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2017年7月 6日 (木)

(いざけ)よくある・ユーモア短編集-71- 迷信

 井酒(いざけ)は風呂を上がり、少し疲れがとれたな…と思いながら、寝室へ入った。そして、いつものようにクローゼットに入れてあるパジャマを着てベッドへ潜(もぐ)り込んだ。と、そのときである。まさかそんなことはないだろう・・と思われる事態が井酒の目(ま)の当りで起きたのである。一匹の蜘蛛(くも)がスゥ~~っと天井(てんじょう)から糸を延ばし、井酒の目前まで下りてきたのだ。井酒の驚きは尋常(じんじょう)なものではなかった。それも当然で、寝室には蜘蛛など入る隙間(すきま)もなく、いったいどこから現れたんだ? と首を傾(かし)げたくなるような事態だったからである。
「ギャア~~~!」
 別に虫嫌いではなかったが、不測の事態に井酒は絶叫(ぜっきょう)してベッドから飛び出していた。そのときふと、井酒の脳裏に、郷里の田舎で言われたことのある、言葉が浮かんだ。
『夜に蜘蛛を見たらな、悪いことが起きるぞ!』
 そんな馬鹿なことはないさ…と思いながら聞いていたことを思い出したのだ。井酒は迷信を信じるようなタイプの青年ではなかったから、いつしか忘れてしまった。転勤で上京してこのマンションに住み始めたのが二年前で、ようやく暮らしにも馴れた矢先だった。そこへ今夜のこの事態である。迷信を信じない井酒にも、不吉(ふきつ)な感情が頭を掠(かす)めた。
 その次の日、いつものように会社で勤め、昼休みとなった。井酒は同じ課の中久保と行きつけの定食屋で、いつものように話しながら食べていた。
「俺のマンションに昨日(きのう)な、蜘蛛がいたんだよ…」
 井酒は昨夜の異常事態を中久保に語った。
「ふ~ん、そうか…でも、よかったじゃねえか。夜に蜘蛛を見りゃ、いいコトがあるって言うぞっ! 俺も見て、いいコトあったぜっ!」
 中久保は微笑(ほほえ)みながら、最後の楽しみに取っておいたタレのついた肉団子をパクリ! と頬張(ほおば)った。
「ああ…」
 井酒は、そうなんだ…と思った。
 迷信とはそんなもので、別の結果になることも、実は、よくある。

                            完

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