« 2015年10月 | トップページ | 2015年12月 »

2015年11月

2015年11月30日 (月)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<15>

『いい感じだね…』
 褒(ほ)めベタな小次郎は、とりあえず猫語でニャニャっと返した。
『なによ、それ…。この鳴り具合、いいでしょ?』
 みぃ~ちゃんは、もう一度、首を軽く振り、チリン! と鳴らして、鈴をアピールした。
『ごめんごめん! いい音色だよ』
 こりゃ、所帯を持てば尻に敷かれそうだ…と小次郎は漠然と思った。みぃ~ちゃんは、ニコッと口毛(くちげ)を動かし、少しご機嫌をよくした。
『それよか、僕と君は平安朝の通い婚になりそうだよ』
 小次郎は、このままでは危ういと話題を転じた。
『通い婚? なに、それ?』
 みぃ~ちゃんは、まったりとフロアへ身体を沈め、寛(くつろ)ぎ姿で訝(いぶか)しげに訊(たず)ねた。
『僕がみぃ~ちゃんの家へ通うってことさ…』
『来たっていう合図は? それに、私(あたし)にも都合があるから…』
 小次郎がその後、みぃ~ちゃんから得た詳細情報では、小鳩(おばと)邸には、高級感が漂う家風のスケジュールが、いろいとあるようだった。
『まあ、ともかく…通うことにするよ』
『うん! まあ、話は今後、詰めるとして、今日はおめでたい席だから、硬(かた)い話はナシにしましょう』
『そうだね…』
 二匹は、まったりと寝そべって寝息を立て始めた。いつやらも言ったと思うが、猫族はよく眠るのである。一日の三分の二は眠るのが普通だ。特に、この日のように居心地がいいと、すぐ眠ってしまうことになる。

|

2015年11月29日 (日)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<14>

 道坂の結婚披露宴は結婚式の数日後、吉日を選んでとり行われた。小鳩(おばと)婦人がみぃ~ちゃんを連れて現れたのは当然である。
「ほほほ…」
 小鳩婦人が挨拶したのは、ただそれだけだった。婦人としても、披露宴への列席は義理的なものである。挨拶が、ほほほ…だけというのは、知り合いが里山以外、皆無だったからだ。ただ、パーティ的なこの手の集(つど)いには場馴れしている小鳩婦人だったから、少しも臆(おく)するところはなかった。返って自分の高価なダイヤモンドとかの装飾品を周囲の者にひけらかしたりする余裕ある態度だった。それはともかくとして、小次郎とみぃ~ちゃんは逢える機会に恵まれた。二匹にとって、人間の柵(しがらみ)は、まったく関係がない。要は、出逢えればいい・・という訳だ。そんなことで、ともかく出逢える機会を得たのだからよかったのだが、どうも居心地が悪い。二匹は列席者の挨拶やら余興やらが盛り上がってきたところで、ヒョイ! とお互いの飼い主から離れた。二匹の席も人間並みに用意されていたのだが、ただ椅子に座っているだけでは、話も何もできたものではなったから、フロアへ飛び降りたのだ。上手(うま)い具合に、テーブルクロスで隠されたフロア下は、二匹にとって都合のいい語らい場所だった。里山達の脚が何本も立つ円テーブルの下は周囲と隔離された別世界だった。
『これでも着飾ってきたのよ…』
 みぃ~ちゃんは見てくれと言わんばっかりに猫語でそう言うと、小次郎の前で首を軽く振った。そういや、以前見たのとは少し違う可愛い首輪で、その先の鈴がチリン! と鳴った。

|

2015年11月28日 (土)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<13>

 里山は、道坂の披露宴に小鳩(おばと)婦人も呼んでもらうよう、道坂へ携帯で連絡した。
[えっ?! いやぁ、それは彼女にも訊(き)いてみないと、なんとも…]
「君達には一面識もないからな。呼ぶ義理もないが、俺の知り合いということでさ…」
[ああ! この前の映画の…]
「お前、よく知ってるな」
[確か、映画宣伝でテレビにも出てられましたよ]
「そうそう、そうだった」
 里山はテレビ取材で小鳩婦人と出演したことを思い出した。
[分かりました。いいですよ、僕が彼女に上手(うま)く言っときますから]
「そうか? そりゃ、助かる…。それじゃ、頼んだぞ。なあ?」
 里山は携帯を切り、腕の小次郎を見下ろした。
 里山の目論見(もくろみ)は、こうだ。小鳩婦人は、恐らくみぃ~ちゃんを伴って披露宴に現れるだろう…と。そうなれば、小次郎とみぃ~ちゃんの出会える機会がまたひとつ増えることになる。小次郎に頼まれた以上、里山としては飼い主として最善を尽くそうと考えていた。
『ええ、助かります…』
 里山と見上げた小次郎の目が合った。
「はあ?」
「いや、こちらの話です…」
 滝田に里山と小次郎の思いが分かるはずもなかった。

|

2015年11月27日 (金)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<12>

 道坂も、今や世界的に有名猫になった小次郎の本と聞き、是非にと了解してくれたのである。
「赤イレ後の最終稿です。お目を通しておいて下さい…。これ、リゲル文学賞もとれるんじゃないですか? なかなか面白いですよ。猫の書いた書物なんて、史上初めてですから…」
 文芸編集部のリゲル編集長、滝田は最終稿を捲(めく)りながら笑みを浮かべ、里山に抱かれた小次郎を見た。
「はあ、まあ…。で、いつ頃の出版に?」
「来月には出ますよ」
 滝田は自信ありげに言った。
『ご主人、間にあいますね』
 小次郎が口を開いた。
「… はっ?」
 少しして、意味が分からず、滝田は頭を傾(かし)げた。
「そうだな…」
 里山は腕の小次郎を見下ろした。
「あの…どういった?」
「いやあ、勤めていた会社の部下の結婚式がありましてね。シカジカシカジカなんですよ」
「ああなるほど、シカジカシカジカですか。そりゃ、いい記念にもなりますからね」
 滝田は納得して頷(うなず)いた。

|

2015年11月26日 (木)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<11>

 自動ドアが開けられ、里山は小次郎が入ったキャリーボックスを片手に後部座席から車を降りた。
 上手(うま)い具合に仕事内容が出版本の話で、これが雑誌社だったら…と思うと、里山はゾ~~っとした。小次郎とみぃ~ちゃんのことを根掘り葉掘り訊(き)かれることは目に見えていた。だが、敵もさる者である。里山が編集社に入ろうとしたとき、張り込んでいた記者らしき若い男が里山を呼び止めた。横には中年のカメラを手にした男と二名だ。
「あの~、里山さんですよね?」
 当然、里山と知っているに違いないその若い男は、知らない素振りを見せて訊(たず)ねた。それと同時にカメラのシャッターが切られ、連写音がした。
「すみません! 急ぎますので…」
 そう急いではいなかったが、里山は男を振り切って中へ入った。さすがに、屈強の制服ガードマンが仁王立ちする中までは追いかけてこないようで、里山はホッと安堵(あんど)の息を吐いた。
 出版本は[小次郎の人間指南!]とタイトルされた、猫から見た人間の評論と、小次郎が考える改善策の提案だった。
 会社を退職する前、課長補佐の道坂に頼まれていた仲人(なこうど)役の結婚式が近づいていた。結婚式が遠退いていた背景には、里山にも責任がある事情があった。実は、道坂が里山の後釜(あとがま)として俄かに支社への出向が決まったのだ。それで結婚式が遅れていた。道坂が本社へ呼び戻され、その結婚式が数ヶ月先に挙行される運びとなっていた。里山はその引き出物に今回の出版本を加えてもらおう…と目論(もくろ)んでいた。まあ、退職した会社を利用するチャッカリした態(てい)のよい宣伝である。

|

2015年11月25日 (水)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<10>

 狛犬(こまいぬ)は毎朝、その車で里山の家へ迎えに来ていた。今朝も、狛犬が運転する車中で、里山は駒井からの入った話を受けていた。
[任せて下さい。私がなんとかしましょう…]
「そんなことが出来るんですか?」
[ははは…。なに、これで結構、人脈はありましてね]
「そうなんですか? よろしく、お願いいたします」
 携帯は、それで切れた。
「なにかと大変ですなぁ~」
 ハンドルを操作しながら、狛犬が気楽そうに笑った。里山は少し腹が立ったが、怒らず流した。
『そうなんですよ、これでどうして、なかなかです…』
 キャリーボックスに入った小次郎が、里山に代わって狛犬へ返した。
「私も長く人生やっとりますが、猫さんと話せるとは思ってもみなかったですよ、ははは…」
『僕も珍しい名を知りましたよ』
「そういや、珍しい姓だとよく言われますな」
 運転手募集の面接で里山が狛犬を選んだのは、その辺りの珍しさも加味されていた。狛犬の運転 捌(さぱ)きは絶妙で、車の動き出す気配も感じられず、止まるときもまるでエレぺーターが止まった感じだった。
「着きましたよ…」
 車が止まったのは、某編集社ビルの駐車場だった。

|

2015年11月24日 (火)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<9>

 世界的に超有名猫になりつつあった小次郎は、この週刊誌の一件で新たな世間の荒波に翻弄(ほんろう)されることになった。小次郎にとって、翻弄されるとは、水ではないにしろ、風呂の終(しま)い湯が入った洗濯機の中へドポン! と放り込まれて、スイッチを入れられたようなものである。これは命が危(あや)うい。幸い、これは例(たと)えであって、小次郎の身が危険に晒(さら)される…ということはなかったが、心理(メンタル)面で、小次郎と里山はかなり参ってしまった。このマスコミ騒動を救ったのが、テレ京のプロデューサー、駒井だった。
[困った記事が出ましたね…]
「そうなんですよ。本人…いや、本猫も大弱りでしてね。それにしても、マスコミは凄いですね。どこで、二匹のことを知ったのか…」
 仕事のため車でテレビ局へ移動中の里山に携帯が入った。最近まで、里山が自家用で移動していたのだが、かかってくる携帯の多さに、お抱え運転手を雇ったのだ。狛犬(こまいぬ)という、いかにも霊験新(あら)たかそうな苗字だったが、苗字とは裏腹に、物忘れが激しいショボい初老の男だった。それでも、元タクシー運転手だけのことはあって、運転は確かなのだ。これで、気がねなく入る電話に応じられる…と里山は思った訳だ。加えて、道交法で運転中の通話は危険運転で禁じられていたから、気の疲れも和(やわ)らぐし、一挙両得の効用があった。このため、里山は車を新しく買いかえた。身入りは十分あったから、余裕で買えた。とはいえ、中古の高級車だったのだが…。

|

2015年11月23日 (月)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<8>

「私(あたくし)も小次郎君の来訪に心しますわ」
「まあ、猫同士のことですから、邸宅へ入れさえすれば、なんとかするとは思いますが…」
「一応、婚約ということで…。改めて式の日時につきましては、お電話を差し上げますわ。この番号で、よろしかったかしら?」
 小鳩(おばと)婦人は古めかしい携帯を里山の前へ示した。レトロだな…と里山には見えた携帯画面に、里山の携帯番号が映っていた。
小鳩婦人には少し不釣り合いな感がしないでもなかったが、里山は思うに留めた。
「はい、それで結構でございます…」
「古めかしゅうござぁ~ましょ? どうも、使い勝手がよろしゅうざぁ~ますの、ほほほ…」
 小鳩婦人は、また手持ちのダイヤモンドが散りばめられた扇(おうぎ)で口元を隠し、高貴に笑った。どうも、この手のご婦人は苦手(にがて)な里山だったから、ここは言わせておいて従うことにした。
 世の中には仕事に燃える男もいるものだ。小次郎とみぃ~ちゃんの一部始終を調べ尽くしたその記者の男は、週刊誌にその記事をスッパ抜いた。その男が、どこでどうして二匹の経緯(いきさつ)を知ったのか? が、里山には不思議だった。業界人にはよくあることだが、二匹は猫なのだから分かるはずがないのだ。小鳩婦人と里山のスキャンダラスな記事ならともかく、みぃ~ちゃんと小次郎の仲は詮索(せんさく)しようがない。そう考えれば、里山は自分の行動を近くで見られているような気がしてきた。婦人との話し合いを聞かれていた・・という以外には考えられなかった。

|

2015年11月22日 (日)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<7>

「…なんなんですよ。すっかり、いい仲になったようでして…」
「まあ! どなた達が?」
 小鳩(おばと)婦人は扇(おうぎ)を手元へ下ろし、訝(いぶか)しそうに里山を見た。
「ですから、うちの小次郎とみぃ~ちゃんが…」
 小鳩婦人は、しばらく黙っていたが、理解したのか頷(うなず)いた。
「ああ、そういうことざまぁ~すの? ちっとも気づきませんでしたわ。あら、嫌だ!」
 婦人は扇をパタつかせた。
「なんとかなりませんか? 頼まれたもので…」
「どなたに?」
「いや、その…小次郎に」
 小次郎が人間語を話せる猫だということは、今や世界で知れ渡っていたから、当然そのことは小鳩婦人も知っていた。
「そういうことは、本人同士、いえ、本猫同士に任せるしか仕方ないんじゃござ~ませんこと?」
「と、いうことは、ご婦人も二人の仲をお認めになると?」
「ええ、もちろん。世界的な国際猫の小次郎君なら、文句はござぁ~ませんことよ、ほほほ…」
 話は小次郎の心配とは裏腹に、順調に纏(まと)まっていった。
「通い婚というのは、古く平安の御代(みよ)には、ごく当たり前だったそうですから、小次郎を通わせても別に不自然ということはないですよ」
 里山は歴史好きだったから上手(うま)い具合に小鳩婦人へ返した。

|

2015年11月21日 (土)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<6>

『新居で暮らす、という訳にもいかないしね…』
『通うにしたって、私の方からは無理だと思う』
『確かに…。みぃ~ちゃんは伝えられないからな。それにしても、いい天気だね』
「ええ…」
 二匹は背を丸め、尻尾(しっぽ)の先を丸めた。
 その頃、邸内では里山が超高級紅茶を飲んでいた。傍(かたわら)に侍女(じじょ)風の高貴な老女が、里山が食べたことも見たこともない超高級菓子が乗った皿を置いた。スイーツには滅法、目がない里山だったが、これは、なんと? と訊(き)く訳にいかず、黙って食べ始めた。里山にもプライドは少なからずあったのだ。スィーツを食べながら里山は小次郎とみぃ~ちゃんのことを、さてどう話していいものか…と考えた。
「いや、実はですね…」
 意を決した里山は、小鳩(おばと)婦人に語りかけた。
「あらっ、なんざまぁ~すかしら?」
「うちの小次郎とみぃ~ちゃんが…」
「えっ? 小次郎君と宅のみぃ~ちゃんが、どうかしましたの?」
「いや、その…あの…」
 里山はどう伝えていいのか…と、難儀した。
「ほほほ…面白いお方」
 小鳩(おばと)婦人は、また手持ちのダイヤモンドが散りばめられた扇(おうぎ)で口を押さえ、笑う口を隠した。よく扇を使うお方だ…と、里山は思った。
 

|

2015年11月20日 (金)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<5>

「あらっ? みぃ~ちゃん、どこへ行ったのかしら? 嫌ざまぁ~すわ、ほほほ…」
 高貴な笑いで、小鳩(おばと)婦人は手持ちのダイヤモンドが散りばめられた扇子を見せつけるように口を押さえた。
 
 二匹は、すでに小鳩邸のゴージャスな大庭園を散策しながらデイトしていた。交わす言葉は、もちろん猫語である。
『ご主人が、仲を取り持ってくれるそうだよ』
『ふ~ん、そうなんだ…』
 みぃ~ちゃんは、攣(つれ)れなく返した。小次郎としては肩すかしを食らった格好である。
『人ごとみたいに…』
『だって、うちの奥様、なかなか手強(てごわ)いわよ。上手(うま)くいくかしら?』
『…まあ、そう言われれば、なんだけど。でも、うちのご主人も、アレでどうして、やるときはやられるお方だから』
『お手並み拝見ってとこね』
 みぃ~ちゃんはお嬢さま風に高級感を漂(ただよ)わせて言った。言われてみればそのとおりで、里山に任せるしかないのだ、所詮(しょせん)、僕達は猫だ…と、小次郎は目を片手でフキフキした。猫が器用に顔を拭(ふ)く例の仕草である。二匹は池に掛けられた橋の上へ腰を下ろした。青空に澄みきった空気が流れ、いい気分の二匹だった。
『僕達のことは、ご主人に任せるしかないだろう。一応、人間語で相談したんだよ…』
『そうなんだ…。確かに、人間のようにはいかないわね』
 みぃ~ちゃんは橋の上へ腰を下ろすと、軽く片手をナメナメした。小次郎も腰を下ろした。

|

2015年11月19日 (木)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<4>

「ほほほ…この辺りで、お寛(くつろ)ぎ下さいましな…。今、お茶を運ばせますわっ」
 小鳩(おばと)婦人は据(す)え置かれた純金製と思われるハンドベルを優雅に数度、動かした。すると、なんとも耳触(みみざわ)りがいい高い音色が響き、奥間のドアが開いて侍女(じじょ)風の老女が現れた。
「お嬢さま、どのような…」
 お嬢さま? どう見ても年老いた大きい梟(ふくろう)だろう…と里山には思え、思わず噴き出しそうになったが、必死に堪(こら)えた。
「ああ、婆や…。お茶をお出しして」
「はい、かしこまりました…」
 侍女風の老女は、すぐ大広間から退出した。そのとき、里山は腕に抱いた小次郎が変な小声で鳴くのを感じた。猫も笑うのである。そこへ、一端、奥の間に消えたみぃ~ちゃんが楚々と歩いて現れた。今日の主役の再登場である。小次郎は笑いを止め、里山の腕からヒョイ! と、飛び降り、みぃ~ちゃんに近づいた。里山が予想していない小次郎の動きだった。
『シカジカなんだよ、みぃ~ちゃん』
『えっ! シカジカ? 大先生が?』
 みぃ~ちゃんは、すぐ理解した。彼女は小次郎を映画の役どおり[先生]と呼び、里山は先生のご主人ということで、[大先生]と呼んでいた。
 二匹は気づかれぬよう大広間を静かに出た。


|

2015年11月18日 (水)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<3>

『大丈夫そうですね…』
「そのようだ…。早く、食っちまってピンポ~ンだ」
 里山は片手の人差し指で表門のチャイムを鳴らす仕草をした。
「お久しぶりざま~ぁす、里山さん。それに小次郎君…でしたかしら?」
 食後、車から降りた里山がチャイムで呼び出すと、しばらくして小鳩(おばと)婦人がみぃ~ちゃんを抱いて現れた。里山も小次郎を抱いていたから、出会いの形としては最高だった。小次郎はみぃ~ちゃんの手前、余り人間語で挨拶するというのも高慢(こうまん)ちきに思え、ニャ~とだけ猫語で鳴いて挨拶した。それでも、みぃ~ちゃんの耳には、『逢えたねっ!』と、聞こえた。みぃ~ちゃんも小次郎に逢いたかったのか、ニャ~と猫語で返した。意味は、『私も…』ぐらいの意味である。人間で言う、いい感じ・・だ。
「まあ、立ち話もなんざまぁ~す。どうぞ、お入(はい)り下さいまし…」
 小鳩(おばと)婦人は高級感が漂(ただよ)う香水(パヒューム)を、これ見よがしに匂(にお)わせながら、そう言った。
 小鳩家の邸内へ入り、里山と小次郎が最初に通されたのは、まるでベルサイユ宮殿を彷彿(ほうふつ)とさせる大広間だった。だが、邸内全体に空調システムが完備されているのか、まったく暑くも寒くもない快適さだった。その一角にある王朝風の豪華な応接セットへ里山達は導かれた。
「ほほほ…この辺りで、お寛(くつろ)ぎ下さいましな…。今、お茶を運ばせますわっ」
 小鳩婦人は据(す)え置かれた純金製と思われるハンドベルを優雅に数度、動かした。すると、なんとも耳触(みみざわ)りがいい高い音色が響き、奥間のドアが開いて侍女(じじょ)風の老女が現れた。里山も小次郎も、すっかり高級貴族扱いである。映画[吾輩は猫である]の木邑(きむら)監督に一目、置かせたのも頷(うなず)けた。

|

2015年11月17日 (火)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<2>

 調べは割合つきやすく、所属やスケジュールの詳細も存外早く、入手できた。
 みぃ~ちゃんは動物専門の芸能事務所、槍プロの所属だった。個人事務所で一人と一匹で頑張る里山達とはド偉(えら)い違いで、槍プロの所属動物は犬猫は申すに及ばず、多種多様な動物を網羅(もうら)して数十匹にも及んだ。
「明日は空き日だそうだ…。よし! 思い切って訪れてみよう。婦人も知らない訳でもなし、まさか門前払いはしないだろう」
『よろしく、お願いいたします…』
 小次郎は丁重に、ニャ~と尻尾(しっぽ)を動かした。小次郎しては、自分の力では離れた距離的なものも含めて手に負えず、里山に任せるしかない訳だ。里山は、すでに仲人(なこうど)気分になっていた。申すに及ばず、多種多様な動物を網羅(もうら)して数十匹にも及んだ。事前に槍プロへコンタクトをとり、みぃ~ちゃんの空き日と飼い主の小鳩(おばと)婦人の住所を訊(き)きだしておいた。
 そして、その日が巡り、朝早く、里山と小次郎は小鳩(おばと)婦人の大邸宅前に立っていた。時間的に遅い訪問だと、外出後で留守ということも有り得たからだ。まさか六時過ぎに出かけているということもないだろう…と思い、車を邸宅が見える近くの空き地へ横づけし、コンビニで買った菓子パンと牛乳を飲み食いした。もちろん、小次郎の朝食用固形食料や猫缶、キャット・ディッシュは車に積み込んであった。里山はまるで探偵のように、食べながら小鳩婦人が出ないかを見張った。

|

2015年11月16日 (月)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<1>

 道ならぬ恋とは、まさしく小次郎とみぃ~ちゃんのことだった。小次郎が意を決して里山にその想いを打ち明けたのは、完成試写会を迎えた日だった。
『実は、しかじかかくかくなんですよ』
「なるほど! かくかくしかじかじゃなく、しかじかかくかくなんだな。なぜ、もっと早く言わなかった!」
 里山は小次郎に、しかじかかくかくだと聞かされ、思わず怒っていた。水くさい、お前と俺の中で…と瞬間、思えたのだ。
『どうも、すみません。でも、僕は飼われている身の上ですから…』
「馬鹿なことを言うんじゃない。飼われているのは里山家だ。今のお前は、立派な里山家の稼(かせ)ぎ頭(がしら)じゃないかっ! 俺もひと肌、脱がん訳にはいかんだろう…」
 里山は熱い口調で語った。小次郎は、ひと肌、脱ぐとは大げさな人だ…と思ったが、思うに留めた。
『はあ。まあ、そうなるんでしょうか…』
「なるとも、なるとも。…そういや、いいとも、終わっちまったなぁ。そんなこたぁ~どうでもいいんだ! それよか、みぃ~ちゃんの方は?」
 里山は漫才のボケとツッコミを一人でやった。
『それなんですよ。小鳩(おばと)婦人も知らないと思いますし…』
「そりゃそうだ…。ニャ~じゃ分からんからな。さて、どう算段するかだが…」
 里山は腕組みし、小次郎は尻尾(しっぽ)を軽く巻いた。しばらくして、里山が口を開いた。
「とにかく、みぃ~ちゃんが婦人の手を離れる機会を探るとしよう」
 しばらく、小次郎のスケジュールを開けていたのを幸いに、里山と小次郎は探偵気どりでみぃ~ちゃんのオッカケを始めた。そこはそれ、並みのトウシロとは違い、こちらも業界人、いや、業界猫である。

|

2015年11月15日 (日)

怪奇ユーモア百選 38] 恐怖のストップ・モーション

 地下鉄への道を歩んでいた通勤途上の川津は、今朝も渋面(しぶづら)で空を眺(なが)めた。この一瞬、川津の足は停止しており、手はポケットのハンカチを弄(まさ)っていた。さらにその手は額(ひたい)と首筋へと動き、汗を拭(ぬぐ)った。この一連の所作は、通勤途上の同じ場所で、ほぼ同時刻に決めごとのように繰(く)り返されていた。その場所は地下鉄通路に下る入口階段の手前で、ようやく日差しが避(さ)けられる、少し気分が安まる場所だった。その場所で止まらないと何かが起こる・・というある種の自己暗示的な恐怖心もあったせいか、川津は通勤する日には必ずそうした。
 この日も朝から暑気が出ていた。ああ、今日もか…という目線をギラギラと照り始めた太陽に向け、川津はそう思った。それは、いつもの停止場所だった。当然、汗 掻(か)きの小津の手はポケットを弄り、額と首筋を拭(ふ)いた。さて、行くか…と小津が一歩前へ足を踏み出そうとしたときだった。足がストップ・モーションのように動かなくなった。小津の意思は、歩こうとしていた。だが、足は動かなかった。それどころか、手、足、腰と身体(からだ)のすべてが氷結したように動かなくなっていた。妙なことに、暑気は感じなくなり、少し肌寒ささえ覚える川津だった。辺(あた)りを通行する人の動きはいつもどおりで、川津が立ち止っていることなど無視するかのように、雑然と動いていた。川津は必死に足を動かそうとした。恰(あたか)もその姿はリハビリ途中の患者が必死に足を動かそうとする姿に酷似(こくじ)していた。次第に川津は焦(あせ)り始めた。誰でもいいから通行者に救いを求めるか…とも思った。と、そのときだった。一人の男が冷や汗を掻いて必死になっている川津に気づいた。
「ああ、お宅もストップ・モーションですか。私も以前、ここで、そうなりました。ははは…大丈夫! もうそろそろ…。それじゃ!」
 意味深(いみしん)に言うと、その男は地下鉄入口階段を下りていった。川津の身体は、その男が言ったとおり、数分後、嘘(うそ)のように元へと戻(もど)った。その日以降、川津はその位置で意識的に止まらないことにした。そしてそれは、今日も続いている。そんな訳でもないのだろうが、川津は冬でも氷を寒がりもせず食べ、皆に笑われている。

                           完

|

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<50>

「相変わらず、下手(へた)ね…」
 キッチンへ戻(もど)り際(ぎわ)、沙希代が発した必殺のひと言で、ギターの音がピタリ! と止まった。
 夜が更けた頃、沙希代は寝静まり、こっそりとベッドを抜け出した里山と小次郎の談義が始まった。
「お前の活躍のお蔭で、俺は第二の人生を進めている。改めて、ここで礼を言っておくよ」
『嫌ですよ、ご主人。そんな他人行儀な…』
 小次郎は小(こ)っ恥(ぱ)ずかしくなり、長く伸びた口毛を少し動かすと、尻尾の先をピクリと動かした。
 あれこれの雑事はいろいろと起きたが、ともかく小次郎の活躍で里山は新たな生き甲斐を見つけることができ働いている。かなり疲労 困憊(こんばい)はしているものの、心理(メンタル)面での満足感はあった。勤務の頃の、あの嫌味な蘇我部長の顔を見ないで済(す)むのだ。
「小次郎…俺達は、これでよかったんだよな?」
『…ご主人がよかったと思っておられれば、それでよかったんだと思います。僕は、どちらにしても、もともと捨て猫ですから…』
「そんなに僻(ひが)まないでも、いいだろうが…」
『僻んでる訳じゃありません。それが事実ですから…』
「まあ、暮らし向きは幸いよくなったし、家内の機嫌もいいしな…」
『奥さん、を辞められて、太られましたね』
「ははは…、テレビを観ながら煎餅(せんべい)ばっかり食ってるからな。小次郎の活躍の成果だ」
『成果かどうか…』
 里山が笑い、それに吊(つ)られて小次郎もニャニャニャと笑った。

                       第③部 <活躍編> 完

|

2015年11月14日 (土)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<49>

「小次郎の活躍で、我が家はすっかり金持ちになったが、どうも住みづらくなった…」
『今の日本に似てませんか?』
「そういや…俺の子供時代は国全体が住みやすかったな」
 里山はそう言いながらテレビのリモコンを弄(いじ)った。テレビ画面には、ひと月ほど前に収録された[小次郎ショー]の様子が映し出されていた。里山は画面を見ながら茶を飲み、小次郎は高級陶磁器製のウォーターボールに入った水を舐(な)めた。缶詰の空き缶の水を舐めていたときから考えれば、破格の出世である。活躍の結果、暮らし向きはよくなった? いや、それはまだ里山にも小次郎にも未知数だった。物的には恵まれたのは確かだった。ただ、気分的には恵まれていなかったのだ。里山も小次郎もマスコミという自分達を包み込む見えない圧力に翻弄(ほんろう)されていた。里山は木邑(きむら)監督がクランクインしたその日、突然、歌い出した、♪そのうち、なんとかなるだろう~~♪を思い出した。里山は急に立ち上がると居間の隅に置いてあるギターを手にし、下手(へた)にジャンジャカと弾き始めた。急に襲った土石流のような雑音に、小次郎は緊急退避を余儀なくされ、素早くその場から走り去った。
「なによ! テレビ、点(つ)けっぱなして!」
 小次郎と入れ替(かわ)ってキッチンから沙希代が現れ、リモコンでテレビを消した。里山はとり憑(つ)かれたように沙希代を無視し、無言でギターをジャンジャカと弾き続けた。

|

2015年11月13日 (金)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<48>

「無理無理無理! 裏口から…」
 玄関戸を開けようとしたとき、沙希代が待った! をかけた。
「そうだったな。ははは…、これじゃ、コンビニへも出られんな」
 里山は辛笑(にがわら)いした。だが内心では、少し有名人になったような誇(ほこ)らしい気分もあった。
この日、仕事はなく、里山も小次郎も、のんびり過ごそう…と、それぞれ思っていた。コンビニから帰った里山が、真新しいカミソリで髭(ひげ)を剃(そ)っていると、小次郎が近づいてきた。
『今、よろしいですか?』
「… ああ、いいよ」
 里山は髭を剃りながら、鏡越しに映る足下(あしもと)の小次郎に言った。
「なんだ、そんなことか。それなら答えるが、この城は、捨てられん。なんといっても、住み心地がいいからな…」
 歴史好きな里山は、昨日観た歴史大河ドラマの一場面を思い出しながら、戦国時代的に言った。どうも、この家の暮らしやすさが気に入っているようだった。
『確かに…』
「お前も、そう思うか?」
『はい!』
 マスコミ騒ぎがなかった頃を思い返せば、この辺(あた)りは閑静でいい佇(たたず)まいの環境だった。

|

2015年11月12日 (木)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<47>

「どうですか! 小次郎君、元気ですかっ!」
 沙希代は、なんて質問なんだろう! と、少しムカッ腹が立ったが、顔は笑顔で軽くお辞儀して家の中へ入った。
「今日も出てるわよ…」
「ほう…そうか?」
 起き出した里山がパジャマのまま小声で返した。確かに○×新聞をめくると、小次郎と里山の記事が写真入りで大きく出ていた。
「小次郎、出てるぞ、ほらっ!」
 里山はウダァ~~とキッチンのフロアに寝そべっている小次郎に囁(ささや)きかけた。小次郎としては、のんびりと朝を寛(くつ)いでいる矢先だったから、うざく思えた。それでも、ご主人の里山の声かけだから無碍(むげ)にも出来ず、薄目を開けると欠伸(あくび)を一つ大きくして、里山が差し出した誌面を見た。
『載(の)ってますね…』
 まあ、当たり障(さわ)りなく、こう答えておけばいいだろう…と思ったのだ。
 
 ○×新聞は毎朝新聞や経産新聞などと肩を並べるメジャーな新聞で、全国紙である。そのことから考えれば、当然ながら他紙にも掲載されていることは疑う余地がなかった。昨日もそうだったし、この分からすれば、たぶん明日も…と里山には思えた。小次郎は、よく毎日、書くことがあるもんだ…と、冷(さ)めて思った。
 食後、里山は使い捨てのカミソリをコンビニで買おうと、玄関へ回った。どうも、肌が合わないらしく、里山はもっぱらシェーブクリームと手製カミソリの手動派だった。

|

2015年11月11日 (水)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<46>

 映画の反響とは別に、小次郎は世界的に別の意味で注目されていた。言わずと知れた、人間の言葉を話せる猫としての注目だった。生物学者を始めとする世界中の多くの学識者が里山の周(まわ)りを取り囲み始めた。当然、それにはマスコミの報道陣も加わった。映画[吾輩は猫である]の報道合戦とは別腹で、里山と小次郎は二重のオッカケに悩まされるようになったのである。
 パタンキュ~で玄関に眠り込んだ次の朝、里山達は早朝から賑(にぎ)やかな話し声に起こされた。本来なら、近くにある公園の樹々で囀(さえず)る小鳥達に起こされるのだ。それが、人がガヤガヤと話す騒音にに近い音で起こされたのだ。気分のいい訳がなかった。里山よりもご機嫌が斜(なな)めなのが先だ。寝室のカーテンを荒けなく開けると、これ見よがしにベッドに横たわる里山の方を見て言った。
「やかましいわねっ! アレ、なんとかならないの…」
 里山は目覚めていたが、狸(たぬき)寝入りを決め込んだ。返事をすれば、まあ、数十分は小言(こごと)を聞かされる人にならねばならない。それでも2、30分もそのままにしていると、さすがに里山も腹が立ってきた。もちろん、里山が跳(は)ね起きたときの沙希代はキッチンで朝食の準備をしていた。
 沙希代が新聞受けから新聞を取り出しに玄関の外へ出たとき、待っていました! とばかりに報道陣の質問が垣根越しから聞こえた。一人ではなく、あちこちから発する声で、まるで騒音状態だった。
「みなさん、おはようございます。朝早くからご苦労さまです…」
 取り敢(あ)えずオブラートで辛(にが)い薬を包み込むように沙希代は朝の挨拶をした。里山家の場合はカプセルではなくオブラートの例(たと)えが似合う家だった。

|

2015年11月10日 (火)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<45>

「里山さんにも分かりますか。私も数度のテレビ出演や取材は今までにも何度かあったんですがね。こうも連日、押しかけられるとは思いませんでした」
 二人の話を耳にし、小次郎も木邑監督が言った意味を理解した。
 さて、映画[吾輩は猫である]は、その後、世界の有名な賞のグランプリを総ナメにする栄誉に輝いた。こうなると、小次郎も世界のトップスターである。小次郎を取り囲む報道、取材、出演依頼の合戦は益々(ますます)、熱を帯び、里山や小次郎を疲れさせていった。飲みつぶれた訳でもないのに、里山は小次郎が入ったキャリーボックスを玄関で開けると、パタンキュ~と上がり框(かまち)の上で眠ってしまった。
「あらっ! こんなところで…」
 沙希代が奥から現れ、急いで毛布を取りに奥へ戻り、また出てきた。里山が気づいたのは一時間ばかりしてからである。
 小次郎はタフだ。若いということもあったが、人間のように労働感がないのだ。結果、パタンキュ~の里山を横目にスタコラとキッチンにある自分のブースへ入り、ドライキャットフードを齧(かじ)った。ご主人には悪いが、人間に付き合ってはいられない…というのが偽(いつわ)りない小次郎の心境だった。我々はあなた方とは違い、修羅場を生きてますからねぇ~という、動物的な主張もあった。
「なんだ…寝てしまったか」
 里山がネクタイを緩(ゆる)め、背広の上着を脱ぎながらキッチンへ入ってきたときは、沙希代も小次郎も眠ってしまっていた。

|

2015年11月 9日 (月)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<44>

『いえ、気にしてませんから…』
「猫ちゃんと話せるなんて、ほほほ…、今でも信じられ~へんです」
 ホロ酔いからか、女優、濱畑の語尾が関西弁になっていた。
「いやぁ~、飼い主の私でも、未(いま)だに…」
 里山は小次郎を助ける意味で話に分け入った。そんな打ち解けた雰囲気で完成記念の打ち上げパーティーは無事に終わった。
 映画[吾輩の猫である]が封切りされ、日本国内は申すに及ばず、世界各国から映画の問い合わせが殺到した。当然、映画は好評の域を遥かに超え、押すな押すなで怪我人が出るまでの空前絶後の大ヒット作となった。そうなれば、必然的に興業収入も莫大な額となる。映画会社を始めスタッフ、出演者などの関係者はホクホク顔だった。中でも、この映画を世に送り出した木邑(きむら)監督の名声はウナギ登りで、まるでスター扱いで、監督の周りはテレビや取材のマスコミで連日、溢(あふ)れ返った。まあ、この手の取材は監督 冥利(みょうり)に尽き、木邑監督としても悪い気はしなかった。監督は、スター気分をしばらく味わったが、さすがに連日は疲れたのか、業界の表舞台の大変さが分かった。
「小次郎君の厳(きび)しさを痛感したよ、ははは…」
『… ?』
 小次郎は里山に抱かれながら、何のことだろう? と思った。
「でしょ? マスコミ対応は大変ですよね」
 里山は木邑監督の意が通じたのか、すぐ返した。

|

2015年11月 8日 (日)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<43>

 映画[吾輩は猫である]は、甕(かめ)に落ちた吾輩が三毛子に助けられ、めでたく三々九度の酒[内容物は水]を小汚(こぎたな)い一枚の皿でナメナメするメデタシメデタシのラストシーンでクランクアップした。小次郎とみぃ~ちゃんは、現実にこうなれば…と思いながら演じた。こういう話は芸能人同士でもよくあるらしい…と小次郎が知るのは、随分、先のことである。
 クランクアップ後、数日して完成記念パーティが東都ホテルの鳳凰の間を貸し切り、多くの関係者が一堂に会す中、盛大に行われた。里山はこのホテルに一度、来たことがあった。テレ京の視聴率賞に輝いたときだ。あのときから里山の人生は大きく変化し始めたのだ。
「小次郎君、なかなか、よかったよ!」
 吾輩のご主人役で、苦沙弥先生を演じたお笑い漫才の富澤たけじが小次郎に語りかけた。
『いや、どうも。その節(せつ)は…』
 小次郎は急に声を掛けられたものだから、あわてて紋切り型に返していた。自分でも、その節がどの節だったか分からなかった。
「わあ! 小次郎君だっ! よかったわよっ!」
 また変なのが一人、現れた・・・と小次郎が里山の腕の中で振り向くと、そこにはワイングラスを片手にした、おさん役の女優、濱畑マリがホロ酔い顔で立っていた。
『これはこれは、濱畑さん! その節は…』
「ごめんね。ポイポイして…」
 おさん役の濱畑には撮影当初のシーンで首筋を掴(つか)まれ、ポイ捨てにされた小次郎演じる吾輩だったのだ。

|

2015年11月 7日 (土)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<42>

 みぃ~ちゃんは小鳩(おばと)婦人が開けて見せた弁当の内容物を一瞥(いちべつ)しただけで、そっぽを向いた。その一部始終を里山に抱かれながら小次郎は見ていた。控室に入ってから、こんなご馳走を…と、小次郎は有り難くいただきながら、世間は様々だと恨(うら)めしく思った。
 何がどうなって、こうなるかは誰にも分からない。映画撮影が順調に進み、晴れてクランクアップが近づく頃になると、小次郎とみぃ~ちゃんは相思相愛のいい仲に急接近したのである。むろん、このことは飼い主である里山も、みぃ~ちゃんの飼い主である小鳩(おばと)婦人もまったく知らなかった。みぃ~ちゃんの気持が小鳩婦人に伝わらないのは当然だが、人間語が話せる小次郎の気持が里山に伝わらない訳がなかった。真相は、その事実を小次郎が里山に打ち明けなかったためだった。小次郎も人間で言えば立派な青年に成長し、そこはそれ、猫としての自我意識に目覚めていた訳である。実のところ、このことを小次郎は里山に話そうかどうか迷っていた。
 みぃ~ちゃんと小次郎が出会うクランクアップに近いラストシーンの撮影が現場で行われていた。木邑(きむら)監督は原作にはなかった小次郎演じる吾輩が甕(かめ)に落ちたとき、みぃ~ちゃん演じる三毛子をデフォルメして登場させたのである。三毛子は甕の中で水に落ちた吾輩を、偶然、通りかかって覗(のぞ)き込む・・という設定だ。台本では、『あら、先生。こんなところで…』となっているカットだった。

|

2015年11月 6日 (金)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<41>

 万事が万事、監督の指示が優先される。それは、スタッフだけでなく、すべての出演者に言えた。
 小次郎、主演の[吾輩は猫である]は、天候に左右されるロケーション撮影を除いて順調に進行し、助監督達をホッ! とさせた。なんといっても、木邑(きむら)監督のお小言(こごと)が減るからだ。もちろんそれはチーフだけではなく、セカンドからフォースまでの各助監督[助監]にも言えた。ただ、彼等(かれら)の目論見(もくろみ)は甘かった。それ以外に、みぃ~ちゃんのご機嫌が多分に影響したのである。みぃ~ちゃんのご機嫌が悪いと、飼い主である小鳩(おばと)婦人のご機嫌が悪くなり、木邑監督がお小言を頂戴する破目に陥(おちい)る。木邑監督が小鳩婦人のお小言を頂戴すれば木邑監督のご機嫌が悪くなり、各助監に監督のお小言が降り注ぐという三段論法だ。とはいえ、そうなるケ-スは滅多となく、みぃ~ちゃん好みの食事が出ないときに限られた。みぃ~ちゃんは食べる量こそ少ないが、大の美食家だったのである。その点から考えれば、影響は弁当手配の制作部にまで及んだとも言えた。
「こんなもの…。みぃ~ちゃんのお口に合うざまぁ~すかしら?」
 今日も、昼食休憩に入っている撮影現場で小鳩婦人のお小言が鳴り響く。セカンドと打ち合わせ中だった木邑監督は聞こえない態(てい)で婦人から遠退(とおの)いた。お小言の前の避難(ひなん)である。監督はさすがに壺を心得ていて、最近はこのスゥ~っと消えるタイミングが絶妙になっていた。

|

2015年11月 5日 (木)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<40>

 カメラマンは木邑(きむら)監督の指示のもと、アップでみぃ~ちゃんの背中を何度もテークを入れて撮っている。テークとは同じ場面の繰り返し撮りや取り直し撮りを意味する専門用語だ。例えば、このシーン[場面]はテーク24のカット5である。カットとはシーンの中の短い瞬間の映像画面を意味する。カットが重ねられてシーンとなり、シーンが重ねられて、この[吾輩は猫である]という映画作品が完成する訳だ。
「駄目駄目! 緩慢(かんまん)に動く丸い脊中のアップだからな…もう一度!」
「はい…」
 木邑監督のダメだしが続き、少しカメラマンも、しょぼくなっていた。小次郎は、どぉ~でもいいでしょ、僕らの背中の動きなど…と思えたが、実はそうではなかった。あとからアフレコで入れたモノローグ[独白]での語りでは、
━ 三毛子は正月だから首輪の新しいのをして行儀よく椽側(えんがわ)に坐っている。その背中の丸さ加減が言うに言われんほど美しい。曲線の美を尽している。尻尾(しっぽ)の曲がり加減、足の折り具合、物憂(ものう)げに耳をちょいちょい振る景色なども到底(とうてい)形容が出来ん ━
 と、映像を見ながら読んだのだ。このとき、木邑監督が指示して何度も撮り直された意味が小次郎にに、ようやく理解出来たのである。三毛子役のみぃ~ちゃんの背中の丸さ加減の美しいことといったら筆舌(ひつぜつ)に尽くしがたかった。口にするとおりなのだから、小次郎も感情移入ができ、熱を入れて読んだ。
「少し違うが、まあ、いいだろう…」
「はい! OKですっ!!」
 木邑監督に続き、セカンドの助監督が叫んだ。

※ ━  ━ の部分は、夏目漱石作 吾輩は猫である の原文である。

|

2015年11月 4日 (水)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<39>

 みぃ~ちゃんが演じる三毛子の飼い主は二絃琴(にげんきん)の師匠である。その役を演じるのが最近、巷(ちまた)で人気が高い鈴本京香だった。どことなく男心をそそる魅惑的な容姿と演技が木邑(きむら)監督の目に止まった訳だ。その師匠が奏でる二絃琴の音が聞こえている。スタント抜きの本人の特訓だそうだが、なかなかの音色である。その音が聞こえるなか、縁側で行儀よく三毛子が座っているという場面だ。猫の自然な演技を撮りたい木邑監督は、敢(あ)えてそのシーンを[通し]でフィルムを回すらしい。初めてカチンコを握らせてもらえたのが嬉(うれ)しいのか、カメラ助手の若者がカチカチとやっている。
「やかましいっ!!」
 木邑監督の雷(カミナリ)が落ちた。朝から散々、小鳩(おばと)婦人のお小言(こごと)を頂戴したのだから、捌(は)け口を求めてそうなるのも当然といえば当然だった。
 さて、みぃ~ちゃんが演じる三毛子は正月用の新しい首輪をし、縁側に行儀よく座っている。照明が当たり、ポカポカ陽気のほどよい日射しを醸(かも)し出す。そこへ登場するのが、小次郎が演じる吾輩だ。小次郎は、監督に言われたように、生け垣のセットの向こう側から庭を覗(のぞ)きこんで様子を窺(うかが)っているという設定だ。小次郎が撮られた映像に合わせてモノローグ[独白]の音声を入れるのは現場とは別のスタジオで、日程も、すでに決まっていた。小次郎は、ジィ~~っと垣根で待機していたが、いっこうお呼びがかからない。さすがの小次郎も、シカトかい!? と、少し怒れてきた。

|

2015年11月 3日 (火)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<38>

 なんといっても、猫が語るモノローグ[独白]がこの映画の進行には欠かせないから、小次郎は多くを語らねばならなかった。直接、話すシーンは少なく、ほとんどがモノローグのアフレコだった。アフレコとは、あとから場面に合わせて、自分の気持を別撮りする手法である。普通の場合、声だけの録音だから、台本とかを読めばいい訳だ。だが、小次郎の場合、文字が読めないからそれもままならず、里山が呼んだ台詞(セリフ)を暗記する必要があったのだ。OKが出れば、その部分は忘れればよかったが、次から次へと覚える必要があった。ただ、小次郎がストレスを感じるほどの負担にはならなかった。みぃ~ちゃんは猫語でしか話さなかったが、美人猫だったから、小次郎にはそれで十分だった。
「では、奥様はこちらで…。みぃ~ちゃんはそこの縁側に置いて下さい。ご存知かとは思いますが、小次郎君がやって来るシーンですから」
「分かりましたわ…」
 小鳩(おばと)婦人は木邑(きむら)監督に言われるまま、みぃ~ちゃんを縁側の座布団の上へと下ろした。
「小汚(こぎたな)いお座布(ざぶ)ざぁ~ますこと! もう少し、小綺麗なの、ございませんの?」
「ははは…、明治の暮らし風を出してますので…」
 映画にイチャモンをつけられ、さすがに木邑監督もムッ! としたのか、声では笑いながら顔が引き攣(つ)った。後々(のちのち)分かったことだが、小鳩婦人は、この映画の重要なスポンサーの一人だったそうである。小次郎はそれを知り、なるほど、アレだったからアレか…と得心した。それが分かったのは、映画が封切りになって一年以上、過ぎてからである。

|

2015年11月 2日 (月)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<37>

 話は遡(さかのぼ)るが、三毛子役のキャストが決定したのは、前年のエープリルフールの日だった。数日後、桜の蕾(つぼみ)も急いで開花の身支度(みじたく)を整えるようなポカポカ陽気の朝、三毛子は撮影現場へ高級感漂う夫人に抱かれて現れた。もちろん、里山や小次郎は顔合わせもあり、セットが組まれた撮影現場で、早くから待機していた。
「ほほほ…おはようざぁ~ます」
 どこのご婦人か? と思える外観の中年女性が猫を抱いて現場へ入ってきた。
「里山さん、紹介します。三毛子役のみぃ~ちゃんと飼い主の小鳩(おばと)さんです」
「小鳩でござ~ます。小さな鳩と書きますの、どうぞよろしく。こちら、みぃ~ざまぁ~す。そちら、小次郎君でしたかしら。あなたも、よろしくねっ」
「…里山です、よろしく!」
 どこから見ても里山にはその婦人が小さな鳩には見えず、大きな梟(ふくろう)に見えたが、思うに留め、笑顔で挨拶をした。小次郎はみぃ~ちゃんに視線を合わせた。飼い主とは正反対で、どこか楚々とした高級感が漂う美人猫だった。
『よろしくねっ!』
 みぃ~ちゃんは猫語でニャ~と可愛(かわい)く鳴いた。小次郎も猫語で、『こちらこそ!』と返した。この猫、人間語は? というのが小次郎の気になるところだったが、今はそれどころではない。自分のことで精一杯だった。というのも、出番で話す自分の台詞(セリフ)は里山が読み、それを暗記する必要があった。

|

2015年11月 1日 (日)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<36>

「ああ、それ…また言うよ。三毛子の役は、おっつけ決めますので…」
 木邑(きむら)監督は富澤へ攣(つ)れない素振りで返すと一転し、笑顔で里山に言った。恰(あたか)も客待遇の扱いに、里山は恐縮して頷(うなず)いた。小次郎も、どんな猫が相手になるんだろう…と、三毛子役には興味が湧(わ)いた。小次郎からすれば、富澤を含む他の出演者は、ただの人間であり、別にどう、ってことはない。だから、意識なく演技が出来て監督に褒(ほ)められた訳だ。   
 撮影初日は映画関係者全員による総会のようなものだった。その後は招集された各シーンに登場するキャストだけの出会いとなるようだった。小次郎は、身体の疲れより気分で疲れていた。上がりはしなかったが、なんといっても、多くの有名な女優、男優達のプロに取り囲まれているのだ。別にどう、ってことはなくても、そこはそれ、小次郎も一介(いっかい)の猫だった。
 正月が過ぎ、クランクインからほぼ一年が立った春が巡った頃、撮影は佳境へと向かっていた。とはいえ、木邑監督が本腰を入れた意欲作だけに、まだ全体の五分の二ばかりが撮(と)られただけだった。原作は猫主体で面白く始まるが、筋としては読むに従って興味が薄れる日常生活が連続して描かれ、単調この上なくなる。木邑監督の演出は、その単調さをバッサリと削(そ)ぎ落し、小次郎の登場シーンをデフォルメしながら多用する・・というものだった。そこで、注目されたのが三毛子である。三毛子は数多い応募の中から選ばれたチンチラとアメリカン・ショートヘアーの混血ながら、なかなかの美人、いや美猫だった。むろん、これは小次郎の目から見た気持である。

|

« 2015年10月 | トップページ | 2015年12月 »