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2017年11月 9日 (木)

思わず笑える短編集-97- 妖怪おセンチ

 おセンチになる・・と言うことがある。おセンチのセンチは言わずと知れたセンチメンタルという感情表現で、感傷的な涙もろい様子を指す。このおセンチという妖怪は、ふとした弾(はず)みで出没するから油断できない。泣きそうでもない人が突然、もらい泣きしたり、誰もが予想しない、まさかの場面で泣きだしたりするのがそれで、妖怪おセンチが現れたのである。涙もろい妖怪おセンチは自分で泣けないものだから、人の身体(からだ)を借りて泣くのだ。お酒を飲んで泣きだす人は、ほとんどがこの妖怪にとり憑(つ)かれている。妖怪おセンチもとり憑く暇(ひま)もないと、積っていたストレスを発散したい日がある訳だ。で、酒場で適当な人を探すのだ。
「まあ、一杯!」
「ああ、有難う。君はいいヤツだ、ぅぅぅ…」
「えっ? そんな、泣くようなことじゃ…」
 課長の人選から漏(も)れた課長代理の鵜川(うかわ)は係長の鮎村(あゆむら)に酒を勧(すす)められただけで突然、泣きだした。
「有難う、有難う! ぅぅぅ…」
「課長代理、来年がありますよ来年が…」
「ああ、来年はあるかも知れん。でもな、ぅぅぅ…来年ではダメなんだ、来年では! ぅぅぅ…」
「えっ? なぜなんです?」
「その未来を私に言わせるのかね、君。ぅぅぅ…」
「だって、分からないじゃないですか」
「そりゃ、君には分からないだろうけどさ、私にはなんとなく分かるんだよ、ぅぅぅ…」
「そうなんですか?」
「そうなんだよ、ぅぅぅ…。まあ、一杯!」
「あっ、有難うございます…」
 青ざめた顔の鮎村は、赤ら顔で泣きじゃくる鵜川に、逆に酒を勧められた。妖怪おセンチは、来年、定年で天界へ帰ることになっていたのである。妖怪の定年は人間世界のソノ時ではなかった。
 ぅぅぅ…実に泣ける話である。 

                           完

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