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2015年9月

2015年9月30日 (水)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<4>

「小次郎、腹が減ったろぉ~?」
 里山は小次郎にいつもやる昼のドライフードをやっていないことを思い出し、それをネタにしたのだった。もちろん、その場で浮かんだアドリブである。
『そりゃもう! ペコペコですよ!』
 小次郎は解放されたように、やや大きめの人間語で返した。その途端、スタジオ内は急に騒然と、しだした。キャ~! とか、猫がしゃべったぁ~! という声も話し声に混ざって聞こえ、スタジオ内は色めきたった。ディレクターの猪芋(いのいも)はすでにこうなることを見越していたのか、ADに二枚目のカンぺを上げさせた。
━ 騒がないで静かにして下さい! ━
 騒然としたスタジオは、元の静けさを取り戻した。アナウンサーはスタジオが静まったところで里山に質問した。
「里山さん、確かに今、その猫ちゃん、話しましたよね?」
「ええ、話しましたよ。それがなにか?」
「いえ。…皆さん、俄かには信じられない事実が今、進行しているのがお分かりでしょうか」
 アナウンサーは切りかわったテレビカメラに向かい、カメラ目線で話した。
「里山さん、猫ちゃんとのお話を続けて下さい。名前はなんと言われるんでしょうか?」
「お前から話しなさい」
『分かりました。僕は小次郎と言います。皆さん、よろしく!』
 小次郎が観客に向かって話しだし、ふたたび、スタジオ内は騒がしくなった。

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2015年9月29日 (火)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<3>

「ああ、はい…。それは構いません」
「そうですか。それじゃそういうことで…。前列に座るADがカンぺを見せますんで…」
「あの…カンぺって?」
「ああ、すみません。番組進行で、こちらから見せる指示書きみたいなもんです」
 猪芋(いのいも)は丁寧(ていねい)に説明した。
「なるほど…」
 里山は頷(うなず)きながらカメラ前の席に着いた。カメリハ、ドライ、ランスルーと稽古[リハーサル]があった。地上波の収録時は対談形式のみで番組に参加する観客はいなかったから、至ってシンプルに進行し、リハーサルはアナウンサーの質問に答える形式の一度きりだったが、今度は違うようだ。里山の心境はワクワクしていた。小次郎が人間語で話すところを多くの人々に見られた方がインパクトがあり、好都合なのだ。リハサールでは小次郎の出番は割愛(かつあい)された。猪芋が考えた演出のようだ。本番で驚く観客の声や映像を狙っているようだ…と里山はリハーサルが終わった段階で思った。駒井は軽い内容だと匂(にお)わせたが、どうもそうではないようだった。
 本番が始まり、しばらくの間はリハーサルどおりの進行で番組が推移した。里山は、なんだ、ちっともリハーサルと変わらんじゃないか! と少し怒れた。その矢先だった。観客の最前列に陣取ったADが俄(にわ)かに一枚の紙を両手で上げて示した。カンぺである。
━ ボックスを開けて猫を歩かせ、話して下さい ━
 里山は、来たな! と指示どおりにキャリーボックスを開けながら意気込んだ。

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2015年9月28日 (月)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<2>

 そのバラエティ番組は里山が予想していたよりは軽いテンポで順調に進行し、小次郎の出番は、まったくなかった。そして数十分後、トラブルもなく収録は終った。里山は、なんだ、こんなもんか…と、ひと安心し、安堵(あんど)した。だが、コトはそう上手(うま)く運ぶようには出来ていない。ただ、これは世間一般の見方で、業界へ打って出ようという里山にとっては、小次郎の出番があった方が何かと好都合だったから、真逆でラッキーだった。
「お疲れさまでした。…え~と、もう一本、BSがありましたよね?」
「はい、昼の2時からと聞いておりますが…」
「担当は私じゃありませんが、よく出来た後輩ですからご安心を…。ああ、ご一緒に食事でもどうです?」
 駒井の誘いに快(こころよ)く応じ、里山は先導されて二階の飲食店へ向かった。
 昼の三時過ぎ、里山はテレ京のBSスタジオにいた。駒井が言った番組制作担当ディレクターの猪芋(いのいも)は野性味のある好青年だった。
「駒井さんから伺(うかが)っております。番組自体は地上波と余り変わらないバラエティですので。ただ…」
 名刺を渡したあと、猪芋は口籠(くちごも)った。
「ただ?」
「はい。ほんの少しなんですが、猫ちゃんに登場していただき、お話を願いたいのですが…」
 新たな展開が始まろうとしていた。そのとき、里山はいい感じだ…と思った。というのは目論見(もくろみ)どうりの展開だからである。最初の収録は順調だったが、それでは準備策③異動話を会社で断る・・までの展開を望めそうにないのだ。要は、小次郎人気が出るか出ないかという世間の受けにかかっていた。

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2015年9月27日 (日)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<1>

 炎天下、夏の暑気が肌に纏(まと)わりつき、里山の額(ひたい)から滴(したた)り落ちた。こんな日に収録かよっ! と、里山は少し怒れていた。そんな気分を抑え(おさ)え、里山は小次郎が入ったキャリーボックスを片手にテレ京のエントランスを潜(くぐ)った。話は少し前に遡(さかの)るが、週刊誌騒ぎのあと、里山の思惑どおりにコトは運んだ訳だ。というのも、沙希代が夜に会ったお茶の水に住んでいるという週間MONDAYの茶水がコトを成就させたのだ。彼が書いた下手(へた)な記事が返って面白く、他誌を圧倒して馬鹿売れに売れたのである。結果、里山と小次郎はテレ京のバラエティ番組にオファーがかかったのだ。今日の里山は小次郎のマネージャーとしてテレ京の局ビルへ入っていた。小次郎は華々しくデビューすることになったのである。小次郎は、有名なナントカいう猫駅長には負けないぞ! と強く意気込んでいた。
「小次郎、着いたぞ…。もう大丈夫だ」
 十時過ぎから、すでに外は灼熱化していた。局ピルは空調システムが完備しているから、ビル外とは環境が一変して凌(しの)ぎよい。
『いやぁ~僕もこう暑いと駄目ですから、助かりましたよ』
 里山が片手で下げるキャリーボックスの中から聞き取れる程度の小さい声がした。
「おはようございます…」
 エントランスには、いつかのようにすでに駒井が迎えに出ていて、業界人らしく里山を出迎えた。ただ、前回は見た制作部長の中宮の姿は、なかった。
「部長は、ちょっと急用で出ておりまして申し訳ございません…」
 駒井は謝(あやま)る必要などなかったのに謝った。

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2015年9月26日 (土)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<50>

「いやいや、いいさ…。ところで出向の話、考えてくれた?」
「はい。…その話も、もう少し待っていただけませんか?」
 里山は両手を合掌する形で部長の蘇我に懇願(こんがん)した。まるで、神社やお寺で手を合わせてお参りする格好である。
「仕方ないな。…今月いっぱいだよ。支社の方にも受け入れる都合があるからさ」
 蘇我は自慢げに伸ばし始めた口髭(くちひげ)を撫(な)でた。
「ただいまぁ~!」
 里山は、このところ寄り道をせず、まっすぐ帰宅する日が増えていた。公園から家が見え始めた頃、ああ…今日も定食屋、酢蛸(すだこ)の蛸酢(たこす)が食えなかった…と悔(く)やむ里山だった。このままでは店の主人にも忘れられないか・・と思えるほど数ヶ月、足が遠退(とおの)いていた。
『お帰りなさい!』
 玄関へ出迎えに出たのは沙希代ではなく小次郎だった。いつもは沙希代だったから、里山としては予想外である。
「沙希代は?」
『奥さん、先ほど出られました。これ、奥さんから…』
 小次郎は玄関フロアに置かれた小片のメモ用紙を口で加えると里山に渡そうとした。里山は屈(かが)むと、その用紙を受け取って開いた。
━ 週間MONDAYの茶水さんとかいう記者さんから電話が入り訊(き)きたいことがあるそうなので、近くの喫茶・野豚へ行ってます。数十分で、すぐ戻ります ━
 里山は小次郎にも聞こえるように声を出して読んだ。そして、ああ! お茶の水に住んでる茶水か…と、インタビューで割り込んだ男の顔を思い出した。小次郎は小次郎で、いよいよ僕が始動するときだな…と気を引き締(し)めた。

                                  第②部 <始動編> 完

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2015年9月25日 (金)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<49>

「すみません! 今日は、これくらいで…。お手間をとらせました」
 枯木は勝手にインタビューを終わらせようとした。
「おいっ! 終わるなっ!」 「もっと訊(き)けよっ!」
 不平が飛び交(か)い、ふたたび、里山の周(まわ)りは雑然としだした。
「すみません、お帰り下さい」
 枯木は里山に会釈し、前を開けさせた。
「…どうも。それじゃ、失礼します」
 里山は記者達を掻(か)き分け、会社をあとにした。その様子を見ている一人の男がいることを里山は知らなかった。
 見ていた男、それは運悪く部長の蘇我だった。里山に支店への異動を暗(あん)に強要した男である。①人間語を話せることを言う→②人間語で話すVをテレ京へ送る→③家では異動話を内緒にし、会社で断る・・という里山の準備策①、②、③の流れで、唯一の想定外だった。
 次の日、里山は部長室に呼び出されていた。昨日の会社前の騒ぎの一件であったことは言うまでもない。
「昨日、表がなんか騒がしかったそうだが…」
 蘇我は開口一番、そう言った。他の者から報告を受けた・・という形をとり、自分が直接、見ていたことを言わないのがこの男の性格だった。
「ああ、昨日の…。いづれ詳しいことはお伝えしようと思うんですが、今は…」
 里山は口を濁(にご)した。
「ああ、そうかね。それなら、いいんだが…」
「どうも、すみません」
 謝(あやま)る必要がないのに、なぜか里山は謝っていた。

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2015年9月24日 (木)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<48>

 里山の怒りは、オタクがどこに住んでいようと私にゃ関係ない! というのがまず第一点で、ヤラセと言われたことが第二点だ。その二点が相乗効果となり里山を怒らせたのである。確かに、変な質問をするやつだ・・という目つきで他の報道陣も茶水を見た。この茶水が先々、里山と深い関連を持つようになるのだが、この時点の二人は知るよしもなかった。
「ちょっと! 私が訊(き)いてんですからっ! さっき、決めたでしょうが…」
 里山の怒りを代弁するように不平っぽく週間文秋の枯木が言った。どうもインタビューする番記者は、先に決められていたようだった。茶水は燃えている焚き火がバケツの水
をぶっかけられて消えたかのように意気消沈し、沈黙した。
「すみません、続けます…。呼ばれれば、またテレビにご出演ということは?」
「はい、それはテレビ局の方からも問い合わせがありました。私としましては異論ございません」
「ということは、今後、あのテレビ内容がまた放送されると考えてよろしいんでしょうか?」
「はい! そう受け取っていただいて…結構です。ヤラセとか…言ってられた方がおられましたが、…ご覧になっていただければ、分かっていただけると思います」
 里山は冷静さを取り戻(もど)し、訥々(とつとつ)と答えた。里山の声を無言で聞いていたその場のマスコミ関係者は、ざわつき出した。
「ちょっと、お静かにっ!! 今、言ったでしょうがっ!!」
 枯木が叫んだ。完全に起こった状態で顔を真っ赤にしている。大丈夫ですか? と、里山は思わず声をかけそうになった。

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2015年9月23日 (水)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<47>

 数日後、マスコミが里山を囲み始めた。だが、その場所は以前とは違い、里山の家ではなく会社の通用門前だった。
「すみません! 里山さん。少しお話をお訊(き)かせ下さい!」
 会社の勤めを終えた里山が背を伸ばし欠伸(あくび)をしながら通用門を出ようとしたとき、俄かに報道陣が里山を取り囲んだ。里山は、来た来た! …と、順序策どおりの展開に内心で嬉(うれ)しかったが、少し上がっていた。
「ははは…なんでしょう?」
 里山から飛び出した第一声は、笑い声だった。
「週間文秋の枯木です。お話を少しお聞かせ願いたいのですが、お時間は大丈夫でしょうか?」
「えっ? はあ、まあ10分ぐらいなら…」
 内心は30分ぐらいでもOKですよ…だったが、里山は少しお高く止まった。
「ご存知かと思いますが、実は例の件なんです」
「ああ、うちの小次郎ですね」
 里山は、さも当然といった顔で言った。
「はい! お宅の猫、本当に話すんですか?」
「ははは…、テレ京で放送されたとおりです」
「お茶の水に住んでます週間MONDAYの茶水です。それ、ヤラセじゃないんでしょうね?」
 一人の男が厚かましく割り込むように訊(たず)ねた。
「えっ? 馬鹿、言わんで下さい! そんな訳ないじゃないですかっ!!」
 瞬間、里山は激しい怒り声で返していた。

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2015年9月22日 (火)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<46>

 二日後、駒井の心配は現実になった。週刊各誌が小次郎を<話す猫! 現る>というスクープ記事として取り上げたのである。それは里山にとって、駒井とは逆に願ったり・・の進行だった。それにしても、いつかのように家の前の取材には来ないが…と、少し当て外れの感は否めなかった。まあ、これからか…と、用もないのに里山は玄関に出ようとした。
『誰も来てないようですよ…』
 小次郎が里山の気持を推(お)し量(はか)ったように、すれ違いざまに言った。
「…」
 里山は期待が外れた馬鹿顔で週刊誌を片手にキッチンへ戻(もど)った。
「騒がれてるみたいね、小次郎…」
 沙希代が、いつものように晩酌用の突き出しの小鉢をテーブルへ置きながら言った。すでに何日か熱帯夜が続き、里山は通勤でパテぎみだった。小次郎もクーラーの風が流れ落ちる位置へ寝床を変えていた。まあ、キッチンの片隅には違いなかったのだが…。
「ああ…、そのようだ」」『そのようです…』
 小次郎が続けたあと、注がれたビールのコップをグイッ! とひと口、飲み干し、里山は週刊誌を見た。注がれたビールのコップをグイッ! とひと口、飲み干し、里山は週刊誌に目を通した。期待感もあったが、この先、どうなっていくのか…という漠然(ばくぜん)…といった漠然とした不安も少しあった。
「なるようにしか、ならないのよね…」
 里山も小次郎も沙希代にしては上手(うま)く言ったな…と思った。

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2015年9月21日 (月)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<45>

「それが、どうかしましたか?」
 駒井は困るのだろうが、里山としては御の字なのだ。それでなくても、この話は立ち消えか…と、テンションを下げていたところだったのだ。週刊誌で騒がれて、小次郎が一躍、話題の人ならぬ話題の猫ともなれば、里山にとってこれはもう、願ったり叶(かな)ったりの進行だった。
[私が困るんですよ。それに制作部全体が…]
「開き直られるしかないでしょうよ、本当なんですから。言いましたように、器用な猫もいるもんですを押しとおされればいいんです。依頼があれば、どんな番組にでも出演させていただきますから…」
[バラエティ番組でも、よろしいですか?]
「ええ、なんでも…。視聴者もスタジオで小次郎が話す映像を見ればヤラセじゃないって分かるでしょう」
[ああ、そういう手も…。部長と話してみます。貴重なご意見をどうも…]
「いやぁ~」
 里山は自分の思った方向に進んでいることに安堵(あんど)した。

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2015年9月20日 (日)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<44>

「なんとか、そこを穏便には…」
 駒井は見えない相手に片手で祈って懇願していた。
[いやあ~私、一存では…。ヤラセか調べてくれ・・っていう問い合わせ電話も昨日ありましたから。反響が大きかったですからね。それに、うちも一度、この猫の件では取材に行ってますしね。あなたも、おられたじゃないですか]
「はあ、それはまあ…」
 いつやらの里山宅へ押しかけての囲み取材のことだ…と駒井は思った。 
 ヤラセの問い合わせは局にも多かった。ネットのカキコミもすごい。器用な猫もいるもんです、ははは…と笑ってヤラセを否定していた駒井だったが、やはりこうなったか…と、放送したことを悔(くや)やんだ。
 放送局がそんなことになっていようとは里山は露ほども知らなかった。その夕方、少しテンション低めの里山が玄関の門を潜(くぐ)ったとき、落ち葉を掃いていた沙希代が声をかけた。
「お帰りなさい。さっき、テレビ局から電話があったわよ」
「ほう…そうか」
 ダジャレではなかったが、里山は、ついそう言った。携帯へかけりゃいいのに…と思えたからだ。里山は普段着に着がえると、さっそく携帯を手にした。
「どうしました。駒井さん」
[実は里山さん、記事が週刊誌に載(の)るようなんですよ]
 駒井の声は逼迫(ひっぱく)していた。

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2015年9月19日 (土)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<43>

『ええ、まあ…。その方向みたいですね』
 小次郎としては肯定して頷(うなず)くしかなかった。
「なんだ、聞いていたのか…」
 沙希代が熟睡しているとばっかり思っていた里山は、ある意味で心強かった。この先、自分がどうなっていくか、もう一つ自信がなかったのだ。
 それから、ほぼ一週間が経った。それまで連日、テレ京の電話は鳴りっぱなしだったが、数日後にはさすがに少し減り、次の週前には、数件にまで激減した。テレ京の駒井としては、やれやれだった。当然、それは制作部長の中宮にも言えた。数日、かかってきた駒井からの電話もかからなくなった里山としては、やや予想外である。この程度か…と、課長席に座りながら自分の携帯を弄(まさぐ)っては見つめた。
「課長、元気がありませんね。どうかされました?」
 課長補佐の道坂が心配そうに里山の顔を覗(のぞ)き込んだ。里山は道坂がデスク前に立っていることも見逃していたのである。
「ああ、君か…。いや、なんでもない」
 里山はすぐ携帯を背広へ戻(もど)すと、机上の書類へ目を落とした。
 この頃、テレ京の駒井は、ある電話に対応していた。相手は週間文秋の矢崎だった。
「そうですか…。記事にされると、立場上、私が困るんで」
[いや、うちが止めても各社は出しますよ、駒井さん。特別枠で…]
 矢崎は声高に言い切った。

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2015年9月18日 (金)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<42>

 小一時間後、沙希代が起き出してキッチンで動き出した頃、また電話があった。恐らく、また電話がかかるだろう…と予想した里山は寝室から出て洗面台で顔を洗っていた。眠気を何度もジャブジャブと水洗いすることで眠気を消そうとしていた。実は、駒井の電話以降、眠れなかったのだ。里山が顔を拭(ふ)き終わったとき、小太郎と話をする沙希代の声が響いて届いた。
『奥さん、僕もいよいよ華々しくデビューするかも知れませんね』
「ほほほ…そうね。あの人の今朝の電話だと、どうもそのような雲行きよ」
 熟睡していたが、沙希代のやつ、聞き耳を立てていたか…と、里山は一本、取られた思いがした。
『僕もスターになれますかね?』
「そりゃ、間違いないわ。人間の言葉が話せる猫なんて、世界にあなただけなんだから…」
 里山にとって少し厄介(やっかい)に思えたのは、沙希代がえらく乗り気になっていることだった。このままでは小次郎人気で首尾よくいったとしても、マネージャーの座を沙希代に盗られる可能性すら出てきた。ここはなんとしても 飼い主は自分だ! と示す必要が里山にはあった。
「よう、ご両人! えらく盛り上がってますな…」
 里山は沙希代と小次郎の会話に横槍(よこやり)を入れた。
「なによっ! 文句あるのっ。電話じゃ、これからは小次郎さまさまになるんでしょ? ねぇ~~」
 沙希代は小次郎の頭を撫(な)でながら小次郎に同意を求めた。

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2015年9月17日 (木)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<41>

 次の朝、まだ薄暗い闇(やみ)に電話音が祁魂(けたたま)しく鳴り響いた。寝室の携帯ではなく、家の電話だった。
[え、偉(えら)いことです、里山さん!!]
 その声は紛(まぎ)れもなくテレ京のプロデューサー、駒井だった。
「どうしましたっ!!」
 一応、驚いた素振りの声は出したが、里山にはそうなるであろう大よその状況は予想できていた。
[朝から局へ、番組の電話がひっきりなしなんですよっ!!]
 電話対応に追われる賑やかな会話音が駒井の声に混ざって受話器から聞こえてくる。里山は、OKだ! と瞬間思え、よしっ! とひと声、発した。
[えっ!?]
 駒井は意味が分からず訊(たず)ねた。
「いや、なんでもないです。それは弱りましたね。『器用な猫もいるもんです、ははは…』とでも言っておかれればいいんじゃないですか?」
 咄嗟(とっさ)に口から飛び出した言葉だっだが、里山は我ながら上手(うま)く言えた…と思った。
[それ、いいですねっ! いただきましょう!]
 駒井としては、まだヤラセと言われた場合の対応を考えていなかったから、すぐ飛びついた。
「どうぞ、どうぞ…。また、状況をご連絡下さい」
 大きな欠伸(あくび)をしながら眠そうに里山は電話を切った。夏前だから寒くはなかったが眠かった。沙希代は寝室で寝息を立てている。電話音ぐらいでは起きない図太い根性の持ち主だから、里山はある意味で師匠として尊敬していた。自分も肖(あやか)りたい図太さだった。

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2015年9月16日 (水)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<40>

「来週の木曜、七時からということで…。ああ、里山さんの場面は七時半ぐらいになろうかと思います。では…」
 携帯はプツリ! と切れた。
放送当日、里山は早めに会社から帰った。そして、夕食後、いよいよその時間になると、身を乗り出して居間のテレビ画面に釘づけになった。もちろん、沙希代も小次郎もテレビの前にいた。
 駒井に言われていた七時半過ぎ、里山が撮ったテープが流れ始めた。その映像を見守るゲスト出演者の表情が画面隅に小さな写真ほどの大きさではめ込まれている。
[わぁ~~! 話してる、この猫!]
 出演者の声が、テープに混声した。瞬間、黙って見てくれ! と、里山は祈りたい気分になった。誰でもそう言うだろうとは里山も思っていたが、ここは俺の将来に関わる正念場なんだ…という緊迫した気分だった。小次郎が考えた①人間語を話せることを言う→②人間語で話すVをテレ京へ送る→③家では異動話を内緒にし、会社で断ってもらう・・という順序策の①、②はクリアされたのだ。あとは③に繋(つな)がる成果が得られるかどうかの瀬戸際なのである。それは視聴者の反応に委(ゆだ)ねられていた。反応がよければ、計画どおり里山は小次郎のマネージャーとなって支店への異動を断って会社を円満退社できるのだ。この画面を見て、全国各地の視聴者がどう思うか・・に里山の全(すべ)ては、かかっていた。

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2015年9月15日 (火)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<39>

 コトは以外と早く進行した。駒井から電話が入ったのは、それから数日後の夜だった。
 風呂上がりに沙希代の一品で軽くビールを飲んでいたとき、テーブルの上に置いた里山の携帯が激しく震動した。バイブ機能にしてあったのは、どうも最近、驚くことが多い里山が、風呂上りぐらいは気がねなく一杯をと、つい思ったからだった。
「はい、駒井です…」
[あっ! 夜分、どうも…。テレ京の駒井です。言っておりましたアノ件でお電話させていただきました。お預かりしたテープなんですが、最終選考の結果、ダントツで正式採用となりました。来週の木曜に流させていただきます。どうも、有難うございました。局の方から後日、お礼の寸志は送らせていただきますので…]
「いえいえ、こちらの方こそ…」
[ははは…部長にアノ事実は言ってないんですがね。私も腹を括(くく)りましたよ、里山さん。え~~と、なんと言いましたかね、猫ちゃんは…]
「小次郎ですか?」
[そう! その小次郎君と自爆ですよ、ははは…]
「そんな大げさな…」
[いやぁ~反響がね、どう出るか分かりませんので。恐らく、ヤラセか! とかの批判が多くなると思えましてね…]
「はあ…」
 里山は慰(なぐさ)めの言葉が出なかった。

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2015年9月14日 (月)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<38>

 駒井は視聴者ばかりではなく部長対策もせねばならなかった。もし、中宮に真実を話せないと、恐らく里山のテープはボツになるだろう。
━ 私の立場が分かってるのかね、駒井君! 責任とらされるのは私なんだよ! ━
 駒井の脳裡に中宮の言いそうな言葉が不協和音のように響いた。
「いえ、別に…。里山さん、これで終わらせていただきます…」
 駒井は暈(ぼか)した。
「といいますと、帰ってよろしいんですか?」
「ええ、もちろん。里山さん…これ、食券です。適当にお食事をしてお帰り下さい…」
 駒井は里山に局食堂の食券を何枚か手渡そうとした。
「はあ…。それで放送日は、いつですか?」
「あっ、それですか。正確な日時は今、言いかねますが、放送日前日までには必ずお電話をさせていただきます」
「ああ、さよですか…」
 里山は食券を受け取りながらそう言うと、キャリーボックスを手にして歩き始めた。
「ここで失礼させていただきます。ご苦労さんでした…」「御疲れさまでした…」
 中宮が軽く頭を下げ、そのあと駒井も合わせて里山を送り出した。里山は食堂で適当に食べ、帰宅した。キャリーボックスの中の小次郎には、持参の猫缶を与えておいた。人間食に例えれば、まあそれなりの献立(こんだて)である。小次郎にとっては好物だったから、文句などある訳がなかった。

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2015年9月13日 (日)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<37>

「どういうことです?」
「いつやら少し言ったと思うんですが、ヤラセと思われないように、どう視聴者に説明するかなんですよ。あのテープが流れれば、おそらく、電話が殺到すると思うんですよ。それに、どう答えてよいものか…」
「ありのまま説明されれば、いいじゃないですか」
「そら、そうなんだろうけど…」
 駒井は長めの髪の毛を掻(か)き毟(むし)った。その顔には厄介なことになってきた…という戸惑いが隠せない。駒井は最初、里山が、[実は、あのテープ、加工したものなんです。すみません…]などと言うに違いないと軽く見ていたのだった。それが、現代科学では考えられない事実を見せつけられたのだ。頭が混乱するのも無理がなかった。そのとき、コンコン! とドアをノックする音がした。
「いいかね?」
「はい、どうぞ!」
 駒井の声で入ってきたのは、制作部長の中宮だった。
「どうだね、駒井君?」
 中宮は首筋のネクタイを締め直しながら駒井に訊(たず)ねた。
「ああ、それはOKなんですが…」
 駒井は口 籠(ごも)った。小次郎が人の言葉を話せる・・とは、とても尋常の精神状態で言えなかった。
「んっ? なにか、問題があるのかな?」
 にっこりと微笑(ほほえ)んで中宮は言った。里山とキャリーボックスの中の小次郎は神妙に二人の遣り取り聞くばかりだった。

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2015年9月12日 (土)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<36>

 里山は駒井に言われたとおり小次郎に指示した。
「小次郎、聞いてのとおりだ。適当に部屋を動いてくれ」
『分かりました…』
 また、しゃべった…とでもいうように、駒井の顔は少しずつ蒼ざめていった。それでも、さすがにプロだ。仕事は忘れない。
「あっ! 少し話し合ってもらえませんか…」
 小声ながらも駒井は指示を出した。
「はい…。今日は、いい天気になったな、小次郎」
『そうですね。こういう天気は久しぶりです』
「梅雨だからな…」
『梅雨は嫌ですね。ジメジメして…』
 二人の会話を耳を欹(そばだ)てて駒井は聞いた。 二人の会話を駒井は耳を欹(そばだ)てて聞き、一部始終を凝視(ぎょうし)した。
「こんなもんで、どうでしょう? 信じてもらえましたか?」
「えっ? ええ…」
 里山の落ちついた声に駒井は上擦(うわず)った、か細い声で返した。
「ぞれじゃ、もういいですね。おい! 小次郎、OKがでたぞ」
『あっ! そうですか。なんだ…』
 少し物足りなさそうに言い、小次郎は尻尾を振った。
「それは、いいんですがねえ~」
 里山が小次郎をキャリーボックスへ収納しようとしたとき、駒井は今一つ歯切れが悪そうに言った。
 

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2015年9月11日 (金)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<35>

「い、今、話しましたよねっ!!」
 駒井は身体を震わせて小次郎を指さしながら怖(おそ)れ慄(おのの)いた。
『ええ、それが何か?』
 ギャ~! ともワァ~! ともつかぬ声を出し、駒井は控室を飛び出していった。
『ほら、言わんこっちゃない…。僕は一応、案は出しましたよ。出しましたが、こうなることは予想できていました』
「お前、それはないよ。なにも言ってくれなかったじゃないか!」
 里山は少し怒れた。そのとき、少しずつ控室のドアが開き、駒井が顔を覗(のぞ)かせた。
「夢じゃないんですよね? 里山さん…」
 里山は黙ったまま頷(うなず)いた。
「ええ、夢じゃありません…。業界のあなたが怖(おそ)れてどうするんです」
 その言葉で駒井は恐る恐る控室へ戻(もど)った。この時点で小次郎はすでにキャリーボックスから出ていて、フロアの上へ正座していた。猫の正座とは、いつかご説明したと思うが、背筋を伸ばしてやや斜(はす)に構え、尻尾を前足の方へ回して身体に巻きつけるように座るという形(かたち)である。この形が猫界では自分を相手に見せる最高級の格好なのだ。
「いや! どうも…。ではVTR[ビデオ]に映っていたようなことをやって下さい…」
 駒井は恐る恐る言った。割と肝(きも)っ玉が小さい男だな…と里山は心の中で思った。

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2015年9月10日 (木)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<34>

 里山に異論などあろうはずがなかった。そのために出向いてきたのだ。
「私は、いつでも…」
「では、駒井と一緒にどうぞ。私は、連絡を入れねばならん要件がありますから、10分ほどのちに参ります」
 軽く礼をすると中宮は先に立ち、客用応接室を出ていった。中宮が出てドアを閉めた直後、駒井が立った。
「どうぞ…」
 駒井のあとに続いた里山が通されたのは第一制作室・・ではなく、隣の番組出演者用の控室だった。今日は事前の申し合わせがあったのか、辺りに人の気配は、まったくなかった。完全な人払いである。
 控室へ入ると、すぐ駒井が言った。
「それじゃ、お願いいたします」
 そう言いながら駒井は椅子に腰を下ろした。里山はキャリーボックスをゆっくりとフロアへ下ろして開けた。
「小次郎、出番だ…」
 里山は囁きかけるようにボックスへ呟(つぶや)いた。
『はい、分かりました、ご主人』
 その声が聞こえた途端、駒井は驚愕(きょうがく)し、すぐ直立した。そういう事態になることは当然のように里山には思えた。自分だって最初は面喰(めんく)らったのだ。猫が話すなど、科学一辺倒の現代社会において有り得なかった。

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2015年9月 9日 (水)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<33>

「はあ…里山です」
 里山は名刺を受取って素早くキャリーバックをフロアへ置くと、条件反射のように片手を出して握手した。三人は連れ添うように横一列で歩き始めた。里山を囲んで左に中宮、右に駒井である。
「テレビ局は初めてでしょうか?」
 朴訥(ぼくとつ)に中宮が訊(たず)ねてきた。
「はあ…。あとにも先にも、これが初めてです」
 里山は珍しそうに辺りを見回しながら答えた。
「お持ちのキャリーバックが例の猫ちゃんですね?」
 駒井が里山の片手を見ながら言った。
「ええ、そうです…」
「分かりました。では、さっそくで恐縮ですが、こちらの方へ…」
「君、態々(わざわざ)ご足労いただいたのに失礼だよ。お茶ぐらい出してからにしなさい」
 中宮がすぐ、駒井を諌(いさ)めた。
「あっ! これは…」
 里山は客用応接室に通され、歓談してしばらく時を過ごした。キャリバッグの中の小次郎は一部始終に聞き耳を立てた。
「では、そろそろ…」
「そうだね。里山さん、いかがでしょう?」
 駒井に促(うなが)され、中宮が里山に伺いを立てた。終始、低姿勢である。 

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2015年9月 8日 (火)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<32>

 次の日曜は、すぐ巡った。前夜、沙希代に事情を説明した里山は、小次郎をキャリーボックスへ入れると、九時過ぎに家を出た。鞄(かばん)を手に持っていつも出る里山に違和感はなかった。多少、手が重くなった…くらいの感触だ。
 テレ京の局ビルは里山が住む街から小一時間のところにあった。里山の会社まではおよそ半時間だから、里山としては通勤感覚である。ただ、いつもとは逆方向で、手回り品切符の購入と途中駅で乗り換える手間が余計に思えた。
 テレ京の前庭には駒井が出迎えで立っていた。里山にはどうして今着くことが分かったのかが不思議でならなかった。それが分かったのは局のエントランスに入ったときである。
「ははは…、今日の午前中に来られることは分かっておりましたから。フロアの木崎に駅へ行かせ、連絡させたんですよ。こんなことは、我々、制作サイドにはよくあることでしてね」
「私だとよく分かりましたね」
「これを渡しときましたから」
 駒井は、ポケットから里山の顔写真を出した。それにしても、多くの乗降客の中から…と里山は思ったが、それがプロの世界なんだと思い返した。
 エントランスの受付横には、もうひとり、初老の男が立っていた。
「部長の中宮です…」
 男は片手を出し、笑顔で握手を求めた。キャリバッグの中の小次郎は一部始終に聞き耳を立てた。

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2015年9月 7日 (月)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<31>

[分かりました…。生憎(あいにく)、今、手放せない仕事が入ってましてね。恐れ入りますが、こちらまでご足労願えないでしょうか?]
「日曜でしたら、別に構いませんが…」
[でしたら、是非、お願いいたします。もちろん、交通費、お食事代などは後日、お支払いさせていただきますので。いやなに、…テープどおりなら、もちろん採用させていただきます]
「テープは駒井さん以外には?」
[いや、うちのスタッフが数名、見ましたが、今のところ話は私どまりで、上には…]
「そうでしたか…。では次の日曜の午前中に、小次郎を連れて…」
 里山は課内を見回しながら呟(つぶや)くように、いっそう小声で言った。
[次の日曜の午前中…。はい! お待ちしております]
 駒井はメモ書きしながらそう言うと、電話を切った。里山が予想していたとおりにコトは進行していた。よくよく考えれば、すべては小次郎が考えた順序策なのだ。別に俺が冴えている訳じゃない…と思いながら里山は携帯を背広のポケットへ入れた。
「お得意先ですか?」
 そのとき、課長補佐の道坂が振り返って訊(たず)ねた。
「おっ? ああ、まあそのようなものだ…」
 里山はギクリ! としたが、動揺は億尾(おくび)にも出さず暈(ぼか)した。道坂は納得して姿勢を戻し、また書類に目を通し始めた。席が近いのも考えものだな…と、里山は後ろ姿の道坂を見ながら虚(うつ)ろに思った。

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2015年9月 6日 (日)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<30>

 次の日の昼過ぎ、会社にいる里山の携帯が鳴った。里山は発信者を確認し、すぐ出た。むろん、すぐかかるだろう…と里山は踏んでいた。宅急便の包みの中に里山の名刺を一枚、挟んであったのだ。その名刺の裏には里山の携帯番号が書かれていた。完璧(かんぺき)な小太郎の売り込み作戦は、里山の心の中で、すでに始まっていたのである。
[さ、里山さん! 駒井です! アレ、本当ですかっ!?]
 駒井の声は心を乱し、完全に上擦(うわず)っていた。
「ご覧になりましたか。見られたとおりです…」
 里山は他の課員達に気づかれないよう、小声で話した。
[いや、あの不可解な映像ですよ? 俄かには信じられないんですが…。どう見てもヤラセに見えましてね。ただ、安岡さんの通報どおりなんで…]
 コトの原因は、クリーニング屋の安岡の通報からだった。里山の脳裡に安岡の顔が、ふと浮かんだ。
「事実です。制作の駒井さんには信じてもらえないでしょうが…」
 里山はゆっくりと呟(つぶや)くように言った。
[そんな、馬鹿な。猫が話すなんて…]
 駒井は笑えてきて、思わず話すのをやめた。
「今も言いましたように、事実としか申し上げようがありません。うちの小太郎に直接、会われれば分かりますよ」
 里山としては、そう小声で説明するしかなかった。

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2015年9月 5日 (土)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<29>

「んっ? 小次郎? 小次郎がどうかしたの?」
「今日さ…」
「話してたわね、そういや…」
「ああ…」
 里山は頷(うなず)くと、それ以上は言わず、キッチンから消えた。里山は妻が事実を認めたことで、ひと安心していた。これで、いよいよ②のVをテレ京へ送るというプロセスを実行できる訳だ。しかも、③の異動話を会社で断る・・という道筋が見え、可能性が高まるというものである。さらに上手(うま)くすれば、小次郎のマネージャーでひと儲け・・ということにもなる。そうすれば、堂々と会社を早期退職でき、当初の順序策どおり、沙希代に異動話があったことを言う必要もない理想的な展開となる訳だった。小次郎は沙希代にこれ以上、刺激を絶えまい…と、姿を消していた。先読みが冴(さ)える小次郎ならではの機転だった。里山が浴槽に浸かり、鼻歌を唄っている頃、小次郎は玄関の上がり框(かまち)に身を横たえ、優雅に眠っていた。
 里山がテープをテレ京へ送ったのは、その日の夜だった。明朝でもよかったのだが居ても立ってもいられず、宅急便で送ったのである。宛名書きには目立つように朱書きで駒井様机下を加えた。書かなくても間違いなく放送されるだろう…という自信は里山にあった。だが、一応、念を入れた形だ。恐らくテレビで流れれば、またマスコミ騒ぎになるだろう…と予見は出来た。それは覚悟しなければならない。結果として、退職に至る道となるからだった。

 

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2015年9月 4日 (金)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<28>

影は昼食を挟(はさ)み3時過ぎまで続いた。長引いたのは、里山が念入りに撮り直したこともある。テレ京にテープを送ると決めたかぎり、是非、採用されねば里山としては予定が狂う 撮のである。①人間語を話せることを言う→②人間語で話すVをテレ京へ送る→③異動話を会社で断る・・という三段階で、やっと①はクリア出来たのだ。もう、賽(さい)は投げられたんだ・・と、里山は古代ローマ帝国の英雄、シーザーになった気分で思った。何がなんでも②を完璧(かんぺき)にクリアし、③に繋(つな)がなければ、すべては水泡に帰すのだ。里山は、すでに覚悟を決めていた。
 里山が撮影を続ける間、沙希代は半(なか)ば放心状態で、一切、声をかけず小次郎と里山の動きを追い続けるだけだった。それもそのはずで、里山が小次郎に話しかけ、小次郎がそれに人間語で返して動き回るのである。普通、現代科学では到底、有り得ない展開が目の前で続けば、正常な人間ならそうなるのが必然だった。
「風呂に入るよ…」
 夕方前、撮影したテープを再生して確認作業を終えた里山は、疲れた声で沙希代にそう言った。
「ええ…。気がえ出しとくわね」
 沙希代はまだ半分、夢見心地で、なんとなく動きが不自然だった。
「お前、小次郎のこと…」
 バスルームへ行く前、里山は振り返って沙希代に言った。

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2015年9月 3日 (木)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<27>

「ほらぁ~。ただの猫じゃない。驚かさないでよ」
 沙希代は安心したように笑って言った。
『ご主人が言われるとおりですよ、奥さん』
 ここは言うべきか…と判断した小次郎は人間語で沙希代に語りかけた。聞いた沙希代の顔が蒼ざめて凍った。
「まあな…。俺も最初は疑ったんだが…。まあ聞いてのとおりだ、小次郎は話せる」
 沙希代は蒼ざめた顔で小次郎を凝視(ぎょうし)した。
『そんなに見つめないで下さいよ。照れるじゃないですか』
 小次郎は言いながら、バツ悪そうに片手を舌で舐(な)めると、顔へナデナデと撫(な)でつけた。
「猫が話した…」
 沙希代は放心したように言った。
「そうだ。小次郎は話せるんだ」
 里山は沙希代の肩を片手で撫でつけ、気を鎮(しず)めるように言った。里山はコーヒーを淹(い)れ、沙希代を落ちつかせた。
 しばらく時が流れ、落ち着いた沙希代の様子を見届(みとど)け、里山はふたたびカメラを構えると小次郎に力強く言った。
「小次郎! 撮影を続けるぞ。もう一度、話しながら動いてくれ!」
『はい、分かりました…。では、動きます』
 その姿と声の一部始終は、すでに回っているカメラに納められた。

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2015年9月 2日 (水)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<26>

「そんな…。ありっこないでしょ、あなた!」
「ないことはないんだ。なあ、小次郎」
 里山は小次郎に語りかけた。
『ええ、ご主人の言われるとおりですよ、奥さん』
 沙希代はふたたび目を閉じ、気を失った。
 そして、しばらく時が流れた。十分ばかりが経っていた。沙希代は目を擦(こす)りながら背筋を伸ばし、辺(あた)りを見回した。里山はそんな沙希代を注視した。里山の横には小次郎がきっちりと正座していた。猫が正座する姿勢とは、皆さんもご存知かと思うが、凛々(りり)しく両前足を揃(そろ)えて腰を下ろし、背を伸ばした姿で尻尾を前へと回して身体に巻きつける・・という例の姿だ。
「… 変な夢見たわ、あなた」
 沙希代は、まだ小次郎が語ったという現実を事実として認識していなかった。
「小次郎のことか?」
「ええ、そう…。小次郎が話したの」
「ああ、そうだ。小次郎は話す。それは夢じゃない」
「ええっ! そんな…」
 沙希代は言葉を失った。小次郎は、これ以上、奥さんにショックを与えるのは、いかがなものか…と即断し、ニャ~~と猫語で鳴いた。この場合のニャ~~は、そうですよ・・くらいの軽い意味である。

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2015年9月 1日 (火)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<25>

『今日でしたか…』
 小次郎は落ちつき払って大きな口を開けた。そして、前足の片方で顔を拭(ふ)く素振りを見せながら小声で言った。そこはそれ、小次郎には沙希代が見えているから、抜かりがなかった。
「頼んだぞ…」
 里山はカメラを小次郎に向けたあと、多くを言わなかった。賢明な小次郎の演技力にかけたのである。小次郎は小さく頷(うんなず)くと、チョコチョコとテレビ番組を観ている沙希代の方へ近づいていった。当然、里山も小次郎の動きに合わせ小次郎の姿を追って動いた。そして、ついにそのときがやってきた。
『おはようございます!』
「えっ! …」
 沙希代はビクッ! っと驚き、テレビ画面の視線を小次郎へと移(うつ)した。その一部始終を里山は撮影している。
「あなたっ! 今、なにか聞こえたわよ!」
「そら、そうだろう。小次郎が話したんだよ」
「ええ~~っ!! 猫が話す? …」
 沙希代は目を閉じて長椅子の背に凭(もた)れかかった。
「おいっ! 大丈夫か!?」
 里山はカメラを止め、沙希代に呼びかけた。沙希代は朧(おぼろ)げに瞼(まぶた)を開けた。

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