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2017年5月20日 (土)

よくある・ユーモア短編集-24- 歯車

 人々は多かれ少なかれ、人と接触して生きている。いや、生きている・・などと偉(えら)そうに言えるのはまだその有難味(ありがたみ)が分かっていない人で、正確には存在して生きさせて貰(もら)っている・・ということだ。もちろん、他人に命を狙(ねら)われるとかの心配は、突発ごとにでも巻き込まれない以上、普通、起こらないし有り得ない。まあ、自分によって命を落とす事故の場合は別だが、その事故にしても、バス、鉄道、船舶、飛行機などのように他人の運転によって死に至った場合は、運転、操縦する人と接触したことになる。要は、人と接触する歯車が一つ噛(か)み合わなくなると、個人ばかりでなく、その波紋が大きく広がり、大問題になっていく訳だが、そういうケースは、ないようで案外、よくある。
「あっ! 三鱈資(みたらし)君、今年もよろしく頼むっ!」
「いえ、こちらこそ…。でも、僕は三鱈資さんじゃないですが…」
 訝(いぶか)しげな顔で振り向き、食品物産・営業課の課長の揚麦(あげむぎ)に返したのは、三鱈資の退職後、そのデスクへ異動してきた係長の菓子(かし)だった。
「そうそう…そうだったな。後ろ姿なんで、つい、間違えてしまったよ、すまんすまん。菓子君だったな? アレ、どうなったかね?」
「アレ? アレと申されますと?」
「ははは…分からんかね。ナニだよ君、ナニ!」
 揚麦は、てっきり引継ぎがなされているものだと思い、遠回しに強請(ねだ)った。
「ナニ? ナニと言われましても…」
 菓子は分からず、困った表情で揚麦を窺(うかが)った。揚麦としては当然、退職前に三鱈資から
引継ぎがなされていると思っていたから、菓子の返答が不思議に思えた。
「三鱈資君に聞いてないか? ナニだよ、ナニ」
「はあ…生憎(あいにく)、何も…」
「そうか…、まあいい」
 ペコリと揚麦に頭を下げ、菓子は振り向いていた姿勢を元に戻した。揚麦としては引き下がったものの面白くない。自分の思うどおりにいかず、歯車が狂ったのだ。実は揚麦としては、それを食べないと仕事が手につかなかったのである。ある種の依存症の一種だったが、かかりつけの医者にも原因が分からず、手の施しようがなかった経緯があった。揚麦をそこまで依存させていたもの・・それは老舗・鹿野屋でしか販売されていない一日50個、限定生産されるクリーム入りドーナツだった。揚麦はそれを毎朝、食べないと、仕事に支障をきたしたのだ。揚麦はやる気がなくなり、会社を早退した。
「揚麦君は、どうした?」
 部長の蕎麦(そば)が営業課に入ってきたのは、揚麦が早退した直後だった。
「課長は、先ほど早退されましたが…」
「なにっ!? 君は揚麦君から、何か聞いとらんか? ナニを」
「ナニ? また、ナニですか?」
「んっ? どういうことだ?」
「いえ、何でもありません。聞いておりませんが…」
 菓子は蕎麦に返した。
「そうか…、なら、まあいい」
 蕎麦は仕方ないな…と引き、部長室へ戻(もど)っていった。菓子にそうは言ったものの、蕎麦としては面白くない。自分の思うどおりにいかず、歯車が狂ったのだ。実は蕎麦としては、それを食べないと仕事が手につかなかったのである。ある種の依存症の一種だったが、かかりつけの医者にも原因が分からず、手の施しようがなかった経緯があった。蕎麦をそこまで依存させていたもの・・それは老舗・鹿野屋でしか販売されていない一日50個、限定生産される蜂蜜(はちみつ)入りドーナツだった。蕎麦はそれを毎朝、食べないと、仕事に支障をきたしたのである。蕎麦はやる気がなくなり、会社を早退した。
『蕎麦君は?』
 部長室に内線電話が入ったのは、蕎麦が早退した直後だった。
「はい…生憎(あいにく)、部長は気分がお悪くなったとかで、早退されましたが…」
 美人秘書の派須多(ぱすた)は専務の鵜丼(うどん)にそう返した。
『なにか、蕎麦君から預かってないかね』
「いえ、べつに…」
『そうか、なら、いい…』
 昼過ぎ、食品物産は会社を早退して営業を停止した。このように、ひとつ歯車が狂うと、世の中が狂うことは、案外、よくある。

                            完

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