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2016年2月

2016年2月29日 (月)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -1-

 大聖(たいせい)小学校、四年二組の教室である。教師の城水(しろみず)鳥雄は黒板に白チョークで[四捨五入して、千の位までのがい数で表しましょう]と書き、その下に、
[1]3546219 [2]168275
[3]268723 [4]25463
 と書き終えた。
「[1]の答えが分かる人!」
「は~~い、先生!」
「おお! なかなか、いい返事だ、到真(とうま)」
到真は先生に褒(ほ)められたものだから少し自慢げに皆を見回し、したり顔をした。女子に人気があるそのイケメン顔を城水は見逃さなかった。
「答えが合ってからだろ、自慢するのは」
 しまった! と到真は頭を掻いた。一斉(いっせい)にドッと笑いが起きた。バツが悪そうに到真は立ち上がった。女子に格好をつけたつもりが、とんだ空振りの三振だ。
「354万6000です…」
 到真は気を取り直し格好よく言ったが、その声は少し弱かった。
「ははは…元気がないぞ。さっきの勢いはどうした! 到真。…まあ、正解だがな」
 そのとき、授業終了のチャイムが鳴り響いた。
「よし! 今日はこれまで! ははは…昼だ昼だっ! あとの問題は、明日までにやっておくように!」
 実のところ、城水は内心で、こんな問題は出来ても出来んでも、どっちでもいいんだ…と思っていた。自分の子供時代の成績を思い返せば、2ばかりが目立ち、さっぱりだったからである。それが、今ではどうだ! 曲がりなりにも大学を卒業し、立派に教壇に立っているではないか。城水には問題の正解など、どうでもよかったのだ。それよか、朝が食バン1枚だったせいで、腹が減って仕方がなかった。結果、つい本音(ほんね)が生徒達に出た、という訳だ。よくよく考えれば、小食が中年太りを抑(おさ)える・・というメリットもあり、どっちもどっちだな…と城水には思えた。

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2016年2月28日 (日)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 特別編

『ここは、やはり寛(くつろ)げますねぇ~』
 小次郎は大欠伸(おおあくび)を一つうって、長閑(のどか)な声で里山に言った。
「しばらく帰ってなかったんだから、まあ、ゆっくりしてってくれ。…ゆっくりしてってくれと言うのも、なんだが」
『有難うございます』
 小次郎はペコリと頭を下げた。小次郎に合わせるかのように、みぃ~ちゃんも、『どうも…』とばかりに首を二度、縦に振った。モモだけは、新しい家が珍しいのか、アチラコチラと動き回ってはしゃいでいる。
『おじいちゃま?』
 突然、止まって里山の顔を見上げたモモが訝(いぶか)しげに訊(たず)ねた。
「ははは…、俺もじいちゃんか。参ったなぁ~」
 里山は後頭部を手で弄(まさぐ)りながら苦笑した。
「あらっ? モモちゃんも話せるのね?」
 沙希代が朗(ほが)らかに言った。
『そうなんですよ奥さん。僕に似たみたいでしてね』
 小次郎は、まんざらでもなかった。
 その後、一時は[時の猫]として世界中の学者達が追い回した追跡の手も遠退いていたし、業界の仕事も里山マネージャーのお蔭(かげ)で最初の頃に比べれば随分、楽になっていた。世は桜が満開乱舞する春たけなわ。一介の捨て猫が…と思えば破格の出世である。小次郎は、しみじみと幸せを噛みしめ、尾っぽの先を軽く振った。

                   <特別編> 完

  あとがき
 連載(全五編)は一応、終結を見た。登場者の労をねぎらい、特別編を加えさせて戴いた。本作は、動物の視点から面白く書かせてもらったつもりである。よく考えれば、人間の方が動物に見 倣(なら)わねばならない時代に至っているのかも知れない。
 世界の趨勢は益々、殺伐とした色合いを加えつつある昨今である。そうだから、という訳でもないが、笑いが込み上げる小説の創作に燃える日々である。
 

                                        水本爽涼

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2016年2月27日 (土)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 特別編

 沙希代の手料理は小鳩(おばと)婦人に勧(すす)められない。豪華なオードブルを口にしながら、里山はそう思った。沙希代の出汁(だし)巻きや料理も、味として文句のつけどころがなかったが、三ツ星評価された一流店シェフ特注のオードブルと比較すれば、どこか貧相に見えたのである。
 小鳩婦人達が花見に加わってからというもの、里山達から言葉が消えていた。それに比べ、小次郎一家は実にニャニャゴニャニャゴと賑やかで、大いに盛り上がっていた。もっぱら、小次郎、みぃ~ちゃん、モモの家族間は猫語での会話だ。一応、場所取りは里山と沙希代夫婦用、小鳩婦人用、小次郎家族用の分が約2㎡ずつ、三か所確保されていた。飲み物として小鳩婦人はワインを嗜(たしな)み、里山と沙希代はビール、小次郎一家は猫用特製ドリンクである。桜の花びらが里山のコップにフワリと舞い落ちた。昼下がり、寒くもなく絶妙の花見条件である。堤防越しに流れる微(そよ)風も暖かく、里山に久々の解放感が訪れていた。ただし、里山のこの気分に小鳩婦人は含まれていない。含めば、ただの仕事場気分に戻(もど)るからである。幸い、小鳩婦人も少し理解しているのか、お付きの老女や老運転手と話している。このまま、時間が止まれば、いいがな…と里山はふと、巡った。
 堤防上の草叢(くさむら)での花見の会も3時過ぎには終わり、小次郎一家は久しぶりに里山の家へ戻った。というのも、里山の出迎えで小次郎は小鳩婦人が建ててくれた新宅から仕事に出ていたから、しばらく里山家はご無沙汰だったのだ。
                                                  つづく

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2016年2月26日 (金)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 特別編

「この出汁(だし)巻き、美味(おい)しいでしょ?」
 沙希代が卵の出汁巻きを摘(つ)まみながら、さも自慢げに里山を見た。
「ああ…」

 里山としては、このひと言がなければ満点だったが、興(きょう)を削(そ)がれた気分になり普通の出来となった。だが、ひとまず沙希代の機嫌を損なわないように素直に首を縦に振った。小次郎達、親子三匹も美味(おい)しい出汁(だし)巻きを一切れずつ頂戴し、満足この上なかった。
 来なくてもよいのが…と思った小鳩婦人が現れたのは、その数分後だった。すぐ分かったのは、小鳩(おばと)邸で見た超高級外車の到着で、である。里山の車も一応、高級外車の部類だったが、小鳩婦人の外車には足元にも及ばなかった。随行は、年老いたお抱え運転手と婆や風の老女の二名だった。
「遅くなりましたわ、ほほほ…」
「ああ! やっと、来ていただきましたかっ!」
 遅くて助かりましたよ…が里山の本音(ほんね)だったが、さすがにそうは言えず、快活な声で迎えながら愛想笑いをした。
「奥さま、こちらへ。あっ! お二人も…」
 沙希代は事前に準備してあった場所へ小鳩婦人を導いた。もちろん、草叢(くさむら)の上には汚れないよう、柔らかな高級布が敷かれていた。
「ほほほ…こんなもので、およろしければ、お手にお取り下さぁ~まし…」
 そう言いながら小鳩婦人が老女に高級感が漂う籠バッグから出させたのは、ミシュラン社で三ツ星評価された一流店シェフ特注のオードブルだった。里山と沙希代は余りの豪華さに絶句し、頭だけ下げた。
                                                  
つづく

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2016年2月25日 (木)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 特別編

 欄漫(らんまん)の桜が咲く堤防上の小道の草叢(くさむら)に里山夫婦、小次郎、みぃ~ちゃんそれに新顔の娘猫、モモがゆったりと座っている。モモは小次郎似でもないのだろうが、人間語が話せた。それが遺伝子を受け継いだということなら、これはもう学会で論議を呼んでいる突然変異説が消えることになるのは必然だった。ただ、里山はモモが話せることを、まだ発表したくはなかった。
「手話通訳がいるんだよな…」
 里山がポツンと言った。みぃ~ちゃんは手話を勉強していたから、手ぶり、尾ぶり、口毛(くちげ)ぶりで気持を里山と小次郎、モモに伝えることが出来た。これは、みぃ~ちゃんの猛特訓で、同じように小次郎達も野球のサインの要領で覚えるうちに意志が通じ合えるようになったのだ。孫娘を見るような目つきで沙希代がモモを見た。みぃ~ちゃんは、いつものように手ぶりならぬ尾ぶりで里山達のご機嫌を窺(うかが)う。
『里山家はいいお家(うち)ですね…とか申しております』
「ははは…小次郎邸に比べりゃ、お粗末この上ないんだけどね」
『いいえ、寛(くつろ)げますわ…と申しております』
「それだけが我が家(や)の取り柄(え)だからね」
 里山は少し満足げに返した。
 天気は快晴で心地よい。桜の花びらがそよ風に揺れ、なんとも優雅だ。里山達は沙希代が作った花見用のお重を食べる。小次郎達は小鳩(おばと)婦人が花見用に作らせた特注の猫用パックを食べている。なんでも、断れない財界の挨拶があるそうで、「そちらが済み次第、参りますざぁ~ます」ということらしい。里山としては来て欲しくない気分だったが、みぃ~ちゃんの立場上、無碍(むげ)に断れなかった。だから、まあ、今のうちに楽しんでおこう…と、里山は考えた。気疲れすることは目に見えていた。
                                                  つづく

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2016年2月24日 (水)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 特別編

 小次郎の小鳩(おばと)婦人が建ててくれたみぃ~ちゃんとの新居の暮らしも平穏無事に流れ、一頃(ひところ)に比べると生活も安定していた。里山も何かと小次郎の生活には協力的で、スケジュールもみぃ~ちゃんと所帯を持つ前に比べれば半分程度に調整していた。むろん、オファーは目白押しで、丁重に辞退したり、延期したりしてもらっていたのである。そこはそれ、里山の腕である。時が流れることでマネージャー業も板についてきていた。
 小次郎には随分と時が過ぎ去ったように思えたが、小次郎が思うほど時は流れていなかった。里山のひと月と小次郎のひと月は感覚的に異なる。人間の平均寿命の約83齢[2012年の我が国]の中のひと月と小次郎のような猫の平均寿命の約15齢[2013 日本ペットフード協会 ※ 過去10年に飼育された猫。野良、ブリーダーやショップで亡くなった猫は除外]の中のひと月は違う訳だ。
「どうだい。みぃ~ちゃん!」
 久しぶりに里山が小次郎宅へ出向いていた。小次郎夫婦とひとり娘猫のモモの三匹のケアは小鳩婦人に頼んでいた。最初は里山が通っていたのだが、さすがに里山家から小鳩家までの日参は里山も疲れたからだ。
 小次郎一家は幸せだった。なんといっても、心配事がないのがよかった。小鳩婦人は、「いかが、ざぁ~ます?」と時折り声をかけてくれたし、食事のケアも万端、抜かりがなかったから小言(こごと)を挟(はさ)む余地がなかったのだ。仕事も週、2~3度と、こちらも里山の気遣(づか)いが見られた。
                                                  
つづく

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2016年2月23日 (火)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<50>

 股旅(またたび)の姿が消えた瞬間、小次郎は思った。
━ そうだ! 僕は考え違いをしていた…大望を果たすより、まずは、小さく平和な家族だった。[立国]とは家族だ ━ と。
 上手(うま)くしたもので、対談形式の収録は途中退席した学者、酢味(すあじ)のせいで撮り直しとなっていた。その対談の収録日、小次郎は自重し、股旅(またたび)風に前の収録の際、猫語で語った立国論を取り消すと、いつもの内容を人間語で短く言うに留めた。学者の中に酢味の姿はなく、幾つかの学者の質問もボツにされた収録内容と同じだったから、割合スンナリと終了した。
 収録が終わり、夕方前に里山達を乗せた車が家へ着いた。春先である。少し日没が遅くなり、まだ辺りは暮色(ぼしょく)のオレンジに染まり、明るかった。
「お疲れさまでした。ごゆっくりお休み下さい。え~と…三日後の朝10時前、お迎えに参ります。車はいつものところへ戻しておきます」
 狛犬はスケジュールを書いた手帳を見ながら運転席の窓からそう言うと、車で去った、車が去るのを見届け、里山はキャリーボックスから小次郎を出しながら感慨深げに言った。
「私もいい勉強をさせてもらったよ、小次郎。股旅先生が言ったとおり、[立国]って、そう大きいことじゃなかったんだな…」
『そうですね…』
「今日は、このままみぃ~ちゃんのところへ帰りなさい。仕事はないから明後日(あさって)の夜、来(く)りゃいいさ。しばらく会ってないんだろ?」
『みぃの所へ? いいんですか?』
 里山は黙(だま)って頷(うなず)いた。ニャニャァ~![それじゃ!] と猫語でニャゴり、小次郎は喜び勇んで駆けだした。
『只今(ただいま)…』
 小次郎は久しぶりに仕事から解放され、里山の家から小鳩(おばと)婦人が建ててくれた新居へと戻(もど)った。すぐ現れたのはみぃちゃんと、すっかり大きくなった我が子だった。
『あら、あなたぁ~…お帰りなさい!』
 みぃ~ちゃんに[あなたぁ~]と呼ばれた小次郎は、悪い気がしなかった。股旅が言った[立国]の、いい匂いがした。華々しい業界の疲れが嘘(うそ)のようにスゥ~っと小次郎から消えていた。

                                      第⑤部 <立国編> 完

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2016年2月22日 (月)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<49>

 仕事が終わり里山と小次郎が家の門を潜(くぐ)ると、玄関戸の前には旅に出たはずの股旅(またたび)が、ドッシリと腰を下ろして里山達の帰りを待っていた。
「どうされました? 股旅先生…」
 里山は玄関戸を開けず腰を下ろして訊(たず)ねた。
『いやなに、小次郎殿は[立国]の趣旨(しゅし)を勘違いなさったようでござるのう。手前が申したのは、飽くまでも個々の過程のこと。猫国を立国するなどという大仰(おおぎょう)な話ではござらぬ』
『そうなんですか? 先生!』
 小次郎はキャリーボックスの中から大きめの声を出した。
『おお、小次郎殿。そういうことじゃて、ホッホッホッホッ…』
『ご主人! 出して下さい』
 小次郎に急(せ)かされ、里山はキャリーボックスを開けた。次の瞬間、勢いよく飛び出た小次郎は、股旅の前へ腰を下ろした。
『よく聞かれよ、小次郎殿。みぃ~殿と仲、睦(むつ)まじゅう暮らされることじゃ。それこそが[立国]。他猫ごとではのうて、ご自分の身のことでござるよ。ホッホッホッホッ…』
 小次郎は考え違いに気づかされた。
『分かりました、有難うございます。次の放送で取り消します』
『それが、よろしかろう。これだけは言っておかねばと思おてな、戻(もど)って参ったのじゃ。で、なければ、ド偉いことになりそうじゃったからのう。では、これにて…』
 そう言い終えた股旅の姿は、まるで疾風(はやて)のようにスゥ~っと玄関前から消え失せた。

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2016年2月21日 (日)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<48>

『はい、仲間という訳ではないんですが、僕のお師匠が一人、いや、一匹、おられます。今のところ、他には…』
「なるほど…」
 この学者も突っ込まなかった。FD[フロア・ディレクター]の猪芋から指示を受けたカメラ近くのAD[アシスタント・ディレクター]がカンぺ[番組進行用の指示書き]を女性アナウンサーに示した。
「生物学的な観点からのご質問は、どなたか?」
「そこなんですよ、問題は!」
 興奮したように立ち上がったのは、収録に遅れて来た世界的に著名な学者だった。その学者は立ち上がったまま腕組みをし、遅れて来たときと同じように少しも悪びれることなく、横柄(おうへい)な態度だった。ところが、スタジオ内には笑声と笑顔が充満した。というのも、その学者の頭は丸禿(まるは)げ状態で、興奮した頭頂部と顔は紅潮を通り越し、茹(ゆ)で蛸(だこ)のように赤く変色していたからだった。小次郎は薄目を開け、美味(うま)そうな蛸だな…と、うざったく思った。
「私はね! 世界的に有名な学者の酢味(すあじ)だっ!」
 スタジオ内の誰もが、そんなことは知ってるさ…という目つきで目線を酢味に集中させた。酢味は続けた。
「…もう帰っていいか! こんな無駄(むだ)話に付き合っとる時間は私にはないんだっ!」
 他の学者や評論家達は、だったら来なきゃいいじゃないか! という怒りの表情を露(あら)わにした。
「すみません。…そういう事情でしたら、どうぞ」
 少し頭に来たのか、女性アナウンサーはFDの指示を待たず、退席を許可した。ほぉ~、この学者は酢味さんじゃなく苦味(にがみ)さんだな…と、小次郎は第三者ならぬ第三猫の立場で欠伸(あくび)をしながら思った。
 その後、また幾つかの質問があったが、何度か聞かれた同じ内容で、小次郎は国会のコピー的な答弁調で繰り返しニャゴった。何度も話しているから、スラスラと滑舌(かつぜつ)よくニャゴれた。むろん、人間語で、である。

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2016年2月20日 (土)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<47>

 公(おおやけ)の電波を猫語で長々と語り続ける・・というのも、猫として如何(いかが)なものか? と思えたのである。
『もう、結構です。続けて下さい!』
 小次郎はニャゴるのをピタリとやめ、最後に人間語で短く話した。里山も小次郎が何を猫語で話したのか、は事前に聞かされておらず、内容は意味不明だった。しかし、俳猫の股旅(またたび)が話した[立国]という文言(もんごん)の影響を受けた内容だろう…とは分かった。早い話、猫国の独立宣言である。イギリスからアメリカが独立したときのような立国宣言・・いや、これは少し違うだろうが、まあそんな感じの話だろう…と里山は感じていた。小次郎が言ったあと、会話の進行が一瞬、止まった。
「あの…小次郎君は今、何を話したんですか?」
 次の瞬間、学者の一人が唐突(とうとつ)にポツリと呟(つぶや)いた。
『…いゃ~、僕達猫間でよく話す、つまらない挨拶ですよ…』
 小次郎には人間を騙(だま)すつもりはなかったが、混乱を避(さ)けるためにも、ここは方便だろう…と瞬間思え、そう返答した。
「そうですか…」
 幸か不幸か、学者はそれ以上、突っ込まなかった。小次郎は心の底でホッ! と、安堵(あんど)した。まあ、いずれにしろ、人間と違って表情で内心を悟られることは、まずない。そこは上手(うま)くしたものだ…と、小次郎はニヤけた。だが間髪、置かず、次の質問が別の学者から矢継ぎばやに飛び出した。
「他に話せる仲間とかは、おられるのですか?」
 小次郎は、まるで矢場の的(まと)だな…と瞬間、思った。

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2016年2月19日 (金)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<46>

「…えっ?  ああ…はいっ? 私も…。今、訊(き)いてみます」
 猪芋(いのいも)も駒井の指示を受けないと分からないから暈(ぼか)した。そのとき、副調整室の駒井の声が猪芋のインカム[通話連絡用装置]から聞こえた。里山と猪芋の話は副調整室へも聞こえていたからだ。インカムとは、ちょうどヘッドホンのような形をし、頭に装着することで聴くだけでなく音声マイクで通話ができる機器である。
「ああ! そのまま…」
「分かりました! …そのまま話してもらっていいそうです」
 猪芋は里山に鸚鵡(おうむ)返しで伝えた。ちょうど、外野フライをミットに納めた外野手がセンターへ中継して返球し、その球をセンターの選手がホームべースへ返球したようなものである。これは飽(あ)くまでも例(たとえ)だが、要は副調整室の駒井の言葉が里山に伝わった・・ということだ。
 そうこうするうちに10分が経った。猪芋は、駒井がキュー[開始のサイン]を出す前にインカムで伝えた指示をスタジオの全員に伝えた。キュ-が出されると、猪芋は馴(な)れた所作で片腕を動かせ、進行役の女性アナウンサーを指さした。
「…小次郎さん、お話を続けて下さい」
『はい!』
 さん付けで呼ばれれば悪い気はしない。小次郎は、ふたたび猫語でニャゴり始めた。これも通訳すれば、次のとおりとなる。
『先ほどは突然、失礼しました。でも、僕は言ったことを変更しません。この放送を見聞きされた猫の方々に繰り返し伝えます!』
 小次郎はニャゴニャ~と猫語で最初に話した内容の要点だけを繰り返した。というのも、この番組を観るのは大部分が人間だからだ。

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2016年2月18日 (木)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<45>

 フロアでは、その声がインカム[通話連絡用装置]を通してFD[フロア・ディレクター]の猪芋(いのいも)にすぐ伝わった。猪芋は最近、BSから異動して元の古巣へ戻(もど)り、駒井の指示下にいた。
「…分かりました。すみませぇ~~ん!! ちょっと、休憩に入りまぁ~~す!!」
 猪芋は大きなジェスチャーで叫んで中断を指示し、収録を止めた。スタジオは俄(にわ)かにざわつきだした。AD[アシスタント・ディレクター]の若者が騒ぎを鎮(しず)めようと右往左往している。それも当然で、CMカットが入る普通の休憩入りとは違い、小次郎の爆弾発言というハプニングがあったからだ。副調整室も、ざわついていた。
「どうします? 駒井さん。このまま行きますか?」
 スイッチャーがインカムを通して訊(たず)ねた。
「…誰も止められんだろ、小次郎君は。語るだけ語ってもらおうじゃないか。あとで切る、切らんは判断しよう! 10分後に再開!」
 副調整室の駒井がインカムで指示を出した。
「分かりましたっ!」
 駒井の言葉はフロアの猪芋や副調整室の操作員達に伝わり、全員が頷(うなず)いた。
「10分後に始めますっ!」
 猪芋はスタジオ内に聞こえるように叫び、駒井がインカムで伝えた内容を繰り返し伝えた。
「あの…小次郎は?」
 里山としては気が気ではない。思わず、猪芋に訊(たず)ねていた。

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2016年2月17日 (水)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<44>

 その一方、キャリーボックスから出されて待つ小次郎は、里山とは違い、一向、腹が立っていなかった。というのも、どのタイミングで浮かんだ思いを語ろうか…と考えていたためだ。
「お待たせしました…」
 かなり権威のある世界的に著名な学者がスタジオに姿を見せたのは20分ほど経った頃だった。悪びれることなく少し偉(えら)そうな上から目線の声で言い放って指定椅子へ座ったその学者に一同の目線が一斉に注がれたが、学者は少しも怯(ひる)まず、逆に全員を見回した。その見えない威圧的なオーラに押されてか、小さな咳払(せきばら)いが出ただけで収録が開始された。収録は順調に推移し、予想された質問の攻撃に晒(さら)された小次郎が、爆弾発言的な思いの丈(たけ)を、ついに言い放つ瞬間がきた。そして、ニャゴニャゴと始めた。急に小次郎が猫語でニャゴり始めたものだから、スタジオは騒然とし出した。人間語に翻訳すれば次のとおりとなる。
「猫の皆さん、聞いて下さい! 僕は今日、猫国の独立を宣言します! 我と思わん猫達は、国会議事堂前へ集まって下さい! ただし、革命でもなんでもありません! 整然と移動して、来て欲しのです。もちろん、自腹です!」
 生い立ちや様々な生理的な質問を続けていた評論家や学者達は、ニャ~ニャ~と続く猫語に呆気(あっけ)にとられ、視線を小次郎へ集中させた。瞬間、こりゃ拙(まず)いぞ! と思ったのは収録の様子を副調整室のモニター画面で見守るこの番組のディレクターを兼ねるプロデューサーの駒井だった。駒井は慌(あわ)ててフロアへ指示した。 
「ダメダメェ~~!」
 少し最近のギャグっぽく言ったのが受け、ミキサーやタイムキーパー、スイッチャーといった機器操作員達から笑い声が湧(わ)き出た。

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2016年2月16日 (火)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<43>

 この日のテレ京での収録は評論家や学者達との対談だった。対談とは形式上の謳(うた)い文句で、要は一斉射撃的な質問の矢玉(やだま)に晒(さら)されるのは必定だった。小次郎はこうした対談に何度も出演していたから不安感はなかったが鬱陶(うっとう)しく思えていた。猫カフェ[毛玉]でこのとき、小次郎はある想いを浮かべていた。このことを里山を始め沙希代も知らない。当然、運転手+雑用係の狛犬(こまいぬ)が知るよしもなかった。
「さあ、行こうか!」
 里山達が腕を見た。二人と一匹が毛玉を出たのはその五分後だった。
「また、どうぞ…。小次郎さん、頑張って下さいよ!」
 マスターの虎川は里山達が店を出るとき、その後ろ姿に声を投げかけた。
『いやぁ~、どうも! がんばります!』
 突然、呼ばれた小次郎はキャリーボックスの中でビクッ! とした。小次郎さんと、さんづけで呼ばれ、小次郎の気分が悪かろうはずがなかったのだが…。
 車がテレ京へ到着し、放送とは無縁の狛犬は、いつものように局の駐車場で待機した。待機とは名ばかりで、彼にとっては待ちに待った至福の車内睡眠時間なのである。里山も小次郎もそのことは分かっていたが、口にしないのが通例だった。
 対談形式の収録は学者の一部の到着が30分ほど遅れるということで、時間待ちとなった。かなり権威のある世界的に著名な学者だったが、里山は本末転倒だろう・・と少し怒れていた。そこはそれ、聞く手の評論家や学者達が待ち望む中で華々しく小次郎が登場する・・というのが普通だろう! と思えたからだ。

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2016年2月15日 (月)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<42>

「立国される・・とお聞きしましたが?」
 突然、狛犬(こまいぬ)がカップをフゥ~フゥ~と冷(さ)まし、啜(すす)りながら話しだした。狛犬は猫舌だった。里山は狛犬のフゥ~フゥ~が嫌いで、過去、頭を叩(たた)きたい気分に何度もなったが、その都度、我慢していた。そして今は、その解決策が完成していた。狛犬がフゥ~フゥ~する間、見ないようにする手法である。態(てい)のよいシカトだが、狛犬の姿を見ないことで腹も立たなくなったのである。そしてこの日も、狛犬がフゥ~フゥ~し出したとき、里山は左を向いて小次郎の背を撫(な)でていた。背を突然、撫でられた小次郎は、ウトウト・・眠る状態から目覚めたが、里山のするに任せた。
「ああ、まあな…。どこから聞いたんだ?」
「えっ? ああ、まあ…。風の噂で」
「そうなんだが、こればかりは本人の意思だからな。股旅(またたび)先生にも言われたよ」
「股旅先生とは、どちらで?」
「ああ、狛犬はしらなかったか。いやなに、小次郎の師匠筋に当たる猫の先生だ。俳句を嗜(たしな)んで旅しておられる俳人ならぬ俳猫だ」
 狛犬がフゥ~フゥ~しなくなったので、里山は元の姿勢に戻(もど)った。
「俳猫! こりゃ、いいですね、ははは…」
 里山の言葉を聞き、狛犬は賑(にぎ)やかに笑った。小次郎はその笑い声で目を開けた。なんだ、この男は…と少し怒れたのである。小次郎としては、少しの時間でも身体を休め、眠りたかったのだ。

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2016年2月14日 (日)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<41>

「まあ、いいから! お前も付き合え」
「そうですか? …じゃあ!」
 里山にそう言われ、お抱え運転手+雑用係の狛犬(こまいぬ)は満面の笑(え)みを浮かべた。
 猫カフェ[毛玉]は、そう混んでいなかった。というか、いつも客層は限られていて、そう混雑することもなかったのだ。
「マスター、いつもの…」
 里山はカウンターに座ると、右手の指でVサインをした。
「分かりました…お二(ふた)つですね?」
 里山が頷(うなず)くのを確認し、マスターの虎川は動き始めた。里山は漠然(ばくぜん)と虎と犬じゃ、やはり虎が強いか…と思った。狛犬とマスターの虎川の名から、つまらなく思ったのである。ここで、里山の席付近の構図を具体的に示せば、里山の左側のカウンター席に狛犬が座り、右隣の座席には小次郎の入ったキャリーボックスが置かれている・・となる。里山は徐(おもむろ)に、その右隣りの座席に置いたキャリーボックスの中から小次郎を出した。この段階で、キャリーボックスは右隣の席のもう一つ右の座席上に置かれ、小次郎は里山の右隣りの座席でニャゴることなく静かに目を閉じている・・という構図へ変化したことになる。
「どうぞ、ごゆっくり…」
 虎川は静かにカップを二つ置くと、気をきかすようにカウンター前から奥へと消えた。ただ、小次郎の前には何も置かれず、眠るだけの休息時間だった。

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2016年2月13日 (土)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<40>

「…」
 言われるまま、里山は小次郎を揉(も)みほぐした。飼われる身の小次郎だから、常識的には本末転倒なのだが、稼(かせ)ぎ頭(がしら)の今は、里山に指図(さしず)が出来たのである。
 長崎では名物のちゃんぽんを食べたぐらいで、里山と小次郎は早々と帰途についた。空港を出たところで、待ってましたっ! とばかりのお抱え運転手+雑用係を務(つと)める狛犬(こまいぬ)の姿があった。
「お疲れでした…。どうされます? テレ京の収録時間にはまだ、2時間ばかりございますが、このままテレ京へ向かわれますか?」
「そうだな…。腹が減った。なにせ、ちゃんぽん一杯で取って返したからな。軽く、いつものところで食べていくか。小次郎のは?」
「はい! それはもう…。いつもの猫缶は準備いたしております」
「よかろう! じゃあ、車を回してくれ」
「かしこまりました…」
 狛犬は手馴(てな)れた所作で車を始動した。いつもの猫缶とは、市販品ではなく、特別仕様で製造された小次郎専用の超高級品である。小次郎の稼(かせ)ぎからして、まあ、これくらいはしてやらないと…と里山が思ったからだ。沙希代と自分だけが日々、美味(うま)いものを食べるというのも・・という申し訳なさが、心のどこかにあったからに違いない。
 猫カフェ[毛玉]は、小次郎が有名になった頃から、里山の行きつけの店になっていた。

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2016年2月12日 (金)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<39>

「…はあ、ありがとうございます」
 ゆっくりもなにも、講演の後はその日泊まりのみで、明日の昼は取って返さねばならないのだ。次のテレ京の収録が控(ひか)えていた。だが、そうとも言えず、里山は運転手の言葉を素直に聞き流した。小次郎は、またウトウトと眠りだしていた。いつやらも言ったと思うが、猫は本来、よく眠るものである。なんといっても一日の3分の2、すなわち16時間ほどは眠るのだ。そこへ小次郎の場合、仕事があるから、疲れもあってか小次郎の気分としては20時間は眠りたい心境だった。要は寝ても寝ても眠かった。一昨日(おととい)など、学者か先生だか知らないのが、どうのこうの・・と、つまらない質問をするものだから、小次郎は余計、疲れていた。そこへ加え、みぃ~ちゃんに対するお務(つと)めも果たさねばならないのだ。むろん、それは昼夜を問わなかった。さらに加えて、仕事があるから、里山家を行き来せねばならなかった。小鳩(おばと)婦人が建ててくれた新居ばかりに安住できな、そんな事情もあったのだ。人間なら過労で倒れるぐらいのノルマを小次郎は熟(こな)していた・・ということになる。だから当然、疲れが出る訳だ。その対応策でもないが、里山が最近は疲れた小次郎のマッサージを手がけていた。
 講演後、宿泊のホテルに到着し、温泉から出て上機嫌の里山に、小次郎はマッサージを指図(さしず)した。
『あっ! ご主人、ソコソコ…。いい具合ですよ、続けて!』
 まるでマッサージ師を頼んだ旅行客だった。

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2016年2月11日 (木)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<38>

「えっ?」
 タクシー運転手は一瞬、驚いて、後部座席をチラ見で振り返った。里山は危ないっ! と感じた。ぶつかるぞっ! とまでは思わなかったが、フロントガラス上のバックミラーを見りゃいいじゃないか! とは思えた。ただ、口にはしなかった。
「いや、違うんです…」
 運転手は、なんだ…とばかりに黙った。里山は寡黙(かもく)な人だな…と思ったが、これも言えないから思うに留めた。一方、里山が膝(ひざ)に乗せたキャリーボックスの中で心地よく眠っていた小次郎にしてみれば、突然、声をかけられたのだから、ギクリ! である。
『なんですか? ご主人』
 そのまま聞き流すのもなんだから・・と、小次郎はやや小さめの人間語でニャゴった。これがいけなかった。
「えっ!! ええっ!」
 違う声を聞いた運転手は、車を慌(あわ)てて減速した。それは当然で、里山以外は乗っていなかったからである。
「あっ! ははは…私、今、売り出し中のタレント猫、小次郎のマネージャーです」
 里山は笑って誤魔化し、すぐ何者かを明かした。
「…ああ、なるほど。小次郎ショーの」
 運転手は得心したのか、首を縦に振りながら頷(うなず)くと、落ちついた。
「こちらは初めてでして…」
「そうやったね。よかってころも、いっぱいあると。まあ、ゆっくりしてくれんね」
 運転手は地元の方言でペラペラと捲(まく)し立てた。

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2016年2月10日 (水)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<37>

『まあ、おふた方(かた)、頑張って下され。特に小次郎殿はな。遠国(おんごく)の地でお祈りいたしておる』
 股旅(またたび)はそう言うと、重そうな身体をヨッコラショ! と立たせ、背を伸ばしながらベンチから地面へ飛び降りた。そして、里山と小次郎に頭をペコリ! と下(さ)げ、ゆったりとした足取りで公園から出ていった。
『お元気で!』「お元気で!」
 小次郎と里山は、その後ろ姿へ同時に声を投げかけた。小次郎の場合はニャゴかけた・・となる。
 股旅が里山家横の公園から去り、春が本格的に巡っていた。
「最近のゴールデンウイークは、汗ばむなあ…」
 不平を漏らしながら里山は小次郎が入ったキャリーボックスを手に持つと、ソファーから立ち上がった。今日は飛行機で北海道へ行き、そのあと長崎へ飛んで講演をするのだ。会社勤めの頃は今の頃なら、のんびりと旅行か、家でゴロ寝をしていた里山だった。それがどうだ。今では、休みらしい休みも取れないほど多忙を極めていた。小次郎事務所は個人事務所であり、里山がやっているのだから、なんとでもなりそうなものだが、オファーがあれば、そう無碍(むげ)に断れないのが厄介(やっかい)だった。オファーが少ないのも多いのも問題なのである。継続、安定した営業が理想なのだが、どうも理想どおりいかないのが業界だった。
「もう、そろそろ、いいんじゃないか?」
 飛行場を出たところに並ぶタクシーに乗り、車がしばらく走ったところで里山は小次郎へ徐(おもむろ)に声をかけた。

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2016年2月 9日 (火)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<36>

『はあ、そうですかな…。ホッホッホッ…ともかく、小次郎殿には[立国]していただいて、猫王国の頂点に立っていただかねばなりませんぞ』
 里山は、よく笑う御仁(ごじん)だ…と、ぼんやり思った。そして、猫維新のひと言に感心した。
「猫維新! 大河ドラマ的でいいじゃないですかっ!」
『そういや、巷(ちまた)でそのような話を耳にしましたな。国営のテレビ局で、そのようなドラマを流したとか、流さなかったとか…』
「そうでしたね。ありました、ありました。激動の大河ドラマでした…」
『ふ~む。やはり、そうでござったか…。まあ、この話、犬猫社会に限ったことではござらぬがのう』
 股旅(またたび)は右手を舌で舐(な)めつけると、その手で顔を拭(ふ)いた。人間で言うところの洗顔だが、人間が考えるように汚(きた)なくもなんともなく、猫社会では至ってシンプルな所作なのである。
 里山の横で聞く小次郎の胸中にメラメラと燃え上がる闘志が湧き出したのは、股旅の言葉の直後だった。今までにない新しい気分である。まるで自分が勤皇の志士にでもなったような気が湧き起こった。
『先生、ご主人! 僕は立国しますよっ!』
 なにを思ったのか、小次郎は突然、意気込んで言った。
「おっ? おお、おお! そうだ、そうだ! 立国しろ! 立国してくれ!」
 里山も小次郎に煽(あお)られて意気込んだ。話の内容がいつの間にか、ドラマ的な展開になっていた。

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2016年2月 8日 (月)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<35>

小次郎にはなんのことか分からない。訝(いぶか)しげな顔で小次郎は里山を見た。言っておくが、猫の訝しげな顔は人間には分からない。むろん、それは訝しげな表情に限ったことではなく、感情表現が分かり辛(づら)いのだ。だが、本人達…いや、本猫達はごく普通に感情表現をしているのである。
「んっ? いや、いつやら俺がお前に言った[立国]の意味だよ。先生がなんともシンプルに俺のそのときの気持を代弁して下さったよ、ははは…」
 里山は忘れていた胸のつかえがとれたように爽快に笑った。
『なんだ、そんな単純な意味でしたか、ははは…』
 小次郎は馬鹿らしくなり、苦笑した。猫の場合の苦笑は、微細に口元が震えるのだ。当然、それに釣られて口毛(くちげ)も微細に震動する。
「いや、先生のお蔭です」
 今度は股旅が里山が言った意味が分からなくなった。
『ふむ…どのような意味ですかな?』
「いや、なんでもないです。お忘れ下さい」
 里山は慌(あわ)てて前言を打ち消した。

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2016年2月 7日 (日)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<34>

『先生をお見かけしないので、もう旅立たれたと思っておりました』
『フォッフォッフォ…。私(わたくし)が、そのような礼儀を欠こうはずもござらんよ、小次郎殿』
『そうでしたか…。それで今後は』
『そのことでござるがのう。そろそろ陽気もいい頃合いでござるによって、近々、また旅立とうと…。小次郎殿の[立国]を見届けられぬのは、ちと残念でござるが…』
 股旅(またたび)は里山がいつやら口走った[立国]という言葉を口にした。里山は自分が口走った[立国]の意味をまだ纏(まと)められず、そればかりか、春先の今はすでに心になく忘れ去っていた。それを股旅は、いとも簡単に定義づけて口走ったのだった。
『先生! その[立国]ですが?!』
『んっ? ああ…いつぞや、里山殿が話されていた文言(もんごん)です。失礼! 私なりに理解して、使わせていただきました』
 里山は股旅へ返せなかった。自分の考えと同じに思えたからだった。
 古びたベンチに座る一人と二匹に、桜の花びらが舞い落ちた。それと同時に、暖かなそよ風がフワリ・・と流れた。日射しは春のそれで、一人と二匹に暖かく心地よかった。
「先生、その立国というのは?」
 小次郎は股旅に訊(たず)ねた里山の顔を見上げた。気分としては、僕が口にしたことでしょうよ・・的なものである。
『いえ、なに…。小次郎殿も一家を構えられたようでござるによって、[立国]と語らせていただいたと、ただそれだけの話でござるよ。フォッフォッフォ…』
 股旅は優雅に笑い捨てると、大欠伸(おおあくび)を一つ打った。

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2016年2月 6日 (土)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<33>

 それもそのはずで、股旅(またたび)は掃除用具置き場に長逗留(ながとうりゅう)してはいたが、行動は優柔不断で、その姿を見たものは皆無だった。小次郎ですら声をかけられて以降は一度、遠くの後ろ姿をチラ見したくらいなのだ。ましてや、里山や沙希代の目に触れることはなかった。当然、里山家へ出入りするクリーニング屋のノロ安こと安岡や郵便配達が知るよしもなかった。要は俳猫[人間ならば俳人]として生きる風流を嗜(たしな)む猫[人間ならば者]の生きざまなのである。人目に姿を晒(さら)さない・・というのが股旅の猫生主観だった。
『これは、股旅先生!』
『お久しゅうございますな、里山殿! それに小次郎殿…』
 小次郎以外に人間語を話す里山が知る唯一(ゆいいつ)の猫、それが股旅だった。とはいえ、前回は股旅の気分で猫語のニャ~ニャ~を聞かされていたから、少し意識した。小次郎は猫仲間では股旅の他は人間語を語る猫を知らない経緯(けいい)があった。
 股旅はヒョイ! と里山と小次郎が座るベンチの上へ飛び乗るとグデン! と横たわった。
『小次郎殿、その後、みぃ~ちゃんとの新婚家庭は如何(いかが)でござるかな?』
『有難うございます。お蔭さまで、娘と息子が生まれまして…』
『ほう! それはお目出度(めでた)い。しかし、この前ですぞ、その話をお聞きしたのは…』
『ああ、二匹同時でしたから…』
『おお、そういうことでござるか』
 股旅は欠伸(あくび)をしながらゆったりと尻尾の先を動かし[人間ならば首を動かし]、頷(うなず)いた。

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2016年2月 5日 (金)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<32>

 遅くなれば、ご迷惑だろう…と考えたのか、串木と干柿は早めにインタビューを切り上げて帰っていった。だが、さすがにプロだけのことはある。帰りがけに串木は、「十分にお訊(たず)ねできませんでしたから、お暇(ひま)なとき、またお願いしますね」と、釘(くぎ)を刺して玄関戸を出たのだった。
 [立国]の意味も纏(まと)まらないうちに桜の咲く季節が巡っていた。里山は、そのことをすっかり忘れて満開の桜を見上げていた。
『ご主人、いい季節になりましたね…』
 里山が座るベンチの隣(となり)で小次郎が話しかけた。
「ああ、そうだな。この公園も随分、荒れ果てたが、桜はこうして毎年咲くなあ…」
 里山の感慨深そうな声に、小次郎は思わず頷(うなず)かされた。小次郎にもこの誰も来なくなった公園が愛(いと)おしく思えたのである。
『家の隣というのは便利でいいですね』
「ああ…、自然があるというのはいい。心が癒(いや)される」
『はい…』
 里山と小次郎は、また黙ると、爛漫(らんまん)と咲く満開の桜を見上げた。里山は、すっかり小次郎の[立国]話を忘れていた。そのとき、二人が座るベンチへゆっくりと近づく一匹の猫がいた。冬の間、里山家横にある公園の掃除用具入れ置き場で長逗留(ながとうりゅう)を続けていた股旅(またたび)だった。股旅は里山と小次郎の後ろから、のっそりと現れた。
『綺麗ですな…』
 後ろからの声に里山と小次郎は驚いて振り返った。

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2016年2月 4日 (木)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<31>

「小次郎は猫王国の国王ですよ、ははは…。なにせ、話せる猫など、彼を置いて他にいませんからな」
『いえ、一匹いることはいるんですよ、ご主人』
「あっ! ああ…股旅(またたび)先生だったな。そういや、それにしても、小次郎を置いて、猫族を代表する猫材はいないと思えます、はい!」
 調子が乗ってきたのか、里山は本音を漏らし始めた。
「なるほど…人材じゃなく、猫材ですよね」
 串木は若い女性っぽく、フフフ…と小さく笑った。

! 猫材は小次郎をおいて他にありません。小次郎こそが猫王国を立国するにふさわしい猫材かと思われます」
 ついに里山は、[立国]という言葉を口にした。
「立国? …」
 串木は訝(いぶかし)げに里山の顔を見た。応接室に干柿が撮るカメラの連写音が小さく響く。
「あっ! いえ、今のは忘れて下さい。別に意味はありません…」
 里山は慌(あわ)てて前言を取り消した。幸か不幸か、串木は追撃せず、里山は窮地(きゅうち)を脱した。纏(まと)まってもいない言葉を、ついうっかり弾(はず)みで口走ったのである。過去、小次郎に[立国]と口走り、問われてそのときすぐに答えられなかったのだ。口に出した里山自身が説明できなかったのだが、今回も同じように口走っていた。イメージとしてなんとなく分かって言っているのだが、いざ口にするとなると話せない里山だった。

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2016年2月 3日 (水)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<30>

「はあ? ああ・・まあ。それは、よく言われます。第一、私達の苗字(みょうじ)自体、面白いでしょ?」
女性記者の串木が、逆に里山へ訊(き)き返した。
「ははは…そうですよね。お二(ふた)方とも珍しい名字だ」
 そこへ小次郎が玄関へ出てきた。
「…ああ、小次郎。取材の干柿さんと串木さんだ」
『僕が小次郎です。今晩は…』
「キャァ~~! 猫が話した。本当なんですね!」
「馬鹿!! 取材するお前が驚いて、どうすんだっ!」
 干柿はカメラを構え、小次郎に合わせながら、串木を窘(たしな)めた。
「すいません…。君が小次郎君か。よろしくねっ!」
「さあ、こちらへ…」
 里山は串木と干柿を応接室へ導いた。当然、小次郎も三人の後ろに付き従った。
 応接間にはすでに沙希代が入っていて、紅茶カップと手盆の菓子鉢を置いたところだった。
「どうも…奥様でいらっしゃいますか。どうぞ、お気遣(きづか)いなく…」
 串木は女性らしい柔らか声で沙希代に言った。
「ごゆっくり…」
 沙希代は二人に小さくお辞儀をし、素早く応接室を出た。その後、串木は女性記者らしく、やんわりと質問を進めた。そこはそれ、プロである。次第に里山も小次郎も、串木のぺースに乗せられていった。
 

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2016年2月 2日 (火)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<29>

 週刊誌の取材陣2名が里山家に訪れたのは、小次郎が家へ駆け戻(もど)ってから僅(わず)か5分ほどだった。小次郎がホットライン[小次郎が里山家の内外を自由に出入りできる秘密の抜け道]を使って外庭からキッチンへ入り、キャット・フードの缶詰をひと口、頬張ったときだった。これでは、美味しい! と感じる暇(ひま)もない。里山の方は沙希代に夕食を取材あとでしてくれるよう伝えておいたから、余裕はなかったが心理的な焦(あせ)りもなかった。
「夜分、お邪魔しますぅ~~!」
 愛想よい笑顔でガラガラと戸を開け、玄関へ若い女性記者と中年男のカメラマンは入ってきた。里山は今か今かとばかりにスタンバイしており、すぐキッチンから玄関へ現れた。
「はい…。いや、どうもご苦労さまです。お初にお目にかかります。私が里山です。玄関は寒いですから、まあ、上がって下さい」
「週間MONDAYの干柿(ほしがき)です。こっちが串木(くしき)です」
「串木です…」
「おい! 上がらせてもらおうや」
「ええ…」
 カメラマンの干柿に促(うなが)され、串木も靴を脱いだ。
「干柿さんに串木さんとは、なんとも愉快な組み合わせですね…」
 里山はすでに遠退(とおの)いた正月飾りの串柿を頭に浮かべ、ニヤけた。

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2016年2月 1日 (月)

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<28>

 小次郎が股旅(またたび)の話を伝えたとき、里山は腕を見た。
「おっ! いけない、忘れてた。小次郎、戻るぞ! あと10分ほどで、家(うち)へ取材が来るっ! 先生! いずれまた小次郎の立国話でも…」
 言葉と同時に里山の足は公園の出口へ向かっていた。出口とはいえ、荒れ放題となった今は、どこからでも出入りできたのだが…。
『ニャァ~~!』
 股旅は猫語で、どうも有難うござった・・と里山へ返した。だが、その時すでに里山の姿は用具入れ場にはなかった。
『立国話と言ってござったのう…』
『そうですね…。じゃあ、先生! 僕もこれで。結構、忙しいでしょ?』
『そのようじゃのう…。また、いずれ』
 小次郎は股旅の言葉を聞いたあと、疾風のように里山家をめざし駆け去った。
 里山家に詰めかけた週間誌の取材陣は夜分(やぶん)のこともあり2名だった。女性記者とカメラマン1名である。取材内容は、小次郎がふたたび学会でもて囃(はや)されている種の起源に関するものだった。学会説は二分(にぶん)したまま時が流れていた。その説とは、いつやらも登場した突然変異説と進化説である。進化説を唱える学者達は、ガラパゴス諸島にみられるような独自の進化を辿(たど)った・・というものだった。しかし、里山が住む近郊は他の地域と隔離されているとも言い難(がた)く、最近では突然変異説が有望視され、学者達の間に定着しつつあった。

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