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2015年10月

2015年10月31日 (土)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<35>

「じゃあ、始めようか…。♪そのうち、なんとかなるだろう~~♪ ははは…。まず、富澤君、そこへ座って」
 突然、歌いだした今日の監督は、ハイテンションで、かなりご機嫌だった。
「はい!」
 木邑(きむら)監督に抜擢(ばってき)された漫才の富澤たけじは、明治の洋服につけ髭(ひげ)姿で現れ、緊張の余り、操(あやつ)り人形のように畏(かしこ)まると書斎の椅子へ座った。苦沙弥先生役である。そして、演技指導のとおりペンを手にし、書きものをする仕草をした。その下を小次郎が通りかかるというメイキング映像のフラッシュ・シーンだ。
 木邑監督の声でフィルムが回り、現場が厳粛になった。周囲の者の視線が一斉(いっせい)に小次郎達へ注がれた。
 [吾輩は猫である]は、言わずと知れた文豪、夏目漱石の名作である。脚色は新進女流作家、猪熊芋香の書き下ろしだった。撮影は順調に進み、小次郎もそれなりの声で演技した。
「なかなか、いいぞ! 小次郎君。その声の調子、忘れずにな!」
 今日の小次郎の出番は、ニャ~とだけ猫語で鳴いて富澤が座る椅子の横を素通りするだけだった。木邑監督は、フラッシュの順調な進み具合に終始、ご満悦だった。里山としては、ただ小次郎の運びと世話をするのみで、これといってやることはない。退屈を紛(まぎ)らせるのは、いつもは絶対、出会えない男優や女優を目(ま)の当たりにして、その様子を見聞き出来ることだった。
「監督、今の程度の威張り具合でいいんでしょうか?」
 吾輩のご主人役である漫才の富澤が木邑監督へ伺(うかが)いを立てた。

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2015年10月30日 (金)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<34>

 山岳映画を世に出した木邑(きむら)監督が久々にメガホンを握る文芸大作である。すでに話す猫が主演という前評判が立ち、キャスト発表前からマスコミ界がもて囃(はや)し、報道合戦を演じていた。なんといっても世界で最初の動物が話すブッチギリ映画作品なのだ。そればかりか、学術関係者も興味 津々(しんしん)で、今世紀最大の研究対象として現場へ足を運んでいた。里山と小次郎が現れる会場やスタジオ、現場は、いつも押すな押すな! の盛況で、検問のガードマンが立つ事態となっていた。
「あの…里山さん、小次郎君は日本語の文字を読めますかね?」
 木邑監督が台本を持って一堂が会する顔合わせを兼ねた現場に現れた。監督が出番がないキャストも含め、全キャストを現場へ招集したのである。
「小次郎、どうだい?」
 里山は小次郎を腕に抱きかかえながら覗(のぞ)き込むように訊(たず)ねた。
『監督、申し訳ないんですが、僕は聞いて受け答え出来るだけの無能な猫でして…』
 小次郎は、木邑監督に人間語でそう返すと、末尾でニャ~とだけ愛想いい声で鳴いた。
「い、いや、そんなことは…。私も生涯で猫さんと話が出来るとは思っていなかったですよ! ははは…。里山さん、すまんですが、台詞(せりふ)は口移しでお願いします。小次郎君、暗記は?」
『ええ、それは大丈夫ですが…』
 木邑監督は、少し驚きながら微笑(ほほえ)んで頷(うなず)いた。その後、キャストが紹介され、各キャストの短い挨拶が行われた。

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2015年10月29日 (木)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<33>

 その夜の深夜である。いつものように、沙希代が寝静まったあと、里山と小次郎は男同士の密談を交わしていた。
『よかったじゃないですか、こ主人』
「そうか? お前は外国へ行きたくなかったのかい?」
『日延べでしょ? いつでも行けるじゃないですか、外国は。それより僕は、文豪の作品に出られるのが嬉(うれ)しいんですよ』
 小次郎は笑う表現として目を細めて言った。
「そうか…。まあ、夏目漱石のアレは名作だからな。主演だし、直接、お前がモノローグ[独白]で語るんだからな」
『そうなんですよ。なかなか遣(や)り甲斐がありそうなんで…』
 小次郎は、まんざらでもないように、口毛(くちげ)を少し動かせた。
 映画[吾輩は猫である]は過去、有名俳優を得て、映画化されたこともあった。だが、猫が語って演技するというのは前代未聞で、CM犬の海君やマルモリのムック君と引けを取らないように思われた。
 クランクインした当日、お抱え運転手として定着した里山は、その朝もまた、小次郎をキャリーボックスへ入れ、オープンロケの撮影現場へ現れた。まずは、顔合わせを兼(か)ねたタイトルバックのワン・シーンの撮影だった。いつの間にか小次郎の車ならぬキャリーボックスは、古びた品から高級品へと楚々とした出世を物語るかのように様変わりしていた。

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2015年10月28日 (水)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<32>

「ははは…そこはそれ、国営放送ですから。まあ、日本のNHKのようなものです」
 里山は、そうなんだ…と思えた。どうも里山には分からない情報入手の闇ルートが存在するらしい。そう思えた里山は、一端、切ることにした。
「国内ならともかく、国外ともなれば、手続きやらなんやら、いろいろと大変ですから…。しばらく考えるお時間を下さい。あの…そちら様へのご連絡先は? はっ? はい…」
 平田から電話番号を告げられ、里山は連絡先の電話番号をメモった。
「小次郎も、いよいよ国際スターね」
 近くで聞いていた沙希代がフロアの隅(すみ)に横たわる小次郎を見ながら言った。
「まあ、そういうことだ…」
 里山は存外、あっさりと返した。小次郎は、もの凄(すご)いことになってきたぞ…と薄目を開けて思った。
 夕食後、里山はテレ京の駒井に電話で相談した。
「ははは…、結構なことじゃないですか」
 旅費はもちろん、渡航手続き代なども、恐らく向う持ちだろうから、どんどん出演して下さいと駒井は勧(すす)めた。
 この頃になると、小次郎の出演依頼は多岐に渡った。中には映画出演の話もあった。それも猫を主人公とした主演である。題名は言わずと知れた夏目漱石の名作、[吾輩は猫である]だった。
「すみません…。実は映画出演の話が本決まりになりまして、誠に勝手ながら、渡航を日延べにしていただきたいんですが…」
[ああ、構いませんよ、担当にそう言っておきますから。ご都合がついたとき、改めてご連絡下さい]
 BBC特派員の平田は、いとも簡単に了承した。それは困るんですが…とかを言われるだろうと覚悟していた里山だったから、余りのスムーズな展開に拍子抜けしてしまった。

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2015年10月27日 (火)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<31>

 沙希代は唖然(あぜん)として、電話を切る訳にもいかず途方に暮れた。その様子を遠目で見ていた里山が近づいた。
「どうした?」
 里山の問いかけに沙希代は受話器を指さし、困り顔で里山に突き出した。
「はい! 代わりました。里山ですが、なにか…」
 里山が話したあとに聞こえてきたのは、やはり英語の話し声だった。里山は、こりゃ駄目だ…と即断し、英語で返した。
I,m sorry,piease say once again [すみません、もう一度、おっしゃって下さい]」
 瞬間、話し声が途絶え、電話向こうで話す二人の遣(や)り取りが聞こえた。
[すみません! 突然…。イギリスからの国際電話です。こちらはBBCの海外特派員、平田と申します。ああ! そちらは夜でしたね。こちらは朝です]
 そんなこたぁ、どうでもいいんだ・・と、里山は細かく話し始めた平田と名乗る男の声に焦(じ)れた。
「はあ、その平田さんが、どういったご用件でしょう?!」
 里山はそこを言いなさいよ! と言わんばかりに少し声を大きくした。いくらか、夜分の寛(くつろ)ぎ時間を邪魔されたイラつきもあった。
「実は、こちらでも小次郎君の話題で、もちきりでして…」
「えっ? イギリスで、ですか?」
「はい。是非とも、こちらの放送にもご出演願えないかと…。実はですね、それだけじゃないんですよ。当方とは関係がない学術関係からの取材も頼まれてるんです」
「…それにしても、よく私の家の連絡先が分かりましたね?」
 里山は不思議に思えた。

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2015年10月26日 (月)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<30>

「生理的には問題がないようですね」
 研究員がその上司と思われる研究員に言った。小次郎は、なにが問題がないだっ! と怒れていた。散々、アレコレと弄(なぶ)っておいて、問題がないようですね・・はないだろうと腹が立ったのだ。
「先生方! もう、よろしいですか? 小次郎も忙(いそが)しいんで…」
 小次郎の気持が里山に伝わったのか、里山は怒り顔で言った。そう言われては研究員も仕方がない。研究所に留める強制力はないからだ。ここは、ご機嫌を伺(うかが)うしかない・・と判断した。
「あっ! すいません。ご足労をおかけしました。また、連絡いたしますので、ご協力を宜しくお願い致します」
「はあ、まあ…。予定がなければ」
 下手に出られては里山も無碍には断れず、不満ながらも頷(うなず)いた。生物学の論点は小次郎が話せる・・という、その一点に尽(つ)きた。突然変異なのか、はたまた他の原因なのか、進化なのか…と、いろいろな説が世界各国の学者達から噴出していた。今や、小次郎は芸能的な人気に加え、世界で注目される異質の存在になっていた。
 次の日の夜の里山家である。
「はい! あの…申し訳ございません。日本語でお願いいたします。生憎(あいにく)、不調法でして、お話しできませんので…」
 沙希代が手にした受話器から聞こえてきた女性の声はペラペラと捲(まく)したてる英語で、一方的に早口で話す騒々しいものだった。

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2015年10月25日 (日)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<29>

 娘猫のオッカケはさて置き、過密スケジュールに泣かされていた小次郎だったが、里山に疲れを告げて以降、少し楽になった。週3の収録だったものが2本になり、動物学会研究所への対応も時と場合に応じて断ったから、めっきり減った。小次郎もマスコミに出るのは何とも思わなかったが、研究材料として、唾液、血液、DNA鑑定、CTスキャンなどで弄(いじ)られるのは、さすがに腹が立っていた。なぜ、人間語が話せると言うだけで、こうもモルモット的な扱いを受けねばならないのか、が理解出来なかったのである。普通、あんただってそうだろうがっ! と固定されながら機械操作をする技師を怨(うら)めしく見た。科捜研の女性になら…とは思えたが、武骨な男性技師は御免蒙りたいというのが小次郎の本音(ほんね)だった。
 その、とある動物生態研究所である。
「君は、話せるそうだね…。出来れば、私達とも話してもらいたいんだが…」
 小次郎は白衣の研究者数名に囲まれるようにして実験台の上にいた。場所的な居心地はよくなかったが、里山が傍にいてくれる安心感からか、我慢した。
『えっ? ええ、いいですよ、話しますよ。話しますとも…』
 小次郎は意固地になって研究者達へ返した。
「そう居丈高(いたけだか)にならず、冷静に…」
『はい…』
 小次郎は別に居丈高になどなってない! と少し怒れたが、里山の手前、我慢した。怒らせると何をされるか分からない恐怖感が少しあった・・ということもある。

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2015年10月24日 (土)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<28>

 里山夫婦が帰ってきたのは夕方前の五時頃だった。とはいえ、冬場の五時はすでに暗く、夜、同然である。
「ほれっ! 美味(うま)そうだろう」
 里山がビニール袋から土産っぽく買ってきた缶詰を数缶、出した。小次郎はその缶詰の表示に注目した。
━ なになに…まぐろ&とりささみ・すなぎも・チーズ入り? こりゃ、かなり高タンパクだな。土産(みやげ)って、近くの店でも売ってなかったかな? ━
 浮かぶ疑惑を振り払い、態々(わざわざ)買ってくれただけでも感謝して、ここは有り難く一応、お礼でも言っておくか…と、小次郎は悟り人ならぬ悟り猫の気分になった。
「どうも有難うございます…」
「いや、なに…。明日のスケジュールはなかったはずだ。ゆっくり味わってくれ」
 里山は満足げに軽く小次郎の頭を撫(な)でながら呟(つぶや)いた。小次郎は、明後日(あさって)からまた派遣社員ならぬ派遣猫か…と、昼の国会中継を思い出して呟(つぶや)いた。今日の国会中継は労働者派遣法の改正案が論点だった。テレビ視聴用のリモコン操作については里山から聞かされていた。ただ、小次郎に限らず、猫の場合、指はあるが形だけのもので、人差し指とかの一本で押すと言う訳にはいかない。そこはそれ、頭がいい小次郎のことだから、その辺も抜かりはなかった。鉛筆より少し短めの棒を拾ってきて、リモコンを押す専用棒として誂(あつら)えていた。口で咥(くわ)え、その棒の先で押すのだ。これで、至って簡単にテレビのOFF、ONやチャンネル切り替えは出来た。

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2015年10月23日 (金)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<27>

 冬にしてはポカポカ陽気の日の朝、昨日降った雪解け水の音を聞きながら、小次郎はウトウトと縁側で眠っていた。今日は仕事が向うの都合とかでキャンセルになり、俄かの休みとなったのだ。積もった疲れがドッ! と出て、小次郎は朝から睡魔に襲われていた。里山夫婦も今日は二人で出かけ、小次郎は態(てい)のよい留守番猫だった。
「美味いものを買ってきてやるからな…」
 ご機嫌とりでもないのだろうが、出がけに里山が小次郎に言った言葉を楽しみに小次郎は眠っていた。かなり稼(かせ)いでいるはずなのだから、鰹節(かつおぶし)1本では割に合わないぞ…と思いながら微睡(まどろ)んでいたとき、急に黄色い声がし、小次郎は耳を立て瞼(まぶた)を少し開いた。庭の向こうに見える物置の軒下(のきした)に、なんと十数匹の娘猫が縁側の小次郎を窺(うかが)っていた。悪い気はしない小次郎だったが、プライバシーの侵害は避(さ)けて欲しかった。かといって、自分のファンを無碍(むげ)にして見て見ぬふりを決め込む・・というのも気が引けた。そんなことで、小次郎は徐(おもむろ)に立つと、前脚(まえあし)を伸ばし、続いて後ろ脚を伸ばした。そして、ガラス越しに娘猫達へ視線を向け、軽くニャ~とひと声発した。その途端、ニャニャ~~!! と、歓声(かんせい)が湧(わ)いた。小次郎は里山夫婦が出ていてよかったな…と思った。そして、ここでの日向(ひなた)ぼっこもし辛(づら)くなったか…と、有名猫の喜びと悲哀を少し感じた。

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2015年10月22日 (木)

サスペンス・ユーモア短編集-28- 落としどころ

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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<26>

「どうって…。いや、初めはドッキリなんじゃないの? とかさ、思おてたんや。どう考えても、猫の君が話す・・っていうのは有り得えへん。そんなアテレコは結構、あるしさ」
 関西出身の梨川(なしかわ)は、ところどころに関西弁を織り交ぜて話した。
 次の日、<小次郎ショー>の視聴率は前回を上回り、さらなる高視聴率を出した。MTリポリューションの梨川も面目躍如で、どこかホッ! としていた。それに比べ小次郎は随分、疲れていた。
「おい小次郎、今朝は元気がないな…」
『はあ、少し僕も過労気味でして…』
「なに言ってる。お前はまだ若いじゃないかっ!」
「そりゃ若いんですけどね。こう忙(いそが)しいと、さすがに僕も…」
「そうか…。少し調整しよう。お前あっての俺だからな。少し時間が出きれば、温泉で湯治(とうじ)もいいな…。これも考えておこう」
 湯治は都合がいい里山のいい訳で、自分が湯治で、どっぷりと湯に浸(つ)かり、美味(うま)い海や山の幸を食べて寛(くつろ)ぎたかったのだ。それはともかくとして、里山としては、稼ぎのいい小次郎に万一のことがあれば困るのだ。そのことは沙希代にも釘を刺されていた。なんといっても、今の里山家の家計は小次郎の稼ぎに委(ゆだ)ねられているからだった。
 小次郎に新しい悩みが生まれていた。疲れもさりながら、娘猫にオッカケられるようになったのだった。黄色い声でニャ~ニャ~やられるのは、人間の業界人の場合と変わりがなかった。

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2015年10月21日 (水)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<25>

「リハ抜きのブッツケでいきます。ただし、マズい部分は切りますが…」
 どうも駒井が意図するところは、意外な展開を期待しているようだった。
「小次郎に何か指示とかは?」
「いつものように語らせていただいて結構です。そうお伝え下さい」
 スタジオには応接三点セットがあり、デスクを挟(はさ)んで左右の椅子にゲスト出演者と小次郎が座って対談するという番組設定になっていた。いつもカメラ付近で里山は収録の様子を立ち見していた。猫と人間が会話する・・という今までの科学を否定する内容で、常に視聴率は80~90%台を維持するお化け番組だった。一般視聴者に限らず、科学者、言語学者、知識人、政治家、ジャーナリスト、教育者…あらゆる人が<小次郎ショー>を観ていた。
 収録は順調に推移した。梨川は猫と会話する違和感と緊張感で少し上がっていたが、それが返って番組を盛り上げていた。
「君は人間をどう思う?」
『どうって言われましてもね…。人間らしいな、としか…』
「人間らしいって?」
『まあ、良くも悪くも人間だと思うだけです』
「なるほど…」
 梨川はロック風に頷(うなず)いた。
『じゃあ、僕の方から…。梨川さんは猫が話すのをどう思われます?』
 小次郎は逆に訊(き)き返した。

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2015年10月20日 (火)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<24>

 視聴率賞の祝賀パーティが行われてから数ヶ月が経ち、本格的な冬が巡ろうとしていた。小雪が舞う朝、里山と小次郎は、この日もまた仕事だった。キャリーボックスを小型毛布ですっぽりと包(くる)んで保温し、里山は家をあとにした。里山は完全に小次郎のマネージャーになりつつあった。幸か不幸か、小次郎人気は翳(かげ)らず、活躍する日々が続いていた。
『今朝は冷えますね…』
「そうだな…」
 里山はテレ京の駐車場へ車を止め、局内へ歩いていた。今月から<小次郎ショー>のバラエティ番組収録が始まっていた。視聴率は相変わらず好調で、テレ京の制作部長、中宮はホクホク顔だった。
「おはようございます、ご苦労さまです」
 スタジオ内では客扱いの丁重な、おもてなし状態だった。
「好調ですよ、里山さん!」
 小次郎人気でチーフプロデューサーに昇格した駒井が駆け寄ってきた。里山を見て、駒井の機嫌が悪い訳がない。なんといっても駒井にとって、里山は出世の神様だった。
「今日は楽にやっていただいて結構です。ゲストは若手歌手ですから…」
「なんという方です?」
「あれっ? 言ってなかったでしたっけ? MTリボリューションの梨川(なしかわ)君ですよ」
 里山はロック歌手、
梨川の名を一応、知ってはいた。曲も聴いたことはあったが、ジェネレーションギャップからか、入れ込んで聴く・・というほどではなかった。

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2015年10月19日 (月)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<23>

 その後もタレント猫としての多忙な日々が小次郎に続いた。今日は休みたいな…と小次郎は思うときもあったが、マネージャーの里山に迷惑がかかるといけない…と思え、思うに留めた。問題は里山自身に起こりつつあった。テレビ収録が増え、余りに会社勤めを休む里山に、沙希代が不審を抱いたのだ。日々、通勤する態で家は出ていたものの、すでに里山は会社を退職していたが、沙希代はそのことを知らなかった。そのことは話さないまま、今までと同じように、月々のものは沙希代へきっちりと渡していた。幸い、今までは給料を手渡すだけで、明細は見せずにいたから、なんとか沙希代を誤魔化せていた。沙希代も手芸教室の収入があったから、そう気にしていなかった。
『かなり危ういですよ、ご主人』
「そろそろ、話そうかと思ってるんだ」
『僕もその方がいいと思いますよ…』
 木枯らしが吹き始めた日の朝、里山と小次郎はテレビ局のロビーで、そんな会話をしていた。というのも、その朝、沙希代に「会社は大丈夫なの? そんなに休んで…」と訊(き)かれたからだった。
 里山が会社を辞めたことを沙希代に話したのはその晩だった。
「…まあ、そういうことだ」
「そんなこと、知ってたわよ」
 沙希代は小笑いして返した。不審に思えたその日、沙希代は会社へ電話し、全てを知ったのである。里山はそうとも知らず、ひと月が過ぎてた。なんだ、そうだったか…と、里山は気づかなかった自分が馬鹿に思えた。いつやらの準備策③家では異動話を内緒にし…以降の算段は、もう必要なかったのである。

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2015年10月18日 (日)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<22>

「それは、大丈夫です。毛皮(けがわ)先生も明日の朝にはケロッとしてるだろうと言ってられましたから。それじゃ!」
[えっ?! 毛皮? はっはっはっ…。失礼しました。面白い名の先生ですね?]
 爆笑する駒井の声が里山の耳元へ届(とど)いた。
「はあ、まあ…。それじゃ、失礼します」 
 そういや、面白い名だな・・と里山も携帯を切って思った。里山はエンジンキーを捻(ひね)ると車を始動した。小次郎は相変わらず隣の助手席で肩を揺らしながら爆睡(ばくすい)していた。
 次の日の朝、小次郎はすっかり元の状態へ戻(もど)り、目覚めた。記憶は、ホテルの鳳凰の間でグラスをペロペロしたときから途絶えていた。
「やあ、おはよう!」
『おはようございます…』
「よかった、よかった! 体調はよさそうだ。やはり酔っぱらったのか…」
『猫ぎきが悪い。酔っぱらっただなんて…』
 小次郎は少し自尊心を傷つけられた思いがした。人の言葉が話せるタレント猫・・というレッテルが、いつの間にか捨て猫だった小次郎に自尊心を芽生えさせていたのだ。それに、猫が酔っぱらったなどと猫仲間に風聞が立てば、人間社会はともかくとして、猫社会では肩身の狭(せま)い思いをせねばならなくなる。そうなることだけは避(さ)けねばならない…と、小次郎は瞬時に思えたそう思えるようになった自分が、少し大人になったような気がした。そう思えるようになった自分が、少し大人になったような気がした。そう思わないでも、小次郎はもう十分、大人だった…いや、成猫だったのだが。

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2015年10月17日 (土)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<21>

 二人の会話を余所(よそ)に、小次郎は診察台の上で爆睡(ばくすい)していた、いや、泥酔(でいすい)していたと言った方がいいのかも知れなかった。人間のように鼾(いびき)こそ掻いていなかったが、口を半開きにし、呼吸で身体をド派手に上下しながら横たわる姿は、酒癖が悪い酔っぱらいと変わらなく見えた。
「あの…連れて帰ってもいいんでしょうか?」
「はあ、それはもう。どこも悪くないんですから…。明日の朝にはケロリとしてると思いますよ。それにしても、残念だなぁ~。小次郎君と話したかったですね」
「そうですか。それは、どうも…。また連れてきますよ。失礼します!」
 里山は動物病院を出た。そのとき、里山はキャリーボックスをホテルへ忘れてきたことに気づいた。里山は駐車場に止めた車に乗ると日次郎を助手席へ静かに置いた。そしてすぐ、携帯を握った。発信先はテレ京の駒井だった。
「あの…里山です」
[ああ! 忘れ物で? ホテルの受付に預けてあります。それより、小次郎君は?]
「はあ、有難うございます。ご心配をおかけしました。小次郎は大丈夫です、ただの酔いつぶれですよ、ははは…」
 ここは笑って流すしかないか…と里山は考えた。
「そうですか。そりゃ、よかった。うちの番組にも影響しますから…」
 なんだ、そっちかい! と里山は少し怒れた。所詮(しょせん)は我が身可愛さから出た憐れみだったか・・と思えたのだ。

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2015年10月16日 (金)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<20>

「ははは…妙ですね。別にどうってことないんですが…。しかし、口からアルコール臭がします。何か飲まされましたか?」
 救急病院ならぬ動物病院の獣医、毛皮(けがわ)は首を捻(ひね)りながら笑顔で里山の様子を窺(うかが)った。
「はあ、まあ…。本人が自主的に」
 嘘(うそ)を言っても仕方がない…と里山は直感した。
「えっ? 自主的ってことはないでしょう、まさか…」
「ええ、私が飲まないか? とは勧(すす)めましたが…」
「ははは…、それで飲んだと。急性アルコール中毒ってことはないですが、人間で言いますと泥酔(でいすい)状態ですね」
「そういや、ぺロぺロと舐(な)めたような、そうでもなかったよう…」
 勧めた当の本人の里山は、方便(ほうべん)を使った。ここは、小次郎が人間語を語るということから生じたコトの顛末(てんまつ)を話さない方がいいだろう…と判断したのだ。当然、それは毛皮が小次郎の一件を知らない・・と考えてのことだった。
「これが有名猫の小次郎君ですか…」
 毛皮は里山に訊(たず)ねるでなく一人ごちた。里山はギクリ! とした。
「なんだ先生、知ってらしたんですか」
「そりゃ、知ってますよ。小さい頃から何度かお目にかかってますからね」
 毛皮が言うのも一理あった。なんといっても、この動物病院は里山の行きつけだったからだ。過去に何度も小次郎を連れて毛皮の動物病院へ診察に訪れたことがあった。

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2015年10月15日 (木)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<19>

「皆さん! 本日はどうも有難うございましたっ!」
 里山は、ざわめきを掻(か)き消すように声を出して屈(かが)み、小次郎をキャリーボックスへ戻した。
 その後、乾杯の音頭があり、来場者全員でグラスを傾け、あとは雑然と飲みながら語らう無礼講となった。
「お前も少しくらいいいだろう? ほれ! 舐(な)めるくらいなら…」
 ある程度、場が進んだ後、里山はキャリーボックスから小次郎を出して、グラスを傾けて小次郎の前へ突き出した。
『えっ! 僕もですか? …まあ、もう未成年ってことはないと思うんですが…』
「そうだとも…」
 里山は、ほんのり赤くなった顔で勧(すす)めた。小次郎は勧められるまま、ペロペロとやった。
「おう! いける口だな、お前…」
 しばらくは、穏やかに推移したが、小次郎に異変が起きたのは、突然だった。小次郎はフラフラ…と右や左へふらつき歩くと、パタンと倒れた。驚いたのは里山ばかりでなく、その場に居合わせた多くの出席者達だった。里山は久しぶりに生きた心地がしない・・ほどの危機感に襲われていた。
「すっ! すぐに、救急車をっ! …違うかっ!」
 里山は小次郎を抱きかかえると、ホテルの外へと疾駆(しっく)していた。 傍(そば)にいた駒井が里山の忘れたキャリーボックスを片手に叫んだ。里山が向かったのは・・もちろん、動物病院である。行きつけだったから、この時間帯でも急患動物は診てくれることを里山は知っていた。

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2015年10月14日 (水)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<18>

 俯(うつむ)き加減で時折り腕時計を見ながら里山はパーティが始まるのを待った。そして、ようやく8時を少し回った頃、パーティは始まった。MCを務めたのはテレ京の女性アナウンサーだった。新人アナらしく、少なからず滑舌(かつぜつ)が悪かった。もう少しベテランを出しゃいいのにな…と思えた里山だったが、不満を顔に出さず、絶えず愛想(あいそ)笑いしていた。どうのこうの…と多くのマスコミや招待客を前に不馴(ふな)れな女子アナは里山と小次郎をチヤホヤと、もてはやした。
「では、この辺りで最高視聴率賞の主役、里山さん、小次郎君、ひと言、お願いいたします」
 どういう訳か、里山に振った瞬間、女子アナはスラスラと紹介し、噛まなくなった。里山はキャリーボックスを提(さ)げたまま中央前へ進み出た。そして、キャリーボックスをフロアへ置いて開け、小次郎を抱き上げた。小次郎も心得たもので、すでにスタンバイしていた。最近、テレビ出演が増えた関係からか、こうした出番に小次郎は手馴(てな)れていた。
「皆さん、もうご存知かと思いますが、私が話す猫の所有者の里山です。所有者といえば少し違うようにも思います。私は小次郎を我が子と思っております。おい、小次郎…」
 里山は小次郎にも話させようと振った。
『はい! 皆さん、小次郎です。僕のような猫は科学的には存在しないのです。でも、僕はこうして皆さんの前で語っております』
 小次郎は落ちついた人間語でニャゴった。その声が響いた瞬間、全員から歓声と驚嘆(きょうたん)の声が上がった。

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2015年10月13日 (火)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<17>

「まあ、そんなことはいいとして、さあ! 鳳凰の間へ」
 駒井に促(うなが)され、里山はロビー席を立った。里山が通された鳳凰の間は、さすがに東都ホテルの一を誇(ほこ)るだけあって、豪華絢爛(ごうかけんらん)そのものだった。
「あっ! これは里山さん」
 声を掛けたりは、いつぞやテレ京のロビーで会った制作部長の中宮だった。
「はあ、これは、どうも…」
「おお、小次郎君! 元気かっ?」
 中宮は里山が提(さ)げたキャリーボックスに囁(ささや)きかけた。
『このようなところから、失礼しております…』
 小次郎は挨拶に礼を尽くした。
「おお、言うな! 小次郎君」
 中宮は小笑いした。
「おい、こんなところからはないだろ。いや、どうも…」
 里山は逆に恐縮した。鳳凰の間には、まだ数人の招待された客と報道関係者しかいなかった。それでも、キャリーボックスを提げた里山に気づくと注目して会釈した。一面識もない者達だったが、里山も軽く頭を下げた。
 なんだ、待ちかよ…と里山は思えた。これなら、ロビーではなく、ホテル内のひっそりとした場所に身を潜(ひそ)め、8時を少し回った頃に遅れて華々しく現れる・・という構図の方がよかったような気がした。今のままでは、客がこない悲しきピエロ状態なのだ。パーティーの主役が他の者を待っている・・というのは絵にならない。

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2015年10月12日 (月)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<16>

 立食パーティーが始まる夜の8時には、まだ少し時間があった。ようやく暑気も遠退き、歩いていても汗が出る煩(わずら)わしさを脱していた。里山は東都ホテルの近くに偶然見つけた猫カフェへ入った。里山がキャリーボックスを持っていた・・ということもある。もちろん、普通の喫茶店でもキャリーボックスの中身までは訊(たず)ねられないだろうが、無用の気がねは避(さ)けられるし、上手(うま)い具合に店があったから入った・・という、ただそれだけのことだ。小腹が空(す)いていたから、軽い食事とレモンティで済ませ、里山は店を出るとホテルへ入った。カウンターで鳳凰の間の位置を確認したあと、時間前までホテルのロビーで里山は待機することにした。
「まあ、余り意識せずにな…」
『ご主人の方こそ…』
「ははは…、俺は大丈夫さ。なにせ、会社で場 馴(な)れしてるからな」
『それは、心強いですね』
 里山はホテルのロビー席に座りながらキャリーボックスに語りかけた。そんな里山を見て、フロアを歩く人が訝(いぶか)しげに里山を見て通り過ぎた。キャリーボックスと話す光景は、誰の目にも尋常ではない。
「やあ! …里山さん!」
 探していたかのように擦(す)り寄ってきたのはテレ京の駒井だった。
「ああ、駒井さん、どうも…。少し早かったんですが…」
「いいえ、ちっとも…。私、あなたが来られるのを待ってたんですよ、実は」
「なんだ、そうだったんですか…」
 里山にしては予想外の駒井の言葉だった。

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2015年10月11日 (日)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<15>

 ふたたび、里山が囲まれたのは昼休みだった。里山は咄嗟(とっさ)の判断で屋上へと移動した。階下では混雑が予想できたからである。もちろん、小次郎が入ったキャリーボックス片手に、である。
「皆さん! 質問は順次受け付けます! 訊(き)きたいことがあれば言って下さい!」
 キャリーボックスから小次郎を出して抱き、里山は多くの社員を前に屋上でそう言った。
「はい! 小次郎君にお聞きします。他に話す猫仲間はいるんですか?」
 男の若い社員が手を上げて言った。
『はい、もう一匹…。最近、僕も初めてその存在を知ったのですが、その方に迷惑がかかると思いますので、僕だけというこでお願いします』
「いつ頃から話せるようになったんですか?」
 綺麗な女子社員が微笑んで言った。
『いつ頃と言われても、いつからとは言えないんですが、少しずつ言葉を覚(おぼ)えたというか、なんかそんな感じです』
 小次郎は少し応答に困り、トーンを下げた。誰が用意したのか、社内運動会用の放送機具も置かれ、声は里山が握るハンドマイクによって拡声され、社員達へ響いた。ようやく昼休みも終わり、全員が仕事へ戻(もど)ったが、一日が終わり会社から解放されたとき、里山はまったく仕事をしていなかったことに気づかされた。小次郎を会社へ連れてきたのは早計だったか…と、会社ビルを出たとき里山は思った。

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2015年10月10日 (土)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<14>

 翌朝、会社での小次郎は超人気者ならぬ超人気猫だった。里山の課員だけでなく、社内の多くの社員が里山の課に詰めかけ、課内は仕事相場ではなくなっていた。その中には部長の蘇我の姿もあった。
「ああ、この猫かね、話すというのは…」
 蘇我は多くの社員が取り囲む中、里山がキャリーボックスから出した小次郎を見ながら訊(たず)ねた。
「はあ、まあ…」
「そうか…。君はなんと言うんだね?」
 興味ありげに蘇我は小次郎へ語りかけた。
『僕ですか? 小次郎です…』
 小次郎が話した途端、課内は女子社員が「キャ~! 猫が話したぁ~!!」と叫ぶ甲高(かんだか)い嬌声(きょうせい)と、「おい、テレビの、本当だったんだな…」などといったザワザワと騒ぐ喧騒(けんそう)に覆(おお)われた。
『皆さん、お静かに! 猫が話したっていいじゃないですか。ねえ、ご主人』
 小次郎が人間の社員達を窘(たしな)めた。
「ああ、そうだな…。部長、そういうことだそうです」
 蘇我は沈黙したまま無言で頷(うなず)いた。課内は嘘のように静まり返った。
「まあ、そういうことだ皆(みんな)! 各自の部署へ戻りなさい!」
 蘇我は部長風を吹かせて、威丈高(いたけだか)に命じた。その声に社員達は塩をかけられたナメクジのように萎(な)え、各自の課へ戻(もど)っていった。

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2015年10月 9日 (金)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<13>

「まあ、そういうことらしい。だから明日は小次郎は会社へ連れて行く。会社でも一度、スターを見たいと皆(みんな)がいってたからな。退職する前にな…」
「えっ?」
「い、いやなんでもない…」
 上手(じょうず)の手から水が零(こぼ)れた恰好で、里山にしては手抜かりの失言だった。里山は沙希代に退職届の一件を報告していなかったのである。準備策③家では異動話を内緒にし、会社で断わる・・の詰め(つ)めが甘かった。里山は思わず口籠った。いずれは話すことになるのだろうが、今はテレビ出演も背広姿で、会社は都合をつけている・・
ということになっていた。危うく火花が散る危険性もあった。
『僕も少しめかし込んでおきましょうか?』
「おお! そうだな。美男子にブラッシングをして俺の香水をつけてやろう。衣装は、この前買ったのがあったよな」
『ああ、はい…』
 小次郎が話に分け入り、沙希代の追撃から里山は救われた。
 夕食後、小次郎と里山は沙希代が寝室へ消えたのを見計らってヒソヒソと話し合った。このパターンは、すでに日課として定着していた。ただ、今となってはヒソヒソと話す必要もなかったのだが、小次郎と里山だけの沙希代抜きの男の会話・・という形があった。

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2015年10月 8日 (木)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<12>

[でしたら、少しお時間がいただけないでしょうか?]
「はあ…、それはまあ。すみません、あとからかけ直します!」
 里山は人目を避(さ)け、携帯を切った。はて? なんなんだろう…とは思ったが、辞職届を出して以来、退職までの残務整理が忙しかったから、里山は深く考えなかった。そしてそのまま、駒井から電話があったことも忘れ、里山は帰途に着いた。
 駒井からの携帯がふたたびかかったのは、里山が駅構内へ入ったときだった。人の喧騒(けんそう)で駒井の声が聞き辛(づら)い。里山は慌てて近くにあった駅のトイレへ駆け込んだ。上手(うま)い具合に人の気配はなかった。
「よく聞き取れなかったもんで、すみません。なんでしたでしょう? またオファー話なら、今立て込んでますので…」
[いや、そうじゃないなですよ。実は我が社の最高視聴率賞を里山さんのご出演の回が受賞する運びになったんです。それが明日ということで、ご案内を差し上げたようなことなんですよ]
 駒井は書かれた文章でも読むように事務的に要件を話した。
「なるほど、そういうお話でしたか。私はよろしいですが…」
[そうですか。でしたら明日の夜8時から東都ホテルの鳳凰の間で立食パーティーを行いますので、是非ご出席下さい]
「分かりました。態々(わざわざ)、どうも…」
 里山に断る理由はなかったから、二つ返事で了解した。
東都ホテルはメジャーなホテルだったから、位置は一も二もなく分かった。帰宅後、里山は、カクカクシカジカ…だと沙希代と小次郎に伝えた。

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2015年10月 7日 (水)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<11>

「あの人…確か、テレビに出てたわよね? 猫連れてさ…」
「そうそう、間違いないわ。話す猫でしょ。初めはさ、ヤラセでしょ? 信じらんない…って思ったけどさ、そうでもないみたいなのよね」
「ちょっと、面白くなってきたわよね。話す猫なんてさ、この世にいる訳ないじゃない、フツ~に考えたら」
「そうよね」
 通勤電車に揺られながら二人の中年女が話す声が里山に届いた。里山は座席に座りウトウトと眠っていた。その声が聞こえたのは、ちょうど駅が近づき、車内アナウンスに里山が目覚めたときだった。里山は視線を動かせ、話している人物を追った。人物は、すぐに見つかった。里山の右斜め前で吊り革を持って立つ二人の女らしかった。里山が目を開けた途端、二人は話すのをやめ、里山と目線を合わせるのを避けるかのように余所余所(よそよそ)しく車外の風景を見た。あらっ? 誰が話していたのかしら? 風なシカト的態度で、里山は腹立たしかった。幾つかの他局番組に出演する日々が続き、里山はすっかり業界人っぽくなっていた。
「間もなく葱川(ねぎかわ)でございます。鴨山(かもやま)方面は乗りかえでございます…」
 その後も中年女の二人は里山を見ることはなかった。しばらくして車内アナウンスが入り、里山が降りる駅が近づいた。そのときである。里山の背広の携帯が激しく震動した。発信先はテレ京の駒井からだった。
[あの…明日(あす)の夜、ご都合はいかがでしょう?]
「はっ? まあ…」
 里山は、車内の人混みに話を躊躇(ためら)った。

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2015年10月 6日 (火)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<10>

「はい、それは分かっております。ただ、私には支店へ出向する気持はございませんので、これを機に・・ということでございます」
「いいだろう…。君の気持がそうなら、いずれにしろ、このまま勤められん訳だからね。会社も転勤拒否による解雇辞令は出したくない」
「はあ、有難うございます…」
「第二の人生を始める訳かな?」
 蘇我は封筒の文面に目を通しながら静かに訊(たず)ねた。
「ご存知でしたか。どうなるか分かりませんが…」
「かなり君らは有名になっとるぞ。この私が知ってるくらいだからな、ははは…」
 滅多と笑わない蘇我が、大笑いした。
「いや、お恥ずかしい限りで…。まあ、小次郎が生きている間だけ・・ということにはなろうかとは思いますが…。それに、世間は飽きっぽいですから、いつまでの人気かも分かりませんから」
「そう心配することはないと思うよ。なにせ、しゃべれる猫など、世界の希少価値だ。学術方面でも放っておかれることは、まずないはずだ」
「はあ…だといいんですが」
「大丈夫、大丈夫! 退職金も弾(はず)んでおくからさ」
 蘇我は里山の顔を見ながらニンマリと笑った。里山はこのニヒルな笑いが嫌いだった。蘇我がどうのこうのという訳ではなかったが、以前から、この意味深な笑いには、超ムカついていた。だが、妙なもので、この出会いが最後かと思うと、今はまったく腹が立たなかった。

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2015年10月 5日 (月)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<9>

 里山がその方向を見ると、OL達は笑顔のまま軽く頭を下げた。
「お願いしますよっ!」
「んっ? …ああ、そのうちにな」
 係長の田坂も席に座ったまま身体(からだ)を反転し、つけ加えた。まんざらでもない気分で里山は二人に返した。
 その日、勤務を終えた里山が駅の構内を歩いていると、時折り乗降客が振り返ったり、チラ見をした。意識せずに里山は通り過ぎたが、予想以上の反応に気分はよかった。小次郎なら当然だが、自分までも視聴者は憶(おぼ)えているのか…と思えた。
 その後、テレ京以外のテレビ局や週刊各誌、ラジオ局、新聞社などの取材や出演交渉の話が目白押しに里山へ舞い込んだ。半月後には部長の蘇我に異動話のNo,かYes,を示さねばならない。里山は、いよいよ決断するか…と、機が熟したことを自覚した。人間社会を離れ、天上に生きる人生半(なか)ばの大反転だった。
 そしてついに、その日が巡った。里山は退職届を部長室で静かに蘇我が座るデスクの上へ置いた。蘇我は静かにその封筒を手にした。封筒の中央には退 職 届 と、縦書きで書かれていた。
「やはり、退職か…」
 部長の蘇我はポツリと静かに言った。
「はい…。ご希望に沿えず、誠に申し訳ございません」
 直立する里山は、静かに一礼した。
「そうか、分かった…。残念だが、君の意志が固いのなら仕方がない。願いなら、あとあと撤回、出来るんだがね…」
 蘇我は静かに留意を含めて言った。

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2015年10月 4日 (日)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<8>

[ダントツで跳(は)ね上がったんですよ! 今年の年間視聴率賞は間違いなしですっ!]
 駒井の声は興奮でうち震(ふる)え、どこか上擦(うわず)っていた。
「本当ですかっ!」
 声高な声に、家内の全員の目が課長席に集中した。里山は、咳払(せきばら)いを一つし、声を潜(ひそ)めた。期待していたこととはいえ、里山はそこまで評判になっていようとは思っていなかった。要するに、ブレークした・・のである。
[本当ですとも。私が嘘(うそ)を言ってどうするんです]
「はあ、それはまあ…。で、私はどうすりゃ?」
[どうもこうもありませんよ。なにもする必要はないんですが、たぶん他の局からとかマスコミ関係が騒ぎだすと思いますんで、日常が慌(あわ)ただしくなろうかとは思いますが…]
「そうですか…。いや、態々(わさ゜わざ)どうも」
 携帯を切った途端、課長補佐の道坂が里山のデスク前に立った。
「課長、社内でも評判にってますよ、小次郎君」
「えっ? …そうかい?」
 余り騒がれなかっただけに、里山には社内で評判になっていたのは予想外だった。それに、道坂が小次郎の名を口にしたということは、かなり視聴者にインパクトを与え、覚えられた・・ということを意味する。そう思えば、里山の胸中は、かなりワクワクしていた。
「会社にも連れて来て下さいよ。うちの課の女子も見たいそうですから…」
 道坂は遠くから笑顔で里山の方を見る、数人のOLの方を指さした。

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2015年10月 3日 (土)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<7>

 ひと月ばかりがコトもなく流れ、ようやく暑気が後退し始めた9月初旬の朝が巡った。昨夜、里山のBS番組が放送された翌朝である。先に収録した一週間前の地上波放送ではコレ! といった反応もなく、平凡な日が流れていた。里山は肩透かしを食らった気分でテンションを下げていた。だがそれは、周辺が里山に意識させまいとするカムフラージュで、世間ではかなり小次郎の話題でもちきりだったのである。当然ながら、その現象は里山の社内にも及んだ。そして、この朝は格別だった。
「昨日のテレビ、観たぁ~?」
「ええ、観たわよ。猫がしゃべったやつでしょ?」
「そうそう! 信じらんない!」
 数人のOLが化粧室でぺチャくっていた。
「課長もスターだな。猫とのコンビで売れるぜ」
「だな。フフフ…」
 課内でも里山が座る課長席をチラ見しながら課員がヒソヒソ…とやっていた。もちろん、里山はそんな評判になっていようとは爪(つめ)から先ほども知らなかった。
 ようやく里山の耳にも期待していた一報が入った。里山は会社の課長席でその知らせを受けた。携帯はテレ京の制作担当プロデューサー、駒井からだった。
「さ、里山さん! ドエライことです! 視聴率がっ!」
「えっ? 視聴率がどうかされました?」
 期待していたことながら、里山としては、そこは駒井に言わせたかった。

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2015年10月 2日 (金)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<6>

 暑気が相変わらず肌に纏(まと)わりつく夕方、家に着いたとき、里山は玄関で靴も脱がず大の字になった。夏場だから外はまだ明るかった。里山は、すっかり疲れ果て、家へ入った。声をかけようとした小次郎だったが、気 遣(づか)ってキャリーボックスの中で静かにしていた。
「あら、こんなところで…。どうだった?」
 沙希代が奥から玄関へ出てきて。開口一番、そう言った。そこは、まずお疲れさんだろうが…と大の字になり目を閉じている里山は思ったが、思うに留めた。正直、言うのも嫌なほど、疲れていた。身体もだが、気分の方がかなり参っていたのだった。
「お風呂、沸(わ)いてます…」
「ああ…」
 里山はやっと声をたせした。それを聞き、沙希代は何も言わずソソクサと奥へ戻(もど)っていった。
「疲れたから早めに寝る…」
 風呂上りのあと、晩酌と夕食もそこそこに、里山は沙希代にボソッとそう言った。
「そおう? おやすみ…」
「小次郎! まあ、そういうことだっ!」
『おやすみなさい、ご主人!』
 沙希代の手前を考える必要がなくなった小次郎は声高にそう言うと、猫語でひと声、ニャ~~と愛嬌(あいきょう)ある妙声で鳴き、里山に夜の挨拶をした。里山の姿が見えなくなり、沙希代の食器を洗う音が、静けさの中になんとも耳触りに聞こえる。小次郎は僕も疲れてるんだな…とタレント的に思った。  

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2015年10月 1日 (木)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<5>

 ADはスタジオが騒然とするたびにカンぺを上げ続けた。最初は里山に話させていたアナウンサーも直接、小次郎に話しかけるようになっていった。
「そうですか…。君は今、いくつなの? もちろん、人間の年齢換算で、だけどね」
『僕ですか? そうですね…今は15、6といったところでしょうか』
 タメ口で話しかけられても、小次郎は悪びれた態度を見せるでもなく、淡々と質問に答え続けた。
「中学生くらいなんだ…」
『まあ、それくらいですかね』
 すでにカンぺの上げ下ろしでADは疲れ果てていた。その上げ下ろしが何度か続き、やがて番組終了の時間が近づいた。
「ご覧の皆さんにも人間語を話す猫がいる、ということをよく分かっていただけたと思います。いや、正直申しますと、私にも今日の番組が現実なのかどうか・・些(いささ)か信じられないのです。ただ、ここにいる小次郎君は現に日本語で話してくれました。それをこの耳で聞いたのです。私はこの非科学的な事実を素直に受け入れたいと思います」
 カメラ目線で視聴者に語りかけるアナウンサーの声は熱を帯びていた。
 収録が終わり、里山が家路に着いたとき、時刻はすでに午後5時を回っていた。
「お疲れさまでした。放送はひと月ばかり先の9月上旬になろうかと思っております。詳細とかその他のことは後日、お電話で…」
 帰りがけ、送り出してくれたのは、来たときと同じ、プロデューサーの駒井だった。

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