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2018年3月

2018年3月31日 (土)

隠れたユーモア短編集-39-  細かいこと

 きっちりしないと気がすまない人がいる。そんなこと、どうでもいいじゃないかっ! …と傍目(はため)には思える細かいことでも、その人にとっては許されない重要なことなのだ。実は、この細かいことには、隠れた悪い内容[魔]が潜(ひそ)んでいるのだが、世間一般はそれに気づかない場合が多い。だから、細かいことを気にする人は医学、技術、科学など、なんらかの特異な才能の持ち主と言っても過言(かごん)ではない。ただ外見上は、どこか変な人に映るのが難点だ。
 プレゼン[プレゼンテーション=会社説明会]の前の日の夕方、会社の仕事が終わり、課員達が退社した課内で二人の男が話している。
「さあ、これから美味(うま)いものでも、どうだい?」
「いいですね! でも、これはやっとかないと明日、さし障(さわ)りがありそうですから…」
「どれどれ…。なんだ! プレゼンのコピーじゃないか。明日でいいよ、明日で! 十分に時間はあるから…」
 課長の豚岸(ぶたぎし)は細かいことだ…と軽く見た。
「いえ、明日にしましょう! プレゼンが終わってから」
 係長の牛舟(うしぶね)は何かあるといけない…と、重く見た。
「そう? なら、そうするか…」
 次の日の朝、急に原因不明の停電が起き、コピーが出来なくなった。だが、すでにプレゼン用のコピーは牛舟の残業で完成していた。
「ははは…細かいことじゃなかったな! 助かったよ!」
「よかったですね、課長!」
「ああ…」
 その日の夜は、二人にとって美味い肴(さかな)と美酒(びしゅ)のお疲れ会になった。

                             完

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2018年3月30日 (金)

隠れたユーモア短編集-38- 価値の違い

 オリンピックの表彰式が行われている。そのテレビ画面を見ながら、ふと、白滝(しらたき)は思わなくてもいいのに思ってしまった。銅メダルより銀メダル、銀メダルより金メダルの方がいいのか? と。この価値の違いは誰が決めたんだろう? という素朴(そぼく)な疑問である。そもそも、金も銀も銅も金属である。希少だから・・という一面は分からなくもないが、銀にしたって銅にしたって、決して金に劣(おと)っているとは思わないだろう…と。要は孰(いず)れも金属だということだ。ということは、鉛でもアルミニウムでもいい訳で、そう力むこともないのである。白滝は、そうなんだ…と、隠れた意味に初めて気づいたように頷(うなず)いて納得した。
 多くの人がその物の価値を決めるのである。だが、白滝はそうは思えないから決めないのだ。決めようと決めまいと、いいじゃないか…というのが白滝が出した結論だった。価値の違いなど、どぉ~~でもいい…と白滝は思った。
「やった、やった! メダル、メダルだぞっ!」
 父親が狂喜して白滝を見た。振られた白滝は、俺も、ここは喜ばないといけないんだろうな…と喜びを演技で露(あらわ)にした。
「よっしゃ!」
 最善を尽くして結果が駄目でも、白滝にとってそれはメダルにも勝(まさ)る価値に思えた。しかし、世間はやはり過程ではなく結果を重視するのだ。全力を出せたか? は本人以外、分からないだろう…と思ったとき、白滝はコップに入った飲みかけのビールを、うっかり零(こぼ)してしまった。この油断がいかん! と白滝はオリンピック選手にでもなった気分で気を引き締(し)めた。すき焼き鍋の糸こんにゃくが煮つまり過ぎていた。

                            完

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2018年3月29日 (木)

隠れたユーモア短編集-37-  お盆の魅力

 なんといっても、お盆には人を引き寄せる隠れた魅力がある。宗教的なことは棚(たな)上げするとしても、否応(いやおう)なしに帰省ラッシュが始まってワイワイと故郷(ふるさと)が賑(にぎ)わい、お盆が過ぎると何ごともなかったように知らないうちに終息する。これがお盆の魅力の一つである。その二、として、どういう訳か、いつもより美味(おい)しいものを食べられるというのも魅力の一つである。まあこれは、めったに出会わない深い縁の人々との出会いによって得られる恩恵で、隠れたお盆の魅力・・ともいえる。さらにその三、は季節の移ろいを実感できることだ。日々、何事も変化なく生きていると、季節の移ろいを実感できなくなる、ボケェ~~とした日々の繰り返しになるからだ。お盆に限ったことではないが、季節の風物詩があると、ああ・・こんな季節か…と実感できる訳だ。まあ、このように、お盆の魅力はいろいろとあるのだが、美味しいもの! が、老若男女・・子供からお年寄りまで、男女を問わず魅力となるベスト1(ワン)に違いない。

                            完

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2018年3月28日 (水)

隠れたユーモア短編集-36-  画面が違う

 テレピが、ガナっている。フッ! と目覚めた宇奈月は薄目を開け、テレビ画面をボンヤリと見た。いつの間にか眠ってしまったようだった。隠れた疲れが溜まっていたせいだろう…と宇奈月は軽く考えた。ところが、である。ウトウト…とする前と今とでは、テレビ画面が違っていた。夏の怪談じゃあるまいし、んっな馬鹿な…と宇奈月はもう一度、テレビ画面を食い入るように見つめた。柔道で優勝したはずの男子選手が銅メダルを首から下げ、表彰台の最下壇で観客に笑いながら手を振っているのである。確か、ウトウトする前は決勝に勝ち、優勝を決めたところだったが…と宇奈月は眠ってしまう前の状況を辿(たど)った。だが、どう考えても、その選手は一位の金メダルのはずなのである。宇奈月は、相当疲れてるな…と思わざるを得なかった。画面が違う・・そんな非科学的なことが起ころうはずもなく、宇奈月は、しばらく無理をしていたから、ゆっくり休むか…と疲れのせいにした。
「おいっ! 夕飯にしてくれっ!」
 キッチンへ回った宇奈月は、洗い場に立つ後ろ姿の妻へ偉(えら)そうに声をかけた。
「あらっ! どちらさま?」
 振り返った妻は、宇奈月が見たこともない女性だった。画面が違うのである。
「…」
 宇奈月は返答に躊躇(ちゅうちょ)した。そのとき、宇奈月の目の前の映像が揺れ、意識が遠退とおの)いた。気づくと、やはりテレビがガナっていた。表彰台に立つ男子選手は、やはりメダルを首から下げ、笑っていた。しかし、選手が立つ表彰台の位置は最上壇で、首から下げたメダルは金メダルだった。
「それでいいんだよ…」
 宇奈月は思わず呟(つぶや)いていた。画面が違う・・などということは、ないのである。

                            完

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2018年3月27日 (火)

隠れたユーモア短編集-35-  猛暑

 年々、夏の暑さは増しも最近では35℃超えの猛暑日が珍しくなくなってきた。二酸化炭素削減対策がいろいろと叫ばれているが、こうなったのには隠れた原因があることを余り世界は意識していない。その原因として、世界規模で進み続ける人類の文明化がある。黒煙と炎を上げて燃え続ける陸や海上の油井(ゆせい)などは、その最たる一例だ。文明を進歩させる上で、責任が付随することを意識せず、人類が文明を突き進めている点が猛暑の原因だということを、人々は、まだ認識していない。これは地球保全の上で大きな問題である。このままで推移すれば、猛暑は益々、広がり、一歩、家の外へ出れば、人がコンガリと美味(うま)そうな焼肉に焼きあがる・・・ということにはならないだろうが、肌を火傷するくらいのことにはなるかも知れない。まあ人類もアホ馬鹿ではないから、当然、その対策を科学的にやるだろうが、猛暑で迷惑を蒙こうむ)るのは人類以外の生物である。それでなくとも今現在、多くの生物が絶滅し、絶滅危惧種も増加の一歩を辿(たど)っているという。
 とある町のとある町内である。一人の汗かきの男が、身体中、汗ビッショビリになりながらやってきた。男は暑苦しいのか、パタパタと扇子を煽り続ける。
「いやぁ~暑いですなぁ!」
 声をかけられた男は、暑苦しいのが来た…と思いながらも、そうとは言えず、顔を緩(ゆる)めた。
「ははは…いや、ほんとにっ! 猛暑日らしいですねっ!」
「そうそう。猛暑日で、もう、しょ~がないっ! ですかなっ! ははは…」
 言われた男は一瞬、寒さを感じたが、すぐに倍ほど暑くなった。猛暑の下手(へた)なダジャレを言っている場合ではないのである。

                            完

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2018年3月26日 (月)

隠れたユーモア短編集-34- 破れた衣類

 朝から蜆(しじみ)は綻(ほころ)んだパジャマを針と糸で繕(つくろ)っていた。蜆に言わせれば、綻んだ衣類と使えなくなった襤褸(ボロ)は、まったく異質のものだという。どう違うのか? を簡単に説明すると、綻びは修理可で襤褸は修理不可のただの破れた布(きれ)という内容が隠れているらしい。どちらも同じ布なのだが、使用できるか? での選別だそうだ。さらに、傷んだ衣類でもその傷み具合で破れと綻びの二段階に分別できるのだそうだ。綻びは、まだ大した破れではない軽度のもので、破れは、中程度以上に繕いを必要とする衣類ということになる。ふ~~~ん…と聞かずに聞いていたが、友人の言うのを無碍(むげ)にも出来ず、ほお! と一応、相槌(あいづち)は入れておいた。まあ、そんな話はともかくとして、破れた衣類は誰でもそのままには出来ないから、ついつい弄(いじ)って繕いたくなるものだ。そんなことで・・でもないが、蜆は朝から綻んだパジャマを繕っていた。
「お大事に! 無理をなさらないよう…」
 繕いを終えた蜆は、そう呟(つぶや)くようにパジャマに語りかけたという。それを聞いた私は、初めて聞き耳を立て、変わったやつだ…と思ったが、まあ友人のことでもあり、黙ってお汁(つゆ)を啜(すす)ったというようなことだった。破れた衣類とはまったく関係ないが、夏に蜆汁は精がつき、いいと聞く。

                            完

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2018年3月25日 (日)

隠れたユーモア短編集-33-  小さな恋?

 夏は小さな恋のシーズン・・と言われる。なぜなのか? までは知らないが、おそらくは猛暑で男女とも思考回路が緩(ゆる)んでお馬鹿になり、よい意味で小さな恋を実らせる開放的な気分が生まれる・・という内容が隠れているのではないか? と思われる。
「どうだったね、結果は?」
「いや、それが…」
「やはり、無理か…」
 会社内の、とある場所である。出勤早々、専務の岡村は部長の戸坂に小声で訊(たず)ねた。岡村の息子は戸坂の娘に小さな恋をしていて、戸坂を介(かい)して交際をしてくれとの打診を父親の岡村へ密かに頼んだのだ。岡村としては、そんなことは直接、お前が訊(き)けっ! と叱(しか)ったものの、息子(むすこ)に何度も頼まれては、情けないヤツだっ! まあ、一応は頼んでおいてやる…と、とうとう引き受けてしまった経緯(いきさつ)があった。
「はい! 今年は小ぶりな上に数が少ないそうでして…」
「んっ? 恋だよ?」
「はい、鯉です…」
 岡村はもう一つ、戸坂に頼みごとをしていた。新築した家の庭池に飼う錦鯉の一件である。
「息子の?」
「いえ、池の…」
「ははは…そっちかっ! いや、娘さんの返事だっ」
「ああ! 恋の方でしたか、ははは…」
「で?!」
「いや、そちらはまだ聞いておりません。どうも…」
 戸坂は恐縮してペコリ! と岡村に頭を下げた。飛んだ小さなコイ違いだった。

                            完

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2018年3月24日 (土)

隠れたユーモア短編集-32- お祈(いの)り

 お祈(いの)りは、願いを成就(じょうじゅ)しようと、藁(わら)にも縋(すが)る思いで、神仏に頼む行為だ。神仏にとっては、いい迷惑で、頼む人々の数が多い場合は、ああ、ややこしい! と、大層(たいそう)、お困りになることになる。お困りになれば、やはりお祈りの質(しつ)と印象に残ったものから…とお思いになられる訳だ。いわば、芸術点[アーティスティック・インプレッション]ともいえるもので、お祈りを叶(かな)えるには、数(かず)多いお祈りの中で印象を残すものや神さまや仏さまの注目を引く、いわば、なるほど! …と納得(なっとく)していただけるものに高めねばならない。ただ単にお祈りをすれば、願いが通じる・・などと考えるのは、このせち辛(がら)い世の中では、実に甘い!! と言わざるを得ない。お祈りするという行為には、こうした深い意味が隠れていることを知らず、人々は神社へ、そして仏閣へと足を運び、ただ単にお祈りするのである。まあ、世俗に足並みを合わせるのが悪いと言うつもりは毛頭ないことだけはお含み願いたい。
 さて、お祈りにも水行(みずぎょう)、願掛け断食(だんじき)、護摩木(ごまぎ)焚(だ)き、お百度参り・・などという本格的なものから、どうでもいいようなお祈りまで各種、存在する。どうでもいいようなお祈りでも、神さまや仏さまが、グッ! とくる納得できるお祈りもあるから、要は質! ということになるだろう。
「ああ! よかった、よかった!」
「お祈りが通じましたねっ!」
「そうそう。ぅぅぅ…」
「泣くこと、ないじゃありませんか」
「ああ、そうだな! ははは…」
「まあ、笑うこともないと思いますが…」
 お祈りが通じれば、ややこしくなるのである。

                             完

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2018年3月23日 (金)

隠れたユーモア短編集-31- 程度

 お湯の温(ぬる)めと熱(あつ)め、味の薄めと濃いめ、同じく味の甘めと辛(から)め・・など、人々の好みには程度の差がある。いや、それは味覚だけには留(とど)まらない。あらゆることに人々の程度の差は生じるのだ。
 たとえば、音量の感じ方ひとつとっても、大きめ、小さめ・・と好みの程度は違う。酒量でも、猪口(ちょこ)に数杯のほろ酔い加減で十分…という程度の人もあれば、いやいやいや、三合は…と、暗に調子三本を程度とする人もある。このように、人が感じる程度の違いには、隠れた人間性の違いが秘められているのだが、それは表立っては分からない。ただ、お年寄りが感じる音の程度とかは、老人性・・ということもあるから例外としなければならないだろう。
「こんちはっ! 三河屋でございますっ!!」
「…ああ、三河屋さんか。家内は婦人会で出かけていてね…。どうなんだろうね?」
「なにがです?」
「いや…いつも家内が注文するやつだが…」
「あっ! それは日によりますっ!」
「というと?」
「冷蔵庫の中の程度でしょうなぁ~。こちとらには、ちょいと…」
 三河屋は困り顔になった。えらいときに来た…というのが本音(ほんね)である。
「今、冷蔵庫、覗(のぞ)いてみるよ。待ってくれるかい?」
「いや、また寄りますんでっ!!」
 長びくな…と見た三河屋は、引きどきの程度を心得ていて、スゥ~っと玄関戸を開けて去った。なにごとにも程度が大事だということである。

                            完

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2018年3月22日 (木)

隠れたユーモア短編集-30- 時差(じさ)

 地球は丸いから当然、住む国で昼と夜の差が出来る。そこで、人間は時間というものでその差を表そう・・と考えた訳だが、よ~~~く考えれば、それによって生じる時間の差、いわゆる時差(じさ)なんていうものはないのである。ある国では夜で、その国の地球の裏側では昼だとしても、ものごとは同時に進行しているのだ。とある国の人が深夜、鼾(いびき)を掻(か)いてグゥ~スカ眠っているとき、別のとある国の人が一生懸命、技(わざ)を競(きそ)う[競技]に汗していようと、どちらも同じ時間で進行している訳だ。こういう意味合いが時差に隠れることを世界の人々は意識していない。ああ、あちらでは今頃、昼の1時だな…と思うだろうが、同じ地球で同じ瞬間を生きているんだ…と考えられれば、時間など、取るに足らない、どぅ~~でもいいことになる。要は、時間や時差などは、どうでもよく、生きる内容や価値は、その瞬間の生きざま・・ということになる。
「…なにが?」
「テレビ、テレビっ! リオ、リオっ!」
「ああ、オリンピックか…」
「男子陸上リレー!! ぅぅぅ…」
「君が泣くことないだろう」
「そりゃ、そうですが…」
「向こうは深夜で、そろそろ日が変わる時分(じぶん)だ。静かに寝かせて上げなさい」
「はい…」
「それに、こちらは赤、赤っ! 赤字をなんとか黒字にせにゃ!」
「はい…」
 地球では時差がある訳ではなく、同じ瞬間を時は流れているのだ。
 テレビのライブ映像が喚(わめ)いている。歓喜に湧(わ)く会場のメダル決定の瞬間、地球の裏側では餅を喉(のど)につめた男が思わず熱い茶を飲み、口を火傷(やけど)していた。

                            完

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2018年3月21日 (水)

隠れたユーモア短編集-29- ドキドキ感

 文明が進んだ今、試合結果や最新ニュースなど、多くの情報は簡単に伝わって耳に入るから、結果を早々と知り、そうだったか…と安心したり、残念…と肩を落としたりすることになる。そうなると、これから録画しておいた番組を観よう! というドキドキ感も失(う)せることになる。興味が削(そ)がれ、どぅ~~でもよくなる訳だ。あとから観よう…とか、一応、観てみておくか…程度にドキドキ感は下がり、楽しみも半減する。
 録画したVTRを楽しそうに観ようとした川徳家の父親、康家に息子の忠秀が声をかけた。
「その試合、どうなったと思います?」
「言わんでくれっ、頼むっ!」
「…そうですか? 早く結果を知りたいと思ったんですがね」
「お前はっ! 気持を察しろ、気持をっ! ゆっくりと味わう未知のドキドキ感がいいんだっ!」
「でも、結果は早く知った方がいいでしょ?」
「話にならんっ! 情報化で、つまらん世の中になったもんだ…」
 そこへ母の大(だい)が現れ、速達の封筒を康家に手渡した。
「父さん、昨日、届いていましたよっ」
「あっ、コレコレ!! ありがとっ!!」
 康家は慌(あわただ)しく封を切り、中を見た。
「父さん、ゆっくり味わうんじゃ?」
 忠秀が口を挟(はさ)んだ。
「こ、これは別だっ!」
 昇格の内示に、笑顔の康家が返した。ドキドキ感も安心を得たい場合は早い方がいいようである。

                            完

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2018年3月20日 (火)

隠れたユーモア短編集-28- 閃(ひらめ)く

 閃(ひらめ)くには閃くだけの隠れた要素が存在する。その要素は肉眼で見えないため、表立って捉(とら)えることは難(むずか)しいが、ひょんなことで見えることもある。スーパーなどで買物をしていて、レジ前で、ふと見えたり出会えたりするのがその一例だが、ほとんどの場合、お互いを意識していない。
 通勤の帰り、空腹に苛(さいな)まれた竹松はどういう訳かふと、寿司のトロを摘(つま)みたくなった。空腹なら、なんでもいいはずなのに、その日にかぎり寿司、それもトロを食べたくなったのである。それは、駅を出て、少しばかり歩いたところにある禿(はげ)鮨(ずし)の前だった。
 禿鮨は昔からの馴染(なじ)みで、ここしばらく寄っていなかったから都合もよかった。
「いらっしゃいっ!! おっ! 竹松さんじゃありませんかっ! お久しぶりですっ!」
 店の親父が開口一番、そう言った。カウンター席にはすでに一人の客が座っていて、上がり[お茶]を飲みながら木皿に置かれた一貫(いっかん)の上トロを美味(うま}そうに摘(つま)んでいる。そのとき、竹松はまた閃き、無性にその上トロを食べたくなった。
「親父さん、上トロ…」
 その客の横の席に座った竹松は、無意識で呟(つぶや)いていた。
「へいっ、上トロ! 竹松さん、今日はとびっきりいいネタが入りましてねっ! あんた、運がいいやっ!」
 親父は笑顔で上がりを置きながら、そう言った。
「いや、私もね。どういう訳か閃いてトロが食いたくなりましてね…」
 隣の客が竹松にそう言った。
「ははは、あなたも閃きましたか…。いや、いつもなら安いネタで済ますんですがね。どういう訳か今日は食べたくなりましてねっ!」
「ええ、私の店じゃ、時折り、ネタが呼ぶんですよ、食ってくれって。閃いたでしょ? ははは…こりゃ、冗談ですがねっ! へいっ、お待ちっ!」
 竹松の前にも木皿の上に一貫の上トロが置かれた。竹松は上がりを少し啜(すす)ったあと、美味そうに上トロを摘み、口中(こうちゅう)へと収(おさ)めた。禿鮨ではネタが客を呼び、客は閃くのである。

                             完

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2018年3月19日 (月)

隠れたユーモア短編集-27- 浅い

  ふと、突拍子(とっぴょうし)もないことを思いつき、状況判断もせず、いき当たりばったりでやってしまうことがある。考えが浅いため、問われたとき、えっ? と戸惑(とまど)うことになる。後悔(こうかい)しても口に出してしまった以上は後(あと)の祭りで、なんとか収束させねばならないから厄介(やっかい)だ。この浅さには心の緩(ゆる)みが隠れているのだが、当の本人は、まったく気づかないことが多い。
 昔から続く氷屋の店先である。客が一人、汗をタオルで拭(ふ)きながら現れた。
「まだ、暑いですなぁ~!」
「そうだすなぁ~。氷羊羹を思いついたんですが、ひとつ、どないだ?」
「いい値(ね)、しまんにゃろ?」
「いや、試供品でっさかい、ただで結構だ」
「ほお!! そら、ええがなっ! …まさか、死にはせんやろさかい」
「あほなことっ! 言わんといとくんなはれっ!」
 店の主人は慌(あわ)てて笑顔で打ち消した。
「ほんまに?」
「当たり前だんがなっ! 先に賞味しておます」
「ほな、一つ、いただこかいな。…ほお! これが思いつきなぁ~…で、竹筒入りか…ほやけどアンタ、融(と)けるさかい、長いこと持たんのと違うか? 水羊羹やないにゃさかい」
「なにか、ええ手立てはありまへんやろか?」
「わてに訊(き)いて、どないしまんにゃ!」
「へい、すんまへん。なんせ浅い思いつき、でっさかい」
 浅いと、隠れたドジを踏(ふ)むことになる。

                             完

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2018年3月18日 (日)

隠れたユーモア短編集-26- 蟻(あり)の一穴(いっけつ)

 ここは今を時めく男袋(おぶくろ)ホールディングスの会議室である。系列 傘下(さんか)の社長と執行役員級の補佐がそれぞれ各企業から2名ずつ席に着き、会議は進行していた。まさかこの瞬間、M&A[合併買収]の工作が密(ひそ)かに進行していようとは誰も思っていなかった。だがそれは表向きで、とある会社のとある重役だけは一人、その事実を知っていたのである。この重役こそ秘密裏に外資系の柔肌(やわはだ)コンツェルンから社長ポストを餌(えさ)に、引き抜かれようとしていた一匹の蟻(あり)のような男だった。男袋ホールディングスはこの一人の重役により、瓦解(がかい)の危機に瀕(ひん)していたのである。まさに隠れた蟻の一穴(いっけつ)である。
「では…そのように。ご異存なくば、本日は、これまでといたしますが、…それでよろしいかな?」
 今年で80になる男袋ホールディングスの総帥(そうすい)、男袋精之助が辺(あた)りを見回しながら重厚(じゅうこう)な声でそう告げた。会議室中央の円卓の中、精之助は街が見下ろせる大ガラス窓を背景にして系列会社の社長や重役連中を厳(おごそ)かな視線で眺(なが)めている。精之助の左右の席は2席分が空席になっており、余計、精之助の重厚感を漂わせた。そのときだった。一人の重役が、サッ! と手を挙(あ)げたのである。
「お待ち願いますっ、会長!!」
 一同の目がその重役に注(そそ)がれた。
「…なんですかな?」
 精之助は落ち着いた声でその重役へ返した。
「この中に蟻がいますっ!!」
 一同は机の上や椅子下のフロアーを見回した。

                         完

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2018年3月17日 (土)

隠れたユーモア短編集-25- 末路(まつろ)

 どんな物にも終わり・・という末路(まつろ)はある。飽食(ほうしょく)の時代の終わりを告げるコンビ二の閉店。これなどは実際に見られる典型的な末路の姿だ。命が消えて生物が死に至る・・という生物だけの話だけではなく、初めがあれば終わりという末路は、すべての物に訪(おとず)れるのである。
 二人が洞窟(どうくつ)探検をしている。いわゆる、アウトドアで言うケービングである。
「宇佐川(うさがわ)さんっ!」
「なんですかっ?! 瓶足(かめあし)さんっ!」
「いえ! なんでもありません…。少し、怖かったもので、つい…」 
 暗い洞窟の中のひんやりした岩の細道を二人は進んでいた。明かりといえば、ヘルメットに付けられたヘッドランプのみである。後方を進む瓶足が前の宇佐川に、ふと声をかけた。
「ははは…。足元に注意して下さいよ。たぶん、もうしばらくで終わると思います」
「ああ、そうですか。やれやれ…」
「瓶足さんはケービング、初めてでしたね?」
「はい! 登山は何度かあるんですが、洞窟は…」
「私は若い頃からですから…。末路を知るのが楽しみなんですよ」
「山でいえば、頂上の達成感ですかね」
「まあ、そんな感じでしょうか。末路は必ずありますから」
「宇宙にも末路はあるんでしょうか?」
「宇宙にはないと思いますよ。無限大ですから…。末路は3次元で生きる今の私達が考えだした科学の産物です」
「なるほど…。宇宙科学とは違うということですか?」
「おそらくは…」
「あれっ?! ここは、入口ですよね?」
「はい! ここが入口であり、末路の出口でもあります」
「…」
 瓶足は、なんだ…とばかりにガッカリしたが、安心もした。末路はガッカリして安心できる心地にならせる終点でもあり、始点でもあるのだ。

                            完

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2018年3月16日 (金)

隠れたユーモア短編集-24- 来診(らいしん)

  病院の外来診察室である。一人の老人が医者の診察を受けに来診(らいしん)していた。
「どうされました?」
「最近、ちょくちょく物忘れをするんですよ、先生。なんとかなりませんかね?」
「ほう! どういう具合に?」
「昨日(きのう)もですね。メガネをかけようとして、そこに置いたはずが、入れ歯を…」
「かけたんですか?」
「ははは…先生。冗談がきつい。入れ歯はかけられませんよ、さすがに…」
「ああ、そらそうでしょう。他には?」
「そうそう、今朝もでした。顔を洗ったあと、雑巾(ぞうきん)で顔を拭(ふ)いとったんです」
「いやぁ~、いくらなんでも、雑巾で顔は拭かんでしょ」
「いや、それが、拭いとったんですわ。昨日、掃除したあと、雑巾を顔拭き用のタオルと間違えてかけとったんです」
「ああ、なるほど…。認知症(にんちしょう)とか隠れた怖(こわ)い病気がありますからね。それじゃ一応、検査をしておきましょう。あちらの機械室の方へどうぞ…」
「誰が?」
「誰がって、あなたですよっ!」
「えっ? どうして?」
「どうしてって、物忘れをされるんでしょ?」
「誰が?」
「あなたですよ、あなた!」
「いえ、私はしません。物忘れするのは婆さんです」
 医者は唖然(あぜん)として言葉を失った。しばらくして、やっと医者は口を開いた。
「…ここは相談室ではありません。本人を連れてきてください」
「いや、それがですね。婆さん、病院嫌いで…。先生、来てもらえませんかね?」
「それは…」
 医者はその日以降、この一件をどうしたものか…と悩むことになった。そして、今も悩んでいる。来診には医者を悩ます隠れた問題が時折り起こるのだ。

                            完

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2018年3月15日 (木)

隠れたユーモア短編集-23- 柔道的

 藤守(ふじもり)は柔道的な男だ。すべての出来事を柔道的に捉(とら)え、それによって判断と行動を決めるというタイプの男だった。この傾向は、なにも生まれもって備わったという性格ではない。ふとしたことがきっかけとなり、身に備わったのである。そして、中年になろうという今の年まで日々、絶え間なく続けられていた。そして今朝も、藤守の隠れた洞察(どうさつ)が始まろうとしていた。
 ここは藤守が勤務する、とある町役場の観光開発課である。一人の老人がヨロヨロと役場へ入り、窓口にやってきた。
「あの…ちと、お訊(たず)ねするんでごぜぇ~ますが…」
 老人の声に藤森は席を立ち、応接(おうせつ)に出た。
「はい! なんでしょう?」
「…あなたさまは?」
 藤守は一瞬、厄介(やっかい)なのが小内刈(こうちが)りで来たな…と、早くも柔道的に思った。そして、ここは返し技(わざ)だ…と、思うでなく思った。
「ははは…この課の藤守と申します。で、そう言われるあなたは?」
 藤守は、やんわりと返した。
「ははは…私ゃ、これだけのもんでごぜぇ~ますよ。見て、お分かりにならねぇ?」
 藤守は老人に一面識(いちめんしき)もなかったから、首を傾(かし)げた。
「あら、いやでごぜぇ~ますよっ! ほん、そこのっ!」
 老人は片方の手の指先(ゆびさき)で役場の窓の外を指さした。藤守は分からなかったが、ここは受け身だ…と瞬間、思った。
「ああ! はいはい! そこの! それで、ご用件は?」
「いやぁ~、これといっちゃ…。朝の散歩がてら寄ったというようなこってごぜぇ~ます…」
 藤守は老人の言葉に、このクソ忙(いそが)しいのに…と、ムカッ! とした。そのとき、藤守の身体(からだ)は老人がかけた内股(うちまた)にフワリ! と浮いた。忙しくは、なかったのである。危ういっ! …と藤守は無意識で思った。身体が自然に反応していた。
「なんだ、そうでしたかっ! また、お寄りくださいっ! ははは…」
 藤森は返し技、内股 透(す)かしをかけていた。老人がズッシン! と畳に転げたように藤守は感じた。一本(いっぽん)! である。
「ははは…お見事! ありがとうごぜぇ~ます」
 老人は役場を去った。藤守は何もなかったように席に戻(もど)った。そのときふと、藤守は思った。確か、あの老人、お見事! と言ったよな…と。老人もまた柔道的だった。

        
                   完

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2018年3月14日 (水)

隠れたユーモア短編集-22- 景気の実感

 日曜の朝である。
「利息の上昇、下落には隠れた金融機関の経営状態や、その時々の世間の景気動向が見え隠れする・・と、まあ、そういうことさ…」
 今年の春、部長代理補佐に昇格したこともあり、父親の塩鮭(しおざけ)は息子の威熊(いくま)に偉(えら)ぶって上から目線でそう言った。
「ふ~~ん、そうなんだ。俺なんか、トイレット・ペーパーの巻き幅の厚さが景気の実感だけどねっ!」
「…」
 塩鮭はそれには返さず、湯呑(ゆの)みの茶を啜(すす)った。そこへ母親の紅子(べにこ)がキッチンから現れた。
「あら、私なんかスーパーのパック値(ね)で実感するわっ! 最近さぁ~、国産肉が1パック¥200以上も高くなってるの。アレ、なんとかならないのかしらっ」
「なんとかならないの・・って、私に言われてもなぁ~」
 塩鮭は、また湯呑みの茶を啜った。そこへ、娘の川奈(かわな)が現れた。
「私の実感は銀行の利息! この前もさぁ~、半年で¥200以上ついた利息が、ひと桁(けた)よっ。あの銀行、大丈夫かしら…」
「他は?」
 兄の威熊が朴訥(ぼくとつ)に訊(たず)ねた。
「他は横ばいだけど…」
 川奈も朴訥に返した。
「なら、いいじゃないか…」
 塩鮭が割って入って、また湯呑みの茶を啜ろうとしたが、もう空(から)っぽだった。
 庶民の隠れた景気の実感は、国が示す数値(すうち)ではなく、日々の実感なのである

         
                   完

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2018年3月13日 (火)

隠れたユーモア短編集-21- 座敷わらし

 ━ 座敷わらし━ は人が考え出した想像上の妖怪である。隠れた存在として人気があり、これといった悪さをしないから憎(にく)まれもしない。実はこんな隠れた存在は、現実の世界にもいるのだ。
 スナックのカウンターである。三人の客が店へ入ってから数時間が経過していた。随分と酔いも回り、虚(うつ)ろな眼差(まなざ)しで一人の客がもう一人の客に訊(たず)ねた。
「あれっ? 鋤川(すきかわ)さんはっ?」
「… おかしいな。今まで右横で飲んでたんだよ。トイレじゃないかっ?」
 もう一人の客も酔いが回った虚ろな眼差しで、身体を少しフラつかせながら返した。
「そうか…。ウィッ! マスター知らない?」
 一人の客は立ってグラスを拭(ふ)くマスターに声をかけた。
「さあ…? 私が奥から戻(もど)ったときは、おられませんでしたよ」
「どれくらい前?」
「いやあ、ほん今ですよっ…」
「エエェ~~」「ウソォ~~」
 二人の客は同時に驚愕(きょうがく)の声を上げた。
「ははは…、あのお客さん、座敷わらし・・ですねっ」
 マスターは笑いながら、その客がいたカウンターの上を指さした。カウンターの上には数枚の紙幣が置かれていた。

         
                   完

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2018年3月12日 (月)

隠れたユーモア短編集-20- 繰(く)り返し

 生活をしていると、しまった! もう一度…と思える瞬間が誰にも出来る。ただ、そのときにはすでに遅(おそ)く、時の流れは待ってはくれない。この後悔(こうかい)を未然に防いでくれるのが、同じことの繰(く)り返しである。ただ、この繰り返しには新しさへの変化が余り望めない・・というデメリット[不利益(ふりえき)]がある。それも当然で、過去にやったり起こったことが、同じように繰り返されるだけだからだ。半面、過去の繰り返しは、現在の危険が未然(みぜん)に防げる・・というメリット[利益]もある。もちろんそれは、やったり起こったことのいい場合に限られるのだが…。
 今年も一年が終わろうとしていた。
「また、一年が過ぎたか…」
 クリスマスツリーを取り外し、迎春準備の飾りつけを店頭にしながら、店主の麦川(むぎかわ)は深い溜め息を一つ吐(つ)いた。毎年、同じ繰り返しで、少しの変化もない。ただ、年によっては多少の変動はあるものの、そう変化がない店の安定した収入に心配も苦もなく、ここ数十年、やってこられたのも事実だった。
 飾りつけを終わると、これも毎年、繰り返される年末の支払いが待っていた。ひと月ごとで決済出来なかった帳尻合わせの支払いである。チェッ! これがないとな…と、陰気に思いながら、麦川は支払先へと向かった。
 支払いが滞(とどこお)りなく終わった頃、辺りはすでに薄闇になり、夜が迫っていた。へへっ! 美味(うま)い年越し蕎麦(そば)が待ってるぜ…と麦川は陽気に舌なめずりしながら店へと帰りの歩(ほ)を早めた。
 繰り返しには喜怒哀楽の隠れた要素が含まれている。

                            完

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2018年3月11日 (日)

隠れたユーモア短編集-19- 空模様

 空模様は、なにも天気に限って使われる訳ではない。隠れた意味で日常、いろいろと出現する。
 ようやく商品開発会議が終わり、課長の宝辺(たからべ)と部下の係長、菊川(きくかわ)は急ぎ足で社員食堂へと向かっていた。
「最近の会議は長引くねぇ~」
「はあ。なんとかなりませんかねぇ。今日も、もう1時半を回ってますよっ!」
 時間が時間だけに、当然、二人は空腹だった。
「相場! というものがありますよ、課長!」
「まあ、そうだわなっ!」
 二人の空模様に暗雲が漂(ただよ)っていた。食堂へ入ると二人は早速(さっそく)、券売機で食券を買おうとした。ところが、どういう訳か、この日に限って券売機のランプが消え、始動していない。時間が時間だけに、当然、他に社員はいない。
「なんなんですかねっ、これはっ!」
「私に言っても仕方ないだろっ!」
 二人の空模様に雷鳴(らいめい)がし始めた。そのとき、厨房(ちゅうぼう)の賄(まかな)い婦らしき中年女が慌(あわただ)しく走り寄ってきた。
「すいませんねぇ~。ちょっと朝から調子が悪いんですよっ。お金でもらいますっ!」
「なんだ、そうなの…」
 雷鳴はやんだ。厨房へ戻(もど)る賄い婦の後ろに二人は続いた。
 二人が配膳(はいぜん)カウンターで待っていると、賄い婦がポツンと言った。
「何にします?」
「日替わりB定…」
「僕はA定で…」
「あっ! すいませんねぇ~。定食はもう終わってしまいましてねぇ~」
「終わった?!」
 宝辺が少し赤ら顔の怒り口調で言った。
「すいませんねぇ~! 今日に限って、材料の都合で…」
「そうなのっ! それじゃ、とにかく早くできるのはっ?」
 宝辺が降り出したのを見て、菊川は傘をさした。空模様は完全に下り坂だ。
「早いのは、残った蕎麦(そば)のかけです…」
「いいよっ、おばちゃん、それでっ! とにかく腹が減ってんだっ、こっちはっ! いくらっ!」
 言われた額を支払い、降り出した空模様は小康状態を得てやんだ。
 しばらく二人が配膳カウンターで待っていると、賄い婦はかけ蕎麦の鉢を二つトレーに乗せた。
「出汁(だし)が少なくて薄めましたので、少し薄いかも、ですが…。すいませんねぇ~」
「いいよっ!」「いいよっ!」
 どちらからともなく、同時に二人は言った。
 二人が食べた蕎麦は味がほとんどなく、二人は醤油をかけて食べた。まあそれでも、空腹は一応、満たされたから、二人の空模様は、なんとか降らずに済んだ。
 人の隠れた空模様は変化しやすい。

                           完

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2018年3月10日 (土)

隠れたユーモア短編集-18- 続ける人

 世の中には世間が多数でどう進もうと、一途(いちず)に自分の信念を曲げず進み続ける隠れた人の存在がある。多数の人はそんな場合、少数の人を変人と区別することで多数を正当化する。少数の人が正しくとも、世間は誤った多数意見をもって正しい・・とするのだ。すると当然、誤った多数意見が正しい意見となる。正義が勝つのではなく、勝った方が正義・・という論理によく似ている。不正義でも、勝てばそれが正義なのだ。
「やはり、そうなりましたか…」
「ええ、そうなりました。恐らく無理だろうと、私も思っておったのですが、こればかりは結果を見ないと分かりませんからねぇ」
「ええ、そらそうです! で、今後も続けられるんですか?」
「はい、槍(やり)が降ろうとバケツが降ろうと続けますよっ、私ゃ!」
「そらそうです。そうでなくっちゃ! まあ、槍やバケツは降らんと思いますが…。ともかく、世間が間違っとるんですからっ! 私も隠れた一人として応援しておりますから是非、頑張って下さいっ!!」
「ぅぅぅ…嬉(うれ)しいことを言って下さる」
「いやいや…。しかし、よくもまあ今まで…。頑(かたく)なに続けてこられ、今年で50年経ちましたか…」
「はあ、50年です。世の中、見事に悪くなりました…」
「はい! 続けて下さいっ!」
「はい!」
 続ける人は、なおも隠れて続けるのである

       
                   完

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2018年3月 9日 (金)

隠れたユーモア短編集-17- 受け身

 そろそろオリンピックか…と畳岡(たたみおか)は思った。畳岡の好きな競技は柔道である。高校のとき、授業で体育科目としてやった記憶はあったが、それは畳岡にとっては苦い記憶で、散々なものだった。確か…練習試合では、ものの見事に投げられた悪い記憶だが、妙なことにその記憶は残っていて、数十年経った今でも、相手の名前まではっきりと憶(おぼ)えていた。授業では受け身を散々やらされたな…と畳岡は振り返る。左前方受け身、右前方受け身・・あった、あった! 畳岡はふと想い出し、ニタリと笑った。
 受け身・・振り返れば社会に出て、この受け身が世の中の荒波に耐える隠れた力になった…と畳岡には思えるのである。それは年金世代になった今、気づく思いかも知れないな…と、畳岡は夕空に浮かぶ秋の鰯雲(いわしぐも)を眺(なが)めながら思った。その途端、畳岡はフロアで滑(すべ)り、しこたま腰(こし)を打った。幸い、怪我はなかったが、受け身は出来なかった…と畳岡はまたニタリと笑った

        
                   完

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2018年3月 8日 (木)

隠れたユーモア短編集-16- オーソドックス

 日本語化した英語にオーソドックスという言葉がある。おお! そう! 何匹ものワンちゃん・・という意味ではない。正統的と訳されているが、普通で違和感がない・・というような意味で一般的には使われている。だが、初めて耳にして、そう感じた人もいたようだが…。
 とある女性専用の高級理容室である。
「適当にねっ。いつものようにしてちょうだいっ!」
 客の有閑(ゆうかん)マダムが小声で品(しな)をつくり、貴婦人風を漂(ただよ)わせてそう言った。この顔じゃ、どうにもならないのにっ…と若い女性理容師は常々(つねづね)思っていたが、今回もそう思った。だが、そうとは言えず、「はい…」とだけ、小さく素直に返した。
 そして、整髪が始まり、時が流れた。
「いかがですか?」
 女性理容師は手を止めると、前鏡(まえかがみ)に映(うつ)る有閑マダムを見ながらそう言った。有閑マダムは、それなりに髪を弄(いじ)った感がしなくもない髪形を鏡で確認しながら、右へ左へと首を振る。
「そうね…。オーソドックス[変わり映(ば)えしない]だけど、どう?」
 どう? と訊(き)かれ、オーソドック? なに、それ! …と女性理容師は思ったが、そうとも言えず、愛想(あいそ)笑いした。正直なところ、どうしようもないわ…と思っていたのである。だが、それも言えないから、オーソドックスに愛想笑いしたのである。
 このように、オーソドックスは傍目(はため)から見える違和感を消して煙に巻く、忍びの煙玉(けむりだま)にも似たオーソドックスな言葉だ。

         
                   完

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2018年3月 7日 (水)

隠れたユーモア短編集-15- 劇的

 人生には、ここぞ! というときに、タイミングよく期待どおりになることが幾度となくある。まさにそれが、劇的と呼ばれる現象だ。
 大損失を出し、まさに明日(あす)も知れない経営危機に陥(おちい)った、とある会社の執行役員室である。副社長と営業部長が話をしている。
「君ねぇ~、そんなドラマにあるようなことが起こるわけないだろっ! 冗談も休み休み言い給(たま)えっ!」
「はいっ! しばらくしてから、またお話をします」
「馬鹿野郎! その休み休みじゃないっ!」
「では、どのような?」
「もう、いいっ! 君では話にならん! 竹残(たけのこ)常務を呼びなさいっ!」
「竹残常務はただいま、湯がかれて…いえ、出かけられておりますっ!」
「それなら、蕗川(ふきかわ)専務がおられるだろう!」
「生憎(あいにく)、蕗川専務もいい味に…いえ、さきほどお出かけに…」
「そうか…劇的なピンチだっ!」
 そのとき、社長の味噌和(みそあえ)がドアを開け、ゆっくりと入ってきた。
「ああ、社長! いいところに。困ったことになりましたっ!」
「ああ、あの一件かっ! アレは劇的に先方がOKして下さったから解決したよっ!」
「エッ!」「エェ~!」
 副社長と営業部長は、同時に驚愕(きょうがく)の声を上げた。
「それを今、伝えに来たんだよっ、ははは…」
 味噌和はニンマリと笑った。そのとき、副社長席のインターホーンが急に声がした。
「大変ですっ! さきほど、先方の会社が倒産しましたっ!」
「エェ~!」「エェ~!」「エェ~!」
 三人は同時に驚愕の声を上げた。劇的な出来事は、やはり劇的に幕を引くのである。

        
                   完

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2018年3月 6日 (火)

隠れたユーモア短編集-14- エアー食

 エアーギターを弾(ひ)くように、食べる動作だけで食事をするのがエアー食だ。想像力一つで、隠れた思考が美味(うま)そうに食事をさせてくれる訳である。これだと、お金はまったく必要ないから、貧乏人には助かる。ただ、気分は満たされるが、じっさいに食べていないのだから、空腹は満たされない。それどころか、余計に食べたくなるから困りものだ。
 ようやく残暑も蔭(かげ)りを見せ始めていた。空に鰯雲(いわしぐも)が浮かぶようになると、俄(にわ)かに食欲も増す。櫛川(くしかわ)もそんな一人だった。櫛川は退職後、日課にしている散歩を終えると、犬のようにハァ~ハァ~と息を切らせて帰宅した。俺は丸で犬だな…と無言で苦笑しながら、櫛川はふと、空腹感を感じた。グツグツ煮える湯豆腐を連想し、エアーで食べながら熱燗(あつかん)で一杯やってみたが、どうもしっくりとしない。それもそのはずで、まだ寒い季節ではなかった。櫛川は、違うな…と、すぐ否定した。次に思いついたエアー食は鱧(ハモ)の湯引きを泥酢[甘酢+味噌]で食べながら、キュッ! と一杯、冷酒を・・という趣向(しゅこう)だ。こりゃ美味(うま)いぜっ! とは思えたが、いやぁ~もう、秋だな…と思え、これもすぐ否定した。その後もなかなか、コレ! というエアー食が浮かばない。するとそのとき、どこからともなくプゥ~ンといい匂いが漂(ただよ)ってきた。それはエアーではなく、紛(まぎ)れもないスキ焼きのいい匂いだった。
「今夜はスキ焼にしたわ…」
 キッチンから妻の声がした。櫛川はエアー食より、やはり現実食がいい…と思った。

        
                   完

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2018年3月 5日 (月)

隠れたユーモア短編集-13-  魅(み)せる

 他人より美しく…とか、上に…と自身を魅(み)せたい隠れた潜在意識が人には存在する。他人には、それは無理だろ? と思えるが、当の本人は無理だと思っていないから厄介(やっかい)だ。
「おいっ! いつまで待たせるんだっ! 開演に間に合わんぞっ!」
 そんなにぶ厚く塗りたくったって無駄(むだ)だっ! とも言えず、多川は鏡台(きょうだい)の前に座る妻の恵美(めぐみ)に声高(こわだか)にそう言った。友人の芸能人にもらった観劇チケットの指定席券が二枚、背広の内ポケットにあった。
「今、終わるから…」
 恵美はパタパタ・・と、なにやら粉(こな)のようなものを叩(はた)きながら顔の工事をやっている。妻を覗(のぞ)き込みながら、多川は、俺でも無理なんだから、そんな工事をしたって他人は魅せられんだろ…と、また思ったが、それも言えず、「おいっ!!」とだけ急(せ)かした。そして、ようやく恵美が鏡台を立ったので、玄関へと向かった。
「お待たせっ!」
 靴を履(は)いて玄関で待つ多川の前に、とても魅せられるとは思えない、妖怪・厚塗(あつぬ)りが立っていた。多川の観劇気分は俄(にわ)かに冷え込んで萎縮(いしゅく)した。

                             完

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2018年3月 4日 (日)

隠れたユーモア短編集-12- 馬鹿でいい

 最近の世の中、どうかしてるぞっ! と町役場の財政課長、麦田は一人、怒っていた。1種の国家試験を合格したが頭がいい超エリート達は、いったい国家財政を考えてるのかっ! と益々、麦田の怒りは大きくなった。
「どうしたんです、麦田さん? そんな赤ら顔をされて…」
 会計課の課長補佐、稲作(いねさ)が怪訝(けげん)な顔つきで麦田を窺(うかが)った。
「なんだ、稲作じゃないかっ! 久しぶりだな」
 麦田はバツ悪く、少し取り乱して言った。同じ大学出身の麦田と稲作は先輩後輩の間柄(あいだがら)で、古い付き合いだった。
「なに言ってんですっ。三日前、飲みに行ったじゃないですか」
「ははは…そうだったか?」
「はい。で、何をそんなに?」
「まあ、聞いてくれ稲作」
「はい…」
「俺は馬鹿でよかったよ。馬鹿でいい。ああ、馬鹿でいいんだ」
「なんのことです?」
「来年の国の当初予算、また増えたろ?」
「…ええ、らしいですね。それがなにか?」
「国のやつら、ほんとに国の先を考えてるのかねぇ~? 頭がいいのに、だぜ? やつらはっ!」
「そんなこと、私に言われても…。まあ、それはそうですが…」
 先輩を立てたのか、稲作は麦田に、ひとまず同調した。
「だろ? やつらは超エリートのキャリアだぜ! 御前崎や潮岬の灯台じゃねえんだっ!」
「上手(うま)いこと言いますねぇ~。はい! 犬吠崎でもありません!」
「俺は、ここの課長程度の馬鹿に生まれてよかったよっ!」
 麦田が勤める町役場は前年度決算で、今年も黒字を計上していた。頭のよさが隠れた程度の馬鹿でいいのだ。いや、そんな馬鹿がいいのである。

       
                   完

 ※ 本作はフィクションであり、この作品中に登場した御前崎、潮岬、犬吠崎は、決して現存する某有名大学を冒涜するものではないことを申し添えます。
                         作者

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2018年3月 3日 (土)

隠れたユーモア短編集-11- 中ほど

 ものごとは中ほどがいいとされる。━ 中庸(ちゅうよう)をもって良しとす ━ などととも言われるが、中ほどには宥(なだ)め役のような隠れた妙味(みょうみ)がある。労使間では仲裁委員会があり、労使の仲を取り持つが、それなども一つである。他にも接着剤、溶接機、仲人などといった、別の2体をなんとかくっつけたり、取り持ったりする存在がある。孰(いず)れも別の2体の融和や接着、接続などをする中ほどの役割を果たす。
「偉(えら)いことになりましたっ! 課長」
「んっ? ど、どうしたんだっ!?」
「実は…トラブルで妻が家を出たんですっ! ぅぅぅ…このままでは離婚ですっ!」
「偉いことじゃないかっ、君! で、仲人の私という訳か?」
「はいっ! 縋(すが)るのは課長をおいては…ぅぅぅ…」
「泣くなっ、君。まだ、新婚1年だぞっ! で、原因はっ!?」
「妻はアイスで、僕はソフト派なんですっ!」
「…なんだ、それは?」
「クリームです」
「クリーム!!」
 課長は馬鹿馬鹿しくなり、声を高めた。他の課員達の目が、一斉(いっせい)に課長席へ注(そそ)がれた。
「…ともかく、私が話してみよう」
「お、お願しますっ! ぅぅぅ…」
「泣くな、君! 皆が見てるっ! まるで私が君を苛(いじ)めてるみたいじゃないかっ!」
「す、すみません! よろしくお願いしますっ!」
 次の日の朝である。
「実家へ電話はしたんだがね…。どうも、今一。申し訳ないっ!」
「ああ! もういいんです、課長。カキ氷にすることにしましたので、さっき解決しました」
 課長はポカ~ンとした。カキ氷が中ほどなのだ。

                           完

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2018年3月 2日 (金)

隠れたユーモア短編集-10- 理想と現実

 言うは易(やす)く行うは難(がた)し・・の格言(かくげん)どおり、理想と現実は違う。そうなれば、いいなぁ~…と思っても、現実はそれを許さない柵(しがらみ)でそうなることを妨害(ぼうがい)するのだ。
 テレビ画面を見ながら、定年退職した男が奥さんに言った。
「母さん、こういう旅もいいよな」
「…理想ね。でも、現実はお金と暇(ひま)がね…」
「だよな…。俺も芸能デビューしたいよっ!」
「そりゃ、そうだけどさぁ~。こんなのんびりしてらんないわよっ。売れっ子は休めないそうだし…」
「嫌な仕事も断れないか…」
「そうそう! 理想と現実は違うのよっ」
「それにしても、昨日(きのう)のスキ焼の肉は美味(うま)かったなぁ~。高かったろ?」
「ふふっ! タイム・サービスの安いお肉っ。理想と現実は違うのよ」
 現実は違っても、安いお肉に調理が加わると理想の食事になるのである。

        
                   完

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2018年3月 1日 (木)

隠れたユーモア短編集-9- 一(いち)か八(ばち)か

 これは、余りお勧(すす)め出来ないのだが、やろうとしたことが決められず、といって一刻(いっこく)の猶予(ゆうよ)も許されない進退(しんたい)極(きわ)まったとき、よしっ! …と、思い切ることを一(いち)か八(ばち)か・・という。なぜお勧め出来ないかといえば、この決断は、ある種のギャンブルで、失敗すれば、著名な俳優さんが唄っていたように、♪はい、それま~でぇ~よぉ~♪と、お釈迦になってしまうからだ。阿弥陀さまならいいが、御釈迦さまはお亡(な)くなりになられるから、いただけない・・という訳だ。まあ、薬師さまでも大日さまでもだが、そうは問屋が卸(おろ)さないから閉店になるに違いない。だから一か八かは、余程(よほど)のことがない限り、実行してはいけないのだが、そうも言ってられない場合だってある。
 ここは病院のカンファレンス室である。
「はっきり、申し上げましょう。成功の確率は20%です…」
「先生! お願しますっ! どちらにしろ助からない命なら、一か八か、やって下さい! 母を救って下さいっ!!」
「それで、いいんですねっ?!」
 医者は患者の息子に確認をした。息子はぅぅぅ…と涙を流し、頷(うなず)いた。
 そして、手術の日がやってきた。ここは、手術(オペ)中の前廊下である。患者の息子が長椅子に一人、心配げに座っていた。
「一か八か、か…」
 息子は小声でポツンと呟(つぶや)いた。そのとき、一人の老人が何やら呟きながら近づいてきた。
「ははは…退院で、やっと無罪放免かっ! よしっ! 今日は一か八かチャレンジだっ!」
 息子と老人の目が偶然、合った。老人が立ち止まった。
「手術ですか?」
「はい…」
「ご心配でしょうな」
「はい…」
「大丈夫! 私も半月前はこの中でした」
「えっ?」
「ははは…まあ、そういうことです。では?」
 老人は立ち去ろうとした。
「あの…、一か八かチャレンジって、おっしゃいましたよね?」
「ああ! お恥ずかしい。老人会で気があった看護師さんにプロポーズですよっ! どうなることやら。ははは…」
「大丈夫ですよ、きっと…」
「ははは…逆に元気づけられましたな。では…」
「どうも…」
 二人は別れた。
 その後、母親の手術は奇跡的に成功し、老人のプロポーズも奇跡的に成功した。一か八か・・は、やってみる価値はあるということだ。

                          完

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