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2016年3月

2016年3月31日 (木)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -32-

[そうか。ならば、初期化はしばらく様子 眺(なが)めだな…]
 指令船の上官と目される異星人は穏やかに声でクローン[1]へテレパシーで返した。むろん、その異星人も外見上は城水の姿で、他のクローン達と、どこも変わらなかった。城水の生まれる前の胎内細胞は、過去に採取されてクローン作成に培養されたのだった。
 こちらは、城水家の日曜の昼下がりである。城水は、書斎、台所、キッチン、トイレ…と、家中をくまなく散策していた。いや、散策しているというのは表向きで、その実態は調査である。なにせ、外見上は城水であっても、記憶が途絶えて以後は城水のクローンであり、それまでのすべての記憶は消滅していたのだ。里子や息子の雄静(ゆうせい)に形だけでも話を合わせられるのは、それまでに調べられているデータによって、だった。だから、いろいろと家内を調べねばならなかったのである。自分の所持品がどこに収納されているのかも、当然ながら皆目、見当がつかない城水だった。
「今日は、よく動くわねぇ~。なにか探し物?」
 不審に思った里子が後ろ姿の城水に声をかけた。
[んっ? ああ、ちょっとな…]
 城水は、はぐらかし、少し急ぎ過ぎたか…と、以後は自重することにした。里子や雄静に不審に思われては、この先、なにかと不都合なのだ。これでは、指令船からの命令が果たせず、元も子もない。
[ははは…今日は、怪(おか)しいな、俺]
 城水は少しテンションを上げた。感情の抑揚からではなく、城水は普段、もう少し明るい…と分析判断した結果だった。

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2016年3月30日 (水)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -31-

「やっぱり、おかしいわ。お医者さまに診(み)てもらった方がいいんじゃない」
 里子は城水の顔を訝(いぶか)しげに見て言った。城水が曜日を訊(たず)ねたこともあったが、顔に笑いがなかったからだった。
「いや、大丈夫大丈夫…。少し、疲れたんだろう、少し眠るよ」
 暈(ぼか)して応接セットの長椅子から立ち上がった城水は書斎へ向かった。
「あら? 書斎で寝るの?」
[あっ! いや、散らかしてたんだ。片づけてからと思ってな]
「そう…」
 それ以上、里子が追及しなかったから、城水は内心、やれやれと思いながら書斎へ急いだ。書斎の場所は庭のガラス越しに見えたから、城水には分かっていた。ただ、あとの間取りはすべて白紙状態だから、調べておく必要があった。それと、迂闊(うかつ)なことは訊(き)けない…とも思えた。これらはすべてクローンの習熟機能として記憶へ蓄えられ、やがて、クローンは本人そのものに成りきってしまうことになる。そうなれば、正偽(せいぎ)の見分けは、家族ですら分からなくなってしまうのだ。
[城水の体内クローンは、どうも覚醒(かくせい)したようです]
 城水家の音声は逐一(ちくいち)、クローン[1]の耳へ入っていた。クローン[1]は城水がクローン化した情報をテレパシーで指令船へ送った。

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2016年3月29日 (火)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -30-

「パパ!! どうしたのっ!」
「あ、あなたっ!!」
 突然、長椅子で眠りだした城水に里子と雄静は駆け寄った。だがすでに城水は昏睡状態だった。里子は慌(あわ)てた。
「お、お医者さまを呼ばなくっちゃ! …ち、違うわっ! 救急! 救急車!」
 里子は携帯を取りに居間へ走った。ちょうどそのとき、城水の意識が戻った。ただ、それは城水ではなく、すでに異星人が支配した城水だった。ただ、外見上の違いはなく、まったく分からなかった。
[里子、どうしたんだ? 慌てて]
 クローン化した城水の声はゆるやかで、少し低かった。
「あっ! あなた…。だって…」
 里子は、ふたたび城水が座る長椅子へ駆け戻(もど)った。
[心配するな。もう大丈夫だ]
 少し機械的な城水の話し方だったが、外見上は普段と変わりなく、里子と雄静はひと安心した。
[今日は何曜日だ?]
「嫌だわ、あなた。日曜に決まってるじゃありませんか。こうして家にいるんだから…」
[おっ? おお…。いや、土曜ということもあるじゃないか]
 城水は慌てる様子もなく、冷静に弁解した。その語り口調は城水らしくなかった。いつもの笑いが完全に消えていたのである。

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2016年3月28日 (月)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -29-

 城水の体内に埋め込まれたタイム・アラームがいつ起動するかは、異星人達にも±1ヶ月以内としか認識されていない。城水が生まれた数十年前に飛来して以降、UFOは一度も地球へ降り立っていなかった。タイム・アラーム起動の計算が正確に認識されていない理由はそこにあった。彼等が星団へ帰還せねばならないタイム・リミットは約3週の20日しか残されていない。ということは、万一、城水のアラーム起動が20日を過ぎても起きなければ、地球上の人類はすべて初期化されることになるのだ。事態が逼迫(ひっぱく)していることなど知るよしもなく、城水家の家族三人は賑(にぎ)やかに寛(くつろ)ぎながら朝食を進めていた。
[呑気(のんき)なものだ。我々の方が気分的に疲れる…]
 キッチンの会話は逐一(ちくいち)、クローン[1]の耳へ届いている。クローン[1]は深い溜息(ためいき)をついた。
「パパ、ゆうちゃんの絵日記、あとから見てあげてね」
「ああ…」
 することがあり、余り気乗りはしなかったが、城水は了解した。里子の手前、表立っては平穏に見せている城水だったが、クローンを見たトイレの一件があったから、内心では気も漫(そぞ)ろだったのである。雄静の方は? といえば、彼に恐怖心はなく、子供心でUFOの存在に胸を躍(おど)らせていた。城水に異変が起こったのはそのときだった。急に意識が遠退いたのである。城水は長椅子に座ったまま鼾(いびき)を掻き始めた。

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2016年3月27日 (日)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -28-

 次の日の朝、城水はいつものようにベッドから抜け出た。その日は日曜だったから雄静(ゆうせい)も家で寛(くつろ)いでいた。小学1年の彼の寛ぎ方はバタバタと家の中を走り回ることだった。
[ふむ? 活発に動く人間もいるものだな…]
 クローン[1]は訝(いぶか)しげに首を捻(ひね)った。早朝の暗い頃、クローン[1]は城水の家の庭に現れ、すでに観察していたのである。彼等に食事の必要はなかった。錠剤仕立ての固形食糧を一粒飲めばこと足りた。
「賑(にぎ)やかだな…」
 キッチンを走り回る雄静を見ながら城水は洗面台へ向かった。すべての会話がクローン[1]の耳に入っていることなど、城水は知るよしもなかった。
「ゆうちゃん! ちょっと、静かにしなさいっ!」
 雄静の騒々しさには馴れた里子だったが、ついに声を大きくした。城水が口走ったひと言がきっかけだった。雄静は里子に注意され、走り回るのをやめてキッチン椅子へ座った。
[こういう場合、母親は叱(しか)るのか…]
 声音分析したクローン[1]は冷静な顔で腕組みし、呟(つぶや)いた。
 城水の体内で眠り続けるクローンは、この時点では目覚めていなかった。ただ、起動を促(うなが)すタイム・アラームは、静かに城水の体内で時を進めていたのである。問題は、地球初期化の指令が下される前に目覚めるかどうかだった。アラームが眠るクローンを呼び覚ましたとき、城水はクローン化し、初期化の指令は停止される場合もある。事態は一刻を争っていた。

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2016年3月26日 (土)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -27-

[星団命令に従うしかあるまい…]
[初期化ですか?]
[そうだ。地球生命体で存続する最高ランクの人類を無にするのは最終手段だ。悪いのは彼等ではなく、彼等が文明を築いてきた思考方法と本能的な欠陥にある]
 地球外生命体のトップらしきクローンは沈着冷静に答えた。
[彼等自身の頭脳程度を改良する訳ですね。ただ、星団へ帰還するまでの残された時間が余りありません。それまでに城水の体内起動が起こればいいのですが…]
[そうだな…。起動しなければ、やはり初期化するしかあるまい]
[分かりました…]
 そのとき、また別のクローンが現れた。
[城水が住む坂の下で吸収したゴミの分析が終わりました。やはり文明が齎(もたら)した廃棄物です。しかも、そこへ罰せられない人間性の欠如が加わっているという解析装置からの報告です]
 クローン[7]はファイルを見ながら分析データを読み上げた。
[罰せられない人間性の欠如とは、どういう意味かね?]
[自分とは関係がないから捨てる、という欠如した罰せられない心理でだと思われます]
[その心理が地球を破壊している・・ということだな]
[はい…]
 クローン[7]は残念そうに俯(うつむ)き、分析データファイルを閉じた。

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2016年3月25日 (金)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -26-

[城水の体内にいる者には我々が来ていることを連絡したのか?]
[連絡はしましたが、テレパシー交信が、まだできません]
[そうか…。まだ、城水の体内で起動していないようだな…]
 異星人のトップらしきクローンが言った意味は、生まれた城水の身体に異星人が船体として乗り込み、まだ停止して睡眠していることを意味した。決まった時間に城水が空腹感に襲われるのは、その事実に原因があったのである。
[明日にでも城水と代わりますか?]
 クローン[1]はトップらしきクローンに訊(たず)ねた。駐車場の車内で城水本人と遭遇した一件は、すでに報告されていた。
[まあ、待て! そのうち、あの個体も変化を起こすだろう…]
[分かりました。では、観察を続けます]
 クローン[1]は透明となり、船内から消え失せた。
 次の瞬間、別のクローンが現れた。
[地球上の戦闘は、終息しそうにありません]
[人類は愚かだからな。相変わらず、互いに傷つくことを続けるか…]
 トップらしきクローンは溜(た)め息をついた。
[やはり、城水が鍵になりますね]
[そうだ。彼の体内で起動が始まれば、過去、数十年に渡る蓄積デ-タが分析できる]
[結果が駄目なら、いかがされます]
 クローン[2]は静かに訊(たず)ねた。

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2016年3月24日 (木)

SFコメデーィ連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -25-

「そうか。なら、いいんだ…」
 城水は里子が運んできた湯呑みの茶をひと口、飲みながら言った。そこへ、雄静(ゆうせい)が子供部屋から飛び出してきた。
「パパ、お帰りなさい…」
「ああ、ただいま。何か変わったことは?
「別にないよ…」
「おかしい人ね。変わったこと、変わったことって…」
 里子は怪訝(けげん)な顔をして城水を見た。
「いや、別にどうでもいいんだが…」
 ばつ悪そうに城水は新聞を逆さに広げて読み始めた。外はすでに漆黒のベールが覆い尽くそうとしていた。いつの間に現れたのか、庭の木立(こだち)の中に、駐車場から消えたクローン[1]の姿があった。外見は出勤時の城水とまったく同じだった。
[変化はないようです。これで戻ります]
 誰と話しているのか、クローン[1]は独(ひと)り言(ごと)を呟(つぶや)くと、城水家の庭から忽然(こつぜん)と消え失せた。
 山の樹林の一角に潜(ひそ)むUFO編隊の指令船内である。
[これといった動きはないようです。我々の存在を意識した会話はして
おりましたが…]
[どんな会話かね?]
 異星人のトップと思われるクローンが訊(たず)ねた。異星人の生命
体は城水の細胞を培養し、成体となった城水のクローンに乗り移っている形跡があった。

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2016年3月23日 (水)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -24-

 駐車場の出口に置き去りにされた車・・自分が運転して置いた訳ではなかったから、城水は薄気味悪くなった。現実に自分は自分の分身と会話していたのだ。この事実は否定しようもなかった。誰も目撃者がいない時間を計算した上で分身は車を動かそうとしたのか? 謎は尽きなかった。だが、いつまでも車をこのままにしてはおけない。そのうち他の誰かが車で駐車場を出るだろう。出口を塞(ふさ)いでいるのだから邪魔で苦情を言われるのは必然だった。城水は意を決すると、駐車場の入口に止め置かれた車に乗り込み、エンジンキーを回そうとした。そのとき、待てよ…と城水は動きを止めた。徐(おもむろ)にポケットを弄(まさぐ)ると、車のキーは存在した。では車に刺さっているキーは? と、城水は刺さったキーを引き抜き、ポケットのキーと比較した。二つのキーは、まったく同じものだった。合い鍵屋で同じキーを作ることは、確かに可能である。しかし、城水は離さずキーを持っていたのだから、それは不可能なのだ。加えて、車に刺さっていたキーとポケットのキーは見間違えるほど精巧(せいこう)にコピーされていた。こんなことがある訳がない…そう思いながら、城水は車を発進した。
 家へ着くと、いつものように着がえ、キッチンの椅子へ城水は座った。里子が夕飯の準備を小忙(こぜわ)しそうにしている。
「何か変わったことはなかったか?」
「別にないわよ…」
 里子は攣(つ)れなく返した。

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2016年3月22日 (火)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -23-

 そんな馬鹿なっ!! と、城水は片手で目を擦(こす)った。だがしかし、自分の車に乗っているのは正(まさ)に自分で、静かに動き出す車の姿だった。城水は混乱しながらも、待ってくれ! とばかりに両手を広げ、駐車場の出口で車を遮(さえぎ)った。車は静かに止まった。そして、自動のフロントウインドウがゆっくりと下降して開いた。車窓から顔を出したのは、もう一人の城水だった。
[危ないから、前を開けて下さい…]
 城水は自分の耳を疑(うたが)った。確かに自分の声だった。だがその声は冷たく、抑揚(よくよう)のない無感情な機械的な言葉だった。
「それは、私の車だっ! 警察に言うぞっ!」
 城水は怒りの声で言った。
[…? なにを馬鹿なことを。私は城水です。あなたは誰ですか?]
「なに言ってる!! 私が城水だっ!」
[いえ、私が城水です。これから帰宅するところです…]
 クローン[1]は冷静に言い切った。
「帰るのは俺だっ!」
 城水は叫んだ。前方を遮られている以上、クローン[1]も駐車場からは出られない。仕方がない…と観念したのか、クローン[1]はエンジンを切った。
[今日のところは私の負けのようだな。だが、これだけは言っておく。いずれ私は、あなたとなる…]
 自信あり気(げ)にそう言うと、クローン[1]は、跡かたもなく車内から消え去った。城水は、またしても科学の常識を否定する現実に直面させられた。

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2016年3月21日 (月)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -22-

「ああ、あの手合いか…。やはり円盤だったか…」
「僕は思うんですが、人工重力を生み出すために機体の一部を回転させてるんだと思いますよ」
「お前、詳しいな」
 城水は感心して到真(とうま)の顔を見た。
[ほう…人間の子にしては、なかなかいい発想だな]
  クローン[1]は、遠く離れた木影から小声で呟(つぶや)いた。
「僕は宇宙に関心を持ってるんです」
「だったら、生物部じゃなく天文部だろうが」
「いいえ、宇宙を突き詰めれば、宇宙生命体ですから!」
 到真は、いつものハイテンションな声で言い切った。
[なかなか鋭い子だ…]
 クローン[1]は感心しながら、その姿を消した。
「まあ、ともかく、異常が今後、起こらなければ、それでいいんだ!」
「起こったら、どうします」
「どうしますって、どうしようもないだろうが。相手は宇宙人だ」
 城水は腕組みし、声を低くして言った。
 その日の夕方、駅を出た城水は、いつものように駐車場まで歩いていた。取り分けて変化がない光景が広がっていた。駐車場へ近づいたそのとき、車の車窓に見えたのは、エンジンを始動する自分の姿だった。

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2016年3月20日 (日)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -21-

「とにかく、今は二人の秘密にしておこう。何かが起きていることは確かだ」
「はい…」
 やがて、いつものように生徒達が登校し始めた。まったく昨日(きのう)と同じパターンで時が流れていた。
 ここはUFOの指令船の中である。
[城水は、やはり気づいていないようです]
[やはりな…。我々と同じ存在だと認識していないとなれば、好都合なのは好都合だ]
[さっそく、命令を実行しますか?]
[いや、もう少し様子を見てからでも遅くはあるまい]
[分かりました。タイムリミットの720時間後まで実行は停止します]
[それで、いいだろう。そのうち地球上で最高の知能をもつ生命体の意思が分かるだろう…]
[はい…]
 母船内で話し合ってた二体の城水クローン達は、音もなく消え去った。彼等がどこへ消えたのか? それは現在の地球上で到底考えられない彼等の高度な科学技術や文明のなせる場所だった。
 その日の放課後、校庭横にあるベンチに城水と到真(とうま)の座る姿があった。その姿をクローン[1]は密かに木影から垣間(かいま)見ていた。むろん、超高感度受信機により二人の会話の音声は完全に傍受(ぼうじゅ)されていた。
「UFOの形はどんなだった?」
「ドーナツ型だったと思います。ほら! よく出てくるやつですよ、先生」

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2016年3月19日 (土)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -20-

 城水はドアを開けたあと、記憶が途絶えた。驚きのあまり気を失ったのである。城水が見たもの、それはもう一人の自分、クローン[1]だった。クローン[1]は城水に姿を見られた瞬間、トイレから姿を消した。クローン[1]が消えたあとから入った到真(とうま)は気絶して倒れた城水を抱き起こした。
「せ、先生!!」
「…」
 城水は、すぐ正気(しょうき)に戻(もど)った。
「お前も見ただろ? もう一人の俺を!」
「いえ、僕は見てません…」
 事実、到真は見ていなかった。
「そ、そんな訳がない。先生は、自分を見たぞ!」
 城水は立ちながら、自分でも妙だと思える、科学の常識を否定した言葉を口走っていた。
「ははは…先生、嫌(いや)だなぁ~。冗談でしょ?」
「お前だって、UFOを見たって言ってたじゃないか」 
 到真の笑顔が、たちまち消えた。
「はい、確かにそう言いました。僕が見たのは本当です!」
「お前が見たのは本当で、先生が見たのは違うってか?」
「いえ、そんなこともないんですが…」
 到真は瞬間、先生の話もありか…と思え、暈(ぼか)した。

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2016年3月18日 (金)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -19-

 城水はまだ食べていたが、そうゆっくりも出来ない気分だった。到真(とうま)にもう少し詳しく昨日(きのう)、UFOを見た状況を聞きたいと思えたのだ。そんなことで、城水はいつもより少し早く家を出ることにした。といっても、10分内外だったのだが・・。
 その日の坂の下は、いつものように多少のゴミが車窓から見えた。城水は、これでいいんだ…と思った。日常が戻った安らぎが、心の奥底に湧いたのである。
 城水が大聖小学校の門を潜(くぐ)ったとき、昨日の到真の姿は見えなかった。いつもは遅刻寸前に教室へ駆け込む到真だったから、これも日常か…と、城水はUFO話をすっかり忘れ、テンションが少し上がった。だがそれは城水の思い違いだった。廊下を歩いていると、到真がヒョイ! と、トイレから現れた。城水より早く登校していたのだ。
「あれっ? 先生だ。今、トイレにいましたよね?」
「ははは…なにを寝ぼけてる、到真。先生は今、来たところだ」
「ええっ!」
 到真の顔が驚きで急にこわばり、蒼白く変化した。
「でも今、トイレで先生と話してたでしょ?」
 到真は不思議そうな顔つきで城水を見ると、トイレの方へ視線をやった。城水は少し気味悪くなった。今、来たばかりの自分がトイレにいるはずがないのだ。
「せ、先生は?」
「まだ、トイレの中だったと思うけど…」
「…」
 城水は言葉が出ないままトイレのドアを開けていた。

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2016年3月17日 (木)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -18-

 そのときすでに、城水家の様子を玄関外の植え込みから窺(うかが)うクローン[2]の姿があった。クローン[2]は城水家の室内音声を傍受(ぼうじゅ)する超高感度受信機を耳に装着していた。むろん、街へ散らばった他のクローン達も同じ受信機を着けていたのである。彼等の目的が何なのか? は、誰にも分かる訳がなかった。城水家の様子は逐一、UFO内で映し出され、解析されていた。彼等の行動目的は、まず城水の情報を得ることから始められたのだった。
[彼は、まだ自分が我々と同じ異星人だということを認識していないようだな]
[はい!  そのように思えます…]
 編隊の指令船内での会話である。彼等は地球上のあらゆる言葉を使いこなせた。彼等自身の惑星後はあったが、日本に降り立った瞬間から、日本語で話し始めた。彼等がどの惑星からやってきたのか? は不明としか言いようがなかった。まだ地球の科学では解き明かせていない天体からの飛来だったからだ。数十年前、生まれて間もない城水の体内に宿生した彼等は、彼を残して地球上から飛び去ったのである。では、彼等が何のために城水の体内に宿生し、城水の住む近郊の山に舞い降りたのか? それは、壮大な宇宙生命の存続に関係していた。
「行ってきまぁ~~す!!」
「気をつけるのよっ!」
 キッチンでの朝食を急いで終えると、雄静(ゆうせい)はランドセルを慌(あわ)ただしく背負って家を飛び出していった。通学バスの時刻が迫っていたのだ。

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2016年3月16日 (水)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -17-

 城水が暮らす街はいつもと、なんら変わりがなく、UFOの大編隊が舞い降りたとは街の誰もが気づかなかった。当然ながら、高度な知的生命体を乗せた編隊群は人間が作り上げた低文明の管制レーダーに映る訳がなかった。そして、夜は静かに更けていった。その頃、城水は高鼾(たかいびき)を掻き、雄静(ゆうせい)はベッドから体半分、落ちた姿で眠り、里子は寝言をムニャムニャ…と言いながら熟睡していたのである。
 山裾(やますそ)へ無音で降り立ったUFO編隊は、しばらくするとそのハッチ[出入口]を開けた。中から現れたのは、城水だった。いや、城水に似たクローンと言った方がいいだろう。その数、ざっと20人・・と思える各クローンは、すべてが同じ衣服に身を包んでいた。とはいえ、その服は取り立てて何の変哲もない、誰もが来ている背広だった。ただ一つ違うのは服ではなく、クローンの右手の甲に番号と思える模様字があることだった。もちろんその模様字は、地球上に生存する人間が使用するどの文字でもなかった。それらのクローンは、すでに目的地が定まっているかのように、それぞれ違う方向に散っていった。そして、朝が明けた。
「パパ、おはよう!」
 歯を磨く城水に雄静が元気よく声をかけた。
「…おお、おはよう!」
 賑(にぎ)やかに口を漱(すす)ぎながら城水が返した。

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2016年3月15日 (火)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -16-

「ゆうちゃん、お外で何してたの?」
 キッチンへ入ると、里子が訝(いぶか)しげな顔で雄静(ゆうせい)に訊(たず)ねた。城水の教育方針で、我が子には無干渉(むかんしょう)が城水家の立て前となっていた。
「ん? 友達とね、お約束が…」
「ふ~~ん」
 里子の攻撃は手止まりとなり、それ以上の追及がなかったのは、城水としては幸いだった。
 夕飯後、城水はテレビを観る気にもならず、早々と書斎へ入った。今日の一日の出来事を、じっくり理詰(りづ)めに考えてみようと思ったのだ。しかし、どうも理詰めには詰められなかった。それは当然で、SFまがいの出来事を科学的に詰めて考えようというのは、そもそも無理な話なのだ。考えが纏(まと)まらにないうちに時間だけが過ぎ、夜も更けていった。明日も学校があるから、そろそろ寝るか…と寝室へと向かった。里子はすでに眠っていた。城水はベッドへ横たわり、眠りながら考えを続けた。思えるのは、自分と何か関係があるのか…ということだった。このとき、すでに城水が住む周辺に異変が起こり始めていた。むろん、そんなことを城水が知るよしもなかった。
 異変とは、城水が住む街の後方に広がる山裾(やますそ)へ降下したUFO編隊の飛来である。編隊は一端、姿を隠したかに見えた。だがそれは人間の目には見えないバリア状のシールドを張っただけのことだった。いや、そればかりではない。上空、数百mのところまで降下した編隊は、発する一切の音を遮断していた。

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2016年3月14日 (月)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -15-

「それをどこで見たんだ?」
「上…」
 雄静(ゆうせい)は徐(おもむろ)に家の屋根上を指さした。城水はゆっくりと雄静の指の先を見た。オレンジ色の夕焼け空以外、何も見えない。
「いつ頃?」
「さっき…」
「さっき、って?」
「一時間ほど前…」
「それから、ずっとここで見てたのか?」
 雄静は黙って頷(うなず)いた。城水は腕組みし、冷静になろうと努めた。今日一日は妙なことばかりが起きていた。朝の出がけに運転する車窓から見た塵(ちり)ひとつ落ちていない坂の下の道、到真(とうま)、雄静のUFO目撃談である。
「まあ、中へ入ろう。ママ、帰りが遅いって、よく心配しなかった」
「ママなら、僕が帰ったの知ってるよ」
「なんだ、そうか。…一度、入って、また出たってことだな」
 いつもは、帰るとおやつを食べている雄静である。ランドセル姿のまま外にいる雄静を城水は初めて見た。二人はドアを開け、中へ入った。
「ママには言うなよ!」
 玄関を上がり、城水は雄静に小さな声で言った。城水は二人の秘密が今日で二度目だった。

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2016年3月13日 (日)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -14-

 その有りようは、どう考えても城水には妙に映った。もちろん、石ころや塵は城水が車を駐車場に止めてから気づいたことだったのだが…。
「で、UFOはゴミをどういう具合に吸い取ってったんだ」
「えっ? 掃除機みたいに…まるで竜巻のようでした」
「ははは…竜巻か。まあ分からなくもないが、先生は俄(にわ)かには信じられん。このことは誰にも言うなよ。先生と到真の秘密だ、分かったな」
 口ではそう言った城水だったが、心中では完全に話を信じていた。その後、しばらく話し合い、二人は別れた。
 城水が帰宅すると、一人息子の雄静(ゆうせい)がランドセルを背負ったまま玄関前に立っていた。
「どうしたんだ、雄静?」
 怪訝(けげん)な面立ちで城水は雄静を見下ろした。
「パパ、変なもの見たよ」
 今年、大聖小学校に入学した一年生の雄静は先に帰宅しているはずだった。それが、家には入らず、玄関前で城水の帰りを待っていたのである。雄静は心なしか震えていた。
「何を見たんだ?」
「UFO…」
 雄静は小声で朴訥(ぼくとつ)に答えた。
「…」
城水は、すぐに言葉が出なかった。到真、雄静の二人にUFOなどという有り得ないものを見たと言うへわれたのだ。それも同じ日に、である。城水の心中は、UFOは現れたのかも知れんぞ…という確信へと変わりつつあった。

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2016年3月12日 (土)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -13-

「待たせたな!」
「いいえ…」
 いつもはハイテンションな到真(とうま)がローな声で呟(つぶや)き、辺りを窺(うかが)った。話の内容を他の生徒に知られれば、冷やかされかねないからだ。それだけ自分の言おうとしていることが世間の常識、いや、地球上の科学の常識では有り得ないことを到真は分かっていたのだ。
「で! そのUFOとかは、どこで見た?」
 城水は朝の到真の話を一応、記憶していた。
「駅前の道路です…」
「どこの?」
「先生が乗られる駅前の…」
「坂の下か?!」
 城水は朝、車窓から見えた坂の下の光景が不意に目に浮かんだ。坂の下はゴミひとつなく、綺麗だった…と。
「はい…」
 到真が頷(うなず)いたあと、二人の間の会話が途切れた。城水には、なぜか到真の言葉が嘘(うそ)だとは思えなかった。というのも、朝方に見た坂の下の状況は、過去にないほど綺麗だったからだ。空き缶、タバコのポイ捨てゴミは申すに及ばず、石ころ、塵(ちり)一つ落ちていなかった。

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2016年3月11日 (金)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -12-

「UFOがゴミを吸い取って飛んでったんです!」
「ははは…お前、悪い夢を見たなっ!」
 城水は笑いながら到真(とうま)の肩をポン! と叩(たた)いた。
「先生! 夢じゃないんです!」
 到真は意固地になっていた。
「まあまあ…中へ入ろう」
 気づけば校門の前に立ち止まっている自分達に城水は気づいた。
「はい…」
 不承不承(ふしょうぶしょう)、到真は納得し、二人は校内へと歩き始めた。そろそろ、他の生徒達が登校する時間が迫っていた。
「まあ、詳しいことは放課後になっ!」
 もう一度、軽く到真の肩を叩くと、城水は職員室へ向かった。一瞬、城水の後ろ姿を見送った到真も教室へ歩き始めた。その十数分後、大聖小学校は登校する生徒達でいつものように賑わい始めた。職員室へ入った城水は、自席についたが、到真の言ったことが少し気になっていた。定時に空腹になる自分の体質も多少、心の隅(すみ)にあったせいもある。
 放課後になり、生徒達は下校する者、部活する者に分かれて教室から出ていった。到真は生物部の部活があったが、城水が放課後に話そうと言っていたから、教室で待っていた。そんな教室へ城水が入ってきた。

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2016年3月10日 (木)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -11-

 城水は、こりゃ、バイクかオートバイの仕業だな…と推理ドラマのように勝手に億測(おくそく)した。だが、事実はそうでもなかった。それは後々(のちのち)、知らされることになる。ともかく、綺麗になったのは結構なことだ…と思い直し、城水は徒歩で駅へと向かった。急勾配(きゅうこうばい)の坂を車で降り切るまでが約10分、駐車場に車を止め、徒歩で駅まで歩くと約5分、いつもの決まった列車に揺られて10分、着いた駅から勤務する大聖小学校までが徒歩で5分、合わせて約30分の通勤時間である。まあ、一時間以上かけて通勤する教師もいたから、まだ有り難い方だろう…と城水は思っていた。
「先生、おはようございます!」
 校門前で出食わしたのは、いつも遅刻ギリギリに遅く登校する到真(とうま)だった。到真の場合、出来は今一だったが、ハイテンションでクラスの雰囲気を明るくしたから、城水もその点では一目(いちもく)置いていた。ただ、生徒達の手前、遅刻ギリギリだけは注意した。その到真が、今朝は早かった。
「ははは…どうした、到真! 何かあったか?」
 城水は冷やかしぎみにニヤけて言った。
「先生! それが大変なんです! 僕、見ちゃったんですよ!!」
 到真は少し震え、怯(おび)えるような声で言った。
「なにを?」
 城水には到真の言葉が、まったく解せなかった。

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2016年3月 9日 (水)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -10-

「今朝は綺麗だなぁ…」
 城水が坂を降りきり、車を停止させながら、ゴミひとつ落ちていない横交差道路の路面を見た。坂の下の道路の通行は街専用道だから、ほとんど他の車の通行はなかった。それでも一応、坂の下には追突の危険防止のための信号が設置されている。こんなところに? と、誰もが首を傾(かし)げる位置に設置された信号機だったが、当然ながらそれは奥様会の圧力によるものだった。交番の巡査二人も首を傾げて、工事業者に訊(たず)ねたくらいで、なんでも、警察庁の長官官房から回り回って決定されたということらしい。ここまでいけば、奥様会はすでにモンスター的で、街全体を震撼(しんかん)させる存在だった。この街では、奥様会と聞けば泣く子も黙って愛想笑いをしたのである。
 車は、いつものように坂下の駐車場へ置き、そこから地下鉄までは徒歩で歩くのが城水の通勤ルートの通例だった。城水に限らず、坂の上に建てられた家々の外出は、もっぱらこの手で、坂道の通行はこれ以外には考えられない・・と住民の誰もが考えていた。
「半月ばかり前はゴミ捨て場だったが…」
 城水は駐車場に車を停車させると、降りながらひとりごちた。城水が揶揄(やゆ)したのは少し誇張(こちょう)されていたが、確かに多くのゴミが散乱していたのは確かだった。恐らくは運転中の車内から落ちたものではなく、風に飛ばされて舞い落ちたり、通行人が落としたもの、ポイ捨てたもの・・と判断できた。さらに推理を進めれば、この急勾配(きゅうこうばい)を往来する歩行者は少ない訳である。というか、ほとんど皆無なのだ。

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2016年3月 8日 (火)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -9-

「今の話と関係があるんですけどね。どうも奥様方からもこの一件で苦情が出てるそうなんですよ」
「ほう! それで?」

「誰かは分かりませんが、車から見られたんでしょうね。目障(めざわ)りだから奥様会が清掃業者を手配したそうなんですよ。それって、お届けが必要なんざまぁ~すか? ということだそうです」
「なんだ、人騒がせな! 届けなどいる訳ないじゃないか! 勝手にやらせとけっ!」
 普段は滅多と怒らない昆布(こぶ)巡査だったが、このときばかりは声を荒げた。
「いや、昆布さん。あの連中は無視できませんよ。この前なんか、内閣の危機管理室のお役人から電話があったでしょ?」
 藻屑(もくず)が息巻いて言った。
「ああ…そういや、そんなこともあったかなあ」
 過去を思い出したからか、怒っていた昆布の顔が急にしょぼくなった。
「もし今度、電話があったら、適当に言っといてくれ。俺は苦手なんだよ、あの連中は」
「直接、来られたら、どうするんです?」
「そのときは、そのときさ。ははは…」
 昆布は自信がないのか、寂しく笑った。
「まあ、考えようによっては、街が綺麗(きれい)になるんだから、いいじゃないか」
「はあ、それはそうなんですがね」
 二人は無理に自分達を納得させて笑った。結局、この街で、奥様会の存在は侮(あなど)れないということになる。

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2016年3月 7日 (月)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -8-

 城水が引っ越してきた街一帯は、急こう配の坂の上に豪華な家々が立ち並んでいる。買物に出かけた帰り、上の方でリンゴでも落とそうものなら、これはもう大変なことで、一番下まで約1Kmは転がり落ちる・・といった塩梅(あんばい)である。リンゴ一個くらいのことで騒げば、奥様会の会員として世間体が狭くなるから、誰も拾(ひろ)いに降りない。結果として、リンゴは下を歩く人が手にすることになる。そんなことででもないが、坂の下の角には街交番があり、リンゴはその交番へ届けられることになる。結構、この手の遺失物の届け出が多く、交番に最近赴任した、藻屑(もくず)巡査は手を焼いていた。もう一人の老巡査、昆布(こぶ)はベテランゆえか、まったく意に介(かい)していなかった。
「昆布さん、今日もありましたね…」
「いつものことだよ、藻屑君。気にしなさんな」
「そうは言いますがね。こんなもの…二日もすりゃ、腐りますよ! 誰が取りに来ます?」
「まあ、来ないだろうな」
「でしょ?」
「捨てりゃ、いいじゃないか。私は何十年とそうしてきた」
 昆布巡査は大きめの声で断言した。
「ああ! それから、先ほど奥様会から電話がありましたよ」
「奥様会か…。なんだって?」
 昆布は苦手なものに見たように、顔を歪(ゆが)めた。

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2016年3月 6日 (日)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -7-

「ああ、そうか…。アレでコレのソレなあ」
 城水は、ようやく里子の怒りを理解した。
「ここへ引っ越してきたのは間違いだったな…」
「今さら、遅いわよ!」
 里子は憤懣(ふんまん)やるかたない。
「それで、どうだったんだ?」
「どうもこうもないわよ。付き合ってらんないから、途中でトンズラ」
「トンズラ! ははは…トンズラは、よかった」
 城水は一瞬、家畜場の豚がカツラを被った姿を脳裡に思い浮かべた。
「だって、三次会に付き合うお金、ないもん」
「そりゃ、そうだ。財布が泣くほどしか入ってないんだからな」
「あらっ? よく分かったわね」
「ははは…俺の安月給じゃ、お前が持って出る額は、大よそ分かるさ!」
 城水は自慢げに言い切った。
 その日の里子と城水の話し合いは、いい対策の妙案が出ないまま、おざなりになった。夜が深まっていたこともある。
 次の日の出がけ、玄関で城水を見送る里子が愚痴っぽく言った。
「ともかく次は、用事とかなんとか言って抜けることにするわ」
「そうだな…。そう度々(たびたび)あれば、家計がアウトだからな」
 城水としても奥様会は困りものだ…と思えていた。よくよく聞けば、会費もあるそうで、それが馬鹿にならない額らしい。

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2016年3月 5日 (土)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -6-

「だから、言ったじゃない、奥様会だって」
「ああ、それは分かったが…」
 城水はゴージャスなドレス姿の里子を頭から足下まで見下ろしながら、だいたい、こんなドレスをいつ買ったんだ? という疑問が沸々(ふつふつ)と沸いた。それに、はっきり言って似合わない。城水は必死で笑いを押し殺した。
「これでも、地味だったのよ…」
 城水の意を解してか、里子は弁解した。
 奥の間へ入った里子は、手早く普段着に着替え、城水が食べ終えたカレー皿を洗い始めた。城水はこっ恥(ぱ)ずかしくて言えなかったが、里子の主婦としての出来は、それなりに認めていた。手料理はまずまずで、家事もひと通りは熟(こな)してくれたからだ。
「なんだか、大変なのよね…」
 カレー皿を拭(ふ)きながら、里子が愚痴っぽく言った。
「なにが?」
 新聞をまた広げながら、城水は欠伸(あくび)をした。
「奥様方に決まってるじゃないっ!」
 里子はなにが気に障(さわ)ったのか、急に怒りだした。
「どうしたんだ、お前?」
 城水には里子が怒る訳が分からない。
「アレでさぁ~、そいでコレのソレよ」
 里子はつまびらかに城水に説明した。

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2016年3月 4日 (金)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -5-

「ママ、出てっていないよ、パパ」
「ふ~ん…どこへ行ったんだ? 買物か?」
「よく分からないけど、奥様会・・とか言ってたよ」
 ああ、そういや、出がけにそんなこと言ってたな…と、城水は朝の寸劇を思い出した。
「食事の用意は出来てるって…」
「そうか…」
 玄関まで漂(ただよ)うカレーの匂いがした。城水は手早く済ませたか・・と、カレーを作る里子(さとこ)のちゃっかり顔を思い浮かべた。
 里子が帰宅したのは夜も深まった10時過ぎだった。
「遅かったな…」
 喉(のど)から手が出るほど訳を訊(き)きたかった城水だったが、どうでもいいような顔で新聞に目を通しながら口を開いた。雄静(ゆうせい)は子供部屋へすでに入り、いなかった。
「そうなのよ! 出がけに言ったでしょ」
「ああ…」
 城水は徐(おもむろ)に新聞を閉じ、里子を見た。そこには普段、目にしたこともないマネキンのような金ピカの里子が立っていた。マネキン…やはり、そうとしか表現しにくい、きらびやかな里子の姿である。婚前も含め、今までそんな里子を城水は見たことがなかった。
「ど、どうしたんだ、お前! …」
 気でも狂ったかっ! と、出かけたが、城水はそこまで言わなかった。いや、怖(こわ)くてとても言えなかった。

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2016年3月 3日 (木)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -4-

「若狭の奥様」
「若狭? 誰だい、それは?」
「副頭取の若狭さんの奥様よ」
 城水は腕を見た。これ以上、話を続ければ、遅刻だった。教師が遅刻しては様(さま)にならないばかりか、生徒達のいい笑いものだ。
「帰ってからにしてくれっ!」
 怒り口調でそう言うと、城水は慌(あわ)てて玄関ドアを開け、家を飛び出した。しかし、靴を片足、履(は)き忘れていた。車のドアを開けたところで気づいた城水は、急いで玄関へと駆け戻(もど)った。一人息子の雄静(ゆうせい)は20分も前に家を出ていた。同じ小学校だから、教育者の城水としては何が何でも遅れる訳にはいかない。我が子ならまだしも、先生である自分が遅刻は出来なかった。
 その一日、城水は授業が手につかなかった。
「先生! どうかされたんですかぁ~?」
 いつもハイテンションの到真(とうま)が椅子から立ち上がり、格好をつけて訊(たず)ねた。教壇に立つ城水としては、立場もある。そこはそれ、教師の威厳を示さねばならない。
「ああ、ちょっとな! 出来が悪いお前らで、俺は夜も、ろくろく寝られんのだ」
 ここは方便だと、城水は出鱈目(でたらめ)を言った。だが言ったあと、我ながら上手(うま)く言えたぞ…と、内心で北叟笑(ほくそえ)んだ。それ以降の生徒達の追及は、なんとか馴れで凌(しの)ぎ、城水は担任としての面目をかろうじて保った。
 その日を終え、城水が帰宅した途端、雄静が奥の間から玄関へ飛び出してきた。

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2016年3月 2日 (水)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -3-

 城水には連れ添って10年になる妻の里子(さとこ)と、今年、小学校へ入学した雄静(ゆうせい)がいた。本当は静雄と名付けたかった鳥雄だったが、今どきの名じゃないと里子に反対され、仕方なく雄静と名の前後の漢字をひっくり返した経緯(いきさつ)があった。決して城水の体内で眠るUFOの潜在意識がその名にさせた訳ではない。
 城水の家は山の手の高級住宅地にあった。場違いだったな…と、城水が気づいたときは家の契約が纏(まと)まったあとで、すでに遅かった。引っ越しで空いた一軒家で、物件としては申し分ない! と即決したのが運の尽(つ)きだった。周囲のすべての家が会社重役、大富豪、芸能人の類(たぐい)で、ブルジョア階級の真っただ中の家だったのである。大聖小学校の一教師とは、とても釣り合いがとれたものではない。それでも、引っ越した最初の頃は、まだよかった。お隣と朝の出勤どきに出食わしても、軽い挨拶程度で住んでいたからだ。それが、半年ばかりした頃、問題が起き始めた。
「あなた、大変! 」
 出勤しようと靴を履(は)き終え、城水がドアを開けようとした矢先だった。
「なんだ、出がけに…」
 城水は動きを止め、出鼻(でばな)を挫(くじ)かれた機嫌悪そうな声で里子を見た。
「奥様会だって!」
「…奥様会? なんだ、それは?」
「この町内の決まりだって言ってらしたの」
「誰が?」
 城水は、帰ってからでもいいだろうが…と煙(けむ)たく思った。

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2016年3月 1日 (火)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -2-

「先生は、いつも腹ペコなんですね」
 誰が言ったか城水には分からなかったが、そんな声が生徒達の中からして、教室内は笑い一色となった。
「ははは…そうだ! 俺は減るんだよ、腹が!」
 城水は悪びれず、居直った。城水の腹は、妙なことに一定の周期をもって減り続けた。ただそれは、普通人間の生理的なものとは違い、どこか異質だった。当の城水自身も現象を自覚していたが、それがなぜなのかは、本人の城水にも分からなかった。それには、生前に遡(さかのぼ)る深い理由があった。何を隠そう、城水の両親は諸事情により地球へ我が子を置いて飛び去った異星人だったのである。
 昼食のあと、城水はふと、校庭で考えていた。生徒に言われたひと言が甦(よみがえ)ったのだ。
━ そういや、いつも昼前の11時、夕方の6時、朝の7時と決まった時間に腹が減る…なぜなんだ? ━
 本人に分からないのだから、当然、他人に分かる訳がない。
「別に異常はありません。ははは…余り気にされないことですな。腹が減る・・結構なことじゃないですか!」
 いつやらも病院で医者に診(み)てもらい、快活にそう言われたことがあった。城水の脳裡にふと、その映像が過(よぎ)った。そんなことが今までに何度もあったから、城水は、さほど気にしていなかった。とはいえ、その都度、生理的現象が定まった周期で巡ると、どうしても奇妙には思えた。城水は、たぶん先天的な体調なんだ…と思うようにした。そう思うことで、すべての疑問が吹っ飛び、心の蟠(わだかま)りが消えたのである。

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