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2017年5月16日 (火)

よくある・ユーモア短編集-20- 意外

 増毛(ますげ)は契約を成就させる兵(つわもの)として鬘(かつら)物産で名を馳(は)せていた。増毛なしに勝ち目なし・・とは、今や社訓になりそうな勢いで社内に浸透した言葉だった。そんな増毛の存在だったが、彼にも人に知られていない意外な一面があった。まあ、人間にはよくある話で、多かれ少なかれ、人は意外な一面を持っているものだ。
「増毛君、この一件、よろしく頼むよ。どうも禿川(はげかわ)の押しが足らんのか、先方が首を縦に振らんのだよ」
 営業一課では課長の尾釜(おかま)が契約書類のコピーを増毛に渡しながら頼み込んでいた。
「分かりましたっ! 僕でよろしければ、なんとかしましょう!」
「いや、無敵の君しかおらんよ! この一件、助けてもらえると私も助かる」
 尾釜はデスクの上へ両手を乗せ、目前に立つ増毛に深く平伏(へいふく)しながら言った。
 そして、三日がこともなく過ぎ去った。三日前と同じように増毛は課長席の前に立っていた。
「課長、サインもらえましたっ!」
「ははは…そうかそうか。そら、そうだろう。そうなるに違いないと、私は思っとったんだ。いやいやいや、どうも有難う!」
 尾釜は三日前と同じように、また増毛に対して平伏し、頭を深く下げた。内心では、これで部長への顔は立った…と思いながら。ただ、尾釜の内心には、たった三日でどうして契約が取れたのか…という疑問が、沸々(ふつふつ)と沸(わ)いていたことも確かだった。気になった尾釜はついに我慢できなくなり、好奇心を晴らすべく密かに探偵を雇(やと)った。もちろん自費で、会社の誰もがその事実を知らなかった。そしてひと月が経った頃、探偵の報告書が尾釜の自宅に郵送されてきた。尾釜はそれを見て驚いた。
「なにっ! 美味い料理を作って満足させた、だと?!!」
 何を隠そう、増毛は元一流シェフで、コック長を務めた特異な才能をもつ料理人だったのである。その彼がなぜ料理と関係がない鬘物産に入社したのか? という意外な疑問は未(いま)だに解(と)き明かされていない。

                            完

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