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2016年10月

2016年10月31日 (月)

怪奇ユーモア百選 23] アイス・ボックス

 また暑い夏がやってきた…と、牛窪(うしくぼ)は、テンションを下げていた。朝の10時を過ぎると、もうムッ! とする熱気が覆(おお)い、牛窪を慌(あわ)てさせるのだった。渡り廊下のガラス戸から見上げた空がギラついて青く輝いていた。牛窪の足はその光を感じた途端、冷蔵庫へと動いていた。尋常の暑がりではない牛窪にとって、アイス・ボックスは欠かせない必需品だったのである。肩から下げるのが癖になるほど、いつも夏場は持ち歩いているアイス・ボックスに氷を詰(つ)めねばならないのだ。詰めないで出かければ、それは牛窪にとって死を意味した。牛窪は30分以上、25℃以上の高温下では行動できない体質だった。もし30分以上、動いたとすれば、おそらく熱中症以前に身体が拒否反応を起こし、ショック死することは目に見えていた。一度、学生時代、そういう事態になり、病院へ搬送された牛窪は、奇跡的に一命を取りとめたのだった。それ以降、アイス・ボックスは牛窪の必需品となったのである。
 ある日、そんな牛窪が妙な出来事に遭遇(そうぐう)した。
「あれっ? ここに置いたアイス・ボックス知らないか?!」
 こんなことは初めてだったからか、牛窪は少し興奮して叫んでいた。
「知らないわよ!」
 妻の洋子は慌(あわ)てて台所から玄関へ出てきた。洋子はもちろん、牛窪の異常体質を知っていた。二人は家中を探し回ったが、とうとう昼までにアイス・ボックスを見つけられなかった。外気温はすでに35℃になっていた。アイス・ボックスを探し始めてすぐ、牛窪は予定の先方にキャンセルの電話をかけた。方便を使い、別の日にしてもらったのである。
『ああ、そうなんですか。そういうことならいいですよ、こちらは…。はい! では、そういうことで、三日後に…』
 先方は快(こころよ)く応諾(おうだく)してくれた。
 消えたアイス・ボックスは、その頃、別の家にあった。その家では、隠居した高齢の男性が熱中症で倒れていた。アイス・ボックスはその男性を冷やすことで救ったのである。では、アイス・ボックスは、どのように移動したのか? それが真夏のミステリーなのである。さらに不思議なことに、男性の容体(ようだい)が小康を得ると、アイス・ボックスはその家から忽然(こつぜん)と消えたのだった。そして、次の日には、ちゃんと牛窪の家へ帰宅していた。アイス・ボックスは人命を助ける正義の医者だった。

                          完

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2016年10月30日 (日)

怪奇ユーモア百選 22] 怪談国会

 ここは妖怪達が暮らす、あの世ともこの世ともつかない妖怪世界である。妖怪世界は人間の世界とは異(こと)なり、暑さ寒さがない、それはそれは快適な世界だった。そんな妖怪世界の一角に住む妖怪[いらだたせ]はその名のとおり、周(まわ)りの様子(ようす)を見て、一方を苛(いら)だたせ、双方を揉(も)めさせようという場荒らし妖怪で、妖怪としては中程度にランクづけされていた。
 この日も朝から妖怪テレビには人間世界の国会中継が映し出されていた。[いらだたせ]は、霞(かすみ)のご飯を雨露(あまつゆ)のおかずで味わった後、歯をシーハーシーハーと、おがらの楊枝(ようじ)で穿(ほじ)りながら、妖怪テレビを観ていた。
『ほう、猫も杓子(しゃくし)も集団的自衛権か…。難(むずか)しい話じゃが、この言葉は流行(はや)っておるな。ヒヒヒ…今年の流行語大賞は大いに期待できるぞい…』
 横になって寝そべり、呑気(のんき)そうに[いらだたせ]は欠伸(あくび)をした。
 国会では野党議員が鋭い質問をし、政府側答弁に立つ長官が針(はり)の筵(むしろ)に座らされているように攻(せめ)められ続けていた。
『政府側の人身御供(ひとみごくう)じゃな。哀(あわ)れじゃのう、いたぶられて…』
 そのシーンを観ながら、[いらだたせ]は、また独(ひと)りごちた。そのとき、妖怪仲間の[まどわし]が遊びにやってきた。[まどわし]は、名のとおり人の行動を惑(まど)わす妖怪で、この妖怪もランクは中程度だった。
『いらだたせ、元気そうじゃのう』
『ふふふ…妖怪に元気も病気もないわい』
『おお、それはそうじゃ。ほう! 国会か。久しぶりに惑わしてみるかのう』
『やめておけ、やめておけ! お前が惑わすと、ろくなことがないわい。この前も空転して解散になってしもうたが…』
『いや、ここだけの話じゃが、もう惑わしておるんじゃ。国会前で騒いでおろうが…』
 [まどわし]は、したり顔をした。
『おお! あれはお前の仕業(しわざ)じゃったか。悪いやつじゃのう』
『いや、平和な国に住まわせてもろうたからのう、少しは恩返しじゃ』
『そういうことも言えるか…。では、わしも…』
 国会が紛糾(ふんきゅう)したときは、この妖怪達の仕業だと思ってテレビ中継を観ていただきたい。紛糾している国会は、すでに妖怪達が浮遊する怪談国会なのである。 

                            完

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2016年10月29日 (土)

怪奇ユーモア百選 21] 昨日(きのう)来た道

 伊崎は久しぶりのドライブで気分よく走っていた。一度も来たことがない無目的の場所を、何の計画もなく、そのときばったりで車を走らせるのが伊崎の楽しみだった。
 この日は生憎(あいにく)、夏の猛暑が朝から各地を襲う最悪の状況だったが、伊崎の気分は車を走らせるだけで高揚(こうよう)していた。
 馬場野(ばんばの)という広大な原野の高速道の途中、伊崎は急に腹が空(す)いてきた。どこぞで車を止めようと辺(あた)りを窺(うかが)っていると、左前方に立った電信柱の上に[馬糞(うまぐそ)S.A→1Km]と書かれた標識が見えた。伊崎は見ただけで一瞬、ウッ! と食欲が失(う)せ、躊躇(ためら)ったが、それでも空腹は我慢できず、そのサービスエリアで車を止めることにした。しばらく車を走らせていると、その馬糞S.Aが見えたので、伊崎は車を止めた。食堂や売店で、適当に腹を満せて寛(くつろ)ぎ、伊崎はようやく人心地ついた。少し減っていたガソリンも給油し、万全の状態で伊崎はふたたび車を走らせ始めた。
 馬場野を越え、腕を見るとすでに5時近くになっていた。夏場のことでもあり、日射(ひざ)しはまだ高かったが、それでも時間からすれば、そろそろ今夜の宿を探さねばならなかった。幸い、鹿宿という近辺の町で宿を確保でき、伊崎は翌朝を迎えた。そして、また車の旅が順調に続くかに思えた。ところが、である。宿をチェック・アウトし、車をしばらく走らせていると、伊崎は、おやっ? と奇妙に思え、思わずアクセルの踏み込みを緩(ゆる)めていた。前方に流れる景観は、確かに昨日(きのう)見た景観だった。初めのうちは、ははは・・そんな馬鹿なことはない…と車を走らせていた伊崎だったが、前方を流れる景観が昨日とまったく同じだと気づき始めると、顔面蒼白(がんめんそうはく)となった。だが、まだ気持では信じていなかった。そのまま車を走らせていると、左前方に立った電信柱の上に[馬糞S.A→1Km]と書かれた標識が見えた。間違いなく、昨日、来た道だった。伊崎はともかく車をサービスエリアの駐車場に止めた。そして、車の中でしばらく冷静に考えることにした。そして、伊崎が得た結論は、ただ一つだった。現代科学で考えれば、今日の展開は有り得ないのだ。あるとすればただ一つ、それは、伊崎が道を間違え、元来た道に戻(もど)った…という以外になかった。要は、ぐるりと一周して元来た道に出た・・ということである。それなら辻褄(つじつま)が合うのだ。な~んだ、そうか…と伊崎は得心し、食堂や売店で、適当に腹を満せて寛ぐと、また車を発進させた。昨日と違うのは時間のずれ[タイム・ラグ]があるということだった。腕を見ると、まだ昼過ぎだった。当然、まだまだ走れたから、宿を取る必要はなかった。気分よく伊崎は車を走らせた。ところが、である。行けども行けども車は一向に前へ進んでいる兆(きざ)しがなかった。いや、確かに車は前方へかなりの速度で走っていた。だが、行けども行けども景色が変わらなかった。そして、そうこうするうちに腕を見ると、5時近くになっていた。あとは昨日の繰り返しだった。
「あのう…私はどうなったんでしょうね?」
「はっ? いや、私には分かりません」
 昨日、泊った鹿宿の番頭に訊(たず)ねると、番頭はニヤリ? と笑った。
 あとから分かった話では、時折りこの地方では、馬や鹿が化かすんだそうである。狐狸(こり)ではなく馬や鹿が化かす馬鹿な話だった。

                          完

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2016年10月28日 (金)

怪奇ユーモア百選 20] 毛生(けは)え地蔵

 私が友人から聞いたこの話も、かなり前の話だという。
 今ではもう見られなくなった市電が走っていたある日のこと、友人はいつものように駅の改札を出ると帰路を急いでいた。駅から家までは徒歩で約10分ほどかかるそうだが、運動もかねて、自転車は使っていなかったそうだ。いつもの通勤路には地蔵尊が祀(まつ)られた小さな祠(ほこら)があったらしい。友人は行きと帰りには必ず一度、止まり、手を合わせていたという。別に宗教心からそうしていたとは言っていなかったが、やはり素通りするのは気が引け、そうしたのだという。それが重なると、人間とは妙なもので習慣になったそうだ。そうしないと、なにか悪いことが起こるんじゃないか…とかの気持になったという。
  そんなある日のこと、地蔵尊の前へ来た友人は、いつものように手を合わせ、ふと地蔵尊を見た。夕方のことで、外はまだ明るかったそうだが、いつもと祠の様子がどこか違うことに友人は気づいた。今朝まではそうじゃなかった…とは分かるのだが、どこが違うのかが分からず、立ち止ったまま友人はじぃ~っと、祠を観察したそうだ。別に急いでいなかったということもあったらしい。で、しばらく観察していたが、やはり分からず、友人は歩き出そうとした。そのとき、友人はハッ! と気づいた。地蔵尊の赤い前掛けが消えていたのである。友人は、あっ! と気づいた。誰かが汚れているのを見かねて、洗濯でもしようと持ち帰ったんだろう…と思った訳だ。消える訳がない…と思ったともいう。
 家の前まで帰ってきたとき、友人は驚いた。玄関前に地蔵尊の赤い前掛けが落ちていたそうだ。友人はゾォ~っとして、怖(こわ)くなったそうだ。
 ここでひとつ言っておかねばならない。友人は若い頃から毛が薄く、この頃にはすでに頭髪は完全に抜け落ち、禿(は)げていた。
 友人は玄関に落ちていた赤い前掛けを洗って乾かし、朝、持って出た。
 そして、地蔵尊の首に着(つ)け、いつものように手を合わせて駅へ向かったそうだ。その日から異変が起こり始めた。友人の禿げた頭に毛が少しずつ生(は)え始めたのである。そして、その毛は若い頃のようにフサフサにまで戻(もど)ったという。確かに私もそのことは認めざるを得ない。友人の過去の禿げた頭はよく知っていたし、今のフサフサ頭も知っている私だからだ。友人は、この有り難さで、地蔵尊を毛生(けは)え地蔵と呼び、崇(あが)めるようになったという。
 ただ、ただ…これだけは思いたくないのだが、?%かの鬘(かつら)の可能性も拭(ぬぐ)えないのだ。しかし私はこの怪奇な毛生え地蔵の話を信じ、友人を疑いたくはない。そんな訳で、最近は友人の頭は見ないようにし、空ばかり見ながら話をしている。

                            完

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2016年10月27日 (木)

怪奇ユーモア百選 19] 濡れ仙人

 今から何年か前の暑い夏の話である。私は村伝いの帰り道を歩いていた。辺(あた)りは鬱蒼(うっそう)と茂る樹林帯である。蝉しぐれが喧(やかま)しいほど耳に聞こえた。身体を冷(ひ)やさず家を出たのが災(わざわ)いしてか、汗びっしょりだった。当然、タオルと水が入ったペットボトルは持参していたが、すでにタオルはビショビショで、水は半分以上、減っていた。まあ、愚痴を言っても仕方がない…と、私は無言で歩き続けていた。そして、少し休もうと歩みを止め、道伝いにあった窪地(くぼち)の草の上へ腰を下ろした。そのときだった。
『あの、もうし…』
 遠慮ぎみに私へ語りかける誰かの小声がした。私は、誰だろう? と辺(あた)りを見回した。だが、誰の姿もなく、私は気のせいだろう…と腰を上げた。そして、数歩歩きだしたときだった。
『あの…もうし…』
 今度は、やや大きめの声が私の耳にはっきりと聞こえた。声は私の背後でしているようだった。振り向くと、数m先の道に、一人の白衣(しろぎぬ)の着物を纏(まと)った仙人風の老人が、びっしょりと濡れそぼり、杖をついて立っていた。
「はい…なにか?」
 私は恐る恐る返事をしていた。
『申し訳なき話じゃが、なにか着がえは持っておられぬかのう?』
「いえ…あいにく」
 私は無意識でそう返していた。
『さようか…ならば仕方がない。手間をかけ申した。お行きめされよ』
 冷たく響くその声は、この世の者とは思えず、私は軽くその老人に一礼すると、そそくさとその場を立ち去った。十数歩歩いたところで、私にこの老人は? という妙な好奇心が起こり、ふたたび振り向いていた。そのとき、老人の姿は忽然(こつぜん)と消えていた。今までこんな出来事に遭遇(そうぐう)したことがなかったから、私は平常心を失ってしまった。気味悪くなり、早足で五分ばかり歩いた。そして、ようやく樹林帯を抜けようとしたとき、先ほどの老人が今度は前方に立っているのが見えた。私は思わずギクッ! と驚いた。私より先回りした老人・・まさに仙人だっ! と私は瞬間、思った。というのも、樹林帯の一本道に脇道はなく、私の前へ出られることは、まず不可能だったからである。私は震(ふる)えながらも歩を止めず、少しずつ老人へと近づいていった。そして、目と鼻の先まで近づいたとき、老人の冷たく響く声が、ふたたびした。
『このお近くの方ならば、ご自宅にお寄りしてもよろしゅうござろうか?』
「えっ? あ、はい…」
 確かに私の家は樹林帯を抜け出ると、すぐそこにあった。断る理由が見つからなかった。私は思わず頷(うなず)いていた。私が歩き始めると、老人は消えることなくついてきた。
 後(のち)になって分かったことだが、その老人は、やはり仙人だった。だが、仙人というには余りにドジという他はない粗忽(そこつ)な仙人だった。雲間(くもま)から足を滑(すべ)らせ、樹林帯にある池へ落ちたのだと言った。濡れ衣(ぎぬ)は移動が自在に出来ても、天上には戻(もど)れないのだと、私は仙人から初めて聞かされた。人の世界は濡れ衣を着て苦労する者が多いんですよと言うと、濡れ仙人は、『ほほほ…そうじゃろう』と笑った。そんな嘘(うそ)のような本当の話が、今から何年か前の暑い夏にあった。  

                          完

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2016年10月26日 (水)

怪奇ユーモア百選 18] 不思議な花

 関川は夏山へ登っていた。例年、彼は山へ登るのが習慣となっていた。暑くなれば登る・・という、いわば条件反射的な習慣だった。詳しく英語的に言えば、社会的習慣(カスタム)ではなく、個人的習慣(ハビット)ということになる。…まあ、どうでもいい話である。
 大喜ヶ原樹海を抜けると蛞蝓(なめくじ)岳の登りに入る。この山へ入るのにタオル数本は欠かせない。というのも、蛞蝓岳はその名のとおり、ジメジメとした蛞蝓が好む湿気(しっけ)の多い山だった。
 山馴れした関川は順調につづら折れの山道を登り、中腹まで来ていた。この辺(あた)りは杉木立が茂る日陰(ひかげ)山道である。暑気は仕方ないものの、強い日差しが遮(さえぎ)られるお蔭(かげ)で汗はそう掻(か)かなくて済み、随分と助かった。しばらくそんな杉木立の中を進み、関川は、ようやく展望が開けた中腹へと出た。しばらく展望を楽しみながら休んだ後、道を少しづつ登り始めたとき、関川は進む目前に見かけない花が咲いているのに気づいた。高山植物には詳(くわ)しい関川だったが、今まで見たこともない花だった。関川は歩みを止め、じぃ~っとその花を観察していると、妙なことに花も自分を観察しているような気がした。一枚、撮っておこうと、関川は手持ちのカメラのシャッターを押そうとファインダーを覗(のぞ)き込んだ。そのとき、花が少し動き、ポーズをつけたように関川は感じた。まあ気のせいだろう…と、そのままシャッターを押し、関川は歩き始めた。
『これこれ、そこを行く方、お待ちなさい。この先は危険です。悪いことは言いませんから、戻(もど)られた方が身のためです』
 関川は、んっな馬鹿な! と自分の耳を疑(うたが)った。その花は関川の気持を察したのか、左右に花芯を振ってアピールした。
『ギャァ~~!』
 関川は叫びながら山道を駆け下りていた。
 息を切らせ、ほうほうの態(てい)で山の麓(ふもと)まで辿(たど)りついた関川は、やれやれ…と胸を撫(な)で下ろした。
 帰りの列車の中で、ははは…そんな馬鹿な話はない、きっと疲れているからに違いない…と、関川は思うことにした。
 次の日、朝の朝刊を手にした関川は目を疑った。蛞蝓岳中腹で崖崩(がけくず)れ事故が起きた写真入りの記事が出ていた。巻き添えを食った登山客数人が死亡・・という大見出しの記事だった。不思議な花のお告げが、関川を救ったのである。関川は植物図鑑を探し、その花の名を調べた。だがとうとう、その花の名は分からなかった。未(いま)だにその不思議な花の名は分かっていない。関川は勝手に[お助け花]と命名している。

                          完

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2016年10月25日 (火)

怪奇ユーモア百選 17] 千鳥(ちどり)ヶ淵(ふち)の道祖神

 とある田舎(いなか)に千鳥(ちどり)ヶ淵(ふち)という小さな淵があった。聞くところによれば、名の謂(いわ)れは、千鳥が住む綺麗な景観にあるという。そしてこれも、聞いた話だが、この淵にはあるときまで奇妙な凶事が起きたそうである。その聞いた話の詳細をこれから話したいと思うが、聞きたくなければ、昼寝でもするか、一杯、飲んでグゥ~スカと寝ていてもらいたい。
 昔(むかし)々のことだという。どれくらい昔なのか、そこまでは聞いていない。
 この近くの村に住む与助という百姓が千鳥ヶ淵の中の道を通りかかった。陽も西山へと傾き、辺(あた)りには夕闇が迫っていた。与助は少し離れた飛び地の田を耕(たがや)した帰り道で、いつものように道を急いでいた。すると、この日に限り、いっこうに足が前へと進まない。歩いているのだから、千鳥ヶ淵を通り過ぎ、いつもの村道へ出ている頃合いなのだ。それが、歩けど歩けど、与助は千鳥ヶ淵から一歩も遠退(とおの)いていなかったのである。
 与助は少し慌(あわ)て、鋤(すき)を背に駆けだしていた。だが、やはり元来た千鳥ヶ淵の入口へと戻(もど)るのだった。与助はもののけにでも誑(たぶら)かされたか…と考え、足を止めた。そのときだった。千鳥ヶ淵の水面(みなも)がさざめき、声がしたそうな。
『わしは、この淵に住まう道祖神じゃ~。ここしばらく前よりこの淵を荒らす村人がおる。わしを祀(まつ)る石碑を建てればよし、さもなくば、村にこれまで以上の祟(たた)りがあろうぞ~』
 声が途絶えると水面のさざめきは消えた。与助は怖(こわ)さの余り腰が抜け、地面に座りこんでいた。それでもしばらくして、ようやく腰を上げると、ほうほうの態(てい)で歩き始めた。すると、今まで抜け出られなかった千鳥ヶ淵から存外早く村道へと出られたのである。
 家へ辿(たど)りついた与助は、このことを百姓代に伝えた。与助が言うとおり、確かに村にはここ最近、凶事が続いていた。百姓代は次の日、村の百姓達から関連した目ぼしい話を訊(たず)ね回った。すると、一軒の百姓が千鳥ヶ淵で夜な夜な魚を獲っているという事実が判明した。百姓代はその男を叱(しか)りつけ、二度と淵で魚を獲らないよう命じるとともに道祖神の石碑を建てる人夫(にんぷ)頭(がしら)を言いつけた。
 その後、道祖神の石碑が立ってからというもの、村の凶事は嘘(うそ)のように消え去った。
 そんなある日、与助がいつものように千鳥ヶ淵を通りかかると、白髪の老人がなにやら釣っている姿が目に映(うつ)った。
「あの、もし…」
 与助はその老人に近づくと、恐る恐る声をかけた。
『おお、いつかの…。わしも腹が減ってのう』
 神さまも腹が減るのかい?! と、与助は疑問に思ったが、怖さが先に立ち、思うに留(とど)めたそうな。

                         完

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2016年10月24日 (月)

怪奇ユーモア百選 16] 提灯小憎(ちょうちんこぞう)

 そろそろ出るんじゃないか…と待ち焦(こ)がれながら、正と健一は土塀(どべい)にできた穴(あな)から覗(のぞ)き込んでいた。何が出るかって? もちろん、言わずと知れた提灯小憎(ちょうちんこぞう)である。宵闇(よいやみ)が迫(せま)り、辺(あた)りにポツリポツリと灯(あか)りが灯(とも)る頃になると、提灯小憎はどこからともなく現れるのだった。ただ、どこにでも現れるという訳ではなく、その名のとおり、提灯が灯る細い路地伝いの陰気(いんき)な界隈(かいわい)に限られた。正と健一が今、覗いているこの界隈である。うらぶれた屋台や小じんまりとした一杯飲み屋が軒(のき)を連ねるこの界隈は別名、お試(ため)し小路(こうじ)と世間では呼ばれていた。提灯小憎が出る・・それでもここで酒を飲むか? というある種の度胸試しを兼ねた売り言葉で、それなりの客を呼んでいた。とはいえ、それは陰気(いんき)+陰鬱(いんうつ)この上なく、個人というより会社の社員養成に使われたりする場合が多かった。そんないわくつきの幽霊小憎を一度、見てみようと、誰から聞いたのか、正と健一は興味本位で夕方、やってきたのだった。
「そろそろだな…」
 正が健一に呟(つぶや)いた。
「ああ…。シィ~~」
 健一は人差し指を一本、唇
くちびる)へ立てた。
 怠慢(たいまん)寺の暮れ六つの鐘がグォ~~~ン! と、どうでもいいように鳴ると、いよいよ提灯小憎の登場となる。小憎が出るタイミングは小憎自身が決めていて、暮れ六つ、誰も見ていないこと、晴れ渡った夕方、提灯に火が入ったあと・・と、幾つかの条件が揃(そろ)うことが必要だった。わりと注文が多い妖怪として妖怪連中の間では不人気で、格下にランクづけされていた。
 正と健一は、身を小さくし、鳴りを潜(ひそ)めた。しばらくすると、不思議にも火入りの吊(つ)るされた提灯が突然、点滅を始めた。その提灯は、またまた不思議なことに紐(ひも)が解け、フワリフワリと闇夜の宙(ちゅう)を漂(ただよ)い始めたのである。そして、二人が土塀で目を凝(こ)らすと、提灯に妖(あや)しげな目鼻が現れ、ピタリ! と宙に止まった。二人はギクリ! とした。見つかったんじゃないか…と思ったのだ。その予想は的中していた。ふたたび動き始めた提灯小憎と化した提灯は、二人めがけて近づいてくるではないか。二人は逃げ出そうと駆けだした。そのとき、おどろおどろしい声が二人の背後でした。
『逃げねえでくれぇ~~~』
 二人は立ち止まり、震えながら振り向いた。
『ろうそくが・・チビて消えそうだぁ~。長いのと変えてくれぇ~~』
「そんなの、知らないよぉ~~!」
 二人は一目散(いちもくさん)に逃げだした。 

                           完

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2016年10月23日 (日)

怪奇ユーモア百選 15] トマト小唄

 いい湯加減だ…とばかりに、村中は浴槽で目を閉じた。こうなれば、自(おの)ずと出てくるのが鼻唄(はなうた)である。
「♪ハァ~~お湯の山にぃもぉ コリャ 花が咲くよぉチョイナチョイナァ~♪ と…」
 言わずと知れた草津節の一節である。まあ、村中としてはどんな唄でもよかったのだが、なんとなく出た一節(ひとふし)だった。
 浴室を出ると、今朝、収穫したトマトが冷蔵庫で十分に冷えて村中を待ち構えていた。村中は、軽い塩でこれを風呂上りに食べるのを楽しみにしていた。そこへ冷えたピールをグイッ! とやれば、これはもう、極楽の蓮(ハス)の上の観音さまになったような心地だった。
「おい、トマトは?」
「出てるわよ…」
 妻の美麗(ミレ)は料理が上手(うま)く、菜園で採れたほとんどの食材は調理したが、トマトだけはサラダ以外、手をつけなかった。村中が専門に食すからである。
 村中がキッチンテーブルへ座ると、美麗が言ったように、食塩の小皿とトマトのスライスが皿に盛られて出ていた。その横には、どうぞ! とばかりの冷えた生ピールがジョッキで泡(あわ)を昇らせていた。いつものとおりだ…と村中は、さも当り前のようにグビッ! とジョッキのビールを喉(のど)に流し込むと塩を少し摘んでトマトへパラパラ…っとかけ、フォークでガブリ! とひと口いった。えも言われぬ満足感がヒタヒタと村中を包み込んだ。そのときだった。
『♪ハァ~♪』
 どこからともなく、聞いたことがない唄声が村中の耳に届(とど)いた。
「おい! 今、なにか言ったか」
「いいえ、どうかした?」
 料理を作る美麗が振り向いた。
「いや、なんでもない。ははは…そんな馬鹿な話はないよな、ないない!」
 村中は、そう言いながら、グビッ! と一杯やると、トマトにガブリ! と食らいついた。そのとき、また村中の耳に唄声が聞こえた。
『♪はぁ~ わたしゃ食べられ 満足満足 ぁぁぁ~ 満足さぁ~ トマト小唄でシャンシャンシャン~♪ お粗末! トマト小唄でした…』
「ギャア~~!!」
 村中はゾクッ! とする寒気(さむけ)を覚え、思わず叫んでいた。村中がトマトの小皿になにげなく目を落したとき見たもの、それは目鼻がついたトマトの化けものだった。
「どうしたのっ!」
 美麗がテーブルを見たとき、そこに村中の姿はなかった。村中は寝室で毛布を頭から被(かむ)りながら、完全なトマトの形で震えていた。

                          完

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2016年10月22日 (土)

怪奇ユーモア百選 14] 死んだはず

 山辺は海水浴へ家族とともに出かけていた。小学2年になった友輝と幼稚園年長組の美久、それに、妻の千沙の四人である。毛皮(けがわ)海水浴場は名の通り、毛皮のような、かなりぶ厚い松並木に被(おお)われた浜辺で、大自然を満喫(まんきつ)することが出来た。ごった返す市場の人混みのような砂浜の一角にビーチパラソルを広げ、山辺一家は日陰の中にいた。
「パパ、泳いでくるねっ!」
「待てよ、俺達も泳ぐ…」
 家族四人は、浜辺へ出た。潮の香りがする風が時折り吹き、日射しはきついが水に濡れると心地よかった。というのは真っ赤な偽(いつわ)りで、炎天下で熱せられた海水は、湾岸内では流れも弱く、ぬるま湯に近かった。それでも、しばらく遠浅の海で戯(たわむ)れ、山辺と千沙はビーチパラソルへ戻(もど)った。友輝と美久はもう少し遊ぶからと浜辺に残った。
 異変が起きたのは、その20分ほど後だった。
{パパ大変だっ! 美久が…」
 友輝の言葉と同時に山辺は新幹線のようにビーチパラソルを飛び出ていた。山辺の目に見えたもの、それは溺れかけてバタつく我が子だった。山辺は狂ったように海へ入っていた。だが、美久から今一歩のところで、美久は波間に消えた。山辺は海中へと潜(もぐ)っていた。
 気づいたとき、山辺は寂々(じゃくじゃく)としたどこともつかぬ所にいた。ところどころに、灯(あか)りがチラチラと見えた。前方に蒼白い顔をした老婆が一人、こちらを眺(なが)めている。山辺は近づくと、その老婆に訊(たず)ねていた。
「あのう…ここは、どこでしょう?」
「ふふふ…ここは、あの世の渡し口さ」
「あなたは?」
「わたしかい? わたしゃ娑婆(しゃば)で有名な[しょうづか美人]だわい」
「しょうづかの婆さんですか?」
「誰が婆さんじゃ! …まあ、いいがのう」
 俺は海で死んだのか…と山辺はこの瞬間、思った。
「あの、美久といううちの子は来なかったでしょうか?」
「おお、そういや、さっきな。そんな子が来たのう」
「そうでしたか…」
 やはり駄目だったか…と山辺は自分のことも忘れ、ガックリと肩を落とした。
「いや、賽(さい)の河原へ来たには来たが、すぐ戻ったぞ。お前さんが来たときな」
「えっ!」
「なにも驚くことはなかろう。死なずに生きたんじゃから喜びなされ。どうだい、お前さんも?」
 しょうづかの婆さんは、ニタリと笑った。それと同時に、山辺の意識は途絶えた。
 気づくと山辺はビーチパラソルの中で横たわっていた。
「そろそろ帰らない?」
 見上げると、しょうづかの婆さんではなく、千沙の顔があった。肩を揺(ゆ)すられ、目覚めたようだった。
「俺、死んだはずだろ?」
「誰が?」
 千沙が訝(いぶか)しげに山辺の顔を見たとき、友輝と美久が砂浜から戯れながら戻ってきた。
「これ…拾(ひろ)ったの!」
 美久が楽しそうに手に握ったものを山辺へ手渡そうとした。山辺が受け取って見ると、それは貝殻ではなく、一枚の一文銭だった。山辺は、確かに死んだ…と思った。

                           完

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2016年10月21日 (金)

怪奇ユーモア百選 13] 怖(こわ)い三日後

 朝食後、いつもの庭掃除と盆栽の剪定(せんてい)を済ませると、餅川(もちかわ)はいい湯加減のシャワーでホッコリし、浴室を出た。火照(ほて)った頬(ほお)をまるで餅のように美味(うま)そうに紅潮させながらキッチンへ入ると、冷蔵庫から冷えたミルクを徐(おもむろ)に取り出した。そして、そのミルクをコップに注ぎ入れ、グビグビッ! っと、喉(のど)へ流し込んだ。飲み終えた餅川は満足この上ない完全なミルク顔となり、感無量! とばかりに目を閉ざした。疲れがいっきに餅川を眠気へと誘(いざな)った。餅川はいつしか、ウトウトとテーブル椅子に座ったまま眠っていた。ここまでなら、餅川のその後は万事順調の、めでたしめでたし・・のはずだった。
 目覚めると、すでに夕方になっているではないか。えっ! そんなに寝たか? と餅川は少し驚いたが、それでも、疲れはとれたようだったから、まあいいか…と軽く考えた。今日は日曜だし、別に急ぐこともない…と、餅川は新聞を広げた。そのとき、なにげにく目に入った日付に、餅川はおやっ? と思った。日付は三日後の水曜が印字されていた。馬鹿なっ! と餅川は新聞を場当たり的にアチラコチラとめくった。だが、やはりどの誌面も日付は三日後の水曜日だった。餅川のモチモチした紅潮顔は、蒼白の青ナスへと変化した。
「あらっ? あなた、早かったわね…。残業は?」
「んっ? ああ、まあな…」
 思わず、餅川は誤魔化していた。妻の美葉の言い方からすれば、餅川は今日、出勤していたことになる。一瞬、餅川はゾクッと寒気(さむけ)を覚えた。
 無言で夕飯を早めに済ませ、餅川は寝ることにした。缶ピールを一本飲んで早々とベッドに入ったが、なかなか寝つけなかった。それでも、いつしか微睡(まどろ)んで、朝を迎えた。
 餅川はソソクサと起き、朝刊を取りに玄関へ出た。朝刊を慌ただしく見ると、日付は月曜だった。
「そうだよな、これで、いいんだ…」
 餅川は独りごちた。
「あら! 今朝は早いわね?」
 美葉がキッチンから現れ、餅川に気づいた。
「ああ…。昨日、俺、早く寝たよな?」
「なに言ってるのよ。昨日は遅くまで飲んでたじゃない」
 餅川には、まったく心当たりがなかった。俺はどうかしたのか…と、その日は、まったく仕事が手につかなかったが、何事もなくその日は終わり、餅川は区役所から帰宅した。寝る直前、餅川は、なぜか三日後が怖(こわ)くなった。
 そして、怖い三日後が巡った。残業はせず、少し早めに家へ戻(もど)ると、美葉が声をかけた。
「あらっ? あなた、早かったわね…。残業は?」
「んっ? ああ、まあな…」
 自分でも気づかなかったが、三日前と同じことを言った自分に、ふと餅川は気づいた。美葉が訊(たず)ねた言い方も三日前、そのままだった。
「今日は、水曜だよな?」
「なに言ってるのよ。今日は日曜だからって、釣りに行ったんでしょ?」
「そうだったか…。ああ、そうだったかな?」
 餅川は柔らかくなった餅のような顔で、訝(いぶか)しげにそう言った。その後の餅川がどうなったか・・私は聞いていない。

                          完

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2016年10月20日 (木)

怪奇ユーモア百選 12] 怪談 鰯雲(いわしぐも)

 正樹が学校の帰り道を歩いていた。晴れ渡った空には鰯雲(いわしぐも)が出ていた。クラスで飼育係の正樹は動物の世話を終え、ようやく解放された気分だった。まあ、動物好きだったから苦にはならなかったが、それでも他の生徒より小一時間遅れての下校になったから、それが嫌だった。そんな正樹を慰(なぐさ)めるかのように、鰯雲は空高く棚引(たなび)いて美しい姿を正樹に見せていた。晩秋のことでもあり、陽はすでに西山へと傾きかけていた。正樹はしばらく立ち止まり、鰯雲を眺(なが)めていた。
「あっ! いけねぇ~」
 道草をし過ぎた…と気づき、正樹は慌(あわ)てて歩き始めた。そのときだった。
『みんな元気かぁ~~』
 低く響く声のような音が空から正樹の耳へ伝わった。正樹は、ビクッ! として、ふたたび立ち止まり、辺(あた)りを見回した。どこにも人の姿はなく、刈り取られたあとの田が一面に続くだけである。人がいる気配もなかった。正樹は少し気味悪くなり駆けだした。
『お~~い、待てよぉ~~』
 駆けだした正樹の頭の上からまた声のような音が響いた。少し先ほどより大きめの轟(とどろ)く声のような音だった。正樹は駆けながら、思わず上空を見上げた。空の鰯雲の大群がスゥ~っと正樹に近づいて下りてきた。んっな馬鹿なっ! と正樹は自分の目を疑(うたが)った。だが現実に正樹の目に映(うつ)る雲は、下りながら速度を弱め、フワリフワリと正樹を取り囲むように包み込んだでいた。まるで霧の中にいるように視界は閉ざされ、正樹は完全に前へ進めなくなっていた。
『そう、逃げなくてもいいだろ、正樹君』
 白い雲から声のような音が響いた。というより、雲が話す声がはっきりと聞こえた。
「なんなんですか! 僕になにか用ですかっ!?」
 正樹は思わず叫(さけ)んでいた。
『そうそう、用があるのさ。動物は元気かい?』
 雲の声が、また聞こえた。
「はい、元気ですよ。それがなにか?」
『いや、それならいいのさ。またな…』
 白い霧は、まるで一ヶ所に吸い取られるように螺旋(らせん)状に上昇し、上空で元の鰯雲の姿を形作った。
「嘘(うそ)だろっ!」
 正樹は空を見上げ、大声を出した。
『嘘じゃないぞ』
 また空から鰯雲の声がした。
「…」
 怖(こわ)くなった正樹は懸命に家をめざし走っていた。
「どうしたの、正樹?」
 母親の里江が息を切らして玄関へ駆け込んだ正樹に訊(たず)ねた。
「… … なんでもないよ…」
 しばらくして、正樹は返した。
「そう…。あっ! これ、来てたわよ。封が開いた動物園への招待券。差出人が書かれてないし、局の消印もないの。おかしいわねぇ?」
 正樹に心当たりはなかった。…いや、あった。鰯雲からだ…と正樹は思った。

                          完

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2016年10月19日 (水)

怪奇ユーモア百選 11] 田幽霊

 とある地方の話である。かつてはこの一帯で耕(たがや)されていた田畑も休耕地や耕作放棄地が目立つようになり、荒廃していた。そうなると、それを待っていたかのように田幽霊が時折り、現れるようになった。ただ、その幽霊は誰にも見えるのではなく、一部の人にだけ見えた。見えたのは、昔からの農業を守り続け、棚田を耕す二人の農民だった。
 耕作放棄されたかつての平地の田畑は、高地の棚田から一望のもとに見下ろすことが出来た。その棚田で二人の農民が話をしていた。
「田幽霊が草取りば、しとったぞ」
「ほう、あの荒れ地でか?」
 一人が下に散開する平地を指さして言い、もう一人はその指先を見つめて返した。
「今日は、なんば使(つこ)うとった?」
「こいだ」
 指さした農民が、今度は足下(あしもと)の草取り機を指さした。今の時代、もう使われなくなった手押し式の草取り機である。平地では農薬が散布され、昭和の古い時代に見られた手押し式の草取り機を使っていたのは、この二人ぐらいだった。
「ほう、そいか。おい、お前ん横に、田幽霊が立っとるぞ」
 もう一人の農民が草取り機を指さした。草取り機を持った農民は、ギクリ! とした。田幽霊はニタリと笑いながら、懐(なつ)かしそうに草取り機を眺(なが)めていた。
「田幽霊も鋤(す)きたかんやろう」
「そがんことかな」
 二人は顔を見合わせて笑った。笑いは、いつの間にか三人になっていた。
「世の中の進み過ぎて、人が足らん時代になってしもうたな。見えん者(もん)の時代とは情(なさけ)んな」
「まあ、そがんことやろう…」
 田幽霊は罰(ばつ)が悪いのか、ボリボリと頭を掻(か)いた。

                           完

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2016年10月18日 (火)

怪奇ユーモア百選 10] 峠(とうげ)

 頂上からの帰り山道を辿(たど)っていた渋川は、前方に現れた分岐路で、ふと足を止めた。道標(みちしるべ)がなかったのである。普通、こうした場所には道標・・としたものだ…と、渋川は不満っぽく思った。道路標識がない道を車が走れば必ず事故が起こる・・という具合に考えた訳だ。
 渋川が山に登る場合、装備として山岳マップは必ず携行していた。そんなことで、渋川は当然、地図を広げ、これも装備したコンパス[方位磁石]と合わせてみた。地図には分岐路も記(しる)されていたから、合わせやすかった。秋の陽(ひ)は釣瓶(つるべ)落とし・・とはよく言うが、まだ、日暮れには少し早い時間だった。
「こちらの道で間違いなさそうだな…」
 確認して少し安堵(あんど)した渋川は、そう呟(つぶや)くと、ゆっくりと分岐路の片方を下り始めた。辺(あた)りは鬱蒼(うっそう)と茂る木立(こだち)である。その中の細い山道を通り抜けるように、渋川は下りていった。
 かれこれ半時間も下っただろうか。渋川は荒い息を吐(は)きながら、ようやく元来た同じ峠へと戻(もど)ることが出来た。フゥ~っと溜(た)め息を一つ吐いて峠の道へ抜け出たとき、渋川は妙なことに気づいた。峠の茶店にしては貧相な佇(たたず)まいの店が一軒、小さく見えたのである。登ったときにはなかったはずだった。渋川は、馬鹿なっ! と思った。登ったときになかったものが、戻ったときにある訳がないのだ。事前に調べた情報によれば、この子竹山(こたけやま)には茶店などなかったはずだった。それが、現に近づく前方にあるではないか。渋川の脚(あし)は次第に近づいていき、ついにその店の前へ立った。
「あのう…誰か!」
 渋川は、やや大きめの声で叫(さけ)ぶように言った。
「はい…どなたかな?」
 店の奥から出てきたのは、みすぼらしい老婆だった。
「少し小腹が空(す)きましたもので、何か出来ませんか?」
「はあ? …ああ、峠の竹の子の煮ものならお出し出来ますがな…」
「じゃあ、それとご飯で…」
 財布には万一を考え、それなりの額を入れていたから、値段まで渋川は訊(き)かなかった。
「へえ…しばらくかかりますで、お待ちくだせぇ~まし…」
 老婆はゆっくりお辞儀すると、奥へと消えた。肋屋(あばらや)だからか、どうも陰気な老婆に思えた。渋川が腕を見ると、すでに四時は回っていた。
 渋川は忍耐強く待ち続けた。時は流れ、小一時間が経ったが、いっこうに老婆が出てくる様子はなかった。渋川は痺(しび)れを切らしていた。陽はすでに西山へと傾き、暗闇(くらやみ)が迫っていた。
「婆さん、出来ないなら、もういいよっ! 俺、急ぐから!」
 渋川は、ふたたび叫んだ。
「お客さん、出汁(だし)は出来たんでね。こちらへどうぞ…」
 奥から声が響いて聞こえた。
「こちらって…?」
 訝(いぶか)しげに渋川は訊き返していた。
「ひひひ…土鍋(どなべ)の出汁風呂に浸(つ)かって行かれましな」
 老婆の声が少し凄味(すごみ)を増した。
「出汁風呂って?」
「そうさ! あんたを煮るんだよ!!」
 そのとき突如(とつじょ)として、ギロリ! と睨(にら)む目鼻だちの怖(おそ)ろしげな竹の子妖怪が渋川の前へ浮かび出た。
『ひひひひひ…』
 竹の子妖怪は怖ろしげな顔で渋川を見下ろすと、舌舐(したな)めずりした。その顔は、どこか妻の直美が怒ったときの顔に似ていた。
「ギャア~~!!」
 渋川は気を失った。
 気がつくと、渋川は家のキッチン椅子で寝ていた。晩酌の酒を飲み、どうも疲れが出たようで、ついウトウトと寝込んでしまった節(ふし)があった。ツマミは妻の直美が調理した竹の子の煮つけだった。ああ、それで、かっ! と渋川は、夢の原因が分かった。
「そろそろ、夕飯にするわね、あなた」
 直美が調理場から声をかけた。
「ああ…。今、変な夢を見たよ」
「こんなの?」
 直美が振り向くと、その姿はギロリ! と睨む目鼻だちの竹の子妖怪だった。
「ギャア~~!!」
 渋川はふたたび気絶した。気づけば渋川はベッドの上で眠っていた。よ~~く考えれば、ベッドは夏用に誂(あつら)えた竹製のベッドだった。不思議なことに、ベッドの下には渋川が夢で見た峠の竹の子が一本あった。渋川はそのことに気づかず、安心したかのようにふたたび瞼(まぶた)を閉ざした。渋川が次に見た夢、それは家の床下(ゆかした)を突き破って生える竹の子の夢だった。

                          完

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2016年10月17日 (月)

怪奇ユーモア百選 9] 消えた入れ歯

 この話は怪談といえば怪談だが、怪談という分野の階段を登っていく段階にある、ある意味、怪談までには至らない馬鹿げた怪談もどきの話でもある。
 肩が凝(こ)りそうな言い方はさておいて、話を始めるとしよう。
 私の家族は私と妻、それに離婚して戻った娘とその連れ子の四人暮らしだ。まあ、こんな構成の家は、世間を探せばいくらでもあるのだろうが、我が家では普通、起こり得ない一つの妙な珍事が起きたのだ。私は世界でそのようなことが起きたのは我が家だけではないか? と、ギネスに申請しようとさえ思っている。
 私は今年、めでたく喜寿を迎え、妻はそんな私より六つばかり下だ。えっ? そんなことはどうでもいいから、何が世界で我が家だけなのかを話せ! だって? …それも一理ある。では、話すとしよう。我が家で消えた物、それは私の入れ歯だ。えっ? どこかに置き忘れたんだろうだって? いや、そんなことはない。私の前から忽然(こつぜん)と消えたのだ。いつも装着(そうちゃく)している私が言うのだから間違いがない! なにっ? ボケが始まったんだろうって? 失礼な! 私はボケてなどいない。断固、これだけは言っておく。私の目の前から忽然と消えたのだ。では、そのときの状況を説明しよう。
 ある日の朝、私はいつものように洗面台の前で顔を洗い、口を漱(すす)ごうと入れ歯を外(はず)した。外した入れ歯は口を漱ぐ間、いつも洗面台の右横に置くのが私なりの流儀になっている。その日の朝も私はそうした。口を漱ぎ、入れ歯を洗うためガラスコップに入れようとしたときだった。洗面台に置いたはずの入れ歯が忽然と消えていたのだ。確かに置いた感覚も残っていたし、下へ落ちた形跡もなかった。とすれば…消えたとしか考えようがない。そして、ついに出てこなかったのだ。私は入れ歯作りにしばらく歯科医院へ通う破目になった。しばらくとはいえ、フガフガ人生を味わう羽目になってしまった訳だ。入れ歯はついに見つからなかった。儚(はかな)い人生ではなく、嗚呼(ああ)・・歯がない人生になったのだ。その謎(なぞ)は未(いま)だに解(と)き明かされてはいない。

                           完

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2016年10月16日 (日)

怪奇ユーモア百選 8] 無毛寺(むもうじ)異聞

 まあ、この話は、わしが話す戯言(ざれごと)として聞き流してもらいたいんじゃがのう…。
 いつの頃のことかは聞いておらぬが、とある村の一角に、それはそれは格式が高い無毛寺(むもうじ)という寺があったそうな。格式が高いといえば、さぞ豪華で立派な寺だろう…と誰しも思うじゃろうが、さにあらず。その実態は荒れ果て、今にも崩れ落ちそうな荒れ寺だったという。ここで、かつてはこの寺にいた住職に纏(まつ)わる話をしておかねばならぬじゃ
ろうのう。というのも、この住職がいなくなったその原因へと繋(つな)がるからじゃ。
 かつては、さる大名家の公(おおやけ)には出来ぬご落胤(らくいん)として生まれたこの男は、遁世(とんせい)して各地を行脚(あんぎゃ)した。そののち、かの地にて庵(いおり)を結んで寺とし、無毛庵(むもうあん)と名づけた。その庵は、実に貧相な庵だったそうな。男は出家し、名を増髪(ぞうはつ)と号したと聞く。この増髪が説く話に教化された村の住民は増髪を崇(あが)め奉(まつ)った。増髪の人となりは、次第に全国各地へと広がり、ついに生まれた大名家にも伝わった。その大名家はそのままには捨て置けぬ・・と、そこの村の山奥に密(ひそ)かに寺を建て、そこの住職に増髪を無理やり定めたそうな。ただ寺名だけは、無毛庵から無毛寺として認めたと聞く。この強(し)いた一方的な行(おこな)いが増髪の心を逆撫(さかな)でした訳じゃな。増髪はある日、ふと消息を断ったという。早い話、行方(ゆくえ)をくらましたということになるかのう。寺の住職がいなければ寺は荒れる。いつの間にか、寺は、もののけが住まう奇っ怪な寺へと変貌(へんぼう)をとげたんじゃそうな。気味が悪いと参る者もいなくなるわい。これは必然じゃ。寺はその後、荒れ放題となっていった。もののけとしては都合よくなった訳じゃな。無毛寺・・毛がなくなった頭は、無毛じゃわい。禿(は)げた頭はよく光る。増髪が寺におらぬようになったのじゃから、それも必然ということになるかのう。無毛の寺、無毛寺に纏(まつ)わる話じゃ。そんな話を、いつぞや聞いたわい。今、何か言うたか? …もう、聞かなんだことにして、忘れてくれんかのう。 

                         完

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2016年10月15日 (土)

怪奇ユーモア百選 7] 双六(すごろく)

 夏のある日、古い土蔵(どぞう)を整理していた村川は偶然、収納されていた古い双六(すごろく)を見つけた。今や、テレビゲーム、アプリ全盛の時代である。こんな時代 遅(おく)れの遊びを今の子供がする訳がない…とは思えたが、余りの懐(なつ)かしさからか、村川はそのまま家へ双六を持ち込んだ。
 蝉しぐれが喧(やかま)しく響(ひび)くなか、村川は昼寝のあと、何げなく持ち込んだ双六を開けてみた。双六の紙はきちんと折り畳(たた)まれ、中には古びたサイコロが一つ、何も書かれていない木駒が一つ入っていた。
「えらく古い時代モノだな…」
 村川はカビ臭い紙に書かれた模様を眺(なが)めながら文字を追って読んだ。
「なになに? 一、二、三? …なんだ、ダセェ~な。ひのふのみーかよ。今どき似合わねぇ~~! 今の時代、1、2、3だろ?」
 村川はそう言いながら興味がなくなった紙を元のように包もうとした。そのときだった。紙に書かれた和数字が算用数字に変化した。村川は思わず自分の目を疑った。だが何度見ても、書かれた数字は最初の数字とは違っていた。俺は疲れてるんだ…と村川は思うことにした。そうしないと少し怖(こわ)かった。紙を詳(くわ)しく読むと、中央にやや大きめの平仮名で、[ひとのよ・すごろく]とあった。村川の興味が復活した。
「やってやろうじゃねぇ~か」
 ニタリと笑うと、村川はサイコロを振った。目は●が五つだった。
「5か…」
 村川は木駒を五つ進めた。
「ほお~、[しゅうげん]か…、これはお目出てぇ~な」
 そのとき不意に、見目麗(みめうるわ)しい時代劇風の娘が、村川の前へ白無垢(しろむく)の着物姿で浮かび出た。娘は三つ指をついて村川にお辞儀をした。
「幾(いく)久しゅう、よろしゅうお願い申し上げまするぅ~」
 一瞬、村川は驚きの余り仰天して逃げ出そうとしたが、思いとどまって振り向いた。娘は、村川にお辞儀したままの姿勢で存在していた。
「ははぁ~!」
 村川は思わずそう言っていた。村川はもう一度、娘を見た。娘は姿勢を崩さず、お辞儀したまま氷結したように動かなかった。村川は娘の着物に触れてみた。着物は氷のように凍(い)てついていた。怖くなった村川はサイコロを慌(あわ)てて振った。目は●が四つだった。村川は木駒を急いで四つ進めた。[りえん]とあった。その途端、娘は跡形(あとかた)もなく消え失(う)せた。
「なんだよ、喜ばせてっ!」
 少し怒りながら村川はサイコロをまた振った。目は●が六つだった。村川は、そそくさと木駒を進めた。[をのこ]とあった。その途端、先ほどの美形の娘が所帯じみた着物姿で赤ん坊をあやしながら浮かび出た。
「もう、こんなに大きゅうなって…」
 我が子に視線を向けて笑ってはいるが、いっこうに村川を見る気配(けはい)はなく、そのままあやし続けている。同じ動作を繰り返しているだけなのだ。
「やめたやめたっ!」
 村川は部屋を出ようと立ち上がったが、足は凍(こお)りついたように動かなかった。村川はゾクッ! と背筋が寒くなり、座り直すとまたサイコロを振っていた。目は●が、また六つだった。村川が木駒を進めると、[はか]と書かれていた。そのとき、村川は急に息苦しくなって記憶が途絶えた。
 ふと、気づくと、村川は土蔵の中で、崩れた本の山に首の下すべて埋(うず)もれ眠っていた。息苦しかったのは、崩れた本のせいだった。村川は、夢だったか…と思った。本の前には、決して美形ではない古女房が、呆(あき)れ果(は)てた顔で立っていた。村川は夢であってくれ…と願い、瞼(まぶた)を閉ざした。

                          完

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2016年10月14日 (金)

怪奇ユーモア百選 6] かさかけ橋

 通勤帰り、電車を降りると、いつもの無人改札を通り抜けた脇山は、踏切を横切ろうと無意識に駅を出た。カン!カン!カン!…と叩(たた)くような金属音が鳴り、踏切警報機が赤く点滅を繰り返した。今降りた電車が目の前を通り過ぎる間、脇山は虚(うつ)ろに踏切が上がるのを待った。轟音(ごうおん)とともに電車が目の前を通過し、数人の知らない人とともに脇山は踏切を横切った。
 しばらく歩いていると、これもいつも通って下さいとばかりに待ちかまえる橋が現れた。かさかけ橋だった。もう、とっぷりと日は暮れ、辺(あた)りは、すっかり暗くなっていた。橋を渡ろうとし、脇山はおやっ? と思った。朝、通った時は見かけなかった一本の傘が、外灯に照らされ橋の渡り口の欄干(らんかん)にかかっていた。脇山は、橋の名の通りだ…と、ふと思った。なぜ、かさかけ橋の名がついたのかという謂(いわ)れを脇山は知らなかった。欄干にかかった傘を見て見ぬ振りをし、脇山は橋を渡り始めた。不思議なことに、そのときザァーっと雨が降り始めた。雨具を持っていない脇山は、立ち止まった。今、見て見ぬ振りをして通り過ぎた渡り口の欄干には、どうぞ! とばかりに傘がかかっているのだ。ずぶ濡れになる訳にもいかず、脇山は傘を借用することにし、Uタ-ンした。雨は激しさを増した。傘をさし、橋を渡り終え、脇山は無事に家へ戻(もど)ることが出来た。誰かがかけた傘なら…という後ろめたい気持が起き、脇山はその傘を手に、家の傘をさして家を出た。掛かっていた欄干へその傘をかけると、脇山は家へ戻(もど)った。その後、やや小降りになったが、夜になっても雨はやむことなく降り続き、朝となった。
 脇山はいつものように通勤でかさかけ橋を渡っていた。橋を渡り終えると、昨日(きのう)返した傘が消えていることに脇山は気づいた。脇山は、やはり誰かの傘だったんだ、返してよかった…と素直に思いながら駅へと歩を進めた。そして、その日は何ごともなく家へと戻り一日が終わった。
 その次の日の帰り道である。橋を渡ろうとした脇山は、またおやっ? と思った。一昨日(おととい)の傘がかかっているではないか。朝にはかかっていなかったのだ。それでもまあ、そんな偶然もあるさ…と気に留めず、脇山は橋を渡り始めた。不思議なことに、そのときまた、ザァーっと雨が降り始めた。一昨日もこうだったぞ…と脇山はふたたぴの偶然に少し怖(こわ)くなった。繰り返しでまた傘を使うのは憚(はばか)られた。脇山はずぶ濡れになりながら家へと急ぎ、辿(たど)りつくように戻った。そして着替え、その日も終わった。
 その翌朝、脇山は橋を渡って駅へ向かっていた。そして、おやっ? とまた思った。昨日の傘は使われなかったのか、そのまま欄干にかかっていた。朝のことだから、そう恐怖心も起こらず、ふ~ん…と脇山は駅へ向かった。
 帰り道、傘はまだ橋の渡り口の欄干にかかったままだった。脇山は目を伏せ、傘を見ないようにして橋を渡った。橋の半(なか)ばへ来たときまた、ザァーっと雨が降り始めた。脇山は怖くなり駆け出していた。そのとき、後ろで小さな声がした。
『お待ちくださぁ~~い』
 脇山は、ゾォ~っと身の毛がよだったが、駆けながら思わず振り返っていた。かかっていた傘が駆けて橋を渡り、脇山の方へ近づいてくるではないか。脇山はワァ~~っと叫びながら、走っていた。かさかけ橋という名の謂れは、傘が欄干にかけられた橋ではなく、傘が駆けだす橋という意味だった。

                          完

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2016年10月13日 (木)

怪奇ユーモア百選 5] しどろもどろ

 業務一課長の丹羽取(にわとり)は会社内で他の社員達から変人 扱(あつか)いされていた。というのも、丹羽取には、いつの頃からか見えないあるモノが見えるようになったからである。そのモノとは、さ迷う自縛霊だった。その霊達は、いつも丹羽取に見えた訳ではない。丹羽取をとり囲む周囲の状況が一定の条件になったときのみだった。
「コケさん、どうされました?」
 会社で唯一(ゆいいつ)のよき理解者である隣(となり)の業務二課の係長、戸坂(とさか)が浮かない顔をしている丹羽取に近づいて言った。コケさん、とは、戸坂だけが呼ぶ丹羽取の呼称だった。丹羽取→にわとり→コケコッコ~→コケとなった訳だ。
「ああ、戸坂君か。今日もダメだった。完璧(かんぺき)に、しどろもどろさ。どうも上手(うま)く話せなくてね…」
 偶然、出会ったトイレの化粧室で、丹羽取は戸坂に、そう返した。この日のプレゼンテーションで重要な取引先の役員の前で説明に立った丹羽取は、多くの人の気配に我を失い、活舌(かつぜつ)が、しどろもどろになってしまったのである。丹羽取をとり囲む周囲の状況の一定の条件とは、5人以上の場所に存在することだった。4人までなら自縛霊は見えず落ちつけたが、5人以上は無理だった。課内は多くの課員がいたから、当然、丹羽取の目に映る課内は自縛霊が飛び交っていた。丹羽取が課員と話すと、『ほら、君の右耳に今、噛(か)みついたよ…』とも言えず、しどろもどろの会話となり、要領を得ず、相手を気まずくさせた。だから、丹羽取にとって人混みのする場所は会社に限らずアウトだったのである。丹羽取は社内の休憩時間を解放された時間のように感じていた。そんな丹羽取を理解してくれたのが、後輩社員の戸坂という訳だ。というより、丹羽取は戸坂が手放せなかった。鶏(ニワトリ)に鶏冠(トサカ)は付きもの・・ということだ。戸坂が現れると、どういう訳かあれだけ飛び交っていた自縛霊が消え去るのである。だが、課が違う戸坂と社内行動を共にすることは出来ない。丹羽取は社長の浮来(ふらい)に異動を頼もうとした。
「なにかね、私に直接の頼みとは?」
 社長室へ呼ばれた丹羽取は社長席の前に立っていた。幸い、社長室は2人だ。しどろもどろにだけはならずに話せそうだった。
「突然の話で恐縮なのですが、私と戸坂君を同じ課にしていただけないでしょうか」
「戸坂君と? なぜかね?」
 妙なことを言うな…という怪訝(けげん)な顔つきで浮来は丹羽取を見た。丹羽取としては、自縛霊を見えなくするためです…とも言えず、「それは…」と、口 籠(ごも)った。
「そんなことは、社長といえど簡単には出来んよ。人事部を通してもらいたい」
 浮来は丹羽取の頼みを一蹴(いっしゅう)した。鶏がフライにされたのだった。丹羽取が課へ戻(もど)ると、飛び交うすべての自縛霊が笑っていた。自縛霊達は突然、飛び交うのをやめると丹羽取に一礼し、忽然(こつぜん)と消え去った。その後、二度と自縛霊が丹羽取の前へ現れることはなかった。丹羽取は社内の変人扱いと、しどろもどろな会話から解放され、美味(おい)しそうに笑った。

                          完

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2016年10月12日 (水)

怪奇ユーモア百選 4] 怪談なま欠伸(あくび) 

 とある小学校の、とある教室のホームルームである。
「では、今日は伝えることもないから、先生が短い怪談話でもすることにしよう」
 教室から、バチバチ…と、まばらに拍手が起こり、やがて全員が拍手した。その音が鳴りやむと、担任の清水は静かに生徒へ語り始めた。
「…怪談なま欠伸(あくび)だ」
「なま首(くび)ですか?」
 生徒の一人、クラス委員の八田が唐突にスクッ! と立つと、訊(たず)ねた。
「ははは…馬鹿野郎。生首じゃない、なま欠伸だ!」
 教室内が笑いの渦(うず)に包まれた。笑い声が途絶えると、清水はやや低い小声で、ふたたび語り始めた。
「そう、あれは一年ほど前のことだ。先生は宿直で職員室にいた。そろそろ、宿直室へ行くか…と思ったとき、不意に職員室の戸がガラッ! と開いた。先生はギクリ! とした。辺(あた)りはすっかり暗闇で、先生が座る机の電気スタンドの蛍光灯だけの灯りだ。よく見ると、用務員の矢尻さんだった」
『先生、お疲れでしょう。そろそろ仕舞って下さいよ』
『はあ、ありがとうございます。今、そうしようと思っていたところです』
「そう言って、先生は戸口に立つ矢尻さんを見た。いや! 今、思っても信じられんが、矢尻さんは首から下がなかったんだ。首だけが宙(ちゅう)に浮いて話してたんだ。先生はゾォ~~っとした」
 そこまで話すと、清水は教室内の生徒達をゆっくりと見回した。教室内は物音ひとつせず、静まり返っていた。清水の顔は、いっそう真剣味を帯びた。
「先生は怖(こわ)さで直立していた。すると、妙なことに、首はスゥ~っと音もなく消え、戸が静かに閉まったのさ」
「なんだ、やっぱり、なま首じゃないですか」
 八田がニタリとして言った。
「馬鹿言え。話には続きがあるのさ。目の疲れのせいだろう…と、先生は背伸びをして、欠伸をしたんだ」
「なま欠伸ですね!」
「そういうことだ。怪談なま欠伸だ」
「本当ですか?!」
 八田が疑いっぽい、やや大きめの声で言った。教室内は笑いの渦となった。その笑い声が消えると、清水はまた話し始めた。
「話には、まだ続きがある。先生が用務員室を覗(のぞ)くと、矢尻さんが夕飯を食べていた。『矢尻さん、職員室へ今、来られましたよね』と訊(たず)ねると、『いいえ? 食べ終えたら行こう…と思っていたところなんですよ』と言うんだ。先生は、また怖くなった。その一週間後、矢尻さんがお亡(な)くなりになったことは皆も、よく知っているな」
 教室内は、ふたたび静まり返った。

                          完

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2016年10月11日 (火)

怪奇ユーモア百選 3] うめぇ~な

 長年の間、村人に馴(な)れ慕われた祠(ほこら)が小じんまりとした森の中にあった。その祠には誰が連れ込んだのか、一匹の山羊(やぎ)が放たれていた。祠へ参る人々は誰彼となくお参り帰りに、その山羊に餌を与えていたから、飢(う)え死ぬということはなかった。参った人が去ろうとすると、妙なことに『うめぇ~な』と語りかける声が後ろから聞こえた。人々はその都度、振り向きはしたが、辺(あた)りに人がいる訳もなく、そのまま訝(いぶか)しげに帰っていった。そんな日が続いたが、山羊は森から消えることはなかった。どういう訳か、村には吉事が続いた。
 ある日、祠の前を通る小道が広げられることになり、祠は少しぱかり動かされることになった。少しとはいえ、約1Kmは離れたところだった。
 小道の拡幅計画は隣町との連絡道を通すことで行き来しやすくする・・との思惑で決まった。工事が始まると同時に、山羊の姿は忽然(こつぜん)、と消えた。この不可解な出来事に、人々はなにかの祟(たた)りではないかと怖(おそ)れた。幸い、何事もなく工事は無事に終わり、森は消滅した。
 移された祠の横には一本の小高い木があった。祠は、その木の下に隠れるように安置された。それまでとは違い、人々が祠の前を通ることは少なくなったが、それでも野良仕事のついでには時折り、お参りする人もいた。
 あるとき、野良仕事を終えた村の男が祠へお参りし、山羊がいることに、ふと気づいた。あの森にいた山羊だった。その山羊が祠のすぐ後ろで草を食(は)んでいるではないか。村の男は驚いた。手に持っていた野菜をやると、美味(うま)そうに食べた。男が山羊の頭を撫(な)で、戻(もど)ろうとすると、『うめぇ~な』と後ろで声がした。男は足を止めたが、過去にもそんなことはあったから、男は振り向くことなく、そのまま歩き始めた。
『うめぇ~な …さらばっ!』
「あいよっ!」
 男は思わず返し、んっ? と振り向いた。山羊の姿は消えていた。そんな馬鹿な! と男はゾクッ! っと寒けを覚えた。
 その後、村では不幸が相次ぐようになった。山羊は森を守る神の使いだったのである。

                          完

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2016年10月10日 (月)

怪奇ユーモア百選 2] 姥窪塚(うばくぼづか)の怪

 そう、わしが聞いたところによれば、今から三百年ばかり前にあった話じゃそうな。まあ、話してくれと言われれば、話さんこともないがのう。今、思い出しても怖(おそ)ろしい話じゃて…。わしも祟(たた)られては困まるでのう、手短かに話すとしよう。手間賃は多めに包んでいただくと有り難いが…。まあこれは、わしの独(ひと)りごとじゃて、ほほほ…忘れてもらおうかのう。
 時は江戸時代 半(なか)ばの頃、お前さんらも知っておろうが、ここから三里ばかり離れた姥窪塚(うばくぼづか)を一人のお武家が通りかかった。名は樋坂源之丞とか言ったそうな。姥窪塚の道伝いには一軒の茶店があってのう、名物の煎餅(せんべい)が美味(うま)い茶とともに知られておった。その煎餅は今も売られておるから、お前さんらも分かるじゃろう。でのう、その樋坂というお武家が、その煎餅をひと口、齧(かじ)った途端、不思議なことに、全天(ぜんてん)俄(にわ)かにかき曇(くも)り、どしゃ降りの雨となったそうな。
「これは、お武家さま。とてもお旅はご無理でございましょう。しばらく小降りになるまで、お待ちなされませ」
 店の主(あるじ)は、そう樋坂に勧(すす)めたんじゃ。
「そうさせていただくか…」
 店の軒(のき)まで出てどしゃ降りの雨を見ながら、樋坂はそう言ってふたたび床几(しょうぎ)に腰を下ろした。そのときじゃった。一人の白無垢(しろむく)を着た娘がのう、濡れもせんで、不意に店へ現れたそうな。樋坂は驚いた。
「驚き召(め)されまするな。私(わたくし)は、あなたさまをずっと、お待ち申しておりました」
 娘はそう申したそうな。樋坂にすれば、一面識もない娘じゃ。面食らったのは申すまでもない。
「何かの思い違いではござらぬか?」
 樋坂は娘に言い返した。
「いいえ…私は」
 娘がそこまで言いかけたときじゃった。
「いかがなされました?」
 話し声がしたからか、主が暖簾(のれん)を潜(くぐ)り、奥から顔を出したんじゃ。
「この娘ごが…」
 と樋坂が言いかけたとき、不思議なことに娘の姿は消えていたそうな。
「あの…誰もおりませぬが?」
 店の主は、はて? と訝(いぶか)しそうな眼差(まなざ)しで樋坂の顔を見た。
「ご主人も、声は聞かれたでござろう?」
 樋坂は同意を求めた。
「へえ、それはもう。なにかお話の声が…」
「で、ござろう。白無垢の娘ごが不意に現れましてな」
「それはっ!」
 思うところがあったのか、店の主は俄かに顔面蒼白(がんめんそうはく)となり、震えだした。
「如何(いかが)された?」
「それは姥煎餅(うばせんべい)という妖怪でございます。姿こそ美しい娘でござりますが、実は見染(みそ)めた男を窪塚(くぼづか)へと引き込もうとする怖ろしい妖怪でございます」
「そうであったか…。これは危(あやう)ういところでござった、忝(かたじけな)い」
「いえいえ。この旅先、お気をつけられませ…」
「なにか、よい手立ては、ないかのう?」
「ああ、それはござります! 『煎餅固いぞ、煎餅嫌いじゃ!』と申されませ。効用は、あろうかと…」
「では、そうすると致(いた)そう」
 雨はやみ、樋坂は茶店を去った。歩く道中、樋坂は『煎餅固いぞ、煎餅嫌いじゃ!』と言いながら、煎餅を齧(かじ)って歩いたそうな。…そんな、どうでもいい怖(こわ)い話じゃ。

                          完

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2016年10月 9日 (日)

怪奇ユーモア百選 1] 爪楊枝(つまようじ)物語

 今日お話しするのは、爪楊枝(つまようじ)の一つの怪奇な物語である。
 学生街の大衆食堂、海老(えび)屋である。久々に学生時代を思い出そうと寄った平坂牧夫は、丼ものを食べ終え、若い頃はこんなことはなかった…と思いながら、シーハーシーハーと口の歯に挟(はさ)まった食べカスを爪楊枝で、ほじいていた。そんなときだった。急に、聞きなれない声が平坂の耳元に小さく届いた。
『旦那(だんな)、お疲れですかい?』
 平坂は、おやっ? 誰の声だ? と、辺りを見回した。客は他に学生が数人いたが、誰も食べているだけで、平坂に話しかけた形跡がない。空耳(そらみみ)か? とも思ったが、それにしても自分の耳に、はっきり聞こえたのだから、平坂は幾らか薄気味悪くなった。それでもまあ、辺(あた)りに変わった様子もなく、また歯をしばらく、ほじいて店を出ようと、平坂は爪楊枝を灰皿へ捨てた。
『旦那、…それは、ちと攣(つ)れないんじゃ、ありませんか』
 また声が平坂の耳に響いた。平坂はこのとき、初めてゾォ~~っとする肌寒さを実感した。攣れないことを俺がしたのか…と、平坂がテーブルを見れば、今、灰皿に捨てた爪楊枝が目にとまった。平坂は捨てた爪楊枝を、ふたたび手にした。
『そうそう…』
 手にした指先の爪楊枝が、平坂には微(かす)かに響く感覚がした。平坂は、これか? とギクリ! としたが、しかしまあ、まさかな…とも思えた。一分ばかり経ったが、爪楊枝は何も言わない。ははは…そりゃそうだろう・・と、平坂は気を取り直した。さて…と考えたが、いつまでも食べ終えた店にこのままいる訳にもいかない。平坂は爪楊枝をポケットへ入れて立つと、レジで勘定を済ませ店を出た。
 店を出てしばらく平坂が歩いたときだった。突然、ポケットから声がした。
『すみませんね。こう見えて、私は山に住む精霊の一番、下っ端の僕(しもべ)なんでございますよ。何の因果か、爪楊枝にされちまいましてねえ…』
 爪楊枝の声は俄(にわ)かに涙声になった。平坂はすでに恐怖心が先走っていたが、一応、声の内容を理解して聞けた。
「なんで私に?」
 平坂は、いつの間にか語っていた。
『偶然、旦那が私めを使われたんでございますよ。お使いになられた方に、声をかけなけりゃ、誰にかけるんだ? ということでございます。この声は、旦那以外には聞こえちゃいませんから、安心なすって下さいまし』
 安心も何もあるものか…と思いながら、平坂は歩き続けた。いつの間にか、恐怖心は遠退(とおの)いていた。
 往来へ入ると、人の姿が俄(にわ)かに増えだした。さして、平坂にはコレといった目的もなく、休日をブラつこうと思っていただけだったから、時間はたっぷりとあった。平坂は思い切って口を開いた。
「それで、私になにか?」
『いや、なに…。これといって旦那に頼みごとがある訳じゃないんですがね』
「それなら、おとなしく捨てられたままで、よかったじゃないですか?」
 平坂は、たかが爪楊枝相手に…と思えたものだから、上から目線で不満たらしく強がった。
『まあまあ、そう言わず聞いて下さいまし。捨てられる前に、私にも一つだけ心残りがあったんでございますよ』
「ほう、それは?」
『お山が荒れましてね。このまま見捨てちゃおけないと…』
「なるほど!」
 道を歩いて擦(す)れ違う通行人が、ブツブツ言いながら歩く平坂を振り返り、訝(いぶか)しげに首を捻(ひね)った。まあ、誰の目にも、独(ひと)り語る平坂の姿は尋常には映らなかったのだろうが…。
『旦那に、とやこう言っても、ご迷惑でございましょうが、まあ、お気が向かれたなら、ひとつご助力を…』
 平坂はそれを聞き、ギクリ! とした。平坂は元農水省の中枢、大臣官房の次官だったのである。
「ははは…今の私には、なんの力もありませんがね。心に留め置きます。で、どのお山の?」
『よくぞ、聞いて下すった。ほん近くの、ほら、あそこに見える小高い…』
 その山は学生時代、平坂がよく登った山だった。
 数年後、どういう訳か、爪楊枝が告げた山の間伐が始まった。そして、その間伐が終わって間なしに、差出人も書かれず消印もないお礼の封書が平坂の家へ投函された。誰が投函したかも分からないその封書の表には[お礼]とだけ泥字で記(しる)され、中には、書くために使われたと思われる一本の爪楊枝が入っていた。その後、平坂家には吉事が続いたという。

                           完

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2016年10月 8日 (土)

ユ-モア短編集 [第100話] カラオケ

 村森静一は世に知られたサスペンス作家である。彼はカラオケが鳴ると、どんな作品でもスラスラと書き進められるという特異な才能に恵まれていた。
「先生、今日はこんなの持ってきました…」
 日々、村森の自宅へ日参するテレビ局の社員、岩竹が鞄(かばん)からカラオケの古いテープを取り出した。CD時代の今どき、オープンリールのテープデッキでカラオケを聴くなどという者はごく僅(わず)かに思えた。その一人が、この有名作家の村森だった。
「ほお、どんなの…」
 岩竹は演奏曲が印刷された紙を村森に見せた。
「ふ~~ん…聴かない曲だねぇ」
「ええ、そりゃそうですよ。トウシロさんが作った世に出てない曲ですから」
「ああ、そうなんだ…。まあ、そこらに置いといてよ、聴いてみるから」
 村森は興味なさそうに言い捨てた。
「それで先生、今日の分は?」
「ああ、なんか言ってたねぇ…。なんだっけ?」
「嫌だなぁ~、忘れちゃったんですか? 10月放送分のヤツですよ」
「ああ、アレ。アレ、全然、出来てない!」
「ええ~~~っ! 参ったなあ~」
「何も君が参るこたぁないだろ?」
「いやあ~参りますよ、また怒られる」
「ああ、そうなの? いつまで?」
「明日(あす)までです…」
「明日か。ははは…そりゃ無理だな、無理無理!」
 村森は、無理無理! を強調して言い切った。
「無理にでもお願いします…。僕のリストラがかかってますから」
「ああ、まあ、頑張ってみるよ。ダメだろうけど、明日、また来なさいよ」
 青菜に塩の岩竹を見て、慰め口調で村森はそう言った。
 しんみりと岩竹が帰ったあと、村森は岩竹が置いていったテープをそれとなくデッキにセットし、スイッチを捻(ひね)った。スピーカーから、なんとも心をそそるメロディが響いてきた。実に心を打つ曲の調べだった。その途端、村森にメラメラ…と創作意欲が湧(わ)いた。
 無心に書きなぐり、村森が気づくと、すでに外は明るくなり始めていた。突(つ)っ伏(ぶ)して村森が眠る机の上には、岩竹が依頼した10月放送分の原稿が完成して置かれていた。デッキのテープはいつの間にか巻き戻(もど)され、自動停止していた。

                       THE END

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2016年10月 7日 (金)

ユ-モア短編集 [第99話]  サスペンス

 鳥谷(とりたに)美咲は食品会社のOLに採用されて2年ばかりが経つピチピチのヤングギャルだった。容姿といい仕事ぶりといい、まあ、それなりにまあまあのOLとして、目立たない日々を会社で過ごしていた。そんな美咲だったから、男子にモーションをかけられることも、ほぼなかったが、別にそのこと自体、美咲は気にしていなかった。それより美咲には一つ、気になることがあった。今いる会社が、どうしてこんな大きくなったのだろうか? という漠然(ばくぜん)とした疑問だ。その疑問は、ひょんなことで湧いた。
 あるとき、美咲は会社の資料室で偶然、創設当時のちっぽけな商店の写真記事を見てしまった。疑問に思うようになったのは、そのときからである。というのも、今との期間が僅(わず)か10年にも満たなかったからである。美咲は秘密裏に会社の実態の歴史を逆に辿(たど)ることにした。すると、妙なことが分かった。それには、ある食品の発売が関係していることが分かったのである。その食品の名は、[サスペンス]。味はサスペンスの筋書きのように、はらはらとさせる味つけで、食べる者を悩ましくさせる美味で悩ましい健康食品だった。ああ、アレか! と美咲も納得した。自分も食べたことがあった。鳥谷美咲が[サスペンス]を食べる。鳥谷美咲と[サスペンス]。美しい花が咲く岸壁に佇(たたず)む一人の女…海鳥が舞っているラストシーン…もうこれだけで十分、ドラマになる映像が揃(そろ)っていた。 

                         THE END

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2016年10月 6日 (木)

ユ-モア短編集 [第98話]  ビリビリっ!

 合崎(ごうざき)武司は人間には強かったが、電気関係には滅法、弱かった。もう少し正確に言うなら、[電]と付くあらゆるもの、具体的には電話、電波、電磁波、電子…など、目に見えないすべてのものに弱かったのである。
「そんなこっちゃ君ね、今の時代、世渡り出来ないよっ!」
 嫌みに聞こえる正論を会社上司の太良吹(たらふく)は課長席に座りながら、対峙する合崎に説教口調で言った。太良吹は座った位置にいるから、前に直立する合崎には当然、上目 遣(づか)いである。
「はあ…しかし、どうしようもありません。ダメなものはダメなんですよ、僕」
「小学生じゃないんだから、私と言いなさい、私と! …まったく!」
 太良吹は完全に旋毛(つむじ)を曲(ま)げた。
「はあ、どうも…」
 ペコリとお辞儀してデスクへ戻(もど)った合崎はビクビクしながら椅子(いす)へ座った。机の上には強敵の電気スタンド、パソコン、電話といった、合崎にとって見るのもおぞましい[電]関係品が合崎を見つめていた。それは合崎がビリビリっ! と感じる━見えざる視線━だった。
 会社の帰り道、まだ田畑が豊かに広がる畔(あぜ)を合崎は歩いていた。畔に沿(そ)って電柱がまっすぐに続き、高い電圧が流れる電線の上で、スズメ達がチュンチュン…と囀(さえず)っていた。それを見ながら合崎は、ふと思った。アイツら…よく感電しないな? と。落ちないメカニズムは分からなかったが、合崎はビリビリっ! に強いスズメ達を羨(うらや)ましく思った。
 しばらくのんびりと畔を歩いていると、バイブにしていた携帯が急にビリビリっ! と震動した。驚いた合崎は完全にビリビリっ! 状態になり、電話に出ないまま、畦道を駆け出した。そのとき、タイミング悪く、夏空にビリビリっ! と稲妻がひと筋、走り、ズド~~ンときた。
「ギャア~~!!」
 走る合崎は完全にビリビリっ! 人間になってしまっていた。

                        THE END

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2016年10月 5日 (水)

ユ-モア短編集 [第97話]  集中力

 会社員の里口 戻(もどる)は最近、とあることで悩んでいた。というのは、することなすこと、すべてがプレるのである。昨日(きのう)も、こんなことがあった。
「どうしたんだ、里口! 待ってたんだぞ、4時まで!」
「えっ!? そんな馬鹿な。僕も5時まで待ってましたよ」
「んっな馬鹿な! お前、先川(さきがわ)店だぞっ!」
「ええ、先川1号店でした」
「なにっ! 馬鹿かお前は! 俺が言ったのは先川2号店だっ! 」
 先輩社員の雪之下は顔では笑いながら、言葉で荒く叱(しか)った。そのとき、里口は『…2号店で3時だっ!』という言葉を思い出し、ハッ! とした。確かに2号店と聞いた自分の足が1号店へ向かったのだ。これは、ゆゆしき事態である。里口は街頭で占って貰(もら)うことにした。
「どうなんですかね?」
「どれどれ…。ほう! ほうほう!」
 年老いた占い師は里口の上半身を天眼鏡でマジマジと見ながら頷(うなず)いた。
「あんたの周囲には災(わざわ)いを起こす自縛(じばく)霊がワンサカと見える。それが悪さをしておる元凶(げんきょう)じゃて…」
「あのう…どうすればいいんでしょうか?」
「ほほほ…簡単なことじゃ。集中力を高められればよい。さすれば、悪霊(あくりょう)は退散! まず、近づけますまい…」
「集中力ですか。それはどうすれば?」
「ほほほ…それは言葉どおり、集中する力を養うことでござる。方法までは、お教えしかねるがのう。出来ぬと申されるなら、無心になられるのも集中力を高める一つの方法でござろうかのう…」
 里口は占い師に見料を払うと、礼を言って立ち去った。
 次の日から里口は就寝前に小1時間、座禅を組むことにした。無我(むが)の境地(きょうち)に自分の心をするためである。
 効果は、すぐに出た。里口はプレなくなった。ブレないとは焦点が合うということだ。なんのことはない。里口は視力が落ちていたのだ。それがすべての元凶で、物事の集中力を損(そこ)なっていたのである。里口がブレて集中力を欠いていたのは、自縛霊のせいではなく視力低下によるものだった。 

                         THE END

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2016年10月 4日 (火)

ユ-モア短編集 [第96話]  実(まこと)しやか

 山椒亭(さんしょうてい)田楽(でんがく)は当代きっての落語家である。彼の語り口調は絶妙で、恰(あたか)もその人物や風景がその場にあるかのように実(まこと)しやかに語った。これは楽屋でも変わらず、田楽はコンニャクだ・・と、噺(はなし)家仲間からは、コンニャク亭呼ばわりされていた。コンニャクは閻魔(えんま)さまの好物らしく、裏表がない・・ということらしい。まあ、世知辛(せちがら)い今の世は、毒々しい嘘(うそ)とまではいかない方便を使わないと生き辛(づら)い俗世ではある。田楽が語る落語の世界は、真実味があり、その方便を忘れさせてくれた。
「実は、そこの横丁の豆腐屋の豆腐が美味(うま)いの美味くないのって…。いやもう、コレ! もんですよっ! 是非一度、お出かけ下さいましな」
 手で頬(ほお)を擦(こす)るようにして、田楽が待ち番の楽屋連中と話している。コレ! と手で頬を擦る仕草が、すでに芸になっていて、取り囲む連中は聴き耳を立てていた。
「へぇ~そんなに。ははは…当地へ呼ばれたおりは、一度、寄ってみなくちゃいけませんよねぇ~」
 次の出番の講談師、二流斎 凡庸(ぼんよう)は、さも興味ありげに返した。
「ええ、そりゃもう、是非…。また、そこの油揚げが絶妙なんでございますよ。私なんぞ、旅館に頼んで焼いてもらいましてね、醤油を軽くかけ、ご膳を五杯ばかり…これが美味(うま)いのなんのって…」
 田楽は、また実しやかに手ぶり身ぶりで語った。取り囲む連中は皆、舌舐(したな)めずりをした。
 ある日、その田楽が風邪(かぜ)で寝込んだ・・という情報が楽屋へ齎(もたら)された。田楽が山椒を乗せて!? と誰もが笑って驚き、見舞いに駆けつけた。
「わたしゃね、熱にうなされ見ましたよ。見ました、あの世とやらを…」
 風邪はもうすっかりよくなり、熱も下がったらしく、田楽は元気そうに寝布団の上で半身(はんみ)を起こし、見舞客の連中へ実しやかに語りだした。取り囲む連中は皆、顔面蒼白になっていった。
「それでね…お前はまだここへ来るのは早いぞよ・・って閻魔さまに言われまして。それとね、美味い豆腐には裏表があるぞよって、ニタリとお笑いになったんでございますよ、こんな顔で…」
 田楽は閻魔さまの怒り顔が笑顔になる瞬間を実しやかに演じた。取り囲む連中は皆、笑ったが、田楽の顔が実しやかな閻魔さまの顔に戻(もど)ると、ギャァ~~~! と先を争い、駆け出していった。

                      THE END

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2016年10月 3日 (月)

ユ-モア短編集 [第95話]  回る

 金舟(かねふね)渡は観覧車に乗り、ポカ~ンと独(ひと)り、下を眺(なが)めながら考えていた。何も好き好んで金舟は観覧車に乗った訳ではない。預けた銀行の利息が今一、安く、得する気分が以前より損(そこ)なわれたからだ。まあ、自分一人の力でどうなる問題ではなかったが、銀行を出たときの気分は、お蔭(かげ)で、すっかりショボくなっていた。その鬱屈(うっくつ)した気分を晴らそうと観覧車に乗った訳だ。まあ、テレビで観た政治座談会のようなデフォルト[債務不履行]にはならないだろうが…と思ったとき、ふと金利、0.65%の頃の映像が金舟の胸に過(よぎ)った。¥100万預ければ、その金利は¥6,500だ。¥1,000万なら、なんと! 実に濡(ぬ)れ手に粟(あわ)の¥65,000もの利息を頂戴できる訳である。事実、金舟は過去にそれだけの利息を有り難く頂戴し、買う肉を200gから500gにした時期があった。投資目的ではなかったが、まあ有り難い! 気分に変わりはなかった。テレビで観た政治座談会はギリシャの国レベルの財政危機をテーマにしていた。
 観覧車の最上部が近づいていた。下の家々が小さく見えた。ポカ~ンと金舟は考えていた。財政赤字が日本を含む世界各国の焦点となっているが、果たして財政黒字の国はあるんだろうか? と。あるとすれば、赤字国はその手法を大いに参考にすべきだし、また、する必要があるように思えた。この観覧車はグルグル回ってまた元へ戻(もど)っている。そうだ! 識者がテレビで語っていたとおり、数年でデフォルトの国も回復しているという。ひょっとすると、お金はグルグルと回っているんじゃないか…と。金は天下の回りもの・・とはよく使われる常套句(じょうとうく)でもある。金舟はなおもポカ~ンと考えた。ただ、考え過ぎて頭や目は回りたくない…と。そういや、町長がトイレ掃除をして財政黒字の自治体もあったな…と思いながら金舟は観覧車を降りた。

                       THE END

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2016年10月 2日 (日)

ユ-モア短編集 [第94話]  リスク

 どんなことでも、新しいことを行えば当然、リスクが増える。スムースに行けばいいが、その新しい行動に対する未知の抵抗が予測されるからだ。
 高波静夫は今までより少し遠くで釣りをしようと考えていた。そこは地図では知っていたが、まだ行ったことがなく、少し不安ではあった。要は、少しのリスクがある釣りをしようということだ。地図を広げながら高波がテレビを点(つ)けると、司会者を中央にして有識者達が政治座談会をやっている画面が映った。地図をひとまずテーブルの上に置き、なんだ? と高波が視聴していると、集団的自衛権の話し合いらしかった。話は佳境に入っているようで、自衛隊員のリスクが増える…とかの、ゴチャゴチャした話になっていた。高波は俺のリスクはどうなるんだ! と思いながら、また地図を見て地形と交通ルートを綿密に計算した。しばらくして、ああ、これならいいだろう…と、調べたルートをメモ書きし、その日は眠ることにした。
 一週間が流れ、いよいよ高波はその地へ行くことにした。以前、行ったところまではよく知っていたから、高波は列車に揺られて眠っていた。妙なもので、そこから先の未知の区域に入った途端、高波の目は冴(さ)え、眠気も消えた。その港がある駅に降り立ったとき、高波の胸は予想されるリスクで昂(たかぶ)った。
「あの…ここはよく釣れるんでしょうか?」
「ええ、釣果(ちょうか)は上々のはずですよ、普通に釣れば…」
 ニタリと笑い、地元の男が返した。この瞬間、高波のリスクは明らかに小さくなったはずだった。
「店とかは…」
「釣り関係のですか? えっ? 違うんですか? はい! はいはい。休憩するだけですね? それなら、ほら、あすこに…」
 地元の男は一軒の旅館らしき建物を指さした。
「どうも…」
 高波は教えられた旅館らしき建物へと近づいていった。
 旅館へ着くと、高波は玄関で手続きを済ませ、番頭に部屋へ案内された。高波のリスクは、ほぼ消えたようだった。そのとき、なにげなくズボンに手を忍ばせ、おやっ? と高波は思った。あるはずの財布がなかった。切符は先に予約買いをしてポケットに入れていたから、こうしてここまで来れたのだ。財布は? 高波の胸の動悸は急に高まり、リスクもまた高まった。そうだ! 出がけに着替え、前の服へ入れたままだった…と高波は思い出した。リスクは、とんでもないことで高くなった。高波は旅館の主人に事情を説明し、旅費を借りてUタ-ンした。リスクは思わぬところで発生するものなのだ。高波の釣り気分はいつの間にか消え失せていた。家へ戻った高波は、出直さず、家にいた。リスクはリスクを考えたばかりに、思わぬところでリスクとなった。リスクがリスクを発生させたのだった。

                         THE END

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2016年10月 1日 (土)

ユ-モア短編集 [第93話]  おつり

 日曜の朝、徳山光二は退屈まぎれにスーパーで買物をしていた。もう買い残しはないな…と思え、徳山はレジへと向かった。レジの空いたところで勘定を済まそうと入ると、手ぶりから見てまだ馴(な)れていないと思える若い店員が対応した。次々にレジ価格が入っていくPOSシステムはいつもながら便利だ…などと、偉(えら)そうに思っていると、すでに清算に入っていた。
「¥4,033です…」
 ここで徳山はミスった。いつもなら¥5,100を出し、おつりは¥1,000札で貰(もら)うシステムを徳山はとっていた。ところが、である。ついつまらなく思っている間に¥5,000札のみを出していたのである。当然、店員は機械に清算させ、お釣りの¥967を手渡した。このとき徳山は、ハッ! とミスに気づいた。清算は終わっていたから、もうあとの祭りである。徳山の脳裡(のうり)に悲しい演歌のカラオケが侘(わ)びしく流れた。財布にお釣りを入れ、硬貨を残念そうに掻き回していると、¥500硬貨が二枚あった。
「あのう…これ¥1,000札に交換してもらえませんか?」
「…それは出来ません」
 店員の愛想ない返事が返ってきた。まあ、店員には悪気はなく、店のマニュアルどおりに言ったのだろう…と徳山は思った。経済学でいえば確かに取引は済んでいた。だが、徳山はまだ取引の場を離れた訳ではなかった。その状況は、その場を去ってから換金を願い出た場合と明らかに相違しているのだ。まあ、出来ない・・と言われればそれまでだが、その辺(あた)りがサービスのように思え、買ったものを袋に入れると、徳山は店をあとにした。今ではレジ袋もお金がいる時代になっていた。家に帰り、徳山が財布の中のおつりを見ると、いつ入れたのか、その中に印籠(いんろう)が入っていた。何を隠そう、恐れ多くも、このお方こそ先の副将軍、従三位中納言、水戸光圀公にあらせられる…訳がなかった。

                        THE END

 注:¥500硬貨2枚を¥1,000札に換金する一つの方法として、2枚を金融機関へ預貯金で預け、¥1,000引き出せば、¥1,000札は入手できます。^^

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