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2015年12月

2015年12月31日 (木)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<46>

 里山が小鳩(おばと)婦人の入院を知ったのは、婦人が入院してから十日ほど経(た)ってからだった。小鳩婦人が入院したことを関係者にも漏(も)らさなかったことが遅れた原因だが、小鳩婦人の入院情報は、ひょんなところから齎(もたら)された。テレ京の駒井プロデューサーである。里山と小次郎の番組制作で名を上げて以降、彼は幾つもの冠(かんむり)番組をテレ京で制作して成功させていたから、里山に対しては里山様々だった。里山がいなければ、いや、つきつめると小次郎がいなければ、彼の今はなかったのである。
[えっ?! お知りかとおもってました。もう、10日ばかり前のことらしいですよ]
「そうでしたか…」
 駒井からの携帯を手にし、里山は驚いた。里山が電話を切ったあと、病院へ急行したのはもちろんのことである。婦人のギックリ腰は、かなり快方へと向かい、車椅子で院内を移動していた矢先、里山がエントランスへ駆け込んできた。瞬間、二人はバッタリと遭遇した。
もちろん、車椅子は侍女(じじょ)風の高貴な老女が押していた。
「あらっ! 里山さんじゃござぁ~ませんこと?」
 シゲシゲと里山の顔を見ながら小鳩婦人は言った。
「ご婦人、大丈夫でございましたか…」
 思ったより元気そうな車椅子姿の婦人に、里山は安堵(あんど)の声を漏(も)らした。
「明日にでも宅へ戻るつもりでござぁ~ますのよ。なにせ世間体(せけんてい)があるざぁ~ましょ」
「ええ、それはまあ…」
 里山としてはエントランスの人の目もあり、頷(うなず)くしかなかった。

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2015年12月30日 (水)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<45>

 とはいえ、それまででも小鳩婦人が世話をしていた・・ということではなく、小鳩婦人が婆やと呼ぶ高貴な侍女が世話をしていたのだ。では、何が上手(うま)くいかないのかと言えば、細かい行動が制限されるようになった…ということだ。婆やは、みぃ~ちゃんに万一のことがあれば自分が怒られ、最悪の場合は失職も考えられたから、一挙一投足に至るまでみぃ~ちゃんを監視した。結果、勝手気ままだった邸内外の出入りが出来なくなったのである。これはみぃ~ちゃんにとっても小次郎にとっても、ゆゆしき事態だった。さらに悪いことには、一、二ヶ月は小鳩婦人が帰れない・・ということだった。さて、どうしたものか? …と、二匹は考え捲(あぐ)ねた。
『私、家出しようかしら…』
『家出とは穏やかじゃないよ、みぃ~ちゃん』
『だって、あの婆やったら酷(ひど)いのよ。私を監視してんだから』
 みぃ~ちゃんにしては珍しく、愚痴った。
『…婦人が入院されるとは僕も思わなかったよ』
『ご婦人、あれで見えて、私にはなかなか調法してるのよ』
 みぃ~ちゃんはそういう目で小鳩婦人を見ていたのか…と小次郎は思った。はっきりいって打算的なのだ。少しくらいは愛情を持ってるだろうと思っていた小次郎だったから、少しショックだった。自分はご主人の里山に対しては、I obey to you[あなたに従います]だったからだ。

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2015年12月29日 (火)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<44>

 そうこうして、二匹は軽めのデートを終えた。みぃ~ちゃんがその後、小次郎がプレゼントした折り詰めの鰻(うなぎ)の蒲焼を食べたかどうかまでは定かではない。
 次の日から、また小次郎はマスコミに弄(もてあそ)ばれるように忙(いそが)しくなった。みぃ~ちゃんの方では、少し事態が変化しだしていた。小鳩(おばと)婦人がみぃ~ちゃん用にと猫御殿を建て始めたのである。もちろん小鳩婦人が建てる訳もなく、専門の建設業者が建てたのだが、その建設業者は東証に一部上場の超一流の建設会社だった。小鳩婦人がこの会社の有力株主だということで、社長自らが出向いて工事を指揮したようなことだった。
「野良がみぃ~ちゃんに近づいているようで…」
「まあ! うちのみぃ~ちゃんに? なんということざまぁ~すかしら!!」
 里山から事情を聞いた小鳩婦人の憤慨(ふんがい)は尋常なものではなかった。そして、その対策として猫御殿建設の運びとなったのである。構造は防犯カメラとセンサーが完備した警備会社も驚く治安万全の御殿に設計されていた。小鳩婦人のアイデアで、小次郎以外の猫にはセンサーが反応する仕掛けに特殊プログラミングが施された機器類だった。いわば、スィートな小次郎とみぃ~ちゃん専用御殿と言えた。 ところが話は上手(うま)くいかないものである。専用御殿が完成を見ようとした少し前、小鳩婦人が俄(にわ)かの病で入院する騒ぎとなった。無理した動作によるギックリ腰である。高貴が許さない小鳩婦人はそのことをひた隠し、入院した。むろん、お金に困る小鳩婦人ではなかったが、その心配はさておいて、みぃ~ちゃんは侍女(じじょ)風の高貴な老女に世話されることになった。

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2015年12月28日 (月)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<43>

 みぃ~ちゃんf言わずと知れた食通である。いつぞや小鳩(おばと)婦人が映画のロケ弁で苦情を漏(も)らしたように、みぃ~ちゃんには一種独特の食文化があった。彼女は猫ながら、気に入らない食物には見向きもしなかった。だが、小次郎が口に加えて持ってきた鰻(うなぎ)の蒲焼の折り詰めを神社の境内へ置いたとき、彼女の心はジィ~~ンとした。鰻の蒲焼より小次郎の心に絆(ほだ)されたのだ。早い話、小次郎にぞっこん! となったである。もっと早い話、小次郎にグッ! ときた…これでも分かりにくいが、すっかり惚(ほ)れ込んだ・・と言えばいいだろう。
『ありがと…』
 いつもなら言う、そんな下世話なものは食べないわ・・とは言わず、みぃ~ちゃんは嬉(うれ)しそうに受け取った。
 拝殿の前で二匹は腰を下ろして身を正した。いつやらも言ったと思うが、身を正すといえば、人間の場合は背筋を伸(の)ばした直立不動の姿勢だが、みぃ~ちゃんや小次郎達、猫の場合は、腰を下ろした姿勢で斜(はす)に構え、尻尾をグルリと身に巻いて背筋を伸ばす・・となる。その姿勢で軽く頭を下げた二人ならぬ二匹は、腰を上げて鈴緒(すずお)の下を同時にセ~ノ! で押した。サッカーでいうヘディングで合わせる格好である。すると、ほんの僅(わず)かだが鈴がガラガラと鈍(にぶ)い音で小さく鳴った。二匹はふたたび腰を下ろして身を正すと、尻尾を小さく振って頭を下げた。これらの所作を総合すれば、人が神社前で二礼二柏手のあと合掌(がっしょう)して一礼をする所作となる。

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2015年12月27日 (日)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<42>

 話が急展開しだしたのは翌朝である。小次郎とみぃ~ちゃんの最大の障害が崩れ始めたのである。ゴロツキ猫の二匹、タコ、海老熊がその障害であることは疑う余地がない事実だったが、海老熊が急な病(やまい)で寝込んだ だ。当然、猫にもかかりつけの医者はいる。ただ、海老熊は気まま一人旅の風来坊猫だったから、そのかかりつけ医者がいなかった。病となれば、そこはそれ、悪猫でも世間の同情はある。どこで聞きつけたのか、猫交番のぺチ巡査が公園の片隅に身を臥(ふ)せる海老熊を見舞った。小次郎もぺチ巡査に同行した。この辺りの猫で見舞ったのはこの二匹だけで、あとあと、病の癒(い)えた海老熊を大層、感動させたのだった。この一件で小次郎に対する態度は恩人扱いとなり、小次郎に対する海老熊の凄味(すごみ)は消えた。海老の一喝(いっかつ)の下(もと)、タコや与太猫のドラを含むゴロツキ猫の嫌がらせは影を潜(ひそ)めたのである。不思議なこともあるものだ…と、一連の流れが小次郎には思え、これは氏神さまのお導(みちび)きに違いないと、みぃ~ちゃんと連れ添って近くの神社へお礼参りした。
『これ、ほんの、お裾(すそ)わけ。口に合うかどうか、分からないけどね…』
 小次郎は里山が持ち帰った昨日の土産の鰻(うなぎ)の蒲焼を三切ればかり残しておいた。本当のところ、鰻には目のない小次郎だったから、ぺロリとすべて平らげたかったのだ。そこをグッ! と我慢して折り詰めを口にぶら下げてきたのだ。

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2015年12月26日 (土)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<41>

『ごち、になります…』
 小次郎は知らず知らず舌 舐(な)めずりしていた。
「いや、なに…」
 稼(かせ)ぎ頭(がしら)の小次郎が蒲焼のみで、自分は鰻(うなぎ)のフルコースを堪能(たんのう)してきたのだから、里山としては軽く流すしかない。本来なら、里山夫婦の方がオコポレ頂戴で蒲焼なのだ。要は真逆だった。里山は黙っていたが、小次郎はその辺りのことはお見通しだった。里山は小次郎の頭のよさを、ついうっかりしていた。だが、小次郎はそんなことは少しも気にしていなかった。里山の家横の公園に捨てられていた我が身なのである。家族になれただけで有り難かった。しかも今は、世界に名を馳(は)せる有名猫になれたのだから、この幸せを喜ばねばならない…と終始、小次郎は思っていた。ただ、マスコミに騒がれて以来の最近の多忙さには些(いささ)か辟易(へきえき)としていた。
 里山家での家族生活はさりながら、小次郎としては、自分の家族生活も考えねばならない。小鳩(おばと)婦人のみぃ~ちゃんと晴れて所帯を持てたとしても、実情としては平安時代の通い婚になることは否(いな)めなかった。そこが人間と違うところで、飼い主あっての小次郎であり、みぃ~ちゃんなのだ。小鳩婦人や里山の理解なしには二匹の生活は有り得なかった。それに加えて、タコや海老熊といった他猫の脅威(きょうい)も拭(ぬぐ)いきれない。加えて仕事もあるから、小次郎の前途は多事多難だった。そんな雑念を思いながら、小次郎は美味(うま)い蒲焼を口にした。

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2015年12月25日 (金)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<40>

 半日ばかりが過ぎ、午後に入った頃、里山は薬袋を手に病院から自宅へ戻った。車の運転は当然、沙希代だった。
「いい保養になったじゃない」
「ははは…災い転じて何とやら・・か」
「そうよ、今日はあなたの解放日と思えばいいのよ。久しぶりに鰻政(うなまさ)のフルコースでも食べましょ」
「おお! 鰻政か…あそこの鰻は絶品だからなっ! 白焼き、肝(きも)吸いに鰻重、締めは櫃(ひつ)まぶしと鰻茶漬け…」
「そんなに?!」
 沙希代はバックミラー越しに後部座席の里山を見た。
「ははは…朝から何も食ってないからな」
 里山は悪びれて、車窓に流れる風景を見ながら頭を掻いた。
「だが、留守番の小次郎に悪いぞ。稼ぎ頭(がしら)の主役抜きじゃ」
「お土産に少し鰻、包んでもらえばいいじゃない」
「ああ、それならまあ、いいか…」
 夕方近く、鰻政の鰻を堪能(たんのう)した二人は意気揚々と自宅へ戻った。
「帰れてよかったですね、ご主人」
 主人思いの小次郎は、今か今かと里山の帰りを待っていた。
「ああ、心配かけたな。これ、お土産だ」
 辺(あた)りに鰻の蒲焼(かばやき)のいい匂(にお)いが立ち込めた。飼い主に似る・・とはよく言ったものだ。小次郎も里山に負けず劣(おと)らず、鰻には滅法、目がなかった。

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2015年12月24日 (木)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<39>

 後ろを振り返り、沙希代は軽く頭を下げ、医者を見た。そして、噴き出した。沙希代の前には一匹の蛸のような丸禿(まるは)げ頭の初老の医者が立っていた。それも茹(ゆ)で蛸(だこ)状態の赤ら顔に白衣だ。
「いやぁ~、ははは…」
 医者も他の患者に笑われるのか、悪びれて光る頭を片手で円を描くように撫(な)で回した。
「…失礼しました、つい。…フフフ…」
 沙希代は医者に謝った。そしてまた笑った。
「皆さんに笑われるんですよ、私。スタッフには毎日です、ははは…。参りますよ」
「そうですよね。先生のせいじゃない…」
 沙希代は医者の顔を見てまた笑いそうになり、思わず顔を伏せた。
「いやぁ~、ははは…。ああ、一時間もすれば、シャキッ! とされますから、お帰りになって結構です。インフルエンザじゃなくって、よかったですね」
 医者は赤ら顔で言った。冷静な語り口調ながら、その顔は、やはり茹で蛸だった。里山の病院騒ぎがあったことで、新聞社の取材はドタキャンになっていた。
[仕方ないです。そういうことでしたら…。来週にでも、またご連絡を差し上げますので。…はい。またの機会ということで。…ええ、こちらこそ、よろしくお願いいたします]
「主人には、その旨(むね)、伝えておきます」
 沙希代は携帯を切り、病室へ入った。ベッドの上では里山が呑気(のんき)そうに高鼾(たかいびき)を掻いて眠っていた。小次郎そっくり…と、沙希代は瞬間、思え、その顔を見ながら小さく苦笑した。

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2015年12月23日 (水)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<38>

『もう海老熊(えびくま)の話は、いいですか?』
「ああ、まあ今日はいいさ…。明日の朝、ゆっくり話そう」
 欠伸をしながら里山は寝室へ向かった。かなり疲れてるな…と、小次郎は主人の後ろ姿を見て思った。
 次の日の早朝である。小次郎はすでに起きていたが、肝心の里山がまだ起きていなかった。
「弱ったわ…」
 寝室から沙希代がキッチンへ駆けだしてきた。
『どうかされましたか? 奥さん』
「すごい熱なのよ、主人。…取りあえず、病院! …違う! 救急!?」
『それが、いいですよ!』
 沙希代はバタついて携帯を手にした。その手は心なしか震えていた。小次郎は寝室へ駆けた。寝室では里山が高温でうなされていた。それでも、まだ意識はあり、辛(つら)そうな顔で小次郎を見た。
『ご主人、大丈夫ですかっ!』
「いや、ちっとも大丈夫じゃない…」
 里山は苦しそうに呟(つぶや)いた。
 一時間後、里山は診察台のベッドへ寝かされ、点滴注射を受けていた。傍(そば)では妻の沙希代が心配そうに里山を覗(のぞ)き込んでいる。その沙希代の後ろから医者が声をかけた。
「ははは…奥さん、大事ないですよ。単なる過労です」
 にべもなく、医者は軽く言い切った。

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2015年12月22日 (火)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<37>

『僕もそう思うんですが、その謂(いわ)れまでは分かりません…』
「物知りの小次郎にしては珍しいわね」
『はい! なにぶんにも、僕が生まれる前の大先輩ですから…』
「なるほど、かなりの古株なんだな」
 里山は両腕を組んだ。
「お腹(なか)が空(す)いたでしょ? 今日は猫缶にしたわよ」
『そういえば…。ハプニングで、すっかり忘れてましたよ』
 小次郎は口の髭(ひげ)を震わせ、ニャニャっと笑った。猫も笑うのである。ただ、人間から見れば、その表情は平常時と余り大差なく、分からないのだ。
 小次郎がキッチンの隅(すみ)で食べ始めると、その姿を見ながら里山が語りかけた。
「タコといい海老熊(えびくま)といい、みぃ~ちゃんも大変だな」
『海老熊は、みぃ~ちゃんを知らないはずです』
 小次郎は食べるのを止め、口元を舌舐めずりしながら返した。
「ああ、そうか…。俺には猫事情は分からんからな。さあ! 早く食べて、寝ろよ。明日は早いからな」
『ああ、新聞社でしたね』
「インタビュー記事だから、早く済むと思うが…」
里山はソファーから緩慢(かんまん)に立ち上がり、両手を広げて身体を解(ほぐ)しながら首を左右に振った。

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2015年12月21日 (月)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<36>

『ただいまぁ~~』
 小次郎はホットライン[小次郎専用の家の内外を行き来する通路]からキッチンへ入ると、いつもより大きめの人間語でひと声、ニャゴった。
「なんだ…帰って来たじゃないか」
 里山は安心して溜め息混じりに言った。
『なんだとは、随分な言われようですね。そりゃ、帰ってきますよ』
 小次郎は愉快そうに返した。
「そうじゃないのよ小次郎。あなたの帰りが、いつもより遅かったからね。それで…」
 珍しく沙希代が里山をフォローした。
『ああ、そうでしたか。実はそれには訳がありましてね』
「ほう…。その訳とやらを聞こうじゃないか」
『はい。ハプニングがありましてね、シカカクシカカクだったんですよ』
「そうだったの。シカジカカクカクじゃなくシカカクシカカクだったのね」
『ええ、シカカクシカカクだったんです』
「そうか、シカカクシカカクか…」
 公園で海老熊に出会った一件は、すべて里山と沙希代へ伝わった。
「それにしても、海老熊(えびくま)とは妙な名だな、ははは…」
 突然、里山が笑いだした。
「それもそうね、フフッ」
 沙希代も里山のあとに続いて噴(ふ)き出した。

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2015年12月20日 (日)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<35>

『あの…どちらさまでしょうか?』
 小次郎は万一を考え、敬語で話しかけた。
『俺か…俺は俺よ。それにしても、俺を知らないやつがいるとは、俺もまだまだだな、フフフ…』
 海老熊(えびくま)はニヒルに笑い、嘯(うそぶ)いた。
『いえ、そんなことは…。お姿が見えないんで』
『ああ、そうだったな、今は夜だった。俺も焼きが回ったぜ、フフフ…』
 海老熊は、またニヒルに笑った。小次郎は昨日(きのう)、里山に出してもらった辞書に載(の)っていた[君子、危うきに近寄らず]という格言を、ふと思い出した。
 
『僕、今日は先を急ぎますので…』
『おお、そうかい。引きとめて悪かったな、いずれまた、会おうぜ』
『はい…では!』
 小次郎は早足で公園前から歩き去った。本当は早足で逃げたかったが、それは返って危険に思えた。 
 その頃、里山家では里山が小次郎の帰りが遅いのを心配していた。
「小次郎の帰りが遅いじゃないか…」
「そのうち、帰ってくるわよ…」
 沙希代は攣(つれ)れなくそう返した。
「車に…。そんなことはないか。ここはバイクぐらいの道だからな」
 里山は沙希代に聞こえないほどの小声で独(ひと)りごちた。まるでタイミングを合わせたかのように、そのとき小次郎がスクッ! と姿を見せた。

 

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2015年12月19日 (土)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<34>

 小次郎の第六感がいつもと違う何かを感知した。小次郎は公園の前の歩道を歩きながら、おやっ? と、公園をチラ見した。運が悪いことに、海老熊は本腰を入れて眠ろうと大 欠伸(あくび)を一つ打ったあと、一度、鈍(にぶ)く瞼(まぶた)を開けた。その視線の先におやっ? とチラ見した小次郎の姿があった。
『そこのお若けぇ~~の、お待ちなせぇ~~』
 海老熊は最近、覚えた歌舞伎の台詞(セリフ)で、ひと声、大音声(だいおんじょう)を発し、歌舞伎役者が見栄を切る動きを思い浮かべながら尻尾(しっぽ)を右に左にと振った。
 小次郎は、文句なく驚いた。まさか、この夜更けに大声で呼び止められようとは…といった心境だ。それに今は、言われるまでもなく立ち止っていたから、待てと言われても、その先、どうすればいいのか分からない。小次郎は仕方なく、その場へ腰を下ろした。木影に加え、暗闇だから海老熊の姿は小次郎からは見ない。
『くるしゅうない! 近(ちこ)う近うぅ~~!』
 今度は殿さま語りで海老熊は小次郎を招き寄せた。小次郎とすれば、なんだ? いったい誰だ? という気分になりもする。仕方なく、座ったばかりの腰を上げ、ノソリ・・ノソリと声がする方向へと歩き始めた。自分が捨てられていた公園だけに、暗闇でも臆(おく)することはなかった。小次郎とすれば、なんだ? いったい誰だ? という気分になりもする。仕方なく、座ったばかりの腰を上げ、ノソリ・・ノソリと声がする方向へと歩き始めた。自分が捨てられていた公園だけに、暗闇でも臆(おく)することはなかった。それにしても、歌舞伎とは…と、小次郎はその何者かに近づきながら考えた。猫で歌舞伎を知っているとなれば、相当、人間世界で場数(ばかず)を踏んでいるベテランに思える。それに声自体が若猫風ではなく年配っぽい。  
 

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2015年12月18日 (金)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<33>

 いつの間にやら季節は進み、秋風の冷たさが身にしみる夕暮れ時となっていた。これからの季節、飼い猫達は別として、野良や渡り猫には厳(きび)しさが増す季節となるのだ。海老熊もそれを考え、出来るだけ暖かく冬を過ごせる地へ渡っていた。それが今回は、候補地の一つとして小次郎が住むこの地となったのだ。与太猫のドラやその配下のタコなどは、この地に居つくごろつきの野良だったが、風来坊猫の海老熊には一目(いちもく)置いていた。
里山家横の公園には、野良にとっては格好の場所がいくらもあった。すでに使われなくなった公園でもあり、荒れ放題が返って野良猫達を住み易(やす)くしていた。のっそりと現れた海老熊は辺りを見回した。人気(ひとけ)、いや猫気(ねこけ)は感じられない。海老熊は適当に寛(くつろ)げる場を物色し始めた。野良猫がまったくいなかったのかといえばそんなことはなく、彼等は息を潜(ひそ)め、気配を消していたのである。海老熊は彼等にとっては恰(あたか)も台風の襲来だった。
 辺りは、すっかり暗くなっていた。海老熊はフゥ~~っと一つ溜め息を吐(は)いて、重そうに腰を下ろした。
『こういう夜は、演歌が似合うぜ…』
いつの間にやら季節は進み、秋風の冷たさが身にしみる夕暮れ時となっていた。これからの季節、飼い猫達は別として、野良や渡り猫には厳(きび)しさが増す季節となるのだ。海老熊もそれを考え、出来るだけ暖かく冬を過ごせる地へ渡っていた。それが今回は、候補地の一つとして小次郎が住むこの地となったのだ。与太猫のドラや配下のタコなどはこの地に居つくごろつきの野良だったが、風来坊猫の海老熊には一目(いちもく)置いていた。
里山家横の公園には、野良にとっては格好の場所がいくらもあった。すでに使われなくなった公園でもあり、荒れ放題が返って野良猫達を住み易(やす)くしていた。のっそりと現れた海老熊は辺りを見回した。人気(ひとけ)、いや猫気(ねこけ)は感じられない。海老熊は適当に寛(くつろ)げる場を物色し始めた。野良猫がまったくいなかったのかといえばそんなことはなく、彼等は息を潜(ひそ)め、気配を消していたのである。海老熊は彼等にとっては恰(あたか)も台風の襲来だった
 辺りは、すっかり暗くなっていた。海老熊はフゥ~~っと一つ溜め息を吐(は)いて、重そうに腰を下ろした。
『こういう夜は、演歌が似合うぜ…』
 海老熊は偉(えら)そうに呟(つぶや)いた。人間なら寒さに襟(えり)を立てて、格好よく言うところだが、海老熊は長旅ですっかり疲れ、格好をつける余裕がなかった。加えて、そんな男前猫、今で言うイケメン猫でもなく、はっきり言えば不器量だから、まったく様(さま)にならない。そんな海老熊が目を閉じたとき、里山家を抜け出た小次郎が公園へ入ってきた。毎日、ジョギング代わりにやる夕食後のひと周(まわ)りだ。
 

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2015年12月17日 (木)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<32>

『蛸(たこ)を獲るには壺(つぼ)を仕掛けて、蛸入りを待つじゃないか。アレだよ』
 ぺチ巡査は自信あり気に口毛(くちげ)を動かした。人間で言う、口髭
(くちひげ)を撫(な)でる仕草だ。
『それにしても、タコを追っ払ったのは拙(まず)かったです』
『いや、それはそれで仕方ないじゃないか。一度は、追っ払っておかんと、タコのやつ、またみぃ~ちゃんにチョッカイをだすかも知れんからな』
『それもそうですね。みぃ~ちゃんから被害届けが出てるんですから、とり敢(あ)えず、追っ払ったのは正解でしたか…』
『そういうことだ。ただ、タコの足が遠退いたのは否(いな)めないが…』
『根気勝負になりそうですね』
『ああ。海老熊がこの地へ早く渡ってこないことを祈るのみだ…』
 ぺチ巡査は疲れたのか、大 欠伸(あくび)を一つ打って、身を交番のリンゴ箱へグッタリと埋(うず)めた。
 ぺチ巡査の心配どおり、海老熊は丁度その頃、里山家の横にある公園を歩いていた。日も傾き、辺(あた)りを暗闇(くらやみ)のベールが覆(おお)おうとしていた。
『おっ! 久しぶりの公園だぜ。今日はここを宿にするか…』
 海老熊は、のっそりと歩きながら、一人ごちた。海老熊は公園に植えられた樹木の下へ入った。管理されていない公園は荒れ果て、貧相な佇(たたず)まいが広がっている。
『あい変わらずの荒れっぷりだが、俺の身体には合ってるぜ』
 嘯(うそぶ)くと、海老熊は片手で顔を撫でつけた。他の猫と違うのは、撫でつける方向だ。普通猫だと上から下へ・・なのだが、海老熊は下から上へ・・だった。

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2015年12月16日 (水)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<31>

『いや、なに。ははは…』
 口から零(こぼ)れた自分の失言に、ぺチ巡査は苦笑して誤魔化した。ツボ巡査にしてみれば、なんか知りたい気分になってくる。
『えっ? なんなんです? 気になるなぁ~』
 笑いながらツボ巡査はぺチ巡査に食い下がった。
『そうかい? なら、話そう。蛸(たこ)を利用して海老(えび)を獲るんだよ』
『はあ、それが蛸伏せ漁なんですか? その蛸伏せ漁と、どんな関係が?』
『君も鈍(にぶ)いね。君が獲ったタコを利用して海老熊を懐柔(かいじゅう)しようと思ったんだよ、実は。ははは…、馬鹿げてるがね』
 ぺチ巡査は思った詳細をツボ巡査に説明した。
『いや、一概(いちがい)にそうとも言えませんよ。ドラの話、この前、聞かせてもらいました』
『ドラの一件か…。確かに、何が有効な手立てになるか分からんからね』
『ええ、そのとおりです。タコで海老熊を獲れるかも知れませんよ』
『そのためには、まず君の中へタコを入れにゃならん』
『壺の中へ蛸を、ですか? まずは、タコ漁ですね。私に上手(うま)く出来ますかね?』
『私の勘(かん)だと、タコは君に弱いように思う。ははは…タコツボ思考だがね』
『まあ、やるだけはやってみますが…。やつの塒(ねぐら)は?』
『それそれ! 私にゃ分からんのだ。みぃ~ちゃん目当てに、また来るのを待つしかないだろう』
『気長な張り込みですね』
 ツボ巡査は頷(うなず)いた。

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2015年12月15日 (火)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<30>

 タコが駆け去ったことで、事は終息したかのように見えた。が、しかし、みぃ~ちゃんの一件はややこしくなる序章に過ぎなかった。
 新(あら)たな事の勃発(ぼっぱつ)は、その二日後である。気まま一人旅の風来坊猫、海老(えび)熊の出現だ。海老熊は数年かけてアチコチを旅する風来坊猫で、ひと周(まわ)りして最初の地へ戻る習性がある猫だった。風来坊猫といっても、いつぞやの老いた俳猫、股旅とは一線を画す風来坊猫で、与太猫のドラと肩を並べる悪猫だった。その海老熊が現れたという情報が猫警察署に入ったのである。十数匹の猫暑員は、こりゃ、おおごとだ! と、色めいた。その情報が本署を訪れた交番猫のぺチ巡査の耳へ入った。
『ツボ君、こりゃ偉(えら)いことになったぞ。君の出番だ!』
 ぺチ巡査は意気込んで言った。
『えっ? どういうことです…?』
『いや、なに…。蛸(たこ)伏せ漁だよ、ははは…』
 ぺチ巡査は海老の天敵である蛸を利用した漁を、ふと思ったのだ。ツボ巡査にタコを獲(と)らせ、その蛸を利用して海老熊を釣ろうと…。なんとも馬鹿げた発想である。年でボケた訳ではないのだろうが、何を思ったのかぺチ巡査はツボ巡査とタコで壺に入った蛸を連想し、その蛸で海老を威嚇する蛸伏せ漁を頭に浮かべたのだった。海老の天敵は蛸・・という単純な閃(ひらめ)きである。
『蛸伏せ漁?』
 ツボ巡査は言葉の意味が理解できず、尻尾(しっぽ)を下げた。人間で言えば、首を傾(かし)げた・・となる。

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2015年12月14日 (月)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<29>

 上手(うま)い具合に隙(すき)を得たタコは、今だ! と思った。
『そいじゃ、おいらは、これで…』
 小声でそう言うと、タコはゆっくりとその場から去り始めた。ツボ巡査の心はタコから離れていたから、一瞬、不意を突かれた格好になった。柔道でいう完全な小外刈り一本である。
『…ああ、注意しろよ!』
 ツボ巡査は後ろ姿のタコに、そう返すのが関の山だった。
『へい!』
 言うが早いか、タコは疾風(はやて)のように走り去った。ツボ巡査は、しまった! と思ったが、もう遅い。すでにタコの姿は跡かたもなく消えていた。ツボ巡査はマルニャ[猫警察用語の護衛対象猫]のみぃ~ちゃんに関心が湧き、すっかり闘志を失(な)くしていた。タコが消えたのにも、まっ! いいか…くらいの気分で軽かった。
 その頃、里山はテレ京の駒井と電話で話していた。小次郎とみぃ~ちゃんの一件を週刊誌がスッパ抜こうとしていたのを、駒井が未然に防いだ報告だった。
[編集長が大学同期の友人でしてね、お前がそれほど頼むなら、まあ今回は無かったことにしよう、って言ってくれたんですよ]
「いや、それは助かります。どうも、有難うございました」
[いいえ、小次郎君にはこちらもお世話になりましたので。それよか、次は注意して下さいよ。他誌がスッパ抜いたら、うちも書かん訳にはいかんからな、と釘を刺されましたから]
「分かりました。どうも…」
 そんな電話がかかっていることも知らず、小次郎は最近、買ってもらった丸クッションの上で爆睡(ばくすい)していた。業界仕事に引っぱりだこで、過労気味だったのだ。

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2015年12月13日 (日)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<28>

『黙秘権か…。まあ、それも、よかろう。どちらにしろ、交番へ来てもらうことになるんだからなっ!』
『ち、ちょっと待って下さいよ、旦那…』
 タコにしては珍しく、猫なで声を出した。
『聞いたとこによれば、お前、ここのお嬢さんに、ちょっかいを出しているそうじゃないか』
『誰が、そんなこと言ったんです。おいらが、そんなことする訳ないじゃないですか』
『ネタは上がってんだよ。隠そうたって、そうはいかんぞ!』
 ツボ巡査は、声を少し荒(あら)げた。
『…参りました。旦那にかかっちゃ隠せねえや…』
 タコは、うそぶいてツボ入りした。さすがに刑事を目指すツボ巡査だけあって、尋問(じんもん)は鋭(するど)かった。
『まあな…。なにも、ここを通っちゃいけないと無茶、言ってんじゃない。通るのは、大いに結構だ。天下の公道だからな。ただ、ちょっかいは、いただけない。ところで、そんなに綺麗なのか? ここの、お嬢さん』
『へえ、そらもう…』
 タコは、すぐ肯定した。確かに、みぃ~ちゃんは小次郎がホの字になるほどの器量よしで、チンチラとアメりカンショートヘアーの混血ながら美人、いや、美猫だった。若いツボ巡査の関心を引かない訳がない。ツボ巡査の壺(つぼ)は横にひっくり返った。中に入って出られなかったタコは出口を得た。
『ともかく一度、会って、苦情内容を訊(き)いておく必要があるな…』
 ツボ巡査は腰を下ろし、尻尾(しっぽ)の先を右に左にと振った。

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2015年12月12日 (土)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<27>

 その頃、久しぶりにブラつくか…と、タコは雨がやんだ灰色の空を眺(なが)めながら塒(ねぐら)を出た。塒はドラに譲(ゆず)ってもらった野原になっている空き地の土管だ。過去は米、麦、菜種、レンゲが植えられていた土地も、いまや耕作放棄され、荒れ放題だ。
『俺にとって住み勝手はいいが、恐らく建物か駐車場になってしまうのが落ちか…』
 タコは情けない国になったもんだ…と、野原を歩きながら思った。ゴロツキ猫のタコが思うくらいだから困った国だが、文明は勝手にどんどん進んでいき、どうしようもない。俺も人間に生まれていれば、もう少しいい社会に出来たかもな…と悪猫のくせに生意気を思いながらタコは小鳩(おばと)邸をスタスタとめざしていた。時を同じくして、ツボ巡査も小鳩邸をめざしていた。二匹は遭遇接近していたのである。サトイモの葉は雨がやんだから道端へ置き、また、帰りに持って帰るか…くらいの軽い気分のツボ巡査だった。タコがツボへ入るのか、ツボが先着してタコを取り逃がすのか・・は、神のみぞ知るだ。
 先着の結果はツボ巡査の方が、わずかに早かった。とはいえ、ほとんど鉢合(はちあ)わせで、タコはツボへ入る破目になったのである。
『お前が、この辺りを徘徊(はいかい)しているドラの手下だな!』
 タコとすれば、そのとおりだから神妙にするしかない。こりゃ、厄介(やっかい)なのに出会っちまったもんだ…とタコは軽く頭を下げ、黙んまりを通した。こうなっては仕方ない…と、ツボ巡査は強行策を取ることにした。

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2015年12月11日 (金)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<26>

 こうして、その日から小鳩(おばと)婦人邸へ日参する若いツボ巡査の巡回が始まった。若いから疲れることもなく、ツボ巡査は交番との間を二往復はした。午前と午後の二回で、付近での見張り時間がほぼ3時間というのだから、根気がいる。だが、そこはそれ、ツボ巡査は将来、刑事を目指していたから、若さとファイトで続けた。雨の日はさすがに昼からの一度きりだったが、それでも欠かすことはなかった。
 その日も朝から小雨が降っていた。
『ツボ君、今日は昼からでいいぞ…』
『はい、そうさせてもらいます』
『どういう訳かタコは最近、現れないようだね』
『はあ、そうですね』
 昼過ぎになり、ツボ巡査は巡回の準備を始めた。空からは、まだポツリポツリと雨水(あまみず)が落ちていた。
『まだ雨寄ってるな。一応、被(かぶ)ってった方がいいぞ…』
 傘の代わりは近所の畑で仕込んだサトイモの葉である。それを頭に乗せ、サーカスもどきに落とさないようにバランスを保ちながら歩くのである。どうしてどうして、雨の日の巡回は、なかなか大変だった。ツボ巡査は頭にサトイモの葉を乗せ、頭を振りながら均衡を上手い具合に取り、歩き始めた。サトイモの葉は小ぶりのものである。大きい葉だと、スッポリと身体は包めるが、逆に歩き辛(づら)いのだ。老いて定年近いぺチ巡査は、滅多に巡回へ出なくなっていた。安否が気遣(きづか)われるからだった。

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2015年12月10日 (木)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<25>

『巡回しなくてもいいんですか?』
 リンゴ箱の中から動きそうにない怠惰(たいだ)な二匹を見て、小次郎は催促した。これじゃ、僕の方が、おまわりじゃないか…と小次郎には思えた。
『気持は動いとるんですがね、ははは…身体が』
 ぺチ巡査は気楽そうに笑った。笑ってる場合じゃないだろうがっ! と、少し怒れた小次郎だったが、そこはそれ、ぐっと我慢した。
『それじゃ先輩(せんぱい)、私、回ってきます』
 先輩? と小次郎は疑問に思った。ぺチ巡査は巡査長だから、片方の耳先を少し動かす敬礼はともかく、巡査長、回ってきます…と言うのが相場だ。
『ぺチさんの後輩なんですか?』
 小次郎は徐(おもむろ)にぺチ巡査に訊(たず)ねた。
『ああ…竹下村塾のね』
『竹下村塾? 長州藩みたいですね』
『ははは…。こちらは今もある、あの竹林の中の塾(じゅく)だよ』
 ぺチ巡査は器用に尻尾(しっぽ)を曲げ、その方角を示した。猫交番から少し離れたところにある竹林は、小次郎も知っていた。ただ、その中に塾があることを小次郎は知らなかった。最近、住み着いた風来猫が始めた塾だそうで、野良も含めてたいそう人気があるという。ぺチ巡査は巡回中に知り、最初に入門したようだった。しばらく遅れでツボ巡査が入ったらしい。ツボに入るのではなく、ツボが入ったのだ。

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2015年12月 9日 (水)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<24>

 その日、古いリンゴの木箱の中で、二匹が寝転んでいるところへ小次郎が通りかかった。
『へへへ…、今度、着任しましたツボです。以後、ご昵懇(じっこん)に…』
 ツボ巡査は寝転んだまま、片方の耳先を少し動かし、敬礼する仕草をした。小次郎は、ご昵懇とは…と、偉く古めかしい言葉を使う巡査だ…と思った。だが、よくよく考えれば、老いたぺチ巡査と相性がいいコンビのようだ。ただ、へへへ…は少し軽いぞ…と、小次郎が頼りなく感じたのも事実である。
『いや、こちらこそ…』
 小次郎は腰を下ろすと、背を伸ばして尻尾(しっぽ)をクルリと身体に巻きつけ襟(えり)を正した。そして、紋切り型の猫語でタコ巡査に挨拶を返した。
『つきましては、この前の一件ですがな。とりあえず、ツボ君に警らささせることにしました。手立てのいいのが、まだ浮かびせんでな…』
 ぺチ巡査は、寝そべったまま、警官らしくない緩(ゆる)みっぱなしの姿勢で言った。
『はあ…。とにかく、よろしくお願いします』
 自分の力ではどうしようもない以上、小次郎としては、全てを委(ゆだ)ねるしかなかった。いずれにしろ、タコがみぃ~ちゃんにチョッカイを出さなくなればいいのである。要は、小鳩(おばと)邸へ近づかなくなればいい訳だ。ぺチ巡査に有効手段が見つかっていない以上、タコがみぃ~ちゃんに近づかない対策としては、とりあえずツボ巡査のこまめな警らしかない。いずれにしろ、タコがみぃ~ちゃんにチョッカイを出さなくなればいいのである。要は、小鳩(おばと)邸へ近づかなくなればいい訳だ。ぺチ巡査に有効手段が見つかっていない以上、タコがみぃ~ちゃんに近づかない対策としては、とりあえずツボ巡査のこまめな警らしかない。

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2015年12月 8日 (火)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<23>

『出来るだけ早くお願いします。なんと言っても、みぃ~ちゃんは、いいとこのお嬢さんですから…』
『その手の荒事は苦手(にがて)だと?』
『おっ! 今度は歌舞伎ですか?』
『ああ、まあ…』
 ぺチ巡査が頷(うなず)いのを見て、小次郎はやはり古いな…と思った。ただ、小次郎も歴史好きで古風だったから、レトロ的にぺチ巡査の古さをいい感じに捉(とら)えていた。
『ともかく、早めに…』
『ああ、ツボ巡査が着任するまでに、なんとか手立てを考えとくよ』
『ドラのときのようなのを、ひとつお願いします!』
『うん、任せなさい』
 ぺチ巡査もそう言われては悪い気がしない。実のところ、ドラが二度と姿を見せなくなったのはぺチ巡査のお蔭ではなく、里山に頼んで作ってもらった防犯装置? によってである。だが、老いたぺチ巡査の手前、そうヨイショ! したのだ。ぺチ巡査は、小次郎に頼まれたドラの一件を、すでに忘れていた。
 タコが出没するといけない・・ということで、小次郎はみぃ~ちゃんに、しばらく外出しないように釘をさしておいた。そちらの心配は一応、小康を得て、小次郎は交番に日参して新任の巡査を待つことにした。その新任の若いツボ巡査が交番へ赴任してきたのは、それから一週間ほどしてからだった。

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2015年12月 7日 (月)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<22>

 小次郎にはぺチ巡査が笑った意味がすぐ理解出来た。蛸(たこ)釣り漁に壺(つぼ)は欠かせない。壺にローブを巻いて海中へ沈めるのだ。すると、どういう訳か、蛸はいい塒(ねぐら)だ! とばかりに中へ入る。あとは、ロープを引き揚げるだけ・・という寸法である。タコ対策にツボ巡査を・・で、ぺチ巡査は笑ったのだ。
『その、ツボ巡査は、いつ頃、赴任(ふにん)されるんです?』
『本署で訊(き)いたところでは、数日中とか言っておったな、確か…』
 ぺチ巡査はべったりと古びたリンゴの木箱の中で横たわったまま欠伸(あくび)をした。本署は里山の家からそう遠くない神社境内にある拝殿下にあり、十数匹の猫が集まる。猫警察署員だけあって、辺りを徘徊(はいかい)する野良とは一線を画す。全てが飼われ猫なのだ。
『そうですか…。今回も一つ、よろしくお願いします』
『いやいや、与太猫のドラの配下だから、こちらとしても放ってはおけんよ。また、急ぎ働きをする危険性もあるからね…』
『火付け盗賊改め方ですか?』
 里山家のテレビで知った時代劇ドラマを思い出し、小次郎はニタリ! とした。
『そうそう、それそれ!』
 小次郎は一瞬、古いな…と思えたが、思うに留めた。ぺチ巡査もどこやらという家の飼われ猫で、古いリンゴ箱の交番まで日々、通勤しているとは、小次郎が直接、本人ならぬ本猫から聞いた情報だった。

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2015年12月 6日 (日)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<21>

『そうなの。先生、お願いね』
『任せなさい…』
 先生と呼ばれ懇願(こんがん)されれば、小次郎も、そう悪い気はしない。そこへ互いに[ホ]の字となれば、これはもう小次郎としては、なんとかせねばならなかった。小次郎は、腰を上げるとその足で交番へスタコラと向かった。
 みぃ~ちゃんの邸宅から小次郎の家までが車で約10分ばかりかかる。小次郎の足だと、早足でも20分以上はかかる行程だから、そう度々(たびたび)は足を運べなかった。ぺチ巡査が常駐する交番へは、家に着く時間と余り変わらず、ほぼ同じだった。
『フゥ~~おお、小次郎君じゃないか…。忙しいのかい? しばらく見なかったね』
 ぺチ巡査は巡察から帰ったところか、完璧に疲れ、寝そべって小次郎を見上げた。
『お疲れでしたね。僕と入れ違いだったようで…』
『そうそう、みぃ~ちゃんが危なかったんだよ』
『聞きました。なにかいい知恵はありませんかね?』
『アソコまでは少し遠くなったな…。すっかり疲れちまったよ。新任のツボ巡査と交代しよう』
『異動ですか?』
『いや、そうじゃないんだ。本署に若手をお願いしていたんだよ。私一人じゃ、大変だからね。定年までは、もう少しあるしな、ははは…』
 ぺチ巡査は鼻毛(はなげ)を震わせて笑った。

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2015年12月 5日 (土)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<20>

 みぃ~ちゃんにすれば、勿怪(もっけ)の幸(さいわ)いというところである。渡りに舟と救いを求めた。
『おまわりさん! 助けてっ!』
『んっ? お嬢さん、いかがされました?』
 ぺチ巡査は老いぼれて弱った脚を伸ばしながら、欠伸(あくび)をした。
『チェッ! 邪魔が入ったか。またなっ!』
 タコは疾風(はやて)のように駆け去った。
『あれは確か…そうそう! ドラの手下のタコだな。また、悪さを…』
『そうなんですか?』
『ええ、注意して下さいよ、あの手合いには…』
『有難うございました。そうしますわ…』
 みぃ~ちゃんはお上品に前足で顔を撫(な)でつけた。
『では…。また何ぞあれば、ご相談下さい』
 ぺチ巡査は、ゆったりと歩き去った。そのあと、やってきたのが小次郎だ。まるで、演劇かドラマ、映画のようなタイミングのよさで、この順序が少し違えばタコと遭遇することになったのだから、運とは妙なものだ。結局、小次郎は運がある猫・・ということになる。
『先生! えらいことよっ!』
 小次郎の姿が見えるや、みぃちゃんは、シカジカカクカクと起きた経緯(いきさつ)を説明した。
『なるほど! タコねぇ~。またぺチさんに、いい手立てを考えてもらうしかないなぁ~。僕はいいけど、君が困るよな…』
 小次郎は人間が腕組みするように身体に巻いた尻尾(しっぽ)の先を軽く回した。

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2015年12月 4日 (金)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<19>

通用門を開けておけば小次郎の出入りも自由になるのだが、小鳩(おばと)婦人がそれまで警戒していた野良猫達にもチャンスが巡ることを意味した。そして運悪く、みぃ~ちゃんがヒョイ! と通用門を出たところへ通りかかったのが泥鰌(どじょう)屋のタコだった。タコにしてみれば、オッ! 綺麗なのが出てきたぞ…といったところだ。当のみぃ~ちゃんの方は、そろそろ来るかしら? 先生…ぐらいの小次郎を待つ気分で出たのだ。このときは幸いにもそれで済んだが、吸盤のようなタコのシツコさはその後も尾を引いた。腕っ節(ぷし)は与太猫のドラほど強くはなかったが、タコはどうしてどうして、与太猫ドラの右腕と目されるだけあって、なかなか狡賢(ずるがしこ)かった。みぃ~ちゃんが出てきた頃合いを記憶して頭に叩(たた)き込んだのか、その時分になると、ちょくちょく顔を見せて通用門を窺(うかが)うようになった。最初のうちは窺うだけでよかったのものが、二匹の出逢いを目にしてから、タコの態度は豹変した。人間世界にもこの手合いはいるが、猫の世界も同じである。
『へへへ…綺麗なねぇちゃんよぉ~、俺とも付き合わねえかっ!』
 小次郎が引き揚(あ)げたのを見届け、タコはみぃ~ちゃんに近づいて、ニャゴった。人間だと凄(すご)んだ・・ということになる。
『フン! なによっ、あんたなんか!』
 みぃ~ちゃんがひと目でタコを袖(そで)にしたのも悪かった。
『なにっ!!』
 タコの闘争本能に火がつき、尻尾を居丈高に振り上げた。そこへヒョコヒョコと現れたのが交番猫のぺチ巡査だった。

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2015年12月 3日 (木)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<18>

「え~、では同じく、職場を代表して田坂様のご祝辞を賜りたく存じます」
 係長の田坂がテーブルを立つと、前方のスタンドマイクの方へツカツカと滑(なめ)らかに歩いて近づいた。演出されたスポットライトが田坂に降り注ぐ。ようやく、蘇我は里山のテーブルから目を逸(そ)らせ、田坂を見た。一方、里山のテーブルでは、小次郎もみぃ~ちゃんも田坂の祝辞など人ごととばかり目を閉じ、眠り始めた。里山は、やっと落ちついた気分でナイフとフォークを手にし、メインディっシュの肉料理を口へと運び始めた。
「私は、列席されておられます里山元課長の部下として、道坂先輩と仕事を、ともにさせていただき…」
 田坂の祝辞に自分の名が出て、里山は思わず咽(むせ)、コップの水を素早く手にすると飲み干した。だがともかく、小次郎とみぃ~ちゃんが出逢えたのだから、ひとまずよし、とするか…と里山は思った。
 小次郎の通い婚は、この時点では上手(うま)くいきそうに見えていた。だが、猫社会も人間社会と同じでそう甘くない。いつぞや里山家を騒がせた与太猫のドラの使い番を務める泥鰌(どじょう)屋のタコは、その名のとおり吸盤のようなしつこさで、みぃ~ちゃんに、ちょっかいを出し始めた。悪いのは小鳩(おばと)婦人だった。それには、小次郎にも少なからず関係がある。里山から二匹の仲を聞かされた小鳩婦人は、少し気配りをし過ぎたのだ。二匹が逢いやすいようにと通用門を開け、みぃ~ちゃんの出入りを自由にした。これは、はっきり言って小鳩婦人のミスだった。

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2015年12月 2日 (水)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<17>

 猫的によく考えれば、謝(あやま)る必要などないのだ。逆に自分達のプライべートな生活に介入され、いい迷惑くらいのものだ。だが、そこはそれ、二匹とも飼われている立場である。収入面で小次郎は里山を養(やしな)う立場だが、生活の世話はしてもらっているのだ。猫がドラッグストアで猫缶を買う訳にはいかない。まあ、持ちつ持たれつ…といった共生関係にある・・と小次郎は認識していた。
 最近、小次郎は里山の書斎の本を時折り読んでいる。いつやら始めた人間観察が芸能界デビュー以降、等閑(なおざり)になっていたのだが、ようやくその暇(ひま)が出来るようになったためだ。もちろん、書棚の本を自分の力で取り出すことは出来ないから、里山にその旨(むね)を言っておく・・という手段を取る訳だ。
「…? ああ、あの本か。よし!」
 里山は訳なく了解し、書棚から取り出して机の上へ置いてくれた。本を捲(めく)るくらいの力は小次郎にもあるから、あとは、少しずつ読むだけだった。別に知識をみぃ~ちゃんに、ひけらかすつもりは毛頭、小次郎にはなかった。ただ人間学を極めたい・・という一念である。
 式場が騒々しくなり、これは拙(まず)いと、ともかく、小次郎とみぃ~ちゃんは元のテーブル椅子へヒョイ! と昇り、何事もなかったかのように悠然(ゆうぜん)と腰を下ろした。ざわつきながら集中していた来賓の目が里山達から遠退(とおの)いたのを見届け、ホテルの司会進行が咳(せき)払いを一つした。メンツを潰(つぶ)された部長の蘇我だけが不機嫌っぽく里山のテーブルを見ている。里山は、ざまぁ~みろ…という気分で蘇我を見返した。

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2015年12月 1日 (火)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<16>

「あらっ? いやだわ! みぃ~ちゃんが…」
 隣の席のテーブル椅子の上にいたみぃ~ちゃんがいないことに気づいた小鳩(おばと)婦人がフォークとナイフを皿に置き、叫ぶように言った。
「あっ! 小次郎も…」
 里山も小鳩婦人と同じテーブルだったから、当然、気づき、辺りを見回した。
「将来が嘱望(しょくぼう)されます道坂君が本日、かような華燭の典を…オホン! …挙げられましたことは、当社といたしましても誠に喜ばしい限りと… オホン!!」
 小鳩婦人と里山が目前でガサゴソと動き出したのを見て、祝辞を読んでいる部長の蘇我が、気まずそうに咳(せき)払いを数度した。
「いたいた!! …」
 テーブルクロスを上げて覗(のぞ)き込んだ里山が叫んだ。小鳩婦人も続き、歓声を上げた。
「よかったぁ~~!!」
 全然、よくないのは祝辞を読み上げ中の蘇我である。来賓客の目が里山のテーブルへ集中し、上司のメンツが丸 潰(つぶ)れだ。
「おめでとうございます…」
 祝辞の大部分を削(そ)がれた蘇我は、ポツリと言い終え、苦虫(にがむし)を噛(か)み潰したような顔でソソクサとスタンドマイクの前から去った。
「…小次郎、上がりなさい。今は拙(まず)いだろ」
 里山は屈(かが)んだ姿勢で、テーブルクロスを覗き込んだまま言った。
『すみません、ご主人』 『ニャァ~~』
 小次郎は人間語で、みぃ~ちゃんは猫語で謝(あやま)った。

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