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2017年9月 8日 (金)

思わず笑える短編集-35- 傘の唄

 雨が降り出した。最近にしては、途轍(とてつ)もなく強い雨で、蝙蝠(こうもり)傘を慌(あわ)てて広げながら、平岡は半ば走りながら家路を急いだ。降る・・とは朝の出がけにテレビ天気予報で知らされていたから一応傘は持って出たのは幸いだった。だが、こんな大降りは予想外で、平岡はいつもの革靴で出た。これだけ激しいのなら長靴だった…と平岡は悔(く)やんだが、あとの祭りで、家に走り込んだときには、足下(あしもと)はびしょ濡れ状態になっていたのである。平岡はチェッ! と自分自身に腹を立てて舌打ちし、傘を畳(たた)もうとした。そのときだった。閉めようとする傘に平岡は違和感を覚えた。いつものようにスンナリ畳めないのである。よく見ると、傘の骨が一部、折れかけて曲がっているではないか。これは修理だな…と平岡は瞬間、思った。風邪(かぜ)をひくといけないから、とりあえず着がえを済ませると、平岡は、さっそく手術に入った。平岡は修理するとき、自分はドクターだ…と気分を一新して手術に臨(のぞ)むのである。
「とりあえず、梱包用のビニール紐と割り箸、それと…接着ボンド、針金の細線だな…」
 独(ひと)りごちた平岡は、手術用の材料をまず、手元に揃(そろ)えた。
「では、始めます…」
 誰もいないのにそう言うと、平岡は手術を始めた。誰もいないのだが、平岡の心には手術スタッフが何人もいるのだった。そして平岡が思うところの手術は進み、なんとか無事、手術は終了した。
「しばらくは、絶対安静に…」
 絶対安静とは、修理した傘を開いたまま、しばらくそのままにしておくことを意味した。
『先生! 有難うございます』
「いやいや、無事に終わり、よかったです」
『お礼に一曲!』
「ははは…なにもそこまでしていただかなくても…」
 平岡は一人二役で独りごち、冗談にも上手(うま)いとは言えない鼻唄を、唄い始めた。

                           完

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