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2016年9月

2016年9月30日 (金)

ユ-モア短編集 [第92話]  見えなくもない

 須山竹夫は一般の人間とは少し違う物が見えた。過去や未来を含む真実の映像だ。だから時折り、変なやつ! と言われた。それを避(さ)けるため、ここ最近は見えても口を噤(つぐ)んで答えないようにしていた。だが、ストレスが鬱積(うっせき)し、これは捨て置けないぞ…と思うようになった。
「あそこに新しい薬局が出来たの知ってるか?」
 そう言って、友人の児玉が指をさした少し離れた前方を須山は見た。そこに須山が見たもの・・それは草が生い茂る荒れ地だった。こいつの気分を害するのもな…と瞬間、須山は思えた。それに今はそこに薬局は存在し、あるのだ。それを荒れ地が云々(うんぬん)とは言えない。変人に思われかねないし、絶交されるのも困まる。
「んっ? ああ…見えなくもない」
 須山は咄嗟(とっさ)に出た言葉で方便を使った。
「お前、目が悪くなったのか?」
「おっ、おお…。まあな」
 さらに方便を使い、須山は難(なん)を、どうにか逃(のが)れた。
「そうか…、まあ大事にしろよ」
「ああ…」
 児玉に慰(なぐさ)めともつかぬ言葉をかけられ、須山は苦笑した。ただ、[見えなくもない]という文言(もんごん)はいいぞ! と思え、以後は多用することにした。
そんなある日のことである。
「どう! 私、綺麗?」
 自信あり気に、同じ課で働く年増(としま)のOL、三崎加代が須山に訊(たず)ねた。手がつけられないほどブサイクな顔が須山の目へモロに飛び込んできた。当然、須山は常套句(じょうとうく)を使った。
「見えなくもない…です」
「見えなくもない・・って、どうよ! そこは、見えるでしょうがっ!」
 ムカッとしたのか、加代は須山に噛(か)みついた。
「いや、すみません! 別人に見えなくもない、って意味でして…」
「ああ、それほど綺麗ってこと? なら、そう言いなさいよ、ちゃんと!」
 須山の目には整形以前の手がつけられないほどブサイクな顔が映っていたが、むろんそうとは言えず、心に留め置いた。ただ、須山が別人に見えなくもないと言ったのは本心だった。他人の目には加代が美人に映っていることだろう。だとすれば、俺が見えているのは別人だ・・と思ったのだ。ある種のコジツケによる逃避心理だ。そこまでして真実を隠す必要があるのか! と、須山の心が叫んだ。
「いいえ、三崎さんはブサイクです」
「まあ! 言ったわねっ。覚えておきなさいよ!」
 加代は怒って、小走りに去った。須山はあとの恐さ以上に心がスゥ~っとして、胸の閊(つか)えが取れた。

                        THE END

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2016年9月29日 (木)

ユ-モア短編集 [第91話]  座談会

 今日は日曜の朝である。答動(とうどう)久男は肉を入れてスキ焼の下準備を始めていた。答動は世間の既成概念の打破に燃える男で、朝からスキ焼き・・というのもその一つだった。世間の一般常識では、家族を囲んで夕飯に・・だからだ。答動家ではその常識が通用しなかった。妻の夏美も三人の子供達も、答動の理路整然(りろせいぜん)とした方針に感化され、今では完全に諦(あきら)めていた。日曜の朝はスキ焼きのブランチ[朝食と昼食を兼ねた食事]というのが答動家の相場となっていた。
 割り下は作り置きがあったから問題はなく、答動はいつもの手順で楽しみながら準備をしていた。当然、鼻歌なども出て、気分は上々だった。ふと、外の庭を見れば、植えられた庭木の梢(こずえ)に雀(すずめ)の群れが舞い下りるのが見えた。まあそんなことはよくあることで、さして気にも留めず答動は準備を進めた。準備は答動の専売特許で、いい匂いがしてグツグツといい塩梅(あんばい)に出来上る頃になると、夏美と子供達が現れるというパターンが定着していた。だから、「おい! できたぞっ!」と、声をかける必要など、まったくなかった。
 焼豆腐、葱、肉、白滝などの具材をそれぞれ皿に盛って、答動はテレビのリモコンを押した。画面には政治座談会の熱弁合戦の様子が映し出されていた。一人の識者が意見を話し始めたとき庭の雀がチチチ…と囀(さえず)った。そして、意見が終わると雀の囀りは止まった。まっ! そんな偶然もあるさ…と答動は気にも止めず、具材の皿を茶の間の長椅子へと運んだ。運ぶ途中ですでにテレビはリモコンを押して切っていた。長椅子の上にはガスコンロが置かれており、その上には鍋が乗っている。答動は小型ガスボンベを捻(ひね)ってコンロに火を点(つ)け、テレビのリモコンを押した。その途端、ふたたび政治座談会が映し出された。テレビの観る場を変えたのだ。当然、識者達と司会者が映り、熱弁が聴こえてきた。それに合わせるかのように、庭がチチチ…チチチチ…と賑(にぎ)やかになった。賑やかなことだな・・雀達も座談会か…と、答動が思ったとき、夏美や子供達が現れた。まだまだ賑やかな座談会になるな…と答動は、また思った。

                        THE END

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2016年9月28日 (水)

ユ-モア短編集 [第90話]  覚える

 鳥橋(とりはし)拓也は、今年の春、新入社員となった若者だ。その鳥橋が朝からお小言(こごと)を課長の浪岡から頂戴(ちょうだい)していた。
「お前なっ! こんな書類どおりにコトが運ぶとでも思ってんのかっ! 少しは身体で覚えろっ! お前のは、頭デカの発想だっ!」
 今日の浪岡は、二日分を怒っているように他の課員達には見えた。
「頭デカですか…。すみません、僕はこれだけのものですから…」
 鳥橋は浪岡に下手投げを食らわした。そのひと言が余計だった。火に油を注ぎ込んだようなもので、浪岡の怒りは一層、大きくなった。浪岡の顔が赤くなったのを見て、鳥橋は、しまった! と思ったが、もう遅かった。浪岡が逆に上(うわて)投げを、うち返した。
「馬鹿野郎!! これだけのもので済んだら、会社は倒産だっ!! 情けない…少しは反省しろっ !!」
「はい…」
 鳥橋は完全に萎(な)えていた。
 次の日から鳥橋の身体で覚える仕事が始まった。それまではパソコン入力後に印刷していたものを、手書きしてコピーに切り替えた。手書きだと頭と同時に手指が動いているから身体で覚えているんだ…と鳥橋は思った。
「馬鹿野郎!!! そうじゃないんだっ、鳥橋」
 少し哀れに思えたのか、浪岡は少しトーンを落として言った。
「えっ? どうなんでしょう?」
「とにかく、身体を動かせっ!」
「はいっ!」
 鳥橋はそう言うと、デスクを立って課内を動き始めた。他の課員達は迷惑そうに歩き回る鳥橋を通した。
「あの馬鹿、ちっとも分かっとらん…」
 浪岡は怒るだけ無駄か…と、鳥橋を無視することにした。
 課内を5分ばかり動き回り、鳥橋は課長席の前へ戻(もど)った。
「課長、これでよろしいんでしょうか?」
「ああ、まあ、そんなところだ…」
 怒るだけ無駄と悟った浪岡は、軽く鳥橋の言葉を受け流した。浪岡は言っても無駄だと思い、鳥橋は、これが覚えるということか…と思った。二人は妙なところで納得する同じ気分を覚えた

 
                        THE END

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2016年9月27日 (火)

ユ-モア短編集 [第89話]  ボリボリ…

 弥川(やがわ)憲司は痒(かゆ)さに我慢できず、ボリボリ…と、思わず首筋を掻(か)き毟(むし)った。ホームレスには決して成りたくてなった訳ではなかったが、成ってしまったものは仕方がない…とオウンゴールのように甘受(かんじゅ)していた。
 今朝も早くから、空き缶を拾ってリサイクル業者に持っていった。
「アンタも、よくやるね…」
 慰(なぐさ)めともつかない言葉を顔馴染みの須崎にかけられ、弥川は意味のない笑いを無言で返した。
「今日は、450円だね。正確には448円だけど、ははは…端数は私からの寄付ということでね」
「須崎さん、いつも、すいませんねぇ」
 軽くお辞儀をしてボリボリと首筋を掻き、弥川は須崎から手間賃を受け取った。まあ、これだけあれば、三日分を合わせて1,500円ほどにはなる。だいたい三日が相場で、換金しては僅(わず)かな食料を買い、飢えを凌(しの)ぐサイクルを繰り返していた。ボリボリ…と掻き、その日も一日が終わるのが相場だった。銭湯へはここ2年ばかり御無沙汰していたから、時折り、首筋を掻きながらそのときの湯舟の心地よさを弥川は思い出した。身体はもっぱら公設トイレ、デパートとかで洗っては拭(ふ)き、済ませていた。それでも、ダンボールの古さからか、やはり眠っているとボリボリ…となった。
 そんな弥川に転機が訪れたのは、ひょんなきっかけだった。拾った宝くじが馬鹿当たりしていたのだ。弥川は過去、空き缶を拾っていたとき、偶然、宝くじ券数枚を拾ったのである。まだ新しかったせいもあり、それを交番へ届けておいたのだが、遺失物の届けがなく、時の経過で弥川のものとなったのである。その券が当たっていた。その換金額、実に前後賞を合わせ数億円だった。
 入った金が災いした訳ではなかったが、弥川はホームレスを辞めざるを得なくなった。とはいえ、これといった金の使い道もなく、弥川は金を金融機関へ預けておいた。ところがである。人生は奇なるもので、偶然出会った男にアドバイスされ、小さな店を開店した。運よくそれが、また馬鹿当たりした。瞬く間に弥川は会社の社長となり、社長席に偉そうな口髭(くちひげ)を蓄(たくわ)え、座っていた。ただ、弥川は相変わらずボリボリ…と首筋を掻いていた。

                        THE END

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2016年9月26日 (月)

ユ-モア短編集 [第88話]  フクロウとカラス

 鎮守の森では、いよいよ最後の試合が始まろうとしていた。対戦するのはフクロウとカラスだ。とはいえ、双方とも、ただのフクロウとカラスではない。フクロウはフクロウの中に君臨するトップ中のトップであり、対するカラスも代表格のカラスだった。スポーツではなく喉(のど)自慢だから、審判の判定に全羽、不服を言わず、恨みっこなし・・というのがルールだった。審判は全ての鳥から選出されたコハクチョウが務めていた。二匹は予選リーグを勝ち進み、決勝リーグの決勝まで勝ち残った。開始は、双方の都合がいい夕方に設定された。カラスは? といえば夜に弱く、フクロウは真逆に昼間が苦手(にがて)というのが理由だった。苦手というのは就寝タイムだということを示す。
『では、カラスさん、どうぞ…』
 総合司会のコハクチョウがサッ! と舞い下りて、そう言った。その言葉に促(うなが)され、カラスは♪カカア~カアカア~~♪と美声を披露した。審査するコハクチョウ数羽は池の水辺を優雅に旋回しながら耳を澄ました。約3分が経過し、歌は終った。
「はい、お見事でした。では、フクロウさんどうぞ…」
 フクロウは軽く羽根を羽ばたかせると、♪ホホウ~ホウホウ~♪と歌い始めた。そして、その歌も、、やがて終わった。
「お二羽とも、ありがとうございました。では審査の間、私めがお粗末な喉を披露させていただきます」
 総合司会のコハクチョウがそう言った。二羽は、どうでもいいのに…と、つまらなそうに思った。そんなことも知らず、総合司会のコハクチョウは高域の喉で一節(ひとふし)唸(うな)った。無視する訳にもいかず、二匹は仕方なく聴いていた。いや、聴かされていた。そうして、その歌も終わった。すると、水辺から別のコハクチョウが飛んできて結果を伝えた。
「はい、なるほど…。では、結果を発表いたします!」
 盛り上げるドラムの替わりに、係の鳥達が羽根を羽ばたかす音がした。
「双方とも甲乙つけがたく、この試合は歌い分けといたします」
 歌い分けとは、人間の世界で言う引き分けである。鳥の世界ではよく、こんなケースがあった。鳥だけに、とりとめがない・・ということのようである。

                        THE END

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2016年9月25日 (日)

ユ-モア短編集 [第87話] 雨が止(や)む

 シトシトと今朝も梅雨の雨が降っていた。平坂(ひらさか)透は外の畑仕事も出来ず、さてどうするか…と、茶の間の畳に座り、腕組みをしながら考え倦(あぐ)ねていた。細かい砂を空から落とすような雨音だけが平坂の耳に聞こえ続けている。結論は出ず、いつまで考えていても仕方がない…と、平坂は湯呑みの冷たい茶を口に含むと立ち上がった。台所炊事場へ行き、洗い忘れた食器類を洗おうと蛇口を捻(ひね)った。そのとき、少し雨音が激しくなったように思えたが、偶然、タイミングが合ったんだろう…と、そのまま洗い続けた。洗い終えて蛇口を閉めると、妙なことにピタッ! と雨が止(や)んだ。まあそれでも、そんな偶然はよくある話だ…と思いながらふたたび茶の間へ戻(もど)ると、溜息(ためいき)が一つ出た。止んだ雨はそのまま忘れたかのように降ることはなかった。おお! これなら畑仕事が出来るぞ…と平坂は腕を見た。まだ昼には1時間以上あった。平坂は勇んで畑へ出ると軽く除草を済ませた。家へ入ろうとしたとき、葱が目に入った。貰い物の肉があったことを思い出し、今夜はスキ焼きにでもするか…と幾株かを引き抜き、外の洗し場で洗おうと蛇口を捻った。水が蛇口から勢いよく流れ出た途端、雨がザザーっと降り出した。タイミングのいいことだ…と平坂はニタリとし、蛇口を締(し)めた。それと同時に雨はピタリと止んだ。平坂はこのとき初めて、おやっ? と思った。洗い物はなかったが、蛇口を捻ると、ふたたびザザーっときた。平坂は少し怖(こわ)くなり、葱を片手に家の中へと駆け込んだ。
 冷蔵庫を開けると、中に肉はなかった。
「ははは…馬鹿なっ!」
 平坂は三日前、肉を食べてしまったことを思い出し、独りごちた。それを笑うかのように日が射した。長かった梅雨は明けた。

                          THE END

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2016年9月24日 (土)

ユ-モア短編集 [第86話] 物流

 まさか、こんな地へ左遷(させん)されるとは…と、吉岡久司は、がっくりと肩を落とし、溜息(ためいき)混じりに社屋(しゃおく)の窓から外を見た。リストラされなかっただけでも、まだよかったじゃないか…と心の片隅で慰(なぐさ)めるもう一人の自分が呟(つぶや)いた。まあ、それもそうだな…と吉岡は、ふたたび書類に目を通し始めた。
 吉岡が異動した商社は本社の子会社で、課長の吉岡は、形だけは次長ポストという昇任人事で、子会社へ遷(うつ)されたのである。
「まあ、そうガックリしなさんな。また日の目を見る日もあるさ…」
 一杯飲み屋、蛸足(たこあし)で杯(さかずき)に酒を注(そそ)いでくれた同期入社、小野辺(おのべ)の言葉が、ふと浮かんだ。
「俺は、もう駄目だよ…」
 吉岡は突き出しの蛸足の酢のものを摘(つ)まみながらショボく言った。
「俺達は会社の物だ、流れるだけさ。帰ってきたやつもいる、諦(あき)めるなっ!」
「ああ…」
 吉岡はこの言葉に勇気づけられ、会社を辞(や)めず努力した。その結果、吉岡の実績は積み上げられていった。右肩下がりだった子会社の営業利益は飛躍的に(の)伸び、会社経営は立て直されたのである。
 それから一年が経(た)とうとする春先だった。
「あっ! 吉岡君。君、四月から本社へ戻(もど)れることになったぞ! おめでとう」
 部長の烏賊墨(いかすみ)は握手を求めながら笑顔でそう言った。
「ありがとうございます!」
 吉岡の脳裡(のうり)にふと、同期、小野辺の顔が浮かんだ。あいつのお蔭(かげ)だっ! 戻ったら礼を言わなきゃな…と吉岡は心に記(しる)した。
「それで、私のポストへは誰が?」
「ああ、それな。よく分からんが、本社からの電話では、確か…そうそう、小野辺とか言ってたな」
「ええっ!」
 吉岡は本社へ返送され、本社から入れ換わりに小野辺が流れてくる・・という物流がすでに出来ていた。
 春先、一杯飲み屋、蛸足で小野辺の杯に酒を注ぐ吉岡の姿があった。
「俺達は会社の物だ、流れるだけさ。帰ってきたやつもいる、諦(あき)めるなっ!」
「ああ…」
 どこかで聞いた言葉だった。

                        THE END

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2016年9月23日 (金)

ユ-モア短編集 [第85話] 妖怪・田舎(いなか)もどし

 雲上(くもがみ)快晴は小学2年生だ。今朝は日曜で、時間の空(あ)きが出来た快晴は家の勉強部屋で、ゴミ置き場に拾てられていた不思議な本を読んでいた。出版社も作者名、値段も何もない、それでいて本らしい体裁(ていさい)を整えた不思議な本だった。小学生の快晴が読めない難(むずか)しい漢字には、ちゃんとルビが振ってあり、小学2年の快晴にもスラスラと読めるのが、不思議といえば不思議だった。
━ 妖怪・田舎(いなか)もどしは田に出て稲刈りをしていました。かつて田畑の畔(あぜ)に集(つど)い、昼の食を使う農家の人々の姿は消え、荒廃した田畑に妖怪・田舎もどしは住みつくようになったのです。妖怪ですから人間のように疲れることも全然なく、それはそれは野良(のら)仕事が捗(はかど)りました ━
『ふ~ん、疲れないのか…それは便利だな』
 快晴は不思議な本だということも忘れ、読み進んだ。そして、次第に本の世界へと吸い込まれていった。
『ほお、アンタは…子供さんか?』
『はい、小学2年生に成りたての雲上快晴ですっ!』
『ほお、成りたてか? 刈りたての新米じゃ、ふふふ…。どれ、ひとつ、刈っていかんか』
 田舎もどしは足がなく、スゥ~~っと快晴に近づくと、持っていた鎌(かま)を手渡そうとした。
『少しなら…。僕、勉強があるから』
 気づけば、快晴はアッ! という間に一反(いったん)の稲田を刈り終わっていた。
『ほお、やるのう…』
 妖怪・田舎もどしは感心した。
『いえ、それほどでも…』
 快晴は取り分け怖(こわ)がりもせず、罰悪く、はにかんだ。
『いやいや、なかなかのもんじゃ。まあ、お礼といってはなんじゃが、これを取っておかんか』
 妖怪・田舎もどしが鎌を受け取ったあと快晴に手渡したもの、それは、お米の引換券だった。そんな、馬鹿な! これは夢だよ…と思えたところで快晴は目が覚めた。目覚めた快晴の手に、お米の引換券が握られていた。

                       THE END

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2016年9月22日 (木)

ユ-モア短編集 [第84話] 僅(わず)かな差

 馬尻毛(まじりげ)振一(しんいち)は自他ともに認める馬マニアだった。それが高じて、今では多くの馬グッズを収集するまでになっていた。馬は好きだったが、馬1頭を購入して馬主(ばぬし)になるほどの金持ちでもなく、齷齪(あくせく)働きながら余暇(よか)を楽しみ、今日に至っていた。競馬には一切興味がなかったが、馬券情報にはめっきり強く、確実に当てた。そんなこともあり、知り合いは申すに及ばず、芸能関係の問い合わせも多々あり、トウシロながら、その筋の人・・とマスコミでは持て囃(はや)されるまでになっていた。
「はい! 馬尻毛ですがっ!」
 またかっ! と馬尻毛は大きな声を出した。朝からこれで4件目の電話である。これでは家の盆栽の手入れも出来やせん! と馬尻毛は少し怒れていた。
『○◇スポーツ、競馬担当の者です。この前言ってられた鼻毛の差で、よろしいんでしょうか?』
「はい、アレね。今日でしたか? はあはあ、まあ、私の予想に間違いは、まずありませんでしょう」
『はあ。ただ、ハナの差というのはありますが、鼻毛の差は、いくらなんでも…』
[えっ? いやぁ~お疑いなら無視されればいいじゃありませんか」
『いや~そんな。取材費は、きちんと振り込みでお支払いいたしますから、もう少し現実的に…』
「馬鹿にしなさんなっ! 私ゃ金(かね)目当てで、あんた方に予想したんじゃないっ!」
 馬尻毛は記者の物言いにムカッとし、昔ながらのダイヤル式黒電話をガチャ! っと切った。
 こちらは電話を切られたスーポツ新聞社のデスクである。
「やっこさん、怒ったか。しかしな…ハナの差はあるぞ、確かに…。だが、鼻毛の差なんて聞いたことがないっ!」
「僅(わず)かな差ですもんね。ほぼ、同着だっ」
 笑いながら電話を切られた記者は編集長に言った。
「笑いごとかっ、馬鹿野郎!」
 怒鳴られ、記者は萎(な)えた。
 そして、その予想レースが始まった。馬尻毛が予想した馬は、ものの見事に1着になった。だが、そのレースは写真判定されるという際(きわ)どいもので、結果は鼻毛の差という僅かな差だった。ルール上、ハナの差とは報道されたが、その実、レースは競馬史上に残る鼻毛の差という僅かな差だった。


                      THE END

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2016年9月21日 (水)

ユ-モア短編集 [第83話] お焦(こ)げ

 立板(たていた)削(けずる)は、炊(た)いたご飯のお焦(こ)げが大好きだ。あの香ばしい焦げた匂(にお)いがする炊きたてご飯の握り飯なら、毎日でもいい…と思っていた。おかずがなくてもいいほど好きだったが、さすがに健康に悪いからと母親の順子はここ最近、手控(てびか)えていた。
 削の家は昔ながらの家屋で、台所は竃(かまど)だったから当然、炊飯は直火(じかび)炊きの釜が使われていた。
 
今朝も香ばしいお焦げのいい匂いが漂う。昨日の仕事ですっかり疲れ果て、ぐっすり眠っていた削は、その匂いに揺り起こされるかのように自然と目覚めた。
「あら! 早いわねっ」
「母さん、お握り!」
 ニヤリと笑いながら、削はやんわりと言った。とても社会人とは思えない…と自身でも思えていたからニヤリとなった訳だ。
「この前、作ってあげたでしょ!」
「1週間前だろ」
 この手の会話が過去、母子の間で何度となく繰り返されてきたのである。
「お焦げの日だけでいいからさ…」
「仕方ない子ねぇ~」
 削にとっては都合よく、順子にとっては都合悪いことに、今朝はお焦げが出来ていた。保温ジャーへ炊いた釜のご飯を移すと、底の方には、お焦げが、こびりついていた。順子は立て板に水を流すように、馴れた指の捌(さば)きで数個のお握りを瞬く間に作った。削は出来上がったそのお握りを、立て板に水を流すように、馴れた口の動きで頬張り、腹へと収納した。
 
                        THE END

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2016年9月20日 (火)

ユ-モア短編集 [第82話] よもやま話

 課長補佐の干柿(ほしがき)貢(みつぐ)は職場で敬遠されている。それは決して彼が嫌われている・・ということではない。というのは、干柿は話が長いのだ。話し始めれば、周囲や今の状況を完全に忘れてしまうというのが干柿の欠点だった。
「ほ…」
 課長の茶栗(ちゃぐり)は一瞬、開いた口を慌(あわ)てて閉ざした。危ない危ない…と思ったのである。腕を見ると、会議が始まる10時が近づいていた。今、話しかければ確実に30分は場を離れられなくなることは分かっていた。だから、口を閉ざしたのだ。だが、すでに遅(おそ)かった。誰かから話しかけられないかと、干柿は耳を欹(そばだ)てていたのである。まるで話の獲物を狙う猛獣のような干柿だった。
「あっ! 課長。何でしたでしょ」
 その声を聞いた瞬間、茶栗はしまった! と軽率を悔(く)いた。
「んっ? いや、なんでもない」
 知らず知らず、茶栗は干柿の前へ跪(ひざまず)き土下座をしていた。そして、干柿の顔を見上げ、両手を合わせていた。まるで、命 乞(ご)いをする囚(とら)われ人に見えた。それを見て干柿は、『俺はいじめっ子じゃないぞ…』と思った。
「まあ、立って下さい、課長」
 干柿も跪き、宥(なだ)めるように茶栗を立たせた。どちらが上役か分からなかった。
「君とゆっくり話したいんだが、10時から会議でな。遅れる訳にゃいかんのだ、すまんな…」
「ああ、そうでしたか。それは、すみません。で、何どういう議題ですか?」
 ここで暈しながら返さずに去れば問題はなかったのだ。
「そうだな…。君も課長補佐だからな。知っておいた方がいいだろう」
 茶栗はカクカクシカジカと議題の内容を話し始めた。これが、いけなかった。答えては訊(き)かれ、いつの間にか、よもやま話まで二人は話していた。結果、茶栗は1時間以上、会議に遅れ、部長に大目玉を食らった。しょんぼりと茶栗が食堂へ向かったとき、干柿は社長と笑顔で、よもやま話に花を咲かせていた。

                        THE END

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2016年9月19日 (月)

ユ-モア短編集 [第81話] 錆(さ)びた人々

 壺花(つぼはな)美咲は今をときめく新進女流華道家で、創設した壺花流の家元でもあった。
「先生、よろしくお願いいたします」
 今日も多くの門弟達が美咲の華道教室に訪れていた。女性のお弟子以外は弟子に取らない壺花流は、他の華道宗家とはひと味違う色彩を華道界に放っていた。
「皆さま、おはようございます。では、観ていきますわね…」
 美咲が大広間の和室に入る以前、すでに門弟達は壺に花を生けて、今や遅しと美咲を待っていたのである。
「このお花、錆びてますわね…」
 美咲の口癖(くちぐせ)が出た。彼女は拙(まず)い生け花を感じると、そう言うのが常だった。弟子達もそれは分かっていて、美咲にそう言われた瞬間、彼女にペコリと一礼すると生けた壺を手にし、磁石に吸い寄せられるかのように別部屋へと移っていった。何も言われないか、お褒(ほ)めの言葉を頂戴した者達だけが美咲との同席を許され、そのまま生け続けられたのである。そうはいっても門弟は限られている。数度、生け変えるうちに、門弟達はほとんどいなくなり、1名残ればいい方だった。他の部屋へ移った弟子達は、錆びた人々と呼ばれた。錆びないよう努める・・それが壺花流の流儀とされた。錆びた人々は、どこか赤茶けて見えた。

                       THE END

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2016年9月18日 (日)

ユ-モア短編集 [第80話] 夢の宴(うたげ)

 会社の同僚と慰安旅行で来た岩窪(いわくぼ)透は、ドンチャン騒ぎを抜けると、ひと風呂浴びたい…と堤防を下り、川岸の砂利を掘って露天風呂に浸(つ)かろうとした。この地は川底自体に熱源が湧き出した温泉地帯である。どこを掘って浸かろうと、誰に苦情を言われることもなかった。川久保は適当に掘り、出来た湯舟に冷えた川の水を適度に流し入れ、いいお湯加減にしたところで浸かった。自然の景観を愛(め)でながら、涼(すず)やかなそよ風を肩に受け、気分は最高である。買って持ってきた冷酒の瓶をグビッ! と飲んで、ツマミの鮎の塩焼きを頬張る。最高の気分だ…と、岩窪は思いながら目を閉じた。どこから流れるのか、川岸伝いに連なる旅館のどこからか、カラオケと決して上手(うま)いとは言えない歌声が聞こえる。この音は、いらないいらない…と気分を削(そ)がれて岩窪は目を開けた。身体も適度に温(あたた)まり熱張ってきていた。酒の回りもあるな…と思いながら岩窪は湯舟を出て、旅館の浴衣(ゆかた)を着た。そのとき、岩窪は、おやっ? と思った。泊ったはずの旅館が消えていた。いや、これは俺の目の錯覚だ…と、取り敢(あ)えず川岸から上がった。旅館の名が[鮎川]ということは覚(おぼ)えていた。
「あの…鮎川という旅館はどちらだったでしょう?」
「えっ? 鮎川ですか…。そんな旅館、この辺にあったかなぁ?」
 適当な旅館に飛び込んで訊(たず)ねると、旅館の番頭は首を傾(かし)げた。
「そんなこと言われても…。私は現に飲んで歌って…ほら、その旅館の浴衣を着てるんですから、この」
 そのとき、岩窪は驚いた。岩窪の姿は背広で、片手には旅用の小バッグを提(さ)げているではないか。岩窪は罰悪く、頭を下げると飛び込んだ旅館を出た。出たところで立ち止り、はた、と考え込んだ。この地へ旅したことは、この服装と手荷物で間違いがなかった。慰安旅行…のはずなのだ。その記憶はあったが、同僚とここへ来た記憶が消えていた。まあ、そうはいっても仕方がない。夕空はすでに暗まり、とっぷりと暮れかけていた。岩窪は飛び込んだ旅館へUターンした。
「ごゆっくり…」
 番頭に部屋へ通され、お茶を飲んだとき、岩窪は急に眠くなった。そしていつしか、深い眠りに沈んでいった。
「岩窪! 起きろっ。もう着くぞっ」
 岩窪は会社の同僚に起こされた。場所は列車内で、いつの間にか寝込んでしまったのだ。列車の眼下に旅館[鮎川]の姿と川岸が窓に見えた。岩窪は、またドンチャン騒ぎと露天風呂か…と興(きょう)が醒(さ)めた。やれやれ…と座席を立った岩窪は下半身がいいお湯加減に生暖かく濡れているのを感じた。

                      THE END

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2016年9月17日 (土)

ユ-モア短編集 [第79話] リズムな人生

 五十川(いそかわ)丈太は三十半ばのサラリーマンである。外見上は他の社員と変わりがないフツ~~のサラリーマンだ。だが、彼の動き方には他の者達と明らかに違う特徴があった。五十川はリズム感覚ですべての物事を捉(とら)える天性を有していた。当然、動きはリズム感覚で、五十川と話す相手は自然と身体が動いた。それは決して腹が立つというものではなく、むしろ、気分がリフレッシュ出来るぞ・・と社内では好評だった
 五十川は生まれたときから自然とリズムをもって身体が動き、今に至るまでリズムな人生を味わってきた。おそらく、これからもそうなのだろう…と彼は意識することなく思っていた。
 ある日の朝、五十川の姿は通勤途中の地下鉄にあった。自然と五十川の首がリズムっぽく揺れ、顔の表情が物悲しくなった。
「おお! 今日は湿っぽいね…演歌かい?」
「えっ? ああ、まあ…。おはようございます」
 急な声に驚いて五十川が振り返ると、課長の汗吹(あせぶき)が偶然、同じ地下鉄に乗り、後ろに立っていた。他の乗客がいる手前、課長とは言わず、省略して五十川は挨拶をした。
「朝、何かあったの?」
 出がけの十字路で近所の奥さんと出会いがしらにぶつかって転び、足を擦(す)り剥(む)いたなどとは、とても言えなかった。俺はどうして、こう感情がリズムで出るんだ? と五十川は常々、不思議に思えていたが、今朝もまた、そう思えた。しかし、いいリズムの日も多々、あった。契約が取れたときなどは、永ちゃんよろしく、急に手持ちの鞄(かばん)をマイクがわりに振り回し、通行人をパフォーマンス[振る舞い]で驚かせたりもした。社へ戻(もど)っても、動きが自然とロック調になり、身体が揺れた。それを見た汗吹が、「上手くいったようだな…」とニタリとし、独りごちた。もちろん、他の課員も、黙ってポン! と五十川の背や肩を叩(たた)いた。五十川の前では、必要最小限の言葉以外、ほとんど話す必要がなかったのである。リズムな人生は言葉のない感覚の人生でもあった。

                          THE END

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2016年9月16日 (金)

ユ-モア短編集 [第78話] ド忘れ

 どうも最近、忘れっぽくなった…と、滝村陽二は思った。一度、診てもらおうと、病院の門を潜(くぐ)った。
「先生。どうでしょう?」 
「別に、どうということもないですな…。こんなことを申してはなんですが、お年のせいでしょうか」
 CTスキャンされた写真を見ながら、初老の医者はニヤリとして言った。滝村は、アンタだって…と思ったが、思うに留めた。
 滝村の場合、完全に忘れている訳ではなかった。忘れていても、数時間して不意に思い出すこともあった。
「そうそう、干梅(ほしうめ)裕香だった。最近の子は多くて覚えにくい…」
 テレビで唄う女性アイドルグループを見ながら、滝村はド忘れした自分の甘さをメンバーの多さに転嫁(てんか)した。
 ある日のことである。滝村は演奏会のチケットを手に入れようとチケット売り場へ向かった。その途中である。
「やあ! 滝村さんじゃありませんか!」
「ああ! これは、これは…」
 通りすがりの男に声をかけられた滝村は、? と、その男の名前が出てこなかった。ド忘れしたのである。
「お元気でしたか?」
「ええ、まあ…」
 顔はしっかりと憶(おぼ)えていたが、名が出てこない。そうこうするうちに世間話は進んでいった。
「ははは…、それじゃ、また」
 相手の男は立ち去った。とうとう、相手の名を思い出せなかった腹立たしさが滝村の気分を悪くしていた。
「まあ、仕方ないか…」
 滝村はそのうち思い出すだろう…と諦(あきら)めて歩き出した。そのときである。おやっ? 自分はどこへ向かってるんだ? と滝村は思った。ド忘れの挙句(あげく)、ド忘れしたのである。ああ! ややこしい…と思いながら仕方なく滝村は自宅へ引き返した。家の玄関を開けたとき、そうだ! 吉川さんだった! と、男の名を思い出した。ただ、演奏会のことはド忘れしたままだった。 

                        THE END

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2016年9月15日 (木)

ユ-モア短編集 [第77話] 鬩(せめ)ぎ合い

 天空では目に見えない鬩(せめ)ぎ合いが続けられていた。双方、入り乱れての鬩ぎ合いは、下界にシトシト雨を降らした。
「梅雨らしく、よく降るな…」
 湿気(しっけ)が高く、室内が蒸(む)し返る中、縦溝(たてみぞ)昇は欠伸(あくび)をしながら、そう言って外を見た。洗濯ものを畳(たた)む妻の雅子の返答はない。それもそのはずで、縦溝家でも両者の鬩ぎ合いは続いていたのである。
 コトは単純なことから始まった。雅子の頼みを縦溝が無視したからだった。恰(あたか)も、上空の暖気団が北へ押し上がろうとする意志を、寒気団が無視したような話だった。…それは少し違うかも知れないが、まあ、いずれにしても鬩ぎ合いであることに違いはなかった。縦溝と雅子との鬩ぎ合いは、ここひと月ほども続いていたが、双方とも治まるきっかけが見い出せず、梅雨空のような長期戦に至っていた。
「今日は晴れたな。…ビールは?」
 シャワーで汗を流した縦溝が、それとなく雅子に訊(き)いた。
「私も飲むから買ってあるわ…」
 不承不承、雅子は返した。梅雨の晴れ間的なこんな会話が交(か)わされる日もあったが、すぐ雨寄った。
 そうこうして日が過ぎ去ったある日、気象庁がテレビで梅雨明けしたとみられる・・と発表した。上空の折り合いがつき、暖気団と寒気団の鬩ぎ合いが終わったのだ。
「ほう…梅雨明けか。どうりで夏の暑気な訳だ…」
「…私達も梅雨明けしましょう」
 笑顔の雅子がコップ二つ、ビール、ツマミを盆に乗せ運んできた。縦溝家でも鬩ぎ合いは終息した。

                          THE END

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2016年9月14日 (水)

ユ-モア短編集 [第76話] 煮っころがし

 風呂上りで一杯、ひっかけたい…と、最近、ただの初老男に成り下がっている鰯雲(いわしぐも)公一は思った。そうなると、ツマミが大事である。なんといっても酒はツマミで喉越しや味が変わる。まあ、酒好きの者なら一合の枡(ます)に塩をのせ、それをツマミがわりにして冷(ひや)をグッ! とやるそうだが、鰯雲の場合は煮っころがしだった。それも、グツグツと諄(くど)く煮込んだ里芋(さといも)が好みだった。
「煮っころがしは?」
「ごめん、ごめん…。今日は切らしてるの。明日(あした)また作っておくから、今日はそれで我慢してっ!」
 妻の久美はポーン! と、ぞんざいな軽さで細長い魚肉ソーセージの袋を投げた。若い頃なら口喧嘩(くちげんか)になった事態だったが、今の鰯雲は怒る気力も失せた中年で、投げられて畳の上へ落ちたソーセージの袋を無意識に拾(ひろ)って破り、食べていた。そんな自分が鰯雲は無性に情けなかった。プロ野球の実況画面を見ながら、鰯雲は頬に涙が伝わるのを覚えた。
「あら、どうしたのよ? 涙なんか流して…。老眼?」
 今度はデリカシーのない言葉を投げて久美が近づいてきた。鰯雲が見た久美の顔が一瞬、煮っころがしの里芋に見えた。鰯雲は食べて消してしまいたい…と、ぞんざいな軽さで思った。

                         THE END

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2016年9月13日 (火)

ユ-モア短編集 [第75話] 始発(しはつ)

 これはもう、聞くも悍(おぞ)ましい身の毛も弥立(よだ)つ話? である。
 今から数年前の冬の季節だった。乗降客とて少ない海沿いの駅に降り立った一人の男がいた。その男は小麦(こむぎ)瓶也(びんや)といった。外見はうらぶれた服装だったが、これといって変わりばえしない普通の男に見えた。
「あの…もし、どこへいかれるんです?」
 改札の駅員、酒樽(さかだる)は訝(いぶか)しげな顔で小麦に訊(たず)ねた。それもそのはずで、午後11時半ばを過ぎた深夜の最終便である。
「どこへ…って、ここへ」
「はあ? いや、だから、ここのどちらへ行かれるんです?」
 時間も時間である。誰もが、そう訊ねただろう。
「いや、別にこれといったあては…」
「この辺りに宿はありませんよ」
「そうですか…弱ったな」
 小麦の表情は別に困っているようにも見えなかった。
「そう言われましてもねぇ~」
「そこの待合所で寝てはダメですか?」
「待合所ですから、ダメということはありませんがね…」
 変わった人だ…という目つきで酒樽は小麦を窺(うかが)い、切符を受け取ると改札を通した。
「じゃあ、私はこれで帰りますんで…」
 酒樽は戸締りを済ませ駅員室を施錠すると、帽子を脱いで小麦に一礼した。
「あの…もし、どこへいかれるんです?」
「どこへ…って、ここへ」
「はあ? いや、だから、ここのどちらへ行かれるんです?」
 自分が訊ねたのと一字一句、違いなく、酒樽は小麦に訊ね返された。だが自分はこの地に家があり、家族がいるのだ。ここからが違う! と意気込んだ。そして、酒樽は『どこへって、家族の所へ戻(もど)るだけです』と言おうとした。ところが、である。
「いや、別にこれといったあては…」
 酒樽の口から出たのは、この言葉だった。酒樽は自分の口を塞(ふさ)いだ。
「この辺りに宿はありませんよ」
 小麦は酒樽に返した。いつの間にか小麦のうらぶれた服装が駅員服に変わっているではないか。
「そうですか…弱ったな」
 酒樽は自分の意志とは真逆に、口を動かしていた。そして酒樽は、いつの間にか自分の駅員服が小麦が着ていたうらぶれた服装に変化していることに気づいた。
「そう言われましてもねぇ~」
「そこの待合所で寝てはダメですか?」
「待合所ですから、ダメということはありませんがね…」
 このサイクルが何度も繰(く)り返された。二人は何度も立場を逆転させ、交流電源のプラスマイナスように朝を迎えた。そして、始発がホームへ入ってきた。
 酒樽は何もなかったように、深夜に受け取った切符を改札で渡し、小麦を通した。二人の服装は何もなかった以前に戻っていた。ただ、二人の顔はどういう訳か、ウィスキーを飲んだあとのように紅潮(こうちょう)していた。

                     THE END

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2016年9月12日 (月)

ユ-モア短編集 [第74話] 心がける

 古舟(こぶね)物産の課長、底板(そこいた)抜雄(ぬけお)は失敗をよくする男だった。いつも何かが脱落しているのだ。自分ではすべてが整ったと思っていても、他人から見れば何かが一つ足りなかった。
 つい一週間前にも、こんなことがあった。
「すまんね、底板君。ひとつよろしく頼むよ!」
 今年、執行役員に昇格した古舟物産の屋形(やかた)が底板に頼み込んだ。明日、間にあわなければ、間にあわせます! と上役に胸を叩(たた)いた屋形のメンツは丸つぶれになるのだ。
「ああ、それはお任せ下さい。ちゃんと明日には都合をつけますので…」
「ははは…いや、助かる助かる…」
 翌日、屋形は、ちっとも助かっていなかった。数量がひと桁(けた)違ったのである。発注数は一万個ではなく、十万個だった。メンツをつぶされた屋形はそれ以降、今朝まで底板と口を利(き)いていない。その屋形と底板がどういう弾(はず)みか今朝、会社の玄関でバッタリと鉢合わせてしまった。双方とも別に喧嘩(けんか)している訳ではない。同じ会社の人間である以上、挨拶しない訳にはいかなかった。
「おはようございます…」
 底板がやや深めに頭を下げお辞儀した。その言葉の奥には、『先だっては、どうもすみません。二度と、ああいうミスを犯さないよう心がけます…』という文言(もんごん)が秘められていた。そうなのだ。事あるごとに失敗をよくする底板は心がけることにしたのである。言うまでもなくそれは、すべての物事に注意を心がける・・というものだった。
「おっ! おお…おはよう」
 罰が悪そうに屋形も言葉を底板へ返した。その言葉の裏には、『まあ、ミスは仕方ないが、十分、注意しなさい。まあ、君には頼まんが…』という文言が秘められていた。そうなのだ。完全にメンツをつぶされた屋形は心がけることにしたのである。言うまでもなくそれは、今後、底板には頼まないよう心がける・・というものだった。

                        THE END

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2016年9月11日 (日)

ユ-モア短編集 [第73話] 見えないゾーン

 人は誰もが同じ考え、同じ思想…で繋(つな)がっている。人々は、そうした同種類の人々を見出(みいだ)しては引かれ合い、引き合って繋がりを深くする。その集合体が見えないゾーンである。これは表立っての政党とか会社、組織、グループ、会…などの見えるゾーンとは違う、いわば、表立っては見えない感情のゾーンなのだ。見えないのだから始末が悪い場合もあり、よい場合も当然、生じる。
 出汁(だし)邦雄は自分は今、とんでもない方向に進んでいるんじゃないか…と悩んでいた。
 一ヶ月前のことである。
「いや、あなたのような人物を探していたんですよ、実は…」
 競合するライバル会社のスカウトマン、餅鍋(もちなべ)に遭遇したのだった。露骨な引き抜きである。餅鍋はあの手この手で出汁が生存する見えないゾーン、要はプライべートな趣味などの志向性を探(さぐ)り、上手(うま)く釣ろうとモーションをかけたのである。最初の内は、警戒、プライド、会社への責任感が餅鍋の誘惑を撥(は)ね退(の)けていたが、その砦(とりで)も崩壊(ほうかい)寸前にあった。だが、一抹(いちまつ)の遮(さえぎ)る感情が働き、スカウトに乗ることにブロックをかけ悩ませていたのである。ライバル会社は見えないゾーンで出汁を餅鍋の話の中へ注(そそ)ぎ入れようとしていた。
「もう少し、待ってもらえませんか…。私にも家庭があるんで」
「前向きにはお考えいただいておるんでしょうか?」
「ええ、それはもう…」
 課長の出汁を取締役格の部長に迎えようというのが餅鍋の仕掛けた釣り餌(えさ)だった。もちろん、ライバル会社の意向は、利用するだけ利用すれば、そんな話をしましたか? である。二つの見えないゾーンの攻防は、出汁本人の心中で激しく戦われていたのだった。
 二ヶ月後、出汁の姿はライバル会社にあった。ライバル会社の業績は伸(の)び、株価も上昇した。餅鍋の釣りは成功したかに見えた。だがそれは、甘かった。
 この話は出汁が悩んでいた過去へ遡(さかのぼ)る。実は、悩んだ末(すえ)、出汁は会社の重役、葱(ねぎ)に相談した。葱は釣られたフリをしろ・・と、命じたのである。むろん、ライバル会社が凹(へこ)んだ暁(あかつき)には、出汁を部長として再雇用しようという会社契約書の一筆を渡したあとである。いわゆる、逆スパイになれという見えないゾーンである。
 半年が経過したライバル会社の朝である。
「えっ? そんな馬鹿なっ!」
 スカウトマン、餅鍋が社長に呼び出された。
「私が、出鱈目を言う訳がないだろ。この会社は今月で終わりだよ…」
「出汁さんは?」
「出汁はもう辞(や)めたよ。私らは出汁に出汁を取られたんだよ、君」
 餅鍋は渋い顔で、上手(うま)いこと言うな…と思った。その頃、出汁は契約書どおり部長に昇格し、部長席にいた。見えないゾーンは結局、古巣(ふるす)の会社が占有した。美味(おい)しいお雑煮(ぞうに)が出来たのである

                      THE END

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2016年9月10日 (土)

ユ-モア短編集 [第72話] 出たとこ勝負

 並木有也は勝負師を自負するサラリーマンである。彼は生活のすべてで勝負して生きている。それは、目に見える場合もあり、心だけの目には見えない場合もあった。」
 ここは人事部管理課のデスクである。早くから仕事熱心な管理課長の毛利(もうり)が出勤してきて、席に座っている。
「おはようございます」
 並木の心の中では勝負が始まっていた。
━ さて、今日は陽気なパターンでいこう。果たして、3文字以上、口を開くか? ━
 並木は他人が聞けばどうでもいいような勝負を、内心で勝負していた。
「ああ…」
━ チェッ! 2文字かよ… ━
 並木が不満げに腰を下ろした姿を、運悪く毛利が見ていた。
「どうかしたの、並木君?」
 毛利は毛のない頭を禿(はげ)散らかして、そう言った。出勤時間としては、双方ともかなり早く、まだ誰も出勤していなかった。
「いえ、べつに…」
「そう? …今朝も早いね」
 並木としては思わぬ展開である。
━ 2文字だったが、2文字以上だな。ヨッシャ! ━
 並木は内心でガッツポーズをした。恰(あたか)もサッカーの決勝点をゴールへ叩きこんだストライカーのように、である。これで並木の出たとこ勝負は決した。昼食は食堂ではなく、行きつけの鰻屋、魚政に決まったのだ。
 昼の休憩になり、並木は喜び勇んで駆け出した。だが生憎(あいにく)、店は臨時休業していた。
━ なんだ… ━
 並木の出たとこ勝負は、コンビニ弁当に変化した。人生とは、こんなもんだ…と、並木は大げさに思った。

                       THE END

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2016年9月 9日 (金)

ユ-モア短編集 [第71話] 調理

 時間の空(あ)きが出来たから、ひとつ今日は食欲をそそるものでも作ってみよう…と小坂七郎は思った。冷蔵庫の中を調べるのがまず、料理の第一である。いわゆる、調理の第一歩だ。梅雨時でウインナが臭い始めていた。これは、調理崩れになる危険性を孕(はら)むと予見した小坂は、使用するのをやめ、それを湯がいた。食べられなくはないが危うい食材を捨てるのは、俗(ぞく)に言う『もったいない』だ。湯どうしすれば、これはもう医学で言うところの殺菌消毒に他ならず、目に見えない菌達は時代劇的にバッサリ! 斬られたことになる。死滅するのだ。料理はスムースに進行し、冷やし中華が完成した。だが、まだ調理は終わっていなかった。
「さてと…」
 小坂はひと声、呟(つぶや)くと手を動かし始めた。料理のあと片づけである。まず、使った料理用具、食器を普通料理用洗剤で洗い、収納した。調理の一を終えた。俎板(まないた)を殺菌用の洗剤で洗い流した。調理の二を終えた。続いて、食器などを拭(ふ)いた布巾(ふきん)を漂白剤+洗濯洗剤+水の溶液につけ殺菌処理をした。調理の三を終えた。なんか、身体がジメジメしたのでシャワーでサッパリした。調理ではなかった。

                        THE END

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2016年9月 8日 (木)

ユ-モア短編集 [第70話] ホッコリ

 久しぶりに仕事が早く上がり、滝山正は美味(うま)いツマミを味わいながら軽く一杯やっていた。たまに飲む酒である。酔いが、いっきに襲い、滝山をホッコリとさせた。世に言う、ほろ酔い寛(くつろ)ぎ気分である。滝山が久しく忘れていた気分だった。滝山の場合、これが、いけなかった。忘れたままならよかったのだが、思い出してしまったのである。滝山はそれ以降、仕事が終わるとこのホッコリ気分が味わいたくなっていった。そして、それが重なり、病(や)みつきになった。人生はどこでどう転ぶか起きるか分からない。仕事がおろそかになり、滝山は貧乏になった。転んだ訳である。こうなれば、ホッコリ相場の話ではなくなる。滝山は仕方なく、また仕事に精を出し始めた。すると、ホッコリとし、仕事に張り合いが生まれた。滝山はまた金が貯(た)まり出した。起きた訳である。久しぶりに仕事が早く上がり、滝山正は美味いツマミを味わいながら軽く一杯やっていた。たまに飲む酒である。酔いが、いっきに襲い、滝山をほっこりとさせた。これは過去にあったパターンだぞ…と滝山は思った。ホッコリは、いけないいけない…と滝山はホッコリ気分を慎(つつし)んだ。

                        THE END

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2016年9月 7日 (水)

ユ-モア短編集 [第69話] 大きなお世話

 困ってもいない人に出しゃばれば、大きなお世話となる。さらにそれが高じると、もう迷惑以外の何ものでもなくなり相手を怒らすことにもなりかねない。
 牛窪(うしくぼ)和馬(かずま)は買物をしていた。もうないか…と買い忘れを確認し、牛窪はレジへ回った。レジに並ぶ人が少ない列を選んだ牛窪は前の人が支払い終わるのを待った。前の人は老婆だった。レジ係はその老婆には何も言わず、牛窪には「お持ちしましょう」と、勝手に運び始めた。牛窪は少し腹が立ったが、そこは抑(おさ)えて腹に収めるとレジ係の女性に言った。
「いえ、結構です。戻(もど)して下さい」
 腹は立っていたが、荒げず穏やかに言い返した。レジ係は元へ戻した。支払い終え、牛窪は店のトイレへ入り、はたと考えた。そのレジ係の何がそう言わせたのか、についてである。一見すれば、自分はまだ老い耄れていないぞ! という確信が牛窪にはあった。外見もまだお年寄りには見えないだろう…と分析した。では、なぜ? である。店が指導する接遇に問題があるのではないか? と考えてみた。困っている人のみを対象にすれば、ことは足りるのだ。その指導が徹底されていないのではないか…と考えた。まあ、そんなとこだろう…と分析を終え。牛窪はトイレを出ようとした。考えながら用を足していた牛窪は、トイレットぺーパーの先をいつの間にか折っていた。次の人が使いやすい…という単純な潜在意識がそうさせていた。次の人には大きなお世話だった。

                        THE END

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2016年9月 6日 (火)

ユ-モア短編集 [第68話] 夜鳴きそば屋

 どうも最近、ムラムラする・・と、馬宿(うまやど)景太は思った。夜になると、なぜか腹が減って寝られないのだ。退職してから、この傾向が強まったように馬宿には思えていた。初めのうちは即席のカップ麺でなんとか凌(しの)いだものの、人間とはどうも欲深(よくぶか)に出来ているようで、馬宿は次第に内容をグレードアップしていかざるを得なくなっていった。本能的な欲望の叫びに勝てなかったのである。即席のカップ麺だったものが生麺カップとなり、やがては自(みずから)、袋入り麺をスーパーで買い、それを調理するまでになっていった。
「よし! まあまあだ…」
 出来上ると、馬宿は味見して、満足げにそう言った。当然、そのあとは食した。食べ終えてすぐ、眠気が馬宿を襲った。馬宿はこれで眠れる…と、胸を撫(な)でおろし、眠りについた。だがそのパターンもそう長くは続かなかった。馬宿が、さてどうしたものか…と思いあぐねていた深夜、遠くで夜鳴きそば屋が吹くチャルメラの音がした。馬宿の足は瞬間、無意識に動いていた。言うまでもなく、外の夜鳴きそば屋をめざして、である。
「毎度! また、ご贔屓(ひいき)に!」
 勘定を済ませ店を出ると、暖簾(のれん)越しに屋台の主(あるじ)の声がした。家に戻(もど)ったとき、眠気が俄(にわ)かに馬宿を襲った。馬宿はこれで眠れる…と、胸を撫(な)でおろし、眠りについた。だがそのパターンもそう長くは続かなかった。ついに馬宿は夜鳴きそば屋を開業することにした。

                        THE END

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2016年9月 5日 (月)

ユ-モア短編集 [第67話] あからさま

 船路(ふなじ)灯輝(ともき)は風変わりな老人画家として世に知られていた。彼は思ったことをズバッ1 とあからさまに言う性格だった。ズバッ! と言う・・とは、単刀直入(たんとうちょくにゅう)の直球で語るということだ。インタビューが、この性格から中断されたことは幾度もあった。
「え~~、受賞されたご感想は?」
「ははは…下さるんなら、いただきましょう・・ってとこですかな。それより、アンタのネクタイ似合ってないよっ」
「えっ? …大きなお世話ですよ!」
 今日も、取材が中断された。旋毛(つむじ)を完全に曲げた取材記者をアレコレとカメラマンが慰(なぐさ)めた。
「やめやめっ!」
 取材記者の怒りは鎮(しず)まらず、先に帰ってしまった。カメラマンは、ペコリ! と船路にお辞儀すると部屋を出ていった。
「ふんっ! 世話の焼ける奴だ。初めから来なきゃいいじゃないかっ!」
 船路はそう吐き捨てると、またキャンパスに向かい、色を塗りたくった。
 そんな船路が国営放送に討論会に特別ゲストとして登場した。制作サイドの思惑は、建前(たてまえ)で語る論客に飽(あ)きがきたからだった。アナウンサーの沈着かつ冷静な質問に対し、船路の強烈であからさまな発言が飛び出した。
「はははは…。あなたはお仕事ですから、あなたに、とやかく言うつもりは毛頭ございませんが、私に言わせりゃ、この討論会は茶番劇ですな。いや、失礼…」
「と、申されますと?」
「与野党とも、しっかりしたことを言っておられる。よく聞いておれば双方とも間違っておらないように聞こえる。ははは…実は、双方とも、少し間違っておるということですかな」
「例(たと)えば?」
 MCの解説委員が訊(たず)ねた。
「細かく言いますと、枚挙(まいきょ)に暇(いとま)がない。あからさまに言えば、まあ、皆さん、テレビ目線の立場で語っておられる。これが居酒屋かなんかで、一杯ひっかけながら美味(うま)いツマミを味わい、赤ら顔で語ってみなさいな。あからさまで、返って上手い具合に。ははは…そうはいかないでしょうがな。では私はこれで。仕事がありますのでな。あっ! どうぞ、立て前をお続け下さい」
 テレビ中継の途中にもかかわらず、船路はスタジオから退席した。その後、憤慨(ふんがい)して誰も発言する者はいなくなり、中継画面は途絶えた。
[番組の途中ですが、予定を変更いたします]
 音楽が流れ、テレビ画面にはテストパターンと字幕が映し出された。テストパターンだけが、あからさまだった。

                       THE END

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2016年9月 4日 (日)

ユ-モア短編集 [第66話] イラッ!

 学校へ通じる細道と新幹線がクロスする高架(こうか)下である。自転車で走る中学1年の穴道(あなみち)進の頭の上を、轟音(ごうおん)とともに新幹線が通過していった。進は無性の負けず嫌いだった。新幹線が通り抜けた瞬間、イラッ! ときた。僕の頭の上を断りもなしに通過するとは…と、怒れたのだ。度々(たびたび)、新幹線が通過する姿を進は見てきたが、幸(こう)か不幸か、高架の下へ入った瞬間の遭遇(そうぐう)はなかった。それが今日は、タイミングよく同時となったのである。進としては最悪の事態だった。自転車を漕(こ)いでいて高架が近づいたとき、今までにも新幹線が通過すると進はムカッ! とはしていた。それでも、イラッ! とまではしなかった。今日はムカッ! ではなくイラッ! としたのだ。それからが大変だった。そのことが大きな事件を引き起こしたのである。その日から進の姿は忽然(こつぜん)、と消えた。当然ながら、家族から警察へ捜索願が出された。誘拐(ゆうかい)、事故(じこ)、失踪(しっそう)の三面から捜査は開始されたが、明確な情報は得られず、月日は流れていくだけだった。
「ただいま…」
 なんの前触(まえぶ)れもなく突然、進が家へ帰ってきたのは、それから数ヶ月先だった。両親は驚きと喜びを同時に露(あら)わにした。
「イラッ! としたから、家を調べに行ってやったんだ…」
「…」
 両親は進の天然さに返す言葉が出なかった。

                        THE END

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2016年9月 3日 (土)

ユ-モア短編集 [第65話] OUT(アウト)?

 止山が始まる10月前、快晴に恵まれた昼過ぎの日曜である。間に合うか合わないかは別として、とにかくやってみよう! と五十半ばになる山松(やままつ)茸男(たけお)は思った。毎年は止山が明けてからの入山だったはずで、時期が早くまだ生えていない可能性もあった。それを探(さが)しまわれば、今からだと、恐らく夕餉(ゆうげ)の膳にマツタケは乗らず、OUT(アウト)かも知れない。だが、やるだけはやってみよう…と思ったのだ。明日、都会へUターンする帰省中の山松は、ごく僅(わず)かに残るSAFE(セーフ)の確率に賭(か)けたのだ。男の中の男である。
 山に分け入るルートは子供時代に場数を踏んでいたから山松はよく知っていた。問題は入山する時期の早さだった。これだけは、さすがに山松にもどうしようもない。だから勝負なのだ。
 山へ分け入って小一時間が過ぎたとき、山松は腕を見た。すでに昼の2時は回っていた。だが、マツタケは生えていない。この辺(あた)りがシロ[マツタケ菌糸とアカマツの根が一緒になった塊]だということは間違いがなかった。それが時期が早いせいか生えていないのだ。山松は焦(あせ)っていた。なにがなんでもOUTだけは避(さ)けねばならない。マツタケの吸い物のいい香りが頭に浮かんだ。山松は数時間、辺りをくまなく探し回った。それでも、とうとう見つからず、これ以上、山に留(とど)まれば危険と判断し、夕陽が傾いた頃、ショボく山を下り始めた。しばらくすると、山裾(やますそ)のミズナラ、コナラの広葉樹林へ出た。そのとき、ふと気落ちした気分で頭を下げた目の前にマツタケが見えた。ば、馬鹿な…と山松は自分の目を疑(うたぐ)った。マツタケはアカマツの山林に生えるはずなのだ。それが・・ここは山裾の広葉樹林である。近づいて手に取ると山松は嗅(か)いでみた。香りはマツタケそのものだった。いや、むしろそれ以上に強くいい香りがした。山松はマツタケを次々に収穫すると家路を急いだ。こんなはずがない、俺は狐狸(こり)かなんぞに化(ば)かされてるんだ。どうせ帰れば毒キノコだったぐらいのOUT話だろう…と山松は思った。
「はっはっはっ…茸男、これはバカマツタケだわい」
 今年、七十五になる父の茸次郎(たけじろう)は大きな声で笑い飛ばして言った。この瞬間,夕餉には間にあったがOUTか…と山松は、ガックリと肩を落とした。
「これはのう、サマツの別名を持っていて珍重されるマツタケ以上のマツタケじゃ。どこで見つけた? よう、見つかったのう」
「そうなんですか?!」
 OUTの判定は取り消され、SAFEになった。次の日の昼過ぎ、山松は美味(おい)しいマツタケご飯と焼きマツタケを吸いもので味わったあと、満足しながら都会へUターンした。

                        THE END

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2016年9月 2日 (金)

ユ-モア短編集 [第64話] 停止

 緑畑(みどりはた)耕治は久しぶりに歩くことにした。子供の頃、小学校の遠足でそのルートを歩いた記憶はあったが、断片的に思い出すだけで、ほとんど忘れていた。
 上手(うま)い具合に晴れ渡った日の朝、緑畑はリュックに必需品を入れて出発した。登山が趣味の緑畑は、当然のことながら万が一の場合の対処法は心得ていた。
 最初はよく知った景色だったからスムースに進めた。ところが、ほぼ3分の1ほどの道のリにさしかかったとき、道は歩いてきた太い道とやや細い道のふた手に分岐していた。緑畑はおやっ? と首を傾(かし)げ停止した。一本道だった記憶にある風景と違ったのである。細い道は最近、出来たんだろう…と思え、緑畑は歩いてきた太い道をふたたび歩き出した。よく考えれば、この前とはいえ子供の頃のことなのだ。当然、辺(あた)りの様子も変わっている…とも思え、緑畑は思わず苦笑した。磁石[コンパス]を見れば進んでいる方向に間違いはなく、地図上の道も正しいと思えた。
 それからまた、しばらく歩き、昼食予定の祠(ほこら)を探したが、いっこうにその姿が見えない。道は進んできた太い道と細道のふた手に、また岐していた。このとき緑畑は、停止しておかしい…と思った。腕を見ればすでに昼前である。取り敢(あ)えず分岐した今までどおりの太い道を進んだが、なにも現れない。もう祠が現れてもいいはずだった。腹も空(す)いてきていた。まあ、いいや…と、緑畑は停止した近くの適当な草原(くさはら)に腰を下ろし、作ってきた昼食を食べることにした。
 腹も満たされた緑畑は、どういう訳か眠たくなった。初めはなんとか我慢していたが、我慢しきれなくなった緑畑は、いつの間にかウトウトと眠りに落ちていた。
 ふと気づけば、1時過ぎだった。慌(あわ)てて緑畑は立つと歩き出した。そのとき、緑畑はふたたび、おや? と思い、停止した。遠くではあるが眼前に自分の家が見えるではないか。そんな馬鹿なはずがない…と緑畑は目を指で擦(こす)った。だが、それは紛(まぎ)れもなく我が家だった。緑畑は停止結果、ルートを一周していたのである。停止せず、そのまま突き進めばよかったのだ。緑畑は停止するんじゃなかった…と後悔(こうかい)した。

                        THE END

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2016年9月 1日 (木)

ユ-モア短編集 [第63話] 体裁(ていさい)

 林川(はやしかわ)房子(ふさこ)は五十半ばの中年女である。彼女の人生は、すべてがすべて体裁(ていさい)で塗り固められた体裁だらけの人生だった。そんな房子だったが、やはり人並みに本音を吐きたいと思うときもあった。房子はそんなとき、さりげなく遠くの町へ買物に出た。近くでは知り合いの人目もあり、何かにつけて体裁をとり繕(つくろ)わねばならなかったから、不便だったこともある。
「もっとさ、安いのないのぉ~~!!」
 房子は、服飾品を手に取り、言いたかった本音を思う存分、愚痴(ぐち)った。
「お客様、そう言われましても、こちらのお値段が大よそ、どこのお店でも相場でございまして…」
「そうおっ!? お隣(となり)の家(うち)の奥さんなんか、この半値で買ったとか言ってたわよっ!」
「はあ、確かにそういう手合いもございますが…ほとんどが贋(にせ)のブランド商品でございまして」
「ふ~ん…。まっ、いいわっ!  もう少し、安いの置いといてよねっ! また来るわ」
 偉(えら)そうに店員へ本音をぶちまけ、房子は店を出た。
「ありがとうございました!」
 店の店員は店の品位を保とうとしてか、態々(わざわざ)外まで出ると懇切丁寧(こんせつていねい)に房子を送り出した。房子の気分はよかった。元々の目的が体裁を捨て、本音を吐くことだったからだ。
 房子は二軒ほど先にある同じ系統の服飾専門店へ入った。この店でも房子は日頃の鬱憤(うっぷん)を晴らすかのように本音をぶちまけた。どうせ二度と来やしない・・という心がそう言わせた。しかも、ご近所や知り合いも、見たところいなかった。
「はあ…」
 アレコレと出させた房子の言い分を一応、店員は我慢(がまん)して聞いていた。そこへ現れたのが、お隣(となり)の電力(でんりき)照子だった。
「あらっ? 川林の奥様じゃございませんこと」
「あら! 電力社長の奥様じゃありませんの。こんな遠くへ?」
「ええ、娘の嫁(とつ)ぎ先ざぁ~ますの。奥さまこそ」
「ほほほ…気晴らしのドライブのついで、ざぁ~ますのよ」
 この町でも体裁か…と、房子の心は萎(な)えた。
「あら! そうでしたの。ほほほ…いやだぁ~!」
 照子も房子に出会って心が萎えていた。体裁で蓄積した憂さを晴らそうと、この町へ来たからである。そこへ、別の客の対応を終えた店員が、ふたたび現れた。
「お待たせいたしました。もう少しお安いのをお探ししますね」
「あらっ? そんなことお口に出しましたざぁ~ます?」
 房子は前言を取り消した。
「はっ? そう…でございましたか?」
 店員は訝(いぶかし)げに房子を見た。
「ねぇ~!! もっとお高くござぁ~ませんと。ねぇ~~!!」
 房子は照子に体裁をとり繕い、同意を求めるように振った。
「ええ、当然ざぁ~ますわぁ~!!」
 照子も援護して体裁をとり繕った。結局、店を出たとき、二人の財布は空っぽだった。

 
                      THE END

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