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2016年1月

2016年1月31日 (日)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<27>

「先生は今の我が国を、どうお思いでしょう?」
 小次郎はすぐに通訳し、股旅(またたび)へ伝えた。
『ふ~む…そうですな。まあ、なんと言いますか、それ、アレです、ナンですな。つまり、ひと言で言えば、今の平和でなんとなく生きれる日本には覇気(はき)がないといいますか…』
 股旅は猫語でニャニャァ~~と語った。小次郎はそれをすぐ里山に通訳した。
「なるほど…」
『平和でなんとなく生きることが出来ない国々、それらの国々に生きる人々は日々、必死なんですぞ。今の日本人は極楽でござる。そんな極楽の国で生きられることを皆、喜ばニャ~いけません。ポイ捨てて、このような素晴らしい国を自(みずか)らの手で汚(けが)しておる。私(わたくし)から言わせれば、アホ、バカ、チャンリンでござるよ。昔風に言えば、ウツケ、間抜け、タワケ! でござるかな、ホッホッホ…』
 長々と流暢(りゅうちょう)にニャゴった挙句(あげく)、股旅は軽く口毛(くちげ)を動かして笑った。
「ははは…、それはまあ、正論でしょうが。人間には、いろんなのがいますから…」
 小次郎は、すぐに里山の言葉を猫語で股旅へ通訳した。
『う~む、さようでござるな。いろいろのがいるようです。大の大人にポイ捨てられ、我々、動物達は弱っております。…そうかと思えば、大事にされるみぃ~ちゃんみたいなのもおりますからな。人間、様々でござるよ』
 股旅は、ふたたび長々と流暢にニャゴり続け、喉(のど)が渇いたのか、里山が缶詰の横に置いた空き缶の水をぺロぺロとやった。

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2016年1月30日 (土)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<26>

『僕が通訳しましょう。先生は、[いや、こちらこそ。私が俳猫の股旅です]と申されております』
「俳猫ですか?」
 里山は思わず笑いそうになったが、グッ! と我慢した。そして、手に持参した夕飯用の缶詰3缶のプルトップを引いて缶の蓋(ふた)を開け、股旅(またたび)の前へと静かに置いた。その途端、股旅の顔色が変化した。風雅を重んじる俳猫とはいえ、腹が減っては・・である。股旅は缶詰に頭を飛び込ませるような勢いで缶詰の中身を食べ始めた。と言うより、食い始めたと表現した方がよいような荒っぽさで、風雅な俳句の道に生きる老先生ぶりも消え去り、ただの野良に変身したのだった。里山と小次郎は呆気(あっけ)にとられ、その変身した股旅の食いっぷりを、ただ茫然(ぼうぜん)と見つめるだけだった。
 しばらくして3缶を食べ終えた股旅は、元の風雅に生きる俳猫へと落ち着きの姿をとり戻(もど)した。
『有難うございました。お恥ずかしいところをお見せいたしましたな…』
 股旅は口の周(まわ)りを舌でぺロつかせながら、猫語で言った。もちろん、小次郎の耳にはそう聞こえたのであり、里山の耳にはニャ~ニャ~~と聞こえていた。
『先生が、[有難うございました]と申されております』
「ああ、そう…。それはよかった。一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
 里山は屈(かが)むと、猫目線に合わせ、股旅を見た。
『ニャ?』
『[なんですかな?]と申されておられます』
 小次郎は里山と股旅の通訳に徹した。

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2016年1月29日 (金)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<25>

『先生、こののちはどうなされるんです?』
『そうですな…。これといって行き方を持たぬ身、しばらくこの用具入れ場で小次郎殿のその後を見守りますかな。ホッホッホッ…』
 股旅はまたゆったりとした笑い声でニャゴった。
『はははっ! 僕も頑張らなくっちゃ!』
 そう笑って言ったものの、小次郎に思案はなかった。
『先生、お食事は?』
『おお! そういえば、ちと腹が空(す)きましたかな…』
 股旅は空腹には馴れているのか、落ちつきのある声で言った。
『しばらくお待ちください。ご主人が家にいますから、訳を言って今、お食事をお持ちします』
『そのようなお気づかいは無用でござ…』
 言葉とは裏腹に、股旅の腹がグゥ~~と鳴った。
『先生、ご遠慮なく!』
『ははは…、腹は隠せませんな。では、お言葉に甘えてゴチになりますかな』
『ええ、どうぞどうぞ。では…』
 言葉が終わるや、小次郎は家を目指して駆けだした。
 小次郎と里山が急ぎ足で戻ったのは、それから僅(わず)か5分ばかりしてからだった。
「股旅先生! お初にお目にかかります。私が飼い主の里山です」
『ニャアァァ~~』
 股旅は人間語を語れたのだが、語らぬことにした。だから、里山には当然、股旅の言葉は猫の鳴き声として聞こえた。

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2016年1月28日 (木)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<24>

『ホッホッホッ…気になどしておりません。ふむ! 立国といえば、この国では建国記念日というのがござるが…。そういう意味ですかな?』
『いや、どうだか。僕には…』
 小次郎には分からず、語尾を暈(ぼか)した。だが、老猫の股旅(またたび)が言うのだから、何かその辺りに里山がその時、言った意味が隠されているようにも思える。
『先生! ひょっとすると、それかも知れません』
『んっ? と、言われると?』
『僕に猫王国を作れと…』
『猫王国でござるか…。それはドでかい閃(ひらめ)きですな』
 股旅は片手の毛先を舌で舐(な)め、顔を拭(ふ)きながら言った。朝の洗顔を忘れていたことを、不意に思い出したのだ。
『いや…ご主人がそんな大それたことを一瞬にしろ考えたとも思えないんですが…』
 小次郎は語尾を濁(にご)した。
『それはともかくとして、里山殿はこの先も小次郎殿を駆使されるご所存かな?』
『駆使? 駆使されることはないと思いますが、今後もタレント猫としての猫生を歩むことになろう・・とは思います』
『なるほど…』
 股旅は口毛(くちげ)を微細に動かして得心した。人間なら首を動かして…となる。

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2016年1月27日 (水)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<23>

 里山が何を思ったのか、突然、口走った小次郎の[立国]の状況は、言った本人にも分からない漠然と飛び出した表現で、その場の出任(でまか)せだった。
『ということは、ご主人もどういう気持で言ったのか思い出しておられる・・ということですな?』
『はい、そういうことです。みぃ~ちゃんと所帯を持った僕が独立する・・という意味だろうくらいまでは分かるんですが…』
『立国というのは国の独立ですからな。インディペンデンスとなります』
 人間ならば俳人である俳猫の股旅(またたび)が異国の言葉を使った。小次郎はその物言いに少し驚かされた。日本のしっとりした情緒ある俳句の世界とは、かけ離れた言葉だからだ。
『僕は今、結構、疲れてるんですよ。マスコミや人々にも名が売れましたからねぇ~。それが何かにつけ、厄介なんです』
『贅沢(ぜいたく)なお悩みですなぁ~。私(わたくし)などのような、しがない放浪猫にしてみれば、その万分の一でもよろしいからお別け願いたい気分でござるよ、ホッホッホッ…』
 股旅は少し寂しげなニャゴリ声で笑った。瞬間、小次郎は自分の思い上がりを自戒した。有名になりたくても有名になれない猫は多くいるのだ。自分を振り返れば、元々は里山家横の公園にいた一匹の捨て猫だったのである。それが、どうだ今は。世界から蝶よ花よ・・と、もて囃(はや)される身の上までに昇りつめられたのだ。人間なら破格の出世であった。股旅が言うとおりだ…という自戒だった。
『申し訳ありません、今の言葉は忘れて下さい』
 小次郎は前言を取り消した。

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2016年1月26日 (火)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<22>

『えっ?』
 小次郎の言う意味が理解出来なかったのか、股旅(またたび)は首を捻(ひね)る代わりに尻尾の先を少し上げた。
『僕にもよく分からないんですが、ご主人の弁だと立国だということです…』
『誰が?』
『僕が?』
『いつ、どこで、何のために?』
 股旅は矢継(やつ)ぎ早(ばや)に小次郎へ問いかけた。
『いつもどこも何のためも分かりません…』
『それは、ちと、ご不自由でござるな…立国とは、大きく出ましたな。まあ、小次郎殿も風の噂(うわさ)にお聞きしたところでは、かなりの著名猫になられたようですからな。それも頷(うなず)けますが…

『僕はそんな大仰(おうぎょう)なことは考えてないんです。みぃ~ちゃんと慎(つつ)ましやかに暮らせれば、それで十分なんですから』
 小次郎は股旅に心の奥底の蟠(わだかま)りをすべて吐きだすように言った。
『立国でござるか…。どのような状況でご主人が話されたのか、もうちと詳しゅうお話をお聞きしたいですな』
 股旅は穏やかな声で囁(ささや)くように言った。
『分かりました、お話しましょう。実は、カクカクヒシャヒシャなんですよ』
『ほう! カクカクシカジカではなく、カクカクヒシャヒシャでござったか』
 事の発端(ほったん)となった状況は、すぐに股旅へ伝わった。

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2016年1月25日 (月)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<21>

 春先のことだから、朝晩は冷え込んだ。ただ人間と違うのは、上手(うま)くしたもので小次郎達には天然の羽毛が備わっている。夏場は厄介(やっかい)だが、冬場は至って重宝するように出来ている。寒さは感じても人間のように風邪をひく・・といった無様(ぶざま)な事態だけは避(さ)けられた。
 二匹は用具入れ場の隅にある収納ドアの下から中へと潜(もぐ)り込んだ。外からの寒気と冷風は遮断(しゃだん)され、贅沢(ぜいたく)さえ言わなければ、心地よい塒(ねぐら)ともなるブースだ。二匹は、ドッペリと腰を落とし、楽な姿勢となった。
『先生、何かよい句は浮かびましたか?』
『ええ、まあ…』
 先生得意の、ええ、まあ・・が出た! と、小次郎はニヤリとした。猫の場合、人間と違って分かりづらいのだが、少し口髭(くちひげ)が小震動するのである。ただこれは、よくよく注視しないと、見 逃(のが)しやすい。
『先生、何かよい句は浮かびましたか?』
『ええ、まあ…』
 先生得意の、ええ、まあ・・が出た! と、小次郎はニヤリとした。猫の場合、人間と違って分かりづらいのだが、少し口毛(くちげ)が小震動するのである。ただこれは、よくよく注視しないと、見 逃(のが)しやすい。
『ここは暖かいですな』
 股旅が徐(おもむろ)に聞いた。
『ええ、まあ…。僕が捨てられていたところです』
『そうでしたか…。悪いことを思い出させてしまいましたな』
『いえ…』
 思い出した訳ではなかったから、小次郎にはそれほど応(こた)えていなかった。
『実は今、立国問題が悩みなんです』
 小次郎は話を続けた。

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2016年1月24日 (日)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<20>

『と、言われますと、随分、以前からこちらに?』
『ええ、まあ…。何ヶ月か前でございますが…』
 股旅(またたび)は相変わらず物腰が柔らかい知的な猫だった。
『風景を眺(なが)められて句作を?』
『ええ、まあ…。人間の世界では写真俳句などをやっておられる方もおるやに風の噂(うわさ)でお聞きしておりますが、私などに写真は撮(と)れませんから、ただジィ~~っとその場に居(い)るだけの、ひねり俳句でございますよ、オッホッホッ…』
 小次郎は、ええ、まあ・・がお好きな方だな…と一瞬、思った。写真俳句は雑誌で知っている小次郎だったが、知らない態(てい)にして、聞く猫となった。人間なら、聞く人・・となる。
『そうでしたか…。先生、実は僕、所帯を持ったんですよ』
『ほお、そうでしたか。小次郎殿も一国一城の主(あるじ)ですかな』
『そんな、いいもんじゃないんですが…』
 小次郎はニャニャニャと笑った。猫も笑うのである。
『立ち話もなんですから、公園で寛(くつろ)ぎながらお話をいたしましょう…』
 股旅は懐(なつ)かしそうに公園を見遣(みや)った。公園とはいえ、今は移転して誰も訪れなくなり、荒廃だけが目についた。ただ、人気(ひとけ)がない分だけ落ちついた佇(たたず)まいを残していた。
 二匹は錆びついた水道横にある崩れかけた掃除用具入れ場へ入った。雨風(あめかぜ)避(よ)けぐらいにはなる代物(しろもの)で、小次郎が捨てられていた場所だった。微(かす)かに残る記憶が、小次郎を切なくさせた。


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2016年1月23日 (土)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<19>

「まあ、ある意味の立国宣言ですよ、ははは…」
「はあ? …」
 中宮は里山の言葉が理解できず、笑って流した。
「リハの時間が迫ってますので…」
「ああ、そうなの? それじゃ、私はこれで…」
 駒井が助け舟を出し、中宮は歩き去った。駒井も里山が言った立国の意味を理解できなかったのだが、リハサール開始の時間が迫っているのは事実だった。里山と小次郎はその後、無事に収録を終え、帰宅した。局の駐車場で運転手兼雑用係の狛犬(こまいぬ)が大鼾(おおいびき)で寝ていたのは言うまでもない。
 数日が過ぎ、里山の家近くに、ちょっとした変事が起きた。変事といっても里山と沙希代夫妻に直接、影響が出る悪い出来事ではない。話はかなり前に遡(さかのぼ)るのだが、放浪旅を続ける老俳猫の股旅(またたび)が立ち寄ったのだった。小次郎が住む街へ遠方からやってくる猫は、与太猫のドラやその手下のタコ、それに風来坊の海老熊といった概して悪猫だったが、股旅だけは小次郎が先生と呼べる高級猫だった。
 小次郎が家前を歩いていると、ひょっこり、その股旅に出くわした。
「いやぁ~先生、お久しぶりでございます。いかがされました?」
『いや、なに…。いい風景があったもんだから、つい長居してしまいました』
 股旅は俳句作家風に少し品(しな)を作って答えた。

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2016年1月22日 (金)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<18>

「どうも! 駒井さん」
「これは里山さん、久しぶりです! 小次郎君、元気だったかい?」
 テレ京の玄関[エントランス]には、今日も決まりごとのように駒井が里山達を出迎えていた。オファーをレギュラー的に了承してもらっている手前、里山と小次郎は特別待遇なのである。
「ニャ~~!」
 小次郎は大きめの猫語でニャゴった。通訳すれば、元気ですよっ! くらいの意味である。
 里山と小次郎は駒井の先導で収録のスタジオへと向かった。通路の途中に制作部長の中宮が立っていた。やはり、出迎えである。特別待遇されている雰囲気が里山にヒシヒシと伝わった。
「これはこれは、里山さん!」
 笑顔で片手を出し、中宮は握手を求めた。反射的に里山も手を差し出していた。
「部長もお元気でなによりです」
「お蔭さまで、相変わらず高視聴率を叩きだしておるようで、私もスポンサーに鼻高ですよ」
「お蔭(かげ)さまで、うちの小次郎も世帯主ですよ、ははは…」
「ああ、そのお話は駒井から聞いております。なんでも、みぃ~ちゃんとご一緒になられたようで…」
「ええ、そうなんですよ。それどころか、みぃ~ちゃんが近々、生みます」
「それは、それは…」
 小次郎は里山が提(さ)げるキャリーボックスの中で会話を聞きながら照れた。

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2016年1月21日 (木)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<17>

 立国しなさい! と里山に言われた小次郎だったが、数日が経(た)ってもその方法が分からず、どうしようもないまま時が流れていた。里山に聞いたとしても、当の本人が分からないのだからお手上げだである。立国・・とはよく言ったものだ…と思いながら、その日も小次郎は里山が持つキャリーボックスの中で車に揺られていた。運転手は言わずと知れた雑用係も兼(か)ねる狛犬(こまいぬ)だ。陽気もかなり暖かさを増し、車内も頃合いの温度である。当然、小次郎はまたウトウトし出した。猫が一日の、ほぼ3分の2は眠る・・と過去にも言ったと思うが、猫族はよく眠るのだ。
 その日は久しぶりにテレ京の番組の収録日だった。
「そこを右へ入ったところで止めてくれ」
 珍しく、里山は寄り道の指示を狛犬に出した。
「えっ? …はい、分かりました」
 テレ京への道を走っていた狛犬は、突然のことに一瞬、躊躇(ちゅうちょ)したが、素直に里山の指示に従った。
 里山が狛犬に指示したのは新規開店した骨付きカルビ専門店だった。
「ここのは、実に美味いんだよ。駒井さんに土産(みやげ)なんだ」
「ああ! そうでしたか」
「ついでに小次郎にも買ってやろう。立国祝いだ!」
「はあ?」
 狛犬には里山が言った意味が理解できず、首を捻(ひね)った。
「ははは…、まあ、いいじゃないか」
『ご主人、ごちになります!』
 キャリーボックスの中の小次郎が大きめの人間語でニャゴった。

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2016年1月20日 (水)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<16>

『はあ、そうなんでしょうが…。僕ら猫社会では生活が大変になるんですから、場合によれば死活問題になるんです』
「死活問題とは、捨て置けんな…」
 里山は腕組みをすると、何を思ったのか考え込んだ。そして、しばらくすると、里山は徐(おもむろ)に口を開いた。
「…思い切って、独立するか」
『はあ? どういうことです?』
「いや、なに…立国だよ、立国」
『立国?』
 小次郎は里山が言った意味が理解できず、尻尾の先を右に左にと振った。人間だと、首を傾(かし)げた・・となる。
「そう、立国! まあ平たく言えば、一家を構える、もう少し分かりやすく言うなら、世帯主として生活する・・ということだ」
『あの…お言葉を返すようですが、今でも十分、世帯主だと思うんですがね』
「それはそうだが、心意気がまったく違う」
『どう違うんです?』
「そこは、それ…まあ、なんだ。口では言いにくいんだが…おいおい、言葉にしてメモっとくよ」
 メモっとかれても…と小次郎は思ったが、口には出さず思うに留(とど)めた。
『それなら僕は、立国しましょう。どうしていいのか、よく分からないんですが…』
「いや、言った俺にも、こうしろ! とは言えんのだが…。とにかく、立国しなさい」
『はい、そうします』
 話は中途半端に纏(まと)まった。

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2016年1月19日 (火)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<15>

 関取の○○と#%親方の車を見送ったあと里山は車へ乗り込み、キャリーボックスを閉じて抱えながら座った。それを見届けた狛犬(こまいぬ)は助手席の自動ドアを閉め、エンジンキーを捻(ひね)った。そして、手馴れた手つきで車を始動した。当然、小次郎はキャリーボックスの中へ入っていた。
『変わった方々でしたね。僕達のサインを欲しがるとは…』
「それだけ有名になったということだよ、小次郎…」
『そうですね』
「所長、すまんことです。私がうっかり引き受けたもんで…」
 狛犬がサイドプレーキのロックを解除しながら言った。
「いいよ、いいよ。有り難いことだ、なあ! 小次郎」
 小次郎は返事を猫語でニャ~~! とニャゴって返した。
「そう言ってもらうと…」
 車は滑(なめ)らかに走行を始め、加速した。
 相変わらず有り難くも忙(いそが)しい日々が続く春三月、桜の開花予想も出始めた頃、みぃ~ちゃんが身籠った。子供を持つとなれば小次郎も一家を構える世帯主だ。
「そうか! してやったり! だな、小次郎。お前もこれで一国一城の主(あるじ)だっ!」
 歴史好きの里山に言わせれば、こうなる。
『一国一城の主なんて、大げさですよ、ご主人』
「いやいや、そういうものでもない。人間の世界では家が栄えるお目出度(めでた)い祝いごとなんだからなっ!」
 里山は力強く小次郎に言った。

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2016年1月18日 (月)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<14>

「ははは…、ハンコでいいですから」
「ハンコと言われましてもねぇ~。印肉がありませんから…。どうしましょう?」
「小次郎君の足にマジックを塗り、乾かないうちに、すぐ色紙(しきし)に押す・・というのは?」
「はあ…、まあ、やってみましょう」
 里山は#%親方に言われたとおりの所作で小次郎の足に黒マジックを塗りたくると、ハンコ代わりにして、すぐサイン色紙の隅(すみ)へ押した。
「どうです?」
「ああ、これで結構です…」
 普通の場合、サインするというのは書き手が書いてやろう! 的な上目線で書くものだが、里山と小次郎の場合は下目線だった。サイン色紙を受け取った#%親方は至極、満足げな顔をした。
「おい、いくぞっ!」
 関取の○○に顔とは裏腹な少し強面(こわもて)の声を出し、#%親方は里山の車から遠ざかった。当然、関取の○○もあとに続こうとした。
「あっ! これ…」
 里山は返し忘れた黒マジックを差し出した。後ろ向きになった関取の○○は、振り返ってその黒マジックを見た。
「こりゃ、どうも…」
 受け取った瞬間、スタスタスタ…という音がした。疾風(はやて)のように踵(きびす)を返し、関取の○○が里山から早足で遠退(とおの)く雪駄(せった)の音だ。作者が描く細やかな状況表現のオマケである。

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2016年1月17日 (日)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<13>

 関取の○○が、なぜマジックを取り出したのか? だが、それはサスペンスの推理でもなんでもない。狛犬(こまいぬ)が紺のハンカチに書いた黒ボールペンを思い出し、アレじゃないか? …と瞬間、思ったのだ。単純なことながら、幕内の関取ともなると、瞬間の判断が鋭いのだ。
「ああ、こちらがアノ有名な[語る猫]の小次郎君ですか?」
 背広姿の□◎部屋の親方と目(もく)される#%親方が、関取の○○の横から口を挟んだ。小次郎はそのとき後部座席に寝そべっていたのだが、ドアが開いていたから姿を見られた・・という形になった。
『そうです! 僕がその小次郎です…』
 小次郎が口を開き、偉(えら)ぶらず口を開いた。
「わぁ~~! ほんとに話したぁ~~!」
 関取の○○は初めて耳にした猫の日本語に興奮し、はしゃいだ声を出し小次郎を指さした。
『ええ! 僕は話しますよ! 話しますとも』
 小次郎は少し意固地になった。そのとき里山は黒マジックでサインを書きあげていた。
「はいっ! 書けました。これで、よろしいでしょうか?」
「ああ、はい。…できれば、小次郎君のサインも」
 #%親方は里山に語尾を懇願する声で言った。
「えっ? 小次郎のサインですか?」
 話せても、猫がサインを書ける訳がない。里山は怪訝(けげん)な顔をして親方を見た。

 ※ □◎部屋の#%親方が、何という親方なのかは、読者のご想像にお任せいたします。

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2016年1月16日 (土)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<12>

「いや、なに…□◎部屋の○○関が所長のサインが欲しいって、駐車場で待ってるんですよ」
「なんだって? そりゃ、戻(もど)らんと…」
「ええ、そうなんです…」
 狛犬(こまいぬ)はエンジンをかけると慌てて車をUターンさせた。その操作の荒っぽさは尋常ではなかった。そんな狛犬の運転を里山は今まで見たことがなかった。
『ち、ちょっと出して下さい! ご主人!』
 キャリーボックスの中にいる小次郎も、さすがにその荒っぽい運転の衝撃には耐えられず、里山に懇願(こんがん)した。
「あ、ああ…。今、開けてやる!」
 里山はキャリーボックスを座席へ置き、開いた。
『フゥ~~、やれやれ…』
 小次郎は危うく酔いそうになっていたが救われた。猫も車酔いするのである。
 車が駐車場へ戻ると、関取の○○が親方と思える男と首を長くして待っていた。
「い、いや! すいません! 運転手が、うっかり粗相(そそう)をしたようで…」
 車を慌てて降りた里山は、すぐ頭を下げて平謝(ひらあやま)りした。
「いや、そんなに待ってませんので…」
「そうですか? どうも…。すぐ書きますので」
 里山は狛犬から何も書かれていない真新しい色紙を受け取った。
「ははは…よかったら、コレ、使って下さい」
 関取の○○はマジックを和装の羽織(はおり)の袖(そで)から取り出した。

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2016年1月15日 (金)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<11>

 狛犬(こまいぬ)は、コンコン! とウインドウガラスを里山が外から叩(たた)く音で目覚めた。
「す、すいません、所長!!」
 自動開閉ドアボタンを押し、狛犬は後部座席のバキューム式エアードアの装置ノブを慌(あわ)てて捻(ひね)った。と同時に、後部座席ドアがスゥ~っと音もなく開いた。里山は籠を大事そうに両手で抱(かか)え、車に乗り込んだ。里山がそうしたのは当然で、キャリーボックスの中には、今や里山にとって大事な稼(かせ)ぎ頭(がしら)の小次郎様がおられたからである。
「いいから、出してくれ…」
 正直なところ少し怒れていた里山だったが、軽く流した。狛犬の寝癖(ねぐせ)は今に始まったことではなかったからだ。要は、諦(あきら)めにも似(に)た馴(な)れによる容認だった。
「はいっ!」
 車はスゥ~っと滑らかに発車した。そこはそれ、運転技術だけが取り柄(え)の狛犬だったから、かろうじて面目(めんもく)は保たれた。
「あっ! いっけねぇ~!」
 そのまま駐車場を出ようとした狛犬だったが突然、急プレーキをかけ、車を停車させた。そのショックで里山はうっかりキャリーボックスを落とすところだったが、幸か不幸か落とさずに済んだ。
「ど、どうした? 狛犬!」
「すみません。うっかり忘れるところでした! ○○関からこれを預(あずか)かったんでした…」
 里山は狛犬が言う意味が分からず、訝(いぶか)しげに狛犬を見た。

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2016年1月14日 (木)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<10>

「あの…こちらもサイン、もらえないですかね? こんなもので、なんなんですが…」
 狛犬(こまいぬ)は皺(しわ)くちゃになった汗臭いハンカチをブレザーのポケットから取り出した。ようやく寒さも遠退(とおの)こうとする二月下旬の日だ。普通は汗など掻(か)きそうにない季節だったが、狛犬は汗掻きだったからハンカチは手放せなかったのだ。関取の○○は一瞬、顔を顰(しか)めてそのハンカチを受け取った。
「いいっすよ。あの…書くものは?」
「あっ! そうでした。すみません…」
 狛犬は左手で頭を掻きながら右手でブレザーの内ポケットからボールペンを取り出した。フツゥ~の場合、サインはマジックだ。関取の○○は一瞬、躊躇(ちゅうちょ)した。
「これで、書けますかねぇ~」
 小笑いしながら関取の○○はウインドウにハンカチを広げ、一応、サインをする仕草をした。かろうじて書けたサインは、かろうじて分かる程度だった。ハンカチの生地(きじ)が濃紺(のうこん)で、ボールペンは黒だったから、それも当然といえた。
「それじゃ、車で待ってますんで…」
 関取の○○はサインしたハンカチとボールペンを返すと、スタスタ…と車の方向へ歩き去った。スタスタ…とは、関取の雪駄(せった)が駐車場のコンクリートへ歩くときに触れ合う微妙な音の表現である。
 それからしばらく、こともなく時が流れ、ようやく仕事から解放された里山が小次郎が入ったキャリーボックスを携(たずさ)え、駐車場へと現れた。狛犬は完璧(かんぺき)に爆睡(ばくすい)していた。

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2016年1月13日 (水)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<9>

 狛犬(こまいぬ)は音に目覚め、慌(あわ)てて首を左へ向け、ウインドウガラスを見上げた。そこに立っていたのは大銀杏(おおいちょう)の髷(まげ)を結った関取風の大男だった。急いでウインドウの自動開閉ボタンを押し、狛犬は窓ガラスを下げた。
「なんでしょう?」
「あの…私、□◎部屋の○○と申します。実は小次郎君の大ファンでして、この色紙にサイン戴けないでしょうか?」
 狛犬はシゲシゲと関取風の大男を見た。どこかで見たような…と、狛犬は思った。そして、しばらくしてアアッ! という素(す)っ頓狂(とんきょう)な声を出し、大男を指さした。それは、超有名な○○だった。
「○○関だっ テ、テレビでよく見てますっ! …あのう、所長に頼んでみますっ!」
 狛犬は喜び勇んで何も書かれていない真新しいサイン色紙を○○から受け取った。
「今、ご講演中なんですよね?」
「はい、ちょっと、待って下さいね…。もう少ししたら終わると思います」
 狛犬はスケジュール手帳を見ながら答えた。
「じゃあ、あちらの車で待たせてもらいます」
 ○○は駐車場に停車させてある車を指さした。里山の車と見劣(みおと)りしないない外車だった。
「いい車ですね」
「ははは…親方の車ですよ」
 ○○は笑顔で狛犬へ返した。


 ※ □◎部屋と○○関が、どの部屋の誰なのかは、読者のご想像にお任せいたします。

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2016年1月12日 (火)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<8>

「小次郎君からも、ひと言(こと)、お願いします。出来れば、人間の言葉で…」
 総合司会者が里山の言葉が途切れた瞬間、話を繋(つな)いだ。会場から笑い声が一斉(いっせい)に湧き起こった。
「静粛(せいしゅく)に!!」
『僕は猫ですが、話せます。それがなぜなのかは僕にも分かりません。難しいことは分かりませんが、人の場合によく言われる、物心がついた頃、話せるようになったみたいです、ちょうど、ご主人と公園で出会った頃のことでした』
 小次郎は言い終わると、最後に猫語でニャ~~とひと声鳴いた。会場の学者達は小次郎が人間語を話したことに衝撃を受けたようで、笑い声のあとは水を打ったように静かになった。総合司会者も精気を吸い取られたような表情で唖然(あぜん)として聞き入っていたが、やがて我に返って、話し始めた。
「…失礼しました。見事な挨拶でした、ねぇ、皆さん!」
 総合司会者は拍手した。司会者に促(うなが)され、観客も割れんばかりの拍手を送った。
 会場の外では里山と小次郎のお抱え運転手の狛犬(こまいぬ)が駐車場の車中で眠っていた。狛犬にとっては、一日の仕事がほとんど車中だった。里山と小次郎の移動には欠かせない狛犬である。今や、押しも押されぬ小次郎事務所のスタッフとして重要な地位を占めていた。運転だけではなく、里山と小次郎の食事の手配や雑用一切を任(まか)されていたから、ある意味、里山より大変だと言えた。そんな狛犬が車中で首を縦に振りながらウトウトと眠っていると突然、外の左横からウインドウガラスをコンコン! と叩く音がした。言っておくが、里山の車は羽振りがよくなり最近、小鳩(おばと)婦人の紹介で買い替えた外車である。

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2016年1月11日 (月)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<7>

 里山は無言で壇下の会場に向け頭を下げたあと、徐(おもむろ)に席前のテーブル台に置いたキャリーボックスを開けた。ゆっくりと小次郎は外へ出ると、ひと声、会場を見ながらニャ~~! と、猫語で挨拶をした。皆さん、こんにちは! ぐらいの意味である。
 小次郎の姿がスポットライトに照らされた途端、場内から割れんばかりの拍手と喝采(かっさい)のどよめきが起きた。当然と言えば当然だったが、里山はその反響の大きさに、改めて驚かされた。
「里山さん! ひと言、お願いいたします。出来ましたら小次郎君にも…」
 喧騒(けんそう)が静まると、総合司会者がマイクロホンを通し、里山に挨拶を促(うなが)した。
「ははは…皆さんは最初、何かの間違いだろう・・と誰もがお思いになったことと存じます。しかし、ここにいますうちの小次郎は、現に人間語を話すのです。それも意味を理解し、家族と会話も致します。私も最初、自宅近くの公園で挨拶されたときは、自分の耳がどうかしたのだろう・・と思いました。でも、それは間違いでした。その日から小次郎との生活が始まったのです。小次郎がなぜ人間語を話せるのかは私には分かりません。進化による突然変異なのか、あるいは発見されなかった新種の新生物なのか・・それは皆さん方が研究の過程で解き明かしていただけるものと確信いたしております。よろしくお願いいたします。以上です…」
 里山は挨拶を終えると深々と頭を下げて一礼し、ゆったりと腰を下ろした。小次郎は派遣された会場に並ぶ壇下の外国人学者達を見下ろしながら、僕も国際的になったものだな…と思った。

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2016年1月10日 (日)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<6>

 ここは国際的な生物学会の会場である。この中で世界各国の有識者を集めた、とある会合が開かれていた。その中に、招待された里山と小次郎がいた。小次郎は里山とともに登壇してはいたが、まだ里山のキャリーボックスの中にいた。
「そんな馬鹿な話はないでしょう! いくら突然変異だからといって、SFじゃあるまいし、あり得ないですっ!!」
 突然立ち上がった研究者の一人が怒ったような声で言い放ち、座った。
「ははは…、そう興奮されずに、まあ落ちついて下さい。私が報告しましたのは、我が国の学会で報告された飽(あ)くまでも仮説です」
「それなら、話は分かります。あり得ないですが、あり得ることもありますから…」
 怒って立ち上がった研究者は、今度は座ったまま、少し落ち着いた声で返した。
「ご議論は後でしていただき、ここで、研究対象となっております小次郎君と飼い主であられる里山氏を紹介いたします…」
 総合司会者が壇上側面の解説席から立った姿勢で話し、片腕で片隅の椅子に座る里山を示した。スポットライトの光が里山の席へ移った。

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2016年1月 9日 (土)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<5>

 この別邸は、人が住まいしても快適に生活できそうな敷坪の広さだったが、建て物だけは猫の身体に合わせたミニチュアの豪華な佇(たたず)まいに設計されていた。ただ、食事の準備はみぃ~ちゃんに出来ないから、そのための水道や洗い場などはなかった。もちろん、二匹が食事する場所はそれなりのスペースで確保されており、小鳩婦人が食事の餌を屋根の部分を取り外して置けるようにしてあった。ちょうど、人間の住居で言えば別棟に建てられた離れである。雨や雪などの外気候に関係なく行き来できるよう設計された別邸と小鳩(おばと)邸とを結ぶ通路があった。二匹がニャゴニャゴと寛(くつろ)いだり戯(たわむ)れる場所も完備され、人間で言えば申し分のない物件といえた。金に糸目はつけない資産家の小鳩婦人だからこそなせる技(わざ)だった。
「小次郎、明日は仕事が入ってないから、みぃ~ちゃんとゆっくり過ごせるぞ」
 すっかりマネージャーが板についた里山が風呂上りでバスルームから出ながら言った。ごく最近だが、小次郎事務所という個人事務所を立ち上げ、勝手に事務長を名乗っていた里山だった。
『そうですか…それは、どうも。みぃにも久しぶりに会えます』
 仕事で里山が持つキャリーボックスで運ばれている小次郎の行動は制限される。芸能人ならぬ芸能猫だからだ。人気も定着し、今や芸能界には欠かせない存在となっている小次郎だった。加えて、相変わらず学術的な研究所の研究依頼もあった。学会の学説は小次郎が人間語を話せる点で、進化による突然変異説と発見されなかった新種の新生物説に二極化していた。

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2016年1月 8日 (金)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<4>

「今日は店屋もののお寿司にしたわっ!」
「ええっ! 寒いから鍋がよかったんだけどな…」
 警備係ですっかり冷えた里山が愚痴った。
「仕方ないじゃない! 私が食べたかったんだから…。熱いお茶、淹(い)れるから」
「…まあ、いいけどさ」
 キッチンのテーブル椅子へ座った里山が不満そうに返した。小次郎は好きにやってりゃいいさ…と冷(さ)めて思った。どちらにしろ、小次郎の夕食には関係なかったし、パーティで満腹になっていたこともあった。
 小次郎とみぃ~ちゃんの蜜月[スゥィート・ムーン]も、小次郎の仕事の関係で、一緒に楽しい時を過ごせる・・という、そうゆったりしたものでもなかった。ただ、人間と違うのは、そのことによる隙間(すきま)風が二匹の間に吹かなかったことである。人の場合、よくこのことが原因で離婚騒ぎになる場合も多いが、猫社会ではそういう低いレベルの騒ぎはなかったのである。こう書けば、偉く動物びいきに思われるだろうが、これは厳然とした事実なのである。小次郎に限らないが、人間が動物を見習うことも多々ある・・ということだ。
 さて、小次郎とみぃ~ちゃんの婚後の生活だが、以前と同じように小次郎がみぃちゃんの住まいへ通う実態に変化は見られなかった。みぃ~ちゃんの住まいは、言わずと知れた小鳩(おぱと)婦人がみぃ~ちゃんの新婚用にと新しく建てさせた別邸である。

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2016年1月 7日 (木)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<3>

 猫内(びょうない)会長に促(うなが)され、ぺチ巡査は徐(おもむろ)に口を開いた。
『え~~…まあ、そのなんでございます。…長々と皆様に可愛がられお世話になりました私でございますが、本日をもちまして、無事、退職の運びとなりました。つきましては、かねがねお世話になりました皆さま方へ、甚(はなは)だ高いところからではありますが、ひと言、御礼(おんれい)の言葉を述べさせていただきます。長らくの間、皆さま方のご高配に浴し、誠に有難く思うところでございます。…え~~』
 その後も、しばらく交番を去る名残りの挨拶をぺチ巡査は続けた。話し初(はじ)めは躓(つまづ)いたぺチ巡査だったが、どうにかこうにか無事、挨拶を終えた。冬陽の傾きは早い。ぺチ巡査が挨拶を終えた頃、公園内にはすでに夕陽が射(さ)し込もうとしていた。里山は椅子から立ち上がり、招待された猫達の後ろ姿を見ながらその話を聞いていた。
 その後、ぺチ巡査の退職送別会パーティも無事終わり、招待された猫達が思い思いに引き揚げると、里山と小次郎も公園から家へと戻った。
『これからは、ツボ巡査だけですが、大丈夫ですかね?』
 玄関へ入った里山に、小次郎が背中越しに声をかけた。
「俺には猫社会のことはよく分からんが、なかなか気概(きがい)がある若猫に見えるがね」
 里山は靴を脱ぎながら小さくそう答えた。 
『ええ、頼りにはなりそうなんですが、今一、経験値が…』
「ああ、新任だからなぁ~、それはあるだろうが、そのうち馴れるさ」
『だと、いいんですが…』
 親身にはなっているのだろうが、小次郎には里山の言葉がやはり人ごと、いや、猫ごとに聞こえた。

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2016年1月 6日 (水)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<2>

『ご主人、ひとつ、よろしくお願いしますよ…』
「んっ? ああ、分かった! 任せろ」
 里山は小次郎に頼まれ、公園の入り口で折り畳み椅子に座りながら会場の警備係をしていた。警備係とはいえ、招待された猫達が公園へ入れば、他にすることはなくなる。当然、猫達のドンチャン騒ぎを尻目に、欠伸(あくび)も出ようというものだ。使われなくなった荒れ放題の公園へ人が入ることなど考えられなかった。冬場のことである。小春日和となった昼過ぎから始められた退職祝いパーティは3時過ぎに佳境を迎えていた。マタタビに泥酔する猫も出て、会場はゴチャつき始めていた。
「小次郎、そろそろお開きにした方がよか、ないか?」
 椅子を立った里山は会場の乱れを感じ、小次郎に忠言した。
『そうですね…。僕もそう思います、会長にそう、言いましょう』
 小次郎は、さっそく会長の耳へニャゴった。人間なら、囁(ささや)いた・・となる。
『皆さん皆さん! ご静粛に! この辺(あた)りでぺチさんにご挨拶を頂戴し、閉会いたしたいと存じます』
 猫内(びょうない)会長が発した鶴の一声で猫達はニャゴるのをやめた。人間なら雑談するのを・・となる。静かになる間合いを待ち、猫内会の会長は落ちついて取り仕切った。さすがは老猫だけのことはあり、場馴(ばな)れしていた。
 冬場、猫達にとっては、ましだが、人間には堪(こた)える。里山は、すっかり凍(こごえ)えていた。しかし、稼(かせ)ぎ頭(がしら)の小次郎に頼まれた以上、何がなんでも警備係は貫徹(かんてつ)せねばならなかった。

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2016年1月 5日 (火)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<1>

 何が因果か分からないが、子供のおままごとのような小次郎とみぃ~ちゃんの新婚生活がしばらく続いていたある日、小次郎の生まれた素性が判明する出来事が起きた。里山や小次郎、それに新妻のみぃ~ちゃんにすれば直接、生活に影響が出るような風聞(ふうぶん)ではなかったが、その話は例のみかん箱交番のぺチ巡査の退職送別会パーティの席で世間話として出たのだった。人間とは違い、猫達の寄り合いパーティだから、里山が出席したような帝都ホテルの鳳凰の間のような華やかさはなかった。小次郎が里山に頼んで買い求めてもらった市販の肉や魚のオードプルと猫缶などのなんともシンプルなパーティだった。会場も里山家横の公園である。ここは言わずと知れた誰も来ない廃墟(はいきょ)的な公園だったから、心おきなくニャゴニャゴとニャゴれる環境だった。ニャゴニャゴとニャゴれるとは、人間で言えば、ああやこうやと雑談が出来る・・となる。パーティは酒ならぬマタタビも出て、猫交番関係者と知人ならぬ知猫達で大いに盛り上がっていた。
『ははは…、いやいやいや、ごくろうさんでした、ぺチさん!』
 里山が住む街を取り仕切る猫内(びょうない)会の会長、人間で言えば町内会の会長が慰労の言葉をぺチ巡査にかけた。もちろん、猫だけに分かる猫語である。猫内会の会長はかなりの老猫だった。小次郎夫婦も招待され、その話を横で聞きながら同席していた。
『いやぁ~、これは会長さん。不束者(ふつつかもの)で申し訳ございませんでした。長らく有難うございます』
 ぺチ巡査は丁重に猫内会の会長に返礼した。

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2016年1月 4日 (月)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<50>

『いえ、決してそのような…』
 触(さわ)らぬ神に祟(たた)りなし・・という言葉が小次郎の頭に瞬間、浮かんだ。このとき、小次郎は、もう駄目だっ! と半(なか)ば諦(あきら)めていた。一度、目につけた獲物は逃(のが)さない海老熊の悪(あく)どい風聞(ふうぶん)を耳に挟(はさ)んでいたからだ。みぃ~ちゃんと上手(うま)く所帯をもてたとしても、この海老熊に、『おう! 楽しそうに暮らしてるそうじゃねえかっ!』などと、ネチネチ付き纏(まと)われるに違いなかった。
 だが、小次郎には天から授(さず)かった天運が備(そな)わっていた。そのとき警らで巡回するぺチ巡査とツボ巡査が通りかかったのである。
『こらっ! 海老熊! また、なにか悪さをしてるなっ?!』
 若い交番猫のツボ巡査が海老熊を一喝(いっかつ)した。
『嫌ですよ、旦那。あっしゃ、偶然通りかかっただけですよ、へへへ、それじゃ…』
 海老熊は疾風(はやて)のように駆け去った。
『あいつ、ドラより逃げ足が早かったな…』
 ぺチ巡査はそう言うと、海老熊が駆け去った方向を見ながらヨイショ! と重そうに腰を下ろした。ドラ、タコ、そして海老熊と、小次郎は三度もみかん箱交番の猫巡査に助けられたのだった。
 その後、どこへ消えたのか、風来坊猫の海老熊が現れることはなかった。そして、小次郎とみぃ~ちゃんは尻尾を寄せ合い[人間だと手と手を取り合い]、ニャゴニャゴしい家族の第一歩を歩み始めた。めでたし、めでたし・・である。

                                 第④部 <家族編> 完

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2016年1月 3日 (日)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<49>

 年が改まり、小次郎は、イソイソとみぃ~ちゃんの別邸から帰ろうとしていた。辺りには、どことなく新年を祝う佇(たたず)まいが見られる。誰が揚げているのかは分からないが、最近では見られなくなった凧(たこ)が珍しく木立(こだち)の上に垣間見えた。もちろん、ゲ-ラーカイトと呼ばれる洋式凧だったが、小次郎には正月を思わせた。里山家近くまで来たとき、公園から風来坊猫の海老熊が出てきた。
『おお! これは若い衆じゃねえか、めでてぇ~な』
 なんという挨拶だ…とは思えたが、小次郎としてはコトを荒げたくない。晴れて、みぃ~ちゃんと所帯を持てる運びになっているからだった。
『いや、これは海老熊の親分さん。今年はこちらでお迎えでしたか…』
『ああ、まあな。ここは居心地がいいからな。結構、美味いものもあったからよぉ~』
 どこの家かは分からないが、食べ残した生ゴミを無造作に捨てる家があるようで、海老熊はそれに味を占めたのだ。
『それじゃ、僕はこれで…。ちょっと、用ありで急ぎますので』
 小次郎の言葉は、その場の言い逃(のが)れではなかった。里山が今日はみぃ~ちゃんとの結婚衣装を誂(あつら)え、その衣装が届く日だったのだ。
『えれぇ~攣(つ)れねぇ~じゃねえか、若いの。おおっ!』
 海老熊は小次郎の前を遮(さえぎ)って、居丈高(いたけだか)にニャゴった。人間なら凄(すご)んだ・・となる。いい塩梅(あんばい)の浮かれ気分で漫(そぞ)ろ歩いていた小次郎としては、思いもよらぬ難儀(なんぎ)だった。

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2016年1月 2日 (土)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<48>

「では、ここで失礼するざぁ~ます、里山さん」
「は、はい…」
 里山はUターンした後ろ姿の車椅子を見ながら茫然(ぼうぜん)と立ち尽くした。
 小鳩(おばと)婦人は次の日、退院して自宅へと戻(もど)った。
「誠に申し訳ございません!!」
 小鳩邸のエントランスに婦人を乗せた超高級外車が横づけすると、医師団、数十人が左右に分かれて整列し、頭を下げて婦人を出迎えた。
「おほほ…ごくろうさま。いいのよ、深夜でしたから」
「いえ! それはいけません。二十四時間体制の我々がご婦人の事態に気づかなかったのは、まことにもって手抜かりとしか…」
 医師団の代表と思(おぼ)しき老医師が深々とまた頭を下げた。その姿に倣(なら)い、他の全員も深々と頭を下げてお辞儀した。その中を小鳩婦人は、いいのよ、いいのよ…と小笑いしながら慰(なぐさ)め、奥へと入っていった。小鳩婦人の足が一番に向かったのは当然、みぃ~ちゃんの部屋である。緊急病院が動物持ち込み禁止だったから婦人としては、どうしようもなかったのだ。事情が許せば、金には糸目をつけない小鳩婦人が、みぃ~ちゃんを病室のベッドに伴ったであろうことは疑う余地がなかった。

「みいちゃ~~ん!!」
 エントランスからキッチンへ向かった侍女(じじょ)風の高貴な老女の耳に小鳩婦人の、祁魂(けたたま)しい声が届いた。老女はアメリカ風の大げさなジェスチャーで両腕を広げ、首を振った。

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2016年1月 1日 (金)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<47>

「お抱えの医師団がおりますから、明日からは自宅療養ざぁ~ますのよ」
 小鳩(おばと)婦人の説明によれば、急病で仕方なく・・といったことのようだった。小鳩邸が抱える医師団は実に数十人で、この医師団で一つの病院が経営できるのでは? という規模だった。
「そうでしたか…。その程度でようございました。いえ、私はてっきり、重病でご入院されたのかと…」
 いつの間にか里山の語り口調は敬語になっていた。そのことは里山自身にも感じられたが、以前にも感じた目に見えない小鳩婦人の高貴なオーラがそうさせたのだった。
「こんなところで立ち話も、なんざぁ~ますでしょ。私の病室へいらっしゃいましな」
「いえ、お気づかいなく…。もう、失礼いたしますので。これは、ほんの拙(つたな)いお見舞いの品でございますが…」
 里山は病院へ向かう途中、急いで買い求めた果物籠を車椅子を押す侍女(じじょ)風の高貴な老女に手渡した。
「あらっ! どうも、有難うござぁ~ますこと、オホホ…」
 小鳩婦人は愛用の宝石が煌(きら)めく扇(おうぎ)で、口元を隠して小さく高貴に笑った。辺(あた)りを歩く人の足がいっせいにピタッ! と止まり、小鳩婦人の煌めく扇に視線が集中した。それに気づいた婦人は、豪華な扇を閉じると胸元のきらびやかなドレス服へ挟(はさ)んだ。
「あらっ! いや、ざぁ~ますこと、私としたことが。ほほほ…」
 小鳩婦人は笑いで取り繕(つくろ)うと、侍女に車を動かすよう指示した。

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