« よくある・ユーモア短編集-36- 脇道(わきみち) | トップページ | よくある・ユーモア短編集-38- 好(この)み »

2017年6月 2日 (金)

よくある・ユーモア短編集-37- さりげなく

 高校2年の広次は日曜の午後、居間でテレビを見ていた。今となっては、もう古典芸能になった紙切り演芸が映っていた。紋付き袴(はかま)の衣装を身に付けた師匠風の年老いた芸人が、見事なハサミ裁(さば)きで三味線などのお囃子(はやし)にのせ、半折りにした一枚の白紙を切り分けていく。その、なんと器用で見事なことか…。広次はもの珍しさも手伝ってか、内心で凄(すご)いなっ! と思った。師匠風の年老いた芸人は切り分けると紙を広げて黒い板木の上へ置き、平たいガラス板を閉じながら客席へと見せた。
『━柳に舞子さん━ でございます…』
 次の瞬間、ドッ! と客席から賑(にぎ)やかな拍手が湧(わ)き起こった。
「おおっ! 珍しいなっ、紙切り芸か…」
 響く拍手の中、父親の広一が、知らないうちに居間へ現れていた。広一の現れようは楚々(そそ)としてさりげなく、猫がスウ~っと物音一つさせず姿を見せ、ゆったりと体を横たえる仕草によく似ていた。そのとき広次は、ふと思った。世の中には器用な人もいるもんだ。どれ、俺もやってみよう! と。広次はテレビを広一に任(まか)せ、さりげなく消えると自分の部屋へと入った。美術用のスケッチ帳の画用紙を適当な大きさに裁断し、片手に半折りの紙、もう片手にはハサミを持って切り分け始めた。何を切ろうか…と一応、考えてはいたが、結局、テレビでやっていた ━柳に舞子さん━ に決めた。上手(うま)くいくか自信がない広次だったが、それでもプロ芸人風に、さりげなく切り終わり、さりげなく広げてみた。現れたのは、柳に舞子さんではなく、一本の大木とお地蔵さんだった。広次は、こりゃダメだ…と諦(あきら)めの溜息(ためいき)を一つ吐(は)くと、何もなかったように、さりげなくスケッチ帳とハサミをしまった。誰でもさりげなく出来そうな仕草も、他人にはさりげなく出来ないことは、よくある。

                            完

|

« よくある・ユーモア短編集-36- 脇道(わきみち) | トップページ | よくある・ユーモア短編集-38- 好(この)み »