう…と、滝口には思えた。では、どうするか? と、滝口は巡った。捨てないとすれば、なんとか見られる形に成形しなければならない。ガラス切り用のカッターがあるにはあったが、モノが曲線では、それもままならない。滝口は自動の研磨(けんま)機[サンダー]を取り出して割れた部分を削(けず)り始めた。割れた部分の一番、下の部分を水平にカットして切り口を滑(なめ)らかにすれば、コップは見られる形にはなる…と踏んだのだ。滝口は工作、…いや、成形を開始した。最初は上手(うま)くいった。ところが、ある程度進んだところで、新たな皹(ひび)が入った。こうなれば仕方がない…と、滝口は成形を断念し、新聞紙に包んで燃えないゴミ袋へ捨てた。滝口に達成感が損なわれた空虚な時が流れた。しばらくして、ふと、滝口はもう少し、やってみよう…と思い直した。滝口は一端捨てた新聞紙の塊(かたまり)を拾(ひろ)い出し、中の割れたコップを手にした。
 ふたたび、滝口の成形作業が始まった。滝口の読みは、こうだった。
━ 薄い側壁のガラス面は無理だろう。だが下から1cm程度は、見たところ、幾らかブ厚くなっていた。そこなら研磨しても割れないだろう… ━
 というものだった。で、滝口は実行した。結果は成功だった。サンダーで研磨されながら切断され、手術? いや、成形は無事、成功した。そのあと、サンド・ぺーパーで切断面を滑らかにし、滝口は最終成形し終えたコップを満足げに見遣(みや)った。すでにコップの形状ではなかったが、なんか捨てずに済んだという安堵(あんど)感と達成感が、沸々(ふつふつ)と滝口の心中に湧き起こっていた。
━ 付けダレの器(うつわ)だな… ━
 割れたコップに新たな命が吹き込まれ、新しく生まれ変わった瞬間だった。成形作は記念として、記念用陳列棚に収納された。殿堂入りである。

                          THE END

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2015年4月 3日 (金)

短編小説集(75) 湿[しめ]らせる男

 ウワッ! またあの男が来た! と煙(けむ)たがられる男がいた。名を渡部という。この男が傍(そば)に来ると、妙に話が湿(しめ)っぽくなり、場がお通夜になるのだった。かといって、この男が陰気で嫌な男なのかといえばそうでもなく、逆に能天気な陽気さが溢(あふ)れるいい男だったのである。では、どうして陰気になるのか? という疑問が湧くのだが、実際にあった具体例をVTRでご覧になり、理解していただきたいと思う。
 ここは、とある公園である。大型連休の快晴の早朝、ジョギングに汗する人、早朝の散歩をする人、犬を連れて歩く人と、まあそれぞれ人々は動いていた。木々の鮮やかな新緑と新鮮な空気・・梢(こずえ)から聞こえる小鳥達の囀(さえず)りと、辺(あた)りは自然を満喫(まんきつ)するには至れり尽くせりの好条件だった。
「やあ! 石垣さんじゃありませんか!」
 ジョギングをしてい渡部が急に走るのをやめ、早朝の散歩を楽しむ石垣に近づいた。近づかれた石垣は躊躇(ちゅうちょ)したように戸惑(とまど)ったが、時すでに遅し! である。渡部に見つかった以上、陰気になるのは、まず覚悟しなければならなかった。しかも、出会ったタイミングが悪い。連休半ば、今日はいい日にするぞ! と意気込んで散歩に出た早朝である。石垣の家族は全員が温泉旅行に出かけ、作家業の石垣が一人、とり残され、雑誌社に依頼された原稿でショボく家に籠っていた。僅(わず)かに世間と触れられる時間を石垣は貴重に思い、大切にしていた。そして愛犬のコロを連れて散歩に出た矢先、渡部に呼び止められたという寸法だ。
「これは、渡部さん…」
「早朝のお散歩ですか?」
「ええ、まあ…」
「ははは…それは結構なことです。そういや、この辺りでした」
「はあ?」
 唐突(とうとつ)な渡部の言葉に、石垣は理解できず訊(き)き返していた。
「いや、なに…。つい先だって、この辺りで倒れられてお亡くなりになったんですよ」
「誰がです?」
「わたしのジョギング仲間でした…」
 場が急に陰気で湿っぽくなった。
「そうでしたか…。それはお悪いことが…」
「いや、気にせんで下さい。ははは、忘れて忘れて! じゃあ!」
 渡部は笑顔で軽くお辞儀すると、ジョギングを再開して走り去った。あとに残された石垣は陰鬱(いんうつ)に湿ったままである。今日はいい日にするぞ! と出た心意気はすっかり消え去り、お通夜のような湿っぽさが石垣の周(まわ)りを取り巻いていた。
「コロ! 行くぞっ!」
 石垣はコロのリールを引っぱると歩き始めた。そして石垣は、面白くもないのにハッハッハッ…と笑って陰気さを振り払おうとした。その異様な笑い声に、辺りの人々は驚いて一斉(いっせい)に振り向き、石垣を見た。場がすっかり湿っぽくなった。

                         THE END

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2015年4月 2日 (木)

短編小説集(74) 回転木馬

 子供の日は混むことが予想されていたから、というよりは、大型連休もそろそろ終わりに近づいていたという理由で、益川は遊園地でなんとか子供達のご機嫌を伺(うかが)おう・・と単純に考えた。非常にずるい考えなのだが、仕事のことを考えれば、家族への生活責任の一環(いっかん)なのだから…と、内心で勝手な口実をつけて遊園地へ出かけた。幸い、最近、ローンで新築した一戸建ての近くにその遊園地はあった。とはいえ、なんとも貧相なその遊園地は、幾つかの遊具ゾーンはあるものの、世間一般から見れば、とても遊園地などと呼べる代物(しろもの)ではなかった。ただ一つ、回転木馬の遊具だけは何故(なぜ)か人気があった。その理由は運営会社にも分からなかった。
 益川は子供三人を連れ、その回転木馬に乗ることにした。チケットを買い、先に子供を木馬に乗せて安全ベルトを装着させた。そしてそのあと、益川は木馬に跨(またが)った。しばらくすると、木馬は円周を描いてゆっくりと回転し始めた。まあ、こんなものだろう…と益川は優雅に子供達のはしゃぐ様子を見ながら回っていた。少し下の遊具外では、妻が笑顔で見ていた。次第に木馬の回転が速まったときだった。異変が突然、益川を襲った。周囲の視界が一瞬、霧に閉ざされ、次の瞬間、霧が晴れると木馬に乗っている他の人影が全(すべ)て消え去ったのである。いや、消え去った人影はそれだけではなかった。遊園地にいた入場者や係員の姿はことごとく益川の視界から消え去ったのである。益川は唖然(あぜん)として、ただ乗り続けていた。自分だけがただ一人木馬に跨って回転しているのだ。益川は冷静になろうと考えた。これは夢かもしれん…。いや、疲れのせいで目が霞(かす)んでいるのだろうか…と思った。木馬の取っ手を握る益川の感覚は確かにあった。やがて回転木馬の速度は落ち、停止した。しかし、乗っていた子供達と見ていた妻、その他の人影は誰もいなかった。益川は怖くなって木馬から飛び降りた。益川がしばらく人影を探してウロウロ歩いていると、どこからか賑(にぎ)やかな音が聞こえてきた。益川が耳を欹(そばだ)てると、その音は人々がざわつく騒音に思えた。益川は音がする方向へ近づいていった。やがて音は大きくなってきた。益川は辺(あた)りを見回した。すると、一台のテレビモニターが視界に入った。益川は走ってそのモニターへ近づいた。音はやはり人々がざわつく騒音だった。益川は食い入るように画面を見つめた。なんと! そこに映っていたのは回転木馬に乗った子供たちと自分だった。他の人々の姿もごく普通に映っていた。妻ももちろん、その中にいた。益川はふたたび、回転木馬の方へ走った。だが、回転木馬は止まったままで、やはり誰も存在しなかった。益川は諦(あきら)めたように木馬へ跨った。すると、回転木馬はゆっくりと回転し始めた。そして次第に木馬の回転が速まったときだった。異変がふたたび、益川を襲った。周囲の視界が一瞬、霧に閉ざされ、次の瞬間、霧が晴れると賑わう人々の姿が元のように現れたのである。もちろん、三人の子供や妻の姿もあった。益川はホッ! と、胸を撫で下ろした。その謎(なぞ)は未(いま)だに解き明かされていない。

                         THE END

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2015年4月 1日 (水)

短編小説集(73) お金は知っていた

 工場の旋盤前である。工員の甘煮(あまに)は手の動かし方が悪い! と、今日も先輩工員の薄味(うすあじ)に叱(しか)られていた。よく毎日、これだけ怒れるなぁ~と、つくづく働くのが嫌になるほどの怒られようだった。だが、甘煮はグツグツと薄味に嫌味(いやみ)で煮られても辛抱して耐え忍んだ。そんな甘煮だったが、工場から貰(もら)った給料はコツコツと蓄(たくわ)えていた。蓄えられたお金は集合して話し合っていた。甘煮が金融機関に預貯金する前、彼のお金達が送別会を兼ねて開催する[お疲れ会]と呼ばれる会議だった。
『いやぁ~、先月も怒られてたよ、ご主人』
「君は、今月、加わったお金だったね?」
「はい! 新入りのお金です。皆さん、よろしく!」
「と言われても、明日は預けられるからお別れなんだよ、実は…」
 先輩のお金は加わったお金にそう囁(ささや)いた。
「そうでした…。でも、いずれまた、このいい人の元へ集まりましょう」
「そうだな、そうしよう! なんといってもこの人は俺を呼ぶのに怒られてたし、汗をタラタラと掻(か)いていくれたからな。なんか、離れ辛(づら)い…」
「というか、離れたくないよな!」
「そうそう!」
「じゃあ、いずれまた、集まってこの人のために尽くそうぜ!」
 オォ~ッ! と人間には聞こえない掛け声が響き、甘煮のお疲れ会はお札(さつ)や貨幣で大いに盛り上がっていた。
 一方、こちらは工場から少し離れたところにある宝くじ売り場である。散々、買って貢(みつ)いだ挙句、やっと1等の前後賞¥200万を手にした塩辛(しおから)がお金を懐(ふところ)へ入れ、歩いていた。家へ戻(もど)った塩辛は北叟笑(ほくそえ)んで札束を見つめ、手金庫へと入れた。しばらくして、彼がいなくなった途端、手金庫のお金達はボソボソと呟(つぶや)き始めた。塩辛からの[逃避会]が彼の手金庫の中で、さっそく開かれたのである。
「運が悪い! こいつは働かずに我々を手に入れた!」
「そうだ! 早く、この男から離れよう!」
 塩辛の逃避会のお札達は満場一致で彼からの逃避を決議した。
 三年後、金融機関を出た甘煮の手元にお疲れ会の連中が再結
していた。彼のために働こうと戻ってきたお金達である。甘煮は自分のためではなく、家族のためのお金を預貯金していたのだった。一方、塩辛の手元には、すでに宝くじで得たお金達は残っていなかった。お金達は全(すべ)て彼から逃避したのである。塩辛は遊び金で彼等をすべて使い果たしたのだった。塩辛は遊び金で彼等をすべて使い果たしたのだった。手にした人々を、お金は知っていた。
 

                        THE END

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