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2015年7月

2015年7月31日 (金)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<43>

 試作器が完成したのは存外早く、次の日の朝だった。というのも、試作とはいえ、警報ブザーのコード延長の取り付けと、小次郎用に足で押しやすくするボタン改造だけだったからで、そう工夫されたものでもなかった。
「ははは…、出来た出来たっ!!」
 早朝、部屋から飛び出してきた里山のご機嫌はよかった。それは恰(あたか)も子供が夏休みの宿題の工作を完成させた喜びの顔に似ていた。昨夜、しばらくウトウトしたものの、里山はついに寝室へは入らず、書斎横の部屋で試作器を完成させたのだった。沙希代は昨夜、「何、作ってんのかしら?」と訝(いぶか)しそうに言って部屋を窺(うかが)いながら先に寝た経緯(けいい)があった。だから、まだ寝よく眠っていて、そんな事情になっていようとは露(つゆ)ほども知らなかったのである。それに、沙希代も今日は手芸教室が休みだったこともある。
「小次郎、出来たぞ! これだ」
 熟睡してすっかりいい気分だったところを叩き起こされ、小次郎は眠そうな瞼(まぶた)を不満ぎみに半開きにして里山を見た。小次郎の目の前には、どう見てもただのブザーがあった。それが何か? と訊(き)き返したいような代物(しろもの)である。
『ブザーですか…』
 溜め息を我慢して小次郎は小さく言った。主人の手前、あんたね! いい加減にしなさいよ・・とも言えず、小次郎はスルーした。サッカーの技法である。ただ、得点には結びつかないただのスルーだった。

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2015年7月30日 (木)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<42>

『防犯装置ってことですね?』
「ああ、そうだ。ドラの場合、別に何もしないから防犯っていうほどのことじゃあない。迷惑防止装置ってとこだ。人間世界では、迷惑をかけるだけでも防止条例違反で警察 沙汰(ざた)になるとこもあるからな。ドラの奴、猫でよかったよ」
『人間だとホームレスってとこですか。僕もそうだったんですが…』
 公園に捨てられた経緯(いきさつ)を想い出し、小次郎はテンションを下げた。
「いらんことを想い出させてしまったな」
 そのとき、遠くから沙希代の声がした。
「あなたぁ~、大丈夫! 長いお風呂ねぇ~!」
 里山は、しまった! と思った。ついつい長話になってしまった。とりあえずシャワーで体裁(ていさい)を取り繕(つくろ)おう…と、里山は慌(あわ)てて脱衣した。
『それじゃ、僕はこれで…。また夜にでも』
 そう言ったあと、猫語でニャ~~と鳴き、小次郎は浴室からキッチンへ戻った。
 次の日の会社の帰り、里山は、たまに寄る電気街のとある商店で必要部品を見繕(みつくろ)って買って帰った。
「どうだ? ドラは来たか?」
『いえ、今日も来てません』
「そうか…それはよかった。ははは…早く作らんとな。上手(うま)い具合に明日は会社休みだ」
 そう言って慌(あわた)ただしく夕飯を済ませた里山は、いつもの晩酌(ばんしゃく)もそこそこに部屋へ籠(こも)りきりになった。

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2015年7月29日 (水)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<41>

「小次郎、あとから例の話がある…」
『? はい…』
 沙希代がキッチンへ戻ったあと、里山は靴を脱ぎながら小声でそう言った。小次郎も人間語で小さく返した。小次郎には里山が何について話そうとしているのかは分かる。ただ、どのようなドラを近づけない手立てを思いついたのか? までは分からないから、気になっていた。
「先に風呂へ入る…」
 里山は沙希代にそう言うと、小次郎を手招きした。小次郎は黙って里山の尻に付き従った。里山は浴室へ入った。開いたドアから小次郎も入った。小次郎が浴室へ入ったのを確認すると、里山はドアを静かに閉めた。
『どんな手立てです?』
 小次郎はさっそく訊(たず)ねた。
「音だよ、音!!騒音装置だよ、小次郎」
『なるほど! 人じゃなく、音ですかっ!』
「そうそう。なにも人の必要はないんだ。要は、来たところで驚かしゃいいのさ」
『そうですよね!』
 小次郎は単純に得心した。
「装置は俺が作るから任せておいてくれ。な~に、機械は得意だからな。ブザーの応用さ。楽しくなってきたぞ!」
 里山は意気込んで言った。

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2015年7月28日 (火)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<40>

「ということは?」
『ええ、ドラの奴、ぺチ巡査の一件があってからは一度も顔を見せないんです。よくよく考えれば、巡査に驚かず逃げなかったのも、不思議といえば不思議なんですがね』
「それは、どういうことだい?」
『ええ、そのときは巡査じゃなく郵便配達のバイク音で逃げていったんですよ』
「それは妙な話だ」
 里山は首を捻(ひね)った。郵便配達のバイク音と巡査・・普通なら巡査だが…と思えたのである。
『長居をさせました。随分と夜も更けてきましたから、話は、この辺りで…』
「あっ! そうだな。じゃあ、策は考えとくよ。纏(まと)まったら家内がいないときにでも…」
『はい! 期待してます』
「ははは…まあ、当(あ)てにせず待っててくれ。それじゃ…」
 里山は闇に紛(まぎ)れ、キッチンから去った。
 そして数日が事もなく去った。里山から日々の会話はあったものの、ドラ対策の話は出ず、小次郎をやきもきさせた。幸い、ドラが姿を見せなかったから、小次郎は助かっていた。そして、その日も暮れようとしていた。
「ただいまぁ~」
 玄関戸が開き、里山が慌(あわ)ただしく帰ってきた。
「お帰りなさぁ~い。早いのねぇ~」
 沙希代がキッチンから早足で出てきた。里山としては、偉いご挨拶だな! と少しムカつく言葉だったが、長年そうだったから聞き流すしかなかった。

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2015年7月27日 (月)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<39>

『実は、かくかくしかじかでして…』
「なるほど。かくかくしかじかか…。そりゃ問題だ。で、この俺にどうしろと?」
『それなんですが。どうもドラの奴、根っからの人見知りっていうか、初対面に弱いっていうか…そうみたいなんですよ』
「ほう…。それが弱点と? それで?」
『ええ、だからその弱点を利用しない手はないと思うんですよ』
「なるほど…」
『そこで、ご主人の出番となります』
「どういう出番だい?」
 里山と小次郎の掛けあい漫才は続いた。
『だから、他人が近づけばいい訳ですよ。ご主人と奥さんが出られたあと、ほとんど人が来ないのがいけない』
「そんなこと言ったって、留守の家に誰か来られても困るじゃないか」
『ええ…。問題は、そこなんです』
「誰かに顔を見せてもらえば、いい訳だな?」
『そうなります…』
 小次郎は悟(さと)りきった導師のような厳(おごそ)かさで言った。
「考えてみるよ。数日、猶予をくれるかい?」
『はあ、それはもう…。別に急ぎませんから』
 小次郎は有難そうに言った。

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2015年7月26日 (日)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<38>

「で、話というのは?」
『実はですね。与太猫のドラについてなんですが…』
「与太猫のドラ?」
 初耳の里山は、分からないから首を捻(ひね)った。
『あっ! ご主人は知らないですよね。ドラは猫仲間から与太猫と呼ばれているゴロツキ猫なんですよ』
「ほう、そうなんだ…。で、そのドラが?」
『はい、それなんですが、物置前の軒下(のきした)に味を占めたみたいでして…』
「なるほど! 不法侵入ってやつだ。家主の許しも得ずに厚かましい奴だ!」
『一応、交番に対応してもらったんですがね』
「交番?!」
『猫の世界にも警察はあるんですよ』
「ほぉ~、それも初耳だ。交番ねぇ~、大したもんだな」
『大したかどうかは分からないんですが、とにかくぺチ巡査に来てもらったん訳です』
「ぺチ巡査?」
『ええ、交番の巡査です。もうお年で退職前なんですが…』
「ははは…退職前か。俺の方が若いってことだ」
『はあ、まあ…。で、ぺチ巡査の効果は余りなかったんですが…』
「なかったんかい!」
 一人と一匹の会話は、完全な漫才になっていた。

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2015年7月25日 (土)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<37>

「ただいま~! …おお小太郎、元気だったか」
 頭を撫(な)でられ、見りゃ分かるでしょ・・とは思ったが、小次郎は心に留めるだけにして辺りを窺(うかが)った。幸い、先に帰った沙希代は、風呂の水を入れに行ったらしくキッチンにはいなかった。
『ご主人、ちょっとあとから話すことがあるんで…。よろしいですか?』
 小次郎は人間語で話した。
「おおっ! その声、久しぶりに聞くな!」
 里山は変なところで感動した。
『どうでしょう?』
 沙希代が風呂場から戻るといけないので、小次郎は早口で訊(き)き返した。
「ああ、いいよ。じゃあ、家内が寝静まってから、ということで…」
『はい!』
 話は簡単に纏(まとま)まった。沙希代は講師として、好きな手芸に埋没しているから、疲れて帰ってくるのだ。それから夕飯の準備をするから、夜はすっかり疲れてしまうのだった。結果として、寝るのは早かった。里山は妻の傾向を熟知しているから安全策を取ったのだ。
深夜となり里山が寝室から起き出した。小次郎はジッ! と眼(まなこ)を凝(こ)らして待機した。
「… 待たせたな」
『いえ、こちらこそ夜分に呼び出して、すみません』
 里山と小次郎は紋切り型で会話を始めた。もちろん、人間語である。

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2015年7月24日 (金)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<36>

 その里山は先ほど勤めに出たから、帰りを待つしかないか…と、小次郎は目を閉じた。
 どれほど眠っただろうか…。小次郎が目を開けると壁時計は1時過ぎを指していて、疾(と)うに昼は回っていた。どういう訳か、この日に限って余り腹が空かなかった・・ということもある。それでも日々の単調なくり返しは怖ろしいもので、知らないうちにディっシュの中の餌を齧(かじ)って食べていた。里山が出がけに多めに入れておいたものだ。朝、昼分で、多めに入れてあった。育ちざかりの小次郎は、ここしばらくの間に、ひと回り大きくなっていた。そのことは自分でも自覚できた。小次郎は庭へ出てみることにした。一応、ドラがいないか物置の軒(のき)下を確認しておこう…と思ったからである。
 庭の足継ぎ石の下から外へ出ると、昨日、積もった雪はすでに融けていて、いつもの地肌が見えていた。とても枯山水とは言えない安っぽい造りの庭だが、それでも情緒だけは生意気にもあった。冬の日射しは弱く、傾きは速い。
 小次郎が物置の軒下へ回るといつもの静けさで。幸い、ドラは来ていなかった。昨日のことで懲(こ)りたか…とは思えたが、油断はできない。しばらくは見回る必要がありそうだ…と小次郎は他国の侵略を敬語する海上保安庁的に考えた。
 その後の日中は何ということもなく、平穏に推移し、夕方となった。最近、里山の帰りが沙希代のあとになる日が、とみに増えていた。小次郎は、ご主人が僕に対してマンネリに鳴ってこられたに違いない…と踏んでいた。媚(こ)びるのではないにしろ、もう少しニャゴらねば…と、小次郎は心ほ新(あら)たにした。

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2015年7月23日 (木)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<35>

追っかけることもなく・・と言えば聞こえはいいが、要は追っかけられなかった・・ということだ。
『まあ、今日のところは仕方ありませんね。ひとまず、厄介(やっかい)者は退散しましたから、また何かあれば、お願いします』
『そうかい? じゃあ、これで帰るとするか』
 ぺチ巡査は人間がする敬礼の所作を尻尾を高く挙げて曲げることで表現し、里山家をゆったりと去っていった。
 小次郎はぺチ巡査が去ったあと、庭の足継ぎ石の下から家の中へと戻った。凍傷を起こすんじゃないか…と少し心配だった足先の冷えも、キッチンへ戻(もど)ると、すっかり回復して痒(かゆ)くなってきた。まあ、いい傾向だ…と思いながら水缶の水をぺチャぺチャとやった。そして、フロアへ腰を下ろすと、床暖房カーペットの温(あたた)かみが、やんわりと身体を包んだ。小次郎は小さな幸せ感を感じた。目を閉ざすと、眠気に襲われかけたが、不意にドラのニヒルな顔が浮かび、ハッ! と、目を開けた。そうだ! ドラの撃退法を考えねば…と、小次郎はテレビで観た軍師よろしく、策を練り始めた。
腕力ではとても歯が立ちそうにないドラを里山家に近づけない策といえば、ドラの弱点を突くしかない。昨日の一件で、ドラは知らない人間に弱い・・ということが分かった。郵便配達のバイク音がしただけで飛ぶように逃げ去ったドラだ。この弱点を突かない手はない・・と思えた。だがそれには、人間の手がいる。ここは、里山に相談するしかないだろう…と小次郎は結論を出した。

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2015年7月22日 (水)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<34>

『凄(すご)むんじゃないよ。素直に答えなさい!』
『凄んでなんか、いやしないぜ。もって生まれつきの性格だ、こちとら!』
『いや、それは本官が悪かった。しかし、迷惑をかけてるとは思わないのかい?』
『別に…。だいいち、被害届けでも出たのかい? おまわりさんよ!』
『そう、居丈高(いたけだか)に言いなさんな。被害届けは出てないが、苦情がな…』
『誰から?!』
『それは言えん。お前、言えば脅(おど)すんだろ?』
『そんなこと、しやしねえよ。してから来いってんだっ!』
 与太猫のドラは大人しくなるどころか益々、凄みを増して強がった。ぺチ巡査もドラの剣幕(けんまく)には少々、手を焼いてるようだった。そのとき、いつもの郵便配達のバイク音が近づいてきた。それまで、大きな態度だったドラが豹変し、ビクついて立ち上がった。
『話の続きは、またなっ。あばよっ!』
 言っている内容は格好よかったが、ドラの身体はビクついて震え、言い終わるやいなや、疾風(はやて)のように走り去った。存外だったトラの豹変(ひょうへん)ぶりは、小次郎を驚かせた。どうも他所者(よそもの)には弱いようだ…と、ドラへの攻め口を見つけた小次郎は、それだけで大満足だった。
『逃げて行っちまった…』
 ぺチ巡査は年老いているせいかドラを追っかけることもなく、茫然(ぼうぜん)と見送った。

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2015年7月21日 (火)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<33>

 さて、二匹が物置の軒(のき)下へやってくると、与太猫のドラはお構いなしの高鼾(たかいびき)で気分よさそうに眠っていた。小次郎は、子猫を心配させておいて、いい気なものだ…と思った。
『君かね! この家(うち)に迷惑をかけているドラというのは!』
 起こす気もあったからか、ぺチ巡査はやや声高(こわだか)に、ひと声鳴いた。さすがに鈍(にぶ)いドラも、その声の大きさに目覚めたのか、ゆっくりと薄目を開け、普通猫の1.5倍はあろうか…と思える巨体を微動させながら起こした。内心では少しビクつきぎみのぺチ巡査だったが、立場上、弱みを見せられないだけに、見得を張って居(きょ)を正した。
『俺様に、なにか用ですかい?』
『聞いてなかったのかね。この家に迷惑をかけているそうじゃないか』
『猫ぎきの悪いことを言いなさんな。俺様は迷惑なんぞ、かけちゃ、いないぜ。誰が言ったか知らないが…』
 そう言うと、ドラは小次郎をジロッ! と一瞥(いちべつ)した。なんのことはない、目に見えない威嚇(いかく)である。お前がつまらないことを言ったんだろう! …と言ってるような鋭い視線を小次郎は感じ、少し怖(こわ)くなった。
『それなら、訊(たず)ねるが、君はこの家の者かね?』
 ぺチ巡査とドラの問答が始まった。むろん、語られるのは猫語である。小次郎はぺチ巡査の背に隠れるように成り行きを窺(うかが)った。

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2015年7月20日 (月)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<32>

『…なにか?』
『実は家に厄介(やっかい)者が居ついて困ってるんです』
『ほう、それはお困りでしょうな…』
 背筋を伸ばしたあと大欠伸(おおあくび)を一つ打ったぺチ巡査は、軽く返した。
『それで、すぐ来ていただけるでしょうか?』
『はあ、それはもう…。職務ですからな。それにしても冷えますなぁ~。若い頃はそうでもなかったんですがな。私もそろそろ定年でして、こういう日は…』
 そう言いながら、ぺチ巡査は重い腰を上げた。小次郎の先導で二匹は里山家へと向かった。小次郎の足指は、すでに感覚が失せるほど冷えきっていた。辺(あた)りはいつの間にか銀世界となり、吐息(といき)が白く煙(けむ)って流れ出た。まあ、徒歩三分ほどの道中だから、凍傷の心配はまずなかった。老巡査に気を配(くば)り、小次郎はいつもよりは歩く速度を落とした。
 里山家へ着くと、小次郎は物置小屋前の軒(のき)下へチョコチョコと直行した。後方には力強い? ぺチ巡査がヒョロヒョロと付き従った。
与太猫のドラは高鼾(たかいびき)を掻(か)いて眠っていた。人間が鼾を掻くように、猫も鼾を掻くのである。ただ、人間のそれとは違い、傍目(はため)には騒音ではないから分かりづらいのだ。人間には分からないが、猫達にはよく分かった。生まれついての違いである。
「ここです!」
 物置小屋が近づくと、小次郎はぺチ巡査に、片手を上げて指さした。まあ、猫の場合、一本の指で・・ということはないから、手招(てまね)きした、と表現した方が的(まと)を得ているのかも知れないのだが…。

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2015年7月19日 (日)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<31>

 ⑤案は、如何(いか)にも①の見過ごす案に陥(おちい)る危険性が高い。というのも、この天候だから考えているうちにウトウトと眠り、気づけば昼過ぎということもあり得た。僕達はよく眠るのだ。だいたい、一日の三分の二は眠っている。これは危うい危うい…と、小次郎は否決した。ということで、残った⑤案の警察猫のぺチを呼ぶ・・に小次郎の思案は固まった。他力本願ながら、④のように戦うことは避けられる。だいいち、あの与太猫のドラに勝てるとは思えなかった。他国ではないが、他猫の加勢を頼む集団的自衛権とかの話にはならない。さて、そう決まれば、ただちに動くだけである。小次郎は素早く立つと、床下から潜(もぐ)り、庭の足継ぎ石の前から外へと躍(おど)り出た。地面は早くも雪が積もり、薄白くなっていた。幸い、物置の軒(のき)下にドッペりと籠(こも)るドラの位置からは正反対である。小次郎は、スタコラと警察猫ぺチがいる猫交番へと急いだ。
 猫交番は里山の家から徒歩三分ばかりの所にあった。もちろん、猫足での三分である。割合、近かったから、小次郎には何かと好都合だった。
 猫交番のぺチは、ウトウトしていた。猫交番は誰かが捨てたリンゴの木箱で出来ていた。出来ていた…と言えば語弊(ごへい)があるから言い直せば、横向けに置かれていた・・というのが順当なものだった。
『あの、もし…』
 鼻頭を小次郎にナメナメされた猫巡査のぺチは、目覚めたのか薄目を開けた。

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2015年7月18日 (土)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<30>

 里山が出勤してしばらくすると、沙希代も家を出た。
「帰りに積もらなきゃいいけど…」
 そう言いながら玄関戸を施錠する沙希代の声が聞こえた。小次郎は聞かぬ態(てい)で目を閉じていた。それから数分後のことである。突然、猫の鳴き声が小さく響いてきた。小次郎は勘(かん)が鋭(するど)く、ドラが来たか…と、瞬時に判断した。さて、挨拶に出たものかが悩ましい…と小次郎は軍師よろしく、思案に暮れた。悩ましい…とは、囲碁プロの解説者が語る常套句(じょうとうく)である。次の一手が問題で迷うのだ。里山が囲碁番組をテレビで観るうちに、自然と小次郎も覚えたのである。軍師よろしく・・というのも、里山が観ていたテレビの影響だった。さて、次の一手だが、この場合、①寝たまま見過ごす、②偶然外へ出た態で挨拶する、③警察猫のぺチを呼ぶ、④加勢する仲間(軍勢)を集め、戦う⑤その他の策を寝たまま考え続ける・・というものである。④は昨夜、観たテレビの影響が大きかった。①~⑤案のいづれにしろ、ドラとはこのまま付き合いがなくなるとは思えなかった。小次郎の知恵が試される時が近づいていた。まず④は自衛権の行使だが、戦闘行為となれば傷つくこともあり、明らかに憲法違反となる公算が大きいから即時に否決した。②は偶然、外へ出た・・というのが、見るからに不自然に思え、否決することにした。こんな雪が降る寒い朝に歩きまわる猫は少ないからだ。普通は冬籠りで炬燵(こたつ)で丸くなる・・が相場なのだ。①の見過ごすというのも、里山家で住んでいる以上、如何(いか)にも無責任に思え否決した。さて残るは、③と⑤案である。

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2015年7月17日 (金)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<29>

 物置小屋前の軒(のき)下には、ちょうどいい具合のスペースがあり、そこは雨露(あめつゆ)を凌(しの)げる格好の場所だった。ドラはそのうま味を知ったのだ。雪が降り始めた早朝、そのドラがやってきて軒下へドッペリと籠(こも)り始めた。一度(ひとたび)腰を下ろせば、ドラは梃子(てこ)でも動かない。少々、腹が減っていようと、立ち上がろうと自分で思わなければ、三日でも四日でもそこを動かない性分(しょうぶん)の持ち主だった。そんなドラが来ているとは知らない小次郎は、キッチン下のフロアで朝食のドライフードを齧(かじ)っていた。里山と沙希代もテーブルで食べていた。夏冬は小次郎も玄関外へ出されることはなく、家の中で暮らしていた。むろん、里山夫婦が知らない外へ出る極秘ルートはあった。玄関の床下から潜(もぐ)り、庭の足継ぎ石の前から外へ出るルートである。外では雪が降っているようだった。キッチンの窓ガラスの明るさ具合と底冷えから雪だ…とは思えた。外は深々と雪が降り積もっているようで、物音一つしなかった。朝食を食べ終えた小次郎が目を閉じて寛(くつろ)いでいると、急に頭へ人の手のような感触を覚えた。ビクッ! として小次郎が目を開けると、里山が目の前にしゃがんで見つめていた。
「じゃあ、行ってくるよ…」
 小次郎の頭を撫でながら里山は笑顔で言った。沙希代が傍(そば)にいる手前、人間語で『行ってらっしゃい!』とも言えず、小次郎は猫語で「ニャ~!」とだけ鳴いた。

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2015年7月16日 (木)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<28>

 里山達が出かけたあとの里山家は、いつもの静けさが戻(もど)っていた。この頃になると小次郎は里山家を中心にして半径約100mほどを自分のテリトリー[領域]としていた。昨夜、里山がテレビのニュースを観ながら、ふと呟(つぶや)いた言葉が小次郎の耳に残っていた。
「また、国境紛争で戦争か…」
 小次郎の場合、国境は、この家からほぼ半径100mの円内が国境となる。里山の場合は、里山家の生け垣までだ。そう考えれば、自分の方が里山より大きな国土を持っている大国ということになる。いわば、里山よりは自分の方が強い? いや、いやいやいや…そんな強い国王が弱いご主人に飼われているというのは、どうも不自然だ。小次郎は、朝からウトウトしながら哲学的な思いに耽(ふけ)っていた。この秋にふと、出会った与太猫のドラは猫語しか話せないのに、ふん! 俺なんか1Kmだぜっ! と自慢しながら凄(すご)んだことがあった。あんたは猫語しか話せないんだから、そう息巻(いきま)くほどのこともないんじゃ…と小次郎は口に出かけたが、腕っ節(ぷし)では負けそうだったから、思うに留めた。
 最近、そのドラが里山家にちょくちょく出没するようになっていた。というのも、ドラはこの界隈(かいわい)の猫仲間から与太猫という有り難くない名を頂戴しているゴロツキ猫なのである。居心地のいい住処(すみか)があれば、そこに何年でも居つこうという悪い魂胆(こんたん)を持った猫だった。そのドラがこの冬の寒さに耐えきれず縄張りとする1Km圏内を徘徊(はいかい)していたところ、偶然にも居心地がいい里山家に行き着いたという寸法だ。

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2015年7月15日 (水)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<27>

「お前も、家(うち)にすっかり馴染(なじ)んだな…」
『そりゃ、馴染みますとも…。数ヶ月も経(た)ちましたから』
「どうも君達猫族と我々人間とは時間感覚が違うようだな」
『そりゃそうでしょ。僕達はご主人のように長生きは出来ませんから…』
「ああ、そりゃまあ、そうだ…」
 里山は、つまらないところで合点して頷(うなず)いた。
『里山家の概要は分かったつもりですが、今一つ、家的に分からない点が…』
「なんだい?」
『お二人は、ずっとお二人なんですか? 他に、ご家族の方とか…』
 以前から思っていた素朴な小次郎の疑問だった。その言葉を聞いた途端。突然、里山の表情が暗くなった。小次郎は拙(まず)いことを訊(たず)ねてしまったか…と、後悔(こうかい)した。
「ははは…。それはいろいろと事情があってな…」
 しばらく時期が過ぎたあとから分かったことだが、里山夫婦は子供に恵まれなかったのである。
「つまらないことをお訊(き)きしました。申し訳ありません」
「いやいや…」
 里山はすぐに否定したが、少し応(こた)えたようだった。座がすっかり、しめっぽくなった。小次郎は、僕がご夫妻を癒(いや)さないと…と、子供心に早熟(ませ)て思った。

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2015年7月14日 (火)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<26>

『失礼ながら、あの盗作まがいの作でございますか?』
 小次郎は思わず訊(たず)ねていた。生け垣や・・の句では如何(いかが)なものか…と思えたからである。
『いやいやいや、アレではありません。肌寒(はだざむ)を 寝床(ねどこ)となせる …時近し でござるよ』
『いい句ですが、なんか物悲しいですね…』
『有名猫にならなければ、まあ、こんなものです』
『駅長とか、テレビCMに出たりとかの連中もいますが…』
『すべては運次第ですな、ははは…。私は、これだけのものです。では…』
 股旅は腰を上げ、尻尾で軽く挨拶をすると生け垣から去っていった。小次郎はニャ~~! と別れの声で最後のひと鳴きをし、ただ、見送るだけだった。
 月日は巡り、小次郎が里山に拾われて初めての冬がやってきた。猫の数ヶ月は人間の一年以上に匹敵する。小次郎は人間に換算すると、すでに中学生に近づいていた。里山家の大まかを調べ終えた小次郎は、日々、人間考察に明け暮れていた。人とは…という課題である。里山と沙希代の二人をまず知ろう…というものだ。里山家以外の人間は、その次の段階として考えていた。
 これということもなく、里山は休日の昼下がり、暖炉前でウトウトしながら寛(くつろ)いでいた。いつの間に現れたのか、里山がふと気づくと、自分が座るソファーの長椅子の横に小次郎がいて、里山と同じように寛(くつろ)いでいた。沙希代は買物に出ていなかった。

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2015年7月13日 (月)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<25>

『おお! 一句、出来ましたぞ! … 生け垣や ああ生け垣や 生け垣や』
『… どこかで聞いたような…』
『… そういや、そんなのがありましたかな、ははは…』
 股旅は優雅に笑った。先生! 盗作はいけません、とも言えず、小次郎も遅れて愛想(あいそ)笑いをした。
『じゃあ、僕はこれで…。ご主人達が起きる前に引き上げます』
 小次郎は股旅が餌(えさ)を食べ終えるのを見届けると、そう言いながらペットディッシュを口に咥(くわ)えながら生け垣を抜けた。
 外が白々と明け始めたのは、しばらくした後だった。小次郎は庭の足継ぎ石の下から家の中へと戻り、何食わぬ顔でキッチンのフロアへ身を横たえた。
「じゃあな。股旅先生に、よろしくな」
『はい! いってらっしゃい』
「ははは…そういう堅苦しいのは無しにしよう。そこは、ニャ~~でいいぜ!」
 朝、慌ただしく里山が家を出ると、小次郎は生け垣へ股旅の様子を見に行った。股旅はすでに起きていて、身支度を整え小太郎を待っていた。
『先生! その身支度は?!』
 人の目には猫の姿であって、昨日と何の変化もない。しかし、猫世界ではグルーミングとかの具合で微妙な身の変化が見えるのだった。
『ははは…なんのことはござらん、小次郎殿。句も出来たによって、旅立とうと存ずる…』
 股旅は尻尾(しっぽ)を丸くして背筋を伸ばした身に巻き、斜(はす)に構えた姿勢で静かに言った。

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2015年7月12日 (日)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<24>

 次の朝は、事もなげに過ぎた。いつものように里山は出がけに小次郎の世話をして出た。むろん、水缶は新しい空き缶を準備して玄関外へ餌入れ、猫鍋とともに置いておいた。事もなげ・・というのは人間社会で生存する里山夫妻の朝であり、子猫の小次郎が生存する世界は慌(あわ)ただしかった。小次郎は夫婦がまだ寝静まっている早朝から起き出し、密かに外へ抜け出た。里山の家は古い日本家屋だったから上手(うま)い具合に抜け出せるルートは確保できていた。床下へ潜(もぐ)ると、庭の足継ぎ石の前から外へ出られる寸法だ。
『先生、お加減は?』
『おお…小次郎殿か。態々(わざわざ)、すまぬのう。造作をおかけいたす。だがもう、すっかりよくなり申した』
 俳猫の先生だけに、古風な言い回しをされる…と小次郎は思った。
『これ、僕の食べ残しですが、少しお持ちしました。失礼ですが、よければお食べ下さい』
 小次郎はドライフードが入ったペットディッシュを咥(くわ)えて生け垣まで運んできたのだった。
『おお! これは、かたじけない。腹がひもじくなっておったところです』
 腹が減った・・と言わないところは、さすがに俳猫の先生だ…と、小次郎は感心した。股旅は餌を食べ始めたが、その速さは緩慢で、小次郎にはとても空腹とは思えない。
『どんどん食べて下さい!』
『ははは…わが身はもう歳ですからのう、小次郎殿』
 股旅はそう言うと、静かに水缶の水をぺチャぺチャと飲んだ。

  ※ 猫鍋=猫用に作られた鍋型をした寝床。籐製やその他各種が各季節に応じ、販売さ
        れている。

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2015年7月11日 (土)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<23>

『もう、すっかり具合いいそうですが…。数日はこちらにご滞在だと』
「先生と聞けば、ご丁重にもてなさないとな。里山の家の名折れになる」
『全国をお周りになっておられるそうですから…』
「まるで芭蕉だな…」
『股旅(またたび)と申されます』
 小次郎は少し厳(おごそ)かに言った。
「股旅…」
 何を思ったのか、里山は噴き出しかけて、思わず口を手で塞(ふさ)いだ。この言葉を聞けば、人間世界の時代劇では股旅物として使われ、各地を旅して渡り歩く博徒(ばくと)達が義理人情に生きる姿を連想し、片や、猫の好物とされるマタタビをも連想させる。里山は同時に二つをダブって思い浮かべ、笑えたのだ。
『妙な俳号とは僕も思ったんですがね』
「生け垣の下にお住まいとは…。今はいいが、夏冬はお辛(つら)いだろうに…」
 里山は敬語づかいになっていた。
『ええ、そう思うんですが、どうも野宿が性(しょう)に合っておられるご様子です』
「まあ、本人の自由なんだが…。そんなことより、先生は人間語を話されるのかい?」
『はい、話されます。僕も人間語を話す猫に出会ったのは、先生が初めてです』
「貴重な猫だなぁ~」
 里山は腕を組んで感心した。夜は深々と更けていった。

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2015年7月10日 (金)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<22>

「夜遅くに悪いねぇ~。なにせ、家内がいるところでは君と話せないからな」
 キッチンのフロアの一角には、小次郎専用の寝床が誂(あつら)えてある。もちろん、沙希代ではなく里山が買ってきたのだが、小次郎はその籐(とう)で編まれた猫鍋の中で眠っていた。小次郎はその中で里山の呼びかけに目覚めた。
『…何だったでしょう? ご主人』
「いや、なに…。缶の話の続きさ…。まあ、ウォーターボールは買うつもりしてたんだけどね。缶では、なんだからさあ~。で、どうよ?」
『実は猫事情がありましてね。行き倒れのご老猫がおられたので、そこへ…』
「どこへ?」
 間髪いれず、里山は訊(き)き返した。
『生け垣の下です…』
「生け垣の下って、庭の?」
『はい、庭の…』
「今も、その下におられるのか?」
『はい、今も。なにぶん、ご老猫で…』
「それは、お気の毒な…」
『俳猫の先生だそうです』
「俳猫?」
『ええ、俳猫です。…俳人ですよ』
「なるほど…」
 里山は腕を組んで頷(うなず)いた。

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2015年7月 9日 (木)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<21>

「まあまあ! 詳しい話は改めて…」
 言い終わる前に、すでに里山は家の中へと入っていた。その速さは尋常ではなかった。瞬間、ご主人は恐妻家だ…と小次郎は思った。それでも玄関戸は少し開いていて、小次郎が中へ入れる程度の隙間(すきま)は確保してあった。咄嗟(とっさ)に出た動きなんだろうが、里山の優しい内心を小次郎は知る思いがして、まんざらでもない気分で玄関へ入った。
 キッチンでは二人が無言で夕食を食べていた。沙希代の食べっぷりは大勢で、すでに水缶のことは忘れているようだった。小次郎は、いつもの自分のブースで静かに身を横たえ、二人の様子をそれとなく観察した。
「…そうそう、さっきの話」
 小太郎の姿に気づいた沙希代が語り出した。拙(まず)い! キッチンへ入ったのは早計だったか…と、小次郎は思った。
「あっ! あれな。俺が別のとこへ置いて出たんだった…」
 事情は小次郎から聞いていたから、里山は適当な逃げを打った。
「あらっ! そうだったの? 確か、出がけには見たような気がしたけど…」
「ははは…毎日のことだから記憶違いさ、きっと」
 里山は笑って誤魔化した。これも恐妻家の里山の日々、鍛錬した成果のように小次郎には感じられた。
 深夜となり、沙希代が寝静まったのを確認して、里山はこっそりと寝室を抜け出した。

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2015年7月 8日 (水)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<20>

「あれ? ほんとだ、ない…」
 里山は左右をキョロキョロと見回した。
「でしょ! …あんなもの盗る人っている?」
「ああ…、まあ、いないだろうな」
「でしょ!」
 小次郎は薄目を開けながら、でしょ! の好きな人だな…と、眠そうに思った。ご主人! 僕だよ、僕! と言いたいところだったが、沙希代がいる手前、人間語では話せないから聞くに留めた。そのうち、また本格的な眠気に襲われ、小次郎はスヤスヤと深い眠りに誘(いざな)われていった。
 小次郎が目覚めたとき、外はすっかり暗くなっていた。
「おい! 風邪引くぞ」
 声をかけたのは里山だった。
『あっ! もう夜ですか…。どうも…』
「そうそう、夕方さ、家内と話してたんだけどね…」
『水の缶ですか?』
{聞いてたのかい?}
『ええ、まあ…。聞いていたというか、聞こえてました。その話ならご安心を。事情で僕が移動しましたので』
「そうか…。だろうな。そうじゃないかとは薄々、思ってたんだ」
 そのとき、家の奥から里山を呼ぶ大きな声がした。
「あなたぁ~~! 夕飯にしますからっ!」
 いつまでも、なにをモタモタしてるんだ!  とでも言いたげな怒り口調である。里山は警戒警報を発令して少し慌(あわ)てた。

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2015年7月 7日 (火)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<19>

「あらっ? お水入れがなくなってるわ…どうしたのかしら?」
 玄関の鍵を開けようとした沙希代が、水入れの缶がなくなっていることにふと、気づいた。小次郎は、何事ですか? 的な落ちつきで横たわって眠るふりをしていた。そこへ、珍しく早く帰ってきた里山が公園前の歩道を急ぎ足で帰ってきた。
「あら? 早いわね」
「まあな…」
 里山は気がかりで一目散に会社を出たのだった。ここしばらく、小次郎のことで仕事も手につかない里山だったが、幸い、ここしばらくは決裁書類に目を通して認印を押す程度で済んだから助かっていた。そんな里山だったから、退社の定刻になると飛び出したのである。
「道坂君、あとは頼んだよ!」
「あっ! 課長! …」
 唖然(あぜん)とした表情で課長補佐の道坂は見送ったのだった。
 そうした一連の流れがあり、里山は慌ただしく会社から帰ってきたのだ。
「どうした? 中へ入らないのか?」
 沙希代がスンナリと中へ入らないので、里山は訝(いぶかし)げに訊(たず)ねた。
「そうだわ! あなたに訊(き)けばよかったんだ」
「なにを?」
「出がけに水缶、出してたわよね?」
「ああ…」
「見てよ。怪(おか)しかない? ないのよ…」
 視線を足下(あしもと)へ落として言う沙希代に続き、里山も視線を下へ落とした。

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2015年7月 6日 (月)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<18>

 詳しく聞いているうちに、少しずつ小次郎は訳が分かってきた。どうも数日、めぼしいものを食べていないことによる体力の衰え・・と判断できた。小次郎も捨て猫だったから、身につまされた。
『そうでございましたか…』
 小次郎は、いつの間にか敬語で話していた。
『いや、なに…。まあお恥ずかしいながらも、そのようなことで生き延びて参った次第…』
『この地には?』
『数日もいようか…と、思っております。いい句が出来ればすぐ発(た)つつもりでおりますが…』
『ごゆるりと…』
 いつの間にか話す内容が高尚になっていた。
『随分と楽になりました。小一時間も、こうしておれば…』
 そう言いながら股旅は身を崩し、元のように横たわった。
『お口に召すかどうかは分かりませんが、折々に食のものを運ばせていただきます』
『お気づかいなく…』
 股旅は軽く頭を下げた。しばらく、あれやこれやと話していたが、話が途切れたので小次郎は生け垣から遠退(とおの)いた。
 その後、小次郎がキャットフードの粒を少し運んだ以外は事もなく夕方となり、沙希代が手芸教室から帰ってきた。

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2015年7月 5日 (日)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<17>

 小次郎は口で咥(くわ)えようとしたが、入った水で缶は重かった。小次郎は咥えながら缶を斜めにして水を半分ほどに減らし、ふたたび咥えた。今度は行けそうだ…と判断した小次郎は缶を咥えながら植え込みへと急いだ。
『水ですよ…』
 小次郎は生け垣の下へ缶を置いた。
『ああ、どうも…』
 老猫はゆっくりと半身(はんみ)を起こすと、缶の中へ顔を潜(もぐ)らせ、水を舐(な)め始めた。
『あの…あなたは?』
 小次郎は、少し待ってから訊(たず)ねた。老猫は水を飲んで少し容体(ようだい)がよくなったのか、ヨッコラショと完全に立ち上がると、またキッチリと正座し、身なりを正した。
『失礼をいたしました。私は全国を旅しながら句を詠んでおります俳猫でございます。ああ…俳名を股旅(またたび)と号します』
『それはそれはご丁重(ていちょう)に…。僕は小次郎と申します』
 小次郎は股旅と聞き、思わず噴き出しそうになったが、そこはグッ! と我慢した。
『ほお、小次郎殿か。以後、ご昵懇(じっこん)に…』
 股旅は挨拶代わりに小次郎の身体をスリスリと顔で撫(な)でつけた。小次郎はこそばゆかったが、俳猫の先生でもあることから、我慢した。
『先生は、なぜこのようなところに?』
『よう訊(き)いて下された、小次郎殿』
 股旅は行き倒れていた経緯(いきさつ)を語り始めた。

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2015年7月 4日 (土)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<16>

 しばらくすると、赤いバイクが止まり、相手の正体が判明した。郵便局員だった。荷台から出した手には郵便物を持っていて、素早く手馴れた所作で郵便受けへ投函(とうかん)した。局員は直後、水が入った缶詰に目をやったが、小次郎には気づかず、バイクに乗っていなくなった。よし! もう、いいだろう…と、小次郎はチョコチョコと玄関へ戻ろうとした。そのときである。
『あのう…すみません…』
 どこかで、か細い声がした。小次郎は辺りを見回したが、人の姿は見えず、気配もなかった。小次郎は、そんな訳ないよな…と、缶の水をぺチャぺチャと舌飲みした。そのとき、また声がどこからともなくした。
『あのう~…その水でいいんで…』
 やはり、か細い声である。小次郎は、もう一度、辺りを見回して叫んだ。
『どこなんです!! 僕には見えません!』
『ここ…ここにおります』
 小次郎は声がした方向へ緩慢(かんまん)に歩いた。生け垣の下にその姿は横たわっていた。なんとも貧相な、一匹の老猫だった。小次郎は急いで生け垣の下へ小走りした。人間の言葉を話す猫は自分だけだと信じていた小次郎である。まさか、自分以外に話す猫がいようとは…という驚きが心に湧いた。今は、そんなことを考えている場合ではない。
『どう、されました?』
『いや、なに…。ほんの立ち眩(くら)みです。水を…』
『ああ、はい!』
 小次郎は玄関へ駆け戻った。

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2015年7月 3日 (金)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<15>

 奥さんに嫌われポイ捨て…という恐怖感が付き纏(まと)っていた訳だ。どうも、あの沙希代さんは油断ならない…と小次郎は判断していた。
 それから数日、小次郎の様子見が始まった。まあ、よくよく考えれば、公園に捨てられていた不幸な境遇だったのだから、様子見などと贅沢(ぜいたく)は言ってられないのだ。揉(も)み手で里山夫婦のご機嫌を取る訳にはいかないが、ニャ~のひとつも愛想よく鳴いてみるくらいは…と、小次郎は大人びて思った。どうも、僕は頭がいいぞ…とは小次郎も常々、感じていたが、人間の言葉が話せる特技の持ち主は、世界で僕をおいてない…とは確信できた。
「行ってくるからお利口にしてるのよ…」
 里山が出たあと、しばらくして沙希代が手芸教室へ行く準備を済ませ、玄関戸を施錠した。もちろん小次郎の諸物は、里山が出かける前に玄関外へ移動してあった。
 沙希代がいなくなると、小次郎にとっては我が世の春となる。季節は寒さが増していく秋半ばだったが、凍(こご)える心配もなく、飢えることもまずないだろう…と思えた。里山に擦(す)り寄った、ひもじかった日々が苦(にが)く浮かんだ。現実は、この玄関にいる今だ。小太郎は優雅に玄関前の庭を愛(め)でながら両目を瞑(つむ)った。そのときである。慌ただしく近づくバイク音がした。緊急警報、発令! である。小次郎は跳ね起きると玄関から床下(ゆかした)へと素早く走り、身を隠した。そして、近づきつつある物体を確認しようと目を見開いた。薄暗い床下だから、玄関からは注視しないと小次郎は見えない。

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2015年7月 2日 (木)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<14>

『有難うございます。よろしくお願いいたします』
「随分、他人行儀? いや、他猫行儀だな」
 里山は、ははは…と笑い、小次郎はニャニャ~と笑った。
「シィ~! いかんいかん。気づかれりゃ、大ごとだ」
『そうでした…』
 一人と一匹はトーンを下げた。
『それは?』
 小次郎が片手を上げて里山の持つ袋を示した。
「ああ、これ? ジャガイモを油で揚げた菓子だよ」
『美味(おい)しそうですね…』
「こんなもの、食べるのかい?」
『ええ、ものによっては…』
 里山は袋から少し摘(つ)まんで小次郎の前へ置いてやった。小次郎は最初、舌でペロペロと舐(な)めていたが、いける! と思ったのか、器用に食べてしまった。
『…なかなかの味でした。また、頼みます』
「ははは…こんなもんでよかったら、いつでも」
 里山は缶ビールをグビリと飲み、小次郎はペロペロと水を舐めた。小次郎の気分は、里山家入門試験に晴れて合格した安心感と喜びに最高潮だった。ただ反面、余り浮かれ過ぎるのも如何(いかが)なものだろう…という有頂天になれない冷(さ)めた気分もあった。

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2015年7月 1日 (水)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<13>

「分かった。じゃあそうするわ…。で、名前はどうするの?」
「ああ、名前は本人から聞いてあるんだ」
「えっ?」
「いやいや、小次郎って決めてるんだ」
「オスなんだ…。立派なものをぶら下げてるって訳ね。それにしても、小次郎って、なんかダサくない?」
「ははは…いやいや、いい名だ。日本って感じがな」
 里山は小次郎を見ながら言った。小次郎は『そうですとも!』と小さく呟(つぶや)いたあと、ニャ~と大きく鳴いた。よく考えれば、里山が命名した訳ではない。里山はあとから直接、本人ならぬ本猫に訊(き)こう…と思ったが、どうも小次郎自身が付けたふうに思えた。
 この日を境にして、小次郎は里山家の一員に合格し、晴れて住まわせてもらえることとなった。
「いやぁ~、おめでとう。合格、合格。大合格!」
 沙希代が寝静まった深夜、里山はコッソリと起きた。小次郎と約束していた合格祝いである。里山はフロアに胡坐(あぐら)を掻(か)いて小次郎に対峙(たいじ)した。フロアの上には、この日のためにと買っておいた最高級の猫缶などの猫専用食品が所狭しと広げられた。里山は手に缶ビール一本とポテト揚げの市販袋を持っていた。

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