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2018年3月 5日 (月)

隠れたユーモア短編集-13-  魅(み)せる

 他人より美しく…とか、上に…と自身を魅(み)せたい隠れた潜在意識が人には存在する。他人には、それは無理だろ? と思えるが、当の本人は無理だと思っていないから厄介(やっかい)だ。
「おいっ! いつまで待たせるんだっ! 開演に間に合わんぞっ!」
 そんなにぶ厚く塗りたくったって無駄(むだ)だっ! とも言えず、多川は鏡台(きょうだい)の前に座る妻の恵美(めぐみ)に声高(こわだか)にそう言った。友人の芸能人にもらった観劇チケットの指定席券が二枚、背広の内ポケットにあった。
「今、終わるから…」
 恵美はパタパタ・・と、なにやら粉(こな)のようなものを叩(はた)きながら顔の工事をやっている。妻を覗(のぞ)き込みながら、多川は、俺でも無理なんだから、そんな工事をしたって他人は魅せられんだろ…と、また思ったが、それも言えず、「おいっ!!」とだけ急(せ)かした。そして、ようやく恵美が鏡台を立ったので、玄関へと向かった。
「お待たせっ!」
 靴を履(は)いて玄関で待つ多川の前に、とても魅せられるとは思えない、妖怪・厚塗(あつぬ)りが立っていた。多川の観劇気分は俄(にわ)かに冷え込んで萎縮(いしゅく)した。

                             完

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