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2016年12月

2016年12月31日 (土)

怪奇ユーモア百選 84] お馬鹿な夏

 最近の夏はお馬鹿だっ! と滴(したた)り落ちる汗を拭(ふ)きながら真下は怨(うら)めしげに炎天下の空を眺(なが)めた。あの頃は…と小学生当時を思い出そうと真下は巡った。すると、急に眠くなった。有り難いことにクーラーが効き始め、部屋が冷えてきていた。それで眠くなったのだ。いつしか真下は微睡(まどろ)んでいた。
『ははは…こんちわっ! あの頃の夏です!』
『えっ! あんたが、あの頃の?』
『そうですよ。正真正銘(しょうしんしょうめい)のあの頃の夏です!』
『ほんとですか~?』
 真下は疑わしそうな眼差(まなざ)しで、あの頃の夏を見た。
『ええええ、そらもう。間違いなくあの頃の夏です。日射病当時の・・最高気温32℃の』
 えらく強調するなぁ…と真下は思った。だが、よくよく考えれば、それも頷(うなず)けた。今の熱中症という言葉がなかった暑いが夏らしい夏・・真下には、今のお馬鹿な夏ではなく当時は頭のいい夏に思えた。青い空に入道雲が漂(ただよ)い、山や海に人は溢(あふ)れた。決して人は熱中症で病院へ搬送される事態にはならなかった。真下も若かった。山や海で戯(たわむ)れる自分がいた。
 ハッ! と真下が目覚めると、すでに4時は回っていた。外はまだ、灼熱地獄のように茹(う)だっていた。真下は少し悪寒を感じた。汗が体熱を奪ったようだった。もう少し拭いておけば、夏風邪にはならなかったのだ。お馬鹿なのは今の真下だった。

                          完

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2016年12月30日 (金)

怪奇ユーモア百選 83] 夕焼け菩薩

 夏の終わりを告げる鰯雲(いわしぐも)が夕焼けの空に浮かんでいた。竹松は、また正月か…と遠い先のことが浮かんだ。なにかと忙(いそが)しくなる歳末の風景が、これから充実した秋を迎えるというのに端折(はしょ)られて浮かんだのだ。暑気もようやく去り、いい気候になってきたというのに竹松の発想は萎(な)えていた。ああ、いやだいやだっ! と残り少ない髪の毛を掻(か)き毟(むし)ったそのときである。ふんわりと空から地上へと光が下りてきた。竹松は初め、西空に沈みゆく夕陽の乱反射かと思った。地上へ下りた一点の瞬(またた)く光は、そのまま真っすぐ田畑を越えて竹松が立つ家の方へ一直線に近づいてくるではないか。竹松は我が目を疑(うたが)った。だが光は、現実に竹松のすぐ傍(そば)まで近づくとピタッ! と止まった。
『人生のほんのひとときの幸せ…まあ、今年の秋をお楽しみください』
 どこからか竹松に語りかけるように荘厳(そうごん)な声がした。竹松は少し怖(こわ)くなった。もう怪談の夏じゃないぞ…と思いながら声の出所(でどころ)を見回して探(さぐ)ったが、やはり輝く一点の光からするようだった。
「あなたは?」
 竹松は思わず口走っていた。
『わたくしは夕焼け菩薩という、それはそれは有り難い仏さまです』
 竹松は、自分でそれを言うんかい! と心で突っ込んだ。夕焼け菩薩の声は続いた。
『残り少ない人生をお楽しみください…』
 残り少ない! これからまだまだ、と思ってるのに大きなお世話だっ! と竹松はまた心で思った。
「はあ、有難うございます…」
 口でそう竹松が返したとき、一点の光は消え去った。竹松は、♪松竹(まつたけ)たぁ~てぇてぇ 門(かど)ごとにぃ~~♪と、小学唱歌[一月一日]の一節(ひとふし)を下手(へた)に唸(うな)った。不思議なことに、その日以降、竹松には楽しみが増えた。

                           完

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2016年12月29日 (木)

怪奇ユーモア百選 82] 雨ん魔

 猛暑が去り、少し秋めいた休日の朝、三崎は庭で空を見上げていた。空は曇(どん)よりと灰色の雲に覆(おお)われ、ポツリポツリと雨粒が落ち始めていた。慌(あわ)てて家の軒(のき)へと小走りに退避した。そういや、子供の頃、二百十日の前後には雨ん魔という妖怪が天から降りてきて屋根を小突(こづ)くという話を聞かされたことがあった。今から思えば埒(らち)もない作り話に思えたが、三崎はふとその話を思い出し、馬鹿馬鹿しいながらも確かめようと、空を見上げていたのだ。今はちょうど二百十日の頃で、時期的にも話と一致していた。
 雨は本格的に降り出したが、これといってなんの変化も空にはなかった。どうせ、雨ん魔が屋根を小突くというのは雹(ひょう)かなにかが降る気侯のことだろう…と三崎には思えた。そのときだった。空から雨ん魔が雲に乗って下りてきた。顔はちょうど俵屋宗達が描いた風神雷神図の二神を合わせたような姿で、いかにも妖怪らしく見えた。三崎は目を擦(こす)った。雨ん魔は片手に笊(ザル)のようなものを持って三崎の庭の屋根 辺(あた)りの高さまで降りながら漂(ただよ)った。そして、片方の手で笊の中に入った氷の粒(つぶ)を辺り構わず投げ飛ばし始めた。まるで花咲じいさんだな…と三崎には気楽に思えた。というのも、どうせ夢を見てるんだろう…という潜在意識があったからだ。ところが、雨ん魔が投げ始めたその氷粒の一つが三崎の脳天にコツン! と当たった。三崎は、その場で気を失った。三崎はハンモックのネットに気づかず転んだだけだった。気を失う訳がないのに失ったのだ。
 気づくとベッドに寝かされていた。妻の美登里が三崎の様子を窺(うかが)っている。
「お医者さまが今、帰られたわ。別にどこも悪くないって…」
「ああ、そうか…」
「怪(おか)しいって、不思議そうな顔されてたわ。変な人ね…。ふつう、あんなところで転んで、気は失わないわよっ!」
 美登里が訝(いぶか)げに三崎を見た。三崎には美登里の言葉が雨ん魔の投げた氷粒より痛かった。

                           完

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2016年12月28日 (水)

怪奇ユーモア百選 81] 通せんぼ

 いやいや、道はあるはずだっ! と阿佐口は思った。山で迷った自分を情けなく思いながら、その一方で迂闊(うかつ)な登山計画を立てた自分が腹立たしかった。下界ではまだ秋ではないものの、高山はすでに、秋から冬への変貌(へんぼう)を遂(と)げようとしていた。幸い、阿佐口の体にはまだ余力があった。非常食も幾らかあったから、すぐどうこうということはなかったが、このままでは日が落ちるまでに下山できない状態だった。おお! これで…と、ようやく下りられそうな道に出られたとき、突如として一陣の風が阿佐口の前を過(よぎ)った。その途端、目の前に見えていた道が消えていた。
『♪通せんぼ~通せんぼ♪』
 風がそう歌ったように阿佐口には聴こえた。不思議なことに、道が消えたあと、ピタリ! と風は吹きやんでいた。阿佐口は少し気味悪く思いながらも、こうしちゃいられない…と別の道を探すため歩き始めた。そして、20分ほどが経(た)ったとき、また下山道らしき道に出た。そのときまた、どこからともなく一陣の風が吹いた。
『♪通せんぼ~通せんぼ~通しゃせぬぞよ通せんぼ~♪』
 また風が少し長めにそう歌ったように阿佐口は感じた。そしてふたたび道が消えたあと、風が消えていた。阿佐口は、これはただの偶然ではないぞ…と少し怖(こわ)くなってきた。まあそれでも、三度目はさすがにないだろうと気を取り直し、動き始めた。そしてまた15分ばかりが経ったとき、下山道が現れた。阿佐口は今度こそ、これで…と思った。すると、また風が騒ぎ始めた。阿佐口は、よし! 通ってやろうじゃないかっ! と風に対し反感を抱いた。
「♪通~るぞよ通~るぞよ~なにがなんでも通るぞよ~♪」
 阿佐口が歌ったあと、風は不思議なことに歌わず、静かにやんだ。そして、道は消えていなかった。阿佐口は、ぎりぎりのところで遭難(そうなん)せず無事、下山できた。
 下山した阿佐口がリュックを確認すると、非常食が消えていた。風は腹ペコだったのか…と阿佐口は思った。それなら、そう歌ってくれればいいのに…と、また思った。

                           完

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2016年12月27日 (火)

怪奇ユーモア百選 80] 往復(おうふく)

 残暑ぎみながら、そろそろ心地よい冷気も漂(ただよ)い始めた月終わりのある日、定年退職した裾川(すそかわ)は軽く旅でもするか…と、ひょっこりと家を出た。といっても、これという目的地がある訳でもなく、まあ適当にと、場当たり的にホームに入っていた電車に飛び乗った。ただ、電車で行こうと思ったのには少し理由がある。
 電車は快速にひた走り、秋初めの風景が夏の終わりと入り混じり、車窓に流れた。山海電鉄の呼びものは、なんといっても新しく並島駅長に就任したうさぎのオウサだ。並島駅は男女雇用機会均等法を動物版として地でいく謳(うた)い文句で、マスコミだけではなく政財界からも注目されていた。女性駅長オウサのお蔭(かげ)で山海電鉄の株は急上昇し、まあ、持っていようか…気分で少し買った株主の裾川に株主特権で貰(もら)った気分ホクホクの招待券が手に入った。裾川は当然、帰りもこの電車で帰る腹づもりでいた。要は、往復である。それも場当たり的で、貰った招待券に往復切符が付いていた・・という、ただそれだけの理由だ。
 人気がある並島駅はさすがに込んでいたが、裾川もオウサ見たさの興味本位で途中下車した。区間内ならどの駅でも、さらに何回でも乗り降り自由のサービス付きで、けちな裾川を喜ばせていた。
 裾川が混雑する人を掻き分け並島駅を出るとオウサ駅長が駅前の一段高い特等席でチョコンと座っていた。いい迷惑だわ…気分が不思議なことにヒシヒシと裾川に伝わった。いや、今日の俺は少し怪(お)かしい…と裾川が思っていると、ひょんなことにオウサとばったり目があった。
『わあ、いい男ね。こちらへどうぞ…』
 そんな気分でオウサに呼ばれているようで、裾川はまた人を掻き分け特等席へ一歩一歩近づいていった。
『なんだ…今日だけ? 私のお世話しない? ここで…』
「ええっ!?」
 裾川は思わず叫んでいた。オウサを見ていた周囲の人々が一斉に裾川を見た。そんなことで・・でもないが、裾川は今、並島駅まで往復して並島駅に通う掃除兼雑用係だ。オウサと会話しているかどうかまで、私には分からない。

                           完

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2016年12月26日 (月)

怪奇ユーモア百選 79] まだまだ…

 今年で80になる仙道虎助は持久力のある男で、まだまだ衰えるということを知らない独居老人だ。猛暑のさ中、虎助は庭に出て、裸でドラム缶に入れた水の中に浸(つ)かるのである。頭はサト芋の葉を数枚重ね、頭に乗せる・・といった具合だ。もちろん暑さ対策だ。別に始末しよう…とかのケチ意識は虎助にはなく、ごく当然と考える人間離れした感覚の持ち主だった。そういう虎助を人はある種、変人扱いしていた。猛暑により、しばらくするとドラム缶の中の水は湯へと変化する。風呂に入ってる勘定で、虎助としては一石二鳥だった。熱くなり過ぎれば水で適温にすればいいだけのことである。石鹸はただで農家からもらった糠(ぬか)を代用していた。ここまで話せば、ただの風変わりなじいさん話だが、怖(こわ)いことに虎助は…。まあこれは、おいおい話せば分かってもらえるだろう。
 猛暑の夕暮れどき、夕飯を早めに終えた虎助は家を出た。向かうのは、閉店の時間となりシャッターを下ろしたスーバーである。
「おかしい人だよ、あの人は…」
 買物を終えて出た人が、そんな虎助に気づき、振り向きざまに呟(つぶや)いた。この買物客が出たあとスーパーはシャッターを下ろしたのだから、変といえば変なのだ。閉じられた店にいったい何の用がある? ということだ。答えは簡単だった。虎助は夜っぴいて待っていたのである。なにを? それは、誰にも開店を、と思えた。だが…。
「もし、おじいさん。ここで何してるの?」
 深夜、交番の巡査が不審(ふしん)に思い、新聞紙の上に腰を下ろした虎助にそう訊(たず)ねたことがある。
「開店を待っておるんです…」
「朝まで店、開かないよ。夕方見かけたけど、あれからもう5時間は経(た)ってますよ」
「まだまだ…」
「まだまだ…って。お身体、大丈夫ですか? こんなところで…。出直された方が…」
「いえ、まだまだ…。私は待ちます」
「そうお? 無理しないでね…」
 虎助の頑固(がんこ)さに根負(こんま)けし、巡査はスゴスゴと引き下がって去った。
 そして今日も、その虎助が閉じられた店前で深夜、待っていた。
 虎助が、まだまだ…と夜っぴいて待つ理由、それは二年前、先だたれたばあさんに逢(あ)うためだった。虎助がまだまだ…と待ち続けたのは、ただの老人性痴ほう症だったのか? あるいは、本当に先立たれたばあさんに逢うためだったのか? それについては、本人から聞いた話なのだが、まだまだ…いや、未(いま)だに分からない謎(なぞ)だ。

                           完

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2016年12月25日 (日)

怪奇ユーモア百選 78] お呼びがかかる

 蝉の鳴き音が弱くなり、そろそろ夏も終わりか…と東谷(あずまや)は思った。ということは、幽霊見習いの東谷にとって、一応、店じまいということになる。幽霊見習いとは、まだ幽霊と呼ぶには腕が未熟な駆け出しの霊のことをいう。そんな東谷だが、幽霊は暑いからお呼びがかかるのであり、寒くなればどういう訳か出番がなくなる。そうなると、最近の幽霊は生活の都合で、ハローワークへ姿を変えて出向くことになる。今はそんな世知辛(せちがら)い時代なのだ。
『あの…。もう少しひっそりとした静かな仕事は?』
 今日も東谷の姿がハローワークにあった。
「この前も言いましたがね。そんな都合のいい仕事なんかあり…んっ? まあ、ないこともないですがね」
『そ、それお願いします』
 ニートの青年に乗り移った幽霊見習いの東谷は、係員へ返した。
_「いいんですか? 安いし陰気な仕事ですよ?」
『そ、それがいいんです!』
 東谷にしては強めに言った。それでも、この世の人の半分程度の声である。
「変わった人だ…これなんですがね」
 呆(あき)れた顔でハローワークの担当係員は東谷の蒼白い顔を窺(うかが)いながらファイルを見せた。
『倉庫の見張り番ですか?』
「はい…らしいんですがね。今どき、警備会社を頼んだらいいんですがね。まあ、小さなお店ですから分からなくもない。…どうします?」
『はい、よろしくお願いします』
「私に頼まれても…。先方には連絡しておきますので…」
 話は首尾よく纏(まと)まり、安いお足でお呼びがかかった幽霊見習いの東谷は、さっそくその中田屋の倉庫で働くことになった。
 その倉庫には陰気な幽霊が住んでいて、東谷は今、倉庫で幽霊の勉強をみっちりと仕込まれている。お足がいらないだけに、東谷にとっては一石二鳥となっている。むろん、幽霊見習いの東屋にお足はいらない訳で、働いたアルバイト代は乗り移った青年に入るという勘定だ。

                             完

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2016年12月24日 (土)

怪奇ユーモア百選 77] お焦(こ)げ化け

 昭和30年代、日本が復興しようとしていた頃の話である。
 その当時、小学生の私は片田舎(かたいなか)の山村で暮らしていた。年の離れた兄は都会の叔父の所へ下宿させてもらい、今でも超有名な一流大学に通っていた。もう一人の妹は3才下で、私の手下として私に仕(つか)えていた。そう思ったのは、その頃の私の子供感覚で、妹はどう思っていたかは知らない。
 父は村役場に勤務していたから、母もそう苦労はしていなかったように思う。というのも、物資不足の頃だったが、父の仕事の関係でお世話になったとかで結構、農家の方が野菜や牛乳、卵などを持ってきて下さったからだった。
 そんなある日の朝、母は竃(かまど)で火吹き竹を吹きながらご飯を炊(た)いていた。私と妹は、いつものように炊きあがるのを待っていた。というのも、炊きあがりを待っていると、母は炊きあがったお釜(かま)のご飯を木のお櫃(ひつ)に移しかえたあと、残ったご飯でお握りを作ってくれたからだ。
と妹の順序は決まっていて、妹が先で私があとだった。これにもちゃんとした理由がある。私は香ばしい香りと味がするお焦(こ)げが好きで一番最後のお釜にこびりついたご飯で握ってもらうのを楽しみにしていたからだ。むろん妹も同じだったから、勉強部屋の掃除を条件に何度も変わってやった。まあ、ここまでの話なら誰もがする想い出話なのだが、私の場合はここからが少し違うのだ。
 夜も遅くなって、夕食後のラジオ[当時はまだテレビがなかった]を聴くと7時半頃には寝ていたと思う。今のような楽しみが少ない時代で、日が高い日中を大事にしていたようだ。皆が寝静まった夜更け、その異変は起きた。お焦げ化けが竃から現れたのである。どういう訳か寝たはずの私は空腹で眠れず、竃のある土間(どま)に立っていた。竃から現れたお焦げ化けは、大きなお握りのような形をしており、ドッカと板間に腰を下ろした。香ばしいあのお焦げのいい香りをさせ、湯気(ゆげ)をユラユラとのぼらせていたのを思い出す。そのお焦げ化けには目鼻がついていて、どこか妹にも似ていた。今考えれば、それがなんとも不思議なのだが、私は茫然とそのお焦げ化けを見つめるだけだった。さすがに怖かったせいか、食べようとは思わなかったのだろう。そのまま私は部屋に戻り、眠った。そして朝になったのだが、その記憶は鮮明に残っていて、いつも見る夢とは明らかに違ったのだ。今でも、あのお焦げ化けの姿ははっきりと覚えている。だから、お焦げ化けは今も現実にいるはずである。
 まあそんな馬鹿馬鹿しいお話なのだが、お焦げ化けが出るには一つの条件があるようで、かなりお腹が空いていないと現れないみたいだ。

                          完

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2016年12月23日 (金)

怪奇ユーモア百選 76] あの手この手

 夏が終わろうとしていた。川久保はこの夏の始めからダンス教室へ通い始めていた。玄関で靴を履(は)き、腕を見ると、まだ十分に時間はあった。あと少ししてから行くか…と川久保は玄関の戸を開けようとして思いとどまった。いやいやいや、そうはこないだろう、奴(やつ)は…と川久保は考えた。おそらく相手の滝口はその裏をかいて20分前にはやってくるに違いなかった。現に、前回はその読みをしなかったばかりに10分遅れて先を越されたのだ。二度の轍(てつ)は踏みたくなかった。まあ、そうなったからといって、指導する美咲先生の気持がどうこう変わるものではない。断然、美男子の俺の方が有利なはずだ。さて、どうしたものか…と川久保は北叟笑(ほくそえ)みながら玄関であの手この手と巡った。
「お父さん、どうかしたの?」
 娘の怜奈が玄関に立ち続ける川久保を訝(いぶか)しげに見て言った。
「いや、べつに…」
 決まりが悪く、川久保は出るつもりなく家を出た。まあいい、あの手この手は次にしよう…と川久保はダンス教室へ向かった。
 その頃、ライバルの滝口もあの手この手と策を練っていた。前回は先を越して、一番でレッスンを受けたのだ。よし! 今日は一歩進んで、このあと、お茶でもどうですか? と言ってみるか…と巡った。腕を見ると前回より10分ばかり家を出遅れていた。いけない! と滝口はダンス教室へ急いだ。
 川久保がダンス教室へ着くと、案に相違して滝口はまだ来ていなかった。川久保は先にレッスンの受付を済ませた。しばらくして、滝口が息を切らせてやってきた。川久保は、滝口にしたり顔をした。
 二人がレッスンを待っていると、一人の年老いた掃除婦が入ってきた。
「あんたら、ここで何してるの?」
「えっ? なにって…ダンスですが」「ええ…」
 川久保が言い、滝口が続いた。
「ダンスって? この貸しビルで?」
 掃除婦は不思議そうに首を傾(かし)げた。
「貸しビル?」
「そうだよ。以前は確かダンス教室やってたようだけどね。今は入室待ちさ。あんたら勝手に入っちゃ困るね。私が怒られる…」
 家政婦はブツブツと愚痴った。
「そんな馬鹿な! これからレッスン受けるんですよ、私達。ねえ」
「ええ…」
 川久保が滝口の顔を窺(うかが)い、滝口は頷(うなず)いた。
「なに言ってるの。教室は3年前に閉鎖されたよ。美人の先生が事故死してからね…」
 川久保と滝口の顔が一瞬にして蒼白くなった。二人のあの手この手は相手が幽霊だけに通用しなかった。 

                            完

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2016年12月22日 (木)

怪奇ユーモア百選 75] 犯人は逃げてるっ!

 その男は、ついに捕(つか)まった。だがその男は、がんとして口を割らなかった。
「いい加減に吐いたらどうだ…楽になるぞ」
 刑事の皆川は搦(から)め手から自供させようとしていた。
「簡単なことだ。そうです、でいいんだ。よし! 吐けば、今日はうな重を奢(おご)ってやる」
「うな重は有り難いんですがね、旦那。やったのはおいらじゃないんですよ」
「馬鹿言え! うなぎ好きのお前が一匹、手につかんで逃げていくところを店の主人が見てんだっ!」
「はい、確かにおいらは一匹のうなぎを手にして走りました。でも、盗んだのはおいらじゃありません!」
「なら、だれが盗(と)ったって言うんだっ!!」
「それを言え! というんですか?」
「当たり前だっ!!」
「だったら言いましょう。それは私に憑依(ひょうい)した自縛(じばく)霊の仕業(しわざ)です」
「馬鹿を言うんじゃないっ! そんな、まやかしが警察で通用するとでも思ってるのかっ!!」
 皆川は激怒して机を片方の拳(こぶし)で叩(たた)いた。
「通用するもなにも、本当のことです…。まあ今はもう、その犯人は逃げてるんですがね…」
「どういうことだ?」
「だって、おいらの身体から出ていきましたから…」
「皆川さん、こいつ、精神鑑定にかけた方がよかないですか?」
 もう一人の若い取り調べ刑事、山崎が小声で言った。
「そうだな…」
「信じてください! おいらはその犯人を見たんだっ!!」
 大声に驚き、取調室の前で待機していた警官が慌(あわ)てて入ってきた。
「連れて行ってください」
 皆川は警官に小声で指示した。
「本当だっ! おいらじゃないっ! 犯人は逃げてるっ! おいらは、うなぎを手でつかんで逃げたりなんかしないっ!」
 男は喚(わめ)きながら警官に連れていかれた。
「そうかも知れませんね…」
 山崎が意味深(いみしん)に言った。
「だな。警察の手にはおえんかっ、ははは…」
 皆川は大声で笑ったあと、すぐ真顔(まがお)に戻(もど)った。沈黙が続き、取調室の空気が冷え込んだ。

                           完

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2016年12月21日 (水)

怪奇ユーモア百選 74] 神の遣(つか)い

 世の中には、いろいろな人がいる。この男、牧山(まきやま)正一は炎天下の夏の一日、街の公園の一角で地面に額(ぬか)づき神の儀式と称してお祈りをしていた。牧山の格好といえば、真夏のことでもあり、白い着物風の衣一枚だった。牧山が額づく地面の上には、霊験が有りそうな水晶玉が紫色の豪華な小座布団の上に置かれている。牧山はその玉に向かって額づいていた。ある種の神威的な霊力を人々に信じさせようとする商売行為である。詐欺ではないものの、いわば人の信仰心を利用して金儲けをしようとする詐欺まがいの行為なのだ。もちろん、熱中症対策は万全で、木影の水場近くの涼しげなところを選定していた。牧山のお題目は、「私は神の遣(つか)いです。私を信じなさい…」である。公園を通る人々は、そんな牧山を、このクソ暑いのに…と、やや同情を込めた変人を見る目つきで眺(なが)め、足早に通り過ぎていった。昼前で、外気温が30℃を超えて茹(うだ)だっていたということもある。そして日暮れとなさた。夏場のことでもあり、時間はすでに7時を回っていた。そろそろ、やめよう…と牧山が地面から顔を離したそのときだった。
「あのう…もし」
 一人のうらぶれた老人が立っていた。
「はい、なにか…」
 驚いた牧山は、商売風の語り口調ではなく、普段の素(す)で思わず返した。
「あなたは本当に神の遣いなのですか?」
「えっ? …いや、もちろん、私は神の遣いです」
 牧山は慌(あわ)てて商売口調に戻(もど)した。
「では、その証拠を私に見せてくだ沿い」
 老人は厳(おごそ)かに言った。
「そ、それは…」
 牧山が口籠ったとき、老人は地面の小石を拾(ひろ)うと手の平へ静かに乗せた。
「神の遣いなら、これくらいはできるでしょう」
 老人がそう言うと、不思議にも小石は手の平を離れ。フワリと浮かび、宙(ちゅう)に止まった。牧山はただ茫然(ぼうぜん)と小石を見つめるだけだった。
「私が本物の神の遣いです」
「わ、私も神の遣いです!」
 そう返したとき、牧山は急に目の前が暗くなった。
 気づくと牧山は病室のベッドへ横たわっていた。どうも熱中症にやられたようだった。俺としたことが…と牧山はしまったと思った。近くには妻の澪(みお)がいた。
「寝ごと言ってたわよ。あなたは、間違いなくただの人です…」
 澪にそう言われ、夢だったか…と、牧山は思った。
「近くにいたお年寄り、知ってる人? お礼を言わなくちゃ。知らせてくださったの…」
 牧山は怖(こわ)くなり、目を閉じた。
「あの方、元マジシャンなんだって」
 牧山は目を開けた。
「元マジシャンと言っておいてくださいって言ってたけど、あの人?」
 ナースセンターに向かった澪が通路で独(ひと)りごとを呟(つぶや)いた。

                        完

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2016年12月20日 (火)

怪奇ユーモア百選 73] タイム・ラグ

 ようやく夏の猛暑も遠退(とおの)き、通勤途上で汗をふく回数が減った崎岡は、やれやれといった顔つきで目を閉じ、心地よく帰路の地下鉄に揺られていた。
『次は丸禿(まるはげ)でございます。地下鉄 鬘(かつら)線は乗換えとなります…』
 車内アナウンスが流れ、ウトウトと眠っていた崎岡はハッ! と目覚めた。降りる駅だった。慌(あわ)てて崎岡は席を立った。いつもは座れず。吊り革を片手に立つ・・というパターンだったが、どういう訳か今日は座れたのだ。それがよかったのか悪かったのか…結果、ウトウトする破目になったのである。乗降口まではそんなになかったから別に慌てなくてもよかったのだが、崎岡は慌てていた。
「あっ! すみません。ちょっと…」
 人を掻き分け、すぐ乗降口の前まで来ると、やれやれと崎岡は思った。するとなぜか崎岡は眠くなってきた。あとはどうしたのか崎岡自身もよく覚えていなかったが、気づけば丸禿駅の構内ベンチでウトウトと眠っていたのである。こんなことは長い通勤生活で初めてのことで、崎岡は訳が分からなかった。しかも時間は地下鉄に乗る一時間前なのだ。一時間前といえば…崎岡は巡った。脳裡(のうり)に浮かんだのは社内の自分の席だった。時間は退社直前である。そんな馬鹿なことはない…と崎岡は現実の今の状況を否定した。だが夢ではなく、人の動きもごく自然である。崎岡は少し時間を得した気分で帰路についた。その後、タイム・ラグの怪現象はなくその日は無事、終わった。
 次の日の朝である。崎岡はいつものように通勤電車に揺られていた。幸か不幸か、朝はいつも込んでいて、崎岡がやれやれと安堵(あんど)出来ることはなかったから、結果としてウトウトと眠気(ねむけ)には襲われなかった。だがその日の崎岡は少し状況が違った。吊り革にぶら下がって揺れていると、睡魔に突然、襲われ、ウトウトしたのである。気づくと崎岡は会社のデスクに座り、ウトウトしていた。
「おいっ! 崎岡。帰るぞっ!」
 隣の席の田山に肩を叩(たた)かれ、崎岡は目覚めたのだ。スマホで状況判断すれば、崎岡は前日の退社直前にいた。それは…地下鉄に座って揺られ、ウトウトと記憶が遠退いたあの時間へと繋(つな)がっていた。タイム・ラグがまた起きていた。
 その日以降、怖(おそ)ろしくなった崎岡は通勤方法をバスに切り替えた。植毛(うえげ)バスである。

                            完

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2016年12月19日 (月)

怪奇ユーモア百選 72] 裏目

 暑気が消えてきた朝、湯浅は庭の剪定(せんてい)でもするか…と思い、鋏(はさみ)を手にすると庭へ出た。そのとき、今まで降っていなかった空から雨粒(あまつぶ)がポタッ、ポタポタ…と落ちてきた。湯浅は思わず空を見上げた。すると、ザザーっと雨が降り出し、慌(あわ)てて湯浅は家の中へ駆け込んだ。まあ、こういう裏目に出ることもあるさ…と、湯浅は考えるでもなく庭の剪定を断念した。さて、そうなると時間の余裕が生まれる。このまま何もしないのも…と湯浅は、次に何かをしようかと考えた。そして、ああ! と、浴室が汚れていたことを思い出し、浴室へ向かった。
 湯浅が浴室へ入ろうとしたときだった。
「あら! お父さん、どうかしたの?」
 娘の知沙が偶然、通りかかり、怪訝(けげん)な顔つきで湯浅を見た。
「いや、汚れていたから、風呂掃除をしようと思ってな」
「あらっ! 少し前、お母さんがしてたわよ」
 湯浅は、なんだ、またか…と思った。今日、二度目の裏目だった。だが、この時点でも、湯浅はまだそんなに気にしていなかった。
 続いて起きた裏目は昼の食事どきである。湯浅は楽しみに残しておいたムツの味噌漬けの皿を出そうと冷蔵庫を開けた。だが、皿はなかった。湯浅は必死になって他の冷蔵品を出し、探し始めた。
「あら、あなた? どうかしたの?」
 妻の里美が奥の間から現れ、訝(いぶかし)げに湯浅を見た。
「ムツの味噌焼きは?」
「ああ…あれ? あれね、おばあちゃんが朝早く起きて、食べてたわよ」
「ええっ! かあさんがっ!」
 湯浅の心は急に萎(な)えた。至福の楽しみに残しておいた、あの味噌焼きが…夢と消えたのである。裏目も三度続けばもう…と湯浅は思った。だが、その考えは甘かった。
 そろそろ夕暮れが近づいてきた頃、ひと風呂 浴(あ)びたあと、冷酒を…とまた、冷蔵庫を開けた。酒が切れていた。涼(すず)みがてら買いに行くか…と外へ出た途端、ムッ! とする暑気が湯浅を包み込んだ。四度目の裏目にクソッ! と湯浅は少し切れていた。湯浅は車に飛び乗り、エンジンをかけた。バッテリーが上がっていた。五度目の裏目だった。こうなりゃ、なにがなんでも買ってやるっ! と湯浅は意固地になり、ムッとする暑気の中を店へと歩いた。店は閉まっていた。六度目だった。汗だくになり、テンションを下げて帰宅した湯浅に追い打ちをしたのが断水だった。シャワ-でさっぱりしようとしたときだった。
「今、断水中! 水でないわよ。あなた、さっき入ったじゃないの」
 里美が容赦(ようしゃ)なく湯浅に言った。
「ああ…」
 七度目の裏目は、さすがに湯浅には堪(こた)えた。もう、いい…と怖(こわ)さを感じながら湯浅が思った瞬間、蛇口から水が出た。裏目だったが、七転び八起きの吉転だった。

                           完

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2016年12月18日 (日)

怪奇ユーモア百選 71] 私が幽霊

 そろそろ秋だな…と考えていた潮貝(しおがい)の考えは甘かった。8月半ばが過ぎたというのに、また猛暑が復活していた。潮貝としては、もう勘弁してくれよっ! といった心境だった。
 暗くなると当然、熱帯夜が襲(おそ)ってきた。暑がりの潮貝はクーラーに扇風機、団扇(うちわ)すべてを作動させて見えない敵を迎え撃とうとしていた。夕食は湯がいた素麺(そうめん)をサッパリ味の冷えた出汁(だし)で食べ、まあなんとか済ませた。食べている間は暑さを忘れられるのが、不思議といえば不思議に思えた。さて、食器を洗おうか…と食べ終えた潮貝が和室の畳(たたみ)を立ったときだった。
『ご精(せい)がでますね…』
 声はしたが、姿が見えない。はて? 気のせいか…と潮貝は思いながら食器をキッチンの洗い場へ持っていこうとした。
『いやいや、ご苦労さまです…』
 また声がした。潮貝は危(あや)うく手に持った食器を落としそうになりドキッ! とした。潮貝は辺(あた)りを瞬間見回し、次の瞬間には、そんな自分が馬鹿らしく思えた。一人住む家に声がする訳がなかった。がしかし、潮貝は口を開いていた。
「誰!」
 返事は、すぐになかった。なんだ…と、蛇口を捻(ひね)ったのと同時だった。
『幽霊です…』
 声がした。そして少し間合いをおいて、また声が続いた。潮貝は勢いよく出る水の蛇口を閉めた。
『私が幽霊です』
 声ばかりで、やはり誰もいない。潮貝は実感が湧(わ)かず、怖(こわ)くもなんともなかった。だいたい幽霊の相場は、怖い姿でおどろおどろしく出るとしたものだ…と潮貝は思った。それに潮貝には、幽霊に出られるような恨(うら)みを買った覚(おぼ)えもなかった。
「なんなんですかっ!」
『私が幽霊です。ただそれを言いたかっただけです…』
「なぜ私なんですか?」
『あなたが言いやすかった。ただ、それだけです…』
「なぜ?」
『私はまだ幽霊になりきれない亡者なんです。それで今、あの世で修業をしているんです』
「ほう、そうなんだ…。誰でも幽霊になれるというものでもないんですね?」
 いつの間にか、潮貝は幽霊風の霊と会話をしていた。
『そうなんです。認定されないと駄目なんです』
「あなた、見えてませんよ」
『はあ…まだまだなんです。それじゃ、お邪魔しました』
 なんなんだよ、人騒がせなっ! と、潮貝は怖さを感じるより腹立たしかった。
 食器を洗い終えて和室へ戻(もど)ると、畳の一部が微妙に湿(しめ)ぽく濡れていた。もう一歩だ、頑張れっ! と潮貝は応援していた。

                        完

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2016年12月17日 (土)

怪奇ユーモア百選 70] いつか来た坂

 仙道は夏山に来ていた。登山といっても、そう高くない1000m級の山である。山登りかハイキングと呼んだ方がいい程度の山だったから、そう急いではいなかった。広葉樹林帯を少しずつ登って行くと、この山にしてはややきつい坂に出た。そのとき、仙道はおやっ? と思った。今までに一度、この坂を登ったような気がした。それも、ここ最近のような感覚だった。急いでもいなかったし、昼までには十分な時間もあったから、仙道はこの辺(あた)りで休憩しようと思った。その坂が少し気になったということもある。坂の右手にちょうど手頃な岩があったのでその上に座り、水筒の水を飲んだ。さて…いつ来たんだろうと仙道は考えたが、どうしても思い出せなかった。10分ばかりが経ち、仕方ないな…とまた登ることにした。よく考えれば、最近、山には登っていなかったのだ。それも、10年以上だった。それなのに、記憶の感覚はごく最近だった。まあ、考えても仕方がないか…とまた心を宥(なだ)めているとようやく峠に出そうな勾配となってきたので先を急ごうとした。そのとき、仙道は急に立ち眩(くら)みがして蹲(うずくま)った。それから先の記憶が仙道にはない。気づけば山の登り口に腰を下ろしていた。不思議な感覚だったが坂を登っていた記憶は消えていた。腕を見ると、まだ登る前の早朝だった。俺はここでいったい何をしてるんだ! と少し自分に怒りながら急いで立ち上がると山道へと入った。そして広葉樹林帯を少しずつ登って行き、この山にしては少しきつい坂に出た。仙道はおやっ? と思った。いつか来た坂に思えた。それも、ここ最近のような感覚だった。急いでもいなかったし、昼までには十分な時間もあったから、仙道はこの辺(あた)りで休憩しようと思った。その坂が少し気になったということもある。坂の右手にちょうど手頃な岩があったのでその上に座り、水筒の水を飲んだ。さて…いつ来たんだろうと仙道は考えたが、どうしても思い出せなかった。10分ばかりが経ち、仕方ないな…とまた登ることにした。まあ、考えても仕方がないか…とまた心を宥(なだ)めているとようやく峠に出そうな勾配となってきたので先を急ごうとした。そのとき、仙道は急に立ち眩(くら)みがして蹲(うずくま)った。それから先の記憶が仙道にはない。気づけば山の登り口に腰を下ろしていた。不思議な感覚だったが坂を登っていた記憶は消えていた。腕を見ると、まだ登る前の早朝だった。俺はここでいったい何をしてるんだ! と少し自分に怒りながら急いで立ち上がると山道へと入った。そして広葉樹林帯を少しずつ登って行き、この山にしては少しきつい坂に出た。仙道はおやっ? と思った。いつか来た坂に思えた。そして…今も仙道はその坂を繰り返し登っている。

                           完

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2016年12月16日 (金)

怪奇ユーモア百選 69] 無人バス

 そう…あれは夏の終わりが近い、ちょうど今頃の季節だった。今思い返しても背筋が寒くなるが、やはり語っておかねばならないだろう。えっ? 別に語らなくてもいいって? いやいやいや、これは語っておいた方がいいだろう。
 あの日、私は勤務を終え、いつものように停留所で帰りのバスを待っていた。まだ、ムッとする残暑が肌に絡(から)む嫌な気候だったのを憶(おぼ)えている。その日にかぎって待っていたのは私一人で、それも今から思えば怪(おか)しいといえば怪しかったが、そのときはそうも思わなかった。
 乗る予定のワンマンカーのバスは少し遅れでやって来た。私が乗り込むと、さも当たり前のように、無言で発車した。
『次は蝦蟇口(がまぐち)、蝦蟇口でございます』
 しぱらくすると、いつもの女性の案内テープの声が流暢(りゅうちょう)に流れた。取り分けてなにも変わったところはなかった。ただ、誰も乗客がいないのが妙といえば妙だったが、こういう日もあるさ…と私は深く考えなかった。ところが、である。ふと、運転席に視線を走らせたとき、私はゾォ~っとした。その恐怖の感覚は今でもしっかり記憶している。運転席には誰もいなかった。当然それは、ハンドルだけが右に左にと回っていたことを意味する。気がつけば私は思わず座席から立っていた。そのまま私は前の乗降口の方へ移動した。そして運転席を見た。信じられない現象が、正(まさ)に起きていた。私は落ちつこう…と心に念じながら前の座席へ腰を下ろした。すると、急に運転席に運転手が現れた。私は、やれやれ…と思った。が、しかし…。
『お客さん、もうじき、蝦蟇口ですよっ!』
 振り返った運転手の顔は、人間ではなく蝦蟇蛙だった。私は気を失った。
 気づくと私はバスに揺られていた。運転手も当然、人間の姿で運転していて、いなかったはずの乗客も数人いた。
『次は蝦蟇口(がまぐち)、蝦蟇口でございます』
 二度目の案内テープの声がした。夢を見たのだろう…と私は思った。そう思わなければ怪談である。
 私は停留所で下りた。辺(あた)りはすでに宵闇(よいやみ)で、蝦蟇蛙が鳴く声がした。あなたが信じようが信じまいが、これは嘘のようで本当の話である。

                            完

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2016年12月15日 (木)

怪奇ユーモア百選 68] 身から出た削(けず)り屑(くず)

 この話もかなり時代が遡(さかのぼ)る。例によって、眠くなった人は眠ってもらっても、いっこう構わない。
 常盤(ときわ)長屋に桶(おけ)職人の小吉(こきち)という若者が住んでいた。器量の方はそうでもなかったそうだが、これがなかなかの働き者で腕がいいときたものだから、風呂桶、棺桶、漬け物桶、さらには洗い桶から防水桶と、桶ならなんでもござれで、えらく皆から重宝された。そこへ、どんな注文にも応じたというから、寝る間(ま)もないほど忙(いそが)しく、繁盛もしたらしい。
 あるとき、これという欲もない小吉が風呂屋に桶を届けた帰り、懐(ふところ)が少し重くなったものだから、久しぶりに好物の鰻(うなぎ)で一杯やりながら精をつけるか…などと調子のいいことを思いつつ柳小路を歩いていたと思いなよ。夏の日に聞く柳といやぁ~幽霊だが、小吉が出食わした幽霊には正真正銘の足があったから当然、怖(こわ)くはなく、おどろおどろしいとも思えなかった。年の頃なら17、8の可愛いおぼこというんだから、これはもう男としては堪(たま)らねぇ。若い小吉も例外ではなく、まあそういう世間並みの話になっていったという。となれば、逢瀬(おうせ)も二度三度、さらには…となるのが筋というものだが、あの世の者とこの世の者がそんな逢瀬を重ねれば・・男が言わずもがなで衰弱する・・と怪談 噺(ばなし)ではしたものだ。で、当然、小吉もそうなった。小吉の場合は身から出た錆(さび)というよりは削り屑(くず)で、自分が作った棺桶に入り、あの世で幸せに暮らしたという。まあ、あの世もこの世もその程度らしい。真偽(しんぎ)のほどは、あっしにも分からねぇ。

                           完

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2016年12月14日 (水)

怪奇ユーモア百選 67] 過ぎた日

 人の気配が消えた砂浜を海山(うみやま)は裸足(はだし)で歩いていた。半月ばかり前は人でごった返した海水浴場に秋が訪れようとしている。海山は潮騒(しおさい)の音に幾許(いくばく)かの寂寥(せきりょう)を覚えた。ふと、昨日(きのう)寄った海の家を見ると、店主の鳥居の姿はなかった。海山は、最近観た関ヶ原の戦いの時代劇ドラマを思い出し、ついに伏見城は落城したか…と思ったが、いやいやいや…休日かと思い直した。因(ちな)みに伏見城の守将は鳥居元忠である。
 こうはしていられない…と海山は、なぜか思えた。別に急ぎの用があった訳ではない。ただ、取って返さねば…と、さも徳川勢のように潜在意識が思わせたのだ。海山は砂浜に脱いでいたサンダルを履くと駐車場の車めざして駆けだした。
 車が小さく見えたそのとき、海山の周(まわ)りは暗闇に閉ざされ、次の瞬間、海山は鎧兜(よろいかぶと)に身を包んでいた。傍(かたわら)には近従の武者が指示を待っている風だった。
「殿、いかがなされます?」
「そろそろ急がずばなるまいのう…」
 海山はなんの違和感もなく時代言葉を使っていた。そのときである。一人の武者が走り込んで平伏(ひれふ)し、海山に侍(はぺ)った。
「申し上げます。一昨日、岐阜城陥落の由(よし)。戦(いくさ)目付の本多忠勝殿より注進がござりました。先陣を承(うけたまわ)りしは、水の手合山道より池田輝政殿!」
「おおっ! 岐阜城が落ちたかっ! それは兆条(ちょうじょう)!」
 兆条ならよかったのだが、怖(こわ)いことに海山は熱中症で魘(うな)され生死をさ迷い、過ぎた日の中にいた。もちろん、海山の意識が戻(もど)る直前、関ヶ原の戦いは徳川方が勝利した。小早川勢の解熱剤が勝敗、いや、生死を分けたのである。

                           完

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2016年12月13日 (火)

怪奇ユーモア百選 66] 夢の宴(うたげ)

 いや、たまにはこうして同窓生と破目を外(はず)すのもいいものだ…と、今年で古希を迎えた毛皮(けがわ)は思った。正直なところ毛皮はこの手の集まりが苦手(にがて)で、今まで一度も同窓会へ出たことがなかったのだ。それが、行ってみよう…と思ったのには理由がある。古希になったという、心中に何か今までとは違う人間にでもなったような気分が芽生(めば)えたからだった。
「おう! …皮剥(かわはぎ)だったな、確か…」
「毛皮か…。昔と変わらんな!」
「ははは…そういうお前も変わらんぞ」
 こんな話を出席者十数人と繰り返すうちに、賑(にぎ)やかな酒宴となった。酒もある程度回り、カラオケも歌われるようになる頃、毛皮はふと、ある一つのことに気づいた。出席者全員が年老いていないのである。というより、まったくあの頃と同じように思えた。初めは、ははは…そんなことはない! 酒のせいだ…と毛皮は思ったが、時間が進むにしたがってその小さな疑問は大きくなっていった。さらによくメンバーを見れば、酒が回って酔っているのは自分だけで、あとの者はまったく酔っていなかったのである。そんな馬鹿なことはない! 目の錯覚だっ! と杯(さかずき)の冷えた酒をグビリと喉(のど)へ通し、毛皮は勢いをつけて言った。
「よしっ! 俺も歌うぞっ! ♪○○○♪だっ! 寒着(さむぎ)」
 それまで笑いながら選曲入れをしていたカラオケ係の寒着の顔が一瞬、凍ったように冷えた。見れば、他の同窓生達の顔も冷えている。
「♪○○○♪だよ、あるだろ?」
 寒着の返答はなかった。
「…ないなら、いいぞ」
 ないのか…しかし怪(おか)しいぞ? と毛皮が気づいたのは、それから5分後だった。そういえば皆、あの頃の曲ばかり歌っている…と。それでも時は流れ、会は何ごともなく無事終わった。帰りの地下鉄に揺られながら、毛皮は全員が若かった理由を考えた。結局、疑問はうやむやになり、それから3日が流れた。
「えっ! そんな馬鹿な! 皮剥さんにお出会いしたのは3日前ですよ」
『いえ、主人は2年前に亡くなっております』
 写した写真を送るため、住所を確認しようと電話を入れると、皮剥の妻は毛皮にそう話した。そんな馬鹿な…と思ったとき、毛皮の意識は遠退(とおの)いていった。
 気づけば、毛皮は仏壇の前で眠っていた。お盆で木魚を叩(たた)いていて眠くなったようだ。同窓会は明日だった。夢を思い返せば、出席したメンバーは全員、逝(い)っていた。なんだ…全員、夢で逢いに来たのか…と毛皮は思いながら仏間を出た。仏壇の隅に♪○○○♪のCDが置いてあったことを毛皮は知らない。

                           

 ※ ♪○○○♪は個人差があります。^^ お好きな曲をどうぞ。

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2016年12月12日 (月)

怪奇ユーモア百選 65] 賑(にぎ)わう街

 山岩が住む村から2Kmばかり離れた所にある小坂町の商店街は、ここ最近、めっきり客足が落ち、廃墟(はいきょ)のような様相(ようそう)を呈(てい)していた。とくに夜の有りさまは深刻で、陰鬱(いんうつ)この上ない不気味(ぶきみ)さを醸(かも)し出していた。先だって山岩が必要品を買いに出たとき、すでにその品を売っていた店はシャッターを下ろし、店はやっていなかった。通りを通る人もまばらどころか、ほぼ皆無(かいむ)で、昼間でよかったぞ…と山岩を思わせたくらいだった。
 そんなある日の夜、山岩は仕事の都合で夜遅くなり、車で帰路を急いでいた。辺(あた)りは漆黒(しっこく)の闇でヘッドライトに照らされた前方以外、何も見えない。残暑はまだ残っていて、夜だったが嫌な汗が身体に纏(まと)わりついていた。そんな中、しばらく車を走らせていると、あの廃墟の記憶がある小坂町の商店街が近づいてきた。陰気でひっそりしてるんだろうな…と山岩が思っていると、不思議なことに商店街には灯(あか)りが輝き、賑(にぎ)やかな人の気配がするではないか。山岩は訝(いぶか)しく思いながら、とりあえず近くの畔道(あぜみち)に車を停(と)め、降りることにした。車を閉じ、商店街に近づくと、やはりごった返す人の気配がした。だが、灯りが灯(とも)っているだけで人の姿はない。なのに、街路に人が通り過ぎる音や会話する音がはっきりと山岩の耳に聞こえるのだった。山岩は少し怖(こわ)くなった。君子、危うきに近寄らず、だな…と、山岩は車へ小走りに走り、エンジンを静かに始動した。
 なんのことはない。商店街は映画の撮影で使われ、スタッフや出演者全員は、商店街で僅(わず)かに一軒残っている店の中へ撤収(てっしゅう)して休憩中だったのである。
 その次の日、山岩は小坂の商店街で幽霊を見たぞ・・と法螺(ほら)を吹き始めた。幽霊が出るという噂(うわさ)は村ですぐに広まった。噂は映画が封切られ、すぐ消えた。理由はお分かりだろう。
 現在、山岩は村で小さくなって生きているという。

                            完

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2016年12月11日 (日)

怪奇ユーモア百選 64] 幻影(げんえい)

 ムッとする暑気が去り、これでようやく…と、検察官の長谷(はせ)正也は安息の溜息(ためいき)を漏(も)らした。だが世の中、そうは単純に出来てはいない。問屋はそう簡単には卸(おろ)してくれないのだ。その後も残暑は容赦(ようしゃ)なく長谷を攻(せ)めたてた。暑気には滅法弱い長谷にとっては、被疑者を取り調べているより自分が取り調べられているような心境になる夏の酷暑だった。
「長谷さん、どうされました?」
 ウトウトして長谷の身体がデスクへ崩れそうになったとき、検察事務官の藤谷美玖が声を大にして呼んだ。その声に長谷はハッ! と目を見開いた。
「んっ? そんな訳がない…」
 なにがそんな訳がないのよ? という女性特有の表情で、美玖は黒ぶちの美人眼鏡を手指で正し、長谷を窺(うかが)った。だが、長谷には訳があった。ウトウトとしたとき、僅(わず)か数分の間に長谷は見るはずがない幻影(げんえい)を見たのである。美玖が座るデスクの上に、昔、童話で読んだ小柄(こがら)な座敷わらしのような童(わらべ)が胡坐(あぐら)をかいて座っていたのだ。美玖は童にまったく気づく様子もなく、机上の書類に目を通している。それが長谷には不思議でならなかった。声を出そうとするのだが、幻影のせいか声が出ない。そして、そのまま数分が過ぎ、美玖が声を大にして長谷を呼んだという訳だ。
「疲れてらっしゃるんじゃないですか? よろしければ、お昼、ご一緒にどうです? いい店ありますよ」
 快活な声で美玖は長谷を誘った。藤谷が私を誘った…見た幻影の童よりそのことの方が長谷には有り得ない幻影に思えた。
「ああ、いいね。じゃあ、そうさせてもらうかっ!」
 昼どきになり、二人が検察官室から出たとき、童は長谷の椅子に座りながら、指でVサインを作ってニヤリと笑った。

                             完

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2016年12月10日 (土)

怪奇ユーモア百選 63] 主張

 朝から、天界はややこしいことになっていた。
『あんたねっ! いつまで居座るつもりなんです?』
『ははは…馬鹿を言っちゃいけない。だいたい今の時代、相場は9月中頃まで・・としたものだっ!』
 えらい勢いで熱風をフゥ~~っと吐いたのは夏の太平洋高気圧である。
『なに言ってるんです。それじゃ、お彼岸になっちまうじゃないですかっ!』
 秋の移動性高気圧も負けてはいない。次第に鼻息を荒くして心地よい風を、ソヨソヨ…と強めに吹かせた。ついに両者の間に秋雨前線が発生し、関係に溝(みぞ)が出来てしまった。
『まあまあ、おふた方とも…。そう意固地(いこじ)にならないで、あの雲の下を歩いている人に決めていただく・・というのはどうでしょう?』
 発生したばかりの秋雨前線が対峙(たいじ)する二つの高気圧に割って入った。
『どの人?』『どの人です?』
 両者は同時に言葉を発した。
『あそこを歩いておられる方です…』
『ああ、風変わりなあの方…。まあ、いいですがね…』
『私も異存(いぞん)などないですよ』
 二つの高気圧は了解しながら下界を見下ろした。下界の通りを偶然、歩いていたのは堀川である。堀川にすれば、まさか天界でそんな勝手な話が纏(まと)まっていようとは露(つゆ)ほども知らなかった。それは当然で、こんな話が成立すれば、地球科学を否定した怪談である。
「明日は雨だな…。それにしても、まだ暑い」
 ブツブツ言いながら堀川は通りを歩いていた。いつもこの道路沿いにある神社へお参りして家へ帰るのが堀川の散歩コースになっていた。犬を連れず、山羊(やぎ)をつれて散歩するというのが堀川の少し変わった日課だった。それが天界の目に止まったのかも知れない。
『あの、すみません!』
 俄(にわ)かに天から声が降れば、誰もが驚くだろう。堀川も例外ではなかった。ギクリ! として、誰だっ! とばかりに空を見上げた。空は晴れ渡り、西空を覆(おお)い始めた前線の雲以外、なにも存在しない。堀川は空耳(そらみみ)か…と思った。そして、立ち止った足をまた動かせ始めた。
『あの、すみません!』
 ふたたび、天空から声がした。んっなっ! と、降る声を無視して堀川は歩き続けた。
『今が夏か秋か、決めてもらえませんかっ!?』
 今度は少し大きめの声がした。
「どっちでもいいっ!!」
 少し怒れた堀川は、空に向かって叫んでいた。辺(あた)りを歩く人とリードに繋(つな)がれた山羊が、怪訝(けげん)な顔つきで堀川を見た。

                            完

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2016年12月 9日 (金)

怪奇ユーモア百選 62] チラつく星

 そろそろ秋か…と田上は思った。日没が早まり、すでに空には星が瞬(またた)いている。半月ばかり前は昼の明るさだった。そう思えば、田上に日没の早まりをはっきりと感じさせるのだった。同じ時間に家を出ていつもジョギングで通る道だったから特にそう感じられるということもあった。
 田上が歩みを止めひと息ついたとき、夕空に輝き始めた星の一つが一瞬、輝いたように思えた。まあ、そういうことはよくあると田上は深く考えなかった。さてと…と、田上がふたたび歩み出したときだった。チカッ! とまた煌(きら)めいた。このとき田上は初めて、おやっ? と思った。偶然にしろ、動き始めた瞬間と同時に、それも二度ともチカッ! としたからだ。田上は止めた足を、また動かし始めた。すると、またチカッ! と瞬いた。そんな馬鹿な! と田上は自分の目を疑(うたが)ったが、その後も動けばその動きに合わせるかのようにチカッ! とくる。これは…と田上は巡った。UFOがコンタクトを? いや、そんなSFまがいなことは有り得ない。だとすれば…。田上は背筋が寒くなった。辺(あた)りも暗闇に閉ざされようとしていた。ジョギング相場ではないと判断した田上は家へ向け一目散に駆けだした。
 なんのことはない。チカッ! としたのは工事ビルの夜間照明灯だった。点(つ)けたり消したりしていたのは、田上の隣に住む鏡という男である。鉄骨現場で照明担当の鏡は田上がいつもこの道を通ることを知っていて、挨拶のつもりで合図を送っていたのだ。
「なんだよ…変な人だ」
 駆け出した田上を遠目で見下ろす鏡のひと言である

                            完

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2016年12月 8日 (木)

怪奇ユーモア百選 61] 老いらくの恋

 大崎は汗を拭(ふ)きながら、この日も公園の木影にあるいつものベンチで待っていた。雨の日も風の日も、そして雪の日も大崎は待ち続けた。大崎がこのベンチで待っている理由・・それは! それは、この話を聞けば分かるだろう。
 話は2年前に遡(さかのぼ)る。
 その日も蝉しぐれが喧(やかま)しい暑い昼前だった。女性と大崎は公園で偶然、ベンチに隣り合わせた。大崎にとってその女性は一面識もなかった。初め大崎は新しく近所に越してきた人か? と思った。それにしても妙だ。若い美人がこの日中、ベンチに座っている訳がない…と。どこか怪談めいていた。だが、女性は美人で若かった。老いた大崎は年甲斐もなくその女性に一目惚れをした。しばらく、沈黙が続いた。すると、その女性が大崎に声をかけてきた。その声は小声で弱く、大崎には不気味(ぶきみ)に聞こえた。
「あのう…」
「はい、なにか?」
「この辺りにピーマンの形(かたち)をした財布は落ちてなかったでしょうか?」
「はあ?」
 ピーマンの形をした財布? 大崎は唐突(とうとつ)な女性の言葉に面喰(めんく)らった。
「財布です…」
「さあ…。私も先ほど来たとこですから…。落ちていればお届けしましょう」
「そうですか…。どうも」
 女性はそのままベンチを立つと歩き去った。
「しまった!」
 大崎はその女性の連絡先を訊(たず)ねるのを忘れていた。すでに女性の姿はなく、時すでに遅(おそ)かった。
 翌日、ピーマンの形をした財布を大崎は拾(ひろ)った。財布は座っているベンチの下にあった。その日から大崎の公園で待つ日が始まった。財布を届けたい一心なのか、老いらくの恋で女性に会いたい一心なのか・・それは大崎本人に訊(き)いてみないと、私にも分からない。

                             完

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2016年12月 7日 (水)

怪奇ユーモア百選 60] 鳥肌(とりはだ)

 ゾォ~っとすれば鳥肌(とりはだ)が立つ。職場で鳥肌名人の異名(いめい)を持つ串場(くしば)は、極端な異常体質だった。彼は鳥アレルギーで、鳥に関係したものを見ると、ゾォ~っとして尋常ではない鳥肌を立てた。鳥肌だけならまだしも、串場の場合は震えて痙攣(けいれん)を起こし、失神してしまう体質だった。先天的なものらしく、串場にはどうしようもなかった。
 鳥肌は寒(さむ)イボとも呼ばれ、体表の毛穴の立毛筋が委縮して出来るらしい・・とは、串場が鳥に敏感に反応する自分の異常体質を改善できないものか…と調べたデータによる。
「串場さん、今度、合コンがあるんだけど、どう?」
 同じ課のOL、沙弥が串場を誘った。
「いや、迷惑をかけるといけないから…」
 串場としては参加したかったが、予期せぬ事態で失神騒ぎにでもなれば沙弥に迷惑がかかると考えたのだ。
「大丈夫よ。私がいるじゃない!」
 一週間後、串場は、とある店の席へ座り、男女4対4の合コンに参加していた。ジョッキの生ビールが出て乾杯となり、いろいろと料理が出て合コンは大層(たいそう)盛り上がった。
だが、最後にメンバーの一人が個人オーダーした焼き鳥がいけなかった。串場は焼き鳥を見ただけで俄(にわ)かに震えだした。沙弥は必死に介抱(かいほう)したが、ついに串場は痙攣を起こし、失神してしまった。合コンはお開きとなり、串場は病院へと緊急搬送された。
 気づいたとき、串場は病室のベッドに横たわっていた。
「もう、大丈夫ですよ…」
 女性看護師が入室し、やさしそうに声をかけた。串場はその看護師の顔を見た途端、また失神した。見るからに太めのニワトリが立っていた。

                           完

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2016年12月 6日 (火)

怪奇ユーモア百選 59] 針山(はりやま)

 真夏である。こんな暑い昼に汗が絡(から)んで破れたワイシャツの綻(ほころ)びを修理しようとしている俺っていったいなんなんだ…と自問自答しながら、弁護士の川林(かわばやし)護(まもる)は破れたワイシャツを針と糸で繕(つくろ)おうとしていた。家の外では相変わらず蝉(せみ)しぐれがやかましかった。仕事で出張した結果が、このざまだ! 川林は縦に小さく裂(さ)けたワイシャツを見ながら愚痴(ぐち)ともつかぬ溜息(ためいき)を一つ吐(は)いた。アレコレ思っていても埒(らち)が明かない…と針山(はりやま)に刺された何本かの針の一本を手にし、穴に糸を通そうとした。そのとき、信じられないような不自然な現象が起きた。針山が震えだしたのである。川林は地震か? と初めは思った。だが、和室の畳(たたみ)や棚(たな)、障子(しょうじ)に異変はないし揺れてはいない。当然、川林も揺れを感じていなかった。それなのに針山はカタカタカタ…と揺れている。川林は少し怖(こわ)くなった。こんな超常現象は現代科学では説明できないし、起きるはずもないのだ。それが現に川林の目の前で起きていた。針山の周囲は揺れていないか? と川林は確認した。針山を置いている長椅子に異変はない。針山だけが勝手に動いているのだ。有り得ないあり得ない…と、川林は目の前の映像を否定した。俺は疲れているんだ…と、糸の通った針を長椅子に置くと、川林は畳の上で大の字になり、目を瞑(つむ)った。その後の記憶は川林にはない。
 気づけば、まだ明るかったが夕方の6時過ぎになっていた。川林は畳上で眠っていた半身を起こした。針山の振動は止まっていた。こういうこともあるのか…と、川林は不可解な今日の出来事を思い返した。だが、こういうことはなかった。それが判明したのは夜の食事時である。
「どう? 俺の電磁誘導装置の磁力は?」
 弟の大学生、光司が食べながら川林に訊(たず)ねた。なんのことだ? と川林は訝(いぶか)しく思った。そんな虚ろな顔の川林に光司が加えて言った。
「下、揺れてたろ? 針山」
「なんだ! また、お前かっ!」
 訳が分かった川林は怒り口調で返した。時折り機械マニアの光司は、この手で川林を困らせていた。話は案外、科学的に解決した。
 だが、針山が装置の力ではなく、自然に震えていたことを二人は知らない。その頃、先に食事を済ませ居間に座った父親の浩一は、チクリチクリと母親の美里に針のような嫌味で刺されていた。

                           完

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2016年12月 5日 (月)

怪奇ユーモア百選 58] 消えた山葵(わさび)

 暑い昼どきの日本家屋である。裁判官の春日(かすが)は久しぶりにとれた休暇で妻の美希と故郷へ帰省していた。蝉がミ~ンミンミンミン…と喧(やかま)しく鳴く中、春日は鄙(ひな)びた縁側廊下に腰を下ろし、冷えたザル蕎麦(そば)をスルスル…と口へ運んだ。少し前に打ち水をしたせいか、熱気は随分と和(やわ)らぎ、幾らか冷風さえも頬を撫(な)でる。麺つゆも申し分ない味で、トッピングで入れた刻(きざ)み葱(ねぎ)も新鮮で文句がない。なんといっても畑で今朝、収穫したものだから、それも当然だった。ここに山葵(わさび)でもあれば…と春日が思ったとき、ないはずの山葵が一本、廊下に現れた。そんな馬鹿な話はない! とニタリと笑えたが、もう一度、見た廊下には確かにないはずの山葵が一本、横たわっていた。市販のチューブなら買い置きが冷蔵庫に入っていたから、誰ぞ家の者が…と思えるのだが、モノは生山葵である。擦(す)り下ろす根の部分だけで、さすがに茎(くき)や葉はなかったものの、本物の山葵であることに変わりがなかった。春日が不思議なのは、廊下板の上に置かれている・・という事実だった。誰も置くはずがない…と思う以前に、座ったとき廊下には何も置かれていなかった・・という残像が春日の脳裡にあった。忽然(こつぜん)と現われる訳がない以上、誰が置いたのか? という推測は否定される。この発想は司法的な発想によるものだ。だが、よ~く考えれば、どうでもいい話ではある。自分は山葵が麺つゆに入っていれば、より一層、味わい深く蕎麦を食べられるのだが…と思ったに過ぎない。そこへ、この山葵だ。春日は廊下板に置かれたその一本の山葵を手にしてみた。やはり本物の山葵だった。ザル蕎麦はまだ半分以上、残っている。こうして本物の山葵がある以上、擦り下ろして食べない手はない…と春日は台所へ下ろし金(がね)を取りに行こうと立った。そのとき目眩(めまい)がし、春日の意識は遠退(とおの)いた。
 気づけば、春日は縁側前の居間で昼寝をしていた。ふと、廊下を見ると、一本の山葵が・・ということはなく、辛口(からくち)の美希が立っていた。

                            完

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2016年12月 4日 (日)

怪奇ユーモア百選 57] 計算づく

 垣内は、居間で相手会社と折衝(せっしょう)する明日の対応を、いろいろと算段していた。
━ 相手会社は恐らくコウ言うだろう…。とすれば、その裏をかいてアア言うか。いや、アア言うことを、もはや相手は読み切っているということも考えられる。なら、アア言うのは危険だ。やはりナニと言うしかないか。いやいや、ナニと言うのは返って相手に口実を与えることになる…。では? ━
 とりとめもなく考えると、すでに猛暑が復活する時間になっていた。正確には残暑なのだが、これがどうしてどうして、なかなか侮(あなど)れない。先だっても、友人が熱中症で畑で倒れ、病院へ担(かつ)ぎ込まれたという話題が町内で飛び交ったくらいだ。だからこの時間からは出られない。それもこれも、計算づくで考えたせいだ。計算づくは時間がかかり過ぎる…と垣内はすっかりやる気を失った。
 もう昼が近かった。垣内は素麺(そうめん)を湯がくことにした。冷やした素麺は冷やつゆでスルスルっと食べると美味(うま)いが、計算づくの算段はちっとも美味くない…と訳が分からないことで腹が立つ垣内だった。しばらくして、氷水で冷やされた素麺はすべて垣内の体内へ収納された。出たとこ勝負にするか…と、腹が満ちたこともあり、少し計算づくが馬鹿らしくなった垣内は、鷹揚(おうよう)に構(かま)えることにした。
 次の日である。
「あの…垣内ですが…」
 垣内は計算づくで対応を考えた相手会社を訪ねていた。
「…はあ、やはりこの価格になりますか?」
 垣内は意味深に確認した。価格を下げよ! と言っている訳ではなかった。
「はあ、まあ…」
 相手会社の係員も計算づくで、返答を暈(ぼか)した。
「どうしても、ですか…」
「はあ、どうしてもです…」
 二人は見積書を広げたまま、対峙(たいじ)し、数時間が過ぎた。両者の額(ひたい)に汗が滲(にじ)んだ。夕闇が辺(あた)りを覆(おお)い始めた。怖(こわ)いことに、
計算づくは時間がかかるのだった。 

                             完

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2016年12月 3日 (土)

怪奇ユーモア百選 56] 箒星(ほうきぼし)

 とてもじゃないが寝られん…と、音(ね)を上げた歯黒は、蒸(む)し蒸しする家の裏庭へ団扇(うちわ)片手に飛び出ると、パタパタとやった。残暑だからと軽く見たのが甘かったな…と空を見たとき一瞬、ピカッ! と光り、箒星(ほうきぼし)が流れた。ほう、流れ星か…と歯黒が思ったとき、同じようにピカッ! とまた流れた。それも最初に流れた箒星と同じ位置である。歯黒は珍しい偶然だな…とは思ったが、そのときはそう深く考えなかった。近所から木魚と鉦(かね)を叩(たた)く音が聞こえてきた。ああ、そういや、今日はお盆だったな…と歯黒は気づいた。宗教行事には疎(うと)い歯黒だったが、大よその日本的知識は知っていた。さて、クーラーも効いた頃だろう・・と歯黒は家の中へ入ろうとした。だが、どうも先ほどの箒星が気がかりになり、また同じ方角の空を見た。すると、次々に流れる箒星の光が歯黒の目に飛び込んでくるではないか。そんな馬鹿な! 流星群か? と思えたが、ニュースでそんなことは言ってなかったぞ? と奇妙さにすぐ気づいた。
 家の中へ入った歯黒は、さっそくネットで検索してみたが、流星群のことなど露ほども出ていなかった。怪(おか)しい? と歯黒は首を捻(ひね)りながら、もう一度、ガラス戸に映る夜空を眺(なが)めた。同じ方角に相変わらず箒星は次々と流れ続けていた。が、よく見ると、それは箒星に似た巨大な人魂(ひとだま)だった。あの世からご先祖さまがUFOで帰って来られたのか? と歯黒は心霊現象と科学を融合(ゆうごう)して考えてみた。超常現象や怪奇現象は信じない歯黒だったが、目の前に映る常識外の光景に、少し神秘的な恐怖を感じた。
 のちのち分かったことだが、その光は気球大会で飛び立った気球の光の乱舞だった。歯黒は自分を、つくづくお馬鹿な男だと自覚した。

                            完

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2016年12月 2日 (金)

怪奇ユーモア百選 55] 揺らめく川

 木葉(こば)は猛暑の夏のある日、川の河原で水に両足首を浸(つ)け安らいでいた。日射(ひざ)しは厳(きび)しかったが、足元は流れるせせらぎが冷(ひ)やしてくれたから、ほぼ満足できた。しばらくすると、日々の疲れがどっと出て、木葉は俄(にわ)かに眠くなった。
 それからどれくらい経(た)ったのかは分からない。木葉は身体(からだ)が前のめりに崩れそうになり、目覚めた。どうも十数分、微睡(まどろ)んだように思えた。そのとき木葉は辺(あた)りの光景に我が目を疑(うたぐ)った。川がまるで生きているかのようにユラユラと揺らめいていた。木葉は目がしらを幾度となく擦(こす)ったが、目に映る光景は変わらず、川はユラユラと波打って揺らめいている。木葉はゾクッ! と寒気(さけむ)を覚えた。それは浸けた足冷えのせいではなく、怖(おそ)ろしさによるものだった。木葉は腰を上げて立つと、岸辺までゴツゴツした石の上を走っていた。岸辺を上がりサンダルを履(は)き、木葉はもう一度川を見た。だが川はやはり揺らめいていた。これはもう尋常ではないぞ! と木葉は思った。地震の前兆か、はたまた天変地異か? 科学の常識として木葉に浮かぶのはその程度だった。そのとき、木葉は意識が遠退(とおの)くのを感じた。
 気づけば、木葉は病室のベッドに寝ていた。
「意識が戻られましたね、もう大丈夫ですよ。熱中症です…」
 美人看護師がニッコリと微笑(ほほえ)んで枕元に立っていた。木葉の心は美人看護師にユラユラと波打って揺らめいた。

                           完

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2016年12月 1日 (木)

怪奇ユーモア百選 54] わっさわっさ

 世の中には不思議なこともあるものだ。夏の終わりが近づいたことを告げる夕立ちが幾度となく降り続くようになったある日曜の朝、尾山は玄関で靴を磨(みが)いていた。明日の勤めに備えてだが、最近磨いてなかったことを、ふと起きがけに思い出したのだ。思ったことはすぐにやらないと気が済まない性分(しょうぶん)の尾山だったから、磨き出した・・という訳だ。
「あら? 早いわね…何してるの?」
 妻の智香(ちか)が台所から現れ、訊(たず)ねた。
「見てのとおりさ」
「ふ~ん…」
 素(そ)っ気(け)なく智香は台所へUターンした。十年も経(た)てばこんなものか…と、尾山は新婚時代の蜜月を思い出し、ふ~う…と深い溜息(ためいき)を一つ吐(は)いた。そのときである。尾山は持った片方の靴が幾らか重くなったように感じた。おやっ? と思った尾山はブラシを置くと、片手を靴の中へ入れてみた。すると、何か手ごたえがある。尾山はその手ごたえを指で掴(つか)むと出してみた。見るとピカピカと黄金(こがね)色に輝くズッシリと重い小さな金塊(きんかい)だった。んっな馬鹿な! と尾山はジィ~っとその金塊を見続けた。やはり、金塊のようだった。手にした靴は、まだ重い。尾山は金塊を上がり框(かまち)へ置くと、また手を靴の中へ入れた。そして出すとまた金塊が現れた。そしてまた…。このくり返しが続き、わっさわっさと金塊が湯水のごとく現れたのである。尾山は夢だ! と思え、怖(こわ)くなった。
「お~~い! 智香!」
 尾山は大声を出していた。
「なに?!」
 怒り口調で智香がまた現れた。
「これ…」
「えっ? 靴がどうかしたの?」
 わっさわっさと湧(わ)いた金塊は消え、靴は軽くなっていた。
「いや、なんでもない…」
 旋毛(つむじ)を曲げ、智香はふたたび台所へUターンした。
「ははは…そんな馬鹿なことはないよな!」
 靴箱へ磨き道具と靴を入れ、尾山は框を上がり台所へ入った。台所ではわっさわっさと五人の子供が賑(にぎ)やかに朝食を食べていた。尾山はこれでいい…と思った。

                           完

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