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2017年2月

2017年2月28日 (火)

サスペンス・ユーモア短編集-43- 遵法(じゅんぽう)占拠

 コトは公園に屯(たむろ)するホームレスへの突然の退去命令で発生した。 
 甘谷署である。役所に出動を要請された機動隊長と署長の会話である。
「一端、退去したホームレスが一日ごとに塒(ねぐら)を変える頭脳作戦に出たようです!」
「なにっ!? どういうことだ?」
「公園にいること自体は都市公園法違反にはならないからです」
「… だが、6条があるだろう」
「いや、それが彼らは衣服の一部だとして、帽子部分を大きくした衣服まがいの寝袋[シュラフ]で眠るようです」
「そんな複雑な服を作る金がホームレスにあるとは思えんが…」
「聞き込みによれば、福祉ボランティア団体の寄付による配布だそうですが…」
「そうきたか…」
 憲法25条[健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を保障した条文]⇔都市公園法の目に見えない長い難解な訴訟合戦が始まろうとしていた。
 後日の甘谷署内である。署長と副署長が小声で話していた。
「なんか難しい話になってますな」
「遵法(じゅんぽう)占拠か…。民事事件は我々の感知せざるところだが、下川刑事の署内での寝癖はなんとかならんのかね? アソコは臭(くさ)くて堪(たま)らん!」
「はあ、下川警部補ですか。刑事課長に注意させた上で強制退去させましょう」
「頼んだよっ。あの男はホームレスより厄介(やっかい)だ」
「確かに…」
 二人は顔を見合わせ無言でニヤけた。

                            完

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2017年2月27日 (月)

サスペンス・ユーモア短編集-42- 偶然の一致

 物事にはサスペンスタッチで進行していても、必ずしもサスペンスにはならない事件も多く存在する。
 縦走(たてばしり)署では起きた傷害事件の取調べが行われていた。殴(なぐ)ったのは登坂(とさか)で、殴られた相手は登坂の友人の下山(しもやま)である。二人は場末(ばすえ)の屋台でおでんを肴(さかな)に酒を飲んでいた。
「下山さんとは古い友人だそうだが?」
 傷害事件を専門にしている刑事の寝袋(ねぶくろ)は、不思議そうな顔で対峙(たいじ)して椅子に座る登坂を見た。
「はあ、会社に入ったときからの付き合いで、かれこれ30年になります…」
「そんな仲のお前が、なぜ殴ったんだ?」
「殴ったんじゃないんですよ。私と下山は叩(たた)き合いをしていたんですよ」
「叩き合い? どういうことだっ!」
「いや、私も下山もかなり酔ってたんですが、酔いもあって話が妙な方向へ盛り上がり、昔の記憶で間違った方が相手を叩こうじゃないか・・ってことになりましてね」
「ほう! 妙なゲームだな。それで…」
「はい、始めのうちは間違っても遠慮して、どちらも軽めに叩いてたんですがね」
「それで…」
「次第に力が入ってきて殴り合い寸前になり、私が殴りました」
「それで下山さんは意識を失ったんだな。酒の上とはいえ、訴えられれば傷害事件だぞ!」
 寝袋は少し脅(おど)かしぎみに語気を強めた。
「はあ、覚悟はしてます…。それで下山は?」
「まだ意識が戻(もど)らんそうだが、詳しい情報はあとから連絡が入る」
「そうですか…」
 数時間後、病院からの電話連絡が縦走署に入った。
「もう帰っていいですよ。下山さんの意識が戻ったそうです」
「…」
「あなたが叩いたからじゃないそうです。なんでも、持病の癲癇(てんかん)が出たそうです…」
 傷害事件を想起させる偶然の一致だった。寝袋の態度は一変し、客扱いになっていた。

                          完

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2017年2月26日 (日)

サスペンス・ユーモア短編集-41- 事件にしたくない一件

 松ノ木(まつのき)署では、とんでもない告訴が発生していた。訴えたのは松ノ木村の村長、小宇多(こうた)である。
「あの木はずっと昔からある由緒(ゆいしょ)…由緒はないが、我々の子供時代からある馴染(なじ)みの木だっ! 誰が切り倒したのかは知らんが、私に一言(いちごん)もなく無断で切るとは許せん破壊行為である! 是非、署の方で調べていただき、犯人を引っ括(くく)ってもらいたいっ!」
「はっ! 村長みずからお出ましとは、かなりご立腹のご様子ですな」
 署長の御地(おんち)は小宇多のご機嫌をとりながら窺(うかが)うように言った。なんといっても村では一番の長者である御地が言うことは、村のすべての者を右に倣(なら)え・・させるだけの重さがあった。
「無論だっ! 君には期待しておるから、よろしく頼むっ!」
「ははっ!」
 どちらが警察なのか分からない。御地は署を出ようとする小宇多に直立して停止敬礼をした。
 小宇多が松ノ木署から消えると、署内はフゥ~~っという安堵(あんど)のため息がどこからともなく漏(も)れた。
「こういう類(たぐい)は、事件にしたくない一件ですな…」
 迷惑顔で警部の声良(せいら)が机椅子から立ち上がると、署長席に近づきながら小宇多に言った。
「事件にはしたくないっ! ああ、どうして私は署長なんだっ! あの村長の顔は見たくもない、見たくない、見たくないっ!」
 かなり村長に対するトラウマがあるのか、小宇多は見たくないを強調して言った。
「器物損壊の事件性はないように思えますが?」
「ああ…冷静に見れば通行の邪魔だがな、アソコは。まあ、自然破壊には変わりはないが…」
「まあ、自然破壊といえば自然破壊ですが、そういう手合いは人間の私らが裁くことではないですからな」
「ああ! 神さま仏さま、キリストさま、ホニャララさまだっ」
「実害がない難儀(なんぎ)な一件だっ!」
「声さん、迷宮入りにしておこうや」
「ですねっ!」
 二人は顔を見合わせ、ニンマリした。

                           完

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2017年2月25日 (土)

サスペンス・ユーモア短編集-40- 状況捜査

 物は傷(いた)むものである。目有(めあり)家では、主人の目有が物干し台から柿を採ろうとしていた。毎年、収穫しているのだが、今年はよく出来たせいか、たいそう手間取っていた。ほぼ半ばほど採ったとき、うっかり置いた高枝切り鋏(バサミ)を落としてしまった。当然、鋏(ハサミ)は地上へ数mほど落下した。そのとき、カチン! という音がするのが聞こえた。目有はしまった! とばかりに下へ降りた。鋏を拾おうとすると、取っ手の部分が割れて傷んでいた。一番重要な部分で、この取っ手が欠けては鋏は無用の長物となり、開閉が出来ないから切れない。もう少し慎重に採ればよかった…と目有は悔(く)やんだが、時すでに遅(おそ)し・・だった。これが人なら…と刑事の目有はゾォ~っとした。人なら、明らかに過失傷害の事件捜査となるからだ。鋏には申し訳ないが、まあ許してもらうしかないか…と目有はテンションを下げ、別の鋏をショップへ買いに行った。それにしても後味(あとあじ)が悪い事件ならぬ物損になってしまったものだ…と思えた。
「お父さん、晩ご飯ですよ…」
「ああ、今行く…」
 目有は密かにそのときの状況捜査を開始した。者ではないモノだけに、捜査は難航(なんこう)した。なぜ、安易(あんい)に物干し台の勾配(こうばい)がある位置に挟を置いたのか…そのとき落ちる危険性を感じなかったのか…鋏を置いた瞬間の気持はどうだったのか…。謎(なぞ)は謎を呼び、迷宮入りの様相(ようそう)を帯びていた。目に見えるモノの力より目に見えないモノの力は恐ろしい…と目有が感じたのはこのときからだった。

                            完

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2017年2月24日 (金)

サスペンス・ユーモア短編集-39- 考えすぎ捜査

 朝の出勤ラッシュで駅構内は人の波であふれ返っていた。事件はその中で起こった。ホーム階段で一人の老人が足を滑(すべ)らせ転倒したのである。その余波で数人の一般乗客が巻き添えを食らったが、幸い、命に別状はなく、軽い軽症でコトは済んだ。ただ、そのときの状況は複雑で、転倒した乗客の前の夫婦は、激しく口論しながら階段を下りていた。そして急に夫婦は階段途中で停止して激しく言い合った。夫婦が停止すると思っていなかった老人は二人に追突し、転倒したのである。当然、老人の後方を降りていた数人の乗客も巻き添えを食らって倒れ、軽症を負った・・となる。
 事件を担当した所轄警察の十月(とげつ)署は事故、傷害の両面から捜査を開始した。現場検証が念入りに行われ、この一件はサスペンス的な展開に発展しようとしていた。
「いや! そうともかぎらんぞ。夫婦が口論で止まったのは事実だが、老人が偶然、転んだとも考えられる」
 一課の主任刑事、出汁(だし)は若い鳥鍋(とりなべ)に反論した。
「転んだのは立ち眩(くら)み・・とかですか?」
「まあ、そういうことだったのかも知れん…」
「老人の後ろの数人は老人とは赤の他人ですが、ひょっとすると、老人に何らかの恨(うら)みがあった・・とは考えられないでしょうか」
「うむ、なるほど…。そういう可能性も否定は出来んな」
「あるいは、階段途中で止まった夫婦と老人の後ろの数人はグルで、老人の持っている遺産を狙う親戚に雇われていた可能性は?」
「う~~む! その可能性も捨てきれんぞっ!」
 出汁は少し興奮ぎみに言った。
「となると、これは作為ある悪質な犯行ということになってきますがっ!」
「捜査本部を設置してもらわにゃいかんなっ! 署長に言ってくる!」
 半時間後、出汁はショボく署長室から出てきた。
「老人の意識が戻(もど)ったそうだ。スッテンコロリンらしい…」
 出汁は少し怒りぎみに不貞腐(ふてくさ)れて言った。
「オムスビころりん、でしたか…」
 鳥鍋は多くを語らなかった。考えすぎ捜査は終結した。

                            完

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2017年2月23日 (木)

サスペンス・ユーモア短編集-38- ビアノソナタ騒音傷害事件

 コトの発端は、どこでもよく起こる楽器の演奏練習による騒音トラブルだった。この事例の楽器はピアノで、弾き手が上手(うま)ければ、それはそれで苦情を警察へ申し出た相手方も納得して聞き惚(ほ)れていたのかも知れない。ただ、騒音傷害の告訴があった今回の事件の弾き手はお世辞にも上手(じょうず)とはいえず、かなり下手(へた)だった。そこへもってきて、輪をかけて拙(まず)かったのは、練習する弾き手が下手と認識していないところにあった。そんな弾き手だったから、賑やかに弾き続けるのは当然である。家族はさすがに苦情は言えず、練習時間になると全員が耳栓(みみせん)をした。

「難儀な一件ですな…」
 平松署の伊井はアングリとした顔で上司の課長、吉忠に言った。
「さて、どうしたものか…」
 吉忠も同じようなアングリとした顔で、頭に手をやり掻いた。
「いいとこのお嬢さんを騒音傷害で引っ張るというのもね…」
「だな。しかし、出来の悪いお嬢さんもいたもんだ。世間には貧乏で才に恵まれたお嬢さんもいるというのにな」
「世の中、首尾よくはいけませんな」
「だな。ピアノソナタか…曲はいいんだが」
 二人は同時にため息を吐(は)いた。
 その後、この事件まがいの一件がどうなったのか・・そこまで私は知らない。ただ、お嬢さんは相変わらず下手にピアノソナタを奏でているとは聞いている。部屋には防音工事が施(ほどこ)されたそうだ。

                              完

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2017年2月22日 (水)

サスペンス・ユーモア短編集-37- ゴマすり激怒事件

 馬糞(まぐそ)工業の総務課である。課長の毛並(けなみ)は課員の蹄鉄(ていてつ)に今朝も、ゴマをすられていた。ゴマをすられることに馴れている毛並は、そろそろ蹄鉄のゴマすりが鼻についていた。そして、この日、ついに毛並の怒りが爆発したのである。まさか、ゴマをすって怒られるとは思っていなかった蹄鉄はアタフタとした。このときの毛並の激怒が事件の引き金になることを誰が予想しただろう。
 毛並にゴマをすって怒られたことが蹄鉄の心の蟠(わだかま)りになった。蹄鉄は今後、どのように毛並と話せばいいのかが分からなくなっていた。
 次の日の朝、突如として蹄鉄は会社に出勤しなくなった。いや、それだけではない。蹄鉄は世間から姿を消し、完全に消息を絶ったのである。蹄鉄は独身で一人暮らしだったことから、他に蹄鉄の行き先を知る者はなく、会社からの捜索願を受けた飼葉(かいば)署は苦慮していた。
「どうだ、なにか手がかりはあったか?」
「いや、まったくありません…」
 課長の乗鞍(のりくら)に鞭(むち)は小声で返した。
「そうか。まあ、事件性はないようだが…」
 その頃、失踪(しっそう)した蹄鉄は落語家主催のお笑い道場に住み込みで通い、ゴマすりの腕を極(きわ)めるべく必死に修行をしていた。
「師匠! いかがでしょう?」
「そんな甘かないよ君、世の中は…まだまだ」
「はい! 努力しますっ!」
 着物姿の蹄鉄は、声を大きくして言い切った。
「ああ…今日は、ここまで」
 師匠は座布団から立つと、稽古部屋から静かに去った。ゴマすり激怒事件は予想外の展開を見せていた。

                            完

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2017年2月21日 (火)

サスペンス・ユーモア短編集-36- 雨夜の通報

 高島田(たかしまだ)署の取調室である。通報のあった日の夜は雨が降っていた。害者は祝(いわい)という中年男だった。捜査一課の老刑事、文金(ぶんきん)は手持ちの鏡と櫛(くし)で頭髪を撫(な)でつけながら、参考人で呼ばれた目撃者の和式(わしき)と対峙(たいじ)していた。
「害者が転んだのを見られた訳ですね?」
「はい。ものの見事にスッテンコロリと…」
「ということは、本人の過失による事故だと言われるんですね?」
「はい。まあ…。なにぶん距離があったもんで、しかとは断言できませんが、ご本人以外、人影はなかったと記憶しております…」
「そうですか! いや、お手間をおかけいたしました。今日のところはお引取りいただいて結構です。また、なにかありましたらご連絡を差し上げます」
 文金は櫛で髪の毛を撫でつける仕草を止めることなく、器用に語った。一礼して和式が取調室を出たあと、文金は櫛を背広の内ポケットへ仕舞い、あんぐりした顔で立った。
「文さん、やはり事故ですかね?」
 若手刑事の仲人(なこうど)が後ろから文金を窺(うかが)いながら言った。
「まあ、今の話からするとな…」
「しかし、あんなところで転びますかね、フツゥ~」
「目撃者が転んだと言ってるんだから、転んだんだろう」
「あっ! 病院から電話が先ほどありました。害者…というか、転倒者の意識が戻(もど)ったと」
「ほう、それはよかった。やはり事故かねぇ~」
「ええ…。聞き込みでは憎まれているような人物ではないですからね。傷害事件とは考えにくいですよね」
「火葬場へ着く前に霊柩車の運転手が転んで死んじゃ、ははは…笑い話だ」
「あの世が困りますよね」
 仲人も笑った。
 次の日である。高島田署の捜査一課に記憶が戻った病院の祝から電話が入った。私が不注意で転んだ・・という電話だった。
「そうですか…」
 一課長の大安(たいあん)の報告に、文金は予想通りだ…とばかりに、攣(つ)れなく返した。すでにこのとき、文金と仲人は、そんな一件に付き合っていられない・・とばかりに、別の事件捜査にかかっていた。

                            完

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2017年2月20日 (月)

サスペンス・ユーモア短編集-35- 天秤(てんびん)小僧

 現代でも怪盗はいるものである。天秤(てんびん)小僧参上! という格好いい時代劇風の張り紙を残し、天秤小僧は世の中で動き、そして流れる邪悪な資金を根こそぎ奪い取り、今日か明日か…と切羽(せっぱ)つまった中小零細企業や工場に振り込む・・という、ある種、振り込め詐欺の逆バージョンをミッション・インポッシブルで実践(じっせん)する者として全国民的アイドルになりつつあった。警察も盗られた金を調べると、賄賂(ワイロ)、不正資金、騙(だま)し金・・などといった邪(よこしま)な金の流れが分かり、盗られた! と通報した側を逮捕する・・といった事例が目立っていた。そうなると、次第に邪悪な資金を世で動かしたり流している側は、盗られたあとも盗難届を出しにくくなっていく。実は、天秤小僧の真の狙(ねら)いはそこにあった。まさに現代の救世主的な鼠(ねずみ)小僧だった。
 海波(うみなみ)署である。鰯(いわし)刑事が平目(ひらめ)警部と話していた。
「課長、脱税ですよ、きっと…」
 内部留保で蓄(たくわ)えた不正資金を盗られた企業からまた、警察へ一報が入った。この企業は強(したた)かで、公正証書原本不実記載の証拠を完全に隠滅したあと、警察へ届けたのだった。
「ああ…。しかし、なぜ分かったんだろうな。天秤小僧をこの席へ座らせたいものだな。ヤツは鋭いっ!」
 平目は低い声で言った。
「ですよね。邪悪な不正資金ですから、法理でいえば存在し得ない資金を盗って配(くば)るんですから、霞(かすみ)を盗って食べるようなもので・・天秤で±[プラスマイナス]をなくす話です」
 鰯は少し興奮ぎみに声を大きくした。
「ああ…。天秤で格差社会をなくす天使か仙人みたいなヤツだ。ははは…経済学者のケインズも真っ青だな。ただ、コレは飽(あ)くまでも・・飽くまでもだよ、風の噂(うわさ)で聞いた話だが、聞いた話だよ、君」
「ええ、聞かれた話ですとも」
「うんっ! 不思議と倒産を免(まぬが)れたり、経営が立ち直る企業や工場が目立っているそうじゃないか」
「そのようです…」
 口でそう言いながら、二人は密(ひそ)かに届けを出した会社の脱税捜査を考えていた。

                            完

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2017年2月19日 (日)

サスペンス・ユーモア短編集-34- 微妙な落雷

 不審火による火災が発生し、梶北署の捜査員が現場へ出動した。家は廃家で、幸いにも誰も死傷者は出ていなかった。
「消防は火元から見て不審火としか考えられないとの結論でしたが…」
 組立(くみたて)刑事は体育(たいいく)主任の顔色を窺(うかが)った。
「ああ、漏電、その他の原因はなかったそうだからな…」
 体育は、少し威厳のある声で返した。
「立ち去った少年の目撃情報が取れましたが…」
「坂立(さかだち)が洗ってるそうだな」
「はい! 今回はスンナリ捕(つか)まりそうです」
「そうなればいいがな…。さあ、署へ引き上げるとするか」
「はい!」
 体育と組立は覆面パトカーへ向かった。
 数日後、少年は簡単に捕まった。それも当然で、逃げていなかったからである。少年は署へ連行されるとき、キョトン? とした顔で警官を見た。自分がなぜ逮捕されるのかが分からなかったのである。
 梶北署の取調室である。
「お前しかいないだろうがっ! ちゃんと目撃者の裏も取れてるんだっ!」
「そんなこと言われても…僕じゃないよっ!」
「それじゃ、お前を見たっていうのは嘘(うそ)ってことだなっ!」
 組立は強い口調で自白を迫った。
「いえ、それは本当だと思う。確かにその家の前を通ったから…」
「やはり…」
「いやいやいや…」
 少年は片手を広げ、ブラブラ振りながら否定した。それを見て、組立の後ろに立つ体育がポツリと言った。
「吐けば楽になるぞっ…」
「あっ! あのあと、しばらくして落雷があったんだ…」
「落雷? 馬鹿かお前は。そんな天気じゃなかったろうが…」
「いえ、確かに。僕がその家の前を通り過ぎてから五分ほどしたときだったな」
「馬鹿野郎! 落雷したなら近所の者は皆、知ってるわっ」
「音も聞いてるだろうしな」
 また体育が後ろから付け加えた。
「いえ、信じちゃもらえないかも知れないけど、無音で落ちたんだよ」
「誰が信じられるかっ!」
 そのとき、体育の携帯が鳴った。体育は威厳のある態度で携帯に出た。
「体育ですが…。…はい。…はい。えっ? そんな馬鹿なっ!」
 体育の顔の表情が一瞬、険(けわ)しくなった。
「主任、どうされました?」
「全焼した現場で、無傷の雷太鼓が発見されたそうだ…」
「でしょ?」
「微妙だな…」
 少年はニンマリし、二人の刑事はアングリした。

                          完

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2017年2月18日 (土)

サスペンス・ユーモア短編集-33- 歩いた財布

 欠伸(あくび)が出るような春の昼下がり、象野池交番の水面(みなも)巡査長はウトウトと眠るでなく眠っていた。詳しく言えば、表面張力で水面を漂(ただよ)う一枚の紙のように、沈まず浮かずの状態で、際(きわ)どく残っていたということだ。完全に眠らせないのは、水面の脳裏に潜在している『自分は警官だ…』という意識だった。
「す、すいません! 私のさ、財布、届いてませんか?」
 一人の紳士が交番へ飛び込んだのは、そんなときだった。水面はハッ! と瞼(まぶた)を見開いて前かがみに倒れていた姿勢を直立に正した。紳士はそんな水面の顔を頼りなさそうな顔で見た。
「いや、届いてませんよ。どこで落とされたんですか?」
「いや。ここのすぐ近くなんですが…」
「色と形は?」
「黒の皮です」
「ほう! それで、中にいくらぐらい入ってたんですか?」
 水面はいつの間にかメモしていた。
「10万ほどです…」
「大金ですな…」
「ちょっと、買うものがあったものでして…」
「なるほど! 届けば連絡しますから、この遺失届の用紙に必要事項を書いてください」
「はい…」
 その後、紳士は書類を書き終えると、水面に頭を下げて交番から去った。
 そして、また何ごともなくポカポカ陽気の中、水面はウトウトした。そして水面は水面下へ撃沈した。いや、寝入ってしまった。水面はいい気分で夢を見ていた。自分が交番でウトウトしている現実に近い夢である。
『あの…私、主人に落とされた財布です』
 水面は現実と同じように、夢の中でもハッ! と瞼(まぶた)を見開くと、前かがみに倒れていた姿勢を直立に正していた。黒皮の財布はまるでアニメのように逆V字形で歩いて近づき、水面が座る前机の上へジャンプして飛び乗った。
『そ、そうですか。預かっておきましょう…』
 水面は自然と話していた。
『よろしく頼みます』
 そういい終わると、財布はパタン! と横倒しになり、眠ったように動かなくなった。そのとき、ハッ! と水面は目覚めた。目を開けると、先ほどの紳士が立って水面を呼んでいた。
「すみません! まだ届いてないでしょうか?」
「いや。届いてませんよ…」
 水面はそう言いながら、ふと自分の机を見た。机の上には黒皮の財布が横たわっていた。
「い、いや。これですか?」
 紳士は無言で頷(うなず)いた。水面は歩いた財布に、怖(こわ)さよりある種のサスペンスを感じた。

                          完

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2017年2月17日 (金)

サスペンス・ユーモア短編集-32- 有難い交番

 交番に日参しては土下座し、交番前の片隅で半時間ばかり平伏する男がいた。交番の高科(たかしな)巡査は、始めは見て見ぬふりをしていたが、その男が雨の日も風の日も休まず日参するものだから、半月ほど経ったある日、ついに交番椅子から重い腰を上げた。
「あんたね! こんなところで風邪をひくよ。礼拝かなんか?」
 高科の言葉に、男は相変わらずひれ伏したまま首を横に振った。
「違うのか…。じゃあ、なにか訳でもあるの?」
「有難いんです…」
 ひれ伏したまま、男は小さな声で呟(つぶや)くように言った。高科には男の言った意味が分からなかった。それに少し事件性がなくもない…と思えた。
「どういうこと?」
「この交番が有難いんです…」
「交番が有難い? …」
 高科は益々、分からなくなった。
「よく分からないからさぁ~中へ入って聞くよ。まあ立ち話・・いや、座り話もなんだから…」
 高科はとりあえず男を立たせようとした。
「あとからにしてください。もう、10分ほどですから…」
 平伏したまま男は高科に話し続けた。まるで地面と話してるようだ…と高科は思ったがそれは思うにとどめた。
「そうかい…それじゃ、あとで」
 そして10分が経過したとき、男は静かに地面から立ち上がると自分の意思で交番へ入った。
「まあ、座って。聞こうじゃないか、その有難い訳とやらを…」
「実はこの建物のお蔭(かげ)で私は死なずに済んだんです…」
 話によれば、高科がここへ赴任する数年前、男は生活苦から生きる気力を失い、自ら命を絶とうとしていた。それが、前任者の低居巡査から投げなしの金を貰(もら)い、死なずに済んだのだという。
「そうだったのか、低居巡査のお蔭で…」
「いえ、話にはまだ続きがあるんです」
「んっ?」
 高科は訝(いぶか)しそうにその男の顔を見た。男は静かに語った。
「私はそのお蔭で立ち直ることが出来ました。それからというもの、この建物がどういう訳か、低居さんに見えて有難いんです…」
「建物が…?」
 それ以上は訊(たず)ねず、高科は奇妙なサスペンス風の男を帰した。

                          完

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2017年2月16日 (木)

サスペンス・ユーモア短編集-31- 真実

 取調室である。
「はっきり見たんですねっ!」
「ええ、それはもう…。ただね、私もここの虎箱でお世話になった口ですから、しかとは断言できませんが…」
 泥酔した挙句、蒲畑(かばはた)署で一夜を過ごした角鹿(つのじか)は、私服の馬皮(うまかわ)に事情聴取されていた。角鹿が何も語らなければ、そのまま何事もなく蒲畑署を出ていたはずだった。だが、角鹿は語ったのである。というのも、角鹿が泥酔してフラフラと暗闇の裏通りを歩いていたとき、とんでもないものを見てしまったのだ。そのとんでもないものとはUFOが円盤へ人を吸い込む瞬間だった。馬皮は半信半疑で小笑いしながら角鹿の顔をジィ~~っと凝視(ぎょうし)した。
「ははは…、警察を舐(な)めてもらっちゃ困りますな。どうせ深酒(ふかざけ)で夢でも見られたんじゃないですかっ?!」
 馬皮は角鹿の話がとても真実とは思えず、まったく信じていなかった。こっちは忙(いそが)しいんだっ! 早く帰ってくれっ! というのが馬皮の内心だった。事実この日、人が失踪(しっそう)した通報があり、馬皮はその家へ向かおうとしていた矢先だったのである。
「とにかく、お聞きしておきます。ここへ連絡先を書いていただいて、今日のところはお引き取りいただけませんか」
 警察の方から迷惑だから引き取ってくれ・・と言うのは、相場とは間逆の展開である。
「まあ、それじゃ。そういうことですんで…」
「はいはい…」
 はい、を一つよけいに言ったところに、馬皮の迷惑気分の内心が垣間(かいま)見えた。
 数日後、失踪した人物が発見された。遺体ではなく記憶喪失で、である。
「本当に何も覚えておられないんですね?」
「はい! 私は誰でしょう? ただ一つ、UFOに乗っていて、高い空から地上へフワフワ降ろされた・・という記憶だけは残ってるんですが…」
 失踪者は馬皮に情況を克明に説明した。
「ははは…天孫降臨じゃあるまいし、ご冗談を」
「いえ、本当に…」
 馬鹿な話を…と、馬皮の笑っていた顔が一瞬、真顔に変わった。真実に思えたのである。馬皮の脳裏に角鹿の顔が浮かんでいた。

                            完

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2017年2月15日 (水)

サスペンス・ユーモア短編集-30- コトのなりゆき

                           完
 島国(しまぐに)は今年、猫川署に配属された若者である。同時に赴任した国境(くにざかい)とは、私的には友人だったが、署内では何かと意見が対立するライバル関係にあった。
 ようやく暖かくなり始めた早春の朝、梅が綻(ほころ)ぶ盆梅展で丹精込められた樹齢数百年の老梅の大鉢が何者かによって持ち去られるという奇怪(きっかい)な盗難事件が発生した。奇怪というのは、警備の係員がいたのだから、展示中は盗られることはまずない…と考えられるからである。盗られるとすれば閉館から開館までの間だが、島国と国境の懸命の聞き込みにもかかわらず、コレ! といった確実な情報は得られなかった。二人から捜査報告を受けた課長の海上(うみうえ)は、訝(いぶか)しげに首を捻(ひね)った
「… まあ、そのうち足が付いて、何か掴(つか)めるだろうがな…」
「私もそうは思いますが…」
「いえ、それは無理でしょう…」
 島国は肯定したが、国境はキッパリと否定した。
「どうしてだ? 国境」
「いや、どうも売りに出る品じゃないと思っただけです」
「というと?」
「私は愛好家の誰かだと思ってるんですよ。それも出入りが自由な内部の関係者の周辺かと…」
「ほう! 鋭いっ!」
 海上は感心した。ライバルの島国はチェッ! とばかりに、渋い顔をした。国境に、してやられた…という顔である。
 数日後、また奇怪な事件が起こった。盗られたはずの梅の大鉢がまるでマジックを見るかのように同じ位置へ戻(もど)っていたからだった。移動した形跡、物証も皆無で、鑑識や科捜研もポカ~ンとした。そして、事件は事件にもならず、未解決のまま幕引きとなった。今では、宇宙人の花見・・という奇妙な一件として語り継がれている。
 ここだけの話だが、拝借したのは管理人の爺さん、陸大(りだい)で、コッソリと頼み仕事でプロに運ばせ、寝起きを共にして楽しんだあと、また返却させた・・というのがコトのなりゆきの事実である。

                            完

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2017年2月14日 (火)

サスペンス・ユーモア短編集-29- 落としどころ

 ベテラン刑事の舟方(ふなかた)は、このところ持病の神経痛に悩まされていた。なんといっても困るのは、張り込み中にジワ~~っと痛み出すやつだ。
「舟さん、いいですよ。私が見てますんで、車で待機していてください」
 若い底板はそう言って舟方をフォローした。
「おっ! そうか、すまんな。動きがあったら知らせてくれ」
 舟方は、こいつも、ようやくモノになったな…と思いながら、助かった気分で覆面パトへ移動した。
 犯人のトマト泥棒が捕まったのは、それから数日後である。その犯人は妙なヤツで、トマト好きが通り越し、一日中、トマトを食べていないと体調が悪くなるという、ある種の病気体質の男だった。
「さっさと吐けっ! お前が食べながら走り出たのを生産農家の一人が見てるんだっ!」
「いえ、私はそんなことはしやしません…」
 男は頑強(がんきょう)に犯行を否認し続けた。
「なあ芋尾(いもお)、隠したって、いづれは分かるんだ。疾(やま)しい心の痛みは、吐けば消える! なあ芋尾」
 舟方は落としどころを探っていた。そのとき、例の痛みがジワ~~っと舟方の腰にきた。舟方は一瞬、顔を顰(しか)めた。
「私が変わります、舟さん!」
 敏感に察知した立っている底板が舟方に小声で言った。
「おお、そうか? …」
 舟方は犯人と対峙して座る椅子から立つと隅の椅子へ移動した。舟方に変わり対峙した底板は、机をバン!! と一つ大きく叩(たた)いた。
「腰痛(こしいた)の年寄りを煩(わずら)わすんじゃねぇ!」
 犯人は底板の態度の豹変(ひょうへん)に驚いてビビッた。
「す、すみません、つい…」
 その自白を聞き、舟方は落としどころは、そこかい! と、少しムカついた。

                            完

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2017年2月13日 (月)

サスペンス・ユーモア短編集-28- 重いような軽い話

 正直なばかりに損ばかりして、かろうじて世を渡っている時代に取り残されたような男がいた。男の名は我道(がどう)進という。
「お前なっ! もう言い逃(のが)れは出来んぞっ! 悪いことは言わん。ここらが年貢の納め時だ・・と思って吐けっ!」
「あの…お言葉ですが、僕はきちんと税金は払ってます」
「…屁理屈を捏(こ)ねるやつだ。たとえ! たとえを言ったまでだっ!」
 刑事の糠漬(ぬかづけ)は重石(おもし)をさらに乗せるかのように我道を責めつけた。
「でも、僕はそんなことは一切、やってません!」
 正直者の我道は真実を言っていた。どう考えても三軒隣の漬物石を盗む必要など自分にはない…と我道には思えた。あんなもの盗って、いったいどうするというんだ…と我道は取調室の椅子に座りながら、また考えた。
「しらばっくれるなっ!! お前を見たという確実な目撃情報もあるんだっ!」
 署内で「落しの糠」と囁(ささや)かれる凄腕の刑事である。そのことが返って糠漬のプレッシャーになっていた。
「まあ、遅くなったから、続きは明日(あした)だっ」
 ひと晩、明けた朝、糠漬の態度が豹変(ひょうへん)した。
「あっ! 我道さん。どうもすいませんでしたっ。先方の飛んだ早とちりでしてね。漬物石は親元に返したのを、うっかり馬鹿嫁が忘れてましてねっ。ほんとに馬鹿ですよ、大馬鹿嫁!! お蔭で私まで署内のいい笑いものになってしまいましたよ、ははは…」
 なにが、ははは…だ! と、さすがに我道も少し怒れたが、そこは馬鹿を見ることに馴れている我道である。グッと我慢して、思うに留めた。
「そうでしたか…」
「ああ! もう帰っていただいて結構です。ご迷惑をおかけいたしました」
 糠漬は重いような話を軽い話に変えた。僕を見たという目撃者の下りはいったいどうなったんだ? と正直者の我道は署の出口で、ふと疑問に思った。

                           完

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2017年2月12日 (日)

サスペンス・ユーモア短編集-27- 食フェチ

 係長の立花は、どこにでもいる普通の青年サラリーマンである。ただ一つ、立花は異常なほど食に拘(こだわ)りを持っていた。それがまさか、事件まがいの警察沙汰になろうとは、露ほども思っていない立花だった。
 半年前の昼どき、立花はいつものように屋上へ上がり、自分で調理した手作り弁当を楽しみながら食べていた。会社の連中も立花の食フェチを知っていたからか、遠慮して誰も屋上へは上がらなかった。そんな暗黙の申し合わせが社内にできていることを知らない立花は、一人のんびりと屋上で昼の休憩を取っていた。そのとき一羽の鶴が音もなく屋上へ飛び降りた。その鶴は別に恐(おそ)れるでもなく、おやっ? どこかで見た人だな…みたいな顔でジイ~~~っと立花の姿を見続けた。立花の方も、おやっ? どこかで見た鶴だな…と不思議にもそう思え、鶴を見続けた。立花は少しずつ鶴へ近づいていった。鶴の方もトコトコと歩いて立花に近づいた。双方が目と鼻の先に近づいたとき、一人と一羽は忽然(こつぜん)と屋上から消え去った。他には誰もいない屋上なのだから、当然、誰もその事実を知らなかった。
「おい! 立花君はどうしたっ!」
 課長の弘瀬は帰りが遅い立花のデスクを見て、同じ課の東郷に訊(たず)ねた。
「妙ですね。いつもなら、もう席に戻(もど)ってるはずなんですが…」
 その日を最後に、立花はすべての人の前から姿を消した。
「昼休みまでは本当にいたんですねっ!」
 刑事の敷島(しきしま)は小声で弘瀬に訊(たず)ねた。
「ええ、もちろん! おい皆、そうだろ?!」
 弘瀬は課員達の同調を求めた。課員達は弘瀬に促(うなが)されるかのように全員が頷(うなず)いた。
「…」
 敷島は訝(いぶか)しげに首を捻(ひね)った。次の日、会社から捜索届が三笠署に出され、立花のデスクの上には縁起でもない写真立てが飾られた。
「ただいま、戻りましたっ!」
 何事もなかったかのように立花は半年後の昼どき、課へ戻った。
「お、お前…」
 弘瀬を筆頭に、課員全員がまるで幽霊を見るかのように立花をシゲシゲと見つめた。
「どうしたんです? 皆さん…」
 立花は訳が分からず、課内を見回しながら訊ねた。
「こっちが聞きたいわっ!」
 弘瀬は興奮して立花に言い返した。立花はキョトン? とした顔で自分のデスクへ座り、飾られた自分の写真立てとカレンダーの日付におやっ? と思った。立花の半年は消えていた。
 三笠署に出されていた捜索届が取り下げられたその頃、立花とともに消えたあの鶴が会社の屋上でのんびりと羽根を広げて寛(くつろ)いでいた。不思議なことにその日以降、立花の食フェチはピタリ! となくなった。

                           完

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2017年2月11日 (土)

サスペンス・ユーモア短編集-26- 浮世坂(うきよざか)の謎(なぞ)

 世の中には妙な事件もあるものだ。事件といえば犯人による犯行と被害者・・とするのが相場だが、浮世坂(うきよざか)で起きた事件はその常識をうち破る事件となった。
 コトの発端(ほったん)は、毎日、同じコースをジョギングで歩き続けている絵師(えし)という男が出合った偶然の不思議な出来事だった。
 その日も早足で絵師は歩き続けていた。外は次第に夕闇を濃くしようとしていた。絵師が浮世坂の橋近くに近づいたときだった。
「あのう…もし」
 絵師は気味の悪い浮浪者風の男に声をかけられた。立ち止まった絵師は近づく男の顔をジィ~~っと凝視(ぎょうし)した。その男はやつれた風体(ふうてい)で、顔の色といえば蒼白く、とてもこの世の者とは思えなかった。季節は秋深く、瞬く間に辺りはとっぷりと暮れ、月明かりもなく、街灯以外の明るさは何もなかった。
「はい、何か?」
「いえ、なにも…。人違いでした、どうも」
 その男は絵師にそう言うと、スゥ~っと闇に消えた。絵師は一瞬、ゾクッ! と身の毛がよだったが、夏でなかったのが幸いし、すぐ平静に戻(もど)り、その場からやや急ぎ足で立ち去った。
 そしてその後は何事もなく、数週間が経過した。そんなある日の朝、絵師がなにげなく新聞を捲(めく)っていると、地方版に大きく出ている記事が目に入った。見出しは[闇夜の男 ますます深まる謎]と、あった。写真も大きく掲載されていて、よく見れば、絵師がいつも通るコースにある見慣れた橋が写っているではないか。
「…」
 心当たりがなくもない絵師は真剣にその記事を読み続けた。記事の内容は、夜な夜な現れ、同じ質問を訊(たず)ねただけで消える男・・警察は不審人物として捜査を開始したが、まったく手がかりは得られず、被害届も出されていないこともあり、それ以上、手の打ちようがなくなっていた。
 蒲鉾(かまぼこ)署である。
「迷惑防止条例違反っていうのはどうなんでしょうね?」
 新米刑事の板和佐(いたわさ)が老練刑事の翔遊(しょうゆう)に訊ねた。
「馬鹿野郎! 被害届が出んとダメだろうがっ!」
「すみません…そうでした」
 板和佐は小さくなり、翔遊に美味(うま)そうに食われた。
 その後、どういう訳かその男はパッタリと姿を現わさなくなった。結局、浮世坂の謎は闇に葬(ほうむ)られたまま、事件にもならない一件で処理され、曖昧(あいまい)な終結を見た。その不審人物の男が翔遊に隠し味を与えた旨味(うまみ)という男だったことを誰も知らない。その男の消えた謎は、今もサスペンスとして蒲鉾署内の語り草となっている。

                         完

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2017年2月10日 (金)

サスペンス・ユーモア短編集-25- 死なず池生き返り事件

 この話は人類にとって夢のようなパラダイス事件である。
「なに?! んっな馬鹿な話があるかっ! ガセ[デマカセ]だ、ガセっ!! そこなら俺も一度行ったことがあるが、そんな池はなかったぞっ!」
『はあ。確かに私も行きました。しかし、そこからもう少し奥の山村なんですよ、この池は…』
「俺には信じられん! そんな話が成立するなら、科捜研はいらんわっ!」
 デカ長の細井は横山からかかった携帯に怒りを沸騰させていた。
『いや、ほんとなんです、ホソさん。死んだ人の遺体をその死なず池に浸(つ)けると、仏さんが生き返るんですっ!』
「ははは…冗談は休み休み言え! 死なずの池・・そんな便利な池なら、明日、葬儀の釜土(かまど)先輩を生き返らせたいわっ!」
 まったく信じられない細井は怒鳴りぎみに言った。釜土は細井の先輩刑事で、すでに退職していたのだが、二日前、病院でポックリ亡くなっていた。
『残念でした。池の蘇生有効時間は村人の話では24時間だそうです』
「… ともかく俺もそっちへ行く!」
 信じられない細井だったが、横山の冗談とも思えない真剣な話しぶりに、困惑ぎみだった。
「ホソさん、どうした?」
 浮かぬ顔の細井を遠目に見て、課長の蚕(かいこ)が声をかけた。
「いえ、なにね。ははは…よしましょう。馬鹿言ってますよ、横山は。ともかく私も現場へ飛びます! まあ、事件といえば、逆事件ですから…」
「逆事件?」
 意味が分からず、蚕は訝(いぶかし)げな顔をした。
「いや、なんでもないです!」
 細井は現場へ駆けつけたが、横山が言ったとおり、そこからまだ少し奥の村だと村人から説明された。山奥の細道を車で走り、ようやく細井はその村へ出た。村は池に面していた。村民は多くの者が100歳を超えていた。その事実に細井は唖然(あぜん)とした。
「こちらの方は昨日、友人と喧嘩(けんか)して死んだそうですが、見てのとおりピンピンしておられます」
「殺人事件ではなくなった訳か?」
「はあ、まあそういうことですかね、ははは…」
「なんか、妙な事件だな」
「死んでも生きかえりゃ、死んでないってことですよね」
「ああ…。課長が1cm以上伸びた鼻毛を切らないのに似た謎(なぞ)だ…」
「…はい」
 横山は納得して頷(うなず)いた。

                            完

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2017年2月 9日 (木)

サスペンス・ユーモア短編集-24- 間違い

 室下(むろした)は平凡な市職員である。その室下が妙な事件に巻き込まれた。事件といえばサスペンスを連想しがちだが、室下の場合は、ただの間違いから出来事が発生して大きくなった・・という一件である。
「そうすると、あなたがその家へ行ったのですね?」
「はあ、まあ、仕事ですから…」
 生活環境課の室下は刑事の天童に堂々と返した。室下は普通に仕事をしたと思っているから別に悪びれていなかった。
「通報は、安川さんからいつあったんです?」
「朝方でしたか…」
「安川さんは、どう言われたんです?」
「家の前で二匹の大型犬が喧嘩(けんか)してるから出られない。何とかしてくれと…」
「ほう! それで行かれたんですね?」
「はあ、まあ…。仕事ですから」
「それで行ってみると、別に何も起こっていなかったから帰ったと」
「はあ、まあ…。いや、私もそのとき確認の携帯をかければよかったんですが、一瞬、イタズラか…と間違えまして」
「そのまま役場へ戻(もど)られたと…」
「はあ、まあ…」
「すると、上司の方に、まだ行ってないのかっ! と激しく怒られた訳ですね?」
「はい。妙だな? とそのとき思ったんで、行ったと報告しますと、どうも一丁目と二丁目を誤解して間違えたようでして…」
「偶然、二丁目にも安川さんのお家(うち)があった訳ですね? その頃です、一丁目の安川さんは、もう大丈夫だろうと家を出られて犬に飛びかかられ、怪我(けが)をされたと…」
「はあまあ、そのようで…」
「安川さんは業務上過失傷害で訴える! と息巻(いきま)いておられるんですが…」
「そんな大げさな! 犬に噛(か)まれられたのはお気の毒ですが、それは自己責任でしょう。私が行かなかったからという理由は納得できないなあ!」
 室下は、やや語気を強めて刑事の天童に言った。
 次の日の朝、告訴はまるで何もなかったように取り下げられた。電話をかけた安川の早とちりで、安川は『二丁目の安川です』と室下に言ったのだが、言った本人は 一丁目と言ったと間違えていたのだった。その電話が刑事の天童にかかったのだ。室下はホッとした。
「間違えるなっ!!」
 天童だけが、いらぬ手間をかけさせられたと、警察で一人、愚痴っていた。

                          完

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2017年2月 8日 (水)

サスペンス・ユーモア短編集-23- 天下な裁判

 法廷である。検事の笹山(ささやま)と弁護士の南宮(なみや)が対峙(たいじ)して民事裁判に臨んでいた。裁判長の子早川(こばやかわ)は初めて裁判長を受け持つことになった若手で、左右の老練な裁判官はその不手際な発言のたびに、裁判長の顔を見て咳(せき)払いで間違いを指摘していた。弁護席の前の被告席には被告の関原(せきはら)が座っていた。関原は大欠伸(あくび)をしながらどうでもいいような顔で証言席に立つ原告側証人、浮田(うきた)の証言を聞いていた。
「そうすると、被告は大根を齧(かじ)ったんですね?」
「はい! ボリボリと…」
「尋問(じんもん)を終わります!」
 笹山はしたり顔で自信ありげに南宮を見て、検事席へ座った。
「弁護人、質問は?」
 眠たそうな声で子早川は弁護席の南宮に言った。
「はい。…その大根は現場では発見されてませんが、それはどう説明されます。葉のついた大根を丸ごと一本、被告が食べたとは、到底(とうてい)、考えられませんが…」
 南宮は立つと、浮田を尋問で攻めた。
「いや。そう言われても…。鳥かなんかが…」
 浮田は南宮の尋問にたじろぎ、引いた。
「いえ、それは考えられません。被告がシゲシゲと出来のいい大根を見ていたのを、齧っていると錯覚されたんじゃないですか?」
 南宮は、なおも浮田を攻め立てた。
「そう言われれば…」
 浮田は、ついに敗走した。
「異議あり! 裁判長、誘導尋問です! 撤回を求めます」
 スクッ!  と笹山は検事席から立ち、怒りぎみに裁判長の子早川に訴(うった)えた。そのとき、子早川は眠気(ねむけ)でウトウト…と首を項垂(うなだ)れつつあった。そんな小早川を見て、左右の裁判官は両側から大きく咳払いをした。その咳払いにハッ! と目覚めた子早川は、どうしたの? とばかりに左右の裁判官を交互に見た。
『…却下(きゃっか)』
 左右の席から小声が聞こえた。
「却下します! 却下、却下!」
 子早川は左右に倣(なら)えで、却下を何度も口にした。
「以上です…」
 引き際(ぎわ)よく、南宮は質問をやめ、弁護席へ座った。
 結審し、判決が申し渡されたのは数週間後だった。検察の敗訴、いや、それ以前の訴訟(そしょう)の不当性が認められたのである。言うまでもなく、関原は無罪放免となった。その後、検察は上告したが、上告は棄却され、南宮の天下な裁判で終結した。

                          完

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2017年2月 7日 (火)

サスペンス・ユーモア短編集-22- 野菜盗難捜査

 厄介(やっかい)な一件に関(かか)わったもんだ…と、ボリボリ頭を掻(か)きながら、三課の刑事、鶏冠(とさか)は、アアァ~~! とひと声、けたたましく鳴いた、いや、大声を出した。署内の一室で、幸い誰もいなかったからよかったが、なぜ俺だけがこんな捜査担当なんだっ! と鶏冠は少なからず頭にきていた。他の刑事は、けっこう格好いい聞き込みに回っているというのに、一人取り残された鶏冠にお鉢が回ったのは、この手の捜査だった。
「頼んだぞ、鶏冠」
「はい! 課長」
 上司にそう言われては仕方がない。内心はともあれ、鶏冠は快(こころよ)く立ち上がった。
 鶏冠が捜査に出向いた先は、取り分けて変わりがない一般家庭だった。
「野鳥(やとり)署の鶏冠です」
 鶏冠は電話があった尾長(おなが)家の玄関前にいた。
「態々(わざわざ)、ご足労かけて済みません…、どうぞ」
 インターホンから主婦らしき声がした。
「野菜が度々(たびたび)、冷蔵庫から消えるそうですが、現金や預貯金、貴金属とかは?」
「はい、妙な話で買ってきたお野菜だけです。他にこれといって盗られたものは…」
「妙ですね…、まあ一応、盗難は盗難でしょうから捜査はしますが…」
 口ではやんわりとそう言ったが、怒りで鶏冠の内心は煮えたぎっていた。こんなことぐらいで電話するなっ! が鶏冠の内心である。まあ、それでも仕方がない。鶏冠は聞き込みを開始した。家人のそのときの状況、アリバイ[現場不在証明]、そのときの家の戸締りの状態、消えた食材の保管状態などである。
「失礼しました。今日のところはこの辺で…」
 聞き込みを終えると軽く敬礼し、鶏冠は尾長家をあとにした。
 次の日、捜査届は取り下げられた。盗った・・というより持ち去ったのは小学校の息子だった。その息子は野菜の食わず嫌いで、冷蔵庫の野菜を学校の動物飼育小屋へ持っていっていたのだ。尾長家へ出向く前、その話を課長から聞かされた鶏冠は、黙って持ち去ったのは悪いが、なかなかいい話じゃないか…と溜飲(りゅういん)を下げた。

                            完

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2017年2月 6日 (月)

サスペンス・ユーモア短編集-21- 皮毛(かわげ)公園・環境保全事件

 菜飯(なめし)は最近、売り出し中の新進作家である。締め切り作の切りがついた次の日の朝、今日は一日、のんびりと過ごすか…と近くの皮毛(かわげ)公園に出かけることにした。皮毛公園は市営で、多くの動物が飼育され、運営費は市税で賄(まかな)われている。市外の人の場合は入場料がいるが、当然、一般市民は市民証の提示で無料開放されていた。けっこう珍しい動物も飼育されていて、市職員の獣医、飼育員の建物も併設(へいせつ)されていたから、全国の有名動物園と引けを取らないと国内でも有名になっていた。そうなると、それを目当ての観光客やら何やらと市は賑(にぎ)わう。事実、経済効果も馬鹿にならず、市の商業観光課はホクホク顔だった。ただひとつ、大きな問題はあるにはあった。観光客のポイ捨てゴミなどによるマナーの悪さで起こる生活環境の悪化である。公園周辺の住民は自治会長を先頭に、環境保全の名目でついに立ち上がろうとしていた。運悪く、菜飯が公園を訪れたその日、公園内では住民達による決起集会が開かれていた。
「いったい、何事だっ?」
 菜飯は公園の動物を見るというより集会の人だかりを見る破目に陥(おちい)った。出直そう…と菜飯は早々に公園から退去した。
 事件の勃発(ぼっぱつ)は次の日の朝刊の地方版に大きく出ていた。住民達が市庁舎へ乱入し、市長との直接談判に臨(のぞ)んだのである。その経緯(いきさつ)を再現すれば、次のとおりである。
 市庁舎内である。
「市長を出せっ!」
 自治会長の拡声器がうなる。勢いづいた住民の怒号(どごう)が飛び交う。
「いえ、市長は公務で出かけていて、おりません!」
 助役が懸命に拡声器で叫んだ。その場しのぎのデマカセである。そのとき市長は怖々(こわごわ)、市長室で震(ふる)えていた。市からの緊急要請で警察の機動隊が出動したのは小一時間後だった。
「外へ出なさい! これ以上、騒げば、公務執行妨害で逮捕しますっ!」
 興奮した機動隊長の拡声器がうなる。興奮した助役の拡声器がまた、うなる。興奮した自治会長の拡声器がまたまた、うなる。その喧(やかま)しさに業(ごう)を煮(に)やした一般市民の来庁者が警察へ通報した。別の警官隊が出動し、機動隊長と助役、自治会長は騒音防止条例違反で警察へ連行された。なんとも、ややこしい突発的なサスペンス事件で、三人は事情聴取のみで解放された。
「なんだ、そんなことか…」
 菜飯は、新聞の記事を読み終え、こりゃ小説に書けるぞっ! とばかりにニヤリとした。
 その後、皮毛公園周辺の環境は改善され、定期的に市のパトロールが行われ、生活環境課主導によるボランティア活動で、ポイ捨てゴミ問題も解決したそうである。


   
                        完

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2017年2月 5日 (日)

サスペンス・ユーモア短編集-20- 落ちていた落ちてない事件

 交番の警官、平林は難解な一件に遭遇(そうぐう)していた。といっても、その一件は事件と呼べるほど深刻ではない、ほんの些細(ささい)な出来事だった。その出来事とは、遺失物の届け者と紛失者との言い分の食い違いである。普通の場合、遺失物は拾った者が警察署とか交番へ届け、落とした者は届けがなかったか交番に尋(たず)ねに行く・・という過程を辿(たど)るのが相場としたものだ。それが、平林が受けた一件は違ったのである。どう違ったのか? といえば、確かに拾った者は交番へ遺失物として届けた。モノは紙袋に入った三本の矢ならぬ三本のサツマイモだった。モノがモノだが、百歩譲(ゆず)ってそこまではよかった。だが、そのあとがいけなかった。落とした者が交番へ届けたのは遺失物届けから小一時間も経っていなかった。
「どうされました?」
「置いておいたサツマイモを盗られました!」
「サツマイモを盗られた? あの…もしかして、これじゃないですか?」
 平林は保管した小一時間前に届けられたサツマイモの袋を持ってきてその男に示した。
「ああ! それです! 盗まれたのは」
「盗まれたって、届けた人は落ちていたと言ってましたよ」
「いいえ! 私は置いておいたんです。ですから、窃盗ですっ! 被害届を出します。その人を捕らえてください!」
 男は興奮して捲(まく)くし立てた。瞬間、平林は、ははぁ~この男は天然だな…と感じた。モノはたかだかサツマイモ三本で、興奮するようなことではないからだ。しかし、遺失物ならコトは民事だからそれで済むが、盗難となれば刑事事件となる。
「どうしたの?」
 そこへ現れたのが、偶然、交番に立ち寄った名刑事の塚平だ。塚平は平林から状況の説明を受けた。
「なんだ、それは君、簡単なことさ、アレだよ」
「はあ?」
「分からんか? なら、説明しよう。つまり、そのサツマイモは届けた者が交番前へ置いておいたのさ。そのとき君はいなかった。そして、戻った君がその袋を拾ったのさ。だったら、盗難でもなんでもなかろう」
「なるほど…それもアリですか?」
「警察は捕らえてコトを荒げるだけが能じゃない。市民、大きく言えば国民を守って治安を維持する・・となる。そう教わっただろ?」
「はあ。確かに…」
 塚平の名裁きで一件は平穏に落着した。

                           完

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2017年2月 4日 (土)

サスペンス・ユーモア短編集-19- 自然な流れ

 岸川は名刑事として知られていた。だが、別に彼の犯人検挙が辣腕(らつわん)で上手(うま)かったからという訳ではない。岸川は自然な流れで犯人を自白へ追い込む名人と言っても過言ではなかった。警察の剣道仲間は、滅法弱い彼の流儀を自然流と呼んだ。そして、事あるごとに、剣の腕と逮捕は別だな・・と岸川の稽古ぶりを見ながら自然な流れで言い合った。
 ある日、岸川は事件に遭遇した。とある町の有名な土産漬物の製造会社、遠州漬物の漬物石が何者かによって盗まれたのである。数多くある石の中の数個なのだが、被害届が出された現場に岸川が出向くと、間違いないと製造責任者で工場長の森松(もりまつ)は答えた。
「もう一度、お訊(たず)ねしますが、数え間違いということはないんでしょうね?」
「ええ、そりゃもう…。なあ?」
「はい!」
 森松に促(うなが)され、工場の現場責任者、紙緒(かみお)は大声で言った。
「そうですか。こんな石が…いや、失礼。石が他で金になるとは思えないんですがね、私にゃ。その辺は、どうなんでしょうな?」
「はあ…なんとも。ただ私らにしてみりゃ、商売ものですから、戻(もど)らないと困るんですよ。製造にたちまち困るってことでもないんですがね…」
 紙緒は小声で訴えるように返した。だったら、いいじゃないかっ! たかだか、こんな石、数個のことでっ! こっちは忙しいんだっ! と内心で怒れた岸川だったが、そこはそれ、顔で笑って思うに留(とど)めた。
「そうですか…。一応、調べてみましょう」
 重大事件でもないことを強調し、岸川は一応という言葉で捜査する立場上、精一杯の嫌味を言った。
「そうですか。ご足労をおかけしますが、よろしくお願いいたします。いや、正直なところ、私もお電話するか迷ったんですがね」
 岸川はその言葉を聞いた瞬間、するなっ! と思った。その日は、状況と出入りした者の確認や調べをして岸川は警察へ戻った。岸川が警察へ戻ったとき、課長が岸川を呼んだ。
「あっ! 岸さん。アレ、数え間違いだったそうだ。少し前、遠州漬物から電話があったよ、ごくろうさんだったね。まあ、自然な流れだ」
「でしたか…」
  岸川は課長の言葉を聞き、何が自然な流れだ、石が流れるかっ! と思え、気疲れからか、身体が石のように重くなった。

                           完

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2017年2月 3日 (金)

サスペンス・ユーモア短編集-18- 名コンビ

 

 田村は犯人、通称・戸仲井(となかい)の潜伏先を特定できないまま追っていた。
「この男なんですが、知りませんかね?」
 田村は一枚の写真を見せた。
「さあ…」
 家人は首を横に振った。
「いや、どうも。もし見かけられたら、ここへ一報ください」
 不特定に訊(たず)ね回っていた田村は、その家の玄関前で礼を言って頭を下げると、『ここも駄目か…』と思いながら外へ出た。
 犯人、戸仲井は普通の中年男だったが、ただ一つの特徴は、トナカイの被(かぶ)りもので頭を覆(おお)っている点だった。その男の容疑は単純窃盗だが、窃盗にしては今一、釈然としない疑問が戸仲井にはあった。盗られた物は複数だったが、不可解なのは、どの盗難現場にも、サンタがあとで支払う・・というメモ書きが残されていた点である。普通の窃盗犯ならそんなことは絶対にしないから、妙といえば妙だった。
 田村が署へ疲れて戻(もど)ると、意外なことに犯人、戸仲井は検問の網に引っかかり一も二もなく、特徴的な外見で捕(つか)まったとのことだった。田村としては、なんだ! 人が必死で追っていたのに…と簡単に捕まったことが内心で面白くない。しかし、その不満を解消する手立てはなかった。
 戸仲井の取調べが始まった。戸仲井は孰(いず)れの犯行も容疑を否認した。その言い分は、あとからサンタが支払うから盗みではないという言い分だった。それが事実だとすれば、確かに窃盗は成立しない。
 戸仲井の取り調べは田村が任(まか)されたが、留置[時間]+勾留[日数]
の最大期限、約28日が切れる日、被害者達から被害届を取り下げる旨(むね)の電話が相い次いで警察へ入った。理由は単純明快で、サンタと名乗る人物から現金が送られてきたから・・とのことだった。品物代金に上乗せした金額に被害者達はホクホク顔で電話してきたという。田村はそれを課長から聞かされ、名コンビだな…と馬鹿馬鹿しくなった。被害者達が取り下げたその日は、クリスマス・イヴだった。その夜、留置場の署員が鍵を開けようとしたとき、戸仲井の姿は忽然(こつぜん)と消えていた。その謎は今も署内の極秘事項とされている。

                           完

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2017年2月 2日 (木)

サスペンス・ユーモア短編集-17- 狒狒山(ひひやま)牧場転倒事件

 狒毛山(ひげやま)牧場で従業員の一人、河馬口(かばぐち)が馬糞(ばふん)で滑(すべ)り、転(ころ)んで死んだ? 近くの警察、牛淵(うしぶち)署の署員は、ただちに現場に急行し、他殺、事故死の両面で捜査に入った。
「揚(あげ)さん、馬糞で滑るもんなんでしょうか?」
 刑事の鹿尾(しかお)は、警部の揚羽(あげは)に小声で訊(たず)ねた。
「さあ…俺に訊(き)かれてもな。検視の先生、遅いな。えっ! 事故で今日は無理って? 困ったもんだ。ともかく…現にこうして仏さんは死んだんだっ…だろう?」
「はあ。まあ、そうでしょうね…」
 二人は馬糞の臭気(しゅうき)に顔を歪(ゆが)めながら沈黙して横たわる河馬口を見つめ、訝(いぶか)しそうに首を捻(ひね)った。
 そこへ現れたのは別の刑事、猪野窪(いのくぼ)である。
「揚さん、どうも害者(がいしゃ)は急いでたようです。煮物の鍋の火を点(つ)けたままにして、慌(あわ)てて消しに走ったようです」
「そうか…そんな証言が取れたか。まあ、あとは鑑識(かんしき)待ちだな。我々はそろそろ、引き揚(あ)げるとするか…」
 残された物証は、河馬口が滑ったとき馬糞の中へ落としたと思われるキーホルダー一ヶだけだった。鑑識の係員は嫌な顔でそれを袋に入れ、持ち帰った。その後、現状に横たわる河馬口の移動が許可され、捜査員達は引き揚げた。その直後だった。死んだはずの河馬口が寝かされた布団で息を吹き返した。河馬口は頭を強く打ち、一時は死んだ。それは確かだった。だが、彼は生き返ったのである。有り得ない奇跡が起きていた。牛淵署へその知らせが飛び込んだのは、夕方だった。
「なんだ、人騒がせなっ!」
 知らせを聞いた鑑識の係員は、怒りの余り、物証をゴミ箱へポイ捨てた。
「あっ! 君々。それは本人へ返さないといかんぞ!」
「はい…」
 係員は上司に怒られ、嫌々、馬糞の付いたキーホルダーを拾い上げた。その頃、揚羽、鹿尾、猪野窪の三人の刑事は、腹立たしそうに屋台で自棄酒(やけざけ)を飲んでいた。狒狒山牧場の事件は単なる一件として酒で忘れ去られた。

                           完

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2017年2月 1日 (水)

サスペンス・ユーモア短編集-16- 自然な流れ

 彦川(ひこかわ)はすごく偉(えら)い…と自負する県警本部長である。どんなときでも、誰にでも県警本部長の肩書きが書かれた名刺を手渡すのが常だった。その名刺の肩書き印刷がまたすごく、名前の方が返って遠慮しているように見えるド派手な名刺だった。
「県警本部長の彦川です…」
 本部正面玄関で部下を従え出迎えた彦川は、今日も肩書きを強調して名刺を手渡した。[警察本部長・警視監…]と実に偉ぶった名刺である。
「阿形です…」
 警察庁の役人、阿形(あがた)は、彦川の挨拶を聞き、同期の俺だっ! そんなことは分かってるわ!…と内心で少なからず怒りながらも、顔では笑って彦川の名刺を受け取った。そして、真逆(まぎゃく)
に自分の名刺を楚々(そそ)と返した。世間で相場とされる日本人的名刺交換の一場面である。
「いかがですかな? 最近は?」
「ははは、相変わらずですな…まあ、中へ」
 訊(き)いた方も訊かれた方も、質問と返答の意味を暈(ぼか)して話しているから、なんのことか理解していなかった。双方ともただの紋切り型挨拶として自然な流れで話したのである。二人は本部内を歩きながら本部長室へと進んでいった。
「警務部長の餅村(もちむら)です…」
 本部長室内で待機していたのは本部長の側近、警視長の餅村だった。
「ああ…阿形です」
 阿形は餅々した顔の餅村を見て、苗字どおりだ…と思いながら軽く会釈し、さも自然な流れで勧(すす)められた客席へドッカと腰を下ろした。
「アノ事件は、どうなりました?」
「ああ…アレですか。ははは…アレは自然な流れで時効となりました」
 対面席へ座った彦川は悪びれず冷静に返した。
 なにが、ははは…だっ! とまた少し怒れた阿形だったが、ここは怒ってはならんと、笑顔で頷(うなず)いた。
「ははは…時効で終わりましたか。彦川さんのとこだから、もう片づいておると思っとったんですがな、ははは…」
 阿川は、やんわりとした自然な流れで逆襲した。
「いやなに…」
 しまった! 一本、取られたか…と内心で渋面(しぶづら)になった彦川だったが、ここは負けられん! とばかりに笑顔で避(よ)けた。
「まあ世の中、狡猾(こうかつ)でズルい時代になりましたからな。そんな事例も時折り耳にいたしております…」
 阿川は深追いしなかった。この辺りが相場と、自然な流れで彦川に助け舟を出した。サスペンス問答の終結である。
「ははは…」「ははは…」
 両者は笑って話題を変え、警察学校当時の四方山(よもやま)話に花を咲かせた。
 夕方になり執務時間が解かれると、自然な流れで二人の私的な懇親会開催となった。  

                           完

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