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2016年7月

2016年7月31日 (日)

ユ-モア短編集 [第31話] 転んだあとの杖(つえ)

 満山(みつやま)商店は、ついに閉店した。店主、満山はよく頑張った。必死に数十年、養蜂業を営み、数百群の蜜蜂を育て、そして彼らにも頑張ってもらい、せっせと蜜を集め、それで店を切り盛りしてきたのだ。
「残念ですが、今年は…」
 悲しい電話が飛び込んできたのは、つい先だってである。次に養蜂先として予定していたとある地方の土地が売却され、工事が始まったという知らせだった。その土地は菜種の黄色い花が咲き乱れ、辺(あた)り一面が菜の花畑だったのである。当然、多くの蜜蜂が飛び回っていた。工事が始まると、土地は埋め立てられ、農業も終わりとなる。それは、土地での養蜂の終わりも意味した。僅かに数人の店ながら、満山はそれなりに切り盛りしてきたのだった。満山は養蜂の才はあったが、経営はズブの素人だった。養蜂業の継続を断念させたのは、なにもこの土地問題だけではなかった。数ヶ所で蜂場を巡る人間関係のトラブルが出たのである。それも連続してだったから、これには流石(さすが)の満山も堪(こた)えた。結果は言うまでもなく、閉店である。この辺が潮時か…と満山は思うようになった。先読みして、転ばぬ先の杖(つえ)で別の土地を当たっておけばよかったのかも知れない。だが、転んでしまったものは仕方がない。閉店したあと、満山は蜂をすべて売却し、僅(わず)かな蓄えともに従業員の第二の人生の足しにと分け与えた。独り者の満山に数万円以外、何も残らなかった。満山はそれで杖を買った。最近、めっきり足腰が脆(もろ)くなっている自分に気づいてはいたのだ。転んだあとの杖である。満山は今、年金暮らしで細々と生計を立て、過去の豊かだった自然を振り返っている。

                        THE END

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2016年7月30日 (土)

ユ-モア短編集 [第30話] 易者(えきしゃ) 

 川久保純一は悪夢の束縛(そくばく)から逃れたいと足掻(あが)いていた。誰に強制されたものでもなかったから、余計、始末が悪かった。過去にこんな気分に陥(おちい)ったことはなかったから、何かにとり憑(つ)かれたんじゃないか? と川久保は思った。このまま、というのも気分が悪い。川久保は占ってもらうことにした。
 夕方、街へ出て路地裏を探していると、易と書かれた古風で四角い行燈(あんどん)を机に置き、易者風の老人が座っているのが見えた。頭に頭巾(ずきん)を被(かぶ)り着物姿の出(い)で立ちの老人は、見るからに易者(えきしゃ)という風貌(ふうぼう)だった。
「占ってもらえますか?」
 川久保は近づくと、易者にポツリと訊(たず)ねた。
「どうぞ…」
 易者は快(こころよ)く了解した。川久保は椅子へゆっくりと腰を下ろした。
「手を…」
 易者に言われるまま川久保が手を差し出した途端、手を取った易者の表情が俄(にわ)かに険(けわ)しくなった。
「これは、いけません! いけませんぞぉ~。いけません、いけません…」
 川久保には、何がいけないのか分からない。
「あの…なにが?」
 川久保は恐る恐る易者に訊(き)いていた。
「えっ? ああ…すみません、こちらのことで。お恥ずかしい話しながら、少し催(もよお)しましてな、ははは…。この辺(あた)りには、ご不浄がない。困ったものです…」
 易者は低い小声で言った。それにしては落ちついている…と川久保には思えた。
「大丈夫ですか?」
「いやなに、峠は越しました。もう、大丈夫、ははは…」
 何が大丈夫だっ! と川久保は少し怒れたが、思うに留(とど)めた。易者は、もう一度、川久保の手を取り直し、もう片方の手に持った天眼鏡を近づけ、シゲシゲと見た。
「ほう! ほうほう! ほう!!」
 何が? と、川久保には、また思えた。
「どうされました?」
「ご安心めされよ。悪夢を、もう見られることはないでしょうぞ」
 ひと言も言ってない川久保の悩みが見事に当たっていた。川久保は易者が空恐ろしくなった。
「これをお持ちなされ」
 易者は川久保に一枚の小さな紙を渡した。川久保は、その紙を背広の内ポケットに入れ、見料を支払うと椅子を立った。
 それ以降、川久保は嘘(うそ)のように悪夢を見なくなった。これで終われば話はオカルトなのだが、話には続きがあった。
「先生! 有難うございましたっ!」
「いやなに。これも人助けですからな、ははは…。それにしても不思議ですなぁ~。あの紙、効きましたか?」
 易者は川久保の母から頼まれたのだった。川久保は母にうっかり愚痴っていた。

                      THE END

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2016年7月29日 (金)

ユ-モア短編集 [第29話] 満員電車

 鴨田葱夫は今朝も通勤電車に揺られていた。かれこれ20年は、しっかりと揺られ続けている。彼ほどになれば、立って寝ることなど朝飯前だった。最近、ふと車内で目覚めたときなど、人は立って眠れるものか…と、自分の能力に驚いたほどだった。そんな鴨田だったが、今朝は、のっぴきから前の客が降り、久しぶりに座ることが出来るという運のよさを得た。立ったまま小1時間、揺られるのと、座って揺られているのとでは、疲れに雲泥(うんでい)の差が出る。そんな座席に座った鴨田だったが、今朝も立ったときと同様、いつしかウトウトしていた。フッ! と目覚め、気づけば3駅ほど先まで乗り越しているではないか。鴨田は慌(あわ)てて唐突(とうとつ)に立ち上がった。
「す、すみません! お、降りますので…」
 鴨田は前で立つ乗客にそう言って席を譲ると、人を掻き分けながら乗降ドアへ急いだ。
 ようやく会社へ着いたとき、鴨田は、すでに遅刻していた。
「あれっ? 課長じゃないですかっ! 珍しいな…遅刻ですか? 休まれるのかと思ってましたよ…」
 係長の鍋山が怪訝(けげん)な面持ちで鴨田の顔を窺(うかが)った。まさか電車の一件を部下には言えない。
「ははは…ついね。俺も焼きが回った!」
 快活に笑いながら暈(ぼか)し、鴨田は方便を使った。閻魔さまにコンニャク詣(もう)でするほど嘘(うそ)が嫌いで裏表がない鴨田だったが、ここは致し方なし! と内心で結論した。
 一日が終わり、鴨田は帰りの電車に乗っていた。帰りも混んでいて満員だった。よくよく考えれば、鴨田が乗るのはいつも満員電車で、その中で立っていたのである。
 鴨田は疲れからか、いつしかウトウトと微睡(まどろ)んでいた。だが、微睡んでいても立っている安心感が鴨田にはあった。事実、ハッ! と目覚めたとき、降りる駅ホームが目の前に流れていた。
「白滝(しらたき)~~」
 鴨田は寸分の狂いもなく、電車を降りた。改札口へ歩きながら、俺は座れん座れん…と、鴨田は何かにとり憑(つ)かれたように、心で叫んでいた。
 鴨田が駅を出たとき、いつも見る小料理屋、味良(あじよし)の美味(うま)そうな鴨鍋の看板(かんばん)が目に入った。 危(あぶ)ない危ない…と、鴨田は危うく鴨葱になるところだった自分を戒(いまし)め、ニヤリとした。

                    THE END

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2016年7月28日 (木)

ユ-モア短編集 [第28話] 奇妙な忍者

 戸沢は、伝説上、戦国時代の忍者の師として有名な戸沢白雲斎の子孫である。子孫だからとはいえ、現代社会で忍者は調法される存在ではない。今はしがない役所勤めに明け暮れていた。そんな戸沢だったが、一応の忍び術は修得していた。それは先祖代々、家伝として親から子、子から孫へと引き継がれたものだった。戸沢も例に漏れず、幼い頃から父にしごかれ、最低限のことは伝授された。だが今の時代、一部のアトラクションとしての忍者の活躍は知られているが、一般には活躍する場がないのが相場である。戸沢も忍者修行を、とても一生の仕事には出来ない…と、塾の習い事のように軽く考えていた。そんな戸沢も、やがて成人し、役所への就職が決まった。仕事は、人事考課が低かったせいか、誰でも出来そうな生活環境部のとある課のとある係だった。誰でも出来そうな・・といえば誤解を与えるが、たまに欠伸(あくび)も出る退屈な仕事だった。戸沢は欠伸をしながら考えた。忍者技を何かに生かせないだろうか…と。その機会は、ふとしたことで訪れた。
「あっ! 戸沢君。悪いがね、昼までに至急、頼む」
 課長の投動からの急ぎの依頼は蜂の駆除だった。誰もが嫌がる手合いの仕事だった。だが戸沢は逆で、ついに出番が来たか…と、内心でニヤけた。それが、つい言葉と顔に出た。
「はい! 行ってきます!」
 課の全員が怪訝(けげん)な面持ちで戸沢を見た。そして、庁舎を出るや、戸沢は疾駆し、目的の家へと着いた。ここからが忍者の腕の見せ所である。秘術を使い、蜂を巣ごと凍らせ退治したのである。退治とはいえ、これも秘術により人気(ひとけ)のない山肌の木影に置くと、少し離れて印を結んだ。すると、あら不思議、凍結していた巣や蜂達は、何事もなかったかのように飛び回ったのである。もちろん、そのときに戸沢の姿は山肌から失せていた。その間、およそ10分にも満たなかった。普通人間には出来ない離れ技だった。そしてまた疾駆して庁舎へ戻った戸沢は、息も切らせず、投動に報告した。全員の視線が戸沢に釘づけになった。
「ええっ! もう? 嘘だろ?」
 信じられないのか、投動は時計を見て言い、依頼者へ電話した。
『ええ! お蔭さまで、こんなに早く…。ええ! お世話になりましたっ!』
 受話器から聞こえる依頼者の快活な声に、投動はゾォ~~っとして戸沢を見ようとした。だがそのとき、戸沢の姿は、すでに課になかった。
「おい! 戸沢君はどうした?」
「ああ…食堂で昼にするって、上がりましたけど…」
 このことがあってから戸沢は、奇妙な職員として、皆から一目(いちもく)置かれることになった。戸沢が忙(いそが)しくなったのは当然である。だが彼は、ちっとも苦にしていなかった。それどころか水を得た魚のように、今日も奇妙な忍者として役所の蔭(かげ)で暗躍(あんやく)している。

                      THE END

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2016年7月27日 (水)

ユ-モア短編集 [第27話] チキンレース

 地球の命運をかけたチキンレースが両者の間で繰り広げられていた。その両者は、現実には存在しない二つの壮大な意識だった。両者の競い合いは、有史以前から始まり、恐らくは未来も続くだろうと思えた。両者とは、人間が対立を意識して対峙させる黒と白というのではなく、天と地という意識でもなかった。人智の及ばない壮大なチキンレースの一つは今朝も、咲川家でさっそく始まっていた。
「ここに置いたジュース、知らないか?」
「なに言ってるのよ。昨日(きのう)、飲んじゃったじゃない!」
「…そうだったか? おかしいな?」
 咲川は妻の美奈にそう言って、首を傾(かし)げた。普通に考えれば、物忘れによる単純な勘違い・・である。だがその裏には、壮大な地球規模の意識と意識がぶつかり合うチキンレースが秘められていたのである。
 意識αは意識βの目論見(もくろみ)を阻止させるべく、咲川に物忘れをさせる・・という新手(あらて)に打って出た。意識βもお馬鹿ではない。そんな思惑はすでに読み切っていて、しまった! 先を越されたか…と、悔(くや)しがった。そして次の返し技のチャンスを必死に探(さぐ)った。
 その両者のレースを厳粛(げんしゅく)に見定める目に見えない力がもうひとつ存在した。意識を超越した崇高(すうこう)な真理∞である。その真理∞により宇宙は動かされている・・といっても過言ではなかった。それは、壮大とかの尺度(しゃくど)を超越する絶対的な無限の力だった。真理∞は、冷めた目で意識αと意識βのチキンレースを眺(なが)めておられた。真理∞は、咲川の物忘れを哀れにお思いになり、ここはひとつ、なんとかしてやろうか…とお考えになった。よくよく考えれば、チキンレースに値(あたい)しない馬鹿馬鹿しいレースである…とも思われた。
 咲川家の居間に一陣の風が吹き抜けた。
「ああ、そうだそうだ! そうだったな!」
 急に思い出したのか、咲川が叫ぶように言った。
「そうでしょ!」
 美奈がすぐに‎返した。
『…』『…』
 意識αと意識βによる咲川家でのチキンレースは、この瞬間、頓挫(とんざ)した。両者は、なんだ、やめようか…と咲川家からソソクサと撤収(てっしゅう)した。

                       THE END

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2016年7月26日 (火)

ユ-モア短編集 [第26話] 居酢屋(いずや)

 田坂源吾は仕事を終え、よく寄る場末の居酒屋・魚飛(うおとび)の入り戸を開けた。
 馴染(なじ)み客と見え、魚飛の主人、竿田(さおた)は、田坂が戸を閉めた瞬間、手馴れた仕草でキープしてある田坂の一升瓶を手にした。
「いつものですね…」
 竿田の言葉に田坂は軽く無言で頷(うなず)いた。それを見て、竿田は瓶の栓(せん)を抜くと長コップに液体を注ぎ入れた。そして、これも手馴れた要領で氷の幾つかを放り込んだあと、少しの冷水で割った。一連の所作は実に優雅で早く、田坂が腰を下ろしたカウンター席の前へゆっくりと差し出して置いた。長コップの中味は薄黒い液体の黒酢だった。黒酢の水割りである。田坂は意識せず、さも当たり前風に手にすると、三分の一ほどをグビグビ…っと一気(いっき)に飲み干した。そして、フゥ~~! とひと息、吐(は)きながら満足げな顔をした。これが、いつも繰り広げられる田坂の魚飛での幕開けだった。そうこうするうちに、竿田により小奇麗(こぎれい)に盛り付けられた美味(うま)そうな小皿の突き出しを竿田が出す。箸は竿田が拘(こだわ)って入手した割り箸(ばし)である。間伐材を利用して知人が作った野趣あふれる割り箸だ。使用後の割り箸は、山で木灰としてリサイクルされ、樹木の肥料となる。唯一(ゆいいつ)、田坂が口にする酒的なものは、このアルコール消毒された割り箸くらいで、田坂は一滴(いってき)も酒を口にしたことはなかった。もっぱら、黒酢の水割りやお湯割りに田坂は満足感を覚えた。二杯が限度だったが、酔いもなく、完全な薬膳だった。何を隠そう、居酒屋・魚飛は、酢通(すつう)が満足感を味わう異色の居酢屋(いずや)・魚飛だったのである。 
 

                      THE END

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2016年7月25日 (月)

ユ-モア短編集 [第25話] 苔(こけ)が蔓延(はびこ)る男

 谷山寺男は敏感な男である。彼の身体には気分的な心地よさの温度、湿度が設定されていて、それ以下でもそれ以上でも体質に合わず、気分が損(そこ)なわれた。むろん、絶対に定まった℃や%でなければ駄目だという異常体質ではなく、℃~℃、%~%という幅はあった。谷山に適した℃~℃、%~%とは、湿っぽい陰湿な温度だった。いつしか彼の肌には苔が蔓延(はびこ)った。普通の人間がそんな彼を見れば、気味悪いやつだ…と思えたから、谷山は出来るだけ人目や人の出入りする場所に存在することを避けた。仕方なく人けの多い繁華街を出歩くときなどは、完全に姿を隠して歩かねばならなかった。それは、芸能人が姿を隠すソレではなく、完全に肌の露出を避ける・・といった具合の隠しようなのである。そんな奇妙な恰好(かっこう)で繁華街をうろつけば、これはもう警官に不審尋問されても仕方がない。で、事実、谷山は呼び止められた。
「もし! どちらへ行かれるんですか?」
「どこ、ということもないんですが…それが、なにか?」
「い、いえ…。ただ、そ、その格好で?」
 交番の警官は、ジロジロと谷山を見た。苔が蔓延(はびこ)る谷山の姿に異様さを感じた警官は、怯(ひる)みながら訊(たず)ねた。
「ええ…駄目ですか?」
「い、いや、別に駄目というんじゃないんですがね」
 警官は、しばらく谷山を見回したあと、訝(いぶか)しげに敬礼して去った。谷山が歩いた痕跡には、次の日から苔が生え始めた。法律に抵触しない民事事件に警察は手古摺(てこず)った。
「捜査といっても、実害がないからなぁ~~」
 署長は大欠伸(おおあくび)を一つ打って、却下した。
 
                      THE END

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2016年7月24日 (日)

ユ-モア短編集 [第24話] 偶数奇数

 白樺(しらかば)並樹は、名が体を表すとおり、実直な庭師である。この男、妙なことに拘(こだわ)りを持っている。一日の仕事内容を、すべて偶数奇数で決めるのである。例えば、¥1,000で昼のコンビニ弁当を買い、おつりが偶数なら偶数本の樹木を庭に植え、奇数なら奇数本を植えつける・・といった類(たぐ)いだ。そんなことで、施主を満足させる造園が出来るのかという疑問も生まれるが、白樺はそれを見事に成し遂げ、多くの収入を得ているのだ。変人か? といえば決してそうではなく、ある種の天然ながら、世界的にも数少ないカリスマ庭師だった。外国の場合は、ゴルフ場の設計も手がけ、いや、完成まで拘り通した・・と言った方がいいだろう。造園中、偶然、最初に目にとまったPAR5の文字で、このホールには五本をドコソコに…と配置して指示し、完成させたくらいだ。それがまた、見事に絵になって、プレヤー達を満足させたのだから驚きである。こんな白樺にも弱点があった。循環小数、分かりやすく言えば、円周率3.141592653589793238462643383279…とかの割り切れない数字に弱かった。偶数奇数に拘るあまり、ずっと計算を続けたこともある。
「親方、もう日が暮れます…」
 弟子職人の一人が呆れ顔でそう言って促(うなが)した。白樺は、頭で計算をし続けていたのである。
「おっ! そうか…。今日は、やめだ! 明日(あした)、明日! 撤収~~!!」
 白樺は叫んだ。このように、いっこう指示されないまま一日が無駄に過ぎ去ったケースの造園もあった。恰(あたか)もワンカットに拘る映画監督と似通っていた。多くの弟子職人は仕方なくガヤガヤ…と引き揚げた。ついに、偶数奇数への拘りが高じた白樺は、数学の権威者の大学教授の助手になっていた。異色の庭師を兼務する助手だった。

                       THE END

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2016年7月23日 (土)

ユ-モア短編集 [第23話] お天気係

 ここは天界である。朝からワイワイと賑(にぎ)やかにざわついているのは、天界の神さまの子供達だった。
「はいはい! 皆さん、お静かに…。あなた方はこれから天界を背負って立つ神さまの卵なんですから、出来の悪い人間の真似をしてはいけませんよ。いつも、楚々(そそ)として冷静であることに努(つと)めなさい」
「はぁ~~~いっ!!」
 元気のある大きな返事が雲の建物内に響いた。建物は周囲すべてが雲の壁で出来ていて、ところどころに開(あ)いた窓からは下界の様子を望むことが出来た。
「では、さっそくですが、新しいお天気係を決めることに致しましょう」
 神さまが子供達に言った。実は、数年前からお天気係が病気で雲隠れしていたのである。神さまの世界の数日は下界の数年に当たる。感覚が、まったく異なるため、ここ数年、下界では季節外れの天変地異により被害が続出していた。神々は、このままでは捨て置けぬと深く憂慮(ゆうりょ)され、教育係の神さまに指示されたのだった。天気係は古来より神さまの子供達に任(まか)されていたから、勉強前に決める話が教育係の神さまから出たのだった。決定はすぐ、なされた。それも全部の意思によって、である。人間のような6割程度の投票者により決定されるといった無意味なことは神さまの世界ではなかった。
「では、今日からお天気係をやります!」
 新しいお天気係はみんなの前にスゥ~っと進み出て、軽く挨拶をした。
 その瞬間から、下界のお天気は、ほぼ平年並みへと戻(もど)された。ほぼ、というのは、不馴れによる不手際のためである。
 余談ながら、病気で雲隠れしていたお天気係が復帰してからのお天気は、完璧(かんぺき)に修復されたということである。めでたし、めでたし…。

                        THE END

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2016年7月22日 (金)

ユ-モア短編集 [第22話] まあまあ

 世の中は、まあまあで成り立っている・・と考えて生きているのが商社オーロラのキャリア・ウーマン、城永(しろなが)日沙代である。小難(こむずか)しく言えば、━ すべからく中庸(ちゅうよう)をもって良しとす ━ という格言どおりに生きている、ということになる。彼女には押しも押されぬ会社の顔として、多くの契約を纏(まと)め、他社との良好な関係を築いてきた実績があった。頭の切れは抜群で、大手商社の女性社員としては破格の営業部長職に就任して久しかった。まあ、男女雇用機会均等法の力が少なからずその登用に力を貸したということも、なくはない。そんな日沙代だったが、彼女は次期取締役候補の一人にも上(のぼ)っていた。
「あら? 今日は、まあまあのご出勤ね」
 会社の玄関[エントランス]で出食わした販売部長の吉川(よしかわ)学に嫌(いや)みとも取れる朝の挨拶をし、日沙代は営業部へと急いだ。ただ、彼女の言動は嫌みでもなんでもなく、平均値に近いから、まあまあ…と言った言葉だったのである。前日の、いや、ひと月の吉川の出社時間は、日沙代の脳内に格納されていて、言葉の裏には出社時間の平均値が存在していたのだ。日沙代は万事が万事、この調子だった。
「部長、月星商事の株価、どう思います?」
 第一営業課長の早川秀男が息を切らしてバタバタと部長室へ飛び込んできた。二日ほど前から俄(にわ)かに月星商事の株価は値上がりしていたのである。その報告にも日沙代は動じなかった。すでに彼女はその訳を分析し、読み切っていた。
「あら! いいじゃない。まあまあよ…」
「どういうことです?」
「吉川君、まあ一週間、待ちなさいよ、反転するから」
「はあ…」
 自信ありげな日沙代の言葉に吉川は喉(のど)を弄(いじ)られた猫のように大人しくなり、ゴロゴロ…とUターンした。大空物産の月星商事へのM&A[戦略的合併回収工作]は日沙代蜂のひと刺しで頓挫(とんざ)したのだった。こんなことは朝めし前の日沙代である。
「まあまあだわ…」
 自分の読み筋は、ほぼ当たっていた。早川が出て言ったあと、日沙代は部長席に座りながら、そう呟(つぶや)いて好きなアメちゃんを口へ放り込んだ。ひと月ほど前、出張した大阪で、日沙代が偶然、知ったおばちゃんの味だった。
「まあまあだわ…」
 この場合のまあまあは、まあまあの味だった。 

                       THE END

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2016年7月21日 (木)

ユ-モア短編集 [第21話] 解釈

 ここは国会の衆議院特別委員会である。朝から昼の休憩を挟(はさ)んで、あ~でもない、こ~でもない・・と与野党の論戦は続いていた。ある法律の成立に伴う解釈の相違による、あ~でもない、こ~でもない論争だった。これを見ている国民、いわゆる一般視聴者は、どうたらこうたら言(ゆ)うてるでぇ~・・あるいは、どうのこうのと言ってらい!・・的に冷(さ)めた目でテレビを観ていた。円藤久彦もそうした一人である。円藤は室内の心地よい暖かさで、テレビ中継を観ているうちに、いつしかウトウト眠っていた。
 気づくと円藤は議員として衣倍(いべ)総理と対峙(たいじ)して座っていた。
「円藤久彦君…」
 委員長の飽きたような声がした。総理が答えて座ったから、仕方なく君を指名する・・感がなくもなかった。名指しされた円藤は一瞬、躊躇(ちゅうちょ)した。だが、上手(うま)くしたもので、円藤の前机の上には答弁用の原稿があった。何のことか意味はまったく分からなかったが、円藤は質問原稿を棒読みしていた。衣倍総理や大臣達、加えて同じ側の与野党委員が訝(いぶか)しげに自分を見つめる様子が、円藤の目に飛び込んできた。今までと明らかに違う部外者を見るような眼差(まなざ)しだった。
「衣倍内閣総理大臣…」
 また、委員長のおざなりな眠い声がした。だがその声は円藤にとって救世主の声だった。部外者を見るような眼差しは消えた。
「あなたはA’の危険性があるとおっしゃる。しかし私達は、そのA’の危険性は国民生活を守る上で仕方がない行為だと受け止めています。もちろん、従来の見解は踏襲(とうしゅう)を致しますが…(略)」
「円藤久彦君…」
 委員長は欠伸(あくび)しそうになり、危うく押し止めながら言った。
「いや、そこが違うんです、総理。AがA’を引き起こせば、これはもう、はっきり言って戦闘ですよ。それはダメでしょ!?」
 いつの間にか円藤は議員になりきっている自分に気づいた。スラスラと分からないのに言えたからだ。円藤が腰を下ろすと、また委員長のおざなりな声がした。
「衣倍総理大臣…」
「だから、そういう場合は、行かないんですよ」
「行かないなら、それでいいじゃないかっ!」
 野党委員から野次が飛んだ。
「静粛に!! 円藤君!」
 委員長は、久しぶりにハッキリした声で強めに言った。
「そうですよ、総理。行かないなら、私の解釈と同じじゃないですかっ!」
「衣倍総理…」
「あなたの解釈と私の解釈は違うんです」
 円藤は座った席で笑いながら顔を横に振って衣倍総理を見た。総理が腰を下ろした途端、委員長が完全に目覚めた声で言った。
「解釈は同じだと私は思います。不測の事態に対する認識が違うんじゃないですか? …失礼。審議を進めます。円藤君」
「そうですよ、総理。今起きるときだと私も認識します」
 円藤は、そのときハッ! と目覚めた。テレビの国会中継は、まだ続いていたが、いつの間にか質問する委員が変わっていた。円藤は、なんだっ、解釈じゃなく委員が変わったのか…と、つまらなく思った。

                       THE END

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2016年7月20日 (水)

ユ-モア短編集 [第20話] 財布

 串柿(くしがき)久司は働けど働けど、いっこう金が溜(た)まらない金運のない男だった。これだけ働いたんだから、かなり入ってくるに違いない…と思えば思うほど、身入りは少なかった。
 仕事の帰り道、人けのない舗道の隅で立ち止まり、串柿は怨(うら)めしげに背広の内ポケットに入れた財布を取り出した。そして、ジィ~~っと中身を眺(なが)めた。中には出がけに入れた食事代と万一を考えての数千円の札、それと硬貨の数枚しか入っていなかった。通勤はスイカで事足りていた。これじゃな…と、串柿は思った。いや、思えた。そのとき、空から天の声がした。
━ アンタの財布は底が破れてるよ、ははは… ━
 笑い声が消えた空を串柿は見回したが、誰の気配もなかった。当然だ、たぶん空耳(そらみみ)だろう…と串柿は思ったが、一応、財布の横や底の破れを確認した。やはり、どこにも破れは見つからなかった。そのとき、また空から同じ天の声がした。
━ アンタの目には見えないが、破れてるよ、ははは… ━
 ふたたび笑い声がして静かになった空を、串柿は必死に追った。だがやはり、誰の気配もしなかった。しばらくして、串柿が歩き始めたそのとき、舗道の下に財布が落ちていた。
━ ははは…その財布、よく働くアンタにやるよ。破れてないから、アンタ、金、溜まるよ、たぶん。ははは… ━
 串柿は財布を手にすると、ポケットの財布と中身を入れ替え、空(から)にした自分の財布を拾った財布が落ちていた場所へ置いて立ち去った。その後、串柿は不思議なことに金運に恵まれ、億万長者になった。

                        THE END

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2016年7月19日 (火)

ユ-モア短編集 [第19話] 演歌な女

 恵まれた境遇に生まれたにもかかわらず、することなすこと、すべてが裏目に出るという薄幸の女がいた。彼女の名は名からして悲劇を連想させる奥山侘枝(わびえ)という。いつしか人は、彼女を演歌な女と呼ぶようになった。生まれ落ちたとき、侘枝の未来は前途洋々としていた。なんといっても父親は世に知られた大富豪で、母も元華族という上流家庭に生まれ育ったからだった。そして、侘枝は美人だった。それが、まさかこのような薄幸の人生を生きていかねばならなくなると誰が想像できただろうか。
 あるときを境にして侘枝の人生は一変した。侘枝が3才になったとき両親が不慮の事故で他界したのだ。叔母夫婦に預けられたまではよかったが、その夫婦が悪かった。財産を乗っ取り、侘枝を残して、どこかへトンズラしたのである。すでにこの辺(あた)りから侘枝の人生は演歌になっていた。しかしそれでも、なんとか無事に孤児院で成人した侘枝だったが、そこからが、ひどかった。侘枝は流転の人生を味わうことになる。働いた会社は倒産し、男には騙(だま)された。気づけば、侘枝は場末の飲み屋で働いていた。哀れに思った人々は、この頃から侘枝を演歌な女と呼ぶようになった。そんな侘枝にただ一つ、奇跡的な光明が射した。美人の侘枝を見た客が、彼女を歌手に誘ったのである。客は世に知られた作詞家だった。だが、侘枝の歌手人生もまた演歌だった。出した曲はヒットせず、いつしか侘枝は50の坂を越えていた。そんな演歌な侘枝に、またひと筋の光明が射した。一枚のCDが偶然、一流作曲家の目にとまり、侘枝は演歌な女として売り出されることになったのである。曲、♪お茶碗人生♪は大ヒットした。演歌な女は演歌な女ではなくなっていた。
 
                        THE END

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2016年7月18日 (月)

ユ-モア短編集 [第18話] 眉唾(まゆつば)者

 世の中には信じ難(がた)いような話をする人がいる。村役場の健康福祉課に勤務する宇曽川(うそかわ)誠(まこと)もそのような男だった。課内では眉唾(まゆつば)者として名を馳(は)せていた。
「いや、どうも地震があるようですよっ!」
「緊急地震速報でもあったんですかっ!?」
「いや、それは…。ただ、そう思っただけです」
 宇曽川は真山(まやま)に訊(たず)ねられ、そう返した。
「ははは…なんだ。また、ソレですか。おい、皆! だ、そうだ」
 真山は他の課員達を見回しながら笑った。全員からドッ! と笑声が起こった。課員の一人などは、まったく信じられん・・とでも言うかのように、手の指先で眉毛(まゆげ)をなぞりながらニヤリとした。そして、その日は何事もなく過ぎ去った。
 翌日の朝である。いつものように出勤してきた真山が、すでに出勤してデスクに座っている宇曽川を覗(のぞ)き込んだ。
「起こりませんでしたね、宇曽川さん」
 完全な嫌(いや)みである。
「いや、そうなんですがね。おかしいなぁ~」
 宇曽川は、まだ地震が起こると信じている口調で真山に返した。真山は、ははは…と笑った。そのときだった。一瞬、課内がグラッ! と揺れた。ただ、その揺れはすぐに収まった。
「ねっ! でしょ!」
 宇曽川は、ここぞとばかり自慢げに言った。
「まあ、確かに。でもねえ…」
 真山は一応、納得したが、地震は小さかったんだから・・と真顔をすぐ緩(ゆる)めた。他の課員達も宇曽川を小馬鹿にするかのように軽くチラ見したあと、席へ着いた。
「おかしいなぁ~」
 地震を期待している訳でもなかったが、宇曽川は首を捻(ひね)った。その直後、本震が襲った。マグチュード5の揺れが数分、続いた。役場内は物が落ちたり崩れたりで大混乱となった。真山の眉が埃(ほこり)で白くなっていた。幸い、怪我人は出ずに終息したが、課員達は全員、怖いものを見るかのように宇曽川を見た。
「でしょ!」
 宇曽川はしたり顔で課員達を見回した。宇曽川は以後、課員達から眉唾者と言われなくなった。

                        THE END

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2016年7月17日 (日)

ユ-モア短編集 [第17話] 努力

 板蒲鉾(いたかまぼこ)は今場所、横綱を破り晴れて優勝した・・という夢を見た。ハッ! と目が覚めると、自分は十両だった。なんだ…と思ったが、よくよく考えれば、少し厚かましい夢にも思えた。親方からは努力はしているが、相撲が今一・・と言われている。こればっかりは努力だけでは駄目なのか…と最近、思うようになった。幸い、生来の頑丈(がんじょう)な身体で、怪我だけはしたことがなかった。ただ、幕内寸前まで番付が上がると、翌場所はまた下がる・・といった塩梅(あんばい)で、サッパリだった。まだまだやれる…と思っているうちに、いつの間にか50半(なか)ばを越えていた。アラフォ~どころかアラファ~~である。だが、どういう訳か板蒲鉾自身、体力の衰えが感じられない。これでは、そろそろなあ…と親方は言えない。当の本人が至ってやる気十分・・ということもあった。マスコミや相撲界では別の意味で板蒲鉾の四股名(しこな)は有名になっていった。なんといっても、この年齢の現役力士は相撲界の歴史に存在しないからだった。
「ははは…努力するだけです」
 たまにマスコミからの取材があったとき、板蒲鉾は決まってこう言った。そうこうするうちに、奇跡が起こった。サイクルからすれぱ、今場所は負け越しのはずだ…と思っていた板蒲鉾は、初日からアレヨアレヨと勝ち進み、気づけば十両優勝していたのである。板蒲鉾は場所が終わったとき、夢に違いない…と思った。しかし、それは現実だった。
「ははは…そんなに美味(おいし)いですか? 努力しただけです」
「いやいや、なかなかの努力味です」
 努力はついに報(むく)われたのだ。ふだん、食卓で食べられる安ものの板蒲鉾は正月用の高級食材、鯛蒲鉾に変身していた。

                        THE END

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2016年7月16日 (土)

ユ-モア短編集 [第16話] 領域(テリトリー)

 すべての生物は、自分が主張する領域(テリトリー)というものを持っている。それは微視的(ミクロ)世界のバクテリアやウイルスの類(たぐい)に始まり、巨視的(マクロ)世界の人間まで及ぶ。その支配権の争奪は生物を超越した地球上の領有権にも波及し、あらゆる分野に見られるのである。この領域を侵害すれば、越権行為として両者間にトラブルが発生する。
「どうも風邪らしい…」
 課長席に座る岩魚(いわな)塩味(しおみ)は手を額(ひたい)に乗せ、朝から熱ばった身体でそう言った。
「今日は無理されず、早退されたらいかがですか?」
 課長席前の係長席に座る滝壺(たきつぼ)幸一は心配そうに岩魚を窺(うかが)った。
「ああ、そうさせてもらうか…。あとは滝壺君、頼んだぞ」
「はい! ご安心ください。お大事に!」
 席を立った岩魚は足早に会社から去り、病院へと向かった。
 整理加
病院の老医師、炭火(すみび)は検査結果が出た岩魚を前に座らせ、ひと通り診(み)たあと、静かに言った。
「…ただの風邪ですな。よかった、よかった!」
 何が、よかっただ! と少し怒れた岩魚だったが、思うに留めた。炭火は古くから顔馴染(かおなじ)みの医師だったこともある。
「で、どうなんでしょう?」
「ああ、大丈夫ですよ。…お薬をお出ししときましょう。インフルエンザじゃありません。インフルエンザはテリトリーを駄目にしますからなぁ~」
「テリトリー?」
「ははは…いやなに、体内細胞のことですよ」
 炭火自身、新任医師の電力(でんりき)に内科のテリトリーを脅(おびや)かされていた。院内では、次期の科長は電力だろう…というのが、もっぱらの噂(うわさ)だった。
「どうも、ありがとうございました」
「テリトリー…いや、お身体(からだ)が不調なら、またお越し下さい」
 炭火に美味(うま)そうにほどよく焼かれ、岩魚はテリトリーの家へ戻(もど)った。そしてテリトリーの家で妻によって、ほどよく盛り付けられた。

                       THE END

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2016年7月15日 (金)

ユ-モア短編集 [第15話] 馬鹿正直

 天風(あまかぜ)渡は生れもっての正直者である。ただ、正直の上に馬鹿がつくほどだったから、何かにつけて損をしていた。この日も朝から、さっそく損をしていた。とはいっても、この日の朝の段階では、まだ天風の馬鹿正直によって引き起こされた営業の含み損は表面化していなかった。
 課長の川戸は、かねてから天風に、○×物産との大口の契約を期日までに纏(まと)めるよう指示を出していた。その期日が昨日(きのう)で、天風は今朝、その報告を迫(せま)られていた。
「ああ、おはよう…。で、どうだった?」
 川戸は出勤直後、天風を課長席に呼んだ。天風を前にし、開口一番、川戸は、そう切り出した。天風が受け持った大口の契約は見事に纏まっていた。だが、そこには一つの…。
「はい! 課長、纏まりました。三日後に契約させてもらう、とのことでした!」
 天風は元気よく言った。
「おお! よく、やったな! 馬鹿正直な君を見込んだだけのことはある。ははは…」
 川戸は課長席に座りながら、満足そうに笑った。だが、川戸の笑顔が真っ赤な憤怒(ふんぬ)の形相(ぎょうそう)に一変したのは、その三日後である。その日、契約を無事終えた天風は、会社へ取って返した。
「な、なんだ! この契約はっ!!」
 契約書をひと目見た川戸は激怒した。
「見てのとおり、○×物産との契約ですが…」
 怪訝(けげん)な面持ちで天風は川戸を窺(うかが)った。
「それは分かっとる!! なんだ、この額はっ!」
 川戸は完全に切れていた。
「はあ…、書かれたとおりですが、それがなにか?」
 天風は川戸がなぜ怒っているのかが分からなかった。天風とすれば、課長に言われたとおり契約を纏めた・・だけのことだった。だが、その天風の契約は馬鹿正直に纏めただけで、契約額の単価@が半額まで引き下げられていたのである。これでは仕入れ値を差っ引(ぴ)いて、大幅な含み損を計上する大赤字だった。下手(へた)をすれば、川戸は責任を追及され、解雇はないだろうが降格やリストラは覚悟せねばならなかった。だから、川戸が激怒するのも無理はなかった。
「もう、いい…」
 川戸は天風を課長席前から自席へ下がらせた。部下を指示した自分にも責任の一端(いったん)はある…と思えたからだった。
 一週間後、川戸は専務室へ呼び出された。川戸の心配をよそに、専務の鍋底(なべそこ)は至って機嫌がよかった。
「ははは…川戸君、やってくれたね! おめでとう!!」
 笑顔の鍋底に握手を求められた川戸は、意味が分からず茫然(ぼうぜん)と手を差し出した。
「いやいや、君には分からないだろうが…。○×物産の社長から電話があってね。君の会社にはいい社員がいる、と言うんだよ。私も何のことか分からず訊(たず)ねると、君の課の天風君の名が出た。契約に偶然、居合わせたそうなんだが、あんな馬鹿正直な男はいない、私はあの男に惚れこんだよ、と言うんだ。で、今回の契約は最初の契約額で倍の発注をさせてもらいたいそうだよ、よかったな!」
 笑顔の底鍋の説明で、ようやく川戸は話を理解した。
「ええ、私も彼の馬鹿正直さを買っていたんですよっ!」
 5分前には思ってもいなかった言葉が川戸から飛び出した。
「だろ! ははは…」
 二人は賑(にぎ)やかに笑った。
 半年後、人事異動があり、馬鹿正直な天風は係長に、川戸は副部長に昇格した。

 
                      THE END

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2016年7月14日 (木)

ユ-モア短編集 [第14話] どうでもいいじゃないですか

 事あるごとに、どうでもいいじゃないですか、と言うのが、大学院教授、野呂(のろ)等の口癖だった。無責任という訳でもなく、そうかといって怠堕(たいだ)、事なかれ主義という風でもない静かな男だった。家族や世間の者はこの男のお蔭(かげ)で物事がスンナリと運び、何かにつけ助われていた。というのも、討論は申すに及ばず、相談や了解を得るために話しかければ、どうでもいいじゃないですか…と返ってくるからだ。それを聞いた者は野呂から間接的に暗黙の了解を得たことになる。万事が万事、この調子だったから、マスコミや人はいつしか野呂を手頃な教授としてよく利用するようになった。野呂は頼まれれば、どうでもいいじゃないですか…と一応、断ったが、最終的には、すべて了解した。結果、出席した総会などで意見を求められれば、「どうでもいいじゃないですか…」と野呂は発言したから、反対した者も一歩(いっぽ)引かざるを得なくなり、スンナリと議論は纏(まと)まったのである。
 あるとき、そんな野呂が出版社から執筆を依頼された。出版社の注文で、野呂の人生観という内容の原稿依頼だった。当然、野呂は、どうでもいいじゃないですか…と、一端は断ったが、最終的には了解し、執筆を始めた。野呂とすれば、世の中のすべての細々(こまごま)としたことは、どうでもいい…と映っていたから、それらの諸事について、どうでもいいじゃないですか…と結論づけ、末尾に、皆さんは、どう思われますか? と読者に疑問を投げかけ、校了した。出版本は、たちまちベストセラーとなり、馬鹿売れとなった。今年の流行語大賞にも選ばれ、国会でも、そんな些細(ささい)なことは、どうでもいいじゃないですか…という答弁として多用された。本来、こんな答弁をすれば、やり玉に上がり、議員身分にもかかわるのだが、流行語として、いい隠(かく)れ蓑(みの)に利用する者で溢(あふ)れた。野呂教授の名声は、国内は申すに及ばず、一躍(いちやく)、世界に轟(とどろ)くこととなった。いつしか、世界各地の紛争は下火(したび)になっていった。

                     THE END

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2016年7月13日 (水)

ユ-モア短編集 [第13話] 植えますとも!

 協定などというものは、平穏な世界事情が保たれている上で成立するのだということを、ここ数年の情勢変化によって麦無(むぎなし)は身を持って知らされることになった。世界の情勢が安定している頃はよかった…と、麦無は、しみじみ思うのである。
 世界に食糧危機が起きたのは、気象の激変により地球が急激に高温化したことによるものだった。この原因は人為的な温室効果ガスによるものではなく、天体的な周期で地球が繰り返す高温化によってである。当然、麦無が休耕地にした田畑で焼却した枯れ草の熱によるものではなかった。
 気象変化は各国の食糧ブロック経済体制を派生させることになった。どの国も自国民の防衛のため、食糧及び食料輸出を停止させたのである。関税がどうたらこうたら、どうのこうのと言っている場合ではない・・ということである。さあ! こうなれば、どうなるか。賢明な皆さんにはお分かりだろう。我が国にも必然的な食糧及び食料危機が起こったのである。過去のオイル・ショックによるトイレットぺーパーの売り切れ事態などとは比較にならない凄(すさ)まじい食糧及び食料の争奪戦が人々によって起こされることになった。特に人口の密集した都会では著(いちじる)しく、食料品販売の関係店舗は暴徒に襲われ、打ち壊された。江戸時代の大塩平八郎の乱のようなものである。この事態が、都会の各地で頻発(ひんぱつ)した。たちまち、政府は危機に立たされた。
「もしもし、麦無ですが…。はいっ! えっ!? 政府の… はいっ! はあ…はあ…」
 突然、麦無に政府高官から電話がかかってきた。休耕地に麦を植えてもらえないか・・という政府からの直接の依頼だった。
「はいっ! 植えますとも!」
 麦無は快諾(かいだく)した。かなりの収入が見込めることが、麦無の心を動かしたのだ。
「あの…それでですね、ご相談なんですが…お肉で支払ってもらえませんかね。私、今、美味(おい)しい焼肉が食いたいんですよ」
 話は細かな折衝(せっしょう)の末、纏(まと)まった。電話が切れたあと、麦無は財布の中に入った紙幣や貨幣をしみじみと見た。お金は、いくらあっても食べられない…と、無学の麦無は身をもって知らされたのである。
「植えますとも!」
 誰もいない部屋で、麦無は独りごちた。

                     THE END

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2016年7月12日 (火)

ユ-モア短編集 [第12話] ブラスマイナス

 橋山透は会社中で、あいつは天然だ・・で通っている社員だ。人がなぜそう言うのか、橋山にはまったく理解出来ず、自分はごくありきたりな男だと信じている。ただ、他の者達とは少し違うかな…と思えることが橋山には一つだけあった。それは、すべてのものごと、それは公私の区別なく・・なのだが、あらゆることをプラスマイナスで考える、ということだった。橋山はこう考えることを取り立てて怪(おか)しいとは思っていなかった。だが、他の社員達にはそうは映らず、あいつは天然だ・・となった訳である。
 会社へ出勤すると、普通の場合、まず、女子社員の比良坂がお茶を湯呑みへ淹(い)れ、運んでくる。橋山は、これは体内にエネルギーが加味される行為だからプラスだ…と、まず考え、有り難く茶を啜(すする)るのである。比良坂が運んでくれるのだから、自分の体内エネルギーを減じ、マイナスにすることはない…と、さらに思う。加えて、お茶自体は、お茶葉(ちゃっぱ)代を課内の割り勘で支払っているのだからプラスマイナス0だ…というのが橋山の計算だった。
 しばらくすると、会社が始業となる。このときでも、同僚の社員がパソコンを開いて仕事を始めなければ、橋山の場合、まず自分からパソコンを始動し、仕事を始めることは100%なかった。これにも橋山の考え方があった。少しでも体内エネルギーを温存しようとする発想である。身体を動かすことは蓄積したエネルギーを減じ、偏(ひとえ)にマイナス要因になるという発想だ。こんな橋山を上司の課長、川平はまったく当てにしていなかった。当然、課員達も右に倣(なら)えで、天然な男として橋山を扱(あつか)っていた。
「あっ! 橋山さん。どうぞ、お先に…」
 昼休みとなり、食堂で食券を買った橋山が列の後ろへ並ぼうとすると、社員達は一斉(いっせい)に先を譲(ゆず)った。決して尊敬、上司、先輩・・ということで、ではない。なんと、橋山は同じ課だけではなく社内の全員から異色の存在として名を馳(は)せていたのである。
「そう? すまないねぇ~」
 橋山は譲られたことを別になんとも思わず、軽く聞き流すと、列の先頭へ出て食券で注文をした。橋山の思考では、立っていること自体がエネルギーの消耗を意味し、マイナスだった。昼までは随分、プラスの仕事を熟(こな)したのだから、食事でマイナスとなってもプラスマイナス0で、取り分けて社会に貢献していない訳じゃないだろう…と思いながら、橋山は美味(うま)そうに食べ始めた。

                     THE END

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2016年7月11日 (月)

ユ-モア短編集 [第11話] 順調

 なにごとも、順調にいく・・としたものではない。明日から久しぶりに土曜、日曜と休めることになった塚平収一は、ウキウキ気分で過ごし方をアレコレと考えていた。まるで遠足に行く前の日の小学生だな…と一瞬、浮かんだ塚平は、すぐに反省すると緩(ゆる)んだ顔を、引き締めた。それを見ていた妻の雅代は、おかしい人ね…という怪訝(けげん)な顔つきで取り入れた洗濯ものを畳みながら見ていた。塚平の発想では、まず朝一で軽いジョギングをし、朝食とする。こうすることで、美味(おい)しく朝食がいただける…という寸法だ。続いて朝食が済むと、楽しみにしていた模型のプラモデルをおもちゃ屋へ買いに行くことだった。で、当然、その後は買った模型の組み立て作業となる。塚平の目論見(もくろみ)では、まあ日曜もあることだから、明日の夕方までには作業は終わり、格好がつくだろう…というものだった。ところが、世の中そう甘くない・・と言えば少しオーバーだが、コトはとんでもないところで脱線してしまった。
 土曜の朝、塚平は紙にメモした計画どおり、コトを始めた。まず、軽いジョギングを・・と、塚平は勇んで家を飛び出した。そして、軽く走り込んで朝食となった。予想どおり、朝食は美味しく、塚平は、よしよし…とニンマリした。その顔を雅代は見ながら、最近、よく笑うわね、この人…と認知症を心配した。まあ、そんな些細(ささい)なことを気にする塚平ではない。
「ちょっと、出てくる!」
 いつも読む新聞にも手をつけず、塚平はおもちゃ屋を目ざした。
「気をつけてね…」
 何も聞かされていない雅代は、心配そうな顔で塚平を送りだした。まあ、この辺りまでは順調にコトは推移し、上々の出だしだった。
 おもちゃ屋に入ってすぐ、塚平は店の主人に言った。
「この前、ここにあったプラモデルなんですが…」
「ああ、アレね。アレは売れました…」
「売れた…」
 主人の言葉に塚平は唖然(あぜん)とした。だが、売れてしまったものは仕方がない。順調に進んでいた塚平の計画は、この瞬間、頓挫(とんざ)した。前もって、『あの…コレ、取っておいて下さい。土曜に買いに来ますので…』と、欲しいと思ったあの日に注文するという保険をかけておけばよかったのだ。だが、今となってはあとの祭りである。大幅に今日、明日の計画を見直さねばならなかった。しかし、このまま諦(あきら)めるのも…と塚平は悔(くや)しくなった。塚平は別のおもちゃ屋を目ざした。すると、神の御加護(ごかご)か仏の御手(みて)か、その何げなく入ったおもちゃ屋に欲しかったプラモデルが偶然(ぐうぜん)、陳列(ちんれつ)されていた。この瞬間、塚平の計画は順調さを取り戻(もど)した。塚平はそのプラモデルを急いで買うと、家へと一目散に走った。これが、いけなかった。塚平は転んで足を捻挫(ねんざ)してしまった。足を引きずり、ようやく家へと辿(たど)り着いた塚平は、『認知症じゃなく、よかったわ…』と微笑(ほほえ)んで運転する雅代の車で病院へ行く破目となった。助手席に乗る塚平が思い描いたコトは、ふたたび順調にいかなくなったのである。
 治療を終え帰宅した塚平は、やれやれ…と諦めの溜め息をついた。そのとき、雅代が口を開いた。
「お医者さまがね、大事を取って二日ほど休みなさいって…」
 月曜も休めることになったのである。こうなれば、ゆっくりと計画を進めることが出来る。塚平の計画は、またまた順調さを取り戻(もど)した。

                     THE END

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2016年7月10日 (日)

ユ-モア短編集 [第10話] 頃合い天気

 天界では一大不祥事が起こっていた。例年、進行する天気の巡行表が、何者かの不埒(ふらち)な行いにより持ち去られたのである。いわゆる、地上で世間一般に言うところの窃盗である。天界だけに悪事と言えば血生臭い事件は皆無だったが、時折り、このような天界で言うところの最大級の重大事件が勃発(ぼっぱつ)しては天界人達を悩ませたのである。今回、起こった天気の巡航表窃盗事件により、天界は大混乱していた。月日で巡る天気の具合が定まらないのである。これでは、暑さ寒さの頃合いが地上へ気象として現わせない。
『弱りましたな…』
『そうですな。頃合いが分かりませんからな…』
 天界人達は、特命の遣(つか)いを極秘裏に決定し、窃盗犯を捉え、一刻も早く巡航表を取り戻すべく、ただちに任務につかせた。地上で言うところの特命 刑事(デカ)である。この刑事は地上のテレビドラマ以上に格好よかった。というのも、姿を自由自在に消したり現したり出来る上に、死の心配がなかったから、武器は不必要だった。事件解決までには約ひと月を要した。そのため、4月というのに地上では真夏日や猛暑日が続出し、人々は喘(あえ)いだ。とはいえ、事件がひと月で解決したのは、この刑事の俊敏な腕による。地上で言うところのミッション・インポッシブル
である。ともかく、天界での事件は解決を見て、天界は頃合いの天候を地上に示せるに至った。めでたし、めでたしである。
 余談ながら、この俊敏な特命の遣いは、天界でのポストが二階級アップしたという。

                     THE END

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2016年7月 9日 (土)

ユ-モア短編集 [第9話] 整枝

 理髪店を営む友永多毛男は週一の休みの日、朝から趣味の盆栽いじりをしていた。友永にとって鋏(ハサミ)づかいは仕事柄、得意とするところである。今日の整枝は調子よく進み、10時の休憩タイムには、20鉢ほどあるうちのすでに3分の2の鉢が片づいていた。この分では昼までに終わるな…と友永は軽く考えながら、居間でお茶を啜(すす)り、好きなこし餡(あん)入りの餅を美味(うま)そうに頬張った。
 友永は15分ほど休んだあと、整枝作業を再開した。しばらくしたとき、友永は急に耳鳴りを覚えた。耳鳴りはすぐに止まったが、今度は妙な囁(ささや)き声が聞こえ出したのである。いったい誰の声だ? と訝(いぶか)しげに友永は辺りを見回した。だが、まったく人の気配はしない。妙だな…と首を傾(かし)げつつ、友永は鋏を動かし続けた。
『いや~、おたくもそうですか。私も随分、短くして貰(もら)ったお蔭(かげ)で、この夏は涼しく過ごせそうでしてね、へへへ…』
 声は、やはりしていた。友永が耳を澄ますと、その話はどこかで聞き憶(おぼ)えがあるような会話だった。そうだ! いつも聞いてるお客の声だ…と、友永は気づいた。だが、今いるのは庭の盆栽前で、店内ではない。だから客の声などする訳がなかった。友永は、もう一度、耳を欹(そばだ)てた。
『そうですなあ~。もうかれこれ7年ほどになりますかな』
『ほお、そうなりますか。私もその頃でしたからな』
『ああ、そうでした。長いお付き合いになりますな。今後ともよろしく願いますよ』
『いやぁ~こちらこそ。それに、ご主人も…』
 語りかけられ、友永はギクッ! とした。語りかけたのは、今、整枝している鉢のサツキと隣のダンチョウゲの鉢だった。驚きの余り友永は鋏を止めた。すると耳鳴りがし、友永の意識は遠退いていった。
 気づいたとき、友永は居間にいた。どうも餅を頬張りつつ、清々(すがすが)しい陽気に、ついウトウトしてしまったようだった。なんだ、夢か…と友永は思いながら、残りの整枝作業を続けようと居間を出て庭へ向かった。だが、すでに庭に置かれた全ての鉢の整枝は終わっていた。友永は、ゾクッ! と寒気を覚えた。

                     THE END

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2016年7月 8日 (金)

ユ-モア短編集 [第8話] そよ風

 会場では、つまらないことを議題として討論会が行われていた。そよ風とは、いったいどれぐらいの風速を指すのか・・である。会場内には5人の論客が登壇し、喧々諤々(けんけんがくがく)の論争が展開されていた。
「あんたねっ! それは少し強過ぎるんじゃないかっ! そんなもん、辛(つら)いだけさっ!」
 机に上半身を預け椅子に座る論客AとBの敬語での発言は、すでに失(う)せ、二人はタメ口になっていた。
「そんなことはない! 私にすりゃ、それくらいの風速が丁度いい具合の、そよ風だ!」
 Bに反論し、Aが返した。
「それは、あんただけだろっ! 他の皆さんにも聞いてくれ」
 Bは他に登壇して座っているC、D、Eを見回し、三人に振った。偶然、Bと視線が合ったDが口を開いた。
「どちらの言い分も一理あるとは思いますが…私の場合は、もう少し強めが、いい具合の、そよ風ですね」
 Dに対して横に座るCが反論した。
「私の場合は、もう少し弱めが、いい具合の、そよ風ですよ」
 D、Cに対しEが反論して口を開いた。
「私の場合、そのときの気分で変化しますから、どなたにも組みしません! 皆さんは、いかがですか?」
 Eは会場の入場者を見ながら振り、人々に問いかけた。
「どぉ~でもいいんじゃないでしょうか…」
 人々の様子を窺(うかが)いながら割って入った司会者が、もうやめましょうよ・・とでも言いたげに、ボソリと口を開いた。
「そうですね…」
 論客全員がつまらなそうな声で呟(つぶや)いて席を立った。会場の人々もザワザワと立ち、席をあとにした。会場の外は、入場者の誰もがそう感じるような心地よい、そよ風が吹いていた。

                     THE END

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2016年7月 7日 (木)

ユ-モア短編集 [第7話] 使い捨て

 朝から池田次郎はバタバタと動き回っていた。大事にしていたレジ袋が見つからないのである。
「そんなもの、その辺にあるんじゃない…」
 妻の芳子は素っ気なく言った。小一時間、探し回った池田だったが、結局見つからず、とうとう諦(あきら)めて探すのをやめた。居間へ腰を下ろした池田は、溜め息混じりに湯呑みの茶を啜(すす)った。
「妙だなあ~、昨日、確かにここへ仕舞ったんだが…」
 池田は昨夜、仕舞ったレジ袋の場所を指さした。その指先を何げなく芳子が見て叫んだ。
「あらっ! その袋なら捨てたわよ、寝る前…」
「なにっ! どこにある」
「どこにって、もうないわよ。朝早く、ゴミ回収で出したから…」
「そんなっ!」
 池田は大金を失(な)くしたような切ない声を出した。
「たかだか使い捨てのレジ袋じゃない。同(おんな)じものなんて、いくらでもあるわよ」
 芳子は慰(なぐさ)めにもならない言葉を吐(は)いた。
「たかだか使い捨てとはなんだっ! たかだか使い捨てとはっ!!」
 池田の怒りが爆発した。池田には、そのレジ袋に深い思い入れがあったのである。
━ 池田は職がなく、空腹で辺りをさ迷っていた。みすぼらしい格好の池田がパン屋の陳列棚を見ていると、それを見かねたのか、一人の老女がスゥ~っと池田に近づいた。
「これ、よろしかったら、お持ちなさいな…」
 そう言うと老女は手に持った二つのレジ袋の片方を池田に手渡した。躊躇(ちゅうちょ)する池田を尻目に、老女は微笑みながら立ち去った。老女の姿が街頭の人ごみに消えたあと、池田はレジ袋の中を見た。袋の中には焼きたての美味そうな数種類の菓子パンが入っていた。池田は老女の立ち去った方角に思わずお辞儀した。そして、口へパンを押し込み、飲み込むように食べていた ━
 ふと、池田が我に返ると、芳子は奥へ去ったようで、姿は消えていた。目の前の卓袱台(ちゃぶだい)の上には、仕舞ったはずの畳まれたレジ袋がポツンとあった。
 
                     THE END

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2016年7月 6日 (水)

ユ-モア短編集 [第6話] 時代劇風 

 鳥貝(とりがい)彦一は妻の緑と娘の登志子の三人で暮らしている。朝、朝食を終えた鳥貝は庭木の剪定を始めた。ここ最近、どうもスパっと斬れないなあ…と愚痴を零しながら、鳥貝は庭の菊の整枝をしていた。鳥貝にとって、剪定や整枝で鋏(はさみ)を使うのは、恰(あたか)も時代劇風の立ち回りなのである。鳥貝は、さも自分が時代劇の主演を演じる剣の遣(つか)い手でもあるかのように、すべての庭木や草花を剪定、整枝していった。庭木や草花で切られる部分は、彼にとっては悪人で、斬った…となる。鳥貝は作業を終えると、「ふふふ…、そのうち息を吹き返す者どもじゃ…」と誰もいないのに独りごち、枝の切り口に保護剤を塗っていった。鳥貝は植栽に限らず、万事が万事、この時代劇風だった。家族の者達も今ではすっかり鳥貝に馴れてしまい、いや、馴らされてしまい、そう深く考えなくなっていた。お父さん、また、始まったわ…と、今朝も娘の登志子は諦(あきら)め声で出勤していった。鳥貝の時代劇風が強まったのは定年退職後だった。それ以前の鳥貝はごくフツ~~のありふれた中年親父だったのである。それが、定年後の些細(ささい)なあることを境(さかい)にして急変したのだった。そのあることとは、鳥貝が偶然観た懐かしの映画だった。鳥貝は過去、封切られたその時代劇映画を見逃してしまっていた。ビデオショップなど、いろいろ入手できそうな情報を得ては足繁く通った鳥貝だったが、ついにその目的を果たせず、観られないまま定年を迎えたのだ。それが、である。退職後、偶然にも偶然、CS波で観ることができたのである。鳥貝は、すっかり有頂天になり、子供のようにとび跳(は)ねた。そして、観終わってからというもの、態度が一変してしまった訳だ。家族の者達は鳥貝がどうかしたんじゃないか・・と案じた。だが、鳥貝はどこも悪くはなく、至って健康だった。
「お父さん! ご飯よぉ~」
「おお! そうか。しばし待て」
 夕方になり、緑の声に新聞を見ていた鳥貝は時代劇風にそう返した。緑も馴れていたから、別になんとも思わなかった。しばらくして現れた。
「おお! 今宵はなかなかの趣向(しゅこう)じゃ!」
 鳥貝の好物のムツの味噌焼きが皿に乗せられていた。鳥貝はムツの味噌焼きがあれば、ご飯が何膳も進んだ。そのムツの味噌焼きである。
「かようなものが、殿のお口に召しますかしら、ほほほ…」
 緑も負けてはいない。時代劇風に応じた。
「いやいや、苦しゅうない。なかなかのもの。余は満足じゃ…」
 登志子は、やってらんないわ! というような呆(あき)れた顔で鳥貝を見て言った。
「わらわは、ちと所用がござりますゆえ、これにて…」
 食べ終えた登志子は、食器を洗い場へ運び、洗い終えると、馬鹿馬鹿しいわっ! という顔で消えた。このように、鳥貝家では、すべてが時代劇風なのである。

                     THE END

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2016年7月 5日 (火)

ユ-モア短編集 [第5話] 下手(へた)に話す男

 禿山(はげやま)日出夫は話ベタだ。なんとか相手に気持を分かってもらおうとするが、いつも裏目に出て真意が伝わらないのである。いや、それだけならまだいい。禿山の話は全(すべ)てが全て、逆の意味で相手に伝わるのだった。
 先だっても、来年度予算のヒアリングがあったとき、収入役の奥目(おくめ)を前に、とんでもない失言を口走ってしまった。けっして禿山が意図したことではない。
「ですから、今、申し上げたとおり、来年度も…」
「来年度も・・って、積み上がった起債を全額、償還できるメドは立っておるのかね?」
「はい! それはもう…。たかだか、数億のことじゃないですか」
「なんだって!!」
 奥目は怒りのあまり、感きわまった声を張り上げた。もともと高い声の奥目だったが、1オクターブ高くずれた金切(かなき)り声で叫んでいた。禿山が言いたかったのは、100年で少しずつ均等額を償還すれば、1年度、数百万で事足りるじゃないですか・・という意味だった。要は、根幹(こんかん)の肝心な細かい説明が抜け落ちていたのである。そんな話の下手(へた)な禿山だったから、いろいろなトラブルを巻き起こした。
 怒らした奥目をなんとか宥(なだ)め、ようやくヒアリングを終えたときは、すでに昼休みの残り時間が半分ほどになっていた。禿山は慌(あわ)てて階上の食堂へ駆け込むと、ざる蕎麦を注文した。
「おばちゃん! いつもの。山盛りを10枚ね」
 驚いたのは、いつもいる賄(まかな)い婦の本藤だった。本藤は、そんなに食べるの? という顔つきで禿山を見た。禿山はキョトン? として、本藤を見た。そして次の瞬間、また何かおかしいことを言ったかな…と、考えた。禿山が言いたかったのは、『おばちゃん! いつもの。山盛りで10枚ほど食べたいけど、時間がないから、今日は1枚ね』だったのだ。またまた肝心な話の細かい説明が抜け落ち、さらに悪いことには、間違えていた。
「10枚?」
 本藤も禿山の口ベタは毎度のこと・・と分かっていたから、ニヤッとした笑顔で訊(たず)ねた。
「1枚…」
 禿山は、笑顔でゆっくりと首を横に振りながら、小声で返した。

                     THE END

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2016年7月 4日 (月)

ユ-モア短編集 [第4話] 甘辛(あまから)問答 

 ごく有りふれた会社の一コマである。美津山(みつやま)愛海(あみ)は最近、プロのモデルからこの会社へ美人秘書として抜擢採用された異色社員だった。会社の社長、毛深(けぶか)の鶴のひと声で、である。彼は美津山の美しさに、すっかりほだされ、メロメロの骨抜き状態になっていた。これでは会社経営に関わると、見かねた専務以下の会社首脳は一応、採用した美津山を出向という形で子会社へ配置転換しようと試(こころ)みた。ところが、どっこいである。毛深は事前にこの企(たくら)みを察知した。こんなこともあろうかと、事前に自分の側近に探索させていたのだった。そして、この日の朝、毛深は専務達会社首脳を社長室へ出頭させていた。もちろん、問題になっている当の本人、美津山も、である。
「一応、君達の言い分を聞こうじゃないかっ!」
 毛深は捕えた獲物を今にも食べつこうとするライオンのような眼差(まなざ)しで部下の取締役達を見回すと、辛口(からくち)で言った。社長室の構図は、毛深が社長席の椅子へドッカリと座り、専務以下の取締役が社長席の前に横一列で並んでいる・・となる。さらに、主役の美人秘書、美津山は社長の横に立ち、『どうなのよ?』的な見下(みくだ)す目線で社長と同様、取締役達を眺(なが)めている・・という構図だった。
「…」
 誰一人として、美津山がいると会社経営にさし障(さわ)りがあるから・・とは言えなかった。
「だったら、このままでいいじゃないかっ!」
 やはり毛深は辛口だった。
「はあ…」
 取締役一同は、同時にそう呟(つぶや)いた。
「嫌だよね、美津山君。こんなにいじめられちゃ~~」
 毛深は一転して、横に立つ美津山へ甘口(あまくち)で言った。
「はあ、まあ…」
 美津山としては出向でもよかったのだが、一応、そう言った。
「ははは…だよねぇ~」
 毛深は、さらにベタベタの甘口で言った。顔は、『余(よ)は満足じゃ』とでも言いそうな笑顔だった。
「もう一度、話し合ってみます…」
 取締役を代表し、見かねた専務が口を挟んだ。
「なんだって! 話し合う? 話し合う必要なんかないじゃないかっ!」
 次の瞬間、毛深の口調がまた一転し、辛口へ変化した。
「はあ…」
「腹が減った! 美津山君、食事に行こう、行こう! こんな連中は放っておいて…」
 毛深は社長席を立つと美津山の手を握って社長室を出ていった。

                     THE END

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2016年7月 3日 (日)

ユ-モア短編集 [第3話] 何か、いいことは?

 薄汚れた段ボールが雨風に耐えられず、いつの間にかところどころに穴が開(あ)くようになっていた。家とは名ばかりの、段ボールで作った住処(すみか)を塒(ねぐら)とする船頭(せんどう)はボリボリと身体を掻き毟(むし)った。そういや、お湯というものに浸(つ)かったのは三ヶ月ほど前だったな…と船頭は思い出した。浸かったとはいえ、それは銭湯とか風呂のお湯ではなく、偶然、街で貰(もら)ったオープン記念のサービス券でのお湯だった。その券で入った温水プールのお湯は幾らか高めの水だった。それが船頭にとって最近、使ったお湯である。快適な入浴の記憶といえば、20年以上前にも遡(さかのぼ)らねばならない船頭だった。
 ボリボリと身体を掻きながら、ただ券を拾った記憶を船頭は思い出していた。脳裡(のうり)に浮かんだのは、何か、いいことは? と思いながら歩いていたことぐらいだった。ふと、船頭にある思いが浮かんだ。何か、いいことは? と思ったから拾った…いや、いやいやいや、そんなことはない。あれは単なる偶然だったんだ…と船頭は、また思った。
 気づいたとき、船頭は何か、いいことは? と思いながら街を歩いていた。すると、風に飛ばされた一枚の宝くじ券が、舞いながら船頭の目の前へと現れた。どうせハズレ券だろう…と思いながら、船頭はその券を手にした。
 数日後、船頭は宝くじ売り場の前で驚いていた。拾った券が最高額の当たり券だったのである。これは!…と船頭は、しばらく身体が震え、地面へ腰を崩(くず)したままだった。何か、いいことは、あったのである。もはや偶然だとは船頭には思えなかった。
 気づけば、船頭は交番にいた。
「書類はこれで結構です。3ヶ月経てば、あなたのものです…」
 巡査は船頭が発する臭気に顔をそむけながら、嫌(いや)そうな顔で言った。
 半年が経ったとき、船頭は豪邸で執事を侍(はべ)らせ、自家製の温泉にゆったりと浸かっていた。人間の業欲とは、とどまるところを知らない。船頭は、また街を、何か、いいことは? と思いながら歩いていた。その姿は、誂(あつら)えた超高級服と特注の靴だった。そのとき船頭は突然、後方から近づく猛スピードの車に轢(ひ)かれた。即死だった。船頭は黄泉(よみ)の国でも道をひたすら歩いていた。何か、いいことは? と思いながら…。

                     THE END

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2016年7月 2日 (土)

ユ-モア短編集 [第2話] おこがましい

 会員制の超高級一流レストランである。小じんまりした店内へ、さも当然のように入ってきたのは財閥総帥の会長、福山だった。
「あんたね!! こんなとこで待たせて、困るじゃないかっ! こう見えても私ゃ会長だよっ!!」
「はあ…そうは言われましても規則は規則なんで…」
 店員の矢島は、偉(えら)い客に捕(つか)まったな…という萎(な)えた顔つきで福山をチラ見した。
「私だよ! わ、た、しっ! 知らないか? 私を!」
「はあ…申し訳ないのですが、存じ上げておりませんので…」
「困った店員だ! 店長は。おらんのかね?!」
「はあ…生憎(あいにく)、ミシュラン関係の会合で出かけておりまして…」
「シェフは!?」
「はあ…食材の交渉で、つい先ほど出かけました…」
 それを聞いた福山は小さく舌打ちしたが、ナメクジのように萎えた矢島を見て、『大人げない、少し興奮し過ぎたか…』と瞬間、思った。
「君に言っても始まらんな。水を一杯、くれたまえ」
「分かりました…」
 一端、厨房へ下がった矢島は、水の入ったコップを持って、すぐ現れた。福山はそのコップを手にすると、いっきに水をガブ飲みした。
「…あのう、誠に申し訳ないんですが、どちらさまで?」
 飲み終えた福山の顔を見ながら矢島は怖々(こわごわ)、訊(たず)ねた。
「私か? ははは…『問われて名乗るも、おこがましいがっ』。…福山だよ」
 福山は好きな歌舞伎の台詞(セリフ)の一節を唸(うな)り、僅(わず)かな間合いのあと、やんわりと名乗った。
「待ってましたっ! ○○屋っ!!」
 矢島も歌舞伎ファンだったから、間髪いれず唸った。その瞬間、福山の態度が一変し、笑みが漏れた。
「ほう! 君も歌舞伎好きと見えるな…」
「はあ、まあ…」
「そうかそうか…。いや、なに。いつでもいいんだよ私は。また、出直すとするか…。これ以上いるのも、おこがましいからな。ははは…また、来る!」
 福山は上機嫌で店を出て言った。矢島は福山が何をしに来店したのかを結局、分からなかった。

                     THE END

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2016年7月 1日 (金)

ユ-モア短編集 [第1話] まあ、いいか…

 田所進は疲れていた。昨日は昨日で疲れていたが、今日も今一、シックリしなかった。体調が悪い訳でもなく至って元気な田所だった。それが、ひょんなことで多忙となり、今では疲労が取れなくなるまで深刻な状態だった。会社に酷使されている訳でもなく、その多忙感は田所のメンタル的なものだったのだが、彼自身にはそう思えず、溌剌(はつらつ)と勤務する他の者が怨(うら)めしく思えたりもした。そうはいっても、どうなるものでもない。結局、一人暮らしの生活は、諸事を割愛(かつあい)する形に変化させざるを得なくなっていった。『まあ、いいか…』と言う心の声が日常となった。カップ麺のゴミが山のようになって散乱したが、田所にゴミを捨てに出る元気はもうなかった。目に見えるのだから、捨てに行かねば…とは思えた。幸い、ゴミ袋に入れる気力は残っていたから、田所はその中へカップ麺の容器の山を入れた。そこまではよかった。しかし、何も解決されてはいなかった。相変わらずゴミ袋の山が部屋中を囲んでいた。『まあ、いいか…』と田所は思った。田所はそのとき、いいアイデアが浮かんでニンマリと笑った。
━ そうだ! ベッド代わりにして、この上で寝ればいいじゃないか… ━
 そう思った田所は、その夜、そうした。
 朝になったとき、田所にはもう会社へ出勤する気力が残っていなかった。
「あの…田所です。体調が悪いんで、すみませんが今日は休ませてもらいます…」
 残された気力で、田所は会社へ携帯をかけていた。
「ああ、田所さん? 課長にはそう言っておきます。お大事に!」
「なんだ、畑山か。頼んだぞ…」
「はい!」 
 上手(うま)くしたもので、後輩の畑山が電話に出てくれ、田所は事なきを得たはずだった。ところがどっこい、悪くしたもので急に悪寒に襲われ、田所は意識が遠退いた。遠退く意識の中で、田所は『まあ、いいか…』と思った。
 気づくと、田所は自分の写真が安置された祭壇を眺めている自分に気づいた。僧侶の読経の声が流れ、自分の横には後輩の畑山が座っている。田所は畑山の肩を手で押した。
『おい! 俺だ、畑山』
 しかし、畑山は気づかないまま、気落ちした顔で座っていた。『妙だな?』と田所は思った。それに畑山を押した手の感触がなかった。田所は、俺は死んだのか…と気づいたあと、『まあ、いいか…』と思った。
「ぅぅぅ…、田所さん! ゴミ袋の片づけ…大変だったんすよっ」
 畑山の半泣きで小さく呟(つぶや)く声がした。田所は、『そっちかい!』と怒れたが、そのあと『まあ、いいか…』と、また思った。

                      THE END

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