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2017年12月

2017年12月31日 (日)

困ったユーモア短編集-49- 切りがない

 肌川(はだかわ)は気が小さい男だった。まあ、気が小さい・・といえる人は世間に五万といるが、困ったことに肌川の場合は尋常ではない気の小ささで、オリンピックで金メダルが取れそうなほど世界一、気が小さい男・・と誰もが思っていた。肌川の場合、ビクビクし出すと切りがないのである。例(たと)えばAが気になりだすと、そのAに関係する他のA’、A’’…とエスカレートして気になりだすのだった。だから当然、肌川の周囲は気になることばかりとなり、きりがない状態へと突き進むことになる。それが嫌で? かどうかは分からないが、いつの頃からか、肌川の周りから次第に人は遠退くようになっていた。
「肌川さんもひと皿どうです? 美味(うま)い初ガツオですよ」
 新年会の料亭で、ひとり片隅で借り物の猫のように小さくなってチビリチビリと杯(さかずき)の酒を飲んでいた肌川に声をかけたのは、同じく課員達から嫌われている厚着(あつぎ)だった。
「えっ? そうですか? …すみません、私はこれで十分です…」
 他の課員達の膳(ぜん)の上には豪華な料理が幾皿も並んでいるというのに、肌川の膳には申し訳ない程度の香の物とご飯茶碗のみが置かれているのみだった。それを見かねた厚着が、カツオの刺身皿と銚子を手に近づいたのである。
「そう言われず、まあひと切れ、摘(つ)まんでみて下さい。美味過ぎて、肌川さんの堤防が決壊しますよっ!」
「そうですか…そこまで言われるなら、ほんのひと切れだけ…」
 肌川は上手いこと言うなあ…と、思わず箸(はし)を出しかけたが、ピタリ! と止め、引っ込めた。肌川の脳内では、このカツオはいつ頃…どこで…何日前に…その鮮度は…衛生面は…と、切りがないほどの心配ごとが渦(うず)巻いていた。
「大丈夫! 新鮮そのものっ! 皆、食べてんですからっ!」
 厚着は新鮮さと衛生面の安全を強調した。
「そうですよね…それじゃ!」
 肌川はふたたび箸で摘みかけたが、ニヤリと嗤(わら)い、思わず引っ込めた。
「いやいやいや…」
 肌川の視線は一瞬、ゴワゴワした余り綺麗そうではない厚着の手を見ていた。肌川の気の小ささは切りがなかった。

                             完

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2017年12月30日 (土)

困ったユーモア短編集-48- 無駄

 限られた時間しかない場合、無駄を省(はぶ)かないと間に合わないのは当然である。だが困ったことに、こんなときに限って出るのが気づかない無駄だ。
 初春の町役場である。
「もういいから、鼻下さんは帰っていいよっ!」
 財政課長の揉手(もみて)は『あなたがいては邪魔っ!!』と心では思ったが、そうとも言えず、遠まわしに暈(ぼか)した。鼻下は無駄が多い男として課内でも超有名で、課員達から煙(けむ)たがられていた。スピード化された昨今、鼻下のような間が抜けて無駄が多いレトロ感覚の男は、時代にそぐわなかったのである。
「それじゃ、お先に失礼します。冷えてきましたから、皆さんもお早めにお帰りくださいませ」
 なんとも無神経な言葉を最後に残し、鼻下は勤務を終えた。財政課は明日に迫った議会提出の予算書作成に徹夜の作業を余儀なくされていた。というのも、鼻下が間違った無駄なコピーのやり直し作業で、一からの作り直しを強(し)いられていたからである。課を出ていく鼻下の後ろ姿を見る課員達の目は、『お、お前のせいだぁ~~!』と言わんばかりの怨念(おんねん)に満ちた眼差(まなざ)しで溢(あふ)れていた。ところがどっこい、鼻下の間違いと思われたコピーが実は正解の予算額の数値で、再度、差し替えられた・・というのだから、人の世はなんとも奇妙で実に面白い。鼻下の無駄は無駄ではなかったのだ。コピーは捨てられず、鼻下のデスクの上に山積みされ残っていたのが不幸中の幸(さいわ)いだった。
 次の朝の財政課である。
「おはようございますっ!」
 何も知らない鼻下は、いつもと変わらない能天気な声で、ぎりぎりの時間に課へ入ってきた。
「やあ! 鼻下さん、おはよう!」「おはようございますっ!」
 まず課長の揉手が笑顔で返し、他の課員達も笑顔で続いた。困ったことに、世の中とは、そうしたものなのである。

                           完

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2017年12月29日 (金)

困ったユーモア短編集-47- 欲

 無欲になろう…と田原(たはら)は思った。というのも、困ったことに最近、メラメラと燃え盛(さか)るように欲が湧(わ)き出てきたからだ。これではいかん! と身を慎(つつし)むことに専念したが、やはりダメで、ついに田原は禅寺へ籠もることにした。勤めは当然、病休届を出してだ。そんな都合よく・・と、誰もが思うだろうが、田原には友人の医者がいたから、その訳を話して頼み込んだのである。
「ははは… なんだって! 欲が抑(おさ)えられないから病休か?」
「なあ、頼むから診断書を書いてくれよっ」
「俺は外科医だぜ…」
「そこをなんとかっ!」
「まあ、病気と言えなくもないからなっ。お隣りの坂先生に頼んでおいてやろう。一度、診てもらえ」
「坂先生?」
「ああ、欲だらけの先生だが、一応、脳外科医だ。欲は脳が命令を発するんだから、なんとか書いてくれるだろう、ははは…」
「笑いごとじゃないぜ」
 こんなことがあり、会社から病休が認められた田原は、欲を迎え撃つぺく禅寺へ籠もることにしたのだった。
「ほう! 欲が尽きぬ泉のごとくフツフツと湧きなさるのか…それはお困りでしょうな」
 禅寺の住職はそう言って田原を慰(なぐさ)めた。
「そういう訳で、なんとかなればと…」
「熊本ですなっ!」
「はあ?」
「あなたは田原で、診断は坂先生だったとおっしゃった」
「はあ、まあ…」
「二人合わせて田原坂(たわらさか)、西南戦争の田原坂(たばるざか)でござるよ、ほっほっほっ…」
 妙な例(たと)えで住職は笑った。
「欲など俗世(ぞくせ)で生きられるお人ならば、少なからず湧くものでございますよ。大いにお湧かせなされませ。欲のない者など、死人(しびと)同然! なんの生きる価値もごさらぬと拙僧(せっそう)は思いまするがな…」
「なるほど…」
 三日ののち田原は禅寺を出て会社へと戻(もど)った。田原坂の戦いに勝利したのである。田原は今、欲だらけで公私とも大活躍している。

                           完

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2017年12月28日 (木)

困ったユーモア短編集-46- 食えない

 生産農家である。主人の稲架(はさ)は昔ながらの農業を、ここ数十年続けている典型的な専業農家だった。遠い過去の時代をふり返れば、まあそれなりに無理をしなければ食えたのだが、いつ頃からか十分には食えなくなっていた。食いものを作っている農家が、困ったことに食えないのである。最近、稲架は、このことをよく考えるようになった。
 三男で大学生の麦(ばく)は、アルバイトをしながら経済を学んでいる努力家だが、去年の暮れ、久しぶりに帰省したとき、稲架に漏らしたことがあった。
「父ちゃん、食いものを作っている者が食えない・・というのは、経済学的には怪(おか)しいんだ」
「…ほう、そうか? お前が言うんだから間違いはなかろうが…」
「ああ、G-G´ 等価交換、要するに、物と物との物々交換から人々の経済社会は始まったんだよ」
「なるほど…」
 息子から経済を講義されるとは思ってもみなかった稲架は、頷(うなず)く他はなかった。
「まあ、生活水準が高いからなぁ~。やっていけなくて食えないのは分かるんだけどさ」
「まあな…。戦後、間もない頃の生活水準なら、十分に食っていけるんだが…」
「今は皆、いい暮らしをしてるからね。まあ、生活のレベルを下げることは、ほぼ無理なんだろうけどさ…」
「ああ…。国は借金地獄なんだがなぁ」
「そうそう、困ったもんだよ」
 そんな会話をしながら、二人はブランド牛のステーキを高級レストランで味わった。

                            完

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2017年12月27日 (水)

困ったユーモア短編集-45- うっかり

 困ったことに、人は誰でも、うっかりしてミスを犯してしまうことがある。若い頃はそうでもなかったものが、年老いて、うっかり忘れていた! と慌(あわ)てる場合などがそれだ。
「このコピーした書類、来週までに内容を精査しておいてくれたまえ。間違いがなければ、先方へ持っていくから。くれぐれも頼んだよ、澄川君」
「あっ! はいっ!」
 澄川は快(こころよ)く課長の岩魚(いわな)から書類を受け取った。生まれついて軽い性格の澄川は、その書類を、さほど重く考えていなかった。まあ、見ておけばいいだろう…くらいの発想である。ところが、その書類は社の命運を左右するほどの重要書類だったのである。むろん、そのことを澄川が知ろうはずがなかった。
 そして一週間が瞬(またた)く間に巡った。岩魚に手渡された重要書類は、軽い澄川の机上ファイル立ての中で、起こされることなく深い眠りについていた。澄川は一度も書類を見なかったのである。というより、うっかり忘れてしまったのだった。岩魚は当然のように岩魚を課長席へ呼んだ。
「どうだったかね?」
「はっ? 何がです?」
「ははは…先週、手渡した書類だよ」
「ああ!」
 このとき岩魚は、手渡された書類のことを思い出した。書類はまだ一度も内容を見られていなかったから、当然、精査されている訳がなかった。だが、うっかり忘れていました…などとは口が裂けても言えない。━ くれぐれも頼んだよ、澄川君 ━ 岩魚の言葉が、澄川の脳裡を掠(かす)めた。
「ああ、あの書類ですよね。よく出来ているように思いましたが…」
「そうか…。なら、いいんだ。明日、先方へ持っていくことにしよう」
「分かりました…」
 まあ、いいか…と、心の中で澄川はまたまた軽く考えていた。
 この展開は、誰もが大失態による会社危機を連想させる。ところが結果は、まったく逆で、澄川の軽さが会社を大成功へと導いたのである。実は、書類にプランニングされた内容には、誰もが気づくような大きな欠陥と思える計画部分があったのである。しかし事実は、その欠陥と思える部分は画期的なオリジナル原案としての価値を持ち、それが先方の重役達に認められることになった・・というのが真相だった。もちろん、そんなことになっているとは、岩魚も澄川も知る由(よし)もなかった。うっかりしたことで成功することもある・・という話である。

                           完

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2017年12月26日 (火)

困ったユーモア短編集-44- 負ける男

 有名作家の作品に感銘(かんめい)を受けた厩務員(きゅうむいん)の干草(ほしくさ)は、そのとおりやってみよう! と意気込んで、書かれたとおりやってみることにした。ところがどっこい、困ったことに書かれた理想を追ってやってはみたものの、何をやっても思いどおりには至らず、すべてが夢と消えたたのだった。要するに、全敗である。
「ははは…また逆で負けましたよ。世の中、そうは甘くないですねぇ~」
「そうでしたか…。あなたが言うとおりだと思うんですがね」
「いやいやいや、私が負けたんですから、私の言うとおりではないということです」
「正義が勝つんじゃなくて、勝った方が正義だ・・というやつですね」
「そうそう、私のように負ける男は、正義のヒーローではないということです」
「…」
 会話が冷えて凍った。
「ははは…ジョーク、あくまでもジョークですよ」
 そう言って笑う干草だったが、干草がやる飼い葉を食べた馬はどの馬も一度は重賞レースに勝っていた。世話をされる馬が勝ち、世話をする男が負ける。この皮肉な結果が干草のすべてだった。どこか日本の底辺で生きる庶民に似ていなくもない。

                           完

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2017年12月25日 (月)

困ったユーモア短編集-43- 無理

 

 昔からよく言われる言葉に ━ 過ぎたるは及ばざるがごとし ━ というのがある。限界を知らず無理をした結果、何もしなかった方がよかった・・と思える結末を迎えるから、物事はほどほどにして無理をしないのがよい・・という戒(いまし)めだ。だが、人というのは困ったもので、どうしてもその限界を越えて行動してしまうのである。
「雨漏(うろう)さん、そろそろ帰られた方が…」
「ああ、どうも。ですが、あと少しですから…」
「そうですか? かなりご無理をされておられるようですが…」
「ははは…なんの、これしき!」
 職場仲間の受鍋(うけなべ)に声をかけられた雨漏だったが、『無理無理!』と囁(ささや)く内心を押さえ、意地を張って返した。
「そうですかぁ~? それじゃ、私はこれで…。これから一杯どうかと思っておったのですが…。残念だなぁ~、あとの戸締りは頼みます」
「はい! お疲れさまでした」
 雨漏は、しまったぁ~! と思った。実のところ、雨漏も一杯、飲みたかったのである。それは疲れた体の生理的要求でもあった。…というより、ただ飲みたかったのである。
 受鍋が課を出ると、手元の蛍光スタンドに照らされた雨漏だけが一人、孤独の人! みたいに格好よくデスク椅子に座っているのだった。どうよ! 俺は頑張ってるんだぜ…とアピールしたい気分の雨漏なのだが、誰もいない・・という図だ。雨漏の疲れはすでに限界に達していた。いつの間にか雨漏の意識は遠退いていた。
 気づくと雨漏は、とある店で受鍋と杯(さかずき)を傾けていた。
「ははは…ご無理はいけませんよ。もうこの辺(あた)りで…」
 雨漏は格好をつけ、銚子をあと2本、追加しようとしていた。それを受鍋が止めたのである。
「いや、まだまだっ!」
 フラフラと立ち上がった雨漏は、無理に注文しようとした。そのとき、雨漏の意識は、ふたたび遠退いた。
 意識が戻(もど)ったとき、雨漏はデスクに突(つ)っ伏(ぷ)して目覚めたところだった。このとき初めて、無理はダメだな…と、雨漏にも思えた。
 帰りで買った缶ビールを、実に美味(うま)い…と雨漏は感じた。缶ビール一本で無理はどこかへ引っ越した。無理は無理をしなくても、安上がりで有理になるようだ。

                           完

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2017年12月24日 (日)

困ったユーモア短編集-42- 退屈な日

 いつもは忙(いそが)しく、いろいろとやることがあるのに、困ったことにその日に限り、ポッカリと穴が開いたように何もすることがない退屈な日がある。
 予定を立てて開けてある日ではないから、出かけるにしては時間が遅(おそ)く、かといって、することもないからグデェ~~ンと寝ているというのもいかがなものか…と思え、太根(ふとね)は困っていた。ふと思いついたのは、食べたかったが食べられなかった食いものである。要するに、太根の心に食い気(け)が湧(わ)いたのである。退屈まぎれに、その中の一品でも作るか…と勇(いさ)んでキッチンを覗(のぞ)いたが、考えていた一品ではなかったから食材は揃(そろ)っていなかった。これから買いに出よう・・というほどの食い気でもなかったから、太根は自案をボツにしてグデェ~~ンと和室の畳に転(ころ)がった。
 気づけば、夕方だった。太根はいつの間にか、疲れて眠ってしまったのだった。それにしてもよく眠ったな…と太根は思った。太根にとって退屈な日は、その程度のものだった。ただ、久しぶりに思う存分眠ったためか、身体(からだ)がスゥ~~っと浮き上がるほど軽かった。見た夢は『押し倒し、押し倒して食材の勝ち』だった。太根川は負けていた。

                           完

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2017年12月23日 (土)

困ったユーモア短編集-41- 馬鹿な国

 困ったことに、某国の国民は虐(しいた)げられているにもかかわらず、怒らず、じっと耐える奇特な国民だった。いやむしろ、虐げる政治家に間接的に恩恵を与えていたと言っても過言ではない。間接的とは直接、恩恵を与えていた訳ではないものの、虐げている者達に結果として有利になる恩恵を与えていたからだ。不投票などの無為無策な行為がそれで、それらの無行為が積もり積もって馬鹿な国になってしまったということだ。その国は、見た目には高度文明を築き、反映しているかに見えた。車が飛び交(か)い、人々は自由で高度な生活を謳歌(おうか)していた。ならば、それでいいではないか…と見た目には思えた。だがその実、その国は多額の未償還国債残高という累積債務を抱えて喘(あえ)いでいたのである。一家庭が、返せない多額のサラ金[サラリーマン金融]地獄に陥(おちい)っている姿に酷似(こくじ)していた。馬鹿な国を助ける、いい手立てはないものか? その方法は、あるにはあった。だが、その事実をまだ馬鹿な国の国民は気づいていなかった。それはアホだったからである。その某国がどこの国なのか・・それは読者諸氏のご想像にお任せしたい。

                            完

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2017年12月22日 (金)

困ったユーモア短編集-40- 持ちつ持たれつ

 世の中は双方、二つの立場で成り立っている。それは、個人対個人の場合もあれば、組織対組織、さらに大きくなれば国家対国家といった規模、いや地球対・・という途轍(とてつ)もなく大規模なものにまで拡大する。だが、それらすべてに通じるのは、単独では成立しない・・平たく言えば、双方の持ちつ持たれつ・・といった関係が双方を存続させるということを意味する。片方だけではダメになるということだ。
 とある会社の社長室である。社長と専務が話し合っている。
「君、誰か他にいないのかね? 社のことを思って社を引っ張るような人材は?」
「そう言われましても社長。労派法で人件費が助かると言われ、終身雇用制から転換されたのは社長なんですから…」
「確かにそれは私だがね。しかし、最近の社員は度を越しとるよ。金目的だけで働く・・といった体(てい)たらくだ」
「仕方ありませんよ。派遣社員や嘱託、パート、アルバイトの社員が大半なんですから」
「正社員を3分の1にまで減らしたのは失敗だったな。企業力はガタ落ちだよ!」
「はあ。しかし、私に愚痴られましても…」
「会社のために働く・・という社員がいなくなれば、あとは落ちるだけだな」
「会社も社員も、持ちつ持たれつ・・なんでしょうね」
「そうだな…」
「いよいよ傘下落ちで吸収合併ですね、ぅぅぅ…」
「ぅぅぅ…」
 二人は持ちつ持たれつで慰め合い、よよと泣き崩れた。          

                            完

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2017年12月21日 (木)

困ったユーモア短編集-39- ものの考え方

 同じ内容でも、ものの考え方で物事は大きく変化する。困ったことに、悪い方向で物事を捉(とら)えると益々、悪くなるといったケースが多い。
「料亭(りょうてい)さん、勘定は払っといたよっ! 実に楽しかった! また、頼むよ」
「ははは…そうですか? それは、ようございました!」
 料亭は赤ら顔でフラつきながら店の外へ出た酒盛(さかもり)に愛想よく言った。管理課長の料亭は次期の人事部長ポストを狙(ねら)い、人事部長の酒盛は料亭と同じく、次期の人事局長ポストを密(ひそ)かに狙っていたのである。ところがどっこい、世の中はそう甘くない。
 翌日、人事局長室に酒盛は呼ばれていた。
「酒盛さん、実は次の異動で君を局長に推挙(すいきょ)しようと思っとったんだが…。まあ、この先は言わずにおこう。まだ、可能性はなくもないからね、ははは…」
 人事局長の尾頭(おかしら)は美味(うま)そうに笑い、暈(ぼか)した。酒盛は意味深(いみしん)な尾頭の言葉を、どう考えたものかと部長室に戻(もど)って悩んだ。━ まだ、可能性がなくもない ━ 尾頭の言葉が耳に甦(よみがえ)って響いた。よく考えれば、可能性が残っているのだし、悪く考えれば、ほとんど昇任は無理だと思えた。実はこのとき、優秀な他部局の脇息(きょうそく)が片肘(かたひじ)ついて寛(くつろ)いできたのである。いや、局長候補として新(あら)たに割り込んでいたのである。むろん、そんなことになっていようとは、局長以上の者以外、知る由(よし)もなかった。
 ここは大臣官房の次官室である。
「尾頭さん、実は次の異動で君を次官に推挙しようと思っとったんだが…。まあ、この先は言わずにおこう。まだ、可能性はなくもないからね、ははは…」
 次官の汁物(しるもの)は美味(うま)そうに笑い、暈(ぼか)した。尾頭は意味深な汁物の言葉を、どう考えたものかと部長室に戻(もど)って悩んだ。━ まだ、可能性がなくもない ━ 汁物の言葉が耳に甦って響いた。よく考えれば、可能性が残っているのだし、悪く考えれば、ほとんど昇任は無理だと思えた。 

                           完

 ※ 人事異動は地震対応のため、見送られたそうです。

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2017年12月20日 (水)

困ったユーモア短編集-38- 成(な)せば成る

 朱鷺岡(ときおか)は辛(つら)い人生を生きていた。まあ誰しも人生は辛く苦しいものなのだが、困ったことに朱鷺岡の場合は例外中の例外と言えるほど辛い人生だった。通常の場合、ほとんどのことは成(な)せば成るのだが、朱鷺岡の場合、なに一つとして成らなかったのである。取り立てて朱鷺岡が不器用とか不運な男ではなかったのだが、成らなかったのである。原因はどこにあるのか…と朱鷺岡は50の坂を越えた年になり、ふと考えてみた。だが、今までの人生でコレ! という決め手になる原因は掴(つか)めなかった。朱鷺岡は占ってもらうことにした。
「ウウッ!! … …ほう!! なるほど…」
 夜の街頭の片隅である。年老いた八卦見(はっけみ)は、筮竹(ぜいちく)を起用に操(あやつ)って手別け、ひと声、唸(うな)ったあと、しずかに頷(うなず)いた。 
「先生、何か分かりましたかっ!!」
 八卦見に対峙(たいじ)して座る朱鷺岡は、静かに訊(たず)ねた。
「この卦は! …驚きなさるなよ。あなたはこの世に生まれるようなお方ではなかったのじゃ」
「? …どういうことでしょう?」
「あなたは天界からの遣(つか)いとして、この世に生み落とされたお方でしたのじゃ。今までなに一つとして思いが叶(かな)ったことはなかったと申されたが、それはそういうことでござるよ」
「どういうことです?」
「そういうことです」
「いやいやいや、ですから、その訳をお訊(たず)ねしておるのです」
「分からぬお人じゃなっ! でござるによって、今、申したのが原因でござるよ」
「今、申したとは?」
「あなたは天界からの遣(つか)いとして、この世に生み落とされたお方でしたのじゃ。今までなに一つとして成しても成らなかったと申されたが、それはそういうことでござるよ」
「どういうことです?」
「そういうことです」
「いやいやいや、ですから、その訳をお訊(たず)ねしておるのです」
「分からぬお人じゃなっ! でござるによって、今、申したのが原因でござるよ」
「今、申したとは?」
「あなたは天界からの遣(つか)いとして、この世に生み落とされたお方でしたのじゃ。今までなに一つとして成しても成らなかったと申されたが、それはそういうことでござるよ」
「どういうことです?」
「そういうことです」
「いやいやいや、ですから、その訳をお訊(たず)ねしておるのです」
「分からぬ人じゃなっ! でござるによって、今、申したのが原因でござるよ」
 同じ内容の会話が延々と繰り返され、いつの間にか、夜は白々と明けていた。朱鷺岡は、やはり成せば成る男ではなかった。

                          完

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2017年12月19日 (火)

困ったユーモア短編集-37- 忙(いそが)しい

 奥目(おくめ)は困ったことに仕事に追われていた。だがそれは、奥目が感じる感覚で、他人から見れば、ちっとも忙(いそが)しそうではない仕事量だった。奥目はある種、心理的なトラウマ状態に陥(おちい)っていたのである。
「奥目さん、なんか最近、元気がないですね?」
 後輩社員の痛腰(いたごし)がそれとなく奥目を窺(うかが)った。
「ああ痛腰君か。実は、仕事に追われていてね…」
「えっ? 怪(おか)しいなぁ、課長代理代行の奥目さんの仕事は課長代理の禿村(はげむら)さんと課長補佐の耳遠(じえん)さんが済ませたはずですが…」
「いや、そうなんだけどね。ともかく、私は忙しくて弱ってるんだよ」
「なんだったら、僕が手伝いましょうか?」
「それは有難いんだけどね。君が手伝って片づくような量じゃないんだ」
「…そうなんですか?」
 痛腰は一瞬、妙だな…と思った。課内で今の季節、そんな多忙な仕事はなかったからである。
「それじゃ、お先に…」
 課に残っている者は痛腰と奥目の二人だけで、他の課員達は全員、勤めを終えて帰路についたあとだった。痛腰は訝(いぶか)しく思いながら課を出たが、やはり奥目の様子が気になったから、一端、通路に出たあと、ドアの透き間から奥目の様子を窺った。なんと、奥目は忙しい忙しい…と呟(つぶや)きながら、昼間、外食どきに買ったと思われる菓子パンを食べていた。奥目にとって忙しいとは、菓子パンを食べることだった。

                            完

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2017年12月18日 (月)

困ったユーモア短編集-36- 要領(ようりょう)

 同じことをしても、人によって早く終わる場合と終わらない場合がある。この違いは要領(ようりょう)がいいか悪いかで決まるケースが多い。多いというのは運のよさとか、そのときの条件が違うとかで、早く終わる人でも終われなくなる場合があるということだ。逆に、要領が悪い人でも、たまたま早く終わるという事態も起こり得るということだ。困ったことに要領はアアだからコウなる・・と口で言えるものではない瞬間に閃(ひらめ)く発想の違いで、目に見えない困った存在なのである。
「蛸壷(たこつぼ)さん、来月もよろしく頼みますよ。あなたの要領のよさには、会社も本当に期待してるんですよ。一度、狙った契約は必ずモノにする。その吸いつくような要領のよさは流石(さすが)だと重役会でも、もちきりですよっ!」
 海漁(かいりょう)専務は態々(わざわざ)、蛸壺を専務室へ呼び出し、笑顔で長々と労(ろう)を労(ねぎら)った。
「いや、当然のことをしてるだけですから…」
 蛸壺は一本の足を伸ばし、海漁の首に絡みつくように謙遜(けんそん)した。
「いやいやいや…そういうところが相手をその気にさせるのかね。普通は契約が取れるまで押して押して押しまくるが、契約が取れるまで押さないところが君の要領なのかねぇ」
「いや、そんなことは…」
 蛸壺は海漁の顔に蛸墨を吹き付けるようにまた謙遜した。
「ははは…またまたまた!」
 墨を吹き付けられ、それを濡れタオルで拭き取るように海漁は返した。
「いやいやいや…」
 蛸壺は海漁の言葉に、赤ら顔の蛸のように笑って、また返した。二人の話は困ったことに、まったく要領を得なかった。

                             完

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2017年12月17日 (日)

困ったユーモア短編集-35- 買い込み

 底川は、予備がないと気が落ち着かない・・という困ったトラウマにとり憑(つ)かれていた。といっても、それはかなり前の子供時代からで、職場の誰もが今始まった話ではない・・と思うほど、周知の事実だった。そんなことで、今日も底川は仕事帰りの夕方、多くの予備品を買い込み、気分が落ち着いたのか、ようやく7時頃、帰途に着いた。
「ただいま…」
 底川の家の中は、当然、物置的な予備品を保管する簡易物置が敷設されていた。言うまでもなく、設置したのは底川である。玄関から入った底川は一応、帰ったことを知らせ、物置へと直行した。買った物品を収納するためである。物置の中は大きい物から小さな物まで、雑貨屋以上の品物で溢(あふ)れ返っていた。妻も子供達もすでに諦(あき)めていて、その一件に関しては関わらないことにしていた。哀(あわ)れなるかな、底川は家族からも見放され、疎外視されていたのだった。だが、底川のこの困ったトラウマにも、いい点もあった。ない物がないほど品物で充足していた・・とよく言えば、そうなる。悪く言えば、溢(あふ)れかえっていた・・なのだが…。
「お父さん! 歯磨き粉は?」
 娘の流奈(るな)が、玄関から上がった物置から戻(もど)った底川と擦(す)れ違いざま訊(たず)ねた。
「ああ、奥の2番棚の左隅(ひだりすみ)だ」
 訊(き)かれた底川も馴(な)れたものである。落ち着いて流奈に即答した。
「そう…」
 流奈の方も落ち着いていて、さも当然のように物置へと向かった。普通は家の小物入れにでも収納しておけば済(す)む話なのだか、底川家では妙な家風として浸透していたのである。底川の買い込みは、妙なところで、ひと味違う家の一面を見せていた。

                            完

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2017年12月16日 (土)

困ったユーモア短編集-34- 朝一(あさいち)

 どうい訳か鳥飼(とりがい)は朝早く目覚めてしまった。それも、困ったことに朝4時過ぎである。早く目覚めることはあったが、今朝のように4時過ぎというのはそうあるものではない。まだ辺りは薄暗かった。困ったことに、朝一(あさいち)で・・をする、という時間帯ではない。だが、これからまた眠るというのも、いかがなものか…と、国会議員のように偉(えら)ぶって鳥飼は腕を組んだ。まずは…と、すべきことを一つ一つ思い描くと、1に取り木枝の水やり、2として庭木の整枝作業が頭に浮かんだ。まずは、水やりを済ませ、また袋を被せて紐(ひも)で結(ゆわ)わえた。ひとまず一つは済んだ。鳥飼は次の整枝作業にかかった。高枝切りバサミで伸び過ぎた枝を短く切り、整えていった。早朝も早朝だから、ほとんど車が走る気配もない。そろそろ初夏だから昼間は汗ばむ季節だが、それもなく返って冷んやりと心地よいくらいだ。これからの季節、これは正解だなっ! と鳥飼はニンマリした。
 ものすごく早い朝一で困ったことが、困らなかったという、ユーモアな一例だ。

                           完

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2017年12月15日 (金)

困ったユーモア短編集-33- 発言の成果

 言うは安く、行うは難(がた)し・・とは、よく言われる。困ったことに、よく言われるほどには行われることが少なく、成果はなかなか得られないのが実情である。となれば、まあ、言わないよりは言った方がいい・・くらいに期待せず思っているのが発言の成果ということになる。要は、あまり期待しない方がいいぞ・・ということだ。
「消費税の風来坊のやつ、暴れるんでしょうか?」
 西部劇好きの野々原は時代劇好きの土手川(どてがわ)に訊(たず)ねた。
「ははは…もう、上げてる勘定なんじゃないか、お上(かみ)の方では」
 土手川は朴訥(ぼくとつ)に返した。
「そうですか…。やはり、荒野の決闘になるのか…」
「誰と誰が?」
「保安官と政界の野郎どもですよっ!」
 野々原は西部劇風に息巻(いきま)いた。
「保安官? お役人だろ?」
 土手川は和風に言い直した。
「ええ、まあ…」
 野々原は一応、言うべきことは言ったと土手川の顔は立てた格好で矛(ほこ)を収(おさ)めた。発言の成果はあった・・と思った訳だ。土手川は土手川で、荒野の決闘と準(なぞら)えた野々原の発言にはあえて突っ込まず、聞き流した。ひとまず、発言の成果はあった・・と感じたからだ。
 昼となり、二人は和風でも西洋風でもない中華風のラーメンで、発言の成果を共有した。

                            完

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2017年12月14日 (木)

困ったユーモア短編集-32- 食べ物

 御津池(みついけ)が冷蔵庫を開けると、困ったことに食べ物がなかった。確か、記憶では買い置きして冷蔵庫の中は満杯のはずだった。それが、空腹状態で心勇んで開けてみれば、ほぼ空(から)に近かった。そんな馬鹿なことはないっ! と少し腹が立った御津池だったが、愚痴ったところで空のものは仕方がない。ないものはないのだ。これほど食べ物がないことを意識して思ったのは御津池にとっては初めての経験だった。今の世は飽食の時代である。お金さえ出せば、食べ物がいくらでも手に入る有り難い時代なのだ。
「ぅぅぅ…どこへいったぁ!」
 腹ペコもあり、御津池は思わず叫んでいた。叫んだあと、ふと、御津池は思った。今日は確か、土曜だったよな…と。部屋へ戻(もど)った御津池は机に置かれた小ぶりなカレンダー立てを手にした。今日は日曜だった。ということは…と、御津池は考えた。ああっ! と御津池は口走った。御津池は一週間前に買い物をしたことを頭に描いていたのである。それから買い物は今日までしていなかったのだ。当然、食べ物は御津池によって食べつくされた訳だ。昨日、御津池は、そろそろ買い物に…と思っていた矢先だった。それがどういう訳か今日になり、思い込み違いをしたのだった。そう分かったが、家の中に食べられそうな物はなかった。
「ぅぅぅ…」
 御津池は財布を手にして家を走り出ていた。向かうは本所(ほんじょ)松坂(まつざか)町! 吉良(きら)の屋敷・・ではなく、家近くにあるコンビニだった。そのとき、御津池は飢えに苦しむ他国の人々のことを、偉そうに思った。そして日本はいい国だ…と有り難さを実感しながら、通行人も気にせず買ったパンに齧(かじ)りついていた。さもしく齧る御津池の姿は、困ったことに難民そのものだった。

                          完

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2017年12月13日 (水)

困ったユーモア短編集-31- 軽はずみ(2)

 後日談(ごじつだん)を語らないと、やはり無責任にも思え、その後の小松のパソコン対応と、その結果について語りたいと思う。別に語ってもらわなくてもいいっ! と思われる方は、お読みにならず寛(くつろ)いでいただいても構わない。
 話は前話のハプニングが起きた三日前に遡(さかのぼ)る。小松はその朝、とうとう朝食を食べず、パソコンと格闘していた。妻の直美は「変った人ねっ!」と嫌(いや)みをポツリと、ひと言、呟(つぶや)くと、出かけて行った。とうとう、『どこへ行くんだっ?』とも言えず、小松はパソコンの人になり果てたのである。なり果てた・・とは、パソコンに弄(もてあそ)ばれた・・ということだ。
 昼を過ぎると、さすがに小松も腹が減ってきたので、ひと呼吸おいて昼食にした。直美はすでに昼食の準備もしておいてくれたのだが、いい嫁だ! とも思うことなく、ガッついて食べ、無性に空(す)いた腹を満たした。人間とは妙なもので、腹が満ちると、いい発想が湧(わ)くようだ。━ 腹が減っては戦(いくさ)は出来ぬ ━ とは、まさにそれで、小松は急に閃(ひらめ)いたのだった。そして、そのとおりパソコンを操作すると、あれほど弄(いじく)っても、ウン! ともスン! とも言わなかったパソコンが、微(かす)かな音を発し復帰したのだった。それからは、アレヨアレヨという間に、元の状態へ戻っていた。腕をみると、すでに夕方近くになっていた。直美はとっくに帰り、夕飯の支度(したく)をしているようだった。小松の一日は完全にパソコンに支配されて身動きが取れず、関ヶ原の戦いに間に合わなかった徳川秀忠公のような哀(あわ)れな状態に立ち至ったのだった。
 というのがコトの経緯と結果である。小松は、物事は慎重にやらねば…と己(おの)が心を戒めた。ただ一つ、軽はずみで困った結果、やり遂げた充足感だけは小松の心に残ることになった。

                            完

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2017年12月12日 (火)

困ったユーモア短編集-30- 軽はずみ

 思いつくまま深く考えもせず物事を何げなくやった結果、思いもよらぬ困った事態に立ち至ることがある。人は、それを軽はずみと言い、お小言(こごと)を漏らして愚痴ることになる。
 朝からゴチャゴチャとパソコンを弄(いじ)くっていた小松は、とうとうパソコンを怒らせてしまった。要は、フリーズ[凍りついたように動かなくなる状態]させてしまったのである。最初のうちは軽く弄くっていた小松だったが、「ウン!」とも「スン!」とも言わず、画面も消えて黒くなったパソコンを前に焦(あせ)りだした。そして20分後、顔つきは必死の形相(ぎょうそう)へと変化した。
「何してるの? もう朝ごはんよ?」
 キッチンから現れた妻の直美は、そんな小松を遠くから窺(うかが)い、訝(いぶか)しげに声をかけた。
「んっ? ああ…。今、いくよ」
 そして、また15分ばかりが過ぎた。
「今、いくって、全然こないじゃないっ! 先に食べるわよっ!! 私、今日、出かけるんだからっ!」
 膨(ふく)れっ面(つら)の直美がキッチンからまた現れて愚痴った。この声を聞きながら、俺としたことが軽はずみだった…と小松は後悔した。
「ああ、食べて…」
 心、ここにない小松は、パソコンのキーをああでもない・・こうでもない・・と叩(たた)きながら、感情のない言葉を返した。
 それから数日後、そのパソコンがどうなったか? は読者のご想像にお任せしたい。^^ 軽はずみは保険を付けないと危険をともなうのである。

                           完

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2017年12月11日 (月)

困ったユーモア短編集-29- 夢という現実

 重要な明日の予定を立て、竹原は眠った。
 さて、次の日の朝である。竹原が目覚めると、予定したことは記憶していたが、困ったことに肝心の内容を忘れてしまっていた。さて、どうしたものか…と竹原は善後策を考えながら必死に思い出そうとした。
 竹原はまず、前夜のことを頭に思い描いた。歯を磨(みが)いて…寝室へ入り…メモを見たっ! そうだっ! メモだっ!! と、竹原は、これですべてが解決したぞ…とニンマリした。だが、その予想は見事に外(はず)れていた。確かにメモは走り書かれていたが、その内容は今日、予定していることとは、まったく関係のない内容に思えた。竹原は今までにも思い出せない人の顔や事物はあったが、そういうときは、あいうえお順に言葉の先頭から順々に追って思い出すことにしていた。今回は予定だから内容が大きく、忘れるはずがなかった。だが、竹原はすっかり忘れていた。時間は刻々と過ぎていく。竹原は焦(あせ)った。しかし、思い出せない。ともかく落ち着こう! とテーブル椅子へドッカ! と座った竹原だったが駄目だった。そのうちいつしか竹原はウトウトと眠気に沈んでいった。
 ハッ! と気づくと、時間はそう経(た)っていなかった。こうなっては仕方がない。食べてからにしようと、軽い朝食をとりあえず済ませた竹原は、ふたたび思い出すことに専念した。そして、小一時間が経過していった、だがやはり、竹原は予定を思い出せなかった。すると、また竹原は眠くなった。
 ハッ! として腕を見ると、時間はそう経っていなかった。というか、眠ってしまった時間よりも逆に早い時間だった。そんな馬鹿なっ! と思ったが、それは現実だった。いや、現実のようだった。まあ、いいか…と竹原は、また予定を思い出すことに専念した。だがそのとき、腹がグゥ~~っと鳴り、竹原は腹が空(す)いていることに気づいた。これは、いくらなんでも怪(おか)しいぞ…と竹原は気づいた。というのも、朝食は軽いながらも済ませた記憶があった。それは間違いなく現実に思えた。だが、夢で朝食を食べた・・とも考えられた。そう考えれば、現実に空腹な今の状況の説明がつく。夢か現実か…と竹原が思い倦(あぐ)ねたとき、竹原はハッ! とした。昨日、思い描いた予定を思い出したのである。予定は、明日の夜の献立に使う材料の買出しだった。ははは…なにも必死に思い出すほど重要なことじゃない…と竹原がニヤリとしたとき、重要な来客が来ることを思い出した。それで、材料を買うことが重要になるのか…と竹原は得心した。そしてまた、竹原は眠気に襲われた。
 気づくと、竹原は寝室で眠っていた。朝だった。夢という現実が始まろうとしていた。

                            完

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2017年12月10日 (日)

困ったユーモア短編集-28- 甘くない

 生まれてきたのはよかったが、世の中がそう甘くないと深酒(ふかざけ)が分かったのは、困ったことに年金生活に入る少し前のことだった。神話の邇々杵(ににぎの)命(みこと)じゃないから、深酒の降臨はそうスンナリと上手(うま)くはいかず、時すでに遅し・・だったのである。ひとえに世の中を甘く見て、お供(とも)の者も少数で、整えず生まれ落ちた報(むく)いなのだが、深酒自身の責任でもなんでもなかった。だが、今更(いまさら)死んだ両親を呼び出し、愚痴(ぐち)る訳にもいかず、深酒は日々、ことあるごとに世の中は甘くない…と苦慮(くりょ)していた。そして今朝も、縁遠かった身の上を愚痴りながら、コーヒーを啜(すす)ると、口に含んだコーヒーの味は、やはり甘かった。深酒は散々、心を弄(もてあそ)ばされビターだった甘くない人生を振り返っていた。供揃(ともぞろ)えは、生まれる場合、かなり重要なのだな…と。そんな馬鹿なことを思いながら腕組みをし、「あああ…」と愚(おろ)かな溜め息を一つ吐(つ)いている間に、楽しみにしていたカップ麺がのび過ぎていた。
「あああ…」
 深酒は、また一つ、溜め息を吐いた。

                               完

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2017年12月 9日 (土)

困ったユーモア短編集-27- 見えざる敵

 コトを運ぶ場合、それがよい場合でも悪い場合でも、はっきりと見えるならいい。だが、相手や事物が見えない場合、これが厄介(やっかい)なのである。世で生きる人々は日夜(にちや)、この見えざる敵と戦っているといっても過言ではない。雰囲気がその一例だが、目に見えないプレッシャーを肌にヒシヒシと感じるのは、見えざる敵に四方八方を囲まれ、危機に陥(おちい)っている状況を指す。
「穴場(あなば)さん、なにかいい策はないでしょうか?」
「ははは…それを私に言われても!」
 業務部長の穴場は、営業部長の行楽(こうらく)に相談されていた。実をいえば、この二人は次の人事異動でどちらが常務に昇格するか・・という出世レースの真っ最中だったのである。そのさなか、行楽が穴場に相談した・・というのは妙な話だが、これは探りをいれるために仕掛けられた口実(こうじつ)で、穴場の出方を知る様子見(ようすみ)という手法だった。相手の様子見の手法は、プロの囲碁や将棋でもよく打たれたり指されたりする。穴場はこの見えざる敵を、一刀両断で見事に払い除(の)けたのである。
「それもそうですな。お忙(いそが)しいところを失礼しました」
 行楽は笑顔で業務部長室から退去したのだが、内心は『クソッ!』っと、怒りで煮えくり返っていた。実は、見えざる刺客(しかく)を放って穴場を討ちとろうとしたのだが、ことごとく返り討ちに合った格好で、内心で渋面(しぶづら)を作った訳である。見えざる敵は、日夜、指示されたとおり、ミッション・インポッシブルで暗躍(あんやく)しているのである。

                            完

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2017年12月 8日 (金)

困ったユーモア短編集-26- ひとつづつ

 困ったことに、一度にアレコレと諸事の仕事が舞い込み、町役場の生活環境課に勤め始めた垢毛(あかげ)は弱りに弱り、テンションを下げていた。アレもコレも…と焦(あせ)れば焦るほど、益々、捗(はかど)らず、垢毛は困った。
「どうした、垢毛?!」
 動きを止め、茫然(ぼうぜん)と立つ垢毛を見かねた先輩職員の洗湯(せんとう)は、やんわりと訊(たず)ねた。
「アレとコレ、ああ今、ソレも入って…」
 垢毛は住民から依頼があった机上の依頼書を指さした。
「ははは…馬鹿だな、お前は! こんなもの、誰だって一度にゃ出来んさ。ひとつづつ、やればいいんだ。そのうち、片づくっ!」
 自信ありげに洗湯は垢毛の頭を洗い流すかのように撫(な)でつけた。
「先輩! ありがとうこざいますっ!」
 垢毛はやる気を取り戻(もど)し、下がったテンションを上げた。急がば回れ・・とは、よく言うが、ひと纏(まと)めに諸事をやれば早いようだが、それだけ雑で間違いも生じ、結果、ひとつづつ完全に熟(こな)した方が早い・・ということになる。

                            完

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2017年12月 7日 (木)

困ったユーモア短編集-25- 旅

 誰にでも旅心はあるだろうし、旅に出てみたいと思うことがあるはずだ。ところが困ったことに、この男、不精(ぶしょう)は一歩も家から出たがらない男だった。まあ、仕事が絵描きだった・・ということもあるが、不精は心の中で世界中を駆け巡っていたのだ。そんな訳で、不精は旅に出たがらなかったのである。いや、正確に言えば、出たがらなかったのではなく、出る必要がなかったのだ。なんといっても心の中で世界中を旅していたからだった。不精は心で旅した世界の光景を絵に描いた。ところが困ったことに、いつも心に浮かんで光景を描こうとすると、肝心の絵の具が切れているのである。さすがに何度もそういうことがあると、予備を買っておくものだ。しかし妙なことに、いつも描こうとする色が切れているのだった。そんなこともあろうかと…と、不精は絵の具の色をすべて買い揃(そろ)えておいた。結果、上手く描けた・・となりそうなところだが、そうではなかった。今度はその絵の具を置いたはずのところに絵の具がなかった。探し回った挙句、ようやく見つかった絵の具をキャンバスに搾(しぼ)り出そうとしたとき、肝心の心に浮かんだ光景は消えていた。よしっ! 今度は手元に置いたぞっ! と不精は意固地(いこじ)になったが、そのとき、握ろうとした筆が見つからなかった。そして、筆も手元にあるぞ…と不精が息巻いたとき、目が覚めた。すべてが夢だった。不精はそういういろいろがあったことで心ならずも初めて旅に出たのだが、列車の中でウトウトとし、そんな夢を見ていたのだ。ややこしい困った話である。

                            完

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2017年12月 6日 (水)

困ったユーモア短編集-24- 決め手

 いつもいいところまで契約を纏(まと)めかけるが、困ったことに決め手を欠いて、ご破算にするという男がいた。その名を甘爪(あまづめ)という。名のとおり窮地(きゅうち)に立つと爪を噛(か)む癖(くせ)があり、某戦国武将によく似ている…と、社内では言われていた。一方、甘爪のライバルに、決め手である最後の詰(つ)めが上手(うま)く、油揚げを、かっ攫(さら)う鳶(とんび)のような男もいた。その名を皿居(さらい)という。甘爪は決め手に欠き、いつも皿居に契約を攫われていたから、ネガティブ思考になりがちだった。そこへいくと、皿居は会社のホープとして持て囃(はや)され、OL達にも人気が高かったから、いつもポジティブだった。誰の目にも、二人の出世レースは皿居で決着か・・と見えた。ところが、である。課長の内示が発表される前日、皿居は急病に襲われ、病院へ攫われていった。そして、思いもしない課長の椅子が甘爪に舞い込んだのである。出世レースの決め手は甘爪の方が一枚上だった。健康が決め手になった・・という話である。

                            完

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2017年12月 5日 (火)

困ったユーモア短編集-23- 愚(おろ)か

 能ある鷹は爪を隠(かく)す・・というが、老人会長の百川(ももかわ)の場合は違った。隠し続けて70年、米寿を迎えようとしていた百川は、死の病(やまい)にとり憑(つ)かれていた。一日、また一日と百川は衰弱しているように自分で感じていた。困ったことに、隠し続けることが、さも当然のように身に染(し)み付いた百川にとって、これは、ゆゆしき事態だった。
「百川さん、最近、顔色がすぐれないようですが…」
 老人会の副会長、五十岩(いそいわ)が心配げに訊(たず)ねた。
「いやいやいや、そんなことはありません。気のせいでしょう。どこも悪くなどないんです。昨日、少し無理をしましたので。私などいつ死んでもおかしくない不出来者ですから…」
 百川は愚(おろ)かにも、また隠した。
「ご謙遜(けんそん)をっ。…そうですか? お大事に」
 立ち去る五十岩の後ろ姿に、『わ、私、体調が悪いんですっ! どうすればっ!?』と、心が叫んでいたが、むろん心の叫びが五十岩に聞こえるはずがなかった。だが、この百川の愚かさが奇跡を呼んだ。悪くない・・と口から出た音声は耳の聴覚神経から脳に伝達された。ただちにNK(ナチュラル・キラー)細胞が活性化し、病魔を退治したのである。愚かな、本当にあった話である。めでたし、めでたし…。

                             完

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2017年12月 4日 (月)

困ったユーモア短編集-22- 馬鹿ゲーム

 有効な電子機器も使い方を一つ間違うと、困ったことに人類へ不利益を齎(もたら)す。
 有能社員の係長、鰹木(かつおぎ)は最近、ゲーム依存症に陥(おちい)っていた。それまで営業成績では他の課員を圧倒していた鰹木だったが、その勢いに翳(かげ)りが見え始めていた。このままでは俺は駄目になる…と思えば思うほど、鰹木はゲームに飲み込まれていった。背広の内ポケットには、片時も離さない電子式のゲーム機が入っていた。営業の合い間に立ち寄っていた喫茶店は、いつしか鰹木のゲーム場所となっていた。
「おい! 鳥山君。一度、こっそり鰹木を探ってくれ。どうも、最近のやつの様子は怪(おか)しい…」
「分かりました…」
 二日後、鳥山は密かに鰹木を尾行した。そんなこととは気づかない鰹木は、お得意先回りを早めに切り上げ、いつもより早く行きつけの喫茶店へ入った。当然、分からないよう、少し遅れて鳥山も店へ入った。
「ヒヒヒ…」
 注文したコーヒーを飲みながら、鰹木は病的な表情でゲーム機のボタンを叩き続けた。
「なるほど! 鰹木さん、馬鹿ゲームで、だな。美味(うま)そうな鰹の叩(たた)きだ…」
 鳥山は紅潮(こうちょう)した鰹木の顔を見て、思うでなく呟(つぶや)いた。

                           完

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2017年12月 3日 (日)

困ったユーモア短編集-21- 泰山(たいざん)の鳴動(めいどう)

 中国の故事(こじ)に、━ 泰山(たいざん)、鳴動(めいどう)して鼠(ねずみ)、一匹も出ず ━ というのがある。大騒ぎした割りには何も結果が出なかった・・という意味だが、どういう訳か矛坂(ほこさか)の頭の中では、困ったことに泰山が静かに鳴動しようとしていた。当然、その予兆(よちょう)である地震が、尋常でない矛坂の動きを乱し始めていた。
「送っているのに送れないっ!」
 矛坂は朝からパソコンでEメールを送ろうとしていたが、送れないで焦(あせ)っていた。そうなれば、送れるように、いろいろと試(ため)してみるのが普通、一般的な対処法である。矛坂もご他聞(たぶん)に漏(も)れずアレコレと試(ため)してみたが、やはり無理だった。
「もう、いいっ! もぉぉ~~っ、いいっ!!」
 ついに、矛坂の泰山は鳴動し、大噴火を起こした。各地に被害は…出なかったが、矛坂のおよそ半日は無為(むい)に消え去った。矛坂は思った。これじゃ文明の進歩じゃなく文明の後退じゃないか…と思えた。なるほど! 泰山も鳴動する訳だ…と、矛坂はつまらないところで納得し、他の諸事を熟(こな)すことにした。

                            完

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2017年12月 2日 (土)

困ったユーモア短編集-20- 無駄ではない

 高1の蒲口(かばぐち)はよく失敗した。だが、教師の原塚は蒲口に他の生徒とはどこか違った一面を感じていた。というのは、蒲口は一度、失敗した失敗を二度と繰り返さなかったからだ。むろん、他の者の目には普通の失敗だったから当然、蒲口は出来の悪い生徒に見えていた。そんなことで、でもないが、いつの間にか蒲口の味方はクラスで担任の原塚一人になっていた。蒲口が別に苛(いじ)められた・・というのではない。失敗ばかりするから、蒲口の前から皆が遠退(とおの)いた・・ということだ。
「ははは…またかっ! しかし、他の者ならしないミスを、よくもまあお前は出来るな。先生も失敗してみたいよ」
「先生、からかわないで下さい。僕はもうダメなんです。ぅぅぅ…」
 蒲口は急に号泣を始めた。
「馬鹿野郎! 泣くやつがあるかっ! 先生は、お前を高く買ってるんだ。お前は他の生徒にはない何かがあるっ! 失敗は決して人生の無駄ではない。いや、むしろいい勉強になるはずだ。だから、他の者には出来ない、いい経験をしてるんだ・・と思えばいいんだ。分かったなっ!」
「はいっ! 先生! ぅぅぅ…」
「ははは…それにしても、よく泣くやつだな。ははは…」
 そう言う原塚の瞼(まぶた)も泪(なみだ)で溢(あふ)れていた。
 それからひと月が経ったある日、蒲口は、また失敗をした。原塚の机に置かれていた答案用紙を誤って燃やしてしまったのだ。その日、蒲口は掃除当番だったのだが、どうしてそんなポカをやるのかっ! と、誰もが思う失態だった。
「ははは…まあいい! お前の失敗は、決して無駄じゃない。ははは…」
 顔では笑っていたが、原塚は他の者と同じように思え、かなり怒れていた。

                            完

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2017年12月 1日 (金)

困ったユーモア短編集-19- 車社会

 困ったことに、高3の歩代(ほしろ)は動き回る車社会に怯(おび)えていた。このままでは社会へ出られそうにない…と、日々の授業が身につかなかった。就職先も内定し、卒業まであと数ヶ月だったが、歩代の悩みは解決されそうになかった。
「先生、俺はもうダメですっ!」
「ははは…なに言ってる、歩代。お前、毎日、自転車で通学してるじゃないか」
「自転車はいいんです…」
「なんだ、その勝手な理屈はっ。なぜ、自転車はいいんだ?」
「ガソリンが、いらないからです」
「なるほど! 車だが、ガソリンがな。一理ある…。ということは、お前の場合、歩くか自転車ならいい・・ということになるな」
「はい!」
「だったら、それでいいじゃないかっ! お前は間違ってないと先生は思うぞっ」
「そうでしょうか? 車先生!」
「ああ、車の私が言うんだから間違いがないっ! 車社会に自信を持て、歩代」
「はいっ!}
 二人は顔じゅう涙だらけにして抱き合った。

                            完

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