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2017年11月

2017年11月30日 (木)

困ったユーモア短編集-18- 洗いもの

 溜(た)めておくと、困ったことにどうも心が落ち着かない五月雨(さみだれ)は、小まめに洗いものをすることを忘れなかった。五月雨の潔癖(けっぺき)症は、なにも洗いものに限ったことではなかったが、毎日のこととなると、やはり洗いものに集約された。
 日曜の朝、外は湿気が高く、まだ雨も降っていた。五月雨は困っていた。洗濯は出来るが、こんな日は、どうも今一つ乾きが遅(おそ)く、干場がないほどになるからだ。結果、日本の国債発行に伴う累積赤字が膨大(ぼうだい)な額になったのか…と、五月雨は全然、関係ない発想と関連づけた。そういや、この国も最近は汚れてきたな…と、道のポイ捨てゴミを思い出し、また関連づけた。なにも汚れているのはこの国だけじゃないぞ…とも思え、五月雨は地球規模で大きく考えた。地球の汚れは、絶えない紛争による小規模な戦いなどだが、そんな汚れた地球を洗うとなれば、これは相当大きな洗濯機が必要になるな…と五月雨は、また思いを大きくした。そこへバイクの音がし、郵便が到着した。見ると、税金の納付書だった。いくらだろう…と、封を切る五月雨の思いは洗いもの相場ではなくなり、急に小さくセコくなった。

                           完

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2017年11月29日 (水)

困ったユーモア短編集-17- 時として

 世の中では困ったことが時として起こる。予想外の現実だが、この困ったことを困らなくする手立てがある。その手法を人は知らず、日々を怯(おび)えて生きているのだ。この過剰(かじょう)な反応が、時として事態をより悪化させる方向へと導く。
「大丈夫なんだろうねっ! 原発はっ!」
「はっ! そらもう。なんと申しましても保安院のお墨付(すみつ)きでございますから…」
「お墨付きか…墨は濃いんだろうなっ!」
「はぁ? …そらもう。なんと申しましても、あの店の烏賊墨(いかすみ)は美味(おい)しゅうございます」
「烏賊墨? ああ、確かにあそこのパスタは美味だが…。馬鹿!! そんなことを言ってるんじゃないっ!」
「はあ、そうは申されますが、あの店の烏賊墨は20年ばかり前から食してございますが、保安院というようなことは、当時ではございませんで…」
「20年ばかり前? …君は何を言っとるんだっ!」
「はい、濃い墨味かと…」
「濃い墨味? …確かに濃くて美味(うま)いがな…馬鹿! そんな話じゃないんだっ!」
「いえ、そんな話でございますよ。過剰に世間に迎合して騒がれるのも、いかがなものかと…。時として、落ち着かれてお考えになられた方が、時として国是(こくぜ)に適(かな)うかと…」
「マスコミに煽(あお)られ過ぎたか?」
「そのように…」
「時として、そうした方がいいのかも知れんのう。それにしても、あの店は実に美味い…」
「さように…」
「時として、行ってみるのもよいな」
「はい…」
 二人はニヤリと笑った。

                            完

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2017年11月28日 (火)

困ったユーモア短編集-16- 結果

 困ったことに、鮎川は最後の詰めでドジることが多く、結果、いつも損ばかりしていた。もちろん鮎川が上手(うま)く結果を出したい…と思っているのは当然だったが、どういう訳か最後で結果が覆(くつがえ)るのだった。出だしはよかったし、むろんその過程[プロセス]も問題はなかった。しかし、いざ、最終場面になると結果が反転するのだった。こうなることが当然のように起これば、誰しもアグレッシブさが消えるものである。鮎川も、その例外ではなかった。
「さあ、どうするか…。この辺(あた)りで担当チェンジが無難だな、荒塩(あらじお)君…」
 営業統括部長の元火(もとび)は営業一課長の荒塩の耳元で囁(ささや)いた。
「ですね…。契約がポシャってからでは、水の泡(あわ)ですから…」
「鮎川君には悪いが、そうするとするか…」
「はい! そろそろ焼けたかと…いえ、いい潮どきかと…」
 二人は顔を見合わせて頷(うなず)いた。
 次の日の朝である。課長席に座る荒塩の前に、呼び出された鮎川の姿があった。
「まあ、そういうことだ。結果が大事だからね。先方の気が変わってからでは遅いから、枯枝(こえだ)君に担当を代わってもらうよ、いいね」
「はあ、そらもう…。私もそう思いますので」
 鮎川にも結果が覆(くつがえ)ることは予想できたから、素直な気分で荒塩に従った。ところが、である。枯枝が担当を代わると、先方のお偉方、尾荷切(おにぎり)専務は旋毛(つむじ)を曲げ、電話をかけてきた。
『私だっ! 川原(かわら)商事の尾荷切だっ! 鮎川君は付いておらん…いや、どうしたのかねっ?!』
「はっ! 鮎川は急用で、担当を外(はず)れましたので…」
『私は鮎川君と契約をしたんだっ! もう、食べられるんだから、今更(いまさら)、枯れ枝はいらんよっ!』
「? はぁ?」
『いやなに…。鮎川君でいいから。いや、鮎川君で契約をお願いしたい』
「わ、分かりました。結果が変わることはないんですね?!」
『なに言っとるんだ君はっ! もう、担当が代わっとるじゃないかっ!』
「はっ! はい。そのように…」
 結果は二転していい結果へと変化し、ついに鮎川にも、いい結果が舞い込んだ。

                           完

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2017年11月27日 (月)

困ったユーモア短編集-15- 起業

 金に不自由し、困っていた粂川(くめかわ)は、起業しよう…と一念発起(いちねんほっき)した。だが、粂川の手元に起業する金があろうはずもなく、さて、どうしたものか…と風に戦(そよ)ぐ鯉幟(こいのぼり)を見ながら粽(ちまき)を齧(かじ)り、思いに耽(ふけ)った。そのとき、ふと、粂川の脳裏に一つのアイデアが浮かんだ。
 数日後、粂川の姿は都会の人通りが激しい街頭にあった。粂川は街路の片隅に茣蓙(ござ)を敷き、その上に胡坐(あぐら)を掻(か)いて座っていた。両手は合掌(がっしょう)し、瞑想(めいそう)するかのような姿である。身に纏(まと)っているものといえば、どの宗教でも身に着(つ)けないような奇抜な衣装だった。粂川の前には段ボールを黒茶色にペンキで塗ったあと、赤ペンキで[浄財箱]と書かれた大箱が、浄財を中へっ! と言わんばかりにズシリ! と置かれ、その箱の横には救世(ぐぜ)宗・托鉢(たくはつ)・・と墨字で書かれた木製立てが置かれていた。街路を往来する人々の中には興味を持つ奇特(きとく)な人もいるものだ。日暮れまでには数十人の通行人が浄財箱の中へ硬貨やお札(さつ)を入れていった。中には粂川に両手を合わせて拝(おが)む者さえいた。腹は減ったが、これも起業のためだっ! と心に命じ、粂川は我慢した。
 夜、粂川が托鉢を終えて家へ戻(もど)り、浄財箱を開けてみると、そこには数千円の札と多くの硬貨が入っていた。一ヶ月ばかり、日々、座り続けた粂川の手には、いつの間にか数万円もの大金が握られていた。粂川は、よしっ! とひと声、呟(つぶや)いた。その翌日、粂川は浄財で得た金を懐(ふところ)に忍ばせ、とある石材店に座っていた。粂川が描いた救世をイメージした彫刻のデザイン画を石材店の店主が見ていた。
「分かりました…。ひと月ばかりのご猶予を頂(いただ)ければ…」
 半年後、手押し車で運ばれた彫刻像と茣蓙に座って瞑想する粂川の前には、黒山の人だかりが出来、浄財箱は入りきれないほどの浄財で溢(あふ)れていた。
「はい、はい! 押さないでっ!」
 アルバイトの学生数人が、人だかりを規制したり、お守りを渡したりしていた。浄財をした人には、漏れなくお守りの小石が貰(もら)える・・というシステムだ。粂川は救世宗を起業し、成功した。この世の人々は救われたいのである。

                           完

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2017年11月26日 (日)

困ったユーモア短編集-14- 疲労感

 流鏑馬(やぶさめ)は、なにげなく家を出た。ところが、困ったことにいつもは入っているはずのポケットに財布はなかった。ポカミスで、うっかり忘れたのである。停留所には他に待つ人もいる。大恥を掻くところだった。乗る前でよかった…と、流鏑馬は停留所から歩き始めた。目的の帽子の専門店までは、たかが歩いても十五分ばかりだ…と、流鏑馬は単純に思った。幸い、カード入れは持ってきた。あの店はカードが使えるから、買い物の支払いで困ることはない…と、直感で判断した流鏑馬は、勢いよく歩を早めた。ところが、世の中はそう甘くはない。帽子の専門店が遠くに見えたとき、おやっ? と流鏑馬は思った。いつもは見える人の姿がまったくないのだ。今日は木曜だったから、店は開いているはずだ…と流鏑馬は思った。だがやはり、人のいる気配は、まったくない。その訳は、店前に立ったとき、はっきりした。
━ 棚卸しのため、誠に勝手乍ら臨時休業とさせていただきます。当店の都合でございます。あくまでも当店の都合でございます。なにかと、ご不満もございましょうが、そこはそれ、曲げてご了承を賜りますよう、伏してお願い申し上げます。今後ともよろしくお願いを申し上げます  帽子の店 楠川 ━
 流鏑馬は、その貼り紙を見て、そこまで頭を下げなくても…と、店主の性格の律儀(りちぎ)さを見てとった。そんなことより流鏑馬にとっては、さて、これからどうするか? だった。諦(あきら)めて別の日に買いに来れば、造作(ぞうさ)もない話だった。別の日なら、カードは無論のこと、財布も持っているから、お足がない・・などという馬鹿な悩みは当然、起こらない。ところが、流鏑馬は、歩いた無駄を、ふと思った。せっかく歩いてきた時間と努力が消えて無駄になる・・と瞬間、思えたのだ。そうなれば、近くで帽子が買える場所・・と、なる。幸い、さらに歩いて10分ばかり行ったところにはショッピング・モールがあり、帽子も簡単に手に入る…と、流鏑馬は欲張って考えた。
 10分ばかり歩くと、間違いなくショッピング・モールはあった。だが、ここも人の気配は皆無だった。モールは、ぶっちぎりの休みの日だった。流鏑馬の確認する周到(しゅうとう)さも、そこまでは及んでいなかった。流鏑馬は家へ戻ることにした。困ったことに、身と心の疲労感だけが流鏑馬に残った。

                             完

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2017年11月25日 (土)

困ったユーモア短編集-13- 渡りに舟

 困ったとき、思いもよらず必要な人や物、あるいは物事に出合い、コトが首尾よく運べそうになる場合・・人はそんな状況を ━ 渡りに舟 ━ という。
「羽衣(はごろも)さん! その後、どうですかな?」
「ははは…そう大したことはっ! たかだか、20億程度ですよ、天女(あまめ)さん」
「なにをおっしゃる。私のとこなど、数億が関の山です」
 一流料亭、三保乃屋の松の間である。財界のお偉方、羽衣と天女が、出来上がったいい顔色で杯(さかずき)を傾けていた。徳利も空(から)になり、困った天女は手の平を叩(たた)いて追加しようとした。そのとき、渡りに舟と、二人の仲居を伴って入ってきたのは、三保乃屋の女将(おかみ)だった。
「いつも、ご贔屓(ひいき)になっております…」
 女将が品(しな)を作り、挨拶をする。そのあと、二人の仲居は料理皿を出して羽衣と天女に酌(しゃく)をする。
「いやいやいや…こちらこそ、いつもお世話になっております」
 美味(うま)い料理に舌鼓(したつづみ)を打ちながら一杯飲んでるだけなのに、お世話をかけているという言葉で羽衣は上品に肩すかす。
「いいえぇ~。まあ、おひとつ…」
 女将が色っぽく二人に迫(せま)り、酌を仲居と変わる。するとそこへ、渡りに舟と綺麗どころが現れ、歌舞音曲(かぶおんぎょく)となる。そうこうして、ほどよく羽衣と天女が酩酊(めいてい)して困ったところで、渡りに舟のタクシーが、これもいつものようにやってくる。
「ああそう、来たの…」
 二人は、タクシーの人となり、そのあと…は、読者のご想像にお任(まか)せしたい。^^

                            完

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2017年11月24日 (金)

困ったユーモア短編集-12- 逆転

 世の中は困ったことに富む人と貧しい人とに片寄りを見せ、分かたれる。植土(うえつち)も貧しい側へ吸引されそうな一人だったが、なんとか堪(こら)えて踏みとどまり、富もう! と日々、農業に汗していた。そんな植土をあざ笑うかのように、近所の豪邸に住む生楽(しょうらく)は鼻毛を抜きながら欠伸(あくび)をし、¥百万の札束を数えていた。
「梅雨の晴れ間に一度、虫干しせんと、カビが生えていかんな…」
 しらこい[しらじらしい]顔で数十億はあろうか・・という札束の山を、生楽は腕組みしながら恨めしげに眺(なが)めた。
 何年かが経(た)ったとき、世界に大恐慌が起きた。その結果、貨幣は紙くず同然となったが、植土は食べ物にはこと欠かなかったから穏やかに生活を続けることができた。一方、生楽は飢えた空腹の腹を抱えて食べ物を求め、さ迷っていた。両者の立場が逆転し、植土が富む人となり、生楽が貧しい人になったのである。誰も拾わないゴミとなったお札が木の葉のように道で舞っていた。

                            完

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2017年11月23日 (木)

困ったユーモア短編集-11- お医者

 春になるといろいろな植物が勢いを増し、果実を実らせる。藪(やぶ)に生える竹の子もその一つだ。
「おおっ! 美味(うま)そうだっ!」
 食い気(け)が先走る道脇(みちわき)はグゥ~~っと腹を鳴らしながら藪林の中を通る細い野道を愛犬とともに散歩していた。ふと、道脇の頭に昨日、行ったお医者の顔が浮かんだ。そういや、お医者にもいろいろといる。名医と呼ばれる優(すぐ)れ者から藪医者、いやそこまでもいかない竹の子医者まで、さまざま存在するのである。ヌメッ! と草むらから生えた野生感は竹の子だったが、そう不出来な竹の子医者とも思えなかった…と、道脇はまた思った。病状はその後、よくなって癒(い)えたのだから竹の子の部類でないことは確かだった。外観と内観は必ずしも一致しないのが人間だ…と道脇は、またまた偉そうに思いながら、腹の足しにしよう…と野道に出ている分だけを収穫し、帰路についた。
 竹の子の煮付けで夕飯を食べる道脇の頭は食い気だけで、診(み)たお医者の顔は、すでになかった。

                            完

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2017年11月22日 (水)

困ったユーモア短編集-10- 気体と液体

 今年、4月から営業課に配属された明るい性格の蚊取は、困ったことに夏が近づくにつれ、すっかりテンションを下げていた。あれだけハイテンションだった人物が次第にテンションを下げたのには当然、不適な人事異動という理由があった。蚊取は元々、有能な新入社員として総務部で採用された人物だったから、社内の誰の目にも、蚊取の異動理由が分からず、時の人として噂(うわさ)になっていたのだが、そのことを当の本人である蚊取は知らなかった。
「ワッ! 蚊取さんよっ!」
 若いOL達から注目されれば、蚊取としても悪い気はしない。今やそのことが唯一の救いになっていることを、しみじみと蚊取は実感していた。同期入社の虫除(むしよけ)は、蚊取とは逆に営業部から総務部へ異動し、我が世の春を謳歌(おうか)していた。そんな虫除の話を小耳に挟むにつけ、蚊取の気分がいいはずがない。虫除の液体的なベトベトした塗り薬のような上司への応対はOL達の顰蹙(ひんしゅく)を買ったが、蚊取は逆にOL達から同情され、上手(うま)い具合に彼女達を気体的に煙に巻いた。そして、このことが蚊取を総務部へと復帰させ、虫除を元の営業部へ追いやったのだから怖(こわ)いものである。ベトベトした液体的な応対は煙に巻く気体的な応対には敵(かな)わないのだ。

                            完

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2017年11月21日 (火)

困ったユーモア短編集-9- 上に立つ人

 人事異動があり、鴫川(しぎかわ)が所属する総務付属室に新しい室長、小魚(こうお)が赴任(ふにん)した。総務付属室は、総務の雑用係のような部署で、まあ、あってもなかってもいいようなところだった。
「このたび赴任しました小魚です。よろしく、お願いいたします…」
 室長にしては下から目線で小魚は就任の挨拶をした。鴫川が知っている今までの室長は上から目線の人ばかりだったから、おやっ? と鴫川は感じた。それもそのはずで、小魚は部下の凡ミスを一手に引き受け、自分のミスとして飛ばされたのである。
「鴫川と申します。よろしくおねがいいたします…」
 何人かが自己挨拶したあと、鴫川は取りあえず窺(うかが)うように挨拶をした。困ったことに、今まで居丈高(いたけだか)に命令されることになれてきた鴫川には、これからどのような態度で下から目線の小魚に対すればいいのかが分からなかった。
「いいえ、こちらこそ…」
 すぐ、小魚は返答した。
「いやいやいや、私こそ…」
 それに、またすぐ小魚が返した。すばやいキャッチボールの投げ合いである。これでは埒(らち)が明(あ)かない。鴫川も困ったが、小魚も困ってしまった。そのとき、昼を告げる職場のチャイムが鳴った。岸辺で繰り広げられた鴫と魚の格闘は引き分けに終わった。上に立つ人は小魚のように要領を得ているのである。

                            完

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2017年11月20日 (月)

困ったユーモア短編集-8- 大金持ち

 苦労して蓄(たくわ)えた末、ようやく大金持ちになった花坂は、どんどん使うことにしよう…と考えを180度変えた。というのは、先週、病院で受けた健康診断の結果、かなり症状が重い、なんたらかんたら[どうたらこうたら]・・という長い病名の病(やまい)に冒(おか)されていることが判明したからだった。医者が言うには、余命あと数年・・との診断結果を聞き、花坂は、もう、いいやっ! とブッ切れたのである。大金を残したって、持って黄泉(よみ)の国へ行く訳にはいかないし、だいいち、そんな国があるとも到底(とうてい)、信じられない花坂だった。百歩、譲(ゆず)って、そんな死の世界があるとして、その金でいいランクに生まれられる保証がないことは明明白白だった。で、使おう…と思った花坂だったが、ひと月もすると飽(あ)きてきた。高級ステーキも朝から毎日食べていると、そう美味(うま)くもなくなった。で、料亭で好きな鰻重(うなじゅう)を食べ始めたのだが、これも一週間ほどで飽きてきた。すると困ったことに、沢庵(たくあん)三切れほどが絶妙の味に思え出したのである。身に付けるものやあらゆる贅沢(ぜいたく)品にしても食べ物と同じで、たかだか程度が知れていた。どうも馴染(なじ)まず、落ち着けないのだった。高級車のなんと気を使うことか…。花坂は困った。で、ひと月後には元の生活サイクルへ戻(もど)したのだが、これがなんと快適なことか…と思える花坂だった。
 そして、数年が瞬(またた)く間に過ぎ去っていった。
「先生、私、そろそろじゃないんですか?」
「なにがですか?」
「えっ!? なんとかいうややこしい病名で、あと余命が数年だとか…」
「誰がです?」
「私が…」
「ははは…ご冗談を! 花坂さんはあと数十年は大丈夫ですよっ! こうして、来診していただいていれば…」
「そんな…」
「ああ! そういや、そんな患者さんがいた・・というようなことはお話したかも知れませんね、ははは…」
 花坂は、なにが、ははは…だっ! と怒れたが、自分の思い違いかも知れない…と思え、黙って頷(うなず)いた。その後、花坂は、また蓄える生活を
始め、相変わらず元気に生き続けているということである。

                             完

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2017年11月19日 (日)

困ったユーモア短編集-7- 騒音

 村越茂助は眠れず、困っていた。別に眠気がない訳ではなかった。音が気になって眠れないのだった。それは、近所で行われていた深夜工事の騒音から始まった。
「五月蝿(うるさ)くて眠れん!!」
 カ~~ンカ~~ン! キンキンキンキン! ガガガガァ~~! という音が、まったく同じリズムのようにくり返しで、していた。何をすれば、あんな音がするんだろう…と、村越は眠れず困った挙句(あげく)、ふと、そう考えた。
『まあ、明日までの辛抱だ…』
 諦(あきら)めた村越は、毛布を頭まで被(かぶ)ると、目を閉ざした。深夜工事といえど、日が変われば音が止まることは村越も毎日のことだったから、分かっていた。
 そして、次の日である。零時を過ぎ、音は止まった。やれやれ、これで眠れるぞ…と、毛布を被っても眠れなかった村越は思った。ところが、である。また、音が気になり出し、寝られないのだ。なんの音? かといえば、それは規則正しく運針する目覚ましの音だった。
「あああ~~~っ! もう!!」
 村越はベッドから飛び出した。
『東軍の諸将、旗幟(きし)を鮮明にせざれば、ご出馬、これなく…』
 目覚ましの音が、村越にはそう聞こえた。昼に観た大河ドラマの台詞(セリフ)の一部だった。
「今年は参議院選挙か…」
 村越は眠ることを完全に諦(あきら)め、カップ麺を食べることで困らないことにした。

                            完

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2017年11月18日 (土)

困ったユーモア短編集-6- 退化

 社内の一場面である。朝から底鍋物産の総合開発事業部では重要な書類の作成が急がれていた。多くの会社役員を招いての新開発商品のプレゼンテーションが午後1時から開かれるこの日、困ったことに電気系統の機器が、いっせいにストライキ状態となって停止したのである。
「多所(たどころ)君、なんとかならんのかね! えっ! 1時まで飯(めし)抜きでも、あと3時間もないんだよっ!」
 開発部長の粋付(いきつけ)は、課長の多所に大声で叱咤(しった)した。
「はあ、そう言われましても、原因が分かりませんで…。電気系統ではないようです」
「! もうっ! 手書きでも何でもいいからさ、ともかく30部ほど、なんとかならんのかねっ!!」
「はっ! とにかく書かせますが、なにぶん筆不精(ふでぶしょう)者(もの)ばかりでして…」
「馬鹿! それは筆不精じゃないんだよ、君! 分からんのかねっ! 退化だよっ、退化! 手先のっ!」
「はあ…」
「こんなことを君に愚痴っても始まらん! ともかく急いでくれたまえっ!」
「はっ! 分かりましたっ! 早急にっ!」
 多所は慌(あわ)てながら部長室から出ていった。
「便利さとはなんなのかねぇ~、困ったもんだよ…」
 粋付は言葉とは裏腹に、楽しみにしているこの日限定の木の芽御膳が食べられなくなる不満を、上手(うま)く詭弁(きべん)を弄(ろう)して纏(まと)め上げた。要は、部長の粋付にとって重要なのは昼からのプレゼンではなく、木の芽御膳だったのである。粋付の頭も、すでに退化していた。

                            完

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2017年11月17日 (金)

困ったユーモア短編集-5- 有効利用

 浜嶋は痛んだ布団を見て、さて、どうしたものか…と考えていた。手早いのは、廃棄(はいき)して新らしい布団を買うことである。それには、いくらかの出費を余儀なくされる。困ったのは、その布団が、そう痛んでいないということだった。派手に破れたり汚れているのなら、考えなくても、すぐ買い換えられるのだが、モノは少し片隅が破れているだけだった。そう汚れている訳でもないから、浜嶋は困ったのである。ならば、修理をするか・・と日曜大工的に浜嶋は考えた。布団だから当然、工具は使えないし、出る幕もない。そこは、鋏(ハサミ)や針、糸などの裁縫道具の出番となる修繕作業だ。ほんの小一時間…と目論見(もくろみ)、修繕を始めた浜嶋だったが、ことのほか手間取り、作業が終わったのは昼頃になっていた。他にすることもないから、まあいいか…と、浜嶋は昼食にすることにした。出した鋏を片づけようとしたときである。刃先の一部が錆びついていることに浜嶋は気づいた。使うだけ使った挙句、このまま片づけるというのも気が引けた。ここは砥(と)ぎだろう…と思え、浜嶋は研ぎ始めた。そして火で乾かし。油を塗布し、元の場所へと収納した。物はモノを言わないが、モノだけに物々しい…と、訳が分からないことを思いながら時計を見ると、ずてに昼の1時を回っていた。他にすることもないから、まあいいか…とまた思いながら、浜嶋は、ようやく遅い昼食にありつけた。やり遂げた達成感と、なんとも言えない味わい深いいい気分に浜嶋は包まれた。困った気分が完全にいい気分に逆転するノックアウト勝ちだった。

                            完

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2017年11月16日 (木)

困ったユーモア短編集-4- 刈り込み暮色(ぼしょく)

 宇多は日曜の朝、息子の輝矢(てるや)の頭を刈ってやろう…と、バリカンを取り出した。少年野球チームの4番打者で活躍する輝矢は、日々の練習で、泥んこになって家へ帰ってくる日が続いていた。泥んこは洗濯をすれば事は足りるが、日々の練習による汗臭さは宇多家の大きな問題になっていた。
「よしっ! 俺が刈ってやる。母さん、鋏(ハサミ)とバリカン、確かあったな?」
「ええ…あるには、あるけど」
 宇多の家に昔からあるバリカンは年代もので、宇多自身が少年の頃、よく母親に刈ってもらった一品だった。宇多にとっては刈られてばかりで、刈ったことがなかったから、懐かしさも手伝ってか、一度、刈ってみたい…とは、かねがね思っていたのだ。そこへ、格好の獲物が通りかかった・・という寸法だ。この機会を逃しては獲物をモノにすることは不可能だろう。…荒野の腹を空(す)かせたライオンではないから、そんなことはないが、宇多にとっては、まあ、そんな気分だった。輝矢は最初、嫌(いや)がったが、ある目的があったから五分刈りぐらいなら・・という条件で契約を更新、いや、OKした。そして、日曜の朝となったのである。朝から雨が降っていて、練習中止の輝矢は家にいた。
 そして、コトは始まった。失敗は出来ない…と、鋏を手にした宇多はゆっくりと刈り始めた。毛長の部分は首尾よく刈り進めた宇多だったが、バリカンで裾刈(すそが)りをして手鏡に映る輝矢の頭を見ると、困ったことに、少し裾の右の方が刈り過ぎたように思えた。そこで、宇多は左をもう少し刈ろう…とバリカンを、ふたたび手にした。そのとき昼の時報が鳴った。宇多は、まあ昼からでもいいか…と輝矢の都合も訊(き)かず、勝手に算段した。
「おいっ! 昼にするぞっ…」
「んっ? んっ…」
 輝矢は、でくのぼうのように従った。今月は言うことを聞いておかないと小遣いのべースアップが危ぶまれる危険性があったのだ。刈り込みに従ったのも、そのせいである。いつもなら、アッカンベェ~~! と家を飛び出して練習か、友達の家へ飛び出している輝矢だった。
 昼食を家族三人で食べ、妻の美佳が買い物に出たのと同時に、また頭の裾刈り合わせは再開された。宇多は裾の左をバリカンで少し短くした。ところが、である。困ったことに、今度は右より少し刈り込み過ぎた。しまった! と思ったが、もう遅い。輝矢は相変わらず、でくのぼうで、宇多に任せっきりになって椅子へ座っていて気づいてはいない。
「父さん、どうかしたの?」
 宇多の手が止まったのを感じ、輝矢が小声で訊(たず)ねた。
「いや、なにもない…」
 真実は大問題が発生していたのだが、宇多は暈(ぼか)して誤魔化した。だがその実、さて、弱ったぞ…である。これ以上、裾を刈り上げては見られたものではない。
「輝矢…丸刈りはダメか?」
「ええっ! …いいけどさぁ~」
 夕暮れになったとき、輝矢の刈り込みは丸坊主で終わっていた。

                        完

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2017年11月15日 (水)

困ったユーモア短編集-3- よかった…

 困ったことに、崖崩(がけくず)れによる復旧が遅(おく)れている・・と、カーラジオが唸(うな)っている。春の行楽シーズン真っ盛りの今、家族づれの車旅を決め込んだまではよかったが、高速に入った途端、渡橋は大渋滞に巻き込まれていた。さあ、どうしたものか…と考え倦(あぐ)ねても、止まった車列が動くはずもなかった。
「パパ! おしっこ!」
「…もう少し我慢しなさいっ!」
 子供にそうは言ってみたものの、もう少し先になればトイレが現れる訳もなく、渡橋は緊急対応を余儀(よぎ)なくされた。幸いにも渡橋の足元には飲みかけのペットボトルが横たわっていた。万一の場合の対応は、これでOKだっ…と渡橋は、よかった…と目を閉ざした。そのとき、ふと、渡橋の脳裏に家を出る前の映像が広がった。鍵をかけ忘れたぞっ! と気づき、ハッ! と慌(あわ)てて目を開けると、渡橋はベッドの上にいた。辺(あた)りは夜が明けようかという早暁(そうぎょう)で、まだ薄暗かった。夢だったか…と、渡橋は、現実でも、よかった…と思えた。この日、渡橋は家族四人で車旅をする予定だった。夢と同じように時が過ぎていき、いよいよ家を出る時間となった。渡橋は妻に鍵をかけたか? と念を押した。
「おかしな人ね…かけるに決まってるじゃないっ」
 渡橋は嫌味(いやみ)を一つ言われた。それでも腹は立たなかった。いや、立つどころか、どういう訳か、安心できた。その後、渡橋の車は高速には入らず、混んでいない下の地方道を走り、駐車場に止まった。途中から列車旅に切り替えたのだ。そして、なにごともなく家族と三日間の楽しい旅を終えた渡橋は、家に戻(もど)り、よかった…と、またまた安堵した。

                           完

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2017年11月14日 (火)

困ったユーモア短編集-2- 立ち上がらない

 魚川は朝一でパソコンを立ち上げようと電源をONにした。ところが困ったことに、黒い画面のまま、なかなか立ち上がらないのである。魚川は、今朝もかっ! と腹立たしい思いで座椅子から立ち上がった。俺が立ち上がっているのに、お前は立ち上がらないのかっ! とつまらない怒りを催(もよお)し、魚川は湯呑(ゆのみ)のお茶をガブリ! と飲み干(ほ)した。このまま、じぃ~~っと立ち上がるまで待っているのも、どうも腹立たしい。魚川は、そうだっ! 先に塵掃除(ちりそうじ)でもやってやろう…と箒(ほうき)と塵取りを手にすると、辺りを掃(は)きだした。ボケェ~~っと待っているのも悪くはないが、それでは世間の皆さまに申し訳がない…というようなことは考えず、場当たり的に動き出したのである。まあ、時間の有効活用ではある。
 しばらく掃いていると、パソコン画面が明るくなった。ようやく立ち上がったのである。魚川の内心が、パチパチパチ…と手を叩(たた)き、そのあと、こんなことで喜んでどうするんだっ! と、柔(やわ)い心を諌(いさ)めた。まあ、それは当然で、パソコンがすぐ立ち上がらないと、即戦力に欠け、役に立たない、あるいは間に合わない場合だってある訳である。
 魚川が調べると、どうもセキュリティ・ソフトの関係のようだった。さらに調べれば、すぐ立ち上がらない症状を改善するソフトも同じ会社から発売されていた。結局は企業利益を上げる商業主義の手段か…と魚川には思えた。これでは、国力も落ちて当然だ…と関係ない国の現状と結びつけ、今度はお茶ではなく、コーヒーをゴクッ! と啜(すす)った。少し気分が和み、今はもうそんな時代なのか…と思ったとき、カラスがカァ~カァ~・・と鳴いた。魚川には、そのとおり~そのとおり~・・と聞こえた。

                          完

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2017年11月13日 (月)

困ったユーモア短編集-1- 身体の要求

 もういいかな? と思った苔川(こけかわ)は、もう一度、デパートのトイレへ戻(もど)った。だが、やはり人の波は途切れることなく、いや、返って前より増えているぞ…と、苔川の目には映った。困ったことに、便意はその激しさを増し、少しずつ限界へと近づいていた。身体の要求なのだから誰に文句を言うこともできない。もちろん、誰もこれこれこうです・・と説明しても、その気分は理解してもらえないのだから仕方がないのだが…。
 苔川はとりあえず、列に並んだ。そして、前で並ぶ男にそれとなく列が出来ている訳を訊(たず)ねてみた。
「なぜなんですか?」
「いやぁ~私もよくは分からんのですが、トイレの水が急に止まったらしいんですよ」
「トイレだけですか?」
「はい。それも大だけが、突然ね」
 汚(きたな)い話ながら、流れなければ水洗トイレはお陀仏なのである。さて、どうするか? が今、苔川に与えられた緊急の課題となっていた。このまま列に並んで待てば、水が出るまでに恐らく立ったままスッキリ! することは目に見えていた。スッキリ! といっても、困ったことに、臭気(しゅうき)をともなう気分の重い下半身の最悪な状態は残るのである。苔川としては、何が何でもそうなることだけは避(さ)けなければならない。では、どうするか…と、苔川は迫り来る便意の中、はて…? と考えた。都合よく、小一時間ほど前に買った小物の紙袋があるにはあった。いざ! というときは紙袋の中へ…という推理ドラマの筋のような発想がふと、浮かんだが、問題はそのときのコトを果(は)たす場所である。トイレは人だらけでダメなのは言うまでもない。人のいない場所…と巡れば、屋上…と苔川は閃(ひらめ)いた。それも、人の気配がない片隅(かたすみ)で…という発想である。苔川は動ける間に…と、列を離れるとさっそく行動を開始した。身体の要求は、まだ苔川に時間を与えていた。
 エレベーターで屋上へ昇ると、幸いにも人の気配はないように思えた。苔川は助かった…と心底(しんそこ)、思った。そろそろ身体の要求も、どうですか? と訊ねてきていたから、いいタイミングだった。苔川がコトを果たそうとズボンを下げ袋を広げたときである。苔川は後ろから肩をトントン・・と指先で突(つつ)かれる感覚を感じた。恥ずかしさとギクッ! とする驚きの気分を同時に覚えながら振り返ると、先ほど前に並んでいた男が笑顔で立っていた。
「ははは…あなたもですか?」
「えっ? まあ…」
「お隣り、いいですかね?」
「えっ? ああ、はい…」
 苔川に断る理由は見つからなかった。二人は並んで中腰になると、袋を広げて身体の要求に従った。

                        完

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2017年11月12日 (日)

思わず笑える短編集-100- 食べないと死ぬ

 人間がいくら億万長者であろうと、地位や名誉があって偉そうなことを言っても、食べ物や水がないと、必ず死ぬ。それが分かっているのに、人は文明を進め、食べ物を作らなくなった。文明の程度に合わせて生計を維持するには、食べ物を作っていては、もはや困難な時代になってきたのである。ここ一世紀ほどの間に、その傾向は益々、顕著(けんちょ)になっている。
「腹が減ったな、昼にするか…。ははは…これが食えればなっ!」
 工場長の川久保はようやく完成した旋盤上の試作品を見ながらボツリと呟(つぶ)いた。納期は半年後だが、今からだと今週一杯が試作の限度だったから、川久保は内心、ホッとしていた。川久保が手にする楕円形の金属物体はいわば一個の菓子パンに見えなくもなかったから、余計に川久保をそう思わせたのかも知れない。川久保は手の平の上に乗せたその金属物体をジィ~~っと見つめた。よ~く考えれば食事抜きの不眠不休である。川久保はいつしかウトウトと眠りに落ちていった。空腹より眠気(ねむけ)が勝ったのだ。
 川久保は夢の中を漂(ただよ)っていた。食べても食べても現れる、食べ物だらけの極楽世界だった。ただ、どういう訳か味覚などの食べた実感がなく、腹は満たなかった。そのとき神々(こうごう)しい光が指し、厳(おごそ)かな声が聞こえた。
『それは食べられないよっ!』
 川久保は、ハッ! と目覚めた。目の前には社長の小滝(こたき)がニッコリと微笑(ほほえ)みながら立っていた。川久保は危うく、手に持つ試作品の金属物体を齧(かじ)ろうとしていた。

                           完

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2017年11月11日 (土)

思わず笑える短編集-99- ギャンブル

 依存症のようにギャンブルから抜けられない人がいる。これはある種の心理的な病気だが、こういう人がいるから公営ギャンブルや遵法(じゅんぽう)遊戯(ゆうぎ)[たとえばパチンコなど]は成立するのかも知れない。ただ、それには程度というものがあるし、株式関係からゲームに至るまで天地の差がある。どちらが天でどちらが地とも言えないのが人の世の妙(みょう)だが、大ごとと小ごとの差は歴然(れきぜん)としている。この男、縞馬(しまうま)は白黒が入り混じった斑模様(まだらもよう)の性格で、ギャンブルは小ごとから大ごとまで、ひととおり手がける一流会社員だったが、法の枠(わく)は踏み外(はず)したことがない堅物(かたぶつ)の男だった。ギャンブルは依存症に至らない程度に精通していて、同僚や知人に対するこの手の相談にはよく応じていた。しかも、欲がなく、確定申告が必要となる一時所得の収入は、すべて寄付する・・という欲のない奇特な変わり者だったから、税務署員も首を捻(ひね)った。
「いや…ギャンブルをされた収入について厳密な調査を実施いたしましたが、違法性のようなものもなく、収入はすべて寄付しておられる。あなたのような欲がないお方も、まだこの世におられたのですなぁ~。私も長い間、税務署員として調査をして参りましたが、あなたのような方にお出会いしたのは初めてです。あなたこそ、正義の味方だっ! いや、神か仏か…」
 税務署員は神々(こうごう)しい目で縞馬を見た。
「いや、そんないい者では…」
「なにをおっしゃる! …そこで、ひとつお願いなんですが、私、育ち盛りの子が5人もおりまして、いささか収入に難儀(なんぎ)いたしております。で、なにか、いい手立ては、と…。ははは…いやなに、飽くまでもプライベートな話ですよ、プライベートなっ!」
 税務署員は縞馬に相談をした。
「ああ、それなら、ご相談に乗りましょう…」
 縞馬は税務署員の相談員になった。

                             完

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2017年11月10日 (金)

思わず笑える短編集-98- 故障でもない

 妙だな…と、蓼科(たてしな)は思った。いつも使っているパソコンの調子が怪(おか)しく、立ち上がらないのだ。いつぞや、同じような症状で数万ほども出費した苦(にが)い経験があったから、蓼科は氷柱(ひょちゅう)になった。まあ、ここは一つ、コーヒーでも啜(すす)り、考えようか…と蓼科は焦(あせ)らないことにした。これも前回の苦い経験から得た教訓で、前回は焦って弄くり回した挙句(あげく)、パソコンの状態をより悪くしてしまったのだ。その後の結果は明白で、店への修理依頼となった訳である。そんなことで、今回はコーヒーを啜ったのだが、しばらくしてパソコンの電源をふたたび入れると、妙なものでスンナリと立ち上がった。故障でもない…とすれば、原因は何なんだ? 謎(なぞ)は謎を呼ぶことになった。故障ではないから原因は不明で、同じような症状が出たときの対応が出来ないことになる。故障でもない・・は困るっ! と蓼科は一人、怒れる相手もなく憤激したまま夕方を迎えた。
「ああ、それ…。いろいろ電波が飛び交ってるからな…」
 帰ってきた息子のひと言である。
「…」
 蓼科は返す言葉を持たなかった。

                            完

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2017年11月 9日 (木)

思わず笑える短編集-97- 妖怪おセンチ

 おセンチになる・・と言うことがある。おセンチのセンチは言わずと知れたセンチメンタルという感情表現で、感傷的な涙もろい様子を指す。このおセンチという妖怪は、ふとした弾(はず)みで出没するから油断できない。泣きそうでもない人が突然、もらい泣きしたり、誰もが予想しない、まさかの場面で泣きだしたりするのがそれで、妖怪おセンチが現れたのである。涙もろい妖怪おセンチは自分で泣けないものだから、人の身体(からだ)を借りて泣くのだ。お酒を飲んで泣きだす人は、ほとんどがこの妖怪にとり憑(つ)かれている。妖怪おセンチもとり憑く暇(ひま)もないと、積っていたストレスを発散したい日がある訳だ。で、酒場で適当な人を探すのだ。
「まあ、一杯!」
「ああ、有難う。君はいいヤツだ、ぅぅぅ…」
「えっ? そんな、泣くようなことじゃ…」
 課長の人選から漏(も)れた課長代理の鵜川(うかわ)は係長の鮎村(あゆむら)に酒を勧(すす)められただけで突然、泣きだした。
「有難う、有難う! ぅぅぅ…」
「課長代理、来年がありますよ来年が…」
「ああ、来年はあるかも知れん。でもな、ぅぅぅ…来年ではダメなんだ、来年では! ぅぅぅ…」
「えっ? なぜなんです?」
「その未来を私に言わせるのかね、君。ぅぅぅ…」
「だって、分からないじゃないですか」
「そりゃ、君には分からないだろうけどさ、私にはなんとなく分かるんだよ、ぅぅぅ…」
「そうなんですか?」
「そうなんだよ、ぅぅぅ…。まあ、一杯!」
「あっ、有難うございます…」
 青ざめた顔の鮎村は、赤ら顔で泣きじゃくる鵜川に、逆に酒を勧められた。妖怪おセンチは、来年、定年で天界へ帰ることになっていたのである。妖怪の定年は人間世界のソノ時ではなかった。
 ぅぅぅ…実に泣ける話である。 

                           完

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2017年11月 8日 (水)

思わず笑える短編集-96- またかっ!

 普通の場合、繰り返される悪い出来事には自然と怒れ、またかっ! となる。人によって程度の差こそあるものの、またかっ! と思えることに変わりはない。だが、世の中には突然変異質の者もいるにはいるのだ。この男、牛山もそんな男の一人だった。
 多くの人が行儀よく二人づつ長蛇(ちょうだ)の列を作って並んでいる。
「ああ…またかっ! もう少し早く来たらなぁ…」
 牛山の後ろへ駆け込むように並んだ男が、恨めしそうに呟(つぶや)いた。牛山は後ろを振り向いた。その男は腕を見ながらソワソワと時間を気にしている。牛山は、さほど急いではいなかった。
「あの…よかったら前へどうぞ…」
「そうですかっ?! 助かります…」
 一も二もなく、男は申し出を受け、牛山の前へ出て並んだ。長蛇の列なのだから、大して効果があるとも思えないが…と牛山は思った。しばらくすると、男は落ち着きを取り戻(もど)した。人間とは妙なもので、たった一人、前へ出るだけで落ち着くもんなんだ…と牛山は達観して思った。そんな牛山にも、この男のような時期はあった。
 とある飛行場である。牛山は仕事の出張で売れない演歌歌手、海咲牡丹のマネージャーとして出発便を待っていた。そのときである。
『ただいま、M空港上空の気流および天候悪化のため、M方面の出発便は運休させていただきます』
 アナウンスが流れ、のんびり待っていた牛山と牡丹の事態は一変した。その三日前の移動でも同じようなことがあった牛山は、かなり怒れていた。
「チェッ! またかっ!」
「牛さん、どうすんのっ?」
 新曲♪絶壁無情♪がようやくヒットし、人気が少し出たからか、最近、タメ口で話すようになった牡丹が牛山に迫った。
「どうするもこうするも…この前と同じっ! 行くぞっ!」
 牛山の脳裏(のうり)には、新幹線自由席で立つ二人の映像があった。
 そして、二人は新幹線ホームにいた。
『地震による崖崩れ発生のため、M方面行きの普通列車および新幹線は全面運休させていただきます…』
「ええっ! またかっ!」
「どうすんの、牛さん?」
「温泉ショーとはいえ、キャンセルは出来ん。行くしかねぇだろうが…」
 二人はタクシーに引かれて善光寺参り・・ではなく、M温泉へと向かった。

                          完

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2017年11月 7日 (火)

思わず笑える短編集-95- 食物連鎖(しょくもつれんさ)

 強い者が弱い者を虐(しいた)げ、甘い汁(しる)を吸う。残虐(ざんぎゃく)で腹立たしい話だが、人が生きていく上で、自然とそうなっている姿である。これは、人間以外の生物にも言えることで、目に見えるか見えないくらいの微細(びさい)なプランクトンがオキアミによって食べられ、そのオキアミをより大きな魚が食べる・・という食物連鎖(しょくもつれんさ)とよく似ていて、人の世界‎にも当てはまる。
「海老根(えびね)君は、誠に申し訳ないんだが、尾鯛(おだい)君の下(もと)で頑張ってもらいたい…」
 春の人事異動が発令され、部長の鮑(あわび)は言いづらそうな顔で課長の海老根に発令書の用紙を渡しながら小さく言った。海老根は新しく次長に昇格した尾鯛より5年ばかり前の入社組で、本来なら尾鯛の上司が海老根になるはずだった。だが、尾鯛の実家は会社の大株主としての発言力を持ち、当然、お目出度(めでた)い鯛の尾頭付(おかしらつ)き話になったのである。残念ながら、海老根にはそこまでの目出度さは出せなかった。ただ、それだけのことなのだが、これが目に見えない人間社会の食物連鎖である。さらに申し添(そ)えれば、鮑、尾鯛、海老根が勤める会社、舟盛(ふなもり)食品は、すでに宴会(えんかい)物産によって吸収合併されることが本決まりとなっていた。

                           完

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2017年11月 6日 (月)

思わず笑える短編集-94- 耕作劇

 春めくと、百舌川(もずかわ)が作る家庭菜園では、いよいよ夏野菜の耕作準備が始まる。耕作劇を創作する準備段階に当たる。もちろん、プロデューサー、監督、演出、照明、音声、その他、スタッフの仕事一切は百舌川に委(ゆだ)ねられる訳だが、その第一歩は土作りから始まる。これは耕作劇の台本、脚本に相当する全体の枠組みで、重要な作業となる。
「ああ、随分と小石が混ざってるな…」
 地面を掘ったあと、灰[プロ風に土が硬くなるから消石灰ではなく藁(わら)灰、籾(もみ)燻(くん)灰、木灰を使用する]で土を中和し、手で確認しながら小石を除(の)け、百舌川は深い溜息を一つ吐(つ)いた。劇で言えば、台本とか脚本の筋立てとか構成が今一つ納得できない状態・・である。
 雨が上がった数日後、肥料を施(ほどこ)したあと、百舌川は鍬(くわ)で土を均(なら)し、細かくした。キャスティングした人物への出演交渉などが、ちょうどその作業に該当(がいとう)する。その後また、百舌川は土を掘り返した。天地返し・・と呼ばれる土作りの一過程で、顔合わせやキャスト達による本読みの段階である。そうした行程のあと、百舌川は、またまた施肥をしたあと鍬で土を細かくした。このタイミングでふたたび灰を施して土の中和を促進する。雨水により掘起こす前の土は、かなり酸性が強くなっているから、灰のアルカリ性で地融和するのである。この辺りを耕作劇で例えるなら、立ち稽古、舞台稽古、ドラマならリハーサル・・くらいの段階だ。
 耕作劇も舞台や映画、スタジオの劇も、同じなのは、人が動かないと始まらない・・ということだ。百舌川はそう思いながら、まだまだ完成は先だ…と、鍬で土を耕作し続けた。

                            完

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2017年11月 5日 (日)

思わず笑える短編集-93- なりゆき次第

 いつも、なりゆき次第でコトを運ぶ小豚(おぶた)という男がいた。要は、状況に応じて次の行動を決める・・というものだ。小豚は、ああして、こうして…と、先々を考えるのが大嫌いで、その結果、なりゆき次第でコトを決するようになった・・ともいえた。その小豚が、コトもあろうに、某囲碁大会の欠員補充で出場することになったから大変だ。大会開催のスタッフは、ホッ! と安息の息を吐(は)いたが、小豚としては、偉いことになったぞ…の心境である。
「ほう! なかなかの腕前ですな…」
 正式戦前の自由対局で、馴れようと見ず知らずの老人と対局していた小豚は、老人からそう言われた。
「えっ? そうですか? 適当に打ち回したんですが…」
「いやいや、これはっ! …参りました」
 小豚は、なりゆき次第で打ったのだが、あれよあれよ・・という間に勝ってしまっていた。
「そ、そうですか…」
 小豚は、まさか勝つとは…と思え、自分自身が、そら怖(おそ)ろしくなった。そして、いよいよ本戦が始まった。本戦はクラス別に分けられた勝ち上がりのト-ナメント方式で行われ、最初の対戦相手だけが、くじ引きで決められた。小豚は代理だったが、欠席者が有段者だったため、一番強いクラスに割り振られていた。
「お手柔らかに…」
「いえ、こちらこそ…」
 一応、強そうに相手へ返答した小豚だったが、内心ではすぐ負けてすぐ帰ろう…と思っていた。ところが、どっこい! である。
「あ、ありません…」
 相手は、いとも勝手に負けたのである。小豚は、そんな馬鹿な…と盤面をもう一度、見た。確かに小豚は相手に勝っていた。二回戦以降も、どういう訳か、小豚は小豚だけにトントン! と勝ち進んでいった。気づけば、いつの間にか決勝戦に進んでいた。
「え~~、ただいまから有段者の部、決勝戦を行わせていただきます。対戦者は小豚五段と下川六段であります。皆さん、盛大な拍手でお迎え下さい」
 場内は割れんばかりの拍手で包まれ、スポットライトに照らされた小豚と下川が登場した。ズブの素人(しろうと)の小豚は知らないうちに五段と呼ばれていた。欠席者が五段だったこともある。相手は自由対局で指した老人だった。老人は、すでに負けたような顔をしていた。片や対戦する小豚も負けた気がしていた。
 対戦が静々(しずしず)と始まり、別室ではゲストのプロ棋士による大盤解説が行われていた。
「す、すごいですよっ! この手は…。私には、とても思いつきません! ほ、本当にアマチュアの方ですか?」
「はい、もちろん…」
 司会者も驚きの声で言った。
 プロ棋士が感嘆の声を漏らした。僅か100手ほどで下川六段は投了した。
 その後、開かれた表彰式の一場面である。
「いや、とても勝てるとは思っておりませんでしたから、当然の結果です」
「そうですか、自由対局で…。小豚さんは?」
「いや、私のような者がとても勝てるとは思っておりませんでしたから、驚いております」
「えっ?」
「いや、私…なりゆき次第で打っただけですから…「まさかっ!」
 場内は笑声一色となった。
 その後、小豚は、なりゆき次第でプロ棋士となった。現在では、有力プロ棋士の一人として活躍中である。

                            完

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2017年11月 4日 (土)

思わず笑える短編集-92- 信じない男

 朝から馬毛(うまげ)諸島を震源として群発(ぐんぱつ)する地震情報がテレビで報道されていた。その映し出される画面を観ながらその男は腕組みをし、首を横に振った。この手の話はまったく信じない男、彦崎である。彦崎は自分の手で触れたもの、目で見たものしか信じない男だったのである。
「ブゥ~~! いやいやいや…その手は食わな[桑名]の焼き蛤(はまぐり)だっ! …蜆(しじみ)でもいいが…」
 彦崎は不正解を思わせるブザー音を口にしたあと、意味不明な言葉を発し、全否定した。テレビはアナウンサーが途切れることなく、地震の詳細を読み上げていた。そのとき、また新たな臨時ニュースが入った。アナウンサーは渡された原稿を慌(あわただ)しく追加して読み始めた。
『&%市 震度4、#%町 震度3 … … ただ今、入ったニュースです! 本日昼過ぎ、突然、姿を現した謎の彗星(すいせい)は、地球に向け急速に接近しており、二日後の昼過ぎ、地球上に落下、激突する公算が高まりました。この異常事態に対し、ただいま国連本部では、その対応策を講ずべく、緊急の協議が開始された模様です!』
「チチチ! またまたまた…」
 彦崎はテレビに向かい、笑顔でアナウンサーを指差したあと、その人差し指を立てて軽く横に振り、鳥の囀(さえず)り声で全否定しながら言った。
 二日後の夜、彦崎は美味(うま)そうな蜆汁で山菜釜飯を頬張(ほおば)っていた。  

                            完

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2017年11月 3日 (金)

思わず笑える短編集-91- 風の旅

 なんとなく出かけよう…と思った川竹は、ひょいと、家を出た。どうも自分の意思ではないような気もしたが、まあいいか…と、そのまま出た。家の玄関を閉めたとき、風がソヨソヨ・・と吹いた。風が少し髪を乱したが、まあ、いいか…と、川竹はまた、そのままにした。行き先を決めていないから、なんとも気楽だった。時間に追われなかったこともあった。
 川竹がしばらく歩いていると、なんとなく気分が心地よくなった。それがなぜなのか? は、そのときの川竹には分からなかったが、なぜか心が安らぎ、ホッとする気分になったとき、またソヨソヨと風が流れた。このとき、川竹は初めておやっ? と訝(いぶか)しく思った。
『どうです?』
「なにがっ?」
 不意の声に、川竹はハッ! と我に返り、後ろを振り向いた。だが、辺りに人のいる気配は微塵(みじん)もなかった。川竹は少し不気味に感じ、歩(ほ)を早めた。
『私ですよっ!』
 風がソヨソヨと吹き、川竹を通り過ぎて流れた。川竹には、その音が人の声のように聞こえた。
「んっ?」
 今日は風の旅だな…となんとなく思え、川竹は誰もいないのに一人、ニッコリと微笑んだ。そのとき風が少し強めにソソヨ・・ソヨソヨと流れ、川竹の帽子を吹き飛ばした。川竹は慌(あわ)てて帽子を追った。

                           完

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2017年11月 2日 (木)

思わず笑える短編集-90- 優先順位

 要領よく物事を熟(こな)す人は、優先順位を即座に判断する能力に長(た)けている。たとえば、AとBに同じ一日に幾つかかの仕事が与えられたとする。もちろん、その幾つかかの仕事は、どの仕事から熟してもいいのだが、Afはスンナリと昼過ぎにはやり終え、Bは夕方になっても出来なかったのである。この二人に言えることは、優先順位の判断力が違った・・ということである。Aにはその判断力がありねBにはなかったと・・ただ、それだけのことなのだが、半日の時間差を生じてしまったのだ。Aはその半日で美味(うま)い餅(もち)とや寿司、高級ステーキ、カレーなどを腹を壊(こわ)すほど鱈腹(たらふく)食べて満足し、Bは夕方になり、ようやく仕事をやり終えてとき、空(す)きっ腹に疲れと不満だけが残った・・ということだ。
 田舎(いなか)物産の常務室である。
「麦田専務派の動きはどうかね、菜花(なばな)君」
「はっ! 今のところ、コレといって目立った動きはないようでございますが…」
「君は、すぐそういう楽観的なことを言う。この前もそんなことを言って、先を越されたじゃないかっ!」
「はあ、あのときは、予想外の出来事がありましたもので…」
「とか、なんとか言って、君は、いつもそうだ…」
 蓮華(れんげ)常務は穏やかな口調で言った。
 こちらは専務室である。
「蓮華常務派の動きはどうなってる、水田君」
「はっ! 今は、このようなことに…」
 水田は麦田専務にIパッドを見せた。そこには常務室で話し合う蓮華と菜花の姿が映し出されていた。
「ははは…どうせ、私らのことを語り合ってるんだろう…」
「どうも、そのようです」
「この前も君に先を越されたからな、菜花君は」
「はい、彼と私の条件は同じだったのですが、幸いにも私の判断の方がよかったようで…」
「いや、そうじゃないんだよ。君の優先順位が勝(まさ)っていたのさ、ははは…」
「と、申されますと?」
「いや、君は知らんだろうが、私のところに送られてきた先方の資料に寄れば、菜花君は数日、遅れていたそうだ」
「そうなんですか」
「ああ、そうなんだよ。優先順位の発想の差が蓮華常務派の先を越した・・ということだ」
 そう言いながら、麦田は穏やかに笑った。ところが、である。蓮華も麦田も、すでに優先順位が遅れていた。その頃、すでに苗代(なわしろ)副社長の社長昇格が社長室で決定されていた。

                          完

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2017年11月 1日 (水)

思わず笑える短編集-89- お偉(えら)い人

 世の中には底辺で生きる人から頂点で生きる人まで、さまざまな人が生活をしている。頂点で生活するお偉い(えら)い人が上から目線で下で生活する人を見た場合、その人は蛆虫(うじむし)に見えることだろう。それは言うまでもなく、語るに落ちた思い上がりなのである。
「私は一介(いっかい)の労働者ですから言える立場じゃないんですが、そうじゃないと思うんですよ…」
 労働組合の組織委員長である川丸は、招(まね)かれた経営委員会の席上、円卓に座る多くの首脳トップを前に、小さな声でそう反論した。会社は経営が行き詰まり、ここは一つ社員達の改善案も聞こうじゃないか・・ということで、川丸はこのお偉い人の席に呼ばれたのだった。
「どうしてだね?」
 お偉い人の一人が上から目線で、そう訊(たず)ねた。
「いや、飽くまでも私の経験から感じた勘(かん)です」
 あちこちから笑い声がドッと上がった。
「ははは…勘かね。分かった分かった。一応、聞いておこう」
 当然ながら川丸の意見は却下された。だが、その一年後、会社は破産宣告をする破目に陥(おちい)って潰(つぶ)れ、管財人による再建委員会が開かれた。その中に川丸の姿があった。多くのお偉い人だった経営者は解雇され、川丸が管財人によって執行役員に推挙された。お偉くなかった川丸がお偉い人になったのである。

                           完

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