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2017年1月

2017年1月31日 (火)

サスペンス・ユーモア短編集-15- 雨の夜

 雨の夜、一人の男が忽然(こつぜん)と消えた。その男は三日後、とある川の岸辺で水死体で発見された。残されていた免許証から、その男の名は梅干(うめぼし)塩味(しおみ)と判明した。梅干は殺されたのか? いや、そうではなく単なる事故死なのか? いやいやいや…そうでもなく自身による自殺なのか? 署内の捜査一課は意見が割れ、騒然としていた。
「まあ、いいさ…」
 警部の紫蘇塚(しそづか)は眠そうな目を擦(こす)りながら欠伸(あくび)をし、さもどうでもいいように言った。それもそのはずで、紫蘇塚は明日で定年退職する身だったから発想が甘くなっていた。内心では、この一件さえなければ、皆に笑顔の祝福を受け、薔薇(ばら)色の気分で…と思え、描いていた筋書きが泡と消えたことにガックリしていたのだ。その潜在意識が、さもどうでもいいような投げ槍な言葉になった訳だ。
「課長…」
 係長の鍬形(くわがた)は、そんないい加減な…と思ったが、そこまでは言わず、虫のように小さくなり、思うに留(とど)めた。鍬形は本庁派遣の制服組で、何も起こさなければ、この四月に異動でポストを上げ、無事に帰還(きかん)できることが目に見えていたから、したたかで狡猾(こうかつ)だった。手柄(てがら)を上げれば、さらに上のポストを狙え(ねら)えることも彼は知っていた。
 翌朝、新しい課長、甲(かぶと)が捜査一課に配属された。彼は叩(たた)き上げの生え抜きで、現場の事情は熟知(じゅくち)していた。甲×鍬形の虫コンビの仲は誰の目にも上手(うま)くいくようには見えなかった。事実、甲は鍬形を無視し、直接現場の刑事へ指示を出した。ちょうど、木の幹(みき)で蜜(みつ)を吸っていたクワガタが、やって来たカブト虫の角(つの)でポトリ! と地上へ振り落とされた格好だ。事件は鑑識と科捜研の緻密(ちみつ)な捜査の結果、梅干が昆虫採集をやっている途中で足を滑らせ、坂から転落したことが濃厚となった。事件はあっけなく終結した。
「だから、言ったろう。『まあ、いいさ…』って」
 退職後、のんびりと差し入れを持って現れた紫蘇塚は、部下を見回して笑った。だが事実は違っていた。梅干は妄想に苛(さいな)まれ、雨の夜にもかかわらず昆虫採集に出かけたのだ。そして現場で自分が虫にでもなった気分で両腕をパタパタと羽ばたかせ家へ帰ろうとした。その結果、坂を転落したのだった。その事実は本人以外、誰も知らない。

                        完

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2017年1月30日 (月)

サスペンス・ユーモア短編集-14- 疲れても…

 すでに定年近くなった刑事の盛岡正は犯人を追っていた。それも数十年という長い期間である。そして今も追っていた。盛岡はこのお札の神社で聞き込んだが、どうも偽(にせ)のお札らしかった。追っている相手は捜査本部が開かれるほどの重大事件ではないただの窃盗犯である。だが、盛岡は追っていた。手がかりとなるのは犯人が落としていった一枚のお札(ふだ)だった。今の事件捜査をしているときも、必ず最後にその窃盗犯が落としたお札を見せて訊(たず)ねた。
「そうですか…どうも。あっ! それから、このお札、見たことありませんかね?」
 盛岡は背広の内ポケットから、お札を撮った写真を見せた。
「さあ…? 見ませんね」
 訊かれた店の主人は軽く否定した。
「いや、どうも…」
 そう言われては仕方がない。まあ、盛岡も余りアテにはしていなかった。なんといっても追っているのは数十年だ。奇跡でも起こらなければ恐らく無理だろう…と思っていた。盛岡はすっかり疲れていた。身体だけではない。心身ともに疲れ果てていた。それでも盛岡は探し続けていた。その理由は・・。盗られたのは盛岡が大事にしていた宝箱だった。その箱は子供の頃からだいじにしている箱だった。中にはガラスの色つきビー玉やメンコ、コマなどが入っていた。そんなものを盗る窃盗犯などいないのだが、生憎(あいにく)、その箱を手提げ金庫へ入れておいたのがいけなかった。犯人はそれを盗っていったのだ。刑事が自宅に窃盗犯に入られた・・などとは口が裂けても言えない。だから、盗難届けは出ていなかった。そうなれば、盛岡には窃盗犯だが、勤める警察は一切関知せず、事件になっていない事件なのである。だからよけい盛岡は疲れていた。それでもその箱を取り返さねば…と盛岡は思っていた。たとえ、定年になろうと疲れても…と、盛岡の決意は固かった。
 余談ながら読者の方だけに、その箱の在処(ありか)を教えておこう。実は、犯人はその金庫の中の箱を開け、なにか感じるものがあったのだろう。密(ひそ)かにその金庫を盛岡の家へ返しに来たのだった。ただ、その置き去った場所が庭石の下で死角となっていた。だから当然、盛岡はその場所を知らず、疲れても…探し続けているのである。

                            完

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2017年1月29日 (日)

サスペンス・ユーモア短編集-13- 闇の狩人(かりうど)

 警視庁・捜査1課の元刑事だった久松は退職後、悠々自適(ゆうゆうじてき)の生活を送っていた。なんといっても、捜査が絡(から)む不規則な生活から抜け出したことが久松にとっては大きかった。そんな久松が、朝遅く冷蔵庫を開け、おやっ? と思った。ブランチ[朝食と昼食を兼ねた食事]の惣菜にと冷蔵庫の中へ入れておいた刺し身パックと丹精込めて調理した楽しみのムツ[メロ]の味噌焼きが消えていたのである。これは偉(えら)い事件が起きたぞっ! と、長年の刑事癖が出たのか、久松はそう思った。まずは状況把握、そして聞き込みである。ここはまず落ちつこう…と久松はキッチン椅子へ腰を下ろすことにした。座ったあと、はて? と、考えれば、家族の者は出払っていないことがまず頭ら浮かんだ。妻の美土里と娘の愛那は観劇に出かけていた。状況を思い返せば、昨夜は…そうだ! 冷蔵庫を開けたあとスーパーで買った刺し身パックを冷蔵庫へ入れた…という記憶はあった。だが、あのときは…冷蔵庫のドアをなにげなく開けただけで中を確認せずすぐ閉じたことを久松は思い出した。当然、味噌漬けがあったかまでは分からない。ただ、あのとき刺し身バックはあったのだ。それははっきりしていた。それが今、消えている。妻も娘の愛那にもアリバイが無いといえば無かった。消えたのは刺し身パックを入れた夕方から今朝までの間である。夜分の犯行であることは分かりきっていた。闇の狩人(かりうど)は誰だ! 久松は益々、色めきたった。
 美土里と愛那が帰ってきたのは夕方近くだった。
「ただいまっ!」
「ただいま! じゃないだろ。冷蔵庫に入れておいた刺し身はっ!」
「ああ、アレ。アレは朝、私が食べたわよ。消費期限が過ぎてたし…」
 美土里は買ってきた服の買い物袋を重そうに下ろしながら言った。消費期限の云々(うんぬん)は建て前で、美味(おい)しそうだったから食べちゃった! が本音だった。
「なんだ、お前か…」
 久松は、まあ仕方ないか…と思いながら続けた。
「じゃあ、味噌漬けは?」
「ああ、アレは私よ。和食もけっこういけるわね。温かい御飯に合うわよ、アレ」
 アレも食われたかっ! と久松はガックリした。闇の狩人は存在せず、事実はただ家族に先を越されただけだった。久松は今度は金庫に入れて鍵をかけ、冷蔵庫に入れよう…と恨(うら)めしそうに本気で思った。

                            完

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2017年1月28日 (土)

サスペンス・ユーモア短編集-12- 時空盗賊・田崎屋誠兵衛

 田崎誠は時を駆ける時空盗賊である。当然、時空警察の指名手配を受けていた。厄介なのは時代を行き来するため、現れた時代の者達による捕縛(ほばく)はまったくといっていいほど無理な点にあった。要は、時空警察による直接逮捕以外、手出しが出来なかったのである。田崎を捕らえようと時空警察の警部、堀田は必死になっていた。彼は部下の崎山警部補を手助けとして今日も捜査していた。
「潜伏している時代はココしかないですね…」
「他の時代にはすでに存在しないと本部から連絡があったからな」
 堀田は手の平に映し出したタイム・マップ[時空地図]を見ながら崎山へ返した。
「この時代は…。そうだ! 確か過去に一度、ヤツが現れてます!」
 崎山は堀田の手の平に映るタイム・マップを見ながら言った。
「そうだったか?」
「ええ、田崎屋誠兵衛として…」
「ああ、そうだったな…。火付け盗賊改め方が取り逃がした一件だ」
「お頭(かしら)を取り逃がし、長谷川さん、顔を赤くしてお冠(かんむり)でしたね」
「ははは…まあ、彼らでは無理だろう。なんといってもヤツは時空盗賊だからな」
「タイム・ワープされれば、おしまいです!」
「まあ、そういうことだ…。さて、時代へ飛ぶか」
「はい!」
 二人がタイム・ワープすると、案の定(じょう)、田崎誠は田崎屋誠兵衛として物腰柔らかく反物(たんもの)を商(あきな)っていた。
「久しぶりだな、田崎!」
 厠(かわや)へ入った田崎に堀田は声を小さくし、やや凄(すご)みのある声で囁(ささや)いた。田崎はギクリ! とし、羽織の袂(たもと)から慌(あわ)ててワープ・ムーブメントを取り出そうとした。
「おっと! そうはいかないぞ」
 その手を押さえたのは崎山だった。
「おとなしく観念しろっ! 田崎」
「田崎屋です…」
 逃げられないと諦(あきら)めた田崎だったが、それでも口では反発した。
「…そうだったな、田崎屋誠兵衛。おとなしく、縛(ばく)につけいっ!」
 堀田は火付け盗賊改め方にでもなった気分で時代風に言い放った。崎山がレザーピーム錠を田崎の両手にはめた。三人が厠から跡形(あとかた)もなく消え去ったのは、その直後だった

                            完

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2017年1月27日 (金)

サスペンス・ユーモア短編集-11- ざわつく風

 いやに今日は風が強いな…と思いながら、刑事の大川は犯人、小舟を潜伏先のアパートの通路で見張っていた。その横で大川付きの若い刑事、浅瀬はさっき買った焼き芋を美味(うま)そうに頬張(ほおば)っている。よくこんなときに食えるな…と腹立たしく思えた大川だったが、まあ、若いから仕方ないか…と、見て見ぬふりを決め込んだ。昨日(きのう)の深夜、小舟がアパートに戻(もど)っていることは、すでに調べがついて分かっていた。あとは取り逃がさず手錠をガチャリとやるだけだった。それが踏み込もうとしたとき、浅瀬が芋を食べだしたから、中断したという訳だ。世の中、一瞬の隙(すき)というのは恐ろしい。その僅(わず)かな間に小舟は裏の窓からアパートのベランダを伝って逃げ出していたのである。
「…もう、いいかっ!」
 大川が浅瀬にそう告げたとき、小舟はすでに向かいの家の屋根に飛び移り逃走していた。
「もう、逃げられんぞ! おとなしく出てこいっ!」
 管理人に前もって借りた合鍵を鍵穴にさし、大川は叫んだが、中から返答はない。慌(あわ)てて大川はドアを開けたが、部屋の中は蛻(もぬけ)の空(から)だった。大川は、しまった! と思った。窓が開いていた。
「おいっ! 外だっ!」
 浅瀬に叫ぶように言うと、大川は部屋を急ぎ出て、通路から鉄製階段を走り下りた。当然、浅瀬も続いた。そのとき、一陣の風がざわつくようにまた強く吹き始めた。どういう訳か犯人の小舟はその風に吹き戻(もど)され、狭い小路を進めないでいた。大川は小路で小舟の後ろ姿をついに捉(とら)えた。だが、大川もどういう訳かざわつく風に一歩も小路を前へ進めなかった。もちろん、浅瀬も同様である。
「待てっ~~小舟! 俺の買ったウナギ弁当をどこへ隠したっ!」
 大川は風に戻されながら叫んだ。
「へへへ・・馬鹿野郎! 腹の中だよぉ~~!」
 小舟も風に戻されながら叫んだ。
「ちきしょ~~~!」
 大川は追うのをやめた途端、ざわつく風に吹き飛ばされた。
「ざまぁ~みろ!」
 小舟も油断して動きを止めた途端、ざわつく風に吹き飛ばされた。 

                           完

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2017年1月26日 (木)

サスペンス・ユーモア短編集-10- そうか…

 三神は風呂上りにテレビドラマを観ていた。長官官房付きでなに不自由なく働くエリート審議官の一人として、将来をほぼ100%約束された三神だったが、局長と課長の間に位置するポストで繰り返されるなおざりな日々に少し煩(わずら)わしさを覚えるようになっていた。
「三神さん、大変です!」
 部下の一人、神輿場(みこしば)が血相変えて審議官室へ入ってきた。
「どうした!」
「ぅぅぅ…日傘(ひがさ)が閉店するらしいです!」
「そうか…えっ! なんだって! あの日傘がっ!」
 日傘はウナギの専門店で三神達の行きつけの店として公私共に重宝(ちょうほう)されていた。ときには職員間の懇親会、またあるときは極秘裏の公務の打ち合わせにと活用されていたのである・・というのは建て前で、実は日傘のウナギ料理は、どれも頬(ほお)が落ちるほど絶品で美味(うま)く、しかも安かったのである。最近の三神にとって、コレを食べるのが唯一の楽しみで生きているといっても過言ではなかった。
「ど、どうしてだっ!」
 三神は怒ったように訊(たず)ねた。
「いや、それが聞いた話で、どうも腑(ふ)に落ちないんですよ」
「そうか…いや、なにがっ?」
「倒れた店主が元気になったのはいいんですがね、急に店をたたむ・・と言い出したそうなんですよ」
「そうか…それは妙だな。なにか裏があるぞっ!」
「どうします?」
「すぐ極秘で調べてくれ…。あの店がないと、いろいろと不都合だっ」
 三神は組織が困ることを暗にいったのだが、その実(じつ)、安くて美味いウナギが食べられなくなるのが困るのだった。
 そして一週間が瞬(またた)く間に過ぎ去った。
「分かりました…」
 神輿場がやや明るい顔で審議官室へ入ってきた。
「どうだった?」
「ははは…私の早とちりでした。店は一端、閉めるそうですが、ナマズ専門店で出直すんだそうです」
「そうか…理由は?」
「天然モノが品薄で対応できないそうでして…。店主の話によれば、味を落としてまでは・・とかだそうです」
「そうか…だが、それは困る。ウナギがナマズじゃいろいろと拙(まず)いからな。引き続き、なんとかならんか調査してくれ…」
 三神は暗に会合に影響が・・とでも言いたげだったが、その実、美味いウナギに未練たっぷりだったのだ。三神は今朝も、そうか…と言いたげに、神輿場の朗報を待ち続けている。

                           完

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2017年1月25日 (水)

サスペンス・ユーモア短編集-9- ツマミ

 珍味(ちんみ)は追われていた。自分が犯人ではないことは珍味自身が一番よく知っていた。だが、刑事の冷酒(ひやざけ)は珍味を食い逃げ犯として追っていたのである。実は追っている冷酒自身が真犯人だということを彼以外には誰も知らなかった。まさか! の事実はあり得たのである。
 話は一年前に遡(さかのぼ)る。休日の日、珍味は山の尾根伝いにある峠の茶屋にいた。腹が減っていた珍味は具も何も入っていない葱(ねぎ)だけのかけうどんを注文し、啜(すす)っていた。そこへひょっこりと現れたのが刑事になったばかりの冷酒だった。美味(うま)そうにうどんを食べる珍味を見ながら冷酒は珍味の横へ座った。冷酒は笑顔で軽く珍味に会釈(えしゃく)をした。そこへ年老いた店の主(あるじ)が盆に茶の入った湯のみを乗せて現れた。
「なににされます?」
「そうだな…美味そうだから、コレにするか」
 冷酒は張られた品書きをチラ見したあと、視線を珍味が食べるうどん鉢(ばち)に移し、主にそう言った。
「かけでごぜぇますね? へい、しばらくお待ちを…」
 今日の客はセコイな…とでも言いたげに、主は声を小さくして言うと店の奥へ消えたが、すぐにうどん鉢を持って現れた。
「へい、お待ち…」
 腹が減っていた冷酒は珍味を追い抜き、いっきにうどんを食べてしまっていた。下山途中で少し急いでいたこともある。食べ終えた冷酒はお代を置いて去ろうとした。ところが、である。財布がどうしても見つからない。ひょっとすると頂上で昼を食べたときに…と思えた。だがもう遅い。これから頂上へ戻(もど)れば、陽はとっぶりと暮れてしまうだろうと思えた。
「なにかお探しですか?」
 そのとき、運悪く珍味は冷酒に声をかけてしまった。
「ああ、いやなに…財布がね。怪(おか)しいなぁ?」
 冷酒はポケットをまさぐりながら、そう言ったが、財布は出てこなかった。幸い小銭入れはあったから額を確かめると30円足りなかった。
「あの…すみません。30円足らないんですが、立てかえてもらえませんかね、後日、お支払いいたしますので…。どうも、財布を落としたようなんですよ…。私、こういう者です」
 偉(えら)そうに冷酒は警察手帳を見せた。冷酒はかねてから、この所作を一度、やりたいと思っていたのだ。
「いや、私も生憎(あいにく)自分の分しか持ち合わせが…」
 厄介(やっかい)なのに出会ったぞ…と思いながら、珍味は食べ終えた鉢の置くと代金を置いて去ろうとした。
「親父、ここへ置いとくよっ! それじゃ、お先に…」
『ありがとやした!』
 珍味の姿が消えると、冷酒は置かれた代金から30円を失敬した。奥から主が代金を取りに現れたとき、珍味はもう姿を消した後だった。主は置かれた代金を見て30円足りない…と蒼くなった。これでは明日が・・・とまでは思わなかったが、おやっ? とは思った。
「今の人、逃げるように走り去りましたよっ! こういうものです。私が捕(とら)まえましょう! それじゃ!」
 後ろめたかったのか、冷酒は代金を手渡すと茶屋から逃げるように去った。
「あのう、もし! …行っちまったよ。私ゃどうでもいいんだがね」
 主は冷酒が去ったあと、そう呟(つぶや)いた。そんなことで、珍味は冷酒に30円のツマミとして今日も追われている。だが事実は追っている冷酒の方が珍味にツマミにされ追われていたのだ。30円をくすねた後(うし)ろめたい自分自身は欺(あざむ)けない。完全犯罪はあり得ないのである。

                           完

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2017年1月24日 (火)

サスペンス・ユーモア短編集-8- 捜索願

 花川戸 (はなかわど)署に棚田(たなだ)家のひとり息子が行方不明になったとの電話が父親から入り、署の刑事達は俄(にわ)かに色めきたっていた。なんといってもここのところ事件らしい事件が起こらず、ふてくされぎみの刑事達は鼻毛を抜く者、新聞を読み漁(あさ)る者、ウツラウツラする者・・といった具合で、すっかり箍(たが)が緩(ゆる)んでいたのである。
「おい! 事件だっ!」
 捜査一課長の虫干(むしぼし)は、鼻毛を一本一歩抜いて机に植えつけている鋤畑(すきはた)の顔を見ながら叫んだ。お前は植えるものが違うだろう! と思う心も、その叫びの中に含まれていた。虫干が叫んだ途端、鋤畑の植える手がピタリ! と止まった。それも当然で、他の刑事達も鋤畑と同様、いっせいに身を正した。虫干はすでに事件と断じていたが、よくよくあとから考えてみれば、まだ分からなかったのである。
 久しぶりの事件と勇んで出た鋤畑達は迂闊(うかつ)にも賑やかなサイレンを鳴らし、赤い回転灯を回したパトカーで棚田家に駆けつけた。この手の電話は、事件性を考慮し、極秘裏に静かに駆けつけるのが相場としたものである。すでにこの点で花川戸署の刑事達は間違いを犯していた。まあ、数年、事件らしい事件がなかった花川戸署だったから仕方がないといえば仕方がないとも言えた。さて、その鋤畑達捜査員が現場の棚田家に到着したのは通報を受けてから約20分後だった。
「いつもなら、もうとっくに塾から帰ってる頃なんです…」
 鋤畑が状況を訊(たず)ねると、棚田の妻は心配そうに鋤畑に返した。棚田はその横で心配そうに頷(うなず)いた。
「そうですか…。恐らく犯人からの電話が間(ま)もなくかかってくるはずです!」
 他の捜査員達はすでに盗聴器を電話にセットし、万全の体制で待機していた。だが、いつまで経っても犯人からの電話はかかってこなかった。彼らはまだ気づいていなかったのである。その頃、ひとり息子は塾帰りにゲーセン[ゲームセンター]でゲームをしながら焼き芋(いも)を頬(ほお)ばっていた。
「階(おか)しい…かかってきませんなあ」
 鋤畑が小声で呟(つぶや)いたとき、遠くから『焼き芋~~ 甘くて美味(おい)しい焼き芋~~』のマイク音が聞こえた。

                            完

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2017年1月23日 (月)

サスペンス・ユーモア短編集-7- 寂しい善人

 魚住 流清(るせい)は今どき男子の新任刑事だ。イケメンの彼はけっこう女子には人気があり、それが返って捜査の足手纏(まと)いになっていた。いいところまで見つからず張り込んでいたつもりが、通りかかった若い娘数人にキャァ~~! と黄色い声で騒がれた挙句、犯人を取り逃がしてしまったことも度々(たびたび)あった。今売れ筋の若手歌手に似ていた・・ということもある。そんな魚住は、署へ戻(もど)ると上司の警部補、鱧煮(はもに)から睨(にら)まれたが、取り分け気にせず、無頓着(むとんちゃく)に♪~♪とハーモニカを吹くように軽く受け流す性質(たち)だった。上司の鱧煮も、署内の婦人警官達に人気が高い魚住には面と向かって怒れず、伸びた顎鬚(あごひげ)を掻(か)き毟(むし)る以外なかった。
 魚住はあるとき、駆けつけ警護に出かける途上、厄介(やっかい)な母子連れにバッタリと遭遇(そうぐう)した。二人は大声で罵(ののし)りあい、路上で喧嘩(けんか)をしていた。魚住は、またかよっ! と思えたが、そのあとがいけなかった。持って生まれた善人ぶりがつい出てしまったのである。魚住はいつの間にか二人の中へ割って入っていた。あとから思えば見て見ぬ振りをして通り過ぎればよかったのである。事件性のない民事には不介入が警察の原則だったからだ。それでも魚住は警察手帳をいつの間にか二人の前へ差し出していた。手帳を見た二人は急に静かになった。
「まあ、お二方(ふたかた)とも落ちついて…」
「まあ、聞いて下さいな! この娘(こ)、どうしてもイヤリングが買いたいって言うんですよ」
「だって!」
「…イヤリング?」
 なんのこった? と魚住はキョトンとした。
「いえね、さっき寄ったお店のイヤリングが気に入ったみたいなんです。叱(しか)ってやって下さいな」
「ははは…イヤリングでしたか」
 叱れる訳ねぇ~だろう…と、少し怒れたが、生まれ持って善人の魚住はすぐに打開の方法を模索(もさく)していた。気持は焦(あせ)っていたが、腕を見ると駆けつけ警護まで、まだ15分ばかりはあった。
「お母さん! 店に戻るからねっ!!」
「娘さん、まあ今日のところは僕の顔を立てて、このまま帰ってもらえませんかね。実は僕、急いでるんです…」
「…」「…」
 母親と娘は互いに顔を見合わせると、悪いことでもしたように、軽く頭を下げ立ち去った。現実はドラマのように格好よくはいかない。なんというサスペンスの結末だ! と魚住は寂しい気分で警護場へと走り出した。

                          完

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2017年1月22日 (日)

サスペンス・ユーモア短編集-6- 正義の味方

 多山は今年で35になる町役場の中堅職員だ。税務課に配属され、幸か不幸かその人当たりのよさを買われ、税金未納の徴収を一手に引き受けている。全職員が嫌がる仕事の3本の指に入るその1つの仕事だ。多山は払えない貧しい家庭には自腹を切って当てていた。これは無論、多山にとっては経済的に大損失で身を切る辛(つら)い決断だった。決してゆとりがある給料はもらっていない多山だったから、それも当然といえば当然だった。
「どうしても、無理ですか?」
「…」
 やつれた外見の中年女に多山は小声で訊(たず)ねたが返答はなかった。この家へ足を運んでいるのは、今日で5度目だった。家の中の荒れようからして、これは無理だな・・・とは思えていた多山だったのだが、一応、訊ねたのだ。
「いいでしょう! …ここに、これだけあります!」
 多山は背広のポケットから財布を取り出すと、中から札を数枚抜き取った。すでに、払ってもらえないな…と、ほぼ推断していた多山はその額よりやや多めの札(さつ)を財布に入れて家を出たのだ。そのときの気分は自分が正義の味方になったいい気分と
今月は月半分か…という生活費半減の憂いだった。
 多山が札を女に手渡すと、女は、よよ・・と泣き崩(くず)れた。ここで言っておくが、なにも多山は慈善でそうしたのではなかった。彼は5度足を運ぶ間、極秘裏に未納のこうした家々の生活状況を探っていたのだ。恰(あたか)もそれは、刑事の張り込みか探偵のような情報収集によるもので、勤務の公休はほぼ全(すべ)て、実態調査のために使われていた。そして、その探った結果が今日の多山の行動に繋(つな)がっていた。女の夫と子は事故死していた。生きがいを失った女は廃人同様になっていたのである。そんな身の上の女だったが、多山にも生活があった。神仏でない以上、食べねば飢え死(じ)ぬことくらいは多山も分かっていた。正義の味方も弱かったのである。これは恐ろしいこの世のサスペンスである。正義の味方は、残念ながらドラマのように格好よくも強くもなかったのだ。

                             完

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2017年1月21日 (土)

サスペンス・ユーモア短編集-5- ホシ

 警察署長室の一コマである。20年ばかり前に定年退職した元署長の手植(てうえ)真一が部下だった刈田稲男を署長室に訪ねていた。その当時は若かった刈田も、すでに来年は定年だった。気を遣(つか)って席を外(はず)したのか、二人以外、誰もいない。
「どうだ、実ってるか?」
「ああ、これは手植さん! まあ、どうぞ。いやあ、なんとか・・ってとこですよ…」
 課長席に座る刈田は折りたたみ椅子を手植に勧(すす)めた。
「事件がないってのが豊作なんだがね」
 刈田は椅子へドッカと腰を下ろしながら、そう返した。
「けっこう、細かいのが片づきません」
「昔にくらべりゃ人間も悪くなったからなぁ~。いろいろ厄介なのが起こって片づかんだろうな」
「これだけ文明が進んで、果たしてよかったのかどうか…」
「いや、そら進むに越したことはなかろうがな。ただし、必要なのか? が問題だが
ね」
「いらない進歩、けっこうありますね」
「それにともない、いらない人間も出てくる。我々のような年寄りもいらない! と言われればそれまでだがね」
「いやいや、手植さんは、まだまだ…」
 刈田は元先輩の手植にヨイショした。
「ははは…そう言ってもらうと私もまだまだやらんとなっ! 問題は若い世代だよ」
 手植は、俺はいったい何をやるんだ? と思えながらも強がって返した。
「ですよね…」
 いつもは部下に叱咤(しった)する小うるさい刈田も、今日は借りものの猫で手植にゴロニャ~~状態である。
「まあ、国にも責任はある。ホシは相当、手ごわい」
「見えないホシは国ってとこですか、ははは…」
「ははは…余りでかい声では言えんがな。国の借金を差っ引くと、あまり国はよくなってないんじゃないか…」
「かも知れません…。未だ私もお上(かみ)から食わしてもらってる身ですから、でかい声では言えないんですがね」
「言えん言えん。君はまだ言えん!」
 二人の笑い声が署長室に木霊(こだま)した。

                            完

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2017年1月20日 (金)

サスペンス・ユーモア短編集-4- 石の上にも三年

 定年が間もない捜査二課の係長、谷底(たにそこ)は今年で奉職40年のベテラン刑事だ。生憎(あいにく) 、出世には縁遠かったが、それでも二年前、ようやく警部補に昇任し、満足している・・といった程度の男だった。当然といえば当然だが、それまで巡査部長の身で若い係長の坂木に顎(あご)で使われていた鬱憤(うっぷん)からか、最近は部下の新任刑事、百合尾(ゆりお)を、逆に係長として顎で使って鬱憤を晴らしていた。その谷底がここ数年、はっきりいえば昇任試験に合格した直後から難事件に遭遇していた。かなり大規模な贈収賄事件の捜査である。相手はしたたかな実業家、石田だった。当然、税務署のマルサとの競合もあり、トラブルにならないよう情報面の連携は密(みつ)にしていた。
「かれこれ、三年になりますが、やつは、なかなか尻尾(しっぽ)を出しませんね、係長」
「ああ、そうだな…」
 谷底は係長と呼ばれた響きに酔いしれながら、石の上にも三年か・・・というウットリ気分で小さく返した。谷底と部下の坂木は公園の石畳の上に備え付けられたベンチに座って石田邸を見下ろしていた。張り込みには格好の場で、ほとんど毎日といっていいほどここで張り込む二人だった。
「係長、知ってますか?」
「なにを?」
「どうも、捜査本部が解散らしいですよ」
「まあ、だろうな…。さあ! 今日はここまでにするか…」
 谷底は長引いた捜査をふと思い、諦(あきら)め口調で呟(つぶや)いた。が、内心ではもう一度、係長と呼んでくれ! とウットリしていたのだった。そんな谷底の気持を知ってか知らずか、石田が動いた。石田を乗せた高級車がガレージを出たのである。
「オッ!!」
 二人は俄(にわ)かに色めきたった。
「どうします?! 係長!」
「馬鹿野郎! 訊く奴があるか。行くぞっ!」
 口で怒った谷底だったが、心はウットリ和(なご)んでいた。二人は走って覆面バトカーに飛び乗った。ペンチから立ち上がった二人のズボンの尻(しり)には、苔(こけ)がビッシリと張りついていた。

                         完

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2017年1月19日 (木)

サスペンス・ユーモア短編集-3- 消えた竹輪(ちくわ)

 庶民的な話である。
 山辺は竹輪(ちくわ)をツマミにしてチューハイを一杯やるのが好きな典型的な親父(おやじ)タイプの男だった。ツマミの竹輪に山辺は一種独特のこだわりをもっていた。少し焼き、開いた穴にマヨネーズをグニュ! っと絞り入れ、それをウスターソースに軽く付けて味わうというものだ。その山辺が休日のある日、いつものように楽しみにしていた竹輪を冷蔵庫から出そうと、イソイソとキッチンへ現れた。ところが、この日にかぎり、冷蔵庫の中にはなぜかいつもの竹輪が入っていない。山辺の記憶では数袋は買い置きしていたはずだったから、これは消えた・・としか思えなかった。家族の者が食べたとしても、数袋を全部食べてしまうとは考えられなかった。消えた竹輪事件である。山辺はさっそく、捜査を開始した。まずは目撃者の割り出しである。この日は日曜だったから、皆は…と、山辺は家族のアリバイ[現場不在証明]を調べることにした。
「なに言ってるのよ! 私は深由(みゆ)と買物に行ってたでしょうが…」
 山辺が訊(たず)ねると、妻の香住(かすみ)はあなた知ってるでしょ! とでも言いたげな口調で返してきた。
「ああ、そうだったか…」
 とすれば、残るは山辺の父で去年、卒寿を迎えた彦一だった。アレは怪(あや)しい…と刑事癖が出たのか、山辺は自分の父親を内心のタメ口で疑った。
「馬鹿は休み休み言いなさい! 私がそんなミミちいことをする訳がなかろうが! お前というやつは…」
 山辺が訊ねると、彦一は情けなそうな顔で息子を見ながら強めに言った。山辺は、消える訳がないのだから妙だ…と首を傾(かし)げた。とすれば…と考えを巡らせたが、山辺の見当はつかなくなっていた。捜査は暗礁(あんしょう)に乗り上げたのである。仕方なく、その日は油揚(あぶらあ)げを軽く焼いて醤油で味わうというツマミで済ますことにした。ところが、コレがまた、けっこうイケたのである。山辺はコレもアリか…と親父風に思った。
 次の日の警察である。
「課長、コレ忘れてましたよっ!」
 暑に着くなり、山辺は係長の堀田に愚痴られた。堀田の手には数袋の竹輪が握られていた。
「おっ! おお…有難う」
 バツ悪く、山辺は小声でそう返し、背広の内ポケットへ竹輪の袋を押し込んだ。犯人は山辺のド忘れだった。

                          完

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2017年1月18日 (水)

サスペンス・ユーモア短編集-2- 追われて追う

 中年にさしかかったサラリーマンの秋村は、なぜか最近、忙(いそが)しさに追われていた。ただその原因がつきとめられない。秋村は焦(あせ)っていた。考えられるとすれば、数週間前に路上でバッタリと出食わした一人の老人だった。その老人は秋村と同じ方向へ歩いていて、必死に動こうとしていた。だが、体が不自由なのか少しづつしか歩めないようだった。それでも懸命に前へ進もうとしていた。秋村はその老人を見て速度を落とした。哀(あわ)れに思えたのだ。自分もいずれはこうなるのか…という気持も少なからずその中に含まれていた。
「おじいさん! お急ぎでしたら、僕がおんぶしましょうか?」
 老人は突然、声をかけられ驚いたが、背広姿の秋村を見て安心したのか、笑顔になった。
「えっ?! そうですかな。そらぁ~助かります。そこの駅までで結構ですから…」
 秋村もその駅に向かっていたから、すぐ話は纏(まと)まり、老人を脊負った。この段階で秋村はまだ忙しさを、さほど感じてはいなかった。
「体が動きませんとな、どうも焦(あせ)って困りものですわい」
「ははは…そんなものですか。僕には分かりませんが」
「犯人は老いですが、見えませんからな」
「えっ? ははは…そうですね」
 秋村は老人を背負い、駅構内へ入った。
「ああ、ここで結構ですわい。御親切な見ず知らずの方、どうも有難うございましたな」
 秋村は老人の言葉のあと老人を下ろし、お辞儀して分かれた。その後はいつものように、同じホームの通勤電車に乗った。秋村は電車に揺られながら、ほんの僅(わず)かながら、いい気分がした。考えられるとすれば、秋村が忙しさに追われるようになったのは、それ以降である。秋村はどこの誰かも分からないその老人を探(さが)すことにした。その老人が現れるとすれば、駅しかない。老人が秋村が乗り降りする駅から乗ったというのは、この駅周辺になんらかの行動の根拠があったからだ・・と考えたのだ。老人が犯人という訳ではないが、脊負って以降、忙しくなった気分は秋村としては返したかった。フツゥ~の場合、いいことをすれば、いいことが起こるとしたものだが、真逆なのである。
 刑事の張り込みのように秋村はいささか憤懣(ふんまん)を覚(おぼ)えながら毎朝、その老人の出没を駅周辺で見張るようになった。お蔭で秋村は朝が早く起きられるようになった。見張りのため、家を出る時間が30分ばかり早まったためだ。それがいいことだといえば、いいことだと言えなくもなかった。秋村は今朝も忙しさに追われるようになった原因の老人を追っている。

                          完

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2017年1月17日 (火)

サスペンス・ユーモア短編集-1- 大根だっ!

 秋が来ていた。今年もこの季節が巡ったか…と元刑事の蒔山(まきやま)透治は思った。去年はあれだけ減らして播(ま)いた種だったが、それでも食べ切れずに何本かを無駄にしてしまった。今思えば口惜しいかぎりの蒔山だった。余った数本を日干しの千切り大根にしようと思った訳で、工夫しようという努力が足りず、ほどよい硬さの段階で取り込めなかったのである。退職後の楽しみに・・と始めてまだ二年目だったから仕方ないのだが、まあ千切り大根にでもしてみよう・・と思い立った予定で、上手くいくか不透明だったこともある。紫蘇(しそ)を育てたのはいいが、春の梅の収穫期と合わず梅干しを断念し、結局、紫蘇ジュ-スを二度も作る破目に陥(おちい)ってしまった夏の事例に似通っていた。現役の刑事時代なら辞職願を課長に出しているところだったが、幸い今の蒔山は退職後の余生だった。
 さて、大根の種を播く畝(うね)作りの始まりである。畝作りは、まず土づくりから始まる。酸性度を中和し、肥料を加え、さらに土を耕して細かくするという第一段階だ。蒔山はこれ! と定めた畑の一角をスコップで彫り始めた。硬い土を力を入れて、まず区画を決める感じで掘るのである。掘れば土が柔らかくなるり、植えない硬い地面と違い、畝作りの区画が浮き出る・・という寸法だ。星の潜伏エリアを固める捜査にも似ていた。それが済むと、まず第一弾の灰と肥料配合となる。蒔山の場合、灰は市販されている燻炭(くんたん)と自家製の藁灰(わらばい)を使う。酸性度を灰のアルカリ性で中和し、苗に適した土にするためだ。次に肥料だが、野菜に合う土は窒素、リン酸、カリといった必要な栄養素が適度に含まれねばならない。細かな配合割合は関係ないが、三要素が含まれていることは欠かせない条件だ。痴情の縺れ、怨恨、事故といったいろいろな角度から捜査を進めることと関係なくもないか…と考えたが、結局、蒔山は関係ないな…という結論に土を掘り返しながら到達した。
「フフフ…大根だっ!」
 鍬(くわ)で掘る手を止め、蒔山は突然、叫ぶように口を開いた。今年は一本も無駄にしないぞっ! という犯人を取り逃がさないと決意した心の叫びだった。

                           完

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2017年1月16日 (月)

怪奇ユーモア百選 100] 神うつし

 秋らしくなった日曜の昼過ぎ、毛畑(けばた)は盆栽を弄(いじ)っていた。二年ほど前、増やそうと挿(さ)し木にして活着した植木鉢の夏越しが上手(うま)くいき、やれやれ…と思っていた矢先、鉢の根腐れで枝に出ていた葉が枯れ始めたのだ。これは…と、根腐れ防止剤、活力剤などで手を施(ほどこ)したが今一、精気が出ず、重体となっていた。樹木医とか植木の専門家なども当然、いるが、緊急の場合、人間のように病院で治療する・・という手法は通用しない。ふたたび、これは…と毛畑は神うつしすることにした。
 神うつしとは、御祭礼の神事の一つで、神輿(しんよ)の神様同士の親交を意味する・・と毛畑は考えていた。
 小雨の中、毛畑はふた鉢を植え木棚の上に置いた。その後、神うつしするかのような細かな霊気に満ちた雨が降り続いた。そして…結果は神のみぞ知る・・ということでチャンチャン! と、軽い気持で毛畑は今後を見守ることにした。
「さてと…」
 毛畑は別の小説を執筆し始めた。こういう場合は重く考えず、軽く考えた方が上手くいくとしたものだ…とは、毛畑が長い経験から得た人生訓である。まあ、普通に考えればそんな重大なコトでもないのだろうが、毛畑にすれば重大なコトだったのである。その後がどうなったか・・私は知らない。たぶん、この短編の最終話100]が掲載される頃には結論を見ているだろう…とは思っている。

                          完

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2017年1月15日 (日)

怪奇ユーモア百選 99] 焦(あせ)る…

 俺は生まれもっての慌(あわ)て性(しょう)だから仕方ないな…と肉挽(にくびき)は半(なか)ば諦(あきら)め思考に陥(おちい)っていた。やることなすこと、すべてに焦(あせ)るのだ。これだけは天分(てんぶん)のものだから仕方ない…と肉挽は失敗したあと、いつも思っていた。いつやらも先輩の解凍(かいとう)に相談したとき、『お前は不器用なんじゃない。ゆっくりと一つ一つ片づければ、必ず上手(うま)くいく。それを心がけろ』と、アドバイスされたことがあった。肉挽は当然、次の日から実行した。それが、不思議なことに思考とは裏腹に身体が勝手に動いて焦った。怖いことに、気持は落ちつこうとしているのに体はうろたえていた。やはり、駄目(だめ)か…と、それ以降、諦め思考は益々、強まっていった。
 そんなある日、職場に可愛(かわい)い民知(みんち)愛という新OLが配属された。それからいうもの、どういう訳か肉挽は愛の顔を見ると焦らなくなった。顔を見ているだけで、焦っていた手がゆったりと動くのが肉挽は怖かった。居ても立ってもいられず、肉挽はついに愛に語りかけていた。
「俺と君は相性がいいようだね。お蔭で随分、上手くいくようになったよ」
「はあ?」
 愛は不思議な生き物を見たような訝(いぶか)しげな眼差(まなざ)しで肉挽の顔を窺(うかが)った。
「ははは…いや、なんでもない」
 肉挽は思わず否定してその場を去った。それからというもの、愛の顔を見るのが肉挽にとって、ある種の神の救いとなっている。恋愛感情が愛に対して湧かないのが不思議といえば不思議だった。肉はミンチが絶妙の味になる・・ということだろうか。そこのところは私には分からない。

                          完

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2017年1月14日 (土)

怪奇ユーモア百選 98] スープ

 季節はずれの蝶が舞う休日の昼、猪鹿(いのじか)は鳥のガラを煮ていた。大鍋(おおなべ)の中には葱(ねぎ)だのニンニクだの…だのと、いろいろな具材が放り込まれている。ラーメンの麺つゆに使う特製ス-プ作りだ。その後、出来上りを試飲してみると、まあ、それなりの味に仕上がっていた。あとはそれをベースにして出汁(だし)を完成させるだけになった。猪鹿は飽くまで趣味で作っているのであり、それで商売をしている訳ではなかったから、妥協しない時間の余裕はあった。その余裕で作る手間暇(てまひま)が猪鹿の楽しみになっていたのである。
「おやっ? 今日のは少し塩味が薄いぞ…なぜだ?」
 出来上ったラーメン出汁を小皿で飲むと、いつもに比べ少し水くさかった。キッチンは残夏の午後ということもあり、猪鹿の身体を汗ぱませた。汗掻きの猪鹿の額(ひたい)からポタリポタリ…と汗が小皿に落ちた。かまわずもうひと口、出汁を飲むと、これがなんとも絶妙の味わいになっているでないか。売りものや人に食べさせるものではないから、これもありか…と猪鹿はニンマリした。よく考えれば汚ない話だ。だが、美味(うま)いから、どうしようもなかった。さらに猪鹿が考えたのは、他にもこの方法で…と考えたことである。気持が悪くなる怖い話である。
「これ、美味いね。君、商売できるよ」
 会社の同僚がやって来たとき、昼どきでもあり猪鹿はラーメンを食べてもらった。もちろん、友人にはあの特製スープは出さず、別のスープを出したつもりだった。
「そうお?」
 おかしいな? とは思った猪鹿だったが、まあ、いいか…と笑って応じた。
 友人が帰ったあと、友人に出した鉢(はち)の残りスープを指で舐(な)めて確かめると、あの特製スープだった。まあ、いいか…と猪鹿は思った。

                            完

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2017年1月13日 (金)

怪奇ユーモア百選 97] 土砂(どしゃ)降り

 そろそろ秋か…と東風(こち)が思う間もなく、秋が訪れた。日射しの短さは日を追うごとに早まり、夕焼けが…とはいかず、降りそうな灰色の雲で空は被(おお)われた。ということはジトジト降る秋霖(しゅうりん)か…と東風は思った。しかし、そうはいかず、次の朝は土砂(どしゃ)降りとなった。思う真逆の連続に、東風は少し切れ始めていた。
「チェッ! 飯でも食いに出よう…」
 これでは外仕事は出来ないと、早めに諦(あきら)めた東風は外食をしようと家を出た。上手(うま)い具合に逆には出ず、いつも行く大衆食堂は開いていた。まあ、そうたびたび逆にはならんさ…と、東風は誰もいない店の前でははは…と笑った。そのとき店から客が出てきて、変な人だ…と東風を見ながら去っていった。土砂降りの雨は益々、強まっていた。傘をたたむと服の肩やズボンの裾(すそ)が気持悪く濡れていた。まあ、いいさ…と、東風は店へ入り、いつもの定食を頼んだ。
「すみませんねぇ~。今日は生憎(あいにく)、もう出ちまって…」
 出ちまう・・とは、この店の主人の口癖(くちぐせ)で、作れないことを意味した。
「ああ、そうなんだ。じゃあ、二ラレバ定食を…」
「レバ二ラですか? 二ラはあるんですが、生憎、レバーが、朝からの土砂降りで…」
「出ちまってるんですか?」
「そう、それです。っていうか、入ってないんで…」
「入ってないか…。じゃあ、出来るもので」
「いや、お客さん。申し訳ないんですが、今日は何も出来ません…」
「えっ!? 嘘(うそ)でしょ! だって現に、さっきお客さん出てったよ!」
「ええ、あのお客さんでお終いなんで…」
 外の土砂降りは一層、強まり、雨音も大きさを増していた。
「よく聞こえなかったんで、も、う、い、ち、ど!!」
「ですから、お、し、ま、い!!」
 すべてがすべて、東風が思う逆だった。東風は怒りが込み上げ、傘もささず店を駆け出していた。
 次の日、東風は風邪をひいて病院の診察室にいた。土砂降りは怖(こわ)いのである。

                            完

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2017年1月12日 (木)

怪奇ユーモア百選 96] 一番、怖(こわ)いもの

 丸太木(まるたぎ)はようやく汗を掻(か)かなくなったということで日曜大工でもするか…と思った。だが生憎(あいにく)、生れもって飽(あ)きっぽい丸太木だったから、小一時間もするとやる気をなくし、手に持つノコギリを投げ出していた。自分が丸太を切るというのもいかがなものか…と思えたこともある。まあ、いいか…と腰を庭の芝生(しばふ)に下ろしたとき、一匹のムカデが『こんちわっ!』 と笑顔で現れた。
『ギャア~~!!』
 虫が大の苦手(にがて)で怖(こわ)がりの丸太木は、思わず大声を上げて立ち上がると駆け出した。刺されると思ったのだ。ムカデとすれば笑顔で挨拶(あいさつ)したのに変な人だな? という感じである。命の危険を感じなければムカデは刺さない・・という生物の本能的な理を丸太木を含む多くの人は理解していない。丸太木がやっとのことで家の中へ退避した瞬間、妻の里沙が現れた。
「もう! いい加減にしてよっ!!
 ムカデの比ではない怖さを覚えた丸太木は、反射的に縮(ちぢ)み上がった。
「はいっ!」
 知らないうちに丸太木は鸚鵡(おうむ)返しの返事をしていた。
「…ったくっ! せっかく作ったお料理が冷めてしまうでしょ!!」
 豪(えら)いのと結婚してしまった…と、丸太木は萎(な)えて里沙の後ろに従い、キッチンへ向かった。料理は美味(うま)かったが、里沙の辛口(からくち)は怖かった。丸太木は食べ終えたあと、食後のコーヒーを飲みながら思った。自分にとって一番怖いものはなんだろうと…。肝っ玉の小さい丸太木にとって、それは、やはり病気であり、死ぬことだった。だが、日々の里沙の辛口が、現実問題として、生きる上で一番、怖かった。

                           完

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2017年1月11日 (水)

怪奇ユーモア百選 95] 待てど暮らせど

 もういい…と、越場(こしば)は思った。夕方まで待って来ない相手なら、これはもう来ないと思った方がいいに違いなかった。美沙代とは相思相愛の仲とはいえ、待てど暮らせど来なければ腹も立つし、だいいち連絡もつかないから、腹が立つ。さらに、待ち合わせ場から一歩も動けないイラつきから心のストレスが溜(た)まった。越場は以上の点で、美沙代を待たないことにし、帰宅した。すると、妙なものでその待ち合わせ場所を離れた瞬間から心の閊(つか)えが取れ、メンタル面のストレスが消えた。半日は待ったのだ…という自己弁護できる気分にもなれた。暑気が去り、いい頃合いの気侯になってきたこともあるのだが、これはいい調子だ…と、越場は思った。待てど暮らせど・・というのは、相手の到着を思慕(しぼ)の一念で期待するだけで、結局のところ相手次第なのである。ところが、美沙代は待てど暮らせど来ず、結局、肩透かしを食らった恰好(かっこう)になってしまった。ということは、越場の男のメンツは丸 潰(つぶ)れなのである。越場はそこで、待っていなかったことにした。そう思い込むことで、心の、やるせなさや憂(う)さは消え去った。ところが、である。美沙代は来ていた。怖(こわ)いことに、間に合うように早く出て交通事故に遭遇し、亡くなっていたのだ。その身は死んでも、恋慕の情は深く、霊魂となって来ていた。そんなことが越場に分かるはずもない。待てど暮らせど来なかった…と越場は思い込んでいた。ただ、いつも通勤電車の横の座席が空いていて、座席の下が濡れているのが気にはなっていた。
 待てど暮らせど…来なかったのではなく、来ていたのである。ただ、見えないのは来ていないのと同じだということだ。絵に書いた餅は食えぬ・・という怖い話である。

                         完

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2017年1月10日 (火)

怪奇ユーモア百選 94] レギュラー

 すでに秋が始まっていた。秋ですよっ! とか言わずに訪れるのが四季である。まあ、それは当然の話で、季節にいちいち語られたのでは五月蠅(うるさ)くてかなわない。ところが、縦溝(たてみぞ)家の中だけは少し様子が異(こと)なった。余りの住み心地のよさに、夏は去らず、縦溝家に腰をドッカ! と下ろしていたのだ。もちろん、縦溝家の敷地を一歩出れば、心地よい秋の空気が漲(みなぎ)り、清々(すがすが)しい秋 日和(びより)だった。そんな縦溝家の閉められた窓から、一家の主(あるじ)である播夫(まきお)は怨(うら)めしげに外の様子を窺(うかが)っていた。窓を開ければ、ムッ! とする夏の暑気なのだから仕方がなかった。だが、播夫が眺(なが)める空は、鰯雲の浮かぶ秋の空なのだ。縦溝家の暑気と秋空には大きなギャップが存在していた。
「ほんとに! 信じられんよ…」
 播夫がそう愚痴を呟(つぶや)こうが呟くまいが、縦溝家の夏は現実だった。
『いや、私もそろそろとは思ってるんですがね。つい…。このままレギュラーで居座ると、秋、冬、春さんから怒られてしまいますね、ははは…』
 そのとき播夫の耳に小さな声が届(とど)いた。播夫は、空耳(そらみみ)か…と一瞬、思った。
『居心地がいいものでしてね。ははは…いいご家族です!』
「なにが面白いんですっ! いったい、あんたはっ?!」
 播夫は怒りぎみに訊(きき)き返していた。
『私は夏です。ただ、それだけのものです…』
 偉大な夏にしては下手に出ていた。相変わらず聞こえる空耳に、播夫は体調が悪いのか…と思え、保険証を出そうとした。
『あなたは悪くありません、健康ですよ…』
「それなら、あんたが悪いんだ! 休んでくれぇ~~!」
 播夫は大声で叫んでいた。家族全員が、何ごとがあったのかと播夫の部屋へ駆けつけた。
 次の日から縦溝家にも、ようやく秋が『こんちわっ! 遅くなりましたっ!』、と訪れた。だが、秋もレギュラーで居座りそうだった。

                            完

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2017年1月 9日 (月)

怪奇ユーモア百選 93] エアー家族

 多岡家は少し世間とは異質の存在だった。ようやく暑気が去ったある日曜の朝、一家の大黒柱である多岡 一(はじめ)は大 欠伸(あくび)を一つすると、動くでなくドッシリと目を閉じた。
「いただきます…」
 一の異質の朝食が始まった瞬間である。現実の一は茶の間でマグカップに入ったミルクを飲みながら寛(くつろ)いでいた。言葉と状況に大きなギャップがあった。だから、家の中ではバーチャルな状況を呟(つぶや)いてもよかったが、一歩、家の外へ出れば、他人の目もあり沈黙しなければならなかった。そのとき、妻の恵(めぐみ)、長男の耕(こう)、次男の育(いく)、長女の実収(みしゅう)も、それぞれの場所で同じ言葉を吐いていた。言い終わると、エアーな食事が、それぞれの場所で始まった。エアー食事である。だから当然、それぞれが食べているテーブル上の惣材は違うはずなのだが、それが怖(こわ)いことに皆、同じだった。多岡家は全員、特殊な霊力によりテレパシーで映像が共有されていたのである。これは地球科学では説明できない事例としてギネスから認定証を授与されたほどだった。
 さて、それから小一時間が経った。恵は台所でエアーで済ませた同じ食事の準備をしていた。要は、実際にエアー食事と同じ献立を調理しているのである。多岡家ではバーチャルな仮想空間が現実に起きていた
。しかも、お互いの意識が共有されているのだから、これはもう怖い以外のなにものでもなかった。世間の中には多岡家を、あの人達は未来が分かる宇宙人だ! と言いふらす者もいた。しかし、多岡家は全員、動じなかった。
「あらっ、お風呂? 早いわね。さっき、お父さん入ったわよ」
 恵が耕を止めた。エアー風呂はすでに終わっていて、恵は終い湯を落としたばかりだった。現実の恵はキッチンにいて、エアー夕食で済ませた総菜を調理し始めていた。
 多岡家は時間差で生きていた。多岡家のバーチャル[仮想的]なエアーの先頭を行く戸主の一は、すでに次の日の夕方に存在していて、エアー出勤から帰宅したところだった。現実の一は居間の長椅子で新聞を読みながら、恵の夕食準備が終わるのを待っている・・という状態だ。
「全然、違う問題だったよ…。食べたらやり直しだ!」
 次男の育は自分の部屋から居間に入り、一に愚痴(ぐち)った。今日のエアー期末試験と現実にしていた勉強箇所が大きくズレていたというのだ。一方、妹の実収は実収で、テンションを下げて自分の部屋からキッチンへ現れた。
「あら実収、どうしたの?」
 恵はそんな実収に気づき、訊(たず)ねた。
「ああ、いやだ! プレゼント変えなきゃ!」
 実収の話では、明日(あした)彼に渡したエアープレゼントが不評だったのだ。
 総じて、エアー家族の多岡家では全(すべ)てにやり直しが効くのである。便利な話だが怖い話でもある。 

                           完

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2017年1月 8日 (日)

怪奇ユーモア百選 92] 手遅れ

 蝉しぐれが喧(やかま)しい夏の昼下がりである。病院内の一室で重体の鮭熊(さけくま)は昏睡(こんすい)状態に陥(おちい)りベッドの上に横たわっていた。ベッドの周囲には医者の皮毛(かわげ)と鮭熊の家族が取り囲んでいる。
「お気の毒ですが、ダメですな。手遅れです」
 皮毛は手首の脈を取っただけで、鰾膠(にべ)もなくすぐ言い切った。
「ええっ! そんな馬鹿なっ! 気絶しただけですよっ!」
「いや、ダメなものはダメですっ! 医者の私が言ってるんですから…」
 皮気はどういう訳か、すごく興奮していた。そんな皮毛を訝(いぶか)しそうに案じながら、付き従うインターンの炭火(すみび)は鮭熊の胸に手を当てた。
「先生! しっかりとした拍動が認められますが…」
 立場上、炭火は小声でボソッと皮毛へ耳打ちをした。
「そんなことは分かっているんだよっ! いやなに…じきに止まる」
「ぅぅぅ…あなたっ!」
 妻の美佐江は思わずしゃがみ込むと、ベッドの夫に縋(すが)りついた。
「では私はこれで…。あとは君が診(み)なさいっ!」
 どういう訳か、皮毛は急(せ)いて病室を出ていった。霊感が鋭い皮毛には死神の姿が見えていたのである。そんな皮毛の後ろ姿を炭火は怪訝(けげん)な表情で見送った。
「いや、大丈夫ですよっ! すぐ意識は戻(もど)られると思います!」
 皮毛が出てガチャリ! とドアのノブが閉じられると、炭火は鮭熊の家族を見回し、皮毛の前言を撤回(てっかい)した。
 ドアの外である。皮毛は数歩歩くと、呻(うめ)いて倒れた。そして、苦しそうに事切(ことき)れた。傍(かたわ)らには死神が立って皮毛を見下ろしていた。死神は鮭熊に立っていたのではなかった。手遅れなのは皮毛だった。

                           完

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2017年1月 7日 (土)

怪奇ユーモア百選 91] 流行(はや)り病(やまい)

 幕府もそろそろ傾きかけていた江戸中頃の話である。江戸深川に仙次という男気のある花板がいた。外っ面(つら)もよかったが、これがどうして、なかなかの料理人で、若いにもかかわらず板長にまで上りつめた男だった。遊び人ではなかったから女房のお里は助かったが、料理出前の関係からか深川芸者衆の間(あいだ)では色っぽい評判となっていた。その仙次が盆明けに妙な病(やまい)にとり憑(つ)かれ、寝込む破目となった。看病(かんびょう)するお里は気が気ではなかったが、これだけはどうしようもない。惚(ほ)れたのは、今年の春、八十八の米寿で身罷(みま)かったお粂(くめ)婆(ばあ)さんだった。婆さんは新盆(にいぼん)にあの世からこの世へ帰っていて仙次を見染(みそ)めたのだ。色年増(いろどしま)ならまだしも、枯れ木に花も咲かない老女の初恋である。これはもう性質(たち)が悪い病(やまい)のようなもので、盆明けにもかかわらずあの世へ帰らず居座(いす)わり続けた。そうして、夜な夜な仙次の枕許(まくらもと)に現れ、見惚れるのだった。あの世の者に見続けられれば、次第に精気が失せるとしたものだ。さすがに、婆さんだから牡丹灯籠のようなことにはならなかったが、あの世の方では、ややこしい話になっていた。帰りが遅い婆さんを待っていたのは、これも数年前に九十の卒寿で亡くなった連れ合いの爺(じい)さん、瓢助(ひょうすけ)だ。瓢助は先にあの世へ戻(もど)ったことを悔(く)やみ、痺(しび)れを切らしてこの世へ取って返した。すると、婆さんがそういうことになっているではないか。知った爺さんは怒(いか)りも忘れ、呆(あき)れ果てた。その爺さんが仙次の枕許に座る婆さんを睨(にら)みつけていると、そこへ女房のお里が現れた。悪いことに爺さんはお里に一目惚れをしてしまった。で、お里も病で寝込む羽目となり…。これが流行(はや)り病なのである。今でいうところの流行性感冒の風邪というやつだ。恋患(こいわずら)いは広がるのである。

                            完

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2017年1月 6日 (金)

怪奇ユーモア百選 90] もういやだ!

 友人の元川(もとかわ)にとって一番、怖(こわ)いのは幽霊でもなければ妻でもなかった。それは、ゴキブリだった。ハイテンションの朝、その虫を見ると、元川はいっきにやる気を削(そ)がれ、24時間は何も出来ない放心状態へ陥(おちい)る破目になるのだった。次の日が重要な仕事なら、これはもう偉(えら)いことだ。見た瞬間から24時間だから、当然、次の日は朝からテンションはダダ落ち状態である。それでも勤めを休む訳にはいかないから、仕方なしにショボく家を出るのだった。
 蝉(せみ)しぐれが喧(やかま)しい昼過ぎ、まだ元川のテンションは回復していなかった。
「元川君、どうしたんだ? 今朝から顔色が悪いぞ…」
 課長の渡橋(とばし)が元川の顔色を窺(うかが)った。
「べつに大したことは…。もうじき24時間ですから」
「えっ!?」
「いや、なんでもありません…」
 危うく元川は暈(ぼか)した。
「そうかい? なら、いいんだけどさ。これから重要な取引先と会うんだからね」
 そして会議室で取引先との会合が始まった。会合は順調に進行し、めでたく契約の締結となった。ところが、である。その後(あと)がいけなかった。業務話が終わり、取引先と世間話で盛り上がっていたときである。
「いや、立派な社屋ですな」
 渡橋が少しヨイショして先方のご機嫌を窺った。
「ははは…しかし、うちもゴキブリは出ますよ。昨日(きのう)も見ました」
 取引先の専務が冗談半分にそう言った瞬間、元川は、「もういやだ!」と絶叫し、気を失った。そんなとても怖い話を最近、私は元川から聞かされた。

                           

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2017年1月 5日 (木)

怪奇ユーモア百選 89] ご飯の味

 早乙女(さおとめ)家では今夜も家族が食卓を囲んでワイワイと賑(にぎ)やかな食事をくり広げていた。主(あるじ)の早乙女 主水(もんど)は料理のシェフとしてマスコミに知られた有名人で、家族の者も、この点で早乙女には一目(いちもく)置いていた。当然、食卓にも早乙女の作った料理が週一で出た。家族の誰もがその日を楽しみにしていた。だが、この日にかぎって家族の反応は今一だった。
「今日は美味(うま)くなかったかな?」
 早乙女も食べていたから、そう不味(まず)いとも思えなかった。いや、むしろ今まで以上に美味(うま)く出来たように感じていた。ただ、早乙女は家族と違い、ご飯を食べていなかった。
「いえ、そうじゃないけど。お父さん…」
 娘の那緒がご飯の入った自分の茶碗を指で示した。早乙女は、ご飯をひと口食べ驚愕(きょうがく)した。今までに食べたことがないほど不味かった。
「どうしたんだ、これ!」
「今日ね、もらったお米を炊(た)いたら、これ…」
 妻の万里江が小声で言った。
「刺客かっ!」
 早乙女は旗本風の侍(さむらい)言葉で返した。瞬間、家族にいつもの笑顔が戻(もど)った。早乙女は時折り、天下御免の旗本、早乙女主水之介ではない早乙女主水に変身するのだった。この変身ぶりはそう簡単には見られない。早乙女が興奮したとき、驚いたときなど数パターンに限られていたのである。そしてこの日、早乙女は変身したのである。一度変身すると、問題が解決するまで元には戻らないのが常だった。問題が解決するとは、時代劇風に言えば悪党どもが斬り倒され、一件落着するまでを意味した。
 次の日から早乙女の調査が開始された。結論は、手作りと機械作りの差・・と判明するまで半月余りを要した。八十八回の人手間と数回の機械手間の差・・ということらしい。よくよく考えれば、シェフということで、今まで機械が入らない山間地から取り寄せた棚田の特別生産米を食べていたのだ。早乙女は、こんな不味い米を食べている人々が哀れに思えた。そして、その日以降、シェフを辞め、身を暗ませた。今の自分では斬り倒せないと判断し、責任を取ったのである。四面楚歌(しめんそか)の早乙女は今、侍言葉で浪人生活を続けているということはなく、悠々自適とまではいかない老後の生活を家族と離れ、暮らしている。

           
                完

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2017年1月 4日 (水)

怪奇ユーモア百選 88] ドラマ

 こんなクソ暑いのに寝られるかっ! と怒(いか)り心頭(しんとう)に発しながら釘底(くぎそこ)はベッドから飛び出た。一応、4時間ばかり前からギンギンの低温設定にしてクーラーは入れてあった。だが、これは、ちょいと冷え過ぎたか…と釘底が寒いくらいの室温になった寝室へ入り、クーラーをOFFにしたのが手抜かりだった。寒いくらいだったから最初はよかったのだ。ところが、釘底が寝入った頃から少しずつ室温は上がり始め、数時間が経過した深夜、ついに寝苦しい温度まで上昇したのだ。それが釘底が怒りながら飛び起きた原因なのだが、いつもは弱めで春秋程度の低い温度にして朝まで入れっぱなしにしていたのである。それが、その日に限り、どうなるか分からないが…と、昨日、観ていた女子バレーの試合よろしく、チャレンジしてみたのである。結果は惨憺(さんたん)たるもので、眠いは汗ビッショリになるは、でサッパリだった。それでも自分の意思でそうしたのだから今となっては仕方がない。釘底はシャワーをして着がえ、落ちつくことにした。とはいえ、着がえを済ますと眠けは去り、眠れそうになかった。冷蔵庫を開けたが生憎(あいにく)、買い置きしておいた酒が切れていた。釘底は仕方なく、冷えたミルクを飲みながらテレビのリモコンを押した。テレビはドラマの再放送を映していた。ところが、である。よく見ると、登場人物を演じる俳優が自分だった。そんな馬鹿なっ! と、釘底は画面を凝視(ぎょうし)した。だが、やはり演じているのは自分だった。それも、スラスラと流暢(りゅうちょう)に台詞(せりふ)を言っているではないか。恋愛ドラマで相手は釘底が憧れているファンの女優だった。ドラマは熱愛シーンで、二人がチチクリ合う濡れ場のいいところまで進んでいた。次第にドラマへのめり込んだ釘底は、いいぞいいぞ、やっちまえっ! とテレビ画面を観ながら思った。そして、いよいよ! と二人がなったそのとき、ハッ! と釘底は目覚めた。そこは寝苦しい寝室で、ベッドに横たわる釘底は汗ビッショリになっていた。

                            完

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2017年1月 3日 (火)

怪奇ユーモア百選 87] 古着

 まだ暑かったが、そろそろ長袖(ながそで)服とか少し厚目の衣類を出しておかないとな…と糸織(いとおり)は思った。プラスチック製の行李(こうり)に収納しておいた衣類を糸織は面倒くさそうに一枚、そしまた一枚と取り出した始めた。そして何枚かを取り出したそのときだった。糸織はおやっ? 確かこれは…と思った。20年以上、着ていなかった長袖服だった。しかもそれは以前から見つからなかったもので、とうとう諦(あきら)めていた代物(しろもの)だったのだ。それも、その古着の一枚だけで、あとは去年の秋から冬に袖を通したものばかりだった。
「怪(おか)しいぞ…」
 糸織は独りごちた。そのときだった。
『いやですね、ご主人。私をお忘れでしたか?』
 どこからともなく、微(かす)かな声がした。糸織はゾクッと寒けを覚えた。このアパートには自分以外いないのだから、声などするはずがないのである。それが聞こえたのだ。声は続いた。
『お忘れのようでしたから、私の方から出て参りました。私も着て欲しいですからね』
 理屈は合っていた。
「いや、僕も探(さが)してたんだよ。どこにいたの?」
 糸織は、いつの間(ま)にか違和感なく古着と話していた。
『困った人ですねぇ~。クローゼットの片隅で私だけ取り残されていたんですよ』
 糸織はクローゼットの中も、くまなく探したつもりだった。
「そんなとこに? あの中も探したんだけどねぇ~」
 妙なことに、恐怖を感じず古着と話している自分が糸織は不思議に思えた。
『まあ、いいです。探してもらってたのなら、本望(ほんもう)です。もし、探していただけなかったのなら引退覚悟でした』
「ははは…なんか、お相撲(すもう)みたいだな」
 二人は笑い合った。ただ、糸織の顔は笑っていたが、古着は当然、笑い声だけで、手にした糸織にバイブ振動を微(かす)かに与えるだけだった。
「いい振動だ。ずっと笑っていてくれないか?」
 糸織がそう言ったとき、古着は糸織の首筋にまかれていた。
『嫌だな…着てくださいよ』
 古着は苦笑したあと、笑いを止めた。とうぜん、心地よい首筋の振動も止まった。糸織は、しまった! と正直な自分を悔(くや)やんだ。そうは問屋が古着を卸(おろ)さなかった。

                          完

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2017年1月 2日 (月)

怪奇ユーモア百選 86] かわいい婆(ばあ)さん

 谷島とめは今年で96になる婆(ばあ)さんだ。近所の皆から、おとめ婆さんと呼ばれ、それはそれは大事にされている。この大事にされている・・というのには、おとめ婆さんの人当たりのよさだけではなく、二つの大きな理由があった。その一は、おとめ婆さんが高齢にもかかわらず、どこから見ても30前後の色年増(いろどしま)に見えたからだ。いや、それだけではない。溌剌(はつらつ)とした動きといい、衰えを知らない30前後の妖艶(ようえん)さを維持していた。怖(こわ)いほどの若さに、厚生労働省から派遣(はけん)された不老不死を研究する研究所員が態々(わざわざ)、調査とインタビューに来訪したくらいだった。その二は、おとめ婆さんが超美人だという点だ。世界に美女は多数、存在するが、おとめ婆さんはその比ではなく、絶世の美女といってもよかった。考えてもみてもらいたい。96で世界のミス・ユニバースに選ばれ、トロフィー片手に微笑(ほほえ)むかわいい婆さんが、かつてこの世に存在しただろうか。それが厳然と存在するおとめ婆さんなのである。怖い話である。いや、怖さを通り越して、科学を否定する信じ難い怖(おそ)ろしい話だった。
 そのかわいいおとめ婆さんが恋をした。相手は小学校に通う六年生の新川基也だ。八年後、二人は相思相愛となり、めでたく結婚した。二人の年齢と年齢差は計算してもらいたい。お目出度(めでた)い話だが、怖い話でもある。

                            完

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2017年1月 1日 (日)

怪奇ユーモア百選 85] 国勢レベル

 ここは天界である。
『今や我が国は、ゆゆしき事態に至っておりますなっ!』
『はあ…まあ、今に始まったことではないのですが』
 神々は下界を眺(なが)めながら話しておられた。
『いや、確かに…。随分(ずいぶん)と前から、かなり国力は落ちております』
『そうですぞ。半世紀ばかりも前は、皆、頑張っておりましたが…』
『頑張ったお蔭(かげ)が、このざまですか…』
『いや、頑張ることはいいことなんですがな。なにをどう頑張るかじゃないんでしょうかな』
『頑張り方、いや、頑張る方向を間違えた・・ということでしょうな』
『頑張って文明を進めた結果、得たものも多いようですが、失ったものも…地球上から絶滅した生物も含め、これが結構(けっこう)、多い』
『それは言えます。文明を進めて既存の古いものを排除する・・この思考方法ですな』
『そうです。新しいものはすべて役立つ・・と人々は勘違いをした』
『新しいものでも古いものでも、いいものはいい、悪いものは悪いという取捨選択を忘れ、古いものをすべて切り捨てていった間違いです』
『その結果、そのツケがすべて国民に回ったんですな』
『というか、国民へツケが回されたと…』
『回したのは政治家で、その政治家を選んだのは国民なのですから、やはり国勢レベルが落ち込むのは自業自得(じごうじとく)ですか?』
『自業自得とまでは言えないかも知れませんが、どうせ変わらないという諦(あきら)めと煩(わずら)わしさが混ざったような政治に嫌気(いやけ)がさした感情がそういう結果を招いたんだと思いますよ。選挙の棄権(きけん)は賛成票を投じたことになるんですな。それが分かっちゃいない。ほら、あそこで鼻毛を抜いているあの男、選挙に行ってませんが、ああいう男が結果として、国勢レベルを下げたんですよ』
「誰か、俺の悪口、言ってんのかっ?」
 天界の神から指をさされた下界の自堕落は、クシャミをしたあと腹立たしそうに言った。そのとき、雲もないのに空に一瞬、稲妻が走った。そして轟音(ごうおん)が轟(とどろ)いた。男は怖(こわ)さで身を縮めた。

                            完

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