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2017年4月

2017年4月30日 (日)

よくある・ユーモア短編集-4-  それはない、それはない…

 そろそろ歳末に入ろうかというある日、川久保は買い物に出ようと車を走らせた。いつもなら行きつけの店は決めていたが、天気がよかったこともあり、少し足を延ばそうか…と、この日にかぎってやや遠出をした。 少し離れた町にある商店街は多くの人でごった返していた。まあ、いいか…と川久保は適当な駐車場へ車を止めようとした。
「あっ! お客さん、すみませんねぇ~。うちはお得意さんだけなんですよ」
 駐車スペースへ車を止め、車から降りた途端、一人のガードマンらしき服装の男が小走りに近づいてきて、川久保にそう言った。
「お得意さんだけ? …どういうこと?」
 意味不明で分からず、川久保は訊(き)き返した。
「会員制なんですよ、この駐車場」
 ああ、そういうことなんだ…とは思った川久保だったが、いや待てよ? と反発して思った。
「何も書いてないじゃないの! そうならそうと、書いときなさいよっ!」
 それまで腹が立っていなかった川久保だったが、急に怒れてきた。
「書いてますよ、そこに」
 ガードマン風の男は斜め前方を小声で指さした。川久保はその指の先を見た。すると、小さな張り紙の表示板が申し訳なさそうに小さくフェンスに取りつけられていた。ただ、その大きさは見逃しそうな小ぶりなもので、誰もが気づかないような大きさだった。だが、書かれていることに変わりなかったから、仕方なく川久保は別の場所へ止めようと思った。普通の場合、店には客用の駐車スペースがある・・としたものだから、妙な店だなあ…と川久保は首を傾(かし)げながら別の店を探すことにした。
 その後、違う店の駐車スペースへ車を止め、川久保はホッとした気分で店へ入った。
「いらっしゃいませ! 何をお探しでしょうか?」
 入口には制服の案内嬢が立っていて、川久保に訊(たず)ねてきた。
「いや、別にコレというものは…」
 買うものを決めていなかった川久保はそう返すしかなかった。
「誠に恐れ入ります。当店ではお客さまのお決めになられた品物しか買えないシステムになっております。どうぞ、お引き取りくださいませ」
 川久保は、ええ~~っ!! と思った。今まで入口で指定したものしか買えない店などなかったからだ。それよりも、そんな変な店が現代にある訳がないのである。
「あのね。おかしいんじゃないの、あんた? そんな店、どこにもないよっ!」
 川久保は我を失い、完全に怒っていた。
「いえ、それはお客さまの記憶違いかと存じます。つい数日前から、そういう法律が施行されまして、どのお店でもそうなりました…」
 そうなったと開き直られては川久保としてはどうしようもなく、引き下がるしかなかった。
「ああ、そうなの? いや、どうも…」
 川久保の買う気力は完全に失せていた。喫茶店にでも寄って帰ろう…と意を決し、川久保は、店を出ると近くにあった喫茶店へと入った。入口には制服姿の店員が当然のように立っていた。腹立たしい川久保は店員が訊ねる前に機先を制し常連客のような顔でオーダーした。
「ブルマンね」
「ブルーマウンテンでございますね? お持ち帰りでございましょうか?」
「はあっ?! ここで飲むんだよ、ここでっ!」
 カップに淹(い)れられたコーヒーを持ち帰る馬鹿がどこにいるっ! と、川久保は怒れた。
「かしこまりました。では、どうぞ…」
 店員が通路を開け、川久保はようやく席へ座ることができた。これでいいんだよ、これで! と内心ではまだ怒れていた川久保だったが、そこはグッと我慢した。
 それからしばらく待ったが、いっこう店員がコーヒーを運んでくる気配がない。それどころか、水コップさえ来なかった。業(ごう)を煮(に)やした川久保は、ついに立ち上がり、店の入口まで戻(もど)った。
「あんたねっ1 私のブルマン、どうなってるの?」
「ああ、アレですか。アレは1時間待ちです。どうも…」
「もう、いい!!」
 そう吐き捨てると、川久保は家へ戻るべく喫茶店を出た。車へと戻り、エンジンをかけようとしたとき、川久保は急に眠気(ねむけ)に誘われた。
 目覚めた川久保は家にいた。買い物に出ようとして、ついそのまま眠ってしまったのだ。夢か…と川久保は思った。世の中、よくあることは確かにあるが、それはない、それはない…と川久保には思えた。

                       完

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2017年4月29日 (土)

よくある・ユーモア短編集-3- 立った角(かど)が丸まる

 朝から 街の一角の細いT字路で見も知らない同士が揉(も)めに揉めていた。ことの発端(ほったん)は、どちらが悪いとも言えぬ双方のうっかりした道路横断にあった。ちょうどその場の近くを巡回していたのが巡査の番頭(ばんず)だった。
「どうされました?」
 番頭は口論している手代(てしろ)と丁稚(でち)の二人を窺(うかが)った。
「あっ! ええところに来てくれはったわ。ちょっと聞いとくんなはれ~」
 コテコテの関西弁で丁稚が番頭に訴(うった)えた。
「それは、わての台詞(せりふ)やっ!」
 手代は興奮気味に言い返した。
「まあまあ、お二人とも落ちついて…」
 番頭は二人からコトの次第を聞いた。
「なるほど…。法律的にはオタクが悪いですが、街のルールで考えますとアナタが悪くなる。…まあ、ここは商店が並ぶアーケード街ですからなぁ」
 二人の申し分には、双方とも一理(いちり)あった。番頭は困ってしまいワンワンと犬のおまわりさんのように吠(ほ)える訳にもいかず、首筋をボリボリと片手で掻(か)いた。
「わては、ええんですけどね。この人が、とやこう言(ゆ)うもんやさかい…」
「それは、こっちでっしゃろがっ! おまわりさん、わてのほうこそ、ええんですわ。この人が偉そうに言うさかい、つい…」
「まあまあ、お二人とも…。要するにお二人とも、ええ訳ですわな。ほな、それでよろしいですがな?」
「それは、そうですけどな。一応、この街のルールでっさかい」
「誰のもんでもない公道は公道でっしゃろがっ!」
「まあまあ、お二人とも…。私の顔に免じて、なかったことにしてもらえませんかね。もうじき本署へ帰れそうなんでね。荒げとうないんですわ、ぶっちゃけたとこ…」
 巡査の番頭は帽子を脱いで二人に一礼した。
「そないな訳でしたら…なぁ~」
 手代は丁稚の顔を見ながら同意を求めた。
「はあ、そうですわなあ…」
「お二人とも、有難うございます。ぅぅぅ…」
 番頭は泣き出した。
「まあまあ、おまわりさん…」
 どちらからともなく手代と丁稚は番頭を慰(なぐさ)め、立った角(かど)が丸まった。

                         完

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2017年4月28日 (金)

よくある・ユーモア短編集-2- お天気変化

 今朝は、よく晴れたな…と、パジャマ姿の芋皮(いもかわ)は、焼きあがった焼き芋のような美味(うま)そうな顔で空を見上げ、欠伸(あくび)をした。こんな天気がいい日に家の中で燻(くすぶ)っているというのも、いかがなものか…と、芋皮は政治家の答弁のように偉そうに思った。そのときである。急にドカァ~ン! ズシィ~ン! と家の外から響くような騒音がした。ご近所迷惑もいいものだっ! と芋皮は怒れてきた。すると、妙なことに今まで晴れていた空に雲が広がり始め、瞬(またた)く間に全天を覆(おお)ったのである。嘘(うそ)だろ? と芋皮は焼けた芋が冷えた、余り美味そうでない顔つきで思った。しばらくの間、その音は続き、芋皮は、ついに頭にきた。いったいなにごとだっ!? とばかりに、芋皮は窓から家の外下を垣間(かいま)見た。すると、どうも工事のようで、業者が地面を掘り返しているではないか。芋皮はついに頭にきた。すると、それに合わせたかのように雨が降り出し、やがてそれは豪雨となった。すると、雨でその日の工事が中止となったのか、音は間もなくすると止まった。
「それでいいんだよ、それでっ!」
 なにがそれでいいのか? 芋皮自身にも分からなかったが、ともかく芋皮は得心した。すると、雨がまた了解したかのように小降りとなり、やがて止(や)んだ。芋皮は、すっかり腹が空(す)いている自分に、ふと気づいた。おそらくは偶然に過ぎない自然現象に、芋皮はこういうお天気変化って、よくあるよな? と、自分を無理に得心させながら、冷えた芋を電子レンジでチン! したような火照(ほて)り顔で思った。

                            完

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2017年4月27日 (木)

よくある・ユーモア短編集-1- その場しのぎ

 こうしよう! と思って出かけたものが、そうならなくなることは、確かによくある。
 今日の舟川の場合がそうだった。終ったときはすでに黄昏(たそがれ)る頃で、しかも何をやっていたのか、皆目(かいもく)分からないような無意味な一日となっていた。舟川は、ほうほうの態(てい)で家に帰り着いた。就寝前、舟川は風呂を浴び、ふと考えた。俺の何が、いけなったのかと…。
 朝の10時過ぎ、舟川は地下鉄に揺られ、傘を買おうと、とある店へ向かっていた。定休日は分かっていて、時間的に店が開いていることは、ほぼ確信できたから、それほど小難しい買い物とも思えなかった。ところが、である。頭で描いた想定は、ものの見事に崩(くず)れ去ったのである。
 舟川は店の前にやってきて、まず最初に、ガツ~ン! と一発、打ちのめされた。店前には臨時休業の張り紙がしてあり、シャッターは閉ざされていた。まあ、仕方ないか…と舟川は、その場しのぎで次の店を考えた。
 次の店が開いているかも分からないまま、舟川は別のとある店へと行き着いた。幸いにも店は開いていた。舟川は、これでOKだ! と思った。だが、世間はそう甘くはなかった。その店は会員制のご用達で、一元客は入れない高級傘専門店だったのである。舟川は、ぅぅぅ…と普通人である己(おの)が身を呪(のろ)った。だが、仕方がない。目的は果たさねばならない。そのときふと、小腹が空(す)いていることに気づいた舟川は腕を見た。すでに昼どきになっていた。まあ、いいか、腹を満たせてから…と舟川は適当な店に入ることにした。だが、ふたたびところが、である。これ! という食べられそうな店がない。舟川は歩きに歩いた。ようやくそれらしき店が遠くに見えたとき、それまで順調に歩けていた右靴の革底に舟川は違和感を覚えた。見ると、靴底の革がめくれていた。これでは、傘屋に寄ったり、食事をしている場合ではない。舟川は急遽(きゅうきょ)、靴屋を探し始めた。だが、あまり来る機会が少ない方面だったから、さっぱり当てがなかった。歩きづらい靴のまま、その場しのぎで引き摺(ず)る ように歩いていると、神の助けか、前方に交番が現れた。舟川は縋(すが)る思いで、その交番へ入った。
「あの…つかぬことをお訊(き)きしますが、この辺(あた)りに靴屋さんはありませんか?」
「靴屋ですか? …ああ! あのビルの地下二階がショップ・モールになってましてね。そこにあったはずです」
「どうも…」
 舟川が交番を出ていったあと、巡査は付近の地図帳を開き始めた。
「確か…あったよな。ほら、あった! 最近は、よく店が変わるからなぁ~。…あっ、しまった! 今日は閉店だ…」
 呟(つぶや)いたあと、巡査は慌(あわ)てて飛び出したが、時すでに遅し。舟川の姿は交番の前から消えていた。
 結局、舟川は傘を買うという当初の目的を果たすことなく、何をやっていたのか、皆目(かいもく)分からない無意味な一日を過ごし、ほうほうの態(てい)で家に帰り着いたのだった。その場しのぎは、そう甘くないのである。

                           完

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2017年4月26日 (水)

サスペンス・ユーモア短編集-100- サイバーマン

 世の中にはサクッ! と軽く、サクッ! とノルマ分の捜査を熟(こな)し、定時には消えていなくなる・・そういう割りきったサラリ-マン捜査を心がける刑事もいる。捜査第二課の軽井がそうだった。軽井は今の時代、注目度が非常に高い知能犯捜査の係に配属されていた。いわゆるサイバー犯罪対策班の一員としてである。軽井は緻密(ちみつ)な頭脳に恵まれ、電子機器関係は学生当時から得意としていたから、その腕を買われた・・ということである。
「それじゃ、私はこれで…」
 同僚(どうりょう)の刑事は、なんだ、もう帰るのか…といった呆(あき)れ顔で席を立つ軽井を見た。軽井が課を出て去ると、課内は少し雑然とした。全員、疲れが溜まっているようで、首を回す者、肩を片手で叩(たた)く者といった按配(あんばい)で、俄(にわ)かにダムから放水されて流れ落ちる水に似ていなくもなかった。
 さて、軽井はその後、どこへ消えたのか・・読者の方々も、その辺(あた)りを注目されておられると思うので、はっきり言わせていただくが、軽井は極秘基地にしているアパートの一室へと消えたのである。そこには、なんと驚くなかれ、まだこの世には存在しない秘密電子機器の幾台かが置かれていた。この装置を使えば捜査第二課など真っ青の犯人潜伏場所が、ただちに発見できたのである。軽井はその場を匿名(とくめい)で二課の同僚へ通報し、逮捕させた。彼こそが表面ではサラリーマン捜査をやりながら、その実態は、犯人のアジトを探る正義の味方、スーパーマンならぬサイバ-マンだったのである。軽井は一時間後、今度は捜査員の軽井として課へ電話した。
「ハハハ、ハハハハハ…」
 犯人逮捕に今宵(こよい)も軽井の勝利の雄叫(おたけ)びが、アパートの一室に谺(こだま)した。

                             完

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2017年4月25日 (火)

サスペンス・ユーモア短編集-99- カラスの足は黒くない

 ここ尾亀(おかめ)署が建つ一角はカラスの大繁殖で至る所が糞(ふん)だらけになっていた。駐車場は申すに及ばず、ベランダ、最上部の屋上・・と、悪臭が漂い、捜査会議などが開ける状態ではなかった。会議に臨む刑事課の全員が背広姿にマスクでは、なんとも様(さま)にならない。そんなことで、でもないが、署内に換気装置が新たに設置されフル稼動する事態に立ち至っていた。
「おい、室畑(むろはた)! 今日はお前の番だったなっ。よろしく頼むぜぇ~~」
 ニタリと笑い、同僚(どうりょう)の麦川(むぎかわ)が室畑の肩をポン! と一つ叩(たた)き、課を出ていった。というのは、学校のようにカラスの糞掃除が当番制になっていて、各課が二(ふた)月づつ回り持ちで掃除をする決まりになっていた。そしてまた、その二月の約60日を各係の四係が15日づつ割り持っていた。さらにまた、その15日を各係員が分担する・・という日々の繰り返しだった。むろん、掃除担当の清掃業者は合い見積[アイミツ]を取る形で随意契約を結んでいたが、カラスの糞掃除は、さすがに契約に盛り込まれていなかった。当然、今日の掃除当番の室畑は捜査を離れることができたから、考えようによれば、まあある意味で骨休みにもなった。
 室畑はバケツの水をコンクリート地面に撒(ま)きながら、ゴシゴシ! と、柄の付いた束子(たわし)ブラシでカラスの糞を洗い流していた。
 ひと息入れ、動作を止めた室畑は、ふと、署の屋上に止まる一羽のカラスを見上げた。カラスは束子ブラシを持つ室畑の方を向き、カァカァ~と美声で挨拶した。
『いやぁ~旦那(だんな)、ご苦労さんです。いつも、ご迷惑をおかけし、すみませんねぇ~』
 カラスがそう鳴いているように、室畑には聞こえた。
「そういや、カラスの足は黒くねえな…。ヤツはシロかも知れん…」
 室畑は初めて気づいたように独(ひと)りごちた。

                             完

 ※ カラスの足は黒くないのですが、外に吊るしたお正月用の神仏膳の干し柿は食べられますから注意しましょう! ^^

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2017年4月24日 (月)

サスペンス・ユーモア短編集-98- 投げ出したくなる捜査

 長い刑事生活の中では、いろいろな事件が発生する。長川がつい半月ほど前に捜査した事件がそうだった。
「あんたね。こんなとこにいられちゃ困るんだよっ! それに、臭(くさ)いしさぁ~、なんとかならないのっ!?」
 ビルの一角にダンボ―ルを一枚引き、浮浪者の風体(ふうてい)を装(よそお)って張り込んでいたときや、事情を何も知らないガ―ドマンにそう言われたときなど、思わず切れかけたことがあったが、そこはそれ、グッ! と我慢(がまん)したこともあった。ガードマンは、むさくるしい格好をされるのは会社の風格を下げるから困る! とでも言いたげな顔つきで長川を見た。もういいっ! と一瞬、立ち上がりかけ、私は刑事だっ! と、言おうとする口を危うく押さえた長川だった。
「どうかしたのかい?」
「いや…」
 長川はそう呟(つぶや)いて、その場を去るのが関の山だった。このときほど投げ出したくなったことはなかった長川だ。それで逮捕できればまあ、浮かばれもするが、なんの成果もなく徒労に帰せば、腹も立ってくるというものだ。上からの命令だから仕方なかったが、フツゥ~~なら、退職届を叩きつけるところだ。だが、忍耐強い長川はそうしなかった。そんな長川に、またもや嫌(いや)な張り込みが命ぜられた。
「すまんなっ! 長川。この借りは必ず返すから頼むっ!」
 課長に懇願されては仕方がない。長川は不承不承、引き受けた。張り込む先は、犯人が時折り顔を見せたというオカマ・バーだった。長川は、また投げ出したくなる捜査か…と捨て鉢になり、憂(う)さ晴らしに輪投げでもしようと思った。

                           完

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2017年4月23日 (日)

サスペンス・ユーモア短編集-97- それでも捜査する理由

 韮皮(にらかわ)署の捜査本部は一部の捜査員を残し解散した。犯人と思(おぼ)しき手配中の重要参考人、肉身(にくみ)が見つからず、行座(ぎょうざ)川 溺死(できし)事件の捜査は、暗礁(あんしょう)に乗り上げたまま時効が迫っていた。無論これは、溺死者が何者かにより殺された、あるいは死に至ったと考えた場合であり、科捜研や鑑識の必死の証拠収集にもかかわらず、めぼしい物証を得られなかった。状況証拠のみでは、逮捕状が請求出来ない。この一件の残留捜査員に残れなかった刑事の鉄板(てついた)がそれでも捜査する理由は、何が何でもこの事件、いや、一件の真相が知りたいためだった。鉄板は、空(あ)いを見て私的な別件捜査を続けた。
 そしてある日、鉄板は聞き込みの途中でついに肉身を見たという有力な証言を得た。
「ええ。この人なら見ましたよ。ああ! 二日前だったな、確か…」
「それは、どこでっ!」
 鉄板は興奮して熱くなった。
「いやなに…ついそこの油坂です…」
 それが何か…という怪訝(けげん)な顔つきで訊(たず)ねられた男は鉄板を見た。鉄板の顔は完全な興奮状態で、紅潮(こうちょう)を通り越し、赤くなりつつあった。
 後日、重要参考人の肉身は韮皮署へ出頭した。
「なんだ…アレですか。アレは単なる事故です。私より野草(やくさ)さんの方が傍(そば)におられましたから事情はよくご存知のはずですよ。なんだ、アレですか、ははは…」
 肉身は野草を探し、その後も秘密裏(ひみつり)の捜査を続けることになった。中の重要参考人、肉身(にくみ)が見つからず、行座川溺死事件は、なかなか鉄板により焼き上がらず、食べられていない。鉄板がそれでも捜査する理由は、早く食べたかったからだ。
               

                           完

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2017年4月22日 (土)

サスペンス・ユーモア短編集-96- 馬鹿馬鹿しい雑件

 鳥旨(とりうま)署の刑事、符来度(ふらいど)は、非番の朝、天気がよいということもあり例年のように神社でお参りを済ませた。というのも、年末年始は刑事にとっては繁忙(はんぼう)で、いろいろ種々雑多な事件が起こるからだ。
 鳥旨署の近くまで戻(もど)ったとき、符来度は、妙な身なりの男が道を塞(ふさ)いでいるのに気づき、おやっ? と首を傾(かし)げ、車を止めた。署は目と鼻の先だから、さすがに通行妨害ではないだろう…と思いながら符来度は男に近づいた。男はどこかで見たことがある浮浪者風だったが、どうしても思い出せなかった。
「あの…ちょっと、ここは通行の妨害(ぼうがい)になるんですよ。側(がわ)へ寄ってもらえませんかね。私、そこの署で刑事をしております符来度と申します」
 符来度は威張(いば)るでなく軽く頭を下げ、警察手帳を見せた。そのとき、符来度は、ふとその男が何者なのかを思い出した。20年ばかり前、建設会社で羽振りのいい暮らしをし、美人秘書と結婚した親類の親類になる親類筋の男だった。遠い昔の当時は縁が深かったこともあり、付き合いも頻繁(ひんばん)にしていたから、符来度はよく知っていた。
「なんだ! 負知(まけとも)さんじゃないですか? どうしたんです、こんなとこで? まあ、ここは危ないから、側へ寄りましょ」
 その男は側へより符来度の顔を見た途端、胸に縋(すが)りつき号泣(ごうきゅう)しだした。号泣されるのはいいが、少し悪臭が鼻につき、服も泥だらけの浮浪者風だったから、符来度はすぐ男を離した。
「ぅぅぅ…聞いてくれるか? 油衣(ゆい)ちゃん!」
「ど、どうしたんです、負知さん!?」
「会社がつぶれて、秘書に捨てられたぁ~~!!」
「…」
 符来度はサスペンスでもなんでもないじゃないかっ! と馬鹿馬鹿しくなってきた。

                             完

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2017年4月21日 (金)

サスペンス・ユーモア短編集-95- 夢逮捕

 非番の刑事、旅出(たびで)は日頃の疲れからか、和室に横たわりながらウトウト・・としていた。点(つ)けていたテレビのニュースが何やら話しているのが聞こえる。旅出はその声を朦朧(もうろう)とする意識の中で聞いていた。
『犯人は車のハンドルを奪(うば)って逃走。現在、○△高速道は大渋滞となっています。現場から猪髭(いのひげ)がお伝えしましたっ!』
 ああ、そうなんだ…と、聞こえる声に興味が湧き、旅出は薄目を開けた。テレビ画面には大渋滞する車列をヘリコプターから俯瞰(ふかん)して撮る映像が映し出されていた。旅出は、人騒がせで妙な犯人だな…と瞬間、思った。フツウ~は車同士の激突事故とかのニュースのはずで、こんな逃走事件でも現金の略奪(りゃくだつ)とかが相場なのだ。ハンドル? そんなもん、どうすんだ? …と、旅出は和室の畳(たたみ)から半身を起こしながら腕組みし、首を傾(かし)げた。画面はCMに移行しており、慌(あわ)ててリモコンを手にすると、旅出は国営テレビにチャンネルを切りかえた。さすがにCMはなく、現場の様子が臨時ニュースで実況されていた。しばらく観たあと、旅出は、こんな迷惑な野郎は早く捕(つか)まえんとな…と思いながらテレビを消し、また眠りについた。
 旅出は夢うつつの世界にいた。犯人が高速道を逃げていた。
『待てぇ~! ハンドルを返せぇ~~!』
 旅出は喚(わめ)きながら犯人を追っていた。夢の中だからか、息切れはせず走ることが出来た。そしてついに旅出は犯人に追いつき、手錠(ワッパ)をかけた。
『こんなもん、どうすんだっ?!』
 犯人が持つハンドルを取り上げ、旅出は訊(たず)ねた。
『へへへ…格好よかったもんで、つい…』
 顔は幻想のためかボヤけていたが、犯人は薄笑いを浮かべながら、悪びれもせずそう言った。
『やかましいわっ!!』
 そう叫んだとき、旅出はハッ! と目覚めた。畳から立ち上がりながら、夢か…と旅出は思った。小腹が空(す)いていることに気づき、旅出はカップ麺でも食べるか…とキッチンへ行った。食べながらキッチンのテレビを点けると、先ほどの高速道のニュースが続いていた。
『犯人は先ほど、偶然、付近に居合わせた刑事により逮捕された見込みですっ! 現場から角鹿(つのじか)がお伝えしましたっ!』
 画面を見た旅出は一瞬、おやっ? と思った。テレビ画面にはハンドルを握り犯人を連行する自分が映し出されていた。んっな馬鹿なっ、俺はここにいる! これじゃ、サスペンス以上のオカルトじゃないかっ! …と旅出はゾッとてテレビを消した。

                           完

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2017年4月20日 (木)

サスペンス・ユーモア短編集-94- 味捜査

 風雲、急を告げる鰻川(うながわ)署の捜査会議が刑事課署員、約40名を一同に会し、行われていた。
「いや、代替(だいがえ)品の売り出しは、明らかに我が鰻川署管轄の鰻業者の名誉を傷つけておると考えます。ここは、味がいい点を前面に打ち立て、一歩も引かず、名誉毀損の線で捜査すべきです!」
 椅子から立ち上がり声を大きくしたのは警部補の炭火(すみび)である。彼は、最近になり鯰(ナマズ)を高価な鰻の代替品として売り出そうとしている業者に対し、見て見ないふりをする鯰署に闘争心を膨(ふく)らませていた。
「炭火君、君の言わんとするところはよく分かった。心に留めておこう」
 宥(なだ)めるように口を開いたのは、捜査本部長の団扇(うちわ)警視だ。ごく最近の人事異動で警部から警視に昇格して鰻川署に赴任しただけに、至ってご満悦(まんえつ)で、少し偉(えら)ぶった口調で炭火に言った。 
「ちょっと待ってください! 炭火さんのお考えは、いささか違うのではと考えます。自由経済の我が国で、商品開発を発起するのは明らかに違法ではないはずです。むしろ我が署管轄の鰻業者が、鯰業者に対する対抗策を立てるべきではないでしょうかっ!」
 炭火の発言に反論したのは、同じ警部補として炭火にライバル心を抱く垂(たれ)だった。
「まあまあ、垂君」
 本部長の団扇は、荒げられては困るよ・・といった感じで垂を宥めた。
「そうだよ、二人とも。ここは、しばらく二業者と鯰署の出方を待とうじゃないか」
 デカ長の串焼(くしやき)が年功の重みを見せて言った。串焼の言葉に二人は頷(うなず)いて椅子へ座った。他の捜査員達から、俺は甘味がいい…とか、いや、辛い味だ…、醤油の濃い目味がいい…とかの個人的な好みの囁き声がした。捜査本部の鰻と鯰の味捜査は今後も引き続いていくことになった。

                             完

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2017年4月19日 (水)

サスペンス・ユーモア短編集-93- 犯人は、どっち?


 バタバタした捕り物劇が銀屋町署管内の七夕(たなばた)商店街で繰り広げられていた。引ったくり犯と思(おぼ)しき男は40代半ばの男だった。それを追う警官は、非番の休みで、たまたま近くの店で買い物をしていた天川(あまかわ)である。商店街の一角に逃げ込んだのは間違いなかったが、なにせ人通りの多い商店街だけに天川は犯人を捜すのに難儀(なんぎ)していた。逃げていく姿ははっきりと見た天川だが、その男はとてもひったくり犯には見えない紳士だった。白いカッターシャツにネクタイ着用の背広服姿で革靴を履(は)いていたから、とても犯人とは思えず、逃げていく男の顔が印象に残っていたのだ。運の悪いことに、引ったくりの現場近くにいた野次馬男が、引ったくり事件に絡(から)んだ。
「ど、どうされたんです?!」
「買い物袋を引ったくられまして…」
「どっちへ逃げましたっ!」
「あちらです」
「分かりましたっ! よし、いくぞっ!」
 数人の野次馬は走り出した。別位置だったが、もちろん、私服姿の天川も走りながら犯人を追っていた。天川は犯人を見ていたが、野次馬数人は犯人の顔を見ていない。これが、いけなかった。走って探す天川と野次馬がバッタリ遭遇(そうぐう)したのだ。そしてついに、なにが、どうなったのか分からないが、野次馬によって天川は捕らえられた。
「ふてぇ~野郎だっ! あんな色年増(いろどしま)の買い物袋を引っさらいやがって! さあ、どこへ隠(かく)したっ! 出しなっ! 早く出しゃ~、交番には突き出さず、逃がしてやるっ! さあ、どうなんだっ!」
 気の荒そうな野次馬男は、そう息巻(いきま)いた。」
「わ、私がその交番の…」
「交番が、どうしたって!」
「じゅ、巡査です、わ、私。そこの…」
 男に取り押さえられながら、天川は交番の方向を指さした。
「そこのぉ~? …あっ!!」
 男は、やっと勘違いに気づいたのか、羽交(はが)い絞(じ)めしていた手を緩(ゆる)めた。
「そうです! 私が巡査の天川ですっ」
 天川です・・は余計だったが、天川は自己主張した。
「ど、どうもすいません!」
「いえ…」
 野次馬男が頭を下げた瞬間、犯人が何食わぬ顔で二人の横を走り去った。
「ああっ! い、今のが犯人ですっ!」
「えっ! ま、まさかぁ~」
 天川は叫んで犯人を指さした。野次馬男は振り向いて犯人を見たが、信じられず追わなかった。二人の横に盗られた買い物袋が、盗られたそのままで置かれていた。

                            完

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2017年4月18日 (火)

サスペンス・ユーモア短編集-92- 要領を得ない捜査

 棚引(たなびき)署の刑事、雲絶(くもだえ)は刑事課長、月影(つきかげ)の命を受け、食い逃げ逃亡犯、上乃句(かみのく)を追っていた。課長みずから、こんな些細(ささい)なことで課員に捜査を命ずるのはよくよくのことだった。というのも、月影は大衆食堂ヘ入ったとき、あとから入ってきた上乃句に注文の先を越され、腹を立てたのだった。その上乃句が、こともあろうに金を払わず逃亡したのだ。店主は、待てぇ~~!! と大声で追いかけたが、あとの祭りで逃げられてしまった。さあ、そこに居合わせた月影としては刑事課長のプライドが許さない。黙っていれば、その場にいた客も店主も気づかなかったものを、「私は棚引署の刑事課長をしております月影と申します…。逃げ去った者は必ず逮捕しますっ!」と名刺を渡しながら力んで言ったものだから、さあ大変! 話はとんでもないことになってしまった。店主は、まあ、いいか…と諦(あきら)めかけていた矢先だったが、名刺を渡され大上段に言われては退(ひ)くに引けなくなってしまったのである。
「ああ、頼みます…」
「では、あとから本署の方へ被害届を…」
 そう言って格好よく店を出た月影だったが、よくよく考えれば昼はまだ食べておらず、腹はすっかり減っていた・・と、話はこうなる。
「いい、秋風が吹いているなぁ…」
 雲絶がそう呟(つぶや)きながら通りを歩いていると、偶然、防犯カメラに映っていた食い逃げ常習犯、上乃句によく似た後ろ姿の男が見えた。
「待てっ! 上乃句!」
「はい? なにか…?」
 男は立ち止まって、振り返った。男はよく似ていたが、上乃句ではなかった。要領を得ない捜査は続くことになった。

                             完

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2017年4月17日 (月)

サスペンス・ユーモア短編集-91- やさぐれ刑事(デカ)

 風見(かざみ)署に、他の刑事達とはどこか一風、違う刑事がいた。何ごとにも無気力な上に投げやりな男で、烏賊下(いかげ)といった。他の刑事達が捜査会議で真剣に話しているときでも、烏賊下はもっぱらダンマリを決め込み、ただ一人、話している警部の姿を手帳に描いているような刑事だった。風見署ではもっぱら、やさぐれ刑事(デカ)と陰で烏賊下を呼んでいた。そんな烏賊下だったから、捜査のときもそう頼りにはされていなかった。
「烏賊下、張り込みの差し入れを買ってきてくれっ!」
「はい、分かりました。いつもどおり、でいいんですかね?」
「んっ? ああ、いつもどおり。…あとから払うからな、ヨロシクッ!」
 ロック風に格好をつけ、パン好きの鶏向(とりむき)が言った。
 烏賊下が同僚(どうりょう)刑事に頼まれることといえば、こんな食料の調達ばかりで、スーパーやコンビニではよく見る客として彼の顔はよく知られていた。だが不思議なことに、烏賊下が食料を手渡したあと、事件は急速に展開し、解決していくのだった。
 烏賊下は本当に、やさぐれ刑事なのか? いや、それはまったく逆だった。なにを隠そう、彼こそが辣腕(らつわん)刑事として多くの事件を解決した警察庁秘密捜査官、蛸上(たこがみ)だったのである。このことを知る者は、警察庁幹部のごく一部の者だけだった。

                            完

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2017年4月16日 (日)

サスペンス・ユーモア短編集-90- 健気(けなげ)な捜査

 牧畑刑事は根が実直で健気(けなげ)な捜査を心がける男として獅子鼻(ししばな)署、刑事課では抜きん出て有名な中堅刑事である。彼は出世を目論むでもなく、ただひたすらに事件解決を目指している。とはいえ、正義感に燃えて悪を許さぬ! とかいうお題目を大上段に振り翳(かざ)すのかといえば決してそうではなく、ただただ、被害者側に立った懇切丁寧(こんせつていねい)な捜査・・要するに、健気な捜査に徹しているだけの刑事なのであった。
 今朝も病院の一室で老女の熊取サケの苦情を嫌がることなく聞いてやっていた。本人の話によれば、熊取サケは駅ホームの階段で何者かに押し倒された。その結果、足を捻挫(ねんざ)し、軽い打撲傷を負って病院へ緊急搬送されたのだった。
「私ゃね、こんなこたぁ言いたくないんですがねっ。転んだんじゃないんですよっ! ええええ・・誰かに押されたんですっ! ええええ、絶対にっ!」
「おばあさん、私ね、だから捜査してるんじゃないですか。ねっ、フツゥ~こんなこと、って言っちゃなんなんですがね、刑事はこれくらいのことで捜査はしないんですよ、分かりますっ?!!」
 耳が遠い熊取サケの耳元で牧畑は叫ぶような大声で懇切丁寧に言った。
「えっ? ええええ、そりゃ助かります。ええええ、孫がね、迎えに来てくれるんですか?」
 誰もそんなことは言ってない…と思ったが、牧畑は腹を立てることなく熊取サケに対応した。
「そうじゃなく。おばあさん、それでその押されたときの状況を、もう少し詳(くわ)しく話してもらえます?」
「えっ? 思ったより安いんですね、有難うございました。態々(わざわざ)、立て替(か)えていただいて…。孫が来たらお支払いしますので。有難うございます、おやさしい駅員さんだこと…」
 牧畑は、さすがにこりゃ駄目だ…と思え、紙に書くことにした。売店で黒マジックとノートを買うと、ふたたび病室へ戻(もど)り書き始めた。
[おばあさん、私は刑事です。駅員ではありません。押されたとき、その人を見ましたか?]
 大きめの字でノートに書き、牧畑はベッドに横たわる熊取サケの目の前へ広げて見せた。
「最近、目まで悪くなりましてね。なんて書いてあるんです? あいにくメガネを持ってきてませんのでね。孫が来たら、持ってきてもらいますので…。すみませんねぇ~」
 そう言うと、熊取サケはスゥ~スゥ~…と、気持よさそうな寝息を立てて眠ってしまった。健気な捜査に徹する牧畑だったが、さすがにムカついて、孫などくるかっ! と、穏やかな顔で内心、怒りながら思った。

                           完

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2017年4月15日 (土)

サスペンス・ユーモア短編集-89- 困った人々

 人通りが多いとある商店街の店先である。眉唾(まゆつば)署の刑事、顎皺(あごしわ)の聞き込みが続いていた。
「そう言われましてもねぇ~。なにせ相手は一見(いちげん)さんですから…」
 焼きオムスビ屋の店主、焦味(こげみ)は困り顔で顎皺にそう返した。
「いや、それは分かるんです。だから犯人の何か目だった特徴は? なんでもいいんです」
「目だった特徴ですか…。私が表へ飛び出したとき…走り去る男は後ろ姿でしたから」
「なるほど…。後ろ姿は見られた訳ですね? で、背丈(せたけ)は?」
「小柄でしたよ。こっちへ歩いてくる中年女性より、やや高めでしたから…。1m5、60ってとこじゃないですかね」
「1m5、60ね…」
 顎皺は必死に手帳へメモった。
「盗られたのはオムスビ1個だけですか?」
「はい、それがなにか…」
 焦味に逆に返され、顎皺は内心でフツゥ~、オムスビ1個で警察に電話するかね? と、呆(あき)れ顔で焦味を見た。
「いや、どうも! 他の店も当たりますので…。また、何ぞあれば伺(うかが)います」
 顎皺は軽く敬礼すると、右斜め向かいの店へ立ち寄り、聞き込んだ。
「ほう! すると、両手にオムスビを持って走り去る男を見られたんですね? 盗難は1個だったとお聞きしてるんですが…」
「いや! 絶対に2個ですっ! 私ゃ両手に持って走り去るのを確かに見たんですから!」
「はぁ、分かりました分かりました。2個ですね?」
 顎皺は嫌々(いやいや)、手帳へ2個とメモった。
「いや、どうも…」
 軽く敬礼すると、顎皺は左斜め向かいの店へ去っていった。左斜め向かいの店主は長話好きで、顎皺は散々、世間話を聞かされた挙句、電話がかかったとトンズラされた。困った人々だっ! と、顎皺は少し商店街の人々が小憎(こにく)らしく思えてきた。顎皺はそれでも聞き込みをやめる訳にはいかない…と我慢して、また右斜め向かいの店へ入った。顎皺は盗難事件? いや、盗難届のあった店から、ちょうど犯人が走り去った方向にジグザグに聞き込んでいることになる。
「あの…よろしいかね」
「はいはい、なんですかな?」
 出てきたのは、耳が遠そうな老人だった。顎皺は事細(ことこま)かに聞き込んだが、まったく要領を得なかった。それでもようやく、老人は思い出したように語りだした。
「はいはい! そりゃ、私ですよ、わ! た! し!」
「ええ~~っ!」
 新事実の展開に顎皺は驚いた。
「ええ、それは私ですよ。妙だ? 5円置いといたんですがねぇ~、細かいのがなかったんでね。人聞きが悪い! 私ゃ泥棒じゃないですよっ!! あとから持ってくつもりだったんですから。つい。忘れとりましたが…」
 顎皺は馬鹿馬鹿しくなった。聞き込んだ挙句が、これかいっ! と怒れたのである。
「あっ! もう結構ですっ! 返しといてくださいよ、失礼しましたっ!」
 顎皺は困った人々だ…と思いながら商店街を去った。

                           完

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2017年4月14日 (金)

サスペンス・ユーモア短編集-88- 戻(もど)ってきた証拠

  これという状況証拠も得られないまま、残った餅(もち)の数という唯一の物証により、訴えられる破目になった財宝(ざいほう)に科料の判決が言い渡された。要は、科料であって軽い、軽~~い●判決だった。だが、財宝は餅(もち)は自分が食べていないと言い張り、その判決に対し異議申し立てを行ったのである。その餅は限定生産された1個、時価数万円の高額餅だった。財宝の申し立ては次の通りである。
「だいたい、食べ終えて満腹になっていた私が、他の高価な餅まで食べると思われますかっ?! 考えてもみてください。人間、そんなに食べられるもんじゃない! まあ、空(す)きっ腹ならともかく、私の場合、そんなに減っておりませんでしたからねっ! 高価な餅ということもあり、何個か食べ、もう食べられなかったんですよ、そのときは…」
「それを証明する人は誰かいますか?」
「いえ…。席を立たれた皮袋(かわぶくろ)さんだけでしたから」
「でしょ! あなたしかいないんだっ! 私の餅を食べたのはっ!」
「あんたは、またそういうことを言う! 高々、1個、数万円の餅じゃないですかっ! そんなに言われるんならお支払いしますよっ、過料の分だけっ!」
「ほら、やっぱりあなたが食ったんだっ!」
「まあまあ、お二人とも…」
 裁判官は呆(あき)れながら、双方の中央で、アングリした顔をした。そのとき、バタバタと入ってきた一人の子供がいた。訴えた皮袋の10才になる息子である。
「あの…財宝さんが来られる前に、僕が一つ、食べておきました」
「なんだってっ! お前が?」
「はい、お父さま…」
「それならそうと、ほほほ…先に言いなさい。それに、食べておきましたじゃなく、食べましたでしょうが、この子は、ほほほ…」
 皮袋は目に入れても痛くない息子のひと言で態度を豹変(ひょうへん)し、急に柔和(にゅうわ)な笑みを浮かべた。戻(もど)ってきた証拠は皮袋が溺愛(できあい)する息子だった。

                             完

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2017年4月13日 (木)

サスペンス・ユーモア短編集-87- 新町交番・捕物控[後編]

 え~~前編に引き続きまして、お付き合いのほどをお願い申し上げます。
 さて、新町交番では巡査の棚下(たなした)と江戸の十手持ち、牡丹餅(ぼたもち)の串八(くしはち)によります口論が続いております。その様子を窺(うかが)うひとつの黒い影。さて、この黒い影こそが時空荒らし盗賊として未来警察の指名手配を受けております怪盗ルパンならぬ解凍ゴハンでございます。なんと申しましてもこの解凍ゴハン、警察専門に過去、未来と茶々を淹(い)れては喜んでおるといった小悪党でございまして、これといった実害ある悪さをする訳でもございません。そんな神出鬼没の小悪党でございますから、未来警察でも手を焼いておった・・というようなことでございました。
「じゃあ、訊(き)かせてもらおうじゃねえかっ! いってぇ、お前さんのお上(かみ)ってぇ~のは、どちらさんでぇ!」
「お上? お上は…」
 訊かれた巡査の棚下は一瞬、口籠(くちご)もります。と申しますのも、はて? 警察署の上は? と、ふと思えたからでございます。
「お上は…お上は警視庁だよ、警視庁! あんたこそ、どちらさんだっ!」
「こちとらけぇ~。聞いて驚くなっ! 天下を束(たば)ねなさる将軍様よっ!」
 串八も息巻きます。外を歩く通行人からはガラス戸越しに警官姿の棚下と丁髷(ちょんまげ)に御用聞き姿の串八が言い争っているんでございますから妙な具合だ? としか映っておりません。ただ、二人の声までは届きませんから、それはそれで劇団の方かなんかだろう…と人だかりになるといったことまでにはならなかったのでございます。
「こっちは忙しいんだっ! 暇(ひま)なアンタに付き合ってなんかいられないんだよっ!」
 切れた棚下は、ついに引導を串八に渡します。すると不思議なことに、その言葉が終わった途端、串八の姿は跡形もなく交番から消え去ったのでございます。
「フフフ…これ以上は危険だな」
 串八が消え去ったのを見届けたあと、解凍ゴハンも捨て台詞(ゼリフ)を残し、消え去ったのでございました。格好よくはございますけれども、実はこの解凍ゴハン、お腹が空(す)いていた・・という、ただそれだけのことでございました。
 サスペンス味には至りませず申し訳なきこのお話の続きは、続編として孰(いず)れまた、お出会いできました折りにでも語りとう存じます。

                            完

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2017年4月12日 (水)

サスペンス・ユーモア短編集-86- 消えた謎(なぞ)

 刑事の平林は隣の住人のたっての頼みで、小さな盗難事件の捜査をしていた。ご近所づき合いもあり、断り切れなかった・・ということもある。
「ということは、そのときケトルの蓋(ふた)を開けられたんですね?」
「はい、私は台所でケトルの中を確認したんです」
「なるほど…。そのときは、あった訳ですか」
「はい! それははっきりと覚えております。いつものことですし、その日にかぎって入れなかった、ということは考えられませんから…」
「そうなんでしょうな、おそらく。私もその辺(あた)りのお話は信用できるんですがね。問題は入っていた卵の数です。最初は5個入れたとおっしゃっておられましたが、それは間違いないんでしょうな?」
「…だったと思います」
「だったと思います、ということは違ったかも知れない可能性もあるということですか?」
「いえ、おそらく5個入っていたと思います…」
「やはり、おそらくですか?」
「はい、たぶん…」
「5個入っていたとしてです。あなたが20分ほどしてキッチンへ戻(もど)ってこられ、ケトルの蓋を開けられたときは3個になっていたと…」
「はい…。茹(ゆ)で上がるまで19分か20分かかると心得ておりますから」
「ということは、ケトルにいつものように卵を5個入れ、水を注いでIHのスイッチを入れられたあとキッチンを離れられた訳ですね?」
「はい…」
「要するに、その20分ほどの間に何者かが2個の卵を持ち去った・・ということに他(ほか)なりません。科捜研の鑑定結果ではケトルに残された指紋はあなたのものだけ、ということです」
「はい…」
「ということは、つまり、犯人が手袋をして持ち去ったか、あなたの勘違い、あるいはご家族が食べられたという3通りが考えられます。他にご家族は?」
「私は一人暮らしです…」
「ああ、そうでしたね。あの、私も忙(いそ)しいんで、ひとまず署へ戻(もど)ります」
 平林はキッチンを去ろうとした。そのとき、2個の卵の殻(から)がチラリと見えた。
「あれは?」
「えっ? …あれは卵の殻です」
 平林は、ニタリと笑った。
「あなたが食べられた?」
「はい、私が食べました。でも、今日じゃないですよ!」
「本当ですか?」
 平林は、またニタリと笑い、外へと消えた。

                            完

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2017年4月11日 (火)

サスペンス・ユーモア短編集-85- 新町交番・捕物控[前編]

 今を去ること数百年前、時は江戸半ばのことでございます。ここ新町の界隈(かいわい)は町へ出入りする多くの通行人、旅人で賑(にぎ)わっておりました。その町家(まちや)の一角に諍(いさか)いごとの一切(いっさい)を取り締まる町番屋がございました。この番屋を取り仕切る一人の親分、銭形平次や人形佐七・・とまでは参りませなんだが、それ相応のいい腕を持つ御用聞きがおりました。名を牡丹餅(ぼたもち)の串八と申します。その牡丹餅の串八が神隠しにあったように忽然(こつぜん)と消えたのでございます。さあ、町中は偉い騒ぎとなっておりました。
 一方、こちらは現代の新町交番でございます。その何ごともない中で、静かに事務書類を整理しておりますのは、交番へ赴任(ふにん)して三年ばかりになります棚下(たなした)でございます。そこへ突然、天から降って湧(わ)いたごとくに姿を現しましたのは、先ほど江戸から消えました牡丹餅の串八であります。身なりは当然、江戸半ばの和装に丁髷(ちょんまげ)姿でございましたから、棚下はびっくり仰天相場ではございません。串八の方の驚きようも無論、尋常ではございませんで、二人は交番の中で右往左往するばかりでございました。
「あ、あんたは何者だっ?!」
「それは、こちとらが訊(き)きてぇ~や。お前さんこそ、何者だい!」
「何者って、姿を見て分からないか? この交番の巡査だっ!」
「交番の巡査? なんでぇ~それは? だいたい、妙な格好からして、どうも怪(あや)しい野郎だっ!」
「あんたこそっ! 事情聴取するよっ!」
「事情聴取? そりゃまた、なんでぇ~! 引っ括(くく)るから覚悟しやがれっ!」
 串八は帯(おび)に差した十手(じゅって)を引き抜き身構えたのでございます。
「それは、こっちの台詞(セリフ)だっ!」
 棚下も警棒に手をかけ、身構えます。まさに、新町交番の中でトラブルが起きようとした訳でございます。警棒と十手がカチンッ!! と音がしますというと、あな不思議、串八の姿は跡形もなく新町交番から消え失せたのでございます。巡査の棚下は唖然(あぜん)といたします。
「フフフ…今日のところは、これくらいにしておいてやろう」
 その一部始終を、交番の外から窺(うかが)うひとつの黒い謎(なぞ)の影。いったい何者なのでございましょうや。そして、その目的は果たしてなんなのか。話はややこしいサスペンスぶくみで佳境(かきょう)へと入ってくるのでございますが、本日はお時間の関係で、この辺(あた)りにさせていただきたく存じます。続きは後日、ご期待あるべし!

                           完

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2017年4月10日 (月)

サスペンス・ユーモア短編集-84- 意味のない張り込み

 早朝、正確には深夜からアパートの一室の窓を眺(なが)めながら刑事の霧川(きりかわ)は張り込んでいた。ただ、その張り込みの意味をもうひとつ霧川は飲み込めていなかった。というのは、張り込む必要があるのかが分からなかったからだ。張り込みの相手は、社会悪の資金を盗み、困っている人々に金をばら撒(ま)く現代の義賊、鼬(いたち)小僧と目(もく)される容疑者だった。いや、正確に言えば、容疑者までもいかないただの嫌疑者だったのである。いやいや、もっと正確に言えば、嫌疑者までもいかないそれらしき男だった。先輩刑事の霞(かすみ)は急用が出来たため、網を張ることを命じて帰宅したため、仕方なく霧川は一人で張り込んでいたのだ。
 長い時間、何の変化もない状況で張り込んでいれば、さすがに疲れも出るし腹も減ってくる。向かいのアパートの空き室を霞が大家に訳を言って借り、張り込んだまではよかったが、霧川のテンションは今一、上がらなかった。命じた霞の顔を思い浮かべながら、霧川は霞が網をかける・・霞網だな…と、笑みを浮かべウトウトし始めた。
 その頃、やかましく怒る妻の雷鳴のような声を浴びながら、霧川は頼まれた急用を片づけていた。急用とは、ようやく授(さず)かった遅れ子のオシメのミシンがけである。これでどうしてどうして、霧川はなかなか器用で、裁縫(さいほう)・・特にミシンがけは得意としていた。ガチャガチャガチャ…と霧川がかけるミシンの音が響いた。霧川は、意味のない張り込みだな…とミシンを踏みながら、張り込ませた霧川の労を思った。

                             完

  ※ 鼬(いたち)小僧は、-35- に登場した天秤(てんびん)小僧の弟子です。^^

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2017年4月 9日 (日)

サスペンス・ユーモア短編集-83- どこか変な捜査

 七夕(たなばた)署 所轄(しょかつ)の星川(ほしかわ)交番である。今朝はよく晴れたな…と、交番前で空を見上げる巡査の彦野(ひこの)は三年前、とある事件を担当していた刑事だったが、どこか大変な捜査の結果、責任を一身に負って左遷(させん)させられた哀(あわ)れな警官だった。どこか変な捜査とは釣りの最中に起きた事件? である。釣り人の釣り針が、うっかり他の釣り人の服に引っかかり、釣り針を取ろうとした釣り人が海に転落したのである。その釣り人は軽傷を負い、風邪を引いしまったのだ。数日後、その落ちた釣り人は過失傷害による治療費請求と賠償金の支払い請求の訴訟を起こしたのである。訴えた者の過失による単なる転落なのか? あるいは過失責任があったのか? 捜査は難航した。彦野は当然、現場を捜査した。その結果、被害者と言い張る釣り人が座っていた岩は長年の海風と海水により、確かにぬかるんでいた。自らの転落による事故ならば捜査の対象とはならない。事件なのか、事故なのか?  そのときの状況は、当事者以外の釣り人に聞き込む以外なかった。
「どうなんですかね?」
「なにが、です?」
「いえ、その釣り針が引っかかったときの状況です」
「ははは…すみません。そのとき私、アタリがあったんで必死でしたから、見ておりません」
「…いや、どうも!」
 こんなハズレ籤(くじ)を引くような変な捜査が来る日も来る日も彦野に続いた。決め手となる証言を得られないまま捜査は終結した。一件は示談が成立し、治療費請求と相応した賠償金の支払い条件で訴訟が取り下げられ解決した。彦野は決め手を掴(つか)めなかった全責任を一身に負い、交番へ左遷されたのである。
「あの…すみません。あのとき見ていた織女(おりめ)と申します」
「はあ?」
 そんなある日、星川交番へ一人の若い女性が入ってきた。彦野は訝(いぶか)しげにその女性を見た。
「海へ転落された方の…」
「ああ! アレですか。アレはもういいんです、終わりましたから」
「私、家政婦をしてるんですが偶然、通りかかった木蔭(こかげ)から見たんですっ! 」
「なにを?」
「自分で落ちられたのを…」
 彦野は今更(いまさら)遅(おそ)いわ…と思ったが、織女の美しさに、どこか変な捜査だったが、そうでもないか…と、別の意味で思い直した。

                          完

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2017年4月 8日 (土)

サスペンス・ユーモア短編集-82- 対応雑件

 深夜、慌(あわただ)しい電話が目赤警察署にかかり、当直の端川はその対応に追われていた。
「はいっ! 子猫が家に入ってきて、ニャ~ニャ~と鳴く。はいっ! …うるさいってことですか? えっ? そうじゃない。? …というと、どういう?」
 端川は電話の意味が分からず、逆に訊(き)き返した。
『その鳴き声のなんと、かわいいことかっ! それで、ですね。その子猫、勝手に飼っていいものか、どうか…』
 その電話を聞き終えた瞬間、端川は一瞬、イラッ! としたが、そこはグッ! と我慢した。
「ははは…捨て猫でしたら、いっこうにかまわないと思いますよっ。勝手に捨てれば動物愛護管理法により処罰の対象になりますがね」
 苦笑で応じるのが関の山だったが、なんとか怒らず端川は電話の背丸(せまる)に応じた。
 こちらは猫交番である。
「はい、どうされました、ニャ~?」
「実は、うちの子供がニャゴりまして、ニャ~」
「えっ! ニャゴられたんですかっ!? それは偉(えら)いことですニャ! すぐ本署に連絡し、緊急配備していただきます、ニャ~。状況をもう少し詳しく、ニャ~…はいっ!」
 猫交番の当直巡査は、母猫から詳細を訊き始めた。言っておくが、ニャゴられたとは、人間が言う行方不明になられた・・という意味である。
 一方、こちらは交番の端川に電話をかけ、ホッ! と安堵(あんど)した背丸だ。背丸は保護した子猫をナデナデしながら柔和(にゅうわ)な笑みを浮かべた。そしてその後はコトもなく幸せな時が進行していった。
 他方、こちらの猫交番では、母猫が安否を心配する不幸な時を迎えていた。
「ひとっ走りして連絡はしてきましたが、ニャ~、…今のところ、見つかっておられません、ニャ~」
「そうですか、ニャ~」
 二匹は交番の物置で項垂(うなだ)れた。
 一方、こちらは満足この上ない背丸だ。冷蔵庫から買っておいたミルクを出し、小皿に注ぎ入れて子猫が座るフロア上へと置いた。お腹が空(す)いていたのか、子猫はペチャペチャとすぐ舐(な)め始め、小皿のミルクは、たちまち無くなった。
「おお! すぐ、取ってきてやるからな…」
 そう言って背丸が冷蔵庫に向かった直後である。子猫は何を思ったのか、開いていた庭戸の隙間(すきま)から外へ姿を晦(くら)ました。ミルクパックを手に戻(もど)ってきた背丸は異変に気づき、すぐ携帯を握った。
「あの…先ほど電話した子猫の者ですっ!」
『子猫の者? …ああ、はい! 子猫を拾われた方ですね?』゜
「はいっ! その方ですっ! あのっ! 探してもらえないでしょうかっ?」
 背丸はうろたえていた。
『探すって、ははは…警察が、これからですか? ご冗談を』
 端川は、この人、大丈夫か…と、一瞬、思ったが、思うに留め、笑い捨てた。
 一方、こちらは猫交番である。項垂れた交番猫と母猫の二匹の前へ何食わぬ顔で入ってきたのは、ニャゴられたはずの子猫だった。三匹にたちまち幸せな時が訪れた。
 他方、こちらは日直の端川に嫌味を言わた背丸だ。背丸は小皿を意気消沈して片づけながら、ふと思った。そうだ! 子猫などいなかったと思えば、それでいいじゃないか…と。その途端、背丸に幸せな時が訪れた。双方、幸せでメデタシ、メデタシとなるこういうサスペンスもあるのだ。

                            完

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2017年4月 7日 (金)

サスペンス・ユーモア短編集-81- 停滞捜査

 中央高速道は始まった大型連休で混みに混んでいた。
「おいっ! 急げっ!! なにをモタモタしとるんだっ!」
 怒り心頭の刑事(デカ)は今年で刑事生活30年目を迎えたベテランの忠秀である。ガサイレに向かったまではいいが、うっかり高速道へ車を入れさせ、交通渋滞に巻き込まれたのだ。犯人、真原(さなはら)の潜伏先(アジト)を張っていた若手刑事の榊岡からの通報を受け、急いでいた矢先だった。真原が動かないうちにガサを入れないと間に合わなくなる危険性があった。現場まではスムースに車を走らせても、優に20分はあった。
「くそぉ~~っ! どうするんだっ! どうするんだっ、おいっ!」
「どうにもなりません、班長…」
 溜め息混じりに、つい愚痴(ぐち)を零(こぼ)してしまったのは運転する中堅刑事の尾久保だ。
「なにをぉ~~!!」
「いえ! なんでもありません…」
 尾久保は小声で弁明(べんめい)した。
「尾久保、そのまま運転してろっ! 俺達は下を行くっ! おい、行くぞっ!!」
 イラつく忠秀は隣の中堅刑事、蒼山(あおやま)にひと声かけると車のドアを開け、インターチェンジをめざし駆け出した。当然、蒼山も、そのあとを追尾する。携帯片手に道の側道をひた走る二人のマラソンが始まった。
 ようやくインターチェンジへ出た二人は、荒い吐息(といき)で手配した覆面パトカーへと飛び込んだ。
「おいっ! 急げっ!!」
 パトカーは高速道下の地方道をひた走った。ようやく犯人、真原のアジトに車が迫ったとき、忠秀の携帯が激しく振動した。忠秀は慌(あわ)てて背広の内ポケットから携帯を取り出した。
「なんだ? …ああ、…そうか、…分かった」
 勇(いさ)んでいた忠秀のテンションが急に落ちた。携帯はアジト近くで張り込む榊岡からだった。
「班長、どうされました?」
 訝(いぶか)しげに蒼山が訊(たず)ねた。
「真原が潜伏先から姿を晦(くら)ましたそうだ…」
 捜査は渋滞する道路のように、ふたたび停滞した。

                              完

  ※ その後、犯人は捕らえられたそうです。よかった、よかった。^^

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2017年4月 6日 (木)

サスペンス・ユーモア短編集-80- 羨望(せんぼう)捜査

 人は脆(もろ)い。身心の孰(いず)れかを損(そこ)なえば、あっけなく崩れ去る。結婚詐欺師の犯人を追う刑事の烏賊墨(いかすみ)もその一人だった。烏賊墨は犯人を追って各県警の協力を得ながら全国的に捜査を展開していたが、潜入捜査に入った先々(さきざき)で被害者の女性に出会う度(たび)、テンションが下がり次第に意欲を失(な)くしていった。というのも、被害者の女性達が余りにも美人だったからである。烏賊墨は独身で婚期を逸(いっ)していた。烏賊墨の内心に鬱積(うっせき)する潜在意識は、なぜ俺と犯人との間にそんな差があるのか? という一種の羨望(せんぼう)にも似た感情だった。
「… なるほど。ということは、犯人に逃げられたのは昨日(きのう)だということですね?」
「はい…」
 結婚資金を騙(だま)し取られた被害者の美人女性は、涙、涕、泪でひと声、呟(つぶや)いた。烏賊墨にすれば、こんな、いい女を振るとは、さぞ、美男子(イケメン)なんだろうな…くらいの気分である。それは羨望心以外のなにものでもなかった。早い話、烏賊墨は絶えず羨望心を持って捜査していたということに他ならない。羨望捜査だ。
 県を跨(また)ぐ国内の至る土地で烏賊墨による羨望捜査は続き、ついにとある地で烏賊墨は犯人を追い詰めることに成功した。残念なことに、犯人の顔写真はなく、面がわれていなかったから、長期に渡り烏賊墨の羨望捜査が難航した・・ともいえた。それがいよいよ、逮捕の瞬間を迎えたのである。やはり美人だった被害者を見て、烏賊墨は犯人に羨望心を抱きながら、その半面、その男の顔が見たくてしようがなかった。被害者の女性は犯人と待ち合わせる喫茶店を烏賊墨に告げた。烏賊墨は指定された時間の少し前に行き、待ち構えていた。だが、それらしき犯人はいっこう現れない。烏賊墨は店を間違えたかっ?! と一瞬、焦った。だがそのとき、被害者の女性が入店し、ツトツト・・と歩いて烏賊墨の座る席を通り過ぎ、別のコンパートメントの席へ座った。烏賊墨はその斜め後ろの席をチラ見した。被害女性が座った席の前には一人のブ男(イケナイメン)が座っていた。烏賊墨は瞬間、ウソだろ! …と思え、逮捕する気力が萎(な)えた。 

                           完

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2017年4月 5日 (水)

サスペンス・ユーモア短編集-79- 未来警察・時空捜査

 人類はやはり馬鹿ではなかった。一時は核戦争による世界大戦勃発の危機が訪れたが、人類はあらゆる策を講じてその危機を未然に防ぐことに成功したのだった。異次元空間理論に端を発した研究の成果として、装置の発明により人類が時空を超越することを可能にしたのが大きな理由である。時空移動が可能になれば、未来への時空移動で将来の姿が見えてくる。となれば、将来の悪くなる事象を未然に防げる訳である。こうして、核戦争による地球の核汚染は未然に防がれたのだった。警察の捜査も過去、現在、未来が繋(つな)がりを見せると、犯罪の姿が浮き彫りとなってくる。捜査というよりは、犯罪の未然防止が可能になってくるのだ。たとえば、Aという事件が起こったとすれば、過去の時空へ飛んで捜査することにより、事件の発生を食い止めることが出来る。そして、今日も時空捜査が未来警察で行われていた。
「中坂捜査官、幾森副官を伴い、ただちに出動してくれっ! 詳細は配布のデータどおりだっ」
 未来警察・宿川署では、今朝、負傷者を出したデモ隊と機動隊の衝突による傷害事件に対する出動命令が刑事課長の鏡崎警視官から二人に発令された。データは頭部の警察帽の付着装置より照射されたデータであり、紙は使用されない。二人は照射され手の平に映し出されたデータを見た。
「はいっ!」「はいっ!」
 中坂と幾森は同時に鏡崎へ敬礼すると、スゥ~っと跡形もなく刑事課から消え去った。
 数時間が経過し、二人の姿はふたたび刑事課へと現れた。
「警視官、報告いたしますっ! 事件発生のメカニズムは、単なる焼き芋でしたっ!」
「焼き芋? …? どういうことだ?」
「はっ! デモ隊がデモを終え、一同がファイアー・ストームを囲み、焼き芋を頬張っていたらしいのです」
 中坂が詳細を語った。
「ほう! それで」
 鏡崎は耳を欹(そばだ)てた。
「その美味(うま)そうな焼き芋の一本を、機動隊の中の一人の警官が没収しようとして…」
 幾森が加えた。
「なんだって? そりゃ、職務執行法違反の越権行為じゃないかっ! こっちが悪いぞっ、こっちがっ!!」
「どうされます?」
「拙(まず)いなっ! これは拙い。ただちにデモ前へ出動し、事件を未然に防いでくれっ!」
 鏡崎は自分の首を案じ、慌(あわ)てた。
「はいっ!」「はいっ!」
 中坂と幾森は同時に鏡崎へ敬礼すると、ふたたび刑事課から消え去った。
 翌日、事件は未然に防がれた。デモ隊は配られた焼き芋を食べたあと、事もなく解散したということである。未来警察の時空捜査は、このように今日も続いている。

                          完

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2017年4月 4日 (火)

サスペンス・ユーモア短編集-78- 未来警察・始動しない捜査

 この事件? は数十年以上先で起きた未来警察での出来事である。当然ながらこの時代では、すでに捜査はすべてがメカ[機械]システムで動かされ、さらには思考判断による機械中心の捜査陣で構成されていたから、人間の刑事が直接、張り込んだり聞き込むといった捜査は行われていなかった。あらゆる捜査の指示は、中央制御室での機器操作を任された数人の選抜された機器オペレーターにより進行していた。
 そしてこの日も、犯人はすでに逮捕直前にあった。遠い過去に人間が食べていた食物の[おでん]を盗み食いした嫌疑(けんぎ)による指名手配だった。
「昼にしてくれたまえ…。どうだ、何か変化は?」
 中央制御室へ入ってきたのは、署長と捜査員を兼務する●●●● 回向正志 ●●●●である。数十年前までは●●●● ●●●● ●●●●の個人番号と姓名は別だったが、サイバー攻撃により国民の情報流出に歯止めがかからず、やむなく個人番号と姓名を混合する個人識別に改変されたのだった。
「署長、それが困ったことにシステム・エラーで犯人の行方(ゆくえ)がわからなくなりましたっ!」
「なにぃ~~!! それは大問題じゃないかっ! どうするんだっ、君! えっ! どうするんだっ!」
「さぁ~~? 私に言われましても…」
 捜査刑事官の●●●● 只乃政基 ●●●●は怪訝(けげん)な表情で首を捻(ひね)った。他の捜査刑事官達も合わせるように首を捻った。始動しない捜査で未来警察のパニックが始まった。この事態は全世界のあらゆるシステムに波及し、人類の未来文明は完全な崩壊を迎えつつあった。全世界は震撼(しんかん)した。この始動しない捜査こそが究極(きゅうきょく)のサスペンスである。

                            完

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2017年4月 3日 (月)

サスペンス・ユーモア短編集-77- もう、いいっ! 

 損ばかりしている冬木という定年前の老刑事がいた。何ひとつ上手(うま)くいった試(ため)しがなく、上手くいった事件も、気づけばいつの間にか若手の青葉に持っていかれているのだ。その都度、冬木は、もう、いいっ! と一人、呟(つぶや)いた。だが、次の日の朝になれぱ不思議と考えが変わり、今度こそ…と思いながら勤務についているのだった。
 そんな定年が迫ったある日、珍しく冬木に損にならなそうな軽い事件が巡ってきた。自動車の盗難事件である。それも持ち主が買い換えたばかりの数百万円の高級車であり、指紋などから犯人が特定でき、いよいよ重要参考人として、男の同行を求められる運びとなっていた。冬木は天が与えた最後のチャンスだ…とばかりに意気込み、男の身柄確保へと向かった。
「ヤツが現れましたっ!」
 青葉が勇んで言った。
「よしっ! 取り逃がすなっ!」
 俺のあとから先にも最後の晴れ舞台だからなっ! と冬木は思ったが、そこまではさすがに言えなかった。冬木と青葉が男の前後に分かれようとしたときだった。冬木の胸ポケットの携帯が振動した。
「はい! これから確保するところです。ええっ!! 被害者が届けを取り下げたですって! どういうことですっ! …はいっ、…はい、… そうですか。分かりました!」
 冬木は半分、自棄(やけ)になって携帯を切った。電話は刑事課長からだった。
「どうしましたっ、冬さん!」
 青葉が冬木の顔を窺(うかが)いながら訊(たず)ねた。
「害者の健忘症によるド忘れだと…」
「どういうことです?」
「この男に、買った新車をひと月、貸したんだとよ」
「なんだ…そうでしたか」
「今度こそ、もう、いいっ!」
 冬木はまた呟いた。
「えっ?」
「いや、なんでもない…」
 二人はトボトボと署へ帰還(きかん)した。冬木は葉を落としたように足どりが重かった。

                           完

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2017年4月 2日 (日)

サスペンス・ユーモア短編集-76- 怒れる

 今日は晴れて気分がいいな…と思いながら交通機動隊の袋(ふくろ)は地方道から国道へと白バイを進入させた。こういう快晴のいい日にかぎり、怒れる違反者が現れるものである。
「前の車、止まりなさいっ!」
 20Kmの速度オーパーで違反切符を切り、袋は、テンションを下げた。その後は事もなく、袋は夕方、警察へと、帰還した。
「あの金が国庫に入り、国はまたムダ金を使うんだろうな…」
 袋の脳裏に怒れる想いが巡った。こんな日は一杯飲むか…とばかりに、袋は飲み屋街へと足を向けた。
 いつもの行きつけの小料理屋、指圧のカウンター席には見かけない男が座っていた。
「あっ! どうも…」
 声をかけると、その男は無言で軽くお辞儀をし、コップの酒をグビッ! と、ひと口飲んだ。
「袋さん、この人、ご同業の刑事さんだよ」
 袋がカウンターへ座ると、店主がニンマリ笑って小声で言った。
「そうでしたかっ! いや、どうも! 私、交通機動隊の袋です」
「刑事三係の舐木(なめぎ)です」
 人の気配をうかがい、舐木は刑事らしく小声で言った。その後は雑然とした世間話となり、酔いもお互いに回っていった。
「警察は国民の見方! 国の見方じゃないですぞっ、絶対!」
 疑獄事件の捜査が止まり、舐木は怒れていた。
「ええ! そうですともっ! 国は無駄金は使うなっ!」
 袋は国庫へ入金されるその使途に怒れていた。店主は閉店できない二人に怒れていた。

                             完

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2017年4月 1日 (土)

サスペンス・ユーモア短編集-75- 何ごともない日

 岩岸署管轄の浜波交番は今日も何ごともない日が続いていた。何ごともない日というのは交番にとっては腕の見せようがないイライラする日なのかといえば実はそうではなく、世の中が安穏(あんのん)と動いているのだから、実に素晴らしい日なのである。
 この日、表の公務はもう一人の巡査、帆先(ほさき)が受け持っていた。
「なんか、大変なことになってきましたね、船頭(せんどう)
さん」
 昼の弁当を食べながら奥の休憩所にあるテレビをつけた若い巡査の舟漕(ふなこぎ)は老練な船頭にポツリと呟(つぶや)いた。テレビにはテロ関係のニュースが映し出されていた。
「怖(こわ)い怖い…。くわばら、くわばら…」
 船頭は美味(うま)そうに食後の熱い茶をフゥ~フゥ~と啜(すす)りながら祈るように言った。
「この手の事件は捕らえるだけでは解決しませんからね」
「まあ、そうだな。この辺(あた)りは当分、関係ないだろうが…」
「当分ですか? ずう~~っとでしょ?」
「そうあって欲しいが、集団的自衛権だしな…」
「嫌だ、嫌だ…」
 船頭に感化されたのか、舟漕も祈るように言った。
「じゃあ、そろそろ戻(もど)ろうか。帆先君は昼がまだだからな…」
「はい…」
「それにしても、何ごともない日、というのは有難い…」
「♪何でもないようなことがぁ~♪ ですね?」
 舟漕が急に歌いだした。 
「おお! 若いのに古いの知っとるな。♪幸せだったと思う~♪にならず、♪幸せにぃ思う~♪時代ならいいんだが…」
 船頭も歌って返し、意味有りげに言った。

                             完

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