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2016年4月

2016年4月30日 (土)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -62-

「遅かったわね…」
 キッチンで食器を出していた里子が城水な気づいたとき、城水の姿は、すでに消え去っていた。
「…返事もしないで、怪(おか)しい人」
 里子は訝(いぶか)しげに愚痴った。
 城水のそそくさとした動きはまだ続いていた。居間へ入った城水は、素早く背広を脱ぐとネクタイを外し、セーターと家用のズボンに着替えた。城水の脳は、行動速度を下げよと脳内数値で指示した。城水は速(はや)過ぎたか…と、自分の行動パターンを反省した。人間の目には見えない袋は城水だけには見えていた。中には収縮した動・植物の姿がはっきりと見ることが出来た。城水は、その袋と手の平サイズのゴツゴツとした地球外物質を着替えたズボンへ押し込んだ。
 城水はキッチンへ入る前、自室の書斎へと向かった。今日、採取した生物や死物は書斎でUFOへ瞬間移動せよと脳が指示していた。もちろん、脳内の解析数値が飛び交ったあとの指示された判断だった。クローンへ覚醒してからの城水の行動は、すべてが異星人としてマインド・コントロールされた行動なのである。城水は瞬間移動で袋をUFOへと送り終えた。
[ご苦労だった。次の袋を渡しておく。明日も頼む…]
 地球外物質は城水のズボンの中で緑色の光を発し、テレパシーでそう告げた。机の上には城水しか見えない無色透明の袋が置かれていた。城水は無言でその袋を何もなかったようにポケットへ入れた。
「今日は、何かあったの?」
 ようやくキッチンへ現れた城水に、里子がすぐ声をかけた。

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2016年4月29日 (金)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -61-

 城水の右ポケットに入った物質の緑色光が消え、城水は歩き始めた。城水の脳内では数値の乱数表とグラフで示された解析データが駆け巡る。どうも仲間達は世界各地に散らばっているようだ…という結論の解析データを得て、城水は無言で頷(うなず)いた。自分もその一員だと認識したのである。
 その日の放課後、城水は学校近くの空き地で最初の回収をした。動植物を含め、50種は、いとも簡単に採取出来た。城水は、それらを地球上にはない物質で出来た伸縮自在の捕獲袋へ収納し、伸縮させた。捕獲袋は異種多様な生物や死物を収納し、城水のテレパシーにより、一瞬にしてコンパクトな手の平サイズまで収縮された。
 一学期の終業式が近づいていた。雄静(ゆうせい)はウキウキ気分で帰宅した。城水の帰りは捕獲作業で遅れていた。
「パパ、遅いわね。どうしたのかしら? ゆうちゃん、学校で何かあった?」
「別に…。あっ! もうすぐ終業式だって先生が言った」
 雄静は先生が話した夏休みの過ごし方を詳しく話し始めた。里子は、訊(き)くんじゃなかった…と後悔(こうかい)した。
[ただいま…]
 城水が帰宅したのは6時前だった。コンパクトに収縮させた無色透明袋は背広の内ポケットのなかにあった。外ポケットには地球外物質が入っている。当然、着がえは一人でせねばならない…と城水の脳内で計数文字が飛び交い指示を出した。城水は玄関で靴を脱ぐと、そそくさとキッチンを通過してクローゼットがある居間へ向かった。

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2016年4月28日 (木)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -60-

━ 城水よ、指令を伝える。人間の目には見えない無色透明の袋が私とともにポケットの中にある。その中へ一日に50種ずつ、動植物の種族を確保せよという指令である。詳細は、改めて伝える ━
[分かった…]
[分かった…]
 城水は横たわったまま、物質へテレパシーで返した。城水の少し離れたベッドの上では、里子がなんの心配もないような平和な顔で寝息を立てていた。そういえば、最近、手に入れた知識の中に<知らぬが仏>というのがあったな…と、城水はニヤリと笑った。
 朝食が済むと、いつものように城水は家を出た。小学1年の雄静(ゆうせい)は通学パスに乗り遅れまいと、スキップを踏みながらすでに家を出ていた。
 坂道を車で下ると、城水はいつものように駐車場へ車を止め、駅へと歩き始めた。そのときだった。
━ この道のマンホールの下は、すでに昨日の深夜、我々が通路を確保した。今、その状態をお前に示しておく ━
 城水が着る背広の外ポケットが突然、異様な緑色の光を発すると、テレパシーを城水へ送り始めた。城水が足下のマンホールをに視線をやったとき、蓋はゆっくりと上昇し始めた。その中を城水が覗き込むと、不思議なことにスッポリと下水道が消え、トンネルが出来ていた。下方向へ緩(ゆる)やかな階段が付いていて、照明もないのに空間は不思議なオレンジ光に満たされ、明るかった。城水は、これがUFO編隊が着地している山麓に通じた穴か…と理解した。
[了解した]
 城水は、単にそうとだけテレパシーを返した。

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2016年4月27日 (水)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -59-

 動植物の種族確保計画の統括責任をまかされているのが城水の住む街近くにへ着陸したUFO編隊の指令だとは城水も分かった。だが、なぜ自分にそっくりの指令が、そんな重要な任務をまかされているのかが分からなかった。城水とは、そんなに重要で偉い人物だったのか? という疑問が沸々とクーロン化した城水に湧き出ていた。異星人として見た今朝までの城水の生活には、それほどの価値があるとは、とても思えない城水なのだ。
[…返答がないが大丈夫なのか、0号]
[あっ! はい。少し考えごとをしておりましたので、申し訳ありません]
[そうか…。寝てしまったのかと思ったぞ。そんな訳で、君にも協力を頼みたい。詳細はクローン[1]が手渡したと思うが、その物質が指示する。では…]
 指令からのテレパシーは途絶えた。聞き終えた城水は、いつの間にかまた深い眠りへと沈んでいった。
 指令が城水に伝えたように、任務の内容はすでに城水が受け取った球体のゴツゴツした物資内へ伝えられていた。その方法は人間が考える電波、磁波、音波とかの低レベルの手段ではなかった。すべてがテレパシーなのである。飛来した星団の異星人は、すでに高度な進化を終え、脳波信号による意思の疎通を可能にしていたのだった。それは異星人同士に限らないあらゆる生物、死物を網羅(もうら)していた。
 次の日の早朝、家族がまだ寝静まっている頃、城水が受け取った球体の物質は背広のポケットで緑色の光を発しながら輝き始めた。その光に誘われるかのように、城水は両眼を開いた。

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2016年4月26日 (火)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -58-

 彼等はそれぞれに捕獲袋を持っていた。この袋の繊維は地球上にはない物質で出来ており、伸縮自在で時空移動が自在な袋だった。袋が縮めば、確保された生物も縮むという具合である。その後、時空移動してUFO内に送られ、保管された。生物は動植物を問わず、異種の生物が対象になっていた。。城水がぐっすりと眠っている間にも、その地球規模の大異変が進行していたのだが、城水が住む街自体には何の変化の兆(きざ)しもなかった。街は静かに眠っていた。
[聞こえるか、城水0号]
 熟睡(じゅくすい)する城水に突然、テレパシーが送信された。城水は、ハッ! と目覚めた。
[はい!]
 里子に悟(さと)られては拙(まず)い。城山は横たわったまま微動せず、テレパシーを送り返した。
[就寝中、申し訳ない。緊急に伝えておくことが出来た。今、地球規模の変革が開始された。世界各地に下り立った各編隊への指令は、すべて私が行っている]
 城水は、そんなことはどうでもいい…と思えた。知りたいのは、地球規模の変革とは何なのか、だった。だが、そうは言えなかったから、思うに留(とど)めた。
 城水が知りたかった異星人による動植物の種族確保計画は、城水がUFO指令と会話している間にも、刻々と地球規模で進行していた。進行速度は人間が考えるほど緩(ゆる)やかなものではなかった。地球文明が目にしたことがない高度な文明が作りだした装置なのだから、それも頷(うなず)けた。

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2016年4月25日 (月)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -57-

 ここは、城水家の家前にある坂の下である。城水の家前の坂道は歩道も含め幅員(ふくいん)が約10mほどあった。この坂が縦方向に下降し、下り切った所でT字路になるという寸法だ。このT字路は、やや狭(せば)めで、歩道はなく、幅員は7m内外である。このアスファルト路面のマンホールが突然、無音で跳ね上がった。中から次から次へと現れたのは城水のクローン達だった。この光景を見れば、恐らく誰もが卒倒しただろう。それは当然で、すべての者が城水だったからだ。城水の家を密かに隠れて観察したクローン[1]の姿も、もちろん、この中にあった。その数は、ざっと30人は下らなかった。彼等はすでに申し合わされたように、何の迷いもなく四方八方に散らばっていった。最後のクローンが出終わり指を一本回すと、マンホールの蓋(ふた)はフワリと浮き上がり、無音で元どおり閉じられた。まるで、マジックか神技のような光景が深夜、城水家の坂下で起きていた。
 最後にマンホールから出たクローン[31]は停止したまま静かに両眼を閉じた。他のクローンの姿はすでに誰一人、見えなかった。
[全員、各部署の調査に向かいました。…はい、任務を続行いたします]
 指令のテレパシーが送られたあと、クローン[31]も闇の中へと消え去った。計31名のクローンには、それぞれ番号が付いているのだが、人間が見た目には、まったく違わず、区別がつかない。だが、異星人達には何番のクローンなのかをすぐ判別出来たのである。その31名はそれぞれに課せられた指令を果たすべく散っていったのである。彼等の目的は地球に存在する生物分確保にあった。クローンそれぞれに50種ずつの確保が義務づけられていた。

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2016年4月24日 (日)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -56-

 その日の夜半、城水の家から少し離れた山地に着陸していたUFO編隊の一部は、分散しながら飛び始めた。その姿を人間は視界に入れることはできず、シールドされた機影がレーダー網で追尾(ついび)される訳もなかった。その目的を城水は当然、知らない。知らされていないのは、城水に動揺を与えないよう・・という編隊指令の配慮である。その一部のUFOは山地伝いの別の場所へ集結し、密かに掘削(くっさく)を開始した。各UFOの前方部から照射された光線により、瞬く間に山地の樹木や地面は消滅していった。掘削されれば土や樹木が辺りに散乱するのが一般的だ。だが、その痕跡はまったく見えず、それまであった物質が跡片もなく消え去ったのである。その方向は城水の家前にある坂の下へと向かっていた。ポッカリと開いた山地の穴の中へUFOは少しずつ消えていった。早い話、UFOによるトンネル工事である。だが、騒音などは一切せず、静寂だけが深夜の山地を覆(おお)っていた。その目的が指令から城水にテレパシーで送られたのは、二日後、掘削が完成した後である。坂下への出口には階段状の通路が設(もう)けられ、マンホールから出られる構造に工作されていた。瞬時に完成されたその技法は、人間には不可能な高等文明のなせる業(わざ)だった。そんな大ごとが起きていることなど露ほども知らず、城水はすっかり疲れ切り、深い眠りの中にいた。公私ともようやく世間の生活に溶け込めるようになり帰宅した深夜だった。

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2016年4月23日 (土)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -55-

 編隊指令からのテレパシーが入ったのは、家の前の坂を下る車中だった。運転中のことでもあり、城水は保留した。携帯電話の運転中会話が道交法に触れる場合とは異なり違反とはならないが、やはり危険であることに変わりはない。城水は坂を下り切り、駐車場へ車を止めた直後、編隊指令へテレパシーを送り返した。
[あの…なにか?]
[ナニもコレもない。この星の動・植物園化計画が決定された。我々が14日後、この星を離陸して後、後続の大編隊が地球各地へ飛来する]
[なぜ、決定がそのように早く?]
[城水の家の前の坂の下に落ちていたゴミを回収し、分析した結果、地球人の思考方法に問題があることが判明した]
[それは、どのような?]
[思い上がった心理面の慢心である。この傾向はなにもこの国の人間に限ったことではない。世界各地で回収して分析したゴミからも同じ結果が得られている]
[私はどうすれば?]
[このまま任務を続行せよ。任務遂行後の行動は、前にも言ったように君の意思に任せる。では…]
 編隊指令からのテレパシーはプツリと途絶えた。城水は、こりゃ、ドエライことになってきたぞ…と不安を覚えた。とはいえ、城水としては、どうしようもなく、指令に従って生活を続けるしかなかった。

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2016年4月22日 (金)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -54-

「あら…今朝も早いわね?」
[ああ、まあな…]
 城水は里子の言葉にギクリとしたが、表面上は平静を装った。冷静さは、見破られない偽装工作の一つだった。突発時の対応策の一つ<暈(ぼか)し>突発時の対応策の二<口合わせ>に続く第三の矢<平静(シカト)>である。シカトとは、若者の間でここ数十年の間によく使われるようになった流行語で、無視することを意味する。よく言えば、軽く受け流し、何もなかったように平静に対応する所作である。指令から送られたデータには、そうしたこの国の社会知識なども含まれていた。
「パパ、おはよう…早いね」
 雄静(ゆうせい)が眠そな顔でキッチンへ現れた。新聞を読む城水は、やはり平静さを装った。
[ははは…早起きは三文の徳だ、雄静]
 城水はデータ知識で得ていた古い慣用句を使った。
「なに、それ? …」
 小学一年の雄静には分かるはずもなく、そのまま洗面台へと消えた。
 いつものように朝食が済むと雄静が家を出た。城水はそのあとしばらくして家を出た。雄静のあと家を出る・・という行動パターンはデータの一部として指令から送られていた。だから城水には、そう意識する必要もなかった。この行動パターンは城水にとって二日目だったが、詳細はデータで送られていたから、城水の中ではすでに馴染(なじ)んでいた。

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2016年4月21日 (木)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -53-

 その夜、里子が帰宅したとき、城水はすでにベッドへ潜(もぐ)り込んでいた。ただ一つ、クローンと化した城水には腑(ふ)に落ちないことがあった。星団から地球に派遣されたUFO編隊の最終目的が、宇宙に生息するあらゆる生命体の動・植物園計画の調査だという点である。指令からテレパシーで送られたデータには、この壮大な計画も含まれていた。もし、地球が適地と決定され、この計画が実践(じっせん)されたとすれば、地球で生息する多くの人間が極限まで消去されることは目に見えていた。一定数ずつを均等に残すという計画では、当然、絶対数の多い人間は消去されることになるのだ。その方法が殺戮(さつりく)によるものなのか、他惑星への強制移住、あるいは他の方法によるのかは城水も知らなかった。ただ、半月後に一端、地球を離れたUFO編隊が適地と判断されるデータを星団へ持ち帰れば、恐らく再飛来することは有り得た。そのときは、城水家という小さな問題ではなくなるのだ。地球規模の人類の危機が想定された。城水には、なぜ地球が宇宙生命体の動・植物園候補になったのかが腑に落ちなかったのである。他にも宇宙生命体が生存できる適地はあるはずなのだ。地球星だけがその候補地となっているのは理解できない。城水は眠れなかった。それでもいつの間にかウトウトと微睡(まどろ)んで、明け方には目覚めた。クローンと化してからは朝が早くなっていた。といっても、ここ数日のことなのだが、城水には家内のすべての事象、物といった生活環境に馴れ親しむ必要があったからだ。
 誰もいない早朝、身辺の雑用を済ませた城水、食事待ちの時を過ごすことにした。

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2016年4月20日 (水)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -52-

「うん! 同じバスに乗るからね。でも少し、話が合わないところもある」
[どんなところだ?]
「みんな、夏は外国へ行くんだって…」
 雄静(ゆうせい)は少し寂しそうな顔をした。データにはこの街一帯と城水家に生活の格差がある・・と送られていたから、その辺の事情は城水も心得ていた。
[外国か…。うちも外国へ行こうじゃないか]
「そんなこと言っていいの? ママが、お金がないから、うちは無理って言ってたよ」
 そんなことを小学一年のわが子に普通、言うかっ! と、里子の配慮のなさに城水は少し怒れたが、思うに留めた。城水家の家事情が、詳細に分析できていないなかった、ということもある。
[ははは…パパにもそれくらいの余裕はあるさ]
 城水はテンションをやや高くして言い切った。
「そうなんだ…。それよか、この前見た屋根上のUFOさ…」
[ああ、あの話か。たぶん、見間違いだろ。そんな訳、ないだろ?]
「うん、僕もそう思うけどさ。確かに見たよ…」
[ああ、分かった分かった…]
 城水は、取り合わないことにして話を流した。
 夕飯を終えると洗い物を片づけ、城水は多くを語らず書斎へ向かった。そんな城水の後ろ姿を雄静は訝(いぶか)しげに見送った。いつもなら、新聞に小一時間は費やし、じっくりと読み浸(ひた)る城水だった。

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2016年4月19日 (火)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -51-

[んっ? いや、なに…ど忘れだ、ははは…]
 城水は突発時の対応策の一つ、<暈(ぼか)し>を使った。テンションが低めだったから、こちらも少しハイへ上方修正した。
「そうなの? 若狭さんね、あの方、実はアレのコレのソレなのよ」
「アレのコレのソレって?」
「あなた…どこか悪いんじゃない。いつも分かってくれるじゃない」
「パパ、アレのコレのソレだよ」
「あらまあ! ゆうちゃんの方がお利口じゃない」
 城水は、すっかり守勢に立たされた。
[ああ! アレのコレのソレなあ]
 危うく感じた城水は、突発時の対応策の二、<口合わせ>を使った。本当のところ、さっぱり要領を得ず、分からなかったのだが…。
「そうなのよ。プライドが高いっていうかさ、負けん気が強いっていうか…」
[厄介(やっかい)なお方なんだな…]
 城水は里子の話で、いくらか理解度を増した。
「あらっ! いけない! もうこんな時間! あとはお願い!」
 里子は腕を見ると、慌(あわ)てて家を出ていった。城水は、ともかく里子の追及の手を逃れられ、ホッとした。
[この辺で雄静(ゆうせい)の友達はいるのか?]
 里子が作っておいたカレーをキッチンテーブルで味わいながら、城水はそれとなく雄静に訊(たず)ねた。

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2016年4月18日 (月)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -50-

 城水は改(あらた)めて里子の顔を見た。化粧を塗りたくったその顔は、この世のものとは思えず、異星人ぽかった。城水は、なぜかその顔が美人に見え、親近感が湧(わ)くのを覚(おぼ)えた。
 異星人だと見破られまいと意識する保身の心理が、いつの間にか城水の観察力を失(な)くしていたのである。
[分かった…。で、今頃からどこへ行くんだ?]
「嫌だわ、この前、言ったじゃない。奥様会よ」
 奥様会のことは以前、耳にして多少は認識していた城水だったが、その実態までは、まだ把握(はあく)していなかった。データに送信ミスがあったのか、奥様会の情報は含まれていなかったのである。
[ああ、そうだったか…。じゃあ、早く帰って来いよ]
「ええ…。お夕食会だけだから、早く済むとは思うけど…」
[けど? けど、なんだ?]
「この前、言ったと思うけど、高くつくかも…。若狭の奥様には負けられないわっ!」
 里子が珍しく息巻いた。
[ははは…]
 城水は若狭という人物を認識していなかった。これも情報データに送信漏れがあったのだ。完璧(かんぺき)なはずのデータ群に綻(ほころ)びが何か所もある。これでは、少なくてもあと半月をともにする生活の先行きが思いやられた。
[その若狭さんというのは?]
「あら? 言ってなかったかしら。銀行の頭取の…」
 城水の問いかけに、里子は怪訝(けげん)な顔をした。

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2016年4月17日 (日)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -49-

 分かれば、俺は何のためにクローン化したんだっ! と腹立たしくもなる。まあ、そう思っても、異星人化した城水にはどうしようもなかった。ここはひとつ、クローン[1]に残り約半月と言われた地球滞在期間を穏便に過ごすしかない。城水としては異星人と悟られないことが第一条件だった。そのためには、突発事態に馴れる必要があった。躱(かわ)す、スルーする、曖昧(あいまい)にする、暈(ぼか)す・・といった、あらゆる手段がいる。異星人と悟られれば、現在、留まっているUFO編隊にも影響が出る可能性があった。多くの仲間達に迷惑をかけるということは出来なかった。
 二人が玄関を上がると、里子が出てきた。
「あらっ? 珍しいわね。二人いっしょ?」
[ああ、偶然(ぐうぜん)出会ってな。なあ]
 城水は雄静(ゆうせい)を見て言った。
「うん、そうそう…。偶然って、どういう意味?」
 一年生の雄静には偶然の意味が分からなかった。里子は思わず小笑いした。当然、城水も笑うところである。だが城水は笑わなかった。というか、笑えなかったのだ。テレパシーで送られたデータは、小学1年の知能や学習程度はすべて細分化して城水の脳内へ収納されていたからだ。里子はそんな城水の顔を訝(いぶか)しそうに見つめた。
「まあ、そんなことはどうでもいいわ。二人とも、カレーが温(あたた)めてあるから、冷めないうちに早く食べてね。私、これからちょっと出かけるから…」
 そう言って靴箱から靴を出す里子はいつもの普段着ではなかった。

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2016年4月16日 (土)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -48-

[あっ、待て! 私が去るとして、どこで待てばいい]
 訊(き)き忘れたことがあった城水は目を閉じ、消えたクローン[1]へ、すぐテレパシーを送った。
[お前の家の前にある坂の下だ。…他に訊(たず)ねることは他にないか!?]
[ああ…]
 待つ位置はなぜ坂の下なのか…? という素朴な疑問が湧いたが、テレパシーの響きに少し怒りを感じ、城水は、疑問を訊ねることを断念した。
[では、よろしく頼む…]
 姿が見えないクローン[1]のテレパシーはそれで途絶えた。城水は車に乗り込むと、いつものようにエンジンを始動させた。
 帰宅すると、また雄静(ゆうせい)が表玄関の外で待っていた。
「パパにさっき会ったんだ」
[どこで、だ?]
「学校の前で…」
[そうだったか? 声をかければいいじゃないか]
「かけたよ。でも、お辞儀して、そのまま行ったじゃない。怪(おか)しいなあ・・とは思ったんだけどね」
 雄静は城水の顔をジロジロと舐(な)めるように見つめ始めた。
[何か考えごとしてたんだよ、ははは…。まあ、中へ入ろう]
 ここは誤魔化すしかない。城水は雄静を促(うなが)して家の中へ入った。城水を演じきるのも、なかなか大変だぞ…と城水は思った。城水なはずの城水が城水ではない訳だ。城水は城水として城水らしく生きたかったのである。その辺りの理屈は覚醒した今の城水にも分かった。

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2016年4月15日 (金)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -47-

 城水が至近距離まで近づいたとき、車の前ドア横に立つクローン[1]がテレパシーを送った。
[どうだった?]
 直接、話せばいいじゃないか…と、腹立たしく思えた城水は、[なにが?]とだけ短く返した。その間にも二人の距離は縮まり、目と鼻の先になった。
[当然、学校内のことだ…]
 クローン[1]は怒る様子もなく、冷静に口を開いて答えた。
[どうということはない…無事だ]
 そこは事実と少し違っていたが、城水は虚勢を張った。どうにかこうにか無事に済んだ…が本音だったのだ。
[そうか…それならよかった。指令にはそう伝えておく。明日以降もよろしく頼む]
[ああ。それはいいが、いつ地球を離れるのだ]
 城水がそう訊(たず)ねたとき、クローン[1]は徐(おもむろ)に腕を見た。腕には未知の計器らしきものが装着されていた。
[約、半月後だ。その前日、今朝、お前に渡した物質が知らせる…]
 クローン[1]は、やはり冷静に答えた。
[私は、どうすればいい?]
[それは以前にも言われたはずだ。この地に残るも我々とともに去るも、お前の判断次第である。では…]
 言い終えると、クローン[1]は透明になり、跡形もなく消え去った。

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2016年4月14日 (木)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -46-

「分かりました…。今日も一日、頑張ろう~~!」
 渋々、了解した到真(とうま)は、声を出して、両手の手首をブラブラと振り始めた。全員、がそれに従うようにブラブラと振る。水平のままだから、この場面を部外者が見れば、なんとも異様な光景なのだが、教室内の生徒達の顔は真剣だった。城水も幾らか遅れて手首を振った。
「はいっ! やめぇ~~!」
 到真がふたたび掛け声をかけて手首を振るのを止めた。すると、全員が続き、ピタリと手首の振られる光景が消えた。到真は両腕を下ろした。
「終わりっ!」
 そう言い終わると到真は着席し、全員が座った。城水は合わせるだけだった。
「あれっ? 先生…ここで出欠点呼でしょ?」
[ああ、そうだ…そうだったな。先生、今日は疲れてるんだ。ははは…]
 城水は笑って暈(ぼか)した。男子も女子も教壇に立つ城水の顔をシラァ~とした顔で見つめた。城水は、こりゃ、拙(まず)いと思い、急いで首席簿を開けると点呼を始めた。
 城水は、飛び来る弾(たま)を避(さ)けるような努力? でなんとか一日を凌(しの)いだ。帰りの駅に着いたときはすっかり疲れ、うたた寝で危うく乗り過ごすほどの睡魔に城水は襲われていた。城水は、飛び来る弾(たま)を避(さ)けるような努力? でなんとかその日を凌(しの)いだ。帰りの駅に着いたとき、うたた寝で危うく乗り過ごすほどの睡魔に城水は襲われていた。ふらつく足で駅を出た城水は、いつものように徒歩で展開していたのである。そこには、また有り得ない光景が城水の前に展開していたのである。駐車場に置かれた自分の車の前には、もう一人の自分が待っていた。クローン[1]だった。

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2016年4月13日 (水)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -45-

 到真(とうま)のデータも当然、送られていて、城水の脳内へ入っていた。だが、到真がどういう行動を起こすかまでは想定外なのだ。
「先生! 今朝はないんですか?!」
 全員が着席すると、到真が突然、訊(たず)ねた。
[何か、あったか?]
 城水にデータは入っていなかった。
[いやですよ、先生!]
 到真だけではなく、クラス中の生徒が笑った。突発した事態である。城水は顔では笑ったが、内心では冷や汗を掻いていた。
[ははは…、先生、最近、物忘れがひどくてなぁ~]
 ここは方便を使い、誤魔化すしかなかった。授業が順調に行く手はずは、データの集積で問題はない。だが、このような突発事態には城水の対応力はなかった。
「嫌だなぁ~、先生。いつものリラックスですよ」
[あっ! ああ…。あれな。じゃあ始めようか]
 始めるものなのか…と疑わしかったが、一か八(ばち)か城水は言った。すると、教室内の生徒全員が立ち上がり、両腕をを水平に上げた。城水は少し遅れ、見よう見まねで同じように両腕を水平に上げた。
「あれっ?! 先生、掛け声は?」
[ははは…ちょっと、声の調子が悪くてな。到真、お前やれ]
 到真は訝(いぶか)しそうに城水の顔を見た。

 

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2016年4月12日 (火)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -44-

 しばらくすると他の職員も職員室へ入り、恒例となっている早朝の職員会議、いや会議といっても報告や申し合わせ程度の短い時間があり、教員各自の授業準備となった。やがて、いつものように始業を告げるチャイムがなると、授業のある教員はそれぞれ職員室をあとにした。白鳥も城水も当然、職員室を出た。情報はすべて頭の中に入力されていたから、それほど慌(あわ)てることはなかった。ただ、テンションだけは注意しないと…と思いながら城水は教室へ向かった。城水の背広の左ポケットには例のゴツゴツした物質が入っていた。もちろん、この状況では光を発していないから、ただの石ころだったが…。
「それじゃ…」
 廊下の途中で城水は白鳥と左右に分かれた。低学年は教室が別棟(べつむね)だったのである。白鳥と別れた途端、ボケットに入った物質は緑色の光を発し、歩く城水へテレパシーを送った。
━ 余り、多くを語らないように… ━
 城水は無言で頷(うなず)き、[了解!]とだけテレパシーで返した。
「起立!」
 城水が教室へ入ると、いつもの展開が待っていた。ただ、今の城水にとっては初授業である。緊張感はなかったが、少なからず意識はしていた。突発事に備える意識である。知識データにない突発事態に、今の城水は弱かった。
「着席!」
 クラス委員の到真(とうま)はイケメンを意識した言い方で格好よく言った。これが、クラスの女子には不評だった。

 

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2016年4月11日 (月)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -43-

 すると不思議なことに、そのゴツゴツした物質は異様な緑色の光を発し、輝き始めたのである。瞬間、城水は静かに両瞼(りょうまぶた)を閉ざした。その光は城水に付加された情報をテレパシーで送り込んだ。城水が目を開けたとき、城水の知識の中に大聖小学校内のあらゆる情報が蓄積されていた。それは、ほんの数十秒の出来事だった。
「おはようございます!」
 若い美人教師の白鳥 鶫(つぐみ)が職員室へ入ってきた。城水は同じ鳥仲間気分で、親近感を彼女に抱いていた。決して下心があった訳ではない。城水の名も鳥雄だからだ。ただ、今の城水は覚醒して以降、過去の城水ではなかったから、ただの女教師としか白鳥が見えていなかった。1年を受け持つ白鳥は、息子の雄静の担任でもあった。当然、それはデータとして城水の知識の中にあった。
[おはようございます…]
 城水は単純に返した。そしてすぐ、しまった! と思った。またテンションが下がっていたのだ。顔は真顔で、笑えなかったことも失態だった。
「あら? …先生、今日は元気ありませんね?」
 白鳥は訝(いぶか)しげに城水を見た。
[いや、なに…。出がけに家内と喧嘩(けんか)しましてね、ははは…]
 城水はテンションを少しづつ上げながら作り笑いをした。
「なんだ、そうなんですか…」
 白鳥はニヤリと笑いながら流した。助かった…と、城水は内心で安堵(あんど)した。

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2016年4月10日 (日)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -42-

「まあいいや…」
 到真(とうま)とすれば、たちまち自分が困る出来事でもなかった。同じクラス仲間にはとても言えないし、今となっては幻(まぼろし)を見た・・とも考えられるのだ。先生が訊(き)きたいと言ったから早く登校したのに…と、到真は納得しながらも少し怒れていた。
 職員室へ入った城水は自分の机へと座った。位置はすでにテレパシーでデータ化され、城水へ送られていた。
[ここだな…]
 城水はデスク椅子へ座り、辺りを見回した。職員室の配置、構造、教師、その他の状況なども詳しく送られていたが、突発する事態には備えなければならない。何があろうとも、UFO編隊が地球を離れるまでの残余の日に、正体を見破られてはいけなかった。城水は徐(おもむろ)に腕を見た。職員達が登校するまで、まだ20分ほどあった。机の上の書類や机の中のものは一応、目を通す必要があると判断し、少しずつ目を通した始めたときだった。スゥ~っと突然、職員室へ現れたのは城水の様子を観察していたクローン[1]だった。
[これを渡しておくよう指令からの命令を受けた…]
 クローン[1]は早足で城水が座る席へ近づくと、ひとつの装置らしき物体を机の上へ置いた。物質は手の平に収まる程度の小さな球体で、ゴツゴツしていた。
[この指示どおりでいいんだな]
[そうだ…]
 クローン[1]は言い終わると、たちまち消え去った。城水は置かれた物質を手にした。

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2016年4月 9日 (土)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -41-

「先生。おはようございます! 今朝も早いですね」
[んっ? ああ…]
 城水は多くを話さなかった。そんな城水を遠目に見ながら、到真(とうま)は今日の先生は少し怪(おか)しいぞ…と思った。
「先生、どうかされたんですか?」
[いや、別に…。先生、変か?]
「そういう訳でもないんですけど、少し暗いから…」
 このとき、城水はしまった! と感じた。城水はテンションが高めの男だったことを、ついうっかり忘れていたのだ。悟られないよう無口にしよう…と集中していたことが返って逆効果となり、城水の性格を忘れさせてしまっていた。
[ははは…先生、疲れてんだっ]
 城水は低いテンションを、わざと昂(たか)ぶらせた。そして、こいつは危険だ…と軽く受け流すことにした。
 二人は校内へ入った。到真は廊下を折れて教室へ向かった。城水も後ろに従った。
「あれっ? 先生、職員室じゃないんですか?」
[おっ! いやいや、そうだったな…]
 登校後、すぐに職員室へ向かうマニュアル情報が、テレパシー送信のデータから欠落していた。慌(あわ)ててUターンした城水は職員室へ急いだ。早く来たのだから別に急ぐことはなかったのだ。到真は首を捻(ひね)って城水が立ち去るのを見ていた。あれだけUFO話を訊(き)いていた城水が、今朝は何も訊かないのも妙だった。

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2016年4月 8日 (金)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -40-

 車→約1kmの坂→駐車場→徒歩で駅→鉄道→学校・・と、すべては前日、城水の中へ記憶されていた。
 ここは坂道下の交番である。いつものように坂道前を藻屑(もくず)巡査と昆布(こぶ)巡査が警らしていた。毎朝の日課である。そこへ、坂道の上から城水が運転する車が下りてきた。いつもの見馴れた光景だからか、二人とも、さして気に留めず、笑顔で敬礼して見送った。そのときだった。
「あれっ? 何かあったんですかね、城水さん?」
 藻屑が訝(いぶか)しげに昆布に訊(たず)ねた。
「どうしたんだい?」
「妙ですね。今、城水さん、真顔(まがお)でしたよ…」
「真顔?」
「ええ、笑ってられなかった…」
「そりゃ、そういう日だって誰もあるだろう、君」
 昆布は老巡査の風格で返した。
「そんなもんですかね…。初めて見たなあ、城水さんの真顔。何かあったのかなぁ~」
「そんなこたぁ~どうでもいいんだよ、君。民事は不介入だったろ?」
「ええ、まあ…」
 藻屑は首を傾(かし)げたが、昆布の言葉で頷(うなず)いた。
 校門を潜(くぐ)る城水を待っていたのは、受け持ちの生徒、到真(とうま)だったが、この段階で城水は、まだそれを知らなかった。思えるのは、一面識もないこの生徒が、なぜこんな早く登校しているのか・・という疑問だった。

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2016年4月 7日 (木)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -39-

 その夜、異星人からのテレパシー交信がベッドで眠る城水に入った。里子は寝息を掻いて熟睡していた。
[君は余り無理をしないように。地球人達の生態分析は現在、着実に進んでいる。地球に残るほぼ半月の間(かん)に、なんらかの結論が下されるだろう。初期化をするか、そのまま飛び立つかは分析次第である]
[それ以降も私は地球に存在するのでしょうか?]
[その判断は君に任せる…]
[分かりました…]
 交信はプツリと途絶えた。そして、その日は終わった。
 次の朝である。覚醒してクローン化した日から、城水の起床は早くなっていた。この日も、里子より早く目覚めていたが、怪(あや)しまれるといけないと思え、里子が起き出して20分ほどして寝室を出た。
「あら! 今朝も早いわね。どうしたの? ここ、数日」
[ああ。いや、なに…健康第一。早起きは三文・・今に換算して数十円の得!]
「えっ?! なに、それ? まあ、いいか…」
 幸い、里子は軽く受け流してくれたから、城水は助かった。
 城水の学校での職務情報はすべてデータ化され、UFOからテレパシーで城水へ送られることになっていたから、その点の心配は城水にはまったくなかった。ただ、突発的な出来事が起きた場合が問題なのだ。今の城水は、何も知らない人間が、まったく未知の場所へ移動した状況とよく似(に)ていた。

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2016年4月 6日 (水)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -38-

今の城水は、家計にまったく疎(うと)かった。覚醒してクローン化するまではひと月、どれほどの生活費が必要かは、おおよそ分かっていた城水だが、今は皆目(かいもく)、見当もつかなかった。だいいち、すべての値段が分からないのだから、乳飲(ちの)み子同然だった。かろうじてテレパシーの交信により必要な情報は入手していたが、訊(たず)ねられれば即答は出来ず、この話も危うかった。
「少し高くつくと思 うけど、いい?」
[仕方ないだろうが…]
 口では渋々(しぶしぶ)、そう言った城水だったが、内心では高くつこうが、どうでもよかった。それより、一刻も早くあらゆる情報を認識せねば…と思えていた。
「よかった…」
[あなたの服は、ポーナスにするわね]
[それでいいよ…]
 了解した城水だったが、ポーナスの意味を知らず、ポーナスという安い服になったんだと思った。
[ははは…ポーナスは、いいよな]
「えっ?! は? で、でしょ?」
[んっ! ああ、そう。で!]
 城水は危うく難を避けた。避けはしたが、気分はしょぼく萎(な)えた。当たり障(さわ)りない会話というのも案外、難しいものだ…と、城水は冷静に判断し、口を開くのを最少にすることにした。

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2016年4月 5日 (火)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -37-

「この前、言ってた例のアレよ…」
[ああ、アレな…]
 初期化されクローンとなった城水には分かる訳もなく、適当に話を合わせるしかなかった。
「高くつくし、それとなく辞退したんだけどね…」
[ああ…]
「いいじゃないですか、お金のことなら心配なさらなくても・・と、こうなのよ!」
 メンツを潰(つぶ)された里子の怒りは、城水に浴びせられた。城水は話の内容から解析し、少し理解した。
[それは、あんまりだな…]
「でしょ! 頭にきたから、その心配はないんですけどね、つて言ったのよ」
[ほう、それで?]
 話は里子の独壇場になっていった。それも当然で、城水としては聞くほかはないのである。話の内容が皆目(かいもく)分からないのだから、下手(へた)に話せば、突っ込まれる危険性があり、危うい。
「だったら、いいじゃないですの・・と、こうよ!」
[ほう…]
「私だってメンツがあるでしょ。言ってやったわよ!」
[どう?]
「行きますわよ、行きますとも・・ってね」
 城水は、異星人的に冷静に判断し、結局、行くんかいっ! と思ったが、心に留めた。
[まあ、いいじゃないか、行けば…]
 城水は当たり障(さわ)りなく了解して流した。

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2016年4月 4日 (月)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -36-

 よくよく考えれば、多くのクローンがいる中で、なぜ自分だけが地球に残されたかが、城水には分からなかった。それに城水の体内で数十年も眠り続ける必要があったのか? という疑問も沸々(ふつふつ)と沸(わ)き起こるのだった。城水の両親が諸事情により地球へ我が子を置いて飛び去らねばならなくなったという詳細を、クローン化したとはいえ、まだ城水は指令から伝えられていなかった。
 翌朝、いつものように雄静(ゆうせい)はひと足早く家を出た。一本しかない通学バスが定刻に出るからだ。乗り遅れれば遅刻するのは目に見えていたから、さすがに雄静は目覚ましが鳴れば起きた。そのあと、いつもなら時差で城水が起きるのだが、この朝は雄静より早かった。城水の内心は完全に別人だったからである。別人が気も漫(そぞ)ろで早起きするのは当然だった。
「パパ、なにかあるの? 今朝は早いね?」
 歯を磨(みが)き終えて着がえも済まし、キッチン椅子へ悠然(ゆうぜん)と座る城水を見て、雄静は訝(いぶか)しげに訊(たず)ねた。
[ああ、まあな…]
 城水はひと言、暈(ぼか)し、テーブルに置かれた新聞を手にした。1時間ばかり前に起きた里子は、台所に立って朝食準備に余念がなかった。
「また、奥様会!」
 突然、里子が振り返って城水を見た。城水には何のことだか分からない。城水が黙っていたから、里子の追撃が始まった。

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2016年4月 3日 (日)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -35-

[パパ、疲れてるんだ…]
「そうなの? いいよ…。今、観察日記つけてるしね」
 雄静は城水の機械的な話し方を不審に思わず、小学1年生のあどけなさで了解した。
[悪いが、ママには言うなよ]
 城水は念を入れた。雄静は子供だからいいが、大人の里子には気づかれる恐れがあった。声も快活に話すようには注意したが、まだどこか、ぎこちなかった。多少のことはいいとしても、これから城水家での生活が続くのだ。星団へ帰還せねばならないタイム・リミットが約3週の20日だということは指令船の上官から伝えられ、城水は知っていた。いろいろな人間が暮らす生活物質を回収し、分析するのがその20日なのである。城水が覚醒したことで、人類の初期化は一応、停止された。だが、生活物質の分析結果によっては初期化もあり得るのだ。その最後の日までが20日、いや、すでに1日が経過していたから、19日の残余期間しかなかったのである。人間がナマズを飼う・・というペット思考も、すでに集積データ内に格納されていた。さすがに城水が飼っていたペットのナマズは怪(あや)しまれる恐れもあり、生活物質として回収されることは見送られた。
 クローン化した城水には家内だけでなく、残余が19日とはいえ、問題が集積していた。そのもっとも大きな部分が授業である。まったく知識がない者が生徒に授業が出来る訳がない。ある程度はデータは得ていた城水だったが、その圧迫感は尋常なものではなかった。

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2016年4月 2日 (土)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -34-

 城水は一瞬、ガラス窓に映る里子達を見た。幸い、城水は見られていなかった。城水は庭を見通せるガラス窓に背を向けた。
[ああ、大丈夫だ。ただ、今日は少し危うかった]
[なにがあった?]
[いや、報告するほどのことじゃない。私はまだ、覚醒(かくせい)したばかりだ。城水のほんの一部を知ったに過ぎない。城水はナマズを飼っている。私はナマズの飼い方を知らない]
 城水はテレパシーを返した。目を閉じた姿で同じ位置に立ち続けるのは尋常ではないからだ。背を向けていれば、家族からは夕焼けを見続けている・・くらいに映る。
[そんなことは、どうでもいい。私にはナマズとウナギは違うことくらいの知識しかない。私は今日で一応、任務を解かれた。君が覚醒した以上、観察の要がないからだ。あとは、よろしく頼む]
 クローン[1]は玄関の外にいた。
[分かった…]
 城水がテレパシーを送ったあと、クローン[1]は跡方(あとかた)もなく消え失せた。城水は水槽に飼われているナマズに不安を感じた。
 夕食前、城水は里子に気づかれぬよう、こっそりと雄静(ゆうせい)を呼び寄せた。
[雄静君、ナマズの餌やりは頼んだ]
「雄静君って、パパ?」
[い、いや。ははは…雄静、頼んだ]
「それは、いいけど。でも、どうしたの? パパ。いつも楽しみにしてるじゃない」
 雄静は訝(いぶか)しげに城水を見た。

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2016年4月 1日 (金)

SFコメディー連載小説 いつも坂の下で待ち続ける城水家の諸事情 -33-

 3時頃には、いつものお茶休憩が入るのが城水家の日常である。
「あのさぁ~。最近、坂の下、綺麗だと思わない」
 里子がクッキーを頬(ほお)ばりながら、とんでもないことを言い出した。城水は危うく口にしたシナモン・ティーを噴き出しそうになった。最近・・坂の下・・綺麗・・城水の脳内は、ただちに里子の言動を分析し始めた。脳内に図式や数値が飛び交った。その結果、これは、送られたデータにはない突破事項である・・と脳は判断した。そして、とりあえず暈(ぼか)せ! と、城水自身に命じた。
[…ああ]
「ここ、ひと月ほど前からなのよね」
[誰かが掃除してんじゃないか]
 城水は恍(とぼ)けて、そう言った。
「そうなのかしら? …」
「きっと、そうだよ、ママ」
 そこへ雄静(ゆうせい)が割って入り、里子は納得して頷(うなず)いた。城水としては雄静のひと言は助け舟になった。すでに城水はクローン化して以降、指令からのテレパシーを傍受(ぼうじゅ)出来たから、その事情は知らされていた。だが家族に話す訳にはいかない。飽くまでも自分は異星人ではなく、城水自身であり続けねばならなかった。それが里山家の城水に与えられた指令だった。
 その後は何事もなく、クローン化した城水は無事に城水を演じ切った。夕方になり、城水が庭へ出たときである。
[私は[1]だ。覚醒したようだな]
 城水家を観察するクローン[1]から城水にテレパシーが飛んだ。

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