« よくある・ユーモア短編集-7- +α(プラスアルファ) | トップページ | よくある・ユーモア短編集-9- 物ごとの帰着 »

2017年5月 4日 (木)

よくある・ユーモア短編集-8- 頑(かたく)なに…

 池登(いけのぼり)は、世を斜(はす)に捉(とら)えて生きる男である。これを、ある種の達観とか悟りの境地と呼ぶ人もいるが、池登の生きざまは、また少し違った。彼はまったく他の所作を意に介さないのである。こういう男は芸能人向きなのだが、池登の場合は別にそういった目立った存在になりたい…と思うことなく、ある役所で日長(ひなが)、こつこつと同じ繰り返しの生活を送っていた。
「課長、もう時間ですよ…」
 夕刻の退庁時間が疾(と)うに過ぎていた。最後まで残っていたのは二人で、そのうちの一人、課長補佐の滝壺(たきつぼ)が席を立ち、帰り仕度(じたく)をしながら池登に声をかけた。
「えっ? …ああ、もうこんな時間か。君、先に帰っていいよ。私は、これをやっつけてから帰る」
「やはり、やっつけますか…。そいじゃ、僕はこれで」
「あっ! ごくろうさん」
 仕事の切りがつかなければ、普通の場合、明日にするか…となり、すでに心は帰宅したり、一杯飲んでいたりするが、池登の場合は違った。池登は滝壺が言ったとおり、仕事を頑(かたく)なにやっつけてから帰る男だったのである。
 あるとき、急ぎの仕事がなかなかやっつけられず、池登は孤軍奮闘、悪戦苦闘していた。よく考えれば、部下にやらせて決裁印を押せばいいだけのことなのだが、彼はそうすることを忌(い)み嫌(きら)った。というより、自分でやり、納得した書類でなければ池登の性分に合わなかったのである。だから池登は頑なに仕事を自分でやり熟(こな)し、納得した上で帰宅した。こういう話はあまり世間によくある話ではない。そんな池登だったが、彼も人の子、無理が祟(たた)ってついに体調を崩し、ダウン寸前になった。
「ははは…過労です。かなりご無理なさったんでしょうな。一週間ほどゆっくり休まれ、安静にしておられれば、すぐ元気になられます。暖かくして、栄養あるものを…。10日分の薬を出しておきます…」
「どうも…」
 医者に一礼すると、池登は医院を後(あと)にした。過労か…過労はよくある話だな…と、池登はトボトボ歩きながら思った。

                         完

 

|

« よくある・ユーモア短編集-7- +α(プラスアルファ) | トップページ | よくある・ユーモア短編集-9- 物ごとの帰着 »