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2016年11月

2016年11月30日 (水)

怪奇ユーモア百選 53] 傘化(かさば)け

 昔々(むかしむかし)、あるところに傘化(かさば)けという不思議な妖怪がいたそうじゃ。その妖怪は奇妙なことに来る日も来る日も、山裾(やますそ)の登山口で傘をさして立っておったという。それがなぜなのかは誰も分からんかった。というのも、立っておるだけで別に悪さをする風でもなかったからじゃ。ただ、通りかかった者に化け、しばらく山道をあとからついて突然、消える・・という風変わりな妖怪じゃった。
 ある日のこと、権助(ごんすけ)という村の百姓が山へ入ろうと通りかかった。その日も、さも当然のように傘化けは権助の姿で傘をさして立っておった。それがどういう訳か、権助には心なしか寂しそうに見えたという。おう立っておるのう…と、権助は遠目に見て思いながら、気づかぬ態(てい)で登り始めた。すると、権助に化けた傘化けは後ろをついてきたそうな。
「どうかしたのけ?」
 思わず権助は訊(たず)ねてしもうた。その途端、声に驚いた権助に化けた傘化けは姿を消した。なんだ人騒がせな…と権助は思いながら山道へ入ろうとした。すると、どこからともなく子供の声がした。権助は耳を澄ました。
『新しい傘をくれぇ~新しい傘をくれぇ~』
 権助にはそう聞こえたそうじゃ。何のことか初めは分からんかった権助じゃったが、ふと見ると広げられた破れた番傘が近くに見えてのう、訳が分かったんじゃそうな。権助は次の日の朝、新しい番傘を持って山裾まで行き、置いて帰った。その日以降、権助によいことづくめの日々が続いたという。傘のお礼ということなんじゃろう…と、村の衆は話しておった。味をしめようと別の百姓が傘化けに山へ登る訳でもなく近づいた。
『なにか妖怪?』
 傘化けの方がダジャレで先に訊ねたそうな。そうは問屋が卸(おろ)さぬ・・ということかのう。

                            完

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2016年11月29日 (火)

怪奇ユーモア百選 52] 太る足

 那美は高校1年生である。今年の夏もようやく終盤へさしかかろうとしていたある日、部活を終えて帰宅した那美はどういう訳か落ち込んでいた。
「どうした? 那美」
 父親の森崎が、ふと居間に現れ、テンションが下がった那美に声をかけた。
「この足、見てよ」
 見るからに美味(うま)そうな大根足が2本、よく育っていた。
「その足がどうかしたか?」
 那美の言いたいことは大よそ分かってはいたが、あえて森崎は分からぬ態(てい)で返した。
「…見りゃ、分かるでしょ!」
 那美は旋毛(つむじ)を曲げ、怒り口調で自室へと去った。
「ああ、女はよく分からん。怖(こわ)い怖い…」
 森崎は小声で独(ひと)りごちた。
 夏休み前まではスンナリ細めだった那美の足がスクスクと育ち始めたのは、あることを境(さかい)にしてだった。そのことは、那美も分かってたし、森崎も当然、知っていた。ただ、そのことと足が太くなったという間連が、どうしても分からなかった。そのこととは流し素麺(そうめん)である。那美がその日の前日、無性に素麺が食べたくなったと言うので、それじゃ明日(あした)、流し素麺をしようじゃないか・・と家族で話が纏(まと)まったのである。
 流し素麺は家族全員で賑(にぎ)やかに終わったが、その次の日から那美の足に異変が起き始めたのである。異変が起きたのは、どういう訳か家族で那美だけだった。流し素麺でそうなった…などと家族の他の者は冗談にも思えなかったから、一度、病院で診(み)てもらうよう那美に促(うなが)した。那美も年頃で気になったのか、病院で診察を受けた。
「べつに悪いところはないですがね…」
 検査結果を見ながら医者が訝(いぶか)しそうに言った。流し素麺で考えられるとすれば、那美が麺つゆに大根おろしを混ぜたくらいなのだ。それ以外にはなにもなかった。
 この謎(なぞ)は、今も解き明かされてはいない。森崎は訳あり大根の祟(たた)りでは? と考えている。

                            完

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2016年11月28日 (月)

怪奇ユーモア百選 51] モツ鍋

 へへへ…暑いときゃ、熱いものを食らうにかぎる。それが通(つう)ってもんだ…と、鯔背(いなせ)な浴衣(ゆかた)の袖(そで)をたくし上げ、髭川(ひげかわ)はフゥフゥ~とモツ鍋を突(つつ)いた。十分に煮(に)えたモツは柔らかくなり絶妙の味加減になっている。そこへ冷えた生ビールである。これはもう、堪(こた)えられない至福の安らぎを髭川に与える以外の何物でもなかった。外は太陽が照りつける灼熱地獄の様相を呈(てい)していたが、髭川がリフォームで新たに設けた特別室は快適空間で、むしろ寒いくらいだった。だから、汗などほとんど出なかったのである。曇り除去の処理をした二重構造の大窓からは、茹(う)だる外の様子が手に取るように見えている。それでいて髭川の籠る特別室は快適空間でモツ鍋がグツグツと煮えているといった具合だ。へへへ…暑い夏は、モツ鍋さ、とばかりに髭川はまた、ひと口、モツを口中へ放り込んだ。ほどよく酔いも回り、髭川は眠くなったので火を止め、室内ハンモックに身を沈めた。歯の残滓(ざんし)をシーハーシーハーとやっているうちに意識が薄れ、髭川は夢の人となった。ここまでは、よかった。だが室温設定をうっかり間違え、20℃が2℃になっていたことを髭川は知らない。
 気づけば、髭川は凍(い)てつく冬山にいた。ビバークしているテントの中のようだった。辺(あた)りすべてが白で閉ざされ、外は雪が舞っていた。身体が寒さで悴(かじか)んだ。よく見れば、そんな逼迫(ひっぱく)した状況の中で、モツ鍋がホエーブスの火でグツグツと美味(うま)そうに煮えているではないか。どういう訳か食べよと言わんばかりにコッフェル、スプーン、フォークまであった。ならばと、髭川はフゥフゥ~とモツ鍋を突いた。そのとき雪崩(なだれ)の音がし、髭川は雪に流されていく感覚を覚えた。
 目覚めれば、髭川はハンモックから落ちていた。室温は真冬並の2℃まで下がっている。二重窓の外に舞うはずがない雪が舞っていた。解けるはずがない浴衣の帯が解け、髭川の浴衣はハンモックに引っかかっている。ということは、髭川の状態は…ご想像にお任(まか)せする。

                            完

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2016年11月27日 (日)

怪奇ユーモア百選 50] 蠢(うごめ)く舟

 映画用に製作された、とあるオープン・セットの現場である。スタッフが準備した舟が係留(けいりゅう)されている船着き場でのシーンが撮(と)られていた。主役の遠藤は好物の豆を頬張(ほおば)りながら、出番を床几(しょうぎ)風の椅子(いす)に腰かけて待っていた。因(ちな)みに、遠藤が食っていた豆は遠藤豆ではない。
「先生、もうしばらくお待ち下さい!」
 スタッフの一人が飛び出てきて、平謝(ひらあやま)りに謝った。大物俳優だけに遠藤は賓客(ひんきゃく)扱いされ、特別だった。
「どうしたの? 昼から予定が入っとるらしいんだが…」
 遠藤はマネージャーをチラ見して睨(にら)みながら、スタッフに、すぐ笑顔を向けた。
「はあ、それが、先生が乗られるご予定の舟が、どうも水漏れするようでして…。今、確認をさせております」
「ははは…水漏れは困るな。セリフのいいところで沈まれちゃかなわん」
 声で笑ってはいるが、遠藤の顔は引き攣(つ)っていた。そんなことくらい事前に確認しとけっ! とでも言いたそうな顔つきで、遠藤は口へ豆を放り込んだ。
 その後、急場しのぎの舟修理が終わり、撮影は約半時間後に再開された。遠藤はスタッフに「大丈夫だろうね?!」と諄(くど)く念を押し、舟に乗り込んだ。カチンコが入り、カメラが回り出すと、さすがに大物俳優である。遠藤は撮影前までとは完璧(かんぺき)な別人へと豹変(ひょうへん)し、役の人物に成りきったのだった。
 ところがである。いい絡(から)みもあり、シーンが佳境(かきょう)に入ったそのとき、艫綱(ともづな)が理由なく解(ほど)け、舟が急に動き出したのである。
「カット! カット!!」
 監督が怒って叫んだ。当然、主演の遠藤も怒り心頭に発す・・である。自分の出番は今まで一発OKが業界では暗黙の了解事項だったから、それも頷(うなず)けた。
「あの…先生、今日は帰らせていただくと仰(おお)せなのですが…」
「そこを、なんとか…。もう一度だけ、よろしくお願いしますと…」
 監督は遠藤のマネージャーに両手を合わせ、懇願(こんがん)するように言った。マネージャーがそれを伝え、遠藤は渋々(しぶしぶ)、了解した。
「特別に一度、だけですよっ!」
 遠藤は態々(わざわざ)、カメラ前まで歩き、口へ豆を放り込みながら監督にダメダシをした。
「はあ、それはもう…。よろしくお願いいたします」
 どちらが監督なのか分からなかった。撮影が再開され、シーンは順調に進んでいった。が、しかしである。シーン終了の直前、またしても艫綱が解け、舟が急に動き出したのである。いや、誰の目にも、舟が蠢(うごめ)いている・・としか、もはや映らなかった。
「カット! カット!!」
「もう、いい…も~~~う、いい!」
 怒りのあまり、遠藤は舟の上で立ち上がった。その結果は明白である。蠢く舟はバランスを崩し左右に大きく揺れだした。遠藤は堪(たま)らず水面へザブーン! と落ちた。そして、ブクブク…とそのまま引きづり込まれるように水中へ・・ということはなく、助け上げられたが、風邪を引いて寝込む破目にはなった。遠藤は翌日、役を降りる旨(むね)の電話をマネージャーにかけさせた。
 その後、どういう訳か、そのシーンを代がえ俳優が演じると、舟はさ迷わなくなった。
 真相を語れば笑うだろうが、実は、…遠藤が豆を食い過ぎたのが原因だった。妖怪舟蠢きは豆を食らいたくなり、遠藤に嫌がらせをした・・というのだ。この事実も私が舟蠢きから直接、聞いた話なのだから疑う余地はない。

                         完

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2016年11月26日 (土)

怪奇ユーモア百選 49] 惚(ほ)れた人魂(ひとだま)

 江戸は中ごろのこと。三番町の裏長屋に簪(かんざし)職人の乙次(おとじ)という、それはそれは器量のよい若者が住んでいた。なかなかの働き者で、長屋のかかあ連中が、あんないい男とひと晩とか乙さんはそのうちお棚(たな)を持つに違いないよ・・などと噂(うわさ)するほどの人気者だった。簪は月に一度、小間物問屋の篠屋へ納める手はずになっていた。出来がよければ二両にも三両にもなろうかという仕事だったから、これはもう乙次の腕次第で、どうにでもなるという筋合いの稼ぎだった。
 篠屋の主人、喜左衛門の娘でお沙代。この娘は三番小町と町内で噂(うわさ)されるそれはそれは見目(みめ)麗(うるわ)しい娘だったが、これが、俄(にわ)かの流行(はや)り病(やまい)で、ポックリと身罷(みまか)った。さあ、若い身空で死んだお沙代、この世に未練がたっぷりと残っているものだから、なかなか死出の旅へは出られなかった。そんなことで、喪(も)が明けたあとも、篠屋を離れられず、家の内外(うちそと)を人魂(ひとだま)となって上から眺(なが)める態(てい)でさ迷っていた。そこへ、出来上った簪を納めに現れた乙次とばったり出食わしたから、さあいけない。お沙代はすぐにあの世の者である我が身を忘れ、乙次に惚(ほ)れてしまった。少し高い上を人魂で飛ぶお沙代からは見えても、乙次からはお沙代が見える訳もなく、別にどうということもなかった。すっかり惚の字のお沙代は、このままじゃ…さあどうしたものか…と考えた。そこへ、早く連れてこいとあの世の命を受けた風娑婆(ふうしゃば)という遣(つか)いが篠屋へ現れた。だが、無理やりにも連れていこうとした風娑婆の念力をもってしても、お沙代の煩悩(ぼんのう)は断ち切れなかった。お沙代の方も乙次に絆(ほだ)されていたから、これこれこうです。なにかいい手立ては…と風娑婆に訊(たず)ねてみた。風娑婆は、これはいい! と思った。乙次との恋が実れば、この世の未練が断ち切れ、あの世へ連れていけるのでは・・と考えたのだ。風娑婆はお沙代に一枚のお札(ふだ)を与えた。このお札を持っているかぎり、生きた人間となれる有り難いお札だった。
 お沙代は三番町の裏長屋へ人間の姿で現れた。そして二人はすぐ、恋に落ちた。そしてまあ…ああいうことやこういうことをして、そういうことになるというのは、惚れた者同士なら言わずと知れたことである。
 そして月日は巡ったが、いっこうお沙代にこの世の未練が断てたとは思えず、風娑婆は弱り果てた。あの世からの催促(さいそく)が喧(やかま)しく、仕方なく別の死んだ娘をお沙代と称して連れていった。惚れた人魂のお沙代がその先どうなったかまで私が知る由(よし)もない。ただ、ああいうことやこういうことをして、幸せに暮らしたのではないか…とは、思っている。

                           完

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2016年11月25日 (金)

怪奇ユーモア百選 48] 最終列車

 白水駅の構内へ走り込んだ途端、列車が発車する警笛(けいてき)音がし、野辺(のべ)は、しまった! と思った。僅(わず)か数分、間にあわず、列車に乗り遅れたに違いなかった。まあ、それでも最終列車がまだある…と、この時点の野辺は、そうは悲観していなかった。
「確か11時40分だったな…」
 野辺はそう呟(つぶや)きながら腕を見た。まだ、30分ばかりあった。まあ、ゆっくりしよう…と野辺は疲れ切った身体をベンチへ沈めた。そして徐(おもむろ)に改札口に視線を走らせた。改札口の上には次の到着列車の時刻を示す電光掲示板が掲(かか)げられている。野辺はそのとき、ぼんやりと、んっ? と思った。電光掲示板には[普通 11時40分 2]と、表示があるはずだったが、それが[普通 6時05分 2]の表示になっているのである。野辺は見間違えたか…と目を擦(こす)った。だがやはり、改札口の電光掲示板は、[普通 6時05分 2]を示していた。
「あの… 最終は来ますよね?」
 不安に思えた野辺はベンチを立つと切符売り場の駅長に訊(たず)ねていた。
「えっ!? 最終はもう出ましたよ。私も、そろそろ戸締りをして帰るところです」
「ええ~~っ!!」
「すみませんな。月替わりの昨日(きのう)から、一本、早くなったんですわ」
 あんたに謝(あやま)られても…と、野辺は憤懣(ふんまん)をぶつける場がなかった。とはいえ、こうしていても列車が朝まで来ないことは明白なのだ。野辺は、さて、どうしたものか…と、ふたたびベンチへ弱く座った。
「それじゃ、私はこれで…。お疲れの出ませんように」
 紋切り型の言葉で駅長に敬礼され、野辺は少し嫌味(いやみ)を感じた。
 駅長が去ったあと、無人となった田舎(いなか)の駅は物音(ものおと)一つしなくなった。夏の終わりのせいか、野辺の耳に虫の集(すだ)く声が聞こえた。
 しばらく、どうしたものか…と野辺は巡った。宿に戻(もど)ったとして、果たして宿がまだ開いているか、が問題だった。そのとき、遠くから列車が近づく警笛音が微(かす)かにした。野辺は、そんな馬鹿な…と、自分の耳を疑った。だが、ふたたび音が次第に近づいて聞こえ、列車はホームへ静かに流れながら入ってきた。これは? と野辺は首を傾(かし)げた。やがて列車はゆっくりと止まり、アナウンスが流れた。
『2番線に到着した列車は、白水11時35分着、11時40分発の梅花行きです』
 なぜ到着したのか理由は分からなかったが、紛(まぎ)れもなく最終列車だっ! と野辺は感じ、ベンチを立とうとした。そのとき目眩(めまい)がし、野辺の意識は遠退いた。
 気づけば、野辺は道の上で倒れていた。どうも、駅へ急ぐ途中で転び、軽く頭を打ち、気を失ったように思えた。
 白水駅の構内へ駆け込むと、電光掲示板に[普通 11時40分 2]の文字が見えた。野辺は改札口の前までフラフラ…と近づき、万歳を繰り返した。駅長は意味が分からず、訝(いぶか)しげにそんな野辺を眺(なが)め、万歳を付き合った。

                            完

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2016年11月24日 (木)

怪奇ユーモア百選 47] 帰ろう…

 残暑が続くなか、日没が早まっていた。半月ほど前は7時過ぎだった日暮れが、今ではもう6時半ばには暗くなり始めている。木工店を営む剣持は、暗くなる前に帰ろう…と無意識に思い、仕事を終わることにした。作業場を兼ねた店から剣持の家まで自転車で約20分はかかり、日々、作業場と家を行き来していた。木彫り職人とは聞こえがよいが、早い話、売れなければ暮らしてはいけない。日に客足は数人で、せいぜい数千円の稼ぎでしかなかった。それでも、作品を生み出すことに生き甲斐を抱く剣持に、不満など一切なかった。
「さてと…」
 木彫り用の鑿(のみ)を道具箱へ戻(もど)すと、剣持は重い腰を上げようとした。いつもならスンナリ立ち、土間へ下りるのだが、この日にかぎって、どういう訳か両足が動かなかった。それも、まるで金縛(かなしば)りにあったかのように一歩も動けないのである。抜き差しならない・・とは、このことか…と剣持は思った。両足の感覚はまったく失せ、まるで自分の身体(からだ)ではないように無感覚である。剣持は焦(あせ)った。だが両足は凍(い)てついたようにビクともしなかった。次第に冷や汗も流れ始めた。どこか身体の具合が悪くなったか…と、そんな不安も心を掠(かす)めた。剣持は冷静になろうと、動こうとする気持をやめ、両目を閉ざした。そうだ! もとの姿勢に戻してみよう…と閃(ひらめ)いた剣持は、しゃがみこもうとした。すると妙なもので、身体は少しずつ動くではないか。よし! とばかりに剣持は、ゆっくりと元の座っていた場へ腰を下ろした。そこは木の削(けず)り屑(くず)が散らばる剣持が座り馴れた作業の場だ。動けない不安はどういう訳か剣持の心から消え去った。ただ、帰ろう…という気持にはなった。親戚から送られたブランド牛の特製ステーキを食べるまでは死ねない…と剣持は思ったからだ。不思議なことに、美味(うま)そうなステーキが焼き上がる映像が心に浮かんだ次の瞬間、剣持の身体は、もの凄(すご)い早さで動くと、作業場を飛び出していた。立ち去ったあとには、剣持が彫った木彫りのステーキが一枚、美味そうに置かれていた。不思議なことに、その木彫りのステーキは、肉の焼けたジューシーないい匂(にお)いがした

                             完

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2016年11月23日 (水)

怪奇ユーモア百選 46] 足音

 残暑が続くある日、砂海(すなうみ)は珍しく掃除をしていた。砂海が掃除をしよう…などと思うのは、一年に一度、それも大晦日(おおみそか)が近づいて正月を迎える前くらいだった。それも世間態(せけんてい)が悪いとかいう常識的な感覚ではなく、まあ、年も改まるのだから、少し片づけておこう…という十数分を予定するくらいのものなのだ。当然、そんな砂海の家は埃(ほこり)が舞い飛ぶ状態だった。暑気払いでパタパタと団扇(うちわ)を扇(あお)げば、粉のような埃が舞い飛ぶ様子が、窓から射しこむ光の帯の中にはっきりと捉(とら)えられ、砂海の目に映った。だが、そんなことで砂海は動じなかった。
「今日も蒸(む)すなぁ…」
 汗をタオルで拭(ふ)きながら、砂海は独(ひと)りごちた。そのときぺチャぺチャぺチャ…と家へ近づくこの世のものとは思えない不気味(ぶきみ)な足音がした。砂海は、なにが来た? と怖(こわ)くなった。ところが、いっこうに玄関前のチャイムを押す気配がない。砂海は、はて? と、訝(いぶか)しく思った。郵便や牛乳、新聞の類(たぐい)なら分からないでもない。だがその気配とは明らかに異質だった。
「妙だ?…」
 砂海は首を傾(かし)げて玄関へ向かった。砂海は玄関を下り、ドアを開けたが、外には誰もいなかった。砂海はなんだ…とばかりに、馬鹿らしく自室へ戻(もど)った。すると、しばらくして、ぺチャぺチャぺチャ…とまた、不気味な音が近づき、止まった。またか! と少し怒れた砂海だったが、それでも一応…とばかりに重い腰を上げ、玄関へ向かった。が、やはり誰もいなかった。もう、いい! とばかりに砂海が怒りを露(あら)わにして戻ろうとしたときだった。
「あのう…」
 玄関の外で、か細い声が小さくした。砂海はギクリ! とした。幸いにも外はまだ夕方の明るさだったから、怖さはそれほどでもなかったが、不気味なことに変わりはなかった。
「はい、どなたで?」
 砂海は怖々(こわごわ)、声をかけた。
「前を通りかかった者ですが、靴底の皮が取れまして難儀(なんぎ)しております。この辺(あた)りに靴屋さんは?」
 怪談ではなく、皮談だった。

                          完

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2016年11月22日 (火)

怪奇ユーモア百選 45] 招待状

 町川は朝の起きがけに新聞と郵便を取りに玄関を下りた。新聞はいつものものが新聞受けに入っていたから取り分けてどうということもなかったが、郵便は少し違った。町川は一瞬、おやっ? と思いながら、入っていた封書を手にした。表書きは妙なことに町川の氏名だけで、切手の消印以外、これといった手がかりがなかった。町村は玄関を上がりながら封を破った。中には一枚の紙が入っており、{招待状}と縦(たて)書きされていた。心当たりがない招待状だけに、町川は首を捻(ひね)った。
「…なんだったか?」
 町川は居間の畳に置かれた座布団へどっしりと座り、長机の上で紙の裏を見た。裏には不思議な紋様(もんよう)が片隅(かたすみ)に見えるだけで、まったく意味不明だった。気になった町川はその日から、パソコンの検索や図書館の書籍で調べたが、ついにその紋様の意味を解読することは出来なかった。町川には、なぜかその紋様が不吉(ふきつ)に思えた。氏名と消印だけで届いたという奇妙な封書の謎(なぞ)が、町川を余計にそう思わせた。
 そうこうして半月ばかりが経った。夏の暑気がまだ残る夕方、町川は買い物帰りの路上で、客待ちで座っている易占いに偶然、遭遇(そうぐう)した。そのとき、町川はふと、思った。よし! 訊(たず)ねてみよう…と。届いた封書は調べるため、その日も持ち歩いていたから、背広の内ポケットにあった。
 町川は占い師の対面の椅子へゆっくりと座った。
「あの…見てもらえますか」
「ああ、どうぞ…。片手をお出し下さい」
「私じゃないんです。これなんですが…」
 町川は封書の中から紙を取り出すと占い師に手渡した。
「ほう…ただの招待状ですな」
「裏を見て下さい…」
 町川に言われるまま、占い師は紙の裏を見た。その瞬間、占い師の顔は蒼(あお)ざめた。いや、町川にはそう見えたのである。
「こ、これは…」
「なんです!?」
 町川は心配そうに占い師を窺(うかが)った。
「私の家に入っていなかったそば屋の開店のただ券だ…。案内文を入れ忘れたんですな」
 占い師は欲しそうにその紙を眺(なが)めながら町川へ返した。なんだ…と、町川は必死に調べていた自分が愚(おろ)かに思えた。
「よろしければ…」
 町川は占い師に紙をふたたび手渡し、椅子を立った。
 数日が経ち、町川はいつものように朝の朝刊を開いて驚いた。開店した日、そば屋は火事で全焼し、多くの死傷者が出ていた。…ということはなく、:もしも災害:というコラム記事だった。

                          完

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2016年11月21日 (月)

怪奇ユーモア百選 44] 泣き虫

 残暑が厳(きび)しいある日の午後、上松は課の出張で、とある大都市へ来ていた。大都市といえど、通り沿(ぞ)いに植えられた並木には多くの蝉(せみ)が密集し、喧(やかま)しいくらいに鳴いていた。上松は小さい頃から泣き虫だった。それは大人になった今もなおっていなかった。この鳴く音を聞くと、泣き虫の上松にはなぜか堪(た)えられなかった。
「おはようございます。閉蓋(とじぶた)商事の上松です…」
「ああ、お初にお目にかかります。割鍋(われなべ)物産の小山です…」
 初対面の二人は名刺交換を終え、さっそく仕事の打ち合わせに入った。話は割合、早く纏(まと)まり、あとは当然、招いた側の親睦(しんぼく)を兼ねた接待となる。その前に、招いた側の小山は、自分の心証をよくしようと、上松に内輪話を始めた。
「実は私、家内に先立たれましてね。今は独(ひと)り暮らしをしておるんですよ…」
「そうでしたか。ぅぅぅ…」
 こんな話を聞かされれば、上松はもう駄目だった。ぅぅぅ…と、泣き始めた涙は止めどなく上松の頬(ほお)を伝い落ちた。小山はなにか悪いことでも言ったか? と自分の失言を思ったが、話し始めだったから、さしてそうとも思えなかった。涙を拭(ぬぐ)う上松のハンカチは、もう絞(しぼ)れるほどになっていた。
「あの…これ、よかったら」
 小山は自分のハンカチを上松にさし出そうとした。そのときだった。小山の目に、はっきりと上松の肩を這(は)うイモ虫の影が見えたのである。その影が泣き虫だと小山に分かったのには理由があった。上松が涙をハンカチで拭(ふ)いたとき、影は空中にフワリと浮かんでスゥ~っと消え、上松が泣き始めると、また空中から影の姿を現し、肩にフワリと舞い降りると這ったからだ。竹下はそら怖(おそ)ろしくなった。どうもその影の姿は上松と他の課員には見えていないようだった。こんな気味悪い男を接待するのか…と思っただけで、小山の心は萎(な)えた。そんな心を悟(さと)られまいと、小山がトイレへ向かったときである。
『ははは…そんなに落ち込まずに』
 通路を歩く小山に上から声がし、小山が顔を上げると、そこには泣き虫の影が浮かんでいた。泣き虫は空中にフワリと浮かんで現れるイモ虫の妖怪なのである。
「上松さんが、かわいそうでしょ。離れてやりなさいよ」
 泣き虫は小山の肩にフワリと舞い降りると、肩を這い始めた。
『いや実は悪いから、そろそろ、そうしようと思ってたんだよ』
「…」
 その後、上松は泣かなくなった。だがどういう訳か、それ以降、彼の話は浮くようになった。

                            完

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2016年11月20日 (日)

怪奇ユーモア百選 43] ゾォ~っとする

 勢いづいていた夏空も、不安定な天模様が現れるようになると、すでに季節は残暑から秋へと近づいている。そうはいっても、相変わらずの高温に田所は日々、萎(しぼ)んでいた。熱中症で倒れるといけないから水分補給は欠かせず、田所は熱い茶を飲むことにした。冷たいものを欲しいのは誰にも分かるが、ガブガブと冷たいものを飲めば、胃腸の調子を損(そこ)ねて食欲を落とす・・とは、田所がアルバイトをしていた頃、工場の工員から仕入れた知識だった。熱い茶をフゥ~フゥ~とさせながら啜(すす)り、怖(こわ)い話でゾォ~っとする。まあ、美味(うま)い餅でもあれば、言うことがないのだが…と、田所は思った。
 お盆も過ぎ、日没が早まったな…と夕空をながら田所がテレビをつけると、偶然にも興味をそそる恐怖番組が流れていた。タイミングがいいぞ! とばかりに、熱い茶を淹(い)れ、餡(あん)入りの餅をモグついた。田所の場合、餡は濾(こ)し餡でも粒(つぶ)餡でもよかった。餅に入っていればよし! これが田所流の極意(ごくい)なのである。この境地(きょうち)に到達した者は未(いま)だ現れてはいない。
 テレビの番組は、案に相違して怖くなかった。
「なんだよっ!」
 興(きょう)が冷(さ)めた田所は、思わず湯 呑(の)みの茶をグビリッ! っとやってしまった。その直後、舌と喉(のど)がヒリヒリした。田所はゾォ~っとした。

                           完

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2016年11月19日 (土)

怪奇ユーモア百選 42] 月夜の箒(ほうき)

 この話は、今から20年ばかり前の暑気がようやく失(う)せた頃のことだ。
とある町の裏通りに店を出していた酒屋の富田(とんだ)は客足が途絶えたのを見て、そろそろ店を閉めよう…と、表へ出た。店を開ける前と閉める前には、必ず店表を箒(ほうき)で掃(は)き清めるのが富田商店の決まりのような習慣になっていた。
 いつもの場所に置いた塵(ちり)取りと箒を出し、富田は、これもいつものように掃き始めた。取り分けて変わったこともなく、ひと通り掃き終えると、富田は箒と塵取りをいつもの場所に置いて店の中へ戻ろうとした。と、そのときである。
『あの、もうし…』
 人の呼び声に、んっ? と富田は足を止め、振り返った。だが、誰もいない。それも当然で、人通りはないのだから人がいる訳がないのだ。ははは…そんなことはないと、富田は入口の戸を開けようとした。
『あの、もうし…』
 同じ声が、今度はやや大きく富田の耳に聞こえた。富田は、また振り返ったが、やはり誰のいる気配もなかった。ああ! 俺は疲れてるんだ、一杯ひっかけて早めに寝よう…と入口の戸を開けた。
『今夜は満月ですよ…』
 ふたたびの声に、もういい! と聞かなかった態(てい)で富田は店内へ駆け込んだ。
 一杯ひっかけると、思いのほか早く酔いが回り、富田はいつの間にかテーブルに突っ伏したまま寝入ってしまった。
 気づくと満月が煌々(こうこう)と輝く深夜だった。そのときふと、富田は聞いた言葉を思い出した。
━ 『あの、もうし…』 ━
 富田は少し気になったからか、表戸を開け、外へと出た。すると! 箒が入口に立っているではないか。なんの支えもなく地面に真っすぐ立つ箒・・これは物理的には考えられない。富田はそら怖(おそ)ろしくなった。箒は月の光に照らされ影を伸(の)ばしている。紛(まぎ)れもなく立っているのだ。
『いい、月夜ですね』
「ギャア~~~!」
 富田の意識は途絶えた。気づいたとき、富田はテーブルから落ち、フロアの上にいた。どうも悪い夢を見たようだ…と富田は部屋へ向かった。テーブルの下に箒があったことを富田は知らない。そんな富田がとんだ夢を見た…という、ただそれだけの話だ。

                           完

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2016年11月18日 (金)

怪奇ユーモア百選 41] 雨の道

 長い間、降らなかった雨が久しぶりに降り、乾(かわ)ききった夏の大地は息を吹き返した。それは大自然に限ったことではなく、水不足に喘(あえ)ぐ都会に住む人間達にもいえた。ただ、激雨だったからか、都心の下水道のあちこちで水が溢(あふ)れ出し、マンホールの蓋(ふた)が浮き上がった。アスファルトやコンクリートで塗り固められた都会では、もはや土が水を吸い込む余地はなく、雨の道は消滅しようとしていた。
 そんなことがあった数日後である。給水車の運転手、三島はホッ! と安息の溜息(ためいき)を漏らした。ようやく、本来の仕事に戻れそうだったからだ。激雨があったとは思えないような日射しの夏が戻っていた。
 三島がようやく仕事から解放され、疲れきった身体を引きずるように家路についた夕方のことである。暗い歩道を歩く三島の耳に、どこからともなく水が緩(ゆる)やかに流れる音が響いてきたのである。それも、どこか三島に語りかけるような音だった。
━ 私ら、いったいどうすればいいんでしょうね? ━
 三島には、そう聞こえた。知るかっ! と、疲れもあったせいで怒れた三島だったが、黙って、流れの言い分を聞くことにした。
━ 人間は勝手ですよね。好きなだけ自然を壊(こわ)して、やれ水害だ、なんなのと言ってます ━
「あんたは?」
━ 雨の道です… ━
「ふ~ん。まあ、それはそうだな…」
 驚くこともなく、知らず知らず三島は流れる音に合いの手を入れていた。
━ 私ら、昔はいくらでも流れられたんですよ。今は消える場所もない… ━
「俺には、どうにもならん話だ」
━ 私らにだって、どうにもなりませんよ ━
「どうにもならん同士、黙って時代に流れていくしかないじゃないか」
━ そうですね。…お邪魔しました ━
 流れる音は嘘(うそ)のように消え、都心を走る車の喧騒(けんそう)が俄(にわ)かに三島の耳を覆(おお)い始めた。そのとき、ふと三島は、妻の由紀子に頼まれた流し素麺(そうめん)用の素麺を買い忘れたことを思い出し、小走りに店へと駆けだした。

                         完

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2016年11月17日 (木)

怪奇ユーモア百選 40] 消えた河童(かっぱ)

 川杉は氷彫刻家である。川杉が制作した作品は数々の賞を取り、すでに世界の川杉として、かなり名は知られていた。
 今年もまた川杉を多忙にする夏の季節がきた。日々の注文に応じる中、川杉は今年も国際フェスティバルに出品する新(あら)たな氷彫刻に挑戦していた。それは、川杉が今までに刻(きざ)んだことがない伝説上の生物、河童(かっぱ)だった。川杉は書かれた河童図の資料集めを始めたが、これ! といった意欲が湧(わ)く構図はなく、月日だけが徒(いたずら)に過ぎていった。
 フェスティ
ルが近づいたそんなある日のことである。川杉は不思議な夢を見た。
『わしを彫(ほ)ってけらせえ』
 今まで聞いたこともない方言で語りかける河童の姿を、川杉ははっきりと目(ま)の当たりにした。ハッ! と川杉が目覚めたとき、外はまだ暗く、深夜だった。妙な夢を見たぞ…と、川杉は思ったが、見た河童の姿は川杉の脳裡(のうり)に鮮明な記憶となって残っていた。朝になるとそれも不思議に思えたが、幸い河童の姿は記憶に残っていたから、あとは当日、彫るだけだった。
 その前日、川杉は試し彫りをしてみた。そして、河童の彫刻は夢に見たとおり完成した。
「できたぞ…」
 満足げに川杉が作業場を外(はず)して急須(きゅうす)を取りに行き、戻(もど)ったときである。河童の氷彫刻が忽然(こつぜん)と消えていた。川杉は驚愕(きょうがく)した。刻んだはずの像の下には…小さなキュウリが一本、落ちていた。川杉はそのキュウリを手にしたとき思わず怖(こわ)くなり、身震(みぶる)いした。
 フェスティバルの当日、同じ像を彫ることは危ぶまれたが、川杉は彫った。幸いにも、この日、彫った河童は消えなかった。審査があり、川杉は金賞を受賞して優勝した。祝賀会も無事に済み、会場をあとにして帰路についた一時間後、飛行場の川杉に携帯が入った。河童が会場の多くの人の目の前で煙のように忽然と消えた・・という連絡だった。
「えっ?! また…いえ、まさか!」
 思わず、川杉は言い直していた。その後、機中の人となった川杉の座席テーブルの上に、小さなキュウリが一本、申し訳なさそうに乗っていた。 

                         完

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2016年11月16日 (水)

怪奇ユーモア百選 39] 蟋蟀(こおろぎ)夜曲

 とある夜のことだった。演歌の大御所作曲家、村船通が廊下を歩いていると、♪♪♪♪♪…と、どこからか蟋蟀(こおろぎ)の鳴く音(ね)がした。もう秋か…と村船は一瞬、思った。だが待てよ、猛暑の今、妙だな…と思えたのは、その直後である。灼熱(しゃくねつ)の太陽が輝く夏に蟋蟀(こおろぎ)は似合わないし、どうも怪(おか)しい。村船は辺(あた)りを見回した。だが、どこにも蟋蟀のいる気配はなかった。疲れて耳鳴りでもしたか…と村船は軽く考えることにし、ふたたび歩きだした。廊下を通り抜けた村船は曲作りをする専用の自室へと籠(こも)った。
 自室へ籠った村船は、愛用のギターを爪弾(つまび)きながら、何事もなかったように五線紙へペンを進めようとした。だが、思うメロディは浮かばず、ペン先を止めたそのときである。どこからか、♪♪♪♪♪…と鳴く蟋蟀の音がするではないか。村船は、はて? と、室内を見回した。しかし、先ほどと同様、どこにも蟋蟀の姿などなかった。訝(いぶか)しく思いながら、村船が視線を机上に戻(もど)したそのときだった。一匹の蟋蟀が、ジィ~っと止まった状態で五線紙の上にいた。不思議なこともあるものだ…と思いながら村船はその蟋蟀を見続けた。蟋蟀は時折り羽根を擦(す)らして、♪♪♪♪♪…と鳴いていたが、しばらくすると突然、スゥ~っと姿を消した。村船は唖然(あぜん)とした。私は疲れて幻(まぼろし)を見たんだ…と村船は眠ることにし、椅子を立とうとした。そのとき突然、今まで浮かばなかったメロディが、脳裡(のうり)に浮かんだ。
「こ、これだ…」
 椅子へ座った村船は、さっそくギターを爪弾きながら五線紙の上へペン先を走らせ、譜面を完成させていった。
 その曲が発売され世に出ると、たちまち大ヒットした。それがあの有名な♪こおろぎ夜曲♪である。

                         完


 ※ ♪蟋蟀夜曲♪はピアノで曲作りされた・・という説もありますが、私はアレコレについては知りません。^^

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2016年11月15日 (火)

怪奇ユーモア百選 38] 恐怖のストップ・モーション

 地下鉄への道を歩んでいた通勤途上の川津は、今朝も渋面(しぶづら)で空を眺(なが)めた。この一瞬、川津の足は停止しており、手はポケットのハンカチを弄(まさ)っていた。さらにその手は額(ひたい)と首筋へと動き、汗を拭(ぬぐ)った。この一連の所作は、通勤途上の同じ場所で、ほぼ同時刻に決めごとのように繰(く)り返されていた。その場所は地下鉄通路に下る入口階段の手前で、ようやく日差しが避(さ)けられる、少し気分が安まる場所だった。その場所で止まらないと何かが起こる・・というある種の自己暗示的な恐怖心もあったせいか、川津は通勤する日には必ずそうした。
 この日も朝から暑気が出ていた。ああ、今日もか…という目線をギラギラと照り始めた太陽に向け、川津はそう思った。それは、いつもの停止場所だった。当然、汗 掻(か)きの小津の手はポケットを弄り、額と首筋を拭(ふ)いた。さて、行くか…と小津が一歩前へ足を踏み出そうとしたときだった。足がストップ・モーションのように動かなくなった。小津の意思は、歩こうとしていた。だが、足は動かなかった。それどころか、手、足、腰と身体(からだ)のすべてが氷結したように動かなくなっていた。妙なことに、暑気は感じなくなり、少し肌寒ささえ覚える川津だった。辺(あた)りを通行する人の動きはいつもどおりで、川津が立ち止っていることなど無視するかのように、雑然と動いていた。川津は必死に足を動かそうとした。恰(あたか)もその姿はリハビリ途中の患者が必死に足を動かそうとする姿に酷似(こくじ)していた。次第に川津は焦(あせ)り始めた。誰でもいいから通行者に救いを求めるか…とも思った。と、そのときだった。一人の男が冷や汗を掻いて必死になっている川津に気づいた。
「ああ、お宅もストップ・モーションですか。私も以前、ここで、そうなりました。ははは…大丈夫! もうそろそろ…。それじゃ!」
 意味深(いみしん)に言うと、その男は地下鉄入口階段を下りていった。川津の身体は、その男が言ったとおり、数分後、嘘(うそ)のように元へと戻(もど)った。その日以降、川津はその位置で意識的に止まらないことにした。そしてそれは、今日も続いている。そんな訳でもないのだろうが、川津は冬でも氷を寒がりもせず食べ、皆に笑われている

         
                  完

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2016年11月14日 (月)

怪奇ユーモア百選 37] エレベーター

 残業の仕事を終えた浜坂は、疲れ果てた身体(からだ)を片手で揉(も)み解(ほぐ)しながら、法律事務所を出ようとドアを開けた。その途端、ムッ! と咽返(むせかえ)るような熱気が浜坂を包んだ。まあ、事務所の冷房で身体は十分過ぎるほど冷やされていたから、すぐ汗が噴(ふ)き出す・・という心配はなかったが、それでも気分がよいというものではなかった。外はすっかり暗くなっていた。社屋にはもう誰も残っていないようだった。
少し通路を歩き、浜坂はエレぺーター前まで来た。八階から下へ降りるには、非常口を除(のぞ)き、ここに設置されたエレベーターと階段しかなかった。
 エレベーター乗場の上にある現在位置表示ランプは2階で停止していた。浜坂は乗場ボタンを押した。ランプは上昇を始めた。まあ、しばらく待てば上がってくることは間違いなかったから、浜坂は落ちついて鞄(かばん)に入れていた作成書類に目を通し始めた。そして、もうそろそろだろうと、ランプを見上げた。ランプは6階まできて停止していた。6階で誰かが乗ったんだろう…と浜坂は瞬間、思った。ところが、である。表示ランプは7階へは上がらず、下へ下りるではないか。そんな馬鹿なっ! と浜坂は目を疑(うたぐ)った。システム上は8階まで上がってくるはずなのだ。それが下りている…。浜坂は少し腹立たしく思いながら乗場ボタンを乱雑に何度か押し続けた。すると、不思議なことにエレベーターはそれに呼応(こおう)するかのように、ふたたび上ってくるではないか。そして、ランプはついに7階まできた。いよいよだ! と思うと、浜坂のイラついた気分は少し解れた。ところが、ランプはピタッ! と7階に停止したまま、また動かなくなった。浜坂はついに切れた。もう、いいっ! もう、いいっ! とばかりに、階段を下り始めた。階段を下り、浜坂が7階へ下りたとき、エレベーター乗り場が見えた。扉(とびら)は左右に開いたまま停止していた。妙だなぁ…故障か? と首を捻(ひね)りながら浜坂がエレベーターへ近づいたときである。どこからともなく、不気味(ぶきみ)な声がした。
『やはり、乗られますかぁ~』
「ギャア~~!」
 浜坂は階段を慌(あわ)てながら駆け下りていた。
「妙な人だなぁ~」
 エレベーターから出てきたのは、点検中の保安業者だった。

                          完

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2016年11月13日 (日)

怪奇ユーモア百選 36] 迎え火

 今年も、もうそんな季節になったのか…と藪山(やぶやま)は思った。明日の朝は迎え火を焚(た)き、ご先祖さまを迎えねばならない。これは、はっきり言って義務なんだろうか? と、藪山はお盆の準備をしながら思いに耽(ふけ)った。相手は見えない訳だし、「お元気ですか?」 『いやまあ、お蔭(かげ)さまで元気に死んでます』などという会話もない訳だ。だが、そうは言っても、子供時分からそうして育ってきた条件反射的な覚えが藪山の身体(からだ)には浸透(しんとう)していた。アンニュイな気分の藪山だったが、やはり例年通り、そうしよう…と、結論づけながら準備を進めた。
 そしてその日が終わり、いよいよ迎え火の夜明けが近づいた。藪山は起きると、いつもの決まった場所で小火を焚き、ご先祖さまを迎えていた。
 迎えたあと、お灯明(とうみょう)を灯(とも)し、仏壇に向かって軽くポクポクポク! と木魚(もくぎょ)を叩(たた)くことに藪山はしていた。これもある種の儀式的なお盆次第の一部となっていた。木魚を叩く頃になると、空はすっかり明るくなり、夏のムッ! とする熱気が襲(おそ)ってくるはずだった。ところが今年は不思議なことに、いつまで経(た)っても外が明るくならない。妙だぞ? と藪山が思い、窓の外を見たときだった。
『ただいま…』
 不思議な声のような響きが藪山の耳に伝わった。藪山は辺(あた)りを見回したが、なんの気配もない。そら、そうだろう…と藪山は思いながら、またポクポクポク! と叩き続けた。
『がんばりなさいよ…』
 慰(なぐさ)めともつかないような響きが、ふたたび藪山の耳に伝わった。藪山は少し怖(こわ)さを覚えながら、叩き続けた。叩き終わろうとしたが、いっこうに手が止まらない。藪山の意思に反して手が勝手に木魚を叩いているのだ。止まらない! 止まらない! やがて、藪山の意識は途絶えた。
 気づくと、藪山は寝室で眠っていた。外はまだ漆黒(しっこく)の闇(やみ)で、目覚ましを見ると、そろそろ迎え火を焚く頃合いだった。藪山は起き上がると、外に出ようとしてふと、仏壇を見た。仏壇にはお灯明が灯っていた。

                            完

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2016年11月12日 (土)

怪奇ユーモア百選 35] ゴースト・ラッシュ

 牡丹川(ぼたがわ)は餅(もち)を食いながら茶を啜(すす)り、フゥ~~! っと大きく溜息(ためいき)を一つ吐(は)いた。こう暑いと、何をやるにも汗との格闘は避(さ)けられない。そう思っただけで、やる気が萎(な)えた。公共テレビのニュースは、ど~~~でもいいような芸能人の盗難事件を白昼堂々と報道している。牡丹川は嫌になってテレビをOFFった。だいたい、個人問題など、世間全般に流す重要話題の訳がない。制作部は馬鹿か阿呆か! 全然、分かってない! バラエティならともかくっ! と、牡丹川はぶち切れた訳だ。牡丹川の見えない怒りの炎はメラメラと燃え上がっていた。この見えない炎とともに現れるのが怒りの分身ゴーストだった。牡丹川が怒れば怒るほどゴーストは増え、牡丹川の周囲を飛び回った。怒りが治(おさ)まらない牡丹川は、外で一杯飲みながら、なんぞ美味(うま)いものでも食って憂(う)さを晴らそう…と財布の中身を確認した。生憎(あいにく)、出られるほどの金額は入っていなかった。
「ああ! ゴールド・ラッシュして欲しいよな…」
 牡丹川は、ちまちまと呟(つぶや)いた。その途端、牡丹川の周(まわ)りはゴースト・ラッシュになった。

                            完

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2016年11月11日 (金)

怪奇ユーモア百選 34] 夜泣くトランペット

 達川はプロのトランペット奏者である。彼が奏(かな)でる調べは、聴く者をして感激の坩堝(るつぼ)へ引き込まずにはおかなかった。
 この日も予定された演奏会が終わり、達川はいつものように車で帰宅した。夏場の演奏会は達川にとって苦手(にがて)だった。彼は汗を拭(ふ)きながら愛用のトランペットをケースに収納(しゅうのう)し、駐車場へと向かった。彼の車の助手席には、いつもトランペット・ケースがあった。
 自宅へ着き、達川が車を降りると、妻の里美は、いつものように達川を玄関の入口で出迎えた。シャワーと着がえを済ませ、達川は軽い晩酌(ばんしゃく)のあと、里美の手料理に舌鼓(したつづみ)を打った。食後はいつものように専用の自室へ籠(こも)り、音楽を聴きながらトランペット磨(みが)きと調製を済ませた。その夜は暑いはずがどういう訳か涼しく、達川は首を捻(ひね)らずにはいられなかった。
 トランペットをケースに収納し、CD機器を停止したときだった。聞こえるはずがない音色が静かに響き始め、達川の耳へ届いた。おやっ? と達川は、CD機器を見た。CD機器のスイッチはOFFになっていた。耳に届く楽器の音色・・それは達川が愛用するトランペットの音色のようにも思えた。だが、よ~く耳を澄ませば、今まで達川が奏でたクラシックの曲調ではなく、どうも安っぽく短かかった。その音色はどこかで聞いた馴染んだ音色のように達川には聞こえた。しばらくすると、音色は達川の家の間近まで迫ってきた。そのとき、達川は気づいた。
「な~んだ。チャルメラか…」
 達川はチャルメラの音色を忘れていた自分を詰(なじ)るかのように独(ひと)りごちた。それは、遠くで奏でられる夜鳴きそば屋が録音したチャルメラの音色だった。達川は専用の自室を出ると、寝室へ向かった。その夜、トランペットが小さく泣いたことを達川は知らない。トランペットとチャルメラの儚(はかな)い音の恋だった。

                            完

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2016年11月10日 (木)

怪奇ユーモア百選 33] 降水確率

 連日の猛暑が続いていたが、珍しくその日は朝からどんよりと曇(くも)っていた。多川は早朝から起き出し、空を眺(なが)めながら深い溜息(ためいき)を一つ吐(は)いた。というのも今日は職場の出張で、かなりの時間、外を出歩く公算が高いという理由があった。
「天気予報では30%か…」
 多川が昨日(きのう)観たテレビの概況は、出張先の降水確率を30%で示していた。テレビの予報官は、さも当然のように数字を説明した。よ~~く考えれば、20%と30%、いや、40%の違いも分からない多川だった。
「どうなんだよ! 降るのか? 降らないのか?」
 少し怒りながら多川は灰色の空に向かって呟(つぶや)いた。と同時にピカッ! と一瞬、全天に閃光(せんこう)が走った。多川は白く輝く空を見た。
『いや、そう言われてもねぇ…』
 ふたたび曇よりと戻(もど)った空のどこからか声のような音が響き、多川の耳へ届いた。
「俺は困るんだよっ!」
 多川はその声のような音に、思わず返していた。
『あなたは困るんでしょうが、こちらにも都合がありましてねぇ…』
 また、声のような音が響いた。
「まあ、そらそうだろうが…。降水確率30%って、降るのかい?」
 多川はテニス球のように、また返した。
『ははは…面白いことを言われますね。まあ、降るような降らないような…』
「気象庁も努力が足りないと思わない?」
『…もう少し現場目線に立って欲しいですよね。私がどうこう言うことじゃないんですが…』
 そのとき妻の加奈が訝(いぶか)しげに現れた。
「なにブツブツ言ってるの? 遅れるわよ」
「いや、ちょっと話してたんだ」
「えっ!?」
「いや、なんでもない。あっ! そうだったな…」
 結局、多川は鞄(かばん)へ折り畳み傘を忍ばせ、家を出た。その日、雨は出張先では降らなかった。

                            完

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2016年11月 9日 (水)

怪奇ユーモア百選 32] 猫おむすび

 鏑木(かぶらぎ)は、茹(う)だった夏の一日、ぐったりとフロアに寝込んでいた。ふと横を見ると、飼い猫のタマが同じようにぐったりとフロアに寝込み、うざったい目線で鏑木を見た。目と目が合った瞬間、鏑木は、そうだっ! と、フロアから飛び起きた。今日は、おむすびを作っていなかったのである。鏑木は、おむすびさえあれば他は何もいらない男だった。まあ、欲をいえば、香のものの沢庵(たくあん)が二(ふた)切れでもあれば申し分ないのだが…と鏑木はいつも思っていた。
 クーラーを入れ、鏑木はキッチンへ向かった。タマがのっそりと鏑木のあとをついてきた。
『もう、作ってありますよ…』
「えっ!」
 急に聞こえた人の声に、ギクッ! とし、鏑木は辺(あた)りを見回した。だが、誰もいなかった。家族は親戚へ盆休みで帰郷しているから、今、家にいるのは出張で早めにUターンした鏑木だけのはずだった。んっな馬鹿な話はないよな、空耳(そらみみ)か…と鏑木はニンマリとしながら、ふと見た。キッチン・テーブルの上には出来上がったおむすびの乗った小皿があった。
『今、言ったとおりです。作っておきました』
 鏑木は、ふと足下(あしもと)を見た。タマが鏑木を見上げていた。鏑木はふたたび、んっな馬鹿な話はないよな・・・と思った。
『私ですよ!』
「ええ~~~っ!」
 鏑木は驚きのあまり、フロアへ崩れるように腰を下ろしていた。
『まあまあ、ご主人。そう、驚かれず…』
 今、俺は猫に慰められている…そう思った途端、急に眠気が襲い、鏑木は気が遠くなっていった。
 しばらくして鏑木が目覚めると、タマはフロアの上で背を上下しながら爆睡(ばくすい)していた。クーラーが効いたせいか、キッチンは適温になっていた。夢でも見たか…と鏑木は思いながらフロアから立ち上がった。キッチン・テーブルの上に出来上がったおむすびの乗った小皿が、やはり存在した。鏑木は一つを手にすると、ガブリ! と齧(かじ)った。今までに食べたことがない美味(うま)い味がした。

                            完

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2016年11月 8日 (火)

怪奇ユーモア百選 31] 無関心

 日本列島は今日も茹(う)だっていた。吉川(きっかわ)は暑い夏をどう過ごそうか…と毎年、作戦を立てていた。彼は厳(きび)しい暑気を敵の攻撃と捉(とら)え、周到(しゅうとう)な計画で迎え討(う)つ覚悟をしていたのである。猛暑は関ヶ原の戦いで南宮山山下に布陣した池田勢、浅野勢、山内勢などとも似て、なかなか侮(あなど)れなかった。
 午前10時過ぎ、吉川が一歩外へ出ると、ムッ! とする熱気が吉川の身体を取り囲んだ。ははは…、もうきたか! とばかりに、吉川は熱気を無関心ではねつけた。というのも、吉川の作戦は周到で、すでに身体は氷のように冷えていたのである。吉川が念じれば、あら、不思議! たちまち身体の体温は下がり、氷柱のように凍結したのである。いくら40℃近い猛暑でも、氷柱のように冷えた吉川の身体を攻撃し、汗を出させることは不可能だった。身体の冷却と水分補給は、いわば目に見えない身体を守る鎧(よろい)だった。
 車をスーパーの駐車場へ止め、吉川は買物をしようと店内へ入った。快適とは言えないまでも、店内は全館空調が効(き)いていて、汗を噴(ふ)き出させるような敵の攻撃はなかった。人為的な内容が生じた場合でも、当然、吉川は綿密な作戦を立てていた。何事が起ころうと、異常を感じとれば無関心を決め込む・・ということにしていたのである。怖(こわ)い話ながら、彼には潜在(せんざい)的な予知の霊感があった。
「集団的自衛権か。なんか、大変そうだねぇ…」
 美味(おい)しそうに昼食を食べながらテレビ中継を観る吉川は、まったく無関心だった。

                             完

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2016年11月 7日 (月)

怪奇ユーモア百選 30] 掠(かす)める

 鍋穴(なべあな)は早朝から家の外掃除をしていた。猛暑の夏だから、さすがに9時を過ぎてからは気が進まなくなる。ムッとする暑気が、やる気を削(そ)ぐからだ。その辺(あた)りの要領は心得ている鍋穴だから、早朝、スクッ! と起き上がると、バタバタと玄関を飛び出ると、家の表掃除をし始めた。猛暑の熱気が鎮(しず)まる僅(わず)かな時間帯、それが5~7時の頃だというお盆に参る和尚さんの悟りのような境地で、鍋穴が掃(は)き始めたそのときだった。鍋穴の額(ひたい)を一瞬、何かが掠(かす)めた。なんだっ! と少し腹立たしく感じながら鍋穴が手で拭(ぬぐ)い取ると、ただの蜘蛛(くも)の巣の糸だった。そのとき、鍋穴は妙だなあ…と思った。毎朝、この時間帯に掃除をしている鍋穴だったが、こんなことは初めてだったからだ。だいたい、表玄関の入口は蜘蛛が巣を張る場ではない。怪(おか)しい…と首を傾(かし)げながら、ふたたび鍋穴は掃き始めた。すると今度は、頭頂部を掠めてミ、ミ~ン! と蝉が飛び去った。蝉だとは、その一瞬の鳴き声で分かった。どうも、よく掠めるなあ…と思いながら鍋穴は掃除を終え、外の洗い場で手を洗おうと蛇口を捻ったとき、雨蛙(あまがえる)がピョン! と跳(と)んで、腕を掠めた。度々(たびたび)、掠められ、なんなんだっ! と少し鍋穴は怖(こわ)くなった。外に出ることを妨害(ぼうがい)しよう…というのか? なぜなんだ? と鍋穴は思った。
 その日の朝、家の前の道路で大事故が発生したのを鍋穴が知ったのは、昼が過ぎた頃だった。
「なんでも、何人かお亡(な)くなりになったようですよ…」
 事情を知るご近所の水漏(みずもれ)が鍋穴に言った。
「そうでしたか…」
 鍋穴は、虫が掠めた意味を知った。

                           完

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2016年11月 6日 (日)

怪奇ユーモア百選 29] 湯がく

 暑い夏は素麺(そうめん)を熱湯で湯がいて氷水(こおりみず)なんかで冷やし、少し濃いめの麺つゆに生姜(しょうが)、刻(きざ)み葱(ねぎ)なんかを入れ、スルスル…と啜(すす)り食う・・これに限るな…と生屑(なまくず)は思った。思いたったら歯止めが効(き)かないのが生屑の性格だ。国防軍事力などの多人数規模の意思ならともかく、生屑の場合は一人である。いつでも湯がける日はある訳だったが、彼は今をおいて他にない! とばかりに、熱湯で素麺を湯がき始めた。今、湯がくという行為に拘(こだわ)った訳である。
 水が熱湯になり、その熱湯が泡(あわ)だって沸騰(ふっとう)すると、生屑は火を弱めた。そして徐(おもむろ)に、準備しておいた素麺をパラパラ…と熱湯の中へ回し入れた。素麺の細い棒はグニャリ・・と曲がりながら熱湯の中へと沈んでいった。生屑は長箸(ながばし)の先で素麺を掻(か)き混ぜながら、湯がき具合を推(お)し量(はか)るかのように鍋の中をジィ~~っと見つめた。すると突然、不思議なことが起こった。キッチンに立つ生屑の周囲が俄かに漆黒(しっこく)の闇(やみ)に閉ざされたのである。だが、沸騰する鍋だけは妙なことに鮮明に見えた。そして、鍋の中で苦しみもがく何人もの亡者の姿を生屑は見たのである。
「ギャ~~~!」
 生屑は絶叫して意識が途絶(とだ)えた。
「どうしたのよ?」
 肩を揺り動かされ、生屑は目覚めた。テーブルに突っ伏した身体を起こすと、妻の富江が訝(いぶか)しげに生屑を見ていた。
「お鍋が沸騰していたから、火、止めたわよ…」
「ああ…」
 素麺は、まだ湯がかれず、鍋の横にあった。

                             完

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2016年11月 5日 (土)

怪奇ユーモア百選 28] アウトな夜

 寝苦しい熱帯夜となったある夏の日、若鳥(わかどり)は生ビールを飲みながら、寝られないひとときを過ごしていた。録画しておいたプロ野球を観ていると、応援チームと相手チームが、きわどい接戦になっていた。最初は、ふ~ん、そうか…と、ビールをグビッ! とやりながら、無関心で鳥の串カツを頬(ほお)張っていた若鳥だったが、回が進むごとに次第にボルテージが上がってきた。審判が出したアウトのジャッジに若鳥は、ぶち切れた。画面では監督もぶち切れ、マウンドへ飛び出していた。
「馬鹿野郎! なにがアウトだっ! …そらそうだ! 監督、いけいけっ!」
 しばらく画面では審判と監督の、あ~でもない、こ~でもない論争が続いたが、やがて終息し、監督は不承不承(ふしょうぶしょう)ダッグアウトへ引き揚げた。治(おさ)まらないのは若鳥である。酔いも手伝い、「ミスジャッジだっ!」と叫びながらフラフラと立ち上がった。そのときだった。若鳥は目眩(めまい)がした。
 気づくと、応援チームのユニホームを着て審判に抗議している自分がいた。若鳥は監督だった。見馴れた応援するチームや相手チ-ムの選手がいた。審判は「退場!」と処分を与えた。若鳥は、怒りながらダッグアウトへ引き上げようとした。そのとき、また目眩が若鳥を襲(おそ)った。
 ふたたび気づくと、若鳥は部屋の机に突っ伏(ぷ)して寝ていた。若鳥の前にはすでに録画再生が終わったテレビ画面があった。
「アウト! あなた、もう…」
 妻の優子が出てきて、食器とジョッキを片づけながら若鳥にアウト宣告をした。

                             完

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2016年11月 4日 (金)

怪奇ユーモア百選 27] 芥(ゴミ)の川

 不思議なことに、綺麗(きれい)な川に妖怪は住みづらいらしい。それは私が直接、妖怪から聞いたんだから間違いがない。えっ! なんだって!? 馬鹿な嘘(うそ)をつくんじゃないっ! だって!? そんなことを言われても、本当のことなんだから仕方がない。
 では、その疑いを晴らすため、そのときの話の一部始終を語ることにしよう。いつものように、寝たい人は寝ていてもらってもかまわない。
 妖怪の話によれば、あの世の入口にある三途(さんず)の川が溢(あふ)れると、芥(ゴミ)が流れだし、この世へ現れるんだそうだ。それが、お前さんらがよく道端(みちばた)で見かける空き缶やタバコの吸い殻などのポイ捨てゴミなんだ、という。「本当か?」と疑いっぽく私が訊(たず)ねると、その妖怪は、『本当だとも!』と、すぐ返してきた。あの世では、ゴミを捨てる亡者は三途の火途(かと)という、もっとも難儀(なんぎ)な途(みち)を行かねばならないらしい。「そうなの?」と、また訊ねると、『ああ、あの世では大層(たいそう)、罪(つみ)が重いのさ』と、少し偉(えら)そうに、したり顔で言った。『お前さんの身体(からだ)の血の川も、コレステロールが溜(た)まりゃ具合が悪かろう?』と返しやがった。「そら、まあそうだな…」と仕方なく応じてやると、妖怪のやつ、調子づきやがって、『腹減った。ロールキャベツ、食いてぇな~』なんて、妖怪のくせに注文しやがんの。お前さんら、どう思う? 「知ったこっちゃねぇ~よ」って言って、トンズラしたさ。今頃、どうしてるかねぇ~あの妖怪。まっ! ゴミの川に纏(まつ)わるそんな妖怪から聞いた妖怪話さ。どうだい、疑いは晴れたかい? まだ、晴れない? ははは…、まあ暑さ凌(しの)ぎに聞いたと思って、忘れてくれりゃいいさ。

                          完

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2016年11月 3日 (木)

怪奇ユーモア百選 26] 濡れ雑巾(ぞうきん)

 蝉(せみ)が小忙(こぜわ)しく鳴いている昼過ぎである。夏休みの宿題は先延ばしにしよう…と、堅太(けんた)は猛暑を理由に昼寝を決め込んだ。よ~く考えれば、朝早くか夕方、昆虫観察をすればいい訳なのだが、朝から遊びのスケジュールがぎっしり詰まっている堅太だったから、そういう訳にもいかなかった。なんといっても普段はそう滅多と長時間、遊べないのだから、夏休みは格好のチャンスと健太は考えていた。昼寝は母の瑞枝(みずえ)が小うるさかったから、仕方なく1、2時間は寝たが、3時過ぎには起き出し家を抜け出る堅太だった。
「堅太! ダメでしょ、こんな時間に!」
 この日に限り、健太は抜け出る直前、玄関で瑞枝に遭遇してしまった。このタイミングの悪さに、健太のテンションはすっかり下がってしまった。
「…ああ、そうそう。あとからでいいから、渡り廊下の雑巾(ぞうきん)がけ、お願いね」
 輪をかけて瑞枝の注文が舞い込んだ。堅太とすれば最悪である。
「うん…」
 不承不承(ふしょうぶしょう)、堅太は頷(うなず)いた。
 苦は早く取り除(のぞ)いた方がいい…と健太は考えた。感心なのではなく、あとあとゆっくりとズルができるからだ。
 バケツに水を張って雑巾を絞(しぼ)り、何回か廊下を拭いて往復すると、少し綺麗になったような気がした。息が切れたこともあり、バケツに雑巾をかけ、堅太は少し休むことにした。ふと、ガラス戸に映る庭の景色に堅太が目を移したときだった。
『なんだ、堅太君。だらしねぇ~な。もう、根を上げちまったのかい?』
 どこからともなく、声がした。堅太はんっ? と、辺(あた)りを見回したが、なんの気配もない。なんだ空耳(そらみみ)か…と堅太はふと、視線を落とした。すると、少し離れたバケツにかけたはずの濡れ雑巾が堅太が座る廊下の、ほん横にあるではないか。堅太には確かにバケツへかけた記憶があったから、ギクッ! とした。廊下をよく見ると、少し離れた廊下のバケツから堅太のところまで、水が零(こぼ)れ落ちたかのようにびっしょりと濡れていた。
「ギャア~~!」
 堅太は猛暑の中、家を飛び出していた。
「困まった子ねぇ~、放っぽらかして…」
 堅太の声に驚きやってきた瑞枝は、水が入ったバケツを片づけようと持ち上げた。廊下は埃(ほこり)を被(かぶ)ったままで、濡れ雑巾はバケツにかかっていた。

                            完

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2016年11月 2日 (水)

怪奇ユーモア百選 25] さ迷う枕(まくら)

 この話は今から十数年前にもなろうかのう…。足を崩し、冷えた麦茶でも飲んで聞いてくれ。
 毎年、盆になると息子夫婦が孫を連れて帰ってきおるんじゃが、その年も十日過ぎに帰ってきおった。夜になると盆の迎え火を焚(た)いてご先祖さまにも帰って来てもらうんじゃが、その年にかぎり、野分(のわき)・・今でいう台風が襲来する悪い天気になってのう、迎え火が外で焚けなんだんじゃ。そらそうじゃろうが、外は暴風雨なんじゃからのう。仕方なしに、風が入らん竃(かまど)の中で迎え火をつけ、それで迎えたんじゃ。孫達は呑気(のんき)なものじゃのう。風が強まり、大雨が降っておるというに、はしゃぎまわっておったわい。まあ、幸いなことにそう大した被害にもならんかったんじゃが、風が弱まり、ご先祖さまへの盆のお参りごとを皆でやったあとから、どうも信じられんようなことが起こりよったんじゃ。言うても信じてもらえんじゃろうが、一応、話しておくとするかのう。
 お参りごとも済み、しばらくして息子夫婦や孫らは別棟(べつむね)へ眠りに行きよった。わしと爺(じい)さまも寝ることにして、床(とこ)についたわい。ここまでは、なにごともなかったんじゃ。息子が別棟から血相変えて走り込んできよったのは、いつ頃じゃっただろうのう。わしの記憶では、日付が変わった頃じゃったと思う。ただ、息子が喚(わめ)いてわしと爺さまに訴えとる意味が分からんかった。枕が浮かんで部屋を飛びまわってる・・とか言っておったかのう。盆のことじゃから人魂(ひとだま)が飛んでさ迷うなら分かるが、枕が飛んでさ迷う・・というのはどうも相場はずれじゃわい。そんなことで、爺さまと笑おておった。だがのう、息子の様子は真剣じゃった。爺さまは笑いながら息子と別棟へ行きんしゃった。何かの見間違いじゃろう。爺さま、笑って戻(もど)ってきなさるわい…と、わしも思いよった。ところがじゃ。木乃伊(ミイラ)とりが木乃伊になる・・とはよく言うが、しばらくすると爺さまも喚いて戻ってけらした。わしも、偉(えら)いことなんじゃとそのとき初めて思いよった。その途端、爺さまの後ろからさ迷う枕が飛びまわって部屋へ入ってきよった。わしも目を疑(うたご)うた。じゃがのう、枕はフワ~リ、フワ~リと天井の闇(やみ)を浮かんでさ迷いよったんじゃ。さ迷うだけで、とり分け、悪さをする訳ではなかったんじゃがのう。未(いま)だにその謎(なぞ)は解き明かされてはおらん。不思議なことに騒ぎよるのは大人だけでのう、孫達はグースカと眠っておったわい。まあ、おまんらには信じられんじゃろうが、わしが出会(でお)うた嘘(うそ)のような本当の話じゃ。

                           完

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2016年11月 1日 (火)

怪奇ユーモア百選 24] 裏目(うらめ)

 世の中には、ひょんなことが現実になることがある。例(たと)えば、快晴の空を見ながら冗談半分に、「ははは…昼から降るよ、きっと」とか、本人も思ってないのに口に出したことが、午後になって俄(にわ)かに曇りだし、どしゃ降りになる…とかいう場合だ。こういう場合を裏目(うらめ)という。
 滝山の場合もそうだった。ただ、彼の場合は状況が違い、少し怖(こわ)かったから、他人は彼と話すことを避(さ)けた。どう違ったのか・・それを今日はお話ししたいと思う。 
 蝉が鳴き集(すだ)く昼下がり、滝山は軽い昼寝のあと、いつもの読書をクーラーを入れて涼みながら中座敷で楽しんでいた。豪壮な日本庭園は、渡り廊下を挟(はさ)んでガラス戸一枚で遮(さえぎ)られ、それなりに風情(ふぜい)ある景観を与えていた。妻の翠(みどり)が盆に茶の入った湯呑みを携(たずさ)え現れた。翠も話せば異変が起こることが分かっているから、いつも滝山とは多くを語らなかった。この日も無言で湯 呑(の)みを置くと、「お茶を淹れました…」とだけ、ぽつりと言い、座敷から去ろうとした。そのときだった。
「お茶? なにも入ってないよ…」
 滝山は空(から)の湯呑みを翠に示しながら訝(いぶか)しそうに言った。まるでマジックのように中味のお茶が消え、湯呑みだけだった。翠は、しまった! と滝山に話しかけたことを悔(く)いた。黙ったまま湯呑みを置いておけばよかったのだ。ただ、それだけのことだった。お茶を淹れた・・という事実が裏目に出て、何も入れていない・・となって現れたのである。翠は冷静な事後の所作を心得ていた。婚後、50年の重みである。
「あっ! そうでしたわ。淹れるのをうっかり忘れました」
 そう言うと、翠は柔和な笑みを浮かべた。すると、あら不思議! 空の湯呑みに熱いお茶が湧き出し、八分ほど中を満たした。
「なんだ…淹れてくれたんじゃないか」
 そう言うと、滝山は、フ~フ~と冷(さ)ましながら熱いお茶を啜(すす)り、茶菓子を齧(かじ)った。滝山の場合、家の中ですら、こうした裏目が出るのである。まして外ならば、言わずもがなである。滝山は家でよかった…と、ホッと胸を撫(な)で下ろした

                          完

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