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2015年8月

2015年8月31日 (月)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<24>

というのは、[ おやっ? なにか、話してるんじゃないか? ] と、初めて知った態で沙希代に話しかける・・という穏やかな話の切り出し方である。そうすれば、受けるショックは小さいだろうし、[そおう…?] と疑いながらも少しずつ事実として受け入れられる心理的な効果もある。猫が話せるなど、到底、科学では有り得ないのだから、沙希代に事実を受け入れさせるには、もう、その方法しかないだろう…と思え、里山は決めたのである。
 次の日は会社休みだった。里山は朝食もそこそこに家庭用のビデオカメラを取り出し、バッテリーの充電を始めた。横には沙希代がいて、のんびりとテレビ番組を観ていた。
「おい! そろそろ始めるぞ」
「…どうぞ。小次郎は眠ってるわよ、ほら」
 沙希代は無関心な声を出した。キッチンの隅(すみ)では、確かに小次郎は眠っている。里山は、しまった! と悔(く)やんだ。事前に小次郎へ状況説明をし、起こしておかなかったのは失態だった。だが、もう遅い。コトは始まっていた。里山はコンセントへコードを差し込む足で小次郎を揺り動かした。小次郎は眠い目を僅(わず)かに開いた。だが、今日、カメラを回すと里山に聞いていなかった小次郎は、何事だ? と訝(いぶか)しく思った。
「おい小次郎、起きろ。そして動いて話すんだ…」
 里山は沙希代に聞こえないような小さな声で小次郎にボソボソ…っと言った。小次郎は眠いながらも立つと背を長くして緩慢(かんまん)に伸ばした。人間で言うところの欠伸(あくび)である。

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2015年8月30日 (日)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<23>

人間語を話す小次郎の姿を沙希代が見れば、驚いて下手をすると卒倒するだろうが、自分が説明するよりは手っ取り早いだろうと考えたのだった。
 テレ京の駒井から電話が入ったのは夕食が終わった7時半前だった。この前の電話もその頃だったから、里山はある程度、心の準備はしていた。
「はい! 里山ですが…」
 電話音がした途端、待ちかまえていたかのように里山が受話器を手にした。
[夜分すいません。テレ京の駒井です。先だっての件でお電話させていただきました]
「はい。数日はかかると思いますが、送らせていただくことにしましたので、なにぶんよろしく…」
[あっ! そうしていただくと、担当ディレクターとしても有り難いです。まあ、流す流さないはテープ次第ということにはなりますが…]
「はあ、それで結構です。驚かれると思いますが…」
[えっ?]
「いや、べつに…」
 口が滑(すべ)りそうになり、里山は慌(あわ)てて誤魔化した。
[…では、お待ちしておりますので、よろしくお願いいたします]
「はい、分かりました…」
 里山はそう言うと、静かに電話を切った。いずれにせよ、小次郎が話せば沙希代が驚くだろうし、駒井だってテープを見れば驚愕(きょうがく)することは必定だ…と里山は思った。まあ、その辺りも考えていない里山ではなかったのだが…。

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2015年8月29日 (土)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<22>

 人間の世界で使われるホットラインは某国と某国との秘密の通話回線だが、小次郎の場合の意味は小さく、単に内と外だった。
 そんなことで、小次郎は玄関外で帰ってきた里山に①人間語を話せることを言う→②人間語で話すVをテレ京へ送る→③家では異動話を内緒にし、会社で断ってもらう・・という順序策を授(さず)けた。
「上手(うま)くいくかな?」
 里山は逼迫(ひっぱく)した状況にもかかわらず、人ごとのように落ちついた声で言った。
 家の内外を問わず、暑気が少し出ていた。五月末になると、最近は、めっきり暑さが出た。里山は背広から愛用の浴衣(ゆかた)に着がえた。肩が解(ほぐ)れるうえに、この足でバスルームへ行くのに簡便だったこともある。里山は着がえを手伝う沙希代にそれとなく言った。
「小次郎が話すんだよ…」
「えっ? なに、それ? …ああ、テレ京の話?」
 沙希代は里山が言った意味をとり違えた。里山は急に話しても無理だな…と思った。①を②でやろう…と、小次郎が授けた順序策を少し変化させることにしたのだ。
「ああ、まあな…。今夜、テレ京の駒井さんから電話が入るだろう」
 里山は自分に言い聞かせるよう、ゆったりと言った。
 里山が考えた①を②でやろう・・とは、ホームビデオで撮影している中で小次郎に人間語を語らせよう、というものである。人間語を話す小次郎の姿を沙希代が見れば、驚いて下手をすると卒倒するだろうが、自分が説明するよりは手っ取り早いだろうと考えたのだった。

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2015年8月28日 (金)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<21>

「明日の晩、テレビ局の電話があるから、それまでに宜(よろ)しく頼むよ。会社の方は日があるから、まだいい」
『はい…』
 里山と小次郎はキッチンへ戻った。沙希代は夕飯準備に余念がなかった。
 小次郎は考えた。里山は会社のことは…と言ったが、どう考えてもテレビ局の話と会社の異動話は関連するように思えたのである。小次郎は里山を食わせていく自信があった。飼う飼われる関係での主客転倒の発想である。自分が稼いで、ご主人にはマネージャーで管理してもらい、里山家の家計へはガッポリ入れよう…という算段である。ただこれは、かなり理想的な展開になった場合であり、サッパリ! という可能性も多分にあった。しかし、時間的な余裕は、もうなかった。明日の夜にはテレ京の駒井から電話が入るからだ。ご主人に支社への出向で気苦労はさせられない…という点も考慮に入れれば、これしかない! という策だった。①人間語を話せる→②人間語で話すVをテレ京へ送る→③家では異動話を内緒にし、会社で断ってもらう・・という順序策である。
 小次郎は出した策を翌朝、出勤前の里山に告げた。
「有難う。詳しいことは帰ってから聞くよ」
 大まかな話を小次郎から聞いた里山は、そう言うと家をあとにした。
 夕方、小次郎は沙希代に気づかれぬよう庭から外へ出た。内外の出入りで確保している秘密の通路である。小次郎はこの通路をホットライン・・と呼んでいた。

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2015年8月27日 (木)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<20>

「社内での異動はいいんだが、出向は、さすがになあ~」
「そうですよ! 当然です。私なら即、やめます」
 道坂が、また怒り顔で言った。
「君らはまだ若いから、採ってくれるところはあるがな。俺の場合、そうはいかん」
 里山はしんみりと、おにぎり定食に付いたきつねうどんの麺をひと筋、啜(すす)った。
「なに言ってるんです。課長だってまだ若いじゃないですか」
 田坂は、やんわりと里山を慰(なぐさ)めた。里山は、しばらく考えてから結論を出すよ・・と、二人に暈(ぼか)して湯呑みの茶を啜(すす)った。
 帰宅した里山は沙希代の目が届かないことを確認し、小次郎に相談した。
「小次郎、どう思う?」
『それはご主人の決断次第ですから…。ご厄介(やっかい)になってる僕が、どうこう言える話じゃないんで…。奥さんには?』
「まだ話してない。あいつも働いてるし、余り心配させるのもな…」
『僕と会社の二件あるんですよね…』
「何かいい知恵はないかい?」
『分かりました。考えてみましょう』
 小次郎は学者のような語り口調で、穏やかに言った。

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2015年8月26日 (水)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<19>

「お前、どう思う?」
「ははは…猫が人の言葉を、ですか? 課長。…なんか、メルヘンだな」
 課長補佐の道坂は大笑いした。定食屋、酢蛸の店内だったから、客が思わず振り向いて道坂を見た。
「いや、なに。うちの猫が話しゃ面白いなと、ふと思っただけさ…」
 里山はバツ悪く、言葉を濁し、杯(さかずき)の酒を飲み干(ほ)した。
 一日が過ぎ、里山は大ごとにするまでの決断は出来ないでいた。やはり、ニャ~ニャ~で撮るしかないか…と思った次の日の昼だった。ひょんなことで、里山の決断を後押しする事態が発生したのである。
 里山は部長室へ呼ばれていた。
「実は、支社への出向をね。もちろん、早期退職でも構わんのだがね…」
 部長の蘇我は、柔和(にゅうわ)な目つきで厳(きび)しい言葉を里山に浴びせた。
「はあ、考えてみます…」
「うん、そうしてくれ。急がんから、ひと月以内で返答を頼むよ」
「分かりました…」
 里山は肩を幾らか落として部長室をあとにした。
 昼休み、里山は定食屋、酢蛸(すだこ)で定食を食べていた。向かいの席には課長補佐の道坂と係長の田坂がいた。
「酷(ひどい)いですね、それは…」  
「そうですよ、課長。課長が何をしたって言うんです? …まあ、実績は確かに落ちてますが」
 道坂が怒り顔で言ったあと、田坂がつけ加えた。

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2015年8月25日 (火)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<18>

 だが、小次郎は眠っていなかった。眠っている素振りを見せ、すべてを聞いていたのだ。
 小次郎は、目を閉じたままそれとなく耳を動かした。里山と小次郎にだけ通じる微細な相図である。里山は小次郎に話が伝わったことを、すぐ理解して頷(うなず)いた。その顔を運悪く振り返った沙希代が見ていた。
「どうしたの? 変な人ねぇ~」
 沙希代は訝(いぶか)しげな顔をした。
「んっ! いや、なに…。肩が凝ってな」
 里山はカムフラージュするように首をひと回りし、片手で方を叩(たた)いた。
 夜も更けた頃、密かに寝室を出た里山は小次郎と話していた。
「まあ、そういうことだ。ニャ~ニャ~言ってりゃいいからさ」
『僕も、華々しくデビューする訳ですかね』
「ははは…そんな、いいもんじゃないがな。恐らく、ワンシーンで数分だろう。編集とか言ってたから数秒かも知れん」
『なんだ、そうなんですか。期待して損をしましたよ』
「ははは…まあ、そう言うな。俺もいろいろ考えてるんだよ。お前で食っていけるかってな。もし、公表すればだ、人間語で話小次郎は、目を閉じたままそれとなく耳を動かした。里山と小次郎にだけ通じる微細な相図である。里山は小次郎に話が伝わったことを、すぐ理解して頷(うなず)いた。その顔を運悪く振り返った沙希代が見ていた。
「どうしたの? 変な人ねぇ~」
 沙希代は訝(いぶか)しげな顔をした。
「んっ! いや、なに…。肩が凝ってな」
 里山はカムフラージュするように首をひと回しして、片手で肩を叩(たた)いた。
 夜が更けた頃、里山は寝室を抜け出し、小次郎と話していた。
「まあ、ニャ~ニャ~言っててくれればいいさ。ホームビデオに映すってのは、よくあるパターンだからな」
『僕も、いよいよ華々しくデビューする訳ですね』
「ははは…そんな、いいもんじゃない。編集するとか言ってたから、数分。下手(へた)すりゃ数秒かも知れん」
『そうなんですか? なんだ…』
 弾(はず)んでいた小次郎の声が小さく萎(しぼ)んだ。
「まあ、そう言うな。俺もいろいろ考えてるんだ。大ごとにするには、まず沙希代だ。恐らく、大騒ぎになるだろう。上手(うま)く分からせたとして、さて…」
『マスコミ対策ですか?』
「ああ、それもあるが、会社もある。お前で食っていけるかも考えんとな。恐らく、世界の話題になるのは必定だしな」
『はあ、まあ…それもそうですね』
 里山は腕組みし、小次郎は毛をナメナメした。

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2015年8月24日 (月)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<17>

[いかがされます?]
「少し考えてみます。本人の都合も訊(き)いてみないと分かりませんので…」
[えっ?]
「いや、なに…。家内にも訊いてみないと」
[ああ、なるほど…。それじゃ、明日の夜にでも、もう一度、かけさせていただきます]
「あっ! 2、3日お願いしたいんですが。なにぶん、ことがことだけに…」
[はあ、まあこちらは撮り溜(だ)めもありますんで、いいんですが…]
「と、いうことは、すぐには放送されないんですか?」
[ええ…。送っていただいてから、Vの審査や編集がありますから、来年の正月明けになると思います]
 里山は駒井に細々と確認し、電話を切った。里山は電話を切ったその足でキッチンへ行った。
 キッチンの沙希代は、まだ食器の洗い物をしていた。
「小次郎のホームビデオを送ってくれってさ」
「ああ、アレね…」
 沙希代は食器を拭(ふ)きながら言った。
「アレ? ああ、アレじゃないが、まあよく似た番組らしい」
「いいんじゃない、撮って送れば…」
「ああ…。顔は出んから、会社の都合には関係ないからな」
 里山はそう言いながら、人ごとのように、いや、猫ごとのようにフロアで眠っている小次郎の顔を垣間(かいま)見た。

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2015年8月23日 (日)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<16>

「実はですね。10月から始まるうちの新番組で面白い動物の企画がありまして、それにお宅の猫ちゃんを・・と、お電話させていただきました」
「…よく分かりませんので、主人と変わります」
 沙希代は受話器を保留にすると、居間へ急いだ。キッチンと居間は目と鼻の先で、電話の内容は里山にも届(とど)いていた。
 沙希代が居間の戸を開けると、すでに里山が受話器を取っていた。里山は沙希代に無言で了解した素振りを示した。沙希代はそれを見て戸を閉め、キッチンへUターンした。
「変わりました、里山ですが…」
[あっ! ご主人ですか。テレ京の駒井と申します。夜分にどうも…。実はですね、10月から始まるうちの新番組で面白動物の企画がございまして、それにお宅の猫ちゃんを・・と、お電話させていただきました]
 駒井は沙希代に話した内容と寸分 違(たが)わぬ話を里山にもした。
「ああ…そのお話でしたか。で、私に、どうしろと?」
[どうしろ・・なんて、とんでもない。私どもに、そのような権限はございません。お断りになっても結構なんでございますが…]
「そうですか。一応、お話だけ聞かせていただきましょうか」
 里山は話だけ聞いておいても損はないだろう…と直感した。
「有難うございます。実はですね、かくかくしかじかなんですよ」
「なるほど、かくかくしかじかですか…」
 駒井の話は、スムースに里山へ伝わった。

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2015年8月22日 (土)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<15>

 その日のマスコミ騒ぎは報道されず、翌日、里山は、やれやれ…と胸を撫(な)で下(お)ろした。だがそれは、波乱の序章に過ぎなかった。
 春の連休前になると、さすがに暑くなってくる。ここ数年、うららかな春・・というのがあったのか? と疑うような初夏の陽気が続いていた。さて、そうなれば、さすがにゴールデンウイークの行楽に出かけるというのも億劫(おっくう)になる。最近まで毎年、出かけていた里山夫婦も例外ではなかった。
「どうだ? 今年は時期をずらすか」
「そうね…。こう暑いと嫌だわ。渋滞もあるし…」
 連休に渋滞はつきものだし、今に始まったことじゃないよ…と小次郎は眠った態で聞いていた。そんな話が交わされていた連休数日前の夜、食事を終えた里山が居間でテレビを見ながら茶を飲んでいると突然、電話がかかった。キッチンで洗い物をしていた沙希代は、「今頃、誰かしら?」と、いつもの落ち着きで電話代の受話器を取った。居間にも電話はあり里山が出ようとしたが、キッチンにいる沙希代の方が近かった・・ということもある。
「はい! 里山でございますが?」
[あっ! 夜分、恐れ入ります。私、先だってご自宅の玄関前へ押しかけましたテレ京の駒井と申します]
「はあ…?」
 沙希代は分からない電話ながらも一応、相槌(あいづち)
を打った。

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2015年8月21日 (金)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<14>

 里山が着がえを終え、得(え)も言えない美味(うま)そうなスキ焼きを口へと運んだ。だが、おやっ? と思えた。味はともかくとして、肉が硬く、得も言えたのである。
「おい! この肉、硬いなっ!」
「そお? 消費税で高くなったから…」
 社会の動静が俺の食卓まで及んだか…と、里山は、ガックリ! した。去年の肉は…と、さもしく思えた。そう思えた根本原因が生じるのは少し以前に遡(さかのぼ)る。里山は抜けた歯の治療に会社近くにある松代歯科医院へ通っていた。
「ははは…里山さん、こりゃ、しばらくかかりますね! あちこち、ボロボロです」
 歯科医の松代は、愉快そうな声を上げて笑った。だが、そう言う松代もブリッジの入れ歯だった。里山は診察台で大口を開けていた。なにがボロボロだっ! と里山は小腹が立った。それに笑うのも面白くない。あんたと一緒にしないでくれ! と内心で思ったが、診察台で診(み)られている間は俎板(まないた)の鯉である。里山は、我慢して思うに留めた。松代と里山は幼友達で古くからの飲み友達だった。それはさておき、その歯の治療が継続中で、まだ咀嚼(そしゃく)が思うに任せなかった・・という裏事情の根本原因が潜(ひそ)んでいたのである。
 スキ焼きの恩恵は小次郎にも及んだ。
「小次郎、ほれ食べろ、味が薄いとこだ」
 硬い肉といっても、それは食通の里山の感覚であり、普通には十分、美味な肉だった。

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2015年8月20日 (木)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<13>

「お帰りなさい。外、賑(にぎ)やかだったわね…」
「ああ、朝のアレさ…」
 里山は暈(ぼか)すと 靴を脱いで框(かまち)へ上がった。
「それで、どうだったの?」
 沙希代は渡された鞄(かばん)を里山から受け取りながら、それとなく訊(たず)ねた。
「どうもこうもないさ…。だいたい、この小次郎が話す訳がない。なあ!」
 里山はそう言いながら屈(かが)むと、同意を求めるように小次郎の頭を二度三度、ナデナデと撫でつけた。
『ニャア~~』
 小次郎は、そのとおり! とでも言うかのように猫語で鳴き、里山を見た。
「だろ。なぁ~」
「そうよね…。あなた、早く着がえて。今日はスキ焼にしたから…」
「ほう! そりゃ、いい。ははは…」
 里山は好物と聞いて機嫌よく笑って立ち、居間へ入っていった。当然、小次郎も付き従う。沙希代はキッチンに回った。
「なんとか巻けたぞ…」
『そのようですね』
 小次郎は沙希代がいないことを確かめ、小声で話した。
「ああ…」
 里山の頭の中は、すでに美味(うま)いスキ焼きをつつきながらの一杯だった。


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2015年8月19日 (水)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<12>

「どうなんでかねぇ~、真相は…」
「ははは…それは、こちらが訊(き)きたいくらいのもんですよ。たぶん、耳の錯覚かなんかじゃないですか? テレビで、そんな番組ありましたよ、確か…」
 里山は恰(あたか)も将棋の歩がと金になるような思案の一手を口にした。
「あっ! テレ京の駒井です。それ、うちの局の企画ものでしたっ!」
 別の報道陣の一人が後ろから手を上げて叫んだ。そんなこたぁ、どうだっていいんだよ! と、里山は少し怒れた。内心は、早く風呂に浸(つ)かって沙希代の突き出しを摘まみながら熱燗で一杯・・だったのだ。春の陽気からして寒くはないが、玄関の外の長話は、はっきり言って、いい迷惑だった。それに、なぜ自分の家のプライべートを報道されねばならないのかと思えていた。度胸を決め、深呼吸をして帰ってきたつい今し方が里山には嘘(うそ)のような心境の変化だった。
「そういうことでしたらお時間もなんなんで、我々は一端、引き上げます。後日、局の方からお電話があるかも知れませんが、その節(せつ)はよろしく!」
「記事はその後次第ということで…」
 テレビ局の方は話が分かると頷(うなず)けたが、新聞社の方は、なにがその後次第だ! …と、里山は少し怒れた。
「それじゃ、皆さん!」
 里山は挨拶代わりに叫ぶように言いながら玄関戸を開け、中へ入るとすぐ、戸を閉めた。見上げると、玄関には沙希代が上がり框(かまち)に立ち、その横には小次郎がいた。
 

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2015年8月18日 (火)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<11>

「あっ! 皆さん、遅くまでご苦労さまです。朝の件ですか?」
 後ろ向きで立つ報道陣の後方から里山は穏(おだ)やかに声をかけた。報道陣は一斉に振り返った。当然、照明やマイクを握るスタッフ、カメラも里山に照準を合わせた。
「毎朝の長谷田と申します。朝方、お訊(き)きした安岡さんの件ですが、どうなんでしょう?」
 朝、里山に声をかけた報道陣の中の記者らしき一人が里山の前へマイクを向けながら言った。
「ははは…、どうなんでしょう、と言われましても、なんと言ってよいか…」
「率直に申しますと、我々には、まったく信じられない話なんですが…」
「ははは…私にも信じられませんよ、なぜ大騒ぎになったのか」
 里山は、わざと落ちついた声を出した。内心は震えていたのだが、表立っては微塵(みじん)も心の動揺を見せなかった。
「いや、私どもも安岡さんが真剣に話されるもんで、信じられなかったんですが、事実を確かめようと…」
「で、その安岡さんは?」
「いや、それが…。合わせる顔がないと落ち込んでおられるんですよ。お得意を一件なくしたと」
「まあ、いい迷惑なのは確かですがね」
 里山は話を緩(ゆる)めた。長谷田によれば、どうも、安岡はマスコミ沙汰にしたことを悔(く)やんでいるようだった。

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2015年8月17日 (月)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<10>

 公園近くまで来たとき、里山は家の前付近が異様に騒がしいことに気づき、脚を止めた。それに、誰が照らすのか、玄関付近が真昼のように明るい。マスコミの報道陣以外の何物でもないことは一目瞭然(いちもくりょうぜん)だった。さて、弱ったぞ…と里山は自宅へ戻るのを躊躇(ちゅうちょ)した。小次郎の一件の逃げ口上(こうじょう)を、まだ考えていなかったからである。里山は、ひとまず公園のベンチへ手持ちの鞄(かばん)を置き、座った。腕組みしながら首を家の方向へ傾(かし)げると、そんなに騒ぎたてることかい!? と怒りと疑問が同時に湧き起こった。猫が話すことなど、到底、今の科学では有り得ないことなのだ。それを、さも事実のように追いかけて張り付く報道陣・・日本の未来は、これで大丈夫なのか…と、ふと里山は思った。いや、いやいや、そんな人ごと的なことを悠長(ゆうちょう)に考えている場合ではない。当事者は自分で、今なんだ…と里山は考えなおした。さて、どういう逃げ口上にするか…。10分ばかりが経ち、ようやく思いついたのは、片言(かたこと)を、さも人間語のように話していると聞こえなくもない・・というものだった。確かに、こう言えば、道理に叶(かな)うし、過去のテレビでもこうした場面が放送されていたような記憶が里山にあった。
 里山が度胸を決めてベンチを立ったのは、その直後だった。いよいよ家が迫ってきたとき、里山は立ち止って深呼吸を一つした。一戦、交(まじ)えるか…の心意気である。

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2015年8月16日 (日)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<9>

「ははは…まあ、そう言うな。味は俺が保証する絶品だ」
 里山は自信ありげに言い放った。事実、この定食屋、酢蛸(すだこ)は、知る人ぞ知る、食通で知られた名店だった。
「へいっ! いらっしゃい!」
 威勢のいい声が飛び、店のカウンターへ座った二人は突き出しで飲み食いを始めた。道坂は依頼する事の詳細を小出しに説明した。
「まあ、そういうことなんで、よろしくお願い致します。本当は二人で頼むのが筋なんですが…」
 そう言って、道坂はお銚子の酒を里山の杯(さかずき)へと注(そそ)いだ。
「ははは…、そんな古めかしいことは、どうだっていいよ。それにしてもよかった。そろそろ君も・・とは思っていたんだ」
「はあ…」
 道坂は悪びれて苦笑しながら頭を掻いた。里山は蛸とキュウリの酢のものを摘(つ)まみながら杯(さかずき)を傾けた。酢蛸の蛸酢か…と、道坂は突き出しに内心、笑えたが、我慢して右に倣(なら)った。里山はふと、腕を見た。八時を少し回っていた。もう大丈夫だろう…と思った。いくらマスコミが押しかけていたとしても、この時間まで張りついていないだろう…と判断したのだ。だが、この里山の判断は甘かった。それが分かるのは、当然ながら里山がホロ酔い気分で家へ帰ったときになる。
「まだ、半年も先ですが…。その折りには、改めてお願いに伺います」
「ああ。忘れないようにしないとな…。それじゃ!」
 里山は手帳にメモ書きしながらそう言い、道坂と別れた。

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2015年8月15日 (土)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<8>

 両親がすでに他界していない道坂は、今日、里山夫婦に仲人(なこうど)を頼もうと、切り出す機会を窺(うかが)っていたのだが、いつもと違う里山の様子を見て、機を逸(いっ)していたのだ。
「あの…課長。今日でなくてもいいんですが、ちょっとお話がありまして…」
「なんだい、改まって…。言いなさいよ」
 里山は、すっかり元に戻(もど)っていた。
「ここでは…」
「そうか。じゃあ、帰りに夕飯(ゆうめし)でも食べながら、どうよ?」
「はい、よろしければ、そういうことで…」
 道坂は決裁印が押された書類を里山から受け取ると一礼して下がった。
「田坂君。この書類、部長室へ持ってってくれ」
「…分かりました」
 課長補佐席の前に座る係長の田坂がゆっくり立つと道坂が手渡した書類を受け取り課を出ていった。里山はそれを見ながら、誰でも考えごとはあるんだな…と虚(うつ)ろに思った。その後も、マスコミに対する上手(うま)い言い訳は思いつかなかった。夜、マスコミがまた来ないといいが…と思いながら、湯呑みの茶をひと口飲んだ。道坂との夕食を長引かせ、夜遅くに帰る手もあるか…と、またひと口飲んで里山は思った。
 退社時間となり、里山は道坂を先導して自分の行きつけの定食屋へ行った。繁華街を奥へ入った細い路地づたいにある、うす汚れた店だった。
「ここですか?」
 道坂はうらぶれた店を見て、嫌な顔をした。

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2015年8月14日 (金)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<7>

 その日の里山は仕事が手につかなかった。
「課長! どうかされました?」
 気も漫(そぞ)ろで、ビルの窓ガラスに映る街並みを時折り見ている里山に声をかけたのは課長補佐の道坂だった。
「んっ? いや、なんでもない…」
 里山は書類に視線を戻(もど)した。里山が考えていたのは、小次郎の一件がクリーニング屋の安岡に漏(も)れた過程だった。どう考えても漏れる訳がない…とは朝、報道陣の前で思ったことだ。そして、安岡が得意先回りで来るとき以外は考えられない・・という結論に達したのだ。今、里山が気も漫ろに思うのは、過去に訪れた安岡の得意先回りの頃合いだった。まちまちなようで、どう記憶を辿(たど)っても朝以外にはなかった。ということは、一週間前から昨日までの朝で里山と小次郎が話していたいずれかのタイミングしかない。そのときに安岡が訪れ、小次郎が人間語を話している場に偶然、遭遇(そうぐう)した・・ということになる。里山は記憶を遡(さかのぼ)り、そのタイミングを探(さぐ)った。里山が腕組みをしたそのときだった。
「課長、決裁印をお願い致します…」
 前席に座る道坂が不意に立つと書類を持って近づいた。
「おっ? ああ…」
 里山は慌(あわ)てて公印を握ると印肉を含ませて押した。目通しするのが通例だから道坂は訝(いぶかし)げに里山を見た。

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2015年8月13日 (木)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<6>

「お電話ではクリーニングの安岡さんとか言ってられましたが…。ちょうど、うちの局の面白番組があったんですが、安岡さん、そこへ一般投稿されたんですよ」
 そんなことはどうでもいいんだ! と里山は少し怒れた。ただ、安岡が出入りしている近所のクリーニング屋だということは里山も頷(うなず)けた。しかし、その安岡がどのようにして自分と小次郎の秘密を知ったというのだ? と、そんな疑問が里山に湧いていた。考えられるのは安岡がお得意先回りで寄ったとき以外には考えられない。ほとんどの場合、配達で安岡が訪れたとき、里山は会社にいたからだ。
「そうですか…。つまらん投稿をしてくれたもんだ。いや、まったく心当たりがないんですよ、本当に。何か聞き違えたんじゃないですかね?」
「ということは、安岡さんがクリーニングでここへ寄られているというのは事実なんですね?」
 いつの間にか、後ろに立っていた沙希代は奥へと消えていた。里山一人が取り残された形だ。
「はい、それは…。ち、ちょっと開けて下さい。また夜にでも…。遅刻しますので…」
 里山は上手(うま)く逃げを打った。報道陣は外へ押し戻される格好で仕方なく前を開け、里山を通した。里山は玄関戸を閉めると報道陣に軽くお辞儀をし、足早に家から去った。主役が消え去れば、いても仕方がない。報道陣は、ザワつきながら少しずつ里山の家から撤収し始めた。

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2015年8月12日 (水)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<5>

「あっ! すいません。おい! やめろ」
 里山に声をかけた報道陣の中の記者らしき一人が振り返って撮影を制止した。
「で、なにかあったんですか?」
 里山は、ドギマギしながら、途切れ途切れに小声で言った。
「いやぁ~、それは、こちらがお訊(たず)ねしたいことですよ。なんでも、そのお宅の猫、話すそうじゃないですか」
 瞬間、小次郎は危険を感じ、素早くキッチンへ戻(もど)った。その素早さは、記者らしき男が「そのお宅の猫…」と言い始めた瞬間で、言い終わったときにはすでに小次郎の姿はなかった。
「ははは…なにを馬鹿な。そんなこと、ある訳がないじゃないですか、なあ、お前」
 里山は振り向きながら茫然(ぼうぜん)と立つ沙希代に助けを求めた。
「えっ? ええ…、もちろん」
「そうですかぁ~? …まあ、私どもも半信半疑っていうか、そう聞こえるのかなあ…くらいの気分で寄せて戴いたんですよ、実は。猫がぺラぺラ話す訳がないですからね」
「ええ、そりゃ、そうですよ。いったい誰が、そんなことを?」
 里山は情報の出どころが気になった。

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2015年8月11日 (火)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<4>

 玄関戸はスリガラス製のサッシ戸だから、人の動く姿が朧(おぼろ)げながら映り、二人にはなんとも不気味に思えた。
「どうしたのかしら?」
「… 前の道で交通事故? ははは…そんな馬鹿なことはない。バイクも飛ばせん細道だからな?」
「あなた、遅刻するわよ」
「ああ…」
 いつもとは違う二人の会話がキッチンに届き、小次郎も玄関へ出ることにし、重い腰を上げた。毎朝、恒例(こうれい)になっている家の周り一周を思いついたこともある。
 丁度、小次郎が玄関へ出てきたとき、里山が玄関戸を開けた。それと同時に、入り口外にいた報道陣が後ろから押されて家の中に雪崩(なだ)れ込んできた。里山はその勢いに押され、出るどころか中へ押し戻(もど)された。
「な、なんなんですか! あなた方はっ!!」
 里山が鼻息の荒い大声を出した。
「す、すいません、押されたものでして…。里山さんでしょうか?!」
 報道陣の一人が里山に質問をした。それと同時に、入り口外からフラッシュの閃光(せんこう)が里山めがけて走った。
「え? ええ…。ちょっと、やめてもらえます!」
 里山はフラッシュが光った外を指さした。カメラマンが数人、里山めがけてシャッターを切ったのだ。

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2015年8月10日 (月)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<3>

 安岡の目に映ったのは、いつも見かける里山と猫が玄関戸の外ににいる姿で、他に人の気配はなかった。妙だ…確か、人の声がした、と安岡は首を捻(ひね)った。そのとき、また声がした。里山の声である。この声は里山さんだ…と安岡は得心して思った。里山が話し終えると、また先ほどの別の声がした。聞き覚えがない声である。安岡は耳を欹(そばだ)てた。すると、どうも里山に話しているようである。安岡は里山と猫の姿を凝視(ぎょうし)した。そして、安岡は驚愕(きょうがく)の事実を知らされた。
━ 猫が …猫が人の言葉を話している。しかも…日本語だ! ━
 安岡は怖(こわ)くなり、気づかれないように物音をたてず後退(あとずさ)りすると、自転車を静かに動かして里山家を去った。今朝は配達ではなくご用聞きだったのが安岡としては助かった。安岡が垣間見ていた事実を里山も小次郎もまったく知らなかった。
 事(こと)がマスコミ沙汰(ざた)になったのは、その二週間後だった。
「だいぶ、暖かくなった。今年も、そろそろ玄関だな…。じゃあ、行ってくるよ」
 里山はキッチンの片隅に横たわる小次郎の頭をナデナデしながら、そう小さく言った。そして、いつものように玄関で靴を履(は)き、沙希代に鞄(かばん)を渡されたときだった。玄関の外に異様な人だかりと騒ぐ声が聞こえた。里山は何事だ? と思った。鞄を渡し、キッチンへ戻(もど)ろうとしていた沙希代もその異様さに戻るのをやめ、玄関戸を注視した。

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2015年8月 9日 (日)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<2>

━ なんだ、クリーニング屋のノロ安か… ━
 小次郎は、うざったい気分で開(あ)けた薄目をまた閉じた。小次郎の心中では、店員安岡は、のろまのノロ安だった。いつも配達が遅れ、現れるのは得てして誰もいないときだったから、そう渾名(あだな)をつけたのだ。ドラが現れなくなって随分、小次郎の生活は安定していた。それが、である。今来た安岡からとんでもない大ごとが広がろうとは…。このときの小次郎は知るよしもなく、長閑(のどか)に欠伸(あくび)をひとつ打って、ついでに毛並みをナメナメと撫(な)でつけた。
 春の桜も去り、小次郎は退屈な日々を事(こと)もなげに送っていた。それでも、毎日の里山家をひと回りする日課は続けていた。そんなある日の朝、どういう訳か、いつも玄関外では話さない里山が小次郎に声をかけた。
「どうだ小次郎。この辺りの春は自然が豊かでいいだろうが…」
『そうですね。確かに野趣(やしゅ)、豊かです…』
 小次郎はついうっかり、辺りを見回さず人間語で話してしまった。いつもは人の気配がないか確認してからでないと人間語では話さなかったのだ。それが、事の始まりとなった。丁度そのとき、クリーニング屋のノロ安が里山の家へさしかかったときで、家前に自転車を止め、入ろうとしていた。安岡は、おやっ? と訝(いぶか)しく思った。というのも、里山の家には里山と沙希代の二人しかいないことを知っていたからだ。 安岡は、音をたてないよう、玄関を窺(うかが)った。

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2015年8月 8日 (土)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<1>

 小次郎が安住の地を得てから二年ばかりが過ぎ去った。二年もすればすっかり大きくなる・・というのが猫社会の相場だ。小次郎の場合は雄・・いや、人間語を話す男子だからそういうことはないのだが、雌だと二齢ぐらいで子供を妊娠することだって野良の場合、アリなのである。そんなことで小次郎は半年ほどもするとスクスクと成長し、すっかり青年猫に育っていた。なかなかのイケメンならぬイケ猫で、近所の雌猫をぞっこんにさせたりもした。むろん、普通の猫とは一線を画す小次郎は、人間学の勉学に勤(いそ)しむ毎日だった。
「お前、この頃、すっかり男前になったな…」
 里山が日曜の朝、応接セットのソファーで小次郎を両手で抱きながら囁(ささや)いた。
『嫌(いや)ですよご主人、くすぐったいから下ろして下さい』
 小次郎は辺りに沙希代の姿がないことを確認したあと、人間語で小さく言った。
「あっ! すまん、すまん。ついな…」
 里山はバツ悪そうに小次郎をソファーへ下ろした。
 その日の昼下がり、縁側の廊下に出た小次郎はすっかりいい気分でウトウトし始めた。辺りは春の陽気である。昼から里山と沙希代は連れ立って出かけたから、誰もいなかった。
「こんちわぁ~~、三河屋で~す! 洗濯ものをお届けに参りましたぁ~。お留守ですかぁ~~!! 日曜だから、いなさると思ったんだが…。仕方ねぇな、ここへ置いとくか」
 突然、玄関で人の大きな声がし、小次郎は眠りばなを叩(たた)き起こされた。聞き覚えがある声だった。

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2015年8月 7日 (金)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<50>

 猫の場合でも一応、足と手は区別するのである。四本すべてが足のように見えるが、前二本が手、後ろの二本が足なのだ。えっ? そんなことは分かってるから話を進めろ! って、ですか? 読者諸氏、誠に申し訳ございません。
 そして、小次郎は上げた右足をやんわりと下ろした。その瞬間、耳を劈(つんざ)くような鋭い警報音がビビィ~~!!! と、鳴り響いた。さあ、驚いたのはドラである。たちまち身をビクッ! と起こすと、疾風(はやて)のような素早さで走り去った。その速度は新幹線並であった。…これは少し大 袈裟(げさ)だが、いずれにせよその素早さは尋常のものではなかった。小次郎は音の大きさは知っているから、余り驚きはしなかった。ただ、逃げ去ったドラの速さには、また少し驚かされた。
 一分後、小次郎は効果を確認し、誰に言うともなく、ヨッシャ! と軽く尻尾(しっぽ)を振ってガッツポーズをした。人間だと手だが、猫の場合は尻尾のようである? 里山も沙希代も出かけていたから、家から飛び出してくる者は誰もいなかった。効果抜群だったことを夕方、ご主人に報告だ…と小次郎は心にメモをした。
 その後、ドラが里山家に現れることは二度となかった。まあ、いろいろとあったが、これで小次郎の安住の地は確保されたのである。

                               第①部 <安住編> 完   

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2015年8月 6日 (木)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<49>

 いつものように物置に近づいのだが、そのときすでにドラは厚かましい態度で堂々と軒(のき)下で眠っていたのである。小次郎は突然のことで驚いた。全然、現れなかったから、てっきり諦(あきら)めて近づかなくなったものと思い込んでいたのだ。突然、出くわすと、さすがに戸惑う。小次郎も例外ではなくギクッ! とした。待ちかまえていたように薄目を開けたドラが声を出した。
『おお、誰かと思えば、ここの家主(やぬし)さん? 厄介になってるぜ』
 言っていることは丁重なのだが、言葉づきはガラが悪い凄味(すごみ)の利(き)いた声だった。普通の者・・いや、普通の猫なら貫禄(かんろく)負けしてしまうところである。だが、小次郎は違った。
『誰かと思えばドラさんでしたか。これはこれは…』
 そう言いながら小次郎は間合いを探って少しずつ後退(あとずさ)りした。ドラに気づかれては怯(ひる)んだ心中を見透かされるから、ほんの少しずつである。あと1m下がれば里山が工夫した警報ブザーの板だ。
『この前は用があったからトンズラしたが、今日はゆっくりさせてもらうぜ』
『ええ、それはもう…』
 小次郎はドラに逆らわず、また少し後退りした。そしてついに、警報板の位置まで辿(たど)り着いた。小次郎はふと、里山が言ったことを思い出した。
━ 少しでも触れれれば、たちまち鳴るからな… ━
 小次郎は警報番の直前で右足を軽く上げた。

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2015年8月 5日 (水)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<48>

「そういえば、そうね…」
 沙希代は素直に退却した。里山は敵の攻撃が止(や)んだので、ホッ! とした。物騒と言やぁよかったのか…と、里山は、つい口から出た言葉が成功したことで胸を撫(な)で下ろした。案ずるより産むが易(やす)し・・というやつである。
 食べ終えた 里山は、そそくさと物置下へと向かった。小次郎の姿がキッチンにないことから、おそらく物置下にそのままいるんだろう…と直感したのである。
『上手(うま)くいきましたか?』
「ああ、まあな…。適当に口から出たのが、よかった」
『そうしたもんです。考えりゃいい、というものでもないんですよね』
「ああ…」
『で、どういったんです?』
「いやあ、なんてことはない。ありのままだよ。物騒だから・・と、ただそれだけさ」
『シンプルですね』
「シンプルか…。まあ、そうだな。しかし、そんな英語、どこで覚えたんだ?」
『ははは…雑学ですよ、ご主人』
 小次郎は笑いながら落ちついて言った。
 その後も与太猫のドラは現れず、里山が制作? した折角の自信作も出る機会がないまま数ヶ月が流れ去った。そんなある日、不意にドラが現れた。といっても、里山家へ進入してきたところを小次郎が見た訳ではない。小次郎は家の周りをいつものようにジョギングでひと周(まわ)りしていた。

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2015年8月 4日 (火)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<47>

「それも、そうだ…。まあ、適当に言うさ、ははは…」
 里山は笑って逃げを打った。なんか頼りないご主人だな…と小次郎に初めて思えた。
『そこまでして奥さんに隠す必要もないんですがね。僕は余り有名になりたくないんですよ、そんな先輩がいましたから…。奥さんを見ていると、どうも漏れそうな気がします』
「ああ、それは言える。沙希代なら手芸教室で漏らしかねん」
『でしょ?』
「ああ、小次郎は一躍(いちやく)、有名猫の仲間入りだ。マスコミ沙汰(ざた)にでもなりゃ、俺も困る。会社があるからな…」
『だから、上手(うま)く言って下さいよ』
「分かった。さて、ネズミ避
(よ)け以外には…」
 里山は両腕を組んで考え始めた。そのとき、キッチンから沙希代の声がした。
「あなたぁ~、お茶が入ったわよぉ~!」
 里山は恐らく訊(き)かれるであろう配線の目的を未(いま)だ思いついていなかった。
「ああ! 今、行くぅ~」
 里山は行きそうにない声を出した。里山が思いついた説明は案外、簡単なものだった。深く考えない方が存外、上手い手段が見つかる・・といった手合いである。
「さっきの、なんの配線?」
 テーブルで食べ始めてすぐ、沙希代が速い直球を里山の胸元に投げ込んできた。里山としては予想していたより早い敵の攻撃である。
「んっ? ああ、ちょっとした思いつきさ。物騒だからブザーをね…」
 里山の口から思いついた軽い言葉が飛び出した。

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2015年8月 3日 (月)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<46>

 どうでもいいような配線工事が行われたのは、朝の食後のことである。もちろん、里山は沙希代に詳細な話はしていなかった。
 沙希代が訝(いぶか)しく遠目で見つめる中、里山は危うげながらもゴチャゴチャと動きながら脚立(きゃたつ)に乗って配線を始めた。
「… これでいいだろう」
 小一時間が過ぎ、やれやれといった顔で最後の配線を地面に下(さ)げ、里山は額(ひたい)に滲(にじ)んだ汗を拭(ふ)いた。小次郎は沙希代が観ている手前、万一を考えて猫語でニャ~! と幾らか大きめの声でひと鳴きした。里山も、そこはそれ、状況が分かっているから首を縦に振って頷(うなず)くだけにした。
 里山と小次郎の話が交わされたのは沙希代が引っ込んでからである。もちろん、人間語での会話だ。
『ご主人、奥さんにどう説明されるんですか?』
 小次郎は招き猫のように片手を上げて配線を示しながら言った。猫だから指さすことは出来ないのである。当然、手さしとなる。
「まあ、適当に考えるよ。ネズミ避けとかさ」
『それは拙(まず)いんじゃないですか。曲がりなりにも僕がいるんですから…』
 小次郎は自分は猫である・・と主張するように言った。ネズミを捕らない猫など、無用の長物(ちょうぶつ)だからだ。恰(あたか)も、明治の有名な文豪が書いた小説のタイトルのような主張だ。

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2015年8月 2日 (日)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<45>

 沙希代が現れたとき、小次郎は素早い身の熟(こな)しで物陰に隠れ、沙希代の視線から身を躱(かわ)していた。沙希代が去ったのを見届け、小次郎は物陰から里山の近くへ戻った。
「フゥ~、危ないとこだったよ。家内はこの話を全然、知らないからな」
『僕もジョギングで鍛(きた)えておいてよかったですよ。素早く逃げられましたから』
「猫もジョギングするんだ」
『そりゃ、猫だってやりますよ。僕の場合は家をひと周(まわ)りですが…』
「なんだ、その程度か」
『ご主人は人間だからそう言われますがね。猫にすりゃ、取り分け僕のような子猫にすりゃ、家をひと周りといえば皇居を一周するようなもんですよ。…これは、まあ少し大 袈裟(げさ)ですが…』
「悪い悪い。小次郎がつい猫だってことを忘れてたよ」
『そんなことは、どうでもいいんですが、このスイッチ板は上出来ですね』
「だろ?」
 里山は少し自慢たらしく、したり顔をした。小次郎にすれば、どうでもいいのである。与太猫のドラを近寄らせないか、あるいは万が一、来たとしても撃退出きればそれでいいのだった。だから、装置の出来不出来は関係なかった。
『これを、どうされるんです?』
「そうそう、それなんだが、これから配線をしようと思うんだが、食べてからだな…」
 里山は寝室の方を見ながら言った。

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2015年8月 1日 (土)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<44>

「ははは…そう言うな。ココが違うんだ!」
 自慢たらしく里山は長々と続く延長コードと工夫したスイッチ板を示した。まあ、工夫のあとが見られなくもない代物(しろもの)だな・・と小次郎は即断したが、思うに留(とど)めた。ひと言でいえば、大したことはない・・のである。だが、飼ってもらってる手前、口が裂(さ)けてもそうは
言えない。辛(つら)いのは人間だけでなく、動物は皆、なにかしら辛いのだ。
「なるほど!」
 一応、感心した素振りを見せ、小次郎はそう言った。
「ちょっと、押してみな…」
 里山はスイッチ板を指さした。スイッチ板は押しボタンが子猫でも押せる形に平たく改造されていた。まあ、改造と言っても接着剤と接着テープで薄い硬化プラスチックの板を接着させただけの誰でも出来そうな代物(しろもの)だったのだが…。
 小次郎は里山に言われるまま、恐る恐る片足の肉球でプレート状のスイッチ板を押してみた。と、同時に鋭い音がビィ~~!! っと響いた。小次郎はビクッ! として押した足を慌(あわ)てて上げた。すると忽(たちま)ち、音は止まった。
「あなた、どうかした!」
 そのときである。眠そうな沙希代が寝室からバタバタと小走りで現れた。
「んっ? ああ…いやあ、なんでもない。驚かしたな」
 沙希代は警報ブザーとスイッチ板を見て、なんだ、いつもの…と、寝室へ戻っていった。沙希代は里山の下手な機械工作の趣味を知っていた。

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